トドメを刺そうとした時にタイチを背中で庇うようにして乱入してきた者の気配には覚えがあった。訓練場に来た時に遠くからこちらの様子を伺っていた者と同じ気配。そして何より、俺はこの人物のことを知っていた。
「……真司か?」
「そうそう、久しぶりだね龍季」
ボサボサに伸び散らかされた茶髪に気怠げな眼差し、そして改造された学生服のような衣装を着込んだ青年は、地球にいた時の友人であった真司。三年前、一緒にこの世界にやって来て、俺が怖くて逃げ出したのでそれからどうなったのか分からなかった。
「生きて、たんだな」
「運が良かったとしか言えないけどね。三年前にスライムに襲われた時、偶々学園の人たちが通りかかって助けてくれたんだ。助けられて落ち着いてから龍季の姿が見えない事に気がついて心配したんだからね?」
「闇雲に逃げ回ってブルってたら師匠に拾われたな、面白そうだからってサマナーになったんだよ。そういうお前もサマナーになったみたいだな?」
真司が現れたのと同時にスマホが震えたのが分かった。ウィンズリーに頼んで設定してもらった〝アナライズ〟のアプリが条件を満たして自動で起動したのだろう。視線を真司から外さないようにしながら画面を確認すれば、そこには真司がサマナーだという事と俺よりもレベルが高いことを表示していた。レベルに差がある事に舌打ちをしたくなるが、まだ一桁差だから大丈夫だと自分に言い聞かせることで何とか堪える。
地球では友人だった。だからといってこの世界で、戦わない理由にはならない。
真司がどこにも所属していないフリーのサマナーだったのなら素直にこの再会を喜んでいたかもしれないが、服装を見る限りでは真司は学園に所属している。そして決闘に乱入したともなれば敵対しないと考えられる訳がない。銃口をタイチに向けながらも真司に移せるように一挙一動を警戒する。
「警戒してるね……そんなに俺の事信じられない?」
「お前なら俺の性格知ってるだろ?学園の奴と決闘している時に学園の奴が乱入して来た。警戒しない方がおかしいだろ」
「……龍季は変わらないね。地球にいた時と同じ、臆病者だ。でも安心して、俺は別にこいつを庇いに来た訳じゃない」
そう言いながら真司が指先を僅かに動かすーーーそれと同時に、タイチの首が跳ね飛ばされた。刃物で断ち切られたような断面を一瞬だけ見せ、鮮血を撒き散らしながら宙を舞う。蘇生系のアイテムやアクセサリーが尽きたのか、タイチは復活する事は無かった。
「俺はこいつの事を殺しに来たんだよ。学園の清掃係としてね。龍季のやり方だと殺したって証拠の首が残らなさそうだったからこうして出て来たってわけ」
「清掃係、ね」
真司が同じ組織のはずのタイチの事を迷わずに殺した事に少なからず動揺したが、彼が清掃係に所属していると聞いて納得した。
清掃係と聞けば地球の学校に良くあるそれを連想させるが、この世界の学園という組織の言う清掃係は組織内の異分子を排除する殺し専門の派閥を指している。学園のリーダーである生徒会長、その初代が組織の暴走を防ぐ為に作り出した派閥である。首輪や抑止力といえば分かりやすいだろうか。
過去に過激派が生徒会長に就任し、考えなしに各方面に戦争を吹っかけようとした時には清掃係が当時の生徒会長を含む生徒会メンバー全てを殺し、その首を差し出すことで戦争を回避したと聞いたことがある。
転がっているタイチの首を、髪の部分を掴んで持ち上げているが真司の顔には死体に触れる事に対する嫌悪感どころかタイチを殺した事に対する罪悪感すら見られなかった。
先程、真司は俺の事を地球にいた時と変わらないと言っていたがそんな事は無い。臆病者である事は同じだが、大きく変わったという自覚はある。それは真司も同じだろう。性格こそは地球にいた時と変わっていないが、思考や感情などが完全にこちらの世界に染まっていた。
変わってしまった事は悲しく思う。しかし、そうしなければ生きられなかったのだから仕方のない事だと割り切ろう。
「成る程、貴様がどこの所属で何の目的があったのかは理解した。しかし、だからと言って見過ごす訳にはいかないな」
「えぇそうね。決闘に割り込むだなんて無粋な事をしてくれちゃったんですもの。其れ相応の対価が必要だと思わないかしら?」
腰に下げていた剣を抜きながらミラが、自然体でありながら即座に戦闘へと入れる準備をしているティミスさんが俺と真司との間に入ってくる。2人は俺とタイチとの実力差を感じていたからか、この決闘を半ば面白半分で見学していた。決闘は娯楽的な意味合いを持っているのは理解しているが、それ以上に儀式的な意味合いも強い。勝ち負けの決まっている出来レースだったとしても決闘は決闘、乱入だなんてオチを付けられて2人としては不満足なのだろう。
つまらない回答をすれば始末すると、言葉にしなくても気配で伝わってくる。学園との問題に関しては決闘に乱入してきたからという免罪符が出来ているので、ミラが躊躇う理由は無い。
「〝ブルク〟領主のミラ・ヴィンブルド・ティーラルド様に教会のティミス大司教様ですか。此度は我々の使いの者が失礼をいたいました。彼の死を持って償わせて頂きます」
恭しく頭を下げる真司の姿に、一体どこでタイチの奇行を知ったのだろうかと疑問に思ったが、タイチが護衛として連れてきていた2人がサムズアップを向けてきたのを見て氷解した。おそらく、あれが清掃係が忍ばせていた者だったのだろう。
「そして決闘に乱入した事に関してですが……異界の間引きに私が無償で参加する事で相殺とさせて頂きたい」
「ほぅ……」
サモナーが無償で参加する。言葉にすれば意味はそのままなのだが、フリーのサマナーからしてみればそれは破滅と同意義である。俺が渋っていた異界の間引きに参加する事にした大きな理由が金銭的なモノなのだ。どれだけ大きな働きをしたところで収入がなければ負債となり、負債が大きくなれば破滅を迎える。真司は学園に所属しているものの、一流のサマナーが動くとなれば其れ相応の金額が消費される。学園という大きな組織からしてみれば小さな出費かもしれないが、決して無視して良い金額では無いだろう。独断か知らないが、真司はそれで良いと言ったのだ。
「確かに、一流のサマナーならばそれで相応となるだろうな……一流であるのならな」
「何だろう、凄く嫌な予感がする」
言葉を聞いた時点で背筋に寒気が走って予感程度だったのだが、ミラが肉食獣のような笑顔を浮かべながら俺の事を見た瞬間に確信した。即座に逃げようとしたのだが、先にヒュールさんとティミスさんが回り込んでいて失敗してしまう。
「止めて……止めてぇ……!!働きたく無いでござる……!!」
「ホッホッホ、諦めになられた方が賢明ですよ?タツキ様。我々が居なかった場合はお嬢様が追いかけて、タツキ様の事を公衆の面前だろうが押し倒す姿が予想出来ますので」
「圧倒的な物よりも接戦の方が見ていて楽しいと思わないかしら?」
「バッドエンドかデッドエンドしか存在しねぇのかよ……!!」
何で選択肢が真司とバトルか人生の墓場に直行かの二つしか存在しないのだろうか。一体俺はどこで間違えてしまったのだろうか。許されるのならそこまで戻りたい。
「覚悟を決めたらどうだ、タツキ?大人しく戦うか……それとも、私と閨を共にするか……」
「〜〜〜ッ!!あ〜もう!!戦えば良いんだろ戦えば!!」
ミラの処女を奪ってしまえば、その時点で死亡フラグが立つ事は目に見えている。軍隊を背後にしながら襲いかかってくるバレル将軍の姿が簡単に想像出来てしまう。それならばまだ先があるかもしれないバトルを選んだ方がマシだ。
肩に手を置きながら、耳元で囁いてきたミラを振り払い銃に弾を装填し直す。どうして格下と戦うだけの簡単なお仕事だったはずなのに気がつけばほぼ同格の相手と戦うような事態になっているのだろうか。
運命を司る神様と出会う機会があるのならその顔面を殴りたい……いや、吐息一つで粉微塵に砕けるだろうから無しで。
「いや〜ゴメンね!!俺の売り込みのための犠牲になってくれて本当にありがと!!」
「死ねよお前」
ヘラヘラと笑いながら適当な謝罪をする真司に怒りを抱き、心臓に目掛けて引き金を引く。用意ドンの合図は無かったが、ミラたちがこの場から離れた時点で勝負は始まっているのだ。もしもこれで終わってしまったとしても、それだけの実力でしか無かったと切り捨てられるだけだ。
心臓に目掛けて真っ直ぐに飛んでいくのは麻痺弾。目標を外したとしても身体のどこかにかすっただけで効果を発揮するそれは真司が僅かに指先を動かし、5メートル程の間合いに入った瞬間に
その現象の正体はタイチの首が跳ね飛ばされた事と同じ。銃弾と擦れた事で僅かな火花を飛び散らせながら闇夜に照らされる極細の糸だった。
「鉄鋼糸ってやつか?マイナーな武器使ってんな」
「ドワーフのキチガイたちが思い付きで作ったミスリル製の糸だよ。理論上では一本で1トンまでの負荷に耐えられるんだってさ」
「頭おかしいわ」
創作物の中では良く使われている鉄鋼糸。線という性質と鋼鉄の硬度を持って使い方次第では刃物のように切断したり、縄のように拘束したりと万能であるように思われているが、実際に使うとなればその難易度の高さを思い知る事になる。軽いが故に大気の影響をモロに受け易く、繊細故に操作に気を張っていなければならない。気を抜いた瞬間に自分が傷だらけになってしまった、なんて事も簡単に起こるような武器なのだ。そんなものを使うよりも剣や槍、魔法などを使った方が良いと、存在こそはしているがそれだけの武器だった。
しかし真司はそんな鉄鋼糸を使いこなしている。操作に気を取られているような素振りは欠けらも見せずにごく自然体。その上に銃弾に糸をレールのように敷いて軌道を晒すなんて技も当たり前のようにしてみせた。それだけで真司の熟練度が、伊達や酔狂などで鉄鋼糸なんて武器を使っていないのが分かる。
闘いの場という鉄火場にいることにより鋭敏化した恐怖心がゾワリとした寒気となって全身を襲い、何かが迫っていることを教えてくれる。抗うことなくそれに従い、その場から全力で逃げ出せば俺が立っていた地点が1秒遅れで斬り刻まれた。
糸であるが故に夜という環境下では目視し辛い鉄鋼糸であるが、恐怖心の方は見えなくても関係なく作用する。なので、
知覚はしても反応はしない。何故なら、代わりに反応する者がいるから。
「
月明かりに照らされて出来た影が盛り上がり、複数の手となって上に向かっていく。そうして俺の影から這い出すように現れたのは伯爵だった。召喚機の中から外を見ていた伯爵が自動召喚機能を使って召喚されたのだ。視線をチラリと上に向ければ最低限度しか身体を隠せていないチューブトップにホットパンツ、犬のような耳と尻尾を生やした女性が伯爵の手によって拘束されていた。
フェンリルは伯爵の拘束から抜け出そうともがいているが、夜という吸血鬼のホームと呼べる時間帯に召喚されたために伯爵の固有スキル〝夜ヲ行ク尊キ者〟が発動されて全ステータスが向上している。神獣人という神の眷属であるはずの召喚魔を従えていることに驚くが、伯爵はそれを上回っているのでそれ以外の感情は浮かばない。
「
「御意」
真司が俺と同じスマホの召喚機を操作して召喚したのは古びた盾とバスターソードを装備した全身甲冑の召喚魔。
記憶が確かであるのなら亡霊騎士は
しかし、真司の亡霊騎士はそれから外れていた。滑らかな動作と歩法の一種と思われる歩みで一瞬にして接近し、片手で握るバスターソードの一振りでフェンリルを拘束している伯爵の腕を全て切り払った。
そして踏み込みと同時に訓練場の地面が砕けた。捲れ上がる大地に宙を舞う瓦礫。驚異的な脚力をもってしてそれだけの被害を出すだけには止まらず、超スピードで伯爵にぶつかってこの場から引き離す。派手な行動をしておきながらそれだけに止まらず、伯爵の拘束から解放されたフェンリルは宙を舞う瓦礫を足場にしながら迫っていた。その気になれば俺も同じようなことが出来るのだが、人間と召喚魔ではスペックが違うので同レベルとはいえ追っかけっこになればスペックで劣っている俺はいずれフェンリルに追いつかれる。
なのでフェンリルは無視し、銃を構えて瓦礫の隙間から見える真司を狙う。フェンリルはそれを阻止しようと獣のような四足の体勢から全力で突貫しーーー
「サンキュー、リーエル」
伯爵が召喚された時からリーエルの気配を上空から感じていた。光に射抜かれた事により失速するフェンリルの姿を視界の端に捉えながらリーエルに感謝を言い、引き金を2度引いた。弾丸が向かってくるのに真司は指先を動かしただけで身体を動かそうとしない。さっきの麻痺弾と同じように鉄鋼糸で逸らそうとしているのだろうが、その対応は間違っている。
鉄鋼糸が弾丸に触れたと思われるタイミングで、弾丸が爆ぜた。
麻痺弾は最初の一発しか込めておらず、他の球は全て発砲後に何かに触れれば爆発する炸裂弾を入れておいたのが功を称した。爆風により鉄鋼糸の動きが乱れる。すぐに立て直せるだろうが予想外の乱れに気を取られ、糸の制御に一瞬とはいえ集中する。その隙を、二発目の炸裂弾が襲う。回避行動を取っていれば避けれたであろう、真司の油断が生んだ結果だ。
だがこの程度で死ぬとは思っていない。もっと言えば
その予想が正しいと証明するように、炸裂弾は真司の眼前で壁にぶつかって爆ぜた。恐らくは魔力で作られた障壁だろう。いつの間に召喚されていたのか、真司の側には魔女が被るようなとんがり帽を被り全身に古びた呪符を貼り付けた人型が控えていた。
「
「
〝アナライズ〟するのと同時にボマーを召喚し、迷う事なく後退を決意する。ゲーム内ではニトロロックを使った自爆戦法が主であったが、それだけで終わらせるはずも無く他にも戦闘手段を持たせている。召喚されたボマーが俺の肩に触れるのと同時に景色が切り替わり、隣にリーエルの姿が現れる。正確に言えば、リーエルの方が現れたのでは無く、俺の方がリーエルの隣に現れたのだが。
〝奇術:空間遊戯〟は言葉通りに空間で遊ぶ奇術。ショートジャンプ程度ならば一瞬で、長距離でも時間さえかければ移動する事が出来る。
このままでは自然落下を始めてしまうのでボマーを足場にして一度ジャンプをし、時間を稼いでからリーエルに捕まる。
「サマナァッ!?」
飛行手段を持たないボマーは即身仏・大魔術師が魔法でも行使したのか化学薬品工場の火災現場のように燃え盛っている下へと落ちて行ったが、炎の中に入る直前で姿を消したのでどこかにショートジャンプしたのだろう。
リーエルの手を借りて、上空から戦況を見渡す。真司は即身仏・大魔術師とフェンリルを側に従えながら俺を見上げている。伯爵は高笑いをしながら素手で亡霊騎士と戦っていた。バスターソードで切られようが、盾で殴られようが、鎧のタックルを食らおうが御構い無しで殴り続けていて互角のように見える。
「どうする、まだやるのか?」
「これ以上やるとなったら切り札奥の手出さないと長引きそうなんだよなぁ。それにこれはあくまで手合わせみたいなもんだし……ミラ!!もういいだろ!!」
「そこまでだ!!」
訓練場にミラの声が響き渡り、伯爵と亡霊騎士が戦いを止めた。伯爵はどこか物足りなさそうにしながらも楽しそうな表情を浮かべているのであの亡霊騎士との戦いはそれほど良かったのだろう。
「シンジ、と言ったな?お前の実力は理解出来た。明日の間引きへの参加を認めよう。遅れるなよ」
「はっ」
地面に足をつけた時にはミラが明日の間引きへの参加を認めていて、真司は頭を下げていた。亡霊騎士は直立不動、即身仏・大魔術師は満足そうに頷いていたがフェンリルはミラの態度が、それとも真司が頭を下げている事が気に入らないのか眉間に皺を寄せて不機嫌そうになっていた。
「あ〜やっと終わったぁ……早く寝たい」
「待て、タツキ。お前の実力ならばあのまま続けていれば勝てたのではないか?それに、
「これはあいつの実力を見る事が目的で勝ち負けは二の次だ。それに、見せたくない手を見せるつもりも無かったんでな。それは向こうも同じみたいだぞ」
奥の手や切り札を出していれば、真司が本気を出したとしても勝つ事は出来ただろう。その代わりにこの場にいる全員にそれを見られることになってしまう。そうしなければならないという極限状態ならば迷わずにそうしていたが、そうしなくても良いのであればする必要は無い。如何に強力な手だとしても、知られてしまえば対策を立てられて封殺されるのは目に見えている。だからそうしなかった、それだけの話だ。
他にもミラは何かを言いたそうだったが明日の間引きに疲れを残したく無いからと理由を付け、ティミスさんに挨拶をして部屋に戻る事にした。
タツキの友人登場。地球から何人も来るのなら知ってる奴だった来てるよな。だけどあくまで地球の友人であって、こっちでの交流はないからタツキは警戒しまくりだっていう。