※この作品はR-18です。

【二次創作】十三大戦【頑張って書いた】   作:セイントス

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『猟ある猫は爪を隠す』と申します。
『能ある鷹は爪を隠す』と申します。
 「賢い者こそ武器を上手に隠す」というものです。
 しかし『伝家の宝刀』は抜いてこそだと、私めは思うのです。


第二戦『猫も杓子も爪を研ぐ』

「…うん、空(むな)しい勝利だ。

 一先(ひとま)ず優勝目指して第一歩…かな?」

 十二大戦。開始から十分も経たずに早くも一名が脱落した。

 勝利を手にした男。『猫』の戦士・音弧(ねこ)は手に掴んだ紫闇色の宝玉を僅かに差し込む月明かりに翳(かざ)して、静かに嘆いた。血の池の上に立ち月光を浴びたその姿が、狂気を絵画に押し留めたように様になった。

「ご苦労様でしたわ『猫』の戦士。私の手を煩(わずら)わせる事無く敵を排除したこと…褒めてさしあげますわ。

 …では、その宝石をこちらに寄越しなさいな」

 再び音弧に銃口を向けた『亥』の戦士・異能肉(いのうのしし)。

 これは交渉などでは無い。脅しだ。

 今宵の十二大戦で優勝を目指すのであれば、件(くだん)の宝石・猛毒結晶『獣石(じゅうせき)』は必要だ。何としても手に入れなければならない。それこそ、殺してでも奪い取る。

(しかし…しかし、どうやって倒せばいいのでしょう?)

 異能肉は焦燥する内心を高圧的な笑みで塗り固めた。彼女には戦士『猫』を倒し得る手立てをまだ確立してはいない。

 

 腹を掻っ捌いて一回。

 凶弾で体を散り散りにされて一回。

 全身を炎に焼かれ、胸を裂かれて一回。

 

 目の前の音弧は既に三回も死を免れている。その絡繰りを解き明かせずにいたのだ。

(…とりあえず手足をもいで、達磨にしましょうか?流石に生きていても抵抗出来ないでしょう。

 しかし、アレが『超再生』…損壊部分を瞬時に回復する類の能力なら無意味ですわ。何せ、私自身が奴を解体(バラ)しましたもの…)

 グリップを握る手に力が籠もる。緊張が走る。

 もしこの場で異能肉が敗北しようものなら、その安否は保証できない…主に貞操的な意味で。無惨に殺されるよりも確実に屈辱的でしかないだろう。

「いいよ。はい、どうぞ」

 あっさりと音弧は手に入れたばかりの宝石を異能肉の足元数センチ前にそっと転がした。

「…なんの真似ですの?」

「そちらが要求(おねだり)したんでしょ?「美人の頼み事を断れないタイプ」なんだぁ…俺」

 異能肉の問い掛けにアッケラカンと答える音弧。

 とりあえず分かったこと。『猫』の戦士(このヘンタイ)は何処までも女に甘い。

「まぁ折角綺麗な宝石をプレゼントしてるって言うのに、実際には猛毒の塊なんて「恨みでもあるんじゃ無いか?」ってカンジで気が引けちゃうんだけどね?」

「御託は結構。…貴方、何のために十二大戦に参加してますの?」

「嫁探し」

「…は?」

「って言ったら信じる?」

 そうやってはにかむ音弧。くしゃりと笑った顔がどうにも印象に残った。

 異能肉は数拍置いて、自分がからかわれているのだと気付き、頭に血が上った。そして衝動のままに引き金を引いた。

「おぴょうっ!?」

「下衆(ゲス)の分際で調子に乗らないで下さいますぅ!?私、これでも苛立ちを覚えておりますの!」

「ちょいまち!ステイ!タンマ!

 ぎゃああああっ!」

 銃弾が音弧の足下を跳ねて、猫は愉快な御遊戯(ダンス)を披露する。阿鼻叫喚(フルコーラス)のオマケ付きだ。余りにも滑稽な姿に、異能肉の溜飲が下がった。

 鉄風雷火の雨を抜け、軽やかに瓦礫の山を飛び回る音弧。距離を引き離しながら一際小高い山の天辺に駆け上がる。

「うーん…機嫌を損ねてしまった。一度出直そうかな?」

「っ!お待ちなさいなっ!!」

「最初から持ってた分…もう一つの宝石はこのまま俺が預かるよ!また逢う口実としてねっ!

 それじゃあ『亥』のお姉様、今度はゆっくりお茶しよう!」

 そう言うと音弧は、ジョーク混じりに投げキッス一つ飛ばしてから、山の陰へと消えていった。

 たった一人残された異能肉。近くには既に動かなくなった死体が二つ転がるだけだった。

「……何なのですのっ!もうっ!」

 異能肉は近くに転がる石を目一杯蹴り飛ばすと、足下に音弧が放り置いた宝石を拾い上げ、踵を返し歩き出した。

 

 目的地は決めていない。とにかく、このむしゃくしゃした気持ちを発散したかった。

 

 

◇

 

 

 暗い夜の街を一人の戦士が駆け抜ける。配管と鉄骨が織り成す天橋の悪路を渡り歩き、排気口(ダクト)の迷宮を抜け、大地に降り立つと、直ぐさま地下へと降り下る。

 濃黒色の外套(マント)をはためかせ、使い込みしっかりと馴染んだ軍靴(ブーツ)を粋に鳴らし、戦士が静かに笑い牙を剥く。口から覗いたその鋭利な牙は「なんでも噛み砕く」と知れ渡り、『狂犬鋲(きょうけんびょう)』と呼ばれ恐れられていた。

 『戌』の戦士・怒突(どつく)は地下駐車場の一角を縄張りに決め、息を潜めた。そして、今一度戦術を組み立てる。

(バトルロイヤルは序盤おとなしくしておくべき。だが今回は、全員が毒の宝石を呑んでいる。例外はあの『猫』の戦士くらいだ)

 毒の完全な溶解まで十二時間。しかし、十二時間後にパタリと死ぬわけでは無い。今も毒の結晶は少しづつ溶け出し、身に染み始めている。

 毒の効果が出始めるのは恐らく十時間後。その頃には思うように動けない戦士も出てくることだろう。

 そのようなリスクを負うのだ。明確な制限時間が設けられているからこそ、戦士達はこの街から遠くには行かない。距離を保ち機会を伺うのが定石だろう。

 前回の第十一回で、優勝者の『亥』の戦士が戦場を離れ、一般人を巻き込んで戦った事への対策を兼ねているのだろか。前回覇者も運営陣も傍迷惑なものだ。

(まあ、待つさ。待たせて貰うさ…。

 待つのは犬の本懐だ…)

 しかし、怒突は潜伏する。息を潜め、牙を研ぐ。最後の数刻…その瞬間(とき)まで。

「定石(セオリー)があるなら逆を行け…だぜ」

 口から漏れた言葉は自信に満ちていた。

 

「見ーつけた」

 突如聞こえた女の声。怒突は反射的に飛び退き、背後に立っていた相手を見据えた。

(チッ…この場所が見つかるとはな)

 若い女だった。肩に掛かるほどの緑のボブカットヘアに、愛嬌のある顔立ち。羽根の形の髪飾りに、羽毛の外套(マント)。外套の内側は水着の様な最低限の衣服のみで、その瑞々しい肢体を惜しげ無く晒している。

 手にした四叉の熊手…いや、鎗だろうか。それこそ彼女の武器なのだろう。

(仕方ねぇ…戦士たるもの臨機応変にだ)

 怒突は意識を切り替える。爪を立て、牙を剥き、戦意を滾らせる。目の前の相手を屠るために。

「あっあのぉっ…!誤解しないでくださいぃ…!あなたに危害を加えるつもりはありませんっ!!」

 体をビクリと振るわせると女は怯えたように身を縮ませる。

「あっ…あなたにお声をおかけしたのは…その…仲間になろうと思ってぇ…」

 ゆっくりとした動きで手にした武器を下に置くと、そのまま手を上げ、女は降伏する姿勢を見せた。その様子はただの気弱な女の子に見えた。

 怒突は一先ず構えを解く。目の前の相手は先制を取る機会を放棄して、こうして交渉に来た。話くらい聞いてからでも遅くないだろう。

「こ…このバトルロイヤル、やっぱり最初はチームを組むのが当然の戦略だと思うんですよねっ…そ、そうして最後の二人になるまで一緒に戦って!その後!1対1で正々堂々と戦えば良いじゃ無いですかっ!」

 女は慌てたように言葉を詰まらせながらも早巻きに自分の考えを伝える。緊張からか恐怖からか、とにかく落ち着きがなかった。

 怒突はそれを訝し気に睨んだ。

(『チームを組むのが当然』なのに、そう動いたのが、なぜ『申』だけだったのかと、考えたりしねーのかよ…)

 最終的な優勝者は一人しか居ない。何故なら勝利条件は腹の中の宝石12個を揃えること。つまり、勝者は対戦者全員の腹を掻っ捌いて殺し、宝石を集める必要がある。たとえどんな関係でも協力者でもだ。

 彼女は裏切り行為のリスクについてなにも考えていないのだ。

「そ、それに急がないとヤバいんです!激ヤバなんです!!」

 しかし、彼女だって承知の上だった。それを差し置いてでも動かなければならなかった。

「既に『亥』と『猫』が同盟を組んだんですっ!!」

「同盟…だと?」

「そうなんです!二人は『卯』を殺して獣石を奪取っ!今は『猫』を囮に敵を探しているようなんです!

 でも…私っ…独りじゃあ、どうすることも出来なくて…っ。み、見つかったら、絶対に殺されちゃう!

 しかもあの『猫』の人、なにやっても死なないんですよ!?自分でお腹を刺しても死なない!『亥』に撃たれても死なない!焼かれても、『卯』に斬られてもピンピンしてるんですよっ!?」

「…?ちょっと待て。

 『亥』が『猫』を撃った?焼かれた?『卯』が『猫』を斬った?なんで同盟関係の『亥』が『猫』を?いや、それ以前に何故そんなことを知って…」

「あっ…ああと…それはですねぇ…」

 そう言うと左手を前に出す。すると左手に鳩が一羽やって来て、その手に留まった。

「…私の能力『鵜(う)の目(め)鷹(たか)の目(め)』って言います。

 あらゆる鳥さん達と意思疎通することが出来るんです」

 その能力で戦士『戌』の居場所を見つけたのだと彼女は誇らしげに言った。

 それを見て怒突は驚いた、そして呆れた。初対面の相手に自分の能力を晒すなど愚の骨頂。手札は隠してこそだ。

「それに…実は私、一つ考えがあるんです。あの『猫』さんを仕留める方法を…」

「ほう…聞かせて貰おうじゃねえか?」

 そして彼女は秘策を話した。

「あの人は…なんで「一番最初に自分のお腹を切り開いた」んでしょう?」

「そりゃあ…腹から宝石を取り出すためだろう?」

「なんでですか?そもそも何やっても死なないならお腹の毒で死ぬわけないじゃ無いですか?」

「…ふむ……」

 言われてみれば確かにそうだ。あの戦士『猫』がもし『不死身』ならば、毒如きでは死ぬわけ無い。なのにわざわざ宝石を腹から引き出したのだ。

 ポケットの中に入れるより、胃袋の中にしまった方が一周回って奪われにくいだろう。

「もしかして…『毒殺』は有効なんじゃないですか?だって彼自身言ってたじゃないですか…「毒で死ぬところだった」って。

 あれがもしハッタリやブラフだったなら、試してみる価値、あると思うんですよ」

 刺殺でも銃殺でも斬殺でもない殺しの可能性。彼女はそれを提示した。

「だからこそ、私は貴方に真っ先に相談に来たんです。戦士『戌』…『狂犬鋲(きょうけんびょう)』…いいえ、『毒殺師(どくさつし)』さん」

 女は真剣な眼差しで戦士『戌』をそう呼称した。

 それを聞いた怒突は一瞬目を見開き、そして警戒を強めた。

「……知ってたのか?」

「ひぃっ!?…た、戦いは苦手ですが…こ、これでも密偵(スパイ)とか手広くやらせて貰ってますからぁ…」

 「なんでも噛み砕く」強靱な牙と顎。確かにそれも怒突の強力な武器であるが、その本質は捉えていない。

 先程、庭取が言った『毒殺師』こそが、彼の本命である。体内で自在に『毒』を構成しそれを敵に感染させることで、時には殺し、時には殺し、時には殺してきた。最も『噛み付き』による殺害スタイル故に、『狂犬鋲』も間違いでは無いが…。

 毒の知識に明るい怒突だからこそ、あの宝石が毒の類だと看破できた。先んじて体内で解毒剤を作り備えることが出来た。だからこそ状況を利用して、怒突は『潜伏待ち』を選択したのだ。

「なるほど…『猫』を殺せる可能性を求めて、この俺に接触してきたのか」

「は、はい…。私があなたの能力を知ってるのに、あなたは私の能力を知らない…それじゃあ不公平(アンフェア)だと思ったんです。きっと仲間になってくれない…」

 目を伏せて落ち込んだようにする女。しかし口元を引き締めて、勇気を振り絞って告げた。

「これが私に出来る精一杯の『誠意』です!

 あらためて御願いします!私と仲間になって下さい!」

 そう言って頭を下げる女。それを見て怒突は思案した。そして口を開く。

「…『猫』…そして『亥』の居場所はわかるか?」

「…残念ながら『亥』は見失ってしまいましたが…でも『猫』は今も追跡中です!恐らく『亥』も近くに潜伏しているかと!」

「ふむ…まあ仕方ないか。

 俺は他人とツルむのは大嫌いだが…いいだろう。お前の『誠意』はしかと受け取った。お前さんに免じて、今日だけは特別に受けてやろう」

「と、ということは…」

「猫狩りだ…殺そう」

「…ほ、本当ですか!やったーっ!!」

 怒突の言葉を聞いた途端に花の咲く笑顔に変わり、無邪気にはしゃぐ女。緊張から解放されたこともあってか、人一倍喜びに満ちていた。

「…じゃあじゃあ!自己紹介しましょう!

 『酉』の戦士──

 『啄(ついば)んで殺す』庭取(にわとり)」

 そう言って女…庭取は手を差し伸べた。怒突はそれに応えるように手を握る。

「『戌』の戦士──

 『噛(か)んで含(ふく)めるように殺す』怒突

 …よろしく頼むぜぇ」

「はいっ!優勝目指して頑張りましょう!オーッ!!」

 

 こうして新勢力『酉戌(とりいぬ)同盟』が成立した。

 

 

◇

 

 

「『猫踏んじゃった』ってあるじゃないですか-?

 ほら、男子がピアノ弾くとよくやる「ねこふんじゃった♪ねこふんじゃった♪」って奴。あれって一番目の歌詞は「うっかり猫の尻尾を踏んだ飼い主さんと猫が喧嘩をした後に仲直りする」なんて割と微笑ましいんですけど、二番目の歌詞は無駄に恐いんですよねー。

 「飼い猫を踏むと、今度は傘差してお空を飛んじゃって、遂には見えなくなる」って言っているんです。これって絶対死んでますよね?天国にメリー・ポピンズしちゃってますよね?最後に「明日帰っておいで」って言われててもフォローしきれてませんよね?」

 そんな毒にも薬にもならない話をしながら庭取が怒突の後ろを着いて歩く。そんな彼女を一瞥して怒突は鼻を鳴らした。

「……おい、くだらねぇ話をする暇があったら、もっと建設的な話をしねえか」

「ひぃっ!すみませんすみません!!…ですけど、建設的な話って?」

「…例えば今回の大戦の参加者…敵の情報についてだ。お前さんは今回の参加者、俺以外は誰を知ってる?」

「そ、そうですねぇ…私が知るのは『丑』と『亥』と『申』…。目下ヤバいのがこれから戦うかも知れない『亥』ですかね?」

「そうだなぁ…『亥』の戦士は銃撃のプロだ。特にあの女の能力は中々にえげつないな」

「『丑』の戦士は『皆殺しの天才』と謳われる程に強くて、敵陣営を根絶やしにするって聞いてます。間違いなく優勝候補ですね。

 『申』の戦士は平和主義者で『和解の専門家(プロフェッショナル)』として数々の戦争を止めたと聞き及んでいます。腕前は不明ですが、この大戦に呼ばれるくらいの戦闘力は秘めてるかも…」

「…そうかい。俺が知るのは今お前が言った奴に加えて『辰』と『巳』。あの二人『断罪(たつみ)兄弟』だが…特に言うことはねぇなあ。兄弟のコンビネーションが凄まじい奴らだが、片方が死んじまってるから脅威は半減以下だ…」

「…そういえば、怒突さん?あの子気になりませんでしたか?」

「…あん?誰?」

「あのうとうとしてた子ですよ。眠そうな…あんま戦士っぽくないっていうか…」

 戦士らしくないのはお前もだろうがという言葉を飲み込んで怒突は言葉の先を促す。

 すると庭取は「強そうとか、そう言うわけじゃ無いんですけど…あの子、どこかで見たこと有るような…」と曖昧に答えた。

 それを受けて怒突は思案する。確かに既視感を感じる気がする。かつて戦場であった事が有っただろうか?

「まあ、それは後で考え直すか。一先ずは『亥猫(いねこ)同盟』だ。道案内頼むぜ」

「はい!任せて下さい!」

 庭取は怒突の指示に溌剌と応えた。

 

 慎重に、しかし迅速に二人は夜の街をひた走る。階段を上り、架橋を渡り、なるべく目立たない道を選び行動する。

「居ました『猫』です」

 遊歩道から真下の道路を見下ろすと戦士『猫』・音弧が夜の街を歩いていた。時折、衣類店に飾られたショーウィンドのモデルコーディネートを眺めながらウンウンと首を捻り、料理店の食品サンプルを眺めては瞑想に耽っている。…なにをやっているんだあれは。

「…では…いきますっ」

 庭取は鎗を握る手に力を入れて、そう言った。

「ちょっと待て。いきなり飛び出すのか?」

「あの『猫』さんを相手にするなら、私が先に出るべきだと思います…」

「勝算はあるのか?」

「あの人、自分を女尊男卑主義者(フェミニスト)と名乗りました。現に『亥』の戦士に………その…籠絡(・・)…されたから、ああして協力関係を結んだそうです。それを崩せるとしたら女である私だと思います。…上手く行けば油断してくれるかも」

 少しだけ頬を染めて、そう答える庭取。『亥』と『猫』にナニがあったのかは気にならなくも無いが、怒突は一先ず無関係なことと無視を決めた。

(しかし、定石(セオリー)通りの動きと言えるな…)

 宝石を所持している『猫』を撒き餌に『亥』が横から狩る。謂わば『入れ食い戦法』だ。しかも『猫』は簡単には死なないから「餌の食い逃げ」も難しい。

 普通なら潜伏してる『亥』を先に仕留めるべきだが、それも奴らの思う壺。『亥』への奇襲に感づかれようものなら『猫』が飛び出してきて肉壁になる。少しでも対応を誤れば襲撃者は『猫』諸共、『亥』によってまとめて蜂の巣。即席でありながら抜群の効果を発揮している。

 あれは戦士『猫』の特性を最大限利用してみせた『猫噛み・猫吊り(ネコマタトラップ)』だ。これは骨が折れる。

(俺達はあれの上を行かなければ成らないわけだ…『正気では無い手法(クレイジー)』より『常軌を逸脱したよう(クレイジー)』な『クレイジードック(狂犬)』で無ければ…)

 そこまで考えて怒突は作戦を決めた。

「おい、庭取」

「は、はい。なんでしょう?」

「腕を出せ」

 そう指示すると、庭取はおずおずと怯えたように自らの右腕を差し出す。

 怒突はその手を掴み強引に引き寄せると、牙を立てその血色の良い腕に噛み付いた。

「ひぃっ!!?」

「動くなっ!」

 慌てて逃げようとする庭取を怒突は声で制する。彼の犬歯が腕に深々と刺さり赤い滴を流す。無理に暴れようものなら返しに引っかかり、傷口を広げるところだった。

 数秒程噛み付き口を離すと、彼女の右腕に四つの赤い点がつけられた。

「…どうだ?」

「どう…と言われましても…一体、何をされたのか…。っ!?ま、まさか!この場で私を毒殺…」

 庭取はそう言いながら、困惑したように腕を眺めてからはと気付く。

 怒突は『毒殺師』。牙から毒を流し込む特性ではなかっただろうか。

「違う、ドーピングだ。

 恐れ戦(おのの)け…その名も秘薬『ワンマンアーミー』。対象者の潜在能力を限界まで引き出す力だ」

 

 『毒薬転じて薬となる』。

 『薬も過ぎれば毒となる』。

 

 『毒』も『薬』も「化学物質」の集合体だ。つまり『毒殺師』の毒は「生と死の両方」に干渉する。

 その影響を受けた庭取に変化が訪れる。全身が熱を帯び上気して赤くなる。心臓が五月蠅(うるさ)いほどに鼓動して止まない。呼吸が苦しくなる。

「聞け…お前の仕事は『猫』を誘い、そして鹵獲。俺は陰で潜伏する『亥』を狩る。…同時襲撃だ」

 少しでも真面(まとも)な戦いになれば良い。いい囮として『猫』と『亥』の意識を削げれば上々だ。怒突は背後から噛み付くだけで良い。それが狂犬であり猟犬である、彼の簡単なお仕事だ。庭取の事なんぞ知らない。

 

 元々、怒突は庭取を裏切るつもりだった。怒突が庭取の同盟に乗った理由は主に二つ。

 一つは「温存」。庭取を利用することで他の戦士を楽に狩れる可能性を考慮したからだ。

 一つは「情報漏洩防止」。庭取は怒突の能力を知っていた。それを他者に教えられるのは拙い。早期に口封じするべきだった。

「落ち着け…俺はあくまでもキッカケを与えたに過ぎねぇ…。

 落ち着いて自分をコントロールするんだ」

 庭取が瞳を潤ませ、苦しそうに怒突を見上げる。乱れた呼吸が戻らない。

「コントロール……

 こう…ですか……?」

 庭取は突如手を伸ばす。目の前の怒突に向けて。

「っ!?てめえっ!!?」

 気配が変化したことを察したときにはもう手遅れだった。彼女は怒突の顔に触れ…。

 

 

 そのまま犬のような顔を握り潰したのだ。

 

 

 顔を潰され、背中の壁にもたれ、そのまま地面にずり落ちる怒突。庭取は彼の腹に貫手(ぬきて)を差し込み、腹から毒の宝石を引き摺りだした。腹から血が溢れ出した。

 

「あ~あ…結構手間が掛かっちゃちゃったなぁ…。でも良かったぁ…ちゃんとドーピングして貰えて。

 ごめんなさい怒突さん…実はあなたの秘薬『ワンマンアーミー』。あれも知ってたんですよ…私の『鵜の目鷹の目』の前では隠し事は出来ません♪」

 宝石の血を拭うと、庭取は綺麗になった宝石を胸元へと納めた。

 そして庭取は自らの力を確認する。

「はぁああっ!ゲームで言うパラメータマックスって奴ですか?

 ありがとうございます怒突さん。私、優勝出来ちゃうかも知れません!」

 元々庭取は怒突を裏切るつもりだった。目当ては彼の秘蔵の増強剤『ワンマンアーミー』。庭取は身体能力的に強くは無い、こういった強化(ブースト)は非常にありがたかった。

 そもそも『亥猫同盟』など真っ赤な嘘で有り、『猫殺しの秘策』は出任せだ。よくもまあ、ここまで情報を歪曲して口八丁手八丁に騙しきって見せたものである。情報戦の強味を垣間見せた。

 

 

 彼女の『強味』は『身体能力』でも『鵜の目鷹の目』でも無い。その『強(したた)かさ』である。

 

 『他人』は全て状況の『構成要素』である。

 『善人』だって闇に堕ちるし、『悪人』だって改心する。

 余りに人を騙してきた。

 余りに人を裏切り過ぎてきた。

 そうして生きるうちに…。

 誰が本当の『敵』で誰が本当の『味方』なのか…彼女にはわからなくなってしまった。

 

 彼女の『強味』は『強(したた)かさ』である。

 『気弱』だけれど『弱く無く』、『強くは無い』けど『強(したた)か』で、力はないけど無力ではなく、賢くないから小賢しい。…とても喜劇的で悲劇的。

 それこそが彼女だった。

 

「優勝した暁には、あなたの銅像を建てることを約束します♪

 …あれ?どんな顔だったっけ?

 まあ、男は顔じゃ無いって言いますし、牙を生やしとけばいいですよね?」

 

 そう言い残すと夜の街に消えていった。

 

 

◇

 

 

(……俺は…死ぬのか?)

 怒突は混濁した意識の中を彷徨う。頭蓋骨が割られ脳に損傷が見られる、生きていたとしても記憶障害や運動機能に支障を来すだろう。

 それ以上に腹の傷だ。流血は止まらずに命がそこから一緒に流れ出る…不思議な感覚だった。

(……もう一回くらいチビ共に逢いたかったぜ)

 怒突という男。持つのは暗殺者としての顔だけでは無い。

 彼は表では保育園の保父としても働き、真面目で勤勉、児童に保護者から同僚・上司に至るまで評判が良かった。元々は数多くの子供の中から暗殺者・戦闘員・密偵等々、裏家業の素質を持つ者を選定して組織に流す仕事をするためだったが…。彼はそれでも子供達を嫌ってはいなかった。寧ろ好きだと言っても良い。

 庭取の申し出を受けたのは、彼自身の打算だけではなく「彼女の見せた、縋り付く子供のような瞳」のせいだったのかも知れない。

 しかし、何もかも手遅れだ。彼は死ぬ。間違いなく死ぬ。 

 ぐちゃぐちゃになった瞼を閉じる。彼は受け入れる。自分の死を。

 ゆっくりと最後の死(とき)を待つ。

 

 

 

 

 

 

 彼の心臓に剣標が突き立てられた。

 

 

 




 毒にも薬にもならない解説

・第一話『兎にも欠(か)くにも猫が入(い)る』について
 一番に言いたいことは「とにかく猫が参戦する」「兎は脱落する」ということ。
 「兎にも角(かく)にも」は「とにかく」という意味。
 また、『兎角(とかく)』は「ウサギに角がある→あり得ないことの例え」として使われる。

 兎角→あり得ない事。
 兎欠く→原作キーキャラクターの欠落

 として二重の意味を掛けている。

 ここまで考えて、このタイトルしか無いと決定しました。




・『猫噛み・猫吊り(ネコマタトラップ)』について
 語るまでも無く、超有名なテーブルゲーム『汝人狼なりや?』に実在する役職『猫又(ねこまた)』から。

 『猫噛み』…『人狼』役が『猫又』を襲撃した際、『猫又』は『人狼』を呪いで道連れにする。
 『猫吊り』…『猫又』を投票により処刑すると、プレーヤーをランダムで一人呪い殺す。

 「襲撃者であり人狼(犬)である怒突」と「受け身であり猫又(猫)である音弧」の対比にこれ程相応しい喩えは無いと採用しました。




 ……え?知ってたって?
 これは失礼しました。
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