瞼越しに光を感じ取って眠っていた意識が覚醒する。正直なところ、まだ眠気はあるのだが体調は回復しているので気持ちの問題でしか無い。どうにかして眠気を追い払い、目を開ければ視界に入って来たのは木造の天井。身体を預けていたベッドは硬くて寝心地が良いものではなかったのだが、久し振りにベッドという文明的な寝床で寝れたので文句は無い。
ベッドから上半身だけを起こして固まった身体をほぐすために伸びをすると、隣でリーエルが寝ている事に気がついた。毛布を肩まで被って気持ちよさそうに眠っている彼女だが、床にはいつも着ている法衣が投げ捨てられているので毛布の下の彼女は裸なのだろう。彼女の裸体を想像して思わず生唾を飲み込んだのだが、今はまだ朝でしなければならない事も数多くある。湧き上がる性欲を理性で抑えつけながら、自分が使っていた毛布を彼女に掛けてベッドから降りる。
昨夜、異界から脱出して休憩した後、目的地である〝ブルク〟の街に向かい、見張りをしていた兵士に異界の発生と活動期を迎えている事を伝えた。そして宿屋に突撃し、部屋を借りて速攻で寝たのは覚えている。恐らく俺が寝た後にリーエルが潜り込んだのだろう。
異界とは文字通りに異なる世界の事で、今いる世界と重なり合う様に存在している世界だと伝えられている。何かの拍子に異界へ通じる穴が開き、周囲にいる生物を引きずり込む。俺が昨日異界なんていう死亡フラグの乱立している場所にいたのはそれが理由だ。それにしても、今思えば運が良かったと思える。異界について興味を持った事があり、過去に発生した異界を調べたのだが昨日の様な森の異界の他にも深海の異界や真空空間の異界、はたまた細菌生物が蔓延る異界なんてものも存在したそうだ。
活動期とは言葉の通りに異界が活性化し、中に住まうモンスターが活発になる時期の事。主にモンスターの繁殖や凶暴化が確認されていて、中には繁殖し過ぎて共食いを起こし、新たなモンスターに進化する事があるらしい。
とは言えど、デメリットだけではなくてメリットも存在している。異界のモンスターは基本的に強く、サモナーたちがレベリングに使用している。その上にモンスターの素材や魔石なども上質な物が取れるのだ。なので異界の発生が確認された場合は近場の街の領主に報告し、そこから国へと伝わって国から管理者が派遣される手はずとなっている。俺も異界の発見者として褒美が貰えるだろうと兵士は言っていた。昼には領主の元に向かい、異界の詳しい状況を説明する事になっているのでそこで褒美が貰えるのだろう。
「昼までは暇だな……伯爵たちもまだ回復しきっていないし」
コートに付けていたスマホを操作して伯爵たちの回復状況を確認するがまだ完全回復とはいっていない。地球ではただの通信端末としてしか使わなかったスマホだが、サモナーになる際に師匠の手により召喚魔を呼び出す為の召喚機として改造されている。充電は電力の代わりに空気中の魔力を吸収する事で行える様になっているので魔力の無い場所にでも行かない限りは電池切れを起こす事はない。
召喚魔たちの回復はスマホにいつの間にかインストールされていた謎のアプリ〝ホスピタル〟によってサモナーである俺の魔力を消費して行われる。サモナーの負担にならない様に魔力の消費は微々たるもので、ペースを見る限りでは明日の朝までは掛かるだろう。回復手段は他にもあるのだが、それらは消耗品を使ってやる事なので消費を避ける為に〝ホスピタル〟だけで回復する事を決め、今日の空いた時間は〝ブルク〟の散策に回す事を決める。
そして朝のルーチンワークを始める。コートの中に仕込んでいたナイフを全て取り出して刃毀れが無いことを確認し、切れ味が落ちているものがあればスマホの中に量子変換して入れておいた砥石を取り出して研ぐ。そして昨日寝る前に枕の下に忍ばせておいたリボルバータイプの銃の点検もする。
どうやら地球からやって来たのは俺たちだけでは無いらしく、過去にも地球からやって来た人間が様々な技術を伝えたらしい。なのでこの世界には剣や弓と言ったファンタジー定番の武器だけではなく、銃という近代兵器が存在している。とはいえ、剣よりも複雑な構造をしている上に機械による大量生産ではなくて職人によるハンドメイドなので高級品として認識されている。
俺が持っている銃は師匠が使っていた二挺の銃の内の一挺で、独り立ちしたと認められた時に渡された物だ。流石にその時には少しだけ感動して泣きそうになったのだが、翌日には俺の金全てを持って姿を消したのでその感動も一瞬で殺意に変わってしまったが。
銃を分解して各パーツの磨耗具合を確認し、ブラシで煤を払って掃除してから組み立て直す。そして弾倉を空にしたままでハンマーを起こし、トリガーを引いて動作に問題が無い事を確認すればルーチンワークは終わりになる。地球にいた頃の俺なら面倒だと何かと理由を付けてサボっていたのだが、師匠から耳にタコができる程に武器の点検と掃除だけは毎日欠かさずする様にと言われていたので余程余裕が無いときでも無い限りはする様にしている。
「リーエル、もう起きても良いぞ」
ガンホルダーを腰に付け、そこに銃をしまうのと同時にベッドに眠っているリーエルに話しかける。目を閉じて規則正しい寝息を立てていた彼女だが、それが狸寝入りである事には気づいているのだ。
「……バレてた?」
「サマナーだから契約の繋がりを通してお前たちの状態は把握出来るんだよ。忘れたのか?」
毛布を身体に巻き付けてしなを作っているリーエルはまるで美術品の様に美しいかった。彼女を召喚魔にした当時はその美しさに眼を奪われて固まってしまう事があったのだが、付き合いが長くなるにつれてその美しさに慣れてしまったので問題は無い。
「そういえばそうだったな。伯爵たちはどうだ?」
「ボマーとニトロロックたちはまだ使えないな。伯爵は半分くらいは回復しているけど大事を取って完全に回復させたい。だから今日一日は完全にオフにするつもりだ。昼に領主のところに行って異界の詳しい状況を伝えないといけないけどな」
「うへ、オフなのは嬉しいけど面倒だな……今日1日、このまま部屋で過ごさない?」
「魅力的なお誘いだけどダメだ。〝ブルク〟には始めて来たから街の散策をしておきたいし、領主への説明はしておかないと最悪手配書書かれて追いかけ回される事になる。俺は逃亡生活なんて嫌だぞ」
「ちぇ〜」
口を尖らせて不貞腐れているリーエルだが流石に逃亡生活なんてやりたく無いのかそれ以上は何も言わない。伯爵辺りなら向かってくる敵は全て殺せば良いと言い出しそうだし、ボマーならばニトロロックたちを投げつけて爆殺しそうだ。その事を考えればリーエルはマトモな性格をしている。
だけどどうして脳筋になってしまったのだろうか。〝サモン・クロニクル〟の堕天使は後衛職で、魔法が得意なタイプなのに。
「ちょっと水浴びしてくる」
「あ〜い」
旅をしている間は水浴びなんて危なくて出来なかったので、俺の身体は汚れている。仮にもこの街を納めている領主と合うのに汚い格好をしては無礼になるので、旅の汚れを落とすために俺は宿屋の水場に向かう事にした。
「いらっしゃいいらっしゃい!!今日届けられたばかりの新鮮な野菜だよ!!」
「何を!!こっちは港町の〝シュツエ〟からさっき届いたばかりの新鮮な魚だ!!そこの八百屋とは鮮度が違うぜ!!」
「あぁ!?その腐った魚がなんだって!?」
「やんのかテメェ!?」
「焼きたてのソーセージは如何ですか〜?キンキンに冷えたエールもありますよ〜?」
宿屋から出て、通りに向かうとそこには所狭しと店が並べられ、それを見る客の人混みで溢れかえっていた。〝ブルク〟は交易都市だと聞いていたので人が多い事は予想していたのだが、実際に目の当たりにするとその活気に飲み込まれそうになる。
威勢の良い声で八百屋と魚屋の主人が客を呼び込んでいたかと思えば唐突にディスり始めて取っ組み合いの喧嘩を始め、それを自然な流れて肉屋の主人が見世物にして自分の店の商品を売り出していた。熱々のソーセージとキンキンに冷えたエールという天下無双の組み合わせに喉が鳴るのだが、領主に会う前に酒を飲んではいけないと自制する。
最終的に勝負はそれぞれの女房と思われる女性の拳骨により決着した。見事なまでに肉屋の主人の一人勝ちだった。
「どこか飯屋は無いかな〜?」
買い物客で賑わう通りを飯屋を探しながらフラフラと歩く。リーエルは流石に召喚魔を街中で歩かせるわけにはいかないのでスマホに戻している。無法地帯ならば召喚魔を呼び出したままにしていても問題無いのだが、きちんとした法が敷かれている街中で許可無く召喚魔を呼び出したままにしていると国に所属しているサマナーが不穏分子の排除と銘打ってやって来ることがあるのだ。そうなれば正義はどう考えてもあちらにあり、俺たちが悪になるので基本的に召喚魔は街中では呼び出さないという暗黙の了解がサモナーたちの間にある。
見知らぬ土地で1人でいるというのは不安であるが、精神的には余裕がある。何故なら、俺のレベルは73だからだ。
この世界にはレベルの概念があり、基本的には相性差や物量差、極限まで突き抜けた一点特化、ガチガチのメタでも張らない限りは正面からの戦闘で
一般的にサモナーは20になって初心者脱出、40になってベテラン、60が強者と呼ばれ始め、80になって絶対強者だと言われている。それを考えれば俺の73というレベルは絶対強者手前のレベルで、その気になれば街一つ簡単に落とせるくらいのポテンシャルを秘めている。
なので安心して1人で街を散策出来ているが、だからと言って好き勝手暴れたいと考えない。〝サモン・クロニクル〟ではサモナーのレベルの上限は100までだったが、この世界にはレベルの上限は100まででは無いらしく、英雄と呼ばれているサモナーのレベルは150あると噂で聞いた事がある。レベルが高ければ高いほどに使役している召喚魔は強いと考えれば、召喚魔たちのレベルも150付近だと考えられる。問題を起こしたら英雄様がやって来るかもしれないと考えただけで震えが止まらない。だから問題を起こさないようにしているのだ。
「お、お兄さん!!そこの腐った眼をした目付きの悪い黒髪のお兄さん!!」
腐った眼をしている目付きの悪いというワードで足を止めて周囲を見渡せば出店を出している青年が笑顔を浮かべたながらこちらに向かって手を振っていた。腐った眼をしている事も目付きが悪い事も自覚しているので怒ることはしないが、ここの街の住人はディスらなければいけないのだろうか。もしそうであったら領主と会う時に覚悟しなければならないなと溜息を吐きながら出店に向かう。
「見ない顔だね?旅人かい?」
「あぁ、行く当ても特に無くフラフラと彷徨ってる旅人だよ。ここは何の店だ?」
「サンドイッチ屋だよ。朝は食べたかい?まだならウチのサンドイッチでもどうだ?」
「そうだな……オススメを四つ程くれ」
「毎度あり!!」
笑顔でそういうと青年は手慣れた手つきで食パンを均等に切り分けカラシを塗り、その上にレタスとトマト、焼いたベーコンにチーズを乗せる。最後に赤黒いソースをかけてパンを被せれば完成の様で、それを紙に包んで手渡してきた。
「BLTサンドお待ち!!四つで50キールだよ!!」
サンドイッチを受け取りスマホの中に一つだけ残してしまってから50キール硬貨を渡す。過去に地球からやって来た人間が料理についても色々と口添えしたらしく、地球で見たことのある料理は珍しい物ではなくなっているのだ。
そして屋台から離れて座れそうな場所を探し、そこに腰を下ろしながら出来立てのサンドイッチに被りつく。焼き立てなのかモチモチとした食パンの生地と新鮮なレタスとトマトのシャキシャキとした感触、カリカリに焼かれたベーコンに、ベーコンの余熱で溶けたチーズが絡みつき、最後に掛けられた濃い目のソースがそれらを纏め上げていた。食パンに塗られているカラシの辛さもアクセントとなり、食が進む。これまで訪れた街にもサンドイッチはあって特産品を活かした料理であったが、やはり王道的なBLTサンドも美味いなぁ、とあっという間に完食する。
「やっぱり旅してて良いなぁと思うのはこういうところだよなぁ」
地球では食べられればそれで良いと考えていたのだが、この世界で生きる事を決めてからは食事にも気を使う様になった。とは言ってもバランスに気をつけているのではなくて、美味しい物を食べたいと考える様になっただけなのだが。
BLTサンドの包みを近くにあった屑篭の中に入れる。食べ終わったのだがまだ満腹にはなっておらず、他の料理の出店から漂って来る匂いが食欲を掻き立てている。
所持金にまだ余裕がある事を確認してから、他の料理を味わうべく近くの出店に向かう事にした。
スレンダーな金髪堕天使が添い寝をしてくれたらしい。ギルティ(嫉妬
異界の存在はこの世界では災害的なものだと認識されているので発生したとしてもある程度の備えは出来ていて、しかもそれを利益に利用としている。この逞しさこそが人間の強さよ。だけど、管理をサボると異界から増え過ぎたモンスターが溢れ出すから注意が必要。
鎌鼬には食レポが無理だと分かってしまった。飯テロがしたかったのに……