※この作品はR-18です。

ジ・アンブレイカブル・ハート   作:SAMICO

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硫黄島の悲劇から始まったもう一つの悲劇。
それは夕張と矢部の戦いのプロローグでもあった。


Chapter1:少女の小さな大戦争

「諸君、我々はここに残り、未知のバケモノ(深海棲艦)と戦うこととなるだろう。我々の責務は、小笠原の民衆を一人でも多く逃がす為に、奴等を足止めすることだ。通常兵器が効かないことは、ミッドウェーでの日米艦隊の犠牲により解っているが、何か一つでも、奴等に立ち向かう術(すべ)を探さなければならない」

硫黄島基地司令、高菜直樹一等空佐は、全隊員を集結させて語った。

「死にたくない者は、船を使用しても構わない。速やかに退去せよ」

その、高菜一佐の退去の許(・)可(・)に従う者は、誰もいなかった。

 

……数時間後、硫黄島からの通信が途絶えた。

最後の、彼の本部への通信は、

「我等、全(・)員(・)の(・)同(・)意(・)により残留して、深海棲艦を食い止め玉砕す。深海棲艦には、『上(・)陸(・)戦(・)で(・)の(・)近(・)接(・)武(・)器(・)及(・)び(・)格(・)闘(・)』での致傷を確認。敵は『船(・)舶(・)を(・)生(・)物(・)化(・)して小(・)型(・)化(・)したものであり、威(・)力(・)は(・)実(・)艦(・)換(・)算(・)。なれど、上陸時はた(・)だ(・)の(・)生(・)物(・)と化す』以上」

だった。

この通信を録音したテープは、以後数年間機(・)密(・)扱(・)い(・)として、封印されることになる。

 

 

こうして、硫黄島基地に残った全(・)隊(・)員(・)は戦(・)死(・)した。

だが隊員の遺族は、恨みのぶつけ場所を深海棲艦ではなく、同じく戦死した高菜一佐や高菜一佐の遺族に求めた。

彼等は、テレビ局や新聞社、雑誌等の出版社に色々な中傷情報を投書し、マスコミ各社も、未確認の情報を連日報道し、高菜一佐の名誉は大いに傷つけられた。

まだメディアは、テレビが主流の1980年代。彼の事実無根の風聞(根も葉もないでっち上げ)等が、センセーショナルに取り上げられた。

高菜一佐の妻春絵は、近所からの中傷を受け始めた。近所付き合いは、ぱったりと途絶えた。

次に、外に出る度に色々な中傷や、酷いときには暴行まで受けた。警(・)察(・)官(・)す(・)ら(・)も『お宅の旦那がしでかした事。自業自得』と、助けてくれない。

国(・)民(・)全(・)て(・)が『敵』となっていた。

高菜一佐も、国(・)民(・)感(・)情(・)に(・)配(・)慮(・)し(・)て(・)、特進が見送られた。この次の階級は中将相当の空将補の為、昇進すらさせてもらえなかった。

他の者達が二階級特進して、賞恤金まで支給された、と言うのに。

高菜一佐の遺族には、賞恤金や遺族年金まで凍(・)結(・)された。

 

そして次に、高菜直樹の両親から絶縁された。連(・)絡(・)を(・)取(・)る(・)な(・)、と言われた。

幼い娘と、二人で暮らさなくてはならなくなった。

自身の実家である矢部家は、それでも援助をしてくれていたが、危機を感じた春絵自身がそれを断り、各地を転々とした。

見(・)え(・)な(・)い(・)形(・)で両親の支援を受けながら、全国を転々とする生活を送り始めた。

 

それから、五年ほど経った頃だった。

春絵の精神が、変調をきたし始めた。何も見えないところに怯え出した。

「ママ?どうしたの?」

「あそこに……見えない?私達に、『死ね』って言ってる人達……」

「そんなのいないよ!?」

それに、真っ先に気づいたのが結衣だった。

春江は、結衣を幼稚園に通わせず、初等教育を自ら行った。

その結果結衣は、賢さをいち早く身に付けていた。周囲の敵(・)だ(・)ら(・)け(・)の状況、という現実も肌で理解した。

結衣はすぐに、救急車を呼んだ。

救急搬送された先は、精神病院だった。医師によって『精(・)神(・)分(・)裂(・)病(・)』……今で言う、統合失調症と診断されて、閉鎖病棟に入院となった。

その後、彼女は数回の転院を繰り返し、病院のベッドの上で生涯を終えることになる。

この時点で彼女は、『死(・)ん(・)で(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)』のだ。

 

五歳の結衣は、一人ぼっちになってしまった。

その時に引き取ってくれたのが、母の実家である矢部家である。

独身である叔父の晋太郎や祖父母は、暖かく迎え入れてくれた。

 

結衣は、矢部姓への改姓を提案されたが、母親は父の死んだ経緯を、狂い始めてからも語り続けた為に、拒絶した。

「いや!パパの生(・)き(・)て(・)た(・)事(・)がなくなっちゃう!」

この日から、ひとりぼっちの戦いが始まった。死んだ父に追い着く、という目的の為に。

こうして、小学校に入った結衣を待っていたのは、教(・)師(・)も(・)含(・)め(・)た(・)いじめ(虐待)だった。

珍しい、高菜姓の彼女が、『あの』高菜一佐の娘であることは、すぐ分かる。

小学校低学年では、仲間外れや直接的な暴力を受けた。結衣は賢く、狡猾に立ち回った。

高学年に入った頃には、より嫌われた。陰湿なものが加わり、トイレに閉じ込められたことや、私物を捨てられたり汚されたりも、いつものことだった。

でも結衣は、一つの支えを持っていた。

自分がこ(・)れ(・)で(・)何(・)か(・)を(・)恨(・)ん(・)だ(・)ら(・)、パパの死が無駄になる。結衣が『高菜姓』を選んだ時から、一つ決めた事だった。

殆ど覚えてない父の遺影と、母の帰ってくる日を待ちながら、学校という戦(・)場(・)で戦い続けた。

叔父である晋太郎は、国会議員になっていた。彼の、『絶対に、義(・)兄(・)さ(・)ん(・)の(・)名(・)誉(・)を(・)回(・)復(・)さ(・)せ(・)る(・)。そして艦(・)娘(・)達(・)と(・)共(・)生(・)す(・)る(・)社(・)会(・)を(・)作(・)る(・)』という言葉も、心の支えとなった。

中学に進学した時、彼女は男子生徒に陵辱を受け(初めてを奪われ)た。それでも、結衣は負けなかった。

自ら警察に行き、大事(おおごと)にした。嫌われるなら、より嫌われても構わない。結衣はへらっと笑って、喧(・)嘩(・)を(・)売(・)っ(・)て(・)き(・)た(・)相(・)手(・)を全力で叩き潰した。

 

結衣は高校進学を選択した。数々の妨害も、もはや気にならなくなっていた。

暴力を受ければ被害届を出し、物を盗まれては被害届を出し、レイプされれば診断書と共に被害届を出す。

その頃、世論は一つの変化を見せた。数年経ったある日、自衛隊時代の機密情報として封(・)印(・)さ(・)れ(・)た(・)高菜直樹一(・)佐(・)――現在は国防軍に改組されて大(・)佐(・)となっている――の肉声が公開された。

それを成し遂げたのは、防衛大臣に就任した矢部晋太郎。彼は、結衣との約束を守り抜いて、成し遂げたのだ。

世の中は掌を返したように、高菜大佐を国防の士として、祀り上げていた。

すぐに、准将への昇進が決定した。遺(・)族(・)達(・)の(・)反(・)感(・)を抑える為に、敢えて一(・)階(・)級(・)昇(・)進(・)に留めたのだ。

「ほんと、都合のいい連中。あは」

そんな様子を、他(・)人(・)事(・)の(・)よ(・)う(・)に(・)笑いながら眺めていた。

だが中学の残りは、いじめとの戦いだった。大人達は納得しても、子供達は納得しない。

時には、高校生からも暴行を受けた。暴走族の連中に、拉致されたことだってある。

『殺される』以(・)外(・)のことは全て受けていた。それでも、結衣は戦い続けた。

とにかく、法律と警察を味方に付けた結衣は賢(・)く(・)、逞(・)し(・)く(・)、狡(・)猾(・)になっていった。

 

そして、結衣は高校に入学した。

その頃、艦娘基本法が制定された。艦娘達に、人権がもたらされたのだ。

高校生活は、思ったよりも静かなものだった。

結衣は、矢部家のある山梨から東京に出て、一人暮らしを始めた。

結衣の手元には、凍結されていた基幹の遺族年金と賞恤金、政府から極秘裏に受け取った、慰謝料(口止め料)があった。

母の入院費用を払っても、なお余りある金額だった。結衣は、物事を俯瞰的(他人事のよう)に見るようになっていた。

心根では誰も信頼せず、表面的な付き合いだけ。楽しく笑いながら、心の中では舌を出す。

とにかく相手の『弱み』や『醜聞』を手に入れ、刃を向けたら全力で叩き潰す。向けるまでは、表面上楽しそうなお(・)付(・)き(・)合(・)い(・)を続ける。

「結衣はねぇ、喧嘩を売られたら、高値で買わないと気が済まないんだよ」

という言葉と共に、反撃をするのだ。

 




この頃の結衣が一番悲惨です。
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