それは夕張と矢部の戦いのプロローグでもあった。
「諸君、我々はここに残り、
硫黄島基地司令、高菜直樹一等空佐は、全隊員を集結させて語った。
「死にたくない者は、船を使用しても構わない。速やかに退去せよ」
その、高菜一佐の退去の
……数時間後、硫黄島からの通信が途絶えた。
最後の、彼の本部への通信は、
「我等、
だった。
この通信を録音したテープは、以後数年間
こうして、硫黄島基地に残った
だが隊員の遺族は、恨みのぶつけ場所を深海棲艦ではなく、同じく戦死した高菜一佐や高菜一佐の遺族に求めた。
彼等は、テレビ局や新聞社、雑誌等の出版社に色々な中傷情報を投書し、マスコミ各社も、未確認の情報を連日報道し、高菜一佐の名誉は大いに傷つけられた。
まだメディアは、テレビが主流の1980年代。彼の
高菜一佐の妻春絵は、近所からの中傷を受け始めた。近所付き合いは、ぱったりと途絶えた。
次に、外に出る度に色々な中傷や、酷いときには暴行まで受けた。
高菜一佐も、
他の者達が二階級特進して、賞恤金まで支給された、と言うのに。
高菜一佐の遺族には、賞恤金や遺族年金まで
そして次に、高菜直樹の両親から絶縁された。
幼い娘と、二人で暮らさなくてはならなくなった。
自身の実家である矢部家は、それでも援助をしてくれていたが、危機を感じた春絵自身がそれを断り、各地を転々とした。
それから、五年ほど経った頃だった。
春絵の精神が、変調をきたし始めた。何も見えないところに怯え出した。
「ママ?どうしたの?」
「あそこに……見えない?私達に、『死ね』って言ってる人達……」
「そんなのいないよ!?」
それに、真っ先に気づいたのが結衣だった。
春江は、結衣を幼稚園に通わせず、初等教育を自ら行った。
その結果結衣は、賢さをいち早く身に付けていた。周囲の
結衣はすぐに、救急車を呼んだ。
救急搬送された先は、精神病院だった。医師によって『
その後、彼女は数回の転院を繰り返し、病院のベッドの上で生涯を終えることになる。
この時点で彼女は、『
五歳の結衣は、一人ぼっちになってしまった。
その時に引き取ってくれたのが、母の実家である矢部家である。
独身である叔父の晋太郎や祖父母は、暖かく迎え入れてくれた。
結衣は、矢部姓への改姓を提案されたが、母親は父の死んだ経緯を、狂い始めてからも語り続けた為に、拒絶した。
「いや!パパの
この日から、ひとりぼっちの戦いが始まった。死んだ父に追い着く、という目的の為に。
こうして、小学校に入った結衣を待っていたのは、
珍しい、高菜姓の彼女が、『あの』高菜一佐の娘であることは、すぐ分かる。
小学校低学年では、仲間外れや直接的な暴力を受けた。結衣は賢く、狡猾に立ち回った。
高学年に入った頃には、より嫌われた。陰湿なものが加わり、トイレに閉じ込められたことや、私物を捨てられたり汚されたりも、いつものことだった。
でも結衣は、一つの支えを持っていた。
自分が
殆ど覚えてない父の遺影と、母の帰ってくる日を待ちながら、学校という
叔父である晋太郎は、国会議員になっていた。彼の、『絶対に、
中学に進学した時、彼女は男子生徒に
自ら警察に行き、
結衣は高校進学を選択した。数々の妨害も、もはや気にならなくなっていた。
暴力を受ければ被害届を出し、物を盗まれては被害届を出し、レイプされれば診断書と共に被害届を出す。
その頃、世論は一つの変化を見せた。数年経ったある日、自衛隊時代の機密情報として
それを成し遂げたのは、防衛大臣に就任した矢部晋太郎。彼は、結衣との約束を守り抜いて、成し遂げたのだ。
世の中は掌を返したように、高菜大佐を国防の士として、祀り上げていた。
すぐに、准将への昇進が決定した。
「ほんと、都合のいい連中。あは」
そんな様子を、
だが中学の残りは、いじめとの戦いだった。大人達は納得しても、子供達は納得しない。
時には、高校生からも暴行を受けた。暴走族の連中に、拉致されたことだってある。
『殺される』
とにかく、法律と警察を味方に付けた結衣は
そして、結衣は高校に入学した。
その頃、艦娘基本法が制定された。艦娘達に、人権がもたらされたのだ。
高校生活は、思ったよりも静かなものだった。
結衣は、矢部家のある山梨から東京に出て、一人暮らしを始めた。
結衣の手元には、凍結されていた基幹の遺族年金と賞恤金、政府から極秘裏に受け取った、
母の入院費用を払っても、なお余りある金額だった。結衣は、物事を
心根では誰も信頼せず、表面的な付き合いだけ。楽しく笑いながら、心の中では舌を出す。
とにかく相手の『弱み』や『醜聞』を手に入れ、刃を向けたら全力で叩き潰す。向けるまでは、表面上楽しそうな
「結衣はねぇ、喧嘩を売られたら、高値で買わないと気が済まないんだよ」
という言葉と共に、反撃をするのだ。
この頃の結衣が一番悲惨です。