イングヴァルト
ハイディ・E・S・イングヴァルトはつまり、イングヴァルト直系の子孫である事を示す。聖王家の血筋は途絶えたが、それでもイングヴァルトの血筋は途絶えなかったのだ。つまり古代から続く貴い血筋の一つであり、現在では実権の多くを放棄していても、それでも名家と呼べる大きな家の一つでもある。ちょくちょく、そういう繋がりでダールグリュンとも付き合いのある場所だった。
まぁ―――貴族なんて、どこも繋がっている様なものだ。
ハイディの役割は傍付きであり、護衛であり、そして友である事。また同時に避雷針として活躍する事でもある。つまり傍に来たい連中に対して、最低限これだけの格と教養を兼ね備えろという事の証でもある。それを考えるとハイディという少女は割とパーフェクトだ。ヴィクトーリア程ではないが成績は良く、運動神経抜群、そして先祖返りしているのかイングヴァルトの血が濃く、その影響が目の色にも出ている。クラウスという男の話を思い出せば、横に置くのにパーフェクトな相手だった。何より女だから間違いが起きないというのも一つのそれだった。
ただ、一つ。計算違いがあったとしたらヴィヴィオ自身がそこら辺の社会的部分を一切考慮しない所なのだが。しかもバイセクシャルだ。聖王教会最大の間違いであったと断言できる。ヴィヴィオが聖王の器なわけねぇだろと爆笑したのも良い想い出だった。
ただそんな与太に真面目に付き合っているのがハイディという不器用な少女、いや、女だった。おそらくヴィヴィオが最もこの関係に不真面目に真面目である事に対して、真摯に付き合っていこうとしている真面目なのがハイディで、脱走やらで毎回怒られていたり、割を食っている。曰く、そこが可愛い。
その気持ちは良く解る。
そんな訳で、ハイディは律義にも止めようとする。自分の思惑をそこに混ぜて。
その姿が実に可愛らしく、愛らしい。馬鹿正直だとも表現できるが。正面、律義にもルール通り生きるハイディは構え、そして収めている覇王流で追い返す為に挑んできた。真面目なのは美徳ではあるが、
「真面目にやっているのは疲れない?」
「少なくとも私は苦に感じた事はありません―――!」
言葉と共に地を蹴ってハイディが一気に加速した。ハイディは現行のU15ワールドチャンピオンを務める女だ。覇王流という戦乱で磨かれたスポーツではない、殺人の為の拳を色濃く継承しているその武芸は、それこそジークリンデに匹敵する輝きがある。地を蹴るモーションは無拍子で悟らせず、音も生み出さず、知覚すら並大抵の存在には出来ない様に動きだした。一呼吸間の間に一瞬で接近したハイディの手が拳を作り、最短距離で叩き込む為にそれが腹へと向かって抉り込まれる。
―――それが体を貫通した。
腹に突き刺さる筈の拳はそのまま通り抜ける様に体を抜け、ハイディの拳そのものが反対側へと、肉体に触れる事無く空振った。それを戻す動きよりもハイディの踏込と同時に手をポケットの中に突っ込んで踏み出した此方の動きが早く、ハイディの攻撃、肉を透過してそのまま反対側へと抜けた。そのまま、足がハイディの背後へと向かって伸びていた影を踏んだ。
「妙技、影踏み」
「あ、ぐっ、うっ」
影を踏んだ瞬間、拳を繰り出した形でハイディの動きが停止した。軽く体が震える様に小刻みに揺れる事以外は完全に動きを停止されており、拳を戻そうとする肘を下げる動きで停止していた。影を止める事で体の動きを止める、盗法の妙技である。そしてそれをハイディが無理やり振り払う前に、影を踏んだまま、振り返りながら後ろからハイディの腰に手を回し、それを掴んで抱き寄せた。右手でハイディの手首を掴み上げながら軽く俯くように耳元に口元を寄せる。
「なんだ、殴りかかって来て、そんなに俺に構って欲しかったのか?」
「違います!」
「本当にか?」
「そんな訳はっ、ありまっ、せんっ……!」
引き寄せたハイディの上着の下に腰を抱いていた左手を滑り込ませる。小さく声をハイディが漏らすが、それでも体をよじる様に抵抗する事はなく、上着の下に手が滑り込み、滑らかな肌を撫でる様に手を這わせ、そのまま服を軽くまくり上げながらブラジャーの下に手を差し込み、そのまま右の乳房を掴んだ。軽い声をハイディが漏らすが、
「どうした、抵抗しないのか? いや、しないんだよな……槍も抜かないし」
「必要ない、からっ、ですっ……っ」
左手で軽くハイディの胸を揉みながら、へぇ、と呟く。そうなのか、と呟けば、ハイディの耳が赤くなって、声が軽く荒くなっているのが解る。もうこの女は立派に興奮しているのだ。その気になればこの状況から振り払う事なんて簡単だが、そうしないだけの言い訳を今、彼女は手にしている。だからそれを良い事に、振り払う事なんてせず、口で抵抗しています、というだけ言って、一切そんな姿を見せていない。
そう、この子―――ハイディ・E・S・イングヴァルトとは誘い受けなのだ。
口では抵抗している、とか言ってこうやって襲われるのを楽しんでいる。無論、誰でもという訳ではなく自分とヴィヴィオ限定になるが。そういう相手じゃなければ動きに入った時点で局部を千切り取っている。少なくともそれだけの実力があるのだ。めんどくさいとは思うなかれ。真面目で硬い頭で考えた抜け穴の様なものなのだから。だからこそ、可愛らしいと思えるのだ。
「まだ時間はあるんだろう?」
「……」
耳元に囁くように声を送れば、静かにハイディがコクリと肯定する様に頷いた。ではこのまま持ち上げて楽しんでしまおうか、と思ってもう既に解放した片手をハイディを持ち上げる為に動かそうとしたところ、
こちらをじぃーっと見つめる視線を見つけた。
「……」
すぐ近くの廊下の柵の上に腰掛ける、普段着のヴィヴィオの姿があった。普段はサイドポニーの髪もめんどくさがっているのか、ローポニーで今は纏められていたが、柵の上に座ったまま、無言で此方とハイディを見て、
「あ、続けてどうぞ。終わったら俺の番な」
「……!」
それを見たハイディが顔を真っ赤にして一気に飛び出し、違う建物の中へと逃げて行った。それを見てから、ヴィヴィオへと視線を戻し、ヴィヴィオが肩を揺らすのを見て、苦笑を漏らす。ヴィヴィオも今のが面白かったのか軽く笑っていた。その姿を見て、思う―――ヴィヴィオと俺の関係は昔から何も変わっちゃいないんだ、と。
ハイディを連れ戻して落ち着ける為に謝って数分後、ヴィヴィオの部屋へと戻って、茶を入れて貰って漸く一息をつくことが出来る。ヴィヴィオの部屋は何とか王族の部屋っぽくしようと整えた努力は見える。だが最終的にはその豪華さを上書きする様に壁に飾り付けられたポスターや、エレキギターなどが全てを台無しにしている。それ以外にもガラクタの様な鉄くずが部屋の隅では積み上げられており、着替えとかが床に転がっている。完全に女ではなく男の部屋の様子だった。
しかもだらしない男の部屋。
ヴィヴィオの事が良く解る部屋の様子だった。そんな部屋に連れ込まれ、適当にベッドの上に座るヴィヴィオに見習い、反対側にある机の上に座る。ハイディがそれを見て何か言いたそうにするが、それを無視してヴィヴィオが口を開いた。
「つーかさ、兄貴ってけっこー女にだらしないよな」
「結構ってかかなりだらしない自信があるぞ。まぁ、大体の原因は親父だけど。うちの親父、お袋以外に愛人が3人バレてるのが、バレてねぇのが外に他にも4人いるからな。大中小揃えてるのアイツ」
「マジか、親父殿パネェな」
「……まぁ、たしかに愛人の類は名家ではそこまで珍しい話ではありませんが、流石にその規模は中々聞きませんね……」
まぁ、ウチの親父は凄いモテる。超モテる。髭のイケメンダンディというタイプの男だ、アレ。それでいて女性には紳士的に、というアレだから凄いモテる。しかも来るなら拒まず、自分から口説きに行くというスタイル。だからそういう意味ではある意味、お袋も諦めている節はある。そういう部分を含めて愛しているとか言っているらしいし。まぁ、自分のそういう性格は間違いなく親父から来ている。
「まぁ、そんな親父でもガキをこさえたのは俺とヴィクターの二人分だけだったけどな。流石に外にガキを作るのは理性が止めたんだろ」
「下半身は止まらなかったみたいだけどな!」
ヴィヴィオとはっはっはっは、と笑うとハイディが頭を痛そうに抱えていた。どうしたのだろうか、頭痛だろうか? 休んでいた方が良いのではないだろうか。まぁ、でも、頭の痛さに関しては君のくっ殺スタイルも中々人から見たら頭の痛い事だから人の事あんまり言えないんじゃない? とは思ってなくもない。可愛いと思うけど。
「まぁ、俺もそんな親父の血を継いでいるって奴よ。つかさ、可愛い女の子愛でるのに理由いる? そこに居るだろ? 口説くだろ? 後は自然な流れだろ?」
「だよな、理由要らねぇよな」
「いえ、ヴィヴィオさんは理由があってもやっちゃ駄目だと思います立場的に。もう手遅れですけど。もう一回言っておきますけど、もう手遅れですけど。ちなみに私はこのことに関しては半ば諦めています」
「ハイディは真面目だなぁ、楽しめばいいのにさ」
ハイディの言葉にヴィヴィオがウィンクしながらサムズアップを持ち上げた。うん、まぁ、そんなリアクションしかできないよね、と。そもそも自分の本性と呼べるものを偽るつもりは自分たちには欠片もない。それを曝け出して生きて行く事をあの廃墟の中で学んだからだ。それを覚えてしまえば着飾って頭を下げて生きて行く事のなんて窮屈な事だろうか。ヴィヴィオは片足そっち側に突っ込んでいるが、本質は此方側だ。
何も変わっちゃいない。
「まぁ、親父の下半身がだらしない話は良いんだ。そんな事話に来たんじゃないしな」
「なんだ、真面目な話かよ」
「おう、割とな」
馬鹿な話や、セックスも話が終わってからすればいい事だ。先に話すべき事を話してしまえば後から取れる時間もあるだろう。そういう事で足を組んで、ポケットから手帳を取り出す。それをぱらぱらと頁を捲るが、そこに書き込んであることは全て、頭の中に叩き込んでいるから別に読む必要はないのだ。ただモーションとしてこうすると真面目な事をするぞ、というのをボディランゲージで伝える事が出来る。そうすると聞き手も解りやすく聞きに徹せるからこうしている。
「まぁ、単刀直入に言うと浸食核を見つけた」
「マジか」
ガタリ、とヴィヴィオが立ち上がった。その言葉にハイディが首を傾げた。そういやぁ、ハイディはそっち方面は疎かったよな、と声を零せば、ハイディが頷く。
「ぶっちゃけ、どこまで知ってる?」
「えーと、アレクさんが怪盗ネメシスの正体であるという事で、何か目的があって怪盗をしている、という事であれば」
となると触りの部分だけか、と頷く。というか良くその事実だけで此方の事を黙ろうとしているものだ。余程ヴィヴィオの事を信頼しているか、俺の事を信頼しているか、或いは興味がないのか……まぁ、どちらにしろ、助かる話なのだが。それはそれとして、侵食核の説明に入る。今、眼鏡を装着している解説するイケメンという感じの気分だった。
「浸食核ってのは、一部のロストロギアに発生する変異みたいなもんだ」
「変異、ですか」
「あぁ、ロストロギアってのは未知のテクノロジーの塊だからな、今でも管理局や聖王教会、それこそ頭がイカレているって言われている連中でさえ解析できないブラックボックスがぎっしり詰まっている。お前にもそういう道具の一つや二つ、保管してあるだろう?」
「そうですね……我が家で使う戦時用の武装の幾つかは禁忌兵器指定を受けていますから封印処置していますが、確かに技術の大半は解析不可です」
そうだろう。だからこそロストロギア、何て言われるのだから。だけどこの一部の侵食核に関連するロストロギアってのは特徴がある。そしてそれが、
「願いや信仰をエネルギーにしたり、溜め込んだりする事の出来る奴だ。一定確率で病の様に発症する。ロストロギアのブラックボックス部分が変異を起こして、注がれる感情や願い、そして信仰や願望と呼べるようなエネルギーを吸収して、それを核に浸食を開始するんだ」
「……持ち主を、ですか?」
それだけならまだ簡単だっただろうな、と小さく笑うと、ヴィヴィオがもっと大きなもんだ、と告げて、地面へと向かって指を向けた。
「世界、って奴をだ」
「はぁ……?」
「あ、これ解ってねぇって顔してるぜ」
「まぁ、普通はそうだろうよ」
これは純粋に認識できるか否かってのに素質が関連してくる。ヴィヴィオに関しては交わっているから浸食核が起こす改変現象に対して認識力の耐性を保有している。だけどどんな凄いエース魔導士や騎士であろうと、その固有の改変耐性を保有していなければ認識する事が出来ない。師匠から継承された能力、経験、その受け皿となる素質とはその耐性を必要とするのも要素の一つである。師匠と共に学んで振るっている技術っていうのはそういう改変技術の一つなのだから。
「ぶっちゃけ、見ない限りは信じられないだろうけど、侵食核ってのは持ち主の願望じゃなくて、それに対して向けられる願望や願いをエネルギーへと変換させて現実を侵食するシステムだ。そしてそれを一般の人間は認識する事が出来ない。AがBへと変わっていても、
「エリーの復活もそういうモノの結果だしな」
エリーは元々虚数をさ迷っていた。全ての機能を失い、そして残骸として虚無を漂っていた。だが元闇の書、そして現在の夜天の書の残骸に対して闇の書の被害者たちが
虚数を漂っていたはずの残骸は現実へと引き戻された。完全な再生と共に闇の書は全盛期の悪夢を取り返し、そしてそれが復讐者たちの前に出現する―――前に、自分とヴィヴィオと師匠の三人で決着をつけたのだ。
「アレはヤバかった」
「あぁ、マジでやばかった。アルカンシェルなんぞで消せるもんか、とかいう理不尽な願いが原因で大方の攻撃を無効化してくる上に無限回復しやがって来てたからな、アレ」
「死ぬかと思ったわー」
まぁ、最終的には盗み出してミッションコンプリート、だったのだが。
「浸食核は願望と願いの塊だからそれが否定される事によって霧散し、治療される。つまりは願望の主、願いを抱いた者たちの前で否定、或いは消え去るのが始末する為には一番効率が良いんだ。だから怪盗という手段で盗み出すのさ。予告状を送り、頂くと宣言し、守らせ、意識させ、そしてそれを擦り抜けて鮮やかに運び出す―――これで妄想を否定してやれば、改変が消え去るのさ」
「そう言う割にはそんな事件、聞きませんでしたが」
うむ、とハイディの言葉に頷く。
「
「つまりこの場合、俺と兄貴と爺とエリー以外は誰も記憶出来てねぇんだよ。しかもなんか発生した被害とかは都合の良い感じに、なんかの災害とかのせいになって処理されっからな、俺達がどんだけ頑張った所で記憶に残らねぇと来た! いや……違うな……
それが、怪盗ネメシスの正体の全てだった。手帳を閉じ、指をスナップさせれば虚空から全く使わない、シルクハットを取り出し、指で軽く回転させてから頭の上に被り、手を振ってステッキを取り出しながらそれをハイディへと向けた。
「俺はお宝専門の怪盗じゃないのさ―――怪盗ネメシスは現実を盗む事を専門とする怪盗なのさ。ま、趣味で別のものも盗むがね」
お宝から感じる滾る様な人の欲望。込められた幻想と神秘。目を潰すほどの輝きを見せる信仰心。お宝に込められた想い、願いの類は実に魅力的で、宝石の輝きよりも魅了してくれる。そういう、凄く強い心の輝きを溜め込んだ宝物を盗み出すのが個人的な趣味、とでもいうのだろうか。何度見ても心のこもった品々の数々は美しいのだ。
「……なんというか、今一現実味がありません」
「別に信じろ、と言わないさ。経験してもいないのに信じる方が難しいからな。ただ頭の中に叩き込んでおいてくれればその内助かるかもしれない、って事だ。実際に今からそれに関する話をするんだしな」
「って、そういやぁ兄貴が核を見つけたって話だったな」
そう、話はそこに戻る。おそらく、というか確実にヴィヴィオが関わってくる話になるから、こうやってヴィヴィオに会いに来たのだ。そうじゃなければここまでして忍び込まない。とりあえず、
「俺が発見したのは大博物館で展示中のオリヴィエ・ゼ―ゲブレヒトの銀腕だ。昼に見てあぁん? って軽く首を傾げたけど、夜に忍び込んで確かめて確定した。まだ励起していないけど、それも時間の問題だ。展示されている間にどんどん見物客の想念を吸い込んで成長してるからな。ほんとめんどくせぇな」
「あー……アレかー。アレなぁ、なんか俺に奉納するとか、デバイス用に加工するとか言われて迷惑してるんだよなぁ。昔の偉い人の遺品を貰った所で困るっつーのによぉ」
「国宝をそこまで蔑ろにできるヴィヴィオさんもヴィヴィオさんですが、国宝をめんどくさいで済ませるアレクさんも大概ですね……」
浸食核にめんどくさい以外の説明は要らない。まぁ、これは俺にとっての義務である。師匠から経験と能力を受け継ぎ、遺産を受け継ぎ、そして役割を受け継いだ。二代目ネメシスとしての義務だ。或いは二代目ではなく三代目、四代目なのかもしれない。だがその記録も記憶も名前も残っていない。世界を変えようとするその恐れ多い所業に対する神罰の代行をするネメシスは、それを執行しても名も、そして活動も一切残らない。
盗み出された浸食核と同じように、世界から完全に忘れ去られ、何時かは消える。それがネメシスという怪盗に課せられた運命でもある―――名も記録さえも残さず消えた師匠の様に。
そんな事を考えていると、ははーん、とヴィヴィオが声を零した。
「成程、グルになって盗み出そうって話だな?」
「正解」
シルクハットとステッキを消し去りながら指をスナップさせれば、手の中にトランプのデッキが出現する。そこから一枚引き抜き、回転させればジョーカーの絵柄が出てくる。それを山札へと戻し、シャッフルする。そして引き抜いたカードはジョーカーの恰好をしたヴィヴィオの姿が描かれている。
「おぉ、すげぇな」
「怪盗なんて止めて奇術師にでもなればいいんじゃないですか?」
「あんまり金にならないんだよなぁ、これ。……まぁ、それはそれとして」
指でカードをぴん、と弾いてそれをヴィヴィオへと飛ばした。それをヴィヴィオが受け取り、絵柄を眺めている。
「博物館の警備は厳重だし、セキュリティも高い。となるとあっちで盗み出すよりは内側から手引きが出来るヴィヴィオが居る、聖王教会に銀腕が渡ってから盗み出す方が注目も効果も上だからな。目立つだけ目立って、それで最初から内側に関係者枠を使って潜り込んで、受け取ったらそれでスタコラサッサ、これで事件解決よ」
「事件解決と言うよりは事件発生なんですがそれは。というかその計画、私の前で言っちゃって良いんですか?」
ハイディの言葉にヴィヴィオと共に視線を合わせ、二人揃って床に座っているハイディを見た。ハイディが二つの視線を受け止め、双方に視線を向け、それを受けてヴィヴィオが立ち上がり、素早くハイディの背後へと回り込んだ。そして後ろ側からハイディを掴んで、羽交い絞めにした。
「げっへっへっへ、兄貴ー、このスケ立派に密告なんて考えてやすぜ……?」
「あの、ヴィヴィオさん? 何ですかそのいかにも三下な口調は? というか非常に嫌な気配がするので今すぐにでも止めていただくと嬉しいですし絶対に告げ口なんてしませんから大丈夫ですから」
「えぇー、本当ぉー?」
ハイディの前へと回り込みながら、両手をわきわきと動かしながらにじり寄って行く。正面に立ったところでハイディの視線が後ろのヴィヴィオから此方の方へと向けられる。股の間に足を挟み込んで、接近しながら身長差で軽く見下ろす様にハイディへと視線を向ければ、此方へと、上目遣いで見上げるような形になる。少しだけ、眼が潤んでいるのが見える。
「信じられないなぁー。言葉じゃ信じられないなぁー!」
「処す? 処す? 処しちゃう? 信じられないなら処すしかない??」
「待ってください! 私は抵抗しません、だからそれを証拠に―――!」
よっしゃ、言質取った。これでなら合法だな! じゃあ真面目な話は終わったから少し遊ぼうと思った時、窓の外から元気な声が聞こえて来た。
「ああっ!? シスター・ルーシー!!」
わざとらしい、名前を叫び、伝える様に名前を侍女の誰かが響かせたのだ。それがどういう意味を持つのかは考える必要すらない。つまりは、そういう事なのであり、即座にハイディを解放し、素早く窓際まで移動する。
「はぁ!? ここでババアが帰って来やがるのかよ! 今から良い所だろう!?」
「……」
ハイディも微妙にしょぼくれた表情をしている。今度はもうちょい普通に構ってあげる事を考えるか、と考えつつ良い所で水を差してくれた侍女長に心の中で呪いの言葉を送ってから窓を擦り抜けて反対側へと出た。ヴィヴィオを監視している人物が帰って来たのなら、会えるのもこれまでだ。
「やれやれ、最近は運が向いてこないなぁ……仕方がねぇ、理解する為にもネタに関して調べるとするか……」
ツイてないなぁ、とトランプのセットを消し去りながら呟きつつ、聖王教会から逃亡する為のルートを進むことにした。調べ物と言えば向かう先は一つしかない。ついでにフェレット眼鏡に差し入れの一つでも入れてやるか、と考え走り出した。
ハイディちゃんも付き合いは割と近頃だけど相性が良かったのかそれともそう言うタイプなのか、まぁ、割とずぶずぶというか可愛いからなんでもいいや。
という訳で盗むのはお宝ではなくそれによって歪められる現実。心や動き程度盗めないのならどうして現実が盗めるのだろうか。盗んだところで誰の記憶にも記録にも残されず、されども後残さず歪められた現実を盗み出し奪う、それが怪盗ネメシスであった。
なおコマすのは趣味。うーん、この親子。