※この作品はR-18です。

【二次創作】十三大戦【頑張って書いた】   作:セイントス

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『豚に真珠』と申します。
『猫に小判』と申します。
 幾ら価値のある物でも、それが判らぬ盆暗にとっては無用の長物で御座います。
 だからこそ彼らは、より純粋な物に価値を見出すので御座いましょうな。


第十一戦『豚に念仏、猫に経』

(碌でもない人生だった。誉められた人生ではなかった…)

 

 まるで夢心地。前も後ろも上も下も右も左も判らなくなるような位に感覚が融けて行く。けどそれは海を漂うように穏やかで心地良くて、誰かに抱き締められるように温かくて気持ちいい。

(あぁ、これが死後の世界って奴なのかな?アタイみたいな半端者は地獄にでも堕ちるかと思ってたけど、神様って奴は気前がいいのかねぇ?ここは天国かもな)

 そう考えながら彼女…『寅』の戦士・妬良(とら)がふわふわと飛んでいく。『虎に翼』なんて言葉もあるが、彼女の体にそんな物は生えてはいない。実際に空を飛んでいた断罪(たつみ)兄でさえ翼は無いのだから当然の話だ。だから泳いでいくと表現した方が適切かも知れない。

 まあ、そんなことはどうでもいい話だ。既に死んでしまったのだから…。

(でも案外満足だ。うん悪くない)

 

 これでも彼女は高校時代は清く正しく誠実勤勉な少女であった。俄には信じ難いと思われるかも知れないが、事実だ。

 遠い道のりを振り返っての話になるが、彼女の実家『姶良(あいら)家』は武門の家系であり、彼女自身も努力と研鑽を重ね『姶良流武術』の師範代に認められ、次期当主候補に挙がるまで辿り着いた。

 何故そんな彼女がここまでの飲んだくれの不良(ヤンキー)になってしまったかと言うと、単に清廉潔白過ぎたのが原因だろう。

 彼女は自身の流派を修め、見物を広めるために戦場へと赴いた際に、積み上げてきた物が一変した。急転直下に一変した。

 

 様々な理由を掲げて互いを殺し合う。『どうして人間同士が戦わなくてはならないのか』。

 隣に居た仲間が一発の弾丸でアッサリ死んだ。『命の価値とは、どれくらいなのか』。

 苦労して救った国は馬鹿な新政府の圧政で滅んだ。『人間は生きるに足る生物なのか』。

 戦えば戦うほどに戦火は広がりを見せていく。むしろ戦争を活性化させるために利用された。『人間が絶滅したら地球は救えるんじゃないのか』。

 

 一つ、また一つ戦争を終えれば自分の掲げた正義が価値観が理想が倫理が良識が悲鳴を上げる。矛盾していく、歪んでいく。

 

 例えば異能肉(いのうのしし)の様に『高慢』ならばこうはならなかっただろう。

 例えば庭取(にわとり)の様に『小悪党』ならばこうはならなかっただろう。

 例えば砂粒(しゃりゅう)の様に『真摯』ならばこうはならなかっただろう。

 単に清濁併せ呑む事が出来ぬほどに彼女の精神は清らかだった。清らかすぎた。

 

 やがて、それに耐え切れなくなった妬良は道を外れた。そんな彼女は酒に逃げ、酒に溺れた。酔っている間は小難しい事を忘れることが出来た。楽になれた。

 これだけ見れば彼女の人生は何の変哲も無い挫折を味わったに過ぎない。サラリーマンが突如リストラを食らうような、受験生が試験に落ちたような、小学生がイジメに遭うような、スケールこそ違えど極々ありふれた挫折だった。

 しかし、彼女の不幸はそこで終わらない。酔いに酔って二本の足で立つことさえままならなくなるほどに酩酊を繰り返した妬良。酒の力を借りる事は皮肉にも彼女を新しい領域に押し上げた。

 獣の様な四足歩行…『二本が駄目なら四本足だい!』等と豪語しているが、その本質は『思考停止』にこそある。酒に溺れた彼女は考えることを止めてしまったのだ。

 これまで抱いてきた疑問も、これまで悩んできた正義も、これまで守ってきた良識も、これまで培ってきた精神も。すべて酒に沈んだ、すべて溝に捨てた。

 それらの不純物(・・・)を放棄した彼女は思考がクリアになった。つまりは『酒に酔った勢いで動ける』ようになったのだ。お陰で躊躇わなくなった、お陰で強くなった。お陰で以前よりも動きが速くなった、お陰で以前よりも動きが鋭くなった。

 真面目に戦士をしていた頃よりも、酒に溺れた不真面目な戦士になった途端、より多くの武勲を立てられるように成ったというのだから、彼女も『やってられっか!』という気持ちになった。酒の量は更に増えた。

 酒に酔い、血に酔うようになってから自身の知能が緩やかに下がっていくのを妬良は感じた。アルコールの過剰摂取は脳細胞を破壊するとかなんとかそんな話があるが、正確には神経細胞の一部が破壊されて伝達不具合が起こっているらしい。まぁ、結局頭が悪くなるんだから変わりは無いが…それでも彼女に支障は無かった。

 

 戦略が練れなくなったので、いい加減に戦うようになった。支障は無い。

 味方の名前を憶えられなくなったので、一人で戦うようになった。支障は無い。

 他人の表情が読めなくなったので、相手の顔を見るのを止めた。支障は無い。

 誰が大切な人で誰がそうじゃないのか、全然区別がつかなくなったので、誰も大切じゃ無くなった。支障は無い。

 地図が上手く読めなくなった。支障は無い。

 七画以上の漢字が読めなくなった。支障は無い。

 かけ算は出来ても割り算が出来なくなった。支障は無い。

 今日の日付が出てこない。自分の誕生日を思い出すのも一苦労だ。支障は無い。

 なんだか真っ直ぐ歩けなくなった。支障は無い。

 自分が生きているのか死んでいるのかわからなくなった。

 

 ぜんぜん…

 

 ぜんぜん…

 

 支障は無い…。

 

 『山月記』という物語では官僚である主人公が更なる高みを目指したが、挫折し、転落し、発狂し、獣に堕ちた。彼女も同じように獣に堕ちてしまったのだろう。

 とうとう彼女は実家からも勘当された。しかし、師匠は無くとも支障は無い。

 それでも戦士として獣として、戦場で狩り場で、敵を倒し獲物を狩った。結局、死傷は無いから支障は無い。

 ここまで落ちぶれた自分を、昔の自分が見たらどう思うか。きっと軽蔑するだろう。でも、嗤笑はあっても支障は無い。

 

 ぜんぜん…

 

 ぜんぜん…

 

 支障は無い…。

 

 そんな生活を送る…いや、時間を浪費していた頃だ。あの『天才』と出逢ったのは。

 いつもの通り、狩り場で獲物を探していた時のことだった。ようやく見つけた獲物の群れを一人の戦士が横合いから全て殺した。皆殺しにした。それこそが彼の『皆殺しの天才』戦士・失井(うしい)だった。

 

『どうしてそんな正しいことが出来るんですか?正しいことをするにはどうすればいいのですか?』

 

 そんな彼の真っ直ぐな剣筋を見て、そんな彼の真っ直ぐな瞳を見て、そんな彼の立ち振る舞いを見て。思わず問いかけた。

 自分でも何でこんな問いかけをしたのかわからない。というよりも質問内容が曖昧過ぎた。しかしそんな彼女の問いかけに、彼は少し考えてから真っ直ぐに答えた。

『まず、正しいことをしようとするだろう?

 次に正しいことをする。

 以上だ』

 その後、彼は解説を加えてくれたが頭の弱くなった彼女にはサッパリな話だった。親切に言葉を噛み砕いてくれてはいる。しかし、彼は天才故に何処か足りなかった。何かが足りなかった。

 それでも彼女は彼の言葉を理解したいと思った。もっと話が聞きたくて、立ち去る彼をらしくも無く、女々しく引き留めてはみたものの、彼はスルリと手のひらを擦り抜けて去って行った。

 それが『転機』となり、妬良は自身をやり直す決意をした。考えることを始め、悩むことを始めた。随分と足踏みをしてしまった。随分と道を逸れてしまった。やり直せるかはわからない。元に戻れるかはわからない。しかし、もしそれが出来たなら、また彼に会いたいと思った。

 

 更正するのと平行して彼女は失井の足取りを追っていたが、そう上手くはいかなかった。何せ、世界は広い。戦場も腐るほどある。ふて腐れてしまうほどにある。彼との再会は絶望的だった。

 そこで目を付けたのが『十二大戦』だった。切っ掛けをくれた彼が戦士・失井であることは直ぐに分かった。彼ほどの豪傑だ。大戦へのオファーは確実だろう。ならばそこで再開できるはずだと、妬良は実家に恥を忍んで頭を下げ、『寅』の代表に推薦して貰った。

 こうして数年ぶりの再会を果たした二人。しかし、悲しい出来事が彼女を待ち受けていた。大戦開始直前の摩天楼での事、失井は妬良のことなんて欠片ほども憶えては居なかったのだ。

 当然だ。失井にとって見知らぬ少女との出逢いなど、これまで助けてきた大多数の内の一人でしかない。妬良は失井のことを『心の師匠』と決めては居るが、師匠(せんせい)は生徒(こども)の事を…況してや弟子(うけもち)ですらない子供のことなんてどれ程憶えて居られるだろうか。分かっている。自覚はしている。妬良が失井と居た時間なんて一時間そこらしか無い。憶えてないのも当然だ。

 でも、しかし、だが、それでも…。失井(かれ)は妬良(かのじょ)にとって人生を変えるほどの出逢いだったのだ。憶えていて欲しかった。我が儘とは言え、憶えていて欲しかったのだ。

 

 ここだけの話。これは『素晴らしき擦れ違い』である。失井自身、妬良との初対面は、これまでのただ無意識に実行してきた『正しさ』を明確に意識的に実行できる切っ掛けを与えてくれた。『助け』となった。謂わば『転機』であった。

 そんな素晴らしい出逢いを果たした彼が『あの時の少女』の事を忘れることなど出来る筈がない。少女には感謝の念しかない。

 そんな失井が妬良に『あの時の少女』の面影を見出しつつも『他人』と認識したのは、単に『昔』と『今』で見間違えるほど、いや見違える(・・・・)ほどに変化していたのだ。つまり、妬良自身が気付いていないだけで、しっかりと変わっているのだ。彼女自身が臨んだ『道』に、彼女自身が望んだ『姿』に、少しづつ、確実に、妬良は変わっていたのだ。

 これを喜ばしい事と言わずに何というのか。

 

 『随分と懐かしい顔だ。久しぶりだがね。見違えたよ』…と失井が妬良にそう一言与えるだけで、彼女はきっと報われていただろう。しかし、気付いて貰えなかったのだから仕方ない。

 だから彼女は彼と戦う道を選んだ。『皆殺しの天才』に戦いを挑み、倒し、超える。それが出来たならば、妬良は失井と同じ境地に立てると思ったからだった。

 大戦を開始して、直ぐに勝負を挑もうとした矢先に、あのトラブルだ。やっとの思いで見つけたかと思えば、奴は『巳』の死体に夢中でこちらを気に掛けもしない。腹が立った。

 しかしどうだろう。失井から『決闘』を約束されて、『協調』を申し込まれて、肩を並べて戦って。殊の外悪い気はしなかった。寧ろ気分が良かった。

 師匠(かれ)が妬良(かのじょ)を推し量っている。師匠(かれ)が妬良(かのじょ)を必要としている。それらが妬良の中に燻っていた、ある種の『承認欲求』を満たした。彼女はどういう形でかは分かっていなかったが『認めて』欲しかったのだろう。変わろうとした自分を、努力した自分を。そうすることで自身の変化と成長を自覚したかったのだろう。

 

 しかし、それももう必要ない。あの大爆発。その最中。失井に瓦礫が降り注ぐのが見えた。反射的に体が動いて彼を庇った。断罪兄の時は、失井を生かせば確実に仕留めてくれるという僅かばかりの打算があったし、断罪弟の足をへし折る余裕も有った。だがこの時は、そんな掛け値も無く体が動いていた。

 『正しいと決めて。する』それを無意識に意識して実行できる境地に達したのだと実感すると、自然と報われたような気持ちになった。決闘を出来なかったのは残念と言う他ないが、最後の瞬間は自分の理想へと近づけたような気がする。その代償が自分の命と言うのは情け無い話ではあるが…。しかし未熟な自分を思えば『まぁ、仕方ないか』と慰めることも出来た。

 

 そんな長い道のりの身の上話が終わる頃に彼女は大きな扉の前に立つ。上を見れば首が痛くなるほどに、高く聳え立つ鉄の門。豪奢で荘厳な意匠の扉は美術の教科書にでも出て来そうな芸術作品を思わせる。

 そんな扉の前に男が立っている。ご丁寧に純白の法衣を纏い、背に白い翼を広げ、頭に金の輪っかまで付けた、如何にもな『天使』の出で立ち。

 

 

 そんな天使は妬良を見て、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

《お引き取り下さい》

「え?」

 

 

 妬良は天から真っ逆さまに地へと堕ちた。

 

 

◇

 

 

「……夢?」

 泥の中に沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。妬良は目を開けると真上に昆虫の複眼の様に密集された照明器具が見えた。照明は電源落としているようで光も熱も発しては居らず、ただ無機質な鉄の塊特有の冷たさを放っていた。

「いっ!?」

 彼女は手術台(ベッド)から体を起こそうとした瞬間、全身に痛みが電流の如く駆け抜ける。思わず顔を顰めた。それを胆力で黙らせると、今度は首だけを動かした。そして、先程から小さな音を鳴らしている人物に視線を向けた。

「あら?目を覚ましましたわね。私としては、そのままくたばって下さいましても一向に構いませんわよ?」

「死に体相手に随分と辛辣だねぇ」

「でも生きてますわ。最も、それは私にとってはとても不幸な事ですわね」

 口を開けばこの返し。(言葉のドッヂボールかよ…)と妬良は心の内で悪態を吐いた。

 彼女の目の前には成熟した女の色香を漂わせる戦士。戦いによってボロボロに乱れた衣服や、汚れた髪の毛さえ、彼女を美しく際立たせる装飾品(アクセサリー)に見えた。そんな彼女、『亥』の戦士・異能肉が椅子に座っていた。視線をこちらに向けさえしない。歯牙にも掛けない。

 最も異能肉も戦う気は無い。砂粒と本気で戦い、負け、しかも生かされる。牙を抜かれて『猪』は『豚』に成り下がった。平静を装っては居るが彼女の誇り(プライド)はズタズタだった。

 そんな風に感傷に浸っ(ナイーブになっ)てしまった自身を慰めるかのように、目の前の巨大なテーブルに自身の愛銃『命恋(いのちごい)』を並べ、分解・手入れを行っていた。

「あぁ、今は動かないで下さいまし。貴女、これでも重傷ですわよ。

 左腕と右足が完全に折れて、肋骨も確認できた範囲で三本イってますわ。但し、レントゲンが撮れたわけでもありませんので罅や見落としの危険はありますわね。他には打撲に裂傷も複数箇所。幸い、内臓を傷付けている様子は無いようですので、適切な処置さえ受ければ普通に助るかと。

 一応、痛みが激しいならば痛み止めくらい打って差し上げますが…お勧めは致しませんわね。何せ私も素人ですから。素人の麻酔程危険な物は有りませんわ。我慢できるなら我慢なさい」

 手入れを続けながらも異能肉は妬良の肉体の状態を簡潔にまとめて教える。妬良への配慮はされているが、口振りは刺々しい。確実に彼女は不機嫌だった。

「…失井は?」

「はぁ…。貴女、あの『皆殺しの天才』に随分とご執心なのですわね?二の口がそれだなんて」

「うるせぇ。答えろよ」

「…無事ですわよ。利き腕を多少怪我しましたが、戦闘に支障が無いくらいに軽症ですわ」

「そっかよかった…」

 妬良が尋ねると、異能肉は呆れ果てた様にそう返す。それを聞いて妬良は安堵し、全身の力が抜けた。

「そのまま逝ってしまいそうに脱力するのはお止めなさいな。本当に死にますわよ?」

「問題ねえよ。立った今、天国から門前払いを食らったばかりだい」

「それは臨死体験ではありませんの?」

 言葉が相手にデッドボールするような会話が飛んでくる。妬良は早くも辟易しそうになる。

 そんな妬良の顔色には目もくれない異能肉は、黙々と機関銃を組み立て直す。

「そうそう、一応現在の状況も教えて差し上げますわ。

 ここは近くにあった総合病院の手術室ですわ。あの爆発で大怪我を負った貴女を私と砂粒…『申』の戦士とで治療を施させて頂きました。…といっても怪我をした手足を固定して、裂傷を縫合、輸血、強心剤・鎮痛剤の投与くらいしかしておりませんけども…。

 そして貴女が夢中の失井は、砂粒と共に爆弾を投げつけてきた不届き者である『子』の戦士を引っ捕らえに向かいましたわ。本当は私も仕返しの一つでも加えてやりたかったのですが、貴女を見る役が足りなかったので私は留守番。実に残念極まりありませんわ。

 …まあ流石の『子』も、『丑』『申』に加えて『酉』『猫』『卯』まで集まって袋叩きにされていると思えば、幾何かは気が晴れますわね」

「あ?待てよ。『卯』はゾンビ作ってた犯人で、アタイ達の敵だろ?」

「それがあのヘンタ…あの『猫』が『卯』を説き伏せてみた様ですわ。最初、『対話を試みる』と言われた時は正気を疑いましたが…とんだウルトラCを繰り出しましたわね」

《…ゃーん…肉ちゃーん?聞こえてる-?》

 異能肉が妬良と話していると、傍らの通信機(トランシーバー)から声が聞こえてきた。間延びしたような、気の抜けたような、柔らかい呼び声。異能肉の親友を自称する砂粒の声だった。

「えぇ、聞こえておりますわよ砂粒。首尾はどうかしら?」

《勿論!寝住(ねずみ)くんの説得も無事済んだわっ!

 これで仲間(メンバー)が八人…うん、順調ね》

「はぁ…覚悟は出来てましたが。貴女なんでもかんでもお仲間にするのはお止めなさいな。『子』も『卯』も何時何時(いつなんとき)裏切るとも知れない不穏分子でしょうに…。

 それと今、さらりと『寅』もカウントしましたわね。『捕らぬ狸のなんとやら』ですわよ」

《生憎『皮算用』するのは『虎の皮』かも知れないわねー。それで?その口振りからして妬良さんは目を覚ましたの?》

「えぇ、先程。丁度経緯も説明が終わりましてよ」

《グッドタイミングっ!このまま妬良さんとお話出来そう?》

「…だそうですわよ?どうなさいます?」

 そう言うと異能肉は妬良に問い掛ける。それに対して妬良は首を縦に振り、右手を伸ばす。異能肉は妬良に歩み寄り、通信機を手渡した。

「それで?アタイに用ってのはなんだい?」

《…妬良。無事かね?》

「う、失井っ!?いてててっ!!?」

 砂粒相手と思って強気な態度で言葉を聞くつもりで身構えた妬良の虚を突くように、通信機からは失井の声が聞こえる。それに動揺した妬良が身を起こそうとして鈍痛に倒れる。

《大丈夫かねっ!?》

「あぁ、こんくらい平気だよ」

《そうか…きみが無事で本当によかった》

 通信機から失井の心底安堵するような吐息が聞こえる。余程心配されていたのかと思うと、妬良はどこかむず痒い気持ちになった。

《妬良。これは私の自惚れかも知れないのだがね。『辰』の戦士の不意打ちの時も、先程の落石の時も、きみは私を庇って…いや、助けてくれたのかね》

「…なんだよ、彼の天才様ならあの程度の窮地(ピンチ)はお茶の子さいさいだったってか?

 悪かったな、アンタの邪魔をしたみたいで」

《いや、助かったよ。ありがとう》

「…っ!」

 失井から告げられた感謝の念。思わず言葉が喉に詰まる。

(感謝なんて要らないよ。アタイにとって失井(アンタ)を助けに動いたのは感謝されたいがためなんかじゃない。寧ろ感謝したいのはこっちだってのによ)

 正しさを見せてくれてありがとう。正しさを教えてくれてありがとう。正しさを示してくれてありがとう。与えられた正しさに自身がどれだけ応えられたかは定かでは無いが精一杯やった。要は自己満足だ。

 しかし、感謝の言葉一つ貰うだけで報われる。自身の行いが正しい物だったと証明してくれているようで、これまでの頑張りが認められたような気がした。

《…そして、大変心苦しいのだがね。きみとの『決闘』なのだがね》

「あ」

 すっかり忘れていた。

 そもそも失井とは『死体作り(ネクロマンチスト)』である『卯』の戦士との問題が片付くまでの協調で、それが終われば『十二大戦に関係なく1対1の決闘を行う』という条件を結んでいた。

 そして『卯』の戦士・憂城(うさぎ)の問題は和解で決着を付けた。後は『決闘』だけだ。

 しかし、目を背けていた事実が顔を出す。妬良の怪我、腕一本に足一本…なんと四本足が二本に戻ってしまった。などと茶目っ気混じりに言ってみても誤魔化しなんて効きはしない。既に妬良は戦える身体では無くなってしまった。

「悪い。もうアタイ、戦える体じゃあ…」

《そうなのだよ。先程の一件で私もきみも大小に関わらず傷を負った…。

 だからね、決闘を延期(・・)にして貰いたいのだがね》

「え?」

《『十二大戦など関係ない。1対1の決闘だ』…あの時確かに言ったと思うのだがね。加えてこうも言ったかね。『『きみが私に決闘を申し込む』のではない。『私がきみに決闘を申し込む』のだ』…とね。

 つまり、決闘を申し込むタイミング自体は、私に優先権があると思うのだがね》

「…ちょ、ちょっと待てよ。いや言いたいことは分かる。アタイもアンタも怪我したから完治してから決闘しようって意味だろ?

 でも待てよ。この十二大戦の勝者はたった一人だ。でないと腹の中に収まった猛毒で御陀仏だ。アンタ…戦士全員を『皆殺し』にして『たった一つの願い』で『アタイを蘇らせて』改めて決闘するってことかい?」

《それは違うがね。その方法も確かにあるが、それは私の望む正しさとは違うのだよ》

「じゃあどうするってんだよ?」

《…そうだね。私はこの十二大戦から降りる(・・・)ことにしたよ》

「…は?」

 失井が放った言葉『大戦の放棄』。その衝撃は少なくは無い。現に隣りに立った異能肉でさえ驚いた様子を見せた。

《私はこのまま砂粒達…いや和平組だったかね。それに合流して、全員の生存を摸索つもりだがね》

 ここまで辿り着くのに失井は大小関わらずに『助けられた』。

 例えば妬良。断罪弟の首絞めから手を取り合い窮地を脱し、断罪兄の奇襲から身を挺して守られ、落石からも死ぬ思いをさせてまで守られた。彼女には感謝の念しかない。

 例えば庭取。断罪兄の奇襲を妨害することで守られ、一手足りなかったとはいえ爆弾による奇襲に気付くチャンスをあたえられ、見失った愛剣『牛蒡剣』を探してくれた。そうそう…大怪我負った妬良を医療施設まで導いたのも彼女の功績だ。彼女には感謝の念しかない。

 例えば砂粒。怪我を負って満足に動けぬ失井に代わって、助けたいと願っていた妬良を救出し、彼女の救急医療に注力した。恐らく失井の応急処置の力量では助けることは叶わず、精々せめて苦しまぬようにと介錯を施すしかなかった。こうして恩義を感じている妬良に報いる機会を掬い上げ…救い上げてもらった。彼女には感謝の念しかない。

 治療を与えてくれた音弧(ねこ)もそうだし、治療に助力し現在も妬良の護衛についている異能肉でさえ、失井にとっては助かっている。助けられている。

 いくら失井が天才であろうとも『一人では絶対に成し得なかった結果』だ。そしてそれは彼自身が望んで止まない『願い』…その片鱗でもあった。

《…と、ここまではあくまでも私自身のみ(・・)の考えでしか無いのだがね。

 最後にきみの『返事』を聞かせてはくれないかね?》

「返事?」

《『きみが望む条件で、きみが望むままに『決闘』に応じる』…私はきみにこうも伝えていたのだよ。だからきみが「そこまで待てない。今すぐ戦え」と言うならば、私はそれに応じなければならないのだからね。

 私が思い描くこの後の『方針』には、どうしてもきみの『了承』が必要なのだよ》

 妬良は驚いた。そして嬉しくも有り、呆れもした。心中にモヤモヤした物が膨れ上がったが、不思議と悪い気はしなかった。

(火を見るより明らかなアタイの容態を見た上で『戦うか』って聞いてくるなんてね…。まぁ、それがアンタの『正しさ』って奴なのかな)

 妬良が目を閉じて感慨に耽る。あの一瞬だけ彼の背中に近づけたような気がしたが、また遠くなる。どうやら彼女が追い求める理想はまだまだ先にあるらしい。それを悔しく…いや、残念に思う反面、(まだ頑張らねぇとな…)と感じた。

《…妬良?》

「…っ!あ、あぁっ!それで構わねえよ。元を正せばアタイからふっかけといて悪いが、決闘は延期だ。

 アタイは万全の状態のアンタを倒したい。でも万全のアンタを倒すにはアタイも万全じゃないといけない。でないと勝ちの目すら無い。だから、互いの傷が完全に癒えたら、改めて決闘を申し……込まれてやる」

《ふっ…了解した》

「なんだよテメエっ!今笑っただろっ!」

《笑ってないがね》

「絶対に笑っただろ!「ふっ…」って鼻で笑っただろっ!」

 少しばかり明るい声色に変化した失井の態度を聞いて、妬良が思わず威嚇する様に唸り声を鳴らす。腹の辺りに痛みが走るがそれどころじゃなかった。失井の綽々とした態度が癪に障った。

 だがそれも束の間の事で妬良はすんなりと怒りを引っ込める。

「…なぁ、失井。延期する代わりに一つだけ、頼みがあるんだけど」

《頼み…かね?》

「いや、違うな…『約束』かな。

 アンタはアタイと決闘を誓った。だからそれを『守れ』。そのためにも『死ぬな』」

《……心得た》

 

 話が一段落ついた頃合を見計らい、異能肉が妬良から通信機を取り上げる。

「そろそろ休んでおきなさいな。体力だって充分に戻っては居ないのに、そんなカッカされたら体に響きますわよ。

 …まぁ、安心なさいな。貴女の事はしっかりと守って差し上げますわ」

「あぁ…そうだな。一眠りさせてもらうよ」

 そう言うと妬良は瞳を閉じる。呼吸を整えて静かに休む。その様子を異能肉は不機嫌そうに眺めていた。

「…『丑』。『申』に代わりなさいな」

《はいはーい!肉ちゃん呼んだ?》

 異能肉が砂粒を呼ぶとすぐに返事が返ってくる。いつも通りの間延びした声。異能肉は自身が不機嫌になるのを感じた。

「それで砂粒?貴女、和平に向けて動きたいようですけども、今後の予定は?」

 異能肉はその様に砂粒に問い掛ける。

 最も、答えなんて大体予想がついている。彼女がそういう人間だって理解しているし、意外に頑固で妥協を知らないことは承知している。

 だからこれは確認作業だ。

《そうね…。取り敢えず、残った最後の一人…『辰』の戦士に和平交渉をしましょう》

「この状況下での和平交渉なんて悪質なパワープレイですわよ。

 まぁ生かすにしても殺すにしても、彼…『辰』の腹の『獣石(じゅうせき)』が必要な事には変わりありませんものね」

《それでね。肉ちゃんには悪いんだけど…》

「はいはい。引き続き『留守番』をしてれば良いのでしょう?

 どちらにしろ、私の機関銃(いのちごい)では挽き肉(ミンチ)にするしか選択肢はありませんもの」

《ごめんね-。

 あっ!そうだ!庭取さんがね、肉ちゃんの替えの服を見繕ってくれたの!すっごくカワイイ奴!今『鳥さん宅配サービス』で届けるって!》

「なにそれすごく便利」

 

 

◇

 

 

《…えーえー、マイクテス、マイクテス。本日は曇天なり。あっ、でも雨が止んだお陰で、晴れ間がみえますねー。

 砂粒さーん。応答願いまーす。どうぞー》

「えぇ、感度良好。ちゃんと聞こえてるわよ庭取さん。首尾はどうかしら?」

《こちらは寝住(ねずみ)くんに指定されたポイントに到達しました。どうぞー》

 『申』の戦士・砂粒は頭に装着したヘッドフォンから『酉』の戦士・庭取の声を聞いた。

 無事に『子』の戦士・寝住を捕らえた一行は、そのまま『辰』の戦士・断罪兄の捕獲に踏み切った。

 それにあたって作戦会議を済ませた彼らはチームを二部隊に分けて行動を開始した。メンバーの振り分けは『子卯申猫』の『チーム・申』と『丑酉』の『チーム・丑』である。随分と偏りのある編成に思えるが、『卯』は『猫』が責任を持って面倒を見ている物だし、『子』は『申』が責任を持って面倒を見ている。

 特に寝住については、当初失井が「懸念は払拭出来ないから、始末するべきでないかね」と主張していたが、砂粒が妬良を助けた恩義を盾にして寝住を自身の監督下に置く権限をもぎ取った。

 つまり『子卯』は『申猫』の付き添い…いや付き従いだろうか。とにかくそれに近い。まぁ寝住の方は仕事があるので、実質ただ着いて来てるだけなのは憂城のみである。万が一に備えて庭取が見張り役の鳥を一羽『チーム・申』に付けているので、『子卯』の謀叛(むほん)が再度発生しても、直ぐさま失井と異能肉に連絡が着く体制になっている。

《そう言えば砂粒さん。これって作戦名(・・・)あるんですか?》

「作戦名?」

《やっぱり作戦名が有った方がやる気(モチベーション)が上がると思うんですよー。どうでしょう。何かありませんか?》

 それを受けて砂粒は指を唇に当てながら思案する。本音を言えば作戦名にそんな重要性は感じないが、確かにあればあったで仲間意識が強くなるし、庭取の士気に影響するならばやって損は無い。それにピッタリな言葉もあるし。

「…そうね。作戦コード『シーホース』でどうかしら?」

《なるほど…『竜の落とし子(Seahorse)』ですね。じゃあ、『タツノオトシゴ大作戦』頑張りましょう!おーっ!!》

 そんな風に元気に喋る庭取の声を聞いて砂粒は思わず困ったような笑みを浮かべてしまった。

 

「…寝住、『辰』の戦士は見つかった?」

「あぁ、見つけたよ音弧のお兄さん」

 作戦に伴い準備を整えながら『猫』の戦士・音弧(ねこ)は『子』の戦士・寝住に問い掛ける。因みに寝住の緊縛は既に解かれ、青年の思春期のメンタルは無事救われた。

 寝住は砂粒から預かり受けた『双眼鏡』を覗き込んで空を見る。すると東雲(しののめ)の天にプカプカと浮かぶ『辰』の戦士・断罪兄を見つけた。

 

 断罪兄を探す役は、別に砂粒だろうが、音弧だろうが、憂城だろうが構わないが、寝住がやるのが一番早かった。何せ彼の能力(ちから)『ねずみさん(ハンドレッド・クリック)』を使えば、瞬時に百通りの選択肢を行使できる。つまり『双眼鏡を用いて断罪兄を探す選択肢を百通り行使』すれば『同時に百人の寝住が断罪兄を探している』事と同義となる。一人ローラー作戦だ。

 

 寝住から双眼鏡を受け取った音弧は、彼が指し示した方角を見る。すると先程と同様に宙に浮かぶ断罪兄が居た。

「…確かに居るな。あの淡いブルーのウェアは見覚えがある。でも、なんだあれ?疲れて昼寝でもしてんのか?」

「いや、もうすぐ夜明けだから朝寝だろ」

 宙に浮かぶ断罪兄は腕を頭の後ろに組んで、足を組んで仰向けに寝そべっている。丁度ハンモックにでも寝転がる様な光景だろうか。それを遥か雲の上でしていると言うのだから浪漫的(ロマンチック)にも程か有る。

 指定された時間に悠然として大遅刻した異能肉のお陰もあり、偶然にも深夜十二時から開始された『十二大戦』。折り返しの六時間が過ぎたことで、とうとう朝日を拝めるような時間帯になった。

 ここに至るまでに死亡した(いや、脱落した戦士と言った方があってるな。憂城はゾンビだし、俺は死にまくってるし…)戦士四名は、もうこの朝焼け雲を見ることが叶わないかと思うと音弧は哀しく思った。

 ある者は父が居ただろうか。ある者は母が居ただろうか。ある者は恋人が居ただろうか。ある者は子供が居ただろうか。彼らの帰りを待つ者がどれだけ居ただろうか。

 己の残酷なまでの不死性故に数多くの戦士を看取り、在るときは弔い、在るときは死者からの遺言(ことば)を相手(おもいびと)に伝える。そういう役目を担い続けてきた彼だからこそ感じる独特の物悲しさ。身勝手な話だが「死ぬ気で何かを成すくらいなら、何かを成すくらいの気概を生きて欲しい。詰まるところ死ぬ気で生きろ」とさえ思ってしまう。(まぁ、それは流石に横暴だよな…)と音弧は思考を切り替えた。

 

「どちらにしても相手がこっちに気付いてないのはチャンスだな」

 音弧は手にした双眼鏡を寝住に返却すると、隅っこの方で断罪弟の頭を抱きかかえながら体育座りで待機している憂城の元まで歩み寄る。身につけた装備の一部を、フワフワモフモフした彼の尾部の収納スペースに差し込むと「荷物番頼むな」と一言添える。すると憂城は手を振って答える。

 それを見て一度微笑み、手を振り返すと、そのまま地面に置いたバックパックを背負う。砂粒のそれに匹敵する大きさの鞄を担ぎ上げると肩や腰に着けられた固定具の留め具を仕付けていく。

 用意が整った頃合に寝住がこちらに歩み寄ってくる。砂粒に断罪兄の位置を教えて確認して貰っているようだ。

「それで、成功率(・・・)は如何ほど?」

「成功率約一割。残りはアンタの死亡だね」

 この後予定している作戦の立役者は砂粒と音弧の二人だ。しかし、この作戦には不確定要素も多い。何せ寝住の強みたる『ねずみさん(ハンドレッド・クリック)』を妨害する『生死半々(シュレディンガー)』の存在がある。『確率』と『因果』を操作する二つの能力が絡み合う事で運命は良くも悪くも大きく捻曲がる。

「問題になるような数字じゃ無いな。

 『九死に一生を得る』なんて言うけど、10回チャンスがあって9回は死ん(ハズレ)で1回は生きる(アタリ)…要はそれって生存率10%って事だろ?

 つまり、ソシャゲの10連ガチャでSSR引く確率より高いって事じゃないか?そう考えると「案外、イージーモードだなぁ…」って、俺は思うんだよ…意外と爆死するだろ、アレ」

「お前の命は課金並みかよ」 

「案外無課金かもな」

 そう言って音弧はカラカラ笑う。そしてすぐに寝住に問うた。

「それで?俺はどう動けばいい?」

 干渉力『ねずみさん(ハンドレッド・クリック)』は基本的には『寝住が選んだ未来』しか見ることが出来ない。

 しかし、これには裏技が有る。それは寝住の言葉に従って動けば『他人の未来』を操作する事が可能だという点だ。つまり寝住が正確に指示を出せば、作戦が成功する未来が見えてくる。万が一に百回失敗する事態になったとしても、死ぬのが音弧一人なので精神衛生的にも良心的だ。

 だが、そう何回も選択肢を走らせるのは疲れる。だから寝住は『最も確率が高そうな選択肢』を確定(・・)した。

「…そうだな。音弧のお兄さんが砂粒のお姉さんの『心(ハート)に火を付けて』やればいいよ。それも『飛びっ切りの奴』を…さ」

「…ん?ん-?」

 寝住の含みのある言葉に音弧は首を傾げる。そして数秒数えると、握り拳を手の平の上にポンとおいて『閃いたっ!』と言わんばかりのジェスチャーを示した。

 そして音弧は寝住の言葉を実行するために砂粒の元へと歩み寄った。

「砂粒のお姉-さんっ!」

「あら音弧くん、どうかしたの?」

 指を唇に当てながら思案していた砂粒は音弧の声にハッと我に返り、笑顔を取り繕って振り向いた。

「どう、行けそう?」

「うーん…それが、案外遠いのよねぇ。上手くいくかしら?」

「それは寝住が『大丈夫』だって言ってたろ?

 加えて失敗したときのための俺だ。実質失敗しても損害は無しだよ」

「それは…そうなんだけど…」

 再び考え込んでしまった砂粒。それを見て、このタイミングしか無いなと音弧は判断した。

「よし!じゃあ俺が砂粒のお姉さんに、力を発揮できる『お呪(まじな)い』をしてあげようっ!」

「お呪い?」

「そうさ!それも飛びっ切りの奴さ!」

 そう言いながら音弧は砂粒に更に歩み寄る。

 

 

 そして彼女の顔にそっと手を添えて、逃がさないように押さえる。

 

 

「ちゅっ」

 

 

 そんな音が聞こえた気がした。

 気がつけば、音弧(かれ)は砂粒(かのじょ)の唇を奪い去っていた。

 

 

◇

 

 

 『雨降って地固まる』ように、互いに対立していた戦士達が手を取り合い、協力し、ひとまとまりになろうとしているときに浮いている戦士が居た。無論、存在的な意味ではなく、物理的な意味でだ。

 

 『辰』の戦士・断罪兄弟・兄。彼は自身が保有する異能力『天の抑留(よくりゅう)』を使い、再度上空一キロメートルの大気境界層(たいききょうかいそう)に避難していた。流石にこの高さともなると雨雲の存在はなく、下に横たわる雲海のベッドに身を預けて空を仰げば、晴れ渡る夜の星空がよく見えた。

 音弧が語った感想同様に随分と浪漫的な事になっているが、断罪兄としては途方に暮れていた。彼の胸中を察するならば現実逃避の一つでもしたくもなるだろう。

「…なぁ、剛保(たけやす)。お兄ちゃん、どうしようか…」

 愚兄は思わず愛する賢弟の実名を呼んだ。

 長兄は末弟の意思を汲み取り、戦士として最大限の『供養』をするべく動いた。せめてもの慰めに牛の角と虎の皮でも『お供え物』にしようかと思い作戦を実行した。しかし、それも珍客に妨害され失敗した。挙げ句の果てには背負っていた大事な武器までも失った。

 この時だ、兄が背負っていた氷冷放射器のカプセルに詰まった瞬間冷凍液が弟の体に降り注いで、直ぐさま凍てつき、崩れて消えた。

 ビッグブラザーはリトルブラザーを完全に失った。

 正確に言うならば不肖愚弟の頭部が健在なのだが、肉体の大部分を占める首無し胴体が跡形もなく消えたのは、流石の賢兄でさえショックと言う他なかった。ショック過ぎて頭部のことを思い出す余裕は無かった。

 戦力も勝算も無くなり、慌てて空に逃げたものの、断罪兄は今後の方針に頭を抱えた。別に「この後どう戦うか」とか「失った武器は何で補うか」とかの話ではない。

 「大切な弟を失って。この後どう生きていけばいいのだろうか」と今後は今後でも戦いでは無く、その後の人生の話だった。

 

 ふと想像して震え上がる。

 

 二人で共同で過ごしていた高級マンションの一室。もう帰ってもあそこに弟は居ない。

 二人で使ってたキングサイズのベッド。これからあそこに寝るのは兄たった一人だ。

 二人での仕事。これからは全部兄一人だ。分担なんて出来ない。面倒だ。

 そういえば飯はどうしよう。ペットの餌の都合もあって、飯を作るのは弟の仕事だった。仕方ないから、外食か。味気ないな。

 今思えばペットの世話はどうするんだ。仕方ないから、兄が面倒を見ようか。これまで面倒を見てくれた弟へのささやかな恩返しだ。

 

 これからは一人だ。ずっと一人だ。たった一人だ。

 

 耐えられるのか。生きていけるのか。

 

 一週間は平気だろう。一ヶ月でも問題ない。一年ならばペット達が支えになってくれるかも知れない。でも十年過ぎたら。二十年経たら。果たして同じように耐えられるだろうか。忘却の彼方に捨て去って、兄は一人生きられるだろうか。それとも消えた弟の影を追い続けるだろうか。

 

 断罪兄は出来ないと直感した。

 断罪弟が死んでからなら六時間。バラバラになってからなら一時間。だというのに全身が凍えるように寒い。思わず自身の肩を抱いた。体の中心部分に巨大な空洞が生まれたかのような感覚に襲われ、地に足が着かなくなる。何処までも飛んでいく。さながら少女の手を離れて飛んでいく風船のように、何処までも飛んでいってしまいそうだった。

 

「ならいっそ、飛べるとこまで飛んでっちまうか?」

 愛する弟が天国に行ったならば、そこまで行ってみようか。将又地獄に堕ちたならば、そこまで逝ってみようか。

 そんな馬鹿なことを考えた、その時だった。

「……──…ゃぁぁ」

 断罪兄はふと何者かの声を聞いた。この遥か天空は彼の領域故に彼の独壇場。そこに珍客など可笑しな話だ。しかし、気にしないわけにもいかない。断罪兄は声の方を向いた。

「んなぁ!?」

「ぎにゃああぁぁぁーー!!」

 目下には巨大な背荷物を背負った、猫耳カンカン帽の男。『猫』の戦士・音弧が高速で飛来してきていた。

 

 

◇

 

 

「じゃあ、一先ず。断罪兄弟・兄を交渉のテーブルに着かせるためにも、彼を捕まえないといけないわね」

 作戦コード『竜の落とし子(シーホース)』の全容は砂粒のその言葉から始まった。

「捕まえる…って言ってもそいつは何処に居るんだい?」

「多分、断のお兄さんなら遥か空に飛んでるだろうな」

「なんだよそれ。何処のスーパーマンだよ」

 音弧が問えば、寝住がさっとそれに応える。寝住の考えは正解で、断罪兄は空へと避難していた。

 寝住は自らの能力『ねずみさん(ハンドレッド・クリック)』を行使して、皆で軽く九十九回程探して見つけた結果だ。寝住の『ねずみさん(ハンドレッド・クリック)』は百通りの選択肢を同時に行使できる傍らで、確定した一つの未来だけで無く、消去した残り九十九の未来の選択肢の記憶を保有することも可能だ。つまり、人海戦術と言う面で寝住は非常に優秀だ。何せ一粒で百おいしい。

 流石にそこまで事細かに自身の能力を他者に開示しては居ないが…まぁこの程度の情報であれば公開は吝かではない。

「となると、どうしましょう?きっと鳥さん達でも届かないような高所に居ますよ?」

 そう言って庭取が頭をウンウンと捻る。それを真似るように物言えぬ憂城も頭を捻った。

 彼女の鳥を使役する能力『鵜(う)の目鷹(めたか)の目(め)』でさえ、断罪兄を捕らえることは不可能だ。何せ鳥では高山ほど高い場所に行くのは困難だ。そもそも鳥の飛翔とは、あくまで移動手段であり、高く飛ぶ必要性が無い。高く飛ぶにはエネルギーを沢山使うし、何より高高度は大気が薄く空気が少ない。たかが一キロメートルと言えども変化は現れるものだ。そんな負担を負ってまで高く飛ぶメリットは鳥達に無い。

 そんな鳥の使役には見返りとして美味しいご飯を提供する必要があるため、近くのスーパーマーケットから掻っ攫ってきた大量の食品を地面にバラ播き、鳥達に補給を行っていた。鳥さん達のストライキは回避された。

 公園の鳩なんて目じゃないレベルに鳥達が屯(たむろ)する中での作戦会議は早くも頓挫しようとしていた。

 流石は『辰(ドラゴン)』。一人だけ空想上の生き物なだけはある。空に漂う彼を捕らえるのは、雲を掴むことと同義なのだろうか。

「…ん?なぁ、寝住。聞いて良いか?」

「何?」

「きみの見ていた本来の『未来』って、生き残ってたのはきみ一人だったんだよな?」

「そうだよ」

「じゃあ『辰』はどうやって死んだのさ?」

 音弧はふと疑問に思った。ここに居る戦士六名が束になったとしても手が届かない『辰』の戦士。そんな彼を寝住はどう降したのか。あるいは下したのか。

 その問い掛けに寝住は悩む。本来消去した分岐なんて他人に語るべきでは無い。開示するべきかどうか考えた。

「…正確には俺は倒してないよ。倒したのは憂城。より正確には砂粒のお姉さん…かな?」

 結局寝住は話すことにした。話さないことには先に進まない。でないと、不毛な堂々巡りを繰り返すばかりだったため、諦めて話すことにした。

 寝住の証言に驚いた砂粒と憂城だったが、更に詳細を聞かされて驚愕した。

 曰く、寝住が見た本来の分岐では憂城は生きていて、砂粒は『歩く死体(ウォーキング・デッド)』として隷属(おともだち)になっていたらしい。そして遥か上空で偵察をしていた『辰』を偶然見つけた『申』は憂城を投げ飛ばして見事に撃墜して見せたらしい。

 その事実に砂粒は少なくない衝撃を受けて悲しんだ。まさか、『自分が殺された上に誰かを殺す手助けをさせられた』などと平和主義にあるまじき凶行に胸を悼めた。

「では、同じように砂粒が誰かを空に投げ飛ばしてみてはどうかね?」

 寝住の情報を素に、失井はその様な提案した。実に単純明快。前例があるならばそれに乗っかるのが一番早い。

「そ、そんな…無理よ。私には出来ないわ」

 しかし、砂粒がそれの提案を却下する。

 確かに砂粒の内包する潜在能力は『停戦ではなく終戦に持ち込むつもりだったら、宇宙戦争でも一日で片付けることができる』とまで言われた英雄のそれだ。やろうと思えば不可能では無い。

 だが、あくまでもそれは『歩く死体(ウォーキング・デッド)』に成り果てて、成れの果てになって、肉体的精神的なブレーキが完全に消え失せて、初めて成立する物だった。

 現在の生者で聖者で賢者な彼女では同じ芸当は不可能と言う他なかった。それを聞いた憂城がアップを始めたので、音弧が全力で止めた。

「じゃあ、足りない分は他で(・・)補うしか無いな」

 仕方ないので音弧は新たに提案を通した。

 

 部隊を『チーム・申』と『チーム・丑』に分担した後、『チーム・申』は装備を調達して、とある場所へと向かった。

 彼らが到着したのは十二大戦の始まりの地。つまり天にも届く、あの『展望室』だった。百五十階建ての超高層ビルの屋上こそが目的地だった。「高く投げ飛ばすのが無理なら、高いところから投げ飛ばせばいいじゃないか」と言う音弧の逆転的な発想から生まれたアイデアだった。

 このビルの標高は凡そで五百メートル。かなり高度を稼げた。反面、投擲位置が固定されてしまうのが難点だったが、幸いにも『辰』の戦士は近くに居た。近くとは言っても直線距離は目算で八百メートル程。まだまだ遠いのだが…まぁ真上に一キロメートル以上放り投げるよりは楽だろう。

 

 しかし、確実性を高めるためにもう一手が欲しい。

「よし!じゃあ俺が砂粒のお姉さんに力を発揮できる『お呪(まじな)い』をしてあげようっ!」

「お呪い?」

「そうさ!それも飛びっ切りの奴さ!」

 寝住の助言を受けて、音弧は砂粒にとっておきの呪(のろ)いを施した。

「ちゅっ」

 そして彼女の顔にそっと手を添えて、その唇を奪い去っていた。余りにも自然な所作故に、熟練の武術家であるはずの砂粒でさえ、抵抗も回避もする隙は無かった。

《ああぁーーーっ!!!》

 庭取は通信機で通話をする傍らで異能力『鵜の目鷹の目』を用いて鳥の視覚から音弧達の情報を得ていた。

 そんな最中で不意打ちのように発生した音弧と砂粒の接吻(キスシーン)。庭取は通信機の通信を切るのも忘れて、無意識に悲鳴を上げていた。そうして通信機が拾った大音量の悲鳴が、砂粒のヘッドフォンに届き、そのまま彼女の鼓膜を全力でブッ叩いた。

「ちゅるぅ」

「んぶぅっ!?」

《あうっ!あうぅっ!?》

 庭取の鶏鳴が砂粒を怯ませた隙にも音弧は好き放題だった。驚いた拍子に僅かに開いた口の隙間から舌まで入れ始めたのだ。

 砂粒が咄嗟に彼を撥ね除けようとするも、音弧が空いた片腕を彼女の腰に回していて思うようには動けない。

 そうしている間に音弧の舌は砂粒の口の中を優しく愛撫していく。すると口を吸う音と水飴が絡むような粘り気のある水の音が響いた。 

「んふぅっ!んんっ!」

「ちゅぷ。…くちゅ、ちゅう…」

《どうしましたのっ!!砂粒!応答なさい!》

《駄目…駄目ぇ…》

 通信の邪魔になるからと静観していた異能肉までもが咄嗟に砂粒に呼びかける。異能肉には通信機から流れてくる、砂粒の吐息が漏れる音と、水の音と、庭取のあうあう言っている声しか聞こえない。現状が見えてこない。

 声を発そうとしている砂粒の邪魔をするように、音弧は彼女の舌先を吸い出して唇で啄む。舌を解放したと思ったら再び口を奥まで押し込み、舌先で歯茎と口の内壁を丹念に舐めて遊び、唾液を交わした。

 懸命に呼びかける異能肉。必死に制止しようとする庭取。未だ混乱の渦中の砂粒。自由奔放過ぎる音弧。それを不思議そうに眺める憂城。嗾(けしか)けておきながらも中々に刺激的な光景に寝住は頬を赤く染めた。思春期には刺激が強いようだ。こうして混沌極まりない光景が出来上がった。

 時間にして僅か一分。音弧は砂粒を解放した。二人の口を伝うように銀色の橋が掛かって、それも直ぐに途切れて消えた。

 

 息も絶え絶えな砂粒の思考は困惑し、グルグルと渦を巻いていた。(何故この場面でキスなの?)いやそれどころでは無い。これは由々しき事態だ。何せ砂粒には現在、付き合って五年になる彼氏が居る。近々結婚を切り出そうかと考えるほどに優しくて素敵な男性だ。そんなパートナーが居るにも関わらず、目の前の音弧(おとこ)に唇を許してしまった。

 『不倫』『不貞』『浮気』『不純』『情事』『不義』『略奪愛』『姦通』『寝取り』…その様なキーワード達が頭の中をぐちゃぐちゃに掻き混ぜた。

 

 そんな彼女に音弧は殺し文句(トドメ)を告げた。

「ペロリ…。ご馳走様。お姉さんの唇とっても美味しかったよ。まるでお砂糖みたい」

 

 

 

 

 ……ぷっつん。

 

 

 

 

 その時、砂粒の中で何かが切れる音がした。

「いやああぁぁー-ぁっ!!!???」

「のおおぉぉーーっ!!」

 猿のお尻より真っ赤っかに顔を染めた砂粒は音弧の首根っこを掴むと、そのままフルパワーで大空へとぶん投げた。

 

 こうして音弧は星となったのだ。

 

 

◇

 

 

 長々と経緯を説明してきたが『純情な砂粒に音弧が性的な嫌がらせをしてマジギレさせた』と言う話で有る。「屋上に来てよ。久々にキレちゃったからさ」なんて言おうにも既に屋上で在る。

 最初に言っておく。音弧はこうなると分かっていて蛮行に至った。彼は彼女に下水道で一回、瓦礫の山で一回、計二回のセクハラを敢行している。その反応をみて「とても身持ちの堅い女性なのだろう。あっちの方も豊富じゃないな」と考えていた。だからこそ、音弧の得意とするところであるこの方面の手を使った。でなければ初っ端からディープキスなんてするものか。確実にフラグが折れる。

 そんな音弧の阿呆みたいな作戦の正否は結果論でしか語れないが見事に成功した。極度の混乱状態に陥った砂粒は一瞬だけ歯止めがきかなくなった、ブレーキが効かなくなった。前後不覚ながらも砂粒は仕事をし、先程まで観測していた断罪兄の下へと音弧をフルパワーでぶん投げたのだ。

 比喩するならば人間大砲のような速度で音弧は距離と高度をグングンと稼ぐ。そしてとうとう断罪兄まで届いた。

 

「『猫』の戦士──

 『好奇心で殺す』音……

 ちょ!まっ!?だあぁぁぁぁっ!!?」

 音弧は断罪兄を捕獲すべく挑みかかる。しかし、遥か天空は断罪兄の絶対領域。この空間では彼こそが王者である。王者は逃げたリなどしない、堂々と下手人(ねこ)を待ち構えた。より具体的には靴底を音弧に向けて待っていた。

 断罪兄の意図を察した音弧は動転する。手足をバタバタと動かして状況を打破しようと藻掻くが、ただ投げ飛ばされてやって来ただけの彼にはどうすることも出来ない。

 そして待ち構えた断罪兄の足に、音弧の顔面が吸い込まれるように衝突し、踏み蹴られた。

「ふんぎゃっ!?」

「…わざわざ此処まで御足労御苦労。

 そんじゃあ、回れ右してさっさと帰りやがれ」

 正に踏んだり蹴ったりと言う奴だろうか。砂粒に投げ飛ばされて、断罪兄に足蹴にされる…よく考えたら、半分は自業自得だ。

 折角ここまでやったのに、収穫は無し。音弧に空を飛ぶ翼は無く、後は地上へと真っ逆さまに墜ちるだけだった。

「…ほう?一応保険はあったんだな?」

 断罪兄は音弧が落ちていくのを眺めていると、音弧の背荷物から巨大な白い一反の布が吐き出されたのを見た。円形に広がった布は大量の空気を受け止めて、落下する音弧を減速させた。

 音弧は失敗した時に備えて、スカイダイビング用品を扱うマニアックなレジャーショップを寝住が所持していた携帯端末から探してもらい、その中に保管されていた落下傘(パラシュート)を強奪し装備していたのだ。それを見ていた断罪兄は「あれのお陰で地上まで降りられるってか?なるほどなるほど、ちょっとは考えているらしいな…」などと暢気に観察する暇は無かった。

 事態が急変したのだ。

「うぉっ!?」

 突如、音弧の居る近くから目を灼くほどの閃光と、鼓膜を叩く爆音と、熱を帯びた爆風が断罪兄を襲った。

 しかしそれは一つでは無かった。一発、二発、三発…それ以降は数える余裕すら無い爆発の連発乱発。さながら花火大会のような熱気が断罪兄を襲った。

「ちくしょう!なんだってんだよ!?」

 爆風暴風に煽られて断罪兄は宙をグルグルと俟(ま)う。そして、空の王者は致命的な隙を晒した。

「「猫は踏まれると傘差して空の果てまで飛べる」らしいぜ?知ってたか?」

「っ!?」

 断罪兄は声を聞いた。そして頭上(・・)を見上げると音弧が真上から飛来していた。

 

 一回目の襲撃…『プランA』に失敗した音弧は直ぐさま『プランB』を発動した。音弧は落下傘(パラシュート)を展開すると同時に『ある物』を真下に投下した。それは投擲手榴弾『醜怪(しゅうかい)送り』であった。

 『未』の戦士・必爺(ひつじい)の遺品であり、『子』の戦士・寝住の拾得物であり、『猫』の戦士・音弧へと譲渡された、規格外の超高火力爆弾。音弧はその『爆風』を利用して空を飛んだ。大きな傘は爆風を最大限に受け止めて一気に急上昇し、一瞬で断罪兄の上空を取った。

 直ぐさま音弧は落下傘を手持ちのナイフで切り離して飛び降りる。空中で体勢の整わない断罪兄の背中へとしがみついた。

「背中っ!取ったりっ!うわあぁっ!?」

 音弧が背後にしがみついたことで断罪兄は自身の身の危険を感じ、防衛本能が働いた。断罪兄は突如、高速で急降下を始めたのだ。

「どひゃああぁぁぁっ!?」

「テメェ、さっさと降りやがれっ!俺様の背中はなぁっ!『弟』と『逝女(ゆきおんな)』の特等席なんだよっ!!」

 錐揉み回転しながら落下したかと思えば、今度は円を描いて急上昇する。連続のバレルロールで撹乱したかと思えば、木の葉落としに宙返り。とにかく飛び回り、暴れ回る猛き竜。音弧は振り落とされないように必死にしがみつく。しかし、その手は離れ、音弧は空中へと振り落とされてしまった。

「あーーーれーーーっ!!」

 いざ南無三。頼みの綱の命綱たる落下傘すら失い、その身一つで地上に向けて猫まっしぐらに墜落していく音弧。

 今度こそ完璧に見えなくなり、後は地面に叩きつけられて死ぬことだろう。断罪兄の窮地は脱した。

「はぁっ…はぁっ……何なんだよあれ」

 断罪兄は頬を伝う汗を拭った。随分と無茶な飛び方をした。心臓がバクバクと騒音を鳴らしている。

 背中にしがみつかれて、そのまま殺されるかと思った。

(…あれ?何で俺様、生きたい(・・・・)って思ったんだ?)

 先程まで弟の死を悼み、ならばいっそ同じ所に向かおうかとも考えていた。なのに音弧の奇襲には抵抗した。死を拒絶したのだ。

 生きる意味を生きる甲斐を失いつつも、生を惜しみ生き長らえる。断罪兄は胸中に矛盾が溢れた。

「いや、んなこたぁどうでもいいっ!

 とにかく逃げねえとっ!」

 『猫』の戦士が不死身なのは上空から観察していたから知っている。恐らく墜落死した程度では死なないだろう。蘇れば同じ手段を用いて再度襲撃を仕掛けてくるに違いない。場所を変える必要があった。

「『猫を殺せば七代祟る』って言葉を知ってるか?恨めしやー」

「ひぃっ!?」

 しかし『生死半々(シュレディンガー)』はそんじょそこらの『蘇生能力』や『超再生』では無い。『因果関係』を遡行し『死因』を回避する『事象変化』の異能力。『死を無視する無死にする』呪いだ。

 音弧が断罪兄の背中へと再来したのは実に簡単な話だ。音弧の死因は『墜落死』であり、原因は『断罪兄に振り落とされてしまった事』だ。これを回避するには『断罪兄の背中から落ちなかった可能性』を選択すればいい。

 つまり、断罪兄は音弧に接触を許した時点で詰んでいるのだ。たとえ何度振り落とそうとも、音弧は背後霊の如く断罪兄の背中に舞い戻ってくる事が出来る。

「でも何度も墜ちるのは嫌だな。全身がぐちゃぐちゃになるし…。

 と言うわけで、こうしよう」

 音弧は断罪兄の背中に張り憑いたまま、片手で断罪兄の目を塞ぐ。そして目隠しにした指先に力を込めながら、こう告げた。

「ゆっくりと地面に降下しろ。抵抗するなら「目を抉り潰す」。最初に右目、次に左目だ」

 この瞬間、断罪兄は投降する以外の選択肢を音弧の手によって見事に奪われたのだった。

 

 断罪兄が音弧の指示に従い地上に降下していくと、地上には失井と庭取の『チーム・丑』が待ち構えていた。あの『皆殺しの天才』が居る場所に降りるように命令されて断罪兄は思わず息を呑んだ。

 一瞬だけ片眼…いや、両眼を失う覚悟で逃走を図るべきかとも思案したが、それも無駄に終わった。

 上を見れば空を覆い隠す程の大量の鳥の群れが居る。庭取の能力『鵜の目鷹の目』によって煽動された鳥達は幾重にも空中を旋回し、空に天蓋を作る。彼女の功績により完成した『鳥の牢獄』が断罪兄の逃げ場(そら)を完全に奪っていた。

 ならば庭取を倒して、牢獄を破壊して、脱出しようか。無理だ、失井が居る。丸腰の上に無策なんて愚の骨頂だ。諦めて無抵抗のまま地上に降りるしか無かった。正に『まな板の鯉』の様な状態。もっとも鯉は滝を登って竜と成るのだから、順当に逆戻りしただけかも知れない。

 相手が魚ならば、猫の恰好の餌食だ。無事地上に降り立った音弧は、ロープを用いて断罪兄を拘束した。「…音弧。また『亀甲縛り』かね?」「いや、これは『菱縄縛り』だ」「だからなんでそんな縛り方なんですかっ!?」などとやり取りをしていると、そこに『チーム・申』のメンバーが無事合流した。

「よう、音弧のお兄さん。成功したようで何よりだ」

「あぁ、お陰様でな。……じゃあ、砂粒のお姉さん、後はお願…お姉さん?」

 苦労の甲斐あって断罪兄を無傷で捕らえることに成功した。ならば、当初の予定の通り、停戦交渉だ。そう思い音弧は砂粒を呼ぼうとして、言葉に詰まった。

 砂粒がヘソを曲げていた。頬は赤くて、膨れっ面で、音弧の事を無言の圧力で睨んでいた。

「…あー…。

 嫌がるのを承知であの手を使った。きみはとても『優しい』から「音弧(おれ)の事なんて、大っ嫌いだ。死んでしまったってどうでもいい」って思ってくれないと『全力を出せない』って判断した。

 無理矢理奪って御免なさい。有難うございます柔らかかったです。きみが謝罪を望むなら、きみが望む形で応えたいと思います」

 そう言って音弧は素直に頭を下げる。それを見た砂粒は大きく溜息を吐いた。

 音弧の暴挙は到底赦せる物では無いけれど、かと言ってアレ無しで地力のみで同じ芸当が出来たかと聞かれたら怪しい。だからこれは仕方の無いことだ。

「…はぁ、分かったわ。あくまでも貸し一つだからね?」

「感謝する」

 音弧から取った言質一つで自身を無理矢理納得させる。謝罪と誠意を示している彼に対して、自身の怒りのままに殴り倒す…なんて暴挙は砂粒には出来ない。だからこれは仕方の無いことだ。精々音弧をコキ使ってやろうと砂粒は決めた。

 そう裁量して砂粒は本来の仕事に戻る。眼前で菱縄縛りにされている断罪兄を見て、一度短く瞑想をする。意識を平和主義へと切り替える。

(寝住くんも、失井くんも、憂城くんも、庭取さんも……一応、音弧くんも。

 協力してくれた。尽力してくれた)

 ふと、数時間前の事を思い出す。寝住と共に下水道に避難していた所に合流した音弧と庭取。

 そして離反したとき。音弧は去り際に『距離は離れるけど気持ちは一緒だ』と言ってくれた。彼は有言実行し、庭取に加えて失井と妬良と憂城まで引き連れてきた。流れは来ている…『和平』に…『平和』に。

(だからこそ繋ぐ(・・)。それが『平和主義者(わたし)』だから)

 閉じていた目を開き、砂粒は笑顔を作る。そして断罪兄に向けて話し掛けた。

 

 

 

「さぁ『和平交渉』しましょう!」

 

 

 

◇

 

 

「ただいまあばっ!?」

 無事に断罪兄との和平交渉が成立した一同。一旦休憩を挟むためにも、拠点にしている『総合病院』へと戻ってきた音弧を待ち受けていたのは熱烈な歓迎だった。

 病院の待合室に佇んでいた異能肉は音弧の姿を見るなり、走り寄ってきて、その勢いのままに顔面を殴り飛ばした。

「肉ちゃんっ!?」

「貴男っ!砂粒になんてことをっ!!」

「落ち着いて肉ちゃんっ!彼だって悪気があったわけじゃ…」

「お黙りなさいなっ!貴女も貴女ですわ砂粒っ!私の経験上、この手の輩は甘やかせば甘やかしただけ何処までもつけ上がりますわよ!キッチリ落とし前を着けさせなさいなっ!」

「……いやはや手厳しい。

 あっ、でも異能(いのうの)お姉様の尻に敷かれるならそれはそれでいだだだだだだだっ!?

 痛いっ!ヘルプ!助けてーっ!!」

「ええっとぉ…音弧さんは一度反省するべきだと思います!」

 綺麗に殴り飛ばされた後に、うっかり己の欲望を垂れ流した音弧。そんな彼へと異能肉の情け容赦無い追撃が炸裂した。

 異能肉は横たわる音弧を踏み付けて、踵でグリグリと抉る。あまりの痛みに音弧が周囲へと助けを求めれば、庭取が怖じ気き、砂粒が苦笑い。寝住は視線を逸らし、憂城はノーリアクション。断罪兄は引き攣った表情でこちらを見下ろし、失井は車椅子に乗せられた妬良の様子を見ている。さっきまで一致団結していたチームワークは何処へやら。

「…それで?何やら一人(・・)知らない内に増えていますがどちら様ですの?」

「あぁ、紹介が遅れたわね。

 この子はナビィくん。この十二大戦の報告係(レポーター)よ。ちょっと大戦のルールについてもう一度聞きたくてご招待したの」

「…ど…どうも」

 異能肉が視線を向けた先には断罪兄と同様に身柄を拘束されたシルクハットの青年・ナビィが居た。

 彼の経緯については余り語ることは無い。偶々、断罪兄に和平交渉を勧めている様子を報告係として観察していた彼は、運悪く庭取・憂城に見つかり、そのまま砂粒と失井に捕まった。ただそれだけだ。

 幸いにも交渉時にごねにごねた断罪兄の様に恥辱的な緊縛をされることは無く、ナビィの腰には申し訳程度にロープが繋がれているのみだった。そんな二人の手綱は『歩く死体(おともだち)』の憂城がしっかりと握ってくれていた。

 

 そんな戦士九名と運営スタッフ一名に憂城の尻尾の中にしまわれた断罪弟の頭の…計十一名は、そのまま砂粒主導のもと病院内に併設された会議室に集められた。

「…さて、先にこのような乱暴な手段でお招きして御免なさい。どうしても改めて大戦について確認したい事があったのよ」

「は…はぁ…」

 コの字に並べられたテーブルに戦士達が思い思いに着席する。

 念には念を入れたためか音弧・憂城がドア周辺を陣取り、砂粒・異能肉・失井が窓際に陣取り、突発的な行動を避けるように構えている。随分と厳しい警戒態勢を敷いているが、砂粒にとってこの後に行う『必勝法』にはここに残ったメンバー全員(・・)の協力が必要不可欠だ。

 故に誰一人欠けることの無い状況を維持する必要があった。

「まずこの大戦の『ルール』についてね?

 『①参加戦士は全員、猛毒結晶『獣石(じゅうせき)』を呑み込むこと』

 『②参加戦士は『獣石』を十二個集めることを優勝条件とする』

 …間違いない?」

「間違い…ないです。

 付け加えるならば、じゅ…『『獣石』は一度呑み込めば吐き出すことが困難な形状』だと言うことと、『あらゆる手段を用いても破損不可能』だと言うことと、…『約十二時間かけて胃酸と反応する超遅延性毒』だと言うこと…です」

「…なら

 『③『獣石』は破壊不可能かつ複雑な形状である』

 『④制限時間は約十二時間』

 …とうことね?

 オッケー。じゃあ次は優勝商品『どんな願いでもたった一つだけ、叶えることができる』その権利についてね?

 これについての疑問なのだけれど…

 『死者を蘇らせることが本当に可能か?』

 どうかしら?」

「可能…です。

 『どんな願いでもたった一つだけ、叶えることができる』権利には不可能(・・・)な事はありません。あ、貴方様が望めば、それが叶うのです。

 あくまでも『優勝者』への特権ですが…」

「…そう」

 そうして今一度砂粒は考え込む。そして顔を上げて皆にこう告げた。

「…いける(・・・)わ。皆が助かるだけじゃなく、あわよくば皆の願いも叶えられる方法が」

「んなぁ!?」

 誰の驚きの声だっただろうか。一人だったかもしれないし、複数人だったかもしれない。だが、砂粒の発した言葉にはそういう反応を取らざるを得なかった。

「…なぁ、砂粒の姐さんよぅ?その皆ってのは『俺様の弟』を含むんだよなぁ?」

「勿論っ!『貴方の弟のみならず、死んだ全員(みんな)も助ける』つもりよ。私はね」

 砂粒が断罪兄と和平交渉をした際に交わした条件は『断罪弟の蘇生』と『金』であった。しかし、断罪弟の肉体は『歩く死体(ウォーキング・デッド)』な上に、その大部分が木っ端微塵に成り果てている。現に頭半分になった痛ましい弟の姿を目撃した兄の表情といったら凄まじい物であった。あれを蘇らせるとなると、やはり『願い』を使う必要があるだろう。

「…砂粒。泥船になんか乗りたくありませんから聞いておいて差し上げますが、そんな大仰な事を言って大丈夫ですの?」

「そうね…でも最低限『皆の蘇生は可能』な目処が立っているわ。

 残念だけど『皆の本来の願い』については+(プラス)α(アルファ)に近いわね。万が一に+αが駄目だった場合、『私の私財と権限と人脈が許す範囲』になるけれど尽力させて貰うわ」

「…あ…あの、砂粒さん?

 願いを皆の生き返りに使うって事は分かりました。でも、その上で皆の願いも叶えられる可能性ってどう言う事ですか?」

 全員の意思を代表するかのように異能肉と庭取が疑問を唱える。

 確かに優勝者が『今回の大戦の死亡者全員の蘇生』を願えばそれは叶うのだろう。しかし、その上で『皆の願いも叶える』と砂粒は言っている。本当にそのような事が可能なのだろうか。

「…その方法は抜け駆け禁止も兼ねて、もう少しだけ黙秘(・・)させて貰うわ。

 一先ず皆の体から『獣石』を取り出す(・・・・)作業から始めましょう」

 砂粒がそう言うと一同が一斉に身構える。腹に納まった『獣石』を取り出すと言う行為は、「吐き出す」と言う選択肢を取れない以上、「腹を掻っ捌く」と言う選択肢…ひいては「殺す」ということだ。

 ここまで来たのに「今から殺す」と言われたら流石に堪った物では無い。一同に明確な反対の意思が浮上した。

 しかし、それに慌てた砂粒は「違う違う」と訂正の意を示した。

「確かにお腹から『獣石』を取り出すけれども、だからと言って=(イコール)『殺す』って訳じゃあないわよ?」

「ん?…んー…つまり、どうするってんだい?アタイにゃあ分かんないねぇ」

「……もしかして砂粒のお姉さん?『獣石』を医学的(・・・)に取り出すつもりかい?」

 音弧は砂粒の言葉からある可能性に行き着いた。それこそが『医療術式』による取り出し方だった。

 『『獣石』を取り出すには腹を掻っ捌くのが一番手っ取り早い』。審判・ドゥデキャプルが言った言葉があまりにも過激すぎる為、先入観に囚われてしまったが、『各々の器量と判断に任せる』とも言っている。それは『戦士の生死は問わない』と言う意味で有り、つまり『手術』による安全な摘出方法を選択肢しても、何ら問題は無いのだ。

「そうね。音弧くんの言うとおり、それが最も最短で安全で確実な方法だったわ」

 シンプルな大戦ルール故に付け入ることが可能な攻略方法。要は初めから『全員が不戦不殺で大戦を終わらせる手段』はあったのだ。つまり大戦開始直後に『和平交渉』を成立させ、直ぐさま『戦場(バトルフィールド)』を脱出し、医療機関で『獣石』を取り除く。後は皆で話し合い『優勝者』と『願い』の妥協点を摸索していく。それこそが真の意味で平和的かつ手っ取り早い方法だった。

「けど、待って貰えないかね。確かにそれならば安全に『獣石』は取り出せるだろう。

 しかし、現在は状況が違うのでは無いかね?

 毒の効果が出始めるのは推定で後三時間ほどだろうかね。この残された時間でどうやって施術をするのかね?」

 しかし、失井が異を唱える。彼の意見ももっともだ。

 『医学的な取り出し方』なんて言うのは簡単だが、それにだってそれなりの条件が要る。その条件とは『人材』と『環境』と『時間』である。

 『人材』は言うまでもなく『獣石』を腹を割いて取り出してくれる『執刀医』の事である。

 『環境』は手術を行うための医療設備及び薬品等である。

 『時間』は単純に準備時間及び施術時間である。

「…まぁ、ここは病院内だから手術刀(ランセット)も麻酔も輸血も必要不可欠な物は全部揃うだろうな。

 でも、医者なんて居ないぞ?俺なんて応急処置がメインだったから、麻酔と縫合手術と銃弾の摘出手術の補助をやったことがある程度だよ?流石に胃袋切り開けとか無理。下手すりゃ医療ミスで殺す」

「音弧さんって所々変なプロフィール持ってますよね」

「まぁ、そう褒めんなって…。それで?それを万が一にクリアしたとしても『時間』が絶望的過ぎるよ?」

 現在の状況で最もネックになっているのは『時間』である。

 腹を切り裂いて中の物を取り出す。似ている例として安易と思い付くのは『帝王切開手術』だろうか。まぁ腹は腹でも胃袋と子宮とでは大分異なるが…。

 『帝王切開手術』の手術時間は、無論胎児や母体の状況によって左右されるが、凡そ一時間から三時間ほどと言われている。これと比較して『胃袋内部の異物除去手術』とやらがどの程度時間を要するかは判断が着かないが、少なくとも一時間を切るなんて事は無いだろう。

(残り時間は約五時間…失井の旦那が言うように毒の影響の個人差を考慮するなら三…いや甘く見て四時間か?急いで他の病院に駆け込んで緊急手術したとして時間が足りるのか?

 じゃあ自分らで手術(オペ)する?いやいやそれの方が無理があるだろう。ちゃんとした医師免許なんて持ち合わせては居ない素人集団だぞ?執刀医やれる奴って言われたら頼みの綱は妬良ちゃんの手当てしたっていう砂粒のお姉さんと異能お姉様かな?失井の旦那は手術室から追い出されていたみたいだし…。

 しかもだ、胃袋に『獣石』が入っているのは子・丑・寅・辰・申・酉・亥の七名。患者の数(・)が多すぎるんだよ…)

「それについてなんだけどね、音弧くん。私の奥の手(・・・)を使おうと思うの」

「え?」

 そう告げながら砂粒は病院内の購買から持ち出していたガラス製のキャンディボトルの中味をぶちまける。

「ねぇ、肉ちゃん。『獣石』を一つ貸してくれないかしら?」

「何に使うつもり?」

「いいからいいから」

 ごねても話が進みそうには無かったため異能肉は自身が手に入れた『獣石』を一つ砂粒に投げ渡す。それを受け取るとキャンディボトルの中に水と共に放り込んで、しっかりと蓋をした。

「見ててね…」

 砂粒は『獣石』の沈んだガラス瓶に一同の注目を集めると…。

 

 

「♪ちゃららららら~♪」

 

 

 唐突に歌い出した。

 

 周りの視線を無視して彼女は所々調子外れな歌を歌う。出来るだけ楽しそうに。

「…『オリーブの首飾り』?」

 そう言えばこの曲マジックショーでよく流れる曲だと、一同が想起した次の瞬間だった。

 砂粒の指先が瓶に触れる。瓶の表面に黄色の波紋が見えた。すると怪奇現象が起こった。内と外を隔てるガラスの境界線を砂粒の手が指先からゆっくりと侵入していく、そして手首までしっかりと入ると、水の中に沈んだ『獣石』を掴み取った。そして、慎重に手を引き抜くとガラスの境界線はひび割れ一つ残さない無いままに『獣石』を取り出して見せた。

「はいっ!時空をとらえました!コンプリート!」

 トドメと言わんばかりに砂粒が満面の笑みを披露する。その様に一同が唖然としていた。

「あ…あの?リアクションをしてくれるとうれしいのだけど…」

 砂粒が自身の渾身の一発芸が滑ったかのようなこの空気に耐え切れずに狼狽えだす。

 しかし、そうでは無く、一同が驚愕に溢れて反応できずに居るのだ。特に妬良と庭取と音弧とナビィなんかは口をアングリと開けてまで驚いている。

 そんな中、砂粒をよく知る異能肉が一早く再起動して、辛うじて言葉を発した。

「…ま…まさか、『量子力学トンネル効果』?」

 異能肉にはとある既視感があった。非侵襲的に物体を取り出す『透過能力』。かつて『未』の戦士・必爺が語った、否騙った特殊技能ではないか。まさか嘘から出た実という奴だろうか。

 

「え?違うわよ?」

 しかし砂粒は異能肉の言葉をさらりと否定した。

 

 『申』の戦士・砂粒の戦士としての特殊技能『仙術』。『自然界の物質の三態を自在に変化させる』能力は言葉にすればその一文に尽きるのだが、これを『科学的』に或いは『化学的』に噛み砕くと何が起こっているのか。

 『水』・『氷』・『水蒸気』の三態を自在に変化させたり、『岩石』を『砂』に変化させる。これはつまり、物質同士の繋がりを支えている『分子間力』の操作。延いてはそれの『結合と分離』に他ならない。即ち『物質』を『繋ぎ合わせる』ことも『切り離す』ことも容易に行えると言うことだ。

 

 先程、砂粒は瓶の中から獣石を取り出すために複数の『仙術』を使用した。

 まず、ガラス表面に手を通すための切り込みを入れる。次に切り込みをこじ開けるためにガラスの性質を柔軟にした。そのまま水に膜を作らせて内部を保護しながら『獣石』を取り出す。最後にガラスを元通りに修復して終わり。

 つまりは物質を貫通しつつも修復しながら抜き取ることで損傷を少なく対象を取り出せる。…とのことらしい。

「…と、まぁ、こんな感じよ。この技能を人体に応用して『獣石』を取り出そうって訳」

 砂粒が説明を終えると庭取がおずおずと控えめな様子で挙手をした。

「あの、砂粒さん…?」

「何かしら庭取さん?」

「…そのですね?つまりお腹をズブリとやるわけですか?」

「やるわけね」

「それ、めちゃめちゃ痛いですよね?」

「めちゃめちゃ痛いわね」

「ひー…」

「でもまぁ、麻酔を施せば痛みは無さそうね。先程妬良さんの治療を進める傍らで試していたのだけど…施術時間は約三十分位。コツが掴めればそこから短縮していけそうよ。

 普通の手術すれば三・四時間位掛かるから破格でしょうね…。他には質問はあるかしら?」

 最後に皆に問いかけると質問も反論も無いらしい。それを見て納得したように首を縦に振った。

「無いようね。じゃあ分かりやすく干支の正順で行こうかしら。寝住くん、行ける?」

「構わないよ」

 ここまで沈黙を保っていた寝住に話し掛けると彼は素直に応じた。砂粒は残りのメンバーに施術を受ける前の軽い準備を説明した後に、席を立とうとしてふと足を止めた。

「そうそう、音弧くんさっき麻酔も出来るって言ってたよね?」

「そうだなぁ…種類と薬品は制限されるけど平気。今回の場合は全身麻酔掛けてる暇は無いだろうから、即効性の高い薬品を使用しての局所麻酔になるかな?」

「充分よ。手伝ってくれる?」

「砂粒のお姉さんには借りがあるしな。構わないよ。憂城も着いてきて」

 音弧の呼びかけに憂城も応じて再度『チーム・申』の面々が会議室を後にする。

 そして手術室へと向かった。

 

「そういや寝住って血液型何型?輸血用意したいんだけど」

「Rh+のAB…」

「オッケー」

 『チーム・申』の一同が手術室へと移動すると直ぐさま準備に取り掛かった。音弧はどこから引っ張り出してきたのか複数の薬瓶を抱えており、それを作業台に並べる。合わせて念のため輸血について確認していたことからも、緊急時に備えて自身の出来ることを考えているらしい。

 そんな様子に砂粒が苦笑いしながらも自身の消毒を済ませる。もっとも砂粒は輸血については心配していない。あの場では言及されなかったし説明しにくい内容なのだが、彼女は患者の血液にも大量出血を防ぐべくコーティングを施す予定だ。(…そうだなぁ。肉ちゃん的センスで表現するなら『血も涙も無い』って言うのかなぁ?)などと思考を遊ばせている間にも準備は整う。

「弱めに麻酔掛けてるから、痛かったら言えよ?少しづつ量を増やしていくからさ」

「わかった」

「ねぇ、三人とも。始める前にちょっといいかしら?」

 これより術式を開始する。その矢先に砂粒が寝住・音弧・憂城に話し掛ける。

 そして驚くべき話を語り出した。

 

 

 

「─────。───。」

 

「──。───────、──。」

 

「────。」

 

「──、─。─────────。」

 

「────────。」

 

「──。───。」

 

 

 

「……なぁ、砂粒のお姉さん。

 それ、本気で言ってんのか?」

「えぇ。私は本気よ?」

「……………わかった。

 じゃあ、最後までちゃんと責任持つよ」

 

 

 

◇

 

 

(…どうすんだよ、この状況)

 報告係(レポーター)・ナビィは酷く困惑していた。

 世界地図を塗り替える程の大規模代理戦争。世界に名を馳せる屈強な戦士達による血湧き肉躍る殺し合い。有権者が大金を投じる高尚な賭け。それが『十二大戦』だったはずだ。ナビィ自身(今夜ここで戦士達が残虐な殺し合いをするのかなぁ…)などと独特な感慨に耽りながら大都市中に監視カメラを仕掛けて回ったものだ。

 しかし、そんな大戦は終戦へと向かっていた。『申』の戦士・砂粒によって提示された『獣石(じゅうせき)』を取り除く『腹部切開手術』。しかも、常識外れの速度で施される術式。僅か二時間程の時間で既に四名の手術が完了している。

 右を見れば『丑』の戦士・失井が『寅』の戦士・妬良の傍らで食事に勤しんでいる。大食漢だとは聞いていたが、山盛りだったコンビニオニギリが皆殺しにされている。左を見れば『子』の戦士・寝住が机に突っ伏して寝ている。それを『辰』の戦士・断罪兄弟・兄がつまらなそうに眺めている。そして時折断罪兄は視線を逸らす。部屋の隅に見張り役として置かれている『巳』の死体・断罪兄弟・弟を気にしているようだ。

「何をやってますの?さっさとなさい」

「あっ、はい。只今」

 そして今、ナビィは何故か『亥』の戦士・異能肉のお茶汲みをさせられている。ナビィがティーポットからカップに紅茶を淹れて出すと、異能肉は紅茶の香りを嗅いで一口飲む。

「まぁ、安物ならばこんな物ですわね」

 普段飲む茶葉に比べて随分と見劣りするらしく、呆れながらもまた一口飲んだ。

 

 そんな様子に溜息一つ吐いてナビィは自分にも入れた紅茶を飲む。こんな物だろうけどな、などと感想を抱きながらも懐からタブレットを取り出す。

(…現在の只今の戦績を御報告申し上げます。

 一位。『丑』の戦士。現在、獣石を三つ所持しております。

 二位。『寅』『申』『亥』の戦士。現在、獣石を二つ所持しております。

 四位。『子』『辰』『酉』の戦士。現在、獣石を一つ所持しております。

 八位。『卯』『猫』の戦士。現在、獣石を所持しておりません。

 脱落者は『巳』『午』『未』『戌』の四名で御座います。

 

 ……続きまして、現在の戦況を御報告申し上げます。

 『申』の保有する特殊技能により『子』『丑』『寅』『辰』の獣石を摘出。尚、獣石をそのまま持ち主に返却した模様。現在『酉』の獣石を摘出中。

 戦士一同は一カ所に集まり、依然交戦の気配は無し。このまま大戦が終戦する可能性が非常に高くなっております。

 ……報告は以上で御座います。引き続き観察を行います。更なる報告をお待ち下さいますよう何卒(なにとぞ)お願い申し上げます。

 …って意味あるのか?)

 タブレット端末を用いて定期報告を済ませるとナビィは溜息を一つ吐いた。確かに破壊渦巻く戦場で弾丸を櫂潜りながら報告をするよりも遥かに楽ではあるが…。反面、これでいいのかと疑問を抱いてしまう。

 そう思い、運営本部に伺いを立てたところ、返答は『事態を静観し、自身の職務に勤めよ』とのこと。『静観』…そう『何もせずに見守れ』と言われた。結局彼は何も出来ずに涙ぐましくも定時連絡を繰り返すばかりだ。

 

 

 そうこうしていると会議室の扉が開けられて中に一人の戦士が入って来た。

「終わりましたよー!」

 『酉』の戦士・庭取。その表情は憑き物が落ちたようで明るい笑顔になっていた。確かにそうだろう。目下彼女の最大の脅威は腹に納まった『獣石』だった。それが取り除かれたのだから毒死の心配は無い。まだ、戦士との戦闘の可能性が残っているにしても、獣石を差し出せば危機は高い確率で回避される。下手を踏まなければ彼女の安全は確保されたも同然だ。

「じゃあ、次は異能お姉様の番だな。直ぐ行ける?」

 そんな彼女の後ろから音弧と憂城がひょっこりとコミカルに顔を出す。先程から砂粒の補助として、こうして手術が終わる度戦士達を一人づつ呼びに来ている。しかし、それも今しがた呼ばれた異能肉と砂粒を残すのみとなった。

「えぇ、分かりましたわ」

 それを聞いた異能肉は素直に応じて席を立つ。そのまま音弧達と共に会議室を後にした。

「…異能お姉様、体の具合はどう?具体的には毒の影響?」

 会議室を離れ廊下の角を曲がった頃合いで音弧は心配そうに異能肉へと問いかける。

 既に大戦開始から九時間以上が経過としている。音弧が推定した危険域に既に突入しているのだ。心配しないはずが無い。

「余計なお世話ですわ」

 一方で異能肉はそんな音弧の懸念を一蹴する。…が、しかし、それ程余裕は無い。何よりも胃の辺りがキリキリと痛み出し、全身が怠く重い。体が熱を持っているのを感じる。それでも毒に屈するなんて異能肉のプライドが許しはしないため、彼女は気丈に…いや、優雅に振る舞った。

(ってタイプなんだろうなぁ…。強い女性はそれはそれで魅力的なんだけど、男としては弱い部分も見せて「守ってあげたい」って魅せた方がぐっと来るんだけど…)

 そのように音弧は感じ取って頬を掻いた。このままでは彼女に主導権を握られっぱなしだ。

 しかし、音弧としてはもう少しだけ異能肉と話がしたい。ちょっとした理由があってのことだ。

「あぁっ!そうだっ!ねぇ、異能お姉様?

 きみの願いってなんだい?」

「…はぁ?願い?」

「そう、『どんな願いでもたった一つ叶える』優勝商品。きみだってそれを求めて『十二大戦』に参加したんだよな?

 砂粒のお姉さんが+αで『願いを叶える』って言っていただろ?だったら、どんな事を願うのかなってさ?」

 音弧は異能肉の歩みを遮るように前に出る。それに反応して異能肉は足を止めた。

「俺の願いは『憂城を含めた戦士全員を生き返らせること』だな。俺は彼と『お友達』になるって決めたんだ」

 それを聞いた異能肉はふと横に立っている憂城を見た。先程から音弧に同調するように元気に動いているが、彼は『歩く死体(ウォーキング・デッド)』…そう、死体なのだ。

「そんな憂城は『お友達が欲しい』ってさ。だから『死体作り(ネクロマンチスト)』で仲間を集めてたんだ。でも死体だとすぐに腐っちゃうでしょ?だから俺が生きたお友達になって、生きてるお友達の良さを分かって貰いたいって思ってるんだぁ。

 他にも庭取ちゃんは『自信』が欲しいって言ってたんだ。元々彼女、過去の記憶が無かったらしくてさ、「自分に確固たる意思」…というかそんな物に憧れていたらしい。けど、どういう風の吹き回しかその『願い』はもう要らないってさ。

 失井の旦那は『権利を実家に譲渡』するつもりだったけど、どういう訳か気が変わったらしい。聞いてみたけど「…きみは口が軽そうだから、秘密にしておこうかね」って言われちゃったよ。失礼しちゃうよな。

 寝住は『願いなんて無い』って言ってたな。そもそもな話「嫌々『十二大戦』に参加してたから、それどころじゃ無かった」ってさ。だから『願い』は、これからゆっくり考えるつもりらしい。

 断罪の兄の方は『お金』って言ってたな。でも仕草が所在なさ気だったから「弟はどうなの?」ってカマかけたら、声を荒げて怒ってたよ。あれはツンデレブラコンだな。間違いない。

 妬良ちゃんは『お酒』って言ってたけど、今は『早く怪我を治したい』って。んでもって「失井の野郎と『決闘』するんだーっ」って息巻いていたな。まぁ、『彼女の本音』を知る俺からしたら、決闘なんて手段じゃあ絶対に報われないだろうから、全力で邪魔してやる所存だな。いっそ平和主義な砂粒のお姉さんを巻き込もうか。そうすれば失井の旦那も止められるな。うん、それがいい。

 そうそう砂粒のお姉さんは…」

「いい加減、その喧しい口を閉じなさいな」

 ペラペラと乱雑に並べられた言葉を異能肉はぴしゃりと止める。

「…先程から取り留めの無い話。貴男は何を隠しておりますの?」

「………」

「そもそもの話…。

 貴男、一つだけ『嘘』を吐いてますわよね?貴男の願い…『戦士の黄泉返り』なんて物は、十二大戦を開始してからでなければ発生するはずの無い『後付けの願い』ですわ。

 つまり、貴男には本来叶えたかった筈の『願い』があるはずだったのではありませんの?」

 異能肉が睨み付けると音弧はバツが悪そうにネコ耳カンカン帽を被り直した。

「どうなの?正直に答えなさいな」

「…参った。

 お姉様は本当にいい女だなぁ。何よりも『見る目』がある」

「あら、ありがとう。誉めても何も出ませんわよ?」

「大人しく白状するよ…と言ってもあんまり変わらないけどな。

 なあ、異能お姉様。俺に対して「何のために十二大戦に参加した?」って聞いたことあったよな。俺は「嫁探し」って答えたの覚えてるか?実はアレ、俺の『願いの一環』なんだわ」

「…どういう意味ですの?」

「俺が欲して止まない物は『幸福』だよ」

「…幸福?」

「平々凡々のツマラナイ『願い』だろ?

 けど、その幸福って奴が案外難しいんだ。

 衣食住が揃って無ければ生活は苦しいし。

 家族や友人が居なければ独りは寂しいし。

 生き甲斐や目的を持てなければ虚しいし。

 知恵や力が無ければ全てを奪われ辛いし。

 俺が知る限り、どれか一つ、何か一つ欠けるだけで、人生は灰のように色褪せる。だからさ…俺はそれら『全て』が欲しい。全ては俺の『幸せ』のためだよ」

 そう言いながら帽子のツバを弄ると再び顔を上げる。

「だからさ…皆の願いにもちょっとだけ興味が湧いたんだ。他の皆は「何があれば『幸せ』なんだろう?」ってさ。

 そんなわけで、きみの『願い』も聞かせて欲しいな?」

 どこか腑に落ちない点があるが、彼の熱弁を聞いて一先ずは納得した。

 確かに『結婚』は人生を豊かにする。かく言う異能肉も似たような願いを持つ者として共感する部分がある。

 『親友』も人生には欠かせない要素である。かく言う異能肉も親友を自称する彼女のお陰で退屈のしない人生を送っている。認めたくは無いが。

「…いいでしょう。貴男の『願い』は理解しましたわ。

 ならば私の『願い』を教えて差し上げますわ」

「本当にっ!?」

「えぇ…しかし私の『願い』は貴男の想像を遥かに凌ぐ『幸福』。…いいえ『至福』ですわ」

「なにそれすごい」

 そう言いながら異能肉は胸を張る。そして自信たっぷりにこう告げた。

「さぁ、心して聞きなさい。私の願いは…『ハーレム』ですわ!!」

「ハー…レム…?」

「ハーレム!ハーレム!ハーレム!!

 私は歴史ある名家の淑女として、35億人のイケメンと愛し愛され暮らすのですわぁ!!」

 愛とは素晴らしい物だ。恋とは素敵な物だ。好きな人の事を思えば胸が高鳴るし、会えない時間が募れば胸が締め付けられるように苦しくなる。心に活力を満たし、感覚は甘く痺れる。天にも昇るような充足感。それこそが『恋愛』と言う物だ。

 人は愛に生きる生き物だ。だからこそ今日まで人類は数を増やし、今では世界人口70億人という生物分布を占めているのだ。

 

「………えー」

 しかし、異能肉の願いに音弧は難色を示した。

「…何かしら?」

「…あー…あぁ、うん、だって…ねー?」

 そう言いながら音弧は帽子を取って、頭をガシガシと掻く。フワフワと猫の毛のような癖のある茶髪が揺れて遊んだ。

 そのまま憂城に同意を求めるように問い掛ける。しかし、憂城には意図が伝わらないらしく首を傾げるばかりだ。

「…煮え切らないわねっ!何かあるなら言いなさいなっ!」

「…………じゃあ、遠慮無く。

 まず、世界人口70億人の半分が男性だとしても、その35億人がイケメンとは限らないと言うのは置いといて…。35億人もの顔と名前が一致するのかも目を瞑るとして…。

 『物理的』或いは『戦略(ストラテジー)的』に問題が…」

「は?」

 音弧の口から、およそ『恋愛』とは結びつきそうも無いフレーズが飛び出す。

「仮にきみが『一日十人の男性と性行為をする』としよう」

 そして初手から重い一撃を繰り出した。

「んなっ!?」

「おっと!「『恋愛』をそんな『淫猥』な物と一緒にするな」ってのは無しだ。俺は『愛』の究極形ってのは『子宝に恵まれる』ことだと思うんだよ。なんてったって恋愛の終着点(ゴールライン)は結婚であり、結婚は第二の人生の開始点(スタートライン)だ。体の相性も分からないままに結婚なんてしたって、互いが不幸になるだけだよ。だからエッチも無しの恋愛なんて俺から言わせればお遊びだな。

 話を戻すけど…。それを『一年間続けても三千六百五十人』『十年間続けても三万六千五百人』しか抱けない計算だよ。35億人だったら、もう千倍ハッスルしないといけないな。

 百歩…いや千歩譲って抱いたとしても、それだと異能お姉様が物理的にぶっ壊れるか、精神崩壊を起こすか、性病で病死するかのどれかしか未来が無いんじゃ無い?まぁ、『愛に溺れる』のも恋愛の醍醐味なんだけどさ…。

 加えるなら男性側も辛い。何せ今のままでも、きみの寵愛は一度しか与えられない計算だ。…『恋』って漢字の成り立ちには『火の付いた心に鍋蓋をする』って説があるらしいぜ?つまり火山の中の溶岩(マグマ)のように長い月日をかけて心が煮え滾るんだ。まぁ『恋い焦がれる』のも恋愛の醍醐味なんだけどさ…。

 とにかく野郎共が『きみの寵愛をもっと欲しい』と思ってしまったら恋敵(ライバル)を減らすのが一番手っ取り早い。言うなれば『恋愛戦争』だな。きみを賭けた『35億人のイケメンによる生存競争』だ。最終的にきみの目の前には、きみの愛した三十四億九千九百九十九万九千九百九十九人の屍の上に立つ、最後の愛する一人が現れてきみに手を伸ばすんだ。

 ……なぁ。きみはそんな血を吸いすぎた恋人の手を握り返せるのかい?」

「……それは」

「まっ!それはあくまでも俺の物差しでの話だし、吹っ切れた曲論であり極論だしな。

 性行為を交えない愛の形だってあるし、きみがそれで満足するなら文句も言えないしな。俺の話は冗談半分に流してくれよ。

 にしてもハーレムかぁ…俺なら二人くらいでいいな。可愛い嫁さんは毎日でも抱きたいからな」

 そう言いながら音弧は帽子を被り直す。そして「…そろそろ行こうか。砂粒のお姉さんを待たせちゃうな」と言って歩き出した。

 

 

◇

 

 

「肉ちゃん!…待たせちゃって御免なさい」

 手術室に到着すると砂粒が椅子に座ってお茶を飲んでいた。庭取の施術前に持ち込んだペットボトルタイプの飲料は中身が半分に減り、中身がちゃぷちゃぷと揺れていた。

「早速始めたいから準備して」

 砂粒は椅子からゆっくりと立ち上がると異能肉を手術台へと勧める。異能肉は素直に従って、ベッドに歩みを進めた。

「…ちょっと待った」

「なんですの?」

 さて、ベッドに腰掛けようかと言う頃合いに音弧が制止を掛ける。異能肉はその呼び声に不思議そうに返事をした。

「いや、そんな可愛らしくキョトンと小首をかしげても駄目だから。流石に手術中はそれ(・・)邪魔だから」

 音弧が指差したのは、異能肉が終始手にしていた機関銃剣(マシンバイヨネット)『命恋(いのちごい)』だった。

 戦場では『何時如何なる時であれ、両手から武器を離さない』事にしている異能肉は、わざわざ手術室にまで自身の武器を持ち込んでいたのだ。

 この和平が完全成立し、異能肉に危害を加える者が居ない状況でありながら、些か警戒心が強すぎるような気がしなくもないが、不穏分子たる憂城が居る以上油断は出来ない。…がしかし、確かに手術を受けるには機関銃は邪魔だ。渋々と異能肉は部屋の片隅に武器を置くと、改めて手術台に腰掛けた。

 音弧が異能肉に血液型を確認して輸血の備えを用意すると、すぐに麻酔に取り掛かった。

「じゃあ服脱いで?」

「貴男、この私に殿方の前で素肌を晒せと言いますの?」

「どちらにせよ、服着てたら邪魔でしょうに…。脱ぐのは上のブラウスだけでいいよ。腹部が露出すれば手術出来るから、下着はそのままでいいよ。

 それとも何かい?妬良ちゃんや庭取ちゃんは出来たけど、異能お姉様は恥ずかしくって出来ないかー。そうか、そうか、そーなのかー」

「…むっ」

 音弧が安い挑発をするとムキになった異能肉がブラウスのボタンに手を掛け、胸元と腹部を開(はだ)けさせた。

「これでよろしくて?」

(チョロい)

(あっさり乗せられちゃったよ肉ちゃん…)

 凜とした佇まいの異能肉をよそに二人は思い思いの感想を抱く。

 音弧はアルコールで肌を消毒すると、さっと注射器で麻酔を施す。そして離れた位置に居る憂城の隣に座った。「痛みが酷かったら言ってね。追加するから」と言って静観をする姿勢らしい。恐らくは色魔たる音弧が近くに居てはリラックス出来ないだろうと配慮しての事だ。念のために視界に収まる位置に居るため不意打ちの心配はなさそうだ。

「…じゃあ、行くわね」

 異能肉が手術台に寝そべったのを確認すると、砂粒は開始を宣言して異能肉の腹に手の平を当てる。すると全身に熱が広がるように、黄色の波紋が広がった。血液と血管の一部をその働きを損なわないままに変質させるコーティング作業から取り掛かった。流血の無い体、流すべき血の無い体。『血も涙も無い』状態に変換した肉体は、血の喪失を最小限以下に迄制御する。実は流れる血も無いため音弧が言っていた追加の麻酔も輸血も出来なくなるのだが、まぁその時は同質に変換して血に混ぜればよいだろう。

「お腹…切るわよ」

「…えぇ」

 下処理を済ませる頃には麻酔も浸透してきた頃合いだろう。いよいよ切開手術の開始だ。砂粒が異能肉に問い掛けるとすぐに返事がくる。固唾を呑む動きと少し低くなった声色から緊張しているのが伝わる。当然だ、先程まで殺し合いをしていた関係だ。そんな相手に自身は無防備を曝しているのだから命の危機を感じないはずが無い。百歩譲って、目の前の女が平和主義者であり、親友を自称する者であり、異能肉に危害を加えるはずなど無いと確信した上でも不安は拭えはしない。目の前にいる砂粒は医者でも無い素人。確かに五人の手術を成功させてはいる。しかし平静を装っているが、砂粒の顔色には疲労が色濃く映る。うっかりミスでもされたならたまった物では無い。

 そうは思っても手術は進む。砂粒の指先が慎重に異能肉に触れる。鳩尾からヘソの辺りまでを指先で撫でるとチリッと肌を焼くような感覚が異能肉に伝わる。そのまま同様に横にも十字を切るように腹を切る。すると皮膚が切開され、内部の内臓が剥き出しになった。

「…痛む?」

「平気ですわ。…でも少し違和感を感じますわね」

 砂粒が再度問い掛けると、異能肉の返事がくる。平静に努めようと深呼吸をしているのが伝わる。見栄を張っているんだなって思うと何だか可愛らしく思えた。

 ふと先程の患者である庭取の事を思い出す。もうこの時点で弱音を吐き始めて、終始音弧に手を握られて励まされていたのを思い出して、内心笑ってしまった。

「…続けるわよ」

 そんな邪念を振り払い作業に戻る。固定器具を持ち出して、内臓を掻き分けながら奥へと進む。程なくして目的地に辿り着いた。『胃袋』だ。

「目標確認できたわ。ここからが辛いわよ」

 胃袋には獣石が入っている。戦士達全員を脅かす猛毒の宝石だ。これからそれを取り除く。

 砂粒と異能肉が視線を交わすと、すぐに取り掛かる。砂粒の手が体内へと侵入する。そして赤黒く生温かく柔らかい胃に触れると、『仙術』を発動した。

 指先から黄色の波紋が流れる。それが胃袋に広がると砂粒の手が内部へとズブリと沈んでいく。時間は僅か二分程度。砂粒が手を抜き取ると、隣に置いたアルミ製の皿に握り締めていた物を落とす。獣石だった。

 胃酸と化学反応し命を脅かす猛毒が体外へ摘出出来た。峠は越えた。

(まだ、予断を許さないけどね…)

 ここからが大変だ。一度切り離した物を繋ぎ合わせる工程。

 これが正規の医療であれば、縫合して、傷口が癒着し、自然回復するのを待つところだが、『仙術』での作業はどちらかと言えば溶接に近い。切断面を一度不安定な状態に戻して、結合面を繋ぎ合わせるためだ。

 この工程に多くの体力・気力を使うため、砂粒はわざわざ『切る工程』と『繋ぐ工程』を分け、『獣石を抜き取る瞬間は最小限の労力』になるように段取りを設定した。

 砂粒は深呼吸を一つして作業へと戻る。指先に力を集中させるとそのまま傷口をなぞる。慎重に慎重に重ね合わせ、繋ぎ合わせると、切り傷は元通り跡形も無く消えた。

「………終わった」

 砂粒がそう告げると異能肉が身を起こして自身の腹部を撫でる。美しい素肌には傷の痕など一つも残っては居らず、本来の美しい輝きを放っていた。

 そんな砂粒の腕前に感心しながらも、先程摘出された獣石を見る。アルミ製の皿の上には、当初のサイズと比較して既に四分の一にまで小さくなった獣石を見て、制限時間がそこまで差し迫っていた事を実感させられた。

「…これ…で…全…員……」

「っ!?砂粒っ!?」

 そう呟いた砂粒が突然目の前で崩れ落ちる。それを見た異能肉は驚きの声を上げてベッドから降りると砂粒の傍に寄り、肩を抱きかかえた。

 倒れた砂粒の顔を見て息を呑む。顔色は火照ったかのように赤く、額からじわりと汗が流れる。体温は異常な迄に熱く、呼吸は浅く短い。一見すると風邪等のようにも見えるが、そんなものではないと直観した。

「…まさか、獣石(どく)の影響…?」

 傍に控えていた音弧が歩み寄り、倒れた砂粒を抱き上げると、優しく手術台へと寝かせる。

「よく我慢したな…お見事」

「っ!?ちょっと待ちなさい!どういう意味ですのっ!?」

 異能肉は音弧の事情を察しているらしい言動に反応した。音弧の胸倉を掴み挙げると、その視線だけで人を殺せるかのような剣幕で睨みつける。

「…砂粒のお姉さんはこうなることを覚悟の上で皆を助けたんだよ」

「な…なにを」

「そもそも『仙術』を使っている間、砂粒のお姉さんの肉体は活性化(・・・)した状態になるらしい。つまり、『血行が良く』なり、『内臓機能が向上』して、『代謝活動が促進』される。

 …これが何を意味するか分かる?『毒の回りが速くなる』って意味だよ」

 こんな事を誰が予想出来ただろうか。普段であればデメリットになるはずの無い副次的効果。しかし、だからこそ効果は反転する。それが砂粒の命を締めたげたのだ。

「そんなっ!」

 大戦開始から約九時間三十分。まだ二時間以上あると思っていた猶予は既に無くなっていた。万が一に、このまま砂粒が死ぬような事があれば、獣石一つが欠けた状態になると言うこと。それは即ち『十二大戦』が『優勝者無し』で終了すると言うことだ。

「……ならば急がないとっ!」

 何としてもそれは阻止しなければならない。

 十二大戦で優勝出来ないのは仕方ない。

 死んだ皆を蘇らせることが出来ないのは仕方ない。

 しかし、砂粒が死ぬのは困る。

 『砂粒(あなた)を殺すのは、この異能肉(わたくし)ですわよ』と小っ恥ずかしい台詞を吐く位に異能肉は砂粒に強い対抗意識を持っている。今回は正々堂々戦い、大敗を喫したが、再び牙を磨き砂粒に再挑戦するつもりだ。しかし、それも彼女が生きてなければ成り立たない話だ。異能肉は砂粒を是が非でも救うつもりだ。そうと決まれば行動は早かった。

 異能肉は自身の身嗜みを整える間すら惜しんで、獣石を掴み取る。そして砂粒を肩に担ぎ上げる。

 砂粒を助けるには『毒』をどうにかするしか方法は無い。そのためには優勝の副賞である『解毒剤』が必要だ。つまり、急いで残りの獣石を掻き集める必要がある。

(……獣石は各々の戦士がそのまま所持しているはず。あぁ、もうっ!こうなるって分かっているのなら何で初めから獣石を回収して置かなかったの!このお馬鹿!)

 そのように内心悪態を吐きながら歩き出そうとして、強い力で引き留められた。

「…ま…って…」

「砂粒?」

 意識が回復したらしい砂粒が異能肉の歩みを止めて、肩から離れると、再びベッドに腰を下ろす。やはり顔色は悪いままで、今にも倒れてしまいそうだった。

「駄目…駄目なの。…私が……優勝…したら。必勝法が…使…え…なく…なる」

 どういう事なのかと疑問を抱く反面、異能肉の中に嫌な予感が過ぎった。このまま砂粒が優勝し、『たった一つの願い』で『皆を蘇らせる』事こそ彼女の『必勝法』ではないのか。

「必勝…に、私の……じゅ、獣石も…取り出さ…ないと」

「どうやって?」

 異能肉は努めて短い言葉で砂粒に問い掛ける。

 異能肉には砂粒から獣石を取り出す手段なんて思い付かない。『仙術』なんて巫山戯た技能は疎か、通常の医療技能さえ無い。他の戦士達もその手の技能は無いため、取り出す方法など無い。そもそも時間が足りない。今更通常の手術をやったところで、砂粒の毒死の方が圧倒的に早い。

 異能肉の問い掛けに応えるかのように砂粒は懐から何かを取り出す。そして、それを異能肉に握らせた。

「わた…しを…こ…ろして」

「っ!?」

 異能肉の手には小さな拳銃が握らされた。見間違う筈なんて無い。これは異能肉(じぶん)の銃だ。砂粒との決戦の際に切り札として用いた『スリーブガン』に使ったデリンジャーだった。

「はや…く」

「ふ…巫山戯ないで!こんな結末の付け方、私が納得すると思っていますの!?」

 異能肉が憤りの声を上げる。当たり前だ、負けた相手に生かされるだけではなく、命を擲(なげう)ってまで生かされるなど異能肉の誇り(プライド)が許さない。更には死に体の相手にトドメだけを刺すなんて異能肉の矜持に関わる事態だ。おいそれと了承できる物では到底なかった。

「そうも言ってられないんだよな、これが…」

「…どういう事ですの?」

 砂粒の覚悟と異能肉の葛藤に音弧が問答無用で水を差す。

「砂粒のお姉さんを救いたい気持ちは痛いほど分かる。出来るなら助けたい。

 でも俺は彼女に借り(・・)がある。彼女がそれ(・・)を望むなら…俺は涙を飲んでそれ(・・)を達成しなければならない」

「…何を…言っていますの」

「もし異能お姉様が砂粒のお姉さんに引導を渡さないなら、事前に言われていた『プランB』を発動する。

 後ろに居る憂城に殺させて、砂粒のお姉さんを『歩く死体(ウォーキング・デッド)』にする」

「なっ!?」

 逃げ道など用意されては居なかった。

「砂粒のお姉さんをゾンビにするのにも一応メリットはある。砂粒のお姉さんが死んだことが理由で、万が一に仲間割れが発生した場合、力技(・・)で争いを止める『抑止力』となる。

 それでも駄目なら、俺が全員を『皆殺し』にする。どこぞの天才(・・)のようにはいかないけど…まぁ、これでも以前に『國潰(くにつぶ)し』の異名を取った事のある俺だ。不可能では無いよ。その上で『皆を生き返らせてあげる』よ」

「…お前っ!」

 許せるはずがない。異能肉は固くそう思った。

 砂粒が懸命になってここまで繋いできた平和を叩き壊されることも、死体にされてまで使われることも、挙げ句の果てには砂粒が最も忌み嫌う『武力行使』と言う選択肢を選ぶ事さえも…。異能肉にはそのような暴挙を認めることなど出来るはずがなかった。

(…どうする?)

 異能肉は平静を保ったまま音弧と憂城を見る。臨戦態勢は取らない。取ったが最後、二人掛かりで砂粒を殺しに来る。

 手にはデリンジャーが一丁のみ。手術の前に愛銃である機関銃剣を手放したことを深く後悔した。絶望的な迄に戦力不足だった。

「…一応言っておくけど、異能お姉様が殺(や)ってくれるなら大人しく引き下がるよ。

 けど、決断して。時間がない」

 異能肉には選ぶなんて出来なかった。砂粒を殺すことも、他の誰かに殺させることも、見殺しにすることも。

「あぁ…そうだ。肝心な言葉を忘れていた」

「何かしら?」

「…砂粒のお姉さんからの伝言。

 『あの勝負は肉ちゃんの勝ちだよ。だから、貴女には私を殺す権利がある』だってさ」

「っ!!?」

 脳天を叩かれたかのような衝撃を受けた。

 今になっても熱と虚無感が抜けきらない、砂粒との全身全霊を懸けた戦い。確かに異能肉は負けた。

 しかし、あの場面で断罪弟の頭が乱入してこなければどうだっただろうか。恐らく異能肉は砂粒を殺せただろう。それを砂粒が認めたのだ。

 だからこれは、あの時の判定の再審(・・)に過ぎないのだ。

(…こんなの…卑怯(・・)じゃない。砂粒…)

 異能肉は目を伏せる。そして息を大きく吸って、大きく吐いた。覚悟は決まった。

「…分かりましたわ。

 殺します。私が砂粒に介錯(・・)しますわ」

 その顔は凄く悔しそうだった。

「…あり…がとう…」

 弱々しい声で砂粒が礼を言う。これから死ぬというのに嬉しそうな顔をしていた。

「まったく。これ程までに酷い『御膳立て』は初めてですわよ」

「えへへ…ごめん…ね?」

 条件も状態も動機も全て狙ったように仕組まれた、この状況。恐らく全て砂粒の仕業だろう。逃げ道を塞がれた異能肉には最早、最後の道しか残っていなかった。

 憎き好敵手に引導を渡す瞬間でさえ、相手の掌の上で転がらされる。何とも屈辱的な事だろうか。しかし、それも諦めた。きっと彼女にはどうやっても敵わないのだろう。

「ねぇ、砂粒。この銃(デリンジャー)の名前…教えてませんでしたわね」

「…?」

 異能肉が銃の中折れ構造を開いて、中から空薬莢を排出する。そして弾倉を閉じると異能肉の特殊技能『湯水の如く(ノンリロード)』によって新しい弾丸が装填された。

「『慈生(じせい)の苦(く)』と言いますの。

 折角ですから辞世(じせい)の句(く)を読みあげてもよろしくてよ?」

 銃口を砂粒の左胸に向けた。心臓を狙ってトドメを刺すつもりらしい。

 異能肉は砂粒の返事を待つ。直ぐに応答は返ってきた。

「…皆を…守っ…て」

 最後に出た言葉。それは皆の安否を憂う物だった。

「…そう。

 やっぱり私、貴女の事が大っ嫌いですわ」

 そう言って異能肉は引き金を引いた。

 

 一発の乾いた銃声が鳴り響いて、砂粒の胸に真っ赤な花が咲いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何分位経った頃だろうか。他の戦士が様子を見に来ないことから、まだそこまで時間は経ていないのだろう。

 しかし、戦士達が来ることは無い。事前に砂粒が根回しをしていて、寝住と失井が他のメンバーにこうなることを説明している手筈だ。

「…使うか?」

 音弧は自身の持つ万能刀(サバイバルナイフ)を異能肉へと差し出す。彼女は無言でそれを受け取ると、目の前で事切れた彼女を見る。既に死体になった彼女は胸から真っ赤な血を垂れ流し、顔は青白く生気が抜けている。

 異能肉が死体へとナイフを押し込むと胸がパックリと裂けて広がる。隙間から手を伸ばして内臓を漁れば目的の物が出て来た。

 『申』の戦士・砂粒の中に入っていた最後の獣石。異能肉のそれと比べて更に小さくなった獣石は飴玉と言われても納得出来てしまう程だった。

 これで十二個全ての獣石が集まった。

「…異能お姉様。大丈夫?」

「何がでしょう…?」

「だって、泣いてるよ(・・・・・)」

 気が付けば異能肉の頬を涙が伝う。溢(あふ)れる滴(しずく)は止め処なく、拭えども溢(こぼ)れて落ちる。 

「…あれ?なんで?」

 幾ら涙を止めようとも次から次に出てきて止まらない。

 異能肉は戸惑っていた。元々異能肉は砂粒と全力で戦い、そして殺すつもりだった。異能肉が望んだ結末とは違えど、相手に認められた上で手を下したのだ。

 しかし、気は晴れない。寧ろ大雨だった。

「どうしてなの?私、砂粒を倒す為に来たのに。全て壊して来たのに…」

 

 異能肉は本来、『十二大戦』へと参加資格を持たない戦士だった。

 異能肉は三百年の歴史を持つ由緒正しき伊能(いのう)家の長女として生まれた。異能肉は次代当主として、名家に相応しい淑女になるべく英才教育を施された。

 虐待的な迄に厳格な父と、溺愛に溺愛を重ねた母との板挟みと言う、猫の可愛がりを超えたような生活環境。その中で双方の期待に応え続けるという離れ業を熟してみせた彼女は、何処に出しても恥じることの無い立派な女性へと成長した。

 しかし、そんな彼女の運命を狂わせる事件が発生した。父が『第十一回十二大戦』の優勝者になった事を契機に、次回『第十二回十二大戦』への参加者を異能肉ではなく、彼女の妹に決定したのだ。

 生き物を殺すと言う残虐な行為が大好きな愛すべき妹。しかし跡取りとして英才教育を施された異能肉とは異なり、自由に育った彼女は明るく、天真爛漫純真無垢と言えるほどの可愛らしい自慢の妹だった。

 そんな妹を『十二大戦』の参加者として決定したのは父の思惑であった。『第十一回十二大戦』で辛うじて優勝したものの、彼は全身に大怪我を負い、現役引退を余儀なくされた。そして思ったのだ『異能肉では優勝は難しい』と。

 異能肉は本来『愛に溢れた、心優しき女性』だ。父による英才教育の賜物である程度の人殺しに躊躇うことは無くなったが、殺す相手を、その相手が愛している相手がいると思うと、自然と手が緩むと言う悪癖(・・)がどうしても抜けきらなかったのだ。本来それは人間として褒め称えられるべき美徳であるが、戦士として見るならば悪徳と言わざるを得なかった。

 その点、妹の方は殺害行為に躊躇いは無かった。天真爛漫純真無垢と言えば聞こえは良いが、その実倫理観の未形成が功を奏した無邪気であり。子供故に善いことと悪いことの線引きが曖昧で、故に残虐行為に躊躇いは無い。戦士としての教育は施して居ないが、次回の開催までは十二年ある。充分な準備を整えるだけの猶予があった。

 最終的に父は異能肉の『十二大戦』への参加を認めず、これまで通り『跡取り』として役目を全うするように仕付けた。

 

 しかし、計算外の事態が起きた。異能肉が何故父と母の期待に応え続けられたかというと、別に『素質』や『才能』があったと言う話では無い。父と母の想像を絶する程に異能肉と言う女は『愛が深かった』のだ。母から与えられたドロドロの砂糖のような溺愛も、父から与えられた吐き出したくなるような苦い虐待的指導も、異能肉は『愛』と認識していた。両親(かれら)が異能肉(わたくし)を必要としていると思えば力が湧いた。一種のファザーコンプレックスとマザーコンプレックス…いや両方を合わせたペアレントコンプレックスとでも言うべきだろうか。そんな中で妹も愛せたのは、単に『妹より異能肉の方が期待されていた』と言う優越感に他ならない。

 だというのにだ、『十二大戦』の資格を与えられたのは彼女の妹の方である。それは即ち、『妹の方が期待された』と言う事実に他ならない。『愛の反対は無関心』『愛と憎しみは裏表』とは良く言ったもので、異能肉の並々ならぬ深い『愛』は尋常では無い『嫉妬』に早変わりした。

 愛故に人は狂い鬼となる。『橋姫(はしひめ)』の伝承にあるように女の嫉妬とは凄まじいものである。異能肉は期待(あい)が欲しい故に妹を抹殺した。十二年という長い月日をかけて練られた計画殺人は最早『呪い』の領域に片脚を踏み入れていた。

 

 異能肉は妹から『十二大戦』の参加権を奪った背景には『嫉妬』が深く関係している。

 異能肉にとっては無自覚な話であったが、『砂粒と戦いたい』などと言う妄言は建前であり、見苦しい言い訳に近かった。

 

「…なんで…なんで?」

 涙よ止まってくれ、と願うかのように口から疑問を漏らしながら異能肉は呟く。しかし願いは届かず、こぼれた滴は衣服を濡らす。

 泣き崩れた彼女を支えるように音弧は異能肉の頭を抱き、自身の胸へと抱き寄せた。

「…恋人でもイケメンでもないけど、胸を貸せるのが俺しか居ないから…今はこれで我慢してくれ。

 それと思いっ切り『泣け』。それがきみの『答え』だ」

 それが殺し文句(トドメ)だった。

「…あぁ…あぁ…」

 堪えたいのに、無様な醜態なんて晒したくなんて無いのに。

「…ぁぁぁぁ」

 声を上げて泣いた。せめて顔を見られたくないからと、目の前の変態にしがみついた、縋り付いた。

 

 止まらない。

 

 止まらない。

 

 何故、何故、何故。

 

 悲しみが、哀しみが、止め処なく溢れてくる。

 辛くなる。苦しくなる。自制が利かなくなる。

 

(…あぁ、そうですわ。

 私は砂粒に対抗意識は抱いていても、憎しみは抱いて居なかったのですわね。私はあの姿に憧れ…いいえ、尊敬でしょうか。私がそのような馬鹿な考えをするなんて、相当にオカシクなってしまったのでしょうね。…でも、不思議と納得してしまいますわ。

 そうですわね。砂粒…私は貴女を愛していたのでしょうね。そうでなければ説明がつきませんもの。こんなにも心が張り裂けてしまいそうなのは…そう言うことなのですわよね?)

 

『綺麗事なめんなよ』

 

 ふと、親友を自称する彼女の口癖を思い出す。一途に馬鹿で、強かな所が不愉快で、周りなんて目もくれず自分勝手な所が…大好きだった。でも、嫌いだ。大っ嫌いだ。

(貴女なんか親友ではありませんわ。

 ……でも、そうですわね。戦友にならなっても宜しかったですわ)

 

 音弧が泣きじゃくる異能肉の背中を摩(さす)る。まるで親が我が子をあやすように、優しく撫でる。音弧の心臓の鼓動が心地良く感じられ、掌の熱がほんのりと体に伝わる。落ち着く。

 普段の性的嫌がらせとは異なる、相手を気遣うような触れ方。音弧の愛撫が与える安らぎが、穏やかさが、異能肉の悼みをゆっくりと和らげる。それが妙に癪に障るのに(もう少しだけ…あと少しだけ…)とついつい甘えてしまう。

 

 きっと、この涙はまだまだ止まらないだろう…。だから今だけは甘えよう。せめて涙が止まるまでは…。

 

 

◇

 

 

《…おい、どういう事だよ。これは?》

 変成器によって変換された男性の濁声が響き渡る。その男の語気には強い棘が有り、苛立った様子がハッキリと伝わってきた。

 しかし男性一人だけが癇癪を起こしているわけでは無い。この場に居合わせた圧倒的大多数の気持ちを代弁していた。

 大衆の怒りと視線はその中央に向けられていた。とある地下の一室の、中央中心に立体映像で映し出された小さな地球儀の下に立つ、オペラハットのよく似合う初老の紳士、審判員・ドゥデキャプルに向けられていた。

「…『どう?』…とは、どういう意味で御座いましょうか、有力者様?」

 しかし、ドゥデキャプルは動じた様子は無く、平静のまま涼しい顔で声の主…正確にはそれを模(かたど)ったマネキンの様な立体映像へと視線を向けた。

《ハン!どうもこうもねえよっ!『十二大戦』が終わっちまった(・・・・・・・)じゃねぇか!!》

《そうよ!『脱落者が半数を超えたら正式なBET』じゃ無かったの?

 でも、生存者…いいえ、優勝資格者ね?ともかく、それがまだ八人も残ってるじゃ無いの!?》

 砂粒が文字通りの命懸けで作り上げた『和平』。これにより猛毒結晶『獣石』が与えていた制限時間は完全に打破された。それだけではない、『和平』が完全成立した事により、残った戦士達が完全に敵対行動を止めた。『十二大戦』が実質の『終戦』を迎えてしまったのだ。

 有力者達が怒り出すのも仕方の無いことだ。確かに、この『十二大戦』は殺し合い(バトルロイヤル)を魅せる見せしめ(エンタテインメント)の側面があるにはあるが、あくまでも『代理戦争』なのだ。

 賭博(ギャンブル)と言う手段を持って、各国々が多種多様な利権を貪り合う、人でなし達の賭場(カジノ)だ。

 つまり本来の目的である賭け事が出来ないということが問題なのだった。

「…はて?何か勘違いしてらっしゃいませんか?」

《…何?》

「彼ら干支十二家の戦士達…に『猫』一匹。

 彼らは今回取り決められた『大戦のルール』に何一つ抵触してはおりません。批難される謂われなど、何処にも無いので御座います」

 『獣石』を各々の判断(・・)と器量(・・)で取り出したのだ。ルール上、何も問題は無い。結局は生きていようが、死んでいようが、『獣石』を集めることのみがルールなのだ。

 そもそも『和平交渉の専門家(プロフェッショナル)』たる『申』がこれまでに数多くの戦争を停戦させてきたように、今回もその溢れんばかりの才覚で『十二大戦』を止めた。ただそれだけの話では無いか。

「…しかし、これは困りました。正式なBETが出来なければ賭けが不成立になってしまいます。

 ですので、今この瞬間を正式なBETとさせて頂きましょう」

《申し訳ありませんがぁ…どういう意味ですかねぇ?》

 突然周囲の中継映像が完全に遮断される。画面には砂嵐が吹き荒れて、雑音がザラリと耳を撫でた。

 そんな異変を呼び起こした元凶でもあるドゥデキャプルはこう告げた。

「…話によると『申』の戦士は当初優勝賞品である『たった一つだけ願いが叶う権利』で『皆を蘇らせる』事を願う予定だったそうで御座います。

 つまり、誰かしらを『優勝者』に仕立て上げて、その様に仕向けるつもりなので御座いましょう」

《…なる程。言いたいことは分かりました。つまりそこで『優勝者を当てろ』と言う事ね?》

「流石はこの世を統べる有力者の皆々様。その類い稀なる慧眼に私めは感服するばかりで御座います」

《苦しい救済措置と言わざるを得ないわね。こんなのただの当てずっぽうじゃない。どうせならルーレットでも回した方がましよ》

「いえいえ、それは違いますよ有力者様。何せ主導となるはずの『申』の戦士の落命により、和平内でのパワーバランスは大きく崩れています。下手をすれば関係が拗れて、空中分解もあり得ます。そのような最中で優勝者1人を選出するのは至難の業で御座いましょう」

 砂粒が生きていたのなら、彼女が『優勝者』で確定していただろう。しかし、彼女は死んだ。現在、和平は非常に脆い状態なのだ。

 だからこそ、優勝者の可能性は何処に転がるか予想も付かない。故に賭けが成立するのだ。

《まぁ…『卯』は候補から除外でいいだろう。完全に『猫』に従っちまってやがる。あれはもう優勝狙う気は無いだろうさ》

《『辰』と『寅』も無理かしらねぇ?『辰』は反抗的態度だったからヒエラルキーが低いし、『寅』に至っては重傷患者。荒事になったら絶対に勝ち目が無い》

《戦闘力で『丑』と『亥』とかはどうだい?古今東西力のある奴が実権を握るんじゃない?》

《『子』と『酉』は不意打ちが決まれば優勝を狙えますが、この状況では…》

 有権者達は少しだけ意見を交えると各々がギャンブルに臨む。鉄板を狙ってコインを投じる者、大穴を狙って博打に出る者、損失の無いように無難に出資する者、詰まらないと言って放棄する者。反応は様々だ。

 結果として『子』『寅』『卯』『辰』『酉』のオッズがやや高く、『丑』『亥』『猫』のオッズがやや低いものの、大して面白味の無い横並びなオッズが公開された。

 

 

 

 全ての権利者が選択を済ませて三十分程経過した頃だった。

 鋼鉄の扉を開く音がする。報告係(レポーター)・ナビィが先導し、その後に戦士達が続く。

「…なる程、砂粒が言っていた事はどうやら事実だったようかね」

「俺様達の戦いを見世物にしてたなんてなぁ…。俄(にわか)には信じられなかったが…よくよく考えりゃ、十二年に一度とは言え、こんな馬鹿げた規模の大戦をたった十二人の為に開催してんだ。裏にそんだけの利権が絡んでいてもおかしくはねぇわな」

 先陣を切るのは失井。後に続いたのは拘束を解かれた断罪兄だった。

「…けど、干支十二家が受ける恩恵も計り知れないよお兄さん達。何せこれだけの大戦だからこそ与えられる報酬も絶大だ。『たった一つの願い』だって、使い方次第で一族の繁栄をさせるだけの力を持ってる」

「でも、これほどの規模になれば、反面何処かしらから情報は漏れますよね?少なくとも十二家の本家くらいは事態を把握していてもおかしくは無いですよ?

 まぁ、今の今まで疑問にすら思ってませんでしたが…」

 その後に寝住と庭取が続いて中に入ってくる。

「つまりは奴らの手の平の上で弄ばれていたって事だろ?なんだか納得いかねー」

「まぁまぁ。

 代理戦争にだって利点はあるさ。何より流れる犠牲が十二人で済むのは破格というしかないよ。

 普通の戦争なら兵士や民間人だけじゃなく資源的なリソースにまで多大な損害を受けることになるから」

「ですが…そのための人柱(・・)にされていると言うのは、あまり気持ちの良いものではありませんわね」

 車椅子に乗せられた妬良が憂城に押されて入って来て、音弧と異能肉が後に続く。

 こうしてこの場に戦士八名が一堂に会した。

 

 

「ようこそ世界に誇るべき強靱なる戦士の皆様。お待ちしておりました」

 紳士は戦士達を瀟洒な礼でもって迎え入れた。その恭(うやう)しい態度に戦士達は思わず顔を顰めた。

 しかし戦士達の抱いた些細な嫌悪感など柳に風、暖簾の腕押しのように受け流し。本題へと切り込んだ。

「…して、この度の第十二回十二大戦の結末を皆様は一体どの様に着けたいとお考えで御座いましょうか?」

 ドゥデキャプルは「誰が優勝者なのか?」と笑みこぼれる顔のまま一同に問いかける。どういう形であれ決着が着く。そう確信していた。

「…その前に確認したい。審判員・ドゥドギャンブル」

「ドゥデキャプルだがね」

「ドゥデキャプルだな」

 真剣な声色で寝住が審判へと問い掛ける。すると彼の名前を間違えたらしく失井と音弧の誤射(フレンドリーファイヤー)が炸裂した。

「くそっ!なんて言い辛い名前なんだっ!!」

「…はいはい拗(す)ねるな拗(す)ねるな。

 と言うわけで、お馬鹿な俺のためにもう一度だけ大戦のルールについて確認し直したいんだが…よろしいか、審判員・ドゥデキャプル?」

「はい、何なりと『猫』の戦士・音弧様」

「『①参加戦士は全員、猛毒結晶『獣石(じゅうせき)』を呑み込むこと』

 『②参加戦士は『獣石』を十二個集めることを優勝条件とする』

 『③『獣石』は破壊不可能かつ複雑な形状である』

 『④制限時間は約十二時間』

 …このルールに不備は無いか?」

「はい、間違いなく不備は御座いません」

 音弧が真剣に問い掛けると、ドゥデキャプルは余裕を持って応える。

 その様子を見て音弧はにやりと笑った。

「…だってさ?どう寝住?」

「………『タイプC』の『ケース4』」

 音弧が聞くと、寝住が号令をかける。それを聞いた戦士全員が懐から獣石を取り出した。

「…失礼。何の真似で御座いましょうか?」

 ドゥデキャプルは涼しい顔のままに戦士達を見る。失井・妬良・庭取・異能肉が獣石を二つ所持し、寝住・憂城・断罪兄・音弧が獣石を一つ所持している。

 そう、彼の目の前には獣石が十二個揃っていた。

「ルール『②参加戦士は『獣石』を十二個集めることを優勝条件とする』…。

 俺達参加戦士は八人で協力(・・)してこの場に十二個の獣石を用意した。つまり、八人が『同着』した…って事だよなぁ?」

「…はぁ?」

 思わず虚を突かれた様な紳士に対して音弧は最後の一押しをした。

「ならば!この度の大戦の優勝者は『一人』に非ず!この場に立つ『八人』が優勝者であると主張させて貰うっ!!」

 あまりにも厚顔無恥荒唐無稽な内容を声高々に主張する音弧。

 これには面食らわずにはいられなかった。

《…ふ…ふざけるな!そんな馬鹿げた屁理屈が通るはずが無いだろうがっ!》

《そうよ!ここに獣石が揃っているなら、今すぐに奪い合いなさいよ!それが『十二大戦』でしょ!》

《日和った考え方など考慮するにも値しません!戦いなさい!》

《こんな最低な結末を誰も望んじゃあ居ないんですよ!殺し合いなさいよ!》

《そうだ!お前等戦士は敵を殺すのが仕事だろうが!さっさとしろよ!》

《私たちがこの場を設けるためにどれだけの時間と予算と労力を費やしたと思っているの?》

 状況を静観していた有力者の一人が抗議の声を上げると、それを皮切りに蜂の巣を突いたような騒ぎになった。詰まらない戦いを見せられた…況してや後半二時間余りは非戦闘状態と言う本来の意向を無視した戦況に、溜まっていた鬱憤が爆発した。

 四方八方から浴びせられる罵詈雑言の荒らし、嵐。

 

「……なる程、分かりました。

 宜しいでしょう。私共『十二大戦運営陣』は戦士の皆様の主張を受け入れましょう」

 しかし、審判員・ドゥデキャプルはその主張を

受け入れるという暴挙に出た。

《はぁ!!?》

「誠に有力者の皆様には申し訳ありませんが。彼らの主張は十二大戦のルールに『違反』しては御座いません。

 …寧ろ『申』の戦士・砂粒の『平和主義者』の特性(・・)に合わせて設定させて頂きました『裏ルート』を見事に発見(・・)して見せました。

 矮小な私めは感服するばかりで御座います」

《おい!巫山戯た事言ってんじゃねぇぞ!!》

「…有力者の皆様に置かれましては、後日正式に配当を致したく存じます。それでは御機嫌よう」

《ちょっと待っ………》

 ドゥデキャプルは有力者に慇懃無礼に頭を下げたのを合図にしたかのように通信回線を強制切断する。

 会場が静寂に包まれると、紳士は戦士達を…いや、八人の優勝者(・・・)に向き直る。

「いやはや、今宵…失礼、既に日は昇っておりましたね。本日は歴史的な瞬間になりました。やはりあの小娘(・・)…いや『世界を喰らう蛇(ヨルムンガンド)』と申しましょうか。彼女の言葉を聞いて正解でした」

 クツクツと愉快そうに笑う紳士・ドゥデキャプル。そんな彼の言動に音弧は一瞬だけ苦虫をかみつぶしたような顔をした。

 しかし、それも一瞬の事だ。顔を引き締めて、ドゥデキャプルは言葉を紡ぐ。

 

 

 この物語を、一旦締めくくる言葉だ。

 

 

「おめでとう御座います。戦士の皆様。第十二回十二大戦の優勝者は皆様方です。

 素晴らしい戦いを披露して頂きました誉れ高き戦士達の健闘を讃え、この大戦を終戦させるものとさせて頂きましょう…」

 

 

 

 

    さぁ皆様!(Everybody!)お手を拝借!!( Claps your hands!)

 

 

 

 




何処か足りない解説


・第十話『猫の皮を剥く方法は一つだけではない(There's more than 1way to skin a cat.)』について
 
 仁義なき(以下省略)。シナリオの最終調整に合わせてタイトル差し替えです。

 中々にグロいタイトルですが、ちゃんとアメリカの諺です。

猫の皮を剥く方法は一つだけではない(There's more than 1way to skin a cat.)→物事を達成する手段は一つでは無い。方法は様々だという意味。

 今回は殺伐としたバトルロワイヤルから和平ルートへのダイナミックシフトの話。
 主に『憂城とお友達になる方法』『丑寅決闘フラグの折り方』『和平への道』『必勝法』の辺りがタイトル回収。
 ついでに原作十話『虎は死んで皮を残す』と皮繋がりになってる辺りもグッド。

 因みに…
『猫と過ごす時間は、決して無駄にはならない(Time spent with a cat is never wasted.)』
 …は精神医学者フロイトの名言。精神分析の創始者であり、『無意識』という概念を見付けたのも彼。後、性理論(・・・)への研究傾向があるフロンティア精神に溢れた学者だった。

 後、「『猫に九生有り』なのに何で十話なんだ?」とか聞いちゃいけない(真顔)




・『山月記』について
 中島敦著の短編作品。『人虎伝』が下敷きになっている。
 というか妬良のプロフィールもこれの影響が少なからずある気がする。




・竜の落とし子(Seahorse)について
 馬の子・馬魚・海馬・竜の駒・竜の子など呼び名は様々なトゲウオ目ヨウジウオ科タツノオトシゴ属の魚類。
 後、これは関係ないのだが…。タツノオトシゴの雄には育児嚢(いくじのう)という器官が有り、雌から卵を受け取って、雄が腹の中で稚魚になるまで育てた上で『出産』する。子育て中、雄の腹が膨れることから「雄が妊娠する」なんて表現される。




・『オリーブの首飾り』について
 マジックショーのBGMと言ったら?位に超メジャーなあの曲。
 ビンボー・ジェット作曲『嘆きのビンボー』をポール・モリアがオーケストラアレンジした楽曲らしい。(初耳)
 あと、海外映画『ポリスアカデミー』シリーズにおいて、必ずゲイバーの店内音楽として採用されていることでも有名らしい。(初耳)




・仕込み拳銃(スリーブガン)『慈生(じせい)の苦(く)』
 何かと魔改造が施されている異能お姉様の装備。オリジナル設定。

 彼女が7歳の誕生日の時に父から初めてプレゼントされた銃。本格的な戦闘訓練を開始する折に銃に慣れることを目的として与えられた。彼女にとっては思い出の品であり、今でも大切に使っている。主に今回のような奇襲用や、オフの時の護身用に大活躍している。




・『橋姫』について
 様々な伝承があるが「橋を守る女神」「愛する人を待つ女性」「嫉妬に狂った女性」の三つの側面を持つ。




・『世界を喰らう蛇(ヨルムンガンド)』
 どこぞの武器商人では欠してない。
 その正体は謎に包まれている。




…え?知ってたって?
これは失礼しました。
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