食べ歩きを楽しんでいる最中に鐘の音が鳴り響き、正午が来た事を知らせてくれた。この世界は科学技術は地球に比べて遅れているのだが、その分魔法技術が発達している。6時間ごとに鐘が鳴るように設定しておけば、それだけで大凡の時間が把握出来るのだ。流石に細かな時間までは分からないが、この世界ではそこまで時間に対する追求は無いので困っていない。
行く事になっている領主の屋敷は〝ブルク〟の中心部に位置している。これは〝ブルク〟に限らず、大体の街がそうなっている。師匠から聞いた話によれば、そうする事で非常事態の時に外のどこから来ても同じ距離で済むとか、敵から攻められても民家を盾にして防衛戦が行えるとか言っていた。
「ほぉ、これはなかなか……」
領主の屋敷は大きめのサイズだったが、だからと言って豪華な装飾品が施されているわけでも無い質素な建物だった。しかし、豪華ではないが安物と言う訳ではない。石造りの建物は遠目から見る限りでは正確に左右対称に付けられていて、ガラスの窓が20枚以上は見えている。正確に左右対称な建造物を作る事が出来る職人を呼び寄せ、大量生産が行えないゆえにオーダーメイドとなるガラス製品を大量に作らせる事が出来る財力があるという時点でこの屋敷は一級品と呼べる建物だった。
『へぇ、意外だな。前の街の屋敷が成金趣味だったらここもそうかと思ってたけど』
『あの街の領主様はどちらかと言えばお金の使い方が分からない方でしたからねぇ。分からないなりに使わなくてはと空回りした結果があの成金屋敷だと思うと爆笑物ですねぇ!!』
『あ〜確かにそうだな。自分の金ピカの銅像造らせたのは良いけど、恥ずかしいって顔真っ赤にしてたっけ』
「お前ら、あの街の領主の悪口はそこまでにしておいてやれよ」
スマホの中にインストールされている通信アプリによりリーエルとボマーの会話を聞いていたのだが、前の街の領主へのディスりが始まりそうになったので止めさせる事にする。あそこの街の領主は善人だったが、努力の方向が明後日に向かっていて空回りしている人だったのだ。正直な話、今でもどうして自分の銅像を金で作らせたのか疑問に思っている。
『そんなことよりも今は目先の領主の方が先決だ。我輩の
「分かってるよ」
伯爵の言葉は聴く人によればプレッシャーを感じてしまうかもしれないが、吸血鬼で日の光が苦手だと夜まで寝ている伯爵がこうして声を掛けてくれた事に思わず苦笑してしまう。
朝よりも時間が経っているのでボマーも伯爵も会話が出来る程度には回復出来ているがそれでも本調子からは程遠い。可能性としてはゼロに等しいかもしれないが、もしも戦闘になった時に戦えるのはリーエルだけしかいないのは不安しかない。臆病過ぎる考え方だと自覚しているが、これが俺という人間なのだから仕方がない。
怖いものは怖い、どんな状況でも最悪の事態ばかりを考えてしまう、性根が小心者の生粋の負け犬気質。
『
だけど、そんな俺が良いと言ってくれた仲間がいる。
『落ち着いて、深呼吸しろよ。何かあってもオレが守ってやるから』
『そうですよサマナー。仮に戦闘になったとしても脳筋堕天使がいるので心配ありません』
『
『グワァ……!!』
励まされていると思ったらスマホの中で殺し合いに発展していた。どうしてだか、リーエルがボマーにマウントポジションを取りながら〝シャイニングスマッシュ〟を連発している光景が想像出来る。レベルとしてはリーエルよりもボマーの方が高いのだが、ボマーの役割はニトロロックたちの火力ブーストであって戦闘は補助程度でしかない。後衛職なはずなのに前衛に出て拳を振るっているリーエルに敵うはずがないのでその光景は正しいものとしか思えなかった。
『こやつら……まぁ、そういう事だ。いざとなったら我輩たちを肉楯にするなり、ニトロロック共で自爆テロするなり好きにしろ』
「……うん、ありがとう」
ともかく励ましてくれているのは分かった。それに良く良く考えてみれば俺は異界の存在を知らせてくれた功績者で、領主の不利益になるような存在では無いのだ。1人ではネガティブ思考に溺れてしまうのだが、こうして誰かと一緒にいると考え過ぎだと思い直す事が出来る。
そういう意味でも、それ以外の意味でも、彼らの存在はとてもありがたかった。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせて、見張りをしていた兵士に名前を告げると伝達されていたらしくすぐに通してくれた。屋敷の扉が開けられて中に入ると、出迎えてくれたのは燕尾服を来た初老の男性。外見年齢は6、70歳くらいだろうか。腰は曲がっておらず、何か背中に差し込んでいるのでは無いかと思うほどに背筋が真っ直ぐに伸びている。
「ようこそいらっしゃいました。サマナー、タツキ様。私、ミラ様の執事を務めておりますヒュールと申します」
「ご丁寧にどうも。サマナーのタツキです。礼儀作法を学ぶ機会は無かったもので至らない点があるかもしれませんが、どうかご容赦していただきたい」
「その点はご安心下さい。我が主人は実力主義でございまして、常日頃から優秀であれば礼儀作法は問わないと公言しておられます。活動期に入っていた異界から無事に生還なされたタツキ様でしたら、主人も気に入られると思います」
「それはありがたいです」
ヒュールさんの言葉に笑みを張り付けながら言葉を返しているが、内心では焦りまくりである。実力主義という点では礼儀作法は問われないので安心出来るのだが、興味を持たれてしまえば色々と面倒ごとになるのが目に見えている。
このまま帰りたい。帰って宿屋でゴロゴロするか、街を出てブラブラと行くあてもなく旅立ちたい。
「さて、それでは主人の元に案内するのでついて来て下さい。決してはぐれないように。もしそうなった場合は命の保証は出来ませんからね」
「この屋敷は処刑場か何かですか?」
「いえ、そう言う訳ではございません。一応タツキ様のことは屋敷の者には伝えてありますが私から離れたと言うことは屋敷の内部を探りに来たと取られてしまい、屋敷の者が侵入者として処理してしまうのです」
「処理される」
「はい。後は執務でストレスを溜めた主人が襲ってくる可能性もありますので」
「襲ってくる」
「後者の場合ですと我らで抑えるのですが、タツキ様が異界の発見を報告してくださったおかげで屋敷内はドタバタしておりましてな。油断していると後ろから主人に襲われる可能性があるので注意して下さい」
初めはヒュールさんが冗談を言って俺の緊張を解そうとしているのだと思いたかったのだが、彼の目は冗談を言っているようには見えずに真剣そのものだった。無言でマップアプリを起動させて奇襲警戒モードに設定しておく。これで敵性個体が圏内に入ればバイブレーションで知らせてくれる事になる。
良く良く考えてみれば入り口で装備を取り上げられなかったのは領主のことを警戒してなのかもしれない。普通装備が取り上げられない場合は相手が俺のことを見下しているか、装備を持っていたところでどうにか出来るだけの戦力を持っているかのどちらかとなる。領主を警戒して装備を取り上げられないと言うのは初めての経験だ。
それに周囲をみれば、確かにヒュールさんの言った通りに屋敷で働く者たちの視線が気になる。バイブレーションが鳴っていないので敵性個体として判断されていないのだろうが、だからと言って味方という訳でも無い。
主人に害を成そうとするのなら、疑わしい動きを欠片でも見せたのなら、即座に排除しようという気概が見受けられる。
途中で何人かの女給とすれ違って深々と一礼されたのだが、その誰もが足音どころか服の擦れる音さえも最小限に抑えられていた。立ち去る姿を目で追えば、明らかに何らかの武を修めている足運びをしている。
もし戦闘になったら、そう考えるだけで胃が痛くなりそうだった。
『タツキ!!頑張れタツキ!!』
『そうですよ!!ここで折れないで下さい!!召喚機が壊されたらワタクシたちも死ぬんですからね!!最悪、ワタクシだけでも契約解除してからやられちゃって下さい!!』
『
トークアプリを通して聞こえる仲間たちの会話が気がついたら殺し合いになっていた。スマホでステータスを確認すれば会話が出来るほどに回復していたはずのボマーの体力が殆ど無くなって気絶状態になっている。その光景がツボに入ったのか、伯爵は盛大に高笑いをしている。俺もそっちに入ってその光景を見て爆笑したかった。
「失礼します。ミラ様、異界発見者であるタツキ様をお連れしました」
『入れ』
現実逃避をしている間に目的地に辿り着いたらしい。質素ではあるが、上質な素材の扉をヒュールさんがノックをすれば、部屋の中からよく通った声で許可が返ってくる。そしてヒュールさんが扉を開き、俺は部屋の中に入った。
通された部屋は応接室なのか、部屋の中心にはテーブルとそれを挟みながら向かい合うようにセッティングされたソファーがあった。そしてソファーの上座に座っていた人物が立ち上がる。
「初めまして、サマナー殿。私はミラ・ウィンブルド・ティーラルド。〝ブルク〟の領主を務めている者だ」
そう言いながら優しく、敵意を感じさせないように微笑みかけながら手を差し伸べて来たのは地球では珍しくは無く、そしてこの世界では数の少ない黒の瞳を持って長い黒髪を靡かせている女性だった。年は多く見積もっても二十代後半くらいだろうか、着ているのは貴族が公式の場で来ているような豪奢な貴族服などでは無くて軍服を思わせるような黒一色の衣服。そんな服を着ている事と、彼女の全身から感じられる強者の気配とが相まって女傑と言うのが相応しい人間に見えてくる。
そして何より、衣服の上からでも分かるほどのサイズの胸を持っていた。
『タツキ?』
『うひひひ!!サマナーも男の子ですからねぇ!!大きなお胸には惹かれてしまうんですよ!!それが男の宿命という奴なのです!!どこかの脳筋堕天使には無いですけどねぇ!!』
『伯爵ぅ!!』
『
わぎゃぁ、という断末魔が聞こえたのでまたボマーが死んだのだろう。こいつらは一体何度身内で殺し合えば気がすむのだろうか。
差し伸べられた手が握手なのだろうと思い、それに応えるために踏み出そうとしてーーー生存本能が警鐘を鳴らし、スマホが震えて敵性個体の存在を知らせた。
咄嗟に前に出した足の指で床を掴み、身体を前に押し出すのでは無くて下に引き寄せる。反射的な上に後先を考えない無茶な行動のせいで床に転がる事になるのだが、それが功を奏した。
一瞬前まで首があった場所を、銀の閃光が瞬いた。
「ほぉーーー見たかヒュール。この男、私の奇襲を避けたぞ!!」
「ふむ、見た所分かっていたのでは無くて直前に分かったような行動でしたが流石の反応ですな」
「え……えぇ……」
「あぁ、済まなかったな。近頃、あの手この手と私に接触しようとしてくる輩が多くてうんざりしていたのだよ。兵たちの報告からサマナー殿がそういった輩では無いと分かっていたのだが信じきれなくてな。念の為の確認という奴だ。心配しなくてもこれは刃引きをしてあるから切れることは無いぞ?」
「ミラ様の剣の腕ならば、十分に凶器たり得るのですけどね」
ヒュールさんの反応を見る限りでは、彼もグルだった様だ。俺の生存本能が鳴りを潜め、バイブレーション機能が止まっていることから領主ーーーミラにはもう敵意も殺意も無いことが分かる。
「……領主だとかお偉いさんだからとかで礼儀に気をつけるつもりだったけど止めだ止めだ!!テメェみたいなバトルジャンキーに礼儀なんて必要無いって分かったわ!!敬称も略称だ!!」
「そうしてくれた方が私としても気軽で助かる。貴族として生きるつもりはあるのだが、どうにも肩がこるのだよ」
「それは立派な胸部装甲が原因だ」
礼儀作法をかなぐり捨てた言葉遣いはガチガチの貴族ならば即座に不敬罪だと取られて処罰されても仕方のないものだったが、ミラはそれで良いと楽しげに笑うだけだった。
さっきまでしていた警戒を掻い潜るための仮面の笑みでは無く、彼女らしいと思わせる爽快な笑みを浮かべながら差し伸べられた手を掴んで、立ち上がる。
「改めて、ミラ・ウィンブルド・ティーラルドだ」
「……タツキだ。流れのサマナーをしている」
初っ端から不意打ちを仕掛けてきて殺されかけたのだが、不思議とこいつの事は嫌いになれそうには無かった。
風邪ひいてて書けなかったの!!ゴメンね!!
やっと主人公の名前が出せた。気をつけないとサマナーだけで通じちゃうからな。
現代の地球だと機械による大量生産が成立しているから安価になっているけど、科学技術が発展していない異世界だとどうしてもハンドメイドになって値段が高くなるってことを伝えたかった。魔法とかもあるけど、機械みたいに燃料入れとけば自動的に作れるわけじゃないし、疲れ知らずというわけでもないしね。
というわけで胸部装甲がご立派なブルク領主のミラネキ登場。これには金髪スレンダー堕天使も嫉妬不可避。それをボマーが煽って殺される模様。