開幕の悪ふざけも終わり、ミラと向かい合うようにしてソファーに座る。腰を下ろすのと同時にヒュールさんが紅茶の淹れられたカップを音を立てずに目の前に置いてくれた。〝ブルク〟が交易都市だからなのか出された紅茶の香りを嗅いだだけで、高級そうなものだと分かることができた。試しにストレートで一口飲んでみたのだが渋みは然程感じられずに、紅茶の香りと仄かな甘味が感じられる。
「さて、それではタツキ。君が発見した異界で見聞きしたことを余すことなく教えてくれ」
紅茶はストレート派ではなくて極甘のミルクティー派なので砂糖とミルクをぶち込んで紅茶の香りを台無しにしているとミラが口を開いた。初めの不意打ちで忘れそうになっていたが、俺がここに来た目的は活動期を迎えている異界の情報を彼女に伝える事なのだ。
活動期にはモンスターの繁殖や凶暴化が確認されている。別の世界の事なのでそれだけなら放置していればいずれは個体数が減って元の数まで落ち着くのだが、こちらの世界と異界は通じていて人間が異界へと行けるように、モンスターたちもこちらの世界へと来ることが出来る。開いた穴のサイズによっては大型のモンスターはこちらの世界には来ることができないが、それでも俺が遭遇したジェネラルオーガくらいのサイズならば穴を通って来られる。少数だけならどうにか出来るのだが、これが群れ単位でやって来るとなればそれは災害にも等しい被害を出す事になる。活動期によりモンスターの数が増える事を
故にどの国でも活動期の兆候が確認されたのであれば全力で対処に当たる。そうしなければ内側からモンスターに国を荒らされる事になるから。もしもこれが人間同士の戦争であれば問題無い。血に酔い、狂気に沈んだとしても同じ人間同士の争いなのだから余程に切羽詰まった状況下でも無い限りは損得勘定で争いは終わりになる。
しかしモンスターが相手ではそうはいかない。個体によっては人間と同等、もしくはそれ以上の知性を持ち、人間の言葉を話すが人間とは根本的に種族が違うのだ。故にどちらかが滅びるまで殺しあう事になる。人間同士の戦争ならば勝ったとしても消耗が激し過ぎれば負けと同じだ。だが、モンスターはそうは考えない。生存本能による逃走はあるのだが、基本的には例え群れが自分だけになったとしても、敵を全滅させたのならば自分の勝ちだと声高々に吠えるのだ。
「俺が異界の発生に巻き込まれて脱出するまでに掛かった時間は半日くらいだな。異界のタイプは森林型で、日が出てても森の中は薄暗かった。夜になれば〝視力強化〟なんかのバフが無いと真っ暗で何も見えない。モンスターたちは夜行性だったらしくて日が出てる間は見かけなかったが、夜になった瞬間にどこに居たんだって突っ込みたくなる程にワラワラ湧いて来やがった。確認したモンスターはソルジャーオークとジェネラルオーガ、それと主クラスと思われるギガンテストート。ギガンテストートは穴のサイズが小さくて出て来れなかったらしくて穴の前を陣取ってた。恐らくは穴を通ろうとするモンスターを狙ってるんだろうよ」
「成る程、討伐隊が異界に入った瞬間にギガンテストートに襲われる可能性があるな」
「ギガンテストートは俺がぶち殺したから大丈夫だが、問題はソルジャーオークとジェネラルオーガの方だ。ソルジャーオークが部隊を組んで、ジェネラルオーガがそれを率いていやがった」
「
地球で創作物として登場するオークとオーガは同種として見られがちだが、この世界ではオークは豚鬼種、オーガは豪鬼種と呼ばれて別個体であると認識されている。事実、オークとオーガが出会わせたら種族が違うので殺し合うのが普通だ。ゲームでは違う種類のモンスターと同時にエンカウントするが、そんなものはゲームの演出でしか無い。飢えた熊と虎とライオンが仲良くしているなんて事はあり得ない。
しかし、稀にどちらかがどちらかを支配するという現象が確認されている。調査によるとそれは両者の力関係がハッキリとしている時に見られる現象で、弱い種族が強い種族に従っているのだ。ソルジャーオークがジェネラルオーガに従っていたという事は、オーガの方がオークよりも力を持っているということの証左になる。
「オーガの方で特殊個体か特異個体が発生してると思って間違いないな。それにソルジャーオークの数を見る限りではオークの方にもキングとクイーンの番がいると思う。どちらにしても早くなんとかしないと
「それは分かっている。しかし、運が悪くここから南のエンピレオ山脈の〝龍の異界〟の方でも
「エンピレオの〝龍の異界〟でもかよ!!」
〝ブルク〟から南にはエンピレオ山脈と呼ばれる国境も兼ねた雲に届く程の山脈があり、そこには龍種のみが出現する〝龍の異界〟と呼ばれる異界が存在している。レベルが80超えたサマナーでも、入ってしまえば生きては帰れないと言われるほどの魔境で、自己評価を間違えている大馬鹿でも無い限りは誰も近寄ろうとしない異界である。
そこで
「国からは〝龍の異界〟に向けた何名かをこちらに戻すと言われている。後は召喚都市の方で何人かサマナーに依頼するつもりだ。私としてはタツキが参加してくれると助かるのだが……」
「出来る事なら、俺は参加したく無いんだけど」
「臆病者め。ちゃんと男のシンボルは付いているのか?まさか、不能か?」
「巫山戯るな!!ちゃんと付いてるしバリバリに勃つわ!!ミラが言った通りに俺は臆病者なんだよ。怖いのは嫌だ、痛いのは嫌だ、死ぬのは嫌だ。何が悲しくて自分から殺し合いの場に飛び込まにゃならんのだ」
所詮俺はその程度の人間だ。物語に登場する様な英雄や勇者の様な雄々しさなど欠片も持ち合わせてなどいない、ただの十把一絡のサマナーでしか無い。人生に山や谷など求めていない。ただ、平坦な人生を送れればそれで良いと願っている。サマナーになったのは師匠に拾われたからで、死の危険に怯える事なく生きられるのであればサマナーで無くても良かったのだ。
「しかし解せんな。見た所、タツキは私と同じくらいに強いのにどうしてそこまで臆病なのだ?」
「根っからの小心者が、強くなったからって何か偉業を成し遂げられると思うか?俺には無理だよ。スッゲー力を手に入れて、スッゲー事を出来るかもしれない様になったかもしれないけど、怖いものは怖いんだ。強くなったとしても、俺の性根は変わらないってだけの話だよ」
力を手に入れたから雄々しくなれ?馬鹿言うなよ。強くなった程度の事で雄々しく輝くことが出来るのは
「成る程、それがタツキという人間なのだな……しかし、そうですかと見逃せる程にこちらには余裕が無いのだ」
「分かってる。だから出来る事ならって言ってんだよクソッタレ」
ミラが申し訳なさそうに言った言葉に対して不快感を隠す事なく曝け出す。
それはつまり、ミラの言葉は国の言葉になり、それに逆らうという事は国に逆らうのと同意義になるのだ。
そうなってしまえば国と同等の権力か戦力でも持っていなければ逆らう事など出来ない。逆らってしまえば国賊だと認定されてしまうから。ただの一介のサマナーである俺にそんなものは持っていないので拒否権など存在しない。ミラもそれが分かっているから申し訳なさそうな顔をしているのだ。
「報酬に関しては
「その事に関しては心配しちゃいねぇよ。問題があるとすれば、俺個人の心境の問題だけだ」
逃げ出したいが、そんな事をすれば先で詰んでしまうのは明白。ならば立ち向かわなければならないのだが、それを頭で理解していても心の方はそう簡単に納得してくれないのだ。頭で理解したのだから心も納得してくれる様な簡単な人間だったら、俺はもう少し前向きな性格をしていられたに違いない。
「要するに気持ちの問題か……なら、私に良い考えがある」
「……スッゲー嫌な予感がするけど言ってみろよ。スッゲー嫌な予感がするけど」
「何故2度も繰り返したのだ」
そう言うとミラは喉の調子を整える様に咳払いをし、ソファーから立ち上がって立派な胸部装甲を強調する様に腕を組み、
とんでもない事を口にしてくれた。
「ちょ、テメェ!!何口走ってんだよ!!」
「古来より男が求める物といえば地位と金と美女と相場が決まっている。交易都市の領主を務める我が家に婿入りすれば爵位を得られるし、金も税金で入る。それに私の容姿は中々の物だと自負しているぞ?身体は毎日の鍛錬で無駄な肉は付いていないし尻も安産型であると言われている。そして巨乳、さらに処女だ。物件としてはかなりの優良だと思うのだが?」
そんな事はわざわざ口に出して説明されるまでもなく理解している。ミラの美貌は地球とこちらの世界とで出会った人間の中でもトップクラスの物だ。そんな彼女を抱けるとなれば、男冥利に尽きると言うものだろう。
それに伴うデメリットさえなければ。
ミラは〝ブルク〟の領主であり、それはつまり貴族である事を証明している。貴族の女性の処女は夫となる男性にのみ捧げられるべきだと考えられていて、離婚や死別などの理由ではなくて俺の様な通りすがりの男に与えてしまったとなれば貴族社会から爪弾きにされる事は間違いない。それだけならばまだ良い方だ。最悪、尻軽な女だと国王に思われてしまい、そんな人間に領主は相応しくないと爵位を取り上げられる可能性さえあるのだ。
「まぁ、正直な話を言うとこれにはかなりの打算があるのだがな。タツキも知っていると思うが、国は常に優秀な人材を求めている。この国の事を好いてくれて、剣を向ける事をしないと誓っているのならば良いが、他国に付かれては厄介なのだ。確かにタツキは臆病なのかもしれないが、優秀である事には変わらない。お前の様な男を私の処女一つでこの国に留まらせる事が出来るのであれば、安い買い物なのだよ」
「だよなぁ……」
「本音を言わせて貰えば、タツキは私の好みにドンピシャだぞ?こう、なんと言ったら良いのか分からんが……臆病者を自覚していながらも必死になって生きようとしている姿を見ているとお腹がキュンキュンしてくるのだ」
「作戦ターイムッ!!」
装着していたスマホのトークアプリを起動させて仲間たちとの念話を始める。俺1人ではどうにもならない問題なのだから、相談しなくてはならない。
『どうすんの!?どうすんのこれ!?なんで俺、異界についての報告をしていたらライトな告白されてんの!?』
『ウヒヒッ!!良かったですねぇサマナー、念願のモテ期ですよぉ?まぁちょっとサマナーにとっては地雷案件みたいですけどねぇ!!』
『クハハハッ!!大した女だな。貴様の様な臆病者の事を好ましいなどと抜かすとはな』
『テメェら!!他人事だと思って笑ってんじゃねぇぞ!!』
ボマーと伯爵の高笑いが不愉快極まりないのだが、こいつらに関してはしょうがない事だろう。ボマーは俺の不幸で空気が美味いなどと言うキチガイであるし、伯爵は俺の不幸を娯楽として楽しんでいる。命の危険があれば話は別だが、そうでもない限りは基本的にこいつらはこういうスタンスを貫く。
『タツキ』
『あ、ハイ』
ボマーと伯爵が爆笑している中で、リーエルの声が耳に届いて畏まってしまう。ミラの発言に対して色々と言いたいのはリーエルだろう。なにせ、
『タツキ、あの女の事はどう思ってる?正直に言え』
『正直に言って、かなりタイプです。ハイ』
『胸ですかぁ?やっぱり胸ですかぁ!?』
『
ボマーが煽り、伯爵が串刺しにしたのが分かるがこの発言に嘘偽りは無い。地球にいた頃から俺の好みは姉御肌の様な女性、俺のことを引っ張ってくれそうな人だから。そういう意味で言えばリーエルもそうだ。だから、リーエルに誘われた時にその誘いに乗ったのだ。
胸の大きさは関係無いーーーと、思いたい。
『そっか……うん、だったら良いぞ。ミラの事を抱いても』
『……え?』
『ほぅ……良いのか?己が見染めた男を他人にくれてやっても』
『確かにオレは……私は、タツキの事が大好きだ。それこそ愛していると胸を張って言える程に。でもタツキは人間で、私は堕天使だ。人間は人間と添い遂げるのが一番だと思う。だから、タツキは人間の女を娶るべきだ……けど、タツキの一番の座は譲らないけどな!!』
『要するに正妻の座は人間にくれてやって、己は愛人になるという事だな』
『良い話だと思ったのに……!!』
最後に台無しになった様な感じがするが、リーエルの言わんとしている事は分からなくも無い。リーエルは堕天使で、俺は人間。種族の違いがある以上は幾ら抱いたとしても俺たちの間に子供ができる事は無いのだ。それを理解した上で、出来なくても構わないからとリーエルの事を抱いていたが、彼女はそれに思うところがあった様だ。
だからと言って俺のことを諦めたわけでは無いらしいが。
『でもな、良い加減タツキはどこか拠点を作って腰を落ち着けた方が良いと思うぞ?今はこのままでも良いかもしれないけど、帰る場所がある方が良いと思うし』
『それはそうだけどさぁ……』
風来坊などと言えば聞こえは良いかもしれないが、地球で言えば住所不定となってしまう。帰れるかどうか分からない地球に対する哀愁は持っていないが、それでもどこか帰れる場所というものを求めていないわけでは無いのだ。
どうしたものかと迷っていると、不意に応接室の扉が叩かれた。
風邪が治ったと思ったらぶり返した……みんなも気を付けてくれ!!マジでシンドイから!!
そりゃあ国の中で危険地帯が出来たら全力でどうにかしようとするって話。見くびって痛い目を見るのはバカらしいからね。
タツキが幾ら臆病者とは言え、絶対強者一歩手前の実力者であることには変わらない。そんな実力者を繋ぎとめようとしてもおかしく無い。だからミラネキはあんな事を言ったんだ。痴女じゃないんだよ!!間違えないでね!!
良くエロ本じゃあ人間が多種族を孕んだり孕ませたりするけど、特別な要因でもない限りは気軽に孕んだらしないよ。ゴブリンとかオークとか、薄い本の代名詞と言える方々は容赦なく孕ませるけどな!!