※この作品はR-18です。

The Unlimited Horizon   作:白臼

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閑話7 西方、紫の国にて

 

 

 荒涼とした大地に乾いた風が吹いている。

 びゅうびゅう、と荒んだ風が()()()のように逆巻いて、くすんだベージュ色の砂礫を纏って駆け抜けていった。

 うっすらとした雲とも霞とも言えない仄白い線が微かに浮かぶ空が、地平線の向こうで大地と曖昧な境界線を形作っている。

 

 ――――新大陸ヴェスティア、中部地方。

 雨や雲には恵まれない乾燥した土地柄であり、川や湿地とは無縁の地域である。

 ただ、敢えてこの土地で安定した水場を求めるならば乾いた地盤の下――――地下水脈に目を向けるべきだろう。

 もしもこの辺りでそれなり以上に人口に恵まれた街や村、或いは城や砦といった設備を見つけたのなら、そうした水資源をどこかに保有しているということが推察されるだろう。

 

 此処、モロアス砦もそうした要塞の一つだった。

 地下水脈を当てにした砦、及びそこを起点にして生まれた中規模程度の街が一つになっている。

 中部地域の国家の一つ、カスパルが保有する他国に対する防衛線の一つであり、機動力に優れた魔獣騎兵部隊を用いてこの荒野を広域にわたって警邏していた。

 

 その日、長距離飛行に高い適性を持つ白頭(ボールド)鷲獣(グリフォン)を用いた騎兵隊の索敵網が隣国のものと思われる軍勢を発見したのは偶然ではなかった。

 ここ十数年の間、新大陸では国家間の闘争が頻発している。20年近く前に始まった建国ラッシュの時代もそうであったが、近頃はそれが特に多い。

 空白の地図の上に己の国の名を打ち建てた開拓者たちの野心は留まることを知らず、多くの国主がこの新大陸を手中に納めんと覇を競い合っている。

 カスパルもそうした戦乱の時代の渦中にあって、国境線近くではいつ何時(なんどき)戦争状態に陥っても良いように各砦に警戒を敏にするようにと通達を怠ってはいなかった。

 

 

 ――――故に、モロアス砦が一両日中に陥落したのは偏に彼らの不備ではなく、侵略者側の勢いが圧倒的に過ぎたのというだけの事だったのだろう。

 

 

 (無茶苦茶な話だ……)

 

 砦を預かる……いや、預かって()()ディ・カーン将軍は心の中で盛大に毒づいた。

 皺が目立ちながらも衰えを感じさせない巌のような顔立ちを崩してはいないが、此処が人目のない場所であれば当たり散らしていたに違いないだろう。

 彼は破壊されて煙を上げている自分の砦を忌々し気な眼で見つめていた。

 巨大な力で上から叩かれたように瓦礫を晒す石造りの建造物、武装を取り上げられ捕虜として隅に追いやられている兵士達、いずれも彼の敗北という現実を正面から突き付けてくる光景であった。

 

「やぁやぁやぁ、お初にお目にかかる。貴方がカーン将軍殿でお間違いはないかな?自宅を尋ねさせていただいたのだが、生憎と()()()だったようなのでな。先に上がらせていただいているよ」

「…………」

 

 どの口でほざくかこの若造が、という悪態を将軍はかろうじて呑み込んだ。

 彼に向けて声をかけてきたのは髪を後ろに撫でつけた一人の男性だった。口元や顎周りに多少の髭は生えているが、雰囲気はだいぶ若々しい。

 特注品と思しき体にフィットする柴銀色の鎧にマントを羽織り、腰には日本刀を差している。

 その装備は話に聞いていた人物と一致する。信じがたい話とは思いながらも将軍は口を開いた。

 

「……そういうそちらはアルト・ヴァイオレットで相違ないか?まさか()()直々の参戦とはな……」

「はっはっは。こういうときこそ上司が率先して仕事をした方が部下にも示しがつくというものさ」

 

 ただ今回は少し良い所を持っていき過ぎてしまったかもしれないが、と柴銀色の男が笑う。

 カーンの言葉はささやかな皮肉のつもりではあったが相手にはどこ吹く風であった。

 

(一体どこの国が()()()()()()()()()()()()()()()するというのだ……!)

 

 戦端の始まりそれ自体は尋常のものであった。

 白頭(ボールド)鷲獣(グリフォン)部隊による警戒網がヴァイオレットの軍勢を補足し、カーン将軍は即座に迎撃態勢を整えた。

 モロアスは砦という名を冠しているがこれ自体の防衛力は高くなく、籠城戦を想定した造りをしていない。カーン指揮下の軍は広い荒野を治めるために高い機動性を重視した騎兵が主体であるからだ。

 

 出撃したモロアスの騎兵隊は地上と上空の両側から敵軍と遭遇した。

 攻め込んできた隣国、ヴァイオレットの軍勢――――その印象を一言で述べるのであれば『異形』という言うべきであったとカーンは述戒する。

 通常軍隊というものは兵士一人一人をある程度標準化された能力を持つように育て上げる。

 個々の能力を均一化すればその分だけ戦力として計算が立てやすくなり、戦術の構築をしやすいからである。

 

 だが、ヴァイオレットの軍勢にそのような常識(セオリー)は通用しない。

 一人一人が、一騎一騎が、異種であり、異様であり――――その上で異常な練度の連携を見せて軍隊として成立していた。

 先陣を切る騎兵部隊は馬に乗るものがいた、駝鳥(ダチョウ)に跨るものがいた、竜を駆るものがいた、動像(ゴーレム)を走らせるものがいた。それらよりも早く徒歩で走るモノがいた。

 それらを援護する飛び道具として矢が射られ、銃弾が放たれ、石が投げられた。そしてそれらに倍する数の火と氷と雷と岩とあらゆるものが魔法として降り注いだ。

 鉄塊のような鎧を着こむ者がいた。裸一貫のものがいた。ドレスを着ている者がいた。

 剣を取るものがいた、槍を振るうものがいた。鎚を構えるものがいた。杖を携えるものがいた。

 動像(ゴーレム)を操作する者がいた。召喚した霊を指揮する者がいた。山車に乗ってギターをかき鳴らしている者がいた。

 汎人(ヒューマン)がおり、狼人(リカント)がおり、猫人(ミアキス)がおり、森人(エルフ)がおり、鉱人(ドワーフ)がおり、小人(リトルフット)がおり、角人(コルノス)がおり、吽加羅(ウンカラ)がいた。

 あらゆる職業(ジョブ)、あらゆる技能(スキル)、あらゆる種族が混在し――――それでいてそれらが闘争の熱狂に身を任せながらも一つの軍として、或いは()として機能していた。

 

 この奇怪な軍勢を相手にしてモロアス砦の面々は良く戦ったと言って良いだろう。

 空中と地上、双方を駆ける騎兵部隊の機動力を最大限に生かしつつヴァイオレットの軍勢を翻弄する。

 

 しかし、戦の趨勢が決まったのは一瞬の事であった。要塞本陣への奇襲である。

 攻城戦に際して駐留している軍を外におびき寄せ、戦闘の最中に別動隊が城に強襲を仕掛ける……というのはよくある手だ。

 当然カーン将軍もそれを警戒しており、後方の砦側にも兵を配備しつつそちらとの連携も密に行っていた。

 鷲獣(グリフォン)騎兵(ライダー)にも別のルートから進行してくる敵の兵がいないかを空中から逐一監視させてもいた。

 

 ――――だが、それでもよもや敵の首魁が鷲獣(グリフォン)の飛行可能な最大高度よりも更に高い所から単身降下してくるなどとは思慮の外だった。

 しかも、その上でたった一人で要塞を制圧するほどの戦闘力を持っているなど完全に想像の埒外である。

 

 一騎当千の戦闘力を前提にした、戦争のセオリーの一切を無視した正気の沙汰ではない空挺降下。

 将軍がどれほど目の前の光景を疑おうと、事実としてそれは成し遂げられてしまったのだから仕方がない。

 結果的にカーンが直接指揮する本隊も士気が総崩れになり敗走する形になった。

 今こうして彼が砦の方へと戻ってきたのは敗残の将として敵軍に連行されてきたからである。

 

 

「「「「「ヴァイオレット!!ヴァイオレット!!ヴァイオレット!!!!」」」」」

 

 

 侵略者達が勝鬨を上げる。拳を突き上げ、足を踏み鳴らす大音声が晴天の下に木霊する。

 ドロドロと車輪を鳴らす山車の上で演者たちがそれを囃し立てるような音楽を奏でている。

 派手に過ぎる凱旋行進(パレード)は、この土地の新たなる支配者が誰であるかをここの住人にまざまざと知らしめるものだった。

 将軍はそれを尻目に心中で臍をかんだ。

 

「御覧の通り、勝敗は決した。後は将軍である貴方から正式に『まいった』と言っていただくだけだ。我々には捕虜を丁重に取り扱う用意があるし、街の住民にも無体を働く気はないのでね」

「ふん、口では何とでも言えよう」

「なんなら書面でも用意しよう。支配地での略奪は一時の稼ぎにはなるが、()()()()()()()()()が悪くなるからやりたくないのだよ」

「……生憎と今は筆がない。誰かのせいで執務室にある愛用のペンが壊れていなければ良いのだが」

「おぉ、そればかりは申し訳ない。物品は補填できても思い入れまではどうにもならないのでな。物が壊れるのは戦の常ということで我慢していただければと思う。……こちらから仕掛けた身で図々しいことを言っているとは思うがね」

 

 敵将と会話をしながらカーンは思考と視線を巡らせる。

 現在の場所は砦の城門前広場。アルト・ヴァイオレットとは3m弱の距離を置いて会話をしている。

 背後にはここまで自分を(追い立てるように)連れてきたヴァイオレットの軍勢、およそ一千名。距離を開けて遠巻きに二人の会談を見守っている。

 

(――――やれるか)

 

 口先だけを独立して会話を続けながらカーンは心の中で決意を固める。

 前からも後ろからも、これだけの距離があれば即座に防げるわけもない。

 中距離戦は彼の最も得意とする間合いであった。

 

 両袖の内側に意識を向ける。前腕に巻き付けるように忍ばせているのは彼の愛用の武器――――鎖分銅である。

 だらりと両腕を脱力させての自然体。ただ漫然と立っているだけにしか見えないこの状態からの抜き撃ちは放たれる瞬間を相手には決して悟られない。

 騎兵隊の長にして暗器術の達人、誰にも予想しようのない肩書と技能の組み合わせこそがカーン将軍の切り札であった。

 

(一手目で刀を奪う、二手目で頭蓋を砕く。避けられる、受けられる――――その場合は三手目で鎖を絡ませて、首をねじ切る)

 

 脳裏に仕掛ける手順を丁寧に丁寧に思い描いていく。

 敵国の王が単身目の前にいるこの状況はまさに千載一遇の好機である。逃がすわけにはいかない。

 ここで暗殺に成功した場合、即座に自身は背後の敵軍によって八つ裂きにされるのだろうが――――それは飲み込む。

 むしろ自分の首一つでそれだけの戦果が挙げられるのなら安いものであるとすら思う。

 

「ではどうされるかね、書類も作って調印もするとなればそこそこ時間も必要となりそうだが?」

「あぁ、そのようだな。そういうことなら、こちらの文官とそちらの文官で話を付けて――――」

 

(――――今だ)

 

 タイミングを見定める。チャンスを見計らう。

 ヴァイオレットが話を提案するように片腕を宙に泳がせるような仕草をした。

 その瞬間、反射的にカーンの腕が動く。

 

 拳銃の早撃ちが如く、両の腕が跳ねあがり、袖の内に隠した鎖が放たれる。

 先端に据えられた重々しい錘がまさしく銃弾のように駆ける。

 避けられない意識の間隙を、防ぎえない速度で穿つ、完全な不意打ちが――――、

 

 

 

 バンっ!!!!!!!!!

 

 

 

 カーンの耳に聞きなれない音が届く。

 分銅が人体に当たる音でないことに困惑する。

 空気が弾け飛ぶかのような痛烈な炸裂音。

 焼け付いた大気が放つ独特の異臭が鼻に香る。

 そして肉が焼けるような臭いも同時に……。

 

「……っ!?」

 

 遅まきながら気づく。

 周囲にパラパラと舞い散っているのは、切り裂かれて千切れ飛んだ鎖の破片だ。

 その光景を見ている自分の視界そのものが、徐々に傾いでいく。

足の踏ん張りがきかないのではない――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 目の前にいたはずのヴァイオレットはいない。

 男は既に彼の背後に抜けて、抜刀した状態の刀を粛然と一振りしていた。

 血振りの所作である。既に彼は相手を()()()()()いる。

 

 ――――その瞬間に起こったことを見ることができた者、或いは認識することができたものはどれだけいたことだろうか。

 

 カーン将軍の両腕が跳ねあがり、そこから鎖分銅が放たれた。

 右手から一投、左手から一投。微かな時間差はあるがほぼ同時と言って差し支えはない。

 そしてその標的とされたヴァイオレットは――――まるでそれが見え透いていたかのように撃ち落とした。

 

 腰に差した刀を、鞘走りに乗せて横に一閃して鎖を二本まとめて斬り払う。

 技能(スキル)としての『居合』に()()()()()()の『居合』を載せた見事な抜き打ちであった。

 彼はそのまま抜き放った刀を両手で上段に掲げ、『乾坤一擲』、『大切断』、『烈風斬り』、『エレクトロウェポン』、『一揮刀閃』を一斉に発動。『縮地』の踏み込みも載せて袈裟斬りにした。

 先ほどの炸裂音は帯電した刀身がその電圧を解放して人体を焼き切った瞬間の音である。

 

「なん、だと……」

 

 辛うじてカーンが最後に言い残せたのはそのような一言だけだった。

 電熱によって焼き切られた骨肉からは血の一滴も溢れ出ないままに、既に両断されていた胴体が()()()、と滑って地面へと落ちていく。

 その光景はただネジが外れて形が崩れた人形が倒れたような、そんな呆気なさだった。

 

 ()()()()()()()()()()()、程度の心構えで完璧に奇襲を切り抜けたヴァイオレットはさしたる感慨も無く刀を納めた。

 抜き打ち、振りかぶり、振り下ろし、残心、血振り、そして納刀。いずれも古流武術における居合道の基本の所作のままに全てを終える。

 鍔と鯉口が当たる、チン、という涼やかな音が辺りに響く。

 

「さて、凱旋だ」

 

 王の宣言と共に、大きな歓声が天を衝いた。

 

 

******

 

 

 『ヴァイオレット』は新大陸中部に建国された国家であり、同時にその国主を務めるプレイヤーの名である。

 湖畔に建設された首都ライラック――――プレイヤーの感性と知見に基づいて作られたモダンな街並みは俄かに活気づいていた。

 遠征ならぬ国主を伴った親征より帰還した近衛兵団の帰還である。

 ヴァイオレットの近衛兵団は全員がプレイヤーからなる軍勢であり、その武力はここ新大陸の諸国間においても大いに脅威として知られるところであった。

 そして同時に彼らは国内においてはある種の英雄として崇められる、まさしく国家を代表する花形(スター)だった。

 

 吟遊詩人(バード)職を修めた構成員が山車の上で楽器をかき鳴らし、戦士たちの足音がアスファルトの路面を踏み鳴らしていく。

 戦果を挙げて帰還した近衛兵団が盛大な祭囃子と共に市内を練り歩き、自らの勇姿を市民に喧伝した。

 路道に集まった人々からは歓声があがり、色とりどりの花が祝福するように散らされて風と共に舞い上がる。

 幼い子供が国の象徴である紫色の旗を振りながら大きな声を上げていた。その憧れに満ちた無垢な視線に気づいた兵士(プレイヤー)は手を振ってそれに応えた。

 

 そうした帰還の式典も一段落がついてからしばらく、ヴァイオレットの姿は市内中央の政庁舎にあった。

 仮にも国家の中枢となる場所であるが、その建物は華美さを廃した質実剛健な佇まいをしている。

 装飾性によるわかりやすい存在感の誇示ではなく、無駄を排した洗練された美……と言えば聞こえは良いが、実のところは「飾りにかけるほど予算は無いので最小限で見栄よく整えろ」という指示が出ていただけなのであるが。

 

 そんな庁舎の一室、奥まったところにあるこじんまりとした会議室のドアがバン、と大きな音を立てて開かれる。

 部屋の中央の円卓を囲む面々の視線を一身に浴びながら登場したのはトレードマークである柴銀の鎧を纏ったアルト・ヴァイオレットその人だ。

 

「よう、ボスお帰り。そっちの仕事は済んだかい?」

「おう、ただいま帰ったよ。制圧した領地の再統治は現地の人々(ネイティブ)の人員に任せるように言ってある」

「人間爆弾やってきたって聞いたんだけどマジ?」

「大マジだ。ドラゴンで上空一キロからな。磁気加速(リニアアクセル)使ってダイブしたんだけど流石に玉が冷えたな」

「そんな魔法ありましたか?」

「無いよ、オレが作った。魔法で電気作れるんだから電磁力も行けるんじゃないのか、ってノリで」

「そんなんやってるんだったら後で研究局にレポート出しといてください。魔法自作できる人ってまだまだ貴重なんですから」

「何にせよご苦労様でした。早速で悪いんだけどボス、署名(サイン)の必要な書類が溜まってるわよ。あなたの席に積んどいたからよろしく」

「サンキュー。……って、うぉっ?これはまた随分と多いな。鈍器に使えば人が殺せるぞ。誰か代わりにやっといてくれないのか?」

「一応うちのトップはボスですんでね。うちらの裁量でやっていいのならともかく、そっち回してるのはボスのゴーサインがないとダメな奴ばっかでさぁ」

「ま、要約すると『予算が足りねぇからどうにかしろ』って話に集約されるんだけどな。その書類も」

「新興の国の辛い所よねぇ。インフラ幾ら作っても作り足りないし。まだ民間に全部委託できるレベルじゃないのが痛いわ。税率上げる?」

「安易な増税はどうかと思うんすけどね。税ってのは要は水車ですよ。でかくしすぎると川の流れを堰き止めちまう。うちの国内経済は育ちきってないからこそ流れ止めたらダメっすよ」

 

 部屋の中にいるのは十名足らずの若い男女。

 円卓を囲みながら自分の席に積んだ書類と格闘しながら国の行く末について議論を交わしている。

 彼等こそがこの国を建国の時から支え続ける国家としてのヴァイオレットの最高意思決定機関、円卓会議である。

 大きな円を描くその机が参加者の平等を示すように、トップであるヴァイオレット自身もまたここでは人の上に立つものではなく、一人の個人としてフランクな態度を見せていた。

 しかし肩の力を抜けるのは良いが、人前に立つのとは別の仕事が彼を待ち受けている。

 早速自分御机に座って書類を捲りつつ、会議にさらっと参加する。

 

「ふーむ、どうせなら国債でも発行するか。ここは一つ親愛なる国民たちに助けてもらおう」

「国債ねぇ。買ってくれますか?」

「何のためにオレが積極的に表に立ってるかというと、こういう時の為でね。パフォーマンスと人気取りはいざという時に民衆から支持を得るために必要な積み重ねだ」

「へぇ、目立ちたいからとか、前線で暴れたいからだとか、そう言う理由じゃなかったんすね」

「それもあるよ」

「あるんですか。……投資という概念はちゃんと皆さんわかってくれますかね?」

「その辺りは商人(マーチャント)取ってるプレイヤーと――――兵団のプレイヤーに期待しよう。うちで出した給金でうちの国債を買ってくれるなら万々歳さ」

「はっはっは、それは良い。どうせ此処の国では一番の高給取りがプレイヤーなんだしな、ちょっとは使ってくれないと困る」

「国債の利率は国の成長度合いで代わりますから、連中の尻を叩くのにはもってこいかもしれないですね」

 

 ヴァイオレットという国家の最大の特色は明確なプレイヤーに対する優遇政策だ。

 プレイヤーであることが分かった時点で明確に身分(・・)が変わる。

 首都内の一等地に専用の住宅を使用人まで付けて援助、近衛兵団や公社などに専用の役職(ポスト)を用意、各種公共施設の利用に関しての優先権、etc、etc……。

 こうした特権を与えることを積極的に喧伝することで、この国は他には見られない勢いで国力を増強させているのである。

 

「身分制、今も僕は反対派なんすけどね」

「また蒸し返すのか?十分な理のある話だと前に結論が出ただろう?」

現地の人々(ネイティブ)に反乱されたらどうすんのよ?」

「それを抑え込めるくらいの戦力をプレイヤーが持っておけばいいだろう」

「スパルタ人の発想かよ」

「まぁまぁ、落ち着け落ち着け。どうせだからもう一度話を纏めておこう」

 

 ヴァイオレットが議論を始めた仲間たちを制止する。

 彼はパンパン、と掌を叩いて部屋の注目を自身に集めた。

 

「さて、我々の地球(世界)の歴史において古今東西の封建性社会が潰れた原因は何だと思う?」

「上の連中がポカをやらかして民衆の不満を溜めたからでは?」

「ふむ、確かにそういう面もある。だが、実際のところはね『人間がみな平等である』という思想の誕生こそがその原因ではないかと考えている。むしろそれまで身分制というものは()()()()()()()()のだよ」

 

 地球の歴史において民主主義が世界の標準(スタンダード)になったのはここ300年あまりの事に過ぎない。

 人類の文明はその最初から人を統べるものとその下に付き従う人々の構図が存在していた。

 古くは農耕社会の生まれた頃、人間が人間自身の手で生きる糧を生み出すことができるようになったとともに、豊かな蓄えを持つものと持たざる者が生まれた。

 多くを持つものが持たない者に強い影響力を持ってこれらを支配し、自らの死後は子孫らにその基盤を受け渡していった。

 生まれによる身分、固定化された階級と格差に基づいた構造はそうやって生まれ、主流な社会形態であり続けた。

 

「そうした身分制を文化的な側面から補強するために産まれたのが『物語』だ。インドのカースト制では生前の徳に沿って今生の身分が決まるというのだったかな?中国の神話では人間は神によって泥から作られたが、身分の高い人間と低い人間は泥の質が違うという。

 代表的なものはそんなところだが階級構造だけでなく支配者の正当性を示す類の物語に的を広げれば数はもっと増える。日本なら天孫降臨、三種の神器あたりか。

……そもそも『血統』などというのが物語の最たるものだがね。何百年、何千年とかけて続いている家系の遺伝子が一体どれだけ拡散しているやら。遺伝子の形質が受け継がれるといっても、それが支配者の素質をそのまま受け継いでいるとは限らんだろうに」

 

 ここまで長々と喋り倒した彼は一つ息を吐いて区切りを設けた。

 続く自分の言葉に強い注意をもって傾聴させるように。

 

「つまりね、支配者は下の者たちに『こいつら結局は自分らと変わらん人間だな?』と思わせたら負けなんだよ。近代に入り、科学がそのヴェールを剥ぎ取ってしまったのさ」

 

 人間は何十億いようが、その全てはホモ・サピエンスという生物の分類下で見れば差異はない。

 生物の肉体を幾ら解剖しても魂という器官は存在しない。それ故に輪廻転生は無く、前世の業などというものはない。

 アーリア人種はこの世で最も進化した優勢人種ではないし、ユダヤ人を根絶やしにすることに生物学的な妥当性は一切ない。

 貴族の身には青い血が流れているなどというが、それは日に焼けていないから青い静脈が透けて見えているに過ぎない。そうでなければそいつはイカである。

 白人がアフリカとアメリカを征服したのは彼等に神の御名の元において劣等民族を教導せしめる使命があったからではなく、武力において優位だったからに過ぎない。

 遺伝情報が示すのはある人がある人の子供であるという事実のみであり、そこに相続権等々を保証するのは、あくまで法律的な取り決めであって生物学的な妥当性ではない。

 人という生物は神の似姿ではなく、地上を統べる権利を与えられた特別な命ではなく、霊長類の一種族に過ぎない。そもヒトとチンパンジーのゲノムは98%ほど同じものである。

 人間の思考も、精神でさえも神聖不可侵のものではない。人間の思考と行動はある程度の複雑性を持ったアルゴリズムに過ぎず、今日ではAIでも再現可能なものでしかない。

 

 科学は人間の生み出した『特別性という物語』を剥ぎ取ってきた。

 ヒトは所詮どこまでいってもヒトである。身分も、階級も、血統も、全ては文化が生み出したものに過ぎない。それらは支配の能力を保証するものではない。

 故に社会を回すために必要なのは世襲された権力構造ではなく、それに向いている人間が行使する権力である。政治家など、政治に詳しい人間の中から皆が納得するものを選べば良いのである……というのが近代の民主主義社会である。

 

「だがその上で、その上で敢えて言おう――――この世界におけるオレ達『プレイヤー』 は違う、と。

 オレ達は本当の意味でこの世界の『現地の人々(ネイティブ)』とは違う生き物だ」

 

 地球における身分制の支配構造を批判した上で、ヴァイオレットはそう宣言した。

 

「同じ生き物同士で支配し合うから、その構造にある欺瞞に気付かれて体制をひっくり返されるのだ。その点、オレ達プレイヤーはこの世界における一般的な人間とは一線を画している。

 具体的に言うと――――プレイヤーは()()()()だ」

 

 プレイヤーの肉体は基本的な造形……この世界における外装(アバター)の形を大きく逸脱した変化を拒絶する。

 具体的に言うと老化せず、怪我や病気も後遺症一つとして残らない。

 流石に致命傷を負えば死ぬが――――それも蘇生処置を行えば生き返ることもできる。

 

 つまりは不老不死。

 あるいは不死(イモータル)に限りなく近い非死(アモータル)と言えるだろう。

 これは既に様々な角度からの検証によって確定された、()()()()()()された現地の人々(ネイティブ)に対するプレイヤーの生体としての優位性である。

 

「これはあまりにも大きいメリットだ。何せ地位を手に入れても世襲させる必要がない。支配の正当性などというものを主張する必要がない――――何せ実際に支配した当人がいつまでもその場に座り続けられるのだからな」

「……まぁ、そうかもしれないですけど。生物として優れているかと言って、支配して良いって理由にはならないと思うんすけどね」

「確かにそうかもしれない。だが、我々の()()()()という意味でも重要だぞ。古今東西、数に劣る不死者が数に勝る定命の者に排斥される逸話はごまんとあるからな」

 

 ヴァイオレットはこの世界に転移してきているプレイヤーの合計人数を総ユーザー数とアクティブユーザー数から推定して3~5万人程度と見積もっている。

 これは数値で見た場合非常に多いように見える。

 しかし、地球での中世における世界人口が4~5億人ほどであり、この世界の現地の人々(ネイティブ)の人口もそれに準ずるとするのならば数の優劣は明らかである。

 

 

「オレはこの国を起点にして完全なプレイヤー優位の国家を打ち建て、それをこの世界の文化的標準(スタンダード)として根付かせる」

 

 

 ヴァイオレットはそのように断言した。

 そしてこれらは彼が国に勧誘したプレイヤー達に話していることでもある。

 地球における身分社会の凋落に至る陥穽、その上で自分達にはそれらを超克する妥当性があるという主張とこのままでは自分たちが排斥される側に回る可能性があるという危機感。

 これに実際的な身分の保証という飴があれば人を絡め取るには十分だろう。

 

 ゲームの現実化という荒唐無稽な現象に見舞われ、多くのプレイヤーは精神的に不安定になっている。

 だからこそヴァイオレットは彼等に目的を、目指すべき未来像を与えたのである。

 君たちはこの世界において優れた生物であり自分たちの支配する世界を築き上げる必要があるのだ、と。

 

 これもまた一つの『物語』と言えるかもしれない。

 身分制が、封建制がともに天地普遍の法則によって授けられたこの世の真理であるとかつての王や皇帝が語ったように。

 あるいはすべての人間は生まれながらにして自由と平等の権利を持つという現代の人権主義と民主主義が謳うように。

 ヴァイオレットが打ち立てようとしているのは生物としての優位性に基づいた新しい物語であり、彼はそれを初めてこの世に広める伝道師にして皇帝になろうとしていた。

 

「……まぁ、ここまで言っといて実は全部、そこまで重要な話じゃないんだけどな」

 

 ――――そして、ここまで長々と話しておいて彼はそう口にした。

 肩の力を抜いて悪戯気な表情を見せながら円卓に座る仲間たちを見回した。

 演説をぶつ為政者ではなく、あくまで()()()()()の音頭を取る遊び人(ゲーマー)の顔で。

 

「みんな、オレ達がそもそもこの国をおっ建てたのは何のためだ?」

「「「「「世界征服!!!!!」」」」」

「その通り」

 

 そう、今まで語ってきた小難しい理屈は後付けに過ぎない。

 結局のところ円卓会議の面々はそんな子供じみた夢を追っているだけの話である。

 世界征服――――口に出してみれば冗談のような目的を「ゲームの中ならば」と目指し始めた彼らは、なんだかんだでこの世界が現実になってからも変わらない。

 むしろ現実になってからの方がそれが()()()を帯び始めているくらいであった。

 だからこその苦労も、思い悩むことも多いのだが。

 

「はいはい、大きな話はまずはこれくらいにして、目の前の問題を片付けましょうか。――――具体的にはそこに積んである書類をどうにかしてください」

「む、確かにその通りだ。いい加減に手を付けるか……」

 

 メンバーの一人が手を叩いて皆の意識を切り替えさせる。

 ヴァイオレットはやや眉間に皺を寄せて、改めて書類の山に手を伸ばした。

 実のところ面倒な仕事から意識をそらすために演説めいたことをしていたのは言わぬが花である。

 

 そうして会議室には仲間たちのペンが書類を走る音と、時折相談と雑談に口を開く声とが響く。

 新大陸の覇権を争う幾つもの国家群。その中での最有力とも言われるヴァイオレット、その運営の一幕であった。

 

 

 

 




『居合』:刀剣を鞘に込めた状態から抜き放ち様に斬りつける。その一度に限り高速化、攻撃力上昇などの多数の補正が載る。
『乾坤一擲』:次に行う攻撃の威力を大きくアップ。その後に回避・防御力ダウン。
『大切断』:斬撃攻撃系スキルの性能アップ。同系スキルに『大打撃』、『大穿通』が存在。
『烈風斬り』:斬撃攻撃モーションを一定時間高速化。同系スキルに『旋風打ち』、『疾風突き』が存在。
『エレクトロウェポン』:対象にした武器による攻撃時、雷属性の魔法ダメージを追加する。同系魔法に『ヒートウェポン』、『コールドウェポン』などが存在。
『一揮刀閃』:敵の懐に飛び込み一瞬で切り捨て、背後に抜ける。行動阻害に対する耐性付き。同系スキルに『一犀合砕』、『一意穿進』が存在。
『縮地』:一歩で間合いを詰める移動スキル。

『居合道』:古流武術。刀を鞘に納めた状態から相手に斬りつけ、再度鞘に納めるまでの一連の所作を型に当て嵌めたもの。
抜き打ち、振りかぶり、振り下ろし、残心、血振り、納刀が基本。
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