※この作品はR-18です。

【二次創作】十三大戦【頑張って書いた】   作:セイントス

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『雀の涙』と申します。
 「極僅(ごくわず)かな物」の喩(たと)えで御座いますが。その猛毒、微量と侮ること勿(なか)れ。
 男とは総じて、女の泪(なみだ)に弱い生き物ですから。


第三戦『鵜の目鷹の目仔猫の目』

「最強の戦士だって今日は調子が悪いかも知れない。

 最弱の戦士だって今日はラッキーデーかも知れない。

 要は、最終的に生き残れば…勝ち」

 戦士『酉』・庭取(にわとり)は遊歩道をゆっくりと歩く。丁度、先を行く戦士『猫』・音弧(ねこ)の後を追うように。

 その庭取の肩に一羽の鳩が留まった。それを見て彼女は微笑む。

「それじゃあお願いね……鳥さん達(・・・・)!」

 彼女が手にした鋤(すき)『鶏冠刺(とさかざし)』を振るうと、それに合わせて鳥の羽ばたく音が鳴り響いた。

 彼女が持つ異能力『鵜(う)の目鷹(めたか)の目(め)』は鳥類と意思疎通を交わし、視覚を共有することができる。一見偵察向きのような能力に見えるが、それは間違いだ。彼女の指示によって行動する鳥達は立派な兵士に早変わりする。

 バタバタと万雷の拍手のように鳴り響く鳥達の羽音、遠くの空から鳥達(かれら)の啼く声が聞こえる。空を覆う大群、いや最早大軍(・・)と呼ぶべきだろう。それに音弧が気付いた時には手遅れだった。

 

 空を舞う鳥のうち一羽が音弧へ向けて飛来する。それを察知して咄嗟に跳んで躱した所に二羽目が襲来し、その鋭い嘴(くちばし)が突き刺さる。

 鳥達は一羽また一羽と数を増し、音弧に攻撃を仕掛ける。頭を腕を背中を脚を耳を目を腹を鼻を脇をその鋭利な鉤爪(かぎづめ)と嘴で攻撃した。

 堪らずに音弧は走り出す。大通りから狭い路地裏、そして大通りへと敵達(とり)を振り切ろうと次々に進路を変える。しかし襲撃者はそれよりも速く、そして数が多い。

「『啄(ついば)んで殺す』……『鳥葬』」

 音弧は血を滴らせながら、それでも逃げる。重くなった足取りは逃走の体(たい)をなさず、ただの案山子(かかし)にもなりはしない。

 ついに男は地に伏せる。男の身体を貪ろうと飢えた鳥達が殺到する。弱々しくか細い音弧の断末魔が響き、それも直ぐに消えて亡くなった。

「幾ら『猫』さんが『不死身』や『超再生』みたいな特殊能力だとしても、肉一片骨一本に至るまで無くなっちゃえば流石に死ぬよね?」

 屍に群がる鳥達の山に歩み寄りながら庭取はそう口に出す。

 蘇らないかと心配しながら眺めていると、鳥達が音弧だったものの肉片と骨片を咥えて空へと飛び立つ。

「皆お腹が一杯になっちゃったみたいね…。

 またお腹が減ったらお願いねー!」

 そう言って彼女は鳥達に向けて手を振る。彼女にとって鳥達(かれら)は兵士であり仲間であり友人だ。美味しい屍肉(ごはん)さえあげれば、ほぼ無条件で彼女の指示に従ってくれる。

 敵味方の区別を見失った彼女にとって、明確に識別できる心強い味方だった。

「さて…っと。お目当てのお宝は…おっ!あったあった♪」

 鳥達が死骸の食べ残しを巣へと持ち帰るのを確認すると、彼女は後ろを振り返る。

 そこには先程まで人だったモノ。戦士『猫』が撒き散らした真新しい鮮血と、それの染みこんだ衣類だったものの切れ端、装備類一式、そして猛毒の宝石が落ちていた。彼女はその宝石『獣石(じゅうせき)』を拾い上げると、近くの街灯に照らして光らせる。

「ふふっ!これで早くも二つ目!順調順調!」

「嬉しそうだね?何か良いことあった?」

「ぴゃん!?」

 庭取は何者かに脇腹をチョンと突かれると、驚いて小さく悲鳴を上げながら飛び退いた。

「……えっ…嘘…なんで…?」

「いや-これでも随分長いこと生きてきたつもりだったけど、生きたまま鳥葬…もとい猫の踊り喰いにされたのは初めての経験だなぁ。

 まあ、二度と御免被(ごめんこうむ)りたい死に方だけど…」

 庭取の血の気が引き、顔が真っ青になる。目の前に居たのは間違いなく鳥達に喰われて死んだはずの戦士『猫』だった。

 ふと視線を彼の足下付近に向けると、先程まであったはずの無残な殺人現場は跡形もなく消えていた。

 何の悪い夢だ。確かに戦士『猫』(このおとこ)は死んだ。しかもその身一つ残さずに散り散りにしてだ。なんだこいつは死霊か妖怪の類いかと庭取は恐れ戦(おのの)く。

「んー?その鳥の羽根の髪飾り、派手な色合いに露出度の高い衣服…間違い無い。

 『酉』の戦士…夜鷹(よたか)だな!!」

「庭取ですっ!?」

「えーっ!?」

 唐突な勘違いに場が一気に白ける。何とも気の抜けた驚き声にこちらの気概まで削(そ)がれる気分だった。

「そんな格好なのに違うの?」

「なんでですか!?服装関係ないでしょう!?」

「それでお嬢さんは幾らで買えるの?その宝石で足りる?」

「何の話をしているんですかっ!?」

「なんだ…ちぇっ…」

 音弧は心底残念そうに立ちあがると、改めて向き直る。

「じゃあ改めて自己紹介からやり直そうかな?

 『猫』の戦士──

 『好奇心で殺す』音弧」

「と…

 『酉』の戦士──

 庭取…だよ?」

「よろしく夜鷹」

「庭取ですぅ!?」

「そういえばお嬢さんも『申』の戦士の和平に賛同してたよね?」

「え?…えぇ…」

「じゃあ仲間だ!仲間!」

「は?」

 動揺する庭取を余所に音弧は彼女に無防備に歩み寄り、手を取ると勝手に握手を交わした。

「やっぱりあの『卯』の人が居たら心配で参加出来なかったよね?でも今なら『卯』は居ないし、『申』の戦士の所に再合流すれば協調出来るかも!」

 庭取は『卯』の戦士を排除(・・)したのはお前自身だろうとツッコミたくなるのをぐっと堪える。

 いずれにしても一度信用させてから背後から騙し討ちしてやろうと考えて賛同したものだから、彼女は少々後ろめたい気持ちになった。

「取り敢えずお腹が空いてきたなぁ…。

 御飯でも探して一休みしようか?」

 そう言うと音弧は庭取の手を引いて歩き出す。彼女は勢いに負けて黙って着いて行くことしか出来なかった。

 

 

◇

 

 

「コンビニって便利だよね-?二十四時間やってるし、食料だけじゃなく着替えに文具、オマケに生理用品まで手に入るし、後お金も下ろせるし、ついつい足を運んじゃうんだよなぁ。

 特にこのホットメニュー!本当は買うつもりなんて無かったのに、レジの前に立つと無性に買いたくなっちゃって、無駄遣いだーって分かってるのに唐揚げとかフライドチキンとか買っちゃうんだよなぁ…。あ、ごめん。鶏肉食べないよね?『酉』の戦士だから…」

「い…いえ、カラスは雑食で他の鳥さんの死骸を食べたりするし、鷹は雀を捕まえて食べたりするので特には…。あ、でもどちらかと言うと豚肉や牛肉の方が食べること多いかも…」

 二人は無人と化した都市を歩き、偶々見つけたコンビニエンスストアに立ち寄ることに決めた。

 どうでもいい戯(たわむ)れをしながら音弧は店内のオニギリやお弁当、そして飲料水を漁る。庭取は相づちを打ちながらその様子をじっと眺めていた。

「あ、あの…貴方いったい何なんですか?」

「何…とは…?」

 庭取の問いかけに対して音弧は一度手を止め振り返る。そして、今一度質問の意味を問いただした。

「貴方なんで死なないんですか?

 あのルール説明の時にお腹を切り開いても、『亥』の戦士に蜂の巣にされても、焼かれても、『卯』の戦士に斬られても、鳥葬されても…。

 なんの仕掛けがあって生きてるんですか?」

 そう怯えた声で改めて真意を問いただす。常識を考えれば本当に理解できない光景だった。なんといっても死んだのに死なないのだ。余りにも彼の存在が謎で恐くて仕方なかった。

「…『生死半々(シュレディンガー)』」

「…はい?」

「俺の『呪い(・・)』の異能力(ちから)の名前。まあ、便宜的に付けたモノなんだけどね…。

 量子力学の思考実験『シュレディンガーの猫』って知ってる?まあ細かい話は専門家に任せるとして…。

 大きな箱の中に『猫』と『放射性物質』と『放射性物質検出器(ガイガーカウンター)と繋いだ毒ガス発生装置』をまとめて入れて、中が見えないように蓋をする。

 すると「放射性物質にガイガーカウンターが反応することで毒ガスが発生して、中の猫が死んでいる状態」と「放射性物質が自然崩壊してガイガーカウンターが反応せず毒ガスも出ないため、中の猫が生きている状態」が50:50の比率で存在していて、それは蓋を開けるまで誰にも分からない…。

 俺のはそんな曖昧な生死の確率に干渉して「死」を強制的に「生」に切り替える異能力(ちから)なんだ。まあ、周りにはその現象が「さっきまで見てた映画がトイレに立った隙に別のフィルムに差し替えられるレベル」の違和感を与える訳だが…。

 とにかく「『死』の運命を強引にねじ曲げる」ってだけ分かればオッケーだよ」

 と、まああっさりと白状した。

「でも、死ぬときの記憶は残るんだよなぁ…おかげで臨死体験談(ガチ)には事欠かないけどね?

 何だったら『魔女狩り』にあったときの話とか『ファラリスの雄牛』の体験レポートとか聞く?」

「…い…いえ…遠慮します…」

 とんでもない奴に喧嘩を売ってしまったと庭取は冷や汗を流した。この音弧は『不死身』よりもたちが悪い、『死を無視する無死にする』戦士だと言うのだ。

 そんな男に手を出したんだ。どんな報復を受けるか分かったものでは無い。

「ああ、一回殺されたくらいで怒ったりしないよ。死の感覚に緩く(・・)なってるからさ。

 …ん?なんで『亥』のお姉様や『卯』の戦士に殺されたこと知ってるの?それにさっきの『鳥葬』…もしかしてお嬢さん、鳥を操る異能力かな?」

「は、はい『鵜の目鷹の目』って言って…鳥さん達と意識疎通をしたり視覚を共有したり出来るんです」

 はて、何故自分の情報を馬鹿正直に相手に伝えているのかと、庭取は疑問を抱いた。そんなもの適当に誤魔化してしまうべきでは無いかと。

 いや、違う。これは従順にして相手のご機嫌を取るためのものだ。相手を刺激しないためなんだと言い訳をした。

「へぇ…素敵(・・)だな」

「へ?」

「鳥さんとお話出来るなんて御伽噺みたい(メルヘンチック)じゃないか。それに頼れる味方が居るってのは心強くて安心感のあるものだぞ?」

 その何気ない言葉に衝撃を受けた。今まで敵も味方も分からないと考えていた庭取の無意識と無自覚を突いた盲点。自分が使役した兵士(とりたち)こそ、彼女の揺るぎない味方だったと言う事実。

 

「あの…」

 会話を続けようと庭取が口を開いた所でコンビニの入店音が流れて、遮られた。二人が入り口の方を振り向き警戒すると、そこには一人の戦士がいた。

 戦士と言うには若すぎる少年だった。歳は二十歳(はたち)前の恐らくは学生身分くらいだろう。身体は細身にしっかりと鍛えた筋肉質。装備は腰に差した長剣と、最低限度急所を保護したプロテクタースーツに、鼠の耳の形にも見える白いヘッドギア。何よりその顔付きは寝ぼけ眼に気怠そうな雰囲気を纏っていた。

「よう、お二人さん。戦うつもりは無いから、それ下ろしてくれない?」

 やる気を感じさせない口調で戦士が穏便に事を運ぶように頼むと、音弧は素直に構えを解いた。しかし、庭取の方は警戒を緩める気にはならずに鶏冠刺を戦士に向けている。

「俺達は仲良くコンビニデートしてたわけだが、そちらさんは俺達に用事?」

「別に?ここで逢ったのは偶然だ …。

 俺もアンタ達みたいに食べ物を漁りに来ただけ」

 音弧はさり気なく庭取の前に立ち位置を変えながら目の前の戦士に問いかける。

 一方、新しく来た戦士は買い物カゴを手に取ると彼らの横に立ち、同じように食べ物を吟味しだした。

「まあ折角逢えたんだ。名乗っとくわ…。

 『子』の戦士──

 『うじゃうじゃ殺す』寝住(ねずみ)」

「『猫』の戦士──

 『好奇心で殺す』音弧

 んでもってこっちが『酉』の戦士・夜鷹」

「庭取ですぅっ!?もうワザとですか!ワザとですね!?」

 既にボケとツッコミとして完成しつつあるやり取りをする男女二人。そんな馬鹿二人にふーんと寝住が興味なさそうな相づちを打った。

「そういやアンタ達…あの時、手を上げてたよな?」

 ふと思い出したように寝住が問いかける。あの時とは、大戦開始直後『申』の和平案に賛同の意を示したことについてであろう。細かい理由はともかく音弧も庭取も賛同した仲間である。

「そう、和平案賛成派。俺達も出来れば大戦を平穏無事に進めたいな。

 …なあ、その話題を振ってきたってことは君は他の賛同者見つけたのか?」

「アタリだよ」

 寝住はカゴの中の食料をレジカウンターに備えられたレジ袋に放り込んでいる。そして店から出る直前に振り返り、誘いの言葉を投げ掛けてきた。

「…着いて来なよ。『申』の所まで連れてってあげる」

 

 

◇

 

 

 こつりこつりと静かにゆっくりと、気配を気取られないように慎重に、地下鉄道への階段を降りる。

 身長二メートルを悠々と超える圧倒的な巨躯の男だった。最低限度の薄着に近い衣装は、その下から大質量の上質な筋肉を覗かせる。装備らしい装備は頭に被った赤銅色(あかがねいろ)の西洋騎士風の兜に、手首から肘にかけて取り付けられた半手甲(はんてっこう)…否、鈑鉄鋼(はんてっこう)。

 四面四角張った輪郭に寡黙そうな顔付きと相俟(あいま)って、厳格かつ温厚そうな雰囲気を纏っている。

「ぬおっ!」

 そんな男が自動改札口のセンサーに引っかかり、情けないような驚いたような仕草をするものだから、少しばかり愛着も出てくるというものだ。恐らく厳(いか)つい外見とは裏腹に小心者なのだろう。

 戦士『午』である迂々真(ううま)は大戦開始直後にその場を離れることにした。足場を崩した者が存在したということは、何者かが血気(けっき)盛んに早々に、戦闘を開始しようとした証明。自らの安全確保のためにも距離を置くしかないと苦渋の決断を下したのだ。

 彼はこの後の方針に悩まされる。しかし、既に気持ちは決まっていた。

(不要な争いなどしたくない…)

 そもそもの話。彼は自らの無力を…無力により命を失う事に怯えて、力を手に入れたのだ。

 元軍人だった彼はかつて任務の最中に孤立無援となり、命の危機に瀕したことが契機だった。以降、彼は積極的に己の体を鍛錬した。挙げ句には投薬実験・肉体改造にも手を出し、現在の剛健な身体を手に入れた。

 生きることは戦うこと…いや、生きたいから戦わなければならない。それを地で行くような男だった。

(あの中で一番の強敵は『皆殺しの天才』と名高い『丑』だろう。

 だか、彼も『申』の和平案に一度は手を上げた。あの場では協調がおじゃんになってしまったが…もしかしたら、同じ穏健派として手を結べるのでは無いか?)

 最も強い戦士を味方に取り入れることが出きれば、確かに当面の平穏は手に入るだろう。

 しかし、それが終盤になればその最強たる味方と1対1の決戦を繰り広げなければならなくなるリスクを計算しているのだろうか。

 戦い・勝ち・生き・残る事を前提にするならば、『丑』を謀殺出来なければ追々詰む(・・)。『午』の戦士の考えにはどこか甘さがあった。

(どうにか合流する術は無いものか…)

 長い地下道を慎重に先へ進むと、地下鉄のホームの光が差し込む。暗がりで不安を感じていた心情に少しばかり安堵が充(み)たされた。その安堵が更に大きくなる。

 

 目の前に立つ長身の男。黒い長髪に立派な二本角を頭に付け、濃紺色の闘牛士(マタドール)の意匠をあしらった衣服に、シンプルな装飾の西洋式片刃刀(サーベル)。

 彼の背後から差し込む強い照明に逆光し、顔を見ることが出来ないが間違いなく戦士『丑』だろう。

 迂々真は右手を挙げて挨拶を交わす。しかし、その直事後に強烈な違和感を感じた。

「『丑』の戦士──

 『ただ殺す』失井(うしい)」

 早足で歩み寄る彼から尋常ならざる重圧(プレッシャー)を感じた。

「う…

 『午』の戦士──

 『無言で殺す』迂々真」

 失井から放たれる気迫に物怖じしないよう、取り繕いながら名乗りを交わす。暗がりから覗かせた彼の顔を見た瞬間に戦士の勘が警鐘を鳴らし、武器を抜刀した瞬間に確信に変わる。

 迂々真の肌から冷や汗がブワリと噴き出した。

「っ!?」

 迂々真は直感に従い半手甲を前方に防御の構えを取ると、間髪入れずに腕に衝撃が叩き込まれた。金属の振動が骨身にしみて、攻撃の鋭さを充分に理解させた。

 更に戦慄(せんりつ)を覚えるのは刺突が放たれた着打点。左の腕の中心部、その奥には心の臓が有る場所だった。

 初擊は何とか凌(しの)いだ。しかし失井の行動の切替は早い。呻き声一つあげる暇さえない迂々真に、直ぐさま追撃を加えるべく失井が肉薄する。唐竹割りに縦一閃、水平斬りに横一閃、袈裟斬り、逆袈裟、切り上げと瞬(またた)く間に数手斬擊を繰り出す。

 迂々真は戦士として鍛え上げた力を頼りに敵対者の繰り出す連擊を弾き、捌き、躱す。石柱や電車のレールが切り裂かれる中、ひたすら耐えた。

「……成る程、硬い。

 それが君の戦士としての能力かね?」

 徹底的に鍛え上げた肉体と堅牢な防具を合わせて練り上げた防御術『鐙(あぶみ)』。この鉄壁の鎧(よろい)の様な守りこそが『午』の戦士・迂々真の取得した能力(ちから)だった。

 因(ちな)みに命名の際に『鎧』と『鐙』を書き間違えたのは秘密だ。

「ではその防御術がどの程度のものか…試させて貰おう!」

 戦士『丑』・失井は攻め手を変える。高速の刺突による連擊。迂々真の防御を擦り抜けて肌に傷を付けた。

 真っ向から突き付けられる『死』という名の絶望。迂々真は恐怖心を覆い隠すように雄叫びを上げ『皆殺しの天才』に立ち向かった。

 

 

◇

 

 

「…随分な処(ところ)を隠れ家に決め込んだなぁ」

「鼠と言えば暗くて狭い所と相場は決まってるからな」

「卑屈になるなって。…にしても下水道なぁ…。

 君はドブネズミ(ラット)よりかハツカネズミ(マウス)みたいな形(なり)してるのにな」

「ほっとけよ」

 マンホールから地下に潜り、道とも呼べない配管の迷路を渡る。汚水の混じり合った臭気に鼻が曲がりそうになりながらも、先導する『子』の戦士・寝住の後を追いながら音弧と庭取は歩く。

(…鳥さん達が入り込めない。私も知らない場所)

 庭取は現在の自分の状況を整理する。狭く入り組んだ地下道の構造は、一番の頼みの綱である『鵜の目鷹の目』が使えない。これは痛手としか言う他ない。まともな戦力と言えば、手にした鶏冠刺と戦士『戌』・怒突(どつく)から投与された秘薬『ワンマンアーミー』による肉体強化。

 もしも話が拗(こじ)れようものなら、この先に居るという『申』に加えて『子』と『猫』…三名を纏めて相手取らなければいけない最悪の状況も想定しておく。女尊男卑主義者(フェミニスト)たる戦士『猫』がどう転ぶか不明だが、不用意に敵対する事態だけは避けねばなるまいと決めた。恐らく次は無い。唯一突破口があるとしたら。

(警戒の欠片も無いガラ空きの背中…)

 こちらが胸の内に秘めた悪意に無頓着な事だろう。相手が隙を曝してくれるならば重畳。最悪不意打ちで一人は倒せる。

 

「ん?おかえりー!…ってあれ?」

 下水道を奥に行くとその先に一人の人影が見える。こんな暗がりでわざわざペンライトを持ち込んで読書に耽る、眼鏡をかけた女性だった。短く明るい色合いの茶髪を邪魔にならないように後ろに撫でつけ、そこにヘッドフォンを装着。軍服の上着に下は動きを邪魔しないように身体のラインにピッタリのショートパンツにハイソックスとブーツ。トレードマークの巨大なバックパックはレジャーシートの片隅にポツリと置かれていた。彼女こそ和平案を提示した『申』の戦士だ。

 寝住は彼女に手に入れた食料を渡すと新しくやって来た音弧と庭取を放り出して、仮眠しようとしていた。申はそのいいかげんな振る舞いに呆れはしたものの、仕方ないと諦めたようだ。

「それじゃあ自己紹介するわ。

 『申』の戦士──

 『平和裏に殺す』砂粒(しゃりゅう)」

「『酉』の戦士──

 『啄んで殺す』庭取」

 音弧からの妨害もなく無事に挨拶を交わせたことに安堵していたら、この猫(ばか)は性懲りもなく悪さをし出した。

「『猫』の戦士──

 『好奇心で殺す』音弧

 よろしく砂粒のお姉さん」

 そう言いながら音弧は歩み寄り、砂粒にハグで挨拶を交わす。そのまま流れるように彼女の全身を撫で回し始めた。

「ふむふむ…ゴワゴワした軍服の下だから分からなかったけど、やっぱりかなり鍛えてるね?女性の柔肌の下に隠された良い筋肉だ。

 しかし…この無駄の無い筋肉…格闘技?いや、合気道とか柔術の辺り?とにかくあれだけ(・・・・)の事が出来たのも納得だな……おろ?」

 背中に肩に二の腕、腰回りに太股と子どものように自制無くペタペタと触診する音弧。

 その手が尻に伸びようとした次の瞬間だった。音弧の視界がぐるりとうねり、天地が一転した。何が起きたのかと目を白黒させていると、突如音弧の右肩に激痛が走った。

「これでも護身術程度には鍛えてるからね。…でも、女性相手にその傍若無人な振る舞いは看過できないわねー?」

「イタイイタイイタイイタイ!?

 決まってる!関節極まってるから!ぎゃああっ!」

 目にも留まらぬ早業で砂粒は音弧を投げ飛ばし、そのままうつ伏せ寝にして組み敷く。右手首を取ると捻り上げ、瞬く間に制圧した。先程までの温厚そうな口調に声色で笑顔を崩さずに諭されるのは、少しばかり恐怖を感じる。

 肩の痛さに音弧は悲鳴を上げ、空いた左手で地面を叩き降参の意を示している。あまりにも情けなく滑稽な様に先程までの人外染みた姿は欠片ほども無く消え失せていた。

 そんな様子を作り笑いで庭取はジッと眺めていた。

「ゃぁぁ…──……」

「反省してくれた?」

「……ぁぃ」

 音弧の断末魔がパタリと止まり、力無く四肢を投げ出す。

 手の穢れをパタパタと払い落とし、仕置きを済ませたらしい砂粒が庭取に水を向けた。

「さて…と、庭取さんも立ってないでこっちにいらっしゃい。今お茶を淹れるから」

「い、いえ…私はこのままでいいので……」

「…そう。

 …あの後皆がバラけちゃったから寝住くんと合流出来て、取り敢えず彼の裁量でここに隠れたんだけどね…」

 砂粒はこれまでの自分達の経緯(いきさつ)を語りながら、鞄から携行コンロとクッカーを取り出して茶を振る舞う準備を始めだした。

「あの時手を上げてくれた戦士と上手く集合出来ないかなって思ってたんだけど、よかった…まずはあなたと合流出来て…」

「私もうれしいです…うん」

 砂粒から安堵の息が漏れる。それに攣(つ)られるように庭取も穏やかに笑みを返した。

(ひょっとして…あの停戦勧告は『チームを作るための方便』とかじゃなく『本気』だったんだろうか?

 …いや、そんなわけ無い。そんなこと考えている奴が居るわけ無いもんね?)

 あの和平案に手を上げた戦士はここに居る『子』『酉』『猫』を除けば『丑』と『午』、そして『卯』。

 卯は明らかに統率を乱すのが目的だったし、庭取自身も砂粒の提案に全面的に賛同しているわけではない。丑と午だって何かしら含むところはあっただろう。

 ここに居る寝住と音弧でさえ、何を考えてるか分かったものではない。

(それにしても…この子、前にどこかで見たような気がしたけど…やっぱり気のせいだったみたいね)

 眠りこける寝住の顔を観察しながら、以前に感じた既視感について考える。しかし、記憶を引っ繰り返してみても欠片も見つからない。やはり勘違いだったのだろうか。

「庭取さん」

「へ?」

「ここまで誰か見なかった?今地上はどんな感じになってるの?」

「あっ…何人かは死んでます。私が知るだけでも『卯』と『戌』が殺されてます。最初に死んでいた『巳』を合わせると、もう合計三人も死んでいる計算になります」

「…そう、あれからもう二人も死んじゃったんだ…残念だわ」

 『残念』。砂粒が溢した意見に、庭取は受け入れがたいものを感じた。

 たとえ『不戦不殺』の決着を望んでいたとしても、そんな絵空事は実現など不可能だ。この大戦には各々戦士叶えたいものがあって参加しているのだ。是が非でも勝ちに来る相手という者がいる。

「…どうぞ、熱いから気をつけて」

「どうも」

 砂粒が沸騰した湯をステンレスマグに注ぎ分けるとその一つを庭取に差し出す。正方形の紙の繋がったタコ糸が垂れ下がるのを見るに紅茶の類いだろうか。

 庭取はそれを受け取ると、立ち込める湯気に息を吹き掛け、熱を冷ます。

「…大戦開始から既に三人の被害者。それでも砂粒さんの必勝法はつかえるんですか?」

「使えるわ。まだその詳細を審(つまび)らかにするわけにはいかないけど…」

 そう答えながら紅茶を一口含む。それに倣うように庭取も紅茶を飲む。すると優しい甘味が口に広がり、飲み込むと咽を通り胸を温かくした。

「…甘い」

「お砂糖は余計だったかしら?」

 そう言いながら砂粒は小腹が空いたらしく、寝住が手に入れた食料を漁り出す。裏側の原材料を眺めてウンウンと悩み出してしまった。

(隙だらけの無防備な背中…)

 無防備に晒された砂粒の背中を見て思う。このまま殺してしまえるのではないかと。自分では有り得ない光景に言い表せない感覚が込み上げてきた。

 『猫』が無防備なのは先程の説明である程度理解した。そもそも前提が違うから考え方が常人とズレ(・・)ているのだ。

 たとえ背中から刺されても死なないのだから、彼は死を警戒する必要が無い。だからなのかは分からないが一度や二度なら多目に見ることが出来るらしい。有る意味では『寛容的(かんようてき)な性格』と言えるかも知れない。

 しかし『申』と『子』は違う。刺されれば死ぬし、討たれれば死ぬ。なのに相手に無防備な背中を晒す。どうしてこの人達はいとも簡単に他人を信用することができるのだろうか。

 人を裏切り続けて生きてきた庭取には信じられないことだった。

「…残念ですが、私は貴意(きい)には添えません」

「…そう、残念だわ。

 でも気が変わったらいつでも戻って着てね。私はいつでも待っているから。

 どうかギリギリまで諦めないで…」

 真っ直ぐな瞳、誠心誠意語り掛けた砂粒の瞳が庭取を見つめる。彼女を案じて放たれた優しい言葉が胸を締め付けた。

 本音を言うなら、このまま信頼してしまいたい。しかし、それは出来ない。

 他人は裏切る者。他人は欺(あざむ)くモノ。他人は利用する物。そうして生きてきた彼女の根底に根付いた価値観が信頼(それ)を邪魔する。疑心暗鬼に心を掻き乱されるのは御免だった。

 庭取は一礼して元来た道を戻る。

「せめて、ご飯一緒に食べていかない?」

「………。

 いえ、お気持ちだけで……」

 

 最後に振り返って作った笑顔はちゃんと取り繕えていただろうか。

 

 

◇

 

 

(馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だっ!!)

 庭取は暴れ回る感情を怒鳴りつけるように頭の中で叱咤する。それでも気持ちは治まらずに、自棄(やけ)になりながら電柱を殴りつける。鈍い痛みが拳に返ってきた。

(本物の間抜けか私はっ!) 

 適当に話を合わせておけば良かったのにそれをしなかった。出来なかった。

 『強(したた)か』だった彼女の『強味』が発揮される事は無く。どうしてこんなにも惨めな姿をさらしている。

「…多分『ワンマンアーミー』のせいだ」

 一般に知られる覚醒剤等にも精神を高揚させる物や鎮静させる物等がある。恐らくはあの秘薬にも同質の働きがあり、それが庭取の肉体的潜在能力だけで無く精神にまで何らかの影響を与えてしまった。

 今にして思えば予兆はあったのだ。

 例えば『猫』と遭遇した直後。彼の纏う雰囲気は異質ではあったが、敵意は一切感じない。それどころか仄(ほの)かな好意さえ感じてしまった。そのせいか音弧からの質問は馬鹿正直に応えてしまったし、ノコノコと一緒に付いて回ってしまった。

 例えば『申』の毒気の無さ。親切や誠意、慈愛や友好。そんな目に見えない、触れることすら叶わない、訳の分からないものに自身(こころ)を掻き乱された。

「…愚かすぎる」

 胸が苦しい。

「強くなって…結果ナーバスになってどうするんだ!」

 

「一人かね?」

「っ!」

 声のする方を振り向くと、黒髪長髪の男性…戦士『丑』・失井が佇んでいた。

(ああ、もう、何で…)

 何でこんなタイミングなんだと庭取の表情が歪む。

「…「一人かね?」と聞いたんだが、仲間がいるなら紹介して貰いたいのだがね。

 ああこれは、何人掛かりでも構わないという意味だがね」

 改めて丑の姿を観察する。濃紺の衣服に混ざる赤い斑(まだら)模様、見間違う筈も無い。あれは血だ。

 既に交戦の後、いや噂に違わぬ実力者ならば殺しているのだろう。

「あ、あなた平和主義者じゃなかったの?」

「それは『申』の彼女のことではないのかね」

「あなたも手を上げた一人と記憶しているけど?」 

「あの時点では、確かにチームを組む意味はあったが…全員が離散してしまった時点で和平案は既に停頓したのだよ」

 『丑』の戦士・失井が静かに歩み寄る。思わず警戒して庭取は後退(あとずさ)りする。

(…どうする?幾ら何でも『皆殺しの天才』と正面から戦うのは愚かだ。鳥さん達もそろそろお腹が空く頃だろうし、一旦退いて立て直せば…。

 あるいは上手く丑に取り入って背後から…。今の私は『ワンマンアーミー』で圧倒的な力を手にしている。奴はその事を知らない…)

 庭取が戦術を構築していると、不意に失井が歩みを止め思案するように顎に手を当て考え出した。

「……?

 脈絡無く今の話が出たと言うことは…。ひょっとして『申』の彼女がこの近辺に居たりするのかね?」

「っ!?」

 咄嗟の行動だった。庭取は手にした鋤『鶏冠刺』を構えて失井に突きつける。先程までの構築した戦術全てをかなぐり捨てて、真っ正面からの敵対行動。実に彼女らしくない動きだった。

「おやおや?それはまさか、申を守るために戦おうと言うのかね?

 「ここを通るなら私を倒してからにしろ」かね?」

 失井の言うとおりだった。庭取はそのように自己犠牲の精神に溢れた人間では無いと自覚している。しかし、自身にも理解出来ない。なんでこんな突飛な行動に出てしまったのか。

(これもきっと『ワンマンアーミー』のせいかも…)

 庭取は手にした鶏冠刺に込める力が強くなるのを感じた。

「やめておきたまえ。そのモチベーションではきみは強くなれない。

 それはきみの『正しさ』ではない。誰か他の者の『正しさ』だ。きみは自分のためだけに戦うべきだがね?」

 呼吸が苦しくなる。強く握りすぎた手が震える。今にも絶叫を発しそうになる。それらを抑え込んで歯を食いしばる。

 庭取は困惑から抜け出せずにいる。失井が諭した言葉は『正しい』。何より「今までの価値観」に最も準じている。しかし、それに抗う何かがあった。

 

 

 そして自身、訳も分からずに庭取は戦いの口火を切った。

 

 

「『酉』の戦士──

 『啄んで殺す』…─」

「やめとけ、お馬鹿」

 

 

 極度の緊張。視野狭窄。

 後先、周りすら盲目鳥目になっていた彼女の胸を、音弧が鷲掴みにしていた。

 

 

「ぴゃあああああああああああっ!!?」

 想像すらしていなかった方面からの不意打ち。庭取が空高く木霊するほどに大きな悲鳴を上げた。

 それもそのはずだ。何せ、この変態(ねこ)はあろう事か庭取の水着のような胸当てに対して、下から布の隙間に滑り込むように掌を侵入させ、その生の感触を直に堪能していたのだ。

 日が沈み夜も更け、空気も冷えだした真夜中。外気に晒され冷やされた掌が、秘薬に焚き付けられ羽毛の外套に保温されて火照った身体に触れる。その温度差は彼女の緊張を一切合切吹き飛ばすには充分を通りすぎて過剰だった。

「うーん…。

 サイズは大きくなく小さくなく。手の平に収まり丁度良い(Just fit)。

 そしてこの張りと艶(つや)。極め細やかで吸い付くようにしっとりと潤った肌は真芯を捉える(Just meet)。

 極めつけは弾力。強く虐(いじ)めても負けじと押し返してくる中身がギッシリ詰まったボリュームミィな感触は正に好い鶏胸肉(Nice meats)」

 まるで熟練の鑑定士のように庭取の胸を吟味する音弧。

 それにしてもこの男、五分程前に申の仕置きを受けたばかりでは無かっただろうか。きっとこの馬鹿は死なないと治らない馬鹿なのだろう。最も、絶対に死なないのだから一生治ることは無いだろう。

「やめ…やめて…んふぅっ!?あん!」

「感度も良好、反応も好し。やっぱりお嬢さんは夜鷹じゃないかね?これ…」

「きゃん!?」

 優しく…時に強くに触れ揉み拉くと、彼女の小さな唇から甘い声と小さく吐息が漏れる。頬は赤く染まり、恥辱に塗れる。その艶姿(あですがた)は金糸雀(カナリヤ)のように可愛らしかった。

 しかし、お楽しみの時間は長くは続かない。

「いいかげんにぃ……しろーっ!!」

 秘薬『ワンマンアーミー』に強化された肉体は音弧の拘束を一瞬で振り解き、庭取は振り向き様に彼の頬に痛烈なビンタをお見舞いした。バチンと生きの良い音を鳴り響かせ、顔に鮮やかな紅葉(・・)を貼り付ける音弧。そのままバタリと地に伏せた。

 その光景に先程まで敵対ムードだったはずの失井まで呆然としていた。

「なんなんです!?なんなんですかあなたはっ!?

 隙あらばセクハラばっかり!訴えますよっ!!」

 乱れた着衣を必至に直しながら、庭取は音弧に抗議の声を上げる。目には涙を滲ませ、顔は赤く、怒り心頭していた。

「いやー余りに胸を苦しそうにしてたから、優しく揉みほぐしてあげたんだよ」

「余計なお世話ですっ!!

 第一なんでここに来たんですか!目の前の事態見たら逃げ隠れするでしょう!普通!」

 冗談めかして音弧は弁明する。内容は屁理屈も良いところだ。それに何故、彼はこの状況に首を突っ込んできたのか。

 庭取が音弧の立場なら、隠れて様子を疑うところだろう。

「決まってんだろう…」

 音弧はゆっくりと立ち上がる。落としたカンカン帽の土埃を払い落とすと、それを被り直して言い放つ。

「今にも泣き出しそうな女の子を目の前にして、俺が黙っていられるわけ無いだろう!」

 真っ直ぐな瞳に満面の笑顔。頬に張り付いたビンタの跡がどうにも締まらない。それでもまぶしく見えた。

 

 どうしようも無く女の事が好きで…。

 どうしようも無く女に甘えたくて…。

 どうしようも無く女を大切にする…。

 

 音弧という男は、本当にどうしようも無い男だった。

「さて…すまないな『丑』の旦那。今このお嬢さんは絶不調だ。悪いが俺と遊んでおくれよ。

 勿論タダ(・・)でとは言わないからさ」

 そう言うと音弧は手の平から紫闇色に輝く猛毒の宝石を二つ取り出す。

「あっ!私の!?」

「一つは俺のだけど…もう一つは察するに『戌』のか?お嬢さん意外とヤリ手だなぁ」

 先程胸を揉んだ一瞬の間で、音弧は庭取が隠し持っていた獣石を盗み取った。なんと手癖の悪い…いや、悪いのはもとからだった。

 音弧は手にした獣石を二つ立て続けにペロリと呑み込んで見せる。

「うぷ…やっぱり胃がゴリゴリする倍ゴリゴリする。

 俺に勝てたらお腹の宝石をなんと二つもプレゼント!やったね!ボーナスステージだよ!」

 音弧は腹を撫でながら戯(おど)けた仕草で失井を挑発する。その様子を見て、失井は眉一つ動かさずに憮然と眺めていた。

「……二人掛かりでも構わないのだがね?最も…二人とも逃がす気は無いのだがね」

「冗談!自分の力量くらい弁えているさ!

 旦那が相手じゃあ精々足止めが関の山だろう…てな訳で、お嬢さんは逃げて。きっと長くは保たないだろうからさ……。

 さあ!ここは俺に任せてお前は先に行けぇぃっ!」

「死亡フラグぅっ!?」

 盛大にフラグを立てる音弧。庭取からの容赦ないツッコミが飛んできた。

「大丈夫大丈夫死なない死なない。殺しても死なないの知ってるだろ?」

「でも…」 

「そうだなーこの大戦が終わったら結婚しようなー」

「言ってる傍からっ!?」

 ここぞとばかりにフラグを立てに来る音弧に目眩(めまい)をおぼえる。こいつ絶対にふざけている。

「えぇい!さっさと行け!またセクハラされたいか!」

「あぁっ!もう!知りません!

 ヘンタイさんなんてそこの丑にやられちゃえばいいんです!いーっだっ!!」

 半ば投げやりなテンションの音弧が手をワキワキと動かして威嚇すると、そんな態度が頭にきた庭取は激情のままに捨て台詞を吐いて走り去っていった。通りの角を曲がると影すら消えて見えなくなった。

 

「…さてと。無事人払いも済んだし、改めて待っててくれてありがとう」

 庭取が去るのを見届けると音弧は失井に向き直りナイフを構える。

 加えて投擲用の鋲を数本抜き取ると指の間に挟み込み、構える。

「ようやく茶番(・・)は済んだのかね?」

「おう済んだ」

「…にしても『猫』とはね。…初めに会ったときは『寅』か『戌』の戦士かと思っていたのだがね?」

「あの時はちゃんと自己紹介してなかったからな。悪かったよ。

 まさか十二支に遅刻するような奴が律儀に時間を守ると思わなかっただろう」

「まぁ、構わないがね」

 失井が刀の血を払い捨てると垂直に掲げ構えを取る。彼の準備が整った証だった。

 

 

「じゃあ改めて名乗らせてくれ。

 『猫』の戦士──

 『好奇心で殺す』音弧」

「『丑』の戦士──

 『ただ殺す』失井」

 

 

 名乗りを交わすと二人は同時に前に駆け出し、一瞬で肉迫した。

 




雀の涙ほどの解説


・第二話『猫も杓子も爪を研ぐ』について
 「猫も杓子も→どいつもこいつも」と言う意味。つまりは皆が戦いに備えていると言うこと。転じて物語の下準備をするという意味合いを兼ねている。
 枕詞に使った『猟ある猫は爪を隠す』・『能ある鷹は爪を隠す』は言うまでもなく音弧と庭取のことであり、次話で絡ませるための下準備でもある。
 また『猫』と『杓子』は、それぞれ『生物』と『非生物』の揶揄としても見ている。まあ、何が(・・)とは言いませんが…。




・『夜鷹』について
 江戸時代に実在した娼婦。現代風に言い換えるなら「援助交際をする女性」みたいなもの。時代劇好きな人なら多分知ってる。
 真夜中にあんな露出度の高いえっちい姿の庭取が悪い『だから僕は悪くない』。




・『ファラリスの雄牛』について
 マジキチ系の処刑道具。
 中を空洞にくりぬいた真鍮製の雄牛の像の中に処刑者を閉じこめて、ガシガシ火炙りにする。処刑者の断末魔が空洞内で反響し、雄牛の鼻の空気穴から漏れ出た声が牛の嘶(いなな)き声に聞こえる。エグい。
 因みに過去に音弧の体験したものはそれのレプリカ。





……え?知ってたって?
これは失礼しました。
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