※この作品はR-18です。

【二次創作】十三大戦【頑張って書いた】   作:セイントス

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『天秤は金も鉛も区別しない(The balance distinguishes not between gold and lead.)』って言うじゃなぁい?

 尊い言葉よねぇ?『人類皆平等』って意味だわ。


 げらげら。


 でもさぁ?金と鉛を等価値の石ころと見定めるのは精々天秤くらいな物よ?人間だったら、それらに付加価値を見出すもの。金属の性質とか希少性とかのことね。
 寧ろ天秤の方こそ、物事を一側面からしか見られない盲目的な判別方法よね?


『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずといえり。されども今廣く此人間世界を見渡すにかしこき人ありおろかなる人あり貧しきもあり冨めるもあり貴人もあり下人もありて其有様雲と坭との相違あるに似たるは何ぞや。その次第はなはだ明らかなり。『実語教(じつごきょう)』に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり。されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり』……って、かの福沢諭吉も言ってるくらいだし、賢愚も優劣も貧富も善悪もあって然るべきなのよ。


 それがあって初めてバランスが取れるってもんなのよ。



 げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらっ!!






第七戦『罪の疑わしきは軽くし、功の疑わしきは重くす』

 

 

 『戦士』と『戦犯』。

 

 

 その二つを分別する差とは何処にあるのか。

 

 

 『戦争犯罪人』もとい『戦争犯罪』とは戦時国際法に違反する行為であり、交戦法規違反の事を指す。一見して、戦争行為とは野蛮にも見えるが、歴とした規則(ルール)あるいは作法(マナー)と言うものが存在しているのだ。

 

 それによると、定義として『平和に対する罪』『戦争犯罪』『人道に対する罪』の三つに分けられる。

 

 

 平和に対する罪とは、『侵略戦争』あるいは『国際条約・協定・誓約などに違反する戦争』などを計画・準備・開始・遂行。また、それらへの関与などが挙げられる。要は理不尽な戦争を仕掛ける側を糾弾するものだ。

 

 戦争犯罪とは、『戦争法規』と『慣例』などに対する『違反行為』。噛み砕いて言うならば、占領地内の一般人や人質の殺害・虐待・奴隷労働およびその他の目的のための拉致・公私の財産の略奪・恣意的な破壊活動・戦争を伴わない荒廃化などが挙げられる。要は戦争中の不必要な蹂躙と略奪を糾弾するものだ。

 

 人道に対する罪とは、戦地となった国の国内法に対する是非を問わず、裁判所の管轄に属する犯罪行為。これに関連する戦争前及び戦争中の一般人の殺害、殲滅、奴隷化、拉致などの非人道的行為、政治的・人種的・宗教的な理由による迫害行為などが挙げられる。要は人権を著しく侵害した行為を糾弾するためのものだ。

 

 

 

 これらを踏まえて、『戦士』と『戦犯』の違いは何か──。

 

 有り体に言ってしまえば、『戦争の中で戦争をするのが戦士』であり、『戦争の内外問わず、行き過ぎた行為をした者が戦犯』であると言える。

 やれ戦犯だ、やれ戦争犯罪者などと糾弾されては居るが、それらは戦争を原因した犯罪よりも、戦時中と言う極限的な環境こそが、人を犯罪に走らせる事例と言うのは──殊の外、多い。

 例えば、窃盗や略奪は確かに悪行ではあるが、そのような軽犯罪を起こす者に限って、生きる術を持たない孤児や浮浪者だ。そんな彼等に『罪人に成るな!飢えて死ね!』などと、そのような横暴な物言いなど、到底出来ようはずもない。

 

 無論そのような極論で全ての事例を賄える訳では無い。戦争状態だからこそ起こさざる得ない状況の犯罪があるように、戦争と言う状況下でしか起こりえない犯罪も確かに存在する。宗教に敬虔な若者が兵士に志願し、信仰する神のためにテロリズムに身を投じる話など、極々有り触れた話だ。これはこれで問題はあるが、かと言って自由権──人権の尊重を疎かには出来ないからこそ、厳粛な法規で雁字搦めにすることも叶わない。難しい話だ。

 

 そもそもの話だ。由緒正しき戦士であろうとも、戦争には必要不可欠な戦闘行為であろうとも、人殺し自体が悪行そのものではないか。

 例え、法に触れることは無いと言えども、人一人の命を奪うと言うのは──重い。

 『一人の殺害は犯罪者を生み、(One murder makes a villain; )百万の殺害は英雄を生む(millions a hero. )』等という言葉もあるが、こんなもの百万人を殺せる様な環境──それこそ戦争でも無ければ成立しないのだ。

 

 

 

 言ってみれば、『戦士』も『戦犯』も同じ穴の狢でしかない。世間一般に容認されているか、否か、の差分でしかない。

 

 

 だが──しかし──だからこそ──。

 

 

 『百万人殺せる様な英雄』を『殺人犯』が殺したならば、それは『百万人を守った英雄』と呼べるのではないだろうか。

 

 

 

 

 百万人を殺せる英雄を殺し、百万人を生かす事の出来る、一人の犯罪者がいるとしたら。

 認められた必要悪を排除する、認められることのない極悪がいるとしたら。

 世界を『蠱毒の壺』に見立てるように、『毒をもって毒を制する』ように、罪人(かれら)は悪行と同等量の善行だって出来るはずだ。

 

 

 

 

 罪人達だって、俗世と隔離された刑務所の中では、人々との関わりを絶たれたままでは、善行を積む機会を失ってしまうだろう。

 厳正なる司法の名の下に下される裁決は、一見して悪行を糾弾する善行ではある。しかし、それは処罰と称して『臭い物に蓋をする』だけの行いでは無いか。見方を変えれば、法律の持つ無慈悲さもある種の悪行──驕(おご)りや欺瞞ではないだろうか。

 

 

 

 

 考えれば考える程に、正解は不明瞭になっていく。まぁ、人が人を裁くという行為自体が烏滸がましい行為なのかも知れない。

 

 

 

 

 ……と、御託を並べてみたものの、結局の所、俺は信じたいだけなのだろう。

 どんな悪人でも、いつかは己の行為を悔い改め、善人になってくれると信じたいだけなのだろう。

 

 

 

 

 だから、俺はおまえ達を許そう──。

 

 

 

 

 何度でも──。

 

 

 

 そう、何度でもだ──。

 

 

 

 

◇

 

 

「あぁ、あったあった。やっぱり、そのままになってたか」

 切り立った崖の上。断崖絶壁の眼下を覗けば、剣山のようにギザギザと並び立った暗礁の数々が、押し寄せる波を攪拌し、水飛沫を上げている。

 そこには不自然にも一本の長い長い橋が一つ。

 橋の行き先を見れば、それは海へと向かい、そして巨大な船へと通じている。俗に言う渡し橋と呼ばれるものだ。

 

「良かったな。これできみのそれ(・・)も使えるようになりそうだ」

 ……と、目の前の奇妙なカンカン帽を被った猫顔の男──音弧は屈託無く、こちらに柔やかな笑みを向けてくる。

「オイ、こいつは……」

「お察しの通り!俺が戦場(ここ)まで来るのに使った船さ!

 ……まぁ、正確には俺が忍び込んでいた船(・・・・・・・・)なんだけどね?」

 爽やかな笑顔を苦笑に変えて、目の前のこいつは暢気に帽子のツバを弄る。

「でもさ、この中なら見つかるだろ?燃料(ガソリン)」

 火炎放射器(あいぼう)である『人影(エモノ)』を失った俺に対して、こいつはあれやこれやと、やたらめたらと、手にした武器を持たせようとしてきた。

 いきなりいつもと違う武器持たされたって、断罪弟からしたらただのチャンバラごっこにしかならない。普段の簡単──十二大戦と比べての話だが──な仕事であればそれでも良いかもしれないが、生憎とそんなお巫山戯を挿む余裕は無い。

(そもそも『丑』の旦那の剣とか畏れ多くて使えるかっつーの。たとえ不慣れでも徒手空拳のほうがまだマシだ。

 ……あぁ、でも。旦那の剣なら、その手の嗜好家(マニア)から高値が付いたかもしんねぇな)

 そう考えると、今更ながらあの時にあのなんの変哲も無さそうな西洋式片刃刀(サーベル)を受け取っておくべきだったかと、後悔が募る。少なくとも、そうしておけばこんな悩みの種を抱える必要も無かっただろう。

 

「そんじゃあ、レッツらゴー!」

「おい待てお前」

「ぐにゃあぁ!?」

 意気揚々と乗船を試みる音弧の首根っこを捕まえて、断罪弟が引き留める。こいつ、余りにも軽率すぎる。いや、断罪弟自身も深く考えるよりも直感を頼りにするタイプではあるが、音弧のそれは度が過ぎた。

「あのなぁ……。お前、この船が何なのか分かってんのか?」

「え?『双子』の戦犯の空母(・・)だろ?」

 少しばかり言い淀んでから断罪弟が問いただせば、音弧はあっけらかんと答える。断言する。

 

 そもそもの話だが、絶海の孤島でもあるこの戦場には、絶海の孤島であるが故に交通手段が限られている。

 

 戦犯の面々の大半を把握している断罪弟からしたら、ダブル・マインドの姉がかつて盗んだ──戦犯になる原因となった──空母の存在を知ってているからこそ、容易に答えが結び付く。音弧もこの船に乗って来たと言うならば、これが戦犯側の所有物であると把握しているはずだ。

 つまり、空母の中は敵のテリトリーというわけだ。

 

 怖い物知らずか。そう言えばこいつは不死身だった。矢張り怖い物知らずか。

「だってさ、火炎放射器(それ)にはガソリンが必要なんでしょ?

 空母(この)中なら艦載機に使われてる航空燃料や船舶燃料を使えば代用が利くだろう?」

 確かに火炎放射器『人影(ひとかげ)』は基本的には高級ガソリンを使っているわけだから、どちらかと言えば重油を使用する大型船舶の燃料よりも、ナフサ化合物であるジェット燃料を使う方が幾分マシだろう。

「確かに使えるっちゃあ使えるがなぁ……。そもそもの話、ガソリンを手に入れても使い物になるって保障は無ぇんだよ」

 仮にジェット燃料が火炎放射器の代替品になるとしても、現状では意味が無い。と言うのも、火炎放射器のタンクの中から燃料を抜き取って見せた謎の攻撃の正体を掴めていないせいだ。肝心なところでで再び敵に燃料を奪われてしまうようであれば、元の木阿弥と言うやつである。

 その為、断罪弟にとって燃料確保の優先順位はそれ程高くも無い。

「こんな所で油を売ってる暇があるんなら、とっとと他の奴等と合流した方が良いんじゃねぇの?」

 となれば、優先順位が高いのは、やはり自身の身の安全の確保だろうか。丸腰のままに敵のテリトリーをほっつき歩いている場合ではなく、いち早く他の戦士達と合流するべきでは無いか。

 

「燃料(あぶら)の入手に四苦八苦しているのに、油を売ってるとはこれ如何に。

 たとえ敵に無力化されるとしても、その火炎放射器を使えるようにしといた方が良いでしょ?」

 それにそれだけが目的じゃ無いしね。と音弧は肩をすくめて答える。

「帰りの交通手段(あし)は必要でしょ?」

 

 

 音弧は既にこの人工島を脱出する選択肢まで視野に入れていた。

 

 

 

◇

 

 

 『少なくとも、これは正常な『十二大戦』じゃあ無い可能性が高い…。』

 

 

 ボールルームでのブリーフィングフェーズで音弧自身が言った言葉であるが、彼の言うとおり、この十二大戦には無視できるレベルを逸脱したイレギュラーがある。

 それは『音弧』と言う十三人目の戦士のことであるし、『ホール・ディ・サーペンタ』と言う十三人目の戦犯のことでもある。何故、運営陣はこれらの異物を許容しているのか。

 それだけではない。『子』の戦士(と思われる青年)が大戦前から戦犯にすり替わっていた事もそうだし、断罪兄弟を巧妙に罠にかけた事──戦犯が事前に労した『選択の余地無く』『ウェットに』『狙い澄まして』殺してみせた奇策──もそうだ。

 

 万全以上に、用意周到に。入念以上に、用意周到に。戦犯側が迎撃準備を整えてきていることも異常である。

 

(そもそも……だ。なんで俺の乗ってきた船が戦犯の所有物なんだ?)

 

 この事実に気が付いたのは、実のところつい先程のことである。音弧が空母に潜入していた三日間の内で一人の小柄な少女を見た。その少女こそ『私と私』の片割れ、ダブル・マインドの姉だったのだ。だからこそ、この空母が戦犯側の所有物であると紐付けする事ができた。

 

 しかし、同時に疑問も増えた。戦犯達とそれに同行していた、運営側のドゥデキャプルとのつながりが謎である。

 

 例えば『戦犯から運営陣が船を接収した』なんてことは考えにくい。その場合、戦犯は尻尾を巻いて逃げるか、お縄に巻かれて牢屋に放り込まれるかだ。

 

 戦犯達と運営側が呉越同舟宜しく、同じ軍艦に居ると言うことは、彼らはある種の協力関係にあると考えるのが自然だろう。つまり、『十二大戦に喧嘩を売ってきた戦犯達に対して、運営側が対抗策として十三支vs十三星座の団体戦に切り替えた』と言う考え方には少々無理がある。

 

 かと言って『戦犯が運営に一枚噛んでいる』と言うのもおかしな話だ。今回の『戦犯狩り』と言うお題目に対して、戦犯達が運営に絡むの自体イカサマ行為であり、運営委員会の品格を下げる行為。悪手である。

 加えて、戦犯達も何故、自分から逃げ場の無い死に場所に赴くのか。鴨が葱を背負って鍋にダイビングした上に、蓋をホールインワンするような、到底理解不能な、回りくどい自殺行為だ。

(考えれば考える程に矛盾だらけだ。何が、どのようにおかしいのかは分からないが、この十二大戦は確実に何かがおかしい)

 既に今は亡き『丑』の戦士──失井の言葉に便乗するわけでは無いが──。

 

 

(今回の十二大戦、『真面に付き合うべきじゃない』。そういう段階は既に過ぎている)

 

 

 音弧の持つ、彼なりの戦士の勝負勘は、警鐘を鳴らし続けていた。

 

 

◇

 

 

 十二大戦を放棄して、この人工島から脱出するために考えられる方法は大まかに二つ。空路と海路のどちらかである。

 しかし、音弧は断罪兄のように空を飛べるわけでもないし、飛行機なんて用意していないのだから、帰る手段は自然と海路一択となる。

 音弧自身が軍艦に乗船し、三日三晩かけてこの島へと渡航(厳密には密航か)して来たことを鑑みれば、自前で筏(いかだ)を作って海を渡る事も、不可能な話では無いだろう。

 空母の最大船速なんて精々30ノット程度。音弧の体感の話だが、船は20ノット前後で航行し、72時間かけて移動したわけだから、大雑把に換算して距離は……2666.88kmか。

 無論、貧相な筏程度では直ぐさま漂流してしまうため、入念な準備と長い航海プランを立てる必要がある。はっきり言って手間だ。各種設備が充実した船舶を接収してしまう方が圧倒的に早い。

 仮に船を手に入れたからと言っても、やれ現在位置だ航海術だ残存燃料だ食料の備蓄だと問題は山積みであるが、船一隻あるだけでかなりの数の問題が解決出来る。もっとも、運営側に居ると思われる『海を操る能力者』の存在を考慮すると、直ぐさま出航するのは得策ではないのだが。

 

 

「ぅ……ぉぉぉ………うぷえっ」

 

 

 ただ一つ計算ミスがあったとすれば、同伴しているチームメイトこと断罪弟の事だろうか。ゾンビでは無いのに──実際、戦場に数体『歩く死体(ウォーキング・デッド)』が闊歩しているけれど──彼はゾンビのような呻き声を上げている。

 あろうことか船酔いしていた。

 

「乗船三分でこの体たらくって、だらしなすぎるだろ」

 これだから最近の若者は。

「し……仕方ねぇだろ。元々、乗り物は苦手なんだよ。うぷっ……。体質だよ」

 こんなに揺れ動く場所じゃあ、感度が狂っちまうぜ。と嘔吐きながら彼は言う。

 

 

 断罪弟の持つ特殊能力『地の善道(ぜんどう)』は大地を伝う振動を感じ取る第六感である。人間ソナー探知機と呼ぶに相応しいこの能力にも、どうやら弱点はあるらしい。

 よくよく考えてみれば、地面に振動を発生させない、空中からの奇襲などが致命的な弱点であることは、先程の惨劇で証明された。しかし、その性質を逆手に取って、地面に振動を飽和させてしまえば、情報過多故に使い物にならなくなってしまうのか。

 例え話としては変かも知れないが、視覚が閃光で麻痺するように、聴覚が轟音で麻痺するように、味覚が刺激物で麻痺するように、嗅覚が悪臭で麻痺するように、振動覚もまた麻痺或いは混乱状態にあるのだろう。

 そう考えると、なんとも粗の目立つ能力だ。

 

「便利かと思ってたけど、存外不便だな、その能力。自宅近くで道路工事とかしてたら地獄だろ」

「そんときゃ感度下げるっつうの。目を閉じるとか、耳を塞ぐみてえにな。生憎、戦場でそんな無防備曝せるほど、俺の肝は据わっちゃあいねえよ」

 

 船酔いによるものか、嫌味によるものか、断罪弟は不機嫌そうな顔をしたまま吐き捨てる。

 実際、彼が身を削る思いで念入りに索敵をしてくれているためか、将又既にこの船は放棄された物なのか、今のところ戦犯とは遭遇していない。順調に、かつ速やかに格納庫へと辿り着いた。

 

 どうにも、火炎放射器を使えるようにする為には航空燃料を接収する方が良いらしい。敵との交戦に備えるべく、調達を優先した結果だ。

「こいつから抜き取ればいいの?」

「いや、どっかに給油設備があるはずだ。」

 格納庫内に鎮座した戦闘機をコンコンと叩きながら尋ねれば、呆れた顔で返事が返ってきた。そのまま断罪弟は歩みを進め、奥へと入る。部屋の隅へと進路を決めると配管のパルプをひねりだす。どうやら、アレがお目当てのガソリンらしい。

 

「それにしても……戦犯の目的って何なんだろうな?結局未だに分からずじまいだ」

 

 給油に集中している断罪弟に代わり、周囲の警戒をしながら、改めて敵の思惑について考える。

 

 十三戦士を皆殺しにする──。

 あの『皆殺しの天才』でさえ殺して見せた戦争犯罪者集団だ。音弧がよく知るダンディ・ライオンが敵側に加担して居ることを考慮すれば、その条件は決して不可能とは言い切れるものではない。

 『死を無視する無死にする』呪いを持つ音弧を殺すことは不可能だとしても、あくまでも殺せないだけで、やりようは幾らでもある。

 

 閑話休題。

 

 『皆殺し』という行為は十三戦犯の目論見であるにしても、それは手段でしかない。

 

 

 

「決まっているさ。俺達の願いは最初から変わっていない。──『戦争を無くす』──ただ、それだけを願っている」

 

 

◇

 

 

「『天秤』の戦犯──『間を取って殺す』バロン・スー」

 

 

「間が悪い(・・・・)なぁ、オイ」

 突然名乗り出た戦犯に対して、断罪弟は思わず愚痴をこぼした。

 感情の起伏の少ない澄まし顔に、凜とした佇まい。豪奢な印象を与える煌びやかな一張羅に、何より目立つ馬鹿デカい分銅。化粧よりも化けるコスプレ女は既に死んでいるのだから、あれは間違いなく彼女本人なのだろう。

「久し振りの再会だと言うのに、親友として歓迎はしてくれないのだな」

「あたりまえだ。俺の兄貴を殺したお前等をハグして迎える気になんてならねえよ」

「……怒りの矛先を向けることを、俺は許そう。大切な肉親、ましてや血肉を分けて生まれた双子だったんだ。奪われたことに腹を立てて当然だ」

 などと宣う目の前の戦犯に、断罪弟は心の中で舌打ちした。

 すべてを容赦する『許し人』たる彼女の精神は平等かつ公平なものだ。しかし、それはあくまでも法的性質に基づいたものであり、人間なら誰しもが持つ感情論を理知的に論理的に許容する様は、どうしてもフィルターを通したかのような何処か他人ごとの様な印象を受ける。その超然的な在り方が、周囲との隔絶を生んでいる事を理解しているのだろうか。

 

 

「それで、どうだろうか」

「……?」

「俺達の──戦犯達の仲間になってくれるか?」

 挙げ句の果てにはこれだ。手酷く拒まれようとも、それでも手を差し伸べる精神──善性と言うには余りにも無神経過ぎるが──には怒りを通り越して呆れてしまいそうだ。

 

 

 

 

「『猫』の戦犯(・・)──『命を惜しまず殺す』冥往(めいおう)」

 

 

 

 

 突然、隣に居た音弧が珍妙な名乗りを上げた。可笑しな事に、自らを戦士では無く、戦犯と応えた。

(なんだ、突然?……え!?嘘だろ!まさかコイツ──この猫野郎──本当に戦犯だったってのか!?俺と兄貴が一番最初に警戒したように、戦士を偽る裏切り者だってのか!?だとしたら、俺をここに──ダブル・マインドの空母に──誘い込んだのは罠だったってのかっ!)

 

 

「……なんてな。なぁ、男爵令嬢様。ちとばかし質問なんだが、それには俺も……いや、俺達戦士全員(・・)が戦犯(・・)になることはできるのかい?」

「はぁぁっ!!?」

 

 

 一緒だけ張り詰めた空気は、音弧のおちゃらけた態度で数秒と保たずに霧散し、その後に僅かな驚きだけを残した。

 音弧の考えも……まぁ、分からなくは無い。

 此度の十二大戦は十三戦士と十三戦犯の団体戦である。要はどちらかの陣営が戦闘継続不可能になれば自然と終戦となる。

 断罪兄弟がバロン・スーからの勧誘により戦犯側への寝返りを考えた時のように、戦士達が揃いも揃って戦犯になったなら、当然十二大戦は成立しなくなる。だって戦士陣営は消滅し、戦場には戦犯しか居なくなるのだから。

 

 

「……ふふっ。俺個人としては許したい──が、それは出来ないな。そんなことをしたら俺達が皆殺しにするべき戦士達が居なくなってしまう」

「ほぅ。あくまでも『戦士を皆殺しにする』事はお前達の絶対条件(・・・・)であり、それが『戦争を無くす』事に繋がると……。

 よかったな、弟君。ノコノコ着いていったら、何処かで切り捨てられてたぞコレ」

「む」

 

 

 してやったり。と、得意げに音弧は粋がるが、実際の所はこちら側が予測していた相手の目論見を再確認しただけでしか無い。意味の無いつばぜり合いだ。

 しかし、音弧が求めているのはその内容を掘り下げることだろう。

 

 

「しかし、分からないね。『戦士を皆殺し』にすれば『戦争を無くす』事に繋がるのか──確かに、十二大戦は戦争の中の戦争であり、戦争の為の戦争だ。選りすぐりの有望株の戦士を立て、僅か十二人に──いや、十三人か。とにかく、規模を集約した限りなくコンパクトでリーズナブルで、最も濃密な戦争だ。でもさ、高々十三人……そう十三人だ。そりゃあ最高峰とも呼ぶべき戦士十三人とは言えど所詮十三人だ。一個大隊を相手取るよりは幾らか勝算もあるだろう。けどさ、僅か十三人殺したぐらいで戦争が終わると思うか?」

「しかし、君達が撒き散らす戦災は確実に防げるだろう。君達全員が一騎当千の戦士達だ。千人斬りの英傑だ。ならば君一人殺すだけでも千人救えると思わないか?」

「たらればだろ。そんなもの。

 まぁ、素性の知れない俺や、戦士の中でも極めてグレーゾーンな行いをしている外道に対してはそういう見方もあるかもしれないな。

 でも、『申』のお姉さんや『丑』の旦那はどうよ?

 『和平交渉の専門家(プロフェッショナル)』として、数多くの戦争を停戦に導いた手腕が本当に戦災を撒き散らす悪人か?

 『皆殺しの天才』としてその才覚を惜しみなく発揮し、数多くの戦争を最速で終戦させてきた──ある意味、戦火の火消しの辣腕が本当に悪人か?」

「それこそたらればだ。

 『申』の戦士の彼女は戦争止めるためだけに隣国の王と王妃の首を自分たちに刎ねさせた事もあるし、戦争止めるためだけに第三勢力を仕立て上げて悪戯に戦場を混乱させた事もある。彼女自身が『平和裏に殺す』と名乗る通り、彼女の積み上げた『和平』には、それ以上に数多くの失敗と犠牲が埋没している。

 『丑』の戦士の彼は戦争を止めるために──ためだけに『ただ殺す』。反撃の目を摘むために後援部隊から指導者に至るまで『皆殺し』したことだってある。戦う力の無い弱き者達が相手であっても、それが最善と決めた瞬間から止まることの無い『処刑人』だ。戦火の火消しなど、結果論がその後に着いて回っているものでしかない」

「あぁ、そういう観点は分からなくは無いな。あんた達の陣営にいるダンディ・ライオンがそうだ。あの人は、腐敗した現政府に終わりを告げる為に民衆の支持を受けて公正明大にクーデターを成立させた。その後、落ち延びた権力者達の反撃の目を徹底的に摘むためにド派手な公開処刑(パフォーマンス)をしてみせた。より確実な手を欲張って、強欲に動いた結果だな。歴史に名を刻む程の英雄伝は、あっという間に禁忌と化した」

「しかし、そのお陰で傲慢な権力者は消え、その後釜となる彼も表舞台から退場した。彼の祖国こそ分割統治されて世界地図からその名を消したが、そこに根付く民衆はより良い民主主義の国となっている。『塞翁が馬』と言うように、思わぬ所でより良い結末を導き出すこともあるものさ。

 そこに居る俺の親友──断罪兄弟だってそうだ。彼らも過去にアンダーグラウンドな依頼を受けた際に雇用主を裏切り、依頼額以上の不当な資金を強奪した事件を起こしている。なるほど、その一面だけ見れば、誉れ高い戦士にあるまじき不正行為だ。しかし、それにより悪法に手を染めていた闇組織を瓦解させ、更には奪われた金銭のその殆どを貧しい民草にバラ撒いた。結果として、人々を救う行いをしている。

 端からは『戦犯に最も近い戦士』と呼ばれる彼達だって、俺から見れば立派に戦士として正しい行いをしている」

「じゃあ何か?男爵令嬢様から言わせれば『戦士』と『戦犯』に違いは無く、平等だと?両者共に善性も悪性も孕んでいると?」

「そうだとも。それなのに、何故戦犯ばかりがこうも弾劾されるのか。『戦士』も平等に裁き、『戦犯』も平等に赦すべきだ」

「なら君達戦犯の目論見は『復権』か。俺達『戦士こそ真なる戦犯』であると糾弾し──皆殺しにして、『戦犯こそ真なる戦士』であり世界を平和に導く救世主であると台頭(・・)することか」

「勘違いしないで貰おうか。『戦士』も『戦犯』も『間を取って』平等に扱うべきだ」

「……?それはどう言う──────

 

 

 

 

(……間怠っこしい。限りなく間怠っこしい。

 なんでコイツらは一々話の進まねぇ水掛け論をヒートアップさせているんだ。頭が茹だっちまうっつうの。

 そもそも、互いの主張は戦士と戦犯が対立した段階で着地点を失ってんだろうが。それなのに交渉をするのは不毛な押し問答でしかねぇ。

 そんな間怠っこしい真似しないで、もっと確信に触れるべきじゃねえのか。

 

 

──俺達戦士を殺して、何を得ようとしているのか──

 

 

 これだけでいいから、さっさとそれを聞き出せよ。

 

 あぁ、いい、それも面倒だ。

 

 この場に居るのはバロン・スーだけ。アイツがある程度護身術を心得て居るとはいえ、現役戦士の俺と『猫』が二人がかりで戦えば、殺すだけでなく、殺す必要はなく、生け捕りだって出来んじゃねぇのか。

 早いとこ取っ捕まえて、煮るなり焼くなりして──焼き殺す派だが──情報を吐き出させた方が早いんじゃねえのか。

 それだけじゃねぇ。ここで戦犯をなんとかすれば有利は戦士に傾く。最悪、戦犯が戦士の皆殺しを止めないと言う事実がハッキリしてるんなら、今の内に相手の戦力は削るべきだ)

 

 

 

 

 そう決めて『巳』の戦士──断罪兄弟・弟は戦闘へと意識を切り替えた。

 

 

 

 

◇

 

 

 

 

 突如として船内が大きく揺れた。

 

 

 

 

◇

 

 

 地震かと思うほどの大きな揺れ。

 

 

 突然来たそれにどれほどの人が適応出来るだろうか。

 

 

 断罪弟は体勢を崩さぬ様にと踏み止った。

 

 

 音弧はその揺れに体勢を崩して思わず蹈鞴を踏んだ。

 

 

 バロン・スーはその揺れに大きく体勢を崩して、前へと(・・・)、全力で(・・・)、踏み出した(・・・・・)。

 

 

「っ!?」

 

 

 意識の間隙を突くように、瞬く間に、相手との間を詰めたバロン・スーは、標的を音弧に定めていた。攻撃圏内に入った瞬間、右手にぶら下げていた巨大な分銅を遠心力に任せて横凪に振るう。

 狙いは、一撃で相手を死に至らしめる、頭蓋骨。

 

 

「っ!?危なっ!!」

 

 

 音弧を撲殺するべく振るわれた旋風は、寸で体を仰け反らせた彼の目と鼻の先を掠めて通過する。

 しかし、彼女は攻撃の手を緩めたりはしない。そのまま体を独楽のように大きく1回転捻り、再度横凪に振るう。過ぎ去った筈の辻風は、更に威力を増した剛風となって音弧を襲う。次の狙いは、体勢を崩して無防備を晒している、脇腹。様々な内臓を詰め込んだ、胴体。

 

 それを音弧は更に体勢を崩して退ける。二転三転と後転し、後退する。回転を終えた音弧は反撃とばかりに、片膝立ちの体勢に移行し、居合抜きの体勢から、腰に下げた直剣を抜き放った。

 

 

 白刃の攻擊が飛んだ。

 

 

(飛ぶ斬擊(カマイタチ)……いや、鞘(・)かっ!)

 

 

 正解だ。音弧は腰に下げていた寝住の直剣を抜く際に、留め具を緩めて、鞘ごと薙ぎ払い、遠心力で鞘を投げ飛ばしたのだ。

 しかし、遅い。その事実に気が付いたのは。バロン・スーが音弧の牽制攻撃を回避した後のことだ。

 殊更に状況を悪くしているのは彼女の回避手段。重量のある分銅をあれだけ振り回せば、当然制動などおいそれとは効かない。だからこそ、彼女は勢いのままに──分銅の勢いに釣られるように──横に飛んだのだ。

 手にした分銅を床へと叩きつけ、錨にして勢いを殺す。その間にも音弧は、抜き放った剣構えて肉薄している。

 音弧が放った剣戟は刺突、狙いは肩。利き腕を殺し、手にした分銅を剥ぎ取って無力化を狙う一撃だ。

 対してバロン・スーは分銅を盾にして、攻撃を去なす。立て続けに振るわれる直剣の腹を用いた殴打も同じく弾き返す。重量ばかりで取り回しの悪い筈の分銅を器用に手繰る。

 

 そんな分銅ごと蹴り飛ばして、二人は再び距離を取る。

 

 

「……その分銅。巫山戯た様な武器を随分と達者に使いこなすな」

「当たり前だ、これは俺の『裁判官』としての誇りだからな。その信念を掲げて、今もこの場で戦っている」

「……誇り。誇りねぇ。そんなもの(・・・・・)で戦ってていいのかよ?」

「……?どういう意味だ」

「いや、『鋳掛屋(いかけや)の天秤棒(てんびんぼう)』な発言を許してくれ。

 俺は素人だから詳しく知らないが、その手の分銅って粗末に扱っちゃいけねぇ代物じゃねえのか?

 今みたいに地面に叩きつけたり、剣を弾いたりすりゃあ──当然、削れて重さが変わっちまうだろうが。それどころか、手垢や血糊が着いたら金属錆びで変質しちまう」

「……何が言いたい?」

「別に?そんなに摩耗して正しく重さも量れなそうな『分銅(おもり)』で『思い』を──己の信念を語っていいのかなって?

 知らず知らずの内に『歪み』に──『不正』に繋がってるんじゃないかってさ?」

 

 

 その言葉には少なからずバロン・スーは反応した。当たり前だ。彼女にとって──法を司る者として───木槌を振るって居た頃から、現在に至るまでずうっと掲げている信念を、何も知らないような奴に、揚げ足を取るように、小馬鹿にされているのだ。

 『許し人』たる彼女ならば、それさえも許すのだろうが、何も感じない筈は無い。少なくとも強く意識を向けていた。

 

 

 

 

「それにさ、俺の事ばかり推し量って(・・・・・)ていいのかなって?」

 

 

 

 

 忘れていないだろうか。この場にはもう一人戦士がいることを。

 

 

 

 

「『巳』の戦士──『遊ぶ金欲しさに殺す』断罪兄弟・弟!」

 

 

 

 

 今までに数える程度に聞いてきた──聞き慣れた名乗り文句──正確には半分(・・)の歯抜けになってしまった名乗り文句──に思わず彼女は視線を向けた。その先には銃口を構えた断罪弟が待ち構えていた。

 

 

(『人影(ひとかげ)』っ!正気かっ!)

 

 

 断罪弟の親友であるバロン・スーならば、彼が火炎放射器を愛用する火炎性愛(ピロフィリア)の気があることも知っている。

 

 しかしだ、今居る場所を考えろと言いたい。戦士二名と戦犯一名が居るこの場所は『空母の格納庫』だ。周辺には戦闘機に給油タンクに弾薬などの引火物があまりにも多すぎる。こんな場所でそんなものを使えば、三人まとめてあの世行きだ。

 

 それなのに何の躊躇いも無く、断罪弟は引き金を引く。

 

 しかし、銃口の先から吹き出した物は真っ赤な炎などではなく──真っ白な白煙だった。

 

 

(『逝女(ゆきおんな)』っ!──じゃない!これは────)

 

 

 吹き出した真っ白な白煙。それを見て真っ先に思い浮かんだのは、目の前の彼に瓜二つの双子の兄。彼の愛用していた氷冷放射器だった。

 しかし、彼はとうの昔に死んでいる。当たり前だ、彼女の仲間である戦犯達が殺した。『双子』の戦犯──ダブル・マインドが足止めし、『水瓶』の戦犯──マペット・ボトルが武器を無効化し、隙を突いて、『射手』の戦犯──ウンスン・サジタリが射貫いて見せた。

 その折に、氷冷放射器『逝女(ゆきおんな)』は捨て置かれているはずだ。だから目の前の煙の正体は──

 

 

(────消火器(・・・)かっ!)

 

 

 火気厳禁なこの部屋ならば、当然の如く防火備品を用意している。断罪弟が手にしたのは携行可能なタイプの消火器であった。

 こんな物、戦いの心得がある戦士ならば──或いは戦犯ならば、ただの目潰しにしかならない。しかし、それを使った者が断罪弟で、受けた者がバロン・スーだったからこそ、より大きな効果を発揮した。

 

 姑息な陽動に動揺したままのバロン・スーに大詰めの攻撃が仕掛けられる。音弧が白煙を突き抜けて、距離を詰めた。

 それを見てバロン・スーはカウンターを狙うかのように分銅を振り抜いた。

 

 

「ッ!なにっ!!」

 

 

 しかし、分銅によるカウンターさえも読まれていた。鉄塊が頬面を打ち抜く寸前で、音弧は白煙の中に姿を消したのだ。

 正確にはバロン・スーの足元へと滑り込むようにスライディングキックを繰り出していた。

 

 

「だらっしゃぁぁぁっ!!」

 

 

 野球ならばラフプレー上等の殺人タックル。それは分銅を振るうために踏ん張りを効かせていた彼女の両足を巻き込んで、轢き飛ばした。

 ものの見事に足元を掬われた彼女は倒れざる得ない。下で待ち受ける音弧の上に落ちざる得ない。

 

 

「確保ーーっ!!」

 

 

 そこから先は子供の喧嘩の様な取っ組み合いだった。二度程互いの上下を入れ替えて、最終的には音弧がマウントポジションを勝ち取った。

 

 

「……ったくよぅ。男爵令嬢様との泡プレイとか、出来ればお風呂でお願いしたいなっ!」

「くっ!放せっ!」

「誰が手放すかよ」

 

 

 泡状消火剤に塗れ、色欲に塗れ、冗談混じりに愚痴を漏らす。そんな彼の股下で彼女が赤面しながら最後の抵抗を見せる。

 しかし、時間も押している。音弧は仕上げにかからなければならない。

 

 

「少し痛いが、悪く思わないでくれよ」

 

 

 そう言って彼女に押し付けた物は──ライオットシールド。あの古城で拾ってきたスタンガン付の盾だった。

 

 

◇

 

 

「うへぇ……全身もれなく泡塗れ。冗談抜きでお風呂入りたい」

 

 

 バロン・スーが電撃を浴びて、気を失ったのを確認すると、音弧は溜息一つこぼして彼女から離れる。

 幸いにも、この場所は宿泊機能を備えた空母だ。無論、簡素ながらベッドルームもシャワールーム存在する。

 ならばいっそ、ここいらで一休みすることも可能だろう。彼ならば今し方手に入れた彼女を味見(・・)してみたいという欲求も否定できない。

 

 

「テメエがバロン・スーと泡プレイしようが、色欲に溺れようが、心底どうでもいいがよう。このまま溺れんのはゴメンだぜ」

「わかってるよ」

 

 

 断罪弟が遠回しに窘めるのを聞いて、音弧は後ろ髪引かれる思いで意識を切り替える。気を失ったバロン・スーを肩に担ぎ上げると、そそくさと撤収の準備を進めた。

 誠に残念ながら、今はお楽しみをしている場合ではない。事態は変化し続けているのだから。

 

 

「それで、状況は?」

「最悪も最悪だ。船底の浸水(・・)が止まらねぇ。いつ沈没してもおかしくねぇぞ」

 

 

 

 

 

 

 この度の十二大戦。戦犯チームは戦闘を有利に運ぶべく、多対一を前提として攻撃を仕掛けている。

 捨て駒として利用された『山羊』の戦犯──ゴー・トゥ・へヴンなどの例外もあるが、あれだって──偶然、結果的に、そうなっただけとはいえ──二人を一手に引き受けることで、『卯』の戦士──憂城を孤立させる事には成功している。

 

 では、『天秤』の戦犯──バロン・スーはあの場所で、たった一人(・・)で、何をしていたのか?

 一人でお利口にお留守番でもしていたのか?そんなはずは無い。

 

 つまり、これは罠だったのだ。音弧が先程思いついたように、戦犯側がこの空母の価値を正しく理解し、作戦に組み込んだのだ。

 ノコノコとやってきたお馬鹿な戦士を軍艦ごと沈める為の箱罠(・・)として利用したのだ。

 

 今にして思えば、バロン・スーとの戦いの火蓋を切り落とすきっかけとなった、あの揺れが合図だったのだろう。あれだけド派手に揺れたら『地の善道(ぜんどう)』を持つ断罪弟じゃなくても、流石に異変に気が付く。つまりバロン・スーに課せられた役目は船からの脱出を妨害するための足止め役だったのだろう。その働きこそ、『間を取って』実に中途半端な結果ではあったが、戦士二人の足止め役と考えれば間違いなく大健闘だった。

 

 

 

 

 

 

 断罪弟が敵の存在をクリアリングしながら──とは言っても、沈み逝くこの船にこれ以上の戦力を割くとは思えないが──来た道を戻る。音弧はバロン・スーを抱えながら、それに追従する。

 一度は来た道だ。甲板に上がるのに数分もあれば十分だった。

 

 

 しかし、既に手遅れだった。

 

 

「橋が……無ぇ……」

 

 

 先行する断罪弟の表情が絶望に染まる。甲板から地上へと続くはずの渡し橋を探せば、その姿は何処にも無い。

 それどころか船は陸を離れて、海へと漂流しようとしていた。

 

「あー……。こうなると、アイツは戦犯側(・・・)で確定か」

 

 一番最初に音弧を海へと沈めた人物の正体。此度の十二大戦がバトルフィールドを『無人の人工島』に設定したことから、場外に出た戦士及び戦犯を『逃がさないため』のシステムとして運営側に用意されていた可能性も秘めていた。

 しかし、同時に件の相手が戦犯側の戦力である可能性は頭の片隅に入れていた。

 

 

 

 

 

 

「『水瓶』の戦犯──『ウェットに殺す』マペット・ボトル」

 

 

 

 

 

 

 未だに姿を見せない敵は、常に牙を剥いている。

 

 戦士二人と戦犯一人が居るのは軍艦の上。当然その船は海の上(・・・)に居るのだ。戦いの場が海ならば──水ならば──『水芸』を多彩に操るマペット・ボトルの独壇場であった。

 マペット・ボトルは断罪弟と音弧が船内へと潜り込んだタイミングを見計らって『海流を操作』した。空母を陸地から海へと投げ出すための『離岸流』を作り出したのだ。

 そして軍艦の内部に『浸透圧』を使って、少しづつ、──断罪弟にも気が付かれないように、少しづつ──海水を浸水させていったのだ。水没させるために、溺死させるために。

 

 

 陸地から『間を取って』『ウエットに』殺す。そのやり方はあまりにも陰湿(ウエット)だったが、如何なる戦士であろうとも、すべて殺す事が可能な程にえげつない戦法であった。

 

 

 しかし、これでハッキリしたことがある。戦士達がこの人工島を生きて脱出するためには、その『海さえも操れる戦犯』を仕留める事が必要不可欠だということだ。

 最も、今はこの窮地を脱しなければ、次の話などしていられない。

 タイムリミットは刻一刻と迫っている。どうするか?

 陸地まで泳ぎ切るか?それは不可能だ。何よりそれは音弧自身がその身を持って証明している。

 近くにあるであろう、救命ボートでも探すか?いや、それも意味が無い。マペット・ボトルが海流を操作できるなら、津波を生み出す可能性も否定できない。そうなれば、結局は海へと真っ逆さまだ。

 

 

 

 ならば、どうするか?

 答は決まっていた。

 

 

 

 音弧は腰に下げていた道具を取り出す。ワイヤーランチャーの『貓ノ遊ビ歩キ(キャットウォーク)』だ。

 彼は、それを空(・)へと打ち上げた。

 

 

 天へと昇る蜘蛛の糸。しかし、所詮はワイヤーランチャーだ。引っ掛ける場所も無い天上に発射しても意味は無く、無様に銛が地上に落ちるだけだ。

 だか、音弧はこのワイヤーランチャーが意味のある物だと確信していた。

 

 

 海へと引きずり込まれて、空母が轟沈する。

 

 

 音弧と断罪弟、そして捕らわれたバロン・スーが細々とした蜘蛛の糸にしがみつき、ゆっくりと、ゆっくりと空へと昇っていった。

 

 

 

 

 

「よかったぁ!無事みたいですねっ!!」

 

 

 

 

 

 

 糸の辿り着く先には戦士達が居た。

 

 

 こちら見下ろして歓喜しているのは『酉』の戦士──庭取。

 そして、ワイヤーランチャーの銛を掴んで引っ張り上げる『申』の戦士──砂粒と『戌』の戦士──怒突の姿であった。

 

 

 仮の防衛拠点であった古城からの離脱を余儀なくされた砂粒・庭取・怒突・そして最後の一人『亥』の戦士──異能肉の四戦士は、すぐさま別の避難場所を見つける必要があった。

 しかし、戦士陣営のスタート地点として設定されたあの古城の周辺には戦犯達の卑劣な罠が張り巡らされている。安全を確保するには、奴等の目を欺く必要があった。

 そこで彼女たちは『雲隠れ』する事にしたのだ。『鳥さん』と交渉する技能『鵜の目鷹の目』を持つ庭取の協力の元、『鳥さん』達に密集飛行をして貰い、空へと逃げたのだ。戦闘機の飛行高度を上回る高高度を旋回飛行して貰う事で、敵の監視を振り払う様子は比喩表現抜きに『雲隠れ』であった。

「そもそも『鵜の目鷹の目』って、監視手段であって、こんな風に、移動手段に使うものじゃないんですけどねー。あ、でも、『未』のお爺さんも、私の『鳥さん』を伝書鳩にしたり、道案内に使ったり……。やだ、私の能力、便利過ぎ?」とは、庭取の談。

 

 そんなこんなで羽毛製の魔法の絨毯で空へと逃げた彼女たちは再び『鵜の目鷹の目』で情報収集へと注力した。

 すると、音弧と断罪弟が空母の罠に掛かったのを察知して、急いで救助に駆け付けたのだった。と、いうわけだ。

 

 

「いやー流石です!断罪の弟さんの救出だけで無く、戦犯一名様までお持ち帰りしてくるなんて。もう!本当にやり手なんですからっ!!」

「おい、無駄口叩いてないで、鳥を下の奴等の救助に向かわせろよ」

「あっ、すみませーん。現在、協力的な『鳥さん』達の数、ここに居る皆さんで一杯一杯です。今回はご飯あげれてないので、ちょっとご機嫌ナナメです。いっそこのまま陸地目指した方が早いかもしれません」

 

 

 ひとまず首皮一枚繋がったとは言え、状況は予断を許さない。ワイヤーにぶら下がった三名は未だに宙吊りで、何かの拍子に落ちかねない。早々に安全圏へと移動するべきだ。

 

 

「「あ……やばっ」」

 

 

 不意に音弧と砂粒から不穏なワードが漏れる。指先を伝う、ギシギシと軋む歪な振動。

 

 そもそもの話。音弧の持つワイヤーランチャー『貓ノ遊ビ歩キ(キャットウォーク)』はそれほど万能な物では無い。アクション映画の様なド派手なターザンアクションをするような代物ではなく、射程を強化し、取り回しを良くした鉤縄程度の移動補助道具でしか無い。それを一人で携行可能なレベルに落とし込んだ物でしか無いのだ。

 

 ハッキリ言って重量オーバーだ。音弧だけなら未だしも、肩に担ぎ上げたバロン・スーに足にしがみつく断罪弟、オマケに彼が背負っている火炎放射器『人影』まで積載している。それだけで想定の4倍近い付加が掛かっている。お陰様で『貓ノ遊ビ歩キ(キャットウォーク)』は巻き取り機構がまるで役目を果たさないばかりか、バラバラに壊れそうなありさまだ。

 

 

「……なぁ弟くん。今からその火炎放射器、海に捨てる気は無いかい?それか、今から海へ飛び降りてくれると助かるんだが」

「はぁっ!?馬鹿言えっ!むしろそっちのバロン・スーを捨てちまえよ!両手が空いた方がワイヤー掴みやすいだろうが!」

「それを捨てるなんてとんでもない!」

「二人揃ってそんな酷いことしないでよ!ちょっと肉ちゃん!引き上げるの手伝って欲しいんだけどっ!」

「嫌ですわ。私、生まれてこの方、この『愛終(あいしゅう)』と『命恋(いのちごい)』より重い物を持った事がございませんもの」

「アホな事言ってねえで、さっさと引き上げんぞ。おいガキんちょ。鳥たちを地上に向けて移動させろ」

「ちょっと怒突さん!こんなカワイイ女の子に向かってガキんちょとはなんですか!ガキんちょとはっ!まぁ、しますけど!いい加減、鳥さんたちは我慢の限界そうですけど!」

 

 

 喧々囂々と騒ぎ立てる中、戦士一行は地上を目指す。

 リザルトを見れば、こちらの損害は無く、その上戦犯を一人捕縛することに成功したのだ。戦略的勝利といっても過言では無いだろう。

 

 

◇

 

 

 しかし、今一度考え直してほしい。

 

 

 彼らは沈没する空母からの脱出経路として『空』を選択した。

 

 

 今一度、思い出して欲しい。

 

 

 空へと逃げるなら、元から空母に備わっている『戦闘機』を使えば事足りるのではないだろうか?

 わざわざ『羽毛製の魔法の絨毯』なんて小洒落た物を持ち出す必要があっただろうか?

 

 

 今一度、想像してみて欲しい。

 

 

 

 

 

 これまで狡猾な罠を張り巡らせてきた戦犯共が、こんな安易(・・)な脱出方法を見逃すだろうか?

 

 

 

 

 

◇

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 

 誰かの唖然とする声が聞こえた。

 

 

 それはワイヤーランチャーにぶら下がった音弧の声かもしれない。

 

 それはワイヤーランチャーを引っ張り上げる砂粒と怒突の声かもしれない。

 

 それは思わず落下した人を見下ろしている断罪弟の声かもしれない。

 

 それは先ほどまで目の前にいた筈の仲間が忽然と姿を消した事に驚く異能肉の声かもしれない。

 

 

 

 

 それは海へと落下していく『酉』の戦士──庭取の声だった。

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 ざっぱーん、と。

 

 

 

 

 どれだけあじゃらにカリカチュアされた擬音でもって柔らかく表現しようとも、事実として、彼女は墜落した。鳥たちの絨毯の底が抜けるように──突き抜けるように。

 

 この高さから海面に叩きつけられたら、その衝撃だけで並みの人間ならば死ぬだろう。身体能力の低い庭取ならば尚更だ。

 そうでなくても、『水瓶』の戦犯──マペット・ボトルの手によって、海底へと引きずり込まれて溺死する。

 

 

 

 

 つまりは死ぬ。庭取に助かる余地は無かった。

 その様は正に急転直下の死であった。

 

 

 

 

 だから言ったではないか。

『陸地から『間を取って』『ウエットに』殺す。そのやり方はあまりにも陰湿(ウエット)だったが、如何なる戦士であろうとも、『すべて殺す』事が可能な程にえげつない戦法であった。』

 であると。

 

 

 つまりは初めから隠されていたのだ。

 陸路を断ち、海路を断ち、仕上げに空路(・・)を断つ為の仲間が──戦士達に最後の引導を渡すためのフィニッシャーが控えていたのだ。

 

 

 

「『獅子』の戦犯──『統(す)べて殺す』ダンディ・ライオン」

 

 

 

 頭上から聞こえた戦犯の名乗りに一同は空を見上げた。

 今のダンディ・ライオンの姿を見たのが断罪弟ならば、『天の抑留(よくりゅう)』で自由自在に空を飛びまわる我が兄を想起した事だろう。

 

 

 そうだ、ダンディ・ライオンは宙に浮いていた。

 

 

「見上げた物だな。『空飛ぶ絨毯』とは随分と気品がある飛び方だ。

 だかな、制空権を侵害するのは頂けねぇな。元落下傘部隊に所属していた身としちゃあ、黙っちゃいられねぇよ」

 

 

 足を天に、頭を下に。上下逆さまに浮かぶダンディ・ライオンがこちらを見上げている。いや、下にいる戦士達を見ているのだから、やはり見下ろしているのか。

 

 

 それ以上に彼は敵対者を見下していた。

 

 

「覚悟しろよ高慢ちきな戦士ども。ここからは狩りの時間だ……ライオンらしくな」

 

 

 

◇

 

 

 一人の戦士が命を落とす。

 彼女が辿った命運のように。

 十二大戦は急転直下の展開を迎える。

 

 

 

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