※この作品はR-18です。

【二次創作】十三大戦【頑張って書いた】   作:セイントス

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『猫を追うより皿を引け』『猫を追うより魚を除けよ』と申します。
 目的を持った者は形振(なりふ)り構わず、それに向かって直走(ひたはし)るものです。
 まあ、私などは「皿の上の魚など、焼いて喰うにかぎる」と思いますがね?


第六戦『虎は猫の心を知らず』

 オフィスビルの一角。開けた空間に身を潜める戦士が居た。

 『子』の戦士・寝住(ねずみ)。普段であれば欠伸をしながら眠たそうな顔をしている彼であるが、今の彼にはその様な余裕は無く、乱れた呼吸を整えるのに精一杯の状況だった。

 柱の陰から今し方入ってきた扉の方を覗き込むと、ピタリと閉じた扉が威勢の良い音と共に開け放たれる。部屋に侵入してきたのは首から上を失った『歩く死体(ウォーキング・デッド)』。『巳』の戦士・断罪(たつみ)兄弟・弟の死体だった。

 

 下水道から地上に出てきた直後寝住と『申』の戦士・砂粒(しゃりゅう)は、二体の死体『卯』と『巳』の襲撃を受けた。

 特に手を焼いたのが『巳』の死体が持つ特殊仕様の火炎放射器『人影(ひとかげ)』だった。中距離かつ放射状広範囲に繰り出される火炎攻撃は不定形かつ不安定な軌道、陽炎のように揺れ動く灼熱は射線を読みにくく、必要以上に距離を取った回避を求められる。

 近接による戦闘手段しか持ち合わせていない寝住と砂粒は、あれよあれよという間に物の見事に分断され、寝住はやむなく逃げの一手を打ち続けている。しかし死体『巳』の追撃は止まず、今も尚執拗に寝住を追い回していた。

(ちっ!首無し死体だけで何で何処までも追い掛けて来られるんだ…)

 火炎放射器のノズルを構えながら『巳』の戦士は周囲を観察する。このような狭い屋内では回避も難しく、危険度は跳ね上がる。

(どこで見てんだよ…あれ)

 柱の陰から僅かに身を乗り出して死体を観察する。しかし死体は体を明後日の方向に向けたまま、突如片膝を立て左手を地面に当てた。

(見て…ない?それなら…)

 寝住は腰に下げた剣に手を掛ける。この場で不意を突いて決着をつける腹積もりだ。そう思った矢先のことだった。

「っ!」

 突如室内にけたたましい電子音が鳴り響いた。どうやらオフィスの机に置かれた目覚まし時計らしいそれは、あろうことか寝住の目と鼻の先で鳴っている。

 ハッと息を呑む寝住。気付かれたかと警戒を強めながら死体の行動を窺う。しかし死体は騒がしい電子音にはピクリとも反応を示さず、ジッと地面に手を着いていた。

(…反応しない?『音』は関係ないのか?

 頭が無いから目…『光』も関係ないようだし、同じ理由で鼻も無いから『嗅覚』も違う。

 じゃあ何だ?…『熱』、熱源感知か?いや待て違う。熱源感知だったら温度が変化する火炎放射器は合理的じゃ無い。第一に『熱』や『嗅覚』なら部屋に入ってきた時点で即バレだ)

 執拗かつ恐ろしい程に正確に寝住を追跡してくる死体。それの持つ特殊技能について慎重に考察を重ねる。

 もっとよく観察する必要があると考えて寝住は身を先程よりも大きく乗り出す。そのために半歩動いた。

「いっ!?」

 突如『巳』の死体が立ち上がると火炎放射器の発射口を正確に寝住に向ける。

 察知された事を覚った寝住は慌てて柱から逃げ出す。すると吐き出された業火が鉄筋コンクリートの支柱を黒く炙った。

 寝住は部屋を脱するべく、部屋の反対側に設置された扉に一目散に走り抜ける。その後を死体は寸分違わずに追い縋ってきた。

「クソッ!何で分かるんだよ!?」

 狭い廊下を全力疾走で駆ける。同じく廊下に飛び出した『巳』の死体が、再び火炎放射器を構える。そして身を焼き尽くす程に高熱を帯びた紅蓮の炎を吐いた。

「熱っ!」

 廊下は狭く一本の直線。扉を開けて横に逃げる暇さえない。ジリジリと熱が背中を焼いてしまう恐怖を押し殺しながら寝住は真っ直ぐ走る。目的地は目の前の廊下の角、そこにある小さな小窓。寝住はその小さな穴から外へと飛び出した。

 間一髪のタイミングで何とか炎を逃れると寝住は地面を転がって、受け身を取りながら着地する。直ぐに身を起こし立ち上がると、ビルの角を曲がりサッと影に隠れた。

 すると巳の死体は寝住を見失ったらしく、辺りを見渡しながらゆっくりと歩いて行った。

「……ふぅ、撒いたか?」

 危機が去ったと安堵して、寝住は乱れた呼吸を再び整える。そして今一度冷静に周りを見渡した。

「砂粒が居なくなってる…」

 遠くの方を見れば自分達が出て来たマンホールがあった場所が見える。しかしそこには彼の味方である砂粒も、『巳』の仲間である『卯』の死体も消えていた。

 二人はまんまと彼等の術中に嵌まった。完全に分断され孤立無援となってしまった。

「探しに行くか?」

 奴等の狙いが自分あるいは砂粒であるなら、彼女が狙われるのは拙い。何せ彼女こそ和平案の核だ。更に加えるならば肝心要の和平の為の具体的なプランを聞いていない。もし砂粒が死ぬようなことがあれば、和平案は頓挫し、切った張ったの命のやり取りに逆戻りだ。

 一も二も無い。寝住は砂粒を探すために動き出した。

「っ!?マジかよっ!」

 騒がしい足音が聞こえ何事かと寝住が後ろを振り向けば、先程撒いたはずの死体『巳』がこちらに全力疾走で向かってきたのだ。手にした火炎放射器のノズルは一度収納したらしく、空(あ)いた両手を大きく振り、全身のバネを利用した力強いストライド走法。完璧なスプリントフォームで死体とは思えぬほどのトップスピードを叩き出して急接近してくる。

 

 鬼気迫る動きでやってくる死体『巳』。

 危機迫る寝住は慌てて逃走する。

 二人の『鬼ごっこ』はまだ終わらない。

 

 

◇

 

 

 団地近くの小さな公園。ここに二人の戦士が居た。

 一人は三角耳のカンカン帽に猫顔の男。『猫』の戦士・音弧(ねこ)。

 一人は虎柄の衣装を纏う酔いどれの女。『寅』の戦士・妬良(とら)。

「…遊んでくれるって?エッチなアソビなら喜んでお受けするよ、仔猫ちゃん?」

「あぁん?アタイはぁ虎だぞぅ!なんのジョーダンだぁい?」

 妬良の言い放った挑発に、先程よりもストレートな物言いで返したところ、さすがに『寅』の戦士に通じたらしく訝しむような視線を向けてくる。

「いやいや冗談じゃないよ!仔猫ちゃんくらい別嬪(べっぴん)さんなら俺的には大歓迎(Welcome)さ!」

 そう言うと親指を立てて、明るい笑顔を見せる音弧。

「はぁーあ…あんまりフザケタこと言ってる…とぉ…おろ?」

「あーあ…大丈夫?怪我は…っ!?」

 音弧の軽薄そうな態度が妬良の堪忍袋を刺激して苛立たせる。妬良は立ち上がり音弧に勝負を挑もうとして、長椅子から転げ落ちた。

 仕方無しにと音弧は妬良を介抱するため、第一歩を踏み出そうとした直後にハッと動きを止めた。

 目の前の戦士・妬良の気配が変わる。酔ったままの赤ら顔は変わらないが、視線は凶暴な野生の目、音弧を得物として定めた深緑の眼光。両手両足の四足歩行で大地を掴み、地面の感触を慎重に探っている。そしてその口元、笑えば八重歯が光る無邪気そうな顔から牙を剥き出しにして、グルグルと唸り声を上げる。

 一言で表すならば『猛獣』のようだった。

「…そ…その構えはっ!?」

「んあぁ?」

「女豹(めひょう)のポーズっ!!」

「だぁーかぁーらぁー!アタイは虎だって言ってんだろぉ!」

「うーん…個人的にはもうちょっと肉付きのある、抱き心地の好い女性が好みだけど…スレンダー女性も悪くないな。浮き出た鎖骨や肋骨がセクシーかつ背徳的でそそる。優しく指先でなぞりたい…」

 己が欲望を垂れ流す変態(ねこ)は、思わず生唾を飲み込んだ。念の為に説明するがこの男、素面(しらふ)である。

 しかし目の前の妬良が一瞬だけ出した殺気に、警戒を強めたのはおくびにも出していない。

「ニーサン…アタイのことぉバカにしてんだろぅ?そんなんだろぉ?」

 妬良は一際大きな唸り声を上げて音弧を嚇(おど)す。目の前の戦士の性欲ダダ漏れの不埒な態度が妬良の癪に障った。

「…んあ?ニーサンいつの間に三人(・・)に増えたんだ?」

「…はい?」

「そいつぁもしかしてブンシンのジュツかい?すごいなぁニーサン!」

 臨戦態勢を解いてペタリと尻から座る妬良は、下着と変わらない布面積の防御力で胡座(あぐら)を掻き、ギリギリの股下を晒している。その際どいアングルにドギマギしながらも音弧は落ち着いて観察する。

 妬良は頻(しき)りに瞼をパチパチと瞬いており、視力の悪い人が必死に本を読むようにこちらを睨んでいる。そして座り方さえフラフラしていて、何処か危うい。

(ああ、酔ってんのか…。お持ち帰りして優しく介抱したい…)

 そう気付いた音弧は警戒を緩めた。相手は最早二本足で歩くのもままならない有様では無いか。戦う心配は無いと判断した。

 

 『愛は地球を救う(Love&Peace)』も女尊男卑主義者(フェミニスト)たる彼の理念の一つだ。世界中の女性達が『ぱふぱふ』してくれるだけで、世の中は今よりも平和になると常々考えている。

 女好きな彼としては、女性同士が殺し合うような絵面は如何しても避けたい。回避のためにも音弧は、どうにかして彼女を和平賛同組に取り込めないかと画策することにした。

 しかし問題は山積みだ。何より目の前の妬良は元々、和平に賛同していない戦士だ。それを協力体制まで持ち込まなければならない。

(『虎穴(こけつ)に入(はい)らずんば虎児(こじ)を得(え)ず』…か)

 『虎の子』と言う言葉さえ有るほどに、その昔虎の子供は大層『稀少な品』とされていた。そんな虎の子供を手に入れるためには恐い怖い親虎の居る巣穴に行かなければならない。

 故に莫大な利益(ハイリターン)を得るには危険な賭け(ハイリスク)を受け入れなければならないと言う意味で、この言葉が生まれた。

(決してエッチな意味じゃないんだよ…)

 何処の誰にかは知らないが、音弧は内心言い訳をする。

 和平交渉ならば『申』の専売特許であるが、交渉ならば音弧もそれなりに心得がある。残念ながら女性を口説く方向にしか発揮されないが…。

 幸い妬良の機嫌はそれ程悪くない。ご機嫌を取ればこちらに取り込めるかも知れない。音弧は勝負に出ることにした。

「…んぁあ?五人にフえたぁ…。スゲーなニーサン」

「ふっふっふ…凄いだろう。何を隠そう実は俺は『猫神流忍術』の使い手!

 つまり!ジャパニーズニンジャなのだーっ!ニン!」

 「それは五人ではなく誤認(・・)です」と言うツッコミを飲み込んで、音弧は大ほらを吹く。冗談めかして指を組んで忍術っぽい動きをしてみせる。

 それにしてもこの男、『卯』の戦士・憂城(うさぎ)が嘘を吐いて騙した際に『人間性を疑うよ』とまで言ってなかっただろうか。恐らくこの男、人間性に疑いがあるのだろう。

「スゲーっ!マジもんのニンジャだぁ!アタイ初めて見たぁ…」

「ニン!」

 妬良が当たりの良い食い付きを見せたことに内心喜ぶ。これで冷たくあしらわれようものなら、草むらの陰で泣くところだった。

「なあなあ?ニーサン、名マエはなんて言うんだい?」

「ん、俺か?俺は

 『猫』の戦士──

 『好奇心で殺す』音弧

 って言うんだ」

「そうかい。アタイは

 『寅』の戦士──

 『酔った勢いで殺す』妬良

 って言うんだぃ」

「…は?」

 ちょっと待て。今なんて言った。『酔った勢いで殺す』だと。…と音弧の頭に疑問が浮かぶ。しかし、聞き返す暇さえなかった。

 次の瞬間のことだった。妬良が四足歩行のままに一瞬で最高速度に達する。音弧の真横を掠り通ると、一拍遅れて彼の腹部がゴッソリと削れて無くなった。

「グッ…ゴボッ…」

 込み上げる血液を思わず吐き出す音弧。そして腹に空いた、風穴と言うには余りに大きすぎる傷口から夥しい血が流れた。

「嘘…完全に…酔って…」

「そうっ!ごゾンジ酔ケンだぁ…。

 いやー酔ケンとニンジャのコラボレーション!ユメのキョウエンだねぇ…」

 その言葉を聞きながら音弧は膝から崩れ落ちる。そしてそのまま呆気なく絶命した。

「おっとぉ…。でもぉ…アタイのバ合は酒よりもなお、人の血にこそ酔うんだけどねー。ニーサンだけじゃモノ足りないねぇ…」

 尻餅をついて座りながら妬良はそう呟いた。そのまま今し方倒した音弧を感慨深そうに眺めていた。

「そっかぁ…じゃあお酒を飲み直そうか」

「おろ?」

 そんな彼女を音弧はお姫様だっこで抱え上げる。不意を突かれた彼女は為れるがままだった。

 そして足下にあったはずの音弧の死体は綺麗に消えていた。

「あれ?ニーサンなんで生きて…」

「どうしたー?まさか倒したかどうか判んなくなっちゃうくらいに酔っ払っちゃったのか?」

「ゔーっ!うるせーって!酔ってねぇって!

 酔ってねぇ!酔ってねぇ!!…ちょっとしか酔ってねぇ!

 アタイはお酒ならいくらノんでもそんなに酔わないんだよーっ…」

「ちょ!こらっ!暴れんな!」

 そう言いながらジタバタと暴れ出す妬良。慌てて音弧は彼女を強めに抱(だ)き抱(かか)えた。その際顔面をグイグイと掌で押されている。酒の匂いの奥にある仄かな女の香りが、音弧の鼻腔をくすぐった。

「にしても…どうやってアタイの攻ゲキをカワしたんだい?」

「忍法『変わり身の術』。きみが倒したのは質量の有る残像だったのだーっ!ニン!」

「スゲーっ!ニンジャ、スゲーっ!」

 勿論嘘である。彼は本当に死んだ。音弧は「死を無視する無死にする」呪い『生死半々(シュレディンガー)』で死の運命を捻曲げたに過ぎない。

 音弧は彼女の評価を測り間違えて呆気なく死んだのだ。彼はその事実を理解し、未熟だと改めて後悔した。

「にしてもなぁ…」

「んあぁ?」

 そうして音弧は物思いに耽る。その様子に妬良は首を傾げた。

 やがて彼女を長椅子に優しく降ろすと、正面に立ち彼はこう告げた。

「酒は本来『嗜み』『清める』ものだ。決して『浴びる』ものでも『浸る』ものでもない。

 いいかい妬良ちゃん。俺が大人の節度有る飲み方って奴を教えてやる」

 

 

 そう言うと音弧は妬良に笑って見せた。

 

 

◇

 

 

(…何処かに誘導されている?)

 『申』の戦士・砂粒は目の前の死体『卯』を追いながら思案した。

 突如受けた襲撃。何故ああもぴったりと地上に出る位置を特定されたのかは謎であるが、それ以上にはぐれてしまった『子』の戦士・寝住の事が心配だった。

 しかし、砂粒自身それ程余裕は無い。今も『卯』の死体は付かず離れずの絶妙な位置を保ちながら、ジリジリと後退している。確かに砂粒は攻撃を捌きながら思案出来る程度に余裕は有るが、そこまでだ。試しに攻勢に出ると…。

「あぁっ!もう、またっ!」

 横合いから飛び出してきた鳥やら犬やら猫やらの死骸が襲ってくる。恐らくは他の戦士を探す道中でペットショップでも襲撃したのだろうか。とにかく出会った動物たちを片っ端から殺して『歩く死体(ウォーキング・デッド)』として配下に加えたようだ。

 それらを躱して、時には反撃して、身を破壊して封じる。しかし死体と言えども小動物を殴るなど、彼女の良心が悼み、必要以上に疲弊させる。

 そんな彼女の隙を突いたのか『卯』は手にした大鉈で斬り掛かる。彼女はそれをヒラリと躱し、反撃に出ようとしたところを再び畜生共に邪魔される。そしてゆるゆると後退する。

(『巳』の戦士が先に動いたのも、単にこちらの戦力を分断したかっただけか…。

 チェスの駒を操るように…いえ、チェスどころかオセロの駒ね。個々の区別なんてどうでもいいというような、一滴の血も通っていない作戦の立て方。

 ああ、そのあたり謂(いい)だよね。相手の体もただの人形の材料って訳か…。なんて危険な精神性)

 砂粒は相手の戦法から、使い手の人物像を思い描く。そして、こちらの対抗策を考えていく。

(それにしても死体の割に器用に動くわね…。死体と視覚を共有できるのかしら?

 確かに体術や刃物の扱い、筋肉の動かし方を見るに未熟だけど…。それが死体となった戦士の技量か、操作する使い手の技量か…。

 何にしてもこれくらいならまだ対処できるわね)

 『卯』の死体を追いながら砂粒は戦力を分析する。今のところは何とかなるが、何処まで保つか。

(恐らくはこの先に『死体使い(ネクロマンサー)』…その使い手が居るはず)

 恐らくは『釣り野伏せり』あるいは『罠』を張っているのだろう。そこで砂粒を殺して『歩く死体(ウォーキング・デッド)』に仲間入りさせる気だ。

(だったらこのまま乗ってあげるっ!)

 砂粒は『卯』の誘いに乗って行く。罠だと判れば覚悟も決まる。砂粒は自ら敵地へと赴いた。

 

「…ここは?」

 砂粒が辿り着いたのは、都市の歓楽街から大きく外れた自然豊かな並木通りだった。草むらの陰から虫の音が聞こえる程度に自然が有り、自然とビル群が混同していた。

「卯は…消えた?」

 突如として『卯』の死体が姿を眩(くら)ます。纏わり付いていた小動物達さえ散り散りに撤退したらしく、周囲は嵐の前の静けさのような様相をしていた。

「…っ!?あの音はっ!」

 聞き慣れた戦場の音を聞き、砂粒は顔色が青くなる。殆ど反射的に音のする方へと走った。

「『亥(・)』の戦士(・・・)……」

 戦場で耳にする、良く聞き慣れてしまった音…銃声。この大戦で銃を主装備としている戦士はたった一人しか居ない。

 音のする現場には案の定、『亥』の戦士・異能肉(いのうのしし)が居た。手にした機関銃の片方から静かに硝煙が立ち上り、片方の手には猛毒の宝石が握られている。

 その彼女の足元には一人の戦士が絶命していた。無残に撃ち抜かれた三度笠(さんどがさ)。千切れた襤褸(ボロ)の外套(マント)。顔に蓄えた真っ白な髭は血で真っ赤に染まり。頭に生えた羊のような角はへし折れ砕かれている。絶命していた彼は『未』の戦士、『騙して殺す』必爺(ひつじい)だった。

 

 結論から言うと必爺の陰謀はあっさりと失敗した。

 必爺は作戦を立てた後、すぐに作戦を開始した。そして接触した相手こそ異能肉であり、それが命運を分けた。

 当初の予定の通り、必爺は自身の能力を『量子力学トンネル効果』を自在に操る『透過技能』と騙(かた)り、彼女の興味を引いた。そして『非侵襲的に毒の宝石を取り出す』ことを条件にして協調関係を持ち掛けたのだ。

 当然彼女は必爺のことを訝しんだ。そのような技能を持っているならば戦士達から宝石のみを掠め取れば良いでは無いかと。そこで『老体では十二大戦を戦い抜くのは困難』であり、『生き残るためにも戦力増強は必須事項。協調関係は不可欠』と語り、再び同盟を求めた。

 少し怪しむ素振りを見せたものの、異能肉は必爺の話を受け入れた。必爺は作戦の成功を確信した。

 しかし、最初から最後まで詰めを誤った。

『では『物は試し』ですわ。あなたが手にしている宝石を、この場で今一度自身で呑み込み、御自慢の『透過技能』で取り出してみて下さいな。

 それを実際に拝見させて頂けたのならば、私はあなたの協調を受け入れましょう。更に信頼の証として私が他の戦士から手にした宝石を一つ、あなたに差し上げますわ』

 異能肉は必爺にそのような条件を出した。そもそも『透過技能』など嘘っぱち…出来るわけが無かった。

 咄嗟に必爺は自分の嘘に嘘を重ねた。『インターバル』と『使用回数』を理由に今は見せられないと言った。

『ならば、私のお腹の宝石を取り出してみて下さいな。それならば回数は無駄にはならないでしょう?

 私のお腹から無傷で宝石を取り出して見せるならば、協調の証としてあなたに宝石をそのまま差し上げましょう。

 …如何なさいました?早くやってみて下さいな。私、興味がごさいますの。例えば壁抜けからの不意打ちや地上から地下への緊急避難。『透過技能』など、実に応用の甲斐がある能力ではごさいませんこと?』

 必爺に冷や汗が流れる。異能肉はこの場で確実に『透過技能』とやらを使わせる気だ。

『……どうせ『嘘』なのでしょう?

 ねえ?『騙して殺す』『未』の戦士?』

 当初必爺は自らの肩書きを『夢見心地に殺す』と騙(かた)っていた。それすらも異能肉は『嘘』と見破っていたのだった。

 その後のことは語るまでも無い。異能肉と必爺の交渉が決裂して、異能肉が必爺を殺して宝石を奪取した。たったそれだけの事実だ。

 異能肉のこの大戦に懸ける意気込みは非常に強い。前大会の優勝者の娘として参加する以上、彼女の双肩には多くの物が乗っている。彼女の場合、多大な犠牲を払って参加権をもぎ取ったため、意気込みも一入(ひとしお)だろう。

 異能肉は大会に参戦するに当たって過去の大戦記録を調べた。元々極秘資料のためか、戦闘記録は非常に断片的でかつ第七大戦までしか遡ることしか出来なかったが、大戦の傾向を知るのに大いに役立った。

 更に現代の各十二家の事情を調査した。大戦への参加者を知れば、対策も打ちやすいというもの。事実、彼女は大戦参加者である丑・辰・巳・未・申・酉・戌の七名の情報を事前に仕入れていた。

 『備えあれば憂い無し』とは良く言った物で、それらの事前準備が彼女を生かした。

 

「あらぁ?あらあらぁ?そこに居るのは平和主義者(さる)ではありませんの。

 ご機嫌麗しゅう」

「あなた…そのお爺さん…」

「あぁ、こちらの老獪でしょうか?見ての通り殺しましたわ。

 何せこの人、私を誑かそうとしたので死んで後悔して貰いました。

 それにしても…口説かれるならば私イケメンの方が好みですのに、こんなヨボヨボの老体なんてガッカリですわぁ」

 困ったわねと言わんばかりに溜息をつきながら、新たに手にした宝石を懐に入れる異能肉。砂粒は込み上げる怒りと悲しみを抑えながら、その様子をジッと睨んでいた。

「猫…戌…酉…未…と来て今度は申ですか。順調ですわねえ」

「っ!庭取さんと音弧くんに会ったのっ!」

 異能肉がポツリとこぼした感想に、砂粒が反応する。砂粒が上げた二名は和平賛同者であり、大切な仲間だ。彼女たちの身は大丈夫なのか。

「…ええ、特にあの猫…。この私にあんな無礼を…」

「あっ、やっぱり被害者か…」

 砂粒は異能肉の反応から、彼女の身に何があったのか察した。大方その異能肉の持て余した豊かな体に飛びついた…とかそんなところだろう。同じ事された者として、なんとも言えないシンパシーを感じた。

「まあ、あのヘンタイのことなど、どうでもいいですわ。それより、私はあなたに用が有りますわ」

「何かしら?和平に乗ってくれる気になった?」

「白々しい!私があなたの案に乗るわけ無いでしょう?」

「本当に?

 今からでも遅くないから私達と協調しない?言ったでしょう?全員が助かる方法があるんだよ。

 もしあなたが心を入れ替えて聞いてくれるというなら…優勝して、『たった一つの願い』を叶えるためなら協力するのも吝かじゃ無いよ」

「諄(くど)いですわね。そもそもの話、私達は『自力じゃどうにもならないような願いのため』に『たった一つの願い』に望みを掛けて、この大戦に臨んでいるのでしょう?

 しかし、その権利は優勝者たった一人だけの物。それを奪い合うなんて、ごく自然なことですわ。

 現に平和主義者であるあなただって例に漏れませんわ。大凡(おおよそ)あなたの事でしょうから『世界平和』とか『戦争廃止』とか本気で願う気でしょう?」

「なんだ…私の事良く分かってくれてるんだ」

「冗談を言わないでくださる?私、平和主義者(あなた)の事が大っ嫌いですので…」

「傷付くなぁ…」

 取り付く島もない異能肉の様子に砂粒は頬を掻いた。

「さて…問答はこのくらいにしましょう。あなたのお腹の宝石…頂戴しますわ」

 そう言うと異能肉は機関銃を構えた。既に臨戦態勢に移行した彼女に、砂粒は交渉を一度諦めるしかなかった。

(覚悟決めないとな…)

 撤退は出来ない。恐らくは目の前の異能肉は砂粒を逃がしはしない。何処までも追ってくるだろう。

 しかし、戦うのは困難。陰に潜伏した『卯』の死体に『死体使い(ネクロマンサー)』が潜んでいる。恐らく狙いは『漁夫の利』だろうか。

 ならば徹底して防戦。異能肉を対処する傍ら、潜伏した『歩く死体(ウォーキング・デッド)』を倒すしかないだろう。

「『亥』の戦士──

 『豊かに殺す』異能肉」

「『申』の戦士──

 『平和裏に殺す』砂粒」

 

 苦しい戦いになる。

 こうして二人の戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

◇

 

 

 一人の戦士が地下鉄道の迷宮を彷徨い歩く。都心部の地下に張り巡らされたこの道は、幾重にも交じり合い、追跡を撒くのには有利に働いた。

 逃げる戦士の名は『午』の戦士・迂々真(ううま)。分厚い筋肉の鎧を纏った体躯に、重厚な防具を身に着けた彼は手負いだった。全身を覆う厚手の護謨(ゴム)皮のように丈夫な皮膚は、所々に浅い切り傷を付けられ傷口から血が滴り落ちる。幸い致命的なダメージを受けては居ない。

 しかし、それ以上に疲労困憊。限界手前まで神経をすり減らし、集中力を維持し続けた反動か酷く倦怠感が残り、体が鉛のように重い。体力は回復しきっては居らず、苦しげな呼吸をしていた。

(奴と組めれば大戦を優位に進められるなんて…)

 『丑』の戦士・失井(うしい)。黒髪長髪に漆黒の二本角を生やした長身の戦士。『皆殺しの天才』と名高く、本大戦の優勝候補筆頭に相応しい力量の持ち主だった。

 彼は当初『申』の戦士が提示した和平案に賛成の反応を示した。ならば、交渉することで協調関係を構築できるのでは無いか。そう考えて迂々真は失井に接触を計った。

「恥じるっ!あわよくばを期待した自分をっ!」

 しかし結果は惨敗。迂々真は交渉する暇さえ無く、初手から失井に斬り掛かられた

。容赦なく打ち込まれる斬擊を凌(しの)ぎ、呼吸を整える合間を惜しんで再度失井に協調を申し込んだ。

 結果は散々。「申の和平案に賛成していたでは無いか?」と問えば、「和平案は既に停頓したのだよ」と返される。誠に残念ながら『皆殺しの天才』失井は、この時には既に自らの方針を変えてしまっていた。

 失井は『歩く死体(ウォーキング・デッド)』を目撃した瞬間から、それの排除に動き出した。

 『死体作り(ネクロンチスト)』…いや当初の彼の認識からすれば『死体使い(ネクロマンサー)』が死体の軍勢を作り、この大戦を蹂躙(じゅうりん)しようと画策している事が判明してから、彼は素早く打開策を打ち出したのだ。優先するべきは術者の抹殺、または戦力の弱体化を狙わなければならない。戦力の弱体化とは即ち死体の頭数を減らすことであり、失井自ら積極的に行動し『歩く死体(ウォーキング・デッド)』にされる前に他の戦士を抹殺して廻ることだった。

(あの天才が不意を打ってきたわけでも、隙を突いてきたわけでもない。歴とした決闘でこの有様だ…)

 熾烈極まる失井の猛攻。獰猛な猛牛すら御する西洋式片刃刀(サーベル)捌きには、鉄壁の防御術『鐙(あぶみ)』を持つ迂々真でさえその身に攻撃を受け、防戦一方に追いやられた。

 僅かな隙を縫って繰り出した反撃も、闘牛士(マタドール)が攻撃を流すようにヒラリと躱され、攻撃の当たる光景(ビジョン)が微塵も想像できない。

 勝てないことを覚った迂々真は撤退を余儀なくされた。地下鉄道の壁面を拳で突き破り、穴を掘って別の道に抜ける。同じ工程を何度か繰り返し、辛くも失井の手から逃れることに成功した。

「あれが才能(・・)というものか…」

 幸い迂々真の傷は浅い。『鐙』によって練り上げられた肉体は防御力のみならず、自然回復さえも常人より高い力を発揮し、切り傷は後一時間もしない内に治るだろう。

 しかし不幸な事に迂々真は大きな傷を負った。肉体にでは無い、心にだ。初めて受けた大敗から血の滲むような努力と、禁忌と倫理の問題さえ破って手を伸ばした科学的肉体改造…辛かっただろう、苦しかっただろう。それらを踏破してやっとの思いで辿り着いた自身の境地(・・)。それすらいとも容易く『丑』の戦士は、その身に有り余る才覚と訳が分からない程の強さで撥ね除けた。

 迂々真は自信を折られていた。

 

 地下鉄道のホームから地上への階段を慎重に登る。今度再び失井に遭遇しようものなら命の保証は無い。慎重に慎重を重ねた。

 久々に出た地上は点々と設置された外灯の明かりと月光で心なしか気持ちを静めた。

「…さて、どうする?……。あれは…」

 迂々真はとにかく休める所が欲しかった。傷付いた心を癒し起(た)ち上がるには休息が必要だ。

 迂々真は周囲を見渡して手頃そうな建物を発見すると、それに向けて歩き出した。

「うおっ!?」

「きゃっ!?」

 次の瞬間のことだった。曲がり角から飛び出して来た人影が迂々真にぶつかる。

 彼の脳裏には一瞬だけ死が過ぎった。失井の猛攻撃に当てられ戦意を喪失…が、しかし、こんな不意打ちすら対処できないほどに弱っているとは思いもしなかった。

 だが、迂々真の体に新しい傷は何処にも無い。本当に偶然ぶつかっただけらしく、目の前の人影は尻餅をついて転んでいた。

 そして転んだ人物と目が合う。朱色の羽根飾りを着けた緑の髪。朱色の羽毛の外套(マント)に露出の目立つ派手な出で立ち。目の前の女戦士は『酉』の戦士・庭取(にわとり)だった。

「…『酉』の…」

「きゃあああぁぁぁっ!!?」

 迂々真の顔を見るなり庭取が甲高い悲鳴を上げて叫ぶ。軽く失礼な話で有るが彼女からしたら仕方の無いことだ。何せ身長二メートルを超える巨漢と身長百五十センチメートル程度の彼女、その身長差は八十センチメートル間近にまでのぼる、尻餅をついて上を見上げた状態ならば高低差は更に増加する。真夜中に遭遇するには心臓に悪く、加えて激しく取り乱して全く余裕が無い彼女の精神状態であれば尚更だった。

 その庭取の叫声に迂々真は体をビクリと震わせて身を硬直させた。戦場でも何度か敵が自分の顔を見た瞬間に悲鳴を上げ錯乱した事はあるが、迂々真は何処か悲しい気持ちになる。ましてや目の前の女性の様に悲鳴を上げた後に気絶して倒れるところまでされたら泣いてしまいたくなる。

「…そう言えば和平(・・)の…ど、どうすれば?」

 唯でさえ自分の事で一杯なのに、突如現れた一人の戦士に迂々真は酷く狼狽した。目の前の女戦士は所詮、十二大戦で命を取り合う敵同士でしか無い。しかし、今思い返せばこの女戦士はあの時『申』の和平に賛同した戦士の一人だったことを思い出した。

「仕方ない…」

 迂々真は少し考え、庭取を優しく背負うと再び歩き出した。

 

 

◇

 

 

「…ん…ふぅ…。んー?あれ?ここは…」

 『酉』の戦士・庭取が目を覚ます。グラグラと揺れる頭を押さえながから身を起こし、周囲を見渡す。仄かな赤い光源が確保されているらしく、辺りの観察は容易だった。周囲には倒された金属製の棚が乱雑に散りばめられ、一際目立つのが巨大な円形の鋼鉄の扉に同じ金属製の棚が山積みにされていた。庭取はその扉を見て金庫みたいだなと何気なしに考えた。

「っ!痛っ!…って…包帯?」

 庭取の腕や足の所々には包帯や絆創膏等の応急手当の後が残されていた。しかし、庭取が自身で行ったものではない。では誰が施したのか。

 庭取は冷静に自身の記憶を辿る。『丑』の戦士・失井と遭遇し、あわや交戦になるかと思いきや『猫』の戦士・音弧の乱入。その音弧の手によって失井から逃がされたのだが、その際胸を直に揉まれたという事実まで思い出してしまい、今更になって羞恥心が込み上げてきた。あの時咄嗟に平手打ちを加えてやったが、どうにも怒りが湧き上がる。もう少し何とかなら無かったのかと、格好良く助けてくれても良かったのでは無かったのかと、これでも乙女だ。とりあえず今度会ったら音弧は殴ろう、『ワンマンアーミー』増し増しで。どうせ死にはしないだろう。

 その後直ぐに『歩く死体(ウォーキング・デッド)』と化した『戌』の戦士・怒突(どつく)との交戦。しかし、肉体と精神の均衡を失った庭取の状態では丸で歯が立たずに死ぬ寸前に追い込まれた。そこに今度は『亥』の戦士が乱入。そして…。

「あ…あれ?どうやってここに?」

 機関銃の閃光と轟音はしっかり頭に残っているが、戦った記憶は無い。恐らく自分は逃げ出したのだろう。ひたすら走り、何度も転んだような気がする。手足の痛みは恐らくそれだろう。

「目が…覚めたのか?」

「っ!?」

 突然彼女の耳に男性の声が聞こえた。慌ててそちらを振り向くと、金属製の棚の隙間の先に小さくなって座る戦士が居た。小さくとは言うものの、その巨大な図体は小さくなるわけでは無く、体を窮屈そうに折り畳み丸くなっていた。

「『午』の戦士──

 『無言で殺す』迂々真」

「あ…あの…その…」

「…単なる自己紹介だ。あなたと事を(・・)構える気は無い」

「『酉』の戦士──

 『啄(ついば)んで殺す』…庭取…です…」

 この時二人の戦士は漸く挨拶を交わした。

「この手当て、もしかしてあなたがしてくれたんですか?」

「そうだ。簡単な物ですまないが…」

「あ…いえ。充分過ぎます」

「そ、そうか。そこの袋に水と簡単に食べれる物…よかったら」

「あっ、すみませんわざわざ」

 迂々真は庭取を介抱するべく、近くにあったコンビニで医療品数点を確保し手当てをした。擦り傷などの浅い傷ばかりだったので、治療は簡単だった。この男、巨大な体格の割りに手先は器用なのだ。

 庭取が近くに置いてあった袋を手繰り寄せ中身を覗くと、中にはペットボトルの水にゼリータイプのチューブドリンクと栄養調整食品のシリアルバーが入っていた。普通の食事と比較して、携帯性と保存性を優先しているような選択であるが、後十時間足らずで毒死してしまうこの十二大戦のルールに携帯食の是非は判らない。単純に迂々真自身の習慣や傾向なのだろう。

 庭取は毒物の可能性を考慮して与えられた食品を念入りに調べる。どれも未開封の品で細工された痕跡は無いように見えた。第一に前後不覚に陥った非力な女戦士相手に介抱は愚か、怪我の治療まで施すお人好しが、今更になって毒殺をするとは考えにくいと判断して一先ず信用することにした。

 シリアルの方の封を切り、三分の一ほど囓って食べる。咽が渇いていたのだろう、咽に詰まらせそうになるそれを慌てて水で飲み下す。水とシリアルを交互に胃に収めると、少しだけ安堵感が得られた。食事と休眠を挟むだけで庭取の調子(コンディション)は随分と楽になった。

 そんな彼女の様子を迂々真は静かに見守っていた。

「…落ち着いたか?」

「は、はい…ありがとうございます」

 庭取が水を飲み干して一息ついた頃合を見計らって迂々真は呼びかける。元々口数の多いタイプでは無い彼には女性との対話は難儀な物で、上手く距離感を計れてはいないようだった。

「…あのここは?」

「銀行の地下金庫。今は籠城中だ…」

 地下鉄道から地上に上がり迂々真が見つけたのは巨大な銀行。それも本部クラスの大きな規模の物だった。

 怪我をした庭取を背負い中に入ってみれば、案の定巨大な金庫室。ここだと迂々真は思った。この分厚い金属の城壁であれば、失井の剣技では侵入する事は難しいだろう。例え強力な爆弾であろうとも怖くない。

 直ぐに迂々真は籠城を決めた。金庫の中に入り入り口を塞ぐと外との関わりを断ち、閉じ籠もったのだ。

「その…こういうこと聞くのも恐いんですが…。どうして私と戦わないんですか?

 あなたも私も十二戦士です。当然私のお腹の中にも、あの毒の宝石があります。あなたが優勝を目指すなら、私を殺してそれを取り出す必要があるでしょう?」

 庭取の疑問はもっともだ。此度の大戦、戦士全員が腹に収めた猛毒の宝石を殺し合い奪い合うルール。助かるには十二時間という制限時間内に優勝し、副賞の解毒剤を手に入れるしか無い。

「それはあなたにも言えることだ。つまりこのまま殺し合いをして、毒の宝石を奪いたいのか?」

「…いえ。…私にはもう無理(・・)です。

 私はもう…戦えなくなっちゃいました。戦士失格ですね、私…。戦おうとすると手足が震えて動かないんです。怖くて仕方ないんです」

「そうか…だったら、いい。同じ(・・)だから…」

「同じ…?」

「…『皆殺しの天才』…丑に会ったんだ。最初、協調出来ないかと…。

 しかし、駄目だった。直ぐに戦いになったが、何とか逃げることは出来た。だが、きっと次は無い。どんなに他の戦士を倒して獣石を集めようとも、丑が居る限り確実に殺される。…全ては無意味だ」

「あぁ…そうですね。今にして思うとあれに勝てる気がしません。なんで戦おうとしたんだろう、私…」

「っ!?丑と会ったのか!?」

「いえ、その時は『猫』の戦士に逃がして貰ったんですけどね。…まあ、あのヘンタイなら死にはしないんでしょうけど」

「へ…ヘンタイ…」

 そう音弧の話を出すと、庭取は頬をプクリと膨らませてヘソを曲げた。悲哀以外の感情が庭取から出たことに安堵する一方で、不機嫌さを主張し始めたことに迂々真はたじろいでいた。

「あっ…だけど毒はどうするんですか?」

 しかし、肝心の問題は解決していない。確かに戦わなければ殺される心配は無いが、結局制限時間を過ぎれば毒で死ぬ。

「この身体は鍛錬と科学施術によって作られた肉体で、細胞レベルで改造した強靭な身体だ。

 …もしかしたら体に入った毒にも有効かも知れない。…そこに懸けてみようと思う」

 徹底して施した防御術『鐙(あぶみ)』。迂々真が生涯掛けて築き上げたものであり、頼みの綱。その強固な守りが猛毒すら撥ね除けてくれると信じるしか無かった。

 例え獣石は手に入らず優勝の条件は満たせずとも、生き残ることこそ勝ちでは無いか。

「そう…ですか…。あの、もう少しだけここに一緒に居てもいいですか?勿論、少し休んだらちゃんと出て行きますから…」

「そう…か…。

 だったら時間つぶしに現在の戦況でも教えてくれないか?あなたが知る範囲でいいから…」

「分かりました。それが介抱してくれたお礼になるなら、私が知る限りの事をお話しします」

 

 異能力『鵜(う)の目鷹(めたか)の目(め)』を持つ庭取の情報量は非常に多い。

 最初に『猫』が『卯』と死体『巳』の不意打ちを櫂潜り、『卯』を殺して獣石を奪った事。

 次に庭取自身が手練手管を駆使して『戌』『猫』を殺して見せた事。身の危険を感じた迂々真が筆舌に尽くしがたい程に怯えたが、何とか宥めた。

 そして蘇った『猫』の事。その特性である「死を無視する無死にする」異能力には、なんだ反則では無いかと迂々真は驚愕していた。

 どういう訳か庭取と行動を共にする事になった『猫』。その途中、偶然にも『子』『申』と合流。そしてその同盟から彼女が離反した事。

 直後『丑』と遭遇し、後を追ってきた『猫』に身を挺して守られた事。時系列を整理して初めて迂々真が失井と死闘を繰り広げた直後の事だったのだと気付いた。

 最後に死体と化した『戌』に襲われた所に『亥』が乱戦した事。命辛々逃げ果(おお)せた事。

 

「…そして気を動転させたまま、あなたに出会(でくわ)したんです」

 そして現在に至る。つまりこの庭取という女戦士は大戦開始から三時間余りの僅かな時間で、子・丑・卯・巳・午・申・戌・亥・猫の九名の戦士と接触・交戦、そして情報収集をしていた。

 精々失井と交戦した程度の迂々真と比べても、その情報量は段違いである。軽く眩暈(めまい)を起こしてしまいそうだった。目を閉じて静かに座る迂々真。そしてゆっくりと瞼を開いた。

「…そうか。…大変…だったんだな」

「っ!」

 迂々真から出たのは同情と労いの言葉だった。

 たったそれだけの事なのに庭取はぎゅっと胸を締め付けられたような感覚を味わう。そして自分が情に弱く、甘く、そして脆くなってしまったのだと自覚してしまった。

 冷静に考えると自分が他の戦士を手に掛けたことまで、根掘り葉掘り目の前の迂々真に話してしまった。あの砂粒や音弧にさえ話していなかった事まで、余すとこなくだ。

 それを思うと『強(したた)か』だった庭取(わたし)は完全に居なくなってしまったのだと認める他(ほか)無かった。

 

「ああ、なるほど。あれって『死体使い(ネクロマンサー)』じゃ無くて『死体作り(ネクロマンチスト)』なのか…。

 道理で術者が死んでんのに『歩く死体(ウォーキング・デッド)』が止まらない訳だ。納得したよ」

 突如聞こえた若い青年の声。庭取と迂々真がハッと声の聞こえた方を振り返ると一人の戦士が居た。

 小高い金属棚の上に登り鎮座した戦士。気怠そうに眠そうに、それでいて手にしたスマートフォンを真剣に眺めて、そして指を忙しなく動かしている。恐らくはスマートフォンでゲームアプリを開いているのだろうか。画面をタップする指に合わせて軽快な効果音が鳴り、ポップなBGMが流れる。

「なんつーか、ここって薄暗くてつい眠ちゃいそうだな…」

 今まで居なかった筈なのに、突如湧いて出たかのような感覚。それでも自然に受け入れてしまった自分が居た。

「スマホの画面に使われてるガラスってさ。軍隊で使われるような頑丈なガラスなんだってさ…。胸ポケットに入れておけば拳銃の弾丸をも止めるって都市伝説を聞いたことがあるぜ?本当なのかねえ…あれ」

 唐突に話された意味の無い話。その脈絡の無さが異様に感じた。

「因みに俺はスマホを新調したらまず最初に、ワザとガラスの画面を叩き割るタイプ。ビシビシに罅(ひび)の入ったスマホの画面って、放射状の割れ方が蜘蛛の巣みたいでなんだかロックじゃね?」

 それにしても…彼はどうやって此処に現れたのか。肝心の入り口の鉄扉は封じられたままだった。 

「ん?…ああ、気にするな。鼠ってのはちょっとでも隙間があればどっかからは入ってくるモノなんだよ」

(隙間…隙間だと?いったい何処に?)

「あなたはっ!?」

「よう…よく無事だったな、庭取のお姉さん。

 あとそっちのデカイお兄さんは初めまして…。

 『子』の戦士──

 『うじゃうじゃ殺す』寝住」

「う…。

 『午』の戦士

 『無言で殺す』迂々真」

「…あっそ」

 簡単に挨拶を交わすと、素っ気ない態度でゲームに戻ってしまった。それにしてもこの戦士。何のために此処に来たか?

「ちょっとした緊急避難だよ。ここを緊急避難場所(パニック・ルーム)代わりにさせてもらおうと思って…一旦休憩って奴だ。

 今俺『巳』の奴に追われてて…いや、『巳』の奴って言っても死体なんだけど…。

 とにかく死んでるからって蛇のようにしつこくって…ああ、蛇なのは元々蛇なんだっけ?」

 話を聞くと寝住は『歩く死体(ウォーキング・デッド)』に追われて来たそうだ。

「運悪く『申』の戦士ともはぐれちまうし散々だよ…。

 それにしても申が考えていた和平案は詳細が未だに謎のままだな。案外、考え無しのハッタリなのかも知れねえな?停戦交渉が本分の英雄なんだから。『まず戦いを止めて、そこから皆で考える』…とか有りそうな話だぜ?

 なあ、どう思う?庭取のお姉さん?」

「え?そ…その…」

 唐突に切り出された砂粒の和平案への真偽。判別の突かない庭取と迂々真には肯定も否定も出来ない話だった。

「けどやっぱ俺には分かんねえよなあ。『平和』ってのがどれくらい大切な物なのか…。

 あんたらが今そうして居るみたいに、皆が守りに入ってしまったら。世の中動かなくなっちゃうわけだろ?

 奔放に動くやんちゃが居るから、『変化』と『進化』は起こるんだろ?

 全てが制止した世界なんて、そんなの『滅んだ世界』と一緒じゃ無いか。あんたらが今、死んでるように…」

「ちょっと!死んでるってなんですかっ!私は生きてますっ!ちゃんと!」

「確かに生きてるんだろうな…。でも呼吸して心臓動かしてるだけの状態ってさあ…ただ生きているだけ(・・)じゃ無いか?生きた上で『何かを成そう』とするからこそ『生きてる』って言うんじゃ無いか?

 ただ生きているだけなら、あのヘンタイ『猫』や走り回ってる首無し死体の方が『生きてる』って気がするぜ?」

「…そ、それは…」

 寝住の薄ら寒いようなドライな物言いに庭取の言葉が詰まる。確かに寝住の言い分は間違っては居ないだろう。

 しかし、心の弱ってしまった二人には酷な話だった。

「そうそうあんたら未の爺さんが今どこに居るか知ってる?」

「ご、ごめんなさい。私もまだ会ってないです」

「…あっ、知らない…そうかいそうかい、気にしないでくれ」

 ゲームアプリからプレーヤーが死んだと思しき陰険な効果音が鳴った。大きく息を吐いた寝住はスマートフォンをポケットへとしまった。

「それじゃあ、お邪魔しました…っとぉっ」

 そう言い残すと寝住は静かにフェードアウトして消えていく。そして完全に消えてしまった。

「これも一応教えとく。俺を追って『巳』の奴がここに来るかも知れねえから…。あんたたち、ここから逃げた方がいいぜ…」

 金庫の中を再び静寂が支配した。取り残されたのは迂々真と庭取だけ。

 

(何処に逃げろというのだ?外には『皆殺しの天才』…『丑』が居るのだぞ?)

 迂々真は頭を抱えて丸くなる。余りにも過酷な戦況に彼は次の行動を決めかねていた。

(『子』の少年がどうやって入ってきたのかは謎だが。『巳』…『巳』の死体に同じ事が出来るとは思えない。

 このまま籠城を続ける方が安全では無いか?)

 そう考えていた矢先の事だった。

「すみません…そろそろ私、行きますね」

「っ!?外に出ると言うのか!?」

 迂々真は驚愕した。自分さえ忌避してしまいたくなるような過酷な戦いに、彼女は立ち向かうつもりだ。心だって弱ったままだ。

「えぇ…もとより出て行く約束でしたので…。それに迂々真さんなら毒でも生きられるかも知れませんが、私は毒で死んじゃうので何とかしないと…。

 それに砂粒さんから言われたんでした『最後まで諦めないで』って。私、生き残る方法探してみます。もし見つかったら迂々真さんも助けますからねっ!」

 そう庭取は強がってみせる。此処に来た当初より精神の均衡が取れるようになったらしく、少しづつ持ち直しているようだった。

 庭取は迂々真に背を向けるとバリケードを施した金庫の鉄扉の前に立つ。金属棚と柵が山積みされ、完全に塞がれていた。

「さってと…まず外に出るにはこれをどうにかしないと」

 庭取は近くの金属棚に手を伸ばす。そして『戌』の戦士怒突(どつく)から施された秘薬『ワンマンアーミー』の力で一気に撤去する。

「んぎぎぎーっ!!ふんっ!ふんぎゅーーぅぅっ!!!」

 しかし不思議なことに金属棚はピクリとも動かない。どういうわけか全身に力が入らないのだ。

「もしかして…効果切れ(・・・・)!?」

 秘薬『ワンマンアーミー』を投薬されて早三時間。どうやらドーピングの効果が切れてしまったらしい。彼女はひ弱な女に逆戻りしてしまった。

「諦めない…諦めてたまるものかっ!」

 ひとまずは目の前の壁と戦おう。そう決めた庭取だった。

 

(世の中の仕組みも分かっていない子どもの戯れ言だ。本気に取る必要など無い…)

 迂々真はそんな庭取の様子をジッと見つめた。そして言われるがままだった寝住の言葉を思い出す。しかし、今の彼には辛いことだろう。

 守りに入り、引き篭もり、動かないこと。停滞は楽で楽で仕方ない状態でとても穏やかだ。痛みも恐怖も苦しみも自然と癒してくれる。

(それなのに苦しい…この息苦しさは…この息苦しさは…。)

 説明できない閉塞感を感じた。何か重大な見落としをしているような不安。

(この息苦しさは少年の言葉のせいじゃないっ!?)

 漸く気が付いた。

 

 そうなのだ。『子』の戦士の後を追ってきた『巳』の死体が、この銀行に火を放ったのだ。

 パチパチと炎を上げて燃える建物。爛々と輝く緋色と黒い煙が夜空に飛んでいった。

 




心知らずな解説


・第五話『羊の皮を被り、猫を被る』について
 原作『羊の皮を被った狼』のリスペクトに『猫を被る』を掛けた物。意味も概ね同じで「柔和な表面を取り繕い、本性をひた隠しにする」という意味。
 



・女豹のポーズについて
 『ヨガの猫のポーズ(マールジャーナアーサナ)』が似てる。豹(ひょう)のような姿勢とされているが、どうやらただの四つん這いとは違うらしい。




・『ぱふぱふ』について
 元ネタは『ドラゴンボール』『ドラゴンクエスト』。
 女性の豊満な胸の谷間に顔を埋めて、甘えて癒して貰う行為。本作第一話で音弧が開幕、異能肉(いのうのしし)にした粗相がこれ。強い母性の波動を感じる。
 因みに迂々真(ううま)に『ぱふぱふ』をして貰うとダメージ(・・・・)を負うらしい。




・『虎穴に入らずんば虎児を得ず』→(からの)(決してエッチな意味じゃないんだよ)について
 「寅にも穴は有るんだよな…(意味深)」
 意味を理解してしまった穢れた大人の家には漏れなく『皆殺しの天才』・『丑』の戦士・失井(うしい)の旦那がお邪魔します。




・『釣り野伏せり』について
 簡単に言うと囮部隊で敵軍を釣って、伏兵部隊で包囲殲滅する兵法。戦国時代に九州の島津家が得意とした戦法で、戦力差15倍をひっくり返したと言う話がある。




…え?知ってたって?
これは失礼しました。





…おや、誰か来たようだ。
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