「んん……っ」
頭の裏の重たい靄が晴れていくような感覚と共に、目が覚める。
起きるときというのは大抵億劫な気分になるものだ。睡眠というものは生きる為に必要な機能なので本能がそれを心地よく感じるようにできている。
その心地よい睡眠と覚醒の間、透明な温かい幕の内側で揺られているような意識の中でぼんやりとそんなことを考える。
……目覚めるのが面倒ならきっといつまでも眠り続けていてもいいのだろう。
少なくとも
それこそ、いくらでも。
「……おはよう、リオ」
微睡みの幕の向こう側から声がかけられた。慣れ親しんだ艶やかで優しい――――楽器の太い弦を弾いたような、耳に馴染む声。
彼の声を認識した瞬間に自分の胸が
ウサギが物音に耳をピンと立てるように、自分の心臓が起きたのがわかる。
とくん、とくん、と温かい血が体に巡るのを感じる。
「おはよう、ございます……」
目を開ければ寝ぼけて滲む視界一杯に、愛おしいものが映っていた。
鮮やかなワインレッドの髪と茶色の中に緑が灯る綺麗な瞳――――ヨアヒムが私の顔を覗き込んでいる。
端正な顔立ちの頬を綻ばせて笑みを浮かべた彼がそっとこちらに手を伸ばしてきた。
掌で髪を、頬を、耳をゆっくりと撫でられる。陽だまりのような暖かさと心地よさに、私は目を細めた。
「もう少し寝ていてくれてもよかったんだぞ」
「いえ……お気遣いなく。もう目が覚めましたから」
夢で見るよりも、こうして直に触れるあなたの方が良い。
……とは少し恥ずかしくて言えなかった。
気づけば私達は二人とも裸のままベッドの上で横になっていた。
昨日の晩も
……いや、厳密には朝を迎えたという確証はない。少なくともこの地下室には外の時間を知る術はないのだから。
私はともかくヨアヒムは此処と外を出入りしているので彼の生活リズムを見れば多少は参考になるが。
それに基づけば私が地下室に閉じ込められてから……一週間弱だろうか。それくらいだ、多分。
「……腕」
「?」
「腕、大丈夫でしたか」
「何ともないさ。このくらい」
私はどうやらヨアヒムの腕を枕代わりにして寝ていたようだった。
痺れていないかどうか少し心配になったが、彼は別に問題ないとそう言った。
まぁ、問題ないのなら……、と心の中で少し言い訳をして――――私は改めて彼の腕に自分の頭を預けた。
細身でそれでいてちゃんとした逞しさを感じる彼の腕の感触。私を抱きよせる彼の体の熱。そして仄かな汗の香り。
ヨアヒムの腕の中にいると心が安らぐようで、それでいてドキドキと鼓動が逸る。
「んー……っ」
寝ている間に少し固まった体を解そうと少し体を伸ばそうとして――――それはできなかった。
かしゃん、と乾いた音を立てて鎖が私の腕の動きを阻む。
煩わしいが仕方ないので枷で制限されている範囲内で何とか手足を伸ばす。
そんな私の様子をヨアヒムはぐずる子猫を眺めるような目で見つめていた。
「そろそろテオドラが朝食を持って来る頃だろう。それまでゆっくりしていよう」
「……このままで?」
「そうだな。……ほら、おはようのキス」
「……ん♡」
ヨアヒムと一緒に裸のまま眠って、起きたら抱き合ったままキスをして。
そんな退廃的な寝覚めは、ここ数日ですっかりお馴染みになってしまった感がある。
そしてそんな日々に「このままではいけない」と内心で思いつつも、この幸福感に溺れてズルズルと流されている自分がいた。
だって、今もこうして唇の先に感じるヨアヒムのキスがこんなにも気持ちいいのだから。
何度も何度も、小鳥の囀りのような音を立てながら唇と唇を触れ合わせる。
生まれたままの体を抱き寄せられて彼の体温に包まれるのが堪らなく快い。
そしてお腹の上に熱くて猛々しい肉の昂りがぐいぐいと押し付けられるのを感じる。
これは起床時の男性のただの生理現象で……と頭の奥では理解している。
だがそうやって体の上に触れさせられていると否応なく、昨晩も散々
「んふ、ぅ……♡」
結局そのまま私達はテオドラが朝食の用意を運んでくるまで、だらだらと抱き合いながら睦み合っていた。
こうして、地下室の朝が始まる。
******
どれだけ状況が一見して異常であったとしても、人間が生きるということは生活があるということだ。
そして生活があるということはそこには日常が生まれるということでもある。
――――日常。
それが当然であると疑問の余地さえ浮かばない、考える必要さえなく過ごすことができる、生活の
ただ――――私は本当はそれに慣れてはいけないのだろうとは思っている。
きっといつまでもこうしてはいられないと、衝動のようなものが胸の奥に燻っている。
ヨアヒムの執務室の窓から飛び出して見上げた青空の広さを、私はまだ忘れていない。
「ほら、あーん」
「……ぁ、あーん」
そしてそんな覚悟を心の中で決めている私は――――現在ヨアヒムから『あーん』をされていた。
至って簡素な木製のベッドサイドテーブルの上に乗せられたお椀の中には
出来立ての温かさを感じさせる湯気の中に、味付けに加えられたバターが香り食欲をそそる。
胃と腸が微かな音を立てるのが自分でもわかる。思いのほか私の体は飢えていたようだ。
……まぁ、毎日毎晩寝落ちするまでヤっているんだからそれも仕方のないことだが。
今すぐ
両腕を後ろ手に縛られている以上、忸怩たる思いではあるが私は一人で食事を摂ることさえできないのである。
故に、『あーん』なのである。
「……んむ……」
「熱いからな、ゆっくり焦らず食べるんだぞ」
私を膝の上に乗せて粥を匙で掬って食べさせながらヨアヒムが微笑んだ。
明らかに飼い主がペットに向ける類の笑みでありその温い表情に若干イラつきも覚えるが……そんなものでも彼が私に笑いかけてくれるのを見るとそれだけで胸の奥がくすぐったい気分になるのは避けられなかった。
あぁ、自分の単純さが悩ましい。
口に含んだ麦粥を咀嚼する。煮込まれて柔らかくなった麦は噛み締められると仄かな歯ごたえと共に崩れていく。
口の中には煮込むときに使われた牛乳の甘みとバターの香ばしい風味が広がり、飲み下すと胃の内側から染み入るような熱が広がっていくのがわかる。
控えめに言って美味い。屋敷の朝食でもたまに出る料理だったが、単純な作りなのにこうも美味しいのはなんでなんだろうか。
素材がいいのか。それとも自分が腹を空かせているのが原因か。
あるいは――――ヨアヒムに食べさせてもらっているからか。
「ヨアヒム、お水いいですか」
「あぁ、わかった」
そんなことをぼんやりと考えながらヨアヒムに水を注文した。
そろそろ口の中がだいぶ熱くなってきたので口を冷やしたくなってきた。
私が頼むとヨアヒムは水差しからコップに水を注いでくれる。
この地下室に私を閉じ込めて支配しているのは彼のはずなのだが、こうして甲斐甲斐しく私の世話をしてくれる姿はどっちが支配している側なのやら、という気分になってくる。
首輪を繋がれているペットと首輪で繫いでいる飼い主……本当に上に立っているのはどちらなのか。深遠なテーマである。
「リオ、ちょっと口を開けて待っていろ」
「……ちょっと、あの」
私は眉をひそめた。ヨアヒムがコップに注いだ水を自分で飲み始めたからである。
だが、彼の手を顎に添えられてどういうことか理解をした。
どうしようもないので観念して言われた通り少し口を開いて待つ。
「んん……っ」
そのまま口に口を押し付けられ、ヨアヒムの方から水を流し込まれた。
口移しされる水をごくごくと嚥下するが、口腔に入ってくるペースと飲み込むペースが一致しないせいで少し端から零れてしまう。
何とか飲み終わったがそこで終わりということも無く、ヨアヒムは私の顎を支える手に少し力を込めてより深く口を合わせてきた。
くちゅ、くちゅ、と粘った音が私達の口の間で立つ。さっきの水が私に飲み込まれていったことに嫉妬するようにヨアヒムの唾液が流し込まれてくる。
「ふぅ、んっ、んふっ……♡」
一方的に与えられる唾液をたっぷりと飲まされてから、ようやく口が離れる。
銀色に粘る唾液が糸を引い垂れ、呑み損ねた水と一緒になって私の顎先を伝った。
ナプキンの代わり、と言うようにヨアヒムが私の口や顎周りに唇で何度も吸い付いた。
「はぁ、ぁ……ヨアヒ、ム……」
「駄目だろう、リオ。オレの事は何て言えって言ったか、忘れたわけじゃないだろう」
「…………っ」
たっぷりと長い口づけで頭がぼんやりしている。自分の吐息が熱い。
ヨアヒムは優し気な笑みを浮かべて私を覗き込んでいるが、その瞳の奥に仄暗い明りが灯っているのが見えた。
顎を彼の指に擽るような力加減で掴まれて、そこから目を逸らせない。
彼に強要された呼び名。
これは本当に慣れないし、慣れたくない。
でも口にしないと酷いことになるというのは
「だ、旦那様……」
「あぁ、そうだ。お前の『旦那様』だ」
これは少し前にヨアヒムがそう言うようにと私に言いつけた呼び方だ。
だが正直なところ私はこんな風に彼の事を呼びたくない。
ヨアヒム、と彼の名前を口に出す度、私の胸がどれだけ弾んでいるのかを知らないのだ。
「何度もそう言うように言っているのにな……。慣れないのはしょうがないが、いつまでも大目に見るほどオレは優しくもないぞ」
「……ごめんなさい」
「素直に謝るのは良いことだが、それでもお仕置きはしないといけないな」
――――この悪い口に、とそう囁いてヨアヒムは指先でそっと私の唇をなぞった。
それから今日の朝食の分は全て口移しで食べさせられる羽目になった。
一口ごとにヨアヒムの口を経由して麦粥を食べて、そして一口ごとに最後には深いキスになる。
途中から粥を食べているのか彼の唾液を飲んでいるのかがわからなくなるような、爛れた食事だった。
ようやく一皿を食べ終わる頃にはすっかり粥も冷え切っていて、それとは反対に私は頭の奥まで茹だったように蕩けていたのだった。
******
「あの……ヨアヒム、」
「旦那様と呼べ、と言っただろう」
「………………だ、旦那様、その……今日も
「あぁ、そうだ。昨日も言っただろう」
確認する自分の声が上ずっているのがわかる。
昂揚しているわけでもないし恐怖しているわけでもない――――ただ単純にものすごく恥ずかしいのだ。
羞恥心で頭の奥が焼き鏝を突っ込まれたように熱くなるのを感じる。
今の私はベッドの上に両手をついて、尻だけを背後に突き出す姿勢を取らされていた。
恥ずかしいが拒むことはできない。昨日も同じことをやらされたが、その時は無理矢理組み伏せられて強引に
『虜囚の首輪』による筋力低下は著しく、私はヨアヒムに対して一切抵抗できないということをその時に改めて思い知らされたのである。
首輪からシーツの上に垂れ下がる鎖が力ない音を立てる。今の私は鎖につながれた無力な子猫に過ぎないのだと言い聞かせるように。
「もう少し、尻を突き出せ」
「…………っ」
ヨアヒムの命令する声。そのぴしゃりと鞭を打つような厳しい声音に奥歯を噛み締めながら、私は言うとおりにした。
どこまでも薄暗い地下室に響くのは私が身じろぎするシーツの衣擦れと鎖の揺れる音。そして途切れ途切れに漏れ出る私の息遣い。
心臓が羞恥で早鐘を打つ、血が喧しく体を巡ってその分の酸素を肺に強請っている。
「よし……力を抜いておくんだぞ……」
そっと彼の手が私の尻に添えられるのを感じる。
まるで美術品を品評するかのように丁寧な手つきでゆっくりと彼の手が私の臀部を這いまわる。
そしてその手つきのままするるっ、と前の秘部から尻の割れ目の間までを撫で上げられた。
既に彼とは裸を晒し膣孔にも触れさせた仲である。だがこうやって尻の間を、不浄の排泄孔まで触られることになるのは全く別の恥ずかしさだった。
「……濡れてるな。オレに尻の穴を見せながら興奮しているのか」
「違うっ、違います……」
「じゃあ何でお前の前の穴はこんな風になっているんだ?」
「んっ……♡ そっ、それは……っ」
ヨアヒムの手が会陰部を撫で擦ると小さな水音が立つのがわかる。私の姫孔から漏れ出た愛液の雫である。
まだ奥から微かに潤んだように染み出しているくらいだがそれでも濡れているのは確かだった。
ヨアヒムのその事を詰るような言葉が辛い。ドクンドクン、と肋骨を叩くように心臓が脈を打つ。
「ヨア……、旦那様のキスが、良かった、から……っ」
私が濡れているのならその原因は間違いなくヨアヒムとのキスのせいだ。
食事とは言うものの、あんなに何度も口移しでものを食べさせてから、一口ごとにねちっこい口づけをされたらそうなるのも仕方がない。
……あぁ、でもそれだと私はヨアヒムとキスをするだけで濡れる体になってるっていうことなのか。
……なんというか、いやらしくなったなぁ、私の体。
「……嬉しいことを言ってくれるな」
「っ、ひぃぅっ」
そんなことを考えていると敏感な部分への刺激に思わず背が仰け反った。
後ろの孔に彼の指が当てられたのだ、軽く指の腹で皺を掻くように。
ごく僅かな刺激だったが、それは本来他人が触れるような場所ではない場所に触れられることへの羞恥心と相まって、私の背筋を戦慄かせた。
彼の指先がその表面についている私の愛液を塗り込むように、後ろの孔をグリグリと責め苛む。
肛門をこじ開けてほじくり返すような乱暴なものではなく、その周りの皺を丹念に揉み潰すような、手つきとは裏腹の繊細さを感じさせる指先。
「腰が引けてるぞ、もっと尻を出せ」
「うっ゛う、うっ、うぅ……っ」
そうやって後ろの孔を嬲られる私は唸るような嗚咽を噛み殺すほかになかった。
無理矢理にむず痒さを押し付けられるような感覚から逃げようとすると、ヨアヒムが軽く私の尻をはたいた。
パチン、というその乾いた音は地下室に殊更大きく木霊する。
痛みは大したことは無い。だがその音と、なによりヨアヒムにはたかれたという事実そのものが手ひどく私の心を打ち据えた。
泣きたくなるのを堪えながら、私は歯を食いしばって後ろの孔を弄られる辱めに耐えた。
「……さて、これくらいにしておくか」
やがてヨアヒムがそう呟いて手を離す。
数分も経っていなかったであろうが、私はそれだけで既に荒い息を吐いていた。体ではなく心の方が困憊していた。
しかしまだこれは準備の段階に過ぎない。本番はこれからだった。
やがて背後でゴトン、と乾いた重たい音がする。
肩越しに背後を振り返ってみるとヨアヒムが机の上にあらかじめ用意していたものを手に取った音だった。
彼が持っているものは円筒形になっており先端部には細いノズルが、反対側にはピストン用の押し子が付いていた。
――――つまり、有体に言って浣腸器だった。
「力を抜いておけよ……」
浣腸器を手に取ったヨアヒムが私の尻たぶに手をあてがって横に広げる。
肛門の孔を広げられる感覚、空気が普段触れないような場所に触れる空疎感に否応なく体が強張る。
それでも彼に言われた通り、力を抜くために意図的に長くゆっくりと息を吐く。
はぁ、はぁ、という自分の吐息が何処か遠く聞こえる。
先ほどまでの揉捏もあって頃合いと見たのか、ヨアヒムが浣腸器に手を添えてその先端を私の菊門に添えてきた。
浣腸器の内容物であるゼリー状の物体(液体?)がノズル部分に付着している。その微かに冷たく濡れた感触にびくんと腰が反射的に震える。
先端についたゼリーが潤滑油代わりになったこともあり、その先端部は恐ろしいほどにスムーズに私の中に入ってきた。
つるり、と呆気なささえ感じるほどに。
「ん……ぅっ……!!」
私はベッドのシーツを握り締めた。
挿入された浣腸器のノズルから内容物が注入され始めたのだ。
ゼリー状の物質がゆっくりと尻の穴から腸へと流し込まれてゆっくりと広がっていく感触がする。
本来ものを出すようにしかできていない場所に対して逆に入れられるのは、背筋が粟立つような悍ましさが伴った。
体内との温度差もあって流し込まれたゼリーの異物感が殊更に際立つ。
お腹の中に不快な違和感が広がり、ぐるるっ、と直腸が蠕動する音がした。
「排泄の管理も、主人の義務だからな」
「…………っ……」
何が主人の義務だこの変態、と毒づきたくもなるが――――肩越しに睨むだけで終わった。振り返った先のヨアヒムの表情を見た私はそれ以上はなにも言えなかった。
彼の表情は異様な状況にあてられた興奮のようにも見えるし、自分の胸の内を掻き毟るような感情に耐えているような苦悩の其れでもあった
……素直に下卑た笑みの一つでも浮かべていてくれたら、私も素直に罵倒できたろうに。
「………っく……ふぅ……っ」
ぷちゅん、と粘液と空気が弾ける音と共に浣腸器が引き抜かれる。反射的に漏れ出そうになる中身を、息を整えて閉じ込める。
流し込まれた浣腸液は100ミリリットル足らずで、すぐに決壊してしまうというほどのものではない。
現に少し腹部に違和感がある程度で、しばらくは持つだろうというくらいの感覚ではある。
ただこれには腸内の汚物を急速に分解・洗浄する性質がある。その為時間が経つとともに融解した宿便によって嵩が増えて徐々に便意が募っていくだろう。
……効能が高いので普通に便秘治療目的でこの世界ではよく売られている代物らしいが。
「それじゃあ、次はこっちだ。膝を付け」
「……」
息を整えているとヨアヒムに声をかけられる。
彼はベッドの端に腰を掛けて、自身の足元を指さしていた。
声に出さずとも私の不満が顔に出ていたのだろう、逡巡していると彼が私の首輪から伸びる鎖を手に取ってくいくいと引っ張ってくる。
「文句を言うようならトイレに行かせてやらないぞ」
……癪ではあるが、その脅し文句に渋々と従う。
言われた通り、彼の前に膝立ちで向かい合った。
石造りの床だが、ベッドの知覚には小さいマットが敷いてあって膝が痛くなるようなことは無い。
ヨアヒムが座る前に跪くと、改めて体格差を思い知らされる。
いや……思い知らされるのはこの場合、立場の差というものだろうか。
見下ろす側と見下される側。
奉仕させる側と奉仕する側。
「次は、挨拶だな」
「…………」
私を見下ろすヨアヒムの表情はやはり複雑だ。
この状況に興奮しているようでもあり、相好を崩しているようでもあり、そして罪悪感に身を切られているようでもある。
パーティの夜に、女性を不幸にしてきた父のようにはなりたくない、と言っていた彼の事を思い出す。
私を此処に閉じ込めたときに、震えながら何処にもいかないでくれ、と訴えた彼の事を思い出す。
高潔さと紳士さも、執着と恐怖も、紛れもなく彼という人間の中にある感情だった。
その葛藤がどれほど辛いものなのか、私にはうまく想像することはできなかった。
そして、だからこそ私は彼に対して強く拒絶することができなかった。
「……わ、私に……っ、」
「…………」
「私にっ、だっ、旦那様の……おちん……を」
「もう少し大きな声で」
「…………っ、わ、私に旦那様のおちんぽをしゃぶらせてください……っっ!!!!」
鎖に首輪をくいくい、と引っ張られながら屈辱的な言葉を催促される。
喉の奥でその悔しさと恥ずかしさを無理矢理に噛み殺しながら一息で言い切るとヨアヒムは「仕方がないな」とでも言いたげな優しい笑顔を浮かべた。
「作法としては全然なっていないが……まぁ、今はこれでいいか。よく言えたな」
作法ってなんだよ、と文句を言いたい気持ちが湧きあがる。
……だが、口元を綻ばせるような笑みを浮かべる彼にそっと頭を撫でられると、そんな気持ちが萎れていくのがよくわかった。
あぁ、くそう。自分が単純すぎて嫌になる。流石に心までペットに墜ちたくはない。
けれど――――辛そうな顔をしているヨアヒムがほんの少しでも和らいだ微笑みを浮かべてくれるのなら、
そして笑いながら私を撫でて抱きしめてくれるのなら何だっていいのではないかと――――そう思っている自分も何処かにいた。
「じゃあ、その……失礼します……」
そんな考えを頭の隅に押しやりながらヨアヒムのズボンを下ろす。
ボロン、とそんな滑稽な擬音が聞こえてきそうな勢いと共に飛び出してきた彼の陰茎は既に大きく勃起していた。
股座から鋭角に飛び出す赤黒い肉の棒。槍のように長い竿と鉤のように張った雁首はこれ自体が一つの武器のようだ。
血に濡れたように赤黒い亀頭が呼吸と脈拍に合わせてびくっ、びくっ、と震える様には禍々しささえ感じられた。
跪いた姿勢で顔の正面に露になった男性器は凄まじい存在感を見せつけていた。
そしてズボンを下ろしたとともに、中に籠っていた空気が漏れ出て私の鼻を叩く。
饐えたような、酸っぱいような、湿ったような、鼻の奥につんと刺さる――――雄臭い臭い。
「…………ちゅ」
数秒ほどの迷いを経て――――私はその先端部に口付けた。
唇に触れる亀頭は火傷しそうなほどの熱を孕んでいた。
正直なところ、口を使って奉仕するのはとても抵抗感がある。
手で触れる分にはあまり気にはしない。なんせ自分もかつては晩になればしょっちゅう弄り回していたモノである。
そしてそれ故にそんな見知った部位を口の中に迎え入れるのには躊躇が先立つのである。
だが、この場では四の五の言ってはいられない。
私は両手を陰茎の竿に添え、舌先を彼の亀頭に伸ばした。
「ん……っ」
舌の表面に感じるのは弾力があり張りつめた亀頭の感触、そして微かな苦みを伴う粘膜の味。
男の陰部は生殖器官でもあり排泄器官でもある。小便が出るところに舌を付けるということに強い抵抗……というか嫌悪感を覚える。
だが、
「…………」
すっと目を細めて私を見つめる彼の眼と、私の頭を今もゆっくりと撫でてくれる彼の手の感触を意識すると……なんというか悪くないんじゃいかな、という気分にもなってくる。
明らかに絆されてしまっているのがわかるが、今はあまり深く考える余裕はない。
私は懊悩を振り払って口淫に集中することにした。
「んぁ……れろ……っ」
差し出した舌を伸ばして、陰茎の表面を撫でるように舐める。先端の尿道口を軽くつつき、或いはパンパンに膨らんでいる亀頭全体に唾液を塗るように舌を這わせた。
強く張った雁首の溝に舌を挿し入れ、表面を削ぐように往復させる。
裏筋から尿道口に至るまでのラインを下から上へとゆっくりと舐め上げる。
舌が疲れてきたら一旦引っ込めて休みだ。そしてその間は代わりという具合に手で陰茎を扱く。
表面をぬらぬらと光らせる唾液を潤滑油代わりに掌を軽く握り、上下させる。
指先で弄ぶようにかりかりと尿道口を搔いてやるとそこから漏れ出た先走りの汁がちゅくちゅくと音を立てる。
少し窄めた指の輪で雁首と亀頭の周りを細かく擦りあげると唾液と先走りの混じった透明な液体がにちゃにちゃと泡立った。
「……うまいな、その調子だ……」
「…………っ」
何処か陶然とした響きのヨアヒムの声。彼には決して言えないが、自分も昔は男だったのでどう弄ればどう気持ち良いかくらいはよくわかる。
彼の手がまた私の髪を労わるように撫でる。指先がそっと地肌に触れてから梳るように髪を滑る、その感触が心地よい。
「はっ、ふっ……♡」
頑張って成果を出して、評価される。ごくごく単純な報酬の原理。
それを頭ではわかっていても胸の内が暖かい気分になるのはどうしようもなかった。
こうやって彼の前に跪いてペニスに奉仕すれば褒めて貰えるのだと、そういう原理を刻みつけられてしまえば……私は、どうなってしまうのだろう。
一抹の不安を心の中に抱えながら、私はもう一度彼の陰茎にキスをした。
「ん、んっ……」
赤黒い肉棒と唇の間でちゅ、ちゅ、と小さなリップ音を響かせる。
改めて正面から向かい合った亀頭はびくびくと脈打ちながら一層力強く聳え立ち、私の顔に突き付けられていた。
そして私はごくり、と一旦生唾を呑んだ後に――――顎を開いてそれを口に迎えいれた。
「あ゛っ……ぉ゛っ……」
全体的に見れば細長い肉竿とはいっても、それは全体が長いからそう見えているだけで、太さ自体は標準くらいにはある。
私の親指と人差し指で作る輪くらいにはあるその太さの棒を含むのは、私の小さい口では一苦労だった。
歯が当たって痛くならないように気を遣っているからなおさらである。
「ふぅっ、ふぅー……っ」
口の中がヨアヒムのペニスに占領されているような被征服感、
手で触れるよりもより強く感じる、その熱量と肉の脈動。
そして――――口と鼻から共に入ってくる、雄の臭い。
口を塞がれて呼吸がしづらく、息が荒い。
鼻で息を吸い込めばすぐ近くにまで迫っているヨアヒムの赤い繁みのような陰毛からむわりとした臭気が漂ってくる。
口に含んだ陰茎から流れ込んでくる先走りの香りと相まって、なんとも雄臭い匂いが私の頭に突き刺さる。
それが良いのか悪いのか、私にはわからない。ただ脳の一部が焼けつくような感覚だけが私の思考を痺れさせていく。
「ふぅっ、ん、んんっ……!」
思考がぼやけていく中で口奉仕を再開する。
口の中で舌を使って飴玉のように亀頭を舐め、唾液を絡めて転がす。
少し頭ごと唇を前後させて雁首を擦る。窄めた唇がエラとぶつかってちゅぷちゅぷ、と唾液と空気が弾ける音を立てる。
口腔からなるべく空気を抜いて粘膜と陰茎を密着させた状態でずるるっ、と引き抜いていく。
「ふぅっ、はぁっ……」
ほんの少しの時間だけではあったかがそれでも顎が疲れを訴えてくる。
顎を休ませながら手と舌で陰部をあやして、しばらく経ってからまた口に含んでしゃぶる。
ぐちゅぐちゅ、ちょぽちゅぽ、と私の唾液とヨアヒムの先走りが立てるいやらしい音が地下室に木霊する。
気づけば涎が顎先から滴るほどに溢れているのに気付いて手で拭う。
口に中に溜まっている唾液を飲み下すと、苦みと塩っぽさの混じった何とも言えない風味が喉を通り抜けていった。
無言のうちに口淫と手淫を続ける。
最初は嫌々やっていた……はずのなのに何故こんなにも熱を入れているのだろうかと自問する。
しかし考えたところで答えは非常に明白だった。
「……っ、くっ、……いいぞ、リオ……」
上目遣いに見上げてみればヨアヒムが私を見下ろすのが目に入る。
眉根に皺を寄せて歯を噛み締めた、苦しんでいるような表情。
だが、それは単純に込み上げてくる快感を堪えているだけなのだというのを私は解っている。
口の中で膨れ上がっていく勃起。量を増す雄汁。時折力の入る私を撫でる手……。それらがヨアヒムの射精感を私が煽っているのだという事実を教えてくれる。
――――気持ちよくなってくれている。
――――ヨアヒムが、私で、気持ちよくなってくれている。
そう思うと、なんとも面映ゆい気持ちが胸の内に込み上げてくる。
心臓からじわりと温かい熱が広がって蕩けるような、そんな感覚。
愛おしさ、とさえ言えるそれに後押しされて私は一層熱心に彼のペニスを舐めしゃぶって扱きあげた。
ちゃりん、ちゃりん、と鳴り響く首輪の音も今は気にならない。
「あぁ……リオ、そろそろ出るぞ……っ」
「…………っ……」
切羽詰まった彼の声に私は頷いて返した。
私を優しく撫でているだけだった彼の手に急に力が入り、両手でがっと頭を掴まれる。
頭を丸ごと鷲掴みにされる感触。彼の大きさと自分の矮小さを思い知らされる感覚にぞわりと背筋が粟立った。
そしてそのままぐっ、と奥深くまで陰茎を咥え込まされる。喉の手前までを亀頭でいきなり突かれてえづきが込み上げる。
涙目になりながらそれに耐えていると二、三度と口の中で陰茎が前後し、ついにその時が訪れた。
――――――どぶっ、どぶぶっ、どぶゅるるるる…………っっ!!!!
「――――…………っっ!!!!」
口腔の奥深くで亀頭が破裂した。
いや、破裂したというのは比喩だが、そう思わせるような強い衝撃だった。
口蓋に押し付けられた亀頭から勢いよく迸った精液がびちゃびちゃ、と喉に向かって叩きつけられる。
咄嗟に呑み込んで空気の通りを確保しようとしたが、その粘度の高さのせいでほとんど飲み下せない。
そうこうしている間に凄まじい勢いで吐き出されていく白濁液が瞬く間に私の口の中を占領する。
私は吐き出してしまわないように必死になりながら口を受け皿にして精液を受け止め続けた。
「んん……っ゛、んっ、ぷ……っ」
「うっ、ふ、ぅ……っ、全部飲むんだぞ……」
ぷちゅり、と白濁色の糸を引きながら私の口から半萎えのペニスが引き抜かれる。
その拍子に口端から漏れ出た精液がどろりと雫になって顎先まで垂れ落ちていった。
……女の子にフェラしてもらった後に精液を全部飲んでもらうのって男の浪漫だよな。わかるよ。
でも実際にやる方はかなりキツい。やらされる側になってようやくわかった。
口の中に溜められる量に対して射精された精液の量はかなり多く、それだけで頬がリスのように膨らんでしまうほどだ。
味は決して美味しいとは言えない。強い苦みと僅かな塩っぱさと微かな甘さと強烈な青臭さをブレンドしてえぐみで包括したような、そんな味だ。
しかも精液はかなり粘っこくて口と喉に絡んで呑み込みにくい。思わずむせそうになる。
「……っ、……っっ……!!」
納豆の粘りの部分だけを抽出したものを口一杯に詰め込まれたようなものだ。
それを何とか歯で噛み潰し、唾液と絡めて飲み下していく。
ごきゅっ、ごきゅっ、と喉を鳴らして強引に飲み干して口の中を空にした頃にはすっかり私は涙目になっていた。
胃と喉の奥から精液の臭いが立ち上ってきて頭がくらくらする。頭の中まで精液に漬け込まれたのかと錯覚してしまいそうだ。
「よく頑張ったなリオ、よくやった」
……そしてぜぇぜぇ、と荒い息を吐いている私にヨアヒムが笑いかけながらゆっくりと頭を撫でてくれる。
よくやった、よくやった、と躾中の犬猫に言い聞かせるように。
そしてそんな簡単なご褒美に「飲んだ甲斐があった」と心のどこかで思っている私は――――本当に度し難いほどに単純な人間だった。
「ほら、最後にはなんて言うんだった?」
「……だ、旦那様の精液……、ごちそう、さまでした……」
「あぁ、それでいい。賢いな、お前は。――――本当は
「……ありがとう、ございます。それで、あの、その……」
よしよし、と頭を撫でられながら上目づかいで訴え出る。
正直なところそろそろお腹の調子がマズいことになり始めていた。
口淫中は集中していて気にならなかった便意が膨れ上がってきて、少しずつ腹鳴りの音がしてきていた。
「旦那様にお願いしたいことがあるのなら……ちゃんと口で言わないとな」
「…………っ……!!………………と、トイレをさせていただけないでしょうか……っ!!」
「トイレで、何をさせてほしいんだ?」
「……っっっっ!!!!」
ギリリっ、と屈辱のあまり歯が砕けそうなほどに顎を食いしばる。
だが、ここで抵抗しては人としての最低限の尊厳も取りこぼすことになるだろう。
慈愛さえ感じる目で見下ろしながら催促するように首輪の鎖を弄るヨアヒムに対して、私は震えながら口を開いた。
「トイレで……ぅ、う、ん…………させて……ください……っ」
「……あぁ、わかった。意地悪はこれくらいにしておこう。ちょっと待っていろ」
ぶるぶると羞恥とも屈辱とも怒りとも言えない感情で身を震わせる私を宥めるように撫でてから、ヨアヒムがベッドを断つ。
彼が持ってきたのはわざわざ私が首輪の鎖で行けないような部屋の柄海に置いてあった簡易式の便器とちり紙である。
それをベッドサイドに置いた彼は、私を抱きかかえて便座の上に座らせた。
「…………っ、くっ……!!」
限界が近かった括約筋を緩め、腸の中身を排泄する解放感は人間に限らず全ての生物に共通する快感だろう。
だがそれを人に見られながら、というのは顔から火が出るほどの羞恥心が伴った。
泣きそうになりながら便器に排泄する私を、ヨアヒムは子供に対してするように優しく見守っていた。
腸の中の便は薬剤で完全に分解されており生臭い臭いは全くしない綺麗なものだったのが僅かな救いだったのかもしれないが。
「……将来的には、こっちの孔も
「うっ……っ……」
手枷で縛られている私の代わりに肛門をちり紙で拭いながら、ヨアヒムがそう囁きかける。
こっちの孔も
ただ今は不浄の孔も弄ばれる未来よりも、愛おしい人に排泄の世話をされるという羞恥に耐え切れず、私は涙を零した。