この話は本編『十三大戦』の『十二大戦終戦後』の後日譚となる話です。先に本編を読破してください。
また、この話は性的描写を含む内容となります。ご了承下さいますようお願い申し上げます。
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音弧、異能肉、庭取、猥談、本番無し
◇
『猪を見て矢を引く』とはよく言ったものですわね。
私、これでも狙った獲物は片手で数える程しか外した事は無いのだけれど……。
私自身が射止められたのも、片手で数える程しかありませんのよねぇ……。
「……よし、これで診察は終わりだよ。お疲れさま」
そう言って目の前のお医者様──伊能家が抱えるかかりつけ医──は、手元のカルテに必要事項を書き足しております。
今日は年に一度の定期検診の為、伊能家の息が掛かっている病院へと訪れておりました。身長、体重、血液検査に尿検査。心電図や胸部エックス線検査にがん検診などエトセトラ、エトセトラ。
体が資本である戦士としても。
伊能家を支えていく当主としても。
次代に血を紡いでいく女としても。
自身の健康というものをないがしろにしてはいけませんわ。
「ありがとうございますわ。おじ様」
そう返して、私──『亥』の戦士、異能肉こと伊能淑子──は開けていた患者衣の襟元を正していく。
おじ様は私が幼少の頃よりずっと替わらずに看ていただいている担当医で、医療面において私が全服の信頼を寄せている相手でもあります。
小さい頃からおじ様おじ様と呼んでいたものだから「お兄さんと呼びなさい」とへそを曲げたように返していた彼も、実践を積み、経験を積み、所帯を持ち、子宝にも恵まれて、すっかりおじ様呼びの似合う殿方になりましたわね。
……確か、お子さんはそろそろ中学に上がる頃だったかしら。
「細かい検査結果は、日を改めて本家にレポートとしてまとめて送るものとして……。問診と触診、血圧などの現状分かる範囲では特別問題は無さそうだね。健康そのもの。
ただ、強いていうなら少しばかりの疲労と寝不足かな。お仕事の方は忙しいのかな?」
「えぇ、当主としての執務に、自社化粧品ブランドの新商品のチェック。新規に立ち上げた孤児院の視察や、兵士訓練場での教導。そうそう、恋人との逢瀬も忘れてはいけません。
戦場に在らずともやらなければならないことは目白押しですわ」
「相も変わらずって事だね。若さってすごいなぁ。
でも、余り若さに任せてゴリ押しするのは感心しないなぁ。そういうのって12年位経ってから急に躰に響いてくるんだよ。ソースは僕自身」
「またまたぁ!おじ様ならばまだまだ精力的に活動出来ますわ。ゆくゆくは120年先まで私の事を看ていただきたいものです」
「人間の寿命を超越しちゃったよ。僕……」
呆れた様に嘆息して、おじ様は少しばかりズレていた眼鏡をかけ直す。そして徐に白衣のポケットの中を弄った。
「そうそう。はい、これ、診察頑張ったご褒美」
そう言っておじ様がポケットから取り出したのは数粒のキャンディ。
透明なフィルムに包まれたそれは、琥珀色の宝石の様にキラキラと光っていて、ジュエリーカットに見立てて形を整えられた『
「もう、またそうやって私を子供扱いして」
小さい頃、初めての注射の痛みで泣きじゃくる私をあやすため、彼が分け与えてくれたのがこの鼈甲飴でした。
光りを吸い込んで美しく輝く飴玉を見つめて泣き止んだ私を見て以来、私が診察に訪れる度にこうやって飴を用意してくれている。
まさしく、子供扱いと言った様子ですわ。
口を尖らせ、拗ねた様に振る舞いながら、私は手の上の飴を一粒摘まむ。
包み紙を剥がし、口に含んで、舌で転がす。
そこら辺のお店で売っているような安物のキャンディですけれど、昔と変わらない甘みに自然と頬が緩みますわ。
「僕にとって、君は年の離れた妹の様なものさ。
たとえ僕がおじいちゃんになったとしても、それは永遠に変わらないよ」
そう言っておじ様は立ち上がり、私の側へと歩み寄る。乱雑に私の頭を二撫でするとヒラヒラと手を振って退室していきました。
御髪が乱れるので止めて下さいまし。
病院内での彼の地位は、昔と比べ遙かに高くなった。私以外にもおじ様の診察を、治療を待つ患者は多くいる。
それでもおじ様は昔と変わらない様子で私に接してくれる。
大人の女性の躰になった私の肌を見ても劣情を抱く事はないし、妹を軽くあしらう兄の様に気軽に振る舞ってみせる。
今日だって多忙を極めるスケジュールの中から私の為の時間を捻出していただきましたわ。それにわざわざあの飴まで用意してくれて……。
私は、愛されている。
◇
首都圏にある高級ホテルの高層階。一年も前から予約をしなければ席を取ることも困難な高級レストラン。
見晴らしの良く設計された窓の外へと視線を移すと、人々の生活が息づく夜の街の明かり達が煌々と輝き彩る。
クリスマスに飾られるイルミネーションの様な洗練された美しさとは違いますけれど、これはこれで趣があり、私はそれを美しく感じていますわ。
視線を目の前のテーブルに移せば、コース料理の最後の一皿。一流のシェフ達が素材を厳選し、研鑽された技量でもって仕上げられた料理の数々は、私の味覚を、視覚や嗅覚さえも満たしてくれましたわ。
「どうかな?楽しんで貰えていると嬉しいのだけれど……」
視線をテーブルから対面の彼に送る。穏やかな笑顔で訪ねてくる私の愛おしい恋人。今夜のデートの仕掛け人。
私より少しだけ年上の若き起業家で、僅か数年で自身の会社を大きくしてみせた腕利きでもありますわ。今回のプランも「いつかきみをここに連れてきたい」と願って、ようやく叶えた夢でもありましたわね。
「えぇ、お料理も、お酒も、外の景色すらも完璧ですわ。
……何よりも、貴方と一緒にこの一時を共有出来ることこそ、何物にも代え難い喜びでしてよ」
一瞬だけ夜景に見蕩れていたのを「退屈にさせている」と勘違いさせてしまったのでしょうか。笑顔で覆い隠していても、彼の問いかけた言葉には不安が表れておりました。
彼は彼に出来る全てを持って私にアプローチをしてくれています。それこそが一番私を感激させているというのに。
「 愛おしい君との至福の時間だからね。
より良い場所を、より良い食事と酒を、より良い時間を……と考えれば考える程に妥協なんて出来ない。
君の恋人として少しでも胸を張りたいよ。」
身分差というものを感じてか、いつも彼は私の前では少しだけ自信無さそうにしている。並び立とうと、相応しくなろうと努力してくれている。
伊能家と言う環境に愛されて育った私と、中流階級から自身の実力一本でここまで登り詰めた彼とでは、元からのスタートラインが違うというのに。
彼は私の何倍もの努力を重ねて、この場に立っている。賞賛に値する振る舞いですわ。だからこそ私は貴方を尊敬し、恋人にしているのですよ。
「頼もし限りですわ。……ですが、今日はこれで終わりではないのでしょう?
私、今夜はまだ帰りたくありませんわ」
「もちろん。君の為にスイートルームもとっているよ」
「それは重畳。私、今日の素敵なデートのお礼をしなければと思っていたところでしたの」
グラスに残ったワインを飲み干して、私と彼は席を立つ。腕を絡め、寄り添うように歩きだす。
向かう先は、彼が用意してくれたという最高級の部屋。でも、今夜は寝かせるつもりはありませんわよ。
貴方から貰った愛の形。しっかりと応えなければ女が廃ると言うもの。余すことなく受け取って貰いますわ。
きっと彼も喜んでくれるに違いありませんわ……。
私は、愛されている。
◇
執務室には作業を邪魔しないよう、控えめな音量でクラッシック音楽が流れている。丁寧に清掃された室内は、澄んだ空気をしていて、お気に入りの花瓶に生けられた花からは落ち着いた甘い香りを漂わせている。
私の為に整えられた空間で、私はペン先を走らせる。万年筆がカリカリと鳴らす音はBGMと混ざって、作業を軽快に進めてくれていました。
伊能家の当主としての仕事は多岐に渡ります。私自身が新規に立ち上げた企業の必要書類は勿論のこと、既存の傘下グループからの報告書に、戦場からの調査結果に、訓練場の兵士達の練兵状況。最近では『十二大戦の優勝商品』として副次的に手にした孤児院の経営状況の確認。
大概の物はタブレット端末一つで処理できるようになりましたけれど、私からの直筆サインが無ければ進まない案件はまだまだ無くなることはないようですわ。
それでも家督を引き継いだ当初に比べれば、段違いに早くこなせるようになりましたわね。最初の頃なんて右も左も分からずに三日三晩籠もりっきりで作業することばかりでしたわ。
「はぁ……終わり……ましたわぁ………」
ペンを置いてグッと背を伸ばす。その拍子に体からポキポキと小さい音が鳴る。
ほぼ一日デスクに齧り付いていたものですからすっかりと凝り固まってしまいましたわ。
「お疲れさまです。お嬢様」
傍らの応接用のローテーブルで書類整理等の手伝いをしてくれていた御側付きのメイドが労いの声をかけてくれる。
「……『牡丹』。今は私と貴方しかおりませんのよ。そんな堅苦しい言葉遣いは止めて下さいまし」
「はいはい、そんなに拗ねないでよ。『トシちゃん』」
私の呼びかけに応じて、彼女がメイドとしての体裁を崩し、砕けた口調で応えてくれる。
彼女は伊能家の分家筋の子で、私の幼馴染み。将来、私をサポートするためにと教育されてきた専属メイド。
「しっかし、本当にトシちゃんってハイスペックお嬢様よね。
この書類の山。なんで一日で片付けられるのやら……」
「内容を確認して。計算が合うか確認して。サインするだけの作業ですもの。戦場よりもやることが単純明快ですわ」
「限度って物があるでしょうに……。はぁ、これを一人でやれって言われたら絶対に無理よアタシ」
そんな溜息一つ吐いて彼女は傍らのケトルで湯を沸かす。事前に用意してくれていた茶器を並べて、茶を淹れる準備をしてくれている。この香り……今日はハーブティーですのね。おそらくはカモミール。
「……あれ?その書類は?」
「ん?……あぁ、気にしなくてもよろしくてよ。途中経過だとか言って、あの『申』が中途半端な状態で持ってきた報告書ですもの」
「えぇー、美咲ちゃんのこと嫌いなのは分かるけど、ちゃんと読んであげなよー」
「恋文なら読んで差し上げますわ」
「またそういうことを言うー」
私のデスクの足下に乱雑に捨てられた24枚の身辺調査報告書。そこに書かれていたのは我々『十二支の戦士』の協力者候補。
『十二天将の兵士』『十二色の義勇兵』
十二大戦以降、散発的に私達を狙った襲撃は止む様子がありませんわ。家族等の身内にこそ手は掛かっておりませんが、それもいつまで安全でいられるか……。
最悪の事態を危惧した『申』の戦士・砂粒が東奔西走し、勧誘している戦力達。あの平和主義者が戦力増強を図ると言うのは少々違和感のあるところではありますけれど、この方々は放置すればするほど敵に回る可能性のある勢力。であればこそ、敵対するくらいなら味方に引き入れてしまった方が良いと判断したのでしょうね。
私としては、敵対したらしたで全員挽肉にしてやるだけですけれども。彼女ならば敵味方問わず不要な殺しは避けたがる筈ですわ。
ですが、今の私にはどうでも良いことですわ。今は私の愛するメイドが淹れたお茶の方が大事ですの。
「まぁっ!お茶請けはシュトーレンですの?
デスクワークを頑張った私への最高のご褒美ですわ!」
「アタシ特製のおやつなのです。えへん!」
薄く切られたシュトーレンを一口頬張れば、香ばしい木の実の香りとドライフルーツの甘みが口に広がる。
シュトーレンはドイツの伝統的な菓子パン。一枚一枚薄く切り、毎日少しづつ食べてクリスマスの到来を待ち侘びるのが一般的な食べ方ですわ。
砂糖とバターをたくさん練り込んだ生地は、保存性も高くて、遠征先でも──戦場でも──持ち込めるので大変重宝していますの。
彼女──側付きメイド『牡丹』──には残念ながら戦士としての素質は無く、彼女を過酷な戦場へは連れて行くことは出来ませんの。
それでも「戦地へ向かうお嬢様の支えになれば」と、いつの日からか私に持たせてくれるようになったのが、これですわ。
軍の配給するレーションの味気のないビスケットとでは比べるべくもありませんけれど。愛情の籠もったお菓子って、どうしてこうも人を幸せにするのでしょうか。
「こんな美人に美味しそうに食べ貰えるなんて、本当に作り甲斐があるなぁ。
……じゃあ、アタシは一度他のメイド達に指示を出してくるね」
「もう、行ってしまいますの?少しだけおしゃべりに付き合って下さいまし」
「残念ながら、アタシはこれから疲れた体のトシちゃんを癒して上げる為、オイルマッサージの準備もしなければいけないのです。もう少しだけおしゃべりしたいなら一緒にお風呂に入る?お背中、お流ししますよー?」
「あら、それは素敵。ぜひ、そうしましょう」
「おっけー。そっちも準備しとく。
……こほん、それでは失礼致します。お嬢様」
そう言って彼女は席を外す。彼女にとっての主戦場はこの屋敷の中。私を最高のコンディションに整えるのが使命。
私が戦士に──人殺しに──なっても昔と変わらずに友人のままでいてくれる。素敵な人。
彼女が待っててくれているからこそ、私は伊能家に帰ってくる理由が一つ増えました。
私は、愛されている。
◇
「いや~助かりました。今日はありがとうございます。異能姉様」
「気にする必要は無くてよ。私も中々に有意義な時間になりましたわ」
秘匿性の高い、喫茶店の個室。取引相手との交渉や、戦士として情報交換の場として、よく利用しているサロン。出される茶と菓子の質も良く、御愛顧させて頂いているお店ですわ。
いま、私は目の前の女性とショッピングの帰りのティータイムと洒落込んでいますの。
仲間として、友人として、恋仇として。
『酉』の戦士──『啄んで殺す』庭取
恋愛事で、初めて私を負かせた相手。
彼女と私はこの一年と少しの間、一人の殿方を巡って争っておりました。
『猫』の戦士──『好奇心で殺す』音弧
不死身の肉体。正確には死を運命に拒絶される力。『死を無視する無死にする』呪いを持つ男。
そんな怪物を目の前の女は、たったの12ヶ月で口説き落とし、婚姻まで成立させた。その間、彼を私に靡かせる事無く守り切ってみせた。
賞賛に値する愛ですわ。重いけど。
そもそも、恋愛の『愛される』『愛されない』を勝ち負けと定義するのはナンセンスであるのですけれど、今は身を引くしかないと判らされてしまったのは、私が負けを認めたも同然ですわ。
それ以来、私と彼女は共に恋バナをする関係、惚気話をする関係ですわ。
今日のショッピングだって『夜の営み』に変化を付けたいと相談してきた彼女からの話の流れでアダルティーなジョークグッズを売っているお店に連れてかれたんですの。
彼女、『コスプレ衣装』に目を付けたようで、ナースにメイド、バニーガールにチアガール、チャイナドレスに猫ランジェリー、気になる衣装を片っ端から買い占めて、今度彼と試してみるんだとか……。
私は見るだけでしたわよ?
私のバストでは衣装が入りませんもの。
「そういえば思い出しましたわ。私、アレの報告を聞いておりませんの」
「…………………はて?何のことでしたっけ?」
「誤魔化すんじゃあありませんのよ。
挑戦したんでしょ?『ポリネシアン・セックス』」
「うぐぅっ!?」
彼女は都合が悪そうに視線を泳がせておりました。
ポリネシアン・セックスはその名の示す通りポリネシア地方で伝承されてきた性行為の手法ですわ。
性的な繋がりよりも精神的な繋がりを意識した性行為で、数日間かけてステップを重ねて、最終日に向けて絶頂のピークを高めて行く事で、より一層繋がりを深く感じられるやり方ですの。
あれは良いモノですわ。
「まぁ?あの音弧の性欲を考えれば?ガマンなんて到底出来るはずもないですし?どうせ上手く行かなかったのでしょうけれど?」
「そ、それは………」
あえて悪い言い方をすれば、四日間に渡り生殺しを繰り返し、欲望を煮凝りにして一気に発散する性行為ですもの。
話に寄れば、このバカップルはほぼ毎日のように情事にふけっていると言うではありませんの。その様な超スローペースのセックスが出来るとは思えませんわ。
「…………………ウマクデキマシタ。スッゴイヨカッタデス」
蚊の鳴くような声で彼女はそう答えました。
「……はい?」
「あっ、あっ、あのですね。教えて頂いたステップ通りにしたんですよ?
初日はお互いに下着姿になってベッドで手繋いでお話しして相手の好きな所を言い合ったり日頃のお礼を言ったり褒めたりしてたんですよ。そしたら音弧さんったら「自分の有り余る性欲を受け止めてくれる私がどれだけエッチなのか」とか語りだして感謝してもし足りないっていっぱい褒めてくれるし、頑張って作った料理も毎回完食して、料理上手になったね美味しかったよこのメニューまた作ってねとか味の感想とリクエストもしっかりと言ってくれるし、頭よしよし撫でてくれるし。二日目はそのままぎゅうぅぅって抱きしめ合って、髪に触れたり頬に触れたり時には背中や太ももを擦って全身の筋肉の付き方とか指先に感じて、唇重ねるだけの子供っぽさに溢れたキスでさえ心臓バクバクするほどに恥ずかしくなって、二人の吐息に熱を帯びているのなんて丸わかりなのに、二人して必死にガマンして。たったの二日目でももう既にヤバかったのにとうとう三日目はディープキスも解禁して互いに裸で抱き合って舌絡めてキスをしてしまったらもう唇だけじゃ足りなくて、そのまま頭おかしくなりそうになって。四日目の前戯解禁されただけじゃ全然足りなくて、互いに性感帯に軽く触れたりだけで体が弾け飛びそうになって、絶頂したいのに互いに寸止めでガマンして。五日目を迎える頃には頭の中エッチすることしか考えられなくなって、狂いそうになって、本番の時なんて入れただけで一度イッちゃって「えっ!?これ最初挿入したまま腰振らないで更に30分もガマンしなきゃいけないのぉっ!?」って愕然として、でもやりきりましたよ!やりきってやりましたともっ!めちゃくちゃ良かったですよ!入れられているとき普段だとアソコの中ぐちゃぐちゃにかき混ぜるように気持ちよかったのが、長い時間かけて馴染ませたせいかシームレスに音弧さんのアレがまとわりついてとろっとろに溶けたようなかんじで、あれですあれ性欲を持て余したモードの音弧さんとしてるときの5回戦目がイキナリやってくる感じと言いますか、まだ1回戦目なのにですよ。しかも、四日の間音弧さんはオナニー禁止してた状態だからキンタマに溜まった精液満タンなわけで、全然萎える様子がないんです。止まんないんです。止まんないんですよ。夜通しエッチして、ごはん食べながらエッチして、お風呂でエッチして、廊下でリビングでエッチして、少し休んだらまたエッチして、私がダウンしてても愛撫止めてくれないし、体に力が入んなくてなされるがままで、そんなめちゃくちゃなエッチしてるのに音弧さん案外リラックスしてるし、「こんなにイキ乱れる庭取ちゃん見ながらエッチするの凄く楽しいな。ほら、ちょっと擦っただけでこんなにビクビクと反応してくれる。本当に可愛いよ」っていっぱいいっぱいキスして、耳元で愛を囁いてくれて…………キガツイタラ………マルイチニチエッチシテタラシイデス」
顔を真っ赤に茹で上がらせて、頭から蒸気の一つでも上げそうな有り様で、彼女は赤裸々に顛末について語る。その勢いは蒸気機関車さながらですわね。
「だから、もうこれ以上は聞かないでくれ」と言う願望がありありと伝わってきますわ。
この子の彼との恋愛関係。私が自らの恋人達と育んでいる関係よりかなり先を行き始めている筈なのに、それに経験が追いついておらず、急に初心な反応をしてくれる。こういう所は本当に可愛いらしくて、揶揄い甲斐がありますわ。彼が彼女を気に入ってるのもよくわかります。ご馳走さまですわ。
「上手く行ったのなら、よかったじゃあありませんの」
「多分、二度とやりませーん。次やったら死んじゃいますって」
不貞腐れて、テーブルに突っ伏して、溶けたアイスクリームの様になっている彼女。子供のように拗ねながら、目の前のパンケーキをフォークでいじり倒しておりました。悦に浸るには丁度よい見世物で、ホットコーヒーがすすみますわ。
……最近、この恋仇の姿を見ていると、既にこの世にはいない妹の影を思い出しますの。彼女が私の事を「異能姉様」と呼ぶせいでしょうか。髪の毛も顔立ちも声も口調も仕草も、どれをとって比べても欠片も似通った部分なんてありはしませんのに、不思議なものですわね。
『伊能清子』。私と血の繋がった可愛い妹。幼い頃は私の後ろをついて回り「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と甘えてくる娘でしたわ。幸い戦士の素質もありましたので、ゆくゆくは共に戦場を駆けることを楽しみにしておりましたの。
それなのに何故、私は彼女をあれ程までに憎み、そして殺したのでしょうか。
きっかけは……十二年前──いや今は十三年前でしたわ──の第十一回十二大戦。かの大戦を私の御父様は見事に勝利を収めて見せましたわ。全身に深い傷を負い、現役を退かなければならない程の重症でしたが勝ちは勝ちなのです。その姿を──もう戦うことの出来ない御父様を──見て、次は私だと決意を新たにしました。伊能家を、『亥』の戦士を受け継いで、次こそは完膚なきまでに完封してみせると。御父様を超えてみせると……。
《──次の十二年大戦は、妹の清子を送り出す》
ねぇ、御父様。あのとき、何故、私を選んで下さらなかったのですか?
そうすれば、私は愛する妹を手にかける事は無かったと言うのに……。
「…………ねぇ?……………ねぇ?
異能姉様?聞いてますか?」
彼女の呼びかけで、ふと脱線した思考を正す。過ぎた事を悔やむなんて──ましてや自業自得なのに──女々しくて仕方がありませんわ。
「えぇ、ちゃんと聞いてましたわ。童話の『兎と亀』は兎と亀が駆けっこをして、兎が昼寝をしている隙をついて亀が逆転勝利する話ですけれど、いくら兎が亀を侮っていたからと言っても、そんなバカみたいな負け方をしたとは考えにくい。これは亀側が何かしらの策を講じていたのではないか?と言う亀陰謀論の話でしたわよね?」
「そんな話してませんけどぉっ!?」
「うふふっ……冗談ですわ。あの音弧をヒィヒィ言わせる方法が知りたいんですわよね?」
「そうですっ!そうですよっ!ベッドの上だと私、音弧さんにアンアン言わされてばっかりなんで、たまにはやり返してやりたいんですよっ!?こちらのパンケーキを奉納致しますので、何か善きエイチな叡智をどうか、どうか授けて下さいませ~~」
「人をハレンチの権現みたいに崇め奉らないで下さいませんこと?
……ですが、そうですわね。あの変態猫をやり込める為に必要なこと自体は明確な回答を用意出来ますわよ?」
「なぁっ!?なっ、なっ、なんですか!?それはいったいっ!!?」
「ごく当たり前の事ですわ。
あの男の尋常ならざる精力……もとい性欲を超えることですわ」
「それが出来なくて困ってるんですよーっ!!」
「こればっかりは、貴女の性の経験値が溜まるのを待つしかありませんわね。
あと、フィジカルを鍛えなさい。一般的にセックス一回で消費するカロリーはジョギング15分程度と同等と言われていますわ。行軍訓練やレンジャー訓練を平然とこなす我々戦士の基礎体力は一般人の枠組みを遥かに逸脱してますのよ?貴女、途中でバテてるから彼にオナホールにされるのですわ」
「お、オナッっ!?」
後はそうですわね……。とりあえず技術向上のために『九十六手』やらせてみましょうか。どうせあの猫なら知ってるでしょう。知りませんけど。
私があの変態猫を狙う可能性を捨てきれない筈なのに、こうして私を信用して、或いは恥を忍んで知恵を求めてくる。懐いてくる。全く困ったモノですわ。
私は、愛されている。
◇
激しいドラムのビート。けたたましい音を立て、旋律を奏でるギターサウンド。荒々しく歌う女性ボーカルの声。眼前の巨大なディスプレイは極彩色に光り、次の動きを指示する
私はそれに合わせてステップを踏む。足下のコントロールパネルを踏みつけると音符が反応し、スコアが加算されていく。
私はリズムを取り、譜面をなぞる。楽曲は終盤に差し掛かり、音符はステップは、より激しい動きを私に求めてくる。
私は限界が迫っていた。判断の遅れによる細かいミスが重なり、足が絡んで縺れる。修正する間にも、譜面は次へ次へと進む。ステップの歩幅は必要最低限に。体幹は崩さぬようにと、上半身の振り付けはバランスを取るための芸術性のないものに。実用性ばかりを追い求めた無骨な動き、戦士としての特性に寄った動き。
フィニッシュの音が鳴る。
表示されたスコアは平々凡々な面白味の無い数字でしたわ。
「おー!スゲぇ、スゲぇっ!!初見のHARDモードの楽曲なのに、このスコアはフツーに上手すぎでしょ!淑子さん!!」
パチパチ鳴る拍手の音と興奮冷めやらぬ若い男の歓声が聞こえる。
私は悔しさを飲み込み、息を整える。笑顔を取り繕い、背後の恋人へと振り向く。
「ありがとうございますわ。
……でも、少しばかり悔しいですわね。EASYもNORMALも楽々とクリア出来ましたので、HARDもいけると思ったのですが……」
「いやいや!そもそも淑子さん、音ゲー自体が初めてなんですから!」
「それでも……ですわよ。今度通い詰めて練習しようかしら……」
「ま、負けず嫌い過ぎる……」
(いっそ、この筺体と同じものを買えないかしら?)と、そんな事を考えながら私はアーケードゲームのステージから降りる。
時間は有限。他にも多種多様なゲームがあるのですから、是非とも網羅したいところですわ。
恋人の一人である大学生の彼と、今日はアミューズメント施設へとデートに来ましたの。ボーリングにバッティングマシン、パターゴルフやミニバスケットボールなどの体を動かせるスペースや、クレーンゲームやアーケードゲームを並べたゲームセンター、果てにはカラオケに漫画喫茶等々、その他多種多様な娯楽をビル一つに詰め込む様は中々に圧巻ですわね。自由に使えるお金に限度のある学生身分が、この価格で好きなだけ遊べるのですから、非常にコストパフォーマンスに優れた施設ですわね。
普段はこのような場所をデートスポットに選ぶことはありませんので、少しばかり新鮮な気持ちですわ。
普段は着ないようなストリートファッションに身を包み、彼の好みに合わせてメイクもナチュラル寄りに仕上げて、仲良く手をつないで歩く。互いに手を握るだけでも、緊張し、恥ずかしそうにする彼の初々しい姿を見るともっとからかってみたくなりますの。さっきのダンスを交えた音楽ゲームを選んだのだって、動く度に揺れる胸やお尻に彼がどんな反応をしてくれるのかと試してみたのですわ。案の定、熱い視線を感じたので一安心です。彼、奥手なのか中々手を出してくれませんの。私が貴方位の時にはもう、エッチな事にも興味津々でしたのよ?
さて、次は何で遊ぼうかと品定めしていきます。ガンシューティングとレーシングは試しましたので、次は格闘ゲームかしら。メダルゲームも捨てがたいのですが、スロットは……カジノでよくやるので今日は要りませんわ。
「ねぇねぇ、淑子さん。次はあれをやってみません?」
そう言って彼が指さしたのはゲームセンターの定番の一つ、クレーンゲームでした。ショーケースの中には抱きかかえてしまえるほどに大きなぬいぐるみが一つ横たわっております。それを捕まえるためのアームも三本爪タイプの大きな機体でした。いくらあの大きなアームといえども、そのぬいぐるみが取れるモノでしょうか。
「見てて」
そういうと彼はコインの投入口にお金を入れて、コントローラのスティックを握りしめると、巧みにそれを操る。アームの爪はぬいぐるみの端っこを捉えて、引き釣り上げ、倒れる反動で僅かに動く。スルスルと、少しづつ穴へと引き寄せられていきますわ。
「へぇ……器用なモノですわね」
「クレーンゲームのアームは摑むんじゃなくて、引っ掛けて、引っ張るのが強いらしいですよ。あと、端っこを狙うと反対側が床についてるから、景品の向きを回転させることが出来るんだとか」
「あら、本当ですわ」
挑戦すること数回。ぬいぐるみが穴の中に落ちる。スマートにゲットしてみせましたわ。
「はい、どーぞ。プレゼント!」
「まぁ、よろしんですの?」
「お気に召すなら受け取って欲しいです。俺よりも淑子さんが抱き締めた方が似合いますんで」
「そんなことはないと思いますが……ふふっ、いただいておきましょうか」
そう言って彼からぬいぐるみを受け取る。何かのアニメかゲームのキャラクターでしょうか、猫と思しき生き物が悪戯っぽい笑みを浮かべている。
私はなんとなく、そのぬいぐるみの頬を押してみる。ブニュッと潰れた後、空気を吸い込み直しながら静かに膨らみ、そして元の形に戻っていく。なんだか小憎たらしいですわねコイツ。
「ここは私も貴方へのお礼に景品を手に入れてお返ししたいところですわね。よかったら、お好きな美少女フィギュアを選んで下さいまし」
「えっ?美少女フィギュア限定なんですか?」
「ええ、貴方がどんな女の子を選ぶのか興味がありますの」
「き、気マズすぎるんですけど……」
私、これでも創作物に負けないくらいにはスタイルに自信がありますの。流石に貧乳キャラクターを選ばれると、勝ち目はないですけれど。
そんなわけで、彼がしぶしぶ選んでくれた美少女フィギュア──フワフワセーターを着たお姉さんがチルタイムしてる感じの奴──の獲得に挑戦しますわ。……無難そうなのを選びましたわね。こういうのが好みなのですね。……なるほど、なるほど。
「くっっ!?中々にやるではないですの!私をここまで苦しめるなんてっ!」
「と、淑子さん。そこまで無理しなくても」
「いいえっ!ここで引いては伊能家の名が廃りますわ!次こそっ!次こそはっ!」
彼が余りにもあっさり取って見せたモノだから、私も楽勝と思っていたのですが、中々どうして上手く行きませんわ。
数回はアームが明後日の方向に行き、数回は爪が噛み合ってくれない。投じた資金は既に彼の三倍。私に取っては端金でしかありませんけども、景品にお金を掛けすぎるのはよくありません、彼が萎縮してしまいますわ。
だからいって、ここまでやって諦めるのも癪ですわ。本当に、本当にあと少しなんですの。あの二本の橋の隙間から落とすだけなんですのよ。おのれ、貴女も安い女ではないと言うことですのね。
「そう……そう……いいこね。そのまま、そのまま、箱の角をひっくり返せば……。やった!やりましたわ!見て下さいまし!私も取れましたわ!?」
こうして、彼の四倍の額を費やし、ようやく悪魔の箱から姫君を救い出すことに成功いたしましたの。よかった。絶対に取れない設計なのかと、疑い始めるところでしたわ。
苦労の結晶とも呼べる戦利品を彼に渡すと、彼は少しだけ躊躇う様子を見せたものの、私からのプレゼントを素直に受け取っていただけました。
こんな風に子供みたいにはしゃげる事が、あとどのくらい出来るのでしょうか。
私はもう既に充分に大人の女で、仕事もしていて、家督も継いでいる。戦士としても上に立たなければならない立場ですの。
目の前の彼だって、そう。大学生とは言ったものの、もうすぐ就活と卒論が待っています。やがて、大人にならなければいけないのですわ。
『命短し、恋せよ乙女』
私に残された命は、あとどのくらいでしょうか。
恋する自由は、あとどのくらいでしょうか。
私を『好き』と言ってくれる人がいる。
私を『愛してる』と囁いてくれる人がいる。
少なくとも幾何かの猶予が私にはまだ、残されていますわ。本当に恵まれている。
私は、愛されている。
◇
伊能家が戦士育成のために保有する射撃訓練場。その中に足を運ぶと、風が火薬の匂いを運んできた。鳴り響く銃声は多種多様。ハンドガン、ショットガン、アサルトライフルにスナイパーライフル。より早く、より正確にと、訓練生達が銃に的に向き合っている。
真摯に訓練に励む兵士達を尻目に私は射撃場を悠々と歩く。他の兵士の背後を通り抜けるたび、兵士達は訓練の手を止めてこちらに驚いたような視線を向けてくる。貴方達、しっかりと練習しなさいな。注意力散漫ですわよ。
目的の相手を探して、奥へ奥へと歩みを進める。最奥のスナイパーライフル射撃用の訓練スペースに彼はおりました。
「あぁ、ここに居ましたのね『ウリ』」
脇目も振らず、黙々と銃を構え、的を見据えていた彼は、私の声に反応し、思わずと言った具合に引き金を引く。集中力の切れた射撃は的に当たることなく、少し下の盛り土に突き刺さりました。
「…………っ。お疲れさまです。姉さん」
一息ついてこちらを振り向く。あどけない笑顔を見せたかと思うと、はっと我に返り、引き締めた表情に戻る。本当に可愛らし子ですわ。
この子は『ウリ』。次回の十二大戦に向けて、育成している戦士候補ですわ。まだ、年端もいかぬ子供ではあるけれど、ちょっとした異能力も保持している期待株ですの。
今日はこの子の様子を見に……『特別訓練』を用意しましたの。
「順調そうね。前よりも射撃の腕は上がったんじゃないですの?」
「いや、全然です。やっぱりボクには銃は合わないようで……。直接近づいて殴った方が速い」
「そう言いつつも、悪くない精度ですわ。そこら辺の射手よりも上手」
「そんなにおだてないで下さい。……それよりも
そう言って彼は私へと──より正確には。私が腕を絡めて寄り添い立つ殿方へと──怪訝そうな視線を投げかけていた。
「ふむ………この子が例の戦士候補生なのかい?ハニー?まだまだ子供じゃあないか」
「えぇ、ダーリン。まだまだ子供ではあるけれど、優秀な子なんですのよ?」
「お勉強はしっかりとこなせても、実地研修を済ませちゃいないヒヨッコ……こちらに倣うなら『瓜坊』か。そんな甘ちゃんが役に立つのかねぇ」
「それこそこれからの話ですわよダーリン。どんなに優れた肉食獣も、初めは親から狩りを習うものでしょう?」
「そうだったねハニー。君はいつも俺に大切な事を教えてくれるよ」
「私も。いつも貴男には大切なものものを頂いていますわよ、ダーリン」
私が少しだけ強く抱きしめると、彼はそれに応えるように、寄り添うように頬を寄せて頭に頬ずりをする。私はそれを受け入れるかのように頭を合わせて擦り寄る。私が絡めていた腕は、指を絡め合う恋人の繋ぎ方に変わる。
「紹介するわ。私の恋人。これでも立派な戦士ですわ」
「改めて自己紹介しようか。
『猫』の戦士──『好奇心で殺す』音弧
よろしく。少年」
「…………戦士の名乗りはまだ無い。今はただの『ウリ』」
音弧の求めに応じて、ウリは不承不承といった具合に握手を交わす。あの子の目には少しだけ敵意があった。
「『ウリ』。突然ですけれど、貴方にはダーリンと模擬戦をして貰うわ」
「………改めて状況を説明しますわ。
今回の模擬戦は屋内戦闘を想定し、演習場の一つ『廃ホテル』を使用します。
ターゲットは私のダーリンこと『猫』の戦士。彼には事前に建物内部に身を潜めて貰っていますわ。
貴方のミッションはこれからホテル内部に強襲して、彼を殺害する事ですわ。特殊なケースですが一対一の決闘になりますわ」
『猫』の戦士が不死身の肉体を持つことは既に実演済み。私の二丁機関銃でもって、骨も残らぬほどにミンチにして見せても、何事もなかったかのように生還してみせた。
その光景には流石にあの子も動揺を隠せずにはいられない様子ですけれど、これなら相手の負傷なんてモノで気後れする事なく、全力で戦える。死んでも死なないのだから。
『ウリ』──彼は戦いに備えて手足の鋼鉄プロテクターの調子を確かめる。それ以外、特に変わった武装は無し。兵士と言うよりも武芸者である彼にとって、一番の武器は己の拳ですわ。
「……うかない顔をしていますわね」
「ねぇ、姉さん。あんな男のどこがいいの?」
ウリはこれまで誤魔化してきた悪感情を吐露しました。
私、これまでウリの前に恋人を連れてきた事はありませんの。前々から複数の殿方とお付き合いさせて頂いていることは事前に伝えていましたけれど……。やはり百聞は一見にしかず。直接目にするのは、一際異なる印象を残しますわ。
「戦士としての充分な戦闘能力。不死身の肉体。私の跡継ぎを作る相手として申し分なし。なにより私を愛し、情熱的に口説いてくれる。素敵な殿方ですのよ?」
「むぅ」
この子は不機嫌そうに口を固く結ぶ。余りにも微笑ましい。そんな可愛らしい弟分の頭を私は優しく撫でていた。
「あらあら、もしかして嫉妬してくれていますの?可愛らしいですわね」
「……そんなんじゃ、ないです。あんな男、姉さんに相応しくない。浮気しそう」
「あら?あぁ見えて彼、けっこう一途なんですのよ?」
拗ねる彼に微笑みを返して、頬にキスをする。すると、彼は驚いた様にこちらを向いた。
「そこまで言うなら証明して見せなさい?そうね……。もし、彼に勝てたら………。
私の体、一晩だけ好きにしてもよろしくてよ?」
彼に向けて蠱惑的に誘いの言葉を向ける。頬を赤くし、足早に所定の位置へと駆けていく。初心な反応ってどうしてあんなにも意地らしいのでしょうか。
彼を送り出す。しかし、演習開始にはまだ少しばかり時間が残されています。
私は通信機を手にし、音弧へ通話を繋ぎました。
「……音弧。そちらの準備は出来ておりまして?」
《やぁ、ハニー。君を想って待つ時間は、いつもあっという間に過ぎ去ってしまうよ。けれど、君と過ごす蜜月も蜂蜜酒を呷るように束の間の一時だね。願わくば、少しでも君との時間を独占してしまいたくなるよ》
「……今は私と貴男だけですわ。
だから、その胡散臭い演技を止めなさい。この大根役者」
《……ひどいなぁ。他でもない異能お姉様に頼まれたからこそ、こうして恋人役演じているのに。口説き文句だって本場イタリア仕込みだよ?》
「だったらお弟子さんの出来が悪いのでしょうね。今すぐ、その伊達男の師匠に死んで詫びて来て下さいまし」
《なんだか辛辣過ぎない?》
「私を愛してくれない男のことなんて嫌いですわ。他の誰かから借りてきた愛の言葉で私を喜ばそうなんて、120年早いのです」
《手厳しいなぁ……》
『猫』の戦士──音弧。
私ではなく、別の女を選んだ男。
結婚を決意したからと、私との交際を断った男。
憎たらしい男。
そんな男に恋人役を頼むのは癪ではあるのですけれど、これは彼でなければならない理由がありました。
《……それにしても。あの少年の
なぁ、異能お姉様、ちょっとスパルタ教育じゃないかい?見たところ寝住よりも年下の子供だろ?時期尚早では?》
「だから貴男が最適なんですのよ?
高水準の殺し合いが出来て、こちらの意図通りの手加減が出来て、生の殺しの感触を体感できる。おまけに擬似的に蘇生するから、その後の殺人の重圧を少しだけ緩和出来る。
私、これ程までに質の良い教材を知りませんの」
《模擬戦用のペイントナイフにペイント弾の拳銃だけで、どうやって相手に命の危機を与えろと……。オマケに一番の強みの死亡技は敗北判定。
なるほど、狩りの獲物役には相応しいな……。言ってて悲しくなるわ》
「精々やられ役は草叢の陰で泣いて下さいまし」
《……にゃあ》
「欠片も可愛くないですわね」
生粋のサイコパスでもない限り、人が人を殺すのには理由が必要ですわ。
自らの精神をコントロール出来ずに衝動的に殺す。
社会的・精神的に孤立し、総てを敵だと誤認して殺す。
他者の痛みを理解できず、我が身可愛さに利己的に殺す。
溜め込んだフラストレーションから、自暴自棄になり殺す。
形はどうあれ、人殺しとは理性の
真っ当な精神性を持っていれば、その落差はより大きなモノになります。
強い兵士育てる際、この心理的抵抗感を克服させることは、非常に難しい課題ですの。
憧れの人に纏わり付く恋仇。
手抜きでは御しきれない実力者。
殺してもどうせ死なない相手。
今回の模擬戦の真意は『ウリ』に『人殺しの体験をさせる』事ですの。
《……まぁ、俺の命は安上がりだからな。
恋人ではないけれど、他ならぬ異能お姉様の為に当て馬役くらい、幾らでも演じてあげるよ》
「あら?随分と気前がよいのですね?であれば、この訓練場の訓練生全員の相手でもしていただこうかしら」
《そんな多勢に無勢で
やっぱり貴男は、貴男らしく振る舞った方が魅力に溢れていますわね。叩くと鳴る玩具みたいに面白く、雑に扱っても笑って赦してくれる。器の大きさ……いや、底抜け具合でしょうか。好き勝手にする私の総てを肯定してくれる。受け入れてくれる。
やはり貴男を手する事ができなかったのは、ほんの少しだけ勿体なく思っていますの。
だから、貴男は私に相応しくないのですわ。
「……さぁ、お仕事の時間ですわよ、ダーリン。私の『ウリ』は未熟な戦士ですが、既に実力は本物へと片足を踏み込んでいますわよ」
《わかったよ、ハニー。その甘ちゃんを精々いい声で泣かせてあげるから、しっかりと後で慰めてあげるんだよ?いいね?》
「あら、素敵な殺し文句。それなら点数をあげてもよろしくてよ?」
たとえ恋人でなくても、彼は私の為に全力で応えてくれる。本人は安い安いと言っているけれど、その命でさえ懸けてくれる。仲間として、友人として、力になってくれている。
私は、愛されている。
◇
子供のすすり泣く声が聞こえる。
いち早く立派な大人になろうと、普段は寡黙で実直で勤勉に振る舞う、彼が泣いている。年相応に泣きじゃくっている。
私はウリを慰めていました。
音弧とウリの模擬戦は熾烈なものになりましたわ。
初動は地の利のあるウリが強襲し、猛攻を仕掛けましたの。音弧の居る真下の部屋から。
彼の異能力は『
しかし、音弧も歴戦の戦士。死ぬことを禁じても、それなり動ける。たった数合の打ち合いで攻撃の性質を理解した彼は、教導を始める。手始めにと相手の攻撃をすり抜けて、一太刀浴びせる。ナイフによる斬撃が籠手の継ぎ目に一条の塗料をつける。手首を切られた痕。次々とウリの関節が急所が音弧によって切り刻まれていく。
舌戦でも容赦なく追い詰めていく。彼我の差を実力で示し、理由を教え、弱さを指摘する。
そして、私を──『異能肉』を──思う気持ちさえ踏みにじる。「今のおまえ程度では期待外れだ。このままでは捨てられてしまうだろう」と。
ウリは追い込まれ暴走していく。攻撃は滅茶苦茶になり、精神も不安定になる。あろう事か、音弧はその攻撃を今度はワザと受け始める。致命傷と戦闘不能に直結する攻撃だけを避け、それ以外を少しづつ喰らう。……人間ってあんなにも穴だらけになっても動けるんですのね。知りたくありませんでしたわ。
そして最後にウリの攻撃は音弧の心臓を貫く。音弧の全身から吹き出した血が、ウリの体を余すところなく真っ赤に染めていく。そして抱きしめて耳元で呟くのだ。
「覚えておけ少年。これが『命』だ。これが『死』だ。これが『生きる』ということだ」
そうして音弧は事切れた。
……誰がここまでヤレと言いましたの?私でしたわ。なんというか、想像以上の狂気を見せ付けられましたわ。貴男、普段のギャグ補正はどこに置いてきましたの。
そして!役目を終えたからとそそくさとと帰って!後始末を手伝いなさい!いやいや、音弧が精神不安定なウリの前に立とうものなら、どのように暴走するか想像もつかないので、呼び戻せませんけれどもっ!全くもって厄介なことを仕出かしてくれましたわねっ!
血塗れのウリの体を綺麗に洗い、私専用の個室へと連れて行き、一緒のベッドに入る。優しく抱きしめてあげる。彼の健闘を称え、頭を撫でてあげる。
随分と長い時間が流れました。日はとっくに沈んで、既に消灯時間を過ぎていました。
「……なにも出来ませんでした」
震えた声でウリは言葉を搾り出す。私は黙って背中を撫でる。
「本来であれば、初手で負けてました。手首に鎧通しを決められた時点です。恐らくボクの拳はそれだけで使い物にならなくなっていた。その後の攻撃の全てが、ボクを殺すためではなく、解体するかのような冷酷さだった。足の腱に始まり、肘と膝、目と耳。その全てが逃げれなくするための攻撃だった。あれは……あれは……狩りだった……ボクは狩られる側でした」
殺したと確信した瞬間を『
一流の戦士、殺し屋であればあるほどに、どこまでやれば死ぬかを明確に理解しているもの。その感覚を狂わされるから、彼の奇襲は驚くほどに刺さる。そういう一芸特化の戦士と誤認しておりました。
しかし、あれは違う。その手法が『一番効率が良い』からですわ。一番簡単だからその使い方をしていただけだった。
そもそも、即死できる攻撃を選別して、割り込んで、即死する──その時点で色々おかしいのですけれど──なら反対に、ここまでなら絶対に死なない、死ねないこと理解していると言うことですわ。きっと、絶命するタイミングをずらして、呪いの発動タイミングをコントロールするのも可能なのでしょうね。
自身の死体を積み重ねる事で、積み重ねた殺しの経験値。そのノウハウは自身の体だけでなく、敵対者の体にも適応される……というわけですのね。
急に狂人の側面出してきますのね。貴男。
さて、どう慰めたものか。彼は『殺すことの恐怖』も『殺されることの恐怖』も一度の戦いで徹底的に叩き込んでくれましたわ。これ自体は私からのリクエスト通りの話。彼はそれを全うした。
だからこの先は私の問題ですわ。
私は過去にも同じように人殺しをした人をこうして慰めた事があります。私の愛する妹の事ですわ。
私はあの時、彼女の衝動的な殺人を受け入れて肯定した。「貴女は悪くない。正しい事をしたの」と。「貴女の殺しに慈悲は要らない。躊躇は要らない。それは自分も相手も苦しめるものだから」と。「あなたはこれから、もっと殺す。もっと強く、それが家の期待に応えることよ」と。
私は彼女が道を踏み外す事を赦した。私が、私の意思で、彼女を道から蹴り落としたのですわ。
しかし、今回はあの時とは違う。私は、私の意思で、彼を道に戻さなければならない。
「ウリ……彼との戦いは
「っ!?」
「いいのですわ。否定しなくても。……それは当たり前の感情ですの。
我々戦士は死と隣り合わせの人生を歩む事になりますわ。死なない為に誰かを殺す。そんな人生を……」
「……姉さんは嫌じゃないの?」
「もちろん、嫌ですわよ。私だって初めて人を殺した夜は、あなたと同じようにベッドの中で震えて泣いたものですわ。
……でも、私には泣き言は赦されなかったのです。伊能家の跡取りとして、御父様の意志を引き継ぐ為に。そんな風に意地を張っていたら……いつの間にか慣れてしまいました」
「だったら、ボクだって姉さんのように。姉さんのような戦士に……っ」
そうやって必死に縋る彼の唇を私の唇で塞いで言葉を止める。
『私のような戦士になる』それも悪くないでしょう。少なくとも、私を道標にすれば、私と同じ境地には辿り着けるのでしょうね。でも、それは『御父様のような戦士になろうとした私のようになる』ということですわ。
そんな道は彼には似合いませんわ。彼が歩むべきは、彼の道ですわ。
重ねていた唇が離れていく。ふふっ、大人のキスでしたから、彼、びっくりしてますわね。堪らなく愛おしくなってしまいますの。
「それは違いますわ。
……私は私。あなたはあなた。あなたの胸に沸き立つ気持ちは、あなただけのものですわ」
「わからない。わからないですよ。姉さんの話は難し過ぎる」
「答えなんて無い問題ですもの。当たり前ですわ」
「姉さんのいじわる……」
「あら、答えが無いなら自由に決めていいんですのよ?
少なくとも今日のあなたは、あの怪物染みた彼を殺せるくらい強くなったんですもの。
もう、私と始めて合った時の弱いあなたでは……瓦礫に埋もれた町の路地裏で震えているだけの弱いあなたではなくてよ。
だから、どうとでもなりますわ」
ただの偶然で拾った戦災孤児でしかなかったあなたですけれど、本当に、本当に、強くなりましたわね。
「……そうでしたわ。私、あなたにあげようと前々から決めていたことがあるのですの」
「……なにを?」
「戦士としての名前」
『亥』の戦士──『豊かに殺す』異能肉。戦場での名乗りは戦士の華ですわ。大概は、自分自身で決めることが大半ですが、一部例外として師から名付けする場合がごさいますの。
「『鋭く、殴る』。これからは『
「……今までと同じじゃないですか?」
「戦士としては未熟で子供ですもの。彼の言うように『瓜坊』ですわね」
「むぅ……せっかく姉さんに近づけてたと思ったのに」
「うふふっ……子供扱いが嫌なら、大人として扱ってあげましょうか?」
そう言うと私はベッドから身を起こし、着ていたシャツを脱ぎ捨てます。下着も取り払い、自身の胸を晒す。間接照明の淡いオレンジの光が私の素肌を照らしていましたわ。
「約束してましたものね?
彼に勝てたら、私の体を一晩だけ好きにしてもいいと。
せめて、私を抱いて一人前の『男』になってみますか?」
そして私は彼と褥を共にした。
とにかく我武者羅で、必死で、余裕がなくて、酷いものでしたわ。全身の引っかき傷に、噛み痕に、キスの痕、独占したくて堪らないマーキングの数々。
しばらくの間、他の彼氏との睦み事はお休みしないといけませんわね。
ですが、悪くありませんでしたわ。
私は、愛されている。
◇
何度も語ってきた話ではありますけれど、伊能家は三百年以上の歴史を持つ由緒正しき名家ですわ。
当然何代もの伊能家の英霊達がこれを支え、今日まで歴史を紡いできました。彼等の魂が安らかに眠れるように、伊能家の広大な敷地の片隅にはささやかな霊園が設けられております。その中には戦いの最中で命を落とした方もおり、遺留品さえ持ち帰ることすら叶わず、ただ墓石のみが建てられている物もありますわ。
私もこの霊園の末席に加わることが出来るのでしょうか。
ここに眠る、私の妹と同じように。
「……久しぶりね、清子。最後に顔を見せに来たのは、十二大戦の結末を報告に来たときね。
貴女にはどの面下げてやって来たのかと、罵声の一つでも上げられるかも知れませんけれども……」
霊園の中は伊能家が抱える庭師によって、丁寧に清められております。
私の妹はその敷地の片隅に埋葬されていました。先祖達の墓石と比べて、真新しくて少しだけ浮いていた。
私は、自らの手で改めて墓石を清める。水を掛け、布で軽く磨き、落ちた木の葉を払う。花束を添えて、線香に火を灯して、祈りを捧げる。
今日は彼女の命日ですの。
私が彼女を殺して、早くも二年が経とうとしていますわ。
今でも思い出します。
貴女が座敷牢の中で孤独に自害した日のことを。
貴女が殺人衝動をコントロール出来なくなり、屋敷の使用人達を切りつけて回った日のことを。
貴女が訓練に宛がわれた兵士を笑いながら殺すようになった日のことを。
貴女が嫉妬に駆られて、同級生を手に掛けた日のことを。
貴女が死刑囚を嬲って殺す事を覚えた日のことを。
貴女を殺して、全てをぶち壊すと決めた日のことを。
貴女が御父様に選ばれた日のことを。
「…………淑子?」
「……………御父様?」
随分と没頭していたのでしょう。ふと我に返ると、後ろには御父様が佇んでおりました。私と同じように墓参り道具を手に携え、花束を抱えていました。
「御父様も清子の墓参りでしたか?」
「………あ、……あぁ、そうだ」
私に引けをとらず、呆けた様子の御父様も私の隣に並ぶ。私は少しだけ隣を譲りました。二人並んで、妹の墓前に静かな祈りを捧げる。
チラリと御父様の様子を窺う。
(こんなに……小さかったかしら?)
単純な身長の話であれば、女性ながらに上背のある私と比べても、御父様の方が大きな体格ではあります。無論、腕を錆び付かせぬようにと、日々の鍛錬を怠る事もありません。
けれど、現役を退いてからは纏っていた覇気が年々弱くなっているように思えますの。
『亥』の戦士──『心血を注いで殺す』
それが嘗ての御父様の戦士として名でした。御父様の持つ能力『
「……淑子。仕事は順調か?」
「……万事抜かりなくですわ。御父様から頂いた仕事は問題無くこなせております。それもこれも全て御父様のお陰ですわ。
各地への遠征で忙しい私の為に、御父様が仕事の内容を調節していただいてるお陰です。
……本当に感謝しております」
「そうか……戦士の育成は?」
「先日、戦士候補生『ウリ』に格上との戦いをさせる『実戦演習』を行いました。訓練後の精神も安定しているようですので、経過観察こそ必要ですが……彼、きっと強くなりますわよ」
「……そうか…………………恋人とは上手くやってか?」
「お小言はお断りいたします。
私の恋愛は、私の為のもの。いくら御父様と御母様であっても、到底受け入れられませんわ。
……ですが、皆さん私の事を大切にしてくれてますわ」
「…………………そうか」
そう言って御父様は空を見る。まるで言葉を探すように。
最近の御父様は、いつもこうですわ。何かを言い出そうとして、少しだけ考えて、躊躇って止める。昔の御父様と比べて、何かが違うような気さえしてしまう。
「……ねぇ、御父様?」
「……なんだ?」
「……どうして。……どうして、十二大戦に私ではなく、妹を……清子を選んだのですか?」
御父様は疑っているのではないか?私が妹を謀殺したことを。
確かに妹の死因は発狂し錯乱した故の自害。しかし、そのように仕向けたのは私ですし、最後の一押しとなる凶器を施したのも私。証拠を残すようなヘマをしたつもりはありませんけれど、何せ十二年の歳月を掛けて妹を壊しましたもの。どこかで疑念を感じる可能性は充分にあります。
私は無意識に服の内に隠し持つ小銃『
私は探りを入れる。息を呑む。
御父様は私の問い掛けに応えない。目を閉ざして、考えている。
大きく息を吸い込んで。吐き出す。
「……………そうだな。話さなければならないとは思っていたんだ。
ただ、決意する度に覚悟が鈍っていた。
だが、いい機会……なのかもしれないな……ここは、俺の『懺悔』を聞いて貰うには丁度いい」
「……懺悔?」
言葉の意味が分からなくて戸惑う私をよそに、御父様は頭を搔く、言葉を選び紡ぐ。
「……何から話せばいいか。
俺はな、今でこそ伊能家の当主をしているが、兄弟の中でも一番出来の悪い戦士だった」
「……出来の……悪い?」
「力こそ強いが、冷静さに欠ける。喧嘩っ早くて、落ち着きがない。兄弟子や弟弟子たちに比べて、思慮って奴に欠けてる戦士だった。
自分の我が儘で、頭に血が上って、突っ走って、周りに迷惑を掛けてばかりのクソガキだったよ。
上に立つ立場になっても、癖は中々直らなかった。カッとなって、手を上げてしまうことも少なくなかった。
おまえや母さんにも……数多く迷惑をかけたな。お前たちを俺なり愛しているつもりではあったが、至らない事ばかりだった。自分を変えたいとさえ思っていた」
そんなことはありません。私はしっかりと御父様からの愛を感じていましたわ。
御父様が与えて下さった、戦士としての手ほどき。暴力的で、過激で、容赦の無い、そんな虐待とさえ思える程の指導でしたけれど、少しでも私を強くするため、少しでも私が生き残るため、そう願って施された事は分かっています。
「だから、俺は願ったんだ。『冷静さが欲しい』と」
御父様の表情が僅かに歪んだ。
「伊能家の当主に……十二大戦の代表に選ばれたのは多くの偶然が重なった。兄弟達が戦場で力及ばず斃れ、一部は病に伏した。
十二大戦に臨む俺でさえ、他の兄弟達と同じように死ぬと思っていた。だからこそおまえには俺が与えられるものは、出来うる限り与えてから逝こうと決めていた。
死ぬ覚悟こそ決めていたが、初めから勝負を捨てる気は無かった。勝つつもりでいた。頭が無いなりに策を労して、全力を注いだ。心血を注いだ。結果として、運良く生き残った。俺は勝ち越したんだ。
だからこそ願ったんだ。心は熱く。しかし、思考は冷静沈着に……そんな俺になれるようにと。『
御父様が十二大戦で願ったものを初めて聞いた。しかし、納得の出来る話でもありますわ。
確かに、十二大戦の後、御父様の過激な性格は驚くほどに鳴りを潜めていた。戦いによる後遺症で、戦士としての生を終えたからこそ牙が抜けたと思っていましたが……。それ以上の意識改革があるとは思いもしませんでした。
ですが、理解出来ます。御父様は伊能家を舵取りしていかなければならない立場だった。しかし、上に立つ者として元の性分が邪魔をしていると考えていた。なら、直したいと思うのは当然のこと。精神の高揚が自身の『
「伊能家に帰ってきて。今後のことを考えて、冷えた頭で考えた。
そして決めた。……淑子。おまえを十二大戦に出すわけにはいかないと」
「……っ!何故ですかっ!!」
「おまえは優し過ぎる」
御父様の言葉に激昂し、そして直ぐに冷や水を浴びせられた。
「殺し有りの訓練の時、おまえはトドメを躊躇う癖が中々抜けなかったな。殺せる内に殺せ。それが出来ないと返り討ちに遭うからと、何度も忠告してきた。
だが、情に厚いおまえは、ついつい情けを掛けてしまう。手を抜く」
「ですが……それは克服しましたわ」
「そうだな。おまえはちゃんと自力で回答を用意したな。
自らの手で殺せないおまえは、別の物を介して殺す事で自身の精神負担を緩和した。
だからだ。殺す手段を手放さなくなった。銃を手放せなくなった。弾込めの瞬間さえ惜しむようになった。だからこそ『
私自身でさえ理解していなかった視点だった。
銃は引き金を引くだけで、弾丸が銃身から飛び出す。引き金を引く力の強弱に問わず、凶弾は確実に対象の命を奪う。使い手が女だろうが子供だろうが関係ありませんわ。
それが剣なら、或いは拳ならどうか。
躊躇一つで仕損じる。私が命を落とす。
「清子との合同訓練の時もそうだったな?……手柄を……トドメを少しつづ妹に譲っていたが、それはおまえは自身がトドメを刺すことを忌避している事に気付いていたか?いや、すまない。それを咎めたいんじゃないんだ。
ここまでやっても優しさを捨てられないおまえでは十二大戦で勝つ事が出来ないと思った。死ぬだけだと思ったんだ」
「だから……清子を……捨て駒にすると決めた」
……………は?今、なんと言いましたか?
「………今……何と言いましたのっ!」
「清子を十二大戦に推した理由だ」
「巫山戯ないで下さいましっ!あなたは、……あなたはっ!私の妹をっ!清子を死ぬと分かって送り出す気だったと言うおつもりですかっ!?」
思わず、御父様の胸倉を掴み上げていました。それくらいで御父様の体が揺らぐようなことはありませんでした。まるで巨木のようにしっかりとした体幹で、私の勢いが殺される。
「おまえと清子。戦闘技術だけを言えば、おまえの方が圧倒していた。私の教導を全て受けきり、耐えきり、努力を重ねた。一日の長があった。
だか、殺しの精神は清子の方が優れていた。殺しに対して冷酷になれる素質を秘めていた。戦闘技術については、まだ12年有るんだ。十二大戦に耐えられる水準に押し上げる見込みがあった。
淑子……。おまえにはその優しさで妹を支えて欲しかった。戻ってくる理由になって欲しかった。戦う理由になって欲しかった」
妹の十二大戦行きが決まってから、伊能家のバックアップとしての教育の比重が増えた理由。そこに込められた思いを私は誤解していた。
例えるならば『私』と『牡丹』だ。
『戦う者』と『守る者』。御父様は『守る者』の役割を私に期待していた。優しいから。適任だから。
私は湧き上がった怒りを保つことが出来ませんでした。最早自分の足で立っているのかも不確かな有り様です。
「以前の俺とは違う。教導の匙加減はより慎重になった。根性という面で未熟だった清子の限界を超えないようにギリギリの調整を続けてきた。強くなる最大効率を求めてきた。
だが、俺の目算は狂った。清子は狂い、あのような惨事を招いた。まったく、己の愚かさが嫌になる。
結局、おまえを十二大戦に送り出すしか選択肢が無かった。死ぬと分かっていて」
……違う。……違うのです。あなたの目算を狂わせたのは私なのです。清子を追い込み、限界値を超えさせたのは私なのです。
そう言えれば、どれだけ救われた事か。どれだけ裁かれた事か。
しかし、声が出ませんでした。
「……俺の懺悔はこれで終わりだ。俺の罪はおまえたちを導けなかった事だ。ふたりとも殺すところだった事だ。
……優勝者八名。俺には予想だにしない勝ち方ではあったが……。勝ちは勝ちだ。
俺の思惑も予想も全て覆したのだ、淑子……おまえは既に俺を超えているよ」
そう言って御父様は踵を返す。私の分の墓参り道具もまとめて手に取っていた。
「もし、よかったら…………嫌かも知れないが……恋人をウチに連れてきなさい。
思わず頭に血が上って、彼氏を殴ってしまうかも知れないから。気骨のある奴からだと……助かる」
御父様が去って行く。私は見送ることしか出来なかった。
「…………ごめんなさい」
……清子。
「……ごめんなさいっ」
私は勘違いしていた。私は選ばれなかったんじゃなかった。守られていた。別の役目に選ばれていた。
私はそれに気が付かなかった愚か者だった。
私は………。
私は……。
私は、愛されていた。
後半に続く