「南方行き馬車が出発致しまーす。ブラグナ、ファイランザ、ロムレウスへお越しの方はお忘れなく……」
朝方と呼べる時間が過ぎた頃、旅籠の宿泊客が大方朝食を食べ終わったあたり、それを見計らったかのように宿場町に声が響き渡る。
駐車場の係員が
個人で移動するものも、最初から複数人でまとまっているものも、魔物対策の一環として行き先が同じであるならばまとまって移動した方が良いのがこの世界だ。
南行きの人間たちはアナウンスを聞いていそいそと出発の準備を整え始める。
「では私たちもいきましょうか」
「えぇ、そうしましょう」
客室でラストルと一緒にダラダラとしていた私は彼に声をかけて立ち上がった。
ラストルは準備が良いようで、そろそろ出るだろうことを見越してあらかじめ荷物を鞄にまとめていた。
私?私はものを引っ掴んでアイテムボックスに押し込むだけで当座は大丈夫だ。また後で時間ができた頃に整理でもすればよろしい。
外に出ると雨あがりの空が私たちを出迎える。
もう少し長引くかと思ったが、晴れてくれるならそれに越したことはないだろう。
空には雨の名残のような濃い鈍色の雲が揺蕩っているがその合間からはくっきりとした空の青が覗いていた。
しかしながら肝心の地面は所々に水溜まりができてぬかるんでいる。
特に駐車場の近辺は車輪の轍で地面の凹凸が多く、足元は泥のようになっている。
泥が服に跳ねると嫌なので的確にぬかるみが少ない場所の地面だけを踏みながら、私は目当ての馬車に乗り込んだ。
「どうも、よろしくお願いします」
「……こちらこそ」
馬車の近くにはいかにも「護衛の仕事で来ています」と言わんばかりに武装した冒険者の集団がいたので彼らにも一声かけておく。
彼ら一党のリーダーらしき人物がぶっきらぼうながらも会釈を返したので、私からも
私たちが乗り込んだ馬車はフロラント〜ロムレウス間を繋ぐ長距離移動バスのようなもので、『商連』関係企業が運営しているサービスだ。
彼ら冒険者は会社側から冒険者組合を経由して
組合所属の冒険者であればよくある依頼の一種だ。
「リオさん的には、信頼のおける方々なんでしょうか?」
「さて、個人的には面識があるわけではないので、なんとも。でもまぁ、中級くらいの冒険者でしたらよほど事故らない限りは大丈夫ですよ」
座席に荷物を置きながらラストルの質問に答える。
中級冒険者は冒険者等級で言うところの五級、六級……冒険者稼業専業で飯を食べていけるくらいの、つまりはいっぱしの実力があることの証明である。
フロラントからロムレウスまでの道のりは馬車で概ね1週間から10日といったところで、それだけの期間警護を続けるのは相応の状況対処能力を求められるため初心者にはお任せし難いが……
ついでに彼らの能力を私が鑑定スキルでざっと見渡した感じ、この近辺に出てくるレベルの魔物であれば遅れをとるようなことはないと確認できた。
それに護衛の仕事をしているのは彼らだけではないのだし。
「……今、なんか背筋がゾクっとしたな……」
「風邪ですか?昨日はちゃんと寝られましたか」
「あの『青薔薇』がいるんだ、ヘマを見せて下に見られたくはないなぁ」
「……ったく、なんで上級冒険者が普通に客にいるんだよ。手伝ってくれりゃあこっちも楽なのによ……」
「はいはい、愚痴らないで……。他のパーティと連携の最終確認あるから……」
耳を澄ますと馬車の外にいる彼らの話し声が聞こえてくる。
声を低くしているが、壁越しでも私の耳ならバッチリ内容を把握できる。
まぁ、彼らの気持ちも理解できなくはない。明らかに自分より仕事できる奴が客の中に混じって自分の仕事ぶりを眺めてたら緊張もするし、そっちもなんかしてくれよ、とか思ったりする。
しかし私は今回は完全に
最低限、自分とラストルの身を守るくらいのことはするが、あとは正規の依頼を受けた冒険者一党にお任せしようと思う。
話を聞いている間に彼らのうちの1人が離脱して、別の冒険者たちと話し合いにいった。
駐車場にいる南方行きの集団は私たちの馬車だけではなく他にも幾つか存在し、それぞれ護衛がいる。
即席で集まっただけのこれら一群が行動するにあたって擦り合わせておくべきことは多い。
同じ道を辿るにせよどの馬車がどの街まで行くのか。それぞれの馬車にはどれだけの乗客がいるのか。平時の警戒はどの冒険者パーティがどこまでカバーするのか。魔物の襲撃時にはどのような陣形で迎えうつのか。この近辺で襲われやすい地形や注意すべき魔物は何か。緊急離脱する際に各馬車の最大での移動速度はどれくらいか……etc.etc。
まぁ、概ねこれらの内容は昨晩のうちに打ち合わせているようなので今からするのは出発前の最終確認だろう。数十分とかかるまい。
動き出すその時まで、私たちは
******
さて、この辺りで我々のいるセプテモール帝国内の地理について大雑把に説明しておこう。
この世界の地理は概ね地球の地理を参考に作られておりセプテモールはイタリア半島、文化的な側面も加味すればローマ帝国をモデルにしている。
私が普段暮らしているフロラントの街は帝国北西部…半島の付け根あたりを治めているミレイン公爵の領地に属する。
現在地はその公爵領から出てすぐにあたり、最寄りで1番大きい街は学術の都市と名高いブラグナとなる。
そこから一旦西に向けて山脈を横断して芸術の都ファイランザ、海岸沿いにそこから数日南下して首都セプテモール…という塩梅だ。
日本の地理で例えてなら……そう、大阪から名古屋、静岡を経由して東京に行くようなものだろうか。
まぁ、焦ったいという気持ちもなくはないが、急いてもどうなるというわけでもないし、ゆっくり旅をしようと思う。
幸い今は一人旅でも無いし、
「……zzz」
カタンカタン、カタタタッ、と規則的に、あるいは不規則に馬車の揺れる音を聞きながら私はうたた寝をしていた。
肉体的には寝ているのだろうが、本人の意識としては起きているつもりくらいの寝入り具合。他人に起こされても「起きてた起きてた」と言い訳がましいことを口にする程度の眠りである。
交通に関する技術も日進月歩というもので、民間が取り扱っている馬車の
道自体の整備もされている……というか主だった街道はコンクリートかアスファルトで『商連』の連中が舗装していった。
道の質それ自体が移動速度を左右し、移動速度の良し悪しが商機を逃すか逃さないかを左右するということで彼らは交通関係への投資も欠かさないのだ。
私としては新鮮な食材が色々な市場で並んでいると嬉しいので、その辺りの事情はなんとなくわかる。
「…………」
私たちの馬車は最大で十五、六人くらいの客を乗せることを想定した作りで、現在はその席が半分ほどが埋まっている。
私とラストルは後ろの方の座席の窓際に座って今はぼーっと時間を潰しているところだった。
乗客に
ようやく本格的に晴れ間が覗き始めた空から注いでくる光がほのかに暖かく、心地よい昼寝日和だった。
「……ふふっ」
そんな私を横に見ながらラストルが小さな微笑を漏らす。
彼の手が静かに伸びて私の髪を撫でている。金糸の髪を梳るようにそっと優しく、丹念に。
彼の方に頭を預けて寝ている私はそうやって撫でられるのが心地よくて遠慮なく身を任せた。
陽だまりの温度と人の体温。そのどちらも暖かくて心地よく、頭が湯に浸かっているような微睡の感覚が引き伸ばされていく。
「んにゃー……」
大きくて少し硬さを感じる、しかし優しい手つきの彼の手のひらが気持ちよくて
寄りかかれる相手がいるというのは良いものだ。
すぅ、と眠気の中で息を吸うと、埃っぽさと湿っぽさの混じった馬車内の空気の代わりにラストルの香りが鼻腔を満たす。
少し鼻の奥に溜まるような、重くて酸っぱくて芳しい男の人の香り。
心地よいものに包まれながらの午睡は極上の娯楽の一つだ。
もうずっとこの時間が続けばなーーーーと思っていた私の意識がパッと起きる。
「……来る」
「リオさん?」
美男子吸いは良い睡眠導入アロマだぜぐへへ、なんて気分で微睡に浸かっていた脳が一気に覚める。
いきなり指先に弱目の電気を当てられたような急な覚醒。
ついさっきまで寝ていた私が急に起きて独り言を口走ったせいだろう、ラストルが私を撫でる手を止めて怪訝な顔を見せる。
あー、もったいない。続けてくれてたらよかったのに。
「伏せた方がいいかもですね」
「?」
私がそう口にした直後ーーーーズドンッ!!!!と凄まじい衝撃が馬車を揺らした。
近くにミサイルでも降ってきたかのような轟音が響き渡り、耳をつんざく。
「な、なんだぁっ!?」
「魔物だ!!でかいぞっ!!」
「近いぞ、斥候はなにやってんだ!」
「リオさん、大丈夫ですかっ!?」
「えぇ、おかげさまで」
他の乗客の驚愕の声と怒号が聞こえる。外では馬車を引く動物たちのいななき。
混乱が周囲に広がっているが、私としてはそこまでパニックになるようなことではなかった。
それよりもむしろ、ラストルが私を抱きしめて座席の上に押し倒してきていることの方が問題だ。
伏せて、とは言ったがこういう時にまず真っ先に隣にいた私を庇うという判断をするのが実に彼らしいと思った。
そんなところが素敵でーー好きなところだった。
「日の高いうちから随分情熱的ですね、そういうの嫌いじゃ無いですよ」
「ありがとうございます……じゃなくて!外で何が……」
「あぁ、あんまり心配することの程でも無いですよ。ちょっと大きめの魔物が出ただけですから」
私を押し倒したまま周囲をきょろきょろ見回す彼が少し可愛く見えて、努めて冷静に諭す。
こうやって上に覆い被さられてわかる男性の体の大きさや、私の体を押し倒す腕の太さや逞しさ。
不意打ち気味にそういうのを感じさせられるとちょっとドキドキしてしまう。
咄嗟の判断で自分のことを守ってくれる紳士ぶりも相まってかっこいいなぁ、と素直に思う。
上に手を伸ばして彼の頬をそっと撫でる。心配するようなことじゃないですよ、と宥めるように。
ーーーーッ、ギイイイイィィィィィィィィッッ!!!!
「!?」
「
鋸で楽器の弦を掻きむしるように硬質で耳障りな、そして大音量の咆哮が響き渡る。
その声が不快なのだろう、ラストルは顔を顰めていた。
驚くのも無理はない。
この辺りならネパナイン山脈に生息しているのが基本だが、大方そっちから流れてきた個体だろう。
「ドラゴン!?大事じゃないですか!」
「いえ、階級的には
座席から身を起こして音の聞こえた方に視線を向けるラストル。
離れていく体温を寂しく思いながら彼に解説を続ける。
鳥は恐竜を祖先に持っていると言われており、始祖鳥はその恐竜から鳥への進化の過渡期にあたる生物だ。
強い魔物の代名詞である
階級で言うと基本は
中級の冒険者パーティならなんとかなるだろう。
「っ!?」
「景気良くやってますね」
再度、外からズドンッ!!!!という炸裂音が響き渡る。
羽竜の攻撃、口から放つ空気砲が街道近くの地面に着弾したのだ。
対処は護衛の冒険者の仕事で乗客にできることは特にない。……とはわかっていても気になるのが人情というやつで、馬車内の乗客が幾人か立ち上がって窓際に張り付いている。
それに釣られて同じく窓に寄ろうとしたのだろう、立ち上がって踏み出そうとしたラストルに対し、私は背後からしなだれかかった。
「ほら、揺れるからむしろ立ってる方が危ないですよ。座って座って。……それとも、私よりも外の方が気になりますか?」
「い、いえっ。そういうわけでは……ひゃぅっ!」
「うふふっ、冗談ですって」
後ろから彼の体を抱きすくめて、ふぅっ、と息を耳に吹き込んでやると可愛らしい悲鳴が上がる。それがなんだか楽しくて私はくすくすと笑った。
……しかし、不可抗力とはいえ私を一度は押し倒してドキドキさせておいてから
ラストルの
「リオ、さんっ。こんなことをしている場合では……っ、ふぁっ……」
「んー、別にいいじゃないですか。私達がやることは特にないですし……気になるんでしたら実況してあげてもいいですよ」
「は、あっ、はぁぅ……っ」
形の良い耳たぶをそっと唇でやわやわと揉むように挟み、或いは軽く歯を立ててその弾力を確かめるように噛み締める。
舌先で耳の表面の溝をなぞるように丁寧に舐め上げ、或いは唾液を含ませた口の中に招き入れてくちゅくちゅと音を立てて咀嚼する。
それだけでラストルの背筋がぞわぞわっと慄き、首筋が粟立つのが手に取るようにわかる。脈拍の加速、皮膚の発汗、そしてうなじから薫る男の香り。
それらが全て彼が心地よさを感じている
気を良くした私は目を閉じて自身の感覚に集中した。
馬車の後部座席からは外に向けての視線は通っていないが、外の状況を知るなら私には幾らでも手はある。
唾液に濡れて艶かしく光る耳にそっと息を吹き込むように私は彼に囁きかけた。
「
口頭で外がどうなっているのか説明しながら、私はラストルへの耳責めを続ける。
口紅の桃色を擦り付けるように何度もキスを繰り返し、舌で耳介の丸洗いでもするように全面を舐めしゃぶる。
下の先端を耳の穴に差し込んで、幾度も出し入れを繰り返しては、奥の方にまでぐりぐりと捩じ入れる。
耳の穴を膣口に、舌を
私の中の攻撃的で嗜虐的な側面が昂りを覚えて心臓がどくどくと音を立てる。
「んっ、ふぅっ……!ひゃっ、ぁぅっ」
「ふふっ♡ 可愛い……っ♡♡」
ラストルの反応もそんな私の心持ちに拍車をかける。
目を閉じて頬を赤くしてされるがまま。しかしてその神経が私に嬲られている耳の方に集中しているのが良くわかる。
愛撫によがる生娘のようなその姿がいじらしくて、私の方にも一層の熱が入る。
べったりと濡れ光る耳穴に口先を押し当ててじゅじゅるぅっ♡♡と中身を吸い上げる。
唾液と耳垢の混ざった苦味としょっぱさを舌先に感じる、あまり良い味とは思わないが、そういうのも
「んじゅっ♡♡ じゅるぅ♡♡ ……私達の馬車の護衛の人たちの内訳は……♡ 六人で前衛3、後衛3人のオーソドックスな組み合わせですね……♡ んっ、ちゅ♡ ぢゅっ♡ 盾、槍、剣の三人で羽竜を地面に引きつけつつ……んふ、ぅっ♡♡ 魔法、回復、射手が援護していますね……ぁむ♡ はむっ♡羽竜には風の防御膜があって遠距離物理攻撃が通り辛いという話はしましたが、ちゅっ♡♡ それも絶対というわけではなく一定以上の威力であれば貫通して刺さります……れろろっ♡ れろぉっ……♡ あの射手の方も
目を閉じたまま言葉を吐き出す。
話し言葉は吐息となってラストルの敏感な耳や首筋を撫で擦っていく。
耳たぶからうなじまで、赤らんでいる肌が艶かしい。
髪の生え際をなぞるように首から耳の裏までに舌を這わせると、ねっとりと濡れるそこからいやらしい香りがする。私の唾液と、彼のフェロモン。
確か人間のフェロモンはこういう耳の裏側あたりから出るものなんだったか?
鼻先を近付けて息を吸う。男の人の汗と肌と、髪と頭皮の匂い。
鼻の裏から頭に抜けるような、つんとくる香りに胸が高鳴る。
「ぁ、っ、ふぅっ……!」
私は彼の首元にそっと歯を立てた。歯形も残らないような、皮膚の一枚に歯先をあてるような軽い甘噛み。
それにラストルが大袈裟に応じて眉根を顰めるのが可愛くて仕方がない。
人が首筋を触れられて敏感に反応してしまうのは他の生物に生殺与奪を握られている危機感なのだろうか?
なんにせよ彼のその喘ぎ声が聞きたくて私は意地の悪い気持ちになる。
斜角筋から胸鎖乳突筋、首筋から鎖骨までの筋肉の男性的な隆起を確かめるように歯と舌と唇で肌をなぞる。
口先で感じるのは頚動脈の拍動。どくっ、どくっ、と溢れる程に血が巡るその振動がそこにある命を感じさせてくれる。
「ん…ちゅっ……♡」
意識を集中させれば私が背後から抱きすくめている彼の体そのものの命の脈動を感じる。
肩から胸へと回した腕と、私の胸の間、彼の肋骨の中で脈を打つ心臓の音。
その鼓動が普段よりも強く早く打ち鳴らされて、共鳴した肺がすぅ、はぁ、と積極的な換気を繰り返す。その吐息は熱く、そして濡れている。
神経を
興奮と発情。私の
自分が快感を感じているわけではないが、相手が自分の手で気持ちよくなってくれているということを感じることはどうしてこうも湧き立つような興奮をもたらすのだろう?
ラストルが喘ぐのを腕の中に感じながら、私は自分の体が熱くなっているのを感じていた。
抱きしめている背中に押し当てている胸の先が勃起している。
そのことを見せつけてやりたくて私はより強く彼の体を抱きすくめた。
「はっ、は、ぁっ、はぁっ……!」
「んーっ……♡♡」
「……っく、ぅ……っ!」
ぢゅぅぅ……っ!!と力強く、彼の首筋に吸い付く。
肌に痕が残るような強さの肌と唇のディープキス。皮膚一枚下の動脈から血を吸い出すような強い口付け。
ラストルの喘ぎは吸血鬼に血を奪われる
大丈夫だ。別に
「……っ、はぁっ、はぁ……リ、リオさん……!」
「んー、残念。そろそろ時間のようです」
息を荒げて額に汗したラストルが悩ましい目でこちらを肩越しに振り返る。
しかしながら私はいそいそと居住まいを正して彼の背中から離れざるをえなかった。名残惜しいことに。
彼の表情に疑問符が浮かぶと同時、外から重たいものが地面に倒れる音と、歓声が湧き上がった。
「うおぉぉぉっ!やったぞ!すげえ!」
「生でドラゴン討伐見たのは初めてだなぁ!」
「なぁ、交渉したら素材は買い取らせて貰えるのか?」
どうやら
窓際に寄っていた馬車の他の乗客は大盛り上がりである。安全圏から見る生の
なんにせよ、事後処理が終わればすぐにまた馬車は運転を再開することになる。
まごついていると羽竜の死体を漁りに他の魔物が来るだろうし、そういうのの処理は巡回警備をしている正規兵あたりがなんとかしてくれるだろう。
「ささ、何事もなかったようにしてくださいね。いかがわしいことをしていたのがバレたら最悪蹴り出されちゃいますからね」
「もう……貴女からしておいて……」
はぁ、と一つ大きく溜め息をついてラストルも普通に座り直す。
ポケットからっ取り出したハンカチーフで首元を拭うが、その肌の上には私がさっき首元に吸い付いた時のキスマークがでかでかと刻印されていた。やべっ。
「続きはまた今夜……ですね?」
口紅を塗り直しつつ、調子に乗ってやりすぎたなと反省する。
そんな内心を誤魔化すように、私は隣に座る彼に上目遣いで一つウィンクを送るのだった。
『コンパウンドボウ』
日本語では化合弓、複合弓とも。1960年台アメリカで開発され、滑車とケーブル、複合材料などを駆使して力学的に構築された弓。弓の両端のリムに滑車が使用されているのが特徴で、最初の引き初めは手応えが重たく感じるが、引き切った際には滑車の構造によってそれが非常に軽くなる。そのため弦を引き切った状態 (フルドロウ)で保持する際の安定性が増し、狙いをつけやすい。またより強い弦を採用しても扱えるようになるため従来の弓よりも威力を高めやすい。
この世界でもコンパウンドボウを制作している職人がいるようだがリオは採用していない。コンパウンドボウは「弦の引き始めが重く、引き切った時が1番軽い」という構造の都合上、弦の引き具合によって矢の威力を調整するという小技が使えないのが欠点とは本人の談。ただコンパウンドボウのあのゴテゴテしてメカメカしい外見は嫌いではないので予備武器としてアイテムボックスに所蔵してある。