※この作品はR-18です。

【二次創作】十三大戦【頑張って書いた】   作:セイントス

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『有っても無くても猫の尻尾』と申します。
 無事に大団円を迎えました、第十二回十二大戦。誠におめでとう御座います。
 しかしながら、この大戦にどれ程の意義(・・)があったのかは、定かでは御座いませんね。


第十二戦『毒皿嘗めた猫が科(とが)を負う』

 『申』の戦士・砂粒(しゃりゅう)を十二大戦の優勝者に仕立て上げて、たった一つの願いを使って『みんなを生き返らせる』事こそ定石(セオリー)の解決方法だっただろう。

 しかし、一つだけ懸念材料が残った。優勝商品の『たった一つの『願い』を叶えられる』権利…そう、たった一つ(・・・・・)だけなのだ。そこがネックだった。

 『みんなを生き返らせる』と口にすれば一言だが、これを噛み砕くと…

 

『『卯』の戦士・憂城(うさぎ)を生き返らせる』

『『巳』の戦士・断罪(たつみ)兄弟・弟を生き返らせる』

『『午』の戦士・迂々真(ううま)を生き返らせる』

『『未』の戦士・必爺(ひつじい)を生き返らせる』

『『戌』の戦士・怒突(どつく)を生き返らせる』

 

 …の『五つの願い』としてカウントする事も出来てしまう。万が一にもそれが罷(まか)り通ってしまえば、たった一つの願いでは『一人だけしか生き返らせる事が出来ない』恐れがあった。

 では『願いの数を増やせば良いでは無いか?』と思うかも知れないが、それが可能か否かなど十二大戦の最中では明確たる確証を得ることは出来なかった。

 だからこそ砂粒は『必勝法』として『願いの数を増やす』妙案を画策した。そこで目を付けたのが『同着』と言う考え方である。競馬や競艇、カーレース等で奇蹟的なレベルでしか発生しないこれらの事案。その際の優勝賞金等は同着者で『平等に分配』するケースが多い。つまり上手く行けば願いを分割、ひいては『願いの数を増やせる』のではと考えた。序でに言えば、砂粒が予感していた十二大戦の裏で行われている賭博(ギャンブル)結果を番狂わせすることで妨害も出来る可能性まで出るのなら、やった方が得が多かった。

 そのために砂粒は自身を殺させた。時間にもっと余裕があれば死ぬ必要性は無かったが、どうしても獣石を体外に出しておく必要があった。同着を狙う為には獣石十二個が体外に出ているという『完全な平等性』が必要だと判断したためだった。

 

 こうして砂粒の『必勝法』の下地は生まれた。しかし、それを実行に移そうと決断したのは寝住(ねずみ)の存在のお陰だ。干渉力『ねずみさん(ハンドレッド・クリック)』、複数の選択肢を同時進行で走査し、最適な選択肢を選ぶ事が出来る能力。音弧(ねこ)が推察した『確率分布が関与する未来予知』と言う情報こそが決定打であった。

 本来、『八人の戦士達の同着優勝』など十二大戦の運営陣が想定しているはずなんて無いイレギュラーだ。だからこそ踏み切るにはリスクが高すぎる。どう対応するか定かでは無い。しかし、寝住ならば「物は試し」程度の軽い感覚で『同着優勝』を狙えた。

 

 もし、同着が認められなかった場合。『誰かを優勝者』にして『みんなを生き返らせる』願いに僅かな望みを掛けるしか無かったが…、どうやらそれも杞憂に終わったようだ。

 

 

 

「……して、何で俺は、きみと二者面談しているんだい?」

 とある一室。趣(おもむき)のある調度品で飾られた応接室の中央。ソファに腰を下ろした『猫』の戦士・音弧は、対面しているオペラハットの紳士、審判員・ドゥデキャプルに問い掛けた。

「恐れ入ります。この度の十二大戦に於かれまして、飛び入り参加で有りながら八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍を見せ、更には優勝者八名という偉業中の偉業を成した戦士・音弧様に是非ともお話をお伺いしたいと思いまして…。

 まぁ、私共からのMVPインタビューと受け取って頂けたらと思います」

「ふむ…」

 そう言われて音弧は思案する。言い回しは丁寧であるが、恐らく事情聴取みたいなものだろう。

「別に構わないだけどさぁ…ぶっちゃけ眠い」

 十二大戦が開始してから終戦まで約十時間を要した。集中力というものは案外保つ物ではなく、既に疲労も限界が近い。何より、音弧は大戦中に通算九十九回死んだ。死ぬほどに疲れた。

 音弧自身は既に『願い』を目の前のドゥデキャプルに伝え終えている。つまり、こちらにはもう用が無いのだから、さっさと帰りたいと思っていた。

「眠いから少し仮眠をくれると有難いんだげっ!?」

 視界の端から銀色の一閃が走ったかと思うと音弧の首が刎ね跳んでゴトリと地面を転がった。

「…目は覚めましたかな?」

「はぁ…。だったらせめてコーヒーくらいくれ。どうせ時間がかかるんだろ?」

「おやおや、これは失礼しました」

 死後、直ぐに蘇生した音弧は、目の前の柔和に笑う紳士に呆れたように返事をした。恐らくこの人物相手に足掻くだけ無駄だ。この理不尽な感覚を音弧は経験として知っている。

 せめてもの慰めと目覚ましに茶を催促すると、ドゥデキャプルが指を鳴らす。いつの間にやらテーブルの上には淹れたてのコーヒーが並べられていた。御丁寧に御茶請けにドーナツまで置かれている始末だ。

 音弧はコーヒーに添えられたスティックシュガーとフレッシュミルクをコーヒーに入れると静かに飲む。

「熱っ!?」

「やはり『猫』なだけに猫舌なのですかな?」

「まぁ、どちらかと言えばね。自分で料理とかもするんだけど、出来たてアツアツにがっついて、つい火傷したなんてことはよくあるな」

「それはそれは、随分とせっかちな性分のようで…」

 コーヒーに息を吹き掛け、ある程度冷ますと改めて静かに飲む。芳醇な香りが口に広がり、腕の立つバリスタが淹れたものだと理解できた。もっとも音弧は紅茶派のため、コーヒーを淹れる腕前は持ち合わせていないが、どこか通じる物があるのだろう。

「それで、何から聞く?」

 音弧はドーナツを一つ取ると半分に割って片方を食べる。

 そして相手の反応を待った。

「そうですね…。

 ではまず、貴方様のこの度の大戦への参戦経緯と、大戦での行動について解説を交えてお復習(さら)いさせて頂きたく思います。実は…私共の目から見ましたら、確認しにくい事案が複数箇所御座いますので…」

「大して面白い話なんて無いだろうけどな。

 まずはあの面倒くさい『捻くれ者』…いや、きみの言い方なら『世界を喰らう蛇(ヨルムンガンド)』だっけ?そいつに『十二大戦』の事を教えて貰った。それが、俺の参戦経緯だな。

 …というか、欠員が出ていたにしても、すんなりと俺の参戦を認めたのは、あいつの根回しがあったせいだろ?」

「えぇ、彼女から『音弧(ダーリン)が十二大戦に参戦してくれたらぁ?きっと面白い事になると思うのぉ(はぁと)げらげらげらげらげらげら!』…と進言を頂きましたので…」

「…頭の頭痛が痛い」

 ドゥデキャプルが棒読みで復唱した彼女の言葉が、彼女の狂気染みた声と口調で脳内再生される。終いには顔まで想起してしまい、音弧は思わず頭を抱えた。

「まぁ私共としましても、あの歴史に残る革命運動(クーデター)を成功に導いた陰の功労者で有らせまする『長靴を履いた猫(カバラズ・キャット)』様が十二大戦に参加して頂ければ、実に趣のある戦いになるのではという思惑が有りました。しかし我々の予想を遙かに凌ぐ、貴方様の能力に舌を巻き、目を回すばかりで御座いました」

「あの『捻くれ者』が推薦してたんなら、過去の経歴なんてバレてて当然か。隠蔽工作頑張ったんだけどなぁ…」

「それにつきましては、相手が悪かったと言う他ないでしょうね」

 音弧が捻くれ者と出会った…いや、目を付けられたのは、古巣を独り立ちし自由契約(フリーランス)の戦士として世界を回るようになった頃の事だった。

 幾度となく『生死半々(シュレディンガー)』と『因逆亡戻(リバース・リ・バース)』を応用して、足取りを眩ませても『蛇の道は蛇』と言われれば納得するほどの追跡(ストーキング)をし、割と洒落にならない悪戯(チョッカイ)を仕掛けて来る。まるで『世界』と言う『巨大なボードゲーム』で遊んでいるような奴だった。

(恐らくはあそこの部屋の角に設置された監視カメラの情報でもハッキングして、覗き見してるんだろうな…)

 音弧は軽い現実逃避をしながらも気を取り直して話を再開する。

「…まぁいいや。話を戻すよ。

 会場に着いたのが…八番目だったかな?会場には寝住と失井(うしい)の旦那と憂城と断罪兄弟と迂々真と砂粒のお姉さんが居たはずだ。

 その後に『戌』の戦士と『未』の戦士と妬良(とら)ちゃん、本来の予定時間ギリギリに庭取(にわとり)ちゃんが来て、二時間後位に異能(いのうの)お姉様が来て十二大戦が始まった。

 初手で和平交渉を進めていた矢先に、妨害工作にあって散り散りにされたな。その後、異能お姉様の豊かな体に心を奪われていたら憂城が襲撃してきたんで撃退した…」

「少々よろしいでしょうか?憂城様とはお友達になる程に相性は良かった様にお見受け致します。それは大戦の終盤での貴方様方のやり取りからも見て取れます。序盤から手を組んで、不殺のままに和平へと引き入れる方法もあったのではないですかな?」

「簡単に言ってくれるな。大戦開始前から戦士を殺すような不作法者に普通の会話が通じるとは思えなかったんだよ。初めはな」

「…ほう?」

「更に言えば、あの時から血塗れの大鉈を持ったままじゃあ疑ってくれって言ってるようなもんだろ。しかも、『巳』の死体に細工(・・)してたら疑いは深くなるって」

「おや、貴方様は憂城様が『死体作り(ネクロマンチスト)』だとお気付きで?」

「まさかまさか。精々、死体に死後硬直が一切起こらない事に違和感を覚えた程度だよ。実際には死体による死んだふりだった訳だが…。

 とにかく怪しかったから警戒だけはしていたよ。結局不意打ち食らって一回やられたけどな」

 ドーナツを食べ終えるとコーヒーを一口飲む。一息吐いてから再び話を続けた。…とは言っても目新しい発見は無い。

 

 異能肉とのデートプランを妄想しながら街をぶらついていたら、突然鳥葬されて。

 庭取とコンビニデートしてたら、寝住から砂粒の所に案内して貰って。

 庭取を追いかけたら、失井と戦うことになって。その後、妬良に会って。

 苦労して庭取を助けたと思ったら、怒突に襲われて、迂々真まで『歩く死体(ウォーキング・デッド)』にされた。

 庭取・失井・妬良の手助けで窮地を脱出したけど寝住に軟禁されて、しかし憂城に助けられた。

 寝住の野望を挫いた後、憂城と殴り愛をして二人を仲間にした。

 最後に断罪兄をしょっ引いて、砂粒の和平が成就した。

 都度『生死半々(シュレディンガー)』についても尋ねられたが、差し障りの無い範囲で答えた。

 

「…こんなもんだろ?何処か不明瞭な点はある?」

「いえ、充分で御座います音弧様。

 では次が最後の質問にて御座います。貴方様の異能力…いや、呪いでしたかな?その呪いをどういう経緯で手に入れた(・・・・・)のですかな?」

 その問い掛けに思わず音弧は顔を顰めた。余程厭な記憶だったのだろう。

 しかし、渋っていても目の前の柔和な笑みの紳士は無言の圧力をかけてくる。黙秘を選択する事は出来そうに無い。

 だから素直に答えた。

 

 

「答えられない」

 

 

「……ほう?」

「まてまて、勘違いしないで欲しい。『語りたくない』じゃ無い。『語ることが出来ない』だ。

 俺の歳が4才…といってもストリートチルドレンだったから正確な年齢かは分からないけど。当時の俺じゃあ学も無くて、読み書きは愚か四則演算すら出来なかったからな。

 とにかくその頃だ。俺は『不老不死』の研究の実験動物(モルモット)にされたんだよ」

 そう言いながら音弧は上着のボタンを外して上半身を開けさせる。

 初めて曝した音弧の裸体。彼の左肩から左の胸部に掛けて描かれた奇妙な痣。火傷の一種や刺青(いれずみ)の一種のように見えるそれを音弧は優しくなぞる。愛おしそうに、感慨深そうに。

「そこで『呪い』を施されたもんだから、具体的な手順や原理なんてサッパリなんだよ。だから、『呪い』を施す秘術なんて物は『知らない』。

 確かに、この能力に助けられた事も多いし、救われた事も多いけど…。でもこの能力はあくまでも『呪い』なんだよ。どうしても呪受者の人生を狂わせる(・・・・)。不幸にする。

 だからさ、こんな物に手を出さない方がいいよ。お勧めする」

 そう言い終えると音弧は服を着直す。それを眺めてドゥデキャプルは諦めたように溜息を吐いた。

「不快感を懐かせるような質問をしてしまい、誠に失礼致しました」

「それが仕事なんだろ?仕方ないさ…。

 じゃあ、質問タイムは終わりだよな?」

「ええ、お疲れ様で御座います」

 音弧は席を立つ。そのまま扉へと向かう。ドアノブに手を掛けようとして、一度足を止めて振り返った。

「そうそう。どうせこの後、他の皆にもインタビューするつもりなんだろ?

 だったら始める前に俺の殺害動画(スナッフムービー)を見せてやれ。幾らか大人しくインタビューに応じるだろうからな」

「お心遣い感謝致します」

 

 こうして長かった十二大戦も終わりを迎えて、音弧は会場を後にした。そして平和な日常へと生還したのだった。 

 

 

◇

 

 

 第十二回十二大戦は前例の無い『優勝者八名』で幕を閉じた。

 

 賭博(ギャンブル)に興じていた有力者達には投じた額に応じて、払戻金が配られた。しかし、残っていた戦士全員が優勝してしまったため、金額は投資額と同額、または手続き料分を差し引かれて損失と言う散々な結果になった。全体として見れば国々のパワーバランスは崩れる心配は無く、且つ国々の資金力を僅かながら削げたので、すぐさま戦争という事態にはならないだろう。

 

 戦士達はと言うと、八名が優勝者になったが願う権利は一つしか与えられなかった。どうやら一つしか無い権利は分割出来ないらしい。だからこそ『猫』の戦士・音弧は願った。

 

「だったら『優勝者八名の願いを一つづつ叶えてくれ』」

 

 審判員・ドゥデキャプルはこれを快く受け入れた。これで当面の問題は解決したも同然だろう。

 すぐさま音弧は『死んだ皆を生き返らせる』事を願った。しかし、それは受け入れられなかった。何故ならば音弧は『願いの数を増やす事に願いを使ってしまった』からだ。屁理屈にも程があると思いながらもドゥデキャプルは首を縦に振りはしない。

 仕方ないからと『子』の戦士・寝住が『願い』を使おうとしたその時だった。

 

「じゃあ私がお願いしますね。『この十二大戦で死んでしまった皆を生き返らせて下さい』。

 勿論、そこの『歩く死体(ウォーキング・デッド)』の憂城さんもですからね」

 

 『酉』の戦士・庭取が願った。

 音弧が「いいのか?」と問えば、庭取は「私も迂々真さんや砂粒さんに恩がありますし、怒突さんにも思うところがあります。憂城くんは音弧さんのたっての希望ですし、断罪の弟さんはこの後(・・・)絶対に必要です。『未』のお爺さんは……ついでですね」と頬を掻いた。

「そのかわり!音弧さんは私に借り(・・)が出来ました!これは高くつきますよ-?」

 そう言って庭取が強(したた)かに笑った。その様子に今度は音弧が頬を掻く事になった。

 

 

 

 

 庭取の『願い』より、十二大戦運営委員会は迅速な行動を開始した。戦場に散らばった死体や肉片を回収し、培養と移植、修復と復元を繰り返し、戦士達の蘇生に勤めたのだ。

「……まさか、本当に生き返る(・・・・)とはねぇ」

 『戌』の戦士・怒突。本名・津久井(つくい)道雄(みちお)は病院のベッドに寝そべり、外の景色を眺める。清々しいまでに空は綺麗な快晴だった。全身をバラバラに切り刻まれて、火にくべられた残骸から再生治療を施した為、全身顔まで包帯まみれの上に、片眼だけしか復元が済んでいない。しかし、それでも生を感じて、この空を見るだけでも少なくない感動を覚える。これが悟りと言う奴だろうかと、異能肉に食い千切られたが故に無事だった右腕を翳して呟いた。

「しかしまぁ、『勝ち』上がることは出来なかったなぁ…」

 怒突は『勝ち』が欲しかった。『何のために勝ちたかった』のか『何を以て勝ちとする』のかは定かでは無かったが、とにかく『負け犬』には成りたくなかった。敗北の『北』と言う字には『背を向ける』なんて意味があるが、狼は野良犬は『月に向かって吠える』生き物だ。怒突という戦士は『逃げる事』も『後ろ向きになる事』も『無関心な態度を取る事』も嫌いだった。要は『負けず嫌い』だったのだろう。

 そんな彼は庭取の願いによって甦った。殺された相手に生かされるとは奇妙な話ながらも、こちらが死ぬ間際に『銅像立ててやる』とか『どんな顔だっけ?』と宣う奴だったから奇行に走っても変では…いや、やっぱり変だ。

 

 

「まぁまぁ。生きてこその物種と言う奴ですわいのぅ」

 そんな不機嫌な様子の彼を対面のベッドに横たわる『未』の戦士・必爺。本名・辻家(つじいえ)純彦(すみひこ)が柔らかな物腰で窘める。彼は異能肉の機関銃で胴体を撃ち抜かれ、上半身と下半身を泣き別れさせたが、怒突と比べて損壊具合が少なかった事が幸いし、治療は順調だ。ただし老体故に体力的に乏しく、長期の治療スケジュールが組まれているらしい。

「…死んでしまったと思った老人にまだ幾何かの生きる『時間』が与えられましたからのぅ」

 必爺は『時間』が欲しかった。老い先短い彼には可愛い孫も居たし、出来るならば中学に進むのも、高校に進むのも、成人するのも、結婚するのも、己の生が続く限り見守りたいと思っていた。

 瞼を閉じれば、傷負いた必爺を心配そうに見つめる愛孫の顔を思い出す。それだけでも全快しなければと元気が湧いた。

 

 

「確かに…。生きてるだけでも素晴らしいな」

 必爺の言葉にその美声を振るわせて同調する『午』の戦士・迂々真。本名・早間(そうま)好実(よしみ)は二人の方を見る。普通の人間よりも二回りほど大きな巨躯に合わせて用意された特注品のベッドから身を起こし、テーブルの上で折り紙をしていた。

「なんだ、また折り紙をしてんのか?リハビリの一環なのは分かるが、根を詰めすぎなんじゃねぇの?」

 そんな迂々真のベッドの上は大量の折り紙達で埋め尽くされている。感覚としては少女のベッドが可愛いぬいぐるみ達で埋め尽くされているような感覚に近いだろうか。筋肉質な巨漢と小さく繊細に折られた折り紙は実に落差があった。

 因みに山盛りになった折り紙は定期的に看護師に回収され、病院内の他の患者にお裾分けされているらしく、陰ながら彼の評判はとても良い。

「…『才能』を失った。少しでも遅れを取り戻さなければ」

 迂々真は『才能』が欲しかった。迂々真程の規格外の肉体を得ても尚、戦争とは死と隣り合わせだ。彼は生き残るための力が欲しかった。

 十二大戦中に負った斬擊はその全てが順調に回復している。強固な防御術『鐙(あぶみ)』により、損傷が少なかった事と並々ならぬ再生力が功を奏した。しかし、音弧から受けた脳の損傷が完全回復に遅れを生んでいる。リハビリにより完全回復が望めると聞いた彼は脳と指先のトレーニングで折り紙を折り続けているのだ。その姿はある種の妄執に近いのかも知れない。

 

 

「ねぇねぇ!馬くん早く早く!」

「…あぁ、今できた。ほら兎さんだ」

「わぁい!ありがとう!流石は僕のお友達だね!」

 迂々真は自らのベッドに侵入している青年に今しがた完成した折り紙をプレゼントする。

 『卯』の戦士・憂城。本名の無い彼は屈託の無い笑みで迂々真に礼を言う。その様子に迂々真が引き攣った笑みを返した。迂々真の直接的な死因は隣のベッドの怒突だが、間接的な死因は正面のベッドの憂城なのだ、どうしても先入観というか苦手意識が抜けきらない。

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。もう殺したって『お友達』には出来ないんだもん」

 憂城は『お友達』が欲しかった。卯の家系の秘密兵器として秘密裏に生み出された彼の人生は孤独だった。『ウサギは寂しいと死んじゃう』と言うように、彼は人との繋がりを欲した。

 そんな彼も十二大戦の優勝者の一人だ。そして彼は自らの『願い』を叶えた。

 

「僕…生きてる皆とお友達になりたい!だから僕に『皆とお友達になれる力をちょうだい』!」

 

 蘇生後に憂城はそう願った。

 かつての彼ならば、お友達は死体でも構わなかっただろう。しかし十二大戦中に彼の中には大きな意識改革が起きていた。それは音弧と庭取、失井と妬良が関係している。命懸けで庭取を守った音弧、危険を顧みず音弧を助けた庭取。『午』『戌』コンビを抜群のコンビネーションで倒して見せた失井と妬良。この十二大戦という僅かな時間の中でこれだけの友情を築けた事に驚嘆を覚えた。

 そして極め付けは砂粒と異能肉(いのうのしし)だ。砂粒を失った異能肉の慟哭。その醜態を曝したのは音弧にだけではなく、憂城にもなのだ。大切な人との別れがあんなにも悲哀を帯びたものであると知ると、憂城の『歩く死体(おともだち)』ではその領域に到達出来ないと感じた。つまりは、異能肉の『愛』…『友愛』が憂城の心を強く打ったのだ。

 優勝商品の『願い』は、憂城の要求を理想的な形で叶えた。憂城は『死体作り(ネクロマンチスト)』を失う代わりに新たな技能(スキル)を手に入れた。より具体的に言うならば『死体作り(ネクロマンチスト)』を『改造』…否、『喰(く)い改(あらた)める』だったか。それを用いて『死者を活かす技能』から『生者を活かす技能』へと変質させたのだ。新しい技能(スキル)は、『憂城と心を通わせた者の潜在能力を引き出す能力』。その名を『救友作り(クラスメイト)』と命名した。

 

 

「おぉー!憂城、今日も元気そうだなっ!」

「どうもー」

「音弧くん!」

 憂城が迂々真と共に折り紙に挑戦していると、病室に二名の来客が訪れる。

 『猫』の戦士・音弧。本名・根古屋(ねこや)又三郎(またさぶろう)。

 『酉』の戦士・庭取。本名・丹羽(にわ)遼香(りょうか)。

 二人を見るやいなや、満面の笑みをした憂城が迂々真のベッドから飛び降り、一目散に音弧へと向かう。その子犬の如き愛くるしさに、音弧は思わず憂城の頭を撫でた。

 戦士達がこの病院に入院して以降、音弧と庭取は頻繁に見舞いに来ている。それには理由があった。

「お父さんっ!」

 庭取の陰から幼い少女が顔を出す。その少女は怒突を見つけると一目散に駆け寄って行った。

 この少女は、実は怒突の養女である。戦士の素質のある子供を組織に流す裏稼業をしていた折りに、怒突は誤ってこの少女を性目的で利用しようとした悪人の元へ送ってしまった。苦労して取り返して以降、少女の引取先は見つからずに、こうして怒突が育てていたのだ。

 因みに怒突の病室の机には大量の『折り鶴』がぶら下がっている。少女と庭取が怒突の為に作った『千羽鶴』だった。少女が父親の回復を祈って努力をする健気な様には思わず涙腺が緩んでしまいそうだ。

 何故そんな少女が庭取と一緒に居るかと言うと…。音弧と庭取と少女は現在、共同生活中であるためだ。

 庭取は戦士達を生き返らせた後、真っ先に怒突に向けて謝罪した。「不意打ちして、騙し討ちして、ごめんなさい」と謝った彼女を怒突はあっさりと赦した。元々バトルロイヤルに裏切行為は付き物だし、流れを見誤ったのは己の落ち度なのだから仕方ないと言った。

 しかし、そうは言っても怒突はこの重症である。年端もいかぬ少女の面倒を見る事なんて出来ぬほどの大惨事だ。「ですが、償いをさせて下さい!」そう言って庭取は怒突が退院するまでの間、彼女の面倒を見ることを約束した。自身を殺した相手に、我が子を預けるなんて正気の沙汰とは思えないが、「彼女は『自分』をやり直したいんだよ。協力してくれないか?」と音弧に口添えされた。

 庭取は『自分』が欲しかった。十五歳より前の記憶を失った哀れな女は、自分に『自信』が無く『自身』が無かった。中身の無い空っぽだった彼女に、突如訪れた転機。封印された記憶の解放と、音弧が示した新しい道標(みちしるべ)。彼女は自分の為に歩き出そうとしていた。もう彼女は『たった一つの願い』に頼る必要は無かった。頼るべき物は他に有る。頼るべき者は他に居る。

 怒突は『毎日顔を見せに来ること』を条件に庭取の申し出を受け入れた。子育ては愚か、自炊さえ真面(まとも)に熟(こな)した事の無い彼女だったが、音弧の手を借りてどうにかこうにか上手くやっているようだ。

 

 

「テメェ等さっきからウルセぇんだよ。ここは病院だぞ?ちったぁ静かにしやがれ」

「あっ、兄の方。居たの?」

「居たよ!ずっと居たっつーの!」

 音弧達よりも先に見舞に来ていた『辰』の戦士・断罪兄弟・兄。本名・積田(つみた)長幸(ながゆき)はリンゴとフルーツナイフを手にして抗議の声を上げていた。

「へいへーい、お兄ちゃん。あんな奴等ほっといて、弟ちゃんの為にさっさとリンゴを剥いてくれよー。あっ、勿論ウサちゃんカットでな」

「兎さん!?」

 断罪兄の傍らにはベッドに横になる『巳』の戦士・断罪兄弟・弟。本名・積田(つみた)剛保(たけやす)が茶化したように、自分の兄へとリンゴを催促していた。憂城の興味はあっという間にリンゴの兎に奪われている。

「…ほら、出来たぞ」

「兎…さん?」

 断罪兄が憮然とした顔で切り終えたウサちゃんカットのリンゴを差し出す。しかし、兎さんはボコボコに削れ、片耳が折れている。最早、リンゴの背中に刺してある爪楊枝が別の意味に見えてくる。その無残な姿に憂城が絶句していた。

 そんな不格好なリンゴを見て「だっはーっ!ビッグブラザーの料理スキルは相変わらず壊滅的だな!ちゃんとメシ食えてんのかよ?」「うるせぇ!食ってるよ!カップ麺とかレトルトとか」「駄目じゃねぇか!ぎゃはははっ!」などとやり取りしている。

「あの…よかったら、ご飯食べに来ますか?音弧さんの料理美味しいですよ?」

「是非そうしてくれ。このままじゃあ兄貴が栄養不足になっちまう」

「余計なお世話だっつうの!」

 怒気混じりに断罪兄は断罪弟の口の中にリンゴをねじ込む。それでも断罪弟は愉快に笑っていた。彼の全身は治りきっては居ないし、両手足の復元も済んでは居ない達磨(だるま)の状態だが、それでも笑っていた。

「にしてもなぁ。『金』も手に入ったし、二人とも生きてるし、俺の体も元通りになるって言うし、文句無しだな」

「…そうだなぁ、これ以上欲しいもんなんて『何も無い』な」

「またまたぁ…」

 断罪弟は『お金』が欲しかった。しかし断罪兄は欲しかったものなんて『何も無い』。彼等の『遊ぶ金欲しさに殺す』と言う肩書きは、正確には『金欲しさ殺すことこそが遊び』なのだ。つまり断罪兄弟にとって『金』とは『目的』では無く『手段』なのだ。『金を集める』という『過程』をゲームのように楽しむことこそ醍醐味としている。そのため金銭自体には大した興味は無く、彼等は得た金を気紛れの善行や悪行に費やしたりしていた。

 二人にとってはそれだけでも楽しかったし、満たされていた。断罪兄弟は互いが居れば成立していた。互いが居れば完結していた。互いが居れば幸せだったのだ。だから断罪兄はそれ以上を望まなかったし、断罪弟は生活と道楽が維持できる程度の金銭を欲した。

 もしもの話だが、断罪兄が単独優勝していたなら、『願い』は『弟の蘇生』か『自らの命と共に放棄する』か『来世もまた弟と双子になりたい』等と言っていた事だろう。

 しかし、庭取が断罪弟もまとめて蘇生したのにはちゃんとした理由がある。それは彼等が『双子として深い絆があった』からだ。別に情に絆(ほだ)されたとかの話では無い。

 死亡した戦士の蘇生には一つ問題点があった。それは『蘇った戦士は本物なのか?クローン技術とかで作られた、よく似た贋作(ニセモノ)なんじゃないか?』と言う『疑惑』だった。これは大問題だ、何せ断罪兄と和平交渉に入った…いや寝住と和平交渉に入った段階で、砂粒は自らの死を視野に入れていた。全員の蘇生だけでも信じ難い話ではあるが、それを信じるための根拠がどうしても必要だった。

『それが本物か偽物か、きみ達ならわかるでしょ?だってきみ達は誰よりも深い絆で結ばれている双子だから…』

 砂粒は信頼性を上げるために、断罪の双子を『真偽判定』に利用した。というかそれくらいしか懸ける者が無かった。実際に蘇生した弟を見た兄は『本物だ…。間違いなく本物だ』と一条の涙を流した。それ以降兄は可能な限り、弟の傍に居るようにしている。

 

「俺様の願いはありったけの『金』だ」

 

 断罪弟の蘇生を確認した断罪兄は心置きなく本来の『願い』を要求した。直ぐさま小国一つ買えるほどの大金が兄弟の下へと贈られた。しかし、兄弟が協力して得た金では無かった為、あまり嬉しくない大金だった。結局、断罪兄弟は戦士達全員の入院費と自分達の生活費を負担するだけの金銭を残して、ほぼ全額を世界各国の慈善事業団にバラ播いた。

 あんなにも金に固執しているのに無頓着だなんて変な兄弟だなと、音弧は他人ながらにそんな感想を抱いた。

 

 

「ねぇねぇ、音弧くん!遊ぼ?」

「ん?じゃあまたトランプやるか?」

「私もトランプやるー!」

「儂としては花札もお勧めですがのう」

「迂々真も一旦折り紙はストップだ。一緒に『ラビット・ナボコフ』しよう!」

「ラビット!」

「何でそこでギャンブルなんだよ!」

 

 病室の中に愉快な笑い声が上がる。そんな彼等の騒音を聞き付け、恐いと評判の看護婦が注意しにやって来るのは、もう五分後の話だった。

 

 

◇

 

 

「…さぁ、砂粒。召し上がれ」

 病室のベッドから身を起こした『申』の戦士・砂粒。本名・柚木(ゆうき)美咲(みさき)の目の前に綺麗にカットされたリンゴの乗った皿がコトリと置かれた。そのリンゴを見て彼女は困ったような顔をした。

「あの…あのね?肉ちゃん?」

「何かしら砂粒?」

 目の前の彼女、『亥』の戦士・異能肉。本名・伊能(いのう)淑子(としこ)は砂粒に穏やかな微笑みを向けた。普段の険のある高圧的な笑みでは無い、何処か慈しみすら窺える笑み。砂粒にとっては違和感の塊だった。

 肉体的な損壊は少なかったとは言え、本来であれば一度死んでしまい(自分が本当に生きている時の自分と同一なのか…)と悩んでしまう今日この頃。そこに突然訪れた異能肉のデレ期。砂粒は戸惑いを隠せずに居た。

「その…ね。すごく…言い辛いんだけどね?そのリンゴ、もう四個目(・・・)なのよ」

 そう、異能肉が綺麗にカットしたリンゴは既に四個目。先の三個はもれなく砂粒の胃袋に納まっている。正直に言って、もうお腹一杯だった。

「そう…ごめんなさい、私ったら」

「わーっ!ごめんっ!ちゃんと残さず食べるから!」

 それを聞いた異能肉はションボリとしながらリンゴを一囓りした。その様子に良心の呵責が耐え切れなくなった砂粒はやむなく四個目のリンゴに挑みかかる。このままでは晩ご飯が食べられなくなりそうだ。

(まぁ、あっちよりはマシよね?)

「さぁ、妬良。食べたまえ」

「勘弁してくれー」

 砂粒が視線を向けた先には『寅』の戦士・妬良。本名・姶良(あいら)香奈江(かなえ)がウンザリとしたような顔をしていた。彼女の目の前には美味しそうなメロンが置いてある。

「流石に腹一杯だってぇ…」

 彼女は真っ二つに割られたLLサイズの高級メロンを見てそう嘆く。意外な強敵に屈しそうになっていた。

「しかし妬良。しっかりと食べなければ治る物も治らないのではないかね」

 メロンを見舞の品として持ち込んだ『丑』の戦士・失井。本名・樫井(かしい)栄児(えいじ)は妬良の態度に抗議の声を上げている。

 しかし彼には妬良の気持ちを汲み取って欲しい。彼女は既にメロンをやっとの思いで一玉完食したばかりだ。何故そこで二玉目を食べさせようとしているのだ。そして失井自身は何故三玉目に突入しているのだ。いつからここはフードファイトの会場になっているのだ。

「きみには早く元気になって貰って、私と『決闘』して貰わないといけないからね」

 失井は行為はあくまでも善意であった。少しズレているだけだった。

 

 

「私の『願い』はだね。『妬良の怪我を直して欲しい』」

 

 失井は十二大戦中に重傷を負った妬良の治療を要求した。運営陣は直ぐさま妬良を病院へと運び、腕の良い医者による手厚い治療を受ける運びとなった。

「…なぁ、失井。今更ながらに本当にそれでよかったのかよ?」

「何がかね?」

「優勝の『願い』だよ。大事な願いをアタイに使っちまって…」

 あの時は全身の痛みで細かいところまで気を配る余裕が無かった為、考えもしなかった事。

 妬良の場合失井と会うことが主目的だったため、『願い』なんてついでというか、優勝までこぎ着けると思いもよらなかったため考えもしなかった。

 だが、失井はそうではないはずだ。何しろ彼は名声高き『皆殺しの天才』だ。彼ほどの実力者であれば優勝の可能性は充分にあったし、実際に予想以上の結末で優勝した。

「それはきみが気にかける物では無いと思うのだがね。

 しかし、そうだね。何しろ『何でも願いが叶う』権利だ。それを他者の為に使うことに違和感を受けるのかね?」

「いや、そんな事ねえよ」

「だろうね。何せ、きみも同様に他者の為に『願い』を使ったのだから…」

 

 

 妬良は最初、『自身の怪我を治すこと』を要求するつもりだった。しかし、それを先に失井が叶えてしまった。「良いのかよ」と妬良が問い掛ければ「私は私の思う『正しい事』のために願いを使った。だからきみも自分の『正しさ』に願いを使えばいいと思うのだがね」と返された。

 妬良は『正しさ』が欲しかった。挫折を味わう前の自分は真っ直ぐに自分の将来を見据えていたはずだった。しかし、人を知り、世界を知り、分からなくなった。『井の中の蛙、大海を知らず』などと言うが、自分は未熟だったのだろう。しかし、空の広さを見て、失井の背中を見て、彼女は前に進むことを選んだ。

 

 

「アタイはあんたに助けられちまったな。何か『願い』は無いか?あんたの代わりにアタイの『願い』を使って叶えてやる」

「いや、遠慮しておこうかね。

 私はきみに『助け』られたからね。その恩義に報いるべく選択したに過ぎないのだよ。だからきみは素直に厚意を受け取るだけでいいのだがね」

 失井は『助け』が欲しかった。彼は天才故に一人だった。別に孤独だったわけではない。天才故に一人で何でも出来たし、一人で困る事なんて無かった。なんでも成立するし、完結すると思っていた。

 しかし、そんなものは偽りだった。長い月日を経て、子供から大人になり、自分にさえ出来ない事は有ると自覚した。だが周りは気付かなかった。天才故に課題も問題も難なく熟し、達成した。しかし、それはこの天才が当初思い描く理想には程遠い代物だった。

『アンタはアタイと決闘を誓った。だからそれを『守れ』。そのためにも『死ぬな』』

 そんな思いを他人は愚か、自分でさえ気付かないレベルに燻らせていた失井に掛けられた言葉。妬良との『約束』。『死ぬな』と言う、たった三文字の言葉は失井に衝撃を与えた。

 これまでの人生で己の身を案じてくれた人物がどれだけいただろうか。父や母は気に掛けてくれていただろう。それも戦場を一つまた一つと乗り越える度に、その念は薄れていった。共に戦場を駆るはずの兵士は、「余計なお世話だろう」と敢えて伝えることも無かった。天才であるが故の『絶対的な信頼』と言えば聞こえは良いが、天才ならば出来て当然という『無責任な信用』とも言えた。

 失井にとって妬良が言い放ったぶっきらぼうな言葉は、相手を思う優しさに溢れていたのだ。だからこそ妬良は『願い』を使うに値する相手に昇華された。

 

 

 こうして妬良に回ってきた『願い』を叶える機会(チャンス)。

 さぁ、大変だ。何せ真面な『願い』なんて考えて無くて、『お酒が飲みたい』とかテキトーに考えていたくらいだ。しかし、失井の厚意によって頂いた権限をそんないいかげんな事には使えない。使いたくない。

 

「…そうだなぁ。アタイは『恩返しがしたい』。この『願いを叶える権利』を実家に『譲渡』したい」

 

 妬良が無い頭を捻って絞り出した答えは、実家である姶良家に優勝商品をプレゼントすること。つまりは『親孝行』だった。

 妬良がこれまでの人生を振り返って思った事は『自身が周囲に迷惑を掛けてきた』と言う事実だ。手塩に掛けて育てた愛娘に「家の敷居を跨ぐな」と酷なことまで言わせてしまったのだ。

 それでも、そんな妬良に汚点を濯(そそ)ぐ機会(チャンス)をくれた。結果として、妬良は念願の失井と再会し、優勝を飾る大金星を得ることまで出来た。

 だから、今のうちに礼くらいはしておくべきだろう。何故ならば、この後に『皆殺しの天才』たる失井との『決闘』が控えている。負けてやる気なんて欠片も無いが、自身が無事という保証は何処にも無い。万が一にも死ぬ前に『清算』というか、『身辺整理』というか、とにかくそれをしておきたかったのだ。

 

 

 こうして妬良の『願い』は姶良家に受け渡された。

 しかし妬良は知らなかった。後に彼女の父親が『娘の花嫁姿を見たい』と願ってしまったばかりに、妬良を中心とした『虎の嫁入り騒動』と言う珍事件に大発展していくという事実を……。

 

 

 そんな近い未来の話なんてつゆ知らず、砂粒はその微笑ましい妬良と失井のやり取りを眺めていた。

「本当に…『平和』ねぇ。本当に」

 砂粒は『平和』が欲しかった。全ての人が手を取り合い、助け合うような未来を夢見て、身を粉にして『和平交渉』を行ってきた。実際に彼女はその信念を掲げて、これまで数多くの戦争を停戦させてきた。しかし『和平交渉の専門家(プロフェッショナル)』などと持て囃(はや)されていても世界から戦争は消えて無くならない。

 仕方のないことだとは理解している。人には大切な物がある。それは『家族』だったり、『財産』だったり、『立場』だったり、『矜持』だったり、『命』だったり、守りたい物の為に、欲しい物の為に、人は戦う、人は争う。

 まるで椅子取りゲームだ。誰かが理想を叶えようとすると、誰かの理想がそれを邪魔する。それは砂粒自身にも言えることだ、彼女の理想の為に死に追い遣られた人々だって当然の如く居る。彼女の肩書きである『平和裏に殺す』とは、謂わば戒めなのだ。彼女の『平和』は数多くの『犠牲』の上に成り立って居る。それを忘れてはならない。

(この平和も新たな火種になるのね…)

 束の間の平和に浸ることは無く、砂粒は今後について考える。今考えられる懸念は二つ(・・)。

 一つ目は『今後の軍事産業』についてだ。砂粒が自身の特殊技能『仙術』を『禁忌』として封印(・・)しているのには「力によって得た平和なんてまやかしだ」と言う考え方も確かにあっての事だ。しかし、それ以上に自身の能力が『技術を発展させてしまう』事を理解してのことでもある。『自然界の三態を自在に変化させる』特殊技能はこれまでには無かった概念を生み出してしまう恐れがある。例えば仙術の根底にある『分子間の結合』を崩壊させてしまう新型爆弾が生まれるかも知れない。例えば、その概念すら上回る『天候』や『真空』や『原子核』や『マイクロ波』を利用した兵器が生み出されるかも知れない。

 これは砂粒だけに限った話などでは無い。憂城の失った技能である『死体作り(ネクロマンチスト)』に、新しく手にした『救友作り(クラスメイト)』。断罪弟の『地の善導(ぜんどう)』。迂々真の『鐙(あぶみ)』。怒突の『狂犬鋲(きょうけんびょう)』と『毒殺師(どくさつし)』。この十二大戦運営委員会の息が掛かった病院で自分達の特殊技能は少なからず『研究されてしまった』。そこから着想を得た技術は当然のように生まれてくるはずだ。それが戦争を更なる泥沼に誘(いざな)うかも知れない。

(出来るなら今後のためにも、『自分達のためにも』、干支十二家の皆で協力体制を確立したいわね)

 二つ目の懸念材料は『世界の国々からの報復行為』だ。何せ今回の『十二大戦』は『優勝者八名』と言うアクロバティックな手法で盛大にコケさせてやった。世界の有力者の中には今回の結末を快く思わず、憂さ晴らしの為に刺客を放つ輩が必ず居る。

 それに対処するためにも、皆との結束が必要だと砂粒は考えていた。

「…いたいっ!?」

 今後の計画に砂粒が頭を悩ませていると、突如額に衝撃を受けた。原因が何かを探れば、目の前に人差し指を伸ばした異能肉が居た。どうやらデコピンをされたらしく、額がヒリヒリと痛んだ。

「その顔を見るに…随分と小難しい事を考えていますわね。砂粒」

 不機嫌そうな顔をした異能肉が砂粒の瞳を覗き込む。しかし、すぐに身を引くと改めて椅子に腰を下ろした。

「まぁ、どうせその体では大したことは出来ないのですから、今は精々休みなさいな」

「うん、ごめんね?」

「分かれば宜しいのですわ」

「そういえば肉ちゃん。一つ聞いて良い?」

「何かしら?」

「肉ちゃんは『願い』を何に使ったの?」

 砂粒が意識を取り戻したのはつい数日前のことだ。十二大戦以降、異能肉が面会に来た回数だって、まだ片手で数えるくらいしか無い。一回目の時なんかは異能肉が砂粒を抱きしめて、泣いて、そのまま一日が終わるかと思うほどだった。

 結局、今日の今日まで異能肉が叶えた『願い』については分からずじまいだった。

「……当然決まっておりますわ。全ては私の『愛』の為ですわ」

 異能肉は『愛』が欲しかった。辞書を使って『愛』と言う言葉を調べれば、様々な概念で歴史で視点で、『愛』という言葉は語られる。

 しかし、簡潔に纏めると『誰かが何かを思う事』と説明出来てしまう。異能肉はざっくばらんに言ってしまえば『誰かに異能肉(じぶん)を思って欲しかった』のかも知れない。大切にして欲しかった、求めて欲しかった、繋ぎ止めて欲しかった、言葉で行動で仕草で感情で、異能肉(じぶん)を満たして欲しかったのだ。

 

「私の『願い』はそうですわね…。世界中の恵まれない人々への『人道支援』でも要求しましょうか」

 

 しかし、異能肉は自分の理想とは遠く懸け離れた願いを口にした。この『願い』はどちらかと言えば、目の前の砂粒の願いに近い。

 異能肉は砂粒を失って『彼女がどれだけ大きな存在か』を自覚した。初めて一緒に買い物をした日から、初めて対立して降伏させられた日から、喜びも怒りも哀しみも楽しみも多くの感情を生み、溢れさせた。生涯を振り返って、砂粒程異能肉の感情を掻き乱した人物はそうそう居ない。

 肩書きも立場も関係なく笑顔を見せた砂粒に、異能肉は有る意味で『惚れて』しまっていたのだろう。しかし、砂粒は異能肉だけを見ているわけでは無い。彼女は彼女で『世界平和』を夢見て、常に世界を見ている。世界全てをその『優しさ』で満たそうとしていた。

 異能肉は自分だけを見てくれない砂粒に、『嫉妬』の念を抱いていたのかも知れない。『愛の反対は無関心』『愛と憎しみは裏表』と言うように、異能肉は砂粒を『愛して』いた。所謂『可愛さ余って憎さ百倍』と言う奴だったのだろう。

 だから異能肉は砂粒の願いに沿った願いを口にした。もし世界が平和になれば、世界を包み込もうとしていた砂粒の『優しさ』もとい『博愛』は何処へ向かうのか。その全てが異能肉に向かえばいいのにと密かに思った。何せ『地球人類七十億人を包み込もうとする慈愛』だ『三十五億人との愛欲(ハーレム)』にも見劣りするような物では無いだろう。

 ならば何故『世界平和』を素直に要求しないのか。「それは砂粒が自身の手で叶えるべき願いでしょう?私のはそれの『お手伝い』に過ぎませんわ」と返って来ることだろう。実際にはそんな返答は返って来ることは無く、適当にはぐらかされてしまうことだろう。中々素直になれない『いじらしさ』もまた、彼女の『恋心』だった。

 

「何だか喉が渇きましたわね…。少し飲み物を買ってきますわ」

 そう言って異能肉は席を立つ。このままここに居ては、自分の願いを赤裸々に語る羽目になると直観して一時撤退を決めた。

「…?あれは…」

 異能肉が廊下を出ると何者かを見つけた。

 少し気掛かりになって、異能肉はその人物の影を追った。

 

 

◇

 

 

「なんだよ…。どいつもこいつもあんな風に笑いやがって…」

 病院の屋上。飛び降り防止を兼ねて背の高い金網で遮られた区画。上を見上げればもうすぐ日没が近いためか、空が茜色に傾きつつあるのが覗える。

 屋上にはプランターに数多くの花や植物が飾られ、育てられていた。この都市部で少しでも癒しを提供しようと考えられた、細(ささ)やかな庭園らしい。

 この小さな箱庭には一人の青年が佇んでいた。

 『子』の戦士・寝住。本名・墨野(すみの)継義(つぎよし)は沈み征く夕日を眺めながら黄昏(たそが)れる。時間的にも丁度良い。

 戦士ではない時は普段一般の高等学校に通っている彼は、下校後にこの病院に足を運んだ。寝住としては砂粒に面会できれば充分だったのだが、四六時中病室に失井と異能肉が居る物だから入り辛くてかなわない。(なんなの?あんたら毎日顔出して、そんなに暇なの大人って?)と寝住は悪態を吐くが、同様にお見舞いに来て、他者が居るからと、その都度断念している彼も大概だろう。

 携帯端末の電源を入れる。ビシビシに叩き割られ罅の入ったディスプレイに表示された時計を眺めて、頭の中に記憶した時刻表と照らし合わせる。今日は帰ろうかと考えた、その時だった。

「……なにやってんの?音弧のお兄さん」

「あら、バレた」

 出口の方に視線を向ければ、扉の陰から覗き込むように音弧が立っていた。発見された事に観念して姿を見せると、実に晴れやかな笑みを向けてきた。

「久しぶりだな。元気にしてたか?」

「別に?普通だよ」

「普通かぁ…。それで、こんな所で何してんのさ?砂粒のお姉さんの病室は七階だよ」

「知ってるよ。お兄さんこそなんでここに居るのさ?」

「…いや?砂粒のお姉さんの病室の前で右往左往する怪しい人物が居たから、後をつけてただけだよ?寝住は見てないか?」

「知らないなあ」

 一部始終を見られていたと言う事実に僅かばかりの羞恥心を抱きながらも、寝住は平静を装い嘯(うそぶ)く。吐き出された言葉に険が有るのを感じた。

「……なんだか浮かない顔をしているな。もし良かったら、話くらいなら聞くよ?」

「なんであんたに話さなきゃならないんだよ?」

「つれないこと言うなよ。きみと俺は協力して十二大戦を乗り切った仲じゃないか。まぁ、確かに?途中で手酷く裏切られもしたけど、それもきみが生きるために必死だっただけだろ?それを糾弾する気なんて欠片ほども有りはしないよ。

 だからさ、話してみなよ。今ならこの俺の手に持っているジュースを分けてやろう」

 その様子に寝住は観念したようで近くのベンチに腰を下ろす。音弧が隣にやって来て、並ぶように座ると紙パックジュースを三つ突きつけてきた。どれか好きなのを選べという意味だろう。

 適当に一本を抜き取ると、ストローを挿して飲む。同じように音弧もジュースを飲んだ。ジュースはあっという間に飲み干してしまい、時間だけが余った。間の保たない気まずい空間にも関わらず、音弧は雲を眺めている。根気強く待つつもりらしい。(猫はジッとしていられない性質(タチ)じゃあ無かったのかよ)などと内心思っていても口にはし難い。このままではらちがあかない。

「言っとくけど能力(・・)は使うなよ」

「わざわざ使わないよ」

 暗に『ねずみさん(ハンドレッド・クリック)』の使用について釘を刺してきたので、寝住は口を尖らせて抗議する。そして、悩みを打ち明けた。

「『願い』が決まらないんだ」

 十二大戦の優勝商品である『どんな願いでもたった一つだけ叶えられる』権利。他の七名はアッサリとスンナリと『願い』を伝えてしまった。

 想像、いや走査(・・)してみた。『ねずみさん(ハンドレッド・クリック)』を使用して、百通りの『願い』を叶えた自分を見てどれが最適なのか分からなくなった。

 『不老不死』を願って、未来永劫孤独に生きることになった。

 『戦闘力』を願って、より過酷な戦場に送り込まれた。

 『ハーレム』を願って、修羅場に発展して刺された。

 『能力の強化』を願って、負荷で脳が死んだ。

 『戦士を辞めること』を願って、生活が貧困し苦しくなった。

 『理想の妹』を願って、愛故に監禁されて命を落とした。

 あれを選んでも駄目。これを選んでも駄目。必ず何処かで行き止まる。必ず何かでどん詰まる。もっと最良の『答(こたえ)』を探して立ち止まる。寝住は悩んでいた。ずっと悩んでいた。

「…あぁ、なる程『先が見える』からか」

 音弧はそう答えて納得した。彼は寝住の能力について、『複数の未来が見える、未来予知』と認識していた。『未来』…それは何秒先だろうか、何分、何時間、何日、何カ月、何年先かは判らないが、目の前の寝住という子供にはそこまで『見えて』いるのだろう。

「きみのは言ってみれば『確認(ネタバレ)』する能力だもんな。『確約』されているが故に『不変』。『認識』してしまったが故に『普遍』。

 実に面白味の無い人生だな。もし新作の本を読もうとしても、先に結末を知っちゃったら、その本を読む気なんて起きないものな。

 これじゃあ『夢』も『希望』も抱けないだろう」

「うっ…」

 寝住は『夢』が欲しかった。寝住の生涯と言うのは息つく暇も無い過酷な物だ。何せ戦場で生き抜くために身を削るような思いで『ねずみさん(ハンドレッド・クリック)』を乱発する。脳裏に焼き付く理不尽な死の痛みと恐怖、脳味噌を焼き切らんばかりに加速する思考。寝住と言う青年は若くして人生を百倍の密度で生きているのだ。

 そんな人生を送れば、当然のように達観するし諦観する。奇蹟なんて起こらないし、偶然なんて有りはしない。有るのはどうしようも無いちっぽけな予定調和の事実だけ。それが寝住の見ている世界なのだろう。彼は何のために生きているのだろうか。恐らく死にたくないから、仕方なく生きているのだろうか。

「…そうだなぁ。俺の『生死半々(のろい)』にも利点(メリット)と欠点(デメリット)はあるからな。きみのにもあるんだろうな…」

 そう言って音弧は頭を掻いた。そして言葉を紡いだ。

「よし!ここは『人生の先輩』らしく、助言(アドバイス)をしてみよう!

 …きっときみには『真面な事を言う俺』と『真面じゃない事を言う俺』の両方が見えるだろうから、敢えて『両方』言おう!」

 音弧が勢いよく立ちあがると、座った寝住に向き直った。

「まぁ、先ずは『真面な方の話』な」

 その言い回しは『真面じゃない方の話』までするつもりかとツッコミを入れようとしたら、咳払いに先手を取られて押し黙るしか無かった。

「きみに必要なのは『意識改革』じゃあないかな?」

「意識改革?」

「使い古された例え話だけどさ。「目の前にコップが一つあって、その中にはキレイに水が半分入っている」…」

「あぁ、聞いたことがあるよ「残り半分しか無い」って思うか「まだ半分も残っている」って思うかの違いって奴だろ?」

「なんだ知ってるか。そうだな『コップの水理論』とか言う奴で、情報の受け止め方が前向き(ポジティブ)にも後ろ向き(ネガティブ)にも変化するって奴だな。

 ならさ、こんな言葉は知ってるか?『コップに『半分入っている』と『半分空である』とは、量的には同じである。だが、意味はまったく違う。とるべき行動も違う。世の中の認識が『半分入っている』から『半分空である』に変わるとき、革新(イノベーション)の機会が生まれる』」

「…?」

「要はだ。『コップの中に水が半分入ってる』のを見た後に『まだ半分入ってる』と思おうが『もう半分しか無い』と思おうが構わない。

 『まだ半分入ってるから、その分楽しめる』と捉えてもいいし、『まだ半分入ってるから、頑張って飲み干さなければ』と捉えてもいい。

 『もう半分しか無いから、名残惜しいな』と捉えてもいいし、『もう半分しか無いから、ここで飲むのは止めておこう』捉えてもいい。

 だけどさ、これに『半分空である』って認識が加われば『じゃあ注ぎ足そうか』っていう新しい選択肢(・・・)が生まれるじゃないか。

 なんだか屁理屈みたいな話だな。でも、これまでに無い発想の仕方ってのがあれば、きみはもう少し気楽に生きられると思うよ?」

 その言葉を聞いて、寝住は考える。

(今回の『十二大戦』。想定した百通りの分岐の中には、自分が生き残る選択肢がたった一つしか無かったから、迷わずそれを選んだ。

 でも、それは正しかったのか?目の前の音弧(こいつ)が居なけりゃ生存者は俺一人の筈だった。もしかしたらこの分岐以外にも、もっと良い選択肢ってのが有ったんじゃないか?

 例えば『俺が死んでしまっていたとしても、砂粒のお姉さんが優勝して皆を生き返らせる分岐』があったかも知れない。

 …いや、そういう話じゃ無い。どちらかと言えば、もし百通りの分岐の中に一つも生き残る選択肢が無かったら、『どうしていたのか?』を聞きたいんだ。きっと…)

 生き汚くもう一回百通りの選択肢を摸索して、絶望的な状況を打破しようとしていただろうか。それとも苦行に耐えかねて一番楽に死ねる選択肢を確定していただろうか。今し方挙げたように誰かを生かす選択肢を取っていただろうか。そう考えるとどれでもよかったような、どれでもいいような気がする。

 それはそうだ。『生きる』と言う最優先事項を奪われてしまったら、寝住には望む物は何も無いのだ。

(結局、俺には大した願いなんて無いのかもな…)

 自分の欲望の無さを自覚して、意気消沈した矢先のことだった。

 

 

 

「だからさ『風俗』に行こう!」

 

 唐突に『真面じゃない方の話』に音弧は舵を切った。

「は?」

「新しい視点(・・)を得るには、新しい経験と新しい価値観を手に入れるのが一番手っ取り早い!だから、一段飛ばしで大人の階段を駆け上がろう!一皮剥こうぜ!」

「いやっ!?ちょっと待てっ!!どうしてそうなった!?」

「うじうじした悩みってのはなぁ、一度綺麗なお姉さんに甘えれば吹っ飛んでくモンなんだよ!

 それによく言うだろ?『大きなオッパイには『夢』が詰まっていて、小さなオッパイは皆に『夢』を分け与える』ってさ」

「んな訳…ある…かよ」

「んー?その過剰反応…さては貴様っ!童貞(・・)だなっ!?」

「うっせーし!童貞じゃねーし!」

「うわー…そのムキになる所…『真』と見た」

「何なんだよあんた…」

 余りにも不躾に踏み込んできた音弧の下世話な話。寝住は顔を真っ赤に染めてワナワナと震え上がる。

「きみは戦士(・・)だ。どんなに取り繕っても、何時死ぬかも分からない身の上だ。確かに俺もきみも非常に死に難い(・・・・)能力の持ち主だろよ…。

 けどさ、「絶対に大丈夫」なんて保証は何処にも無いんだよ。もしかしたらある日突然、能力が誤作動する未来だってあるかも知れない。そうなったら取り返しは着かないんだよ。そのまま死ぬ可能性だってある…。

 そうならないように、そうなってしまっても悔いのないように、今はしっかりと人生を謳歌しろ。やりたいことを遣り残すなんてしちゃ駄目だ…。

 …と言うわけで、『童貞』…卒業しようか?」

「何をイイハナシ風にしておりますの」

「あいたーっ!?」

 音弧が独自の見解による理屈を熱弁していると、いつの間にやら背後に忍び寄っていた異能肉の拳骨が音弧の脳天に振り下ろされた。

「何、前途ある若い戦士を淫蕩の道に引きずり込もうとしておりますの…」

「何さ異能お姉様。お姉様だって人のこと言えないでしょうに。

 砂粒のお姉さんから聞いたよ?ボーイフレンド十二人を囲ってるんでしょ?そっちの方がよっぽど…あいたーっ!?」

 音弧が抗議しようとすると、今度は彼の足に異能肉のハイヒールが突き刺さり、音弧が悶絶した。

「私の彼達を貴男の様な色魔と同一視しないで頂きたいですわねえ?

 私の彼達は貴男と違って実に紳士的で、私を尊重してくれていますわ。故に純粋かつ健全に、誠心誠意お付き合いしておりますわ」

「へぇー尊重してねぇ…。でもそれって有る意味で遠慮(・・)してるだけじゃ無いの?」

「は?」

「身に覚えは無いのかい?形振り構わず『誰かの愛を欲した』こと。そのために『手段を選ばずに行動した』こと。俺は異能お姉様の様なタイプ(・・・)の人をよく知っているよ。

 でも反対に『欲望をぶつけられた』ことはあるのかい?「貴女を愛している」なんて甘い言葉を囁いておきながら「貴女に嫌われたくないから」と消極的になってるんじゃ無いか?」

「つまり、貴男の方が『上手に愛せる』とでも言う御積もり?」

「さぁ、試してみるかい?そう言えば『お茶に誘う』って約束も果たしてなかったな。今からデートでもするかい?」

 寝住を風俗に連れて行く話が、いつの間にやら異能肉とデートする話へとすり替わっていく。この音弧、本当に自由奔放である。

「…それもまた一興ですわね。いいでしょう。乗せられてあげますわ」

 しかし、異能肉は音弧の誘いにアッサリと乗った。

 だが、彼女がチョロくて安っぽい挑発に乗ったと言う話では無い。意外な事に異能肉は音弧が気になっていた。確かにこの音弧は己の欲望に忠実なド助平だが、それ故に異能肉にストレートに劣情(おもい)をぶつけてきた。他にも彼女の『理想郷』に今まで想像していなかった切り口からの考察をもたらした。加えて砂粒との死別に困惑していた彼女を優しく包みこみ、素直な気持ちに昇華させたのも彼だ。

 音弧という男性は、異能肉にとってこれまでに出逢ったことの無いタイプの殿方だった。興味が湧いた。そもそも病室前の廊下で異能肉は音弧の姿を見つけ、後を追ってきたからこそ、この場に現れたのだ。

 こうしてみると、異能肉は案外チョロい女性だった。

「すまんな寝住。急遽、異能お姉様とデートする事になった。風俗はまた今度な…」

「いや、要らねえし!寧ろ余計なお世話だし!」

「さぁ、異能お姉様。何処でお茶しよう…」

「ちょっと待ったーーっ!!!」

 バーンと途轍もない効果音を鳴り響かせながら扉が開き、一人の女が乱入する。

 庭取だった。音弧と異能肉のやり取りを『鵜(う)の目鷹(めたか)の目(め)』で発見した彼女は、かなり大急ぎでやって来たのだろう。その証拠に頬が紅く、肩で息をしている。

 一息つく暇もなく庭取は力強い足取りで三名の元へ歩み寄ると異能肉の間に割って入り、音弧の腕に抱き着いた。

「もーっ!何勝手に予定立ててるんですか!今晩は音弧さんの手料理で断罪のお兄さんをおもてなしするんですよ!」

「えっ!あれ有耶無耶になったんじゃ無いの?」

「今決めました!」

 そう言いながら庭取は異能肉を見ている。睨みつけている。

「あら、随分と身勝手ですわねぇ?余りワガママだと、このヘンタイも辟易としているのでは無くて?」

「そうですね…。これは私のワガママだと思います。

 でも、彼は言ってくれたんです。『一人が辛かったら他の人を頼っていい。頼る人が居ないなら、取り敢えず俺だっていい』って私のため(・・)言ってくれたんです。私にはそれが嬉しかった。救われたんです」

 庭取は十二大戦で多くの物を音弧から与えられた。自身の願いである『自分』に到達する可能性さえ見える彼の言動、思いやり。庭取にとってちょっとエッチな音弧は『好き』に分類しても良い存在となっていた。

 現に彼はとても優しい。庭取の『自分探し』の為に始めた『養女のお世話』に尽力してくれている。確かに急に抱き着かれたりする事もあるが、性を彷彿させる様な過激なスキンシップは控えている。その理由は「養女(かのじょ)の教育に悪いでしょうが」と音弧は言っていた。どうやらただ変態なだけでは無いらしい。

「それに音弧さんは私と『結婚』も約束してますし、『温泉旅行』にも行く予定です!」

「んなっ!?」

 音弧にとっては、どちらも庭取を挑発したり、励ましたりするために口にした咄嗟の出任せであったのだが、言ったことは事実だ。『口は災いの元』と言う奴だろうか。

 それを現実にするために、庭取は『養女の面倒を見る』と言う名目(・・)で音弧と『既成事実』を作ろうとしていた。庭取にとって音弧は必要な存在だ。だから、どうしても手に入れたいと思った。

「ふーん…。ですが、まだ付け入る隙は有りそうですわね」

 そんな庭取の様子を見て異能肉は直観した。何より音弧が驚きの声を上げ、横でたじろいでいる。目の前の庭取(おんな)が外堀を埋めようとしていることに、音弧(かれ)は気付いているだろうか。

「退いてはくれないんですね…」

「えぇ勿論。私、愛に生きる女ですもの…」

 二人の視線が火花を散らして交差する。その熱量に音弧が冷や汗を流した。

 

「ならば仕方がありません…。

 『酉』の戦士──

 『啄(ついば)んで殺す』庭取」

 

「受けて立ちましょう。

 『亥』の戦士──

 『豊かに殺す』異能肉」

 

「「いざ!尋常に勝負っ!!」」

「ヤメテっ!!俺のために争わないでっ!!」

 

 今ここに十二大戦の非公式試合(エキシビションマッチ)が勃発した。突然の非常事態。二人の乱痴気騒ぎ(キャットファイト)に音弧が慌てて割って止めに入る。

 すっかり蚊帳の外に追い遣られた寝住は、目の前のコテコテとした恋愛喜劇(ラブコメディ)を眺めながらこう呟いた。

 

 

「はぁ…。リア充爆発すればいいのに…」

 

 

 その後に「戦士・寝住。貴方様の願いは『リア充を爆発させること』ですね?」とか巫山戯た事を宣いながら審判員・ドゥデキャプルがヌルリと現れた。

 それを戦士達総動員で撃退し、その流れで『子丑辰酉亥猫+養女』(元気なメンバー)で鍋を囲む事になった。

 

 

 馬鹿らしくも愉快な日常…。

 

 世界は平和だ。

 

 

◇

 

 

 夜の街を一人の青年が歩く。最低限の身形を整えたフーデッドコートにシルクハット。右手には愛用しているタブレット端末。左手には保存食を中心とした買い物袋を提げている。

 彼が目指すのは都心に聳え立った超高級マンション。その上階に住む人物に用事が有った。

 マンションのセキュリティをパスすると彼はエレベーターに乗り込む。五十階超えのタワーマンションの三十二階の広い間取りの部屋へと向かう。目的の相手は以前、最上階の最高級フロアを貸し切っていたが、やれビル風が凄すぎて窓が開けられないだの、やれエレベーターの待ち時間長すぎるだの言って、低い階層に降りてきた。

 ならば離れの大きな一軒家でも借りたらどうかと言ってみたが、それだと半年保たずに死ぬ自信が有ると断言までされた。

 そんな生活力を持っていない目的の人物が住まう部屋のインターホンを鳴らす。しかし、返事は無い。いつものことだ。仕方無しにと、青年はドアノブに手を掛ける。ドアのロックが解除されており、アッサリと開いた。

「お邪魔しますよー?師匠(・・)ー?」

 報告係(レポーター)・ナビィは『十二大戦』の戦闘記録の再編集及び事後処理が漸く終わり、束の間の休暇を得た。その貴重な休みを利用し、彼に『電子機器を操作する技能』と『情報を解析する技能』を叩き込んだ師匠とも呼べる人物の元へと訪れていた。

「うっ!?」

 部屋へと一歩を踏み出した途端にナビィは思わず鼻を抓んだ。

(相変わらず酷い部屋。本当に生活力ゼロだな師匠は…)

 部屋から漂ってくるホコリと悪臭。そして廊下に溜め込まれたゴミ袋達。そう、所謂『汚部屋』と言う奴だった。この間…とは言っても一ヶ月前に来たときに掃除もしたはずなのに、僅か一ヶ月でこの有様だ。これでもゴミをゴミ袋に詰めるようになっただけでも大成長なのだが…。

 そんな部屋へとナビィは迷わず踏み入れる。目的の人物が居るのは分かっている。先程、部屋のオートロックを解錠したのは師匠だし、現在も部屋の奥から物音が聞こえる。

 奥のリビングだった部屋に入ると一人の小柄な女性が居た。子供といわれても通じそうな程に小さな彼女は大型のPCディスプレイに齧り付き、只管キーボードを叩き続けていた。

「お久しぶりです師匠ー。相変わらず女として終わってますねー」

 そのナビィの呼びかけに反応して、彼女の動きがピタリと止まる。

「あら?あら?あらあらあら?そこに居るのはー?ナビィちゃんじゃない♡げらげらげらっ!」

 ぐるりと顔を向けると女は愉快そうに顔を歪ませた。

 冴えない見た目の女だった。牛乳瓶の瓶底の様な丸眼鏡にソバカス顔。ボロボロに荒れた肌、手入れのされていないボロボロのロングヘア。お洒落に一切合切興味が無いためか、ダボタボとしたシャツにラフなハーフパンツの言う色気の無い格好をしている。衣服の下には、成人女性とは思えぬほどに貧相な肉体が隠されているが、若い女の花のような香りは無く不衛生な悪臭が漂った。

「女として終わってるなんて言うけどぅ、そんな私に逢いに来てくれたんでしょう?私嬉しいわぁ!…なんてねっ!げらげらげらっ!

 でもぅ、私の事は師匠じゃなくて、愛を込めて『伏線ちゃん』って呼んで良いのよ?良いのよ♡げらげら…」

 躁に吹っ切れたような、ぶっ飛んだテンションで笑いこける女。

 『伏線ちゃん』を自称する女。彼女こそがナビィの師匠であり、審判員・ドゥデキャプルが『世界を喰らう蛇(ヨルムンガンド)』と呼ぶ女であり、『猫』の戦士・音弧を『十二大戦』に投入した『捻くれ者』でもあった。

「…はぁ、取り敢えず風呂準備してあげますんで、入って下さい。臭くて適わないです」

 そう言ってナビィはバスルームの方へ向かう。辛うじて汚部屋を回避した、と言うよりも使われた痕跡が殆ど無いそこを点検してみたが、問題なく使えそうだ。

 湯を張る準備が出来た所で、使用されていなかった客間に持ち込んだ手荷物を一時避難し、廊下に溜め込まれたゴミ袋達の撤去にかかる。

 何が悲しくて余所の家の家事代行をしているのだろうか。それでもついつい彼女の様子を見に来てしまうのは彼の性分なのだろう。

 

 

 

「はぁぁーーっ♡五臓六腑(ごぞうろっぷ)に染み渡るぅーーっ♡」

 なんだかんだと抵抗する伏線ちゃんを風呂に叩き込み、部屋も綺麗になった所で買い込んできた食料を提供する。もっとも、普段の食事が缶詰とゼリーなものだから、彼女の消化機能は著しく退化している。そのため用意した物は雑炊だった。

 正に至福と言った様子で全身をくねらせて喜びを表している彼女を眺めながら、ナビィも自分の分の食事を口にする。「中々の出来では無いかな?」と評価を下し、また一つ口に運んだ。

(…こうしていると、割と普通の人なのにな)

 この『伏線ちゃん』と言う女は何を隠そう『戦犯』である。いや、厳密に言えば戦犯ではないが、『戦犯級の悪人』である。

 彼女はその類い稀なる『ハッキング技術』を駆使して、あらゆる組織の機密情報を強奪したり、それを他者に与えて犯罪を増長する愉快犯だった。

 何故その様な危険思想の女が野放しになっているかと言えば、彼女は完璧すぎる証拠隠滅まで謀っているため、痕跡が掴めないのだ。本人曰く『バレなければ犯罪じゃあ無いんですよ』だそうだ。

「それで私に用事ってのは、大方『ダーリン』のことかしらぁ?」

「だ…ダーリン…?」

「ダーリンは猫(ダーリン)よぅっ!『猫』の戦士『好奇心で殺す』音弧♡くぅーっ!シビレるわよねぇ…。私も彼風に名乗るなら『手を汚さずに殺す』ってカンジかしらぁ?げらげらげらげらっ!」

(部屋は汚しまくってるのに、何を言ってんだか…)

 愉快そうに笑いながら、食べ終わったスプーンを放り投げるのは止めて欲しい。掃除をやり直さなければ。匙を投げたいのはこちらだと、ナビィは再び溜息をついた。

「…それで、その音弧の事なんですが。何で彼を十二大戦に招き入れ…いや、巻き込んだんですか?」

 何度も繰り返すが彼は『干支十二家』とは縁も縁も無い流しの傭兵だ。無限残機の様なぶっ壊れ性能の異能力や経歴的に見ても、申し分ない実力者ではあったが、所詮は部外者だ。何故その様な彼を呼んだのか。

「その方が面白そうだったから♡」

 伏線ちゃんは即答した。

「そ、それだけ…?」

「他に理由が要るの?」

 そうだった。こう言う奴だったとナビィは頭を抱えた。

 彼女は基本的に事態を引っかき回すのが大好きなイカレ女であった。

「けどけどけどぅ♡音弧(ダーリン)があんなに一杯♡連続で♡逝く(イク)のなんて、私初めて見たわぁ!もう最高!ト・キ・メ・キ…しちゃったわ♡

 げらげらげらげらげらげらげらっ!」

 そう言って彼女は腹を抱えて笑う。手足をバタバタと振り乱して転げ回った。

 一頻り笑い終えた彼女は、息も絶え絶えにPCの前へと這い寄る。キーボードを叩いて何かの動画を再生した。

「あぁ…♡ホント、すごぉい♡

 この世の法則をガン無視したかの様な蘇生方法。いや、蘇生じゃなくて『死因とそれに関連する事柄を全て取り除く』んだったわね。なんか昔マンガでそんな異能力を見たことがあるわぁ…。ファンタジーね、絵本から飛び出してきた王子様みたい…」

 息を荒くしてPCディスプレイに頬擦りをすると画面の向こうでは件の男が動いている。『十二大戦』中の中継映像らしいそれらの中で、彼は様々な手法で殺されていた。

「王子様にしては随分と下品な性格してますけど?」

「分かってないわねぇナビィちゃん?女の子ってのは惚れた男に全身を余す所無く、しゃぶり尽くして貪り尽くして欲しいって感情があったりするものよ♡

 んっ!んふっ…♡私の事もあんな風に求めてくれる日が来るかしらぁ…あんっ♡」

「もじもじするの止めてくれませんかね」

 一応、男の前で股間に手を伸ばすのは止めて欲しい。目のやり場に困る。そして嬉しくない。

「今回の一件で彼の事をいっぱい調査(しる)事が出来たわ♡

 …やっぱり音弧(ダーリン)は『葬れる』わね」

「…は?」

「あぁ、別に『死んでも直ぐに生き返る』とかそう言う話じゃ無いわよ。名実共に音弧(ダーリン)は『死んで』かつ『生き返らず』そして『冥福』するってこと♡」

 俄には信じ難い話だった。十二大戦中、切腹でも銃殺でも焼死でも斬殺でも鳥葬でも刺殺でも自害でも轢死でも毒殺でも圧死でも殴殺でも斬首でも爆殺でも墜落死でも、ありとあらゆる手段でもって殺された彼。それでも幾度となく甦って見せた彼。実際に生身の体で対面したナビィには分かる。音弧と言う戦士は殺せない存在なのだと。しかし、それを覆せると彼女は断言した。

「…ほ、本気で言ってるんですか?」

「モチのロン!もっとも『殺す』んじゃなくて『葬る』だけだし、理屈の上では可能だとしてもやる気なんて更々無いしね。つーか、直ぐにどうこうできる話じゃないしねー」

 そう良いながら、伏線ちゃんは近くにあった大きなクッションを手繰り寄せると、それに体を沈めた。

「ふぁ~~ぁ…もう眠いから寝るわね。三徹してたから、もう限界…。お風呂入ってスッキリして、ご飯食べてマンゾクして、あとはお布団入ってグッスリするだけねー。

 じゃあおやすみ……」

「ちょっ!?ちょっと師匠!せめて説明して下さいよ」

「嫌よ面倒くさい…。私の弟子名乗るんなら自分で見つければいんじゃなーい…」

 そう言うと伏線ちゃんは寝息を立てて眠ってしまった。電池の切れた玩具のようにピクリとも動きはしない。

 (あ、これ、ダメな奴だ…)とナビィは言及を諦めて、食器の片づけを始めた。

 

 

 そして考えを巡らせる…。

 

 

 一十百千万(いちじゅうひゃくせんまん)億兆京害死(おくちょうけいがいし)と死に、そしてそれを覆してきた不死身の化け物を殺す方法を…。

 

 

◇

 

 

 あれから本当に沢山のことがあった…。

 

 

 砂粒の手練手管により干支十二家の協力体制が確立し、『十二支の戦士』達は世界を相手取ることになった。

 

 時には『十二星座の戦犯』を対立したり、

 時には『十二天将の兵士』に協力したり、

 時には『十二色の義勇兵』と共闘したり、

 時には『十二使徒の神罰』に敗走したり、

 時には『十二因縁の奇蹟』を阻止したり、

 時には『十二音階の福音』を探索したり。

 

 それらを乗り越えて、皆で掴み取った完全な『平和』。音弧にとっては最も多忙な時期だったし、最も死亡した事件だったが、最も得る物が多かった人生だと思う。何よりも『十二支の戦士』と紡いだ絆は、音弧にとって『幸運』であり『良縁』だった。

 砂粒にあれやこれやと雑務を押し付けられるのは大変だったが、寝住や憂城や断罪兄弟とはなんだかんだ良いながらもよく遊ぶ関係になったし、失井妬良夫妻や迂々真とは才能の無い音弧に根気強く稽古をつけて貰う間柄になったし、必爺と怒突とは子育て談義をする仲間になったし、庭取と異能肉に至っては二人纏めて娶(めと)ると言うハットトリックを(二人だけど)決めた。

 当初音弧を巡って取り合いをしていた庭取と異能肉であったが、様々な苦難の途中で敵味方問わずに妙なフラグを立てまくる音弧の存在に危機感を覚え、彼女達の間に停戦協定が生まれ、囲い込み(ハーレム)が形成されたらしい。結果的に本妻は庭取で、公認の愛人が異能肉という訳の分からない鞘の納まり方になったが、本人達が満足ならそれでいいのだろう。

 

 二人の妻に囲まれた音弧の人生は幸せだったと評価しても良いだろう。勿論、三人の関係が拗れて、修羅場に発展し、音弧が包丁で刺される場面も多々あったが、愛故にと思えば可愛らしい物である。少なくとも『死んだくらいでは死なない音弧の特性』が前提にあっての話なので、周囲のメンバーはハーレムを羨ましがるような事は無く、若干引き気味に見ていた事は語るまでも無い。

 

 しかし、晴れやかな人生には『終わり』と言う物が当然ある。この音弧にさえある(・・)。

 

 音弧の呪い『生死半々(シュレディンガー)』は因果関係を遡り死因となる事柄を回避することで『死を無視する無死にする』蘇生能力を得ている。なる程、不死身と言う他ない。

 しかしだ、どれだけ原因を回避しても、どれだけ時系列を遡っても、可能性を那由多(なゆた)不可思議(ふかしぎ)の遙か彼方無量大数(むりょうたいすう)まで探しても、『その死因を回避する事が叶わない』となればどうなるだろうか。

 単純明快な話だ。音弧は『不老不死』では無く、但の『不死身』だ。

 つまりは『老衰死』。天寿を全うすれば音弧は『死ぬ』のだ。それこそ音弧を『葬る』唯一の方法なのだ。

 

 

 

 

「…はぁ…はぁ」

 あれから長い月日を経て、音弧は病院のベットに寝ていた。若かりし頃の健康的且つ屈強な戦士の姿は見る影も無く、既に輝きを失いかけた老いぼれが居るだけだった。

 体に生命維持装置が繋がれ、今にも切れそうな命の糸を必死に掴むように音弧は呼吸を繰り返していた。

(…そろそろ。終わりが近いな)

 音弧は自らの『死』を理解していた。自身の不死身の呪いを研究してきたからこそ、こうなることは知っていた。最も急な発作で死ぬような事態だけは無いため、他の人間に比べたら長生きなのは確実だった。現に、『十二支の戦士』の中で今も生きているのは一番若かった『子』の戦士くらいだ。

 しかし、彼以外にも音弧が紡いできた縁というものはとても多い。危篤を迎えた彼の周りには彼の息子や娘、孫に曾孫まで揃っている。家族に囲まれて大往生出来る彼の人生は幸福だったのだろう。

(身辺整理も済ませているし、財産は揉めることの無い様に分け与えてあるし、遣り残した事は無いな…)

 これから死を迎えるというのに、音弧の心はとても穏やかだった。挙げ句には残される者達の心配までする始末だ。

(…あぁ、もう直ぐか。名残惜しいな)

 目を伏せようとしたその時、一人の男が病室に勢いよく入り込んできた。

「音弧っ!」

「ね…ず……か?」

 『子』の戦士・寝住。とうの昔に現役を引退し、静かな余生を送る茶飲み友達となった彼。そう言えば彼も音弧が淹れた紅茶を気に入ってくれた人だった。紅茶を飲んで穏やかに笑う彼の事も勿論好きだったなと、思い出が蘇ってきた。

「そうだ俺だよ!しっかりしてくれよ!」

 そう言って懸命に励ましてくれている寝住だって、盛期を過ぎ、還暦を過ぎた老いぼれになってしまった。既に結婚し、子を成し、遂には孫も生まれるとか何とか言っていたのを思い出した。

 (さっきから思い出してばっかりだ。本当に年老いてしまったな…)と音弧は自虐的に笑ってしまった。それを相手がどう受け取ったか確認も出来やしない。目も耳も鼻もスッカリポンコツになって使い物になりはしない。

「…ひさ…」

 久しぶり…、と挨拶を交わそうとして咳き込んだ。孫が手を握ってくれているらしくて、その感触が伝わってくる。

 己の不死性故に看取る側だった音弧。こうして看取られる側に立つのは、やはり悪くない物だなと思った。

「頼むよ!死なないでくれ!生きてくれよ!」

 (無茶を言うな…)と思わず笑みがこぼれる。音弧は人生を精一杯生きた。生きすぎた。活きすぎて。粋すぎて。逝きすぎた。

 

 だから征かなければならない。

 

「お…わ…か…れ………」

 

 最後の力を振り絞って。そう言葉を紡いだ。

 

 

 

 バイタルサインが停止した。心臓が停止し、体も動かず、目からも、その最後の輝きが失われた。

 

 この日、音弧は長い生涯に幕を閉じた…。

 

 この物語は完結したのだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …とでも、言うと思ったか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱりこうなる(・・・・)んだよなぁ」

 

 『猫』の戦士・音弧。

 いや、既に現役は引退したのだから『根古屋又三郎』と呼称しよう。彼はゆっくりと身を起こす。

 先程彼は『老衰』によって完全に死んだはずだ。しかし、生きている。

 それだけではない。又三郎の居る場所は病室のベットの上では無く。何処かも分からないような山紫水明の地。しかも、その肉体は古ぼけた老人のそれではなく、瑞々しいを通り越して幼い少年のそれだった。

 又三郎の呪い『生死半々(シュレディンガー)』は因果関係を遡り死因となる事柄を回避することで『死を無視する無死にする』蘇生能力だ。勿論『老衰死』にだって原因は存在していて、呪いはそれを回避しようとする。

 『老衰死』の原因は何か。それは『年を取る』こと、これに尽きる。人は年を取れば筋肉も骨も弱くなり、内臓の働きも弱まり、脳も機能が低下する。肉体の何処か一カ所に欠陥が生じれば、それに引き摺られるようにバランスが崩れて死に至る。どんなに健康に気を遣おうとも、寄る年波には敵わない物である。

 つまり広義的に言ってしまえば『生きていること自体が死ぬ原因』なのだ。

 

 『生』と『死』の二律背反問題を、この『呪い』は解決(・・)しようとして…

 生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、生かして、殺して、

 …やがて、矛盾(・・)を抱えきれなくなって『世界から弾き出される』のだ。

 その後に、この様に、『幼い少年の姿から人生をやり直し(・・・・)させられる』のだ。それも別世界(・・・)でだ。

 

 

 輪廻転生(リインカーネーション)『廻子魂死(ねこだまし)』

 

 

 『死して魂は子へと廻る』。自然の摂理に真っ向から反抗…いや、反行(・・)する『生死半々(シュレディンガー)』に隠された最大の『呪い』だった。

 勿論こんな秘密は誰にも教えては居ない。これは彼自身が墓まで持っていくつもりのものだった。最も、持っていく墓があるかどうかも怪しいのだが…。

 

 

「…今にして思えば、あれがチャンスだったんだよなぁ」

 

 実は、又三郎がこの『地獄』から抜け出す方法が一つだけあった。

 それこそが『十二大戦』の『優勝商品』の『どんな願いでもたった一つだけ叶える権利』。それを使い『生死半々(シュレディンガー)の解呪を願う』ことだった。

 しかし、彼は願いをフイにしてしまった。その後の十二大戦に参加を試みたが、その全てで参加を拒否されてしまった。その都度審判員を務めたドゥデキャプルから「レジェンド音弧様が居ては『十二大戦』が出来レースになってしまいます。どうかお引き取りを…」と言われ、彼は引き下がるしか無かった。こうして、彼は千載一遇の機会を永遠に逃してしまったのだった。

 もし、あの場面で願いを増やさずに、自分の『本当の願い』を叶えたら『幸せ』になれただろうか。

 

「けど、それだけは無いよな。うん、無い無い」

 

 又三郎はその考えを『愚問』だと一蹴した。

 もしそれで『解呪』に成功したとしても、その後に『十二支の戦士』と恵み多き縁を結べなければ、又三郎はここまでの『幸福』を享受する事は叶わなかっただろう。彼の選択は間違いなく幸せだった(・・・)と言える。

 しかし『呪受者』のままでは、手に入れた『幸福』は風化して過去の物と成り果てて尚、人生は無限に続く。

 又三郎に架けられた『廻子魂死(ねこだまし)』の呪いは、幸福を幸福のままに終わらせて(・・・・・)はくれないのだ。

 

「さて…と、まずは生活基盤を整えようか。一先ず、水源と食料、後寝床は確保したいな。生活が安定したら人里も探したいな…。

 ああ、そうだ。あれはあるかな?」

 そう言いながら又三郎は手荷物を確認する。二度目の人生で手に入れた『ロケット』、三度目の人生で手に入れた『帽子』、四度目の人生で手に入れた『万能刀(サバイバルナイフ)』、新たに『二つの指輪』が加わっていた。

 銀の輝きを放つ二つの指輪。それぞれに『羽根』と『牙』の意匠がされたそれは、かつて伴侶に送った指輪(ペアリング)だった。それを見て又三郎は安堵した。幸福な生涯を遂げた彼はどう言う原理かは分からないが、前世で最も自身の『幸福』に縁のある品を来世に持ち越すことが出来た。理屈なんて詳しくは知らないが、恐らく神様辺りがサービスしてくれたのだろう。そういうことにしていた。

 それらを強く握り締めて、大きく息を吸う。そして吐く。そして確認する。

(大丈夫…。俺は大丈夫だ…思い出(皆が)があるから…)

 改めて又三郎は立ち上がる。そして歩き出す。目的地なんて分かりはしないが、それでも前へと進む。

「…にしても、あと何回人生を繰り返せば良いんだろう?

 『猫を殺せば七代祟る』って言うから、あと二回かな?それとも、『猫に九生有り』って言うから、あと四回かな?案外それでも終わらないのかもな?

 そうだそうだ、呪いを自力で解呪するって手もあるんだよな。もしここが魔法が存在する世界なら、それを修めてみようか。きっと役に立つはずさ。

 うん!俄然やる気が出て来たっ!」

 

 

 

 一度目の人生は、「バケモノの様なバケモノの人生」だった。

 二度目の人生は、「バケモノの様な人間の人生」だった。

 三度目の人生は、「人間の様なバケモノの人生」だった。

 四度目の人生は、「人間の様な人間の人生」だった。

 そして、五度目の人生は、「バケモノのようで、人間の様な人生」だった。

 ならば、六度目(・・・)の人生はどうなるだろうか…。

 

 

 

 不死身の呪い『生死半々(シュレディンガー)』による『生き地獄』。

 輪廻転生の呪い『廻子魂死(ねこだまし)』による『無限地獄』。

 

 これからも二つの地獄が、その身を永遠と焼き続ける事だろう。

 それでも彼は歩みを止めない。

 そして願うのだ…。

 

 

 

 

 ──根古屋又三郎は『幸せが欲しい』──

 

 

 

 

             (十三大戦──終)

 

 




『夢』も『希望』も抱けない解説


・第十一話『豚に念仏、猫に経』について
 『豚に真珠』『猫に小判』も含めて、「どんなに価値の有る物でも、それが理解できなければ意味は無い」と言う意味。
 実は第十話の次回予告に使われた『牛に対して琴を弾く』も同じ意味。
 また、同じ意味の諺は多く、『犬に論語』『兎の祭文』『馬耳東風』『蛙の面に水』などがある。

 テーマとしては『本当に大切な物は何か?』について。
 原作の『虎は死んで皮を残す』『竜頭蛇尾(後攻)』を盛り込んだ内容は、原作で自身の願いを自力で叶えた妬良や、全てが満たされているが故に何も欲しくない断罪兄等、別に十二大戦に優勝せずとも幸せになる道筋があることの証明でもある。(本作の場合、失井・庭取・憂城にも可能性が芽生えてますね)
 また、最初に不完全燃焼気味だった音弧と異能肉のやり取りを補完できた上に対十二大戦の内容もねじ込めたので大満足です。苦労しただけはある。




・第十二話『毒皿嘗めた猫が科を負う』について
 『皿嘗めた猫が科を負う』→大罪を犯した悪人が罪を逃れ、流れに便乗した小者が裁かれる事。有る意味『濡れ衣』。
 因みに『毒皿』に変わっているのは、前に『毒皿主義』→『毒を喰らわば皿まで(→悪いことをしたなら、徹底的に悪になるという意味)』がくっついているため。
 ここでは『毒を喰らわば皿まで』の意味がメインで『皿嘗めた猫が科を負う』は語呂合わせに近い。ニュアンス的には「徹頭徹尾覚悟して選択し、そして報いを受ける」みたいな意味。




・『長靴を履いた猫(カバラズ・キャット)』について
 グリム童話あるいはシャルル・ペロー作『長靴をはいた猫』が元ネタ。猫が手練手管を駆使してご主人様を一国の主にしてしまう話。




・『救友作り(クラスメイト)』
 オリジナル設定。憂城の『死体作り(ネクロマンチスト)』を『喰(く)い改(あらた)める』ことで生まれた技能。
 いったい『何ぬい何そで』ちゃんの仕業なんだ…(ゴクリンコ)



・『ラビット・ナボコフ』について
 『20世紀少年』に登場したトランプゲーム。
 1989 年、ベルリンの壁が崩壊して、社会主義国家ソ連がロシアになり、自由主義資本がドッとなだれ込んだ時一獲千金を夢見て、ギャンブル熱がわき上がった中、アレキサンドル・ナボコフという男が考案したカードゲームです。
 ギャンブル性が高すぎ一発で大勝ちする。その額がケタはずれで、逆に大負けで、自殺者の数は異常にふくれ上がった上、イカサマがしやすかったため、世界的に、カジノでブームになるかと思われたが、あっという間に消えうせました。




・『コップの水理論』について
 後半はP・F・ドラッカー『イノベーションと起業家精神』の引用です。




・輪廻転生(リインカーネーション)『廻子魂死(ねこだまし)』について
 『生死半々(シュレディンガー)』に仕込んでいた大きな罠。
 『生死半々(シュレディンガー)』の法則を矛盾無く成立することが出来なくなった瞬間に自動発動(バグる)。
 世界から弾き出されて、異世界で人生をやり直しさせられる呪い。
 つまり、「よくある転生オリ主だった」と言うだけのオチ。




…え?知ってたって?
これは失礼しました。


◇


プロフィール

『猫』の戦士──『好奇心で殺す』音弧
『幸せが欲しい』

 本名・根古屋(ねこや)又三郎(またさぶろう)。誕生日不明。身長173センチ、体重52キロ。何かと謎の多い人物だが、その正体は転生者であり、異世界人である。彼の戦士としての器量は『因果関係を遡行し、死因を回避する事象変化』と『様々な世界への転生能力』の二つである。
 一番目の人生は中世欧州の様な世界で『魔法』の概念が存在する世界だった。スラム街でストリートチルドレンをしていた彼はあるとき、空腹に耐え切れず偶然その場に居た魔女の使い魔である『猫』を喰らった。これが魔女の怒りを買い、『不老不死』の実験材料にされた。それが彼の『生死半々(シュレディンガー)』及び『廻子魂死(ねこだまし)』が付与(・・)された経緯だった。『不老不死の研究をしていた結果、こうなった失敗作』とのことで、実験動物(モルモット)にされた彼からしたら大層迷惑極まりない話である。
 呪いを受けた彼は酷く錯乱した。人の身でありながら人ならざる者となったのだ。錯乱した彼は人との違いを受け入れられずに『殺人鬼』に成り果てた。人を殺せば自分と他人の差異を認める事が出来た。これが『好奇心で殺す』ことの始まりだった。やがて殺人鬼は捕まり、ありとあらゆる手法で処刑されたが、結局は死なず地下収容所に幽閉され、寿命を終えて幕を閉じた。付いた異名は『霧の都の切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)』。
 二番目の人生は最悪のスタートだった。ありとあらゆる責め苦で廃人寸前の状態だった彼は、早くも悪人に捕まった。この世界では『魔法』や『呪い』の概念が無く、彼の不死性は異常(・・)な物だったらしい。『不死身の怪物』として罵られて、拒絶された。彼は虐げられて、見世物小屋で『殺害ショー』として日々何度も様々な趣向を凝らして殺された。そんな彼を救ったのは貴族の令嬢だった。これこそが彼を人間に戻した『運命の人』である。彼女は彼を大枚をはたいて買い取ると、自身の護衛として教育することにした。人間性を取り戻した彼は元来の好奇心旺盛な性分が幸いし、護身術や教養をすぐに身につけた。
 しかし、幸せは続かない。隣国との戦火に見舞われ、愛しの令嬢は敵国に奴隷として売り飛ばされた。苦労して彼女を見つけた頃には、性奴隷として辱めを受けて無残な姿に変わり果て、その後息を引き取った。怒りに狂った彼はたった一人で、その領主及び国王を殺し、その国を滅ぼした。それが異名『國潰し』の由来である。
 だが、それでも彼の心は晴れなかった。寧ろ、国を滅ぼした事で自身が殺した領主の娘が自国で同様に慰み物にされていることを知り後悔を抱いた。せめてもの償いとして彼女を引き取り、彼女を育て上げて立派な旦那の下に嫁に出すことにした。その後彼は失踪し、誰にも知られることも無く寿命を迎えて人生を終えた。
 三番目の人生は驚きに溢れていた。これまでとは異なる江戸時代の様な世界に変わり、しかも『妖怪』や『神霊』や『幻獣』などの超常現象との共存が成立している奇妙な世界だった。この世界では彼の『不死性』は極当たり前の事として受け入れられた。遊郭街道で様々な仕事をする傍らで、自身の『不死性』について調べていたら、どうやら『猫又(ねこまた)』の性質に近いのだと大妖怪から教えて貰った。『お前のその人懐っこさは『猫』みたいだな』と以前に運命の人から言われた事を思い出した彼は、自身に『根古屋(ねこや)又三郎(またさぶろう)』と名付けることにした。由来は『猫又』と『三番目の人生』から来ている。その後、その大妖怪とそのまま恋に落ちて、彼女に看取られて寿命を迎えた。因みに大妖怪は凄い絶倫だったとのこと。
 四番目の人生もこれまた驚きに溢れていた。現代の様な世界で『超常現象』は異質な物で有りながら、反面『科学技術』の高い世界であった。丁度世界大戦の真っ只中だったらしく、彼自身も孤児院を出て軍人になった。二番目の人生の経験から『不死性』をひた隠しにしながら生涯を送った。また軍人として働く傍らで医学方面への関心を持ち、衛生兵をしていたことも有り、簡単な応急処置技術は健在(但し、高難度のものになるとブランクが酷いため拒否している)。その後、国の重役の娘と政略結婚させられ、子供を設けることになったが、自身の『不死性』は彼個人の物で有り、遺伝しない事が判明して深く安堵した。我が子までこんな責め苦を受けるなら『子供なんて要らない』と思ったからだ。
 五番目の人生が今の彼。『十二大戦』の存在する世界だった。四番目の世界に類似してはいるものの、僅かに『異能力』と言う物が存在する事から、彼は前回とは異なり『生死半々(シュレディンガー)』を必要に応じて使うことを覚えた。特に『因逆亡戻(リバース・リ・バース)』等はこの長い生涯で初めて判明した裏技だった。
 これまで生涯で培ってきたノウハウを元に、地盤固めの期間は少年兵として巨大国家の後方支援部隊から下積みをし、後に空軍落下傘部隊に転属。ありとあらゆる手練手管でカリスマ性溢れる部隊長の補佐をし、クーデターを成功に導いた。付いた異名は『長靴を履いた猫(カバラズ・キャット)(→意訳:カバラ公爵の飼い猫)』。
 国が滅んでからは民間軍事会社を転々とするフリーの傭兵をしていた。
 つまり彼の強みとは『不死性』のみならず、『好奇心』と『適応力』、そしてこれまでの四つの生涯で得た『知識』と『経験』もまた彼の強みである。
 正直、レジェンド必爺など目ではない。




『蛇遣い』の戦犯──『手を汚さずに殺す』ホール・ディ・サーペンタ
『笑いが欲しい』

 本名・糸伏(いとぶし)泉(いずみ)。誕生日2月29日。身長140センチメートル、体重40キロ。罪状『無し』(高度な情報操作により隠蔽が施されている。実際には『証拠隠滅罪』と『不正アクセス』と『犯罪教唆』)。愛称は『世界を喰らう蛇(ヨルムンガンド)』『捻くれ者』『伏線ちゃん』。果たしてその実態は、空前絶後の超絶怒濤の引き籠もり、電脳世界を愛し、電脳世界に愛された干物女。彼女の器量はその類い稀なる『ハッキング技術』による『情報収集能力』である。彼女の自作したハッキングプログラム『媚に入り催に入る(チャーミング)』は「世界を揺るがす国家機密から、昨晩の音弧(ダーリン)の自慰行為(オナニー)の回数までなんでも丸わかりよん♡げらげらげらげらげらげらげらげら!」とのこと。こうして得た情報を他者に与え、犯罪を増長するのが趣味。愉悦部所属。
 不摂生かつ出不精の為、肉体は貧弱貧相で近くのコンビニに行くのさえ一苦労。しかし、パソコンのブルーライトで肌はしっかり日焼けしているというアンバランスさ。攻撃力は爪楊枝並みで、防御力はティッシュペーパー並み。音弧曰く「俺と恋仲に成りたかったら、せめて健康に気を遣え。そんな不健康体じゃあ、子供も産めないだろうが」とのこと。マヂウケる。げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらっ!




 …と、ここまで『十三大戦対十三大戦』の仕込みをしてみたものの、続編の予定は今のところ無い。何より複数の戦士・戦犯の扱いが厄介すぎてシナリオが練れない。卯とか魚座とか…。


◇


後書『猫は禿げても猫』

 お初にお目に掛かります読者の皆々様。『辰年水瓶座生まれの兄』を持つ『巳年天秤座生まれの弟』である作者(セイントス)で御座います(実話)。これに『卯年射手座の友人』でもいれば隙の無い布陣になるというのに、実に惜しく思います。…与太話はこのくらいにしておきましょう。
 この度は西尾維新作品二次創作『十三大戦』を最後までご愛読頂きまして誠にありがとう御座います。最初の方は勢いで始めたものの、無事完走できて内心とても安堵しております。もし宜しかったら感想・評価を頂けたら、私の励みになります。
 現在の所、続編や短編の予定はありませんが、何かラプチャーしたらまた新たに執筆させて頂きたくかも知れません。気長にお待ち下さい。
 最後に、この後の原作の続編や素晴らしい二次創作十二大戦の誕生を願いまして、締めの言葉とさせて頂きましょう。


 エブリバディ・クラップ・ユア・ハンズ!
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