※この作品はR-18です。

【二次創作】十三大戦【頑張って書いた】   作:セイントス

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『猫に九生有り』と申します。
 もし本当に九つも生涯が有るというのならば、さぞかし経験も豊富なので御座いましょう。
 だからこそ
『猫と過ごす時間は、決して無駄にはならない(Time spent with a cat is never wasted.)』
 という名言も生まれたのです。


第十戦『猫の皮を剥ぐ方法は一つだけではない』(There's more than 1way to skin a cat.)

 突然だが、『例えば』の話をさせてもらう。

 

 『猫』の戦士・音弧(ねこ)が猛毒結晶『獣石(じゅうせき)』を呑み込んだまま十二時間が経ったとしたら、どうなるだろうか。

 当然、毒の働きで『猫』は息絶える。直後に『生死半々(シュレディンガー)』の呪いで『死を無視する無死にする』ことで蘇るだろう。

 

 しかし、少し待って貰いたい。

 かつて『丑』と『猫』の徹底抗戦の際、『生死半々(シュレディンガー)』の蘇生メカニズムを「死ななかった可能性の世界」「死因を回避した世界」「もしも攻撃の当たらなかった位置に立って居た世界」「もしかしたら射線の外や死角に居た世界」に差し替わる(・・・・・)…と表現したことを憶えているだろうか。

 ならば『この毒による死はどの様に差し替わる』のか。当然死因は『毒死』であり、原因は『獣石を呑み込んだせい』である。つまりその「死因を回避した世界」とは、十二時間も前の原因を覆す事に他ならない。

 

 実はこの辺りに『生死半々(シュレディンガー)』の『隠された性質と制約』と言うのが関係している。

 実はこの『生死半々(シュレディンガー)』。「自害して蘇生すれば、地球の裏側までだって飛べる」なんて都合の良い現象は絶対に起こり得ない。何故ならば音弧が蘇る位置は『死因が発生してから完全に死亡するまでの間、音弧が移動できる範囲』と言う制約が有る。

 加えて『その間、他のものに干渉できない』と言う制限が有る。

 

 この感覚を他者に分かりやすくイメージさせるならば…。

 死んだ瞬間に精神体の様な物が、死因となる事柄の直前の時系列に跳躍する。

 そんな『幽霊』なのか『透明人間』なのかも分からないような状態のまま、自分が死ぬ光景を、さながら映画でも見るような感覚で味わいながら、自分の蘇生位置を選ぶ。その移動には自分の力しか頼ることが出来ず、乗り物を使うことは愚か、ただのドアを開けることすら出来ない。

 そして自分が完全に死んだ瞬間に「生きていた世界」に差し替わる。…と言う風な感覚であろうか。

 

 では『猫』が損傷を負った際、『自害』して無傷の状態に戻るのは何故か。

 それは死因は『自害』であっても、『動機』が『肉体の負傷』であるためだ。

 つまり『自害』を阻止しても『肉体の負傷』が有る限り、『猫』は必ず『自害』を選択すると言う事である。そういう覚悟で自害している。だからこそ『動機』である『肉体の負傷』が解決される時系列まで遡る事が可能となる。

 

 では以上の点を踏まえて種明かしをしようと思う。

 『因逆亡戻(リバース・リ・バース)』の正体とは『生死半々(シュレディンガー)』の広義的な解釈である。

 死因が『刺殺』だろうと『斬殺』だろうと『絞殺』だろうと『殴殺』だろうと『轢殺』だろうと『圧殺』だろうと『溺殺』だろうと『凍殺』だろうと『焼殺』だろうと『爆殺』だろうと『毒殺』だろうと『銃殺』だろうと…戦士との戦闘で命を落としたならば、そもそもの話『戦士と遭遇した事』こそ『原因』ではないか。

 『因逆亡戻(リバース・リ・バース)』は『人との出会い』を対象にして『無視する』『人でなし』の荒技なのだ。その分、蘇生まで多くの時間的猶予が与えられるため、不可能な長距離の跳躍を可能とし、より自由度の高い蘇生位置調整が出来る。

 最も、人との出会いを無視する訳だから『その間に関わった人々の音弧(ねこ)に関する記憶が消失』してしまうのだが、彼にとっては些細な問題でしかない。

 

 

 だって、生きてさえ居れば、また逢えるから……。

 

 

◇

 

 

「……あれ?音弧さんは?」

 『酉』の戦士・庭取(にわとり)はふと『猫』の戦士・音弧の姿を求めて辺りを見渡した。しかし、おかしな事に彼の姿は見当たらない。

 彼女は『丑』の戦士・失井(うしい)と『寅』の戦士・妬良(とら)の二人を先導し、『亥』の戦士・異能肉(いのうのしし)と交戦する『申』の戦士・砂粒(しゃりゅう)の救援に訪れた。最も庭取達が到着する頃には砂粒が異能肉を下しており、事態は終息していた。

「あぁ?そういや途中くらいから居なくなってたなぁ」

「もうっ!勝手にいなくなるなんて非道いです!私をあんなに守ってくれたのに…」

 そう文句を言いながら庭取は音弧を探す。鳥達と意思疎通を行い、視覚共有する異能力『鵜(う)の目鷹(めたか)の目(め)』を行使して広範囲の索敵を開始した。

(…ん?)

 すると、すぐに一羽の鳥から連絡があった。庭取は直ぐさま、その鳥と視覚を共有する。

 鳥の視覚に映し出されていたのはビルの屋上。横の方に意識を向ければ、自分たちの姿が見切れている。

(…『子』の戦士?)

 ビルの屋上には『子』の戦士・寝住(ねずみ)が眼下…自分たちを見下ろして居た。

(なんでこんな所に?『申』と『亥』の戦いを観察していた?

 あの子、和平賛同者だよね?だったら普通、和平の要となる砂粒さんの援護に回るはずじゃ…。いやでも大して強そうに見えないし、避難していた?

 確かに砂粒さんビックリするくらい強かったもんなぁ。しかも『亥』の戦士も前回優勝者の家系だけあってヤバいくらい手強かったし。…まぁ、私だったら絶対に隅っこに避難してるしな、うん)

 そのような事を考えていたら、目の前の寝住に変化が起きた。肩に背負っていた瓶(かめ)…だろうか。とにかくそれを下におろすと中身を物色しだした。

(あんな荷物持ってなかったよね?うん、彼の武器は腰に提げた剣だけの筈…。

 とゆうかあれどこかで…)

 そう思い、庭取は鳥に寝住が見える位置まで近づくように指示を出す。すると鳥の視界は青年へと近づいた。

(…っ!)

 そして彼の顔を見た。酷く疲れたような顔をしていた。ただでさえ眠そうな眼は今にも閉じてしまいそうで、瞳の色が心なしか濁っている。口元が歪んでいた。

 そして彼の手元を見て驚いた。その瓶に見覚えがあるかと思ったら『未』の戦士・必爺(ひつじい)の手荷物だった筈だ。そして彼の老人が得意とした武器は何だっただろうか。

「………っ!!?皆さん逃げてっ!!!」

 その答えに気付いたのは、寝住が手にした手榴弾『醜怪(しゅうかい)送り』をこちらに放り投げてきた直後だった。

 庭取は悲鳴にも近い声で周りを喚起する。合わせて自身も身を翻して逃走を始めた。他の皆は意図に気付いて居ないみたいだったが、事細かに説明する暇は無い。彼女自身、少しでも生存率を上げるために逃げなければならなかった。

 しかし、余りにも手遅れだ。庭取の足では爆発の範囲からは逃げ切れない。他の戦士は初動が遅れた。全滅は必須だった。

 

「アァーーアアァーー-ッ!!!」

 死を予感した矢先のことだった。庭取は高らかな野生児の雄叫びを聞いた。

「音弧さんっ!!?」

 庭取が足を止めて、後ろを振り返ると、空中を滑走する音弧が居た。腰の後ろに提げていた小振りのクレネードランチャー…実際にはワイヤーランチャーだったようだが、それをターザンロープの様にして空中を降りてくる。そしてその途中で手榴弾を拾い上げた。

「まさかっ!?」

 庭取に嫌な予感が過ぎる。そしてそれは正解だった。半ばビルの壁面に衝突するかのような勢いで着地した音弧は、壁面を横に向けて走り出す。その方向は少しでも自分達から離れていくようだった。

 トドメの一撃と言わんばかりに音弧は空中に身を投げると、そのまま大きく振りかぶって爆弾を全力投球した。

 爆弾は十メートルも飛ぶ前に爆発した。一番近くに居た音弧を真紅の炎が飲み込み、彼が消滅した。見たのはそこまでだった。

「あぁぁぁっ!?」

 庭取は咄嗟に目を覆った。爆弾の閃光が網膜を焼き、失明してしまうのではと感じる程の刺激を与えてくる。

 しかし、その痛みに悶絶している暇は無い。次の瞬間には鼓膜を爆音が叩いた。爆発の豪快な騒音に、腹の奥を叩くような重低音。爆発がビルを破壊する理不尽で暴力的な衝撃が肌を撫でる。

 その直後に熱が襲った。大気を灼く爆炎は音弧とビルを喰い破り、その余波を庭取に与えてくる。爆風が体を叩き、思わず全身が宙に浮く。そのまま弾き飛ばされ何度も地面を転げた。

 直後に工事現場の様な地鳴りが襲った。恐らく爆弾がビルを破壊し、その巻き添えで他のビルまで倒壊しているのだろう。時折混じる衝突音と鼻腔を擽る土煙の匂いがそれを教えた。

 まさに状況は天災地変。目の前が一瞬で地獄へと変化した。

 幸いな事に庭取に怪我は無い。全身を強く打ち付けはしたが、極めて軽症。この大惨事を鑑みれば、驚くほどに軽症だった。

「…げほっ。…みなさーん!!だいじょーぶですかーーっ!!!」

 庭取は回復しきらない視力のまま、他の皆を探す。

 そしてすぐに返事があった。

「だいじょーぶよー!!肉ちゃんも無事ーっ!!」

 少し離れた場所で砂粒が手を振っている。隣には砂粒に肩を担がれた異能肉(いのうのしし)が立っており、覚束ない足取りで姿を見せた。

「全く、不意打ちとは卑怯な…。頭がグラグラしますわ」

 よく見ると異能肉の頭から血が流れている。恐らく瓦礫で頭を怪我したのだろう。砂粒の補助を受けて自立はしている様なので軽症の部類だろう。

 庭取は彼女達の元へ歩み寄ろうと一歩を踏み出して、そこで凍り付いた。その様子に砂粒は小首を傾げたが、異変は直ぐ目の前、いや目の後で起きた。

「なるほどなるほど。しっかり鍛えられた締まりバツグンの尻だな。流石は砂粒のお姉さん。

 しかし、『亥』のお姉様も負けちゃあ居ない。指が何処までも食い込んでいきそうなくらい柔らかな桃尻。一度掴んだら最後、思わず手放すのを拒みたくなるほどに魅惑的な好い尻だ」

 いつの間にか砂粒と異能肉の背後に音弧が立っていた。音弧はあろう事か彼女達の臀部を鷲掴みにしていた。それは何時ぞやの庭取にやらかした遠慮の無い粗相だった。

「「……~~~っ!!?」」

 声にならない悲鳴を上げた二人。ジワジワと頬が赤く染まり、怒りが震蕩した。

「「ふんっ!!」」

「グボァハァッ!?」

 肩を貸し支え合う腕を解くと、砂粒と異能肉はクルリと一回転した。鏡合わせのようにシンクロした美しい動きで振り返り、音弧の方に振り向くと、握り締めた鉄拳が音弧の顔面を貫いた。

 打ち合わせもないままに繰り出された拳。無駄なく洗練された動きは最早反応できるものではなかった。まともな防御も出来ないまま音弧は拳を顔面に受けて、バキッと音を鳴らし、盛大に後ろに飛んで瓦礫の山に激突した。

「この変態はまたしても私の身体を…っ」

「いやはや、お二人とも良いモノをお持ちで…。世界狙えるぜ」

「咄嗟に後に飛んでダメージを軽減したのね。

 それにしても、全く性懲りもないわね…。あれだけ言って聞かせたのにまだ反省してないね音弧くん」

「『亥』のお姉様の生足が余りに色っぽくて我慢できなかったよ。

 にしてもお姉様の生足は格別だな。白雪の様に真っ白で透き通るような肌色にしっとりと潤った肌触り、ボディケアの賜物だなこれは。

 後、そのハチミツを絡めた様な綺麗な金髪も素敵だよね。手入れがしっかりと施された理想的なキューティクル。心なしか好い匂いがする。

 見てれば分かるけど、お姉様は本当に女磨きに余念がないな。男共も黙っちゃ居ないだろ?」

「あっ、やっぱりそう思う?可愛くて綺麗よね肉ちゃん。

 しかも、彼女現在12人のボーイフレンドと交際中よ。更には、まだまだ彼氏募集中なのよ?」

「マジか」

「マジよ」

「音弧さぁぁぁんっ!!」

「ドォグファッ!!?」

 地べたに座り込んだ音弧の鳩尾に今度は庭取がヘッドスライディングタックルをかます。先ほどの砂粒と異能肉のタブルパンチは動ける状態だったため辛うじて威力を殺せた。しかし、満足に動けない状態の彼に与えられた会心の一撃は、ダウン手前へと音弧を追い込んだ。

「…お…おぅ、庭取ちゃん…。怪我が無さそうで何よりだ」

「もうっ!一体何処へ行ってたんですか!また居なくなっちゃうんじゃって、私心配したんですからぁ!」

「あー…ちょっと雉子を撃ちにな。

 それに『主人公(ヒーロー)は遅れてやってくる』って相場が決まってんだろ?」

「巫山戯ないで下さいっ!何がヒーロー(Hero)ですかっ!音弧さんなんて但のエッチ(H)でエロ(ero)です!」

「おっ?言うじゃないか。

 じゃあヒロイン(Heroine)ポジションに納まってる夜鷹(よたか)ちゃんはエッチ(H)でエロ(ero)でイイネ(ine)となるわけだ」

「庭取ですよぉっ!馬鹿ぁ!」

 音弧の胸元に飛び込んだ庭取が抗議を示すように頭をグリグリと彼の胸に擦り付ける。音弧はため息一つ漏らして彼女の頭を優しく撫でて宥めてやった。

「それはそうと。そっち手伝ってやってくれない?

 俺じゃあどうしようもなくて…」

「…そっち?」

 音弧が指差して示した先に砂粒が視線を向けると、『丑』の戦士・失井が居た。どうやら利き腕を怪我したらしく、肩近くの袖の布が乱雑に裂け、血が衣服を赤黒く染めていた。しかし、そんな事は些末な問題でしかないといった風に、失井は怪我を無視していた。

 どういう理由かは分からないが、一心不乱にビルの瓦礫を退かしていた。相当無理をしているらしく、怪我をした腕から更に血が流れた。

「どうやら『寅』の戦士…妬良ちゃんが生き埋めになったっぽい」

「大変っ!?」

 その事を聞いた砂粒は慌てて飛び出した。

 

 

◇

 

 

 余りにも一瞬の出来事だった。音弧が飛び出して来て、何かをしたと思ったら突如大爆発。少なくとも失井には何が起こったを把握しきることは出来て居なかった。

 閃光、業火、灼熱。それらが全身を包み込むと激震が響き渡る。とそこで、何者かに身体を突き飛ばされた。そして聞こえてきた落石の音。大きく転げ回り、爆風が過ぎ去る。膨大な振動が鼓膜と脳を揺らし、意識が混濁する。

 失井は身体を起こそうと右手を着くと、強い痛みが走る。どうやら利き腕を怪我したようだ。揺れる意識を確かにして腕に集中すれば、右上腕にジクジクとした熱を感じる。

(…くっ。一体何が…いや、理由は分かっている。

 『猫』の戦士が空中で拾い上げ、遠くに投げた物は『爆発物』だろうかね。仕掛けてきたのは…恐らく大戦のルール説明の際に審判に質問をしていた『未』の戦士かね。

 どういう経緯かは分からないが、音弧はその爆弾を察知して、全滅を回避したということかね)

 後付けではあるが、失井はパズルピースを組み合わせて、状況把握に努めていく。彼が持てる限りの情報から精査していく。がどうにも情報が足りない。

(…しかし、私を突き飛ばしたのは)

 そう考えて失井は、視線を爆発の最中で突き飛ばしてきた犯人に向ける。しかし、そこには瓦礫の山があるだけだった。

「…は?」

 思わず失井から乾いた声が漏れる。その瓦礫の山を観察すれば異変は直ぐに見つかった。山の麓から流れ出している赤い血溜まり、そして隙間から覗いた白い腕。

「…妬良?」

 誰かなんて直ぐに判った。彼女の細い腕、その指先、爪。失井が持つ西洋式片刃刀(サーベル)『牛蒡剣(ごぼうけん)』と同様に、妬良(かのじょ)の自慢の武器である爪(それ)。綺麗に研がれ、手入れが施されたそれが、とても印象に残っていた。

「どうして…」

 どうして失井(わたし)を庇ったのかと、彼の脳内を疑問が支配した。

 一回目に彼女に庇われたのは、あの『辰』の戦士・断罪(たつみ)兄弟・兄の奇襲を回避するための物であった。最も、それ自体は乱入した庭取が阻止してしまったが、庇われた事実は動かない。

 そして今回だ。その妬良が埋まっている場所は先程まで失井自身が立って居た場所だった。もしあのまま失井があの場に立っていたならば、失井こそがあの落石に巻き込まれていたのだろう。しかし、妬良は己の身を挺して庇ったのだ。

「…待ちたまえよ。…何故そこで埋もれているのかね?」

 己は『丑』なのに馬鹿な質問が溢れる。何故瓦礫に埋もれているのかは判る。先程判断を下したばかりだ。問題は「何故己を顧みずに私を庇ったのか?」についてだった。

 失井は生き埋めにされた妬良の元へ歩み寄り、近くの瓦礫を退かす。近くの瓦礫を退かす。一つづつ退かしていた。

 その間にも腕に痛みが伴う。そんなものはどうでも良かった。明らかに目の前の妬良の状態の方が酷い。早急に助けるべきだ。そう決めて。そう動いた。

 

 『皆殺しの天才』と呼ばれる彼は齢五つの時に初陣し、その初陣で皆殺しという偉業を成した。それ以降、戦場に馳せ参じれば敵陣営を皆殺し。華麗にして実直な剣捌きは天才の名を欲しいままにし、やがて皆殺しと天才が合わさり『皆殺しの天才』へと通称を変えた。そんな彼は『勝利を約束された戦士』として名声を高め、戦争をより早く終わらせるために敵を皆殺しにした。そんな彼であっても、己のスタンスを確立した瞬間というものがある。

『どうしてそんな正しいことが出来るんですか?正しいことをするにはどうすればいいのですか?』

 かつて赴いた戦場で出会った少女から投げ掛けられた疑問だった。いや、今にしてみれば少女ではなかったかも知れない。だがその様な勘違いをしてしまうほどに、彼女の質問は素朴で純粋な疑問だった。

 これまでの人生、天才故に自身が考えたことは自身が考えた通りに実行し実現してきた失井にとっては鮮烈な体験だった。『正しさを実現する秘訣』。今まで考えた事もない内容。実に意外性に富んでおり、彼自身にも衝撃を与えた。そして彼はそれについて真剣に答えた。

『まず、正しいことをしようとするだろう?

 次に正しいことをする。

 以上だ』

 真っ先に思い付いたのは、正しい事はしようと思わなければ出来ないということだった。

 人は間違う生き物だ。理由もなく、思想もなく、思い切りもなく、気付いたら当たり前の様に『道』を踏み外す。しかし、反対はない。何となく善行をしていたなんてことは絶対に無い。正しいことをしなくても良い理由も根拠も状況も状態も時間も相手も山の様に存在するからだ。

 正しい行動には、正しい意思が必要だ。それらが伴わなければ絶対に実現はしない。正しいことを出来ないのは、正しいことを『やらないこと』を選んだのだと自認するべきだ。

 その事を自覚してからは己の精神性を完成させた様な感覚を覚えた。

 

 その疑問を投げ掛けてくれた少女。彼女の面影を目の前に埋まる妬良に重ねてしまっていると失井は自覚した。

 しかし弱々しく可憐で純朴な少女を目の前の屈強な戦士と重ね合わせるなんて、双方に失礼な話で有ると失井は考えを振り払う。

「待っていたまえっ!今助けるっ!」

 失井は天才故にこれまでの人生で『助ける側』の人間だった。しかし、初めて彼女に『助けられた』。失井自身が『助けられる側』に初めて立ったのだ。ならばそれに報いなければならない。すると決めて、する。失井は揺るがなかった。 

 失井は瓦礫を退かす。また一つ退かす。漸く妬良の顔が見えた。彼女は気を失っているらしく、頭から血が流れている。早く救出して応急処置を施さなければと気持ちが逸(はや)る。

 だが、しかし、そう思っても叶わない。彼女の下半身に、失井の体格の三倍はあろうかと思われるほどの巨大な岩石の塊が、覆い被さっていた。片腕を負傷した失井では、その岩を除けることは出来ない。いや、そもそも両腕が健在であったとしても除けたかは怪しい。

(ビクリとも動かない…かね)

 しかし、失井は諦める様子は無い。何とか瓦礫を退かそうと尽力するも、巨大な岩は根でも張っているかのように動きはしない。

 正しい事をしようと考えて、正しい事を実行しているのに、正しい事が実現出来ない。その状況がこんなにも歯痒い気持ちになるのかと挫けそうになる。

(誰か…。誰か助けてくれないかね。

 彼女を助けてはくれないかっ)

 失井は懸命に瓦礫に挑みながら、その様な事を願う。もし妬良がこのまま死ぬような事態になれば、受けた恩に報いる機会は永遠に失われることになる。それは正しくない事だと思った。

「どいてっ!」

 失井の視界の端から一人の戦士が跳び込んできた。眼鏡を掛けた小柄な女性…『申』の戦士・砂粒だった。

 彼女が巨大な瓦礫に手の平を翳すと、そこを中心に黄色の波紋が広がるのが見えた。次の瞬間には頑強そうな岩の塊がサラリと砂に変わって崩れ落ちた。

 どんな手品か、将又砂粒の戦士としての器量か。目の前の摩訶不思議な現象の事など気にも留めている余裕はなかった。

「妬良ぁっ!!」

 失井は彼女の手を掴み、肩を担ぐと砂山から引き摺りだした。彼女をガッチリと咥え込んで放す気配のなかった瓦礫の山からいとも容易く助け出せた。

「妬良っ!しっかりしろ!妬良ぁっ!」

 失井の呼びかけに妬良が応じる気配は無い。四肢をだらりと投げ出したまま完全に気を失っていた。

「ごめんなさい。ちょっと診せてくれないかしら?」

 砂粒がその隣にしゃがみ込むと背中のバックパックを地面に置いて話しかける。それを聞いた失井が砂粒に場所を譲ると、彼女は妬良の傷を確認した。

「…っ。酷い…」

 砂粒は鞄の中をひっくり返して、中から救急キットを取り出す。手早く治療を始めた。

「助かるのかね」

「かなり厳しいわ。どちらにしても私が持ってる道具じゃあ応急処置が関の山。ちゃんとした設備が必要ね…」

 砂粒は止血だけでも急ぎ執り行った。

 その様子を失井はジッと見ていた。

「ほら、『丑』の旦那!アンタも手当てだ。こっちに来なよ」

 後からノコノコとやって来た『猫』の戦士・音弧が砂粒と一言二言言葉を交わすと、救急キットの中から救急道具数点を取り出すと失井を呼んだ。

 そのまま音弧は直ぐ近くで瓦礫を椅子にして腰掛けている異能肉に歩み寄る。それを見て失井は、直ぐ傍で倒れる妬良に後ろ髪引かれながらも音弧の元へと向かう。

「しみるけど我慢してな」

「っ!?ちょっと!もっと優しくしなさいっ!」

「ごめんねー」

 失井が彼の元へ行くと、音弧はテキパキと異能肉の頭の切り傷に消毒を施して包帯を巻いていく。その処置は異様に手慣れていた。

「旦那は……腕の怪我のみか?」

「あぁ」

「腕の動きに違和感は無い?肘が曲がらないとか、肩が上がらないとか」

「いや、特には…」

「そっか、じゃあ服脱いで。傷口診せて」

「しかし、まだ敵が潜んで…」

「一応庭取ちゃんに周囲警戒もして貰ってるから、追撃の心配しなくていいよ」

 その言を素直に信じて失井は上着を脱ぎ、中に着たシャツを開(はだ)けさせた。その様子に「あら、やはり鍛えられた良い体をしておりますわね」「畜生(Fuck)、男を脱がす趣味は無いってのに…」と二人の反応は様々だった。

「少しくらいなら動いても平気なように強めに縛るよ」

「……随分と手慣れた物ですわね」

「傭兵稼業も長いからな。それにほら…俺って怪我がほぼ無いから、戦闘が終われば衛生兵の手伝いとかよくやらされるんだぁ」

「あぁ、そういうことかね」

「だから簡単な物くらいなら出来る…ほい、終わったよ。じゃあ、俺はあっちの手伝いに回るから…。

 少し二人は休んでてよ。怪我人は無理するもんじゃ無いからな」

 そう言うと音弧は手をヒラヒラと振って砂粒の元へと援軍に向かった。音弧は砂粒に話しかけると再度鞄の中を漁り始めた。

「『亥』の戦士。質問してもいいかね?」

「何かしら『丑』?」

「今の爆発…。今回の大戦で爆発物を使うと宣言していたのは『未』の戦士だけだと記憶していたがね。

 つまり襲撃の犯人は『未』の戦士かね?」

 遠巻きにその様子を眺めていた異能肉に、失井が衣服を整えながら声を掛ける。彼が尋ねたのは先程の襲撃者についてだった。彼が何を思ってその話を切り出したのかは定かでは無い。どこか思うところがあるのだろう。

 普段の彼女であれば敵対関係にある『丑』との会話など成立するはずも無かった。

「いいえ違いますわ。何故ならば『未』の戦士はこの私が殺してますもの。

 犯人はあの老獪の手荷物から爆弾だけを拝借したのでしょう。ちょうど私が彼を殺したのはこの近辺でしたので、何者かが拾ってもおかしくは有りませんわ。

 …となると、『卯』と『巳』と『戌』は犯人では有りませんわね。『歩く死体(ウォーキング・デッド)』となったあれらにこんな器用な真似ができるとは到底思えませんわ。ともすれば候補は『子』と『辰』と『午』」

 しかし、今は状況が異なる。何せ異能肉も爆弾魔に殺され掛けたのだ。犯人を特定し報復の一つでもしてやりたいと思った。

 二人には特別な索敵技能や探偵技能などはないものの、現在の状況ならば絞り込みは非常に容易い。大戦に参加した13名から犯行不可能な戦士を除外するだけの単純作業だ。

「いや『午』は違う。既に死亡が確認出来ているのだからね」

「ならば不届き者の正体は『子』か『辰』の戦士の可能性が高いのでしょうね」

「…ふむ」

 僅か三分を待たずして犯人は二人まで減る。

 ともすれば犯人は『辰』だろうかと失井は思案する。断罪兄はつい先程愛器である氷冷放射器『逝女(ゆきおんな)』を失った状態だ。早急に新しい武器を調達したいと考えるのは自然だろう。彼の飛翔能力『天の抑留(よくりゅう)』で空から探せば、『未』の死体を探すのは容易だし、爆弾という武器自体も非常に相性が良い。何せ空爆よろしく天空から地上に爆発物を投下するだけで済む。

 …と、ここまで考えて『辰』が犯人の可能性を切る。そもそもこの天気だ、空には雨雲が掛かり視界は不明瞭。もしこの状況下で武器探しをするならば、飛行高度を下げる必要が出てくる。そうなれば当然、発見・捕捉される危険性が跳ね上がる。現在丸腰の彼がそんな危険を…況してや『申』と『亥』が暴れていた戦場に不用意に近づくだろうか。寧ろ遠くに避難して武器を調達する方が遥かに安全だ。

 以上のことから、この度の爆弾犯は…。

「犯人はっ…『子』の…戦士ですよっ!とっと…」

 と、そこまで思考が行き着いた所で庭取が二人の前に現れた。彼女は西洋式片刃刀(サーベル)『牛蒡剣』と機関銃剣(マシンバイヨネット)『命恋(いのちごい)』を抱えてながら不安定な足場をフラフラと歩いている。「音弧さんに頼まれたんで探してきました。全くっ!人使いが荒いですよー。やれ武器を探せだ、やれ病院探せだ、周囲警戒をしろだ、鳥さん達お腹空き過ぎてスト起こしちゃいそうです。あっ、後それ自分で異常が無いか点検して下さい。私、剣と機関銃なんてさっぱりなんで」と言いながら武器を返却した。

 失井が愛剣を受け取ると、鞘から抜き刀身を確認する。

「私見てたんです。『子』の戦士がビルの屋上から爆弾を投げ落とす所」

「確か、きみの特殊技能は鳥を操る事だったかね」

「少しニュアンスが違いますけど…まあ、だいたいそんな感じです」

「……なる程、感謝する」

「庭取ちゃーん!!病院見つかった-っ?」

「あっ!はーい!バッチリ見付けてますよ-音弧さーん!」

 失井が納得したように剣を鞘に納めると立ち上がる。再度、妬良の元に戻り彼女の顔を見た。先程よりも痛みに顔を顰(しか)め、露出の多い素肌から脂汗が滲み出していた。恐らく完全に気を失っていた状態から回復しだしているのだろう。同時に全身の重傷を体が自覚し始めたのだ。

 今妬良に施された治療と言えば、最低限の止血と左腕右足の骨折に添え木をした物だった。先程音弧がレジャーシートを転用して作ったらしい担架に乗せられている事から、医療設備の整った場所に移るつもりなのだろう。

「じゃあ音弧くんと『丑』くん、運ぶの手伝ってくれる?」

 砂粒がそう言いながら担架の持ち手を掴むように促した。確かに小柄で軽い女性とは言っても、人一人は軽くない。どうしても運ぶのに男手が欲しかった。

「あー…ごめん。運ぶのは『丑』の旦那と砂粒のお姉さんで頼むわ」

「どうして?」

「いやだって二人とも俺より力あるし足速いし、二人の方が早く着くでしょ?それに…」

「それに?」

「俺にはここでちょっとやることがあるからな」

 そう言いながら、音弧は頭のカンカン帽を被り直した。

 

 

◇

 

 

 意外な事に、音弧の申し出はすんなりと受け入れられた。というのも庭取が鳥達から得た情報から、音弧が残ると言った理由を探り当て、それを砂粒に伝えた。これを受けて音弧は到底『無謀』とも言える自身の考えを砂粒に告げた。その考えには流石に失井と異能肉が反対の声を上げたものの、砂粒が許可を出した。但し、条件付きで。

「出来れば庭取ちゃんには避難して貰いたかったんだけどなぁ」

「音弧さんは知らない内にふらっと消えちゃうので心配です。しっかり見てますから、今度はちゃんと守って下さいね」

「まぁ、逆だと思うけど…善処するよ」

 砂粒が出した条件は見張りとして庭取も共にこの場に残ることだった。これから音弧がやろうとしている事を考えると庭取を保険として使うことが最適解であると砂粒は判断を下し、その様にお願いした。

 肝心の妬良の運搬については庭取が鳥一羽を道案内に付けたので、彼女抜きでも問題なく病院に辿り着ける。寧ろ足の遅い分類の庭取を置いていく方がより速く着ける。それほどに妬良の容態は急を要する。

「……なぁ、庭取ちゃん?」

「はい、何でしょうか?」

「寝住(・・)は如何してる?」

 音弧は次に自分達を裏切った爆弾魔の所在を聞いた。もし、この場や砂粒達の元へと現れて一悶着が起こるのは避けたい事態だった。

「多分平気じゃ無いですかね?

 寝住くん、爆弾での襲撃に失敗して直ぐに逃げましたからね。…途中までは鳥さんで追っかけてたんですけど、どうやら気付かれたらしくて下水道に逃げられました」

「下水道大好きだなオイ。

 後は『辰』の戦士か…」

「一応鳥さん達にはここら周囲を警戒して貰ってますけど、こっちには限界がありますね。しかも砂粒さんの方はノーガード状態です」

「…まぁ、あっちは丑・申・亥と戦力の塊が揃ってるから何とかして貰おう。こっちはこっちで忙しくなるしな」

 そう言いながら音弧は屈伸したり背伸びしたり体を捻ったりと準備運動を始めた。

 

「……来ました」

 庭取が視線を向けた方向を見やる。すると瓦礫の山の影から一人の人影が姿を現した。

 しとしとと降り注ぐ雨音の中にぴちゃぴちゃと水溜まりを歩く音が小さく響く。水を弾く音に重なる短く硬質的な足音。人影の頭に揺れる黒く長い耳、白い髪はずぶ濡れでぺたりと潰れてしまっている。

 腹部には痛々しいを通り越しておぞましくなった傷の痕、痕、痕。赤と黒の眼球がこちらを向いた。

「やあ、待ってたよ憂城(うさぎ)」

 音弧達の目の前に現れた『歩く死体(ウォーキング・デッド)』。『卯』の戦士・憂城だった。

 その言葉に反応するかのように憂城は足を止めて首を傾げた。

 それを見た音弧は庭取を後ろに下がらせて、自身は前に出る。前に出ながら音弧は自身の装備品を外して下に落とす。ワイヤーガン『貓ノ遊ビ歩キ(キャットウォーク)』も投擲鋲も万能刀(サバイバルナイフ)『滑伏(かつぶし)』さえも地面に投げ捨てた。

「なぁ、憂城。少し話をしないか?」

 音弧は憂城に話しかけるが、彼からの返事は無い。当然だ『死人に口無し』、憂城は既に死に『歩く死体(ウォーキング・デッド)』に成り果てしまった。

 しかし動きは無く、ただ立ち尽くしている。

「…なぁ、憂城?きみの『願い』って何なんだ?」

 憂城の返事は無い。その様子を見て音弧は自分勝手に話を進めた。

「『どんな願いでもたった一つ叶える権利』……確かに魅力的なものだろうさ。その為に『死に物狂い』で戦うのは…まぁ、分かる。

 …でもさ?『死んででも』戦って優勝したとして、きみは何が得られるんだ?

 きみが死んでしまったら、願いは『自分を蘇らせる』事に使うしか無いじゃないか。そうなったらただの『草臥(くたび)れ儲(もう)け』って奴じゃ無いか?いや、戦いの後に『歩く死体(おともだち)』をお持ち帰り出来るから、優勝さえすればプラスちゃあプラスなんだろうけどさ。

 仮に他の『願い』にしたとしてもきみは何を得られるんだ?『金銀財宝』でもいいし『一国の王になる』でもいいし『恋人と添い遂げたい』でもいいし『親の病気を直して貰いたい』でも構わないけどさ?きみはもう死んじゃってるじゃ無いか。『歩く死体(そのからだ)』の寿命だって長くは無いだろう。精々数週間もすれば死体の体は腐って朽ちて果てるんじゃないか?死んで、肉体も失って、存在も消えて、きみは『たった一つの願い』から何を享受するつもりなんだ?」

 そう言いながら音弧は靴の爪先で軽く地面を叩く。そうして相手の出方を待った。

 音弧の試み。それは『死体作り(ネクロマンチスト)』であり『歩く死体(ウォーキング・デッド)』である憂城との意思疎通だった。

 

 『午』の戦士・迂々真(ううま)と『戌』の戦士・怒突(どつく)の二体の『歩く死体(ウォーキング・デッド)』と渡り合い、音弧は気付いた事が有る。二体の動きがてんでバラバラだった事だ。別に「身のこなしがなってない」とか言う話では無い。むしろ逆だ、身のこなしが出来過ぎていた。迂々真の体術は総合格闘技と軍隊式格闘術を主体とした、どちらかと言えば正統派であった。対して怒突は暗殺術を主体とするためか、その動きは曲芸染みている。仮に『死体作り(ネクロマンチスト)』である憂城がコントロールしているならば、あまりにもそれぞれの動きに特色が有りすぎるのだ。それこそ『それぞれ別の人物が操作しているのではないかと思う程』にだ。

 そこからある『仮説』が生まれた。たとえ殺されて『歩く死体(ウォーキング・デッド)』に作り替えられて、憂城の隷属(おともだち)になったとしても、『本体の思考パターンは残る』のではないか。

 そう考える根拠は他にも有る。例えば迂々真の脳の破壊。元々は眼球を破壊した弾みで攻撃した脳機能であったが、あれのお陰で迂々真の攻撃が大味になり、理不尽な迄の防御に綻びが生まれた。つまり死んでも脳味噌は、目や耳や鼻のような感覚器官と同様に動いて、本来の役割を果たしているのだ。

 

 であれば損傷は腹部と心臓のみで、脳や視覚聴覚に一切損壊の無い憂城は、物を見て、物を聞いて、物を考えることが出来るはずだ。

「返事は無し…。まぁ、口が聞けないんじゃあ仕方が無い………か?」

 対話を諦めかけたその時、憂城が動いた。手にした大鉈を地面に突き刺しガリガリて地面を削る。

「…文字?」

 憂城は地面に字を書いた。ガリガリと不器用に不格好に文字を一文字、また一文字と刻んでいく。

 

『 才 ┣ 千_ 夕11 于 』

 

 それが憂城の答えだった。

 

「才(さい)?いや、『お』か?…『と』……『も』?『オトモダチ』?」

 憂城の願いは結局の所そこに集約される

。沢山の強くて優秀な『歩く死体(おともだち)』を出来るだけ損傷の少ない状態で手に入れたいのだ。

「…そっか。おともだちかぁ…なるほどなぁ」

 そう言いながら音弧は無防備に憂城へと歩み寄る。そして距離が詰まった所で憂城が動いた。

 両手に持った二振りの大鉈『白兎(しろうさぎ)』と『三月兎(さんがつうざぎ)』が音弧を貫いた。

「音弧さんっ!?」

 庭取が悲鳴を上げた瞬間に、憂城が吹き飛んだ。

「気に入らない…全くもって気に食わない。『猫も避けて通る』ほどに不愉快だ」

 極めて単純な絡繰(からく)りだ。音弧は死んだ瞬間に『生死半々(シュレディンガー)』の効果で蘇生し、ほぼノータイムで憂城の顔面を殴り飛ばしたのだ。

「『死体作り(ネクロマンチスト)』が悪いわけではない。

 『歩く死体(ウォーキング・デッド)』が悪いわけではない。

 ただ…『歩く死体(それ)』を『お友達』と呼ぶ事が心底納得出来ないっ!!」

 柳に風吹く様に飄々とし、童の様に無邪気で、昼行灯のように惚(とぼ)けていた音弧からジワジワと怒気が膨れ上がる。憂城へと静かに歩み寄りながら音弧は更に言葉を紡ぐ。

「最初はな?『死体作り(ネクロマンチスト)』と『歩く死体(ウォーキング・デッド)』の間に『情報共有』が出来るなら『意思疎通』も出来てると思ったんだ。

 けど蓋を開けてみたら、なんだ?これは?ただの操り人形じゃないか!自律行動してるかもは知れないけど、それもきみの命令(たのみごと)を最適化してるだけじゃないか。これじゃあただの下僕じゃないか。

 こんな物を『友達』だなんて…悪いけど、到底認められない」

 憂城が起き上がると、再度音弧を殺す。今度はしっかりと首を刎ねて殺した。本来であれば大鉈の名が示すように『迷わせ惑わせ狂わせる』狂人の凶刃がその命を刈り取り、奇妙なパーティーに仲間入りするはずだった。

 しかし彼が目の前で相手をしているのは『チェシャ猫』だ。怒り狂う女王(あいて)をその生首一つでからかい倒すように、姿をまるで捉える事は出来なかった。

 次の瞬間には憂城が再び吹き飛んだ。

「痛いよな?当たり前だ。きみを全力でぶん殴ってんだからさ。

 きっときみは俺のことをなんて酷い奴なんだって思ってるだろうな?当たり前だ。どんな理由でも暴力を振るうなんて、最低の行為だ。

 だけどさ、俺はきみの友達だ。唯一無二の『殺し殺された友達』だ。だから『役目』は果たさないといけない。

 ……友達が『道を踏み外した』なら、それを『止める』のも、もう『一つオマケ』に『正す』のも『友達』の役目だ…」

 始めから音弧は憂城と交渉する気なんて無い。ましてや譲る気なんて更々無い。砂粒に話した内容など、オブラートに包み込んだ方便でしかない。

「だからさ…」

 音弧は憂城に立ちはだかる。十二大戦なんて関係ない。『猫』の戦士・音弧ではなく、憂城(かれ)の友達(・・)として立ちはだかる。

 

 

「喧嘩(ケンカ)じゃあぁっ!コラあぁっ!」

 

 

 その啖呵(たんか)を皮切りに音弧は一直線に駆ける。未だに起き上がって居ない憂城を勢いのままに蹴り飛ばした。

 憂城はその拍子に両手から大鉈がこぼれ落ち、体は盛大に地面を転げた。仰向けに倒れた憂城に音弧が馬乗りになり、マウントポジションを取る。

「痛かったら泣いてみせろよっ!痛かったら叫んでみせろよっ!痛かったら怒ってみせろよっ!出来ないんだろ?出来なくなっちまったんだろう!?

 それはなぁ!きみがやった事なんだよ!『死体作り(きみ)』が奪ったんだよ!自身が満足に感情すら出せない状態になったのは仕方の無い事かも知れないけどなぁ!それによって一方的に、強制的に奪われた『歩く死体(おともだち)』とやらはどうなるんだよ!!

 喜ぶことも無い!怒ることも無い!哀しむことも無い!楽しむことも無い!私意(しい)も無く意思も無く思惟(しい)も無く、無感情に無感動に命令に従うだけの人形じゃないか!

 きみにとって『お友達』は『人形遊び』の『ごっこ遊び』じゃないか!」

 音弧は何度も憂城の顔面に拳を振り下ろす。感情のままに動き、激情のままに語る。

 しかし憂城だっていいようにやられるままでは無い。上に乗った音弧を突き飛ばし、お返しと言うように拳を振るった。死体となった事でリミッターの吹っ切れた腕力。その馬鹿力を音弧は躊躇うこと無く受け止めた。

 音弧が吹き飛んで地面を跳ねる。水溜まりの水をバシャリと跳ねさせた。

「痛いな……友達を馬鹿にされて、ようやく怒ったか?いいぞ…とことん付き合ってやる…。

 『死体作り(ネクロマンチスト)』なんて捨てて懸かって来いっ!!」

 音弧は鼻血を流しながら怒号を響かせる。両手の拳を握り締めて憂城に殴り掛かった。

 

 

◇

 

 

 一体何者なんだこいつは。濁った思考で目の前の戦士を見る。向かって来る音弧(かれ)に殴り飛ばされた。

 彼は憂城(ぼく)のことを『お友達』だと言っている。しかし、その音弧(おともだち)は「憂城(きみ)は間違っている」と言って僕に暴力を振るう。

 そんなはずは無い。少なくとも僕の『歩く死体(おともだち)』はきみのように僕を虐めたりしない。そんな気持ちを込めて殴り返した。

 そのまま殺そうかと思ったけど、よくよく考えたら、二回も殺(おともだちに)した筈なのに『歩く死体(おともだち)』になって無いじゃないか。

 だったら、先に庭取(かのじょ)をお友達にしようかな。そう思って視線を向けた。

 

「ひっ!?」

 

 彼女が小さく悲鳴を上げる。ああ、またいつものか(・・・・・)と思った。

 僕が『死体作り(ネクロマンチスト)』だって知ると、殆どの皆が挙(こぞ)って怯え、或いは憎み、或いは軽蔑の視線を向けてくる。でも、僕のお友達はそんな目を向けない。怯えられることは無い、憎まれることは無い、僕を見てくれる。

 だからさ…僕のお友達になってよ。大丈夫、命しか取らないからさ…。

 

「無視してんじゃあねぇよ!こっちを見ろぉっ!」

 

 後ろに居た彼から蹴り飛ばされた。顔を地面に打ち付けた。

 

「おいっ…!きみ、今、目線を逸らしただろ?」

 

 彼が倒れた僕の胸ぐらを…と言っても服を着てないからサスペンダーをつかんで体を無理矢理立たせる。その彼の目はギラギラとした火の様に揺れていて、熱を持っていた。

 

「俺の話なんて聞きたくないってか?『都合が悪いから無視する』ってか?そもそも友達を『都合の善し悪しで判別する』ってのが愚鈍(Nonsense)だ!

 さっきの繰り返しになるけどなぁ…。『友達』ってのは対等な立場になって初めて成立するもんなんだよ!

 それがなんだ?きみのお友達って言うのは「きみの都合を叶えてくれる便利な人手」ってだけじゃないか!?

 「それは違う」って言うなら証明してみせろよ!きみが今まで作ってきた『歩く死体(おともだち)』…そいつ等は『どういう人間』だったんだ?別に『馬鹿みたいに頑丈な奴だった』とか『毒を自在に使う奴だった』とかそういう『能力』の話じゃないよ…。そいつの『家族は?』『仕事は?』『趣味は?』『好きなスポーツは?』『好きな音楽は?』『好きな本は?』『好きな映画は?』『お酒は好きか?』『好きな食べ物は?』『ご飯派か?パン派か?麺派か?』『肉派か?魚派か?野菜派か?』『キノコ派か?タケノコ派か?』『そいつとはどんな出会いをした?』『休みの日は何してる?』『今目標にしていることは?』『きみの事をどう思ってた?』『きみはそいつのことをどう思ってた?』エトセトラエトセトラ…。

 お前はお友達についてどれだけ知っている!どれだけ語れるっ!一人くらい言えるのかっ!?一つくらい言えるのか!?もし言えないんならきみの『お友達』ってなんなんだよ!?『死んでるか生きてるか』の違いしか無い、只の『有象無象』じゃないか!!」

 

 知っているよ、当然さ、お友達なんだもの。

 例えばヘビくん。彼はね、とてもお兄さんのドラゴンくんと仲良しなんだ。出来るならお兄さんともお友達になりたいな。後はね、背中の武器が格好いいんだ。炎がチカチカ光ってとてもきれいなんだよ。それとね目も耳も無いのに周りの状況が判るんだよ。凄いよね、僕には出来ないや。……あれ?あれ?あれあれあれ?後は…後はなんだろう。分からない。あぁ、そうか知らないんだ。『歩く死体(おともだち)』にしちゃったから。

 ドッグくんも毒が使えることしか知らないや。『歩く死体(おともだち)』にしちゃったから。

 馬くんも頑丈なことしか知らないや。『歩く死体(おともだち)』にしちゃったから。

 ちょっと待ってよ。他の。他のお友達の事は?

 妹が可愛いって言ってた狙撃手の彼の名前は何だっけ?

 もうすぐ結婚するんだって言ってた剣士の彼女の生まれはどこだっけ?

 いっぱいご飯を食べる子供みたいな彼はどこで出会ったんだっけ?

 獣に変身できる彼は子供が生まれるんだっけか?

 後は…後は…。

 

 分からない。

 

 分からない分からない分からない分からない分からない分からな分からない分からない分からない分からない分からない分からない…。

 

 ワカラナイ……。

 

「…動きが止まったな?視線が泳いでるぞ。思い出せないんだろ?知ろうとも思わなかったんだろ。

 きみがお友達を作れないのは当然だよ。

 きみは『相手を知る努力を怠っている』。

 きみは『自分を知って貰う努力を怠っている』。

 そんなんだから手に入れた友達も居なくなる。消えて無くなる。肉体も魂も僅かな記憶の断片さえも消えて無くなるんだよ」

 

 そう言い捨てて彼は僕を突き飛ばした。抵抗できるはずなのに出来なかった。

 

「折角だから教えてあげるよ。

 俺の名前は戦士・音弧。本名は『ネコヤマタサブロウ』だ。

 家族は居ない。生まれは貧困街に捨てられた孤児だ。生きる糧を獲るため猫糞(ねこばば)やってた糞餓鬼(クソガキ)だ。何時からか、通り魔になって人を殺して食い扶持を稼いでいた。語り尽くしがたい紆余曲折を歴て、今の暗殺稼業の戦争屋になった。

 趣味は『紅茶』。昔に拾われた貴族の屋敷で使用人をしたときに執事が教えてくれて、「上手に出来ましたね」って初めて褒めてくれた特技だ。雇い主の令嬢が「きみの淹れたお茶が好きだ」って言ってくれた瞬間から趣味になった。

 他には『三味線』。昔に流れ着いた遊郭街道で下働きをしたときに着物の着付けと共に習った特技だ。俺が弾いた三味線の音色に合わせて彼女達が綺麗な舞を披露してくれるのが堪らなく好きだった。

 休みの日は『料理』もよくする。今まで渡ってきた国々の味が懐かしくなって「ああでも無いこうでも無い」って試行錯誤して作るのが好きだ。

 因みに食事はご飯派だ。特に丼物が好きで海鮮丼なんかが最高だ。丼っていう一皿で丸々完結している様式がとても好きだ。

 『キノコ派か?タケノコ派か?』って聞かれたら『コアラ派』だ。

 きみとはこの十二大戦で初めて会ったけど「そんなセクシーな格好してんのに…なんで男なんだっ!ド畜生がっ!」って思ったのが第一印象だ。

 …なぁ、きみは俺のことをどう思ってた?」

 

 思わず口を開いた。返答しようとしたのか、反論しようとしたのか、賛同しようとしたのか、否定しようとしたのか、肯定しようとしたのか。その考えは次の瞬間には消え失せていた。

 

 そうだった。僕は『歩く死体(しんでいるん)』だった。

 

 声を出したいのに出ない。言葉を伝えたいのに伝えられない。歯痒い。もどかしい。

 

 それが今まで僕の『歩く死体(おともだち)』に強いてきた事だと思うと…ちょっとだけ後悔した。

 死体(おともだち)になっちゃうと、お友達の事をもっと知る機会は永遠に無くなっちゃうんだって気付いたら…後悔した。

 それを彼は教えてくれた。

 

 嬉しいのに嬉しくなかった。だってもう死んでいるから。

 腹立たしいのに腹立たしくなかった。だってもう死んでいるから。

 泣きたかったのに泣けなかった。だってもう死んでいるから。

 笑いたいのに笑えなかった。だってもう死んでいるから。

 何もかも手遅れだった。だってもう死んでいるから。

 

 でも、そんな憂城(ぼく)に音弧(かれ)は手を差し伸べてくれた。

 

「……なぁ憂城、決めたよ。

 俺はこの大戦で優勝したら『死んだ皆を蘇らせる』ことにするよ。勿論きみも(・・・)だ。

 そしたらさ、今度こそ『やり直そう』。『殺し殺された友達』じゃなくて『互いに生きた友達』としてやり直そう……」

 

 さっきまでの鬼のような悪魔のような顔の彼はもう居なくて。目の前には笑った顔の彼が居た。

 

 

 

 

 ……いいなぁ。彼みたいに僕も笑えるかなぁ。

 

 

 

 

 僕はそう願って、彼の手を握り返した。

 

 

◇

 

 

「…よし!こんな物かな…。どう、キツくない?」

 音弧が憂城の腹と胸を大量の包帯でグルグル巻きにした。やはり死体は死体でも傷口…というか内容物が見えてしまうのは精神衛生上宜しくないため、隠すことにした。

 憂城はお腹の包帯を撫でて感触を確かめた後、首を縦に振り返答した。

 口を聞けなくなった『歩く死体(ウォーキング・デッド)』の憂城。闘争という激しく状況が動く中で意思疎通は非常に困難だが、落ち着いて交渉のテーブルに立たせればやり取りは非常に簡単だ。

 首を縦横に振れば『はい・いいえ(Yes or No)』は成立するし、そうでない場合は指で相手の掌に文字を書く『筆談法』を用いれば可能だ。

 それでも意思疎通のスピードは遅い。音弧と憂城はゆっくりと足並みを合わせようとしていた。

「さて、これはどうしようか?」

 そう言って音弧が取り出したのは二振りの大鉈『白兎』『三月兎』。先程の殴り合いの最中に落とした物だった。

「俺としては「俺預かりにして貰う」か「刀身を布で包んで鞘にする」かするのがベターなんだけど…。どうかな?俺としては後者を推すよ」

 憂城は音弧の言葉に首を傾げた。

「やっぱり言葉が通じないって不便だからさ。「僕はきみを傷付けないよ」って行動で示すのが一番早いんだよ。丁度俺がきみに語り掛ける前に装備を全部投げ捨てたのと同じだな。

 かと言って完全な丸腰になるのも相手に襲われた時に対抗出来ないだろ?だから刃に布を巻いて切れないように保護しておけば、最悪棍棒や盾として自分を守れる。

 …って訳。どうかな?」

 憂城は少し考えてから音弧の手を取ると掌に『ヌノ』と書いて返事をした。

「…オッケー。じゃあ、どっかで布を探そうか?

 おーい!庭取ちゃんも行くよー!」

「は、はい…分かりました」

 二振りの大鉈を抱えて歩く音弧とその隣を憂城が付いて歩く。その後ろの少し離れた位置を音弧の装備を拾い上げた庭取が付いて行く。

(…本気で説き伏せちゃった)

 目の前の光景を疑いそうになる。しかし、音弧は憂城に他愛ない話を楽しそうに話し掛けていた。

 

 この場に居る庭取は本当に保険だった。

彼女の役目は説得が失敗した際に憂城を『鳥葬』する事だった。肉片骨片一つ残らず喰い漁り、葬り去る彼女の奥の手が『歩く死体(ウォーキング・デッド)』を処分するはずだった。

 万が一に庭取が先に殺される事態になる場合にも手は打ってあった。彼女は周囲の鳥達に事前に指示を出していた。それは「もし自分が殺されたらここに居る全員を纏めて『鳥葬』する」事だった。

 この場での庭取の死亡は『憂城の説得失敗』か『乱入者の妨害』のどちらかが理由である可能性が非常に高い。不穏分子になるならば速やかに処分するべきだった。

 

 しかし、それも『だった』で終わった。未だに油断は出来ない状況ではあるが、ああして会話が出来る状態になるとは思いもしなかった。

 と言うよりもあんな説得(物理)のようなやり方で憂城を説得出来たのが理解できない。なんと言うか青春漫画かヤンキー漫画でも読まされたような心境だ。

(男の友情って奴なんでしょうか…。サッパリ理解できません)

 そう思いながら庭取はポケットから黒い機械を取り出して口元に寄せた。 

「こちら庭取です。どうぞ」

《聞こえているがね。庭取、状況を報告して貰ってもいいかね?》

「あっ、失井さんなんですね。お疲れ様です」

 庭取が手にした物は通信機(トランシーバー)だった。音弧と庭取が憂城と対峙する事が決定した折に、砂粒から預かった物で、どういう結果になろうとも連絡だけは取れるようにと配慮しての事だった。

「意外な事に『卯』の説得が成功しました。今は音弧さんの言葉に素直に従ってます」

《ほう…》

「今は『卯』が持ってる武器に鞘を誂える為に小さい服屋に入りました。

 あ、丁度良いし、この服も濡れちゃったし、着替えようかな…」

《待ちたまえよ。『卯』の戦士に武器を放棄させないのかね?》

「それがですねー。音弧さんは『卯』に武器を持たせたままにするつもりみたいです」

《それは…》

「まぁ、言いたいことは分かりますよ?「今は温和(おとな)しく従ったフリをして、皆が居るところで暴れるかも知れない」。…その可能性と危険性を心配してるんですよね?

 その一方で音弧さんも懸念してるみたいなんですよ。「『卯』が丸腰のまま合流して、そのまま袋叩きにされる」可能性と言うのを…」

《…ふむ、所謂『囚人のジレンマ』と言う奴かね》

「ですね。だから音弧さんは『卯』を『仲間』として『一個人』として扱うつもりみたいですね」

 庭取が向こうの方に居る音弧達に視線を向けると、既に大鉈の保護は終わったらしく、地面に置いている。

 今は濡れた服を何とかするため、似たようなデザインの衣服を探しているようだ。ついでに憂城にも服を着ることを勧めているようだが、そこは拒否されたようだ。

「そう言えば妬良さんは大丈夫ですか?」

《む……》

「ど、如何しましたか?」

《…いや、彼女は『申』『亥』の協力の下治療中だ。医師では無いから出来ることは少ないとは言っては居たがね…》

「そうですか…」

 本音を言うなら、庭取としてはこのまま妬良には戦闘不能になって貰いたい物だと考えていた。そうすれば『先にした約束を反故に出来る』可能性がかなり上がるからだ。

 確かに『音弧の為ならば命を捨ててもいい』とは言った。しかし、出来るならば『やっぱり死にたくは無い』のだ。そう考えると彼女にとって妬良は邪魔な存在と言えた。最も騙し討ちで何とかなるような相手では無いから、機嫌をとってどうにか見逃して貰う方向で作戦を考えていた。

 結果的には、現在の状況、庭取にとって大変都合が良かった。

(まぁ、そんなこと失井さんに話したらソッコーで殺されそうな気がしますから言いませんけどねー)

《…?どうかしたかね?》

「いいえー。何もー」

《…まぁ、構わないがね。

 それとなのだがね庭取。きみにお願いがあるのだが、いいかね?》

「はいはい、なんでしょうか?」

《我々を襲撃してきた犯人…『子』の少年が現在何処に居るか判るかね?》

 失井が尋ねてきたのは、爆弾を使い起死回生を謀ろうとした下手人である寝住の所在だった。

 確かに爆破直後に直ぐさま逃げたため、余計な追撃を心配する必要はなかったが、いつまでもそうというわけには行かない。

 また爆弾で殺されたら堪った物では無い。加えてこのまま逃げ続けられたとしても彼の腹の中には『獣石(じゅうせき)』が残ったままだ。いずれにしても彼を見付ける必要があった。

「残念ながら。途中から見失ってしまいました。流石に下水道に入られると鳥さん達では追い掛けられませんので…」

 しかし、庭取も寝住を見失ってしまった。今頃は下水道を逃げ回っているのだろうか。これを探すのは骨が折れそうだ。

 

「何の話してるの?」

 そうしていると会話に音弧が割り込んできた。その後ろには憂城も付いていて話の内容を気にしてか、首を傾げている。

 それを見て庭取は身を硬直させた。幾ら無害だと音弧が主張しても不信感という物は拭えない。そもそも、大戦が始まる前に『巳』の戦士を殺しているような男だし、『歩く死体(ウォーキング・デッド)』になった『戌』と『午』を庭取に差し向けてきた親玉だ。油断は出来ない。それ程に憂城の第一印象は悪かったのだ。

 

 実は憂城にとって後者は不可抗力だったりする。憂城は音弧の手によって瀕死の重傷を負った。そんな状態で自らを『歩く死体(ウォーキング・デッド)』に無理矢理作り替えた。そのためか『死体作り(ネクロマンチスト)』の能力が劣化してしまったのだ。

 具体的には『歩く死体(おともだち)』が命令(おねがい)を上手く聞いてくれなくなった。そのせいで『戌』は『独自のやり方』で行動していた。その一方で『午』をほぼ損壊無く『歩く死体(おともだち)』に引き入れると言うテクニカルヒットを繰り出したものだから目も当てられない。

 

 そんな庭取の反応を察知して憂城は音弧の影に隠れる。その様子に思わず頬を掻いた。

「はは…。それで何の話?」

「…実は『子』の戦士を如何するか?って話なんです」

「あー……見失ってしまったんだっけな?となると虱潰しに探すしか無いか。一先ず皆と合流して…ん?」

 そんな風にこの後の計画を考えていたら、憂城が音弧の服の裾を引っ張って呼ぶ。音弧の手に指で字を書き始めた。その言葉は…

 

『マカセテ』

 

 そう書いて憂城は大きく頷いた。

 

 

◇

 

 

「ははは…なんだよ、これ、本気で笑えねぇんだけど」

 マンホールの蓋を開け、下水道から一人の戦士…寝住が這い出してきた。

 顔色は悪く、酷く疲労感が溜っているようだった。

「…今までの苦労(・・)って何だったんだよ」

 一縷の望みをかけて仕掛けた『醜怪(しゅうかい)送り』よる爆殺。戦士五名を葬り去る一発逆転の一撃の筈だった。しかしその目論見は横合いから飛び出してきた『猫』の手によって物の見事に阻止された。結果、既に『和平組』を抜けてしまった寝住は逃げるしか無かった。いや、例え今からでも降伏して弁明をすれば『申』は見逃してくれるだろう。しかし、それは出来ない。十中八九『丑』『寅』『亥』の何れかに報復される分岐に突入し、残る一二の分岐は協調が空中分解して全滅。どれを選んでも殺された。だから逃げるしか無かった。

 地上を逃げた五十通りの分岐で全て捕まり、理由は様々だが寝住は死んだ。仕方ないので生存率の高かった下水道に逃げ込む五十通りの分岐を選んだ。

 途中までは順調だった筈なのに、異変は起こった。地下に逃げた後、生存率を更に上げるため再度『ねずみさん(ハンドレッド・クリック)』を行使したら、自らの頭を疑うような結果が返ってきた。

 

『捕まる確率が百パーセント。その内、死ぬ確率が六十パーセント』

 

 知らない内に逃げ切れるはずの分岐は閉ざされていた。しかし、問題はそこでは無い。『死ぬ確率が六十パーセント』…つまり『生存率が四十パーセント』にまで上昇しているのだ。

 寝住がこの十二大戦に参加した当初、生存ルートは百通りの内たった一つ。つまり『生存率一パーセント』の世界だった。それがこの局面に来て突如四十にまで上がっている。跳ね上がっている。寝住にとって僥倖と言う他なかった。

「全部『猫』のお陰(・・)…いや、せい(・・)ってか?納得いかねぇ」

 次第に水の跳ねる音が弱くなっていく、もうじき雨も止むのだろう。その中を歩いていたら大きな駅前広場へと辿り着いた。

 待ち構えるならここがいいだろうと考えて、寝住は噴水際の長椅子(ベンチ)に腰を下ろして、その時を待った。

 

「おっ、居た居たっ!凄いなぁ憂城!」

「むー…なんだか私の得意分野を奪われたみたいで凄く複雑です」

「庭取ちゃんは庭取ちゃんで仕事してんだから拗ねないでよ」

 寝住が顔を上げると前方から三人の戦士が現れる。『猫』の戦士・音弧、『酉』の戦士・庭取、『卯』の死体・憂城の三名が和気藹々としたやり取りでこちらに歩み寄ってきた。最も和気藹々としているのは間に挟まっている音弧だけであり、憂城は喋れないし、庭取は人二人分離れて横を歩いているといった具合にぎこちない。それもその筈だ、何せ音弧が手に持っている物が本気でヤバい。

 音弧達がこうも簡単に寝住を見付けたのは憂城のお陰である。実は『死体作り(ネクロマンチスト)』の副次的効果で『歩く死体(ウォーキング・デッド)』から得た視覚情報・聴覚情報等の情報は共有する事が出来る。

 憂城は『寝住探し』を始めるにあたってあるところへ向かった。近く瓦礫の山を掘り起こすと、ある者を取り出した。それが現在音弧が手にしている者だったりするわけだが…端的に言って『巳』の死体の頭部、その上半分である。

 憂城はその『歩く死体(おともだち)』である断罪(たつみ)弟に命令(おねがい)した。断罪弟の『地の善道(ぜんどう)』は地面を伝う振動を感知する異能力であり、その能力(ちから)が地中を伝う微弱な振動を見付けた。直ぐさま憂城は大量の『目』を反応のあった方向に向かわせる。『目』と言うのは憂城が砂粒を誘導する際に撹乱に使った犬や猫の『歩く死体(おともだち)』の事だ。これらの『死体(おともだち)ネットワーク』を使って寝住の足取りを簡単に捕捉して見せたと言う訳だ。

「…寝住くん」

「よぅ、砂粒のお姉さん……に失井のお兄さん」

「……」

 少し遅れて寝住の両脇を囲むように左右から怒った表情の『申』の戦士・砂粒と険しい表情の『丑』の戦士・失井が立て続けに姿を見せた。二人の肩には雀が一羽止まっていた。

 寝住が地上に這い出してきたならば次は庭取の仕事だった。鳥達と意思疎通をし、視覚共有する異能力『鵜の目鷹の目』を使用して『鳥さんネットワーク』からあっという間に位置を捕捉する。更に砂粒から預かった『通信機(トランシーバー)』を組み合わせて、『鳥さんナビゲーションシステム』を完成させた。そのシステムを使って寝住を三方向から囲むように戦士を配置したのだ。

 このたちの悪い包囲網から寝住が逃げ延びる方法など存在しなかった。

 

「さて、きみには色々聞きたいことがあるのだがね。いいかね?

 最も拒否権を与えるつもりはないが、了承して貰えるかね」

 一番に口を開いたのは失井だった。既に西洋式片刃刀(サーベル)は抜刀されており、既に戦いの構えに入っている…がそこから踏み出してくる気配は無い。無論先ほどから闘気というか殺気がひしひしと滲み出しているが、それに呼応するように砂粒が重圧(プレッシャー)を放つ。

 寝住はこの状況を狙っていた。彼が見た死亡ルートでは『失井と遭遇した時点で死亡』していた。あの爆発…いや妬良に重傷を負わせた事が最大の原因だろう。とにかく寝住の繰り出した一手が失井の逆鱗に触れたのだ。どんな弁明をしようとも間違いなく彼に殺された。

 それを防止するために寝住は包囲網を待った。具体的に言えば失井と拮抗を保つため砂粒の存在を待ったのだ。彼女が居れば失井が斬り掛かって来たとしても守りに入る。『戦争を終わらせる戦士』と『戦争を停め続ける戦士』の莫大すぎるパワーバランスが寝住に交渉の余地を生んだ。 

「色々する前に少しだけ待ってくれないか?」

 更に寝住は自らを生存ルートに乗せていく。

 ユラリと立ち上がった彼は長椅子(ベンチ)に立て掛けた自らの直剣と『未』の戦士・必爺(ひつじい)から回収した瓶(かめ)を噴水の中に放り投げた。投げた武器達はバシャリと大きな水飛沫を飛ばして水面に沈んでいった。

 そして寝住は両手を上に挙げた。

「…何の真似かね?」

「お手上げ。降参。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

 失井の視線が更に険しさを増す。しかし寝住はしれっとそう返した。

 ここで肝心なのは『戦う意思は既に無いとしっかり主張する事』だった。それを明確に伝えるために武器を捨てる絶好のポイントとしてこの噴水を選んだのだ。

「あの-…抵抗の意思は無いようですから、取りあえず身柄拘束したほうが良くないですか?」

「だな…。二人もそれでいいだろ?」

 庭取の提案に賛同した音弧が砂粒と失井に問い掛けると、砂粒は短く頷き、失井は不承不承に頷いた。

 それを確認した音弧は憂城を引き連れて寝住の近くに歩み寄り、彼を牽制する。特に憂城。幾ら百通りの分岐で無害だと裏打ちされていても死体が動いているという状況に生理的な拒否反応が出てしまう。思わず寝住が息を呑んだ。

 一方で庭取は砂粒の方へと向かう。庭取は砂粒のバックパックを預かると、中からザイルロープを取り出して、憂城に投げ渡す。そのロープで音弧と憂城は寝住をふん縛った。

「…音弧。その結び方はなんだね?」

「ん?なんだ、知らないのか?『亀甲縛り』って言うんだぜ」

「何で今その縛り方なんですかっ!?」

 音弧が寝住を縛り終えると、彼は後ろ手に縛られ、胸部に綺麗な幾何学模様(きかがくもよう)を描いて荒縄が複雑に絡み合い、美しい多角形に縛り上げられていた。敢えて言っておく、機能性皆無である。

 その様子に失井が面食らい、砂粒が赤面し、庭取の鋭いツッコミが飛んだ。

「いやーシリアスな空気に耐え切れんかった。正直すまんかったと思ってる」

 そう言って音弧はヘラリと笑った。

 寝住の生存率を挙げる上で『音弧の存在』も必要だ。彼が時折繰り出す『悪巫山戯(わるふざけ)』が張り詰めた緊張を打ち破り、肩の力を抜く、ガックリと抜く。そう言う場面場面に『水を差す』事が出来る存在は地味に重要だ。本人の『死なない性質』の後押しもあるが、彼の荒唐無稽な振る舞いのお陰で『憂城を殺し、かつ和解し』『庭取を全力で生かし』ここまで辿り着いたのだ。寝住はその流れに沿うのが一番生存率が高かった。

 最もマニアック過ぎる拘束方法に、思春期のデリケートなメンタルが大事件になっているが、それどころでは無い。こっちは命が懸かっているのだ。

「じゃあ憂城、そのまま寝住を見張って」

 そう言って憂城に見張りを頼むと音弧は噴水の中に足を踏み込む。念のために寝住が投げ捨てた武器を拾い直すつもりのようだった。

「ゴホン!…寝住くん、聞いても良いかしら?」

「どうぞ?」

「庭取さんから聞いたのだけれど…きみが爆弾を使って、私達を殺そうとしたのって…」

「本当だよ」

 砂粒が言い淀んだ言葉に寝住が間髪入れずに肯定する。その様子に砂粒は僅かに悲しそうな顔をした。

「…本音を言わせて貰うとさ、砂粒のお姉さん。俺にはさ、あんたが提示したい和平案って言う奴の『終着点』が見えないんだよ。だから裏切った」

「っ!」

「あんた確かに言ったよな?あの時、俺と一緒に下水道に避難した時、『四人の戦士が死んで、生存者が三分の一になったとして。それでもあんたの必勝法は有効なのか?』って聞いた時、あんたは『有効だ』って答えたよな?

 しかもだ、あんたは『考えている必勝法は一つじゃない』とも言った。なのにだ、あんたはその『必勝法』とやらを一つも公開しちゃいないじゃ無いか。一番最初に音弧(そいつ)も言ってたじゃ無いか。『交渉するには、もう少しばかり『材料』を提示するべきじゃ無いか?』ってさ。

 だからさ『不安』に思うんだよ。実は『必勝法』とやらは口からの出任せでしかない。本当は『協調が成立した皆でジックリ考えましょう』とか呑気な事を考えてるんじゃ無いかってさ。…あぁ、これは確か以前に庭取のお姉さんに話したっけな?

 ねえ、砂粒のお姉さん?あの大戦からどのくらいの時間が経とうとしているか判るかい?今六時間が過ぎた所だ。折り返し地点だよ。しかも『お腹の毒の影響』を考慮すれば制限時間はもっと少ない。ザクッと見積もっても後三時間ほどで決着を付ける必要があった。だから動いた。

 あのタイミングは俺に選択できる内で、一網打尽を可能とした絶好の機会だったんだよ。まぁ、失敗しちゃったわけだけど…。

 俺はさ、結局の所、死にたくなかったんだよ。死ぬような思いをしてでも死にたくなかったんだよ。そのために何度も殺されたし、何度も殺した。皆に、そして皆を…」

「言いたい事はそれだけかね?」

 寝住の独白の様な質問に痺れを切らした失井が話に割って入る。その語気は強く、何処か苛立って居るようだった。

 しかし、噴水の中からそれを制止する者が現れた。

「タンマ。俺からも聞きたいことがある」

「……何?」

「裏切った根拠は分かった。けどさ?真っ先に俺を狙った理由はなんだ?

 いや、もっと直接的に聞こうか?『ハッキリと見通せる』『何処に有る?俺の生存ルート』『消去』『選択』『確定』…きみが俺を拘束した後に口にした言葉だ。

 もしかしてなんだが…きみが保有する特殊技能ってさ。『未来予知』なのか?しかも言動から察するに『複数の未来』を見ているようだから『確率変数』をコントロール…あるいは影響を受けるんじゃあないか?仮にそうだとして、俺を狙う理由にどう繋がるんだ?」

「……っ!?」

 音弧の予想だにしない言動に寝住の表情が揺れた。

 それもその筈だ。寝住が音弧と遭遇したのは食糧探してコンビニで出会ってから下水道で砂粒と一緒に潜伏した僅か三十分足らずの時間と、爆弾を使って殺そうとした瞬間のたった二回(・・・・・)しかない。

(前もって分岐で確認はしてたけど、改めて言われると矢っ張り…ビビる。

 俺が音弧(あいつ)と『この分岐』で出会たのは「コンビニに居た時」と「爆弾を阻止した時」のたった二回。それなのになんであいつは『ねずみさん(ハンドレッド・クリック)』の性質を言い当てれんだよ。いや、正確にはズレているけども、ほぼ正解じゃねえか)

 こんな事態になっている原因は寝住が把握できていない音弧の『生死半々(シュレディンガー)』の隠された性質『因逆亡戻(リバース・リ・バース)』にこそあった。

 この大戦中に音弧は『因逆亡戻(リバース・リ・バース)』を二回(・・)行使している。一回目は「音弧が妬良と出会ってから寝住が現れるまで」、二回目は「寝住が音弧を監禁してから憂城が現れるまで」。この二箇所を『人の出会いを無視する人でなし』の異能力(ちから)で、音弧は実現不可能な長距離跳躍を可能にして窮地を脱した。その弊害として寝住の記憶が一部忘却されているのだ。

 そのため、音弧は寝住の情報を一方的に知ることが出来た。と言うわけだ。

「…ねぇ、寝住くん。きみが私達を殺そうとしたのは『生きたい』からなのよね?つまり『必ず優勝したい』とは考えて居ないのよね?」

 寝住の本音を聞いた砂粒は考えていた。

『きみは別に戦いを止めたいわけじゃ無いんだよね。それに私に感化され無いとも言った。

 それなのに…気乗り薄なのにどうして私の和平案に賛同してくれるのかな?』

 以前にこの少年に投げ掛けた疑問。今にして思えば彼の返答は『『和平』は未だしも『平和』は嫌い』…論点のすり替えだった様な気がする。議題が彼女の生涯を掛けた命題だった為にそちらに気をとられてしまったが、彼の言葉で和平への賛同理由を聞いては居ない。

「…そりゃあね。俺は死にたくない。でもそれには優勝するしか方法がないだろ?」

 それを聞いて思った。目の前の少年は本当は戦士になるべき人では無かったのだろう。ただただ家柄と能力が彼を戦士に仕立て上げてしまったのだろう。

 彼に戦士としての欲求は欠片も無い。あるのは人としてのシンプルなまでの生存欲求。それだけだった。そんな彼の言動には『平和』への憧れ…いや、嫉妬が見られた。

 だからこそ彼を救わなければならないと砂粒は感じた。

「…分かったわ。私の『必勝法』を教えてあげる」

 そう言うと砂粒は寝住に歩み寄り、彼の耳元で静かに囁いた。

 

 それを聞いた寝住は納得して首を縦に振ることにした。

 

 




猫も避けて通る解説


・第九話『窮鼠は得てして猫を噛む者』について

『窮鼠猫を噛む』→窮地に立たされれば弱者も強者に立ち向かうと言う意味。
『三年になる鼠を今年生まれの猫の子が捕らえる』→優れた才を持つ者は、若かりし頃から、その頭角を現すと言う意味。
『猫が鼠を捕るようなもの』→当たり前の事と言う意味。
『時に遇(あ)えば鼠も虎になる』→状況が揃えば下の者でものし上がれると言う意味。
『虎を画いて猫に類す』→素質の無い者が、優れた者の真似をして失敗する事。

 因みに『窮鼠猫を噛む』ではなく『窮鼠は得てして猫を噛む者』と崩したフレーズを使用した理由は、原作章題『二兎追う者は一兎も得ず』に語感を似せたため。(『ニコニコ動画』の『手書き十二大戦』・『フィクサー』でシナリオだけはザックリと把握してた)

 個人的には第九話は『寝住対音弧の水面下の攻防』なイメージ。諺五つも突っ込んだ贅沢な一話。どんでん返ししまくる話になった。




・『因逆亡戻(リバース・リ・バース)』について

 元の言葉は『婬虐暴戻(いんぎゃくぼうれい)』
 『婬虐』→ふしだらで残酷な様。
 『暴戻』→人の道から外れ、乱暴な様。

 しかし、『因逆亡戻(リバース・リ・バース)』では「因果関係の逆行」「死に戻り」の意味持つ。『人との出会いを無視する人でなし』の能力と称しているが、やってることは『生死半々(シュレディンガー)』のちょっとした応用技。


【なんちゃってフローチャート】

『子』と出会った──────》》》─┐
↓      ↑       ↑  │
戦う     │《死因回避した世界》│
↓      │     ↓    │
致命傷を負う─│────》》》───┤
│    ↑ └─────────┐│
│    │           ││
│    │←─《死因を選択》─→││
↓    │           ││
死ぬ→『生死半々』・『因逆亡戻』─┘│
││                │
││  《自由時間・蘇生位置選択》→│
││                ↓
│└───────》》》─→『猫』蘇生
│                 │
│←『ねずみさん』の観測継続    │
↓                 ↓
『猫』の居ない世界  『猫』の居る世界


 元々『生死半々(シュレディンガー)』は『タイムリープ』の様に時間を遡るのとは少し違い、『死因』を基点にして違う運命を辿ってきた『パラレルワールド』への跳躍(ワープ)あるいはスイッチバックに近い性質を持つ。
 『子』が『ねずみさん(ハンドレッド・クリック)』で『猫』を観測出来ないのは、『生死半々(シュレディンガー)』が発動する度に、世界自体が『パラレルワールド』へと知らず知らずの内に『すり替わる』、あるいは『交じり合っている』ため、正しい観測が出来なくなる。
 
 つまり、同じ因果に関係している能力で有りながら…

『ねずみさん(ハンドレッド・クリック)』は『先読み』
『生死半々(シュレディンガー)』は『遣(や)り直し』

 …の性質を持つ。
 つまり寝住はジャンケンで頑張って『予測』してんのに、音弧は『後出し』ばかりしてくる状態。寝住はキレてもいい。




・雉子を撃ちに行くについて
 『お花摘みに行って来ます』の男バージョン。




・『チェシャ猫』について
 『白兎』『三月兎』と『チェシャ猫』の三匹は『不思議の国のアリス』に登場するキャラクターである。
 余談だがこの作品を書いた当初から音弧は、『生死半々(シュレディンガー)』を西尾維新作品になぞらえて「死を無かったことにしか出来ない『大嘘憑き(オールフィクション)』」と表現してたが、本当は『HELLSING』の『シュレディンガー准尉』の下位互換だったりする。




・『キノコ派か?タケノコ派か?』について
 我々人類に与えられた永遠の命題。
 その点『TOPPO(トッポ)』って凄いよな。チョコが中までぎっしり詰まってる。




・『囚人のジレンマ』について
 『ゲーム理論(→「利害関係を持つ相手がいる状況で、自分と相手の利益を考え、最適な行動を決める」ための思考法)』の代表例。『非協力ゲーム』で起こりやすい。

『十二大戦』の場合。
 まず、『バトルロワイヤル』ルールの為、基本的には『非協力ゲーム』である。
 しかし、交渉及び協調を結ぶことも可能であるため『協力ゲーム』の側面もある。
 だが、優勝賞品の『どんなものでもたった一つだけ叶える権利』の為、『裏切り行為』が多発する。
 因みに原作『鶏鳴狗盗』『牛刀をもって鶏を裂く』における庭取の怒突や砂粒とのやり取りなんかは、正に『囚人のジレンマ』の典型例では無いだろうか。

『十二大戦対十二大戦』の場合。
 『戦士チーム』と『戦犯チーム』の総力戦なので、完全な『協力ゲーム』である。




…え?知ってたって?
これは失礼しました。
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