※この作品はR-18です。

【二次創作】十三大戦【頑張って書いた】   作:セイントス

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『三年になる鼠を今年生まれの猫の子が捕らえる』と申します。
 巨星を堕とすのは何時の時代も新星ということで御座いましょう。
 しかしそれは『猫が鼠を捕るようなもの』で御座います。大して面白くも有りません。私めは「三年になる猫を今年生まれの鼠の子が殺める」ような番狂わせが見てみたいものです。
 『時に遇(あ)えば鼠も虎になる』と申しますが、『虎を画いて猫に類す』事態には成りたくないものですね。


第九戦『窮鼠は得てして猫を噛む者』

「……優勝賞品の『願い』は何かって?」

 人口五十万人規模の大都市から人払いが成されたゴーストタウン。僅か13名の戦士が跋扈する戦場…『十二大戦』。そんな戦場の一角。隠れ家の様な小さな喫茶店に二人の戦士が居た。

 『猫』の戦士・音弧(ねこ)。奥のキッチン部分を漁り、何か食料を探しているらしい。

 『子』の戦士・寝住(ねずみ)。そんな音弧の様子をテーブルに腰掛け、眠そうな眼で眺めていた。

「あぁ、そうだ。何せアンタはこの大戦では完全に『部外者』だった。なのにわざわざ参加してきた。

 …余程『叶えたい願い』って奴があるんじゃ無いか?」

 『申』が真っ先に提案した和平案に直ぐさま飛び付いた二人はトラブルにより戦士達が散り散りになった後、迅速に再合流を果たし、この場所を隠れ家に一息ついていた。二人は現在、協調関係にあった。

 小休止の間に相互理解を深めようと寝住が提供した話題は『優勝賞品の願い事』についてだ。最も寝住からしたら、話す機会を得た戦士達に片っ端から聞いている『恒例行事』のようなものだった。

「…『願い事』…うーん、願い事ねぇ…。あっ!出来たよー!」

 キッチンからひょっこりと顔を出した音弧は両手にトレイを持ったまま、こちらに戻ってきた。

 トレイの上には紅茶が二つ、クッキーの盛った皿が一つ。それをテーブルに並べると、空になったトレイは他のテーブルに置いて、音弧は寝住と向かい合うように腰掛ける。

「ささっ!どうぞ、ずずいっと!」

「…え、でも…」

「ん、もしかして毒とか気にしてる?なんなら毒味しようか」

「いや、大丈夫…」

 寝住は音弧に勧められるがままに紅茶を頂く。先に角砂糖を一つカップの中に落としてゆっくりと掻き回す。そしてミルクをたっぷりと入れたミルクティーにする。

 その間にも音弧は自分の紅茶をストレートで飲む。香りを堪能し、口の中に僅かに一口。目を瞑り、全感覚を研ぎ澄ませてその紅茶を味わっていた。

 寝住も出来上がったミルクティーをゆっくりと飲む。砂糖とミルクの優しい甘みの奥に潜む紅茶の豊かな香り。思わず目尻が下がった。

「……どう?」

「ああ、美味いよ」

「そっか…よかった」

「アンタ、こんな特技もあるんだな?」

「そう。以前に仕えてたお嬢様が紅茶に五月蠅(うるさ)くってな…」

「お嬢様?」

「ああ…」

 物思いに耽るように音弧は糸目で細い目を更に細める。胸元から下げたロケットを優しく撫でた後に首から外す。そして黙って寝住に差し出した。それを受け取った寝住は中身を確認する。

 随分と古い写真がはめ込まれていた。髪はハニーブロンドの色にプリンボブ、瞳は大きく綺麗なエメラルドグリーン、淡いピンクのドレス姿の少女。整った顔のパーツが上品な人形を思わせるが、自信たっぷりに吊り上がった口角を見れば血の通った人間であることが分かった。

「…綺麗な女性(ひと)だな」

「そうだな…しかも俺を人間(・・)にしてくれた運命の人だ。

 深窓の令嬢なのに高飛車お転婆でさ…急に俺を引き連れて街へ繰り出したりして、よく女中達を困らせていたな…懐かしいな」

 柔らかい笑みを浮かべる音弧。また一口紅茶を味わって、クッキーに手を伸ばした。

「…ん?「仕えてた」ってことは、今は如何してるんだ?」

「……死んだよ。抗争に巻き込まれて彼女もご両親も従者達も全員」

「ふーん…。じゃあアンタの願いは『彼女達にもう一度会いたい』…とか?」

「それも悪くないかもね…。

 でも駄目だ。その願いは絶対(・・)に叶わない」

「なんでさ?大戦の優勝賞品である『どんな願いでも叶う』権利なら…」

「叶うわけが無いんだよ…」

 刮目した音弧の金色の瞳がジッと寝住を見ている。何処までも沈み込んでいきそうな深い色。寝住は思わず息を呑んだ。

「っ!?…そ、そうか、済まなかった。

 じゃあ改めて聞くけど、優勝したら何を願うんだ?」

 先程までの穏やかな雰囲気から豹変した音弧の剣幕。寝住は慌てて謝罪を入れると、借りていたロケットを返却した。

 そして気まずさを誤魔化すように話題を逸らす。いや話を戻した。

「…そうだな…『なんだっていい』んじゃない?」

「は?」

「例えば『お金』。金は天下の回り物って言うくらいだし、お金があれば大抵のことは何とかなるだろう。その気になれば『戸籍』も『権力』も『名声』も買える。

 でも、お金じゃ買えない価値が有るっても言うしな。『愛情』や『平穏』や『健康』や『知識』や『自由』を求めるって言うのもあるだろうな。『目的意識』を求めるのも有りだろうし、『納得』を求めるって言うのも有りだろうな」

「…ちょっと待て。ちょっと待てよ。いきなり何取り留めの無い話になってんだ?」

「…ん?『願い事』の話だろ?」

 寝住は慌てて音弧の話に制止を掛ける。寝住が聞きたいのは『たった一つの願い』だ。そんな七夕飾りの短冊にでも書いて笹に吊すような単純で、気軽で、乱雑な願いでは決してない。

 音弧はそんな寝住の様子に首を傾げて疑問を抱いた。

「そもそも願い事ってさぁ…そんなに『大義名分』が必要な物なの?」

「は?」

「人が何かを願うってのってさ、その『願い』がその人に『足りない物』ってだけでしょ?

 喉が渇けば『飲み物が欲しい』

 腹が減ったら『食事が欲しい』

 眠くなったら『睡りが欲しい』

 寒ければ『服が欲しい』

 雨風しのげる『家が欲しい』

 性欲を発散したいなら『相手が欲しい』

 結婚したなら『子供が欲しい』

 貧困に喘げば『お金が欲しい』

 金が欲しけりゃ『仕事が欲しい』

 生き残りたいから『力が欲しい』

 死にたくなければ『命が欲しい』

 背が低けりゃ『身長が欲しい』

 胸が小さけりゃ『バストが欲しい』

 老い先短けりゃ『若さが欲しい』

 怪我をしてれば『手当てが欲しい』

 一人が寂しければ『仲間が欲しい』

 そうでなくても『ペットが欲しい』

 趣味を満喫したいなら『時間が欲しい』

 ……その時その時で『願い』なんて無限に湧き上がる物だよ。だから現段階で『何が欲しい』なんて語るのは無駄なんだよ…いざ『願いを叶える瞬間』じゃないと意味が無い」

「意味が無い?」

「例えばの話だけどさ?この大戦で俺が優勝して、きみが途中で死んだとするだろ?」

「…急に物騒になったな」

「まぁ、聞けって。

 …けど俺ときみは、この過酷な状況下で共に支え合う『相棒』だ。急にきみが死んでしまったら俺は悲しいだろ?だったら『寝住を生き返らせてくれ』って願うのも有りかも知れないな」

「そんなことに『たった一つの願い』を使って良いのかよ?」

「いいんだよ。俺が満足したなら…」

 そう言いきるとクッキーをまた一枚頬張り紅茶で流し込む。ふぅ…と吐息を漏らすと、あっ…と何かを思い付いたように突然口を開いた。

「そうだな…適当に色々願い事言ってみたけど。これだけは一貫してることがあったわ」

「…それは?」

「もしその願いが叶ったとして、それで本当に『自分が幸せになれるか』ってこと」

「幸せ…」

 寝住はジッとカップの中を見つめた。半分ほど飲んだミルクティーが静かに波を打った。

「さっ!休憩は終わりだ!一先ずは『申』の戦士を探そうか?」

 最後の紅茶を飲み干すと音弧は立ち上がり、少しだけずれた帽子を被り直す。

「…そうだな。出来るなら皆生き残れる方がいいに決まってる」

「だな…。じゃあ行こっか?」

 そう言って音弧はドアに手を伸ばす。しかし直前に一度手を止めて、寝住を振り向いてこう言った。

「そうそうさっき「もし、きみが死んだら…」なんて言ったけど、死なせる気は全く無いよ。

 安心しなって!これでも『霧の都の切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)』の異名で通ってるからっ!」

「いや、それ安心できる要素皆無だろ」

「はっはっは!」

 

 

 そう言っていた音弧はこの後、断罪(たつみ)兄の氷冷放射器『逝女(ゆきおんな)』を受けて絶命した。

 直後に寝住も断罪弟の火炎放射器『人影(ひとかげ)』に焼かれて死んだ。

 

 

◇

 

 

 直剣が男の右肩を貫く。男は悲鳴を上げた。しかし男の口には布で猿轡(さるぐつわ)を施されており、吐き出された叫び声は小さな呻き声に変わった。

 癖のある茶髪、頭に被っていたはずの猫耳を彷彿させるカンカン帽は近くにポトリと落ちている。金の瞳の潜んだ糸目は現在目隠しに覆い隠され見ることは叶わない。

 屈強な戦士として戦い続けた、引き締まった体。両腕両足を複数箇所刺されたらしく、体が思うように動かず、芋虫のように藻掻き蠢(うごめ)く。

「おっと。それ(・・)をされたら困るんだよな?」

 青年は男の腰に挿さっている鋲…畳針ほど有るそれを抜き取り、男の手に突き刺した。男は今一度悲鳴を上げて、手にしたナイフを取りこぼす。青年は落ちたナイフを遠くへと蹴り飛ばすと、カラリカラリと軽い音が反響した。

 青年は念には念を入れて鋲をもう一本抜き取ると、男のもう一方の手の平にも突き刺した。またも男が悲鳴を上げた。

「…こんなもんかな?こんだけやれば動けねえだろ?」

 肩に刺したままだった直剣を引き抜き、血を払うと鞘に収める。そして青年は一人語り出す。その言葉に男が返事を返すことは無い。

「ああ、いけないいけない。ちゃんと止血はしねえとな。うっかり失血死されたら抜けられちまうかも知れねえからな…」

 そう言うと青年は徐(おもむろ)に針金を取り出すと、男の流血を防ぐように縛り上げ、圧迫して止血をした。

「…これでよし」

 一仕事終えたと言わんばかりに、青年は手を叩く。そして一度、大きく欠伸をした。

「にしても、こんなにアッサリ捕まえられるなんてな…。あの『午』と『戌』を同時に相手にして渡り合えるくらいバケモノなのに、本当に訳分かんねえお兄さんだな…」

 青年は無様を晒す男を見下ろし見下す。しかしそれも一時のことで、すぐに視線を外し目を閉じた。

「ようやく…ようやくハッキリと見通せる。何処だ?何処に有る?俺の…俺の『生存ルート』」

 意味の分からない言葉を呟く青年。微かな呟き声で「消去」と「選択」と繰り返し繰り返して呟いた。そして青年は突如笑みを作った。

「……………見つけた。…確定(・・)」

 踵を返した青年…『子』の戦士・寝住は暗く狭い下水道の中を歩き出す。

 致命的な傷を負った男…『猫』の戦士・音弧を置き去りにして歩き出す。

 寝住は暗闇の中に静かに消えていった。

 

 

◇

 

 

「……只今の戦績を御報告申し上げます。

 

 

 一位。『丑』『亥』の戦士。

 現在、獣石(じゅうせき)を三つ所持しております。

 

 三位。『寅』の戦士。

 現在、獣石を二つ所持しております。

 

 四位。『子』『辰』『申』『酉』の戦士。

 現在、獣石を一つ所持しております。

 

 八位。『卯』『猫』の戦士。

 現在、獣石を所持しておりません。

 

 脱落者は『巳』『午』『未』『戌』の四名で御座います。

 

 

 ……続きまして、現在の戦況を御報告申し上げます。

 

 

 まず『亥』の戦士・異能肉(いのうのしし)は『申』の戦士・砂粒(しゃりゅう)と戦闘中。戦況は膠着状態にあります。

 

 次に『丑』の戦士・失井(うしい)、『寅』の戦士・妬良(とら)、『酉』の戦士・庭取(にわとり)の三名は協調関係を確立し、『申』の下へ合流する模様。

 

 次に『辰』の戦士・断罪(たつみ)兄は戦況を立て直すためにも上空に退避中。

 

 次に『子』の戦士・寝住は『猫』の戦士・音弧を裏切った模様。音弧を昏倒に追い込んだ寝住は、そのまま音弧を拉致して近くのマンホールから下水道の中に潜った様です。

 

 最後に『卯』の戦士・憂城(うさぎ)…の死体の所在は不明です。

 

 

 ……報告は以上で御座います。引き続き観察を行います。更なる報告をお待ち下さいますよう何卒(なにとぞ)お願い申し上げます」

 小型の通信端末の通話機能を切ると青年は溜息を一つ吐いた。

 報告係(レポーター)・ナビィは一際高いビルの上から街を見下ろす。直ぐ下を見れば庭取・失井・妬良の三名が迅速行軍といった具合に駆けていく。その先を見れば異能肉と砂粒の激闘が繰り広げられていた。

 ナビィは『見える』と言っても普通に肉眼で見ているわけでは無く、更に言えば人外染みた異能力を持っているわけでも無い。

 街中に張り巡らせた『監視カメラ』が得た映像をタブレットに受信し、瞬時に精査して統括する事で得た結論だった。彼自身その手の『電子機器を操作する技能』と『情報を解析する技能』を保有していた。

「……はぁ。胃が痛い」

 人外魔境(じんがいまきょう)と呼ぶに相応しいこの『十二大戦』。上司である審判長・ドゥデキャプルを始めとし、運営スタッフとして参加している他のメンバーも大概…いや錚々(そうそう)たるもので、少し優秀なだけの一般人である彼は非常に肩身が狭かった。

「それにしてもあの『猫』の戦士。こんな血で血を洗う様な戦いに跳び込んでくるなんて酔狂にも程がある。…まあ、あんな残機無限みたいな異能力の戦士なら変でも無いか?」

 ナビィはこの大戦に乱入してきた音弧のことを思い出す。陽気に狂気に怪奇な彼の男は大戦のあちらこちらにちょっかいを掛けている。そのせいで戦況は遅滞し、運営スタッフの仕事は嵩(かさ)む。

「よく『招待状』も無いのに参加できたなあ。まぁ、開幕前から『巳』の戦士が死んでいたって言うのも原因なんだろうけど…。それだけじゃあ説得力不足だよな?」

 古来『十二大戦』は厳正なる代理戦争であり、元々は各国々が国一番の英雄を厳選し、凌ぎを削りあわせることで様々な権限の奪い合いをしていた。しかし、国力の差が戦力の差、延いては戦士の育成能力の差へと繋がり、強者が一方的に弱者から財を略奪するだけのワンサイドゲームに成り果てた。一方で少しでも逆転の目を狙った弱小国が無理な国の運営をした結果、滅んで消えたという話は数知れず起きた。

 その防止策として運営陣は選出する戦士達を裏事情を知らない『部外者』に変更した。国々とは縁(えん)も縁(ゆかり)も無い戦士達を優勝賞品で釣り、競い合わせ、有権者はその戦士達の中から優勝者を当てる、現在の賭け事(ギャンブル)形式へと変化した。でなければ大戦の参戦者が、戦争を放棄した極東の小国出身の戦士に偏るわけが無い。

 十二大戦はその起源と意義から大きく懸け離れ、随分と娯楽的な色合いが強い物へと変化してしまった。

「……最初は何処の馬の骨とか思ったけど…あの上司(・・)を黙らせて大戦への参加を許可させるなんて流石は師匠(・・)だなぁ…」

 そんな形骸化の進む十二大戦であっても、数多くの国の様々な利権が絡む十二年に一度の厳正な代理戦争であることは変わりない。故に運営陣も選出する戦士も生半可な物では無い。

 『皆殺しの天才』や『和平交渉の専門家(プロフェッショナル)』。人類の宝と呼ぶに相応しい大英雄にまで召集が掛けられるのだから、裏で動いている『見えない力』というものもお察しである。

 だというのにだ。そんな十二大戦に突如現れた『猫』の戦士・音弧。ナビィに『電子機器を操作する技能』と『情報を解析する技能』を叩き込んだ師と呼べる方が、秘密裏に彼を推薦したという経緯自体も謎である。

「まぁいいや。師匠、変人で変態だから何考えてるのか分からないし、どうせ『面白いから』とかどうしようも無い理由なんだろう。

 そんなことより、こちらはこちらで仕事をしないと…」

 音弧が大戦に入れた理由は分かったが、それ以外はサッパリ分からない。何故この大戦に参戦しようとしたのか。そもそも彼は師匠とどういう関係なのか。 だが、結論には辿り着けそうに無い。大戦が終わったら一度、連絡でも取ってみようかと結論を付けて思考を打ち切った。

 現在大戦開始から五時間が経過しようとしているのに死亡者はたったの四名だ。ここから更に五時間経過するような事態になれば、毒の影響で動きが鈍る者が現れ始めることを考慮しなければならない。時が来れば下位層で息を潜める『猫』と『卯』が牙を剥くことになるだろう。

「となれば今一番事態が動いてるのは『子』と『猫』?

 しかし『申』『亥』の決戦に『丑』『寅』『酉』の三人が混ざる方が事態が動くか?…迷うなあ」

 監視カメラの視覚にはどうしたって死角がある。ましてや激戦でカメラが破壊されれば観察することも叶わない。

 より詳しい情報を得るためにも戦地に赴く必要がある。気持ちは戦場カメラマンのようだった。

「…決めた、『亥』と『申』の所へ行こう。

 このまま行けば『丑』と『申』のドリームマッチが起こるかも知れないし、その方が有権者の皆様は喜ぶだろうから」

 そう決めたナビィは移動を開始する。目指すのは最も佳境に入った戦場だった。

 

 

◇

 

 

(……ここにも居ない?これで潜んで居そうなポイントは全部回った…。一体『死体使い(ネクロマンサー)』は何処に?

 しかも『卯』の死体も消えたまま…。…変ね、何かが変よ?もしかして、何か重大な見落としをしている?)

 『申』の戦士・砂粒はオフィスビルの一角を外から覗き込む。中は薄暗く見通しは悪いが、辛うじて奥まで見渡せる。恐らくはアニメやゲーム等のサブカルチャー系の会社なのだろう。綺麗に並んだ作業デスクの上にはユニークなフィギュアが飾られ、壁面には美少女系のキャラクターの描かれたタペストリーが張られている。

 しかし、ただそれだけだ。残業やデスマーチを敢行しているような従業員や夜勤の警備員の姿はおろか、潜伏していると思われた敵の足跡すら見えない。

「…っ!?」

 そんな彼女の横を五発の銃弾が掠める。それに慌てて、砂粒は四階から五階へと走る。

 繰り返すので落ち着いて聞いて欲しい。砂粒はビルの外壁をよじ登り、内部を覗き、壁面を走って上層へと登っているのだ。サーカスも真っ青な身のこなしだ。

「いい加減降りてきて、こっちを見なさいなっ!『申』っ!」

「ごめんねー!肉ちゃんー!でももうちょっと-!」

「あぁっ!もうっ!!」

 下の方では『亥』の戦士・異能肉が憤ったように声を張り上げる。その声の大きさと言ったら両手に持って乱射している二丁の機関銃の発砲音にも負けないほどに轟いていた。

 先程からこんな調子だ。砂粒はひょいひょいとビルを走り回り、異能肉がそれを追い回す。何とも滑稽な『鬼ごっこ』だろうか。『ブレーメンの音楽隊の決戦』や『丑寅辰巳の乱戦』と比較して酷く見劣りする戦いだった。

「いい加減にしなさいなっ!」

「わっ!?」

 異能肉が砂粒の逃げ場を奪うように先読みして弾幕を張る。そこから左右バラバラの動きで砂粒を中心に円を描くように、囲うように壁面を穿てば、外壁が丸くゴロリと取れて落下。砂粒を瓦礫ごと纏めて引きずり落とした。

「っとっと…。もー乱暴だなー肉ちゃんは」

「お黙りなさい。敵を目の前にして無視する貴女が悪いのですわ。そのまま撃ち殺されては下さいませんか?」

「とか言っちゃって、さっきから牽制と威嚇ばかり。本当に優しいなー肉ちゃんは」

「本当に撃ちますわよ」

 落下する足場から飛び退き砂粒は危なげなく地面に着地する。パタパタと服についた埃を叩きながら軽口を叩いて、余裕綽々とした様子で口を開けば、異能肉のこめかみに青筋が立った。

「…大体さっきから何ですの?今この場に居るのは貴女と私のたった二人だけ…何を気にしていらっしゃるの?

 今は私を…。ただ私だけを見ていれば良いのですわ」

「…随分と熱いアプローチね」

「茶化さないで下さいまし。全くもって忌々しい」

 空からポツリポツリと雨が降り注ぐ。空を見れば月夜と星空が暗雲に隠れてしまっていることだろう。

「…雨…降ってきちゃったわね。一度雨宿りでもする?」

「…えぇ、そうですわね。ではさっさと貴女を殺して雨宿りでもしましょうかしら?」

 成立しているようで成立しない言葉の羅列。

 分かっている。砂粒は異能肉と戦いたくないのだ。彼女本来の『平和主義』の性質を抜きにしても戦いたくなどないのだ。

 

 砂粒が異能肉と初めて目にしたのは戦場でだった。激化した戦争の停戦協定を依頼され、赴いた戦地で異能肉の姿を遠目に見た時には驚いた物だ。自分と同年代ほどの女性が『臭い』『汚い』『キツい』と言う所謂『3K』と呼ばれる戦場に立っていることもそうだが、彼女が何処までも女性らしかった事だ。

 自分の所属を証明するための軍服は不承不承といった具合で身に纏っていたものの、同性でも羨むような抜群のプロポーション…バストもヒップもグラマラスなのにウエストは細いという理不尽さ。口には真っ赤なルージュを差し、綺麗に結い上げられた髪は綺麗なハニーブロンド。キリリとした目つきに涙黒子(なみだぼくろ)は息を呑むような色気を放つ。

 そして戦場を駆ける彼女は美しかった。両手に携えた二丁の機関銃。大口径で装填数も尋常ではないそれを反動を物ともせずに乱射する姿は力強く、華やかに舞うような動きは正に百花繚乱。最も咲くのは赤い花で、裂くのは敵の体で有るわけだが、ともかく技は芸術と呼べるほどの物だった。しかし返り血を浴びて、身に纏った軍服を真っ赤なドレスに作り替えるその姿には胸が締め付けられた。

『…あら?お土産探しですの?』

 その戦地で停戦協定を済ませた後のことだった。帰るまでのちょっとした観光気分を味わっている最中に件の彼女と偶然出会した。砂粒は一方的に知るだけだった異能肉と初めて言葉を交わした。戦場で見た彼女はより一層におめかしをしていて、女性的魅力を放っていた。

『お任せ下さいまし!貴女に似合う最高の一着を選んで差し上げますわ!』

 砂粒が着ていた味気の無い服装を見て何を考えたのか、異能肉は彼女を引き連れて服屋を梯子した。みるみるうちに砂粒は異能肉の着せ替え人形にされ、着せられたドレスに一喜一憂、飾ったアクセサリーに一喜一憂。とにかく二人でした姦しい買い物は、本当に楽しかった。

 砂粒が『和平交渉の専門家(プロフェッショナル)』だと知ってから、異能肉とは少しばかり溝が出来てしまったが、状況さえ揃えば協調もするし雑談もする。しかし、砂粒はあの時のような柵(しがらみ)の無い関係に戻りたかった。

 

「ねぇ、肉ちゃん?一つだけいいかしら?」

「…まだ何か?」

「私は肉ちゃんを殺せない…殺したくない」

「でしょうね。貴女は『平和主義者(おひとよし)』ですものね」

「そう、だからね…。もし私が力尽く(・・・)で王手をかけたら『降参』してくれない?」

 そう言った砂粒を見て、異能肉は呆けた顔をした。それも一時の事で、意味を理解した異能肉に変化が訪れる。

「力尽く…力尽く(・・・)と言いましたわね?」

「えぇ」

「それは『全力』では無く『全身全霊』…ひいては『封印していた技能も使う』と言うことでよろしいのかしら?」

「本当は嫌だけど…。肉ちゃんはここまでしないと納得してくれそうに無いから」

 砂粒は己の特殊技能を『禁忌』として封印するように心掛けている。「力によって得た平和等、そんなものはまやかし」とこれまで積み重ねてきた成功と失敗に裏打ちされた経験則から、封印するべきと決めたのだ。

 しかし、それを異能肉の為に解放すると約束した。使って戦うと宣言したのだ。

「…は」

 口を開く。

「…はは」

 口角がつり上がる。

「あーっはっはっはっはっはっは!!!」

 異能肉の高笑いが響き渡る。笑壺に入る彼女の顔は喜びに満ちている。

 降り注ぐ雨さえも吹き飛ばしてしまいそうな大笑い。それを吐き出し終わった異能肉は完全に意識を切り替えた。

「…いいでしょう。約束しましたわ。

 ですから…貴女は全力でやりなさいな。私も全力で殺(や)りますから」

 喜色に頬を染めた異能肉は機関銃を構えた。

 漸くだ。異能肉は砂粒と戦いたかった。彼女の『平和主義』の性質をお構いなしにしてでも戦いたかったのだ。

 

 異能肉が砂粒と初めて会ったのは街中での事だった。このような紛争地域に居る同年代の日本人女性…気にならないはずが無かった。

『うーん、彼氏への誕生日プレゼントも一緒に選んじゃおうかなって…』

 可愛らしい女性だった。同い年位なのに童顔で随分と幼く見えるが、喜怒哀楽とコロコロと変わる表情は到底自分では真似できないと感じた。更にずるいと感想を抱くのが、自分にも負けずとも劣らない抜群のスタイル…引き締まった腹筋や太股でありながら、出るとこはシッカリと出た男性受けしそうな体。それなのに着ている衣服は平々凡々。こんなにも素材は良いのに勿体ないと異能肉の琴線に触れた。

 彼女との買い物の時間は実に楽しかった。幼少より父から与えられた訓練の日々…その代償により失った青春や、穏やかな日常を取り戻したと錯覚させるほどに満たされていた。

 しかし、そんな彼女との関係はすぐに崩れた。その三ヶ月後に戦場で再び砂粒に会った時の事だ。互いに初めて『戦士』と『和平の使者』として会った時の事だ。今でも鮮烈に脳裏に焼き付く砂粒の鬼気迫る目、銃口を向けることすら出来ずに道を譲らされた屈辱。忘れられない。

 気に入らない…。嗚呼全くもって気に入らない。

 きっと彼女は前だけを見ている。『平和』だけを見据えている。『平和』でさえあればいいと言わんばかりに、それだけを見ている。異能肉など眼中にも無かっただろう。

 彼女が味方の時は生きた心地はしなかったし、敵の時は虫の居所が悪かった。殺されそうになったこともあるし、殺してやろうと思ったこともある。そして──貴女を殺すのはこの私ですわ──なんて恥ずかしい台詞を吐かされたこともあった。

 気に入らない…。嗚呼全くもって気に入らない。

 砂粒を前にすると平静を保てない。しかし、そんなことまであの策士の手の平の上なのだろう。嫌われることを恐れない、好かれることすら平和のための道具にする。そんな大嫌いな女だった。

 気に入らない…。嗚呼全くもって気に入らない。

 和平を成立させる度に、数を熟す度に、交渉が上手く行く度に、彼女は笑顔を作るようになった。へらへらと笑い、主義の為に本音を隠すようになった。

 気に入らない…。嗚呼全くもって気に入らない。だが、これまでだ。

 

 漸く面と向かって戦える。

 砂粒が勝つなんて確証は無い。

 異能肉が勝つなんて確証は無い。

 砂粒が勝って二人が生きるか。

 異能肉が勝って一人が生きるか。

 しかし、これは区切りだ。どちらが勝とうが負けようが、何かが変わる。確実に変わる。大一番が始まる。

 

 先手を打ったのは砂粒だった。大きく後ろに下がりながら、先程異能肉が削り落とした瓦礫の山を遮蔽物に隠れる。

 すぐに異能肉は反応した。両手に構えた二丁の機関銃『愛終(あいしゅう)』『命恋(いのちごい)』から怒濤の勢いで銃弾を吐き出す。夥しい量の弾丸は甲高い音を立てながら、鉄筋コンクリートの塊を砕く。

「はっ!!!」

 次の瞬間だった。巨大な瓦礫の塊が突如として爆発した。異能肉の銃撃が強烈過ぎた等という話では無い。砂粒の仕業だった。

 

 砂粒の戦士としての器量は『仙術』である。『水猿(みざる)』『気化猿(きかざる)』『岩猿(いわざる)』の三匹の仙猿から伝承された『自然界の三態を自在に変換する秘術』こそが、彼女の特殊技能であった。

 

 砂粒は目の前の遮蔽物、瓦礫の山を殴り飛ばす。同時に巨大な『岩の塊』を『砂』へと変換し、岩石は砂塵へと姿を変える。ただの目くらましでは無い。これは攻撃だ。

「っ!鉄芯(・・)っ!?」

 鉄筋コンクリートはその名の通りただの岩の塊では無く、補強のため中に金属の棒が通っている。砂粒は鉄芯はそのままにして吹き飛ばし、疎(まば)らな弾幕へと変えた。

 異能肉の火砲は精密射撃には向かない。巨大な岩の塊は穿ち砕けても、無数無軌道の鉄棒のバラ播きを弾き落とすのには適していない。撃ち漏らせばそのまま打撃を受ける。

 異能肉は瞬時に回避を選択する。しかしそれは砂粒の狙い通りだった。

「きゃあっ!!?」

 異能肉は足を滑らせて転倒する。滑らせてだ。思わず異能肉が受け身を取れば、地面との接地面はヒヤリと冷たい。地面が凍っていた。

 砂粒は同時に罠を仕掛けていた。雨で濡れた路面、その表面に膜を張った『水』を固体…つまり『氷』に変換したのだ。暗い夜のカチコチに凍結した路面『ブラックアイスバーン』と言う現象を利用した一手。異能肉が回避を選択する事を想定した一手だった。

「チィッ!?」

 異能肉は苛立ち、歯噛みする。『亥』は自分自身だと言うのに猪口才な手を使ってきた砂粒に対する反感か、こんな安い手にまんまと引っ掛かった己の不手際に対する叱咤か。

 しかし、そんな余裕も無い。異能肉が晒した隙を突くように砂粒が粉塵を突き破り侵攻してくる。

「わっ!?」

 異能肉は一も二も無く、右手に持った機関銃『愛終』の銃口を砂粒に向けて弾幕を放つ。砂粒は驚き、横に飛び退いた。

 

 最強の矛が『丑』で、最強の盾が『午』で有るならば、最強の弓矢(・・)こそ『亥』の戦士で有ると考える。

 この度の大戦、『亥』を含め飛び道具を主武装としているのは『辰』『巳』『未』の4名、加えて暗器に近い使い方をしている『酉』『戌』の合計6名である。彼等の武装にも無論利点は多いのだが、『亥』の戦士が特筆して秀でている点を一言で表現するならば『安定性』である。

 実弾を利用した打撃力と殺傷力及び長射程は高い水準を保持している上に、異能力『湯水の如く(ノンリロード)』の恩恵を受けた機関銃は弾切れを知らず、ひたすら無限に弾丸を吐き出す。

 

 飽和的に攻める、豊かに殺す。『攻撃は最大の防御』と言わんばかりの豪猪(やまあらし)の如き攻勢防衛の姿勢で、砂粒へ向けて牽制射撃を放つ。

 すると砂粒は異能肉を中心に巨大な円を描くように外回りに走る。弾丸の雨を鮮やかに回避して砂粒は跳ねる。彼女は異能肉の無駄撃ちを誘っていた。その行動を鑑みて、異能肉は彼女の狙いを予想する。

(…時間稼ぎ?それとも『砲身命数』削り?)

 異能肉の無限射撃。実は無限に撃てるわけでは無かったりする。勿論『湯水の如く(ノンリロード)』により、弾丸が尽きる事態は起こらない、撃つだけならば出来る。問題は『愛終』『命恋』の方にこそ問題があるのだ。

 

 機関銃の連射速度は秒間10~25発程度と言われており、ガトリング式重機関銃のM134・通称『ミニガン』でも秒間70~100発と言われている。

 それが炸薬の爆発を受けて秒速200~300mにもなる弾丸を吐き出し続けるのだ。要は撃てば撃つほど機関銃のバレル部分の内部が摩耗して、使い物にならなくなる。

 更に言えば銃弾が放たれる度に銃身には発射熱が蓄積されていく。冷却(クールダウン)を挟まなければ銃身に熱が蓄積し、薬室内部の火薬に引火し、暴発を引き起こすリスクがある。

 

 つまり砂粒は機関銃本体の消耗を狙っているのだ。

(……しかし、とんだ猿知恵ですわね。銃器の扱いに関して素人であることが露呈しておりますわよ。

 私の『愛終』と『命恋』をそんじょそこらの機関銃と一緒にして頂いては困りますわ)

 異能肉は地面に座ったまま姿勢の制御に注意しつつ、右手にした『愛終』の放つ弾幕で砂粒の接近を許さない。

 しかし攻めの手を緩めた途端に、砂粒がこちらに更なる一手を加えてくるだろう。自由にさせてはいけない。

(私が直々に厳選した極上のパーツを使用しておりますのよ。此度の大戦…12時間を戦いきることは充分に可能。

 加えて言うならば…私が何のために機関銃を二丁提げていると思いますのっ!)

 異能肉は『愛終』での乱射を止めると、左手にした『命恋』での斉射に切り換えた。

 

 異能肉が機関銃を二丁用意しているのは『同時斉射による突破力の向上』『多面攻撃に対する同時迎撃』の他に、『両機関銃の負担軽減』という目的がある。

 異能肉は機関銃の銃身の冷却を二丁の銃を使用することで補っていた。『愛終』を撃っているときは『命恋』を休ませ、『命恋』を撃っているときは『愛終』を休ませる。まるで海豚(イルカ)が左右の脳味噌を器用に使い分けて『半球睡眠』する事で永遠に泳ぎ続ける様に、異能肉は『湯水の如く(ノンリロード)』をこのような手法で完全な無限射撃にしていたのだ。

 

 異能肉が転倒から回復し、ようやく攻勢に出れると思った矢先のことだった。

「はーい!そこで頭上注意ーっ!」

「は?…はぁ!?」

 突拍子も無く砂粒が間延びした声で呼びかける。その声に釣られて異能肉が視線を上に向ければ驚愕の声を上げた。何せ異能肉の頭目掛けて巨大な岩石が落下してきていたら驚きもするだろう。

 そうだ、砂粒は待っていたのだ。一番最初に遥か上空に目掛けてぶん投げておいた、弾道軌道を描いて異能肉の頭上へと墜落する流れ星を。攻撃で追い込み、罠で動きを奪い、巨大な一撃で仕留める。実に鮮やかな攻め手だった。

 すぐに異能肉は対処する。『命恋』で砂粒を牽制しつつ、『愛終』で上空からの巨岩を穿つために銃口を向けた。しかしそれこそ砂粒の思う壺だった。

「んなっ!?」

 天高く向けた『愛終』が強い力で弾かれる。砂粒が投げつけてきた石礫が高速で飛来して銃身を強打したのだ。

 咄嗟に異能肉は『愛終』を撃つことを止め、直ぐさま回避行動に移り、ギリギリのところで落石を回避した。

「…まんまとやられましたわ。最初からこれが狙いでしたか」

 本来銃とはこう見えて繊細な武器である。銃身が歪んだり穴が空いたりしただけで精密性を失い、更には暴発へと繋がる。あの『申』が投げつけてきた投石の手応えは確実に銃身にダメージを入れていた。銃身を交換してしまえば問題ないが、生憎と戦闘中に交換する隙は無いし何より嵩張るからと、ここに持ち込んでは居ない。

 この後の使用は危険と判断する他無く、異能肉は断腸の思いで右手の『愛終』を放棄した。

 砂粒の敷いた作戦を簡潔に纏めてしまうならば。『機関銃では防ぐことが困難な弾幕、をブラフにした足元へのトラップ。からの偽装突撃による消耗戦、をブラフにした時間差攻撃、をブラフにした武器破壊』。これが全貌だった。

(…滑り出しは順調…と言いたいところだけど、さてどうしたものか?)

 作戦が見事に嵌まり、首尾良く相手の戦力を削ぎ落とした砂粒。しかし、油断出来ない状態である。

 愛銃一丁を奪われた異能肉の眼光を見れば分かる。恐らくは逆鱗に触れてしまったのだろう。その表情からは普段の優雅さが薄れた様子は無いが、ギラギラとした視線が砂粒を睨んでいた。そして直ぐに異能肉は反撃を開始した。

 異能肉は『命恋』を構え、機関銃から弾丸を放った。しかし、狙いがおかしい。弾丸は砂粒の5m横を駆け抜けた。

「どこ…っ!?」

 「何処を狙っている」と聞こうとして開いた口を閉じた。それよりも早く異変が起こった。ドガガガガッ!と砂粒の背後から弾丸が金属を叩く音がする。次の瞬間には爆風が砂粒を襲った。

 異能肉が放った銃弾は砂粒の背後に路上駐車されていた自動車を撃ち抜いた。弾丸は車を万遍なく打ち潰し、エンジンと燃料タンクを破壊し大爆発を引き起こしたのだ。

「しまっ!?……あれ?」

 砂粒が爆風を避けて態勢を崩した。しかし、砂粒の晒した隙を狙う弾丸は襲ってこない。

 目の前に居たはずの異能肉が姿を眩ませていた。彼女に限って『逃亡』と言うことは無いだろう。恐らくは態勢を整える狙いだろうか。だとすれば直ぐ近くにあるビルの中にでも逃げ込んだか。

「うーん…待つべきか。向かうべきか。それともいっそ退くべきか…」

 「撤退は無いな」と砂粒は三番目の選択肢を切り捨てる。仮に退いてしまえば、それこそ異能肉に態勢を立て直す機会を与えてしまう。

 元々、この周辺は異能肉が待ち構えていた縄張り(テリトリー)だ。故に何らかの仕掛けを施した可能性も捨てきれない。

 彼女は機関銃の予備パーツを持ち歩いている様子は無かったが、周囲に交換用のパーツを隠し置いている可能性も捨てきれない。捨て去った『愛終』を回収されて、修理されたら最初に逆戻りだ。

 かと言って「追いかけるのも止めておきたい」と砂粒は二番目の選択肢を切り捨てる。理由は先程とほぼ同じ。異能肉が身を潜めた建物が罠屋敷(トラップハウス)だったら目も当てられない。

 「ならば待つか?…いやいや、それは三番目と同じだ」と一番目の選択肢を切り捨てる。隠れた建物の中にこそ装備品を隠されていたならば、目も当てられなかった。

「よし、わかったっ!引き摺り出そうっ!」

 こうして砂粒は四番目の選択肢を選んだ。

 

「…はぁ…はぁ…流石は砂粒(・・)。実に鮮やかな手並みと言わざるを得ませんわね」

 異能肉はビルの窓際から外の様子を窺う。すると、砂粒が周囲をキョロキョロと見渡していた。それを確認して異能肉は今一度呼吸を整える。

「こんなにも手早く一本取られるとは…いや、彼女ならばそれも出来てしまうと思ってましたわ」

 計算外の事は何も起こっては居ない。砂粒が本気を出したなら、あの『丑』とだって渡り合える力量を持つと異能肉は充分に理解している。しかし、彼女の平和主義(あまさ)がそれを駄目にする。そう考えていた。

「ですが…。これは遠慮無し(・・・・)にも程がありませんこと?」

 思わず苦笑してしまった。窓際に背を預けて座り込むと静かに瞑想した。

 砂粒と交流がある異能肉だからこそ理解している。砂粒は現在『容赦が無い』のではない、ただ単に『遠慮が無い』のだ。互いをよく知る二人だからこそ成立する戦い。砂粒は異能肉の実力を理解した上で、上限一杯の戦い方をしているのだ。

 こうしている間にも砂粒に動きがあった。それに気付き、異能肉は再び外の様子を観察する。

「ふんふんふ~ん♪」

 気軽に鼻歌なんかを歌いながら、近くにある自動車へと縦一閃に手刀を振り下ろすと、車が真っ二つに叩き割れた。別に驚くことでは無い、彼女の仙術ならば切断面を粒子状に分解して切断することは容易い。初めてあれを見た瞬間は顎が外れるかと思うほどに驚愕したが、流石にもう慣れた。

 まるで料理でもするかのように手刀をもう一刀。そして縦横に四等分されたスクラップが生まれた。

(…?あれをどうす…ええぇぇぇっ!!?)

 異能肉が咄嗟に建物の内部へと避難する。次の瞬間に鉄塊がオフィスの窓を貫通して侵攻してきた。

「しーーしーーちゃーーん!!

 あっーそびーましょーー!!」

 盛大な破壊音に混ざり、砂粒の溌剌とした呼び声が聞こえる。普段と変わらぬ調子で傍らの車だった物を掴み挙げると、異能肉が潜むビルへと放り投げてきた。

 

 次々と叩き込まれる大砲のような鉄塊達が、壁面を窓をあっという間に破壊していく。その破壊力を秘めた大質量を前にしては、オフィスビルなど一溜まりも無かった。砂粒がとった四番目の選択肢『攻城戦』。根城を外部から破壊すると言う荒技だった。

 あまりにも大胆不敵な戦法。しかし砂粒自身気が触れた訳では無く、シッカリとした狙いがあった。

(…私の平静を崩そうという作戦なのですわね)

 今にして思えば、あの頭上からの時間差攻撃で、何故わざわざ砂粒は白状(バラ)したのか。そしてその後、何故異能肉を直接狙わずに武器破壊を狙ったのか。何故今こうして、常識外れな攻撃を仕掛けているのか。全ては『精神を揺さぶるため』と考えるならば、実に砂粒らしく思えた。

 『シェル・ショック』『戦争神経症』『戦闘疲労』『心的外傷後ストレス障害(PTSD)』、この際呼び方は何でも良い。とにかく砂粒は異能肉の精神を揺さぶる事を目的に戦っていた。

 異能肉の強味はその『安定性』にある。実に優雅に豪奢に華々しく可憐な勝利を目指す彼女の精神こそが、最大の敵であると認識しているからこその戦法だった。

 異能肉は急ぎ上の階を目指す。そこに隠し置いた『秘密兵器』を取り出すためだった。

「…やはり、これ(・・)を使うしか有りませんか」

 異能肉の視線の先には一つのアタッシュケースが置いてあった。

 

「うーん…出てこないわね」

 そんな呑気な様子で車四台分をビルに投げた砂粒は五台目の切断を始める。

 砂粒の勘が見事に異能肉の隠れている場所を攻撃しているが、肝心の彼女の反応が無い。流石にこの程度で死ぬ彼女では無いが万が一と言うこともある。

 やっぱり中に確認に行くべきか、と思案していた矢先のことだった。

 ビルの4階部分の窓ガラスが銃の乱射で叩き割られる。そうして開いた窓から異能肉が飛び出してきた。高所から飛び降りた彼女は真下に銃口を向けると、再び機関銃を乱射する。その反動で彼女は落下の勢いを殺して地面に着地した。

「…肉ちゃん…その格好…」

「お待たせしましたわ。少々『お色直し』をしてきましたの」

 異能肉の姿をみて砂粒は驚いた。砂粒が危惧したとおりに、異能肉はビル内部に装備品を隠していたのだ。

 

 真っ先に目が行ったのは彼女の髪型。頭に猪の耳を模した小さなお団子はそのままだが、残していた美しい金糸の髪の毛を後頭部で一纏めにしたポニーテール姿。胸元に飾っていたバラの飾りは外され、襟のボタンを二つ外した事で豊満な谷間が隙間から覗いている。ドレッシーな印象の橙色のスカートの右側には長い切り込みが入り、変則的なチャイナドレスのようなスリットからは、白雪のような艶やかな生足が見えている。更に視線を下に向ければ可愛らしい真っ赤なハイヒールは、黒色に金の装飾品の付いた踵の低いブーツへと履き替えられていた。全体的に見てゴージャス&エレガントな空気から一変してセクシー&ワイルドな印象に早変わりした。

 変わったのは姿だけではなく武器もだった。残っていた『命恋』に強化アタッチメントを装備した物らしいそれは、銃身を保護するためのフレームと銃口の先端に鋭利な刃(ブレード)が取り付けれていた。一言で説明してしまえば機関銃(マシンガン)を魔改造した銃剣(バイヨネット)…謂わば機関銃剣(マシンバイヨネット)といった所だろうか。

 

「『命短し恋せよ乙女』…『猪突猛進(ちょとつもうしん)の型』。

 さあ、舞入(まい)りますわよっ!!」

 宣言すると異能肉は攻勢に出た。『命恋』の先端の刃を砂粒に向け、一直線に駆け抜ける突進(チャージ)。その名に違わず正に猪突猛進の様を体現していた。

「近接戦っ!?」

 砂粒が思わず息を呑む。砂粒は異能肉の事を遠距離戦専門だと認識していた。だからこそ予想外だった。まさか彼女が格闘家(じぶん)相手に射程距離という優位性を捨てて、近付いてくるとは思いもしなかった。

 異能肉の放った高速の刺突をいなすと、直ぐに追撃が飛んできた。袈裟斬りするように振られた斬擊を避け、足払いを跳んで躱す。

「逃がしませんわよっ!」

 異能肉が機関銃をクルリと逆手に持つと、後方へ機関銃を乱射。その反動を推進力にして距離の空いた砂粒に突貫した。

「ぐっ!?」

 火薬の爆発の余波で加速した肉体は一足で砂粒に辿り着き、彼女の腹に床尾板(バットプレート)が叩き込まれた。怯んだ砂粒を異能肉はそのまま蹴り飛ばす。安全靴の様に鉄板を仕込んだ特注のブーツが砂粒の脇腹を叩いた。

 砂粒が痛烈な当たりから回復して態勢を整えようとした矢先に、異能肉は機関銃で牽制目的の弾幕を張る。慌てて砂粒は横に飛んで逃げたが、直ぐさま異能肉は追い縋り追撃。攻めの姿勢を貫き、砂粒の自由を奪っていた。

「体術は専門外かと思っていたけど、意外と良い動きをするわね!」

「御父様の教育の賜物ですわっ!体術については貴女程で無くとも、銃剣道を組み合わせればっ!」

 かなりの重量になる機関銃剣を巧みに操り、異能肉は砂粒を果敢に攻める。時に刺突、時に殴打、時に射撃、時に蹴脚、時に拳撃と変幻自在の攻め手を見せる。その熾烈な動きに、砂粒が防戦一方へと追い込まれた。

 

 これでも長い付き合いのある異能肉と砂粒。互いに得意とする戦術や技能についてもよく理解していた。そうなれば何枚も上手な砂粒に出し抜かれると異能肉は何処かで予感していた。だからこそ裏を掻く必要があると考えていた。

 異能肉が考えたのはこれまで培ってきたスタイルを変えること。いつも違う定石外しの動き。それが砂粒に大きな動揺を与えた。

 しかし、こんな物は『付け焼き刃』でしかない。

(…既に対処してきていますわ。時間は余り残されていませんわね)

 一合打ち合う度に、一撃当てる度に、砂粒の反応が速く正確になっていく。手法が変わったからと言って、人が変わるわけではない。その人が持つ呼吸や癖には何処かしら共通する点という物が生まれているのだろう。

 武術にも見識がある砂粒ならば対応してくることは想定済み。しかし、それが恐ろしく早い。次第に攻撃が当たらなくなっていく。

(このままでは確実にジリ貧。勝負時ですわね…)

 『命恋』を大きく横に薙ぎ払うと砂粒は大きく後ろに飛んだ。

 それを見て異能肉は勝負を仕掛けた。機関銃剣を逆手に持ち、機関銃を乱射して加速、砂粒へと突進する。距離がジリジリと縮まり、射程距離に入った瞬間に異能肉は奇策を打った。

「…え?」

 異能肉は優しい笑顔を砂粒に向けた。相手が男性ならば息を呑むような美しい微笑み。この殺伐とした戦場に似付かわしくない笑顔だった。

 そして、彼女は砂粒の目の前に『命恋』を優しく投げた(・・・)。投擲の様な投げつける投げ方では無い。銃口も刃も床尾板すら相手には向いていない、真横を向いた機関銃剣がふわりと宙を飛ぶ。どちらかと言えば砂粒に愛銃をパスするかの様な両手を使った優しいアンダースローだった。

(え、え!?なにこれ投げてきた!?ちょっと受け取るべきなの!?)

 思わず砂粒が足を止めた。頭の中は混乱の境地に達しており、突如投げられた機関銃剣をキャッチした方が良いのか如何したら良いのかと訳の分からない考えがグルグルと渦巻いた。

 しかし、そんな砂粒に冷や水を浴びせるような事態が起きる。なんと異能肉が優しい笑みのまま、砂粒に右手を差し伸べてきた。

(ちょっと待って!その右手は何!一体何な…っ!?)

 砂粒の思考は断ち切られる。異能肉の袖口から飛び出した物体を見て凍り付いた。

 ガシャリと軽快な音を立てて異能肉のカフスの中から出て来たのはポケットサイズの小さな拳銃。俗に言う『デリンジャー』と呼ばれる物だった。

 

 『スリーブガン』と言う物を聞いたことがあるだろうか。簡単に言ってしまえば発条(バネ)等の力を利用して、袖の中に隠した小さな銃が飛び出すギミックを施したものである。元々は映画の演出のために用意されたような仕掛けのものだったが、今回は砂粒の不意を突くために用意したのだ。

 異能肉の手元をよく見れば、普段はピッチリと締めているカフス部分がスリーブガンの通路を確保するため、二回りほど大きい物に締め直されている。何故こうも明ら様なものに気が付けなかったのだろうか。恐らくはそれよりも目立つ変化…消えた胸のバラ飾りと晒した谷間のせいだろう。とんだセクシーコマンドーだった。

 

 異能肉はデリンジャーのグリップを握り、トリガーに指を掛ける。既に撃鉄は上がっている。後は撃つだけ。

 一方砂粒は体が止まり、思考が止まり、反応が遅れる。彼女の人の好さを逆手に取った戦術だった。

 今引き金を引かれた。思わず砂粒は目を見開いた。

 

 直後に二発連続した発砲音が鳴り響く。

 

 弾丸一発は砂粒の頬を掠め、二発目は空振りした。

 砂粒が異能肉を見ると、彼女の驚愕したような顔が見れた。

(何だかわかないけれど、チャンスっ!!)

 砂粒は目の前の機関銃剣を払い除けると、異能肉目掛けて飛び込む。その勢いのままに異能肉を押し倒し、マウントポジションを確保すると、彼女の両手首を掴み力技で取り押さえた。

「さぁっ!捕まえたわよ!降参しなさい!!」

 雨で濡れた地面の泥水を吸い、異能肉の純白のブラウスが汚れていく。異能肉は抵抗を止めない。バシャリバシャリと水が跳ね、二人を揺らした。

 しかし、砂粒の膂力は尋常では無い。如何に重い機関銃二丁を常日頃から軽々と持ち歩く異能肉の腕力でさえ、彼女は力尽くで抑え込んでいた。

 

 こうして『亥』と『申』の因縁は『申』に軍配が上がった。

 

 

◇

 

 

 庭取達一行が砂粒の元へ辿り着いたのは、『亥』と『申』の決着が着いた直後の事だった。

「砂粒さん!御無事ですかっ!!」

「その声は庭取さん…ってどうしたのその格好!?」

 『酉』の戦士・庭取の声を聞き、視線を向けた砂粒は思わず二度見してしまった。

 異能肉とはこれまた違う意味で派手な印象を受けた彼女の姿は一変しており、何故かは知らないが市販品であろうピンク色のジャージ姿になっていた。

 そんな庭取は、ハッと驚いた様子で口を開き、手を口元に当てている。そして視線を泳がせた。

「…えっと…その…お邪魔でしたか?」

「「何を言ってるの(おりますの)!?」」

 胸元を少し開けて生足を晒している異能肉に、砂粒が上から覆い被さり押し倒しているこの状況。場所は選べと言いたいが、確かにアレに見えなくも無い。

 密偵としての能力が元々高い庭取は、砂粒と異能肉の間柄についてもある程度知っていた。故に序盤で協調が成立するかとも当初は危惧していたが、大戦が始まってみれば二人は別行動の敵対行動。むしろ砂粒が殺される可能性まで出ていた。

 それがどうしたことか、現在砂粒と異能肉が組んずほぐれつしているちょっとした百合空間にみたいなことになっているでは無いか。思わず庭取は変なことを口走った。きっと音弧のせいだ。お陰で彼女達から間髪入れぬツッコミが飛んできた。

「なんだい?もう終わっちまってんのかい?」

「勝敗は『申』の勝ちかね。どちらに転がるか分からない組み合わせだったが、よく凌いだものだね」

「…『丑』の戦士に…『寅』の戦士っ!?」

 異能肉は庭取の続いて姿を現した『寅』の戦士・妬良と『丑』の戦士・失井を目撃して思わず目を剥いた。何故あの臆病者(チキン)が、どんな経緯で二人を連れてきたのか。

「まあ、待ちたまえよ。事情説明の前に、先に片付けなければならないものがあるようだがね」

 そう言うと失井は腰に下げた西洋式片刃刀(サーベル)を引き抜きながら、砂粒と異能肉の元まで歩み寄る。砂粒の背中側5m程度離れた場所に転がっていた物に刃を突き立てた。

 歪な悲鳴のような物が鳴り響き、それを聞いた砂粒がはっと後ろを振り返る。

「『巳』の首(・)っ!?」

 失井が串刺しにしてサッと持ち上げたのは大戦の最初に殺されていた『巳』の戦士・断罪兄弟・弟の頭部だった。

(何でこんな物が…)

 この場面まで一切登場すらしていなかった存在に砂粒は驚きを隠せない。

 今にして思えば『子』の戦士・寝住と分断された際に会ったのは『卯』の死体と『巳』の胴体のみだ。きっと伏兵役の頭部の所まで誘導するのが『卯』の役割だったのだろう。しかし、途中に異能肉が居たために誘導は失敗したと、そう言うことか。

 そんな彼女の心情を余所に『巳』の頭部はその赤と黒の眼球をギョロリと動かし此方を見ている。剣の突き刺さった口がカタカタと咀嚼でもするかのように動き、剣から逃げ出そうとしているが、剣の先端は天に向いているためズブリと自身の重みで更に深く食い込んだ。

 そこで砂粒はあることに気が付いた。『巳』の頭部の右頬に小さな風穴が二つ空いていたのだ。

「肉ちゃんがやったの…?」

 砂粒は組み敷いた異能肉を見やる。すると異能肉は黙ってそっぽを向いた。逃げ出そうと身体が動いたので力を込めて制した。

「……………たまたま手元が狂っただけですわ」

 苦しい。余りにも苦しい言い訳だった。

 異能肉が『巳』の頭部を撃ったのは勝負の決まる瞬間の時だった。異能肉の奇策が見事に嵌まり、あの砂粒にトドメを刺せると確信したあの時、突如あの生首が降って来たのだ。恐らくは何処かの街路樹の中にでも紛れていたのだろう生首は、その口を大きく開き、砂粒に噛み付こうとしていた。まさか首だけで動くとは予想だにしなかった。

 この生首は異能肉が狙っていた砂粒(エモノ)を横取りしようとしていたのだ。

 だから撃った。二発の銃弾は頭部を弾き飛ばしていたのだ。

「そう…。でもありがとう」

「…っ」

 そう言って砂粒は笑った。

 あの咄嗟の場面。異能肉は砂粒を守った。彼女が殺されるのを阻止するために撃ったのだ。何せ砂粒は異能肉にとって…

 …違うのだっ!そんな事実は存在しないっ!…と口を大にして応えたい衝動に駆られるも、異能肉はグッと堪えた。ここでリアクションを見せたが最後、砂粒からイジリ倒されることが容易に想像できた。

 

「庭取さん、二人は如何してここに?」

「お二人とは一時休戦が成立しましたっ!『死体作り(ネクロマンチスト)』の使い手である『卯』の死体を始末するまでですが!」

「えっ!?」

 その情報に砂粒が驚きの声を上げる。和平案に一度手を上げた『丑』及びその素振りすら無かった『寅』の戦士が休戦を受け入れたのもそうだが、それ以上に驚いたのは『卯』の死体が『死体作り(ネクロマンチスト)』の使い手であると言う事実についてだった。

 『死体作り(ネクロマンチスト)』の存在を知っていた…『卯』の戦士が死ぬ瞬間を目撃していた異能肉は、今の発言から『歩く死体(ウォーキング・デッド)』になった経緯まで推察が可能だが、砂粒はそうはいかない。何せ今の今まで『巳』と『卯』を操る『死体使い(ネクロマンサー)』が影に潜んでいると考えていたからだ。

「……とにかく三人が仲間になってくれて嬉しいわ」

「言っとくが、あくまでゾンビ退治までだかんな。

 その後はアタイとの約束(・・)だ。分かってんだろうな失井」

「ふっ…。勿論だがね」

 妬良の言葉に肯定を示しながら失井は剣に刺さった死体の頭蓋骨を横一閃に切り裂いた。顎関節を両断するように払われた斬擊で『巳』の上顎と下顎が離れ離れになった。こうなってしまっては動くことすら叶わないだろう。

「あはは…とにかくよろしくねー。

 …それで、肉ちゃんは如何する?出来れば手伝って欲しいんだけど」

 『丑』『寅』の因縁めいた物を何と無しに察した砂粒は苦笑した。そして彼女は自らが組み敷いた異能肉へと水を向ける。

「……はぁ。分かりましたわよ。手伝えばいいのでしょう?手伝えば」

 意外や意外。異能肉は砂粒の要請をアッサリと受諾した。

「…むっ!さっきまで殺す気満々だったのに、急に手の平の返すなんて怪しいですね?実は仲間になったフリをして裏切るつもりじゃ無いですか?」

「…それは貴女のことでしょう小娘」

「ぴゅぅ!?」

 余りにも拍子抜けした異能肉の反応に、庭取が疑いの眼差しを向ける。庭取は異能肉の顔色を窺おうと近付くと、異能肉は一睨みで彼女を黙らせた。その絶対零度の視線は庭取に臆病風を吹かせるほどだった。

 慌てて庭取が近くに居た失井を盾にするように隠れると、何故か妬良が庭取を失井から引き剥がした。

「…砂粒、今回は貴女の『勝ち』ですわね。だって私、こんな有様ですもの」

 未だに組み敷かれた姿の異能肉からは抵抗の意思を感じない。砂粒が彼女の上から退けると、異能肉は身を起こした。全身が雨水で汚れてしまっている。お気に入りのドレスなど目も当てられない程だ。せめてもの慰めとでもいうように、長い髪をぎゅっと搾る。美しい髪が含んだ水が、美しい手の上を流れ、したたり落ちた。

「『敗者』は『勝者』に従うもの。実に不本意…不本意ですが仕方がありません。約束してしまいましたから」

 異能肉が砂粒と戦う前に交わした約束の通り、正に力尽くで戦闘不能にされたのだ。この勝負は砂粒の勝ちだと認めるしか無かった。

「貴女が『手伝って』と言ったなら『手伝う』しかないでしょう」

 悔しいが異能肉は負けを認めるしか無かった。

(最も、『本気中の本気』を引き摺りだすことすら出来なかった私の負けですわ)

 今回の戦い中、異能肉は遠慮無しの砂粒は引き出せても、容赦無しの彼女を引き出すことは出来なかった。

 異能肉は心置き無い殺し合いを期待していたのに、砂粒には何処か情けが有った。そんな手心を加えられた異能肉(じぶん)が情け無かった。

「よかった-!ありがとう-!肉ちゃんが味方なら心強いわっ!」

「調子の良いことを言うんじゃありません」

「いてっ!?」

 そんなアンニュイな気分の異能肉に砂粒はお構い無しに抱き付く。顔は笑顔が花咲いていて心から歓迎しているのが伝わる。

 何となく恥ずかしい気分になった異能肉は砂粒の頭にコツンと手刀をお見舞いする。すると彼女は戯(おど)けた様に笑い、ペッと舌を出して誤魔化した。

 

「……あれ?音弧さんは?」

 妬良ともみ合っていた庭取が、今更になって周囲を見渡すと『猫』の戦士・音弧の姿が無いことに気が付いた。先程までは砂粒の安否確認と仲間達の誘導に意識を割き、音弧の事など意識していなかった。

 彼女の為に尽力し、守り、支えて、そして立ち直らせてくれた彼が居ないのは何処か不安で仕方なかった。

「あぁ?そういや途中くらいから居なくなってたなぁ」

 ふと思い出した様に妬良が呟く。何を隠そう、彼女は後から二番目、音弧の前を走っていたのが彼女だった。急に居なくなったもんだからどうしたものかと悩んだりもしたが、妬良にとってはどうでも良いことなので考えるのは止めた。元々深く考えるのは苦手なのだ。

「もうっ!勝手にいなくなるなんて非道いです!私をあんなに守ってくれたのに…」

 プンプン怒りながらも庭取は鳥達に指示を飛ばす。庭取にとって大切な彼を見付けて貰うようにお願いした。

「………っ!!?皆さん逃げてっ!!!」

「…?」

 突如庭取は豹変したように指示を飛ばす。しかし、手遅れだった。

 

 「何処へ?」と聞く余裕さえ無い。

 「何から?」と聞く猶予さえ無い。

 余りにも事態は突然で、脈絡が無すぎた。

 

 五人の周囲を閃光と爆音と赤熱と黒煙が呑み込む。恐ろしい火力を持った『爆発』は、人が逃げるよりも速く、その命を奪い去る。

 

 『丑』の戦士──失井

 『寅』の戦士──妬良

 『酉』の戦士──庭取

 『申』の戦士──砂粒

 『亥』の戦士──異能肉

 

 以上、五名が一瞬にして死んだ。

 

 何(なん)で死んだのか。

 何(なに)で死んだのか。

 誰が殺したのか。

 それを知るのは庭取ただ一人だけだった。

 

 

◇

 

 

(う…動けない……)

 薄暗く、汚い下水道。惨めたらしく蠢く戦士が居た。

 『猫』の戦士・音弧。彼は手負いだった。両肩・両肘・両膝・両踝(くるぶし)…とにかく動くための主要な関節の殆どを破壊され、傷口から血が少しづつ滴り落ちた。一応は止血のために二の腕と太股に針金でキツく縛り上げてはいるものの、そもそもこんなにも不衛生な環境での負傷は破傷風になる危険性がある。彼が向かう先は失血死か病死か、それとも衰弱死か。

(……畜生(Fuck)っ!俺のナイフ何処まで蹴り飛ばしたんだよ。ネズミ小僧め…)

 全身の痛みに思わず悪態をついた。

 手の平に刺さった畳針ほど有る鋲を何とか引き抜き、僅かに残る指の力と股の付け根部分を使って、不格好な匍匐前進を続ける。目隠しで封じられた視界のまま目指すのは自分の武器のある方、『子』の戦士・寝住が蹴り飛ばした方角へと移動していく。

 動く度に激痛が走る。血が流れる。死へと近付いていく。ズリズリと芋虫の様に鈍間な動きで、それでも諦めずに必死に手足を動かす。文字通り必死にだ。

 こうまでして音弧は何をしようとしているのかというと、早急に死のうとしている。彼の呪い『生死半々(シュレディンガー)』さえ発動すれば、傷を受ける前まで逆戻りが出来る。

 しかし傷は無死出来ても、失った時間は無視できない。このまま放って置いたら、暴走した寝住が皆に確実に危害を加える予感がした。

(…死んでも死なないのは俺だけなんだぞ)

 音弧はいつも独りだ。大切な人が死んでいく。誰も彼もが死んでいく。自分より先に死んでいく。音弧は誰よりも死なないからこそ、数多くの恋人を友人を仲間を家族を見送ってきた。それが音弧には堪らなく辛かった。だからこそ自分が死ぬべきだ。戦いで死ぬなんて下らない。仲良くなった相手には是非とも大往生して貰いたいものだ。

 そのためにも誰よりも死から遠い自分が死ぬべきだと考える。それに気付いてからはそれに傾倒してきた。

 人のために死に、人のために死に、人のために死んで来た。

 

 しかし、どんなに音弧が決意を固めても、そうは問屋が卸さない。初めは下水道に身投げしようかとも思ったが、どうやら柵でもあるのか抜け落ちることも叶わない。舌を噛み切ろうにも猿轡が邪魔して死ねない。

(せめてかつぶし(・・・・)があればなぁ…)

 この状況を手早く打破するには彼の持つ武器・万能刀(サバイバルナイフ)『滑伏(かつぶし)』が必要だ。自分の首を掻き切れば、直ぐに終える。そうすれば『生死半々(シュレディンガー)』の効果で健康体に元通り、直ぐに追える。

(……ん?足音?)

 ふと遠くから足音が聞こえた。カツンカツンと高い音が地下道内を響き渡り、更に反響した音が返ってくる。その音は次第に大きくなり、間隔が狭くなった。

(……ちょっと待てよ。この音って…)

 足音が音弧の直ぐ傍で止まる。キィンと甲高い音が鳴り、ゴトリと何かが地面を転がる。それは音弧の生首だった。

「ぶはぁっ!?…はあ…はあ……」

 首を刎ねられて死んだ音弧が『生死半々(シュレディンガー)』の効果で直ぐさま蘇る。傷は完全に消え失せたが、全身を穴だらけにされて首を切り落とされた独特の感覚がネットリと全身に纏わり付く。

 しかし、のんびりもしてられない。

「…やっぱりきみか。憂城(・・)」

 目の前に佇んでいたのは音弧が殺した相手。『卯』の戦士・憂城(うさぎ)の『歩く死体(ウォーキング・デッド)』だった。

「『戌』の戦士のゾンビを見てから予感は有ったんだ。死ぬ直前に死因(・・)を塗り替えれば『死体作り(ネクロマンチスト)』の支配下に置けるんじゃ無いかって。結果は予想通りか…うおっ!?」

 目の前の憂城を改めて観察すると音弧が滅多刺しにした腹部の少し上、恐らく心臓があるであろう位置に新しい傷口が増えている。その事から憂城が自らを『歩く死体(ウォーキング・デッド)』に作り替えたのだと悟った。

 と観察を終えたのも束の間。目の前の憂城が手にした大鉈を振りかぶり、斬り掛かってくる。咄嗟に身を伏せて躱すと、大鉈は壁面に傷跡を残し火花が散った。

「…普通に殺しても死なないってのに意固地だなぁ。よっぽど俺を『お友達(ウォーキング・デッド)』にしたいってのかい?」

 落ちていたトレードマークのカンカン帽を拾い上げて被る間にも憂城は大鉈を振り回す。音弧の言葉に返事は無く、赤と黒の眼がギロリとこちらを向くだけだった。

「何にしても助かった(・・・・)。これで自由に動ける」

 憂城の斬擊を潜り抜けてナイフの落ちていた先に飛び付くと、ナイフを手にして素早く二閃振るう。音弧に迫る大鉈の軌道が僅かに逸れ、彼の肌を擦り浅い傷が生まれた。

「……そうだなぁ、『友達』としてきみに言いたいことは有るけれど…今は後回し(・・・)だ」

 憂城からの返事は無い。『歩く死体(ウォーキング・デッド)』に成り果てた彼に彼自身の意識はどれ程残っているのだろうか。幾ら仮説を立てても推し量ることは叶わない。

 しかし、答えの出ないことに時間を掛ける暇は無い。今は寝住を追って彼の暴走を止めなければならない。

 後ろに大きく下がった音弧はナイフを自分の首筋に当てる。

「このこともきみは忘れてしまう(・・・・・・)だろうな…。

 だけど約束するよ。次会ったら必ず、きみの為に『友達』の役目(・・)を果たすよ。何せ『ズッ友』だからな」

 意味の繋がらない別れの言葉。憂城の反応は無い。その様子に少しだけ目を伏せてから音弧が動く。首筋に当てたナイフがスルリと頸動脈を切り裂いて、鮮血が噴き出す。全身が痙攣して、音弧は倒れた。

 急速に死へと向かっていく。薄れ逝く意識の中、音弧は最後に自分の奥の手(・・・)の名前を呟いた。

 

 

「『因逆亡戻(リバース・リ・バース)』……」

 

 

 そして音弧は居なくなった。

 

 

 辺りを見渡した憂城は首を傾げた。「はて?何故自分はここに居るのだろうか?」口が利けたならば、その様な事を呟いていただろう。

 しかし、静寂で悪臭の漂う下水道には憂城しか居ない。

 踵を返した憂城は闇の奥へと消えていった。

 

 

 

◇

 

 

「……なんとか間に合った」

 ビルの屋上から下を見下ろす。すると真下では五人の戦士が一堂に会していた。

 

 『丑』『寅』『酉』『申』『亥』。更にあの場には居ない『猫』を含めれば六名の戦士が『死体作り(ネクロマンチスト)』討伐のために協力する事になる。大戦参加者の約半数が集結しようものならば、流石の『卯』の死体であっても一溜まりも無く処分されるだろう。そのままの勢いでこの十二大戦を無血決着まで導くことが出来るかも知れない。

「まぁ、そんな『分岐(ルート)』何処にも無かったけどな…」

 そう言って青年は自虐的に笑みを溢した。

 

 このまま『死体作り(ネクロマンチスト)』退治を始める前に協調関係が空中分解する分岐が八通り。

 『死体作り(ネクロマンチスト)』の奇襲が成功し、『歩く死体(ウォーキング・デッド)』の追加。乱戦による全滅が三十七通り。

 損害を出しながらも『死体作り(ネクロマンチスト)』を討伐するも、そこから殺し合いの再開になるのが五十四通り。

 以上九十九通りが青年…『子』の戦士・寝住が見た『可能性の未来』である。それこそが彼の戦士としての器量だった。

 干渉力『ねずみさん(ハンドレッド・クリック)』。如何なる戦士であろうとも選べる『選択肢』と言う物は『たった一つ』しかない。例えば、ジャンケンをすれば『グー』『チョキ』『パー』の『三つの選択肢』が生まれるわけだが、実際に選べる『選択肢』は一つだけだ。しかし『ねずみさん(ハンドレッド・クリック)』ならば、『選択肢全てを網羅して最適な選択肢を選べる』。一言で言うならば一種の『未来予知』に近い『演算(シュミュレート)能力』といった所だろうか。彼に掛かれば、同時に『百通りの選択肢』を行使できる。

 こう表現すると中々に反則(チート)染みた能力に見えるが言うほど万能では無い。

 第一に、『百通りの選択肢』と言うのが殊の外狭い。引き続きジャンケンを例にして『ジャンケンで十連勝を目指す』としよう。ジャンケンで出せる手は三通り、つまり最短で十連勝した際の考えられる組み合わせは単純計算で3の10乗…つまり59,049通りとなる。到底全選択肢を追えるはずも無く、如何したって必要の無い選択肢を省略する必要があるし、複数回能力を行使する必要がある。

 第二に、自身に降り懸かる『負荷が酷い』。百通りの選択肢を行使するということは、百通りの情報を追体験すると言うことである。中には命を奪う選択肢もあるし、反対に奪われる選択肢もある。精神的な負荷は勿論のこと、それを演算する脳にも負荷が掛かる。つまり百倍疲れる。

 第三に、これだけ苦労しようとも『必ず望む選択肢があるとは限らない』。現に彼は十二大戦への参加を辞退する選択肢を百通り程模索したが、回避不可能という結果しか得られなかった。

 

 幸い、十二大戦の中ではたった一つだけ自身が生き残る選択肢が有ったため、それを選択したが、ここで不測の事態が起こった。

 

 初めに『巳』が首を刎ねられて死んだ。

 次に『猫』が腹を割いて死んだ。

 次に『亥』が不意を突かれて死んだ。

 次に『戌』が裏切られて死んだ。

 次に『酉』が力不足で死んだ。

 次に『申』が虚を突かれて死んだ。

 次に『未』が油断して死んだ。

 次に『午』が戦うこと無く死んだ。

 次に『辰』が肉親を憂いて死んだ。

 次に『卯』が欺くために死んだ。

 次に『寅』が正しさに殉じて死んだ。

 次に『丑』が揺るぎない覚悟で死んだ。

 最後に『子』だけが生き残った。

 

 本来はこの様な筋書きだった。

 しかし、これはどうした事だ。

 

 『猫』が生きている。

 『亥』が生きている。

 『酉』が生きている。

 『申』が生きている。

 『辰』が生きている。

 『卯』が動いている。

 『寅』が生きている。

 『丑』が生きている。

 『子』はまだ生きている。

 

「…全部『猫(あいつ)』のせいだ。あいつがいるから…」

 

 その筋書きを狂った理由は、『猫』の戦士・音弧に原因がある。寝住が見た『百通りの選択肢』の中でも、『猫』の行動は奇妙極まりなかった。

 大戦前に殺されたと推定されるのが五通り。

 宝石を飲み込んだ後に腹を割いて自害したのが七十三通り。

 戦いの途中で死んだのが十九通り。

 観測する前に自身が殺されたのが三通り。

 つまり百通りの分岐で『猫』は必ずと言って良い程に死んでいるはずだった。しかし、蓋を開けたらどういう事だ。『猫』は死なずに何度も蘇って居るでは無いか。寝住にとって今まで無い不測の事態だった。

『…『生死半々(シュレディンガー)』』

『…はい?』

『俺の『呪い(・・)』の異能力(ちから)の名前。まあ、便宜的に付けたモノなんだけどね…。

 量子力学の思考実験『シュレディンガーの猫』って知ってる?まあ細かい話は専門家に任せるとして…。

 大きな箱の中に『猫』と『放射性物質』と『放射性物質検出器(ガイガーカウンター)と繋いだ毒ガス発生装置』をまとめて入れて、中が見えないように蓋をする。

 すると「放射性物質にガイガーカウンターが反応することで毒ガスが発生して、中の猫が死んでいる状態」と「放射性物質が自然崩壊してガイガーカウンターが反応せず毒ガスも出ないため、中の猫が生きている状態」が50:50の比率で存在していて、それは蓋を開けるまで誰にも分からない…。

 俺のはそんな曖昧な生死の確率に干渉して「死」を強制的に「生」に切り替える異能力(ちから)なんだ。まあ、周りにはその現象が「さっきまで見てた映画がトイレに立った隙に別のフィルムに差し替えられるレベル」の違和感を与える訳だが…。

 とにかく「『死』の運命を強引にねじ曲げる」ってだけ分かればオッケーだよ』

 数時間前、コンビニで『猫』と『酉』の会話を聞いたときには巫山戯ているのかと思った。しかし今までこうして蘇り、事態を引っ掻き回されたら認めざるを得ない。

 そして一つ分かった事が有る。『猫』が死ぬとその分岐内で、その後の『猫』の行動を追えなくなる。まるで死んだ『猫』の亡霊が彷徨い歩いて、悪さをしているようだった。

「…まぁ、結果的には良いことをしてるんだよな」

 表面上の結果だけを見たならば、この時点で生存者二名となっているはずだった十二大戦の生存者が八名に増えている。なんと四倍だ。

 なる程確かに多くを助けようと『猫』が尽力しているのがよく分かる。少々女性比率に偏っているが…まぁ、『猫』の性格を考えれば、きっと趣味なのだろう。

「けど、良いことをしたからと言って良い結末を迎えるとは限らない」

 そもそもの話、今生きている全員を生かしたとして、どうやって生き延びるつもりだろうか。

 戦士達全員の腹の中には猛毒結晶『獣石(じゅうせき)』が納まっている。七時間もすれば、その毒で全員御陀仏だ。肝心の解毒剤は優勝者にしか与えられない。結局の所『猫』がやっているのは『その場凌ぎ』でしかない。

「俺は死にたくない。…死にたくねえんだよ」

 寝住が生き残るには戦士全員を殺して優勝者になるしか無い。手段は選んでいられない。だからこそ寝住は残る最後の選択肢『和平組からの離反』に望みを掛けて勝負に臨む。

 

 眼下を見れば『丑』が剣で『巳』の頭を切り裂いている。戦士が五人もいる。一網打尽の絶好の機会だった。

 寝住は背負った荷物を一度地面に降ろすと中から武器を取り出す。中から出て来た物は白い粘土の塊に黒い機械の塊が取り付けられていた。

 投擲手榴弾『醜怪(しゅうかい)送り』。『未』の戦士・必爺が遺した遺品を失敬した物だ。この爆弾を使って先制攻撃を仕掛ければ、彼らを全滅させる事が出来る。

 先程『ねずみさん(ハンドレッド・クリック)』を狂わせる『猫』も排除した。もう邪魔者は居ない。

 寝住は迷わず爆弾の時限装置を起動した。装置の出す小さな電子音を聞いて、今一度落ち着いて呼吸を整える。そしてビルの屋上から下の戦士達に向けて、爆弾を放り投げた。

「……確定」

 死が約束された爆弾が、みるみる遠ざかっていく。あの爆弾が五人の戦士を葬り去ってくれる。

 

 さて、彼等が死ねば残るのは『卯』と『辰』の二人だけだ。

 『卯』は罠でも作って誘い込んで処分しよう。『醜怪送り』はまだ数がある。

 『辰』もメインの装備を失った。充分勝算が有る。

 

 ……とそこで寝住は重大な事に気が付いた。

 

 

 

 

 

「……あれ?なんで俺、『猫』の足止めをし忘れたんだ(・・・・・・)」

 

 次の瞬間だった。

 寝住の立っていた屋上の隣のビルに銛のような物が埋め込まれる。銛の尾部には頑丈そうなワイヤーが繋がれていた。

「アァーーアアァーー-ッ!!!」

 高らかな雄叫びを上げて『猫』の戦士・音弧が空中を滑走する。

 その様子を寝住と下の五人の戦士が口を開けてみていた。

 さながらターザンの様に空中を飛んだ音弧は、その勢いを保持したままに落下する爆弾を拾い上げる。そのままワイヤーの繋がれたビルの壁面に着地。そこから真横に走りだした。

 音弧は爆弾を抱えたまま、急いで皆から離れる。遠くへ、出来るだけ遠くへ。

「…うらぁっ!?」

 ワイヤーによる移動距離に限界が訪れた所で、音弧は手にしたワイヤーガンを手放して空中へと身投げした。

 手にした爆弾を振りかぶり、全力で遠くへ投げる。すると、爆弾はとうとう時間を迎えて大爆発した。

 

 

 音弧は爆発に巻き込まれて、骨すら遺さずに焼けて死んだ。

 

 

 




猫に類する解説


・砂粒の『仙術』について
 先に謝らなければならない。
 原作でも殆ど使用していない彼女の『仙術』。故にどれ程の事が出来るかも分からないため、かなり拡大解釈が成されている。加えて貴女が戦闘目的でそれを使うのはもっと考えにくい。
 それでも『もし砂粒が『仙術』を解禁するとしたら』異能肉をおいて他には居ないと思う。




・『命短し恋せよ乙女』について
 略して『命恋(いのちごい)』。大正時代の歌謡曲『ゴンドラの唄』の歌詞が元。
 女性が美しい乙女で居られる時間は短い。だからこそ精一杯恋をしなさいと言う意味が歌詞に篭もっている。
 これは余談だが『愛終(あいしゅう)』もヘレン・E・ケラー著『愛はなぜ終わるのか』の略なんじゃ無いかって思えてくる。…深読みしすぎだろうか。




・異能肉の『猪突猛進の型』
 美女と機関銃とガン=カタと夢と浪漫と厨二病が化学反応を起こした。
 『命短』の銃身を短い物に変更し、補強用フレームに追加グリップとブレードを増設した機関銃剣(マシンバイヨネット)を巧みに操る強襲装備。
 因みに『愛終』の銃身を長い物に変更し、倍率スコープと三脚と低速射機構を増設した機関長銃(マシンライフル)を操る狙撃装備。『封豕長蛇(ほうしちょうだ)の型』のプランもあった。(スパロボ脳)
 



・万能刀(サバイバルナイフ)『滑伏(かつぶし)』について
 設定は後から生える物(暴論)。
 量産品の普通のサバイバルナイフ。『スムーズに(=滑らかに)死ねる(=地に伏せる)ための武器』と言う意味であり、猫の好物『鰹節(かつぶし)』を文字った物。




・『因逆亡戻(リバース・リ・バース)』について
 詳細不明。




…え?知ってたって。
これは失礼しました。


◇


各戦士との相性解説。

敵対→音弧vs十二戦士を想定した場合の相性
協調→音弧&十二戦士でチームアップした場合の相性
○→良い △→微妙 ×→悪い



『子』の戦士・寝住
敵対:△
 干渉力『ねずみさん(ハンドレッドクリック)』を使えば音弧を殺すのは容易。
 しかし『生死半々(シュレディンガー)』が発動すると、確定した未来が刷新されてしまうため不意打ちが通る。『ねずみさん(ハンドレッドクリック)』にて再確定する必要があるため、強い負荷を掛けることが出来る。
 一方寝住は捕縛を最優先に立ち回れば比較的楽勝。
協調:△
 音弧の『生死半々(シュレディンガー)』は寝住の『ねずみさん(ハンドレッドクリック)』を妨害するため相性は悪い。


『丑』の戦士・失井
敵対:×
 音弧は『生死半々(シュレディンガー)』で無限湧きするが『皆殺しの天才』故に皆殺しにされる。
 音弧は心を折られる。
協調:△
 能力差が開きすぎていて、音弧が足を引っ張る形になる。共闘が成立しない。
 失井が大立ち回りをする陰で裏工作ならば連携が可能。


『寅』の戦士・妬良
敵対:×
 音弧は『生死半々(シュレディンガー)』で無限湧きするが『酔った勢い』で嬉々として殺しに来る。
 音弧は心を折られる。
協調:△
 エスコートも得意な音弧ならば連携はある程度上手く行く。ただ妬良の方が戦闘力が高いため、彼女を矢面に立たせることを心苦しく思う。


『卯』の戦士・憂城
敵対:△
 音弧は『生死半々(シュレディンガー)』で死なない。憂城は『死体作り(ネクロマンチスト)』で『歩く死体(ウォーキング・デッド)』になってでも戦う。泥仕合。
 憂城が『死体作り(ネクロマンチスト)』で軍勢を用意できるならば、ほぼ負け。
協調:○
 憂城の無茶苦茶な戦法でも平然と付き合うくらいには性格的にも相性は良い。


『辰』の戦士・断罪兄弟・兄
敵対:×
 『天の抑留』の飛翔能力のせい。そもそも飛べない音弧は一方的に嬲られる。
協調:○
 音弧を囮にまとめて凍らせるのが早い。


『巳』の戦士・断罪兄弟・弟
敵対:○
 『生死半々(シュレディンガー)』は神出鬼没故に『地の善導』でもお構いなしに不意打ちが成立する。
協調:○
 音弧を囮にまとめて焼くのが早い。


『午』の戦士・迂々真
敵対:×
 あまりに硬すぎて攻撃が入っても、ダメージが入らない。倒せない。
協調:○
 ガチタンクとゾンビ盾としてしぶとく戦うため、殿に向いている。


『未』の戦士・必爺
敵対:○
 爆発による殺害しか戦闘手段が無いため『生死半々(シュレディンガー)』の脅威に成り得ない。
協調:○
 爆発による巻き込まれを心配しなくていい分、連携は容易。音弧を囮にまとめて爆殺するのが早い。


『申』
敵対:×
 絶対に殺さないように立ち回るため『生死半々(シュレディンガー)』が発動できない。地力差で砂粒の圧勝。
 ただし、無傷で拘束されるため一番良心的。
協調:○
 女尊男卑主義者故に事を穏便に進めたがる音弧としては相性が良い。


『酉』の戦士・庭取
敵対:○
 庭取の得意とする騙し討ちが成立しないため音弧の優勢。
協調:○
 庭取の護衛という立ち回りがベスト。彼女の『鵜の目鷹の目』の応用範囲を考えると、後は彼女が上手くやってくれる。


『戌』の戦士・怒突
敵対:△
 最初の一戦のみなら不意打ちで音弧が勝てる。それ以降は麻酔を打ち込まれてほぼ負ける。
協調:○
 基本アサシンスタイル。音弧と伴に隠遁するか、音弧が注意を引く役。


『亥』の戦士・異能肉
敵対:○
 基本的に機関銃で両手が埋まっているので懐に入れば勝てる。素手にハンドガンの組み合わせで来られると厳しい。
協調:○
 音弧を囮にまとめて銃殺するのが早い。


総合評価
 女好き故に手心を加えるため、付け入る隙は非常に多い。
 『生死半々(シュレディンガー)』の特性上一度死ねば瞬間移動が可能なため、痛烈なカウンターを繰りだせる。基本は不意打ち一撃必殺を得意とする。
 反面ジワジワと衰弱させられる『嬲り殺し』に弱く、『生け捕り』にされると手も足も出ない。
 共闘の場合、その不死性を全面に出した囮・リバースドール・サクリファイスが非常に強力。基本的に何処にいても邪魔には成らない。
 また、『変態であること以外は』狂人的でありながらも、常識的で良心的なため、誰とでも合わせられる。

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