※この作品はR-18です。

Stealing The Reality   作:てんぞー

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Beyond The Truth Ⅵ

「んー……美味しぃー!」

 

 繊細な手つきで握ったナイフを肉の中へと落とし、まるで沈み込むかのように肉が切れた。驚く程の柔らかさであり、厚さが通常の肉の倍はある筈なのに、そんな事をまるでものともせずにナイフを受け入れていた。柔らかい。まるで溶ける様な柔らかさの肉にフォークを突き刺し、解放されたナイフで軽くソースを肉に塗り、それを口の中へと運ぶ。美味い。それ以上の言葉は必要なかった。それ以外に説明する言葉もなかった。この肉は美味かった。それをヴィルフリッドは幸せそうな表情で頬張っていた。だがその気持ちも解る。

 

 やはり手っ取り早く幸せを感じるには美味い飯を食うのが一番だ。

 

「んー、恐ろしい程柔らかくて口の中に入れるとすぐに解けるんだけど味が口の中でじゅわぁー、って広がるのほんと良いね、これ」

 

「お前は何時からグルメリポーターになったんだ」

 

「突撃隣のエレミア!」

 

「お、カチコミかな?」

 

「まぁ、そう思えるよね。だけど柔らかいお肉がこんなに美味しいなんて思いもしなかったなぁ、僕は」

 

 ここまで柔らかい肉も相当珍しいと言えるが。基本的にミッドチルダ・ベルカをベースとした肉食文化の場合、肉はどちらかというと噛み応えのある、硬い肉の方が人気がある。柔らかい肉だと食べた気になれない、という意見が常に一定数存在するのもあるが、単純に昔からそういう文化であり、基本的に肉は噛み続ける様なもののほうが味わって食べ続けられると人気だった。

 

 だけど今では様々な次元世界と繋がり、それによって様々な食文化が溢れている。このレストランで食べている肉もそういう、別の次元世界から輸入されたものだ。柔らかく、そして柔らかく、どこまでも柔らかく、そして馬鹿げているほどに美味しい。口の中に入れると舌の上で肉が溶け出す様で、そして肉が溶けるのと一緒にその中にある肉汁と旨みが一気に解放されて口の中に溢れる。噛めば噛むほど味わえる此方の肉とは違って、短時間に多大な味覚の幸福を味合わせる、ベルカやミッドチルダでは見ないタイプの肉の料理だった。評判も悪くなかったし、ドレスコードが必要ではない範囲で行ける所で一番良い所を選んだつもりだったが、

 

 どうやら、悪い選択ではなかったらしい。自分もこの味には大変満足していた。肉を口の中へと進め、選んだベリーソースとの味わいを楽しむと、ヴィルフリッドの視線が此方の皿へと向けられ、切り取った肉を軽く此方の皿のソースを取って、味わい始めた。

 

「うーん、ベリーソースも悪くないなぁ」

 

「先に一言ぐらい言えよお前……」

 

「でもどうせ許可出すなら別に、これぐらいいいでしょう?」

 

「そらそうだけどさ」

 

「うーん、しっかし美味しいなぁ。柔らかいお肉がここまで美味しいだなんて思いもしなかったよ。ダールグリュンで食べているお肉とかも十分に美味しいんだけどねぇー……。だけどやっぱり、偶にはお金をかけて外で食べるというのも馬鹿にできないね」

 

 食べながらそう言うヴィルフリッドの姿に苦笑する。窓の外は既に暗く、夜になっている。店内を照らすのは飾られているいくつもの蝋燭だけで、全体的に雰囲気のある、薄暗さになっている。悪くない雰囲気の店だった。元々そういう層をターゲットとしているのか、周囲にはカップルや夫婦で食べている姿が見える。あちらの方で見えるパスタも美味しそうだなぁ、と思いつつ、ダールグリュンで食べていた物を思い出す。

 

「まぁ、ダールグリュンは一応プロフェッショナルのシェフを雇っているしな。お袋が根本的に料理好きで凝る部分もあるからなぁ。まぁ、実家の飯はアレ、レストランにも負けないぐらいに頑張っていると思うよ、方向性がやや違うけど」

 

 懐かしいもんだ、と思う。そして同時にそのせいで苦労したとも。

 

「下手に美味いもん食って育つと、外に出た時困るよな……」

 

「あー……言いたい事は解る……」

 

 ダールグリュンを出た時に、一番最初に困ったのは食事だった。一応お金を貯金していたし、それを持ち出してしばらく生活する事も出来た。だが問題はそこら辺の飯では普通に満足できないほどに舌が肥えていた事で、それが原因で食費に余計なお金がかかってしまっていた事だった。路銀が尽きてしまったのにはそういう事情もあった。家から外に準備もなく飛び出す、或いは支援もなく飛び出すのは今更思い出して自殺行為だったよな、と思う。

 

 まぁ、そのおかげで師匠と会えたのだから悪くはなかったと思う。

 

 口を開けば爺と罵るが、それでも本当、本物の真実とはなんであるか。それを追求する手段、力、素質を見出してくれた事、そして経験を継承させてくれたことには純粋に感謝している。たぶん、師匠と出会わなければ家に近いうちに戻っていただろうとは思う。それはそれで幸せだったのかもしれないが。

 

 俺は師匠に盗み出されたのだ。そしてこの今へと到達している。その現実を変えるつもりはない。

 

 と、そこでヴィルフリッドがフォークを軽く下ろしつつ、此方へと視線を向けて来た。

 

「アレク、家にそろそろ戻らない?」

 

「俺ももう大人だし、社会で生活する基盤が出来ているから、家に帰る必要はどこにもないんだよ、リッド」

 

「うん、だけど危ない事に手を出しているでしょう? 具体的にはどういう事かはまだ解っていないけど、それでも君が廃棄都市で寝泊りしているのは知っているよ。そしてガラの悪い連中と付き合っているというのも」

 

 いや、とヴィルフリッドが口を開く。

 

「別に僕はそれを咎めたりしないよ。アレクだってもう大人だし。自分のやる事の責任ぐらい自分で取れる年齢だもん。僕が心配する必要がない程度には強い事だって解っているよ? なんか隠しているネタがそれなりにあるっぽいし」

 

「そんなことないヨー。ないヨー」

 

 隠していてもどうせ無駄なので適当に誤魔化すと、それを見てヴィルフリッドが苦笑する。だけど次には表情を真面目な物へと変えており、

 

「でもね、僕はそれを知っているけど君のお父さんやお母さん、そしてヴィクターは違うんだよ?」

 

「……」

 

「君のお父さん、君が廃棄都市を出入りしている事を知っているよ。そしてお母さんも。ヴィクターが知ったら必要以上に不安がるだろうし、迷う事無く突撃しそうだから、という事で黙っているし、一人で生きていけているなら問題がないって思っているから何も言ってこないだけだけど……二人とも、凄く心配してるよ」

 

「ふぅー……そうか……」

 

 そうか、廃棄都市に出入りしている事は知られていたらしい。それでも黙っていて、此方を尊重してくれている両親には感謝するしかない。だがそれでも、根本的にこれはケジメの問題であり、自分がダールグリュンの家に居るには不相応だと思っている事が理由なのだから、やっぱり、戻ることは出来ない。とはいえ、いつの間にか親父もお袋も、そういう事を知っていたというのは驚かされる―――いや、ある意味当然か、と納得する。

 

 だって血の繋がった両親だもの。息子の行く所ぐらい、調べるものか。

 

「それでもな、俺は家を出たんだ。そう簡単には戻れないんだ」

 

「そう意地を張ってるのはアレクだけじゃないの? 昔の事件を覚えているのはもう、誰もいないんだよ? それに何時までも拘っているのは君だけだよ。それを誰よりも君が理解しているんじゃないかな」

 

 ヴィルフリッドの言葉に口を閉ざす。そうだな、と椅子の背もたれに寄り掛かりながら呟きつつ、確かに俺のケジメで、そして意地なんでもあると同意する。だけど同時に、今の生活は捨てられないものが多いのだ。怪盗としての自分があるし、それに助けてしまった責任を取る為にトーマの面倒を見なくてはならない。それだけじゃなくて、所属している裏社会のコミュニティも存在する。それに構築してしまったマフィアとの関係や繋がりも、簡単には切れない。

 

 表の世界へと普通に戻ったら、それを利用しようとするだろうし、俺がダールグリュンの倅である事も利用しようとするだろう。そうすると本格的に家族に迷惑がかかる。自分で選んだ事ではあるとはいえ、どうしようもない部分はあった。

 

 だからヴィルフリッドを見た。ヴィルフリッドを見て言葉を閉ざし、そして数秒間彼女の姿を眺めた。彼女の瞳を見た。真っ直ぐ、偽りのない瞳を。彼女は本気で生きている。彼女は自分自身がどういう風に生まれ、そして存在しているのかを知らずに。だがそれで正しい。それが今の世界にとっての真実だからだ。だからこそ、彼女の存在はこの胸に、深く突き刺さる。

 

 なぜ―――なぜ、知りもしない別のエレミアをベースに出現してくれなかったのだろうか。何故ジークリンデ以外を選ばなかったのだろうか。彼女がヴィヴィオに一番近かったから、だろうか? いや、そこはどうでもいい。正直、そこは本当にどうでもいいのだ。問題は相(・)手(・)が(・)誰(・)で(・)あ(・)ろ(・)う(・)と(・)結(・)局(・)の(・)と(・)こ(・)ろ(・)実(・)行(・)す(・)る(・)以(・)外(・)の(・)選(・)択(・)肢(・)が(・)無(・)い(・)という事実だ。

 

 ヴィヴィオとは違って、直接の対象ではないジークリンデ/ヴィルフリッドは、俺がそうしようと思えば、一瞬で現実を盗み出して元に戻す事が出来る。その為に必要なのは知識と理解。だがそれはヴィルフリッドと一緒に遊び、育ったという事で既にクリアしていた。俺は、彼女の事を理解している。それが改変によって影響された、作られた記憶だと否定しても良い。

 

 だけどそうではない、これもまた現実なのだ。偽りではないのだ。

 

 現実が真実であるとは限らない。

 

 だが真(・)実(・)が(・)現(・)実(・)で(・)は(・)あ(・)る(・)のだ。

 

「……」

 

「お願いだよ、アレク。家に戻る必要はないんだ。でも君のお父さんもお母さんも君の事を心配している。ヴィクターと会っているから元気だという事は解っているんだ。だけど、それでも子供の事を心配する良い親であることを君は知っているだろう? ……僕からのお願いだ。本当に一度だけでいいから、家に行かない? 僕も責任をもって付き添う、からさ」

 

 真剣な表情のヴィルフリッドを見た。その瞳に映る自分の姿を。6年間だ。12歳のころから多くの犯罪に手を染めて、それでここまで生き延びて来た。育って、強くなって、道を踏み外して、それでここまで来た。あの頃よりも遥かに汚れている俺の姿を、両親に見せる事には躊躇を覚える―――だが、それでも俺は、

 

「……あぁ、そうだな……。そう、だな」

 

 そうだな、と呟く。そしてヴィルフリッドの瞳を見た。三度、その瞳へと覗き込んだ。そしてそうだな、と再び呟く。

 

「あぁ、ヴィルフリッドの願いだ……仕方がない、一度ぐらいは親父とお袋に顔を出しに行くか……」

 

「アレク……!」

 

「だけど、一度だけだぞ? お前が、お(・)前(・)が(・)言うからだぞ? これが最初で最後だからな、お前」

 

「ううん! 一度でもいいさ、それで十分だよ!! 良く、良く思い直してくれたね!」

 

「一度だけだかんな」

 

 息を吐きながら後ろ、椅子に寄り掛かる様に息を吐く。あぁ、本当にこれだけだ。一度だけ。この一度だけは素直にヴィルフリッドの言う事を聞こうと思う。それを考慮する。だけどこれだけだ。幼馴染としてのよしみで、この一度だけは言う事を聞く事にする。それだけだ―――それだけ。この一度が最初で最後であると自分に言い聞かせる。二度目は、もう、許してはいけないのだから。

 

 だから、

 

「これが最後だ、リッド」

 

「うん―――まぁ、将来的には色々ともっと話を聞いてもらうけどね? とりあえずエレミアの族長と会って婚姻の許可を貰わないといけないし」

 

「悪いけど結婚はNG」

 

「なんでだよー! 歳も一緒、君の事を良く理解していて僕、家事だってできる優良物件だよ!?」

 

「いや、結婚したら合法的に女遊びできなくなるし……」

 

「ほんとクズだな君はぁ!」

 

 望んで選んだ道だ、今更引き返す事も出来ない。だからそれでいいのだと思う。だから答える代わりにサムズアップを返し、そしてそのまま肉を食べるのに戻る。口の中に広がる肉の旨みはこういう所にでも来なきゃ、味わう事も出来ないだろう。だがこうやってヴィルフリッドと向かい合う食事、初めてであり、そうではない関係。何度もこうやってデートに出た筈だった。だがそれと同時に初めてのデートでもあった。それを想い、考え、

 

 そして自分のやるべき事に覚悟を決めた。だからヴィルフリッドに対して、微笑むしかなかった。

 

「ま、外で生きて行くにはこれぐらい強かじゃなきゃな?」

 

 苦笑しつつ、それであー、と声を零す。どう切り出したものか。予想外にきつい。あぁ、いや、成程、そうかと納得する。師匠が全ての世俗、人間から可能な限り関係を絶って怪盗という行いをし続け、自分の存在すら忘れられてもひたすらそうあったのは、これが原因なのかもしれない。変わって行く誰か。自分を知る知らない人。自分だけが覚えているその人。

 

 その辛さから逃げたのかもしれない。その気持ちは今、心臓を握り潰さんとするほどに伝わってくる。だけど笑顔を浮かべるのは得意だから、笑みを浮かべ、曖昧に話を受け流しつつ、ヴィルフリッドとの話を進め、それを途中で切り出す。

 

「なぁ、リッド」

 

「うん? なぁに?」

 

 彼女は幸せそうに食べながら、此方の声に応える様に、視線を向けて来た。それに向けて、そうだなぁ、と声を零す。

「食い終わったら、ちょっと行きたい場所があるんだ。付き合ってくれるか?」

 

 その言葉にヴィルフリッドが一瞬表情をぽかん、とさせるが、

 

「勿論、良いよ。君の行きたい場所なら別に異論なんてないよ。それで、どんな場所なの?」

 

「ん? そうだな……全部教えてもつまらないしなぁ……その時のお楽しみ、という事で?」

 

「うーん、逆に不安になってくる……このままラブホにでも連れ込まれるんじゃないだろうか、僕は? コース的にありえなくもない」

 

「それだったら普通にウチに来いって誘うわボケ」

 

 苦笑しつつ、誘いを放ってしまった―――後戻りはもうない。

 

 

♦

 

 

 食事をして、たっぷりを腹を満たしたところで、夕食の時間が終わって夜は更に深く、暗くなっていた。住宅街から見える光もまばらで、早い家では既に就寝し始めている様な時間になっていた。夜、外を歩いて吸い込む冬の空気は冷たく、しかし肺に送り込まれる空気は刺さる様に、意識を覚醒させる。その中、レストランから連れ出してヴィルフリッドと夜の街を歩いた。向かう場所は既に決めていた。

 

 夜中の街というのは不気味なもので、それまでは人がたくさん居て賑わっていた筈の都市も、夜になるとその姿が消えて行って、まるで別世界に迷い込んだような風景に変わって行く。夜の空気が顔に当たり、それを受け止めながらヴィルフリッドの数歩先を歩いている。そして告げる。

 

「俺は、それがそこまで嫌いじゃなかった」

 

 なんというか、異世界に入り込んだような感じだった。それが嫌いじゃなかったんだ。

 

「常々俺は思っていたさ。あぁ、もっと違う可能性に満ちた世界を見てみたい。なんでもない、普通の生活って感じでな? 良くあるだろう? 小説に見た世界に行ってみたいとか。ああいう感じだった。同じ時間帯でその場所が大きく風景を変えるのを見て、散歩するの、嫌いじゃなかった。プチ旅行みたいな感じで」

 

「まぁ、気分は解るかな。僕も旅行とか嫌いじゃないしね」

 

「だろう? だから、まぁ、好きだったんだよ」

 

「過去形?」

 

「あぁ……過去形なんだ。今はもうそうじゃないんだ」

 

 なんというか、その酷さを理解してしまった。全てを、繋がりを、知り合いを、何もかも捨てなくてはならなくなる。それに俺は耐えられない。心が張り裂けそうになる。だから……今じゃ、好きだと言えなくなってしまった。当然だ。こんなことを経験し、そして聞かされ、好きでいられる方がおかしい。別の可能性ないし、人生なんていらなかった。今まで通りの変わらない日常だけで良かった。

 

 それだけで良かった。

 

 なのに、

 

「なぁーんで、変わっちまうのかねぇ」

 

 足を止める事無く進んで行く。そうやって進んで行く先にあるのは、公園だった。深夜の公園には人の気配が一切存在せず、誰もいない。ここら辺は特に治安が良いから、うろつくような奴もいない。そのまま、公園の林の方へと踏み込めば、そこに少しだけぼろぼろになった建築物を見つける事が出来た。少し古い、小屋の様なそれは、今では誰も見向きしないちょっと公園に設置してある遊具のメンテナンス用の小屋だった。

 

 今では半電脳AR遊具を使ったエミュレーション等が人気であるが、ひと昔前は機械的な遊具が公園に設置されており、ARの代わりを果たしていた。その代わりに公園にはそれらをメンテナンス、管理する場所がある。ちょっとした、進んだ科学力を持つ世界では良く見た光景だが、それも進んだ技術により、放置される様になってしまった。誰も使わないから。

 

 そこは意識の隙間とも言える場所だった。日常的にそこにはあるのに、誰も気にしない場所、見えているのに気に置かない場所。意識の隙間、死角とも呼べる場所で、街の中にはちょくちょくそういう場所が存在する。まるで人間の生活から弾き出された事で忘れられた、そんな場所だった。

 

 ある意味、廃墟都市と俺達が呼ぶ場所もそうだ。意識して近づこうとしない限りは忘れられ、触れられない場所だ。そういう場所へとヴィルフリッドを連れてきている。

 

「誰もが同じで居られる訳じゃないんだよ、アレク。君が家を飛び出して変わったように、僕も成長して変わって行く」

 

 そう、それは正しい。正しいのだ。言葉を背を向けたまま受け止める。

 

「あぁ、だけどそんな変化、欲しくなかったんだろうな、俺は。今になって気付くんだ。俺が本当に欲しかったものは―――」

 

 どうしようもない物だった。

 

「永遠、永遠が欲しかったんだよ、リッド。このどうでもいい日常。そんな日常が永遠続けば良いと思っていたんだ」

 

「だけど、そんな事は無理だよ」

 

 リッドの言葉にあぁ、そうだ。そう答える。そんな事、誰よりも俺自身が理解している。永遠なんてものはない。全ては何時か朽ちるのだ。どこかに終わりはあるのだ。永遠は終わりがあるからこそ美しいのだと理解している。そしてそれは永遠であってはならないという事も。だからこそ、今の一瞬、一秒を大事にしなきゃいけなかった。

 

 だからこそ、

 

「―――俺はね、リッド。だからこそ取り戻さなくてはならないと思うんだ」

 

「……アレク?」

 

 言葉を止める。左手で右側の虚空を掴み引きずり出す様に引っ張れば、そこから拘束具の様な黒いコートを引きずり出せる。それを引きずり出した勢いのまま体に纏い、左手で顔の右半分を抑える。その姿を見て、ヴィルフリッドが動きも言葉も止めて、数秒間此方を見つめてから、

 

「アレ、ク……? その恰好は―――」

 

「リッド、俺は取り戻さないとならないんだ……それが俺の義務で、俺が選んだ現実なんだ」

 

「……」

 

 手袋を取り出し、それをゆっくりと手に装着して嵌める。その間、存分にヴィルフリッドが逃げ出すだけの時間を与える。それが俺がヴィルフリッドに出来る最大限で最後の譲歩だった。口元に手袋を寄せてその裾を噛み、ゆっくりと指をその中へと進めて行き、手袋を装着した。ゆっくり、逃げられる様に、考える時間を与える様に、先手を取れるように時間を与えて、

 

―――ヴィルフリッドは、笑った。

 

「もう、本当に唐突だなぁ、君は」

 

「あぁ、悪い。サプライズが過ぎたかな」

 

「本当だよ、もぉ。君があの事件を起こしたのも驚いたし、それだけじゃなくて家を飛び出したのだってびっくりだよ」

 

「居ても立っても居られなかったんだ。何かをしなきゃ、何かをしなくちゃいけない。その衝動だけがあの事件の後で俺の体を突き動かしたんだ。今思い出せば結構軽率な事をしたと思っているよ」

 

「反省してる?」

 

「反省はしている……けど後悔はしてない」

 

 するものか、後悔なんて。後悔したら……自分がしてきた事が気の迷いだとか、間違っていたとか、そうなってしまう。エリーを拾った事。トーマを救った事。ユーノと悪だくみをしでかした事。あぁ、世間一般ではそれは犯罪とも余計な事とも言うのだろう。だけど、やってきたことに対する後悔はない。間違ったとも思っていない。反省はする。だけどそれまでだ。それ以上は何もない。それは自分に決めたルールであり、守らなければならない事だ。

 

 こんなにも不安定で不確かな真実。

 

 それを盗み出す真実の使徒であるからこそ、それは順守しなくてはならなかった。

 

「そっか」

 

 それを聞いて、安心したような表情をヴィルフリッドが浮かべ、笑った。

 

「もし後悔していると言ったら全力で殴り飛ばす所だったよ……それで、どうしたいの、アレクは」

 

 ヴィルフリッドは逃げない。向かい合い、そして受け入れる―――それもそうだ。彼女は自分と、12年間以上顔を突き合わせてきた幼馴染なのだから。そういう関係なのだから―――少なくとも、今はそれが現実だった。なんて都合が良い。なんて、なんて、救いがないのだろうか。勝手に生み出され、認識し、一人で納得して苦しんでいる。

 

 だけどやはり、あの子が足りないのだ、この現実は。

 

 奪われたのなら取り返さなければいけない。オリヴィエの銀腕に直接干渉されている訳ではない、ジークリンデとヴィルフリッドの関係は巻き込まれているものに近い。オリヴィエが蘇るのならその身近な人物もあるべし。それに従って現実が整合性を取ろうとしているのに巻き込まれたのでしかない。だから彼女は、簡単に消せる。

 

 そして前までの現実を取り戻す事が出来る。

 

 だがそれは―――。

 

「リッド」

 

「なぁーに」

 

「悪い―――世界……いや、俺のエゴの為に死んでくれ」

 

 そう言うとヴィルフリッドは少しだけ困ったような様子を浮かべ、しかし苦笑し、目を閉じて両腕を広げた。そして小さく、恐れもせずに、言葉を紡いだ。

 

「いいよ、君が何を見て、何を苦しんで、何を求めているのかは知らないけど。それが君を癒すのならいいよ。僕の命でいいのなら―――あげる」

 

 言葉を聞くのと同時に踏み込んだ。一気にヴィルフリッドに接近し、右手を持ち上げた。既にヴィルフリッドの事は理解していた。彼女という存在、彼女という現実と真実の境界線を見ていた。それがどこからどこまで彼女であり、

 

 どこからがジークリンデなのかを。

 

 だから踏込み、息を吸い込む間もなく、

 

 胸に手を突き刺し、沈めた―――。




 チュートリアル。現実改変、侵食の中核じゃないのはその場で対処可能。ただし、それ以外の認識されない事とかは一切変わりはない。結局のところ、過ごした時間も空間も密度も一緒なら、個人の趣向によって選ばれると思うのは邪なのだろうか、と思いつつ次回へ。

 果たしてオリヴィエちゃん出て来たらどうなるんだろうね。
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