※この作品はR-18です。

The Unlimited Horizon   作:白臼

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第七話 第一層

 

 

 魔法陣が起動し、視界が白い光に包まれる。

 下降していくエレベーターの中のような浮遊感を一瞬感じた後、目を開けば周囲の景色は一変していた。

 

 そこには街があった。

 清潔感を感じさせる白い石材で作られた建物と石畳で舗装された道路。建築様式はフロラントの街のものと似ていながらも、全体的に荘厳さや静謐さを感じさせる佇まいだ。

 目を凝らしてみれば壁や門に細かい装飾や細工が存在し、静けさの中にも華やかさを感じさせる。

 街の繁栄、豊かな芸術性、住人たちの裕福で恵まれた暮らし………そんなもの連想させる建築でありながら、そこには決定的に足りないものがある。

 

 ――――――それはそこで暮らす人間の姿だ。

 道路を行き交う人間も、広場で商いをする人間も、門を潜る人間も、戸を開く人間も、庭を眺める人間も、室内で歓談する人間も、食卓で皿を囲む人間も、寝室で休む人間も――――――誰もいない。

 

 そうここは既に遺棄された都市。

 ダンジョン『フロラント・メガロメトロ』の第一層『廃棄市街・上層』。

 このダンジョンが『地下都市』の異名で呼ばれるその所以である。

 

 「では、行きましょうか。」

 

 昼の青空と変わらぬ明るさと色彩を再現した天井をちょっと見上げて私は呟いた。

 

 長々と語ったが、私としては何度も訪れた場所であり特に感慨に耽ることもない。

 初めて訪れたころは街の荘厳さと無人ゆえの物悲しさに心を打たれたものだが、人間なんにでも慣れてしまうものだ。悲しいことに。

 

 魔法陣による転移とともに周囲の冒険者の意識が周りの光景に移った瞬間、隠形を使って気配を絶ち、魔法陣の上から立ち退いた。

 そしてそのまま軽く助走をつけて手近な塀の上に乗って駆け、さらに建物に向けて跳躍。

 壁の適当な窓の縁やテラスの手すりなどを取っ掛かりにしながら屋根まで上る。

 

 「よっこらせっ、と。」

 

 建物の屋根から眼下を見渡すと、この街の全貌がある程度見渡せる。

 先程この街が完全に無人であるように表現したが、それは正解とは言えない。この街には確かに動くものがいる。

 

 具体的には冒険者達と魔物達だが。

 

 無人の広場、路地、あるいは屋内――――――いたるところにダンジョンの魔物が潜んでおり、街に侵入した冒険者たちを迎え撃っていた。

 ただしこの『廃棄市街』はまだ第一層。出現する魔物も、『グリーンスライム』、『オオガラス』、『ワイルドドッグ』、『フラッタージョー』、『歩きキノコ』、『ゴブリン』………といった非常に低級の部類でしかない。

 ただし、魔物は弱くともこの第一層はかなり広い。それこそ街一つ分の広さがあるのだ。

 広い市街地を探索しながら開けた広場や道路での戦闘、あるいは路地や屋内から奇襲を仕掛けてくる魔物への対処………など、ひよっこの冒険者であれば少しキツいかもしれないが、逆にいい経験にもなるだろう。

 

 実際この地下都市第一層は現在、そうした初心者冒険者達の訓練施設めいた使われ方をしていたりする。

 等級が低い、駆け出しの冒険者たちは実力を鍛えることができるし、収集したアイテムを売り払えばちょっとした稼ぎにはなる。

 そんなわけでこの市街地は閑散として見えるその見かけに反して、結構な賑わいを見せている。

 

 ――――――だが、それはあくまで低層での話。

 第一層、第二層はまだ初心者でもなんとかなるだろう。

だが第三層、第四層と潜るにつれて難易度は加速度的に上昇していく。

 この『地下都市』は全十三層の構造になっているが、正直なところ私単独では第十層が限界である。

 ゲーム時代にパーティを組んで最深部となる第十三層まで行ったことはあるが、それも数える程だ。

 現実化した現在ではベテランのプレイヤーでも死のリスクがある十一階層から下を攻略しようという人間は殆どいないだろう。

 

 初心者から上級者まで――――――というのがこのダンジョンのコンセプトだ。

 そのため、浅い層では人の賑わいが見られるが深い層になればなるほど人気が急速に薄れていく。

 プレイヤーを除いたこの世界の冒険者では折り返し地点である第七層から下に行けるものは稀だろう。

 

 今回私が行く予定の第八層は到達できる人間がかなり限られる――――――つまり、取れるアイテムが希少なので高値で売れるということに他ならない。

 現実化した影響で難易度の高い―――命の危険のある場所で取れるアイテムは全体的に高騰しているのだ。

 

 「まずはさっさとこの階層を抜けないといけませんけどね。」

 

 屋根の上からぐるり、と周囲を見渡してから第一層のゴールを確認する。

 低層で取れるアイテムに用はないので、ここはさっさと突っ切るに限る。

 だだっ広いエリアなのでここに用のない冒険者にとっては、移動時間だけが敵である。

 隠形スキルで魔物は全部スルー、邪魔な建物も全部スルーするに限る。

 

 「とうっ。」

 

 適当に掛け声を出して、私は屋根から身を躍らせた。

 

 

******

 

 

 子供の頃、横断歩道を渡るときに白線だけ踏んで渡っていた人はいるだろうか?私はよくやっていた。

 アスファルトの黒い部分が大きな穴で、横断歩道の白い部分はその上の足場。

 仮想の『穴』に落ちてしまわないように、ぴょん、と飛び跳ねながら向こう側へと渡っていく――――――。

 

 今やっているのも感覚としては似たようなものだ。

 ただ、足場はダンジョン内の建造物の屋根で地上から十メートル弱のところを飛び跳ねているという注釈がつくが。

 

 屋根の上、塀の上、手すりの上、門の上………地面ではない場所を走り、駆け、跳ねて、飛び移っていく。

 要はパルクールやフリーランのようなものだ。律儀に道に沿って進んでいくのはいくら何でも時間がかかるので、文字通り市街地をまっすぐに突っ切る。

 

 目測で距離を測りながら、足場から足場へと飛んで駆ける。

 髪を靡かせていく風を感じながら進む。

 気分はちょっとしたアスレチックだ。

 隠形は継続中なので魔物はすれ違ってもこちらに気付くことはない。

 

 「ん?」

 

 しばらく進むとなにやら見覚えのあるものが視界に映った。

 一旦足を止めて、『鷹の目』を使って遠方のそれを注視する。

 

 「あぁ………彼ですか。」

 

 視線の先にあるのはちょっとした広場だ。中央には水の枯れた噴水があり、その広場内で魔物の群れと冒険者の一団が立ち回りを演じている。

 しかし、私が注目しているのは彼等ではなく広場の隅の方――――――冒険者たちを見守るように立っている一人の男だ。

 顔はこちらからは見えないが、あの特徴的な格好をしている人間が二人といるはずもないの。知人だというのに疑いはなかった。

 

 少し考えたが、知らない仲でもないのだし挨拶していくことにする。

 私は進路を変えて広場の方へと足を向けた。

 少し走ってから石畳に着地、てくてくと歩いて彼の背後から声を掛けた。

 

 「ドニーさん。お久しぶりで―――――――――」

 「何奴!」

 

 声を掛けた瞬間、首元に刃が突き付けられた。

 鋭い風切り音とともに眼前に迫ったのは薙刀のような武器の切っ先だった。

 危ない危ない、もう少しで首を切り落とされるところである。

 

 「………ソニアさんもお元気そうで何よりです。」

 「誰かと思えばリオ殿か………謝罪します。」

 

 だが突然背後から声をかけるのはやめていただきたい、とそう言ってきたのは私が声をかけた男性――――――の横にいた僧服の女性だった。

 炎武神の聖印を首から下げ、長杖(スタッフ)の先端部分に刃を取り付けた『装剣長杖(バヨネットスタッフ)』という武器(この場合は杖というより錫だろうか)を携えた、凛とした表情の女戦士である。

 

 「声を掛けただけで斬られそうになるとは思いませんでした。」

 「重ねて謝罪します。………ですが、今の私は師範の護衛中の身。貴女がもし『冒険者狩り』であれば切り捨てねばならぬところでした。」

 「ドニーさんに護衛ですか………。」

 「いかにも。」

 

 ドニー師範が自分よりはるか高みにいることは承知の上だが、門下生たちの腕前の確認に集中できるように度々やってくる雑魚を掃除するのが自分の役目――――――と毅然とした顔で語るソニアさん。

 心持ちドヤ顔気味に見えるのはそれだけ彼女が自分の仕事に誇りを持っているからであり、それだけ彼女が師範を尊敬しているということなのだろう。

 

 「そういうわけだ。――――――俺のツレが迷惑をかけたな。リオ。」

 

 我々が話をしていると、それまで微動だにしていなかった男――――――ドニーがこちらにゆっくりと顔を向けた。

 その堂々たる立ち姿はさながら根を張る大樹のように泰然とし、大地のように盤石な、まさに戦士かくあるべしという有様。

 擦り切れた鉄を打ち直したような、頑健とした声は歴戦の風格を漂わせていた。

 

 

 ―――――――――ただし、ウサギの着ぐるみだが。

 

 

 「し、師範!」

 「ソニア、お前に仕事を言いつけたのは俺だからな。ここは俺が謝っとくのが筋ってもんだぜ。」

 「お二人ともそんなに恐縮されなくてもいいですよ。こっちは全く怪我してないですから。」

 「おう、そう言ってもらえると後腐れがなくていいな。ありがとよ。」

 

 はっはっはっ、と仁王立ちのまま笑い声をあげるウサギの着ぐるみ――――――ドニー。

 笑顔を浮かべた白いウサギの着ぐるみに勇者のような緋色のマントを纏った威風堂々たる戦士という色々と常識を疑う外見をした男だが、彼はゲーム時代からこうだった。

 ネタじみた格好をしたやつは大体プレイヤーといわれるが、彼はその最たる例の一つだった。

 

 「しかし、ソニアの攻撃を防ぐも避けるもしないとはな。一歩こいつが踏み込んでたら首が飛んでたぜ?」

 「何を言いますか。こっちは彼女を信頼していたのですよ。」

 

 彼女が誰何しながら杖を振るってきたということは、相手の素性を確かめる意図があったということ。

 それならば彼女が問答無用でこっちの首を跳ねるようなことはしないだろうし、彼女程の実力者が間合いを読み間違ってこちらを傷つけるようなことは無いだろうと踏んだまでのことだ。

 

 「ふん、なるほどな。………その割には右手は短刀(ナイフ)を握っているようだが。」

 「バレてましたか。」

 

 ドニーに指摘されて、右大腿の短刀(ナイフ)に添えられていた手を放した。

 こればっかりは条件反射だ。仕方がない。

 実際、ソニアがこっちにもう一歩踏み込んできたらこれで応戦するつもりだった。

 

 「とは言っても私の実力ではソニアさんと斬り合いを演じたところで、あっさりとやられてしまうでしょうが。」

 「リオ殿、流石にそれは御冗談でしょう。」

 

 私が右手をブラブラさせながら言うと、ソニアはため息を吐きながら言葉を挟んだ。

 

 「リオ殿であれば短刀(ナイフ)を投げて隙を作って、即座に間合いを取る。そして弓を構えられたなら、もう私には勝てない。一方的に撃ち殺されるだけでしょう。」

 

 神妙な表情で分析をする彼女。自分の実力が劣ることを冷静に分析してはいるが、それでもやっぱり悔しいようだ。

 ………だが聞き捨てならないのは初手の短刀(ナイフ)投擲を避けられる前提で話をしていることだ。

 ふふふ、どうやら私の投擲攻撃だけなら捌き切る自信があるとみてよいのだろうか。

 

 魔物の骨を削って拵えた短めの白いボールペンのような投矢(ダート)をポケットから引き抜く。

 両手いっぱいに投矢(ダート)を持ってジャラジャラ言わせながら威嚇すると、ドニーにあまり虐めてやるなと呆れられた。

 

 「まぁ、ソニアが短刀(ナイフ)を避けられるかどうかは別として、遠距離でリオに敵わねえってのはそんなに悲観することでもねえ。こいつは自分の間合いを取れれば敵なしだからな。」

 「………では師範がリオ殿と戦われるときはどうされますか?」

 「私とドニーさんが、ですか………。」

 

 ソニアさんに言われて考えるが、それほど難しい話でもない。

 私たちの実力は大体同じくらいで、かつ得意な戦法がはっきりしているからだ。

 

 私の武器は弓なので、長距離(ロングレンジ)から一方的に相手を狙撃して倒すのが常套手段だ。反面耐久力は高くないので、ドニーに近距離(ショートレンジ)に持ち込まれれば一方的に倒されるだろう。

 必然として、私は距離を保ちながら矢を射かけてドニーを仕留めようとする。

 だが、彼の防御を抜くのはそう容易くはない。ふざけているように見えるウサギの着ぐるみ、その実態は『革素材の全身鎧』だ。急所も隠れているので短時間で仕留めるというのは非常に難しい。

 加えてドニーは耐久力に任せた制圧前進を最大の得意としており、私の矢に耐えながらこっちに猛然と突っ込んでくるだろう。

 

 そうなると逃げる私と追うドニーというわかりやすい構図になる。

 私は追いつかれる前にドニーを倒して、ドニーは追いついて私を倒す。

 あとはその場のとっさの判断や、地形、時の運次第ではないだろうか、と私は思う。

 

 ドニーもそうソニアに解説した。

 その上で、

 

 

 「その上で、俺は『今』のリオとやり合ったら負けると思っている。」

 

 

 彼は『今』という部分を強調してそう話を結論した。

 ウサギの着ぐるみの頭部の奥、こちらからは見えない彼の眼が私を捉えている。

 私を見透かそうとするような鋭い眼だ。

 

 「『昔』は大体互角だったんだと思うが、『今』は違う。俺たちは別々の生き方を選んで、その差が実戦で出てくるってだけの話さ。」

 

 そう言って彼は話を締めくくった。

 自分の敗北を知りながらも卑下するような響きは全くない、いっそ清々しいものだった。

 

 「私はドニーさんの今されていることはとても良いことだと思います。正直、私はできないことなので。」

 「まあな。そう誰でもホイホイできちゃ、商売あがったりってなもんさ。」

 

 私が視線を向けたのは広場で魔物と戦っている冒険者達――――――つまりはドニーの門下生たちだった。

 

 槍を持った戦士がリーチの差を生かして棍棒を振るう子鬼(ゴブリン)を一方的に倒した。しかし、槍を掻い潜って足元まで突進してきた角兎(ホーンラビット)の攻撃を大げさに避けた結果バランスを崩しそうになっていた。

 剣と盾を持った男は、盾を油断なく構えて野犬(ワイルドドッグ)の動きを観察していた。飛び掛かってきた隙をついて切り伏せるつもりだったのだろうが、背後から大鴉(オオガラス)の強襲を受けて仲間にフォローされていた。

 短刀使いの冒険者がクワガタのような魔物――――――羽搏大顎(フラッタージョー)を引き付けて、背後の魔術師(ウィザード)の魔法で攻撃させた。範囲が広い魔法だったので危うく友軍誤射(フレンドリーファイア)になるところだったが、うまく躱して無事魔物も倒したようだ。

 

 ここにいるのは冒険者の等級にして十級、九級といった駆け出しレベルの者達だ。

 相手にしている魔物も熟練者から見れば鼻で笑うようなものだが。戦っている彼らの眼は真剣であり、必死だった。

 

 確かに彼らの敵は強者からすれば大したものではないのかもしれない。

 戦力も、戦術も私から見れば至って稚拙なものだ。

 だが、それでも私は彼らを見てこう言うしかなかった。

 

 「いいものですね。」

 「だろう?」

 

 着ぐるみのドニーが誇らしげに頷いた。

 

 別に妖鬼(トロール)・戦王(ウォーロード)を倒した直後に首狩兎(ヴォーバルバニー)を迎撃するわけでもない。

 冥神猟犬(アヌビスハウンド)と禍津黒翼(グリムレイヴン)の挟撃を捌くわけでもない。

 音速刃蟲(ソニックリッパー)を打ち落とすわけでもない。

 

 我々からすれば大したことのない戦いかもしれない。

 そこには新米冒険者たちの弱くとも必死な戦いと、命の輝きがあった。

 

 「懐かしいですね、師範。こうしていると私も未熟だったころを思い出して身が引き締まる思いです。」

 「オオガラスの群れに追いかけられてちびってた時期か。」

 「それは忘れてください!」

 

 しみじみと語っているソニアだがドニーの発言のせいで台無しである。

 ソニアさん、セクハラで訴えてもいいんですよ。そういうの。

 

 ドニーはこの世界が現実化してから、冒険者ではなく冒険者を育てる道を選んだ。

 元々ゲーム時代から初心者プレイヤーに親切に色々と教えていた男だ。性に合っていたのだろう。

 今では彼の道場は冒険者組合公認のものとなっており、登録したての冒険者はとりあえず彼の道場に放り込まれるらしい。

 そこで基本的な体力や心構えを養うための初心者レッスンという名のシゴき(ここでいうシゴきとは性感帯に刺激を与えることではない)を受けて、今ここでこうしているようにダンジョンで実戦を行う。

 幸い、街の中に入り口があり低層の難易度が低い地下都市は訓練にうってつけだ。

 ドニーの教育のおかげでフロラントの街出身の冒険者は質が良いと評判らしい。

 

 教育者の道を選んだドニーに対して、私は今でも単身冒険者として魔物と戦う日々だ。

 実力が開いたとしても仕方のないことだ。それを弱くなったと嘲るようなことを私はしない。

 誰かを育て、導くその手腕は彼が手に入れた立派な強さだ。

 

 「対人戦の訓練はいくらでも道場でできるが、魔物相手ってのは実戦じゃねぇと身につかねえからな………。ちなみにあいつらを見てお前の評価は?」

 「………ふむ。」

 

 話を向けられたので口元を指で撫でながら思案する。

 ふーむ。射手(シューター)兼野伏(レンジャー)からの評価としては、「目の前の獲物に気を取られすぎていて隙だらけなので、死角から襲い掛かって仕留めるのは容易」、といったところだろうか。

 そう伝えてから、もう一つ付け加える。

 

 「呼吸が乱れすぎですね。」

 「呼吸、か。お前はよくそう言うな。」

 「うちの師匠に耳にタコができるほど言われましたから。」

 「リオ殿の師匠、ですか。」

 

 呼吸を制する者が戦いを制する、と師匠はよく言っていたものだ。

 彼のおかげで今の私があるのだが、私の師匠の鍛錬ははっきり言って初心者には参考にならないだろう。

 私が何度か死にかけたくらいだし。

 

 「………リオ殿を死の淵に追い込む方がいるのですか。」

 「はい、具体的には師匠との模擬戦で何度も死線を潜らされました。」

 

 当時のことを思い出すと思わずハハハ…、と乾いた笑いが零れた。

 「多少死んだところですぐに蘇生するから問題ない」とかのたまいながら殺しにかかってきた、というか実際に何度か私の息の根を止めた師匠は正直言ってトラウマだ。

恩人だし感謝しているのは確かなのだが………。

 黒い森………仙人………うっ、頭が………!

 

 ドニーが着ぐるみ越しに哀れんだ視線を向けてくる。

 ソニアはうちの師匠について何か聞きたかったのだろうが、それだけで尋ねる気が失せたらしく渋い表情を浮かべて口を噤んだ。

 鍛錬を良しとする炎武神も、死ぬまでやれとは言っていないようだった。

 

 

******

 

 

 ドニーとソニアに別れを告げて第一層の踏破を再開する。

 先ほどと同じく壁を上ってから屋根伝いに市街地を進んでいき、目当ての建物へと到達する。

 街の中心部にあるその屋敷は来客を拒むように、門も扉も窓も厳重に閉ざされて佇んでいた。

 

 目視で確認すると今まさにその屋敷の鍵を開けて中に入っていく冒険者数人組がいた。

 どうやら先客のようなのでおとなしく番を譲る。

 

 

 この屋敷は第一層から第二層へと続く場所であり、同時に第一層のボス部屋でもある。

 廃棄市街の中にある鍵を探し出し、屋敷の中にいるボスを撃破すれば第二層に降りることができるようになっている。

 ちなみに鍵は使ってもなくならないのでダンジョンの外に一度出ても使用可能である。

そのため一度クリアした経験のあるものはいちいち鍵をもう一度取ってくる手間が省ける。

 

 ただし、屋敷の扉は一度誰かが開けて入るとボスを撃破しない限り外からも中からも開かない仕組みになっているので、私はこうして順番を待っている。

 外見上は屋敷だが、玄関に入ればすぐにボスがお迎えしてくれる構造になっているので、倒すのに手間取らなければ短時間で終わるだろう。

 

 そう思って屋敷から聞こえる音に耳を澄ませていると、しばらくバタバタと騒がしい音がしていたが数分で聞こえなくなった。

 ボスが討伐されたのだろう。私が鍵を門に差すと容易く開いた。

 同じように鍵を玄関扉に差して、私は中へと踏み込んだ。

 

 屋敷の窓も扉も閉め切っているため、屋内は薄暗く埃っぽい。

 微かに入ってくる外の明かりが床の上の埃を雪のように照らす。

 打ち捨てられた屋敷は殺風景で、物悲しさに満ちていた。

 

 そして踏み込んだ玄関ホール内に、屋敷にはどうにもそぐわない異物が一体そこにいた。

 

 「プギィィィ………………!」

 

 平べったくて大きな鼻と、口から牙が覗く頭部。

 分厚い脂肪で覆われた大柄な体の更に上から革の軽鎧を纏い、手には木製の棍棒を携えてこちらを威嚇する二足歩行の魔物――――――第一層のボスを務める豚鬼(オーク)である。

 

 オーク、というとファンタジーものでは一種のやられ役じみたポジションに置かれることが多いようだが、この世界においては強敵として立ち塞がる。

 初心者のプレイヤーはそのいかにもやられ役っぽい名前と見た目から油断してボコボコに叩きのめされるのがお約束だ。

 なお、現実化した影響で下手をするとボコボコどころかスイカ割りのスイカのように頭部を四散させられることもある模様。

 武装した相撲取りが殴り掛かってくるようなものと考えれば大体あっている。

 

 「ピギィッ!!」

 

 そして今まさに、この第一層のボスであるオークが棍棒を振り上げてこちらに突っ込んでくる。

 脂肪の鎧を纏った大重量の肉体を前方へと押し出す、競輪選手もかくやという強靭な脚力。

 その勢いを載せて振り下ろされる棍棒の一撃は常人が受け止めようものなら、防具の上からでも圧殺されるだろう。

 

 

 だが私にとっては全くの脅威ではない。

 強いと言っても所詮は第一層のボス。私にとっては何度も仕留めてきたいつもの獲物に過ぎない。

 

 

 「まぁ、いいでしょう。」

 

 突っ込んでくるオークを眺めながら、私は悠長に呟いた。

 個人的に豚鬼(オーク)系の魔物にはいい思い出がないので、敬意を表して一撃で仕留めることにする。

 

 私は後ろに手を回して弓を左手に取り、矢筒から抜いた矢を右手に持った。

 全身を脱力させ、緩く弦に矢筈を当てて相手を見定める。

 

 「ふぅ………」

 

 息を吐いて呼吸を整える。

 意識を深く沈める。

 頭の奥を冷やすように。

 

 周囲の光が薄暗くなる。

 周囲の音が間延びする。

 

 だが、獲物の姿とその呼吸を、私の全ての感覚が手に触れるほど鮮明に捉えている。

 

 そして弓を構える。

 

 ――――――足踏み(スタンス)、胴づくり(セット)、矢番え(ノッキング)、打ち起こし(セットアップ)、引き分け(ドロウイング)、会(フルドロウ)、離れ(リリース)、残心(フォロースルー)。

 全ての動作を体が万全に行うことを脳裏で確認する。

 今まで何千、何万、と繰り返してきた体に刷り込まれている型通りの動き。

 最も基本的な射の形で眼前の獲物を待ち受ける。

 

 薄暗い視界の中、オークが私に迫る。

 だがその動きは時間を引き延ばしたようにゆっくりとしたものとして、私には見えた。

 

 避けながら撃ったり、走りながら撃ったりといった、そんな曲芸じみた技は必要ない。

 私は熟練の鍼医者がツボに鍼を打つような滑らかに静かな動きで、眉間に狙いを定め、弦を引き絞り、

 

 放った。

 

 

 「ピッ」

 

 

 オークが何か口を開きかけたが、結局開いてそこから声を出すことは叶わなかった。

 スイカが爆薬ではじけ飛ぶような音ともに、オークの首から上が吹き飛んだからだ。

 頭を失ったオークの体は、走ってきた勢いを殺され、その場でもんどりうって転倒し、動かなくなった。

 

 ――――――ちなみに今のは普通に弓を引いて撃っただけの、いわば通常攻撃だ。スキルなどによる補正は一切ない。

 それだけ私の愛弓(ウィンドランナー)の性能が凶悪なだけだ。

 

 この弓から放つ矢は通常で音速に達する。

 現実世界でも音速を超えて飛ぶライフル弾は人体を容易く貫通して粉砕するらしい。

 それを長くとも10cm前後の弾丸ではなく、70㎝程の長さがある矢で行うのだから、通常の生物であれば当たれば爆散するのが道理だ。

 

 ただそれはあくまで『通常の生物』の話であり――――――この世界で生きる魔物や上位の実力を持つ人間には当てはまらない。

 今回のオークは一発で頭が吹き飛んだが、防御力が高いものは私の矢が当たっても貫通しないこともある。

 豚鬼(オーク)の最上位種族である魔猪鬼(トゥルフオーク)などは私の矢が頭に刺さっても死ぬどころか、平気な顔で突撃してくる(ちなみに第十層のボスだ)。

 ゲーム時代に防御力が高かったものは実際に攻撃を当てられても皮膚や筋肉や骨で攻撃を止めてしまうし、HPが高かったものは明らかに致命傷といえる傷を負っても死なずに立ち上がってくる………という具合に現実化した現在でも当時の恩恵が生きているのだ。

 

 そんなことを考えながら残心(フォロースルー)の姿勢で豚鬼(オーク)の死体を見下ろしていると、死体が少しずつ透けていき、霞のように消え去った。

 後にはドロップアイテムとして豚肉(ポーク)だけが残された。

 こんなところはゲーム時代と変わらない。ダンジョンはかつての仕様を忠実に守り続けているようだった。

 

 豚肉を拾うと奥の方でガコン、という音がして玄関奥の扉が開いた。

 開錠された部屋に行けば第二層へ降りることができるだろう。

 

 矢を回収しようかと思ったが、屋敷の壁に深々と突き刺さっており、抜けそうにないので諦めて置いていく(ダンジョンの仕様上、放っておけば消えるだろう)。

 弓を担ぎなおしてから、私は今日ドニーが見守っていた新米冒険者たちのことを思う。

 

 私達プレイヤーはゲーム時代から引き続き、職業や熟練度による能力値の補正を受け継いでいるが、ネイティブたちはそうではない。

 だがその事は彼らが弱いままであるということを決定づけるわけではない。鍛えれば鍛えた分強くなるのは彼らも同じだ。

 

 初心者の冒険者たちがパーティを組んでここのオークを倒せるようになるのに一、二か月といったところだろう。才能のあるものは半年もあれば一人で討伐できるようになるだろうか?

 教育は専門ではないので確かなことは言えないが、この世界の人間は現実の世界の人間より逞しくできているのは間違いない。

 

 ちなみにプレイヤーなら5、6倍は早いペースで強くなる。

 

 「………さて、次に行きましょうか。」

 

 色々な考えを打ち切って屋敷の奥へと踏み出した。

 現在第一層が終わったばかり、目的地の第八層はまだまだ遠かった。

 

 

 

 

 




『射手(シューター)』
リオの主職業(メインジョブ)。戦闘職に分類される。
投擲、弓、弩、銃など遠距離からの物理攻撃に特化している職業。
弓や銃といった遠距離攻撃武器は使用者の筋力値が攻撃力に加算されないという性質があり、必然的に射手(シューター)は戦闘職としては例外的に筋力を鍛える必要がない(投擲主体の際を除く)。そのため種族として素の筋力や耐久が死んでいる小人(リトルフット)を選んだプレイヤーに好まれる傾向がある。
主なスキルは『鷹の眼』『標的補足(ターゲティング)』『早撃ち(クイックドロウ)』『狙撃手の隠形』等々。
他の職業の組み合わせとして、『斥候(スカウト)』と組ませたヒットマン型や『野伏(レンジャー)』と組ませた猟師型などがよく知られる。たまに『騎士(ナイト)』と組ませて敵陣のど真ん中で大砲をぶっ放す戦車型や、『魔術師(ウィザード)』と組ませて魔法で精密射撃を行う魔法銃士(マジックガンナー)なんていうのもいる。
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