相手は、軍の腐敗そのものだった
校長の山本少将の推薦により、結衣は次席特権で中尉に任官し、統合幕僚監部情報部に配属となった。
その際の言葉が、
「神経が、ワイヤーロープで出来ている君なら、やって行けるだろう」
である。
配属された統幕情報部部長の松本浩史中将に、警視庁公安部への出向を命じられた。
出向中の身分は警部補。これは、「警察と軍部の相互監視」の意味合いを持つ。
警察は軍部のクーデターを警戒し、軍部は公安警察の領分逸脱を戒める。
そこで出会ったのが斎藤
彼からは、とにかく人を疑えと教わった。そして、客観的に物を見る術と、緻密な捜査術を学んだ。
「高菜、とにかく我々の基本は冷静な判断力だ。常に心を落ち着かせて感情を制御する。
「……」
斎藤警視正は冷徹そうに見えるが、心根は熱い。
東大法学部を優秀な成績で卒業した、若きキャリアである。
名古屋大侵攻の少し前まで警視庁に勤め、捜査官としての手腕を学んだ彼女は、情報部に戻ってきた。
戻る際、極秘裏にバーに飲みに行った際、斎藤から告げられた言葉は、
「味方が
だった。
その言葉が理解できたのは、名古屋侵攻後少し経ってからである。
湊は名古屋侵攻後、ストレスで血を吐いた、と聞かされた。すぐにお見舞いに行こうとしたが、叶わなかった。
結衣は大尉への昇進と共に、佐世保鎮守府所属の遊撃隊への、法務士官としての赴任、を命じられたからである。
司法警察員として、
上官である松本中将から、「高梨未来大佐に、
そう、命じられていた。
だが、結衣は、
セットで派遣される、作戦参謀系の赴任がなかったからだ。
その時に、斎藤の言葉を思い出した。
「なるほど『そういうこと』か……結衣は――」
そして、山本が自身を情報部に送り込んだ
佐世保に赴任するなり、調査対象である、高梨未来の前に出頭した。
遊撃隊長である高梨未来大佐、そして彼女の補佐艦であり、旗艦でもある戦艦金剛、そして秘書艦である時雨の前に出頭した。
「この度、『
「……は?」
「What?」
「……何言ってるの?」
三人は、ぽかーんとした顔をしていた。
すぐ冷静に戻ったのは、未来だった。
「ええと。内偵捜査官が身分を明かしたら、それ『内偵』と言わないんじゃあ?」
「……」
この部屋には四人しかいない。ただ、探られてるのは気づいていた。同時期に赴任した駆逐艦の清霜は、何処の部隊にも所属せずにいるからだ。
「だって、捜査する意味ないですもん」
「ま、やっかみか嫌がらせね」
「そうデスね」
「だろうね」
その言葉に、未来の顔を見てにっと笑うと、結衣は口元に指を当てて、とある書類を見せた。
そこには、『
「………どう?」
「………悪くないわね」
未来は、翳りを帯びた笑みを浮かべた。
二人の艦娘はさぁぁっと顔を青くする。
こうして、国家転覆計画を始めた。
ただ、
金剛も時雨も、事前にそれぞれと接触して、『
結果的に、二人の艦娘も欺く形で始めていた。
二人の艦娘達は、この期間、生きた心地がしなかっただろう。
結衣自身も、『未来が本気で実行するなら、全て
結衣のやり方は巧妙だった。清霜に致命的ではないレベルで、情報をリークした。しかも、結衣からと
そして撒き餌を撒いて、誘導する形で清霜も
全てにおいて、俯瞰的に物事を見定め、自分の役割に沿って『演じる』。
その間に、清霜に
本来、あってはならない、『軍と公安の
斎藤は、既に結衣の敵が、『情報部の中にいる』ことを察知していた。俯瞰的に、高菜家へのバッシングを見てきた彼は、その当時東大法学部に居た。
斎藤は、軍情報部に出向させている公安警察の仲間から、『結衣と未来が
だが、その答えを教えるつもりのない彼は、たったこれだけの返事を返した。
『味方を味方と思うな。
とだけ。
結衣はそれを見て確信した。火のないところに煙を立てよう、としていると。
「さて。火をつけるか、は『あの娘』次第。でも、
小さく呟くと、決戦場となる場所へ向かった。
「未来ちゃん。ちょっと内緒話したいから、ラブホ行こうよ」
「はい?」
突然の物言いに、キョトンとなっている。
その未来に、小さく耳元で、
「全ての準備OK」
と、囁くと未来は、笑みを浮かべて頷いた。
ラブホテルの一室に二人で入り、お互いカバンをベッドに置いたところで、振り向いた。
お互いの手には拳銃。
「あちゃ。バレてたか」
「
そう。事前に自身の裏切りを、それとなく金剛に流していた。
金剛は、未来優先で動いているから、それを未来の耳に、『入れてくれていた』。
未来の表情は、怒りに満ちていた。氷のように冷たい冷静な彼女が、結衣に
「あは。結衣は言ったよね、『内偵捜査官』って」
「……最初から、
その言葉に、結衣は首を振った。
「結衣は、本気で未来ちゃんがクーデターを起こす気だったら、協力してたよ。結衣が
「……」
未来は何も答えない。
「本音を言っても、良いんだよ。お互い、銃を突きつけ合ってるから、最悪でも、冥土の土産にはなるからね。結衣は未来ちゃんの、『生の本音』を聞きたいな」
「……私は、こういう人生だってもう諦めてる。でも、妹を……湊を歪ませた軍を許せない」
その言葉に、結衣は頷いた。
「そっか、そうだよね。でもね、未来ちゃん。許せない、そんなことはないんだよ。ただ未来ちゃんが
そう言ってから、心の中で呟いた。
――斎藤さんやあの
宮戸島で、『算出不可能』という戦果を持つ、
「ただ……湊ちゃんの奪われた幼少期も、高梨提督も、三笠中将も、パパも、金剛も、時雨も、矢部総理も、艦娘の皆も、馬鹿だけど『そうであるように受け入れてくれた』国民の皆の思いの詰まった『艦娘基本法』、艦娘と一緒に歩む社会、そして、辛いなりに頑張った未来ちゃんも、やって来たことが全部
「………私も嫌。でも……」
目に涙を浮かべる未来の顔を見ると、結衣はもうひと押し。そう思った。
「諦めることはないよ。過去は、もう変えられないんだ。ママの心も、高梨提督も帰ってこないし、過去はやり直せない。名古屋の人達も生き返らない。湊ちゃん、名古屋の作戦の時、胃潰瘍で血を吐いたんだって。湊ちゃんは壁を乗り越えたよ。未来ちゃんも、後もうちょっと、あと一歩、乗り越えようか?あと一歩まで、来てるんだよ。それとも、全部投げ出しちゃう?もし、投げ出しちゃうなら、一発で結衣の頭、撃ち抜いてよ。そんな世界見たくないから。楽に終わらせて?」
ふっと、笑みを浮かべて銃を下ろした。
未来は、銃を落として結衣に抱きつき、泣き出した。
「よかよか、よかよ。未来ちゃんはいい子。妹に似ていい子。良い子すぎたから、ちょっと
そう言うと、結衣は端末を取り出して、金剛にメールを送った。フロントには、もうひとり増える、と告げて。
「未来テートク!」
「金剛!!」
飛び込んできた金剛に、未来は抱きついて、そして強く抱き締めた。
「金剛、私……解らなくなった。どうやって、これから生きていけば……全部壊せば、わかると思ってたの……」
「テートク……ワタシも、不安デシタ。いい子だって思ってたテートクが、急に変わってしまったから……」
その様子を、結衣はベッドに腰掛けて見守っていた。
金剛と未来は、お互いに思っていること、不安なこと、そして共に歩みたいことを打ち明けていった。
その時、お互いの左薬指が輝いた……
気がつくと、互いに
「おめでと。壁を超えたね」
結衣の言葉に、未来が振り向くと頷いた。泣き腫らしていたが、
「ま、ケッコンカッコカリをしたなら、肌でも重ねちゃったら?あ、結衣も混ざっていいって言うなら、混ざるけど」
「What!?」
「……いいわよ。結衣さんも『寂しい』んでしょ?」
図星を突いた言葉に、結衣はケラケラっと笑って、
「あちゃ、バレてたか。よかよか。そーゆう鋭い子も、結衣ばすいとーちゃ」
「……九州出身だったの?」
未来の問いに、結衣は軽く答える。
「パパがね」
三人で肌を重ね合ったあと、眠っている二人を残して、結衣は服を身に着けた。
その瞳は、冷酷で冷徹な瞳だった。
「さて。
二人で立てた、楽しい国家転覆計画は、既に
結衣は、最初からカードを、死ぬか、説得するか、の二択しか持ってなかったのだ。
「安藤先輩は、馬鹿だ、と言うだろうね。『最短距離の最短距離を駆け抜けて、目標をもぎ取った』なんて。でも……」
眠っている二人を、ふふっと笑いながら見やると、静かに部屋を後にした。
そして、ホテルを出た瞬間、ポケットからすっと端末を抜き取って、指揮命令プロトコルを発令した。
未来は、プロトコル命令サーバに繋いだ状態で、置いておいたのだ。
結衣は、一本取られた、と思いながら、ありがたく未来の端末を拝借していた。
催眠モード、対象は近距離の全艦娘。
発令した直後、物陰で催眠モードで動けなくなっていた清霜を捕獲した。
「みぃつけた」
その時の、結衣の笑顔は、冷たいものだった。
結衣は、清霜に苛烈な拷問を加えた。
端的に言えば、痛みと、性的な快楽を、交互に与える。
諜報のプロではない彼女を、『堕とす』のは容易かった。
そこで、清霜が結衣の内偵調査を行っていることを白状させた。命令元が松本中将だということも。
指揮命令プロトコルを使って、強制的に松本に『異常はなかった。動く素振りはありません』と報告させた。
この命令の後、未来に端末を返却しているが、清霜は
清霜を九州に残し、未来と金剛に監視させている間に、結衣は東京に戻った。
出頭する前に、結衣は叔父である内閣総理大臣の矢部晋太郎と、新任の艦娘基本法担当大臣である大淀に会って、
松本中将等情報部の腐敗勢力が、『自分と未来のクーデターを
二人は、深刻な表情ですぐに対応する、と約束してくれた。
政治行政ラインに軍人が私的なルートで話を持ち込むのは、階級社会の軍部にとってはタブーだが、結衣は
斎藤には『ネズミ駆除をお願いします』とだけ連絡を入れた。
すぐに情報部に出頭。松本中将に、
「高梨大佐は、クーデターを起こす気配はありませんでした」
そう報告した。
その上で、結衣は不敵な笑みを浮かべて松本中将を見据えていた。
「その上で、申し上げますが……
それだけ言い放って、執務室を出ていった。
その翌日、松本中将等は今度は防衛省からの内偵を受け、数日中には首根っこを抑えられ、失脚することとなった。
その際、警視庁公安部が大いに協力した。軍部は警察に大きな借りを作ることになったが、その埋め合わせとして軍で持っていた機密情報を警察にリークした。
松本中将等の失脚と時を同じくして、各地の汚職事件が報道されることとなり、警察の株も少し、上がることになる。
その時に、警察庁警備部公安局に逮捕され、解体処分にされそうになっていた清霜を、結衣があらゆるコネを用いて救い出し、新しい風が入ってきた情報部に出向させた。
後に海軍情報部で各地を飛び回る『草の者』となり、海に出ることなく軍務を終え艤装を置くことになるが、
清霜は救ってくれた結衣を恩人だと思い、