※この作品はR-18です。

Stealing The Reality   作:てんぞー

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Phantom Thief Ⅹ

「どうすっかなぁ、これ」

 

 アジトのソファに寝転ぶ様に天井を見上げながら、その視界は一つの紙切れを捉える。先月、ジークリンデのスパーリング相手をしたときにボーナスとして来月に開く博物館のチケットを貰った。来月、つまりは今月だ。ジークリンデはそういう美術的な物には一切価値を見出さないのだが、その血筋や背景は古代ベルカから続く要人の一つだ。聖王教会では一族の保護なんて話もあるらしいが、それをエレミア一族は蹴り飛ばして今も傭兵として旅を続けているとの話で、ジークリンデはその生活を嫌って飛び出してきた異端児の様なものだった。そして彼女は比較的にアクセスしやすい窓口であり、そういう事で聖王教会から偶にいろんなものが送られてくるらしい。

 

 今、この手の中にあるチケットはジークリンデがそうやって教会の方から送られて来た媚びというか賄賂というか貢品というか、そういう類のもので、要らないのでボーナスついでにくれたという物だった。そして無論、聖王教会から渡されたチケットなのだから、博物館の展示物もそれに由来するものだった。まぁ、美術品を眺めるのはぶっちゃけ、怪盗になる前からも好きな事だったし、今の表向けの仕事も鑑定士とかそういうもんだってヴィクトーリアに教えていたし、それを通じてこれがボーナスとして丁度良いんじゃないか、と判断されたのだろう。

 

 まぁ、悪くない。

 

 問題はこれをどう使うか、だ。

 

 誘える相手はそれこそたくさんいる。ちょっとしたデート扱いに出来るだろう。ヴィクトーリアかジークリンデを誘って、昔みたいに軽く遊ぶのだって良いかもしれない。だけどヴィヴィオも普段は聖王教会に缶詰で暇をしているだろう、誘ってあげれば感謝されるだろうというのは解る。或いはハイディを誘うのも悪くはない、ヴィヴィオと自分以外にはだいぶツンツンとした態度だが。或いはユーノに投げれば有休を使う言い訳になると喜ぶだろうし、トーマへと渡せば喜んでリリィとデートに向かうだろう。

 

 でも流石に自分のデートの機会を削ってまで渡す程のもんじゃないよなぁ、とは思う。

 

「ふむ……」

 

 呟きながらソファに沈み込んだまま、考える。誘う女が多いとこうも困るのは色男としての問題か。ただ付き合いや情報源として付き合う女の相手は演技をする必要があるから、面倒だなぁ、とも思う。この前、首飾りを盗み出す為に作った女とのコネは一旦切っておくか。ずっと繋げておく必要はないし。そう考えつつ目を開ければ、顔半分を覆う様な大きな眼帯を装着した、ミニスカートのメイド服に袖を通したエリーが掃除機を片手に覗き込んでいた。その姿を見て、あぁ、と声を零した。

 

「エリー、前にお前が《外》に出たのは何時だったっけ」

 

「2か月程前になります」

 

「じゃあ明日、デートするぞ」

 

「解りました。昼食はどうします?」

 

「外で食うから作らんで宜しい」

 

「はい、では楽しみにしていますね」

 

 そう言ってエリーはアジトの掃除に戻った。融合型デバイスであるエリーの感情や思考はAI的な積み重ねによって生み出され、そこに本当の魂があるのかどうかは……未だに、理解されていない。ある者は人の形をしているのだから当然魂があるのだと言う。だが別の者は所詮はデータとパーツの塊であるとも言う。だが融合型デバイスはロストテクノロジーの塊、現代では生み出せないブラックボックスが大量に積み込まれている。それを考えるなら魂の一つぐらいあるのではと考える者もいる。

 

 まぁ、俺としてはその議論はどうでも良かった。

 

 可愛けりゃあそれでいいんじゃね、としか言えない。自分は別に良いとして、エリーを《外》に連れ出すなら、それなりに気合を入れて恰好を変えていかなきゃいけない。いや、そこまでする必要はないか、と考え直す。問題なのはエリーの姿を知っている人間がいる事だ。それに関しては既にユーノから聞いているし、行動範囲も知っている。後はバッティングしない様に注意すれば問題なし。

 

 難しい事を考えずに明日は楽しもうと考え、惰眠を貪る為に目を瞑る。

 

 

♦

 

 

 そして翌日が来る。博物館の場所は当然ながら廃墟都市の外なので、それなりに準備をしなくてはならない。自分はそのままでいいのだが、融合デバイスであるエリーはそこそこ手間がいる。一応、正体は未登録の超高性能デバイスなので、デバイスである事が管理局にバレると面倒があるのだ―――とはいえ、管理局が弱体化されてからは警備も警邏隊が行うようになり、魔法の使えない人間による警備も見る様になった。なのでエリーを外に連れ出す時はデバイスとしての機能を外にバレない様に、ネットワークから遮断する為の特殊装備が必要になる。

 

 これはグランツ&ドクから購入できるので、チェーンネックレス型のそれを装着させる。その上でそれがファッションとして見える様にエリーの姿をコーディネイトする。銀髪をポニーテイルで後ろに纏め、青い帽子を被らせる。格好もラフ&カジュアルをベースにインナーにキャミソール、その上から青と黒のジャケットを着させ、ボトムスはショートデニムを履かせる。

 

 これでエリーの元となった幻想存在のリインフォース・アインスとはまるで別人の様な雰囲気、恰好となった。本来のリインフォースと呼ばれる存在はどうやら、儚い雰囲気を纏った家庭的な女だったらしい。後者はそのままではあるが、エリーとして活動する上でイメージが結びつかない様に、大きく印象を変える恰好をしている。それがこのカジュアル&ラフとも呼べる活動的な格好だ。最初から登録されている戦闘形態も根本的にドレス姿が多いので、基本的にそういうのを外す方向性で姿を整えた。

 

 自分も外行き様に何時もの眼鏡を装着した格好になれば、片腕が欠損している女と眼鏡をかけた男のカップルという風に見えてくるだろう。

 

 廃墟都市から出て、鉄道に揺られて数時間、

 

 最近では珍しく、ミッドチルダ北部の中でも珍しくベルカ自治区中心部へとやって来た。此方は廃墟都市のある方の地区などとは違い、人が多く、活発になっている。治安が高く守られているという事は逆に言えばそれだけ、警備の目があるという事でもある。

 

 駅から出た所で見るのは、地方であれば警邏隊が治安維持を行っている所、管理局の陸士隊の人間が警邏に出ているという事だ。

 

 管理局の陸士と警邏隊では天地程の装備と能力の差がある。前者は魔法が使え、後者は使える人間が稀だ。管理局の力は衰えていても、それでもその強さはまだ健在だったのだから、当然安心感が違う。そういう意味では管理局は未だに支配者でもあると呼べるかもしれない。

 

 裏社会を出入りし、活動しているが、未だに顔は知れ渡っていないし、廃墟都市に出入りする程度では犯罪者扱いされない―――あまりよい顔をされないが。それでも今、そういう経歴も何も知る連中がここにはおらず、駅から降りたところで自分とエリーへと向けられるのは嫉妬の混じった視線だった。エリーと自分へと半々で向けられるのを感じる。耳(・)を(・)周(・)辺(・)の(・)心(・)へ(・)と(・)向(・)け(・)れ(・)ば(・)何(・)を(・)考(・)え(・)て(・)い(・)る(・)の(・)が(・)解(・)る(・)。

 

『良いなぁ、あんな彼女……俺も欲しいわ』

 

『腕が無いのが減点だけど、それにしたって守りたくなるタイプだよな……』

 

『うわっ、イケメンだ。ウチの彼氏と交換できないかなぁ』

 

『リア充に滅びあれ……滅びあれ……滅びあれ……』

 

 嫉妬の声と視線が実に心地よい。とはいえ、余り心の声に耳を傾けていると発狂するという事もあるので、そこそこ優越感を満たした所で切り上げて、エリーに向かって腕を出す。それでどうするのかを察する必要もなく、自然な動作で近寄ったエリーが腕を組む。

 

 段々と冬が見えて来た秋ごろ、涼しくなってきたこの季節、寄り添って歩くのに丁度良いぐらいに思える。歩幅をエリーと合わせる様に緩めながら、少しだけゆっくりと博物館へと向かって歩いて行く。展示物は逃げる事はないし、デートとはその過程を楽しむものだ。たとえ、日常的に顔を合わせている相手であろうと、またデートという言葉で飾って時を過ごせば違う風に見えてくる。

 

「アレク」

 

「ん?」

 

「私で良かったのですか?」

 

「お前が良かった」

 

「そうですか。なら私からは何も」

 

 と、言いながら更に密着してくるのだから、解りやすい。既にエリーとの関係が出来てから3年は経過している。初仕事こそがエリーとの出会いであった。それ以来彼女はこうやって、人間性を獲得しながら成長し、生きている―――老化する事もなく。ただ、そこまで悩むのはお門違い、というべきものでもあるのだろう。先の事を考えるのは馬鹿らしく、人の記憶から消え去るその時までの事を考えて、刹那的に楽しめば良い。それだけの話だ。

 

 まぁ、エリーは良いパートナーだ。普段はツンとしているが、一度構うと擦り寄ってそのまま引っ付くのだから、猫の様な奴だと思っている。ある意味、デバイスらしくないのは前提となる幻想、その元がずっと前から続く記憶と記録を保有していて、それをベースに今の人格が構築されたからだろうか? まぁ、どちらにしろ、俺の女は可愛いという話だ。

 

「ふぅ、中々こうやってお前とは時間を作ってないのを思い出すな」

 

「私としては同じ時間を共有できるのであれば、場所などは別に気にしてもいないのですが……そうですね、アレクとこんな風に、他人から特別な関係にあると思われる様に見られるのは悪くありません」

 

「言ってくるな、お前はほんと」

 

「隠す事に意味がありませんから」

 

 ストレートに言えるだけすさまじいものだと思う。まぁ、言われ慣れている部分もあるので、それで驚くようなリアクションは出てこないのだが。だからエリーと腕を組んだまま、道路を歩く。直ぐ横では車が通り過ぎて行くのが見える。あぁ、確かに個人用に車かバイクがあった方が移動が楽だよなぁ、と今更思う。大体電車で移動はどうにかなってしまうのだが、車を入手すれば移動中は姿を見られる事無く移動できるのだから便利だ。

 

 とはいえ、アジト周辺に車を隠すのは難しいし、その分金をかける事を考えなくてはならない……そう考えると中々難しい問題だ。金だって好き放題遊ぶ程余裕がある訳でもないのだから。

 

 まぁ、それは今は忘れておこう。

 

「お、見えて来たな」

 

「ベルカ大博物館ですね。現在、存在するベルカ自治区における最大規模の博物館です」

 

「おーおー、入り口に警備員が3人もいるとは豪勢な事で」

 

「首飾りが盗難の被害にあったばかりですからね……おそらくはネメシス対策に警戒度を上げているのでしょう。今の我々には関係の無い事ですが」

 

「ま、そうだろうな」

 

 苦笑しながら道路を渡り、どこまでも大きく見える博物館の姿に小さく声を漏らす。博覧会の内容は古代ベルカとなっているのが外に並べているバナーから良く解る。テーマとしては一番メジャーであり、同時にウケが良い。何せ、現代ベルカという時代を構築した根本なのだから。古代ベルカ中期の文化こそが今のベルカの土台となっているのだ、ここを勉強すれば現代の文化を効率よく勉強できるとも言える。

 

 それに今にも残っている騎士文化もメインは中期ベルカの封建制度がベースになって生み出されているものだ。今でも騎士文化が根強いベルカという土地を考えれば、必然的にこれが一番売れるプランであるというのが解る。

 

 ……それはそれとして、異様な熱気とも言える人の濃さを感じるが。

 

「十中八九オリヴィエの遺産が目当てなのでしょう」

 

「あぁ、そう言えばここで展示されているんだっけ?」

 

「はい、事前に調べてくると思っていましたが」

 

「お前に聞けば答えは出るし、調べずに眺めに行くのも驚きがあって楽しいものさ。第一、情報収集を始めると末端の事まで調べなきゃ気が済まなくなるからなぁ、俺は。そういう意味では調べない方が楽しめるのさ」

 

「成程。では我々にはチケットがありますし、この人込みを無視して中に入らせて貰いましょう」

 

「入場制限か、確かに悪くはないな」

 

 チケットを取り出して博物館前の大階段を上がり、エントランスまでやってくる。チケットを見せてしまえば、そのチェックだけで中に入る事が出来る。こういう博物館はロストロギアを展示していたりする関係上、一度に入場できる人間の数を制限しており、また中に居られる時間もある程度制限される。だがジークリンデの用意したチケットはこれ、関係者用のチケットであり、これがあればそう言う煩わしい制限を無視して博物館を回る事が出来るのだ。

 

 無論、この一回限りという制限はあるのだが。

 

 とはいえ、ジークリンデであれば、この程度のチケットおねだりでもすれば手に入れられるだろう。まぁ、この際他の女は忘れるとしよう。

 

 エリーと腕を組んだままの状態で、入館する。

 

 磨き上げられた大理石の床は光を反射して輝き、一瞬で違う世界に踏み込んだような気持ちにさせる。エントランスでチケットに関するアレコレをさっくり終わらせたところでパンフレットを確保し、それを空いている片手で持ちながらエントランスホールから展示物を眺めて行く。

 

「古代ベルカ中期の展示、か」

 

「発掘された聖王オリヴィエの遺物に合わせた展示でしょう。それに合わせた展示物となりますから―――騎士神所縁の品や、闘争卿のものなど出ていそうですね」

 

「ほほう、そりゃあ楽しみってもんだ」

 

 実に悪くない。そう思いながら展示物を眺める。

 

 古代ベルカ中期は平和な時代が終わった時期であると発覚している。今から数百年以上も前の出来事になってくるが、初期~中期の間の時期はベルカ史におけるもっとも平和な時期だったと記録されている。古代ベルカ初期はこれまた凄くやんちゃしていたもので、次元世界を超えて戦争を行っては領土の拡大で戦争用の戦略技術を大幅に発展させていた物らしい。その結果、ベルカは戦争に勝利して強力な地盤を得る事が出来た。これが初期にあった次元戦争時代であり、これ以降は数百年間の平穏が続く。

 

 これが終わりを迎えるのが中期ベルカであり、諸国が内乱と同盟の崩壊によるベルカ全土が炎に飲まれた戦争だった。合計で十二の王が生まれ、そして殺し合った事から十二王戦争なんて名前で呼ばれていたりもする。何故この時代が一番有名なのか? と言われるとこの時代が《最後の聖王オリヴィエ》が君臨していた時代であったからとされるからだ。

 

 歩き、パンフレットで配置を確認しながら展示物を見る。正面にケースの中で飾られているのは一本の戦斧だった。デバイスではないが、超の付く一流の職人によって作られていると判明している物であり、現行の技術ではその鍛冶技術を再現できない事からロストロギア認定を受けている展示物でもあった。目で見て理解できるのはギラつくような熱気を戦斧内から感じる事であり、誘惑するような、語り掛ける様な迫力を感じるという事であった。

 

 いや、実際に語り掛けているのだろう、これは。

 

「これは……闘争卿の握った戦斧のようです」

 

「ふむむ……」

 

 ポケットから黒革の手帳を取り出し、頁をぱらぱら、と捲る。そこには闘争卿に関する情報が書き込まれてある―――怪盗用のメモ帳の様なものだった。とはいえ、書き込んであるのは昔に生きた有名人と、それに関する追記事項であり、ほとんど趣味の様なものだった。

 

「闘争卿ガルディオス、没年旧暦XXX年、単独で禁忌兵器と渡り合ったとか言われているお方だなぁ。武器が戦斧一本で、誰が相手であろうと真正面から絶対に一発受けて、殴り返した一撃で必殺するという逸話の持ち主の」

 

「山の一つを弾丸代わりに殴り飛ばしたなんて話もありましたね」

 

 まぁ、出来る所はマジ出来るからフカシじゃないだろうなぁ、とは思う。とはいえ、肝心の戦斧の方はこうやって展示されているのがまだ不満らしく、心が解る此方に対して握れ、振るえ、敵を寄こせと告げてきている様に感じる。とはいえ、自分はそんなつもりはないので、苦笑しながらそういう時代は終わったのだと告げれば、静かに眠りへと戦斧が戻った。次の戦乱まではこれも人々の影響を受ける事無く、眠り続けるだろう。

 

「アレク?」

 

「いや、次に行こう。ここはギラギラした熱を感じて嫌いじゃないけどな」

 

「そうですか、次は家具の類らしいですよ」

 

「ほほー」

 

 武器等を超えれば次は古代ベルカの家具が当時の室内を再現する様に並べられるコーナーへとやって来た。家具の大半は当時の争乱に巻き込まれ、完全に焼けてベルカという次元世界そのものと一緒に焼けて消え去った。故に見ればそれが真作ではなく、過去のものをベースに再現された精巧な贋作であるというのが解る。実際、札にもそう書いてあり、飾られている本物はランプや食器等他の世界へと持ち出された品々の類であり、戦争後に生産されたものではあるが、中々真に近い形で作られた贋作と並び、景色は悪くない様に思えた。

 

「当時の家内を上手く再現していますね」

 

「お、お前でもそう言えるか」

 

「えぇ、おそらくは当時の事を知っている存在か、或いはデータから再現したのでしょう。悪くない出来栄えです」

 

「懐かしさは?」

 

「いえ、あの頃は兵器運用だけでしたから。今の生活の方が遥かに私にとっては」

 

「そう言われて悪い気分じゃないな」

 

 男が美女のヨイショに弱いのは何時の時代だってそうだ。だからあまり調子に乗せないでほしい、歯止めが利かなくなるので。そう告げるとエリーは意味深に笑い、寄り添うだけだ。うーん、一体どうしてこんな風になってしまったのだろうか。まだ初期の頃は儚い系の女子だった筈なのに。そう思いながら次の展示スペースへと進んで行く。

 

 そこに飾られているのは肖像画であり、一際大きな人だかりが見える。興味が沸き、其方の方へと進んで行く。

 

 そこに飾られているのは一枚の肖像画だった。

 

 それは一人の女の姿だった。椅子に座る女は一枚のドレスを着用しており、シンプルながら質が良いと絵からも伝わってくるのに、その女と比べれば見劣りするというのが解る程、魅力的な女が彩られた絵だった。女は金髪をシニヨンで纏めており、肩口から先、両腕が存在しない女だった。普通なら醜く見えるその姿も一つの美しさが存在するのは―――その絵に、描き手の魂とも、情熱とも、血を注いでまで書き上げた執念、気迫とも呼べるものが未だに染みついていた名画であったからだろう。

 

 赤と緑のヘテロクロミアで彩られた両目は今でも動き出しそうな程、鮮やかさを見せていた。そんな姿をしている人物はこの歴史上、一人しか存在しない。

 

「聖王、オリヴィエですね」

 

「最後の聖王。ベルカ歴史の終焉の発端とも言われた女……だな」

 

 聖王オリヴィエがとある禁忌兵器を作動させた事によってベルカを悩ませた十二王戦争は終焉を迎えた。だがそれはオリヴィエという女の命と引き換えだった。当時、存在した聖王家の血筋はオリヴィエ一人だけであり、故にオリヴィエこそが最後の聖王とも呼ばれる唯一の人物だった。その血筋が途絶える事への恐怖を見せずに見事、十二王戦争を自分の命を引き換えに終わらせた偉業は永遠にベルカの歴史に語られる。

 

 最後の聖王、全ベルカ人を救った女として。

 

 だから今でさえ人々はオリヴィエに感謝し、崇める。彼女が居なければ今のベルカは存在していない歴史なのだからだ。だから多くのベルカ人は幼少期から彼女に対する信仰心に似たものを抱いている。そこで自分と言えばどうなのか?

 

―――あぁ、ヴィヴィオの胸の方が揉みごたえありそうだよな。

 

 その程度の感想である。完全なる聖人にして聖女なんてイメージがオリヴィエに存在するが、個人的にはそんなものを欠片も信じていなかった。何せ、身近にヴィヴィオが居たのだから、余計信じられる訳がない。きっと、もっと俗な人物だったのではないかと自分は思う。

 

「興味はありませんか?」

 

「展示物としてはある。人物としては欠片もな。俺が知っている聖王とは別人らしいしな」

 

「成程、身近に知っているのもいれば興味は薄れますか」

 

 まぁ、そんなところだと言葉を零す。デートに来ている間は余り、別の女の話はしたくないのだ、不義理だから。だからオリヴィエの肖像画に振り返る事もなく、そのまま次の展示物を眺めて行く。

 

 そうやって確認し、見て行くそれぞれの展示物は流石、とでも表現すべきラインナップだった。古代ベルカというテーマの中心はちゃんとキープしたまま、展示されている者は年代や種類別に分けて見やすいように整理してある。そして飾られている物は見た目の良い物ばかりではない。一見、錆びた武具の様なものも並べられており、これが昔使った武器や防具であるというぐらいの認識しか一般人にはだけないだろう。

 

 だが鑑定眼や審美眼を持つ人間であれば、飾られている一つ一つの展示物に宿るエネルギー、感情、使用者や作成者の想いというものをイメージの様な暴力で感じられるだろう。流石大規模な博物館なだけあって、飾られている展示品のどれもが一級品に想いを込められた長い年月を経た本物と表現すべき物の数々だった。これを選んで並べた人間は悔しいが、自分に並ぶセンスの持ち主であると認めなくてはならない。

 

 悪くないセンスだ。

 

 こういう品から感じる感情や思念にこそ、黄金以上の価値があるのだと思っている。まぁ、それでもやはり、見た目はある程度大事だが。

 

 そうやって見ながら奥へと進んで行けば、最終展示スペースへと到達する。

 

 この博物館の現在の目玉、最も多くの注目を引きながら客をミッドチルダのみならず別次元からも呼び寄せている理由。それは展示室のスペースの中央に、8人を超える警備員によって常に監視される様に安置されていた。それだけの価値がそれにはあった。部屋に入った瞬間感じる圧倒的なまでの迫力と威圧感、他の物を押しのけて自己主張するだけの存在感。

 

 そこに入れば、探さなくても一瞬で視線を釘付けにされる。そうせざるを得ないだけの存在感がそれにはあった。

 

 部屋の中央、魔法とケースによって何重にも警備されるそれはシンプルに表現するのであれば―――腕(・)だ(・)っ(・)た(・)。

 

 鋼鉄で作られた腕。

 

 何百年経過しようとも色褪せずに残り続ける銀色を纏った腕は、存在するだけで周りの存在を魅了する。

 

「オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの銀腕、か」

 

 ぺらぺらぺら、とそれをある程度距離を開けた所から手帳を捲りながらそこに書いてある事を思い出し、言葉にする。

 

「幼い頃に事故によって腕を失ったオリヴィエ・ゼーゲブレヒトはそれに代わる腕を後から加わった親友とも呼べる傭兵の存在によって得る事ととなった。エレミア一族の鉄腕、それがオリヴィエが着用し、唯一使用し続けた義腕だったとされる、か」

 

 ジークリンデが自信満々に、それはエレミア一族としての誉れであると言っていた。

 

「生活用の人肌に近いモデルが一つ、そして戦闘用にフルチューンされた銀色の鉄腕が一つ。その二つがオリヴィエが日常と戦場で着用していた唯一の腕だった、って話だったな。日常用は戦時になって真っ先に失われたのはしょうがないとして、流石戦女神とまで呼ばれた女のつけてた腕、こんな状態でまだ現存しているとはな……」

 

 周りで此方の呟きを聞いていた人間がほぉ、とか声を零しながら視線をオリヴィエの義手へと向け、感心したかのように眺めていた。まぁ、表層部分ではそんなもんだろうと思う。とはいえ、本当に恐ろしいのは、この腕に詰まっている感情だ。

 

 深(・)い(・)後(・)悔(・)と(・)苦(・)し(・)み(・)と(・)悲(・)し(・)み(・)。

 

 それが、オリヴィエの腕に込められている感情だった。絶望を煮詰めたような負の感情がその中に詰め込まれており、本当に聖王女の腕をしていたのかどうか、疑わしいぐらいに濁っている。一種の呪いのアイテムじゃないかと思うぐらいだが、間違いなく本物だ。軽く確認するだけ年代、そして幻想濃度が古代ベルカ中期レベルの発祥に見えている。少なくとも自分の鑑定眼は今まで裏切ったことはないし、信用できる見立てだと思っている。

 

―――だが、これは……。

 

「アレク? 顔色が悪そうですが……」

 

「いや、ババを引いたかもしれんな、と思ってな」

 

 腕を眺めながら、周りの声に耳を傾ける。

 

「これがオリヴィエ様の……」

 

「となると所有権はヴィヴィオ様に?」

 

「えぇ、展示が終わったら奉納されるようです。しかも使える様に加工されるとか」

 

「恐れ多い……いいえ、彼女が聖王であるなら当然でしょう。あの眼と髪、実にそっくりだ。生まれ変わりであるに違いない……」

 

「過去の最後の聖王と現在の最後の聖王って事だろう? すげぇつながりだよなぁ」

 

「だよねだよね、やっぱり混迷する現代にオリヴィエ様が蘇ってくれたんだよ」

 

 会話の流れが、おかしい。そう感じながらも片手で顔を抑えた―――仮面を被る様に。そして視線を銀腕へと向けた。そこには信仰、そして願いが集っていた。それこそ、アレは一つのロストロギアと呼べるぐらいの性能をしているし……もしかして、ありえるのか? いや、だが後日ヴィヴィオへと奉納されるという話だ。だとしたらヴィヴィオに直接聞けば問題は解決されるだろう。

 

 ……直ぐにどうこうなる事ではない、今はデートを楽しむ事にしよう。

 

「さ、他の細々としたコーナーを回ろうか」

 

「良いんですか? 私はもう少し見ていても構わないのですが」

 

「展示物を見る事よりも君と一緒にいる方が今回は重要なのさ。そういう訳で次に行こう……こういうのはいつだって見れるからな」

 

「貴方がそう言うのなら、私は何も文句はありません」

 

 そう言って、頭の中で予定をくみ上げつつ手帳をポケットの中に押し込み、銀腕に背を向けた。今はまだ、焦る必要ないと自分に言い聞かせて。




 デートしていたと思ったっら厄介なものみーっけ。

 激重エリーちゃんの背景もその内語られるだろう、と思いつつ次回からターゲットに関する情報収集と準備活動が始まるよ。漸くアイツが出せるのだ……!
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