※この作品はR-18です。

【二次創作】十三大戦【頑張って書いた】   作:セイントス

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 そもそも何故『猫』は十二支にいないのか?
 その昔、神様が十二支を選定するお触れを出した際、『子』は『猫』に嘘の日取りを教えました。結局『猫』は選定に遅刻し、干支にはなれませんでした。
 その時の怨み辛みで『猫』は『子』を追い回すようになったのです。
 つまりは『子』が悪いのです。


第七戦『猫鼠同眠(共)』

「追い込まれた俺は今度は新しい分身を二体作って、戦士『丑』・失井(うしい)に挑みかかった!」

「ほーん…それでぇ?」

「まず、一体目は正面から突貫!二体目は壁を三角跳びして頭上から奇襲を仕掛けた!

 対する『丑』は正面の一体目を一刀快断!そのまま二体目を鮮やかに腕を切り落とし、流れる動きでその首を刎ね飛ばした!」

「なーんだぁ、ケッキョクはマけちゃってんじゃんかよぅ」

「ところがだよ…実は『丑』の死角に三体目の分身を隠して居てさ、それが二体目が斬り捨てられた直後に背後から奇襲を仕掛けた!」

「んでマケたんだろ?」

「オチを言うんじゃ無いよ、まあそうだけど…。最後の三体目の伸びた腕に『丑』はサーベルを寸分違わずに突き立てて、そのまま昆虫標本みたいに地面に縫いつけた。その後心臓を一突き…結果は惨敗だよ」

「あっはっはっはっ!ダローな!ニーサンの実力じゃあそんなもんだろぅ!」

「五月蠅(うるさ)いやい」

 団地近くの小さな公園。そこには二人の戦士が酒盛りをしていた。

 『猫』の戦士・音弧(ねこ)は長椅子(ベンチ)に腰掛け、手にした大吟醸を手にしたグラスに静かに注ぐ。

 『寅』の戦士・妬良(とら)は音弧を膝枕にして長椅子に寝そべり、音弧の話を聞きながら腹を抱えて笑った。

「ほら、一つ終わったから一杯(・・)だ」

「ん!やったぁ!」

 『酒一杯には肴が一つ』音弧は「大人の節度有る飲み方」をそう言った。

 酔わない酒の飲み方で重要なのは、酒の伴にツマミを用意することだろう。空きっ腹に直にアルコールを摂取すると、アルコールの吸収力が高くなり、その分早く酔いが回る。ツマミの種類によってはアルコールの吸収量制限、分解促進、肝臓機能増強等の効果もある。興味があるなら是非調べてみて欲しいものだ。

 しかし、この場に都合良くツマミなど有りはしない。幸い水飲み場があるから「水を飲む」と言う選択肢もあるが、この酔っ払い相手ではお茶も濁せないだろう。

 そうなれば「酒を飲むペースを無理矢理落とさせる」に限る。そのために『話題を肴にして』酒を一気に飲ませないようにした。

 音弧があれやこれやと話題を提供すると、どういうことか妬良が『丑』の戦士について強い興味を示した。そこで彼と激突した物語(エピソード)を、要所々々忍者風に(アレンジ)しながら『話を肴に』変えていく。妬良はその話を食い入るように聞き、時には愉快な笑い声を上げながら美酒を呷る。

 音弧が今新たに酒を注いだグラスを差し出すと、喜色に染まった彼女はそれを素直に受け取りゆっくりと飲み干した。

「ぷはぁ…生き返るぅ…」

「ペース落とした方が味や香りもじっくり楽しめるだろう?日本酒やワインなんかは数多くの味と香りが混ざり合っていて、その組み合わせは無限大だ。それらを一つでも多く感じ取らないと損ってもんだ」

「んーそーだなー。じゃあその酒のアジをもっとよくシるためにもう一パイ…」

「おっと!そいつは駄目だ。人の出会いは一期一会、酒の出会いも一期一会だ。

 もう一杯欲しけりゃ肴(さかな)を出しな」

「んーん!ケチーぃ!」

「ケチで結構コケッコー!」

「あんたネコだろぉ!」

 酔っ払った妬良が音弧の手にした酒を狙って手を伸ばすと、彼は彼女の侵攻を妨げるように頭を掴んで取り抑える。更には酒瓶を遠ざけるように高々と掲げた。

 端から見たらその光景は、もうじゃれ合った猫達のようにしか見えなかった。

 しかし、この後に及んでも音弧は素面のままである。妬良が音弧に酒を飲まない理由を聞くと、彼は戦場では酒断ちをする性分(たち)らしい。「音弧(おれ)が酒飲んだら妬良(きみ)の取り分減るけどいいかい?」と聞かれたので、妬良は黙ることにした。

「いやー本当に強かった。丑の旦那は…本当に」

「そりゃあ当たりマエさ。なんてったってアタイの…」

「…アタイの?」

「いや、やっぱり何でもナい」

 この話は終わりだと言わんばかりに妬良はごろりと寝返りを打つ。頭を横にして音弧を視界から外した。

 それを見て音弧は溜息を一つ吐いて妬良の頭を撫でる。やんちゃで活発な印象を受ける明るい茶色の髪の毛を優しく指で梳くと、少しゴワゴワしていて指先に絡む。癖っ毛なのだろうその感触を楽しみながら一息つくと、妬良はそれを嫌がったのか羽虫を払い除けるように音弧の手を追い払う。子供のようなじゃれ合いだった。

 

「暢気(のんき)なもんだな。こんな所で油を売ってるなんてさ」

「ん?なんだ、寝住(ねずみ)か…」

 声のする方を振り向くとそこには細身の若人、『子』の戦士・寝住が居た。彼は公園に設置された水飲み場の蛇口をひねり、水を出すと、噴水のようにあふれ出す水に口を付けガブリガブリと水を飲む。余程疲れていたのだろう、水を飲み終えると今度は噴水の中に頭を突っ込み、あたかも頭を洗うかのように水浸しにした。

「ふぅ…気持ちいい…。頭もサッパリするなぁ」

 水も滴るいい男。大量の水気を含んだ髪の毛がペタリと潰れて、毛先から大粒の雫になってポタリと落ちる。寝住は毛先を搾って水を切ると、両手で頭をガシガシと掻いた。髪の毛が湿ってはいるものの、従来の彼の髪型に似ても似つかぬ塩梅(あんばい)になった。

「タオルとか髪を乾かす物も無いのにそんな濡らして大丈夫?風邪引くよ?」

「問題ないよ。寧ろ熱を冷ましたい所だったのさ。冷えるくらいで丁度良い…」

「そう言うもんか?」

「そう言うもんさ」

 寝住は音弧から少し離れた位置に有るベンチに腰掛ける。

「そっちのお姉さんは初めまして。

 『子』の戦士──

 『うじゃうじゃ殺す』寝住」

「『寅』の戦士──

 『酔った勢いで殺す』妬良」

「じゃあ自己紹介も終わったし質問な…。

 砂粒(しゃりゅう)のお姉さんはどうした?」

「はぐれた」

「はぐれたぁっ!?」

「おろっ!?ふんぎゃっ!」

 音弧と寝住の二人は、ある人主導の下『和平』に向けて行動をしていた同志である。

 『申』の戦士・砂粒。『和平交渉の専門家(プロフェッショナル)』である彼女はこの大戦を平和的に解決するべく動いていた。彼女は既に最後の一人になるまで戦い尽くし殺し尽くさねばならない『十二大戦』を無事に生き残れるかも知れない計画(プラン)を考え付いていた。

 しかし、その計画を彼女は今も秘匿している。そんな彼女が護衛も無しに一人の状態だと言うのだ。もし、彼女の身に何かが起きたら和平案が頓挫する。

 思わぬ緊急事態に音弧は長椅子から跳び上がる。膝枕をされていた妬良が長椅子から転げ落ちた。

 音弧が寝住の元まで歩み寄ると胸倉を掴み上げ、無理矢理彼を立たせる。

「いてぇよ…」

「どういう事だよ!」

「そうカッカするな…。カルシウムが足りねえんじゃねえの?煮干しでも喰ってなよ」

「彼女の身に何かあったら如何するんだっ!救済案は無く、無残な殺し合いに逆戻りだぞ?」

「…良く言うよ。全てはお前の手落ち(・・・)だろうが」

「……なに?」

「そもそもお前があの『卯』の戦士を処分しなかったせい(・・)でこうなってんだよ」

「っ!?」

 寝住の予想だにしない発言に音弧が怯む。

「ぶっちゃけさあ、一番最初にあの『卯』の戦士を倒してくれたのには感謝してるんだぜ、これでも?

 でもさあ、あんたミスをしてるよ。アイツ、まだ動けたぜ?きっと自身を『歩く死体(ウォーキング・デッド)』に作り替えたんだろうな。まだまだ戦闘続行出来る状態さ。

 俺達はそんな『卯』の死体と『巳』の死体に見事に分断させられたってわけだ」

「…そ…そんな」

 音弧の顔がみるみるうちに青ざめる。

 『死体作り(ネクロマンチスト)』……『卯』の戦士・憂城を手に掛けたのは音弧自身だ。術者が消えた以上、脅威は『巳』の死体のみと認識していた彼には寝耳に水の話だった。

「まっ、そんな死んでも死なないようなゾンビ相手でも殺せる方法があるんだけどな?」

「っ!?本当か!」

「…あんたなら心当たりがあんだろ?肉片も骨片も残さずにバラバラにする方法が…。

 あの(・・)お姉さんだよ」

「まさか…『鳥葬』?」

 『啄(ついば)んで殺す』。『酉』の戦士・庭取(にわとり)の代名詞とも呼べるあの技。実際に喰らった…いや喰われた音弧には分かる。確かにアレならば『歩く死体(ウォーキング・デッド)』だろうが殺し尽くせるだろう。

「そ。…実はさ、彼女と会ったんだけどね。その時は俺が『巳』の死体から逃げるので手一杯だったよ」

「おい、ちょっと待て!!じゃあ庭取ちゃんは…」

「地下室に避難してたな…。丁度あの辺り」

「…?」

 寝住が指を指すと空に細い白線が伸び上がっていく。あれは位置を知らせる狼煙のように見えた。

「煙…?っ!?『巳』の火炎放射器!!」

 死体『巳』が背負った特注の火炎放射器『人影(ひとかげ)』は「人の影すら失うまで燃やし尽くす」程に高い火力を持つ。ちょっとした建物など瞬く間に黒焦げだろう。

「…もしかしたら巻き込んじまったかもな。

 でもそうだとしたら囮として俺を逃がしてくれたってことかもしれねえな。感謝しねえと…」

 音弧の脳裏に最悪な光景が過ぎる。火炎放射を浴びせられ、かつて自分が体験したように焼き尽くされる庭取の姿。

「助けないと…」

「は?」

「助けにいかないと…っ」

 音弧が歯を食いしばる。そして険しい眼差しで煙を睨んでいた。

「待てよ…今からじゃ間に合わねえよ。距離考えろよ」

 今から現場に向かっても十数分はかかる。か弱い庭取のことだ、たったそれだけの時間でも殺されてしまうかも知れない。

「…それでもいかなきゃ駄目なんだっ!たとえ捨て去って(・・・・・)でもっ!!」

 音弧は腰からサバイバルナイフを抜き取るとそれを首筋に当てる。スルリと刃の向きに合わせて切ると、あたかもその部分が切り離せる構造だったかのように鮮やかに裂け目が入る。

 傷口は頸動脈を裂き、鮮血を噴水のように撒き散らす。音弧は血を失い、膝がガクガクと震え、地に倒れる。次の瞬間には死体が消えた。

 

 

 そして猫は居なくなった。

 

 

「…イちち…。あれ?アタイはここで一人(・・)で何を?」

 地面に転がっていた妬良が身を起こすと、彼女の周りには人一人居ない。彼女の周りには空になった酒瓶とグラスがゴロゴロと地面に転がっていた。

「んぁ?」

 妬良が空を見上げると、夜空に綺麗な星。それに混じって消えるように白煙が溶け合った。

「……行ってみるかねぇぃ?」

 妬良は頭を掻くと、立ち上がってから地面に乱雑に転がっていた酒瓶を一つ持ち上げる。そしてそのまま鼻歌交じりにこの場を後にした。

 

 

◇

 

 

 巨大な体躯の男、『午』の戦士・迂々真(ううま)。彼は窮地に立たされていた。

 彼が居た場所は鉄壁の要塞、銀行の地下金庫の最奥。強固な金属製の壁は如何なる攻撃さえ退け、侵入者の一人さえ許しはしない。その筈だった。

 しかしどういう原理か一人の戦士・寝住はスルリと侵入した。それ自体は問題では無い。彼は迂々真と事を構えること無く、要塞を去った。問題は次だ。

 寝住の後を追ってきた敵、『巳』の死体。それが銀行に火を放ったのだ。火の手は金庫を取り囲み、中を高温のオーブンにジワリジワリと変化させる。しかし迂々真の防御術『鐙(あぶみ)』による屈強な肉体はちょっとやそっとではビクともしない。では何が彼を窮地に立たせているのか。

 それは炎の『燃焼反応』だ。火が燃えるのには当然酸素(・・)が必要となる。大量の物体を燃やせば、それだけ酸素は急激に減る。

 『酸欠』。生物である以上、酸素が無ければ人は死ぬ。それには『鐙』など関係ないのだ。

「ゴホッ…!ゴホゴホッ!?」

 迂々真は苦しみ藻掻く。流石の彼でも酸素を失われてはひとたまりも無いため、慌てて脱出を試みた。背面に位置した壁を突き破り火の手から逃れようとするが、此処は銀行の地下金庫。場合に寄ってはシェルターとして使えるほどの強度を誇る鋼鉄の塊は、迂々真の拳では貫くことは出来なかった。

 迂々真の逃げ場は既に無い。堅牢な要塞は絶望的な牢獄になった。後は刻一刻と迫る死を待つだけだった。

「ひぃぃぃぃぃぃん!!」

「落ち着いて下さいっ!」

 パニックを起こした迂々真の腹をポコリと叩く音がする。迂々真が下を見れば一人の女戦士が居た。

 露出の目立つ朱色の女、『酉』の戦士・庭取だった。彼女は自らの外套(マント)を口元に巻いている。

「身を屈めてこっちに、もっと私の傍に」

 外套越しのくぐもった声で庭取は彼に呼びかける。迂々真は戸惑いながらも彼女の誘導に従って、壁の角まで移動する。そして彼女の背丈に合わせるように身を寄せる。それを見た庭取は自身の外套を脱ぐと、それでまとめて二人の口と鼻を塞ぐ。心なしか呼吸が楽になった。

 迂々真は一点だけ勘違いをしている。それは火事によって死ぬ原因と言うのは『燃焼反応による酸素不足』だけのせいでは無いのだ。

 『一酸化炭素中毒』。火災によって発生する一酸化炭素…つまり大量の煙は、体内に入り込むと体内中のヘモグロビンと反応して血中の酸素運搬能力を阻害する。それによる急激な酸素欠乏こそが、時に人の意識を一瞬で刈り取る。それが火災事故で最も多い死因だ。

 よってマスク等で一酸化炭素の侵入を防ぐことは火災からの避難で重要な事だ。加えて、部屋の隅には新鮮な空気が残っている可能性というのが非常に高い。庭取はこの土壇場で実に冷静に状況に対処していた。

「とにかく落ち着いて聞いて下さい。一分一秒を争います」

 庭取は迂々真に強い視線で訴えかける。幾らマスクで一酸化炭素を減衰し、酸素を補給したとしても、所詮は気休め。いつ意識を奪われるか分かった物では無い。

「どうやら『巳』の死体がここを放火したようです。早急に脱出しないと私達はお陀仏です」

「しかし何処へ逃げろと?」

「後ろが駄目なら前しかありません。あの金庫のバリケードを退かして正面から行くしかありません。

 …いいですか。今あなたは御自身だけでは無く、私の命も一緒に握っています。どうか生きるために力を貸して下さい」

 素直に現状を説明し協調を求める庭取。切羽詰まったこの状況で彼女は不完全ながらも『強(したた)かさ』を出し始めた。そして、状況を動かす。

「…わかった。何をすればいい?」

 迂々真は彼女の言に従うことにした。素より軍人気質の彼はリーダーシップを発揮する者の意見に従う事に抵抗はない。何より彼女の瞳には生を渇望する強い意志のような物が見られた。信頼するに値すると長年の経験を信じた。

 協力関係が成立した二人は手短に打ち合わせを済ませると、速やかに行動を開始した。迂々真は庭取の外套を受け取るとそれを縦に引き裂く。その布を裏地が表面になるように縦に半分折りの帯状にすると口元に巻く。口と鼻の両呼吸口を保護するための簡易的なマスクを作った。これで口を塞ぎながらも二人の両腕は空く。外套を失った庭取は肌の露出面積が更に増え、火傷等の危険性が更に高まるが背に腹はかえられない。焼け死んだらそれはその時だ。

 その後は二人掛かりでバリケードの撤去。金庫の扉を開けて脱出。外の様子が分からない以上不確定要素はあるが、脱出ルートが実質一択なため変更は無い。可能な限り通路の端を壁伝いに速やかに移動して外を目指す。それしか無い。

(なに、これ?頭が変な感じ…割れそう。気持ち悪い…)

 庭取の体が不調を訴え掛けてくる。先程の説明に言葉を使いすぎたのだろうか。ともすれば一酸化炭素による中毒症状が始まりそうなのかも知れない。

(…急がないと)

 仮に金庫室を脱出しても銀行内部から外へと脱出しないことには死ぬ。火災の死因は一酸化炭素中毒死だけで無く、焼死や崩落に巻き込まれての圧死など一つでは無い。

 最悪の場合金庫の扉を開けた後に、迂々真が庭取を見捨てて脱出する可能性だってある。それに備えて自力で脱出を試みるだけの余力は残さねばならない。

(それでもやるしかないっ!生きる…生きるんだっ!最後まで諦めちゃ駄目なんだ!)

 庭取は目の前のバリケードに挑みかかる。協力を得られた迂々真の筋力は凄まじく、庭取一人ではどうにもならなかった鉄塊が撤去される。そしてあっという間に鉄扉が顔を出した。

「ふっ!!んんっんん!!!」

 迂々真が全身の力を使い、金庫の扉を開く。大戦終了後に金庫から出ることを考慮して、また庭取が外に出たがる事に配慮して、金庫扉の施錠機構を事前に破壊しておいたのが功を奏した。お陰でこの金庫の中に閉じ込められる心配だけは無かった。

 庭取も協力して重厚な扉に挑む。火災の熱が鉄塊にも伝わってきているのか、ほんのりと熱を帯びる。僅かに開いた扉の隙間から黒煙と熱風が流れ込む。想像以上の火の周りの早さに恐怖しながらも手足を止めている暇は無い。より一層力を込める。

 そして二人は金庫室の外へと脱出した。急いで外へと向かわねばならない。

 

 しかし、そこで一つ計算違いが起こった。

 

「…あっ………」

 眼前に迫る火の手。それは決して危険なほどでは無い。僅かに視界は保たれているし、火の勢い自体は弱い。

「………ああ……」

 頭痛で脳がビシリビシリとひび割れてしまいそうな感覚。

 自身の知るはずの無い光景。なのに知っている光景。

 自身の奥に潜んでいた物の堰が切られるような感覚。

「……あああぁぁぁあああぁっ!?」

 脳に雪崩れ込む記憶の奔流。全身に流れる苦痛。視界に焼きつく数々の記憶(エピソード)。思わず庭取は絶叫を上げた。

 

 そして彼女は自らの意識を手放した。

 

 

◇

 

 

 優しい父に優しい母。二人は良家の生まれだったが、古い習わしに嫌気が差し、駈け落ち同然に故郷を離れて、新しい人生を歩んだ。何もかも手探りの状態から二人で支え合って生き、その途中で子宝にも恵まれた。

 

 少女はこの世に生を受けた。

 

 六畳一間の小さなアパート。両親は共働きで満足な団欒をすることは困難だったが、愛情一杯に我が子を育てた。生活は貧しくとも少女は幸せだった。

 

 しかし、彼女は運命に弄ばれた。

 

 ある冬の寒い日だった。少女がお昼寝から目を覚ますと、目の前が真っ赤に染まっていた。

 少女は取り乱した。何が何だか訳も分からずに少女は布団から飛び出し、外へと逃げた。そして少女は後ろを振り返る。すると世界は赤に染まっていた。緋色の炎が燃える。揺らめく火の手は彼女の世界を焼き尽くす。

 当時の少女の頭では理解できない話だが、アパートの別室の住人の寝タバコが原因の火災だったらしい。空気の乾燥した冬空は建物を瞬く間に焼いた。

「…っ!お父さんっ!」

 少女は思い出した。この日彼女の父は夜勤明けで、少女と同じように眠っていた。

 少女は慌てて父を探した。しかし何処にも居ない。見つからない。少女は泣き叫ぶ。父が居ないのだと。父は何処なのだと。

 彼女の父は、焼け跡から焼死体として発見された。

 

 この日、彼女は父を失った。

 

 少女の父と母には身寄りが無かった。良家の生まれだった父と母は駈け落ち同然に故郷を離れたため、実家からは勘当されている。頼ることは出来ない。

 残された母と少女は新居である団地に引っ越して生活を始めた。しかし女手一つで少女一人を育てることは難しく、母とは擦れ違いが続いた。

 

 この時から、少女の人生は歪んでいった。

 

 ある時のことだ。母が見知らぬ男を家に連れてくるようになった。かと思えば、丸一日戻ってこない日も在った。

 この頃には少女も物分かりが良くなり、自身の現状を理解した。今にして想えば賢い子だったのだろう。小学生ながらに洗濯物や風呂も自分で何とか出来るようになり、食事は出来合やインスタントの物であるものの自分で用意できた。

 少女は一人だった。小学生とは無邪気に無意識に無垢で残酷なもので、父の居ない片親の彼女を異質と見た。そして特に理由の無い差別に晒された。特別にイジメにあったと言った事実は無い。しかし周囲は自然と彼女と距離を置くようになり、一人取り残されたのだ。

 しかし彼女には不思議な力があった。鳥達と意識を交わす異能力。鳥達は独りぼっちだった彼女の心の支えになった。そのせいで彼女は周囲を隔絶した。彼女自身と鳥達と小さな自宅の一室こそが彼女の世界になった。

 

 しかし、彼女の人生は狂った。

 

 彼女が中学校に上がる頃だった。母が男を連れてきた。新しい父親なのだと母は紹介した。確かに数回会ったことの有る男だった。苦しかった母を慰め支えてくれた恩人だとも聞いている。しかしその男の少女を品定めするような目付きが、彼女は苦手だった。

 しかし、それで母が幸せになれるならと再婚を認めた。母には今まで苦労を掛けてきた。母の幸せを願うことくらい悪いことでは無いだろう。

 

 それは、大きな間違いだった。

 

「やめてっ!何をするのっ!?痛いっ!痛いよっ!?」

 母が居ない晩の事だった。男が少女を力尽くで組み敷き、衣服を剝ぎ取った。未成熟な少女の裸体に男は指先と舌先を這わせる。成熟した女であれば、それを快感として甘受することも出来たかも知れないが、少女には不可能だった。与えられた刺激は性感より痛覚を掻き立て、快楽よりも恐怖心が支配した。

 少女は抵抗した。今までに感じた事の無いほどの恐怖。逃げようと考えるのは当たり前のことだった。しかし少女の非力さでは男の拘束は抜け出すことは叶わない。あろう事か男は少女を殴り付けた。おとなしくしろ、抵抗するなと。少女は泣き叫ぶ。

 男の行為は止まらない。少女を一糸纏わぬ体にすると、息を荒くした男も同じように衣服を脱ぎ捨てた。そして男は自身モノを少女に宛がった。

「いぎぃ!?あがっ!?あぎゃあああぁぁっ!?」

 脳を焼き切りそうな程に説明できない刺激が少女に与えられる。それでもなお男は少女の中に侵入し、床をギシリギシリと軋ませた。

「痛い!痛い!痛い!怖い!恐いよ!やめて!痛い!やめて!怖い!やめて!痛い!痛い!」

 少女は泣き叫ぶ。目の前の男に許しを請うようにひたすら訴えかける。しかし男にしてみれば、自身を興奮させる最高のスパイスでしか無かった。

 男の動きは更に激しさを増す。少女に痛みが拡大する。泣き叫ぶ。訴えかける。

「あぁ…あああぁぁあぁぁああっ!!?」

 男がトドメを刺すように少女の奥へ奥へと自身のモノを深く深く押し込める。少女の内臓を押し潰し、形を歪ませ、歪に膨れ上がる。

 より一層耐え難い激痛、全身に落雷が駆け巡ったと勘違いするほどに激しい痙攣、そして少女を焼き殺すかと錯覚してしまうほどの熱さだった。

 

 その日、少女は人形になった。

 

 後日、少女は男がした行為を性行為だと知った。子供を作る行為があれ程までに苦痛と恐怖を伴うとは思いもしなかった。

 しかし、少女は耐えた。このような最低な男でも、母が選んだ男だ。少女は母の幸せのために我慢することを選んだ。選んでしまった。

 男は定期的に少女を犯すようになった。初めのうちは少女は諦めずに何度も抵抗した。しかし相手は大人でこちらは子供、加えて男と女だ。無情なことだが目の前の男には敵わなかった。やがて少女は抵抗を止めた。その姿に男は気をよくした。

 少女を心を殺した。なるべく考えないように、なるべく苦しくないように、なるべく早く終わるように。

 

 少女は、自分を閉ざした。

 

 少女は以前よりも独りになった。端から見たら彼女は病んでいたのだろう。纏う雰囲気が余りにも異質。そして少女は心の支えである鳥達により一層依存するようになった。

 周囲は彼女と距離を置いた。鳥と心を交わす異能力は人々には異常に見えたのだろう。この頃から彼女は明確な迫害を受けた。下駄箱を開ければ上履きに落書き、机に向かえば花を添えた花びんと落書き、イスに画鋲。水泳水着や体操着が隠された事も有るし、足を引っ掛けられて給食をひっくり返した事も有った。

 彼女を守ったのは鳥達だった。ある日下駄箱に悪戯をしようとした女生徒を烏が襲った。体育の時間に雀の大群が生徒を襲った。授業中の教室の窓ガラスに鷹が体当たりをした。

「もう止めて!貴方たちが傷付く必要なんて無い!」

 彼女はそれでも優しかったのだろう。人々の反撃で傷を負った鳥を逃がすために思わず叫んだ。

 その日から鳥達の襲撃はパタリと止んだ。周囲はその余りの不気味さに少女に触れることを止めた。『触らぬ神に祟り無し』。少女はまた一人になった。

 この頃からだ、男の身体に生傷が増えるようになった。どうやら野鳥に襲われることが増えたらしい。苛立った男は少女に今まで以上に己の鬱憤をぶつけるようになった。

 

 そして少女の世界は破綻する。

 

 少女が自宅に帰ると一羽の鳩が死んでいた。先日家の近くで怪我をしていたので少女が介抱していたモノだ。

 しかし鳩は死んでいる。カゴの中は夥しい赤、朱、紅。血溜まりの中心で鳩は息を引き取っていた。その横にはエッグカッターが転がっていた。

 ガチャリと後ろのドアが開いた。風呂上りだったのであろう、あの男が居た。

「お前が…お前が殺したのかっ!?この子を!!」

 衝動に駆られていた。あの瞬間少女は人であることを止めてしまったのだろう。ただただ「この子と同じ苦しみを味わえ!」とそのような考えが支配していた。

 落ちていたエッグカッターを拾い上げると少女は男に宛がった。

 男の醜い断末魔を上げて仰向けに倒れた。しかしそのまま少女は男に馬乗りになり激しさを増す。手にした刃が男の腹を掻き分けて中へ進入する感触が伝わってきた。全身から血液が流れ落ちるような不気味な感覚。それでも少女は男の中に侵入し、男は藻掻いて床をギシリギシリと軋ませた。

 少女がトドメを刺すように男の奥へ奥へと自身が手にしたモノを深く深く押し込める。男の内臓を掻き回し、形を失い、空洞が出来る。

 より一層聞くに堪えない叫び声、全身に落雷が駆け巡ったと勘違いするほどに激しい痙攣、そして男から噴き出た熱い血潮が少女に降り掛かった。生温かい。

 

 少女は道を踏み外した。

 

 ガチャリと家のドアが開く。少女が後ろを振り向いた。

「お…お母さん……」

 買い物から帰ってきたのだろう母が居た。その姿を見て少女は我に返った。少女は男を殺した。どんなに言葉を取り繕っても事実は変わらない。少女は自分のしでかした事の大きさに困惑した。

『また奪ったの?私の愛した人を?私の愛する人を?ねえ?なんで?何であなたは私から奪っていくの!

 返して!返してよ!あんたなんか…あんたなんか産まなきゃ良かった!』

「………あ…あ…ああぁぁぁあああぁ!!」

 母が口にした言葉は少女の撃鉄を上げて引き金を引かせるには充分だった。

 少女の記憶は真っ白に塗りつぶされ、この後の顛末を憶えていない。

「なんで…?なんで!どうしてなの!?」

 

 何故母はあの男と再婚したのか。

 何故あの男の暴挙を見過ごしたのか。

 何故母は私の目を見ないのか。

 何故愛してくれないのか。

 何故。何故。何故…。

 

 問えども問えども目の前の母は少女の望む答えを返さない。

 

 何故なら母は死んでいたからだ。

 

 そして少女は自分を失った。

 

 

 ……これが戦士・庭取の失われた15年間を掻い摘まんだ話だった。

 

 

◇

 

 

「……燃えてる」

 『猫』の戦士・音弧は眼前にある煌々と輝く巨大な篝火(かがりび)を見ていた。

 否、これは篝火などでは無く火事だ。

「景気良く燃えてんなぁ…。これが噂に言う『どうだ明るくなっただろう?』って奴か?ブルジョアぁ…」

 焼け落ちて崩れた看板から辛うじて『銀行』の二文字を見つけたことから、この建物がどのような施設なのかは判別できた。

 成金が玄関先で百円札を燃やしている風刺画を思い出しながら、目の前の燃え盛る火災現場を眺める。

「行くか…」

 『子』の戦士・寝住からもたらされた情報「『巳』の死体が『酉』の戦士・庭取を襲っている…かも知れない」という情報を聞いた彼は、文字通りこの場に跳んでやって来た。

 消防署でも襲撃して防護服一式を確保してこなかったことを後悔しながらも、音弧は火の海に飛び込む。

 今から装備を整えるなど時間が惜しい。万が一にも中に音弧のお目当て…庭取が取り残されているならば、さっさと担ぎ出そう。既に脱出が済んでいるなら、そいつは重畳。取り越し苦労位が丁度良い。

 

 火災現場の中はモクモクと煙が立ち込めて目にしみる。熱が頬を撫でた。音弧は煙を防ぐべくハンカチを口に巻いて簡単なマスクにすると周囲を見渡した。

 幸いなのか不幸なのか判断に困るところであるが、建物内の窓ガラスの数多くが割れていることで煙が充満することが無く、ある程度の視界が保たれている。一寸先は闇のような事態にはならない。反面割れた窓から酸素が流れ込み、炎の勢いは強く、温度が非常に高い。これ程の規模の建物でありながらスプリンクラーが作動する気配は無く、火の勢いは止まることを知らない。人払いがなされ、当然消防署の機能が完全に停止してしまっているこの十二大戦中では、消火が終わることはないだろう。

 飛び火を避けるためにも雨の一つでも降り注いで欲しいところだが、それはお天道様次第なので期待は出来ない。

「あっちかな?」

 寝住は彼女が地下へと避難したと証言したことを頼りに地下への入口を探す。するとオフィススペースの奥に地下へと降りる階段らしき物を見つけた。この銀行という施設の事を考慮すれば、恐らく地下には金庫室があるのだろう。

 確かに金庫室ならば強固なシェルターとしての役割は十全に発揮されるだろうが、反対に言えば逃げ場無い袋小路だ。

 庭取が金庫室を選択するのには僅かに違和感を憶えた。彼女ならば『鵜(う)の目鷹(めたか)の目(め)』を最大限に利用して周囲を索敵し、ひたすら逃げ続ける選択をすると思ったからだ。

「っ!?今の!」

 音弧の耳に入り込んだ微かな悲鳴のような声。

 音弧は弾かれたように走り出す。階段を駆け下りて角を曲がる。距離にして50mも無い。直ぐに最奥に辿り着いた。

「庭取っ!?」

 金庫室の重厚な鉄扉の前そこに庭取は倒れていた。そして彼女を支えるように筋肉質な巨漢が居た。

 巨漢はこちらに気付いたらしく、素早く彼女を地面に降ろすと、音弧に立ちはだかるように身構える。

「待てっ!敵じゃ無い!それよりも脱出をっ!!」

 音弧は巨漢の脇をすり抜けると庭取を担ぎ上げると直ぐさま来た道を戻る。階段を一段飛ばしで駆け上がり地上へ上がると、玄関から飛び出す手間さえ惜しんで手近な窓ガラスを叩き割り外へと飛び出した。

「ゴホッ…ゴホゴホッ!?」

 フロア1階分を探索して、階段を1階分上り下り。距離にして100m未満。時間にして五分未満。呼吸の満足に出来ない状況下で人命救助をするのにはかなりハードだった。

 一拍遅れて巨漢が音弧の後を追ってきた。彼と遭遇した際、一瞬だけ敵かと警戒した。しかし倒れた彼女を介抱しており、口元に巻いた朱色のマスクが庭取の外套であると判断出来たことが幸いした。

 火の手から避難し改めて彼女の顔を見ると、同じように外套を引き裂いたマスクが巻かれていた。つまりこのマスクは庭取が巨漢に分け与えた物であると判別できた。

「…。

 『猫』の戦士──

 『好奇心で殺す』音弧

 俺は彼女を助けに来た。お前は味方か?」

 しかし、それは『火災』という緊急事態に対処するべく協力関係を築いた一時的なものしれない。『呉越同舟(ごえつどうしゅう)』などと言うが、船から下りれば敵同士だ。

「『午』の戦士──

 『無言で殺す』迂々真

 あなたと戦う気は無い」

「ならいい…そのマスク貸して」

 迂々真の言を信用すると、音弧は背負って居た庭取を地面に寝かせる。そして脈や呼吸を調べる。すると脈も呼吸も安定していた。

 しかし、顔や肌がほんのりと赤い。酸欠や低酸素症の場合、肌の色が青紫色になるチアノーゼが見られる。だが一酸化炭素中毒の場合、一酸化炭素がヘモグロビンと結合して鮮紅色になる。よって判別が難しい。

 至急手当てが必要だ。庭取からマスクを剝ぎ取り、迂々真から取り上げたマスクを二つまとめて枕にすると、その枕を彼女の後頭部に滑り込ませる。

「…ちょっと必要な物を集めてくる。周囲を警戒しててくれ」

 音弧は立ち上がると、迂々真に庭取を預けて何処かへと走り出す。

 五分程度で再び戻ってくると、近くにあったスポーツショップからブランケットと衣類品を数着、加えて酸素スプレーを用意した。

 衣服を彼女に着せるとブランケットで作った簡易的な布団に寝かせる。体が冷えないようにもう一枚ブランケットを上からかけると、今度は酸素スプレーを使って庭取に少しづつ酸素を送りこむ。

「…彼女に何があったんだ?」

 一酸化炭素中毒の可能性を考慮して応急処置を行っていたが、実際にその可能性は低いと考えられる。今横の方で庭取と同様に酸素を補給している迂々真が平気そうにしているためだ。

 同じ環境下に置かれていたと推測される二人であるが、一人は気を失い一人は無事と言うのは説明がつかない。ましてや音弧はあの時、庭取の悲鳴を聞いたのだ。ならば他の原因があったのだと考える方が自然だった。

「わからない。彼女が火を見た瞬間、急に叫びだして…俺は何事かと驚いたんだ。先程まであれ程冷静だった彼女が、何故取り乱したのか…」

 音弧の問い掛けに迂々真は首を横に振った。迂々真はただ困惑するばかりだった。

「何があったんだよ…庭取…」

 二人は静かに眠る彼女の顔を、静かに見守っていた。

 

 

◇

 

 

(夜風が気持ちいい…不思議と気分が良い)

 夜の散歩を楽しむように通りを歩く。酒の力を借りて気が大きくなっているせいか、普段は歩くことが出来ない車道のど真ん中を歩いてみたりする。

 『寅』の戦士・妬良は片手に持った酒瓶の酒をグビリと一口含んで飲み込む。アルコールが喉を焼き、胃に落ちる感覚を楽しむと酒気帯びた吐息を吐いた。

「にしてもすっかり冴えちまった…」

 全身に染みこんだ心地の良い酔いはそのままに、思考は曇り一つ無く晴れ渡る。普段であれば立つことさえままならない前後不覚になるほどに飲み明かすこともざらでは無いが、現在は地面を踏みしめる感覚さえ確かなものだった。

「にしてもなぁ…。さっきから戦士一人にも会えやしない。確かに、こんな馬鹿でかい都市一つ貸し切って戦場に仕立て上げりゃあな…。

 大戦の参加者はたった十二人しかいねぇんだ。きっと二・三人は死んじまってるから更に少ねえ…。遭遇率はお察しの通りだな」

 そんな感想を抱きながら妬良は周囲を見渡す。そんな彼女は大戦を開始した展望室を降りて以降、たった一度さえ他の戦士と交戦していない。酒と血に酔う狂戦士としては実に物足りないと言う他ない。

「でもぅ…あそこに行けば、誰かは居るよねぇ?」

 妬良の視線の先には赤く照る空、空へと登る煙。何者が火災を起こした。つまり戦闘があったのだ。あの場に行けば戦闘(まつり)がある。彼女はそう確信した。

 妬良は自身を慰めるようにもう一度酒をグビリと飲んだ。口の中に入るアルコールのピリッとした感覚に鼻腔を擽(くすぐ)る花や果実のような甘い香り。何とも言えぬ高揚感と多幸感が舌から胃から脳髄へと伝えられる。純米吟醸をここまでじっくりと味わいながら飲むのは実に久しぶりだった。

「こんなに酒の味を感じたのは久しぶりだな…。にしても何でこれを持って来ちゃったんだろ?」

 基本的に酒なら何でも好きだが、普段ならアルコール度数の高い辛口の酒を好む。

 しかし何故か手に持っていた酒は糖度の高い甘口の酒だった。団地の公園に置いてきた酒の中には焼酎などのキツい酒も有ったのに、妬良はどういうわけかこの酒を選んだ。しかし、物事を深く考えないタイプの彼女は、「まぁ、いいや。酒が旨けりゃそれでいい」と考えることを放棄して再度美酒に舌鼓を打つ。今はこの酒を楽しむことの方が重要だ。

「ありゃ。無くなっちまったぁ…」

 酒瓶から溢れ落ちる最後の一滴を舌先に受け止めて舐めると、空になったそれを適当に放り投げる。すると車道と歩道を隔てるガードレールを越えていき、ガシャリと音を立てて割れた。

「ん…?あれ…どうしたの?首、何処かに落っことして来たの?交番には行ったぁ?」

 再び前を見ると遠くからポツリポツリと此方に向けて歩いてくる人影が一つ。遠くからでは暗がりのせいか輪郭を捉えることも出来なかったが、一歩また一歩と彼我の距離を縮めていくと、やがては視界に全貌を捉えた。

 首の無い死体だった。全身は細身で程よく筋肉の付いた身体に、上半身は軽装のタンクトップ下半身は体のラインにぴったりと合うギリーボトム。全身の配色は迷彩を意識した焦げ茶色が中心で、その様相は蛇を彷彿させた。

「…その背中にある格好良い奴。あぁ、思い出した。アタイ思い出したよ。

 アンタ始まる前から殺されてた奴だよねぇ?」

 目の前の奴こそ、この大戦中『子』の戦士・寝住を散々追い回し、銀行に火を放った張本人『巳』の死体・断罪兄弟・弟だった。

「何でまた『死体』が動いてんのかねぇ?

 アタイ難しい事はよく分かんねえや…」

 死んだはずの骸が動き回るという怪奇現象を目の当たりにしながらも、妬良は相も変わらぬ酔っ払った調子で首を傾げて眺める。

「うおっと!?」

 死体が構えた銃口から突如、真っ赤な炎が吐き出される。 

 特殊火炎放射器『人影(ひとかげ)』。この愛器を使い、断罪兄弟・弟は幾多の戦場を火の海に変えてきた。

 噴き出した業火を妬良は大きく後ろに跳ね飛び、鮮やかに躱す。追撃に放たれた火炎も今度は左右に跳ねて躱した。

「サーカスじゃねえんだからよぉ。アタイに火の輪くぐりとかさせてんじゃねえよ!テメエ!」

 手を地面に着き、四足歩行の体勢になると意識を戦闘に切り替えた。

 目の前の死体は、此方に攻撃を仕掛けてきた。ならば正当防衛のためにも戦うしか無いだろう。

「ったくよぉ…酔っ払いに浴びせるべきは『火』じゃ無くて『水』だろうがよぅ!

 アタイの喉はとっくに焼けてんだよぉ!」

 怒りを込めた指先が地面を抉り、痛々しい爪跡を描く。

 妬良は牙を剥き出しにして、グルグルと唸り声を上げて目の前の死体を睨んだ。

「『寅』の戦士──

 『酔った勢いで殺す』妬良」

 彼女が名乗りを上げた直後に動いた。一足で一速、二足で二速、三足で三速と瞬く間に加速して死体を射程圏に納める。

 彼女が勢い任せに爪を振るえば、火炎放射器を手にした『巳』の死体の右腕がスパリと切り飛ばされ、その勢いのままに火炎放射器の燃料タンクを奪い取った。

「これ…中身アルコールだよなぁ?

 丁度酒が切れた所なんだ。頂く…よっ!」

 肩に担ぎ上げた燃料タンクに手刀を振り落とすと、蓋の部分が壊されて茶色の液体が流れ落ちた。

「んぐ……んぐ……んぐ………ぷはぁ」

 例えアルコールと言えども到底人が口にはしないだろう火炎放射器の燃料を浴びるように飲み干すと、半分ほどになったタンクを地面に放り投げた。

「んあ?」

 妬良が再び目の前の死体を見据えると、死体は交戦の意を示していた。

 体を半身に構え、辛うじて残った左腕を抜き手のように構え、脇を締め肘を曲げ指先は凡そ肩ぐらいの高さ。腕の伸縮を利用した抜き手による刺突の構え。そうこの構えは…。

「おいおい、蛇拳かよっ!

 良いじゃ無い良いじゃ無い!!酔拳対蛇拳なんて、中々今やる奴居ないよ?」

 死体が構えた蛇拳の構えに、妬良の顔が喜色に染まる。意気揚々と妬良も構えて酔拳の様にふらついた足取りで片足立ちに構える。

「ん?」

 戦いになる。そう思って敵を観察して気が付いた。

 先ずは重心がおかしい。次に腰が入っていない。そしてよく見れば腕の構えまで何処か変だ。

「あー…なんだよ。アンタ本当に唯の死体なのかコンチクショウ!」

 こんな酔いどれでも戦士の端くれである妬良。ましてや酔拳などと言ってはいるが、これでも修業時代に武術を学び、免許皆伝を言い渡されるくらいには磨き上げた武才も持ち合わせている。

 結論から言えば、目の前の死体が構えた蛇拳は見様見真似の嘘っぱちだった。

「止めだ止めだ。馬鹿々々しい…。

 あーあ…『今宵の虎徹』は血に飢えてたってのによぅ」

 興が削がれた妬良は、地面に放り投げていたタンクを拾い上げると、踵を返して去っていった。

 

 『巳』の死体はその様子を静かに眺めていた。いや眺めるような目は愚か顔も無いのだが、しっかりとその様子を知覚していた。

 『巳』の戦士・断罪兄弟・弟はとある特殊技能を保有している。『地(ち)の善導(ぜんどう)』と呼称されるこの異能力は、地面を伝う『振動』を感知し周囲の状況を正確に把握する事が出来た。

 視覚とも違う。聴覚とも違う。嗅覚とも違う。味覚とも違う。触覚に近いが、それとは明らかに一線を画す。彼だけが持つ『第六感』。人間が地に足を着けて歩く生物である以上、彼の『地の善導』から逃れる術は無かった。だからこそ『巳』の死体は何処までも執拗に『子』の戦士・寝住を追跡することが出来たのだ。

 『巳』の死体は妬良が遠くへ去るのを静かに見守る。出来ればさっさと居なくなって欲しい。こちらはこちらでやることがある。

 既に『巳』の死体は背後から迫る戦士の影を捉えていた。静かに振り向くとカツリカツリと硬質な足音を鳴らして一人の戦士が歩み寄る。紺を主体とした煌びやかな装飾を身に纏い、手に西洋式片刃刀(サーベル)を携える。表情は険しく、口元を噤んだ顔は無言実行を旨とする。細く鋭利な漆黒の二本角を頭から生やし、長く艶のある黒髪が風に靡き、髪の毛の内側の赤色が闘志の炎のように揺れた。

「『丑』の戦士──

 『ただ殺す』失井(うしい)」

 失井は一瞬で『巳』の死体と距離を詰めると、そのままの勢いで残った左腕を切り飛ばした。

 その衝撃に押され、死体は仰向けに倒れ、天を向く。慌てて起き上がろうにも、両腕を失い体の自由は利かず、藻掻くばかりだった。

「立ち上がったら…今度は足を切り落とす。

 『死体作り(ネクロマンチスト)』だろうとなんだろうと…。

 『歩く死体(ウォーキング・デッド)』だろうとなんだろうと…」

 そんな死に体の死体に慈悲も無く失井は剣を向ける。抵抗するなら更に封じると宣言した。目の前の死体が声を聞けるかなど関係ない。彼の中では決定事項だった。

「…?いや、少し待って置きたまえよ。

 何も焦ることは無いのではないのかね?」

 失井が視線を投げ掛けると、その先にはこの場を離れたはずの女、『寅』の戦士・妬良が舞い戻っていた。

 しかし、その様子は先程までとは一変していた。酒による天にも昇る至福など何処へやら、今の彼女の顔は憤怒一色に染められていた。

「待てないのかね。

 今はこの死体を片付けるのが先だと思うがね?」

 そんなことなど知ったことでは無いと言わんばかりに、妬良はグルグルと唸り声を上げる。

 そのまま姿勢を低く下げ両手を地面に着けると、爪を立てコンクリートの舗装を抉った。

「…察するに。きみは『寅』の戦士かね?」

「ああ、そうだよ。そういうお前は『丑』だよなぁ?

 『皆殺しの天才』、戦士失井!」

 その平静なままの相も変わらぬ…不景気そうな面構えに、妬良は怒りをより一層強くする。一際大きく唸り声を上げて失井を威嚇した。

「私を知っているのかね。

 以前何処かで面識でもあったのかね?」

 そんな妬良の反応から失井は因縁を付けられていることは確信した。恐らくは何処かの戦場で家族あるいは恋人を殺してしまったのだろう。

 しかし、それは少しばかり的外れだった。

(本当に…覚えちゃあいねえのかよ…っ!)

 妬良はかつて一度だけ、彼…失井にあった事が有る。それも戦場でだった。

 その時の出会いは彼女のこれまでの価値観を一変するだけの衝撃を与えられた。だが、そのことを失井は忘れてしまっている。その事実が妬良の神経を逆撫でた。

 妬良は既に臨戦態勢を整えていた。「忘れているのなら、思い出させてやる」とそんな気概で牙を剥き、挑みかかろうとしていた。

「『寅』の戦士──っ!?」

「ぐっ!?」

 次の瞬間だった。

 何かが視界の端から飛び出してきたかと思えば、すぐさまそれが首に巻き付いた。

「うぐっ!?がぅっ!う゛う゛ぅぅぅっ!!」

 首に巻き付いた何かは、喉元を掴むとギリギリと締め上げる。咄嗟の事態に半ば反射的に首に巻き付いた何かを外そうと試みる。

(なんだっ!?これ!凄く固ぇ!?)

 目一杯の力で引き剥がそうとするもビクリともしない。呼吸が苦しくなり、先程平らげたアルコールが逆流して泡(あぶく)となってポタリと溢れ落ちる。

(ヤベェ…息出来ねぇ…苦しい)

 突然の首締め。訳が分からないままに妬良は視線を泳がせると、有ることに気が付いた。

 目の前に対峙した『丑』の戦士・失井も同様に苦悶の表情を浮かべ藻掻いていた。そして彼の首に巻かれた腕を見て気が付いた。

(腕…だけ!?…っ!!『巳』の死体!?)

 手首に巻かれたリストバンドが目印となった。あれは妬良と失井がこぞって切り飛ばした死体の両腕だったのだ。

 死体という生物の制限(リミッター)が外れた腕力はすさまさじく、油断をすれば呼吸は止まり、意識が飛びそうだった。

「『寅』の戦士っ!まだ聞こえるかねっ!」

 予期すらしていなかった突然の窮地。その中で妬良は失井の此方を呼びかける声を聞いた。

「んあ゛?……テメエ…アタイを気安く呼んでくれてんじゃねえよ」

「きみが私を何らかの理由で憎んで居ることは理解した…っ!

 それを理解した上で…私はきみに協調(・・)を申し込みたいのだがね…」

 この状況を打開するためなのか…失井は妬良に協力関係を求めた。

 「何を言っている?」妬良は率直に言ってそう感じた。相手の事すら忘れてしまったような奴の呼びかけが信用できる物だろうか。妬良の意識は『拒否』であった。

「あ゛ぁ?なんだって?

 …テメエ…酔いが覚めるような事言ってんじゃ…」

「約束しよう…っ!この状況さえクリアになれば…その後はきみが望む条件で、きみが望むままに『決闘』に応じる!十二大戦など関係ないっ!『1対1の決闘』だっ!

 いいかねっ!『きみが私に決闘を申し込む』のではない!『私がきみに決闘を申し込む』のだっ!」

「っ!?」

 失井が提示した協調の報酬(メリット)。それは『彼と戦う権利』だった。他人の入り込む余地は無く、心置きなく戦える。

 彼女にとっては捨て置くことは出来ない話だった。

「わ…わかったよっ!申し込まれてやらぁ…。

 んで!アタイは…何をすればいいんだよ?」

「何もしなくていい…っ!

 きみはそのまま、泡を吹いていればっ!」

 失井がそう言うと手にしていた刀剣を逆手に持ち直すと、縦に振り妬良目掛けて投げつけた。

 咄嗟の事に思わず目を瞑ると、妬良の近くでガギンと甲高い音が鳴り響いた。

「あ゛あ゛ぁぁああぁぁ!!?」

 失井が投げた剣は妬良の直ぐ近くの地面を弾き、火花を散らした。火花はあろう事か、妬良の口から吐き出された酒の泡にかかり、火をおこした。火は瞬く間に燃え移り、彼女の上着にまで引火した。

 

 

 顔を燃やされパニックを起こす妬良。

 彼女の啼き声が夜の街に響き渡った。

 

 




取り越し苦労の解説


・第六話『虎は猫の心を知らず』について
 はい、仁義なきタイトル変更(パート2)

『猫は虎の心を知らず』→小物には大物の考えることは分からないという意味。

 ここでは反対に「強者は弱者に共感できない」という意味と「弱者の気持ちは弱者にしか分からない」という意味。
 個人的には庭取と迂々真が二人揃って戦意喪失した者同士で落ち込んだり励ましたりする話。猫寅はついでです。
 元案の『仔猫(こねこ)も虎猫(こねこ)も仲良科(しな)』は「猫寅が酒盛りしてるよ→未じいちゃんも来たよ」でプロット立ててました…が「へべれけタイガーに酒を口移しで飲ませる猫→タイガーがツマミと称して猫の舌を食い千切る」とかマジキチな想像しだしたもんだから狂気度が高すぎて止めた。
 あと元々アニメ六話終了時点で組んだプロットだったため、丑寅の過去を知らなかった。今となっては全力でフラグを立てたい。




・『ツマミ』について
 お酒が…飲みたいです…(梅酒派)




・『一酸化炭素中毒』について
 俄(にわか)知識故に粗があったら…正直すまんかった。
 かなり危険な毒ガスで、空気中にわずか50ppm(0.005%)含まれているだけで具合が悪くなり、1000ppm(0.1%)になると即死の可能性まで出てくる。
 製造方法はお手軽で酸素の少ない状況下で物を燃やし、不完全燃焼をさせるだけ。何気に『練炭自殺』がこのメカニズムを利用した物。
 高濃度の物を一気に吸引した急性の物ならば、意識が一瞬でブラックアウトして即死。
 ゆっくりと濃度を上げて、慢性的に吸引した場合。初めに末梢神経が麻痺し手足が動かなくなる。中枢神経をじわりと侵蝕しゆっくりと死へ向かう。その間酸素不足による激しい吐き気と眩暈に襲われる。死の恐怖に怖じ気ついて中断しようにも、その頃にはまともに体は動かずに、そのまま死に至る。恐らくアニメ版迂々真さんもこんな死に方。(そもそも、支部以上の大規模銀行の最上級のマンモス扉が完備された金庫室で防火性・気密性が最上級のはずなのに、何故一酸化炭素中毒になったり蒸し焼きでウェルダンにされてるのだろうか?)
 あと中毒に陥って、万が一助けられても、酸素不足による脳障害のせいで深刻な後遺症を患う可能性が高く、まともな人生は歩めなくなる。
 練炭、駄目、絶対。


・『どうだ明るくなっただろう?』について
 和田邦坊によって大正時代に描かれたもので、日本史の教科書には必ずと言っていいほど載っている成金風刺画。
 当時の百円札は現代の約25万円ほどと言われている(大正7年当時の大学卒初任給は70円程度)。断罪兄弟マジ断罪兄弟。





…え?知ってたって?
これは失礼しました。
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