「ようやく到着しましたね」
めぐみんが意気揚々としながら、里の中へと入っていく。
俺達はその後に続き、里へと足を踏み入れる。
以前と変わらぬのどかな風景で、一切侵攻の影響を受けていないのが見て取れる。
「とりあえず私の実家に行くんですよね?」
ゆんゆんが確認のためにか、こちらを見ながらおずおずと聞いてくる。
「そのつもりだけど……大丈夫なのか?」
前に手紙が読まれなかったりしたという話を聞いていたので、少し不安になり聞き返してみた。
「以前とは状況が違うので、準備してくれていると思います」
ゆんゆんは当時を思い出したのか、物凄い恥ずかしそうにぼそりと答えた。
気持ちは分からんでもないが。
そんなゆんゆんの言葉を無視して、めぐみんが。
「先に服屋に行きますよ。妊婦用の新しいのが必要ですから」
そう告げてすたすた先に歩いていってしまう。
そういえばそんなことも話していたなぁ……。
俺が、思い出している間に、服屋の目の前に。
めぐみんがドアを開け、俺達も続いて入っていく。
「おやいらっしゃい。めぐみんにゆんゆん、それに何時ぞやの。今日はどうしたんだい?」
「新しいローブが欲しいんですよ。妊婦用の」
店主の問いかけに、めぐみんが答える。
「ああ、生憎今すぐは用意できないが、数日立てば丁度いいサイズのローブを用意できるが。どうするね?」
「それでお願いします」
「あいよ。……それで、やっぱりそこのあんちゃんとかい?」
受け答えついでに、そんなことを聞いてくる店主。
「ええ、まあ。そうなりますが」
めぐみんが言う前に、俺が答える。
めぐみんに言わせるとたまに語弊を招くからな。
少しふくれっ面しているめぐみんは放っておき。
「んじゃ、その節もよろしく頼むよ」
店主はそんなことを言ってきた。
「はあ……」
多分子供のローブの件だろうけど、そもそも聞く必要あったか?
釈然としないまま店を出て、ゆんゆんの実家へと向かう。
「しかし、アレね。思ったより驚かれなかったわね」
アクアが少し残念そうにそう呟く。
「いや、大人なら早々驚かないだろ。一応客相手なわけだし」
「そうかもしれないけど……もう少し何かあってもいいじゃない?」
アクアがきょろきょろと辺りを見渡すが、そう都合よくいるものでは……。
「おや、めぐみんとゆんゆん、それに何時ぞや我々の名乗りに良い返しをしてくれた人達ではないか」
言ってるそばから、靴屋のせがれのぶっころりー、だったか、紅魔族の青年が話しかけてきた。
ぶっころりーはめぐみんを一瞥し。
「順調に育っているんだな。いやはや、まさかめぐみんがこんなにも早く母になるとは」
一人納得しているぶっころりーにダクネスが。
「その。……失礼だが、どうしてそのことを知っているのだ?」
「何、ゆんゆんからの手紙を読んでめぐみんの知り合いは大抵知ってるよ。ああ、まあ何名か物凄い驚いたり悔しがったりしていたな」
なるほど。
そういう理由であまり驚かなかったのか。
「で、ゆんゆんの方はどうなんだ?」
「この子にはそんな度胸もありませんよ」
「ねえ、確かにそうだけど、酷くない!?」
めぐみんが勝ち誇ったように告げ、ゆんゆんがローブを引っ張って抗議している。
「まあ、様子を確認したかったってだけだから、そろそろ治安維持の巡回に戻らせてもらうよ」
そう言ってぶっころりーは里の外のほうへと歩いていった。
「……だそうだぞ、アクア」
「つまらないわね。私なんて驚きすぎて大変だったのに」
アクアは自分の髪の毛を弄繰り回しながらそう呟く。
「多分、お前が期待しているような反応は、仮にめぐみんの状態を知らなかったとしてもしないと思うぞ」
俺の言葉に同意するように。
「そうですね。いい反応を返してくれるのはゆんゆんと、あとはどどんことかふにふらとかぐらいでしょうから」
恐らく悔しがってたのはその二人なんだろうな。
そうして話しているうちに。
「只今帰りました!」
ゆんゆんの実家に到着した。
ゆんゆんの実家で部屋が分けられたが、俺とめぐみんだけ別室にされた。
なんでも夫婦水入らずで話でもすればいいとのこと。
まあ、一人にされるよりはいいんだけれど。
「…………」
めぐみんが何故か拗ねたように口を利いてくれない。
何だ、何が原因だ?
ねりねりにアメとかあげて、一緒に遊ぼうとしたことか?
それとも今日の昼ご飯を少しめぐみんから貰ったことか?
思い当たることが多すぎて、何で怒っているのか分からない。
「その、めぐみん、謝るからそろそろ口を利いてくれないか?」
「………」
俺の言葉にふいとそっぽを向くめぐみん。
本当になんなんだ?
こういう時急に頑固になるから困るんだが。
どうしたものかと思案していると。
「手……出してください」
めぐみんがそっぽを向いたままそう告げてきた。
恐る恐る手を差し出すと。
ふにっ。
「へ?」
めぐみんは俺の手を自分の頬に当てて、嬉しそうに幸せそうに微笑んでいた。
「め、めぐみん一体どうしたんだ?」
俺がそう聞くとめぐみんは少しふくれっ面になり。
「この男はどうしてこんなに鈍いんでしょうか…乙女心の一つも分からないなんて」
「言ってる意味が分からないんだが……」
「自分で考えてください!」
怒ったように返しながらも、抱きついてくるめぐみん。
もう、本当にどういう事なんだ?
俺がめぐみんの反応にドギマギしていると。
「……そうです。そろそろ時間もいい頃ですし、大衆浴場に行きますよ」
めぐみんがさっと離れて、そんなことを言う。
「えっと、つまり……?」
「お風呂に入りに行くってことです」
有無を言わせない様子でめぐみんがそう言いきり、部屋から出て行った。
めぐみんを追いかけて大衆浴場に向かったものの、結果一人で帰ることに。
少し長湯してしまったのも出会えなかった原因の一つだろう。
なんとかどうしたのか聞き出そうと思い、考えに耽っていると。
「あっ、あなたは!」
その声に振り向くと、紅魔族の少女二人がこちらに駆け寄ってきていた。
「確か、ゆんゆんの友人のふにふらとどどんこ、だったっけ」
「ええ、そうなのだけれど……めぐみんが妊娠してるって、本当なの?あの子の詭弁じゃないの?」
疑いのまなざしで見てくる二人だけれど。
「いや、残念ながら本当だけど、それが―」
「ええええ!?う、嘘じゃなかった?まためぐみんに先越されちゃったの!?」
「おおお落ち着くのよどどんこ。今回はそれが目的じゃないでしょ?」
何やら狼狽しながら相談し始める二人。
よくない空気を感じて立ち去ろうとすると。
「あっ、待って!今回話しかけたのはそれが聞きたかったんじゃないのよ」
こちらが振り返り訝しげに見つめていると、コホンと咳払いし。
「めぐみんの弱みというか、弱点について知りたくって」
「……は?」
突拍子も無かったので、つい素で反応してしまった。
一体何故そんなことを……。
こちらがより怪訝な表情を浮かべたのを察したからか、ふにふらが慌てたように説明し始める。
「えっと、今まで私達めぐみんには良い様にされてきて、少しは反撃したくって。で、それで旦那さんなら何か知ってるかなと思って、ね?」
どどんこが相槌を打っているが、さてどうしたものか。
正直、そんなものは俺のほうが知りたい気もするが……。
……ちょっと待てよ。
「……一つだけ、思い当たることはある」
「「聞かせてください!」」
妙に食いついてくる二人。
と同時に、背後から妙な殺気を感じる。
「カズマ、その二人に一体何を教えるつもりですか?」
どうにも気になって振り返ると、妙にいい笑顔のめぐみんが。
「いや、その。別に教えるとは一言も言ってないんだが」
「ほう?では後でその話は聞くとして、お久しぶりですね、どどんこにふにふら」
「え、ええ。久しぶりね、めぐみん」
迫力があるめぐみんに押されてか、一歩後ずさりしながら答える二人。
「私の弱みですよね。良いでしょう。私が弱いのはお金です!さあだからさっさとお金を差し出すがいいですよ!」
「ちょっと!嘘を言わないでよ!というかそんなお金持ってないってば!」
「くっ、覚えてなさいよーー!」
めぐみんが手をわきわきさせながら近づいていくと、そんな捨て台詞を吐きながら、二人は逃げていった。
そんなめぐみんに俺はふと気になったことを聞いてみることに。
「なあめぐみん、一体何処から聞いていたんだ?」
「めぐみんって妊娠してるの?の件からですね」
殆ど全部じゃねーか。
「というか、先帰ったんじゃなかったのか?」
「いえ、考え事をしていたら長風呂になってしまったんですよ」
「ふーん……」
そういう割には全く湯気も立っていなければ、頬も赤くなっておらず。
疑いの視線を向けてみると、視線を合わせてはくれない。
鎌をかけてみるか……。
「単に俺のことつけてただけじゃないのか?」
俺の言葉にめぐみんがびくりと反応する。
マジか。
しかし一体なんでだ?
「と、とにかく帰りますよ!」
慌てたようにめぐみんはこちらに背を向け、歩き出していく。
「あっ、おい!」
「ひう!?」
むんずとその腕を掴むとめぐみんは素っ頓狂な声をあげた。
「なんかゆんゆんの実家着いてから、様子がおかしいぞ。一体どうしたっていうんだよ」
ぐいと引っ張り、目を合わせてそう聞くと、めぐみんは少し赤くなりながら。
「家に着いたら話しますので……その、とりあえず腕を離してくれませんか」
話すというので腕を開放して、帰途に着いた。
「………つまり、イチャイチャしたかったと」
「う……それは少し語弊があるというか、うーーーー」
めぐみんから話を聞いて、呆れながらそう告げると、めぐみんは涙目になりながら言い訳を述べ始める。
「だって、仕方ないじゃありませんか。ドリスでも結局ゆんゆんがいるからそこまで二人きりになれませんでしたし、それからも旅ですから、そんなに二人きりで話したり、くっ付いたり出来なかったですし、我慢してたんですよ?なのにそういう事ができる状況になってもカズマはそうしようともせず、なんとも思ってないのかなんて思うわけで。そしたら無性に腹が立ってきまして」
「それで怒っていたってわけか」
というか怒っている理由が物凄く可愛いな。
つい口元が緩んでしまう。
「何笑ってるんですか!」
「いやすまんすまん、めぐみんが可愛いものだからつい」
「っ!?そんなので誤魔化されませんよ!」
涙目で睨みつけられても、あまり怖くない。
目も紅く光ってないから、本気で怒っているわけでもないし。
むしろ上目遣いみたいで可愛く見えてしまうということを分かってないのだろうか。
「私は怒っているんですよ!そんな笑っていて許され、ひゃっ!?」
俺が急に抱きしめたからか、驚いた声を出すめぐみん。
「よしよし」
とりあえずめぐみんの頭を撫でてみた。
「そ、そんな子供みたいな扱いをしてもだめですからね!」
駄目だったか。
「ならどうすればいいんだよ」
「とりあえずしばらくこのままでいてください」
めぐみんの機嫌が直るならと思いそのまま抱きしめている。
「……ところで、私の弱点って一体何を思いついたのですか?」
「いや、前に屋敷の除霊依頼受けた時のことを思い出してな」
俺がさらりと言った言葉に、びくりと震えるのが分かる。
「わ、私が幽霊ごときに怯えるとでも?」
「俺と一緒に怯えていた奴が何を言う」
とはいえそんなのが弱点でも、用意なんて出来ないから無駄なんだろうと思っていた。
仮に用意できても、下手すると爆裂魔法で吹き飛ばされるだろうし。
そんなことを考えて苦笑いしていると。
「めぐみん、ちょっと話が、ひゃあ!?」
ゆんゆんが部屋の入り口に来て、赤面していた。
「お、お邪魔しましたーー!」
バタバタ走り去っていく音に混じって、壁に激突する音も聞こえてきた。
それを聞いて、めぐみんも離れて。
「何か面倒なことになりそうなので、いってきます。寝てて大丈夫ですからね」
めぐみんもその後を追いかけて走っていった。
その後、のどかな生活を送り、順調にめぐみんのお腹も大きくなり。
陣痛が来る度に慌てる俺達は、うるさいと言われ、出産の立会いはゆんゆんと、この町の医者に任せることに。
そんな訳で今は里の酒場で、不安ながらもアクア達と酒を飲み交わしている。
「ね、ねえ本当に大丈夫かしら?めぐみんにはまだ時期尚早だったんじゃないかしら?」
「お、落ち着け、アクア。ああ見えても、年齢的にはしっかりとした大人なのだから……だだだ、大丈夫だよな、カズマ?」
「おお、俺に聞かれてもわかんねーよ!そういうのは女性の方が良くわかんだろーが。大丈夫なのか、めぐみんは」
そんな不毛な会話をしながら、つまみをぽりぽりと口の中に次々運んでいく。
めぐみんが産まれそうと言ってから、およそ8時間が経過している。
日がもう沈み始めており、不安が募る一方だ。
「なあ、こんなにかかるもんなのか?」
「私に聞かれても知らないわよ、ダクネス、どうなのかしら」
「え、いや、もう少しかかったりするとかも聞くぞ……多分」
不安そうに呟くダクネスを見かねて、俺が席を立ち上がり、外に出ようとして。
「カ、カズマさん!産まれました!女の子ですよ!」
ゆんゆんが酒場に大慌てで飛び込んできた。
その言葉を聞いて、酒場中が一瞬静かになり。
「うおおおおおおおおおおっ!」
その後歓声に見舞われた。
「よかった……よかったな、カズマ!」
「名前なんかはもう決まっているのかしら?決まってないなら私が!」
ダクネスやアクアが何か言っているが、とりあえず、ゆんゆんに確認を。
「ゆんゆん、今、なんて」
「カズマさん、産まれたんですよ。めぐみんの赤ちゃんが!女の子です!」
理解に数秒かかり。
思わず涙が零れる。
「あっ、カズマさん!」
そのまま酒場を走り出て、めぐみんの元に向かう。
ゆんゆんの家に到着し、その場まで行くと。
「早かったですね……というか酷い顔ですよ」
めぐみんが疲れたような表情で、そう告げてきた。
「大丈夫だったか!」
「ええ、大変でしたが。それより見てください」
めぐみんはその視線を隣に移し。
「私の、初めての赤ん坊です。今はもう寝ていますが」
その赤ん坊は既に黒いローブに包まれている。
恐らく紅魔族の血を引いていると判断されたからだろう。
そして、なにより……。
「これから、父親になるのか……」
そう、この娘の親になるという事だ。
可愛がって育てていこう。
特に俺達みたいにはならないように。
そう決意し視線をめぐみんに移す。
めぐみんは微笑み返し。
「これからもよろしくお願いしますね、お父さん」