※この作品はR-18です。

【二次創作】十三大戦【頑張って書いた】   作:セイントス

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 そもそも何故『猫』は十二支にいないのか?
 その昔、御釈迦様(おしゃかさま)が茸料理を食べていた所、毒に当たってしまいました。そこで御釈迦様は『子』に『毒に良く効く薬』を取りに行くように命じました。
 ところが『子』はその大事な御使(おつか)いの道中に『猫』に捕まり、食べられてしまいました。
 結局御釈迦様に薬は届くことはなく、そのまま死んでしまいました。そのことが原因で『猫』は十二支になれませんでした。
 つまりは『猫』が悪いのです。

 …何?…「話が違うでは無いか」だって?
 はっはっは!ならば「お互い様」という事でしょう!


第八戦『猫鼠同眠(謀)』

「『丑』の戦士──

 『ただ殺す』失井(うしい)」

 失井がこの場に現れてからは、一瞬の出来事だった。瞬く間に『巳』の死体の腕を切り飛ばすと、倒れて藻掻く死体にこう告げた。

「立ち上がったら…今度は足を切り落とす。

 『死体作り(ネクロマンチスト)』だろうとなんだろうと…。

 『歩く死体(ウォーキング・デッド)』だろうとなんだろうと…」

 そう宣告して、後はこの死体を処理するだけだと思っていた。

「…?いや、少し待って置きたまえよ。

 何も焦ることは無いのではないのかね?」

 失井が気配を察知すると視線の先には一人の女戦士が居た。彼女は敵意を剥き出しにしており、今にも此方に跳びかかって来そうな剣幕であった。

「待てないのかね。

 今はこの死体を片付けるのが先だと思うがね?」

 残念ながら目の前の女戦士は話を聞けるような状態では無かった。

 姿勢を低く下げ、野生の獣を彷彿させる構えを取ると、爪を立て地面にガリガリと爪痕を残した。黒い三角耳のカチューシャに黒のライダージャケット、そして黄色と黒のストライプが印象的な衣服。それらが凶暴な猛虎を彷彿させた。

「…察するに。きみは『寅』の戦士かね?」

「ああ、そうだよ。そういうお前は『丑』だよなぁ?

 『皆殺しの天才』戦士失井!」

 失井の冷静沈着な考察に彼女は怒りをより一層強くする。一際大きく唸り声を上げて失井を威嚇した。

「私を知っているのかね。

 以前何処かで面識でもあったのかね?」

 失井は対峙した彼女を見つめながら、自身の記憶を探る。しかし、彼の記憶に該当するような戦士は居なかった。そもそもの話、彼は『皆殺しの天才』であり、彼を目の前にして生き残った敵対者など一人も居るはずは無かった。

(やれやれ…何処かで恨みでも買ったようだがね。差し詰めきみの親でも殺したかね…)

 失井は彼女が懸けてくる因縁をそんな所だろうと当たりを付けた。

 しかし、それは間違いである。目の前の女戦士、『寅』の戦士・妬良(とら)はかつて一度だけ、失井に会った事が有る。それも戦場でだった。

 その時の出会いは彼にとっても重要な出会いであり、更に彼女の価値観を一変するだけの衝撃を与えた。だが、そのことを失井は気付いていない。その事実が妬良の神経を逆撫でた。

 妬良は既に臨戦態勢を整えていた。「忘れているのなら、思い出させてやる」とそんな気概で牙を剥き、挑みかかろうとしていた。

(ここで先に寅の彼女を始末しても、問題はあるまいかね?)

「『寅』の戦士──っ!?」

「ぐっ!?」

 戦いになると直感した矢先の事だった。

 何かが視界の端から飛び出してきたかと思えば、それが首輪のように巻き付いた。

「ぐううっ!」

 首に巻き付いた何かは、喉元を掴むとギリギリと締め上げる。失井は手にした西洋式片刃刀(サーベル)『牛蒡剣(ごぼうけん)』で拘束具を切り落とそうとするものの、刃渡り60cmはあると思われる彼の剣ではどうにも切り落とすのは難しい。

 その間にも何かは首をへし折れんばかりの力で締め上げてきた。

(全く…死体ならばリミッターも無く、潜在能力を100パーセント発揮させられるということかね。

 それにしても凄まじい力では無いかねっ!)

 目の前の女戦士・妬良に巻き付いた『巳』の死体の腕を見て、失井の首を絞める犯人を理解した彼。これが『蛇の生殺し』と言う奴か、などと呑気な事を考える暇など無い。事態は切迫している。

 目一杯の力で引き剥がそうとするもビクリともしない。このままでは窒息死は免れない。

(あれは…)

 何か打開策は無いかと視線を泳がせると、目の前に転がる女戦士・妬良を見て、天啓を得た。

「『寅』の戦士っ!まだ聞こえるかねっ!」

「んあ゛?……テメエ…アタイを気安く呼んでくれてんじゃねえよ」

「きみが私を何らかの理由で憎んで居ることは理解した…っ!

 それを理解した上で…私はきみに協調(・・)を申し込みたいのだがね…」

 失井は可能な限り大きな声を上げて妬良に協力を求める。必死な訴えもあって声は妬良に届いた。

 しかし、妬良の返答は『拒否』であった。

「あ゛ぁ?なんだって?

 …テメエ…酔いが覚めるような事言ってんじゃ…」

「約束しよう…っ!この状況さえクリアになれば…その後はきみが望む条件で、きみが望むままに『決闘』に応じる!十二大戦など関係ないっ!『1対1の決闘』だっ!

 いいかねっ!『きみが私に決闘を申し込む』のではない!『私がきみに決闘を申し込む』のだっ!」

「っ!?」

 矢継ぎ早に失井が提示した協調の報酬(メリット)。それは『彼と戦う権利』だった。

 もし「彼女が復讐に駆られている」のなら、それは正統な理由であると失井は考える。彼女が失井を殺意を抱くことも当然に思えた。つまり彼女と『決闘』する事自体に異議は無い。

 しかし、失井自身にも「やらねばならぬ事」が有る。それを完遂するためにはどうしても時間が必要だった。

 故にこのような交渉を持ち掛けたのだ。

「わ…わかったよっ!申し込まれてやらぁ…。

 んで!アタイは…何をすればいいんだよ?」

 失井の願いが届いたのか、妬良は彼の申し出を了承した。

 許可は得た。後は実行するだけだ。

「何もしなくていい…っ!

 きみはそのまま、泡を吹いていればっ!」

 失井がそう言うと、手にしていた刀剣を逆手に持ち直し、妬良目掛けて投げつけた。

 刀剣は妬良の近くの地面を削り、甲高い音を鳴り響かせ、火花を散らした。

「あ゛あ゛ぁぁああぁぁ!!?」

 火花はあろう事か、彼女の口からはき出された酒の泡にかかり、火をおこした。火は瞬く間に燃え移り、彼女の上着にまで引火した。

「うぐっ!うがぅっ!がぁぁあっ!?」

 炎の熱がジリジリと首を焼き、度し難い痛みと恐怖を与えてくる。しかし、そんな妬良に異変が訪れた。

「ぐぅぅうぅっ!?うがぁっ!!」

 彼女の首を絞めていた死体の腕の力が、突然緩んだ。何が原因かは彼女には分からなかったが、好機であることだけは理解した。直ぐさま首に巻かれた腕を剝ぎ取ると、遠くに放り投げる。そして燃え盛るジャケットも脱ぎ捨てた。

 それを見た失井も直ぐさま動いた。妬良が脱ぎ捨てたジャケットを拾い上げるとすぐに首に、死体の腕に巻き付ける。喉を顔を焼く炎の感覚に恐怖しながらも、胆力でぐっとこらえる。数分もすると死体の力が弱まり、拘束が解けた。

「『荼毘に付して』成仏させたってところだがね…目論見通り上手く行って良かったかね」

 首から剝ぎ取り地面に投げ捨てた死体の腕を見下ろすと、所々黒く焼き焦げて煙を上げていた。熱から逃れるようにビクリビクリと蠢いているようだが、次第に動きが鈍くなり、やがて動かなくなってしまった。

(まぁ…「燃やして、殺し直した」だけとも言えるがね。何にしてもイチかバチかに賭けてよかった)

 「腕を切り落とす程度」ならば自由に操作出来てしまうのなら、「その機能を完全に破壊する」のはどうだろうか。

 焼くことで細胞の一つ一つを破壊してその機能を停止させる。焼け焦げた皮膚が表面を包み込み、使い物にならなくなった死体の腕に失井はそんな感想を抱いた。

「テンメェーーッ!!ぶっ殺す!ぶっ殺す!ぶっ殺す!ぶっ殺す!!

 悪戯の火遊びじゃあ済まねぇぞ!?」

 そうしていると此方の方に妬良が怒号を響かせながら、地団駄を踏むように力強い足取りで歩み寄ってきた。酒に酔った赤ら顔は、怒り心頭に発して更に赤くなり、髪の毛が猛獣の様に逆立って怒髪衝天といった具合だった。

「フッ…その元気なら後の決闘には影響は無さそうだ。大して火傷もしてないようだがね」

 識別救急(トリアージ)する必要すら皆無な妬良の様子に失井は嘆息した。最も、その不景気な仏頂面が吐いた安堵の息は、皮肉の効いた溜息にしか見えない。

 元より感情豊かな妬良と比較されては、表情の変化に乏しい失井は温度差がありすぎた。

 清ました顔で失井は、己が放った牛蒡剣を拾い上げると、刀身の歪みを軽く確認して構えた。妬良にではない、彼女の後方で漸く立ち上がった『巳』の死体の胴体にである。

「さて…意外と参ったかね、これは。この死体を燃やすのは難しいと思うがね。

 かと言って切り刻んでしまえば、先程の繰り返しになるかね?」

 失井と妬良は死体に向き直り、構える。

 

 今この瞬間、『丑』・『寅』の共闘が成立した。

 

 

◇

 

 

「…『丑』と『寅』を同時に縊(くび)り殺すとか、生きている内には出来なかっただろう破格の大手柄だが…。しかし、あれじゃあ抜けられちまうなぁ…。

 見たところ『午』と『酉』も焼き損ねてるし…ははっ!ホントに使えねぇな、俺様の弟は」

 そんな様子をジッと観察し続ける男が居た。

 美形の男だった。色素の薄い短髪、爬虫類を思わせる眼光、つまらなそうにへの字に曲げた口元。

 背丈は成人男性の平均より少しばかり低いものの、スラリとした体付きはモデルのように美しい。その肉体は全身を覆う淡いブルーの厚手の衣服に包まれている。

 彼こそが十二支を司る最後の戦士。『辰』の戦士・断罪(たつみ)兄弟・兄であった。

 

 そんな彼は今まで何処にいたというのかというと、答えは『空(そら)』である。断罪兄が保有する特殊技能『天の抑留(よくりゅう)』は身体を遙か天空に飛翔させる異能力であった。

 その能力を使い、彼は遙か上空1キロメートル…大気境界層(たいききょうかいそう)と呼ばれる高さギリギリから夜の街を見下ろす。様々な方位から乱流してくる風は肌寒いが、夜の街並みは百万ドルの夜景と表現したくなるほどに美しい。そんな夜空を独り占めにしながら、彼は『高みの見物』。さながら棋士(きし)が盤面の駒を眺めるように、戦況を観察していた。

 

「さてさて…俺様はどうしたもんかねぇ」

 代々『辰』と『巳』の戦士はチームを組んで活動する。時に夫婦、時に親子、時に姉妹、そして時に兄弟。断罪兄弟は一卵性双生児…双子(ふたご)としてこの世に生を受けた。

 元気で勝ち気で悪戯好きな弟。大人になるにつれ活動的になり、趣味で飼い始めたペットの爬虫類をブログにアップロードするくらい外交的になった。彼の持つ『地の善導(ぜんどう)』は大地を掌握する。『巳』の戦士に相応しい逸材であった。

 物静かで冷静で知恵の回る兄。大人になるにつれ消極的になり、趣味と言えばスナック片手に一日中自室で読書や映画を楽しむくらい閉鎖的になった。彼の持つ『天の抑留(よくりゅう)』は天空を遊泳する。『辰』の戦士に相応しい逸材であった。

 見た目は鏡写しのように瓜二つな二人。二人はどんなときでも一緒だった。健やかなる時も、病める時も、富める時も、貧しき時も、互いを敬愛し慈しんでいた。

 それなのに性格は正反対の二人。しかし二人は凹(おう)と凸(とつ)の様に見事に噛み合っていた。

 いつもは弟がやりたいことを提案して、それを兄が実現しうる形に落とし込む。二人で行う戦士の仕事は本当に愉しい物だし、二人で馬鹿やってるときは本当に楽しい物だ。そうやって愉しい事、楽しい事を繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し続けていたら、やがて二人は『辰』と『巳』の戦士を輩出する名家『積田(つみた)家歴代最高の相性』と呼ばれるほどの戦士になっていた。

 

 向かい合えば全員が敵となるこの『十二大戦』。互いを無条件に信用し、絶対的に信頼し合える絆を持つのは、この二人の他には居ないであろう。

 例え最終的に互いを殺し合う事になろうとも。

「けど、勝手に死にやがって…役立たずめ」

 二人は十二大戦の会場…あの天にも昇る摩天楼の展望室に二番目に辿り着いた。「待ち伏せして後から来た戦士を殺(や)っちまおうか?」等と悪巫山戯をしていた断罪弟であったが、展望室で待ち構えていた『卯』の戦士・憂城(うさぎ)の不意打ちで首を刎ねられ、殺された。

 『積田家歴代最高の相性』の戦士。その片割れを早々に奪われた断罪兄は慎重に様子を窺う他無かった。

「でもこれは千載一遇のチャンスかもなぁ?」

 再度眼下を見下ろせば、不肖愚弟の腕を焼き壊して窮地を脱した『丑』と『寅』の戦士達。これから我が愛する弟をバラバラに破壊せんと事構えていた。

 二人は目の前の死体をどう処理した物かと思案しているようだが、打つ手はある。それは『逃げること』だ。『巳』の死体が指示された最優先目標は『子』の戦士だ。丑寅のコンビがそれに気付いて一目散に逃げていれば、それで終いだ。あの『皆殺しの天才』と名高い『丑』が尻尾を巻いて逃げるというなら、それはそれで見てみたいが…どうやらこのあたり潮時のようだ。

「…やっぱり出来の悪い弟は俺様が使ってやらねぇとな」

 何年の歳月を共に過ごしてきたと思っているのだ。

 生まれる前から、母の胎内を共に過ごし。共に遊び、共に学び、共に鍛え、共に支え合い、共に泣き、共に笑い、共に怒り、共に生きた、血を分けた兄弟だ。

 彼の死体の身のこなしや足運びを見れば一目瞭然。彼は死体になり、憎き『卯』の戦士…いや、今となっては『卯』の死体の奴に思い通りに動かされているが、弟の行動思考は生前と何も変わりはしない。唯単に命令(たのみごと)が上乗せされているだけだ。

「もう諦めていたが。まさか、また断罪兄弟のコンビネーションを御披露目(おひろめ)することになろうとはねぇ。

 全く…兄弟の縁ってのは死んでも切れないモノなのかねぇ?」

 『弟を助けるのは、いつだってヒーローである兄貴の務め』。以前にマフィアの裏取引の現場にコソ泥で忍び込んだ際、弟が窮地に陥った場面で冗談めかして話した内容であったが、あれは本気と本音が混じったものだった。

「まぁ、いいさ…。

 頼むぜ弟?そいつ等を引きつけておいてくれよ?お前の『供養(・・)』…俺様がしてやるからなっ!」

 そう言うと、彼は背負った…『弟の火炎放射器によく似た武器』の銃口を手にし、戦場へと真っ逆さまに急降下した。

 

 

◇

 

 

「…『寅』の戦士。何か妙案はあるかね?

 妙案か、あの死体を片付けうる特殊技能でも良いのだがね」

 『丑』の戦士・失井は『寅』の戦士・妬良に問いかける。目の前で佇む『巳』の死体を屠る手立ては何か無いかと。

「生憎、アタイの売りは『酔拳』だけでね。体がバラバラになっても動ける奴を敵として想定してないんだよ」

 しかし、彼女の返事は芳しくない。彼女の修得した体術は、彼女の実家である「姶良(あいら)流武術」を下地としている。幾ら四足歩行の牙と爪による獣擊戦をしていようとも本質は何も変わりはしない。

「ふむ、そうかね。まぁ、気にすることは無いがね。私もそうだから」

 対して彼の対応も芳しくない。彼の習熟している剣技は、師と呼べる人物が居たことには居たが、基本的に実地での叩き上げである。齢五歳の頃から戦場に出て二十余年。今日(こんにち)まで生き延びたのはひとえにその身に内包した溢れんばかりの才覚のお陰だ。

 

 『亥』の戦士・異能肉(いのうのしし)。手にした機関銃を無限射撃する『湯水の如く(ノンリロード)』。

 『戌』の戦士・怒突(どつく)。何でも噛み砕く強靱な顎と牙の『狂犬鋲(きょうけんびょう)』。体内で毒を構成し、感染させる『毒殺師(どくさつし)』。

 『酉』の戦士・庭取(にわとり)。鳥類と意思疎通し、視覚を共有する『鵜(う)の目鷹(めたか)の目(め)』。

 『未』の戦士・必爺(ひつじい)。老練故に蓄積した知識と経験。そして猛毒結晶を回避してみせるほどに研ぎ澄まされた危機に対する嗅覚。

 『午』の戦士・迂々真(ううま)。肉体改造による肉体改造の結果生み出された常識外れの防御術『鐙(あぶみ)』。

 『巳』の戦士・断罪兄弟・弟。大地の振動を感知する『地の善導(ぜんどう)』。

 『辰』の戦士・断罪兄弟・兄。天空へと飛翔する『天の抑留(よくりゅう)』。

 『卯』の戦士・憂城。殺した相手を『歩く死体(ウォーキング・デッド)』に作り替え、隷属化(おともだちに)する『死体作り(ネクロマンチスト)』。

 『猫』の戦士・音弧(ねこ)。死して尚蘇る「死を無視する無死にする」呪い『生死半々(シュレディンガー)』。

 未だに判明してはいない『申』の戦士・砂粒(しゃりゅう)や『子』の戦士・寝住(ねずみ)でさえ、大戦を優位に運ぶ特殊技能を各々が保有していた。

 

「…仕方のない事かね。

 一先ずは、満足に動けぬほどに膾(なます)斬りにする事から始めるとするかね」

 誠に残念ながら失井と妬良のみが特殊な技能を持たず、己の磨き上げた戦闘能力のみで大戦に挑まざるを得なかった。

「『丑』の戦士──

 『ただ殺す』失井」

 失井は礼儀に則って名乗りを上げる。その様子を訝しげに睨む妬良に視線を送った。

「『寅』の戦士──

 『酔った勢いで殺す』妬良」

 それを受けて妬良も名乗りを上げる。その顔は何処か満ち足りていた。

 

 二人には『特殊技能』と言う名の優位性(アドバンテージ)は存在しない。しかし、それが何だというのか。

 例え敵が強かろうと、己が弱くなったわけではない。迫り来る敵は、己の力で倒せば良い。今までも、今も、そしてこれからも。

 しかも、今ならば視線を投げ掛ければ心強い味方が居る。これこそが彼等に与えられた優位性(アドバンテージ)に他ならなかった。

 

「…来るぞ!構えたまえ!」

「ウルセぇ!分かってらァイ!!」

 向かい合う『巳』の死体と『丑寅』の戦士。

 先手を打ったのは死体の方だった。『巳』は二人に向け突貫するように駆け込んでくる。狙いは前方の『寅』。

「ドラァっ!!…ってアラっ!?グオっ!?」

 大地を掴む四つん這いの構えで待ち構えた妬良は、タイミングを合わせて胴体目掛けて跳びかかる。

 それに更に合わせるかのように『巳』は身体を深く沈ませた。足先から滑り込むスライディングの動きで妬良の真下に入った死体は、その勢いを殺さずに足を高く蹴り上げる。天高く突き上げた蹴りを妬良は腕を交差させて防いだものの、空中では踏ん張りなど効くはずもなく、彼方へと吹き飛ばされる。

 そこに間髪入れずに失井が肉薄する。一足一刀の斬擊で死体を両断しようと剣を振るう。

 しかし、またもや『巳』は攻撃を回避する。まるで攻撃を知覚しているのではと思うほどの恐ろしい精度で、失井の手に納まる刀剣の腹を横薙ぎに蹴り飛ばして、斬擊を空振りさせた。

 失井は直ぐさま二ノ太刀を振るおうとするが、『巳』の繰り出す追撃の方が早い。何せ剣は一刀に対して、脚は二本あるのだ。鞭のようにしなり、時には槍のように鋭く、様々な角度から叩き込まれる蹴り技。辛うじて失井は刀剣の鍔(つば)で受け止める続けるものの、膠着を嫌った『巳』は地に寝そべったままに一回転、大旋風の足払いを繰り出す。

 転倒を嫌った失井が後ろに下がったのを確認する間もなく、『巳』は直ぐさま転身。地を這う姿勢のままに疾駆。地に着地したばかりの妬良へと挑みかかる。

 妬良の射程圏ギリギリを見極めると『巳』は突如高く跳ぶ。クルリと宙を一回転して、脳天目掛けて振り下ろされた戦斧のような踵落とし。

 妬良が大きく横に跳んで回避すると、そこに『巳』の追撃を封じるように、失井が割って入る。

 失井が剣を振るうのを読んで『巳』は後ろに下がる。突如真横に走りだし、近くの街灯へと突撃する。足と胴体を支柱に絡め、さながらポールダンスの様に勢いよく回転すると、遠心力により加速した速度を保持して歩道橋へと駆け上がる。

「中々に芸達者ではないかねっ!」

「感心してる場合じゃねぇだろ!」

 妬良は後を追うように階段を駆け上がる。失井は回り込むように歩道橋の下を潜る。

 橋の上、狭い一本道。妬良と『巳』は向かい合う。妬良は一直線に戦いを挑む。妬良が薙ぎ払った鋭爪の内側に『巳』の脚が滑り込む。すると妬良の腕を肘から絡め捕る。そのまま、捻り落として腕を破壊しようとした。

「うおっ!?」

 腕を破壊されると驚怖し戦慄した瞬間だった。ザンっ!ザンっ!…と鋭く金属を断つ音がしたと思うと、突然床が抜けた。原因は失井だ。

 彼は歩道橋の端と端をその恐ろしいまでの剣技で切り落とすと、妬良と『巳』をまとめて空中へと投げ出した。

 その事態に『巳』は窮地に陥った。『巳』が視覚に頼らずに失井と妬良の二人を正確に知覚し、渡り合っているのはひとえに『地の善導(せんどう)』のお陰である。『巳』はこの技能を利用して、足音と地面を蹴る強さが発する振動を知覚し、敵対者の速度とタイミングを測り取り、死角からの攻撃でさえも対処していた。しかし、あくまでこの技能は『巳』の体が地に着いている必要がある。つまり空中に放り出されては為す術が無いのだ。

 『巳』は窮地を脱しようとその場から動く。しかし、それは妬良に阻まれた。

「捕まえたぞコラァっ!!」

 脚を絡められ、動きを封じられていた妬良は、お返しとばかりに脚を掴んで押さえる。死体は思うように動けず無防備を晒した。

 好機を得た失井は『巳』を切り刻まんと剣を構えて飛び込んだ。

「っ!?失井っ!?」

 突如、妬良の顔が恐怖に染まる。その視線は失井を見ていながら、失井を見ては居ない。その先を見ていた。妬良の視線を追って失井が背後を振り向くと衝撃の事態に遭遇した。

 

 

 

「ご機嫌ようテメェ等っ!俺様は

 『辰』の戦士──

 『遊ぶ金欲しさに殺す』断罪兄弟・兄」

 いつの間にか忍び寄る…否、忍び飛ぶ『辰』の戦士が失井の背後を捉えていた。

「そしてぇっ!そこに居るのが!

 『巳』の戦士──

 『遊ぶ金欲しさに殺す』断罪兄弟・弟

 冥土の土産に憶えときなぁっ!!」

 断罪兄は物言えぬ死体になった愛する賢弟の分まで名乗りを上げると、手にしていた銃口を失井に向けた。

「失井っ!!」

 妬良は『巳』を拘束する役目を放棄して、失井へと跳びかかる。そして彼を救うべく、彼女は失井を横に弾き飛ばしたのだ。

「妬良っ!!」

 失井の顔が驚愕に染まる。視界の端に写った断罪兄の銃口。その射線に重なった妬良。彼女の顔は必死ながらも何処か揺るぎない決意が見えた。

(テメェは死ぬんじゃねえぞ…)

 身勝手ながら、そう言っているように感じた。

 

 

 

 そして断罪兄の攻撃が…。

 

 

 

 

 

 

「鳥さん達(・・・・)っ!!」

「何っ!?何だこいつらっ!?」

 勝負が決まる。そう確信した瞬間のことだった。しかしそれに水を差す者が現れた。

 突如数羽の鳥達が断罪兄目掛けて飛来し、執拗に彼を啄(ついば)んで行動を妨害する。それらを煽動し、総統する者が居た。

「…『酉』の戦士っ!?」

 驚愕のままに彼女を見る。そこに居たのは『酉』の戦士・庭取。しかし、彼女の姿は変わり果てていた。

 朱色の羽根の髪飾りに緑の髪は変わらない。しかし身に纏っていた朱色の外套(マント)はどこかに消え失せ、水着のような衣服は何故かピンク色のジャージに着替えている。一体何があったというのか。

 愛嬌のあるように思われた顔は苦痛に歪み、視線は険しい。呼吸は荒く、顔色は真っ青で、今にも倒れそうだった。

「このっ!?クソ鳥がぁっ!」

 断罪兄は手にした武器の引き金を引く。すると銃口から真っ白な煙を纏った液体が吐き出された。

 断罪弟が使用している特殊仕様の火炎放射器『人影(ひとかげ)』。断罪兄はそれに合わせて正反対(・・・)の武器を使っていた。

 特殊仕様の氷冷(・・)放射器『逝女(ゆきおんな)』。背中のカプセルに蓄積された瞬間冷凍液を相手に噴き掛ける武器だった。

 銃口から放たれた凍てつく風が鳥達の体を撫でると、瞬く間に凍り付き、墜落する。地面に叩き付けられた衝撃で羽根がもげ、頭が割れ、数多くの鳥達が絶命した。

「鳥さん達っ!?」

「テメェも仲良く氷漬けにしてやるよっ!!」

「ひっ!?」

 鳥達の牢獄を早々に脱した断罪兄が庭取目掛けて飛来する。そして彼女を殺そうと銃口を向けた。しかし庭取の体は硬直して動かない、逃げれない。顔が恐怖に染まる。

 絶対零度が放たれた瞬間に、黒い風が庭取を攫った。彼女の居た場所には既に誰も居らず、ただ鏡面のように磨き抜かれた氷面を晒すだけだった。

 視線を風の駆け抜けた先に移せば、そこには庭取を抱きかかえた失井が居た。

「『丑』の旦那ぁっ!?」

 断罪兄の顔が憤怒に染まる。先程殺そうとした男は目の前の女に邪魔され、目の前の女を殺そうとしたら今度は先程の男に邪魔された。

 完全に決まるタイミングだったはずなのに、何故こうも上手く行かないのか。その答えはひとえに断罪兄に原因がある。彼自身は無意識の行動だったのだが、「愛する愚弟を観察しすぎた」のだ。彼自身弟を失ったと言う事実が心を蝕び、浮き足立たせていた。最も、ずっと宙に浮いていたのだから仕方の無い話で有る。

 気が付けば彼は終始『巳』の死体を中心として戦況を観察していた。故に『遠方で繰り広げられる『申』と『亥』の激闘』も把握していないし、『『酉』の身に起こった緊急事態』の事も知らない。あれだけの優位性を持ちながら慢心と観察不足が全てを台無しにした。

 そして輪に掛けて断罪兄の戦況は悪化する。

「ぐあっ!?」

「テンメェ!女相手に何物騒なモン向けてんだっ!!」

 苛立ちが原因で、視野狭窄に陥った断罪兄。そんな彼の背中に、急に妬良が張り付いた。

 失井と庭取の存在に注意を奪われた断罪兄は妬良の存在を見落としてしまった。自由を得た彼女はビルの壁面を駆け上がり、街灯を踏み台に宙を跳ぶ。そのまま氷冷放射器に抱き付くと、カプセルにしがみついたまま断罪兄の背中を両足で蹴り飛ばす。凄まじい衝撃が断罪兄の体を叩くと氷冷放射器の留め具が破壊されて、彼の体から愛用の武器が剝ぎ取られた。

「妬良っ!それを『巳(・)』の死体(・・・)にっ!」

「お、おう!分かったっ!」

 失井は咄嗟に妬良に指示を出す。中に冷却液を蓄えたカプセルを切り落とされた歩道橋の上に倒れる『巳』に向けて、勢いをつけて投げつけてやれば、今度は失井がそれに合わせる。

 ザンっ!ザンっ!…と近くのガードレールに二刀を加えて手頃な鉄塊を切り出すと、それを投げつける。

 鉄塊は見事にカプセルに命中し、ガシャリと音を立てて砕け、貯蔵していた冷却液をぶちまけた。

 凍てつくような寒さを帯びた雨が『巳』に降り注ぐ。しかし、『巳』は逃げることは叶わない。断罪兄の襲来前に妬良が『巳』を押さえた瞬間、彼女は死体の膝関節を一つ破壊(・・)していた。

 片脚になり自由を奪われた『巳』。彼の『地の善導』では上空から降り注ぐ脅威には気付けなかった。ぽつりぽつりと死体の体に冷却液が降り注ぐと瞬く間に凍り付き、そしてとうとう動きを止め、崩れ落ちた。

「……ちっ!」

「テメェ!待ちやがれ!尻尾巻いて逃げんのかドラゴンっ!!」

 襲撃の完全失敗。弟を失い、武器を失った断罪兄は己の旗色の悪さを理解して撤退を決め込む。右へ左へと緩急を付けて軌道をずらしながら急上昇し、瞬く間に空へと逃げた。

「鳥さんっ!」

 それをさせまいと庭取が鳥達を煽動する。鳥の軍勢が逃げる断罪兄を追うものの、高度が百メートル…三百メートル…五百メートルと高度を上昇させると、次第に鳥は追い縋れなくなり完全に振り切られてしまった。

 

 勝敗は決した。『断罪兄弟』との戦いは『丑寅』と突如味方した『酉』の勝利となった。

 しかし、疑問は残る。急遽援軍に入った『酉』の彼女。何故この場面に現れ、そして味方となったのか。彼らはその真意を問いただす必要があった。

「きみは…」

「お願いです!助けてくださいっ!!」

 失井が彼女に話し掛けようとした瞬間、割って入るように彼女が叫び声を上げる。その声は悲壮に染まり、その顔は涙を流していた。

 

 

◇

 

 

 

 『酉』の戦士・庭取。彼女の経緯(いきさつ)を説明するために、少しばかり時間を遡(さかの)る必要がある。

 

 

 

 煌々と燃え盛る銀行。その傍らに屯(たむろ)する三人の戦士が居た。

 一人は『猫』の戦士・音弧。癖のある茶髪に糸目の猫顔の男。

 一人は『午』の戦士・迂々真。駿馬(しゅんめ)の鬣(たてがみ)のように黒く艶のある長髪に四面四角張った顔付きの寡黙な男。

「……それで『子』の戦士・寝住からもたらされた情報を聞いた俺は、文字通り『跳んで来た』ってわけ」

「なる程…」

 火災被害に合い窮地に立たされていた迂々真達を助けるべく馳(は)せ参(さん)じた音弧の経緯を一通り聞いた迂々真は一先ず安堵の息を漏らした。

「にしても、きみが彼女を守ってくれていて本当によかった…ありがとう」

「いや、ただの成り行きだ」

 音弧は視線を下げる。すると最後の一人が静かに眠っていた。

 『酉』の戦士・庭取。朱色の羽根飾りに緑のショートボブ、前髪を丁寧に編み込んでセットした髪形は彼女のお洒落に対する拘(こだわ)りのような物が伺える。目を開けば翡翠のような綺麗な瞳が輝くはずだったが、今は瞼は閉じられている。

 余程疲れていたのであろう。音弧が緊急で用意した簡易ベットに寝かせると、落ち着いた寝息を立てている。

 その様子に音弧は安堵する。彼が施した応急処置が功を奏したのか、将又(はたまた)煙による被害が軽度だったためか判別は着かないが、それでも彼女が無事ならどうでも良かった。

 同時に音弧は胸がチクリと痛んだ。「どうして俺は彼女の傍に居てやれなかったのだろうか」と。

 庭取の今の姿は本当に痛ましかった。手にしていたはずの鋤(すき)『鶏冠刺(とさかざし)』は何処へ行ってしまったのか、彼女の手元には無い。身に纏っていた筈の朱色の羽毛の外套(マント)は縦に真っ二つに引き裂かれ、今は寝具の一部に再利用されている。身体を冷やさぬようにと着せた衣服の下に隠された珠(たま)のような乙女の柔肌は、あちらこちらを擦り剥いたらしく迂々真が施したらしい包帯が残されていた。

「けど、よく頑張ってくれたな。生きててくれて本当に良かった」

「あぁ。彼女は本当に強い娘だった。俺がこうして生き延びているのも彼女のお陰だ」

 銀行の地下の金庫室。火災に寄って窮地に立たされた迂々真を救ったのは庭取の冷静かつ迅速な対応のお陰に他ならない。

 

 しかし二人の顔色は晴れない。目の前の庭取が目を覚まさないからだ。

 地下の金庫室から脱出する瞬間に、庭取の身を原因不明の何かが襲った。彼女は絶叫を上げ、そのまま気絶してしまったのだ。実は庭取は気絶したお陰で呼吸量が減り、そのお陰で煙の被害を大きく受けては居ない。しかし、それ以上に深刻な問題が彼女を蝕んでいた。

「うっ……ううっ…」

「っ!庭取っ!」

 眠りについていた庭取が呻(うめ)き声をあげて目を覚ます。目覚めが悪いのか、顔を苦しそうに歪ませて、それでもノソリと身体を起こす。未だ状況を把握できていないのだろう呆けたような視線で辺りを見ていた。

「俺が分かるか?庭取」

「…音弧さん?」

 音弧が庭取の顔を覗き込むと、彼女の視線の焦点は次第に彼へと定まっていく。彼の顔を完全に捉えた時には、意識がハッキリと覚醒した。

「っ!?」

「…っ。ど、どうした気持ち悪いのか?眩暈や吐き気は?」

 急にカッと目を見開いた庭取は自身の身体を抱き寄せて蹲(うずくま)る。凍えたように身を震わせ、唇が震えた。

 咄嗟に音弧は彼女の背中をさする。火災被害による酸欠の恐れが消えきっていないのかも知れない。彼は彼女をより一層心配して、問診をする。

「ねえ…音弧さん?『私(・)』っていったい何なんでしょう?」

「…は?」

 彼女が溢した訴えは、彼が想定していたものとは全然違った。

「実は私…十五歳より前の記憶って…無かったんです。でも…先程…急に、本当に…突然。思い出したんです。……思い出してしまったんです」

 彼女は自身の事を静かに語りだす。何故こんなことを口に出してしまったのだろうか。庭取自身にも理解できない。

「最初は小さい頃の私でした…。私は火事に遭って……お父さんを…父を亡くしました。

 おか…母は私を育てるために一生懸命働いてくれて……でも、私に構ってくれないのが寂しくて…。

 でも、私…お母さんに、苦労…かけたく…なくて。ご飯作ったり…お洗濯したり…へ、下手くそだったけど…頑張って、たんです。

 体が小さいから…お手伝い……。…力無くて…上手く、出来なくて…時間…かかっちゃって。遊べないから…友達、出来なくて…ひとりぼっちで。

 ある日、母は新しい男を連れて…きました。………嫌な男でした。嫌いな…男でした。あの男は、私を…い、虐めるんです。殴られた事だって有る…。叩かれた事だって有る…。お…犯された…事も……。

 でも、言えなかった。誰に言えばいいのか…分からなかった。なんて言えばいいのか分からなかった。お母さん…を…悲しませたくなかった。け、結局、我慢するしか無くて……耐えるしか…無くて。イジメられても耐えるしか…無くて。

 でも、駄目。…駄目でした。お友達を…鳥さんを殺されたのを見たら我慢できなくて。真っ白になって…真っ赤になって…真っ黒になって…」

 失われた十五年もの歳月。離別、無力、孤独、恐怖、苦痛、迫害、悲愴、諦観、慟哭、衝動、絶望…。それらを全てを地獄の釜に放り込んでグラグラと煮詰め、ドロドロになったそれを更に煮詰めた様な、濃密と言うには余りにも酷な記憶の塊。そんなもの誰彼構わず話す代物では無い。

 

 しかし、庭取は話さずにはいられなかった。自身の内に閉じ込めるなんて出来なかった。

 全てを忘れる事で自分を保ってきた、全てを捨て去ることで自分を保ってきた。裏切ることで自分を保ってきた、欺くことで自分を保ってきた。負荷(ストレス)も、不安も、懸念も、記録も、縁(えん)も縁(ゆかり)も、何もかも、無いことで自分を保ってきた。持たないことで自分を保ってきた。そんな空っぽの器、何も無い器。それが彼女だった。

 

 そんな彼女に雪崩込んだ膨大な量の経歴(じょうほう)。受け止めることも受け流す事も出来ずに呑まれる。ただただ呑まれそうだった。

 忘れたままにして欲しかった…。

 捨て去ってしまいたかった…。

 吐き出してしまいたかった…。

 自分が望んで止まないモノを、放棄してしまいたかった…。

 

「分からない…判らない…解らない!

 私はっ!自分はっ!一体何なのかっ!何のために居るのかっ!何が欲しいのかっ!

 私はっ!私はっ!一体何なのっ!!」

 支離滅裂で何を伝えたいのかも解らない。どんな答えが欲しいかも判らない。どうすれば、この訳の分からない感情が治まるのか分からない。

 とにかく助けて欲しかった。とにかく癒やして欲しかった。とにかく救って欲しかった。痛みから介抱して欲しかった。苦しみから解法して欲しかった。悲しみから解放して欲しかった。

 

 

 だから音弧(かれ)は庭取(かのじょ)を優しく懐抱し(だきしめ)た。

 

 

「…音弧…さん?」

「多分なんだけどさ…?それ、俺も(・・)辿ってきた道だと思うわ」

「…え?」

 突然の告白に庭取は呆けたような顔になる。その様子を気にも留めずに、目の前の猫顔の男は言葉を紡いだ。

「正直な所、俺がきみにあげられる『答え』は無い。でもさ『ヒント』ならあげられる」

 ポロリポロリと流した涙を指で拭うと両肩を掴み、そして言葉を尽くして話し掛ける。

「『自分はここに居る。ただ見つけにくいだけ』だ。だからきみは『自分を見つけないといけない』」

「自分を…見つける?」

 何を言っているのだ、この男は。既に庭取は記憶を…失った十五年を取り戻している。他に何を探せというのか。

「きみが探さないと行けないのは『好き』と『嫌い』だ…」

「好きと……嫌い……?」

「美味しい御飯は『好き』。

 疲れるのは『嫌い』。

 鳥さんは『好き』。

 オバケは『嫌い』。

 ぐっすり眠るのは『好き』。

 寒い日の夜は『嫌い』。

 お洋服は『好き』。

 汚れてるのは『嫌い』。

 紅茶の香りは『好き』。

 注射は『嫌い』。

 笑顔は『好き』。

 泣き顔は『嫌い』。

 楽しいのは『好き』。

 哀しいのは『嫌い』。

 褒められるのは『好き』。

 苦しいのは『嫌い』。

 守ってくれるのは『好き』。

 虐められるのは『嫌い』。

 優しく抱き締められるのは『好き』。

 セクハラしてくる俺は『嫌い』。

 ……なんでもいいんだ。何だっていいんだ」

「なんでも…」

「そして、きみはその好きと嫌いを『どうしたい』?」

「どう…したい?」

「好きなら『欲しがっても』いいんだ。

 好きでも『我慢して』いいんだ。

 好きなのに『悩んで』いいんだ。

 嫌いなら『拒絶しても』いいんだ。

 嫌いでも『受け入れて』いいんだ。

 嫌いなのに『悩んで』いいんだ。

 そうやって出くわした一つ一つにきみは真面目に向き合わないといけないんだよ…」

「向かい合う…?」

「一人が辛かったら他の人を頼っていい。頼る人が居ないなら、取り敢えず俺だっていい。

 何か無いか?今、きみが欲しい物。したいこと。何だっていいよ?」

「好きな事…欲しい物…したいこと…何だって…」

 庭取は考える。自分の欲求を。自分のしたいこと。そうしたら、自然と言葉が出た。

 

「温泉…」

 

 庭取はたった一言、そう答えた。彼女は任務を一段落終えると、必ず温泉地に足を運んだ。任務で溜め込んだストレスを湯でさっぱりと洗い流すためにだ。

 これこそが彼女の譲ることが出来ない物の一つであった。

 それを聞いた音弧は一瞬目を見開いた。そして直ぐに満面の笑みを見せた。

「よし!じゃあ一緒に行こうかっ!二泊三日の豪華料理付きでっ!」

 どうやらこの音弧(ヘンタイ)、温泉旅行にまで着いてくる気のようだ。

 

 

「……ご迷惑をおかけしました」

 ベッドから立ち上がり、彼女は頭を下げる。目の前の、彼女の訴えに誠心誠意応えた音弧と、知らず知らずの内に背景と化した迂々真にである。

「そうだぞー感謝しろー。何せ、俺が居ない間、ずっときみを守っていたのはこの迂々真だからな!」

 そう言うと音弧は迂々真の腰をバシバシと叩く。

「はいっそうですね!

 役立たずな音弧さんよりも迂々真さんの方がよっぽど素敵ですねっ!」

「…」

「おっ、おい大丈夫か?」

「気にすることありませんよ、迂々真さん」

 自分で茶化しておきながら庭取に突きつけられた変えようのない事実に、音弧は思わず膝を折る。

 これでも彼女のピンチに超特急で駆けつけたり、火事による被害の手当てに尽力したり、気落ちした彼女を懸命にフォローしたつもりだ。

 しかし彼女が傷付き弱っていた間、ずっと彼女を守っていたのは他ならぬ迂々真である。と、まあ、それは音弧の勘違いであるが…強ち間違いというわけでは無い。やっていた内容はほぼ同じでも、結局は本当の意味で、成り行きで、そうなったに過ぎず、そこまで褒め称えられる謂われは無い。それが理由で迂々真は困惑しているのだが『言わぬが花』と言う奴だろう。

「…さて、次の行動だけど…どうしようか?俺としては全員生存を目指して、砂粒のお姉さんに合流したい所だけど…」

 四つん這いの姿勢で「俺、落ち込んでます」とアピールをしながら、音弧は次の方針を提案する。

「わかりました!任せて下さいっ!」

 方針を同じくする庭取は音弧の提案を受けて早速行動を開始する。近くに居た鳥達を四方八方に指示して飛ばし、索敵を開始した。広域探索は彼女の十八番(おはこ)だ。彼女の異能力『鵜の目鷹の目』に掛かれば『申』の戦士・砂粒の居場所は直ぐに判明することだろう。

「迂々真はどうする?出来れば仲間になってくれるとありがたいんだけど…」

 そして音弧は迂々真に水を向ける。彼の懸念材料は、迂々真が現在この十二大戦にどういったスタンスで挑んでいるかだった。

 音弧は既に大戦の行方など関係ない。ただ単に趣くままに気の向くままに行動する。今は女の子達が平和的に大戦を乗り切ることが第一になっていた。

 庭取は既に優勝を望んでいない。『とにかく生きる』と言うシンプルな行動原理で動いている。平和主義者である砂粒の元へ導けば、悪いようにはならないだろう。

「…俺も協力しよう」

「いいのか?」

「俺だって彼女に助けられた。恩返しの一つくらいしたい」

 迂々真は既に優勝諦めている。いや正確には『生き残ることこそ勝ち』と考えている。故に戦闘を避けることを是としていたが、先程のような事態に陥っては堪った物では無い。ならばいっそ彼等と行動を共にし、『申』の和平組に合流するのが得策では無いかと考えた。

 『人生万事塞翁(さいおう)が馬』。様々な要因が重なって、今の結果を生み出した。今のここに『午酉猫』によるチームが結成される。そして彼らは『子申』の和平組へと合流するために動き出す。

「いやーこの中盤に和平派が五名に増えるのはラッキーだ」

 ここで音弧が知る範囲での情報の整理を始める。

 まずここに居る『午』『酉』『猫』の三名と同じ和平組である『子』『申』の二名。

 次に単独で行動している『丑』『寅』『辰』『未』『亥』の五名。

 次に音弧自身が手に掛けた『卯』と彼の置き土産たる『巳』の『歩く死体(ウォーキング・デッド)』。

 そして…既に死亡(・・)が分かっている…。

「っ!?危ないっ!?」

「きゃっ!」

 突如隣に立っていた迂々真が庭取を突き飛ばす。彼女が尻餅をついて転んだのを聞いてハッと音弧は目を開いた。

 すると視線の先には黒い影が迂々真に飛び掛かっていた。

「うっ!?くっ!うおおぉぉっ!!」

 二メートルを超える迂々真の巨体に飛びついた黒い影。彼は二度三度上体を振るって漸く影の背中を掴むと、力任せに引き剥がし、遠くへと投げた。

 圧倒的な防御術『鐙』。重厚重圧な筋肉の鎧は防御力のみならず攻撃力としても機能する攻防一体のシンプルイズベストと言うに相応しい力だ。彼が受けたのも僅かな掠り傷程度の物らしく、後の戦いに支障は無さそうだ。

 となれば問題はこの『襲撃者』だ。音弧は敵の姿を見据えた。ぐしゃぐしゃに潰れて無くなった顔からギョロリと赤と黒の隻眼がこちらを睨む、黒い外套(マント)から覗いた隻腕がガリガリと地面を掻く。履き馴らした軍靴(ブーツ)がカツカツと地面を叩き感触を確かめている。

「■■■■■■ーーーッ!」

 目の前の敵が口を開き雄叫びを上げる。声にならぬ声。地獄の怨嗟にもよく似たおどろおどろしい叫び声。敵は『人ならざる物』だった。

「…ど……怒突(・・)さん」

 乾いた声で庭取はそう呟いた。

 顔を失い、判別も着かなくなった『襲撃者』。その正体は…

 

 『戌』の戦士──

 『噛んで含めるように殺す』怒突

 その『歩く死体(ウォーキング・デッド)』だった。

 

「うわー…聞いてないよ。いつの間にゾンビに仲間入りしてんのさ?」

「分かりません…と言いたい所ですが、私が始末し損ねたせいです。

 何せ、お顔をグシャリとやって、お腹をズブリとやったから、後はほっとけば死ぬと思ってたんで…」

「んで死ぬ前に『歩く死体(ウォーキング・デッド)』に仲間入りしたと…。

 つか、サラリととんでもなくエゲツ無いこと言ったな庭取ちゃん」

 そう軽口を交わしながら音弧は臨戦態勢を整える。腰に挿したナイフと投擲用の鋲を抜き取って構える。

 共に戦うつもりの庭取も戦う用意をしようとしたが、生憎と『鶏冠刺(とさかざし)』を失い丸腰だ。仕方が無いので鳥達を呼び寄せつつ、ヘアッ!とかシュワッチ!とかの掛け声が似合いそうな手刀の構えを取った。

 そして迂々真は最前線に出て拳を構える。このメンバーで一番の戦闘力を保有するのは間違いなく彼だ。だからこそ一番に働くべきだと考えた。そして静かに口を開いた。

「来るぞ…」

 『午』『戌』『猫』『酉』。今ここに『ブレーメンの音楽隊』の決戦が始まる。その火蓋が切って落とされた。

 

「『猫』の戦士──

 『好奇心で殺す』音弧」

「『酉』の戦士──

 『啄(ついば)んで殺す』庭取」

「『午』の戦士──

 ………………」

 名乗りを上げる最中、目の前の巨漢の戦士の体がグラリと揺れてズシンと倒れる。既に戦いは始まっていた。

「「…………は?」」

 余りの事態に音弧・庭取の両名が、呆けたような顔で目の前の倒れた仲間を見る。そして近くに居た音弧は気が付いた。彼…迂々真は目、鼻、口の穴という穴から血を噴いて死んでいた。彼の首筋には赤い点が四つ出来ていた。

 目の前の『戌』の死体は生前『毒殺師』であったことを音弧は知らなかった。

 『歩く死体(ウォーキング・デッド)』だろうと、生前の技能はそのまま使用できると言うことを庭取は知らなかった。

 二つの情報が揃えば当然の如く導き出せる『答え』に、二人は辿り着けなかった。つまり最初に迂々真を襲った『戌』は、毒を盛っていたのだ。それが彼の死因だった。

 絶対防御『鐙(あぶみ)』の猛毒耐性。確かに猛毒結晶『獣石(じゅうせき)』でさえ耐えることが出来たかも知れない。しかし、そこには『致死量(ちしりょう)』と言う物が関係している。『薬も過ぎれば毒となる』ように、毒量が多ければ当然死ぬ。当たり前のように死ぬ。

「くっ!?」

 音弧は仲間の屍を跳び越えて前に出る。そして『戌』を足止めするべく、先手を打った。

 音弧は『戌』の死体を不意打ちから一撃必殺で仕留める『暗殺者(アサシン)タイプ』の戦士と判断した。加えてあの身のこなしを『機動力重視(スピード)タイプ』と判断した。

 ならばと音弧は前に出る。あの足で引っかき回されたら堪った物では無い、足止めが必要である。そう言った手合いは音弧の十八番(おはこ)だ。何せ、この男はあの『皆殺しの天才』でさえ足止めしてみせる男だ。

「っ!?音弧さんっ!?」

 音弧の答えは現在の情報から打ち出された『正答』である。ただしそれが『正解』とは限らない。

「…えっ?」

 音弧の背後から手が伸びる。手は音弧を捉え頭蓋を鷲掴みにすると、その握力でグシャリと粉砕した。

「きゃあああああああっ!!?」

 音弧と庭取は判断を誤った。しかし二人に落ち度は無く、単に知らなかっただけなのだ。『歩く死体(ウォーキング・デッド)』に殺された者もまた『死体作り(ネクロマンチスト)』の効果で『歩く死体(ウォーキング・デッド)』になると言う事実を知らなかっただけなのだ。

 毒殺された『午』の戦士・迂々真は『歩く死体(ウォーキング・デッド)』になった。その死体が音弧の頭を握り潰したのだ。余りの衝撃映像に庭取は絶叫を上げた。

「ぎゃあああああああっ!?俺の頭がトマト祭いいいいっ!?」

「きゃあああああああっ!?生きてるううううっ!?」

 余りの衝撃映像に音弧が庭取の横で悲鳴を上げる。案外この男、余裕である。

 音弧は死んだ直後に「死を無視する無死にする」呪い『生死半々(シュレディンガー)』が発動して生き延びた。

 しかし、戦況は最悪と言わざるを得ない。壁役である迂々真が敵に成り変わり、庭取は満足に戦えない。戦えるのは音弧だけだ。

「■■■■ィーン!」

「■■ーッ!」

「…どうしよっかね、これっと!」

 『午』が嘶(いなな)き声を上げる。それを皮切りに『戌』が動き出す。

 音弧は再度前に出る。『戌』が繰り出した鉤爪の手首を取ると投げ飛ばす。鮮やかな一本背負いで死体を地面に叩き落とすと、手にしたナイフを逆手に持ち直し、一息に振り下ろす。

 音弧のナイフでは人体は殺せても死体は殺せない。いくら腕を刺そうが、脚を刺そうが、腹を刺そうが、死にはしないからだ。しかし有効打は残されている。死体であろうとも情報収集には人体由来の感覚器官が必要だ。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚は生きている。そこを壊すだけで行動を大きく制限できるはずだ。

「■■ッ!?」

 躊躇うこと無く『戌』の隻眼にナイフを振り下ろすと、死体が絶叫を上げて暴れ回る。そのまま聴覚…耳を破壊しようとするが、それを『午』に邪魔される。

 『午』は背を向けている音弧に向けて拳を振り下ろす。

 しかし音弧は背中を確認すること無く、跳ねてそれを躱す。そのまま腕を足場にクルリと回って死体の頭に蹴りを叩き込んだ。

「硬っ!っ!?いぎっ!!?」

 『午』が保有する鉄壁の防御術『鐙』。敵に回してやっとそのエグさを知った音弧。足から伝わる感触は鋼鉄の塊を蹴り飛ばそうとして失敗したような重さが伝わる。

 その際の硬直がそのまま隙となった。『午』は音弧の足を掴むとその馬鹿力で投げ飛ばす。一回二回と地面を跳ねて転がった。

 『戌』は嗅覚を頼りに音弧を目指す。好機を察した『午』は音弧にトドメを刺そうと動き出す。対して音弧は回避しようと立ち上がるがそのまま崩れ落ちる。よく見ると音弧の足が変な角度に曲がっている。『午』の握力で握り潰されていた。

「鳥さん達っ!!」

 音弧を助けるために庭取が動く。烏合の集合による鳥達の大群、彼女の忠実な大軍が二体の死体目掛けて殺到する。

「『啄んで殺す』っ!『鳥葬』っ!」

 音弧がどうしても庭取を仲間に引き入れたかった理由は主に三つ。

 一つ目。彼女が可愛い女の子だからだ。これは誰がなんと言おうと外せない。

 二つ目。彼女の『鵜の目鷹の目』による広域探索能力。味方を探し敵を探し、回避も奇襲もしたい放題で自由度が高い。

 三つ目。彼女の必殺技『鳥葬』。肉片骨片残さず喰い漁る鳥達の啄みが『歩く死体(ウォーキング・デッド)』に有効なためだ。これさえ有ればゾンビなんて恐くない…そう思っていた。

「鳥さんっ!?」

 『戌』の死体を喰い漁っていた鳥から歪な意識を受けた庭取がそちらを見やる。すると群がっていた鳥達が藻掻いて、そして死んだ。

 何度も言うが『戌』は『毒殺師』である。つまり全身を毒で満たすなど造作も無い。しかも、今は死体だ。幾ら全身が毒に冒されようが関係ないのである。現在奴は動く毒餌と化していた。

 驚天動地に庭取が動揺している暇など無い。次の瞬間には音弧が宙に撥(は)ね飛ばされていた。

 何度も言うが『午』の『鐙』は絶対防御である。つまり鋼にも等しい肉体は鳥の嘴を諸共(もろとも)しない。強引に包囲網を突破して、体当たりをかまして、音弧を轢き殺したのだ。

 更に事態は悪化する。

「ひぃっ!?」

 何度も言うが『歩く死体(ウォーキング・デッド)』に殺された者は『歩く死体(ウォーキング・デッド)』となる。『戌』の毒肉を喰らって絶命した鳥達が今度はゾンビとなって庭取に襲い掛かった。

「何ボサッとしてるっ!!」

 庭取に向けて飛来した鳥達に金属の鋲が突き刺さる。早々に生き返った音弧が投げ放ったそれが鳥の動きを封じた。更に庭取の前に割って入ると鳥を次々と叩き落とした。

「ひっ!?と…鳥さんの目(・)を」

 『戌』は死骸となった鳥の首を拾い上げると、突如自分の顔面にねじ込む。すると鳥の顔の埋め込まれた、人の顔が出来上がった。

「魔改造プラモデルかよ…SAN値直葬(さんちちょくそう)……サニティだだ下がりだわ」

 音弧が思わず息を呑む。流石に死体と言えど操られている以上、意味の無いことはしないだろう。恐らくあれは『義眼』の役割を果たすための物だ。

(さて、どうしたモノか…)

 少なくともあの二体に『鳥葬』は通じない。通常の人間であれば有効なはずの手段が、寄りにもよって例外的な二人に該当してしまった。こう言っては何だが、庭取を戦力としてカウント出来ない。

 ああやって目や耳を潰しても、すぐにプラモデルみたいにツギハギにされて補われる。そもそも『午』が硬すぎてどうしようも無く、音弧の力量では十中八九防がれる。

(…仕方ないかぁ。出来れば今度こそ傍に居てやりたかったけどなぁ)

 音弧は決断する。先ほど固めた決意を投げ捨てて、庭取に問いかけた。

「……ねぇ、庭取ちゃん?きみ一人だけでも逃げる気無い?」

「…な、なんでです…か?」

 音弧の提案に庭取がショックを受けたような表情をする。その声を聞いて胸が締め付けられた。

「御覧の有様だよ。敵は直接戦闘タイプが二体。頼みの綱だった『鳥葬』は片方が硬すぎて啄めず、片方は毒入りじゃあ鳥には食べさせられない。

 …俺に思い付く手立ては、奴等を足止めして、きみを逃がすくらいしか思い付かないんだ」

「でも…」

「いいかい?俺は死なない…死なないんだよ。何度だって蘇るし、何度だって立ち上がるし、何度だって遮る…『殿(しんがり)』には打って付けだ。

 きみは振り向かずに砂粒のお姉さんの元へ走るんだ。彼女ならきみを悪いようにはしないだろうから…さっ!」

 ああ、嫌だな…と音弧は思った。この後彼は無様を晒す。きっと彼女は幻滅するだろう。

 本当ならばこんな死体の一つや二つちょちょいのちょいと処理して見せれば、女性から黄色い声援の一つや二つ貰って、ちょっとした騎士(ナイト)と姫君(プリンセス)の気分でも味わえただろうにと、音弧は有りもしない幻想に耽る。

 そもそも『殺人鬼(・・・)』にそんな夢を語る資格なんて無いことは、とうの昔に知っている。

(いいじゃないか…夢見るくらい。

 そういう夢物語は『好きなこと』だ。だから『欲しがる』よ)

 先程庭取に言って聞かせた言葉に乗っかって音弧は飛び込む。近くに買い物にでも行こうかという気軽さで死地へと飛び込む。

 後ろの彼女…庭取の悲鳴にも似た制止を振り切って。

 

 音弧は『午』の前に立ちはだかる。

 『午』の豪腕が唸りを上げて殺到する。

 二手三手と攻撃を躱していると横合いから『戌』が攻めてくる。『鳥葬』により体表面を喰い漁られて剥き出しになった醜い肉塊の姿のまま、禍々しい顎(アギト)を開き食い殺そうとしてくる。音弧は向けられた牙に腕を割り込ませて噛ませる。動きをとらえた『戌』の『鳥の顔』目掛けてナイフを突き立てる。加えて片耳の穴にもナイフをねじ込んだ。

 時間を掛けすぎたのだろう。『午』の横薙ぎの蹴りが音弧を『戌』諸共纏めて蹴り飛ばす。音弧は受け身を取ることさえ出来ず倒れた。

 音弧が苦しみ悶える。『戌』に感染させられた毒が全身を巡り、彼は鼻から血を流し、目から血を流した。音弧は口から血反吐(ちへど)を吐き、断末魔を上げて死んだ。

「音弧さんっ!」

「早く行けっ!馬鹿!!」

「■■■■ィーッ!」

 音弧の絶命に庭取が息を呑む。違う角度から彼の怒号が聞こえる。彼の姿を追えば、『午』の頭に飛び付き、眼球にナイフを突き立てていた。

 流石に理不尽な防御力を持つ『鐙』といえども『眼球までは鍛えられない』だろう。音弧の狙い通り攻撃が通じた。更にナイフを奥深くに差し込んで内部を搔き回す。脳機能を破壊して思考力の一つでも落ちてくれればと思案した。

 嘶き声を上げた『午』は音弧を掴むと地面に叩き落とす。そのまま、その健脚で踏み潰す。上半身と下半身が泣き別れて音弧は死んだ。

 蘇った音弧は、怯んで動けない『戌』に飛び付く。組み敷くと、『戌』の隻腕、その指の根元にナイフを押し当てて、ナイフごと踏み付ける。鈍い感触が足を伝い、『戌』の鉤爪を切断した。少しでも攻撃の手数を減らしたかった。

 その隙に毒を感染させられて音弧は死んだ。

 破壊する。死ぬ。蘇える。破壊する。死ぬ。蘇える。破壊する。死ぬ。蘇える。破壊する。死ぬ。蘇える。破壊する。死ぬ。蘇える。破壊する。死ぬ。蘇える。破壊する。死ぬ。蘇える。破壊する。死ぬ。蘇える。破壊する。死ぬ。蘇える。破壊する。死ぬ。蘇える。破壊する。死ぬ。蘇える。破壊する。死ぬ。蘇える。破壊する。死ぬ。蘇える。破壊する。

 荒れ狂う殺人の連鎖。互いの壊し合い。途方も無い潰し合い。目の前の光景が地獄に見えた。しかし、異変が直ぐに訪れる。

「…涙(・)?」

 死を繰り返す度に音弧の動きが精細さを欠いていく、徐々に死ぬ回数が増えてきた。

 彼の顔を見れば口元は苦痛に歪み、歯を食いしばっている。目元は刮目し、初めて見た金色の瞳から涙が流れた。しかしそれも一瞬のことで音弧は毒に感染し、血涙を流して死んだ。

(…涙…確かに音弧さん…泣いてた(・・・・)?…なんで?)

 その様子を見て庭取が疑問を抱いた。何故彼は泣いているのか。何故彼は歯を食いしばっているのか。何故彼は苦しんでいるのか。

 そこで庭取は有る言葉をふと思い出した。

『でも、死ぬときの記憶は残るんだよなぁ…おかげで臨死体験談(ガチ)には事欠かないけどね?

 何だったら『魔女狩り』にあったときの話とか『ファラリスの雄牛』の体験レポートとか聞く?』

 数時間前に彼の呪い『生死半々(シュレディンガー)』について聞いたときに彼が軽口で放った言葉だった。

(…ちょっと待って?

 記憶が残る(・・)?レポート出来る(・・・)程に語れる?

 それって…痛みもそのまま(・・・・)って事っ!?)

「死を無視する無死にする」呪い『生死半々(シュレディンガー)』。死を回避する反則(チート)能力だと庭取は認識していた。

 しかしそれは少し違うのだ。「何度も蘇る」ということは「何度も死ぬ」ということだ。彼はそれを『無限』に追体験しているということだ。

 血の抜け落ちる寒気も。全身を炙られる火傷の熱さも。空腹で内臓が空っぽになり痩せ細る飢えも。全身を切り刻まれる痛みも。全身を押し潰される不快感も。劇毒が全身を掻き混ぜる苦しみも。溺れて息が出来なくなる辛さも。感電して全身が弾け飛ぶ感覚も。安楽死の緩やかに死に向かう無力感も。

 全部憶えているのだ。全部体験しているのだ。想像で来るだろうか。幾度となく際限なく意味もなく価値もなく呆気なく死ぬ苦しみが。

 『生き地獄』…。だからこそ彼は自身の異能力を『呪い(・・)』と呼んだのだ。

 

 そうしている間にも音弧は死ぬ。何度も死ぬ。既に何回、いや何十回死んだのだろか。その痛みを苦しみを辛さを全身に蓄積させ続けているのだ。

 その事実に辿り着いた庭取は胸が締め付けられた。そしてどうにかしないとと思った。

 

 庭取は静かに目を瞑る。決意を秘めたように瞼を開くと、踵を返し走り去った。

 

 

◇

 

 

 一体何回目の死だろうか…。

 通算何回目の死だろうか…。

 一十百千万(いちじゅうひゃくせんまん)億兆京害死(おくちょうけいがいし)と死んできた。数えるのが馬鹿らしくなって辞めた。

 体が軋む。体が焼ける。頭がグラグラする。頭が回らなくなってきた。意識が飛びそうになる。痛みで覚醒する。

 死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで。

 生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて。

 巡る巡る巡る巡る巡る巡る巡る巡る巡る巡る巡る巡る。

 グルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグル。

 ふと視界の端を見た。彼女の姿は見えない。恐らく、とうの昔に逃げたのだろう。大丈夫、『午』も『戌』もここに居る。大丈夫引きつけられてる。でも…。

「そろそろ…疲れたなぁ………」

 

 

 『猫』の戦士・音弧は膝を折る。手の平からナイフが溢れ落ちた。焦点の定まらない視線で迫り来る二体の死体をただ眺めていた。

 次の瞬間だった。音弧の脇を擦り抜けて何かが前に出る。

 『午』が振るった右腕が銀の剣戟を受けて刎ね跳ぶ。『戌』の胴体が真っ二つに裂かれて上下に別れてボトリと落ちた。

「……は?」

 目の前に立つ二人の戦士を見て音弧はそう呟いた。

「…ふむ。片眼と脳の一部を損傷したため、彼本来の鉄壁の防御術に隙が出来た…と言ったところかね?

 だとしたら彼の大手柄ということかね。何せ本来のポテンシャルの『午』の戦士の目を抉るなんて業(わざ)。私でも出来無かっただろうしね」

 黒く長い髪の揺れる後ろ姿。天高く聳え立つ二本の角が目立つ戦士だった。

「それでぇ?この後如何するんだよ?さっきみたいに首絞められんの、アタイは御免だからな」

 身を低く伏せた虎柄の女戦士。首に繋がれた鎖がジャラリと垂れ落ちた。

「なに。幸い近くにお誂(あつら)え向きの焚き火(・・・)があるようだし、嵩張(かさば)らないように切り刻んで、火にくべてしまうというのはどうかね?」

「あいよっ!さっさと解体(バラ)しちまうか…

 『寅』の戦士──

 『酔った勢いで殺す』妬良」

「『丑』の戦士──

 『ただ殺す』失井」

 二人の戦士は軽く打ち合わせを済ませると直ぐさま戦闘を開始した。

「…は…はは何だよあれ。『鬼』かよ?」

 音弧は思わず渇いた笑いを溢す。

 さっきまでの苦労は一体何だったのだろうか。あんなにも苦戦していた死体を二人の戦士は瞬く間に解体する。

 

 陰陽道に於いて、丑と寅の方角の間…艮(うしとら)の方角と言うのは『鬼門(きもん)』が開くと言われている。その名の通り「鬼の出入り口」になる場所だ。

 だから『鬼』は丑から角を貰い、寅から牙と衣装を誂えて、現在の姿になったとされている。

 

 彼らの強さは正に『鬼』だった。立派な二本の角に揺れ動く赤い髪。鋭利な牙と爪、虎柄のビキニに赤ら顔。姿まで『鬼』だった。

 失井がその西洋式片刃刀(サーベル)を振るえば『午』が瞬く間に解体されていく。

 妬良が獣王武神(じゅうおうむじん)縦横無尽(じゅうおうむじん)に爪を振るえば『戌』が瞬く間に解体されていく。

「音弧さんっ!」

 駆け寄ってきた庭取が音弧に肩を貸して支える。

「これは…?」

「救援を呼んできましたっ!もう大丈夫ですっ!」

 音弧は彼女の顔を覗き込む。一生懸命走ったのだろうか。毛先が汗を吸って肌に吸い付いている。介抱していた当初よりも血色がよく上気した顔。そして目元に残る赤い涙の跡。

「な…んで?なんで『丑』に救援を…へ、下手したらきみ殺されてたかも知れないんだよ?」

 遠くても『申』の戦士・砂粒に救援を求めるのは分かる。彼女なら快く受け入れてくれるだろう。

 しかし、失井はそうではない。元々彼は『死体作り(ネクロマンチスト)』の存在を察知して『歩く死体(ウォーキング・デッド)』にされるのを防ぐために、先手を打って『皆殺し』に動いた人物だ。ましてや庭取は彼に殺され掛けたのだ。二度も姿を晒すなんて愚の骨頂だった。

 一応それについては音弧が失井と取引していたのでまだマシだが、問題は妬良だ。

庭取と妬良は縁(えん)も縁(ゆかり)も無い。実際に酒を飲んで…とは言っても、飲んでいたのは妬良のみだが…語り合った音弧の見立てでは彼女はかなり気分屋と言うか直情的だ。気紛れで殺される可能性もあった。何故こんな危険な賭に出たのか。

「音弧さんが言ったんですよ?『好き』を『嫌い』を『どうするか』…。

 だから私は私の好きなようにやったんです。後悔はしてません」

 庭取は音弧が苦しむのを嫌いだと感じた。だから拒否するために動いた。

 すぐ近くに居たのは失井と妬良だった。恐いと感じたけれど我慢した。それ以上に音弧が苦しんでいるのが我慢できなかった。彼女が彼女の意思で判断を下したのだ。

 最初は殺した相手。次は庇われた相手。次は助けられた相手。次は支えられた相手。そして最後に守られた相手。庭取は音弧のことを『好き』になってしまったのだろう。このどうしようも無く、助平で変態で馬鹿な彼のことを必要になってしまったのだろう。

 

「話は終わったかね?」

 視線を向けると刀を鞘に納めながら『皆殺しの天才』失井がこちらに歩み寄ってくる。辺りを見渡しても死体の姿は無い。先程の話の通りに銀行の火災現場に放り捨ててきたのだろう。一先ずの脅威は去った。

「にしても…何故きみはそんなにも死にそうな顔をしているのかね?私の時は案外平気そうだったと受け止めていたのだがね」

「無茶言うな。『丑』の旦那は剣技が洗練されすぎて痛みを受ける間もなく絶命するからフィードバックが少ないんだよ。

 死体達(あいつら)必要以上にいたぶるから余計に体が痛いの何のって…」

「あぁ、なるほどそう言うことかね」

 音弧の説明を聞いてそう言うことかと失井が得心いったと頷く。自分の能力の裏情報などペラペラ喋る物では無いが、目の前の天才様は既にフィードバックまで予想できていたであろう。包み隠すだけ無駄だ。

「……さて失井さん、彼を助けてくれてありがとう御座いました」

 一人で立てるようになった音弧から手を離すと庭取は失井の真正面に立ち礼を尽くした。

「さあ約束(・・)です。『私のお腹の獣石(じゅうせき)、自由にして下さい』」

 そう言うと彼女は無防備に目を瞑り、両手を広げ、命を差し出した。

「っ!?ちょっと待て!どういうことだっ!!?」

 音弧を救うために失井に救援を求める案には、庭取自身何の勝算も無かった。

 しかし、彼は『皆殺しの天才』。もし味方に出来たら、これ程に心強い味方は無い。どうしても力を貸して欲しかった。

 そこで庭取は交渉材料として自分の腹に納まった獣石を選んだ。要は「私の命を差し上げますから、彼を救って下さい」と言ったのだ。

 庭取は大切な人のために命を投げてもいいと感じた。音弧相手なら構わないと感じた。

「駄目だよそんなの!俺はきみにそんなことをして欲しいがために、きみを生かした訳じゃ無いっ!」

「放して下さいっ!私に出来ることはこれ位なんですっ!あなたに貰った命をあなたのために使わせて下さいっ!」

 咄嗟に音弧は庭取を抱きしめて、失井から遠ざけるように後ろに隠す。死なない人間のために命を掛けるなんて馬鹿にも程がある。音弧はそんなことを了承するわけにはいかなかった。

 庭取は音弧の拘束を逃れようと暴れた。自分の大切になってしまった人があんなにも苦しんでいるのを見るなんて耐えられなかった。元々彼女は辛いこと苦しいことは捨てて避けて逃げてきた女だ。受け止め方なんて、どうしていいかなんて分からないのだ。だからこそ極端な行動に出てしまった。

 そうはさせまいと音弧は庭取をグイグイと押す。その様子を失井はじっと見ていた。

「……心配しなくとも、彼女の命を取るつもりは今の所無いのだがね」

「…え?」

 失井の返事に庭取は呆けたような声を出した。

「元々私はそこの彼と契約していてね。『『死体作り(ネクロマンチスト)』及び『歩く死体(ウォーキング・デッド)』の問題が片付くまでの協調と、その間の庭取(きみ)の身の安全』を約束している。これは『丑』の戦士の名に掛けて誓ったのだがね。

 加えて言うなら先程、きみは私達の窮地を救ってくれた謂わば恩人(・・)だ。恩には報いるべきだと思うのだがね?」

「つまり暫(しばら)くは殺すつもりは無いって事か?」

「そうだがね」

 それを聞いた庭取は無言のままに地面にペタリと座った。思わず気が抜けてしまったのだろう。

「だけどそれはそっちの都合(・・)だよなぁ?アタイには関係ない話さ」

 遅れてやってきた妬良がその様に挑発してくる。少しばかり剣呑とした雰囲気を帯び、毛は逆立っている。

「『猫』の戦士──

 『好奇心で殺す』音弧

 初めまして(・・・・・)妬良ちゃん」

「あぁ、初めまして(・・・・・)。気安く呼んでくれてんじゃねえよテメェ」

 音弧と妬良は挨拶を交わす。しかし妬良の飛ばしてきた目線は鋭く、血気盛んで一触即発の空気を醸し出していた。

「早速なんだけどさ…。彼女…庭取ちゃんを見逃してくれないか?」

「嫌だね。あくまで見逃すのはそこの失井個人の判断だ。アタイにゃあ関係ない話だねぇ」

「困ったなぁ」

 妬良の即答に音弧は頬を掻いた。さて、どうしたものかと頭を回す。

 音弧は後ろに居る健気な彼女を守りたい。しかし、目の前の健気な彼女とも戦いたくない。正に板挟みになっていた。何処かに交渉材料は無い物か。

「待って欲しいのだがね。…彼女にはきみも助けられた身だと思うのだがね?それでも殺すと言うのかね」

「うっ…だ、だけどこの女は音弧(こいつ)を守りたい一心で、自分の命を差し出すと言ったんだい。アタイはその覚悟を受け止めるべきだと…思う」

「…ふむ、なるほど…そういう捉え方もあるのかね。だったら彼女の処遇は『一端保留』にして欲しい。

 私はそこの音弧(かれ)とも協力関係に有るのだからね。同時に庭取(かのじょ)も保護対象なのだ。

 如何しても納得できないなら、これで手打ちにしてはくれまいかね?」

 そう言うと失井は妬良に何かを投げつける。パシリと彼女の手の平に納まると、渡されたものを確認する。紫闇色に怪しく光る宝玉、猛毒結晶『獣石』がコロリと転がった。

「『午』の戦士・迂々真から取り出した物だ…」

「……チッ!わかったよ、手打ちにしてやらぁ。だけど、後できっちり殺してやるからなぁ?」

「ひっ!?」

「…感謝する」

 纏っていた殺気を引っ込めて妬良が納得したように引き下がる。一先ずの窮地も脱したようで、漸く音弧は胸をなで下ろした。

「さて俺達はこのまま砂粒のお姉さんの元に合流するつもりだ。二人はどうする?彼女なら『死体作り(ネクロマンチスト)』の討伐までなら足並みが揃えられるんじゃ無いか?」

「…一度情報を共有した方が良さそうかね。

 分かった。きみたちをそこまで護衛しよう」

「本当かっ!助かるわ!」

「おいっ!テメェ!流石にそこまでは…」

 どうやら失井は『死体作り(ネクロマンチスト)』の討伐を優先し、協力関係を維持したいらしい。幸い砂粒も荒事を嫌う性質だから、立ち回りに気を付けさえすれば情報交換は容易だろう。

 しかし、妬良はそうはいかない。目の前の天才様の判断に納得が出来ずに文句を上げようとした。

「あ、あのー…よ、よろしいでしょうか?」

「どうしたの庭取ちゃん?」

 そんな中、畏れ多くもと言った様子で庭取が控え目な挙手をする。そしてとんでもないことを口にした。

「実はですね。砂粒さん見つけたには見つけたんですけど…。

 只今『亥』の戦士と絶賛交戦中(・・・)です」

「…んなぁっ!?」

 彼女の情報に音弧は素っ頓狂な声を上げた。既に事態は動いてしまっていたのだ。

「急いだ方がいいかね?」

「…だな。庭取ちゃん!案内できる?」

「はい!あっちです!」

「おい待てよ!まだアタイの話は…」

 四名は次の戦場に向けて移動を開始した。空を見れば雨雲が月を覆い隠し、ポツリと雨粒が振ってきた。

 

 物語は急速に終わりへと向かいつつあった。

 

 

◇

 

 

 最後尾を走っていた音弧がふと足を止める。後ろを振り向くと一人の戦士が佇んでいた。

「…やっと追い着いてきたか。安心して、庭取ちゃんは無事保護できたよ。これもきみのお陰だな」

 雨音が強くなる。気がつけば他の皆は先に行ってしまったらしい。そこには二人だけが取り残されていた。

「しかも『丑』の旦那も妬良ちゃんも限定条件下とは言え、味方になってくれた。二人は強いからとっても心強いよ」

 目の前の戦士が音弧の元へと静かに歩み寄る。その手には直剣が握られていた。

「これで砂粒のお姉さんにきみも合わせたら、もう六人だ。これだけ集まればこの大戦も平穏無事に終わるかも知れない」

 目の前の戦士の顔は暗がりに隠れてよく見えない。

「さあ行こう!この大戦を終わらぁ゛っ…!?」

 次の瞬間だった。目の前の戦士が手にした直剣で、音弧の喉を貫いた。

「…な…な…」

 音弧の顔が驚愕に染まる。目を白黒させて、目の前の戦士の顔を見る。「なんで?」と聞こうとした言葉は、貫かれた喉のせいで空気が抜けて声が出ない。

 しかし、意図を汲み取ったのだろう。目の前の戦士は静かにこう答えた。

 

 

 

 

「『子』の戦士──

 『うじゃうじゃ殺す』寝住」

 

 

 




判別も着かなくなった解説


・第七話『猫鼠同眠(共)』と第八話『猫鼠同眠(謀)』について
 原作『竜頭蛇尾(先攻)』『竜頭蛇尾(後攻)』のインスパイア。

 『猫鼠同眠』→上の者と下の者が示し合わせて悪さをする事。→『共謀』
 『共』→一緒に。同一であること。
 『謀』→計画を立てること。悪巧みをする事。

 次々と協力関係が構築されていく中で不穏分子が動き出す話。そして原作がとうとうブレイクした。




・ヘアッ!とかシュワッチ!とかの掛け声が似合いそうな手刀の構えについて
 ウルトラマンと言えば…みたいなポーズ。
 庭取がジャージ姿でへっぴり腰でそんなポーズしたら一週回って萌え要素だと思うんです…。



・ブレーメンの音楽隊について
 ↑お前これが言いたかっただけだろ!

 グリム童話『ブレーメンの音楽隊』から。
 驢馬(ロバ)、犬、猫、鶏の四匹は年老いて居場所を失った。生きるために新天地(ブレーメン)を目指す。途中で山賊のアジトを見つけて乗っ取る物語。(こう書くと色々ヒドイ)
 本作『十三大戦』に当てはめるなら『ブレーメン=砂粒』なのかも知れません。



・致死量について
 『すべての物質は有毒である』と言葉を16世紀の医師『パラケルスス』は残している。

 「こんぐらい飲めば死ぬよ」って言う量。
 例えば…

 フグ毒『テトロドトキシン』は2~3mgで死ぬ。
 『水銀』は200mgで死ぬ。
 『カフェイン』は3~10gで死ぬ。
 『食塩』は30~300gで死ぬ。
 『アルコール』は300~360gで死ぬ。
 『水』でさえ6~10lくらい一気飲みすると死ぬ。

 …と言われているらしい。




・SAN値直葬(さんちちょくそう)
 SAN値(正気度)を失い、精神崩壊を起こし、発狂しかねない状況。原作のバラバラ憂城とか正にそれ。
 本来TRPG『クトゥルフの叫び声』で使用される能力値で、それが一気にゼロになり発狂死する事から『直葬』→『産地直送(さんちちょくそう)』に語呂を合わせているらしい。



…え?知ってたって?
これは失礼しました。
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