コンコンコン、とノックの音が響く。
重厚な木の扉が立てる深みのある音の後に扉が開き、メイド服の女性が入室する。
ひっ詰めた黒髪に無感動・無感情という言葉を体現する黒い
一礼してから顔を上げた彼女は眼鏡の奥の瞳を走らせて、主人の執務室の状況を検分した。
時刻は既に夕方に差し掛かっており、外には鮮やかな山吹色の空が見える。
開け放たれたままの大窓からは光が差し込んで床に陰影を形作り、吹き込む風がざわめくようにカーテンを揺らしていた。
彼女が入室した部屋の反対側にある執務机には今も主人である伯爵の処理を待っている書類がいくつか積まれていた。それを見て(表情は崩さないものの)テオドラは心の中で疑問を呈した。
残っている書類の量が昼頃に一度見たのとさして変わっていないからだ。病み上がりであるとはいえ、流石に仕事を処理するペースが遅すぎる。
そして、疑問を抱かれている件の人物……彼女の主人であるヨアヒムはというと、入室してきた自分のメイドに視線の一つも向けることなく、ただ黙って椅子に座り込んでいた。
机の上に肘をつき、指を絡ませて組んだ手の上に額を載せるようにして俯いている。
果たしてどれほどの時間そうして、何をそんなに深く考え込んでいるのだろうか。彼の表情は両手の陰に隠れ、余人には窺い知ることはできなかった。
ふむ、とテオドラは心中で独り言ちる。
ただならぬ様子の主人を前にして、彼女は焦るようなことも心配するようなことも無かった。
なので、彼女はひとまず『待つ』という選択肢を取ることにした。伯爵が何か重要な案件を考えているのであれば、意見を求められない限りは控えているのがメイドとしての振る舞いであろうと判断したからである。
とはいっても夕食の時間も近いので(そもそも今回はそれを伝えにきたのだ)しかるべきタイミングで声をかけるつもりでもあるし、今日処理されなかった書類仕事についてもなぁなぁで済ますつもりはなかったが。
「……テオドラ」
「はい」
果たしてどれほどの沈黙が流れただろうか。
錆びついた車輪を回すような重苦しい響きを伴って、ようやくヨアヒムが口を開いた。
組んでいた手を崩して微かに顔を上げた彼の表情は西から差す日の陰になってテオドラには良く見えない。
ただ、その声の重さと硬さから、何か重要な決定を己の内で下したのだろうと想像することはできた。
「……用意して欲しいものがある」
「畏まりました。何なりとお申し付けください」
伯爵から告げられた内容は聞くものが聞けば、暫しの間絶句し、しかる後に頭を抱えるか冷静に考え直すようにと諫めるようなものだった。
だが、当のテオドラ自身にはそれについて何ら思う所はなかった。
意外といえば意外であり、驚きと言えば驚きだったが、それは
感情は薄く、情動も遠い。そういった人間らしい心の働きは彼女の判断と決定に
テオドラはそういう人間なのである。そういう人間に
「はい、ご用命承りました。今晩中にはご用意できるかと」
「…………そうか……。……すまないな」
「謝られるようなことではございません」
故にテオドラは他人の感情を斟酌しない、頓着しない。
状況や行動の原因となる情報の一部として処理するだけで、そこに共感や同情を示すことがない、示す能力がない。
だから、顔を上げて自分に仕事を申し付ける主人の表情が、どれほど苦渋と自己嫌悪と悲壮なまでの決意に塗れていようと、
その声が擦り切れそうに掠れていようと泣きそうだしそうなほどに震えていようと――――、
「
テオドラ・ロスウェルという女には響かない。
彼女は何処までも『メイドとしての業務』と『主人からの命令』を遂行する。
眼鏡の奥の黒曜石のような瞳が、一切の熱を感じさせることなくヨアヒムを見つめていた。
******
「各々方討ち入りにござる」
「……どこへですか」
「決まっているでしょう……っ!!」
ギリリ、と彼女は拳を握り締め、これから口にする言葉を噛み締めるかのようにしてから言い切った。
「伯爵様のベッドへよぉぉぉぉ……っ!!!!」
「そうだった……っ!!」
感極まったかのようにアンネが宙を仰いでいる。
神威によって地上へと注がれる天主の裁きの雷に身を委ねる殉教者めいた面持ちで全身をぷるぷると痙攣させ、宙を仰ぎすぎた勢いのまま、彼女はその場でひっくり返った。
強かに頭を打ち付けて悶絶するアンネはカーペットの上を呻きながら二転三転とする羽目になっている。
なお、私はそんな彼女の様子に気を遣っている余裕はなかった。
今の私は「あー」だの「うー」だのと意味を持たない呻き声を上げるだけの人型と化していた。
先程夕食を終えた時刻、私は自分にあてがわれた部屋でアンネと顔を突き合わせている。
今日は一応暇を与えられていることもあって、アンネは珍しく私服姿だ。
それでも非番の彼女に無理を言って呼び出したのは相談のためである。
その相談内容とは他でもない。今日の昼にヨアヒムに言われたことの話だ。
「今夜、ヨアヒムの寝室にお呼ばれしてしまったんですけど……」と私が切り出した瞬間、アンネは俄かによろめいてから先述のように絶叫とともにひっくり返ってのたうち回る事態になっている
「……大丈夫ですか、アンネさん?」
「ごめんなさい、リオちゃん……。私、ちょっと大丈夫じゃないわ。し、寝室……べ、べべべっ、ベッドイン……リオちゃんと伯爵様が……っ。ベッドイン……っ!!!!」
「連呼しないでください、お願いですから……」
ベッドイン、とそういう言葉を何度も言われるとこれから何をすることになるのか、いやさ、
完全に固まっている私を尻目に、アンネはブツブツと何事かを呟きながら自動掃除機のようにカーペットの上を転がり続けていた。
……結局、アンネが無事に再起動するまで数分程の時間を要した。
正気を取り戻したアンネを椅子に座らせ、自分もベッドの端に座って、改めて話を再開する。
「あー……こほん。お恥ずかしい所を見せちゃったわね」
「えぇ、まぁ、その……思ってたよりアンネさんが元気そうで何よりです」
「うん……。そう言えば
「…………」
にっこりとアンネが屈託のない笑顔を浮かべる。赤煉瓦色の髪がふわりと揺れた。
その表情を見て、変な
……曰く、彼女はあの夜の事をほとんど覚えていないらしい。
記憶があるのは『蛇面』の男に頬を殴られたところの辺りまでで、そこから何があったのかはいまいち判然としないそうだ
思い出そうとしても、頭に酷い靄がかかったようになってしまうのだとか。
まぁ、それでいいだろうと私は思う。
どうしても思い出せないというのであれば、無理にそうする必要もないだろう。
我ながら
「で……それでそれで、リオちゃん。……伯爵様に告白したの?」
「え、えぇ、そうです」
「どんな感じにどんな感じにっ!?」
「こう……扉をバーン、って開けて『貴方が好きです』って……」
「すごい!男らしい!」
「あはは……」
お礼についての話はそこそこに、アンネが色々と質問をぶつけてくる。
瞳をキラキラさせながらこちらの話をせがむ姿はどことなく子供らしい(言ったら怒るだろうが)。
あれから少し時間を置いたことで冷静になったせいか、その時の事を思い出して人に説明していくのは少し気恥しい気持ちもあった。
でも、それ以上にあの時に感じた胸がはち切れそうなほどの幸福感も同時に思い出す。
今日の昼にヨアヒムと交わしたやり取りをアンネに説明しながら、私は次第に自分の頬が緩んでいくのを自覚していた。
「ぬへへへ……。そっかぁ、リオちゃんの方から告白して、それでオッケー貰えたのねぇ……。うーん、みんなに言ったら大騒ぎねこれ!」
「それはやめましょう。大騒ぎどころではなくなりそうです」
「そうよねー。何人か失神するわ」
私の世話を焼くのを趣味にしているメイドさん達の顔を思い浮かべる。
彼女らがこのことを知ったらどうなるのかちょっと予想が付かない。
「でもね、リオちゃん。伯爵様にオッケーを貰って、今夜……その、結ばれて」
「む、結ばれる……っ」
結ばれる。
それは褥を共にするとか、ベッドインするとか、そういう婉曲的な表現とはまた違った方向から、これから行われることを示唆する言葉だった。
結ばれるということ。それは一つになるということで、一つになるということは、それはその……つまりはこう性的な意味で一体になるという意味であり、私がヨアヒムに抱かれて―――――だ、抱かれるっ、いつぞや覗き見したように彼の手で服を脱がされてお互いに裸を晒しあってその上で彼にベッドの上に押し倒されて、あの体に組み伏せられて―――――…………っ!!
「リオちゃん。ストップストップ、顔がリンゴを通り越してトマトみたいな色になってるわよ。カムバックカムバック」
「はっ……!!」
どうどう、と暴れ馬を制止するような感じでアンネに宥められる。
顔に両手で触れるそこは驚くほど熱くなっている。どうやら変な領域へと思考が飛んでしまっていたようだ。
何度か深呼吸して気を落ち着かせると、私の前にいるアンネがえほんえほん、と軽く咳払いをしてから私を正面から見据えてきた。
「さて、話を戻すけどね、リオちゃん……。女の幸せってのを掴むのには此処からがむしろ本番よ」
「本番……ですか?」
「えぇ、そうよ」
私の問いに、真剣な表情で彼女が頷く。
「知っての通り、伯爵様はプレイボーイよ。だから一回その……ごにょごにょしただけではハートをキャッチできないわ。もっとこれからも女を磨いて、他のどの女の子にも見向き出来ないくらいに惚れさせないとダメよっ」
「うーん……そういうものなのでしょうか」
「そういうものよ」
アンネは腕を組んでそう熱弁を振るう。
しかし心を掴んで、ちゃんと惚れさせると言ってもなぁ……。
「でも……私、ヨアヒムの事を好きになって、彼からも好きって言って貰えて……それだけでもう十分に幸せなんですけど」
「ダメよぉぉぉ~~~~っ!!そんなリオちゃんもいじらしくて可愛いけどそんなんじゃダメよぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~っっ!!!!」
がっくんがっくん、と肩を掴んで揺さぶられる。
何故かアンネは半泣きだった。この人本当に喜怒哀楽の上下が激しいなぁ、などと思いながら落ち着かせる。
どうどう(暴れ馬を宥める風味)。
「いい、リオちゃん?恋愛っていうのは基本惚れた側の負けなのよ。『私あの人の事をこうして陰から見守っているだけでいいの、結ばれることが無くても偶にあってお話をしてくれるだけでもいいの……』なんてことを言い始めたらちょっとの甘い言葉をご褒美として貰うために尻尾を振って、都合よく使われるだけの恋愛敗北者一丁上がりなのよっ!!好きな人ができたんなら相手を惚れさせて自分に貢がせるだけの気概が無いと……っ!!」
「……実体験ですか?」
「んぎぎぎgggggggg」
「あっ、バグった」
私の一言がどこか
取り敢えずベッドの上に転がして様子を見る。彼女の変な挙動はいつもの事だ。大丈夫だろう、多分。
「……惚れたら負け、かぁ」
彼女に言われた言葉を口に出して噛み締める。
好きでいれるだけで幸せなんて欲が無さすぎる、とヨアヒムにも言われたな。
でも……それなら別に私は負けでもいい。勝ちでも負けでも、私が彼の事を好きになったという事実は変わらないのだから。
人を好きになる、人に恋をする。ただ、それだけの事でこんなにも胸が熱くなって満たされる――――そんな幸せを私は知ってしまった。
そして私の気持ちにほんの少しでも彼から返ってくるものがあるというのなら――――あぁ、それはなんという
ましてや彼と結ばれるなんて、それだけで私にはもう一生分の幸せだ。
これ以上なんて、想像もできやしない。
「……まぁ、これから先の事とか考える余裕がないのもしょうがないわね……」
ややあって再起動したアンネがゆっくりと身を起こす。
少し乱れた髪の毛を整えながら、溜息を一つ吐いてから――――にこり、と笑顔がこちらに向けられる。
「うん、それなら面倒なことは全部考えるのは無しにしましょうか。明日の事とか、先の事とか全部忘れて――――今夜はいっぱい伯爵様に愛されて来ちゃいなさいっ」
「あ、愛され……っ」
「――――というわけで早速お風呂で体を磨くわよっ!!それと勝負下着も選ばなくっちゃ!!下着は女の子の
感情の上下が激しいというのは切り替えが早いという利点なのかもしれない。
素早く復活した彼女はいきなり上機嫌になってクローゼットの扉を開け放った。
嵐のような勢いで様々な下着――私が此処で暮らし始めてから誂えられたもの――が私の前に並べ立てられていく。
熱弁を振るうアンネと一緒にその中からどれが一番ヨアヒムの受けが良いのか(頭が爆発しそうになりながら)議論して一式を選び、浴室へと連れていかれて念入りに体を洗われる。
そして、他の使用人たちも静かになった夜更けの頃。
私は二人で選んだ勝負下着と寝巻を身に纏って、ヨアヒムの部屋へと送り出された。
******
日もすっかり暮れて夜も更けている。
私が歩く廊下は窓から朧げな月明かりを取り込み、ふわりとした絨毯の上に淡い銀と黒のコントラストを描いている。
その情景が、いつぞや私がヨアヒムとテオドラの情事を覗いてしまった夜の事を思い出させる。
一歩一歩と静かに廊下を進む私の胸の奥で心臓が喧しく音を立てている。
大好きな人に会いにいくという事、その人に今から抱かれにいくという事。
その事実を自分の心の中で反芻すると頭の奥まで真っ赤な血が昇って来てどうにかなりそうだ。
バクバクと脈打つ心臓と血管がまるではちきれそうで痛かった。
恋をしているということに気づいた甘やかな胸の痛みではなく、もうこれは純粋に激しい緊張のせいだった。
「うぅ……」
そして――そうこうしているうちにやがて私は目的地に辿り着いてしまう。
ヨアヒムの寝室。その扉についた鍵穴から微かな橙色の明かりが漏れているのが、あの日の夜をより一層思い出させる。
ごくり、と生唾を飲む。
今なら引き返しても良いんじゃないか、なんて言葉が脳裏をかすめる。
……いや、それはないな。
確かに緊張のあまりどうにかなっている自覚はある。
でも、それ以上に私はヨアヒムに会いたいと想うのだ。
それがいつどんなときでも、私の心が彼に会うことを思うだけで浮き立つのは事実なのだから。
今はただ、緊張しているだけ。ただのそれだけ。
彼のことを思えば緊張で痛い心臓に――――ほら、こうして甘い疼きが生まれてくる。
「えっと……入りますよ」
意を決するように深く息を吸って吐いてから――――コンコン、と扉をノックする。
すると待ち構えていたように、どうぞ、と耳に馴染む声がした。
その声を聞くだけで胸の奥にじわりと暖かいものが滲む感触がする。
その感触が思わず目の奥が熱くなるくらいに優しくて――――これが『安心』という言葉の意味なのだな、なんてことを私は思った。
「こんばんは、良い夜だなリオ」
「――――えぇ、こんばんは。夜分遅くに失礼しますよ」
「ふふっ、今日のお前はいつも笑顔だな。やはり美しい淑女には笑顔が似合う」
「私が笑っていられるのは……あなたのお陰ですよ、ヨアヒム」
「男冥利に尽きることを言ってくれるな」
窓際に立って窓の外の夜空を眺めていたヨアヒムがこちらに向けて微笑んだ。
部屋の中を橙色に照らす暖炉の揺らめきに合わせて、彼の端正な顔立ちに複雑な陰影が浮かんでいた。
綻ぶような甘い微笑みと暖炉の火と影が作る彼の表情がどうにも艶っぽく見えて――――端的に言って、見惚れてしまっていた。
私が突っ立っていると、彼が私に向かって「こっちだ」と手招きをしてくる。
そこにあるのは豪勢なキャンドルスタンドが設けられたベッドサイドテーブルだ。
上には琥珀色の瓶と2人分のグラスが用意してある。
「お酒!」
「良いものを選んで持ってきた。一緒に飲もう」
さりげなく彼が引いてくれた椅子に座り、席に着く。
すると、摘んだばかりの果実を煮詰めているような甘く芳しい香りが漂っているのに気付く。
「こっちのは……アロマキャンドルですか」
「わかるか。良い香りだろう?リラックスできるようなものを選んだんだが」
「ありがとうございます。……すごく落ち着きます」
すぅ、と息を吸い込むと甘く熟した果実のような香りが肺を満たす。
胸の奥が陽気に当てられたようにポカポカと暖かくなり、良い気分だった。
そしてヨアヒムはよどみない仕草でテーブルの上に置いてあった瓶の栓を抜き、2人分のグラスに中身を注いだ。
「「……乾杯」」
グラスを2人の間で打ちあわせると、涼やかな音が立つ。口元に酒の入ったそれを寄せるとほのかに甘い香りが香る。
それを楽しんでから中身を含むと焦がした砂糖のような風味が口一杯に広がり、飲み下せばアルコールの熱さが喉を炙りながら通り過ぎていく。
胃の腑の奥に小さな火がともるような心地にほぅっ、と一息を吐く。
「……ラム酒ですか?」
「そうだとも。しかも新大陸産のものだ」
高かったんだぞ?と茶目っ気のある笑顔でヨアヒムは軽いウインクをこちらに寄越した。
その仕草がいつもの彼らしくて私はつい、くすくす、と笑いを零した。
つまみには小皿に盛られた干し葡萄が用意されていた。
シンプルに干して水分を飛ばしただけの葡萄の実は、噛み締めると程よい弾力がある。
仄かな酸味と素直な甘みがラム酒とよく合って口の中で豊かな香りが満ちる。
「……うん、おいしいですね」
「そう言ってもらえたら何よりだ」
小さな卓について、二人で酒を飲む。
今夜の私達の間にはあまり多くの会話は無かった。
ただ、卓の上をグラスの底が叩く軽い音と暖炉の薪が火の粉を弾けさせる音が部屋に鳴る。
沈黙は苦にならかった。言葉より、会話より、私はお互いがそこにいるというその事実を意識し合うだけで暖かな気持ちになることができた。
「…………」
ヨアヒムの方へと視線を向ける。
彼の長い指先が葡萄の実を一つ摘まみ、緩く開いた唇の奥にそれが呑み込まれ歯に挟まれて咀嚼されていく。
そして彼がグラスの淵に口を付けて、その中の濃い琥珀色の酒を口に含んで……それを味わうような微かな間を開けてから飲み下す。
その時に動く男らしい喉仏の隆起や、グラスが離れた
「……どうした?」
「綺麗だな、と思いまして」
あまりにじぃっと見つめすぎていたせいだろうか、ヨアヒムが微笑んでこちらに問いかけてくる。
その時の悪戯っぽく笑う表情はいつも見せる少年のような微笑みではなくて、すぅっと目を細めた何とも艶っぽい流し目だった。
暖炉と蝋燭の揺れる明かりに照らされたその顔がとても美しいものに見えて、私はそのままの本心を口走っていた。
「綺麗、か。女性からそういう風に形容されたのは初めてだな」
「……納得いかない、ですか?」
「いいや、そういう意見もあるのかと思うだけさ。それに女性からの賛辞はいつでも嬉しいものだ。それに……」
そっと、彼の手が私に伸びる。彼の指先が髪を梳いて、頬を撫でる。
ほんの表面をなぞるような、指先で露を掬い取るような、優しく微かな指遣い。
でも、そのほんの僅かな感触だけが痺れるようだった。
触れられたところがジンジンと火照るように熱を持つ。
背筋を
「リオ、お前も綺麗だ。そして、とても愛おしい……」
小さな声で囁くような言葉。いつもは私の心を落ち着かせてくれるその声が、今はいやに私の心をざわめかせる。
そのざわざわした感触は私を酷く落ち着かなくさせているはずなのに、不快感なんて微塵もなかった。
胸の奥が震えて疼痛を持ち始める。心臓が桃色に色付いた血を流し始める。
見つめてくる彼の瞳が熱っぽい。長い睫毛に彩られた榛色の瞳、その中の微かな緑の色が蝋燭の明かりを照り返して燐光のようだ。
「はぁ……」
「……可愛いな、お前は……」
ヨアヒムの指先が私の唇に触れる。ほんの僅かに薫る干し葡萄の香り。
触れられる唇がくすぐったくて、思わず息が零れた。
漏れ出る息は自分のそれとは思えないくらいに熱く、濡れていた。
唇の表面をなぞる彼の指がじれったい。
じれったくてもどかしいのに、その感触がとても心地よくて、やめてほしくなくて。
でも、本当はもっとここに触れてほしいものがあるのに――――それを自分から言い出すのが、まだ恥ずかしかった。
肋骨の奥で
「リオ……何を、してほしい?」
「…………っ」
彼の眼が悪戯っぽく細められる。
子供のような無邪気さを装いながら、確信犯的な大人の悪辣さを隠そうともしない、そんな眼だ。
彼の指先が一分程押し込まれて、私の唇を割る。そのままそっと
胸の奥がきゅうきゅう、と締め付けられるように痛い。
頭の奥がぽわぽわ、と桃色の火で焙られるように熱い。
「……もっと、さわってほしい……」
気づけば私はそう口走っていた。
恥ずかしさで頬が熱くなる感覚がする。
胸の奥の鼓動が一層に甘く痛く、熱くなる。
そして、ヨアヒムは嫌になるほどに甘ったるい笑顔で、自分の膝を叩いてこう言った。
「おいで」