寝取り文化って結構昔から有ったのねえ。驚きだわぁ。
げらげら。
じゃあさぁじゃあさぁ?『大根持った買い物帰りの奥様』はどうなっちゃうのかしら?やっぱり『鴨葱』よろしく今晩美味しくいただかれちゃうのかしら?
げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらっ!!
今一度、状況を整理しようと思う。
何せ開幕から一気に状況に変化があったため、随分と雑多に情報が飛び交ってしまっている。
情報を分かりやすい形で提供するのも、語り部の重要な仕事である。
第十二回十二大戦──十三戦士対十三戦犯の総力戦。此度用意された大戦のルールを確認し直すと──
戦士チームの勝利条件は、捕まえるなり殺すなりして、戦犯チームを全滅させること。
戦犯チームの勝利条件は、未だ明確にはなっていないが、戦士チームが勝利条件を満たせない状態に陥れば、少なくとも勝利条件に近づくはずだ。安直だが、戦士チームを全滅させるのが一番分かり易い。
やはりと言うべきか。彼我の戦力差を鑑みるに、その優位性は明らかなまでに、戦士チームにある。
何せ戦犯チームは所詮犯罪者の集団だ。確かに元戦士の経歴の持つ者が大半の戦犯軍団ではあるが、同時に非戦闘要員出身の者が若干名戦犯として参戦しているため、実際の戦闘員の頭数は戦士のそれと比較して少ない。
更には元戦士とは言うものの、言うなれば第一線を退いた落伍者達だ。戦場を常としている戦士と比較して、どうしても地力の差と言うものが存在しているのだ。
こうして戦力分析を行えば、戦士チームに大きなアドバンテージがあり、戦士チームは快勝する事も出来る。最早、大戦とも呼べぬワンサイドゲーム。或いは戦犯チームの公開処刑だ。
──現実には随分と混戦を窮めていた。詳細はこちらだ。
リアルタイム戦況──スコア/10─10
(死亡順・殺害人数・殺害者)
十三戦士─── × 『子』 (1・0・『牡羊』)
× 『丑』 (2・0・『牡羊』)
〇『寅』 (生存中・0・/)
〇『卯』 (生存中・2・/)
× 『辰』 (4・0・『射手』)
〇『巳』 (生存中・0・/)
〇『午』 (生存中・0・/)
〇『未』 (生存中・0・/)
〇『申』 (生存中・0・/)
〇『酉』 (生存中・0・/)
〇『戌』 (生存中・0・/)
〇『亥』 (生存中・0・/)
〇『猫』 (2回死亡・0.5・/)
十三戦犯─── × 『牡羊』(3・2・『卯』)
〇『牡牛』(生存中・0・/)
× 『双子』(6・0・『不明』『猫』)
〇『蟹』 (生存中・0・/)
〇『獅子』(生存中・0・/)
〇『乙女』(生存中・0・/)
〇『天秤』(生存中・0・/)
〇『蠍』 (生存中・0・/)
× 『射手』(5・1・『卯』)
〇『山羊』(生存中・0・/)
〇『水瓶』(生存中・0・/)
〇『魚』 (生存中・0・/)
〇『蛇遣い』(生存中・0・/)
驚くべき事にまさかの同点である。あの『牡羊』の戦犯の華麗な奇襲攻撃と音弧の二回分の死──その二つが強烈なインパクトを残しているせいで戦犯チームが優勢な印象を与えていたが、否である。
こうしてスコアを読み上げてみると、戦士チームが大きく踏み止まり、かつ巻き返しているのが有り有りと分かる。流石は百戦錬磨の強者たちだ。
やはり、細かく戦況を分析してみると戦犯チームの旗色は余りにも悪い。
確かに、彼らは既に『寅』の戦士の生け捕りにしているため、今すぐにでも追加点を入れること自体は可能だ。
しかし、このスコアには酷いイカサマが存在する。
まず、『猫』の戦士の『2回死亡』と言うのからしておかしい。既に二回も殺しているのに無失点──
加えて、既に死亡している『子』の戦士に擬態していた『牡羊』の戦犯が期待した──今となっては危惧であるが──していたように、『卯』の戦士がその猛威を振るっている。彼の殺した『牡羊』の戦犯と『射手』の戦犯は、『
つまり、実際のスコアは8─10であるべき物が、実質12─10まで鯖読みと水増しをされている。まるで意味が分からない。戦犯側からしたら「『魚』も『水』も、こちらの領分ではなかったのか」と悪態をつきたくなることだろう。
これらのイカサマはそのまま今後の展開に多大な影響を与える。『猫』の戦士が失点を好奇に防止し、『卯』の戦士が点差を異常に広げる。戦犯チームにとって絶望的と言う他無い有様だ。
元より無茶無理無謀無策極まりない戦犯チームの挑戦。これは彼らにとって、悪巧みではなく悪足掻きなのだ。それは百回挑戦して一回成功するかどうかも分からない分の悪い賭け。賭けと呼ぶにも愚かしい戦い。自殺行為だ。
速やかに、何かしらの打開策を講じなければ、彼らの全滅は必至である。
◇
十三戦士が一堂に会したボールルームが存在する西洋風の古城。実はその中には、秘密の通路が隠されている。その昔、この城が攻め落とされた場合に城主が緊急避難するために、あらかじめ計算されて設置されたものであった。
その隠し通路の奥にある隠し部屋。そこに三人の戦犯が身を潜めていた。
「いくら何でもあんまりだと思わない!?不死身の戦士なんてチートだよ!チートっ!!あんなのどうやって倒せってのさっ!」
見目麗しいメイドが憤慨していた。綺麗な金色のツインテールをユラユラと揺らし、頭を抱えていた。
彼女──否、彼は『乙女』の戦犯──アイアン・メイ。胸元を開けっ広げに露出した魔改造メイド服に身を包んだ彼が、先程から百面相している理由は戦士チームに発生した異常事態のせいだ。
『猫』の戦士──音弧。不死身の男。それが頭を悩ませている最大の要因だ。彼がしゃしゃり出たが為に、本来ならば殺せる筈の戦士が生き延びてしまっている。そうして生かされたのが『卯』の戦士──憂城であることが、更なる悪影響を生み出していた。
「フレンド・シープを手駒として奪われたのは、正直な所、手痛いとここに誓います。彼女は戦闘力こそ高くは無いことを誓うとはいえ、その搦め手は十分に脅威であることを誓います」
アイアン・メイに賛同するように『牡牛』の戦犯──ルック・ミーは首を縦に振った。
「それで?この後、どういった対処を誓いますか?
一、先に出撃した断罪兄弟救出班を阻止すると誓います。
二、次に出撃した厄介の種であるチームラビッツを処分すると誓います。
三、ボールルームに残った待機組を処分すると誓います。
四、静観すると誓います。
私としましては二番目の選択肢が最優先課題であると誓いますが?」
「誓います誓いますうるさいよ!!」
反射的にアイアン・メイはウエディングドレス姿の長身な彼女を怒鳴りつけた。
しかし、ルック・ミーの意見は冷静かつ的確ではある。彼女が危機感を募らせているように、注意人物はやはりと言うべきか憂城である。彼の能力『
「ねぇ、フィニッシュはどう思う?」
「……」
ルック・ミーに八つ当たりしたのがいいガス抜きになったのか、アイアン・メイが一度冷静さを取り戻す。そして彼が水を向けたのは先程から黙りを決め込む『魚』の戦犯──ドクター・フィニッシュだった。
「あのー……フィニッシュ?っ!?」
ドクターの名に相応しく白衣を着る女が無言を貫いていることに違和感を覚えたアイアン・メイは、彼女の顔を見て息を飲んだ。
「……あぁ、いいわぁ、彼。
ドクター・フィニッシュは笑っていた。口角を下弦の月の如く吊り上げ、眼光が怪しく光る。頬にはほんのりとだが赤みが差している。喜悦と呼ぶには禍々しい物を孕んだ笑みだった。
「ど、どうしたのかな?」
「『猫』の戦士──音弧。いいわぁ、凄くいいわぁ。そそられちゃう」
「え゛っ!?」
「実に興味深い体をしているわ」
「えーっと……それは異性としてかな?」
「いいえ、肉体的な意味で、生物学的な意味で、生理学的な意味で、医学的な意味でよ。…………はぁ、解剖したいわ」
そう言ってアンニュイな溜息を一つ漏らす。聞こえてくる言葉は淡い情熱を帯びてはいるが、内容は物騒極まりない。
音弧の不死能力は、彼女が期待しているような肉体の限界を超越する再生能力では無い。刺せば死ぬし、斬り捨てれば死ぬ。焼いても、凍らせても、毒に中てられても、磨り潰しても、叩き落としても、撃ち抜いても、感電させても、溺れても、血を抜いても死ぬ。一般的な人間と同様にアッサリと死ぬ。
むしろ死に難さとか、生物としての強さを考えれば、いっそのこと迂々真の方が不死身に近いかもしれない。
「死んでも蘇るなんて、研究し放題じゃない!!無限に再利用可能な
そういう問題ではなかった。
「モチベーションがあがるのは良きことだと誓います。それで?貴様は彼奴を追い掛けることを誓うのですか?それでも構わないとここに誓います。私も彼奴には興味があると誓います。因みにこれは『
「ただの親父ギャグ。0点よ。
でも、奇遇ね。ふふふふふ……。貴方とは反りが合わないと思っていたけれど、まさかこんな所で気が合うとは思いもしなかったわ」
「その言葉はそっくりそのままレスポンスしてやると誓います」
「あら、残念。……先に行っておくけど、彼は私が貰うから」
「ふふふふふ……。それでも構わないと誓います。ただ、少しだけ貸してくれれば良いのです」
「嬉しいわぁ。じゃあ貴女にも働いて貰うのだけれど、いいわよね?」
「むしろ望むところであると誓います」
「ふふふふふ……」
「ふふふふふ……」
ルック・ミーもまたドクター・フィニッシュに負けず劣らずの不気味な笑みを浮かべていた。
妙齢の女が雁首揃えて悪巧み。しかも、ある一人の男をターゲットに絞り込んでいる。同じ男として、アイアン・メイは敵であるはずの音弧に心の中で合掌した。
「どこへ行こうというのかしら?」
「ひぃっ!?」
無意識に後退るアイアン・メイに追い縋るように、女性陣の手が伸びて彼の肩を掴んだ。勢いと力が余って、白い指先がギリギリと肉に食い込んでいた。
ギラギラと熱い欲望に煮えたぎる双眸。二人の合計四つの目が彼を捕らえるものだから、小柄な彼は思わず小さな悲鳴を上げていた。
「そんなに怖がらなくてもいいじゃないのかしら?私、傷ついちゃうわぁ」
「取って食いはしないとここに誓います」
「怖いっ!!怖いよっ!?二人共目がマジだからねっ!?あと、肩が凄く痛いですっ!!」
「これは失礼」
聞き分けよく二人が彼を解放すると、彼は肩を軽く摩り痕にならないかと恐る恐る確認し、ホッと溜息をついた。
「……それで?今すぐにでも彼を追う?」
「やめときましょう。彼が正真正銘の不死身ならどうやったって死にはしないでしょう?だったら捕まえるのは後で構わないわ。今優先すべきはあの兎対策ね」
ドクター・フィニッシュは白衣の襟を直して、改めて方針を告げた。
「まずは戦力増強をはかりましょうか」
◇
「……むむっ!むむむっ!?やりましたっ!やりましたよ!チームラビッツが戦犯を一人撃破!加えて、断罪兄弟救出班の方でも戦犯を二人やっつけてしまいました!でも後の方の二人は二人で一人って感じの印象を受けたんで、きっとあれが『双子』の戦犯かと思われます!
しかし、断罪兄弟のお兄さんの方を救出には失敗。でも、まぁ、戦力的に勿体なくはありますが、弟さんを救えただけでも儲けものでしょう!彼は『猫』の先導の元、こちらに帰還途中です。道中に敵の姿は見受けられませんが、引き続き警戒を続行します!
これで両陣営の損害はイーブン。しかし、憂城くんのお陰で戦力的にはかなり優勢です!無事に軌道に乗り始めてますね!
良かったー!最初に失井さんが殺された時はどうなるかと思いましたが、ファインプレーをした音弧さんに万歳です!拍手万雷です!」
『酉』の戦士──庭取は意気揚々とこれまでの状況を報告した。
彼女が保有する能力『鵜の目鷹の目』は鳥類と意思疎通を行い、更には彼等の視覚を共有する事が可能な、いかにも『酉』の名にマッチした能力ともいえる。彼女曰く「鳥さん達と仲良しになれる能力」であると随分メルヘンチックなことを言っているが、その性能は中々どうして強力であった。
戦闘力という面で考えれば大した期待は出来ないが、他者の視界を間借り出来ると言うのは、至る処に設置された監視カメラの映像を覗き込む行為に等しい。況してや、鳥であるが故に飛行による移動はお手な物で、その使い勝手は偵察用ドローンを軽く凌駕している。
彼女はこの能力で、島全土を鳥の視点で観察する──つまりは『鳥瞰』し、これまでの状況を把握するに至った。
戦士チームは反撃に転じるにあたり、部隊を三つに分けた。具体的には『断罪兄弟救出班』『チームラビッツ』『待機組』の三部隊である。
先に出撃した『断罪兄弟救出班』──もとい『猫』は、単独で迅速行軍に移動し、断罪兄弟の救出する役に割り当てられた。元より一人一人が一騎当千に匹敵する戦士達であるが故に、彼らは我が強く、結果的に戦士陣営は足並みを揃える事が難しい。それを無理に合わせて、歩調を取るとなれば、どうしてもフットワークが重くなる。一分一秒を争う断罪兄弟の不透明な危機的状況に割り込むには、彼が単独で突撃するのが最たる安全策だったのだ。
万が一に、断罪兄弟の救援に失敗したとしても、彼は不死身の戦士故に単独でも一切損害は出ない。だからこその偏った編成だった。
後に出撃したチームラビッツは、『卯』の能力を主軸に、『未』をブレーンに、『午』がその二人の護衛にするフォーメーションを組み、全方位に万遍なく対応できる布陣を敷いている。加えて、『牡羊』『射手』をその手中に収め、戦力は更に死角の少ない物へと強化されている。
そもそもの話。この二部隊が見事なカウンターナックルを決めたのには、実は待機組に控えている庭取が多大な貢献をしている。彼女は『鵜の目鷹の目』で断罪兄弟とウンスン・サジタリの位置を特定。直ぐに両部隊を先導する為に鳥さんを放った。その『鳥さんナビゲートシステム』のお陰で、彼等は最短ルートで移動が出来たのだ。尚、ウンスン・サジタリが標的になった理由については、彼の選んだ狙撃ポイントは見晴らしの良い場所で、アッサリと発見されたせいであった。
待機組は庭取の他、『申』の戦士──砂粒、『戌』の戦士──怒突、『亥』の戦士──異能肉、の三名が後詰めとして入っている。偶然か因果か、この干支の最後四名は未だにボールルームに居たままだった。
「……このままで本当によろしいのかしら?」
異能肉は少しばかり不機嫌そうに口にした。誰に向けてかと聞かれれば、彼女の視線が鋭く対象を射貫いている。
その言葉を投げ掛けられているのは、言うまでもなく砂粒だった。むしろ異能肉がこれ程に苛立つ理由は彼女くらいしかあり得ないとも言える。
「確かにこの調子ならば、余程のことが無い限り戦犯を制圧出来るでしょうね?
でも、あくまでも、
この四名が未だにボールルームに滞在し続けている理由は、この古城を暫定的に拠点として利用しており、謂わば防衛戦力として割り振られているためだ──。
──と言うのは表向きの話であり、その実、戦犯の捕物帖に気乗り薄な面々で構成されている。特に犬猿の仲であるはず怒突と砂粒の反応は顕著で、ただ静かに佇んでいるだけと言っても差し支えない。
これから戦犯を捕縛ないし殺害(まぁ、あのレジェンド羊とハレンチ兎ならば、殺すことを優先しているのでしょうけれど)するにあたり、戦いを躊躇う仲間は足手纏いと呼ぶ他ない。故にチームラビッツのブレーン役である必爺が彼等に早々に見切りをつけ、必要な戦力を確保して一足先に動き出した。というのが実状である。
庭取については、身体能力が低く戦闘向きではないため、仕方なく待機を言いつけられ、全体のサポートに徹しているわけだ。
ならば異能肉は何故この場に残っているのだろうか。
確かに、『こと戦闘面での期待が持てない庭取の護衛』という表向きの動機で必爺は説き伏せた。彼女の戦闘力であれば、例え最後の一人になろうとも、並大抵の敵など脅威にはならないだろう。
彼女自身、害悪にしかならない戦争犯罪者の事などどうでも良い。殺そうと、生かそうと、どちらでも構わないと考えている。むしろ自身に害をなすならば、始末した方が手っ取り早いとすら思う。戦いに向ける意気込みも十分にある。
しかし、それなのに、砂粒に向けて自らが持つ考えの正反対となる話題を投げ掛けている。それが、彼女が望む──半ば命題に近いものだと理解しているからこその言動だった。
それでも、砂粒は反応を示さない。そもそも話を受容していない。どこを見ているのかもはっきりしない。一言で表すならば上の空だった。
「いい加減にしなさい! 砂粒!」
遂には異能肉も癇癪を起こした。由緒正しき名家の令嬢故に、父と母から楚々とした作法と礼節はしっかりと教育を受けて育った彼女らしからぬ乱暴な言葉で砂粒を怒鳴りつけ、優雅に在るべきという信条にも反して砂粒の胸ぐらを掴み上げ、吊し上げる様は、彼女の不快感を有り有りと伝えていた。
「何時まで此処でぼうっとしていますの! 今は『十二大戦』! 戦争中ですわ! だったら! 貴女のやるべき事は何一つ変わりはしないでしょう! 腑抜けた姿を晒してないで仕事をしなさいな! 貴女はここのリーダーでしょう!」
砂粒がリーダーだと言う事実は……あるには、ある。ただ、必爺が此処を出立する前に適当に宛がった役割だと言う話なだけでしかない。必爺としてはある程度意図があったのかも知れないが、現状を見れば御飾りのリーダーとしか言えなかった。
それでも、異能肉はその事実に固執していた。彼女を焚き付ける為の詭弁でしかないけれど、ないよりマシだ。
(あぁ、肉ちゃんが怒鳴ってる。珍しいな…)
異能肉の険相を間近に見て、外野に居た庭取も怒突も驚いた様子を見せているが、対して当事者の砂粒はかなり脳天気な事を考えていた。
異能肉の人となりをよく知る彼女から見ても、ここまで荒れることは──それこそヒステリック寸前の怒鳴り声はかなり珍しい。レア物だ。
普段の言動も中々にアレではあるが、異能肉は基本的にその身に纏う品性を損なわせるような振る舞いはしない。絶対にしない。そんな彼女が、こうも他者のため──延いては砂粒のために動くのは、親友をしている身としては嬉しい事だと、内心場違いな感想を懐いていた。
(そうね。そうだよね。肉ちゃんの言うとおりだ)
この十二大戦では次から次へと状況が切り替わり、まるで対処が出来てはいなかった。『子』の戦士が偽物で、『丑』の戦士が斬首され、頭が真っ白になってしまった。未だに「ああしとけば良かった、こうすれば防げたのに」と後悔ばかりが募る。所詮砂粒とて全知全能な神などではないのだから、この考え自体が驕りであり傲慢ではある。それでも思わずには居られない。
その後に『猫』の戦士がウルトラCで『牡羊』の戦犯を捕まえ、そのままあれよあれよと必爺が方針を決めてしまい、流されるがままになっていた。ずっと日和見してしまっていた。このままでは戦士にも、戦犯にも、相当数被害が出てしまうと言うのにだ。
(意識……切り替えていかなきゃ)
砂粒は自身の顔を叩いて気合いを入れ直した。
「ごめん肉ちゃん。ちゃんとやる」
砂粒が異能肉の目を見つめて、新たにした(昔から何も変わってはいないから、新しくもないけれど)決意を告げた。
「……ふん! わかれば良いんですのよ!」
一先ず納得してくれたらしい。異能肉は矛先を納めると、これまた不機嫌そうに砂粒を解放し、そっぽを向いてしまった。その仕草がどうにも拗ねた子供の用で思わず笑ってしまいそうになるが、彼女の一睨みで咄嗟に緩んだ顔を引き締める。
今一度考える。
この度の変則的なルールの十二大戦。何故、突然『十三星座の戦犯』が現れたのか。
(そして、やっぱり気になるのは『猫』の戦士──それと『
あの天才クラッカーの存在は噂話程度には聞いたことがある。その者が関与したと言う物的証拠は一切出たことがないが、かつて砂粒が停戦させた戦争の中には、裏で唆されて戦争の引き金を弾いてしまったと仄めかす話は何度か聞いたことがあった。
(あの『
そもそも前提として、どうしてそんな横紙破りなルールを十二大戦の運営は承諾してしまっているのか?)
改めて砂粒は疑問点を洗い出す。最も先程まで行っていたミーティングフェーズでの考察を仕分けし直す程度に留める。これ以上の考察にはどうしても情報が不足していた。
(やっぱり『牡羊』の戦犯から情報を聞き出せなかったのは、勿体なかったかなぁ)
尋問を与える前に憂城がどさくさに紛れて殺してしまったのには、流石に肝を冷やした。しかし『
残念ながらその前に「『寅』の戦士が拉致されました!」とか「断罪兄弟が城から離れるようです!これじゃあ『寅』の戦士の二の舞ですよぉっ!?」等と、庭取が慌てふためいて報告するものだから、質疑応答をしている暇なんて無かった。
(となれば、やっぱり必要なのは情報収集。チームラビッツに合流して、先に『牡羊』ともう一人の戦犯……たしか『射手』だっけか?の話を聞く必要があるわね。
或いは────)
「あのー?お時間宜しいですか?」
しかし、又もや砂粒が決断を下す前に事態は刻一刻と変わっていく。変えられていく。
ボールルームの一角に一同が注目すると、そこに新たな戦犯が居た。
「『乙女』の魔法少女──じゃなかった!
『乙女』の戦犯──『仕えて殺す』アイアン・メイ!」
何故か、その戦犯は『月に代わってお仕置きでもしそうなポーズ』を取っていた。
◇
十二大戦に参加する戦士の面々は、各々が自身の司る干支に関連した衣装を身に纏っている。
『子』の戦士──寝住であれば、頭に装着したヘッドギアがどことなく
『丑』の戦士──失井であれば、頭の双角と
露出の多い『卯』の戦士──憂城や『寅』の戦士──妬良でさえ、頭にウサ耳やネコ耳──トラ耳?──を着けているし、一見して分かり難い『辰』と『巳』の戦士──断罪兄弟だって、衣服や武装に鱗のような幾何学模様を走らせていた。
『午』の戦士──迂々真は西洋騎士と騎馬を混ぜ合わせたような兜を用いているし、『未』の戦士──必爺は角と白い髭はもう既に羊にしか見えない。
この場に残っている砂粒・庭取・怒突・異能肉だって、尻尾やら外套やら犬耳やら髪型やらに工夫をこらして、テーマに合わせていた。
それらに一貫して機能性と言うものは見受けられない。精々『薄着だから動きやすい』とか、『丈夫な布地で破れにくい』とか、そのくらいの意味合いしか持たないだろう。
そしてこの法則は、戦犯側にもある程度適用されている。既にこちら側の手に落ちている『牡羊』と『射手』を見れば明白なように、各々がテーマに合致した格好をしていた。
当然、目の前に突如現れた戦犯も例外では無い。
(エプロンドレス……確かにルーツを辿っていけば、
けれど……そもそも、それ以前の問題では無いかしら?)
確かに綺麗な御櫛や整った顔立ちは美しく、フリルをあしらった衣装は細部にまで拘って作られている点は、異能肉のお眼鏡にもかなう。
しかし、その人物が男性であると言う事実に僅かに──いや、かなり抵抗を覚えた。
(特にあの……晒けに曝け出した胸元──あれではハレンチ兎と良い勝負ですわ)
女装男子な分、更に達が悪い。メンタルが大事件だった。
そんな不快感も込めて、異能肉は愛銃『
「待って、待って!とりあえず、ボクの話だけでも聞いて欲しいな!」
流石に命の危機を感じた彼は、手にしていた唯一の装備である箒(何故、箒?)を目の前に投げ捨てた。彼が箒を投げ捨てたのは、戦士達の居ないあさっての方角。あの位置ならば、彼が咄嗟に箒を拾い上げるよりも早く、異能肉が変態メイドを挽き肉に変えることが出来るだろう。
「ボクは取引しに来たんだよっ!」
捲し立てるようにアイアン・メイの放った言葉に、戦士の面々は(はぁ?何を宣って居るのかしら……)と異口同音の感想を並べ、訝しんでいた。
「……コホン!ボクはね、君たちに降伏しに来たんだよ。より具体的には『命だけは見逃して欲しい』からこそ、こうして顔を出しに……命乞いに来たのさ!」
確かに先に飛び出したチームラビッツが相手では問答無用に殺される公算が大きい。憂城が戦犯を殺し、戦力を雪だるま式に増加させていくのが必爺の方針だ。
それに比べたら、平和主義者の砂粒が居る待機組にアプローチをかけてくる方が、まだ交渉の余地が残されているのは理解できる。
「正直な話さぁ?これでも今回、戦士の皆をやっつけてやるんだーって息巻いて参加したんだよ?
でもさ!何なのさっ!?不死身の戦士に死体を再利用する戦士とかバケモン揃いじゃん!?こんなの勝てるわけ無いよ!無理ゲーじゃん!?そりゃあ回れ右もしたくなるよ!」
「貴方、プライドと言う物を持ち合わせておりませんの?」
異能肉は思わず口から呆れた声を漏らした。目の前の男が余りにも身勝手かつ、女々しく思えた。言い方は悪いが「男のくせに」と考えてしまう。
「ないよ?あるわけが無い。ボクは戦うのが嫌で嫌でずぅっと逃げてきたんだから」
「あっ……『乙女座銀河団』」
その言葉を聞いてかどうかは定かではないが、庭取は目の前の戦犯のプロフィールを思い出していた。
アイアン・メイの罪状は猥褻物陳列罪や多数の軽犯罪などがある。しかし、その根幹には敵前逃亡罪が存在している。
彼は自身の上官はおろか、敵軍の長にも巧みに取り入り、これまで戦闘行為を回避し続けていた。その手練手管は『籠絡の女神』と呼ばれるほどに名をあげてしまい、一時はかの有名なジャンヌダルクもかくやと言う窮地に立たされ、敵味方入り乱れた敵前逃亡軍団『乙女座銀河団』は、多大な損害を受けながらも半数近い数の兵士を戦争から逃亡させてみせた。歴史に類を見ない大事件だった。
「あれね。ボクとしては『籠絡の女神』よりも『籠絡の巫女』って呼んで貰いたかったかなー。だって女神って神様じゃない?ボクってそんなに偉い身分でもないし、気が引けちゃうって言うか……ってその話は置いといてっ!!
とにかく!その為に嫌いな上官にだって媚びを売ってきた。ただ今回は、売るのが仲間だったってだけの話」
庭取が漏らした言葉から、砂粒と異能肉が自身の記憶を掘り起こし納得していると、その間にもアイアン・メイは気になる言葉を口にしていた。
「仲間を売る?」
「そう!ボクが提示したいのは、ボク達『戦犯の目的』と『戦犯の戦力情報』。そして、ボクが求めるのは『ボクを捕虜として身の安全を保障する事』と『ボクの罪の免除』だよ」
怪しい。余りにも胡散臭い。
戦士一同の感想は一致した。ただ一人を除いて。
「どうしたんですか?折角の情報ゲットのチャンスですよ?なんなら取っ捕まえて拷問なり薬なりで
そう言いながら庭取は手にしたトライデントのような武器『
「あー、そういうこと言っちゃうの?そんなにボクの事が信用できない?」
「当たり前でしょう。そもそも、私達に、十二大戦に、喧嘩をふっかけて来たのはそちらなんです。そんな相手の言葉は鵜呑みに出来ませんよ。
私は鳥は鳥でも『鵜』でも『鷹』でも無く、『鶏』ですからね」
「おっかないなぁ……鶏は鶏だけど、闘鶏じゃん。
思わず逃げちゃいそう。庭には二羽ニワトリが……いやいや、一も二も無く、一目散に逃げちゃいそうだよ」
「こんなに可愛い女の子を目の前にして失礼ですねー」
庭取の明け透けとした物言いに、アイアン・メイは雑な洒落を交えた軽口で返す。
しかし、彼は踏み止まっている。踏み出したが最後、異能肉に蜂の巣にされるのが明白だからだ。
「それで、どうする?ボクとしてはこのまま銃殺されるのも、刺殺されるのも勘弁なんだけど?イエス オア ノーははっきりしてくれると嬉しいな。それ次第でボクの行動はおろか、生死与奪が決まるわけだしね」
戦士四名を目の前にした圧倒的窮地で在るのにも関わらず、アイアン・メイは余裕綽々とした態度を見せたままだ。不気味だ。
「……肉ちゃん。怒突くん。二人はどう思う?」
不穏な様子が抜けないアイアン・メイを警戒しながら(まぁ、正確にはこのままドンパチに陥らないように両方に警戒を張っていますわね)、砂粒は意見を求めてきた。
「……俺は、話を聞いてやっても良いと思う。庭取が言うように鵜呑みにゃあ出来ねぇが、参考くらいにはなるだろうさ」
意外な事に怒突は慎重さこそ残しているものの、随分と前向きな対応を見せる。一見すると、砂粒の考えに類似した意見にさえ思える。犬猿の仲だろうに驚きである。
(しかし、『戌』の戦士は副業として人身売買にも手を出していると聞きますわ。彼自身はどちらかといえば戦犯寄りの思考をしているのか、或いは内通しているのかも知れませんわね。流石にあの双子のように、露骨に雲隠れしなかったところを見るに、前者の予想に近いのでしょうね)と、異能肉は曖昧なままに考察を一度棚上げした。
「私としては無駄の一言ですわね。
第一に、この変態メイドが情報を正しく開示する保証はどこにも無く、又それを確かめる暇もありませんわ。万が一に偽の情報を握らされて、踊らされたら、それは手痛い反撃となりますわ。
第二に、彼が求める『捕虜としての身の安全の保障』。これはつまり、私たちが殺さないと約束するのは当然なのでしょうけれど、それ以外に彼の裏切りに対する戦犯側からの報復に対しても警護の要求しているのでしょう?どう扱っても足枷になるとしか思えませんわ。
第三に、『免罪』ですが……如何に私が高貴な身分であるとしても、砂粒が世界各所にコネクションを持つ人間であっても、無罪放免は少々難しい事ですわ。貴方まさか「優勝賞品の『願い』を使え」とでも要求しているのかしら?流石に通りませんわよ」
意見を出した後、異能肉は一度砂粒の様子を窺う。すると向こうも一瞬だけ目配せをして、ハンドサインを背中越しに送ってきた。
(『警戒し、異常あれば、排除』──言われるまでも無いことですわね)
かつて別の戦場で二人だけに通じるように作ったハンドサインだった。(にしても、随分と懐かしい物を……)と言う感慨を懐いて、再度気を引き締めて相手を見据えた。
「うーん……やっぱり無罪判決は欲張りすぎかぁ。じゃあ、交渉決裂だね☆」
先手を取って交渉をしてきたはずのアイアン・メイは、突然交渉を取り止めた。彼にとって、必要なものは既に出揃っていた。
目の前の戦士四名の視線を釘付けにする『囮』の役目は十分に果たした。
次の瞬間、背後からガラスの割れる音がした。ボールルームからバルコニーへと通じる大きな窓ガラスを叩き割り、舞踏場に黒い塊が投げ込まれてきた。
「光魔法『フラッシュ・バーン』!」
ボールルームへと投げ込まれた謎の物質。その正体であるスタングレネードが眩い程に閃光を炸裂させ、戦士達の視界を奪い去った。
◇
『乙女』の魔法少女、もとい『乙女』の戦犯──アイアン・メイの仕事は、言ってみれば以前の焼き増しである。既に死亡した『双子』の戦犯──ダブル・マインドの『私と私』が、断罪兄弟に仕掛けた
彼の仕事はボールルームに残ったままの戦士達の注意を引きつけること。これに尽きる。そうして、注意を十分に引き付けた所で、包囲を完成させた仲間が襲撃をすると言う寸法だ。
窓ガラスを叩き割り、ボールルームの中にゴロゴロと転がり込んできたスタングレネードが爆発すると、閃光と爆発音がそれぞれ視覚と聴覚を奪う。
しかし、流石に手練れの戦士達だ。スタングレネードの一発や二発で行動不能になる間抜けは居ない。現に砂粒と怒突は咄嗟に閃光から目を覆い、耳を保護していた。
「きゃぁぁっ!?」「うぐっ!?」
だが、それでも例外は居る。既に眼前の敵へと戦闘態勢を整えていた庭取と異能肉は不意打ちへと対応がワンテンポが遅れた。結果としてスタングレネードの直撃を受けざる得なかった。咄嗟に目を閉じて、視界を封じられるのだけはどうにか回避したものの、庭取は手に『鶏冠刺』を、異能肉は両手に『愛終』と『命恋』を携えているが故に、両手が塞がり、瞬時に耳を庇う事まで出来なかったのだ。
「『亥』の戦士──『豊かに殺す』異能肉!」
常日頃から戦場で二丁拳銃ならぬ二丁機関銃を手にし戦場を駆る異能肉は、多少なりとも轟音爆音への耐性があった。スタングレネードが直撃し、鼓膜に多少のダメージを受けたものの、直ぐに異能肉は持ち直し、対処に移る。そして彼女はアイアン・メイに向けて機銃の乱射を解き放った。
「消失魔法『ハイド・クロス』──」
戦士達がスタングレネードの影響で聴覚を封じられている最中、アイアン・メイは次なる手を打った。
異能肉の弾幕に対して、アイアン・メイは小柄な体全体を覆い隠すような大きな布──横断幕を突然出現させて、その裏側へと消えた。隠れたのだ。
だが、それがどうしたと言うのだ。その出現方法こそ奇抜──
だが、その向こうにアイアン・メイの姿は無い。大方通路の奥へと後退したのだと察することが出来る。問題は彼が残した置き土産の方だ。
「──&煙魔法『スモーク・カーテン』」
彼が居たはずの場所には、身代わりになるように夥しい量のスプレー缶が山のように積み上げられていた。
異能肉の機関銃がそれに弾丸を浴びせると、山が土砂崩れを起こし、スプレー缶がゴロゴロとボールルームへと雪崩れ込んできた。
(今度はスモークグレネードですか。流石は敵前逃亡者。戦いから逃げることだけに集中した戦い方ですわ)
一部は異能肉の弾丸によって破裂し、また一部は本来の機能の通りに煙幕を撒き散らし、その真っ白な煙がボールルーム全体へと蔓延していく。会場内は瞬く間に五里霧中に変化した。
(しかし、困りましたわ。こうなってしまっては迂闊には動けませんわね。この不明瞭な視界では傍に居る仲間まで誤射してしまいますわ。であれば、先程のスタングレネードを回避したらしき砂粒と『戌』に対処を委ねる他──)
──等と僅かに逡巡する隙さえ異能肉には与えられなかった。
『箒さん。箒さん。空飛ぶ魔法の箒さん。どうかこちらにいらっしゃい』
アイアン・メイが消えたのとは反対側。丁度バルコニー側から発せられた呼びかけに反応して、アイアン・メイが投げ捨てていった箒が突如として動き出だしたのだ。
「ふぐおっ!?」
フワリと浮き上がった箒は猛スピードで動き出し、白煙を突き破り、異能肉を轢き飛ばし、外へと飛び出していく。
「肉ちゃんっ!?っ!?」
視界を封じられる中、明らかに親友が奇襲を受けた事を察して、砂粒は異能肉の援護に動く。
しかし、その手を阻む敵の存在が砂粒の眼前へと躍り出た。
敵の影は二人。
『『
『『
(『子』と『丑』の娘っ!?嘘っ!?二人って妻子持ちだったの!?)
そんなわけ在るはずが無い。それはどちらかと言えば近くに居るはずの怒突か、既に此処には居ない必爺の方である。必爺の方ならば孫まで付いてくる。更に言うならば、寝住に至ってはまだ高校生だ。
百歩譲って寝住と失井が子をもうけていたとしても、この場に居るはずは無い。
しかし、こうして実在する。そしてその二人は確かに『子』の戦士──寝住の娘であり、『丑』の戦士──失井の娘であり──
「『牡牛』の戦犯──『誓って殺す』ルック・ミー」
──彼女の娘だった。
ウエディングドレス姿の彼女の特殊能力は『
勿論、その発動条件には『対象が男性である』『対象の遺伝子情報を手に入れる必要がある』のだが、要は『男性のDNA』が採取できれば発動出来るのだ。DNAさえ手に入るならば、髪だろうが皮膚だろうが骨だろうが血だろうが、精子は問わない。生死も問わない。
アイアン・メイが囮役を務めた一番の理由はここにある。彼が隙を作り出し、ルック・ミーをボールルーム内部へと招き入れ、そこに安置された二体の死体を奪い去る。これが戦犯達の狙いだった。
戦士が死体を再利用してくると言うならば、こちらも同じ手を使うまで。実に分かり易い対抗策である。
こうして新たに生まれた二つの命も、戦士として実に優秀だ。なにせ誉れ高い干支十二家の実子だ。ルック・ミーの娘達はその戦士の血を並々と受け継いでいた。
『丑』の娘は『皆殺しの天才』の血を引き、齢五歳の初陣で皆殺しを飾った伝説に劣ること無く、未熟ではあるものの、訳が分からないくらいに精錬された体術で仕掛けてくる。
『子』の娘は『
その二人のコンビネーションに砂粒は完全に足を止められていた。
派手に転倒し、隙の生まれた異能肉。
敵に押さえ込まれ、対処に手一杯の砂粒。
その混乱状態の中でルック・ミーは庭取を標的にしていた。
真っ白な煙幕の中に紛れ込む真っ白なウエディングドレスは非常に見つけにくい代物だっただろう。況してやスタングレネードのダメージが抜けきっていない庭取ならば尚更だ。
ルック・ミーが戦犯の名乗りをあげる頃には、既に庭取を射程圏内に捉えていた。彼女は手にした
「ぐえっ!?」
長刀が庭取に入刀される刹那、彼女が醜いアヒルのような悲鳴を上げて、後ろへと倒れ込む。振り下ろされた快刀は彼女の鼻先を空振りしていく。間一髪だった。
しかし、戦士の身でありながら余りにも無様な転倒の仕方。それもその筈だ。彼女が後ろへと倒れ込んだのは、彼女の外套を後ろから引っ張る者が居たからだ。
「『戌』の戦士──『噛んで含めるように殺す』怒突!」
庭取が白煙の先に消えるのと入れ替わるように、今度は怒突が立ち替わる。彼は牙を剥き出しにしてルック・ミーへと反撃に出た。
到底連携とも呼べぬ庭取と怒突のコンビネーション。しかし、大振りの一撃を繰り出した後の彼女を捉えるには申し分なかった。
咄嗟にルック・ミーは長刀を盾に防御の構えを取る。長い刀身故に威力は高いものの、その取り回しは悪く、素早い二の太刀を振ることは出来ないからだ。
「
怒突の持ち味である『狂犬鋲』(とくと味わえっ!)。牙も顎も強靭で、その噛みつきが最早凶刃として──武器として成立する。
彼が彼女の長刀に噛み付けば、バキリと刀身が中間から噛み砕かれる。サーカスの剣吞み芸も真っ青な剣喰い芸には、流石にルック・ミーでさえ度肝を抜かれた。
(驚いたか?だが驚いている暇は無いぜ)
確かにこの牙も強力ではあるが、所詮は噛みつき攻撃。腕一本足一本くらいは楽々と食い千切る事が出来るが、結局そこ止まりだ。勿論手足を損壊も致命的ではあるが、それ自体は致命傷へと直結しない。手足をもがれようとも我武者羅に反撃に出る戦士だって少なからず居る。狂的ならば、強敵ならば、尚更だ。
つまりだ。実は彼の噛み付きには、それを必殺へと押し上げる為の秘中の秘が含まれている。彼の牙には毒が含まれているのだ。
こう見えて彼は『
怒突はルック・ミーの腕を掴み取ると、自身の方へと引き寄せる。
今一度その
次の瞬間、猛毒が打ち込まれる。
しかし、毒を打ち込まれたのは──撃ち込まれたのは怒突の方だった。
「『魚』の戦犯──『生かして殺す』ドクター・フィニッシュ」
怒突の肩に突き刺さる数本の注射器。『静脈注射乱れ打ち』……とまでは流石にいかないものの、それらが確実に怒突の体内を侵していた。
猛毒を打ち込まれた怒突が膝を折り、地に伏せる──ように見せ掛けて、ルック・ミーの足元を払う。そもそも毒の専門家である彼を毒殺しようというのが無理があるのだ。
怒突はドクター・フィニッシュが投擲し投与してきた速効性遅効性の種類を問わない複数の致死毒を全て解析し、中和剤を生成して無効化してみせた。伊達に戦士をやっているわけでは無い。
怒突はそのままルック・ミーをノー・ルック──無視し、彼女の転倒を確認するよりも早く、注射器の飛んできた射線の先──ドクター・フィニッシュの居る場所へと転身する。
白煙を突き抜けた先にドクター・フィニッシュは居た。
『『乙女』の娘──『命尽きるまで殺す』
怒突の道を阻むように、新たな乱入者が立ち塞がる。
(名乗りの通りならば、あの変態メイドの娘!なら、スタングレネードを投げ込んできたのはこいつかっ!?)
御明察だ。彼女はルック・ミーの『
アイアン・メイの技能──等と言っても、それは主に『道具を自在に利用すること』と、『
『雷魔法『プラズマ・シールド』』
彼女が発動したのは防御技だった。しかし、幾ら雷魔法だからと、電磁波のバリアが生まれるのをイメージするのは、少々夢見がちである。『乙女』の娘は手にしていた防護盾型スタンガンで怒突に体当たりを仕掛けたのだ。
「うぐっ!?」
盾が触れた瞬間に怒突の全身に130万ボルトの電気が流れ、思わず顔が歪む。動かして見せたのは表情筋のみならず、体を仰け反らせ、蹈鞴を踏ませた。
更には後ろから追い縋ったルック・ミーの折れた刀が背後から彼を狙った。その太刀筋が怒突の体に傷を刻む。
しかし傷は浅い。ギリギリのところで攻撃に反応し、なんとか致命傷は避けたが、非常に拙い。今も尚、怒突は『魚』と『牡牛』と『乙女の娘』に取り囲まれていた。
「怒突くんっ!!」
煙の向こうから砂粒の声が聞こえた。かと思えば、同じ方向から二つの影が飛び出してきた。飛び出してきたのは『子の娘』と『丑の娘』だった。
怒突は咄嗟に身を伏せると。飛来物は彼の頭上を越え、ルック・ミーと『乙女の娘』をまとめて吹き飛ばす。砂粒が狙って投げ飛ばしたものだった。
漸く、スタングレネードの影響も回復し、煙幕も随分と拡散した。改めて戦士四名と、戦犯二名にその娘が三名──訂正、四名。
『『戌』の娘──『命尽きるまで殺す』
たった今、目の前でルック・ミーが『
これでこの場の局所的なスコアは4─6。戦犯の優勢に巻き返した。
「潮時であると、ここに誓います」
ルック・ミーがそう告げたのを受けて、先程までのグイグイくる攻勢から反転し、急転直下に戦犯達は逃げの一手に打って出た。
ルック・ミーとドクター・フィニッシュがバルコニーから外へと飛び降り、手早く脱出する。下には既にアイアン・メイが待機しており、彼女達の逃走を手助けする手筈を整えていた。
咄嗟にそれを防ごうと、前に飛び出した砂粒と怒突の前に『子の娘』『丑の娘』『戌の娘』『乙女の娘』が立ちはだかる。どうやら、娘達の仕事は戦士の足止めらしい。
「やられたわ……」
ちらりと横を見れば、寝住と失井を安置していた場所に二体の死体は無くなっていた。おそらく戦士の材料として奪われたのだろう。
事実上、敵戦力が増強されてしまったのだ。