……あ!もしかして難しかった?
仕方ないわねえ…。
お姉さんが優しく教えて…あ・げ・る♡
げらげら。
『双管』は二本の筆を両手に一本づつ持つこと。
『斉下』はそれを同時に降ろすこと。
二本の筆で左右別々の絵を同時に書いて見せた逸話から生まれた言葉よん♡
それにしても……両手にペン…はっ!?これはもしや『二天一流』じゃないかしら!?やっばいわ、中二病を再発しちゃいそうだわ!乙だわ!
げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらっ!!
「で、どうするよ?お兄ちゃん?」
「ん?どうするよってなんだよ?弟ちゃん?」
美しい古式建築住宅の建ち並ぶ街並みを二人の戦士が足早に歩いていく。
踏み付ける石畳の坂道は色彩の使い方や石材自体にも古風かつ趣を感じる建築家の並々ならぬ拘りがあった。それもその筈だ。何せこのこじんまりとした居住エリアは『有力者』が金に物を言わせて移築させたものだ。
『移築』などと生易しい言葉を使っているが、本来住んでいた住民達を全て追い払い、地面の基礎工事から掘り起こし、無理矢理移植でもするかのようにして島の構成要素に組み込まれたこの街は、『強奪品』とでも表現したほうがしっくりとくる。本来の領地の深い歴史と文化をいとも容易く踏みにじる不快さがあった。
心なしか二人の戦士の声にも不快さ──と言うよりは焦りや苛立ちの様な物が窺えた。
「決まってんだろ、ええ──どっちにつくつもりなんだ?
戦士軍かよ?それとも戦犯軍なのかよ?」
「……」
断罪兄弟。まるで鏡合わせのようにそっくりな双子。まるで同じ物が二つ存在しているかのように錯覚してしまうほどそっくりな双子。一度、二人が同じ表情で向き合えば、某有名な騙し絵の絵画の様な
そんな二人の先には相も変わらず一本道。しかし、二つの選択肢が並べられていた。しかも、今まさにその選択を迫られている。
十三戦士と十三戦犯の対抗戦という、この非常時であり異常事態の十二大戦の中で、どのようなスタンスをとるか。
(そろそろ決めなきゃな…)
わざわざ問いかけた断罪弟も、それに返答を求められている断罪兄も、同様に頭を悩ませていた。
ふと数十分前の光景が頭を過ぎる。あのボールルームでの一幕。『子』の戦士(だったはず)に化けていた『牡羊』の戦犯が、一瞬で『皆殺しの天才』である『丑』の戦士・失井の首を刎ね飛ばしたことだ。訳が分からないほどに強いと有名で、もし通常通りの殺し合いを繰り広げる十二大戦だったならば、確実に断罪兄弟のみならず全戦士を脅かす筈だった最強格の剣客であった彼が、ああも見事に殺されたのだ。良くも悪くも、目を奪われたし、目を疑った。彼女──フレンド・シープが『数えて殺す』その衝撃的な光景は、悪夢でも見せられているかのような気分だった。
しかし、羊の皮を被った狼──実際には鼠のお洋服を着た牡羊なのだが──の脅威は止まる事を知らずに牙を剥く。狙いは偶然近くに居た、憐れな白兎だった──あれは憂城だった。驚愕に染まる戦士全ての意識の間隙を縫うかの様に繰り出された一撃に動ける者は一人としていなかった。…はずなのに、たった一人だけ、例外がいた。
『猫』の戦士──音弧。あの愛嬌のある笑みで周囲を取り持っていた猫顔の戦士だけは咄嗟に動いていた。彼は憂城を突き飛ばし、そして文字通りに身代わりになるように体を入れ替えた。……様に見えた。曖昧に答えたのは、悲鳴を上げた庭取のせいでもあるし、身を守るべく愛銃を盾にしながら位置取りを変えた異能肉のせいでもあるし、音弧が襲われたのを見て慌てて動き出した砂粒のせいでもあるし、そのパニックに乗じて撤退を決め込み断罪兄の手を引いて走りだした断罪弟のせいでもある。つまりは悠長に顛末を確認している暇なんてなかったのだ。
今にして思えば、フレンド・シープが首尾良く『丑』を殺した後、憂城を──或いはそれを庇った音弧を殺したのだって、「誰でもよかったから」「偶然近くに居たから」「殺せるだけ殺したかったから」程度の理由だろう。失井の隣に居たのが必爺であれば彼が殺されていただろうし、庭取であれば彼女が殺されていた。流石に距離のあった迂々真や怒突や砂粒や、咄嗟に対応を始めた異能肉は殺しにくかった事を考えれば、三人目(『子』『丑』『猫』とカウントすれば次は四人目か…)の被害者は、餅つき…ではなく、音弧に突き飛ばされて尻餅をついていた憂城か、あるいは直線状に居た断罪兄弟か。そんな合理的な考えで殺されてはたまったものではなかった。
しかし、不思議だとは思わないか?
『子』に化けていた戦犯が、『丑』の戦士を不意打ちで殺した。次いで、序でと言わんばかりに『卯』が狙われた。呼応して『猫』と『申』が動いた。
十秒足らずの修羅場。混乱。錯綜。狂騒。パニックホラー顔負けの凄惨なワンシーンには、空を飛ぶ断罪兄の『天の
ではどうやって、そんな阿鼻叫喚の最中で、断罪兄弟だけが、咄嗟の判断で、あのボールルームが抜け出せたのか。
答えは極めて簡単だ。断罪兄弟は知っていたのだ。音弧が話したよりも正確に、妬良がサー・カンサーから告げられたよりも明確に、今回の十二大戦にこめられた異質なテーマを断罪兄弟は事前に教えて貰っていたのだ。
十三戦犯の一人、『天秤』の戦犯──バロン・スーから聞かされていたのだった。
◇
「俺はきみ達のことを親友だと思っているから言うよ。断罪兄弟──第十二回十二大戦はきみ達の望んでいるような形では開催されない」
バロン・スーから秘匿回線を用いて告げられた情報は荒唐無稽にも程がある。と、断罪兄弟は当初鼻で笑った。干支十二家にとって十二大戦とは巨大な権利があり、それを実行するだけの強制力があり、厳正で、神聖で、絶対不可侵である。高々、名だたる犯罪者集団──断罪兄弟の所業を鑑みれば、犯罪者側にいてもおかしくは無いのだが──程度に十二大戦が脅かされるなど、到底有り得ないと高をくくっていた。如何にその十三戦犯とらやが底知れぬ程に不気味な集団であっても、その点は変わらなかった。
だからこそ、断罪兄弟は戦犯軍の行いは無理無茶無策無謀であると断じた。そんな危険な行為は棄権した方が良いさえと思う。というか、実際に断罪兄弟はバロン・スーに辞めるように、この案件から手を退くように勧めた。断罪兄弟らしからぬ実に良心的な催促だった。断罪兄弟のことを親友だと思っているバロン・スーに対して、断罪兄弟は特に懐くところは持ち合わせていないが、強いて上げるならば、せいぜい過去に断罪兄弟を救って貰った──許して貰った『恩』を返すくらいの意味しか懐いていなかった。
そもそも、何故バロン・スーは断罪兄弟を親友と認識し、断罪兄弟はバロン・スーを気に掛けるような間柄になったのか。そこまでの親密な関係を築けたのか。そこには実に奇妙な縁があった。
彼らが出会ったのは、とある弾劾裁判での事だった。当時、断罪兄弟は被告人として、バロン・スーは『天秤』を司るだけはあって、その双子の被告人を裁く最高裁判長であった。法の前に並び立てられた断罪兄弟の罪状は一般的な範疇で見れば、到底情状酌量の余地は無く、その名に相応しく『
元々バロン・スーは『許し人』としてその名を轟かせており、多くの罪人を許し、無罪にしていた。無論、轟かせていた名は、主に悪名である。当然、戦争犯罪人を無罪放免で釈放してしまえば、その犯罪人は再び戦場に日常に舞い戻ることになる。中には、赦しを得たと言うのに、性懲りも無く、同じ罪を犯す愚か者も居る始末。加えて、これは一般に出回って居ない情報なのだが、そんな犯罪者を無罪にするために、バロン・スーは秘密裏にかなり危ない橋を渡っていた。
何がそこまでバロン・スーを駆り立てるのか。断罪兄弟には到底理解できないが、バロン・スーは確かに己の矜持と信念に基づいて無罪判決を言い渡し続けた。
しかし、他の者達からその理念が理解されるはずも無く、最終的には『法廷侮辱罪』が適用され、バロン・スー自身が裁かれ、法の庭を追放された。
本来ならば、処刑されて死んでいたかも知れない断罪兄弟を許したのは、紛れもなくバロン・スーその人である。だからこそ、今日までその奇妙極まりない縁は継続したままだった。
確かに断罪兄弟はバロン・スーの事を親友だとは思っていない。しかし、他人と切り捨てられない程度には深い付き合いとも言えるのだ。
「なぁ、『許し人』様よお。悪いことは言わねえから、この案件、手を退いた方が身のためだぜ?十二大戦ってのは戦争の中の戦争、戦争の上の戦争、世界各地で繰り広げられている、ありとあらゆる戦争行為を、ただ一カ所に、たった十二人に集約する──言ってみりゃあ戦争の象徴だ」
「俺様達が調べただけでも、参戦する戦士はどいつもこいつも一級品。錚々たる顔ぶれだ。
メジャーどころで言えば、『皆殺しの天才』の『丑』の戦士、『和平交渉の
マイナーどころで言っても、戦場に居ると嫌がられるランキング上位に食い込む『寅』の戦士、鉄壁のディフェンダーとして防衛拠点からの呼び声が高い『午』の戦士、前回の優勝家系で戦場でもそれなりに名の通る『亥』の戦士。あくまでも参戦者の候補でしかねえが──仮にそいつ等が相手じゃあ、そんじょそこらの犯罪者が束になったって敵わねえよ」
「そうでなくても、俺達『辰』と『巳』の戦士…断罪兄弟が居る。もし、俺達にまで凶器を振りかざそうってんなら、返り討ちだ。殺してやるよ。断罪兄弟らしく
「罪状は俺様達への『殺人未遂』ってところかぁ?」
「どうだい、元最高裁判長様?」
降伏勧告と呼ぶには余りにも尊大で不躾な物言いで、断罪兄弟はバロン・スーに話しかけた。
「許そう。俺はきみ達のことを親友だと思っているから」
断罪兄弟の余りにも図々しく高慢な振る舞いでさえ、バロン・スーは許してしまう。かつて、彼らの無法を悪逆非道を許した時と同じように。
「
戦争犯罪人の身に落ちながらも、精神は未だに高潔な裁判官のままを保つバロン・スー。その独自的な性格も相俟って、何処か浮き世離れした雰囲気を纏う人物だが──それ以上に疑問を抱いた。
(…『俺達』?『総じて死刑にするつもり』?)
その言葉に断罪兄弟は僅かな引っかかりを覚えた。先にも述べたように、バロン・スーは『許し人』として名を馳せた人物だ。罪人を赦すために──赦してきたがために『死刑』という言葉を滅多に使わない。数多く熟してきた裁判の中で、バロン・スーが有罪判決を下した事例など、両手の指で数えて足るほどでしか無い。
つまりだ。バロン・スーが口にした『死刑』という言葉には、より一層の深い意味を含んでいた。
そして、まさか思いもしなかった。この十二大戦のルールを説明された時に、戦犯軍の中にバロン・スーの名が入っているとは思いもしなかった。
その事前情報のお陰で、断罪兄弟は十二大戦の異常事態をいち早く読み取り、行動に移せた。
しかし、事前情報があるからこそ、戦犯軍の計画の恐ろしさが際立つ。前もって戦士軍の中に戦犯を紛れ込ませる大胆不敵な計画。それを可能にした『牡羊』の戦犯──フレンド・シープの変装能力。いや最早、擬態や変身、あるいは憑依や乗っ取りのようで、識別や看破がまるで通じない。その情報もバロン・スーから前もってほのめかされたものだが、聞いた当初は信じ難い話だったし、目の当たりにしても信じることは難しい。
だが、これすらもまだ序の口だ。先制点でありながら、牽制球だ。ああも見事にブリーフィングフェーズから引っかき回されては、戦士軍の協力体制を望むことは困難と言わざるを得ない。
加えて、戦力面でも非常に手痛い。何せ殺されたのは、あの『丑』だ。更に『子』と、恐らく手遅れになったであろう『猫』。更には一人抜け出してしまった『寅』にも刺客が差し向けられているはずだ。これで下手をすれば、戦士が早くも四名落ちている可能性が高いと考えられる。実際、断罪兄弟の読みは概ね正解であり、戦況は戦犯側へと一気に傾き始めている。
「俺達のことを『親友』と思っている元最高裁判長はともかく──あの早着替え女が、俺達を殺すことを猶予してくれるとは思えないよな、なあ兄君?」
「まったくだぜ、弟君──あんなスパイじみた奴がいるんじゃ、団体行動だろうが危険だぜ。最終的にどちらにつくのかはともかく、あの場を離れたのは正解だろう。巻き添えをくいかねねえ」
「だろだろ?俺の咄嗟の状況判断は大した物だろ?」
「あー…そうだな。流石は俺様が愛する賢弟だぜ。感謝するよ」
「よせよ気持ち悪い。素直に礼を述べるなんて、なんか怪しいなあ。実は兄貴がフレンド・シープなんじゃねーだろうな?」
「おいおい、馬鹿言ってんじゃねえよ、愚弟。俺様なら可愛いお前のことは『一目で本物か偽物か分かる』って自信が有るってのに。お前は分からねーのか?」
「やっぱり気持ち悪いぜ」
軽口を叩き合いながら二人は道を先へと進む。二人はひとまず安全確保をするために古城から離れることを最優先としている。
十二大戦のバトルフィールドがこの島だと判明してから、頭に叩き込んだ地図から割り出した緊急避難先の仮アジトを目指していた。しかし、双子の内、一人はその方針をどこか躊躇っていた。
(俺様達は果たして安全対策を取れてんのかねえ)
断罪兄は現在の状況の危うさも十分に理解していた。団体行動が危険だからと単独行動を起こしては居るが、部隊の分断からの各個撃破は戦場での定石の一つだ。寧ろ、戦犯達が戦士同士の連携を真っ先に割きに来た事を考えると、断罪兄弟の行動は彼等の思う壺なのかも知れない。
断罪兄弟が行ってきた『事前準備』さえも心許なく感じてしまう程に、戦犯達は入念な『準備』をしてきている。当初の計画や予定もかなぐり捨てるべきでは無いか。
(さっさと戦犯軍に合流する方が、いっそ安全か?)
そして断罪兄が気になって仕方が無いのは──。
(明らかに戦犯達の計画に加担している筈のバロン・スーが十三人目の戦士の情報を知らないってのが、かなりの違和感だ)
あの如何にも胡散臭い審判員のドゥデキャプルが召集した『猫』の戦士・音弧の存在は、『牡羊』が戦士の中に紛れ込んでいたのと同様に──あるいはそれ以上にたちの悪い、何らかの罠であると──当初、断罪兄は踏んでいた。恐らく弟も同様の事を考えていたであろう。
(そして、あいつが言っていた『
断罪兄弟は『
「なぁ、弟さん。確認してえことがあるんだがよう?」
「んだよ、お兄さん。俺に聞くよか、下調べを入念にやってたそっちの方が詳しいだろう?」
「まあまあまあまあ、謂わば再確認って奴だって。……『蛇遣い』の戦犯──ホール・ディ・サーペンタについてだ」
戦犯に限りなく近い戦士である断罪兄弟。彼等は『天秤』の戦犯──バロン・スーのみならず、全ての戦犯の名を聞いた事があるし、その内半数は面識まである。たった一人を除いて。
「あぁ、言いたいことは分かるぜ、賢兄。『蛇遣い』の戦犯なんて、俺は初耳だぜ?」
「ったく、使えねえ貴弟だぜ」
「おっと、早とちりはいけねえなあ、愚兄。お互いに当たりは付けてるんだろ?」
「まぁな……。蛇遣い座ってのは元々英語で『
「あぁ、そうだ。そのサーペントってのも確かに『蛇』っちゃあ蛇なんだが、中でも大型の毒蛇…つまり『大蛇』に対して使う言葉だ。でだ、そのサーペントは水神や悪魔の異称としても使われてんだよ。例えば、八岐大蛇やウロボロス──そして『ヨルムンガンド』とかな」
「ホール・ディにも意図的なモノを込めてんだろうな。大方『セキュリティ
「つーことはだよ。十中八九、『蛇遣い』の戦犯──ホール・ディ・サーペンタ
そう、だからこそ。
「つまり『猫』の戦士の存在が悉く疑わしい」
「つまり『猫』の戦士の存在が悉く疑わしい」
同じ結論に辿り着く。
暗に、戦犯側が十二大戦へと誘導したと語る『猫』の戦士。額面通りに受け取るならば、あいつは敵の可能性が非常に高い。
恐らく、彼が自白した『襲撃された理由』とは、運営側が不穏分子である『猫』を排除するべく動いた結果だろう。
だが、今思い返してみると、その推察にも違和感を覚える。
(仮に、あの『猫』が戦犯側だったとして──運営が『猫』の排除に失敗したからといって──大人しく『猫』を十二大戦の中に入れてやる理由が分からねえ。
第一に部外者である『猫』を運営が門前払いするだけでも排除は可能だ。対して、『猫』が追い出されたとしても素直に戦犯側に組み込んで──切りは悪いが、十四戦犯にでもしてしまえばよかった筈だ)
本来、黄道十二星座に『蛇遣い座』は居ないのだし、『猫座』に至っては八十八星座にも居ないのだが、そこはご愛嬌というやつだろう。何だったら『山猫座』にでもしてればいい。
(いや、そもそも、その前提もおかしい。なんであいつは『運営に襲われた』事を話したんだ?運営に狙われているなんて情報は自身に疑いを向けるだけで、戦犯としてのメリットを感じない。戦士として何くわぬ顔で参列していた方がもっと自然に馴染めたはずだろうさ。
加えて、あの『猫』が、あの『変態兎』を、わざわざフレンド・シープの奇襲から身を挺してまで守った事も変だ。『猫』が戦犯側なら、戦士側の戦力を守る──それこそ死守する意味がまるで分からねえ)
考えれば考えるほどに、何かがおかしい。歯車が噛み合わない。それこそ、大事なパーツを何処かに落としてしまったかのような違和感だ。
「おーい?大丈夫か、お兄ちゃん?」
「…………平気だぜ、弟ちゃん?」
「おいおいしっかりしてくれよ。さっきから注意散漫だぜ?ともかく、現在の状況は拙い。非常に拙い。流れを戦犯側にもっていかれちまってる。
バロン・スーは「大戦の、最後の瞬間であっても歓迎する」って言っては居たが、鞍替えするなら早いに越したことは無い」
「だが戦犯軍の奴らの不気味な位に入念な作戦を思えば、俺様達に声を掛けたのでさえ、計画の一部に組み込まれているような予感がするな」
「かといって、戦士軍にのうのうと居座って、みすみす戦犯軍に殺されるのは勘弁だぜ。
バット、ビッグブラザー。もし、戦犯軍に寝返った場合にだって問題があるだろう?十三戦士対十三戦犯と言っても、あくまでも、どこまで行っても、これは十二大戦なんだぜ」
「オフコース、分かってんよ、リトルブラザー。十三戦士として戦えば、勝利のあかつきには『どんな願いでもたったひとつだけ叶えることが出来る』大盤振る舞いの恩恵に預かれるのに、十三戦犯につけば」
「十三戦犯が十五戦犯になっちまうな」
「『猫』が戦犯側なら十戦士対十六戦犯の対戦か」
「今なら丁度、『蛇座』も『竜座』も空いてるぜ?末弟」
「その『蛇座』はもれなく『蛇遣い座』の一部だぜ?長兄──あの気の触れた十三人目の戦犯に、仲良し小好しと利用されて来い──とか御免だぜ。どうせなるなら『海蛇座』がいい」
「放火大好きっ子な弟様が『水蛇座』を御所望とはシュールだな。控え目に言って大爆笑」
「酷いお兄様だぜ」
「話を戻すぞ。十三戦犯に側につけば、このままの勢いとノリで、大戦に大勝したとして、得るものが何も無え。願いが叶うわけじゃねえし、金さえ手に入らねえ。精々命を拾うくらいのもんだ」
「いいや、それだけじゃあねえ。戦犯側に着くってことは、俺達は戦士から戦犯にジョブチェンジしちゃうわけだ。折角、愛すべきバロン・スーから頂いた棚ボタの無罪判決を無碍にしちゃうわけだ」
「戦犯に返り咲いちまえば、目の前にはデメリットだらけだ。そりゃあ、命あっての物種かもは知れねえが、こんなのお笑い種だな。
だったらここからの巻き返しを期待して、戦士側に踏み止まるってのが賢い選択だ」
「でもよう、俺達ってば戦犯軍の計画を知ってるってだけで、最終目的を知らないわけだ。
いっそのこと、戦士軍を裏切って、表立って戦犯軍を調べて、調べるだけ調べて、最後に戦士軍に寝返かどうか決めるのはどうよ?」
「面白いことを考えるじゃねえか」
幾ら大胆不敵に十二大戦に横槍を入れてきた十三戦犯であれど、十二大戦を乗っ取ったとしても、大勝したとしても、『どんな願いでもたったひとつだけ叶えることができる』わけではない。
しかし、頭のおかしい愉快犯でも無い限り、こんな無茶苦茶な事をしたりはしない。
ならば、確かに有るはずなのだ。十三戦犯が十二大戦に勝つことで発生する、何らかのメリットが。
もし、そのメリットが断罪兄弟にとってもメリットならば、そのまま戦犯で居てやろう。そうでないなら、盛大に潰してやろう。
「まずはバロン・スー以外の戦犯をとっ捕まえて、ラブコールの詳細を聞いてみるしかなさそうだな──あいつはいい戦犯なんだが、どうも超俗しすぎて、要領を得ん。つーか、ひとつの情報源に頼るのは危険だ」
「ああ。とは言え、出来れば知り合いが望ましいな。理想はアイアン・メイだな」
「ダンディ・ライオンは話を聞いても──聞く前に殺しに掛かってきそうだし、ルック・ミーは喧しくて勘弁願いたい」
「それでも暗殺者のスカル・ピョンよりはマシだろうさ」
「あれは正体不明の戦犯っつーか、殺人鬼だからな」
「それとは別の意味であいつらも勘弁願いたい。ほれ、ダブル・マインド。だってあいつら『双子』の戦犯だから──」
「キキャャララがが被被っっちちゃゃううかかいい??
だだととすすれればば、そそれれががおお前前達達のの敗敗因因だだ」
断罪兄弟の行く手を阻むように、二人の戦犯が遮る。いや、正確には二人一組の戦犯が遮った。断罪兄弟の口からその名が出るのを待ち構えていたかのように、その好機を狙い澄ましたかのように、戦犯は現れた。
二人組の戦犯は──姉と弟は、同時に名乗りをあげた。
「『『双双子子』』のの戦戦犯犯────『『選選択択のの余余地地ななくく殺殺すす』』ダダブブルル・・ママイインンドド」
◇
二人組の戦犯は、小柄な少女と大柄な少年だった。手にした得物は、それぞれ弩と鎚。随分と凸凹とした組み合わせだが、お揃いの水兵服を身に纏い、肩ほど迄伸ばした癖のある金髪と、感情の乏しい能面のような顔だけは不思議な位に共通していた。
双子の戦士対双子の戦犯。絵面としては非常に杜撰なコピー&ペーストを繰り返した、ごちゃごちゃとした光景に成りかねないが、一目見て分かるように戦犯の方は二卵性だった──つまり、双子は双子でも、一卵性双生児対二卵性双生児の戦いである。文面で追う方が、一週回ってややこしい。
双子同士、数多くの共通点を持っている相手であるが、『因縁をつける』といった具合の、殺伐とした視線と視線とが絡み合っていた。
その悪感情を言い表すならば、『同族嫌悪』と言うよりは『劣等感を刺激する』と言った方が良いかも知れない。そこには二組の双子の在り方に原因がある。
一卵性双生児である断罪兄弟は、血肉どころか遺伝子までしっかりと共通している双子である。もっと言えば『同じ物が二つある』と言った印象を受ける。
対して二卵性双生児であるダブル・マインドは、遺伝子的には勿論のこと、性別はおろか背丈さえも異なる。それでも『双子』の戦犯と言わしめているのは『ふたつあって、初めて一つ』と言った印象だからだ。先程、この戦犯を凸凹とした組み合わせと評したが、凸と凹が組み合った──噛み合った印象を受けるのが、ダブル・マインド──二人一組の戦犯である最たる所以だ。互いの足りないところをパズルのピースのように補い合っている様が、不自然な程に自然体であり、全然として歪さの無い、完全体の状態だった。最早、不正行為だ。反則だ。
隣の芝生は青く見えるものだ。断罪兄弟からしたら、『二つで一つ』という、完全な補完は羨ましいものだし──ダブル・マインドからしたら、『一つが二つ』という、別々でありながら同一なのは羨ましいものだった。
だからこそ、この双子同士は反りが合わない。互いに双子としての在り方があるために、仄かな羨望を孕んでいた。孕んでいたからこそ、殺意も孕んでいた。十二大戦のルールに則るまでもなく、いつか殺してやろうと断罪兄弟とダブル・マインドは互いに決めていた。
現にダブル・マインドは実行していた。しようとしていた。断罪兄弟を通行止めにし、姉は手にしたクロスボウの照準を断罪兄に定め、弟はウォーハンマーを上段に構えて断罪弟を見据えていた。臨戦態勢を整えた双子の戦犯の姿勢に、到底和気藹々とした空気は無く、その表情に乏しい顔からでも充分に殺意を感じ取れた。
(おいおい──話が違うじゃねぇかよ、バロン・スー。俺様達を仲間にしてくれるんじゃなかったのかよ?)
(話が通っている感じじゃねえよなあ──それとも、入団テストみたいなもんかい?それどころか──)
(ああ。まるで、すべてが最初から罠だったみてーじゃねえか。策士でならした俺様達が、まさか嵌められたってのか?)
元々、断罪兄弟が策士で鳴らした経歴等は持ち合わせていない。どちらかと言えば行き当たりばったりな無策士と言った方が適している。無論、仕事の為に下調べ位はするし、それに対して準備もする。しかし、計画らしい計画なんてものは無く、約束はすっぽかすし、予定は気軽に丸投げするし、気分次第ですぐに作戦も変えてしまう。それでも最後には上手く帳尻が合うのは有る意味で計算的ではある。そんな気さくに策を打ち出し、組み替える、奇策且つ奇想天外な部分が断罪兄弟の持ち味でもあった。
しかし、この度の十二大戦。彼等は失策した。無作為に失敗した。
十二大戦は戦争のための戦争、戦争の中の戦争、戦争の上の戦争である。つまり断罪兄弟がこれまで行ってきた仕事の中でも、最小限にして最大級の戦争だった。
要は準備したのだ。彼等らしからぬ程に──入念に。十二大戦の通達が為されてから、各干支十二家の状勢を調べて、参加戦士の情報を調べ上げた。大戦のバトルフィールドがこの島と知り、その出生から地形を調べて、幾つかの拠点候補まで当たりを付けた。実に彼等らしくない行動だった。
『情報は多ければ多いほど良い。情報は宝だ。それを精査すれば、物事の最適解が分かる』
元戦争交渉人である『蟹』の戦犯──サー・カンサーならば、こう言っていたであろう。
『
断罪兄弟は知らず識らずの内に誘導されていた、知ったが為に、調べたが為に、自らその最適解を選ばされていた。バロン・スーから与えられた情報があったからこそ、誘われたが為に、この選択をしてしまったのだ。
「裁裁判判長長のの名名誉誉ののたためめにに言言っってておおくくとと、、ああいいつつはは本本気気ででおお前前達達をを仲仲間間ににししよよううととししてていいたた──私私とと私私がが本本気気ででおお前前達達をを殺殺そそううととししてていいるるよよううにに」
双子の戦犯は同時に口を開く、『彼女』と『彼』、否『私と私』が口を開けば、それぞれ異なる声帯から高音と低音が震える。ステレオに鳴り響く『私と私』の声は、コーラスがハーモニーを奏でるように違和感なく、混じり、重なる。
「ききっっととああのの許許ししのの裁裁判判長長はは、、私私とと私私ののこことともも、、許許ししててくくれれるる」
「オーケー、分かった。よーく、分かった」
「ああ、分かったぜ。とりあえず、やりたいことは、よーく、分かったぜ」
「なあ、実弟。まずアレだよな?」
「だな、実兄。まずアレからだよな?んでも、どーするよ?計画なんて何もねえよ」
「関係ねえよ。いつも通りだ、いつも通り。行き当たりばったりな俺様達でいいだろ?」
「そうだな。そっちの方が楽だ。何より気楽だ」
「やっぱり慣れねえことはするもんじゃねえな弟よ」
「なあなあ兄よ。そもそもの話、俺達が誇り高い十二戦士を裏切るわけがねーじゃねえか。俺達を誰だと思っているんだ」
「誰だっけ?俺様達は」
「決まってらあ。俺達は」
「『辰』の戦士──『遊ぶ金欲しさに殺す』断罪兄弟・兄!」
「『巳』の戦士──『遊ぶ金欲しさに殺す』断罪兄弟・弟!」
断罪兄弟は各々が背に負ったタンクから伸びるホースを手を伸ばし、ノズルをターゲットに向けた。
断罪兄の武器『
断罪弟の武器『
あろうことか、背後に向けた。
(後ろから来てんのがバレバレなんだよっ!)
断罪弟の特殊技能『地の善導』は、地面を伝う『振動』を知覚する──ある種の第六感を備えた能力である。つまり、標的が地上を動く度に、その動きを正確に把握し、読むことが出来る。
ダブル・マインドが現れた頃からだろうか。断罪弟は此方にやって来る敵影を確かに認識していた。敵影は家屋の屋根を跳び回っているために、得られた振動量は非常に少なかったが、その振動が次第に大きく、はっきりとした物になっていくのは、明確に感じとっていた。近づいて来ているのを感じた。
弟は信頼する兄へと「後方に敵有り、俺が殺す」と合図を送った。日常の仕草の中に紛れ込ませた手信号は、兄弟間で違和感なく、問題なく交わされた。本来、瞬時の意思疎通は双子ならではの御家芸であり、『辰』と『巳』の歴史の中でも最高峰の相性の兄弟であれば、造作もない事であった。
「ちょ!まっ!?待って!?」
背後に振り返って、銃口を構えた断罪弟の目の前に現れたのは、目下疑わしい戦士・ナンバーワンの男。『猫』の戦士──音弧だった。
この場に何故、音弧が現れたのか、瞬時に幾つかの疑問が湧き起こる。どうやって、あの奇襲を回避出来たのか。何故、断罪兄弟の後を追ってきたのか。どうやって、自分達の居場所を瞬時に突き止めたのか。どんな紆余曲折を経たにしても、彼が脈絡もなくこの場に現れたのには、強い違和感を感じずにはいられなかった。
(敵か、それとも味方か──どうでもいい。どっちでもいい。今はただ、燃えちまえっ!)
疑念は雑念だと謂わんばかりに、断罪弟は躊躇うこと無く、音弧に火砲を浴びせた。慌てふためく音弧にはそれを回避する余裕などなかった。
対して断罪兄も躊躇うこと無く、ダブル・マインドに冷砲を浴びせた。驚き、呆気に取られていた双子には回避する様子などなかった。
天と地。氷と炎。辰と巳。対を為す双子のコンビネーションは完璧で、戦士として非常に練度の高いものだった。向かうところに敵は無い。
彼等にとって、目の前のダブル・マインドも、背後の音弧も敵ではなかった。
彼等にとって、『私と私』と『彼』は敵ではなかった。
彼等の敵は、マペット・ボトルとウンスン・サジタリだった。
「え……? あれ……?」
「え……? あれ……?」
まるでダブル・マインドのように、図らずも断罪兄弟は同じ言葉を口にした。
この時、断罪兄弟には知らず識らずの内に異常事態が生じていた。彼等の武器である『逝女』と『人影』の中身がいつの間にか空になっていた。当然、島に入る前に満タンに充填だってしていたし、今日は二人とも武器を一度も使用しては居ない。急いで移動していたのだから、手荷物が軽くなるのはありがたいかも知れないが、肝心要の武器を取り上げられるなど、致命的でしかなかった。
断罪兄弟はバロン・スーからヒントを貰っておきながら気付いていなかった。つまり、敵側にあるバロン・スーにさえ、情報が制限されているのだ。だから十三人目の戦士の存在を知らなかったし、断罪兄弟にとって情報の少ない戦犯だっていた。
例えば『水瓶』の戦犯──マペット・ボトル。彼は液体水素だろうが、ガソリンだろうが、あまつさえ海水だろうが、物体の状態が『液体』であれば自在に操作できた。彼の仕業によって、断罪兄弟の武器の中身はいつの間にか蒸発させられてしまったのだ。
例えば『射手』の戦犯──ウンスン・サジタリ。彼はその『射手』の名に相応しく、狙撃手だった。
「あっ!?」
音弧が驚き声を上げたのが先か、異常事態が起きたのが先か。余りにも一瞬だった。
真横から一本の、長い長い、物干し竿みたいな矢が、一人の戦士の首筋を貫いた。
無論、ダブル・マインドの姉が手にしたクロスボウの小さな矢などでは無い。矢にあしらわれた意匠を見れば和弓の矢であることまで明白だ。つまり、他の敵の手による攻撃だ。もっと言えばウンスン・サジタリの射撃だった。
ウンスン・サジタリの攻撃は、彼等の居る位置から十数キロ離れた場所から、数々の針の穴を通すように放たれた精密狙撃。文字通りの離れ技だった。
知人のバロン・スーが誘い──
宿敵のダブル・マインドが阻み──
未知の戦犯が二人掛かりで殺す──
変則的な三面挟撃に断罪兄弟は為す術が無かった。その攻撃で命を落としたのは──
断罪兄だった──。
「……は?」
ドサリと人が崩れ落ちる音を聞いて、断罪弟は思わず下を見た。断罪兄が首筋を貫かれて死んでいた。否、死にかけていた。もう直ぐ死ぬ。
本来、ウンスン・サジタリの『狙い澄まして』放たれた一矢は、断罪兄弟を一網打尽──
断罪弟のみがそれを回避したのは偶然に近い。強いて理由を挙げるならば、『地の善導』のお陰であった。
あの時、音弧が背後から接近していることに気が付き、それに対処するため、半身分、体を動かした事が功を奏した。それのお陰で射線から外れたのだ。彼は、彼の『地の善導』に導かれたが故に、皮肉にも首皮一枚繋がったのだ。
(チームワーク──一致団結。手を組んで、仲良し小好しで寄って集って。畜生、それはあの審判員が──ドゥデキャプルが俺様達に要求してた事じゃねえか)
意識が遠退く中、体温が急速に抜け落ちていく中、命が流れ落ちていく中、断罪兄はそんなことを考えていた。
首は貫かれて痛いし、首の骨を痛めたらしく体は言うことを利かないし、咽の奥から血が溢れて呼吸が辛いし、とにかく散々だ。最悪だった。
(なあ、弟。一人じゃ駄目だ。バラバラに戦ってたんじゃ駄目だ……)
死にかけの体で、断罪兄は愛する弟に視線を向け、そして口を開いた。
──生きろ。
それが断罪兄の一生のお願いとなった。
この度の十二大戦。異常事態の起きている十二大戦は、断罪兄弟にとっては非常に大きなメリットがあった。
勿論、戦争犯罪者を捕まえる簡単なお仕事──実際のところ、一筋縄どころか縄十三本で足りるかも怪しいが──であることもそうだし、戦士全員が『どんな願いでもたったひとつだけ叶える事ができる』という大盤振る舞いな豪華勝利品もそうだが、何より『戦士同士』で殺し合う必要が無い事がもっとも重要だった。
本来の──正史の十二大戦であれば、戦士同士は互いに殺し合う立場にあったはずだった。無論それぞれが『辰』と『巳』の代表である断罪兄弟だろうと、例外では無い。確かにそういうバトルロワイヤルであろうとも、兄弟の最大の持ち味であるチームプレイを易々と放棄するつもりは更々ないが、結局のところ血を分けた双子で血で血を洗う戦い──実際には凍らせたり、焼いたりがメインなんだろうが──をするはめになっていたであろう。
「兄と殺し合うのが嫌だ」
「弟と殺し合うのが嫌だ」
というわけではない。
(誰かに殺されるくらいなら)
(俺が代わりに殺してやるよ)
という歪んだ感情が無かったとは言えないし、
(万が一に誰かに殺されちまうようなら)
(供養を兼ねて俺様が勝ってやるよ)
という心構えくらいはしていた。それでも──
(まあ、俺様を殺せるのは弟くらいだろうな)
(でも、俺を殺せるのは兄貴くらいだろうよ)
と、兄弟は心の隅で考えていた。
(弟に殺されるんなら…まあ仕方ねえよな)
(兄貴になら…勝ちを譲ってやるよ)
壮絶とまで行かなくとも、覚悟を決めていた二人。そんな二人にとって、十三人の戦士と十三人の戦犯による総力戦──謂わば『十三大戦対十三大戦』という現在の状況は肩抜かしというか、拍子抜けだった。
だからといって気を抜いて良いわけでは無い。『気が利きすぎて間が抜ける』というではないか。
(どこで間違えたんだよ……なあ、兄貴)
『巳』の戦士──断罪兄弟・弟は地に落ちた竜を、『辰』の戦士──断罪兄弟・兄を見下ろしていた。
普段とは逆の構図。『天の抑留』で天を飛ぶ兄を、『地の善導』で地を這いながら見上げていた。
普段とは逆の構図。正史では『地の善導』故に死んだが、『地の善導』故に生き延びた。
本当に、今更になるが、此度の十二大戦──
『十三大戦対十三大戦』は──
『逆転劇』である。
◇
「チィッ!!」
目の前、あと一歩。その一歩が足りなかった。みすみす、また一人、戦士を失った。
あの奇襲で殺された『丑』に続いて、目の前の(『辰』?『巳』?どっちだ?)戦士まで助けることが出来なかった。時間を掛けすぎたのだ。
しかし嘆いている暇は無い、一刻どころか一秒も判断を誤れない。
音弧は止まらずに駆け出す。断罪弟を押し退けて前に出るのと、ダブル・マインドの姉がクロスボウから矢を放つのは、ほぼ同時だった。
矢は兄を見下ろし、放心した弟に向けて放たれたものだったが、音弧がそこに割り込む形で、身を挺する形で前に出た。
「ぐっ!?
矢が肩に突き刺さり、音弧が苦悶を浮かべる。それでも構わずに前進する。武装がクロスボウであるならば連射は出来ない。そこに隙があるはずだった。
しかし、それを阻むようにダブル・マインドの弟が立ちはだかる。音弧は迷わずに武器を抜いた。
抜いたのは愛用している
抜いたのは一振りの直剣だった。
左手に、逆手に、引き抜かれた直剣は攻撃ではなく防御に使われた。弟が振り下ろしたウォーハンマーの軌道を僅か数ミリずらすために、逸らすために使われた。
そして、音弧は休む暇無く反撃を繰り出す。新たに腰に下げた
しかし、そんな付け焼き刃でやられるような『双子』の戦犯ではなかった。『私と私』だって戦犯を名乗る前は戦士だったのだ。当然、高い戦闘能力を有していた。
咄嗟に弟は手にしたウォーハンマーを手から放してまで、体勢を持ち直し、紙一重で避ける。そのまま空振りによって体勢が崩れた音弧に蹴りを入れた。
手痛いカウンターアタックを受けたのも束の間、クロスボウの再装填を終えた姉が横合いから再度援護射撃を繰り出す。
それを咄嗟に剣で弾き落としている間にも、弟が地面に突き刺さったウォーハンマーを拾い上げて、横薙ぎに振り払った。
『双子』の戦犯は、『ひとりの卓越した戦士』を作る過程で生まれた『失敗作』であった。とある軍事組織でイリーガルかつアンモラルな人体実験の結果生まれたこの双子の姉弟は、その精神の大部分を共有していた。
姉の聞いた物は、弟の聞いた物でもあり。弟が見た物は、姉が見た物でもあり。考えたこと、感じたこと、話す言葉でさえ──同じだ。その名に相応しく『
二人でひとつの完成度の高い連携に、堪らず音弧は押し戻されていた。いつの間にか、断罪弟のすぐ傍にまで引き下がっていた。
「てめえ…なんで」
「なにボサっとしてんだっ!!走れっ!」
音弧は声を荒げて、困惑している断罪弟に呼び掛ける。
「一先ず……っ!?」
しかし、音弧が言葉を続けようとした瞬間、横合いからウンスン・サジタリの第二射が飛来し、音弧の背中から肺を貫いた。物干し竿を思わせる長い長い矢は、音弧の肉体を穿ち、傷口と口の中からボタリと血を溢れさせていた。
ウンスン・サジタリが音弧を射貫いたのは偶然と言う他ない。元々、第二射は兄の亡骸を見て呆然と佇む断罪弟を『狙い澄まして』放たれたものだ。しかし、前に飛び出した音弧に退けられたがために、射線から完全に外れてしまったのだ。元々、千里先から狭き道を縫うようにして放たれたこの超長距離援護射撃は、その特性上撃てる範囲が非常に狭い。しかも、矢が弓を離れて的に当たるまでに数十秒の時間を要する。条件自体が無茶苦茶なのだ。ダブル・マインドはそれを可能にするために、咄嗟に音弧を射線の中へと押し込んだのだった。彼等の咄嗟の連携に、音弧は為す術も無く倒れた。
それを見て、断罪弟は撤退を決めた。何より、目の前で味方である筈の戦士が二名も命を落としたのだ。現状は余りにも旗色が悪い。そもそもの話、愛用の武器である『人影』を失った彼は丸腰の状態だ。戦うまでも無い、待ち受けるのは死有るのみだ。
「逃逃ががすすわわけけががなないいだだろろうう??ここここでで、、兄兄弟弟仲仲良良くく死死ぬぬがが良良いい!!」
踵を返し来た道を真逆に走り、逃げる断罪弟を追って、直ぐさまダブル・マインドが、二体の屍を踏みこえて動き出した。ここで積年の因縁に決着をつけようと攻勢に出た。
ダブル・マインドの弟はその重量感が溢れ出るウォーハンマーを振りかぶり、姉はクロスボウで狙いを定めた。
「『猫』の戦士──『好奇心で殺す』音弧」
突如、背後から、今し方死んだはずの戦士の声がした。
「ええ??」
ダブル・マインドが背後を確認するよりも早く、一陣の風が吹くように、音弧がダブル・マインドの弟を貫いていた。
手にしていたのは二振りの剣ではなく、先程音弧を貫いた筈の長い一本の矢であった。
「ああっっ……ああ……ああああ嗚嗚呼呼ああ゛゛!!??」
胸に焼け付くような痛みが伴う。音弧の与えた痛みに弟が苦しみ悶え、その苦痛を以心伝心しているが故に、姉も享受する。姉の悲しみが弟に流れ込み、痛みを増幅していく。また姉へと注ぎ込む。繰り返す。繰り返す。
痛い。
痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛痛いい痛痛いい痛痛いい痛痛いい痛痛いい痛痛いい痛痛いい痛痛いい痛痛いい痛痛いい痛痛いい痛痛いい痛痛いい痛痛いいぃぃぃぃっっ!!
無限大に広がっていく苦痛の連鎖。やがて限界を迎えて──弟が命を断った、その隣で、姉は意識を断った。
◇
「ん … ん ん っ … … 」
どのくらい気を失っていたであろうか。漸く『私』──姉は目を覚ました。意識がハッキリとしないらしく、感情の乏しい顔は、更に生気まで失っているかのようだった。実際には半分程、失っていた。
「っ ! ? 『 私 』 っ ! ! 」
我に返った姉は思わず声を上げた。『私と私』ではなく、『私』として『私』を求めて発した言葉だった。恐らく人生で初めての事だった。
周りには誰も居ない。断罪弟も音弧もそこには居なかった。どうやら逃げたらしい。どうして姉にトドメを刺さなかったのか気掛かりだが、当の本人はそれどころではなかった。
直ぐ隣に『私』──弟は居た。背中から心臓目掛けて突き刺さった矢を見れば、足元の血溜まりを見れば、血塗れとなった姉の半身を見れば、否が応でも理解せざるを得なかった。
「そ … そ ん な … … 。 ね ぇ 、 死 な な い で 。 死 な な い で よ … 」
その事実を拒むように、姉は弟の体を揺する。しかし、反応は無い。当たり前だ、死んでいるのだから。
「… … ゆ る … … せ な
い 」
二人は大人たちの都合で戦争の『失敗作』だと、『欠陥品』だと、見棄てられた。やがて、計画が永久凍結されることが決定した際、『違法な失敗』として厳重に幽閉された。救い出されてからも、戦場では孤独のままだった。
そんな中でも、狂わなかったのは、壊れなかったのは、『私』が居たからだった。『私』が支えてくれていたからだった。
『
『
『
『
『
『
決して、欠けては生きては行けないものだった。
だから、欠けてはイケナイものだった。
「許 せ る 筈 が な い っ ! ! 」
『私』──姉の怒号が響き渡ると、その頭上を何かが飛び越えていった。それはこの十二大戦において、余りにも場違いな一機の戦闘機だった。
ダブル・マインドが犯罪者として──戦犯の烙印を押される理由になったのは『窃盗罪』である。一見軽犯罪にも見えるが、この姉の盗んだ代物が『空母』ともなれば、余りにも度が過ぎる大泥棒であった。
因みに空母の中には、加えて言うならば戦闘機の中にも乗組員は居ない。『私』が持つ技能でもある精神感応を応用して操作したオートパイロットである。それを持ち出したのだ。
基本的に十二大戦では、ルールとして禁止されていない以上、武器の持ち込みに制限は無い。その気になれば、軍艦だろうが、戦闘機だろうが、戦車だろうが、核爆弾だろうが、持ち出しても咎める者は居ない。
「見 つ け た ァ 」
更に精神感応を応用して、島中を飛び交う隠しカメラの映像データさえも共有してみせた。普段のダブル・マインドの能力であれば、ここまで干渉は出来ない筈だった。弟を殺された怒りで箍が外れたのかも知れないし、或いは弟との感覚共有に用いていたリソースをそのまま他に事に使えるようになった為かも知れない。しかし、理由なんてどうでも良かった。今は自身の能力が強化されて、使えることだけが分かれば充分だった。
目的の人物は案外直ぐ近くに居た。姉の視界にはカメラの向こう側で力無くへたり込む断罪弟と、それの前に佇む音弧を映していた。
「死 ね っ ! 死 ん で し ま え っ ! 」
明確な殺意を込めてダブル・マインドの姉が戦闘機へと虐殺の命令を下した。
次の瞬間、戦闘機が火を噴いた。
「え ? 」
改めて言うと、突如戦闘機が火を噴いて、爆発して、制御を失い、原生林の中へと墜落していった。
「… な … 何 が っ ! ? 」
自身の攻撃が空振りに終わる不可解極まりない光景に目を奪われて居ると、今度は背後から何者かに殴られた。
何か硬質で重量のある鈍器と推定される衝撃を受けた姉は、思考する間もなく突然死んだ。選択肢すら与えられずに死んだ。
その場所には一人と二人で一人の死体以外、誰も居なかった。