「は、ぁ゛……っ、」
――――掠れた声が暗がりに響く。
地下室に木霊する苦しみの声は、どことなく墓の下に押し込められた幽霊の呻きを連想させる。
苦悶。
苦しみ、悶える様。
……果たして本当にそうなのだろうか。
悶えているという意味では的を射ているのだが、それが本当に苦しんでいるのかどうかは確証が持てない。
薬過ぎれば毒となるように、行き過ぎた快楽は苦痛となる。
ならば、苦しみもいつかは反転して快さにすり替わるものなのだろうか。
いや、それは戯言。言葉遊びの部類か。
今は考えることではない。
「はあ゛っ、んぐっ゛、んっ゛……!!」
ただ、明らかなことは――――その悶える声を上げている私は快楽と苦痛の境界もあやふやになりつつあるということだ。
絶え間なく嬌声を絞られ続けた喉がひりつき、声が掠れる。
上げさせられる声が喉と鼻にかかるような濁ったそれになり始めてからどれほど時間が経っただろうか。
時間の感覚が擦り切れる。意識が焼き切れる。
それでも尚、責めの手は止まない。
「も、やめ……っ」
「駄目だ、もっとだ」
彼の声は熱に浮かされたようだった。
その欲情を隠そうともしないヨアヒムのぎらついた瞳が私を見下ろして――――その手がそっと私の胸を撫で上げた。
仰向けになった体の上、机に伏せたお椀の形をした乳房の側面を彼の指先に触れられたのである。
それだけで私は「ひっ」としゃくりあげるような声を上げて上体をくねらせた。
くすぐったいような感覚が、皮膚一枚で電流のように火花を散らす。それが総身に駆け巡って堪らない震えを齎すのだ。
「ほら、こうするとまた乳首が勃ってきたぞ……。あぁ、本当に可愛らしいな」
「やっ、め゛……」
彼の言葉の通り、視線を少し下に向ければビン、としこり立った乳首が目に入る。
汗で濡れ光る桃色に火照った白い肌の先。硬く立ち上った肉の尖塔は柔らかな脂肪の土台の上で荒い呼吸の律動に合わせて震えるようだった。
そしてそれをヨアヒムが指先で弾く。戯れのようなその一弾きだけで雷に打ち据えられたかのような衝撃が全身に走り、私はのたうち回った。
「か……ぁ゛っ゛……っ」
――――正確にはのたうち回ろうとした。
だが、大げさと言えるほどにバタつく私の手足はガチン、という乾いた鉄の音とともに動きを抑え込まれる。
今の私はベッドの上に磔にされていた。
ベッドの四隅から伸びた鎖に両手足を大の字に広げた形で拘束されている私は、さながら標本にされた蝶のようだった。
食事と排泄の世話をされた後はずっとこの状態でヨアヒムに全身を愛撫された。
一切の抵抗を許されない、無防備な状態で曝け出された五体を彼の手と唇に容赦なく嬲りつくされる。
髪を頬を、耳を
唇を
乳房を乳首を、脇を肋骨を。
二の腕を前腕を、指を掌を。
鳩尾を臍を、脇腹を下腹を。
股座を鼠径を、太腿を内腿を。
脛を
表側から触れる私の全身を余すところなく、残すところなく、指と唇が触れる。
私という人間の体を皮膚一枚の所から綿密に測るように丹念に、丁寧に。
愛撫というにはあまりにも緻密なその接触は最早測量作業の一種のようにも見えた。
「――――あぁ、それは丁寧にやるさ。何せリオがどこでどんな風に感じるのか、きちんと把握して――――開発していかないといけないからな」
そんな風に囁くヨアヒムの眼は情熱的でさえあった。
肌を擦り、撫で、
全身に口づけを落とす唇は黙っていてもわかるほどの愛おしさと、それと同じくらいの独占欲に満ちていた。
私の肌に
正直な話をすると――――それが私は嫌ではなかった。
私が彼に大事に思われていて、それと同じように強く
本当に
あぁ、でもそれはきっと敵わないのだ。
少なくとも磔に縛られた私は彼を抱きしめ返すことさえ叶わない。
こんなに私も彼を愛おしく思っているのに。
「あ゛……っ゛、ん゛ぉっ……!!」
……そしてやがて、そんな細やかな愛撫の刺激が臨界を迎える時が来た。
一滴一滴コップに溜められていた雫が嵩を増し、ついには溢れかえるような感覚だった。
ほんの小さな、くすぐったいような快感の積み重ねの果てに迎えさせられた絶頂は長く長く尾を引いた。
全身の肌を焙られたかのように赤く染めて、ぶわりと全身の毛穴から甘酸っぱい汗を吹き出させながら私は悶えた。
首を絞められる雌鶏のような声を絞り出して、両手足の鎖をギチギチと突っ張らせて。
どれほどの時間意識が飛んでいたのかは定かではない。
眼の焦点が合い始めたときには私が感じられたのは全身の骨が焼き鏝に変わったかのような灼熱感だった。
体が芯から熱くて熱くて仕方がなかった。少しでも熱から逃げるように冷えた空気を求めて体を揺する様は、傍から見れば陸に打ち上げられた魚の藻掻きにも見えただろうか。
「……リオは、やっぱり敏感だな」
「ん゛ひ、ぃ゛……んぅぁあ゛……っ!?」
だが、本当に恐ろしいのはそこからだった。
ちょんっ、と軽く突く程度の力で陰核に触れられる。
それだけで私は再度高みに叩き堕とされた。
意識から外れて暴れ回る手足がガチガチと鎖の音を立てる。
小さく細かな愛撫によって蓄積された快感は、同じように僅かな刺激によっても再度絶頂に押し上げられるほどに高まっていた。
さながら鉄のやかんでじっくりと沸騰させられた水は容易には冷めないように。
それから私は何度も何度も、絶え間ない絶頂を味合わせられることになった。
彼の手つきは相変わらず優しく細やかだ。
しかし敏感になり果てた私の体にはその肌をなぞる程度の感触が、電流を浴びせかけられるかのような激烈な衝撃となって感じられた。
直接性感を感じるような場所ではないはずの、脇腹や内腿を撫でられるだけでスタンガンでも当てられたように大げさに体が跳ねた。
そうして決壊寸前まで肌の感度が高まったときこれ以上ないというほどに正確なタイミングで性感のスイッチを押される。
乳首、乳房、陰核、陰唇。
性の快感を受け取る器官はそこが火薬庫にでもなってしまったかのようだ。
指先一つで火が付き、私の体を内側から快楽の火と衝撃で焼き尽くして引き裂いていった、
「あ゛っあ゛ぉ゛っ、お゛っ!!んぃ゛っ……、イ゛くっ……!!イ゛くイくイくイくイくイく……っ、イ゛ってる゛っ、もうイってるからもうやめておねがいヨアヒム休ませて゛…………っっ!!」
「…………だから、旦那様と呼べっていっているだろう……っ」
「あ゛っ、や゛ああぁ゛――――――っっっ!!!?」
ぐりゅりゅっ、とかつてない手応えと共にすさまじい異物感と違和感が私を襲う。
――――後ろの孔だ。肛門にヨアヒムの指が捻じ込まれている。
「……っ!?――――――……っっ!!!!」
「別に汚くはないさ、その為にこっちもちゃんと洗ったんだからな。……
そう語るヨアヒムの声はまるで熱に浮かされているようでもあり、自分自身に言い聞かせているようでもあった。
仄暗くて異様な熱を帯びたその声を、しかし私はまともに聞いてはいられなかった。
指を一本、尻の穴に突き込まれただけ。だがその存在感はともすれば
本来モノを出すこと以外は想定されていない器官に、逆に入れられるという異物感は生理的な嫌悪感さえ引き起こす。
その汚辱感が腰骨から背筋に伝わって全身に広がり、頭を掻き毟りたくなる。
「ひぃ゛っ、ぃ、い゛ぃんぅっ……!!」
私が枷の鎖をかき鳴らしながらのたうち回っている間に、ヨアヒムの手が前の方へと延びる。
度重なる絶頂で栓が抜けたように甘酸っぱい体液を漏らす陰唇に、中指と人差し指の二本が揃えられた状態で挿し込まれる。
愛液で満たされた膣内は熱い畝のよう。ならばそこに突き立てられたヨアヒムの指は鍬だろうか。
軽く先端を曲げた指先が膣肉を容赦なく耕していく。蜜汁を掻き出し、膣襞を引っ掻いて捏ね繰り回すような蹂躙。
くちゅっ、くちゅっ、くちゅっ、くちゅっ、くちゅっ、と泥を混ぜ返すような私の股座から響き渡る。
「はあぁ゛っ……!!はぁあ゛っ……!!ああぁぁ゛ぁ゛っ……、ゃ゛っ、もうっやめ゛、おねが……っ!!」
――――そんな膣肉の掘削とも言うべき手淫が恐ろしいほどの快感を生んでいるのが私には怖かった。
ざりざり、と敏感な内臓の粘膜を力任せに引っ掻かれているような感じなのに、そこから快感が火のように噴き出してくる。
限界まで体中の性感を暴かれ、高まらせられた私の体は一見強引にも見えるその愛撫にも順応するほどに
とっくに限界点を超えている状態で叩き込まれる力強い快感は、股間を中心にバーナーで体を焼き裂かれているような錯覚を抱かせる。
自分がバラバラになりそうで恐ろしくて、反射的に体が逃げる。
だが、腰を必死にくねらせて指から逃れようとしてもベッドの端に括りつけられた枷がそれを阻む。
手枷から伸びた鎖を無意識のうちに掴んで少しでも上へ上へと体を引っ張りあげようとする様は傍から見れば滑稽だったかもしれないが、私は必死だった。
掻き毟られる膣に対して、肛門はあくまでも指で穿たれたままだった。
だが、時折思い出したかのように何度か指を前後され、或いは括約筋を
あくまでも後ろの孔をこなれさせるための、慣らしにすぎないと言わんばかりの(前の孔への責めに比べれば)緩やかな動き。
だが、それだけでも排泄孔を弄ばれる違和感は凄まじかった。肛門を割開かれる拡張感は全身を焼く性感と混じり合い、毒々しい色合いの炎になって私の意識を侵していった。
膣孔と後孔に跨る8の字の筋肉が反射的にギチギチと締め上がり、そこを穿つヨアヒムの指の感触だけが脳に刻まれていく。
「イくっ、イく゛っ゛、ん゛ん゛っ、ぁっ!!やめ゛……て゛……っ、もうイき゛たく゛ないぃ……ヨアっ゛……!!!!だ、
もう自分が何を言っているのかもよくわからない。
ひゅーっ、ひゅーっ、と喧しい呼吸音は壊れかけた
限界まで水の中に潜ってから、息継ぎが終わるまでにまた沈められるのを繰り返しているような息苦しさ。
快感の火と電流に焼かれる体は回路が狂ったかのように磔のまま踊り狂い、ガチャガチャと喧しく鎖を鳴らしている。
間断なく叩き込まれる快感、あるいはそれを通り越した苦痛と指先一つで犯される凌辱感で意識がズタズタになっていく。
私は喉が枯れるように泣き喚き、彼に許しを請うた。
「あぁ……よく言えたな、今楽にしてやるからな……」
何がそんなに嬉しかったのか今の私には考えを巡らせるような余裕はなかった。
楽にしてやる、という言葉通りトドメを刺すかのように苛烈に陰部を責め立てられたからだ。
陰唇を二指で抉る方の手が親指で陰核をまさぐる。いや、まさぐるというよりは揉み潰すというのが正しいだろうか。
指の腹で餅でも練っているかのように細やかに、それでいて素早く大胆に陰核が転がされ、高圧電流のような快感が連続で襲い来る。
それと同時に中指と人差し指が、重力に逆らって下から上へと私の股座を持ち上げるかのように圧迫してくる。
ぐりゅりゅっ、と膣肉から愛液を絞り出すような力強い指圧を食らわされた箇所からじぃん、と長い永い快感が響く。
いつ途切れるとも知れない甲高い楽器音を彷彿とさせるその性感は耐えがたく、私の腰は指に釣られるように徐々に浮いていった。
ヨアヒムの方へと股間を捧げるような、なんとも恥知らずな体勢。
「か……………っっ゛゛゛!!!!!」
そしてその限界は唐突にやってきた。引き伸ばされすぎたピアノ線が張力に耐えかねて千切れ飛んだかのような、そんな絶頂。
ぶつん、と頭の奥でブレーカーが落ちるような音がして、私は息を一つ断末魔のように吐いて、墜ちた。
「――――――っ!!!!…………っ、……っっ!!!!!!」
地面がトランポリンになったかのような、大きく激しい波に意識を攫われる。
いや、激しくて大きな音がばたん、ばたん、と響いていたのを思えば波打っていたのは自分自身の体なのかもしれない。確かなことは何もわからない。
壊れた機械のようにかくかくと無様に腰が跳ね、突き刺されたままのヨアヒムの指をギチギチと締め上げた。
胎奥で膣肉が引き絞られ、ぶちゅぶちゅと愛液がしぶく感触がした。
その間も彼の指が私の中で細かく蠢き、私に絶頂感を長く味合わせようと刺激を加えてくる。
こちらを呑み込んで押し潰すような大きな快感の波とそれを解きほぐすような細かな快感の波が私の中で混ざり、私を撹拌していった。
やがてその波が全て退くころには私はぜぇ、ぜぇ、と荒い息を吐いていた。
自分の体が溶鉱炉にでもなってしまったかのようにひたすら熱い。
時折快感の残滓で反射的に体が震える以外、指一本動かすことができないほどの疲労に満たされていた。
その頃合いを見計らうようにヨアヒムが指を引っこ抜いた。
じゅぽっ、と溢れ出た蜜の多さを物語るような音と共に抜かれた指が
彼の指先が抜けた空虚を惜しむように前後の孔が熱を帯びてひくつく中、慣れ親しんだとも言える熱感が股間に灯った。
……そして、残念なことに過剰な絶頂で脱力しきっていた私にはそれを押しとどめるだけの力も残っていなかった。
「あぁ……ゃぁ…………っ!!」
「ん、大丈夫だ。激しくイったらそういうこともある。みんななることだ。恥ずかしがらなくていい。特にオレの前では……」
尿道が緩んで、小便がしぶく。
じょろじょろと野放図に尿を漏らす行為は極めて原始的な解放感が伴った。
愛している男性の目の前で、足を閉じることもかなわないまま垂れ流すという極大の羞恥と分けて考えられればの話だが。
「大丈夫だ、気にするな。気持ちよく全部おしっこ出しきっちまおうな……」
ヨアヒムが脇に放られていた就寝用の毛布をおしめの代わりに当てがって尿を受け止める。
幼児に対してするように優し気に語り掛けられながら排尿の世話をされるのは、泣きたくなるほどに恥ずかしかった。
……いや、実際に私はボロボロと泣いていた。全身の筋肉も孔も緩んで、涙をこらえることもできなかった。
「ぅっ、うっ゛…………っ」
嗚咽を漏らしながら攻めて顔だけは背ける私を、ヨアヒムが情欲と慈愛の籠った複雑な目で見つめていた。
******
……主観ではどれだけ長い時間に思えても、何時かはどこかで終わりが来る。
起きてからヨアヒムに散々体を嬲りつくされていたが、それも今は小休止だった。
ヨアヒムは領主としての政務をこなすために、散々名残惜しそうにしながらも地下室を出ていった。
階段を昇っていく彼を見送って、私は
屋敷の人達は私の事を心配しているのだろうか。
私がいなくなったことをヨアヒムはどう説明しているんだろうか。
アンネは……どうしているのだろうか。取り乱したりはしていないだろうか。
「――――そこのところ、どうなんでしょうか。テオドラさん」
「私にはお答えしかねます。伯爵様からは外の情報は一切口にしないように、と命じられておりますので」
ベッドの上にゴロン、と横になりながら私はすぐ近くで作業をしているテオドラに話を向けた。
主に私の体液で濡れて冷えたシーツや毛布は彼女が持ち込んだ新しいものに替えられていた。
生地から薫る日差しの香りが、もう何日も見ていない太陽を思い起こさせた。
「…………」
本人の言う通り、外の情報について話すことは何もないのだろう。それ以降テオドラはだんまりを貫いていた。
いや、思い返してみればそもそも彼女は業務報告以外に自分から進んで他人に雑談を振るようなタイプの人間ではなかったか。
眼鏡の奥の黒曜石のような瞳は、なんの熱も感じさせることなくひたすら機械的に作業をしている自身の手元に注がれていた。
……やることがないので見ているだけだが、あまり彼女の作業を眺めているのも精神衛生上よろしくないのではないだろうかと思い始めてきた。
何せ彼女がやっている作業というのは、この地下牢の隅に立てかけられていた古びた拷問器具のようなおどろおどろしい道具類の整備だからだ。
「あの……テオドラさんは……」
「どうかされましたか」
「……その、ヨアヒムのしていることに、反対とかはしなかったんですか」
「いいえ。主人が『せよ』と命じたことを『する』、それが使用人としての務めですので」
「あ、はい……」
「無論、他の使用人であればお客人を監禁するというような行為に難色を示すことでしょうが……。ただ、合法・非合法であれ、人道・非人道であれ、主人からの命令には従うのが使用人というものだと私個人はそう思っています」
鉄鎖の錆落としをしながら彼女は淡々と返答した。
相変わらず彼女の瞳にも表情にも一切の感情の変化のような物は見られない。
例え犯罪行為だろうが主人の命令なら躊躇わずやる、と口にしながら熱が籠っているようには聞こえない。『決意』や『忠義』を語っているような顔ではなかった。
だが、そこには特定の用途のために設計されたAIが自身の機能を説明しているような、一つの職務に準じている
それ以外の性質を持っていないからこそ、本人も他人もその性能に疑念を抱かない……そんな具合の。
「それに、この部屋の
「……ん?」
ちょっと今聞き捨てならない言葉を言わなかっただろうか。
ここを使ったの事のある人間……テオドラが?
「それって、どういう……」
「別段隠し立てするようなことでもないのですが……えぇ、九年ほど前まで私はここで
「………………」
私は二の句が継げなかった。
テオドラがかつてこの地下牢に入れられていたこともそうだが、それ以上に――――飼育されていた、とそんな凄絶さを想像させることを言いながらそれを全く他人事のように説明する彼女の表情に衝撃を受けて。
そして、同時に脳裏に閃くものがあった。九年前、というフレーズを私はどこかで聞いたことがあった。
それは……確かヨアヒムが自分の父親を追放した時期ではなかったか。
「はい、その通りですね。私は先代の伯爵様の雌奴隷、性処理ペット、肉人形、精液便女、チンポ扱き穴……呼び方は様々ですが、そのような
「……っ……」
「九年前、先代の伯爵様が追放された後、今代の伯爵様は私を憐れに思われメイドとしての仕事を与えてくださったのです。それ以来、変わらず今代の伯爵様にメイドとしてお仕えさせていただいております」
淡々と、あくまで感情の一つも交えず淡々と彼女はそう語る。
自分が
ここに至ってようやく気付いた。
恐らく――――彼女の感情はとっくの昔に擦り切れてしまっているのだ。
それこそ九年前、この地下牢で先代の伯爵、つまりはヨアヒムの父親の苛烈な調教の末に。
「メイドとしての通常業務の他にも、今代の伯爵様の性欲処理なども務めさせていただいておりましたが……どうやら、お役御免となりそうですね」
――――これからはリオ様が務められるようですので。
温度の感じられない瞳、温度の感じられない言葉。
一瞬、私は背に
以前感じた悪意や殺意に晒されて覚えたそれとは違う、自分が今まで人間だと思ってい接していた者の正体がよく擬態していた昆虫だったと知ってしまったような……そんな手遅れな異物感。
無論、錯覚だ。錯覚でしかない。
テオドラは感情が擦り切れているだけのただの人間で、そこに不気味さを感じてしまったとしたらそれは下手な感情移入をしていた、接する側の責任だろう。
だが、私は彼女から背を向けるように、ベッドの上の毛布にくるまって会話を打ち切った。
その拍子に変わらず私に繋がれた鎖がじゃらん、と音を立てる。
今はその鎖の音が酷く私の心をざわめかせた。
「…………っ」
私もテオドラのようになってしまうのだろうか、とそう考えると恐ろしくて仕方がなかった。
自分で自分の境遇に対して何の感慨も抱かず抱けず、主人の腕に抱かれるときだけ性処理用の
「違う……」
ヨアヒムはそんなことはしない、と自分に祈るように言い聞かせる。
彼は女性にはいつだって優しい男で、私の事を大事に扱ってくれて……。そんな否定材料を心の中に思い浮かべようとして、それらが砂のように零れ落ちていくのを感じていた。
少し前のヨアヒムならしなかっただろうことを、今の彼はやっている。
彼は本気だ。私を本当に自分のモノにしようとしている。自分の紳士としての信念を放り捨ててまで。
だから、私をテオドラのように感情の失せた
私を手放したくないという彼の願いを鑑みればそれが最適解とさえ思えてくる。
「……嫌だ」
それは――――嫌だった。
私は私の心を失くしたくはなかった。
だって、そうなってしまったら……ヨアヒムの事が好きだというこの気持ちも、彼の事を思って胸に広がるこの幸せな温かさも無くなってしまうということだから。
ただ黙ってベッドの上で膝を抱える私を尻目に、テオドラは黙々と古びた拘束台の金具に油をさしていた。
カチャリ、カチャリ、と密やかで冷たい金属の音が薄暗い地下室に絶えず鳴り響いていた。