信頼できる『友達』など、誰もいない。
そんな中で結衣は、国防軍士官学校に入学した。
結衣が一番最初に受けた印象は、「自由なところ」だった。
エリートを競う者達が他者を蹴落とす。そんなイメージで、入学して来たのだ。
そんな彼女が、一番最初に出会ったのが、対番として面倒を見ることになる、上原麻衣だった。
「こんにちは、高菜さん。初めまして。上原麻衣と言います」
「高菜結衣です」
おっとりして、どこかぽんやりした、のんびり屋さんの先輩。必要なものは、全て麻衣が買ってくれた。
結衣は、俯瞰的にものを見過ぎて、麻衣のことを疑っていた。
麻衣は、入学式前日、リネン室に結衣を連れて行った。
「高菜さん……『
「……え?」
結衣は、驚いた顔をして麻衣を見ていた。
おっとりした彼女は、少し悲しそうな顔をしていた。
「……高菜さんは知らないと思うけど、私同郷で、一つ上……高菜さんのことは、ずっと知ってた。でも、何もできなかった……ごめんなさい」
おっとりさんの麻衣が、涙をポロポロ零していた。
「きっと、強い高菜さんはここに来るだろう、って、先に来て待ってたの……対番もどうしても、って山本校長に直訴して、お願いしたの。何も出来なくて……何も出来なくて、ごめんなさい」
結衣は、その誠実な彼女の涙に、今までの氷に閉ざされた心が、溶けていくような思いを感じた。
「麻衣先輩……っ!!!」
結衣は、麻衣に抱きついて泣き続けた……
その時に、麻衣は泣きながら、笑顔で告げた。
「自由に、生きて良いんだよ。私が、
おっとり、のんびりとした彼女のその言葉に、結衣も頷いた。
結衣は、今までの束縛から解放されたように、自由に奔放に生きた。
その度に、対番である麻衣は被害を被ったが、麻衣はいつもニコニコ、一緒に罰を受けている。
「先輩、ごめんなさい」
「ふふ、結衣ちゃんの側には、私がちゃんといるから」
おっとり、にっこりは彼女にも伝播していった。
マイペースで、いつも自分の余裕を崩さない。物事を俯瞰的に見て、壊れず堅く、粘り強い心を持つようになった。
安藤龍という先輩にも出会った。彼は気難しそうな、孤高で目的意識が高いが、面倒見も良い先輩だった。
彼と麻衣は、文学同好会で知り合ったそうだ。読書が大好きな麻衣と、物書きを趣味としている、想像力豊かな秀才である龍。
結衣は、麻衣と一緒に龍の書いた『空想世界』の読書を通して、想像力と言うものを学んだ。
龍は、常々語っていた事があった。
「高菜君。目的というものは、
「最短距離を突っ走るのが、『手段を選ばない』こと、じゃないんですね」
結衣がそう問うと、龍は笑みを向ける。
「優秀な我が後輩よ―――そのとおりだ。『急がば回れ』大事なのは、確実に目的に辿り着くことだ。その為には、自身さえも傷つけねばならぬ時もあるだろう。
「………」
その言葉に、押し黙る結衣。その顔を見ながら、龍は続けた。
「私が軍を志したのは、偏に彼の強さを知っていたからだ。彼等の犠牲のおかげで『人間でも、奴等に何かできる』事がわかった。メディアの
「……『戦友』……」
結衣の瞳から、涙が溢れていた。
「戦友として忠告しよう。君は、自由奔放でいるべきだ。私は何でも熟せる天才だが、君のような『常識の枠』に囚われない柔軟さは、持ち合わせていない。そこが、私の限界だ」
「安藤先輩は、全ての成績トップじゃないですか。結衣は……」
結衣は、上位をキープしてはいたが、まだこの時は、次席ではなかった。
「
結衣は、この文学同好会で『平行世界』について真剣に議論をしていた時に言ったのだ。
『艦娘という存在を、『そうであるように』受け入れたのが、今の世界だ』と。
これは、矢部晋太郎の持論でもあった。
『解らないものなら、そうであるようにそのまま受け入れれば、道は開ける』
これは『未知であることを、未知である
「叔父さんは、こう言ってました。戦艦三笠や艦娘は、『そういうものだ』と認識すれば、ただの可愛くて強くて美人の、国防軍の仲間だ。ならば艦娘と共生する社会も、難しいことではない……と」
結衣は、大きな溜め息を吐いた。
「結局、パパの名誉が汚されたのも、艦娘を受け入れる社会ができたのも、『皆がそう言ってる、あるいは言うようになった』からなんです。だから、晋太郎叔父さんは、『皆が、艦娘は日本の国民だよ』と言える社会を作る為に戦い続けたんです。いやあ、皆
にへらっと笑う結衣に、龍は激昂する
「中二病とはなんだ!私は、この作品を作るに当たってだな、色々な作品を熟読した上で……」
龍がクドクド説教をしているのを、全く聞いていない結衣。そんな様子を、ちょうどやって来た麻衣が、ニコニコと眺める。
三人だけの、小さな小さな同好会の日常だった。
結衣は、主席の天才龍と、上位成績者のおっとりさんの麻衣から、色々なものを学んだ。
結衣は、要領だけは良かった。とにかく学校という戦場で生き残る為に、要領良く賢く生きてきたのだ。
そこに、「自由奔放」が加わった彼女は、いわば『無敵』だった。問題は起こすが、取り返しの付く問題で済ませてる。
結衣に敵対しようとする相手は、容赦なく叩き潰した。賢く、狡猾なやり方で。
そんな一年間を過ごし、二学年になった結衣は、
高梨湊という少女と。
彼女と出会った印象は、『お人形さん』だった。
結衣は、とんでもなくヤバイ子の、世話をしなければならない、という事実を目の当たりにしていた。
「先輩。結衣の対番、ヤバイ子が当たっちゃいましたよぅ」
「結衣ちゃんが珍しいね」
「ヤバイ、とはどういうことかね?」
いつもの課外の文学同好会。麻衣の趣味である、ハーブティの香りが広がる多目的室で、結衣が愚痴を零した。
「心がない……結衣も上手く言えないんだけど。なんか笑顔は可愛いんだけど、目が死んでるの。お人形さん」
「ふむ……
その指摘に、ふっと自身を俯瞰的に見つめ直す。確かに、氷に包まれて目が死んでいた自分が、いたかもしれない。
「なるほど……今度が結衣が、麻衣先輩みたいにやれば良いんですね?」
「その通り。だが君では『共感』は出来ても、その殻を破るのは難しいだろう。……ふむ。私の知り合いに、最高学年の草加拓哉、という先輩がいる。彼は、型破りで有名な男だろう。彼の『熱さ』なら、共に殻を破れるやも知れぬ」
噂は聞いたことがあった、一学年の時に、三年に『優秀だが、型に囚われない自由な、
「困ったら、私が相談に乗りますよ。なにせ結衣ちゃんの
「先輩、今まで困らせたお返しですかぁ?」
膨れっ面の結衣に、麻衣は笑顔を見せる。のんびりした口調の麻衣は、笑いながら、
「心の鍵を開けたら、あとは殻を破るだけ。結衣ちゃんの得意なこと」
「はぁぁ……あの子の対人トラブルは、皆結衣の
大きな溜め息を吐いて立ち上がった結衣は、安藤から言葉をかけられる。
「なんでも、草加先輩は卒業前にバンドをやりたいそうだ。ロックバンドでも、一緒にやったらどうかね?」
「安藤先輩は、他人事みたいに……」
そう噛み付くと、龍は笑いながら答える。
「他人事だからな」
と。
結衣は、高梨湊という候補生には、とにかく手を焼いた、人当たりは良いのに、毒を吐いたらもはや
更には頭が良く、なんでも知っている。戦略戦術に至っては『無敵』である。
その時問題が起こった。
湊は、艦娘戦術戦略シミュレーションで、高天原智子という候補生を、徹底的に完膚なきまでに痛めつけ、叩き潰していた。
その時に智子の発した、「今までの努力が……」という悔しさの言葉に、
「大した事ない、努力でしたね」
と、湊が言い放ったのだ。一瞬頭が真っ白になった智子は、大きく泣き崩れた。
「ちょっと!高梨さん!」
智子と同郷で、一緒に士官学校に入った大村奈緒が、噛み付いた。
それを間に入ると、奈緒の両肩をポンポン叩いて、
「待った待った!結衣が、高梨には言っておくから。大村は、高天原ちゃんのケア。はよ!」
「……わかりました」
不承不承で従うと、それを人当たりのいい笑顔で見つめる、湊の両肩を掴んで、
「湊ちゃん、言い過ぎ!」
「何でですか?」
不思議な表情を浮かべた湊に、結衣は異質な感じを覚えていた。でも、
結衣は寮長に、何処かで
教官や校長に、掛け合ってくれた。
寮長は、心ゆくまで話しなさい。消灯時間も無視して構わない、と言ってくれた。
そこで、無理矢理連れて来た、夜のリネン室。
「……先輩、何の用ですか?」
「取り敢えず、座ろっか」
シーツ類を床に敷くと、二人並んで座った。
「言いたいこと、全部結衣に話してご覧。ここには、『
「えっ?」
驚いた顔をする湊に、結衣は笑みを零す。
「よかよか、よかよ。結衣は、そーゆう湊ちゃん
「……」
大きく溜め息を吐くと、湊は話し始めた。
「私は御存知の通り、
その言葉に、結衣は
「結衣のパパは、硫黄島で死んだの。たくさんの部下と一緒に。日本の民間人を、一人でも多く逃がす為に。でもね、その部下の遺族から恨まれ罵られて、パパのないことないこと、新聞やテレビ、週刊誌に言いふらされて、不正を隠す為に深海棲艦を利用した、とまで書かれたの。それを信じた国民は、高菜家を社会から抹殺しようとした。それを恐れたパパの両親は、関係ないと言い張って縁を切って、加害者側に回った。積極的にテレビや新聞の取材を受けて『息子は酷い奴だった。あんな
その言葉を、湊は黙って聞いている。
「ママは、地方へ地方へ逃げながら、結衣を育ててくれたんだけど、ある日から、幻聴が酷くなった。見えないものが見えるようになった。そして、『結衣のことが解らなくなった』……病院に運ばれて、精神科に入院することになったよ。今で言う『統合失調症』。精神障害者一級で、何も社会生活が出来ない。ご飯も食べられない、体は動くんだけど、精神がそれをできなくなってるから、おむつが要るし、点滴で栄養を取らないといけない。今も、あの時からずっと時が止まったまんま。ある意味『死んじゃった』んだろうね」
「酷い……」
湊の言葉に結衣も頷いた
「酷いよね。結衣は、学校では
「……はい」
湊が小さく答えると、結衣はニコッと、笑顔を向けた。
「よかよか、いい子。だからさ。そういうの、今ここで、捨てちゃおっか?『失敗作』とか、『部下殺しの娘』とか、『いじめられっ子日本一』とか」
「えっ……」
驚きの声を漏らす湊に、結衣は続ける。
「今までの湊ちゃんは、今日ここで死んだ。明日からは、「ニュー湊ちゃん」になる。肩肘張らなくても、友達をいっぱい作って、皆と楽しく。それで、今まで悲しかった分を、取り戻そうよ?」
「………」
ふっと、湊は
「湊ちゃんは、本当はいい子だと思うの。ちょっと、人の接し方とか距離感とか?結衣と一緒に、覚えていこっか?」
「……はい」
結衣が、湊をギュッと抱き締めると、とうとう耐えきれず、泣き出した。
「よかよか。結衣の胸の中で、泣きたいだけ泣きなさいな。結衣はね、血は流し尽くしたし、涙も流し尽くして、もう
湊の頭を撫でながら続ける。
「もう一つ。高天原ちゃんには、謝ること。あの子もきっと、『何かを背負って』ここに来た。結衣は、俯瞰的にものを見る癖がついてて、
「……はい」
こくりと頷いた湊に、結衣はぽふぽふと、頭を軽く叩くように撫でる。
漸く、湊は笑顔になった。
「いい子いい子」
「……ありがとうございます」
翌日結衣は、大村奈緒の訪問を受けていた。
何か、難しそうな顔をしていた為、
「さて。結衣に何か用?」
少し逡巡したあと、奈緒が口を開いた。
「私は、父が軍高官をしています。高梨さんのされていたことも、大体聞きました。父からは「高梨湊さん」と友達になってくれ、と頼まれました。でも、あんな嫌な女、友達になりたくありません」
はっきりとした、この直情型の少女の言葉に、結衣はにへらっと笑った。
「よかよか。嫌なら、それでも良いんじゃないかな。でも、湊ちゃんはいい子だよ。あの子はねぇ、人との付き合い方を勉強中なんだ。湊ちゃんがされてきたことを、少しでも理解している大村ちゃんが、一緒に手伝ってくれるなら心強いよ。ダメなものはダメ、って言ってあげるのも友達だよ?」
「むぅ……」
困ったような顔をする奈緒。
「結衣はね、性格ひん曲がってて、感情をストレートに出すのが苦手なんだ、色々あったからー。だから、奈緒ちゃんみたいに感情をまっすぐ出せる娘がそばにいると、もっといい子になるんだけどなぁ」
その、おだてるような結衣の言葉に、
「分かりました。先輩がそこまで言うなら、あたしは高梨さんの側にいます。でも、高天原さんには……」
「謝ってたよ。酷いこと言って、ごめんなさいって。高天原ちゃんも「嫌な女」って言いながら、許してくれたらしいよ。あの娘はあの娘で、
「……わかりました。」
結衣は、この真っ直ぐな後輩にちょろいな、と思いながら少し羨ましいな、とも思っていた。
それから、少し経った頃だった。
湊に、草加拓哉という最上級生が、戦略シミュレーションを挑んで返り討ちに遭い、
そしてほぼ拉致のように、バンドに誘った、という話を聞いた。ガチガチの
「
という結衣の抗議に、龍は、
「似たようなものだろう。どちらも喧しい」
と答える。この男、音楽はクラシックしか興味のない、文学青年なのだ。後に、ライブを見に行った際「私は間違っていた」と、他ジャンルの音楽も聞くようになるが……
ピアノも得意だったから、龍も誘ってみたが、その時は興味が無い、と断られた。結衣は一応参加したが、文学同好会もある。
たまーに顔を出して、サイドギターをやる程度、に留めておいた。
奈緒と湊は、お互い本音を曝け出せるようになって、仲良くなっていった。お互いを、名前で呼び捨て合える様になったという。
そこに智子や恵一郎も加わり、彼等を中心に仲間の輪が広がっていった。
ちなみに、草加の卒業前のラストライブには、龍もキーボードとして、一度だけ参加することになる。
「よかよか」
静かに文学同好会の部屋で、アコースティックギターを弾きながら、その様子を眺めていた。
今は、安藤のリクエストにより「シェイプ・オブ・マイ・ハート」を弾いている。
「随分、お姉さんになったではないか」
龍にからかわれるも結衣は、
「いやあ。
こうして結衣は、数々の問題行動を起こしながらも、次席卒業生となった。
彼女は、同期からこう呼ばれた。『空前絶後の問題児次席卒業生』と。