※この作品はR-18です。

【二次創作】十三大戦【頑張って書いた】   作:セイントス

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『猫撫で声には油断が出来ぬ』と申します。
 甘い言葉に御用心。魅惑的な話の裏にはとんでもない秘密が隠されているものです。
 つまりは『旨いことは二度考えよ』と言うことでしょう。


第五戦『羊の皮を被り、猫を被る』

 地下の下水道。戦士『申』・砂粒(しゃりゅう)は暇潰しの本を読みながら時間を潰す。しかし、集中出来ずに活字が流れる。内容が頭に全く入ってこなかった。

「…ちょっと言い過ぎちゃったかなぁ」

 読書を諦めて本を閉じると溜息を一つ吐いた。そして視線を協調している仲間に向ける。

 戦士『子』・寝住(ねずみ)は静かに寝息を立てている。このような環境でよく熟睡出来るなと感心しながらも、先程の自分の言葉を振り返る。

 砂粒が寝住に聞かせた説法。今振り返れば、あまりにも自分の価値観のみを押し付けてしまい、相手の言い分を蔑ろにしてしまった。特に「戦士としての資格が全然無い」と言ったのはやり過ぎのような気がした。

(それにしても『戦士同士の殺し合いにこうも積極的な戦士が多数居る』と言うのが不思議なのよね…)

 そもそもだ。この大戦に参加した戦士達は戦闘力以外に、地位も財もそれなりに持っている。つまり、ある程度の願いであれば地力で叶えるだけの実力を秘めているのだ。

 それでも戦士達は戦う。その願いが大戦でしか叶えられないような望みなのか。それとも他の理由でもあるのか。

(まぁ、強制参加だし…異案は無しだからなぁ)

 そこで思考を中断して立ち上がる。砂粒は次の方針を固めた。

「寝住くん起きて、私達も動くよ」

 砂粒は眠りこける寝住の身体を揺すって優しく起こす。彼が小さく声を上げて覚醒したのを確認すると、砂粒は広げていた荷物をしまい始める。その中で先程食べたオニギリやジュースの紙パック等の塵(ゴミ)類をレジ袋に詰め込み、鞄にねじ込んでいるところに彼女の律義さを感じる。

「もう動くのかい?砂粒のお姉さん」

「えぇ、これ以上様子見をしていたら、戦いが止まらずに行き着くところまで行き着いてしまうわ。

 ひとまず音弧(ねこ)くん達の様に仲間を集めましょう。救える人数を増やすために時間を稼ぐ必要があるわ」

 最後にレジャーシートを畳みバックパックのサイドポケットに入れると、砂粒はさっきより少し膨らんだ鞄を背負い直す。

 そして寝住を先導するように歩き出した。

「…それで、当てはあるのか?」

 欠伸を噛み殺しながら寝住は砂粒の後ろを歩く。

 寝住の疑問はもっともだ。一口に「他の戦士を探す」と言っても、大戦のバトルフィールドはこの大都市丸々一つ。この広大な敷地面積を隈無く探すのは『砂漠の中の一粒の砂金を探す』…とまで行かなくともかなりの苦労を要する。そのためにそれ相応の技能を所持していなければ無謀もいいところだ。

「ごめんなさい…正直な所、当ては無いの。でも、何もせずに息を潜めるのは下策なのよ」

「マジかよ…」

 残念な事に砂粒にはその様な技能は無い。辛うじて寝住であれば効率の良い捜索は可能かも知れないが、こちらも不確定要素が多すぎるため保証は出来ない。

 実はその手の技能に精通してるのは『辰』『巳』『酉』の戦士だったりする。特に音弧が後を追った『酉』の戦士・庭取(にわとり)程この作業に適した人材は居ない。考えれば考えるほどに非常に惜しい存在だった。出来るならば音弧には庭取を本気で口説き落と(せっとく)して貰いたい物だ。

「幸い今回の大戦のルールの性質上、遠くに移動する戦士は居ないはずだわ。お腹の猛毒結晶が邪魔をして、『遠くに逃げる』という選択肢を強制的に切られてる。

 つまり近隣で潜伏ないし捜索をしているのが大半よ。その上で、和平案に賛同してくれなかった人達にも今一度交渉(・・)してみましょう」

「おい…それ本気で言ってるのか?」

「勿論!救える可能性があるなら、私は何度だって手を差し伸べるわよ!」

 そう言って砂粒は明るい表情を浮かべて答える。

 砂粒の行動目的は和平案賛同者の合流のみで満足しない。常にその先を目指している。一人でも多く、一人でも平和的に、一人でも救う。彼女の信条は呆れ果てる程に途方も無かった。

「まったく。何時でもそうなんだな、あんたは」

「…何時でも?」

「何時でも、どんな時でもって意味だよ」

 そんな砂粒の底抜けの優しさに寝住が溜息交じりに答える。それでも彼はまだ彼女と袂を分かつ気は無い様だ。

「…ふふっ」

「…なんだよ」

「時々、寝住くんってヘンな事を言うよね?」

「そうか?」

「そうだよ!

 …でも不思議。私、寝住くんとは初めて会ったような気がしないなぁ。

 なんて言うのかしら?…「実は前から友達だった」。いや違うかな?なんというか「朝ゴミ出しに行くとよく会う、近所のオバサン」みたいな?」

「なんだよそれ、急に所帯染みたな」

「ふふっ、ごめんなさいね」

 他愛のない話に毒気の抜かれた二人は幾分か精神的に余裕を取り戻した。

 何せここには居ない一人の戦士が、今も自分達に陰ながら助力している。大丈夫、味方は居る、分かってくれる人は居る。

 砂粒には僅かにだが希望が見えた。

 

 長い梯子を登り、下水道から地上を目指す。そうして『行き止まり』に辿り着く。

 否、これは『扉』だ。地下と地上を遮る『マンホールの蓋』だ。この先には戦場が待っている。ここを出てしまったら、また地下に潜って態勢を立て直すなんて難しいかも知れない。それ程に十二大戦は生半可な物では無い。

「この先だよ。寝住くん、準備はいい?」

 砂粒は寝住に今一度覚悟を確認すると、彼は静かに頷いた。その答えに彼女は満足そうに笑みを作る。しかしそれも束の間のことで、意識を切り替えるようにキュッと口元を引き締めた。

「じゃあ…行くわよ」

 そう告げると砂粒は目の前の蓋に手を当てる。少しづつ力を込めて重厚な鉄塊を持ち上げると、蓋がズレて外から仄(ほの)かな淡い光が差し込んだ。

 久しぶりに見た地上は、相も変わらず夜のまま。しかし肺に吸い込む空気はどこか清涼的で、下水道との差を感じてしまう。

 街灯と月光に照らされた街並みは充分な程に光源を保っていて、見晴らしは良好…。

 

 

 頭上から迫る凶刃もよく見えた。

 

 

「っ!?」

 さながらモグラたたきでもするかの様に振り下ろされた大鉈。砂粒は咄嗟に頭を穴の中に一度引っ込めて、迫り来る斬擊をやり過ごす。

 そのまま素早く穴から飛び出し、襲撃者の顔を確認する間さえ惜しんで、相手の顔を蹴り飛ばした。

「死体っ!!?」

 しかし、砂粒は二度目の驚愕をするハメになる。本来ならば、蹴り抜くはずだった脚に全く手応え…いや足応えは無く、空(むな)しくも空を切る。

 それもその筈だ、何せその襲撃者には蹴り飛ばすべき頭など、既に無い(・・)のだから。

 追撃に繰り出された二度目の斬擊。それを砂粒は後ろに跳び躱す。それを追う様に駆け込んできた首無しの死体に、手首に一打、肩に一打、胸に一打掌底を当てて怯ませる。

体勢の崩れた所に組み付き勢いよく投げ飛ばすと、死体は高々と宙を舞い手にした刃が離れて宙を舞う。

 彼方へと飛んだ大鉈が地面に突き刺さると、現れたもう一人の襲撃者がそれを引き抜いた。その間に投げ飛ばされた死体は地面に受け身を取って着地すると、素早く今現れた襲撃者と横並びに立った。

「『巳』の死体に…『卯』の死体(・・)っ!?」

 砂粒の後を追って穴から這い出た寝住は目の前の光景に信じられない物を見たように目を見開く。

 目の前に居たのは大戦の最初に、その首を刎ねられた『巳』の戦士・断罪(たつみ)兄弟・弟、その死体。

 もう一体は兎耳頭に色々とアブナイ姿で目のやり場に困る『卯』の戦士・憂城(うさぎ)。しかしその腹は何度も刃で刺されたように血に塗れ、中から見えてはいけない物が見えてしまい、危険度に拍車が掛かる。彼も間違いなく死んでいた。

「…寝住くん。この状況どう思う?」

「「死体を利用するトンデモな技能を持った奴」が居る。恐らく『死体使い(ネクロマンサー)』…」

「だよねー…」

 ハズレだ。正解は『死体作り(ネクロマンチスト)』である。

 しかし、砂粒達が誤認するのも無理は無い。二人は本大戦に『死体作り(ネクロマンチスト)』の使い手、『卯』の戦士・憂城が居ることを知らされていない。

 

 庭取と音弧はトンデモないミスを犯した。それは憂城の情報を砂粒と寝住に伝えていなかった事だ。憂城は大戦直後に音弧の手によって殺されたため、大戦から脱落したものと認識していたのだ。

 だからこそ見落とした。戦士の保有する特殊技能は『歩く死体(ウォーキング・デッド)』になっても有効であると言う事実を。

 予想できる筈が無い。まさか憂城が「絶命する前に自らを『歩く死体(ウォーキング・デッド)』に作り直す」という荒技をこなすと誰が予想できようか。

 全くもって酷い兎(うさぎ)…否、卯詐欺(うさぎ)と言うべきか。

 

「来るよっ!寝住くん!構えてっ!」

 具体的な作戦を立てる暇さえ無い。既に戦いの幕は上がってしまった。

 首無しの死体・断罪弟が、背中に背負ったタンクから伸びるノズルに手を伸ばす。そして発射口を砂粒・寝住の二人に向けると、視界が真っ赤に染まる。

 彼の背に乗せられた特殊仕様の火炎放射器『人影(ひとかげ)』が真紅の炎を吐き出した。

 

 

◇

 

 

「今宵お集まりの有力者の皆さん。

 この『十二大戦』は『戦争の為の戦争』。『大金』と『人命』と『環境』という犠牲を払いながら行われる『戦争』を十二年に一度、僅か十二人の戦士達の戦いに集約する『代理戦争』にて御座います。

 皆様方がお持ちの国家を極めて公平(フェア)に、実に穏当(おんとう)に取り合い、世界を治める高尚な賭け。

 戦いを繰り広げる戦士達が半分に減った時点で正式なBETとなります」

 とある地下の一室。中央中心に立体映像で映し出された小さな地球儀の下に、初老の紳士が美しい佇まいで立つ。

 周囲を眺めると幾つもの座席。その席には立体模型のように映し出された観戦者達が居る。本大戦に参加する有権者達だ。

 オペラハットのよく似合う紳士『ドゥデキャプル』が改めて瀟洒(しょうしゃ)に頭を下げる。

「では戦士達の現時点の戦績を確認しましょう」

 中央の地球儀の周辺にモニターが映し出される。本大戦の現在の状況だった。

 ある者は敵を求めて歩き、ある者は敵から逃げるために走り、ある者は敵の様子を見て、ある者は既に戦っていた。

「現在一位を走りますのは獣石を三つ獲得した『丑』の戦士。

 二位は二つを保有する『亥』の戦士。

 四位以下に体内に一つのみを保有する他の戦士。

 そして獣石を一つも持たない『卯』と『猫』の戦士となっております」

《おい、ちょっと待てよ。『卯』も『猫』も既に死んでるじゃねえか。脱落扱いじゃねえのか?》

 雑音(ノイズ)混じりの変声器(ボイスチェンジャー)に変換された声で出された質問。

 彼の疑問はもっともだ。『卯』は死んでも『動く死体(ウォーキング・デッド)』と成り果ててまで戦い、『猫』は死んでも『何度でも蘇る』。この大戦にはバケモノが二人も居る。

「お答え致しましょう。『卯』と『猫』の戦士両名は、各々の特殊技能にて戦闘を続行しております故、戦闘の続行を認めております。『巳』と『戌』の戦士につきましては『卯』の戦士の技能によって動かされているに過ぎないため、BET対象の枠外とさせて頂きます」

《つまり、実質的な脱落者は未だに一人…と言うことでいいのよね?》

「然様で御座います」

《じゃあ死にもしない、死んでも戦える『卯』と『猫』の独壇場じゃないか!》

「ご安心下さい。あくまでも本大戦の優勝条件は『獣石を十二個集めること』です。

 つまりは戦士の生死自体は関係が御座いません」

《つまり…『卯』と『猫』の追撃を無視しつつ獣石を集める必要があるって訳ですねぇ》

「然様で御座います」

 ドゥデキャプルが一通り現在の状況を整理すると、周囲は一位を予想するべく意見交換へと話は流れていく。

《このルールならば序盤はチームを組むのがセオリーかと思ったが…。実際には『卯』のチームに『申』のチームだけか…》

《しかし…これらのチームに単独で対抗できる戦士となると…》

《…『丑』》

《あの天才ならチームなんて足手纏いだろうな。一人でも充分皆殺しにしてしまうかもしれん》

《でもぉ、その『丑』は『猫』との交渉で『卯』のチームを優先的に潰したいようね?》

《そりゃあそうだろう!あの『卯』を放置してたら一騎当千の戦士が問答無用で仲間に追加だ。雪だるま式に勢力が拡大しちまう》

《あの様子じゃあ『卯』の戦士の完全沈黙も時間の問題ね…。本当ならこの大戦を思う存分引っかき回してくれたのでしょうけど…》

《諸行無常…全ては時の運次第》

《まぁ、ツキが無かったと言わざるを得ないね》

《…実質的に『申』のチームがどうやって『丑』に対抗するのか見物だな》

《『申』一人ならともかく『子』と『猫』は如何だろうね?》

《正直なところ微妙じゃない?『猫』は『丑』に丸で刃が立っちゃあいなかったし、『子』に至っては情報が少なすぎてどの程度戦えるのかサッパリ分からん》

《そもそも『申』自身『平和主義』と言うのが、この戦いではマイナスに働く事も多かろうに》

《最終的には『丑』と『申』。遠巻きに『猫』がチャンスを狙う形になる可能性が高いだろう》

《実質二択ね…。予想の範疇だから、どちらに賭けても取り分少なそう…。

 もっと番狂わせは居ないのかしら?》

《…『亥』はどうだい?》

《却下ね。

 確かに彼女は第十一回の優勝者の娘ですが…親の七光りなんて関係ないわ》

《…となれば残るは『未』》

《ふむ…彼は第九回大会の『優勝者』ではあるが…》

《あの時は一人勝ちさせて貰いました》

《しかし、彼は既に全盛期を過ぎている》

《ハン!あの爺さんが何の策も無く大戦に参加するわきゃあ無い。

 ましてこの戦いに関しちゃあ、唯一『経験者』だ。無視できる存在じゃあねえな》

《本大会もまた『未』の動きが大会の行方を左右するかも知れませんわね?》

《今回は大穴か?それとも本命か?》

 

《さあて……》

 一人の有権者が賭け金(コイン)を投じる。魅惑的に輝く金の音をジャラジャラ鳴らして小高く積み上げたそれは、一つの国家から切り分けられた財産であった。

 それに各々が違う反応を見せる。意気込んで資金を注ぎ込む者、今はまだ様子を見て静観する者。反応は実に様々だ。

「さあさあ皆様ご覧あれ!(Now it's a show time everyone !)片時も目を離しては為りませんよ!(Don't miss any moment !)

 この十二大戦は結果如何で世界地図が書き換わる大戦争で御座います。あと五名の戦士が脱落すればBETとなります。どの戦士が生き残るのか、ぜひ入念に予想下さいませ。それまでは戦士達の戦いぶりをじっくり御観賞下さい。

 私共は有力者の皆様のBETをお待ちしております」

 初老の紳士は礼を尽くして、深々と頭を垂れ、言葉を締めくくった。

 

 

◇

 

 

 百貨店の中にあった小さなアンティークショップ。様々な小物の商品が所狭しと並べられていた。その中に戦士が一人、静かに椅子に腰掛ける。

 老練な男だった。三度笠(さんどがさ)に襤褸(ボロ)のような使い込んだ外套(マント)。顔に蓄えた真っ白な髭と、頭から覗く羊のような角が特徴の男だった。

 彼こそが『未』の戦士、『騙して殺す』必爺(ひつじい)。

「今回の参加者の中には凡そ冠絶(かんぜつ)と言う他ない当代一流の戦士が三人居りましたからのう…」

 

 『申』の戦士の砂粒。

 『卯』の戦士の憂城。

 『丑』の戦士の失井(うしい)。

 

 十二人も集めれば中には飛び抜けた才覚を秘めた戦士が一人や二人は居るものだが、それが三人も居る。これだけでパワーバランスが大きく偏ってしまう。

「いずれにしても、この三人とは直接対決を避けるべきですなあ。こんな骨と皮だけの年寄り鎧袖一触(がいしゅういっしょく)でしょうからなあ」

 店内から調達したらしいそれぞれの動物人形を並べながら必爺は溜息を一つ吐いた。この度の大戦にこうも選(より)り選(すぐ)りの猛者が集ってしまっては勝ちの目など無いに等しい。 

「但し裏を返せば、この三人が潰し合うような展開に持って行ければ…儂のような非力な老戦士でも勝ちの目はあるということですわい」

 天秤も傾けば大きく揺れると言うもの。この状況から必爺は勝ち筋を慎重に模索していく。

「確かに儂は過去の十二大戦で優勝しましたがのう。

 しかしそれはもう過去(・・)の話。今回の大戦を順位付けするならば、どう贔屓(ひいき)目に見ても十位以下でしょうなあ…『若さ』と言うだけで『強さ』ですからな」

 過去の栄光に縋るのは止める。彼の人生で積み上げてきた価値観・精神性がそのような堕落や楽観を否定する。戦士というものは臆病者が生き残り、慎重な者が勝ち取ると考えていた。

 必爺は顎の髭を撫でながらじっと考える。

「問題は自分より上位の戦士との差をどう埋めるかですな。

 儂にあって彼等彼女等に無い物。…『経験』とそれに基づく『知識』、あと一つ(・・)儂にアドバンテージがあるとすれば…やはり獣石(これ)ですかな」

 そう言って彼は懐から一つの宝石を取り出した。紫闇色に輝く猛毒の結晶『獣石(じゅうせき)』があった。 

 

 必爺は若かりし頃『武器商人』として国々を渡り歩いていた。傭兵稼業や反政府組織、闇市場に窃盗団…ありとあらゆる犯罪組織に武器を売り付け、世界を回る。当然恨みを買うことも多く、彼は常に何処かしこから命を狙われる身であった。

 しかし、自ら身を守るため彼は銃を片手に戦うようになった。屍山血河(しざんけつが)の戦場を歩き、通った道には死屍累々(ししるいるい)。迫り来る脅威を櫂潜(かいくぐ)り戦士の才を開花させ、今日(こんにち)までを生き長らえてきた。

 挙げ句の果てには『未』の戦士として、過去の大戦を生き延びたと言うのだから脱帽ものである。

 

 『生きる』と言うことは『用心深く』あること。『生き残る』と言うことは『危険(リスク)を取らない』と言うこと。彼は常々そう考えている。

 最初に違和感を抱いたのはこの獣石を見た瞬間だった。この獣石、ドス黒い輝きこそ美しくとも、その刀工(カッティング)が美的に感じられない。故に何らかの意図を含んだ物と直感した。

 立て続けに指示された審判の「宝石を呑み込め」という言葉。あれでこの獣石が何らかの危険物であると理解した。

 次の瞬間、既に彼は行動を起こしていた。大人しく指示に従うように見せかけて、必爺は宝石を顎髭の中に忍ばせたのだ。こうして彼は腹の毒に怯えること無く悠々と戦える。

「こいつを使ってどの戦士を騙すか…」

 しかし必爺は一つ重大な点を見落としている。いや無視(・・)している。

 

 そもそも『生きるためにリスクを取らない』と言うのならば、「こんな大戦。早々に辞退する」に限る。

 今回の大戦の勝利条件は『獣石を全て集めること』それに尽きる。戦士の生死の有無はあくまでもその副産物に過ぎないのだ。つまり獣石さえ返上してしまえば彼は用済み、生きてこの地を離れることも出来る。

 

 それでも必爺はその事実を無視する。

 彼は代々『未』の戦士を排出する名家・辻家(つじいえ)家の養子であった。戦場に生きて戦場に死ぬと思っていた彼に、愛しい妻に優しい息子、そして可愛い孫娘まで授けてくれた。それらは彼の余生、いや人生を大いに満たした。

 そんな家族に恩返しがしたい…が、別に優勝したいとは思っていない、精々あわよくば(・・・・・)程度の物でしか無い。第一にこの大戦に参戦した時点で、彼の目的は八割方達成した(・・・・)と言っても過言では無い。

 本来であればこの度の大戦『未』の代表に選ばれるのは彼では無く、彼の子息、あるいは孫娘だった。それを彼は「愛する家族を死地に送り出すことなど出来ぬ」と自ら名乗りを上げたのだ。

 要は彼は家族を守るために戦っている。戦いから逃げないのは、「戦いから逃げ出すなど名家の名折れ」と物言いが入り辻家家が没落する事を防ぐ目的だ。彼は「残り少ない命、戦士共には精々彼岸まで付き合って貰おうかのう」という気概で、大戦を最期まで生き残るか死ぬまで戦う。それを止ることはないだろう。

 

 『生き残る』と言うことは『危険(リスク)を取らない』と言うこと。

 別段難しい事では無い。彼は生きるために『大切な家族の今後(大きいリスク)』を取らずに『自らの命(小さいリスク)』を取ったと言うだけの話で有る。

 

 なんという愛に溢れた自己犠牲だろうか。正に『生け贄の山羊(スケープゴート)』。…失礼『山羊(やぎ)』ではなく『羊(ひつじ)』だった。

 恐らく彼はこの後『山の無い終わり』を迎えることだろう。

「四位は前回大戦での優勝家系である『亥』。

 五位と六位は直接戦闘タイプと見える『午』と『戌』でシェアする感じですかのう。特に『午』の防御力は侮れませんな。

 七位八位は『辰』と『巳』の双子の兄弟…これは二人セットで考えた場合じゃあ。最初に『巳』が落命したことによって『辰』のランキングは自然と下がる。

 九位は『酉』と言うことにしておきましょう」

 必爺は敵に見立てた動物人形を順位付けして左から順番に並べていく。

 しかし、突然その手は止まる。

「果たして…『猫(こやつ)』を何処に位置づけしたものか…」

 彼が手にした『身を丸くした三毛猫の人形』。『猫』の戦士・音弧に見立てたそれを持ってフラフラと彷徨う。

「はっきり言うと…『噛み合っておらん』のですわい。なんと言いますかのう『雲一つ無い快晴』と『大荒れの暴風雨(あらし)』が同時(・・)にやって来ているような感じじゃあ」

 『亀の甲より年の功』。老練にして老獪、この世の酸いも甘いも噛み分けて海千山千に世界を見てきた必爺から見れば、音弧は異質に見えた。

 全身に狂気と狂喜が混在したような異常性。

「かといって強そうには見えないんですのう。それこそ実力は断罪兄弟…大目に見て中位ランカー程度なもんですわい。

 しかし、あの異質な気配(・・)あの正体は一体…」

 考えては見たものの靄が掛かったように実態は見えない。

 

 『下手な考え休むに似たり』。仕方が無いので必爺は『猫』の事は諦めて、思考を次に進める。どちらにせよ彼が考える今後の戦術には関係ない話だ。

「この中で狙うはランキングの中位(・・)。彼等が優勝するには丑・卯・申(トップスリー)の存在があまりに強大。勿論それなりの策を立てて居るのでしょうな…。

 でも、もう一つ『決め手』となる何かが欲しいと考えるはず。儂がその一つを提供する」

 そうなれば鍵となるのは『獣石』。やはりこれしか無いだろう。

「敵とだけではなく『毒死』という重圧(プレッシャー)…どんな剛腹(ごうふく)な戦士であろうと何らかの乱れは生じるはずですわい。

 その乱れを…突く(・・)。それも優しく突く」

 その上で作戦を構築するならば、こうするのは如何だろうか。

「『儂が戦士として持つ器量は『量子力学トンネル効果』を自在に操り、物体を『透過』する技能ですじゃあ』…と大嘘にリアリティーを加味しつつ、『あなたの体内からも非侵襲的に毒の宝石を取り出して差し上げても良いのですよ』…などと宣(のたま)う。

 無論取り出して差し上げはしませんがのう…相手も今すぐ取り出せとは言わないはず。持ち逃げされるより腹の中に入れておく方が安全と考えますからなあ。

 そこで『なあに、儂と同盟を結んで頂ければそれで結構。この老体では十二大戦を戦い抜くには厳しいですからのう』…と受け入れやすい条件を提示してやれば、宝石を取り出す提案はあくまで『保険』と考えるでしょう」

 あわよくばこの技能を大いに利用してやろうと考えるならば更に重畳。そうなれば必爺に優位なチームを組める。

 しかし、チームと言うほど人数を増やす気は無い。複数人を騙すとその分バレるリスクも増える。人とは案外他人が騙されているのには敏感であるためだ。

 現在の状況。チームを組んでいた辰・巳を除けば、後は申位しかチームを作れない。それさえも申主導では平和主義のチームでしか無い。

「人数だけが多い集団など恐るるに足りませんわい」

 そう言いながら必爺は懐からゴトリと黒い塊を取り出す。

 

 投擲手榴弾『醜怪送(しゅうかいおく)り』

 彼が人生で築き上げた最高傑作の爆弾。その威力は凄まじく、芸術とまで言える。

 

 本来大戦開始直後に摩天楼の最上階で起爆してやろうと考えていた代物だが、彼の奥の手であった。

「十二大戦開始からそろそろ三時間が経過しましたか…。

 いよいよ場もいい具合に煮詰まって来る処ですなあ」

 

 そして必爺は動き出す。自らの勝利を目指して。

 

 

◇

 

 

「うーん…見当たらない。庭取ちゃん何処へ行っちゃったんだろう」

 ビルの屋上から眼下の街並みを見下ろす。各所に点々と立てられた街灯の明かりが夜の街を照らし出す。本来ならば大人向けの飲食店が活気付き、夜の姿を見せていた事だろう。

 しかしこの大戦のために人払いされた街並みは、まるで死んでいるかのようだった。吹いている風も心なしか寒く感じる。

 戦士『猫』・音弧は見失ってしまった戦士『酉』・庭取を目下精力的に探索中だった。しかし、結果は芳しくなく途方に暮れていた。

「それで…きみは誰?戦士じゃないよな?」

 クルリと後ろを振り向くとそこには一人の青年がいた。

 シルクハットにフーデットコート、手には液晶端末。上質とまでは行かないものの仕立てた服は確かな腕の職人の物らしく、身形がしっかりと整っており、体付きは中肉中背。その表情は弱々しく、目に力も無い。

 何より『猫』の戦士としての勘が、目の前の男は敵では無いと告げていた。

「は…初めまして…私は『ナビィ』。本大戦の運営スタッフの一員として報告係(レポーター)の任について…ます」

 身体を強張らせ緊張した様子で自己紹介をする青年。

 報告係と言うからには裏方仕事の人間なのだろう。どうしてそんな人間が突如目の前に現れたのかと、音弧の頭に疑問が浮かんだ。

「実は戦士『猫』様に『運営』から…れ…連絡事項が御座います」

「…連絡事項?」

「貴方様は既に獣石を奪われた身。

 ほ…本来であれば貴方様は既に死亡し、は…敗者として扱われます」

「……けど、俺は今もこうして生きていて、今でも戦っている」

 『生死半々(シュレディンガー)』の呪いがある以上、どうやっても『猫』の戦士は脱落しない。

 つまり生きている以上、『何度でも獣石を奪い直す』事が出来る。その気になれば優勝は『猫』の一人勝ちだ。

「その通りです。…貴方様の横紙破りの様な異能力(ちから)を私共『運営』は重く受け止めております。

 従いまして、貴方様の性質を尊重した上で大会を公平に行うべく、条件を追加させて戴く次第にて御座います」

「そして?条件は何?」

 音弧がナビィに問い掛けると。青年は端末を操作して情報の記載されたページを表示して読み上げた。

「一つ、是れ以降戦士『猫』の戦闘を許可する物とする。

 一つ、『猫』は勝利の為に獣石を十二個全て集める物とする。

 一つ、例え『猫』が生存して居たとしても、獣石を十二個全て集めた戦士が現れた時点で本大戦を終了するものとする。

 ……以上です」

「…うわーハードモード」

「ひっ!き、決まりは決まりですのでっ!」

 音弧が拗ねたように口を尖らせて抗議すると、ナビィはビクリと身体を震わせ怯えた。冷や汗をダラダラと流すナビィ。顔色は既に青ざめており、精一杯口元を引き締めている。

 しかし、それは仕方の無いことだろう。彼の目の前に居るのはこの大戦に参加するための力量を備えた戦士だ。『猫』の特性を差し引いても、一般人の範疇でしか無い彼にとっては、獅子に自らの首を差し出しているような物だった。

「はぁ、わかったわかった…そんな今にも死にそうな顔すんなって。

 別に取って食いやしないさ。俺はノンケなんだ。狙うのは女の子だけだよ」

 冗談めかして笑ってみせるがナビィの顔色は優れない。音弧はその様子に思わず頬を掻いた。冗談めかしてはいるが告げた言葉は真意だが、どうにもそれが伝わらないらしい。

「じゃあ行くわ。お使いお疲れ様。自分の仕事に戻ってくれ」

 萎縮し切った彼の反応に少々傷心しながらも、音弧はビルから飛び降りる。雨といや排気口の傘と外付けの空調設備を器用に踏み台にして地面に着地すると、勢いよく走りだした。

「さーて…どうしようか…」

 真っ先に思い付くのは『戦線離脱ルート』。結局のところ『猫』は獣石を所持していないため、他の戦士から狙われる心配は無い。このまま戦地を去れば平穏無事に帰ることが出来る。

 しかし、『猫』にだって叶えたい願いがある。それは確かに他の戦士達に比べたらちっぽけな物で大義名分なんぞ持ち合わせては居ないが、それでも無視は出来ない。故に却下。

 次に考え付いたのは『戦士殲滅ルート』。生存している戦士から早急に獣石を奪い、最低一つの獣石を保持したまま戦士全員が死亡するまで戦うこと。

 しかし、これには問題がある。『猫』では『丑』には勝てなかった。そんな有様なのに一騎当千の猛者達を全滅させる必要がある。つまりは『猫』の力量の点からして無理がある。故に却下。

「まぁやっぱり今のルートがいいかな?」

 結局は『和平賛同ルート』に落ち着く。戦士『申』・砂粒が提示している和平案。詳細が未だに不明のため盲信する事は出来ないが、内容次第では一番の最善手に感じられる。もし和平案が納得できない物なら改めて離反しよう。例え寸前でもどうにかなる。

 総じて言うなら『猫』に負けは無い。何せ何をされても死にはしないのだから。

 同列で『和平賛同ルート』『戦士殲滅ルート』で進行し、最悪『戦線離脱ルート』へとシフトするだけだ。益が少なくとも、損は無い。

 正直な所、『猫』程条件的に余裕のある戦士は居ない。それこそ彼の強味だった。

 

 音弧は颯爽と街並みを駆け抜け、いつしか木々の生い茂る参道を走る。石畳の階段を一足跳びに駆け下りると開けたスペースへと辿り着いた。

「ありゃー…。違うところに出ちまった」

 音弧が辿り着いたのは小さな公園だった。団地の近くに併設された憩いの場らしいそれは、申し訳程度の滑り台と砂場と光源になる街灯に子供用の小さな水飲み場。

 そして井戸端会議に置かれた長椅子(ベンチ)のみ。しかし、長椅子の上に寝そべる女が一人居た。

 だらしのない格好の女だった。頭には虎柄の三角耳のカチューシャを着け、首には鎖の繋いだ首輪を巻く。上に羽織ったのはライダージャケット一着だが、それを開(はだ)けさせ内側に虎柄の上下揃った水着を着けおり、無防備に晒された女の柔肌は音弧としてはそそる物がある。仮に目の前の女が手にした酒瓶の美酒を無作法極まりない飲み方で豪快に呷っており、女としてどうかと疑問に感じる点さえも、彼からしたら些細(ささい)な問題でしか無かった。

「んあぁ?なんだいニーサン?アタイに用かい?」

「今晩は『月が綺麗ですね』」

「あぁ?…あぁ、いい月だぁ…ツキ(・・)も回ってらぁ。ぐるぐるーってなぁ?でぇひっ!

 …いやーサイコーの月見酒だぁ…。ニーサンはハナシが分かるなぁ」

 上機嫌で今にも歌い出しそうな声の調子で笑う女。音弧が放った軽いジャブは呆気なくスルーされたが、機嫌は取れたようなので良しとしよう。

「そんでぇ?ニーサンは今ヒマしてんのか?なんならアタイがぁアソんでやろうかぁい…」

 女は長椅子から身体を起こす。酒に骨の髄まで浸り、夢見心地に極楽浄土、瞳は蕩(とろ)けて口は緩む。良い感じに仕上がった女だった。

「因みにぃ。今のは「アタイがぁ(・・・・)」と「タイガー(・・・・)」がかかってるぅ…。

 でぇっひひひっ!!!」

 女は自分の放ったジョークがツボに入ったらしく、声を荒げて大爆笑した。

 

 彼女こそ、十二大戦に参戦した『寅』の戦士・妬良(とら)だった。

 




骨と皮だけの解説


・第四話『たくらだ猫の隣歩き』について
 はい、仁義なきタイトル変更。
 あくまでも案!案だったんです!どうかゆるしてぇ…。

「たくらだ猫の隣歩き→自分の仕事はそっちのけで、他人の手伝いばかりしている様子」
→勝手に飛び出して和平組を放置する+『卯』=『死体作り(ネクロマンチスト)』の情報を落とさない『猫』
→『丑』の足止めをして、死体『戌』の襲撃を見逃す『猫』
→勝手に飛び出して『丑』と、『卯』について情報交換が上手く行っていない『猫』
 どう考えても空回りしている猫(ばか)。本当に猫の手レベルの仕事ぶり。役立たず。

 因みに没案『隙を窺い、猫身(寝込み)を襲う』は、
「原作通り和平組に『卯』『巳』の襲撃」
「『丑』『猫』乱戦に『戌』が襲撃。からの協調」
 で草案立ててたのですが、「折角助けた『酉』『亥』が空気ではないか」と、時系列整理してキャスティング修正したら、こうなった。
 猫の手レベルの仕事ぶり。




・ワイヤーガンについて
 そんなものは実在しない。架空の武器であることを今更ながら明言しておく。

ワイヤーガン『貓ノ遊ビ歩キ(キャットウォーク)』
 全長約30cmの超小型ワイヤーランチャー。普段は腰の真後ろ位置に提げている。目標物に銛を射出し、引っ掛けて使う。
 基本的には高いところに登るときの補助や隣の建物に飛び移る時に使う。早い話がフックショットみたいな奴。

 因みに命名は「キャットウォーク」から。
→舞台の緞帳(どんちょう)(照明や垂れ幕をぶら下げるための巨大な物干し竿の様な設備)に併設される作業用の通路。またはダム等の壁面に立てられた点検用の吊り橋。




・『月が綺麗ですね』について
 我君ヲ愛ス(I love you .)を文学的に代用表現したというエピソード。『吾輩は猫である』でも有名な夏目漱石が英語教師をしていた折りに、そう翻訳したと言われているが…どうやら眉唾物らしい。
 因みにロシア語での「I love you .」を二葉亭四迷は『死んでもいいわ』と代用表現したというエピソードもあるが…ロシア原本の英語翻訳は「I love you .」とはならないらしく、故に意味合いも大きく違うらしい。しかし、それでも伝えたい事の意味を残しつつ情熱的に表現してしまえるのは脱帽である。




…え?知ってたって?
これは失礼しました。
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