※この作品はR-18です。

Stealing The Reality   作:てんぞー

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Free Choice

―――ぶっちゃけた話、法律的な貴族という地位は既に存在していない。

 

 じゃあ現代ベルカにおける貴族って何? と、言うのには大体200年前の話をしなくてはならない。つまり古代ベルカ後期の話であり、新暦が始まる前の話になる。この時代、古代ベルカが崩壊、聖王家は散り散りとなって、その血筋も狩られて絶滅したと言われている時代に突入している世紀末時代であり、そこに管理局を50年前までは支配していた最高評議会と呼ばれる三人組が平和を生み出し、そして管理局という秩序を生み出したのだ。

 

 この時、古代ベルカの一部の生存者たちがベルカ復権のために管理局の秩序に貢献したのだ。そう、それが今、貴族と言われているベルカ人たちである。この人達がベルカ復権の為にアレコレやったおかげで管理局という巨大な組織に自治区とベルカ文化に対する不干渉のアレコレを取得し、そこら辺の話をすると長くなるが、ベルカという文化の保護と再生を行う事に成功した。この時に管理局を支援したのは旧ベルカ、或いは古代ベルカ時代と言われている時に王族、貴族として活躍していた人物たちがメインになる。

 

 つまりは雷帝ダールグリュンである実家や、覇王イングヴァルトのストラトス家等、そういう貴い血筋の者たちが自分たちの民の住むべき場所を確保する為に戦ったのだ。だがそれとは別に、立場に関係なく自分の腕っぷしや商才で参戦、投資した連中もいた。貴族や王族という血筋ではないが、管理局の構築に、秩序の構築に貢献した彼らも管理局より貴族の名を得る事を許されたのだ。

 

 この二つのグループが現代における貴族という物であり、大々的には純粋な古代ベルカの血筋である事を現し、過去のベルカ復権の際に多大な貢献を行った家である事を証明する名誉称号の様なものである。

 

 つまり現代ベルカにおける文化の貢献者である。特に実家のダールグリュンは古代ベルカ、十二王時代前から《雷帝》と呼ばれる領地持ちで聖王とも友好のあった貴族であり、率先して復権活動に従事したりした事で、ベルカ内部でもかなり大きな顔をしている。親父が聖王教会の聖騎士団にて副長をしているのも、実力だけではなくそういう家柄があるから、というのも理由の一つだった。

 

 そんな訳で、ダールグリュンの家は名実共に貴族である。旧来の貴族の血筋であり、そして社会的貢献を果たした事でも認められている貴族であり、大きな家であり、そして金もたくさんもっている。そしてそれは必然的に土地等を持っているという事でもあり、文字通り、屋敷に住んでいるという事でもある。

 

―――久しぶりに見るダールグリュン邸は、大きく見えた。

 

 もう6年はこの家に戻っていない。なのに家の様子はまるで変わっている事はなく、前庭、その前に立つ門、そして広がる屋敷の姿から全部、自分の記憶の中にあった実家の姿となんら変わりがなかった。安心してしまうのが、自分がここで生まれ育ったという事を魂で理解しているからなのだろう。とはいえ、敷地内へと通じる門の前で、ジークリンデを横に、どうしても足が止まってしまう。久しぶりに帰って来た実家、もう帰ってくることはないと思っていたのにいざこうやって目の前まで来ると、

 

 果てしなく、気が重かった。

 

「はぁー……」

 

「めっちゃ辛そうやな」

 

「もう戻ってくることもないと思ってたもんだからなぁ……親父にもお袋にも今まで一切連絡入れなかったし。どういうリアクションが返ってくるかは大体想像出来るんだよ……」

 

「せやけど、来る為に態々着替えたんやろ?」

 

「まあな。流石に恥ずかしい恰好は出来ないからな」

 

 家で一旦着替えて、服装は50万程度のスーツを軽く着崩し、ネクタイを抜いた状態にしている。流石に安物を実家に着て行くことは出来ないし、余りぴっしりとした恰好はらしくはない。だから適度に不真面目な印象を与える為に着崩して、それでシャープな印象を残す為に何時も通りオシャレ眼鏡を装着する。靴もそこそこ悪くないブランドものだし、来る前に軽く髪も整えてある。髭も剃ってあるし、男が必要な手入れの全ては終わらせてある。

 

 思い出せばお袋はここら辺の見た目のマナーが凄く煩かったな、と思い出す。

 

「はぁ、果てしなく気が重い。……っと、髭の剃り残しとかない?」

 

「あらへんあらへん、今日もイケてるで」

 

「おう、ありがとよ……それじゃあ、実家に行きますかぁー」

 

 これは一発……いや、数発来るだろうな、と確信しながらジークリンデが門の横のインターホンに連絡を入れるのを見た。数秒後、インターホンの向こう側が騒がしくなり、そして門が開き始める。それを見ていると、ジークリンデが此方へと振り返ってくる。

 

「オトンとオカンがいるって」

 

「マジかぁー。いや、まぁ、居ると思ったけどさ」

 

 仕方がないなぁ、と呟きながら開いた門から敷地内へと踏み込みつつ、装着していた眼鏡を外し、前庭に半分程度踏み込んだ所で横を歩くジークリンデに眼鏡を渡した。それを受け取っているジークリンデも気配を既に読んでいるのだろう、苦笑しつつそれを受け取って数歩下がった。それに対応する様に両足を軽く広げて体を固定させ、両腕を組んで、立つ。それと同時に声がした。

 

「アレクサンダァァァァ―――!!」

 

 二階のベランダから飛び降りる姿が見えた。金色の影は一瞬で加速しながら大地を蹴って踏み込むと、拳を握りしめながら一気に懐へと入り込んだ。その姿を前に、全力で歯を食いしばりながら身じろぎすらせずに聞いた。

 

「歯を食いしばれこの馬鹿息子がぁ―――!」

 

 直後、全力の拳が顔面に衝突した。その衝撃を殺す事無く顔面で受け止めながらも、全体に後ろへと下がらない様に全身に魔力を使わずに力を込めて、受け止めながら食いしばって威力を受け切った。頭の中がぐわんぐわんと響きながらも、体は後ろへと下がる事もなく、顔面へのパンチを受け切った。数秒間、顔面に拳が突き刺さったまま動きが停止してから、ゆっくりと拳が引き抜かれた。

 

「……今のを避けずに受け止めた事に免じてこの数年間、色々と黙っていたことは許してやる」

 

「おう」

 

「良く帰って来たな、馬鹿息子め」

 

 そして抱き着いて来た。強く感じる父親の抱擁に一瞬戸惑ってしまうが、体を強く抱きしめる父親の感触に、懐かしさを覚え、悪態をつく前に抱き返していた。こうやって、父親と触れ合うのも物凄い久しぶりの事だった。昔はあんなに大きく見えた父親だったのに、今ではほとんど背丈も近くなって来た。それでも感じるこの腕の逞しさ、力強さは昔、持ち上げて遊んでくれた時から一切変わっていない。

 

「馬鹿息子が……なぜ連絡を入れなかった。母さんは倒れて、ヴィクターはしばらく食べる事さえしなかったんだぞ」

 

「……ごめん、こっちはこっちで結構楽しい人生送ってたから連絡を入れるのを後回しにしてたんだよ」

 

「ははは! 達者に育ったのは背丈ではないようだな! 全く、人を心配させるだけしておいてそんな態度とはな」

 

「参考になった奴が悪かったんだろう」

 

「違いない」

 

 父親の手が背中をばんばんと叩いてくるが、不思議と不快さはなかった。苦笑しながらにやにやと笑っているジークリンデから眼鏡をひったくり、装着し直す。お前ほんと解っててにやにやしているな? と軽くイラっと来るが、

 

「あぁ、すまんなジークちゃん。馬鹿息子の説得は疲れただろう」

 

「いやぁ、それがみょーに素直で実はアレク、寂しかったんちゃう? ってウチ思っててな」

 

「嘘はやめろお前、必死に頼み込んできた癖に」

 

「あーあーあー、覚えてなーい、覚えてなーい!」

 

 こいつ……と、茶番に付き合っているうちに前庭を通り抜け、そのまま屋敷の扉の前まで到着してしまった。父はそれ以上前に出る事はせずに、そこで足を止め、此方に扉を開ける様に視線で促してくる。解っている、この先に母が待っているのも。だからこそ気が重い。軽く息を整え、そして一気に扉を開ければ、その向こう側には懐かしい、数年間は見ていないのに変わらないエントランスホールの姿と、そして姿の似ている二人の姿が見えた。室内用のワンピース姿のヴィクトーリアと、彼女に似ている、もっと年を取った女の姿、

 

 つまりは―――母親のメアリー・ダールグリュンの姿だった。

 

 屋敷に戻って来て、列になって並ぶ使用人たちの姿を見て、そして迷うわず駆け寄ってくる母の姿を見て、これは来るな? と確信した所で再び眼鏡を取ってジークリンデの方に投げてみれば、次の瞬間には正面からビンタが母に叩きつけられ、そして正面から抱きしめられた。暖かく、そして優しい母の抱擁を感じられる。今では―――俺よりも、背が低くなってしまった母の抱擁だった。

 

「馬鹿な子……どれだけ親を心配させたと思っているの……」

 

「ごめん、お袋。割と楽しくやってるから連絡遅れたわ」

 

「言葉遣いもこんなに悪くなっちゃって……首元も開けちゃって……」

 

「これはそういうファッションなんだよ」

 

「もう、本当にこの子は……」

 

 背中をとんとん、と叩き、なだめる様に母親の背中を撫でる。が、軽く泣いているようで、まるで離れる気配がしない。実際、全ての責任は自分にあるのだし、母の後ろの方を見ると、ヴィクトーリアの姿もそこには見えた。同じように駆け寄ろうとして、先に母が抱き着いているから行き場がなくなってまごまごしているヴィクトーリアの姿だった。その姿がなんか面白く、少し笑ってしまった。

 

 そんな風に、久々の帰郷となった。

 

 

♦

 

 

「さ、遠慮せずにお母さんにたっぷりこの数年間、何をしてきたのかを話してね?」

 

「お袋、近い。近い近い近い」

 

 入り口での感動的な再開が終わると、話し合えるように場所は応接室へと移るのだが、迷う事無く横にスライドしてくるように座り込んでくる母親の存在が地味に鬱陶しかった。とはいえ、母の気持ちも解ると言えば解るからむげにできない。

 

 こう、家族と一緒に居る時に言葉に出来ない鬱陶しさと居心地の悪さを凄く感じていた。何よりも恥ずかしかった。正直この歳にもなって母親に引っ付かれるというのは恥ずかしさ的に精神的なダメージが大きい。

 

「いいじゃない、6年ぶりなんだから。それよりもこの6年間黙ってていた事を説教してもいいんだけど……?」

 

「あぁ、はいはい。すみません」

 

「全くこの反省していない口は……誰かさんを思い出しますね、レオナルド!」

 

「おっと、なぜか矛先が此方へと向いたな? はっはっは―――助けろ息子」

 

「いえいえ、ここは先達のテクニックを是非とも披露するべきでは? と愚息は思うのだけど」

 

 はっはっは、と笑い声を零しながら父を睨めば、父も笑いながら此方を睨み返してくる。おう、どうしてくれるんだよ、という視線がお互いに衝突し、それを見ている母とヴィクトーリアが小さく笑い声を零している。あぁ、態度も関係も大きく変わってしまったが、それでも家に帰って来たという感じがする。情けない話だが、

 

 ちょっと、落ち着く。

 

 と、ぐいぐい母が体を押し付けて抱き着いてくる。

 

「お袋、恥ずかしいからほんと……」

 

「親子なんだから気にしないの。それよりもほら、今まで何をしていたとか、彼女は出来たの、とか……ね、レオナルド? 気になるわよね?」

 

「今日は俺への風向きが悪いようだな」

 

「大体何時もの事じゃありませんのお父様」

 

「俺がいなくなってからもヒエラルキー低かったのな、親父」

 

「男は何時だって女に勝てないものだ、息子よ。特に美人が相手ではな」

 

「と、常に軽口を言っていると悪い大人になりますから、アレクはそんな風になってないわよね?」

 

「はっはっはっはっはっは―――」

 

「あ、笑って誤魔化してますわね」

 

 やっぱり実家に帰ってくるんじゃなかった。居心地が良いとか嘘だ。寧ろ居心地悪い。針の筵だ。逃げられない上に母親の存在が先ほどから良心を刺激し続けている。助けて、と視線を父と妹に送るが、ササっと視線を反らされる。そうだよな、そうなるよな、畜生。ジークリンデは家族の団欒を邪魔できないから、と言い訳して既に逃亡済みなので、本当に味方は居ない。

 

 とはいえ、仕方がない。こういう時は解りやすい話題を口にするのが一番早いし、それで意識を奪える。話術詐術なら鍛えこんでいて得意なのだから、それで意識を化かせば問題はない。

 

「じゃあ俺が家を出てしばらくどうしていたのか、という話から始めようか……と言ってもあの頃は本当に苦労した。何度家に戻ろうかと思って、それでも根性で踏みとどまった頃の話で」

 

「ふむ、確かにあの歳ではまともな貨幣の価値も分かっていない所だな」

 

「お、解ってるな親父。4500は4500の価値がある、というのは解るけどそれを使えば後々どう響くか、ってのがまだ解らない頃で、しかも舌は美味しいもので肥えてるから下手に不味い物を口にしたくないし、ほんと困ったもんだったわ……」

 

 今では完全に笑い話だった。ある程度この話を知っているヴィクトーリアは苦笑しながら話を聞くし、父は興味深げに耳を傾けている。まぁ、父は豪傑タイプだからどっちかという男ならそれぐらいの苦労をして育つものだ、と言いそうなものだ。ただ母の方は聞いている間、気が気ではないらしく、なので安心させるように話をした。

 

 嘘をつくときのコツは真実を交えて話す事―――適度に自分の話に嘘を混ぜて行く。

 

 最初、飢えそうになったことは本当だった。だけどその後で師匠に出会った。彼は美術商で、美術品に対する鑑定眼、審美眼を見抜かれて弟子として拾われたおかげで、住み込みで仕事ができる場所を得る事が出来た、と母に伝えると安心した表情を浮かべてくれた。

 

 で、その後でヴィヴィオとの話もする。

 

「ヴィヴィオ姫との出会いもその時だったのか。驚いたな……かなり早い頃からの出会いだったんだな」

 

「アレ、親父知ってたの?」

 

「時々聖王教会に忍び込んでいるという話は聞いている。全く、本当に大層な問題児に育ってくれたものだ、お前は……どこで学んだんだ、そんな技術……」

 

「いやぁ、親父を参考にちょっと教会の子を口説いたらスケジュールとか教えてくれるものぐえぇぇ」

 

「レオナルド?」

 

「待て、今のは完全に関係ないだろぅ……」

 

 母は何時であっても強い。ヴィヴィオも最初の方は完全に野獣という感じの様子で、噛みついて来たりしたもんだ。だけどそれも最初の方だけで、毎日殴り合っているうちに今の様な関係になって、気付けばアイツは現代の聖王なんてものになっていた。思えば随分、遠い関係になってしまったなぁ、と軽い寂しさを覚える。苦笑しつつ思い出し、ゆっくりと6年間の間を埋めるように話をしてゆく。

 

―――それは夜まで続いた。

 

 途中で食事で休憩を入れたり、風呂に入って体を洗ったりで休憩が入る事もあったが、母もヴィクトーリアも基本的にべったり気味で、絶対に逃がさないという感じで交代で横に座っては服か手を掴んで逃がさない様にする始末で、その姿を見ては父が苦笑していた。本当に、心の底から帰ってきてくれるのを待っていた、というのがその様子から見れた。

 

 だがそうやってはしゃいでいるうちに体力を使い果たしたのか、母もヴィクトーリアもそれなりに早い時間には眠そうにうつらうつらしてしまっていた。その姿を父と二人で眺め苦笑すると、傍に控えていた執事を呼びつけた。

 

「すまん、エドガー。面倒だとは思うが妹を頼む」

 

「畏まりました。そしてそう思うのなら早く戻って若が相手をしてください」

 

「若はやめろ」

 

 使用人たちに手伝ってもらいながら運ばれて行く母と妹の姿を見送ってから、座っているソファに深く座り込んで、息を吐き出す。

 

「はぁ、これだから戻ってくるのが嫌だったんだ……」

 

「そう言うな。ヴィクターは数年前から会っていたみたいだが、メアリーはそうもいかない。お前が絶縁と言い出した手前、家の人間としてその覚悟を踏みにじる訳には行かないからな」

 

「解ってるさ。だから借りて来た猫みたいに大人しかっただろう?」

 

「ははは、本当に口ばかり達者になったな、こいつは……。アレク、酒は?」

 

「誰の息子だと思ってるんだよ」

 

「そうか、じゃあ行くぞ」

 

 席を立った父について歩いて行く。向かい酒は邸内に作ってある、宅飲み用の小さなバールームだった。父が個人的な趣味で邸内に作ったもので、友人を連れて来た時とかにここで飲む姿を良く見た。その時は外側から眺めるだけだったが、今ではこうやってシックな装飾のバールームに入って飲めるようになるとは思いもしなかった。カウンター席に父と並んで座ると、カウンターの向こう側に既にスタンバイしていた初老の執事が軽く頭を下げる。

 

「これはこれは若、お久しゅう御座います。帰還のおりの挨拶、遅れて誠に申し訳ありません」

 

「爺、若はほんとやめてくれ、もうそういう立場じゃねぇし」

 

「いえいえ、爺からすればまだまだ若は若ですぞ、ほっほっほ……ささ、旦那さま、此方をどうぞ」

 

「うむ」

 

 カウンターに頬杖をつきながらその光景を眺めていると、実家ってやっぱ貴族の家なんだよなぁ、というのを思い知らされる。根本的にそういう生活からドロップアウトして、金はあるが超庶民派の生活になった身としては、相変わらず別世界の出来事だな……と、少しだけ笑ってしまいそうな光景だった。父がワインボトルを受け取り、それを確認しながら微笑んでいる姿を見て、

 

「で、そこはどこの名酒で?」

 

「お前が生まれた時に記念に買ったものだ。本当なら16の時に開けてお前と飲むつもりで買ったんだがな……今になって漸く飲めるな」

 

「その微妙に罪悪感刺激してくるのやーめーろーよー」

 

「反省しろ反省しろ! 家も家族も将来も投げ捨てて逃げた馬鹿息子にはどれだけ言っても言い足りん。ここに来たという事は罵倒されるだけの覚悟が出来ているんだろう? 忘れられないぐらい言われておけ」

 

 笑いながら満足したかのようにボトルを確認すると、それを老執事に渡すと、それをワイングラスに注ぎ始める。二つのグラスをワインが満たしたところでそれを受け取り、そしてそれを軽く掲げる。

 

「クソ親父の健康に」

 

「馬鹿息子の醜態に」

 

 乾杯してからワインを口に付けて、中身を飲み込んでから同時にうぇぇぇ、と声を零す。

 

「は、はっはっは、まっずっいなぁ!」

 

「すっぱっ! なんだこれすっぱぁ! 本当にワインかよこれ!!」

 

「うーむ……どうやらチョイスで失敗したみたいだな!」

 

「こんのクソ親父……!」

 

「ほっほっほ、旦那様は昔からそこら辺のセンスが壊滅的でしたからな。プレゼントや夜会の為に選ぶのは毎回爺の仕事でした」

 

「うーむ、これは来年、ヴィクターと飲む酒が恐ろしくなってくるな」

 

「不発弾がまだ眠ってるのかよ」

 

 ヴィクトーリアの奴が顔を顰めそうだと思う。いや、それはそれで面白いのかもしれない。その表情を想像し、軽く笑い声を零す。父も同じ事を考えていたのか、小さく笑い声を零しながら、お互いにワイングラスの中のワインっぽい飲み物を一気に飲み干した。クソ不味いし、作法もクソもないが、生まれ年に購入してきたものなのだから、飲まなきゃならない。だからそうやって一気に飲み終わらせたところで、

 

「次次!」

 

「46年のがあった筈だ。アレを持ってこい」

 

「拝承しました。それでは少々お待ちを」

 

 はぁ、と息を吐き出しながらなんとかあの不味かった酒の味を口から忘れようとするが、どうも染みついて消えない。上等な物を飲んでもこれ、本当に消えるのだろうか? そんな事を考えながら軽く父へと視線を向ければ、微笑みながら視線を返す父の姿が見えた。

 

「んだよ」

 

「いや……立派……とは言えないが、それでも健やかに育った息子を見てな、俺も少しは思う所がある。親の手もなく育った事を喜べばいいのか。それともそれが見れなかった事を嘆けばいいのか。俺としても色々と複雑だ」

 

「……」

 

「それでも一時的とはいえ、帰って来てくれた事に素直に喜んでいる。良く帰って来た。お前にもお前の事情があるんだろうが……こうやって一緒に息子と酒を飲むのは俺の夢の一つだった。だから無事でいてありがとう、と言わせてくれ」

 

「……おう」

 

 真面目にそう言われてしまうと何も言い返せない。とはいえ、久しぶりに帰ってくる家というのは悪くなかった。

 

「もう、戻ってこないのか?」

 

「……気が向いたらまた来るさ。1回来ちまえば2回も変わらないしな」

 

 ここにだけ関してはリッドを恨む。もう帰ってくるつもりなんて欠片もなかったのに、おかげでまだ数回はここへと来るハメになりそうだった。本業の事を考えたらなるべく他人との関係を絶つのが一番なんだろうけど―――そうするにはどうも、自分は他人に対して甘すぎるフシがあった。自覚していても生来の物であるが故に、どうしようもなかった。

 

 と、執事が戻って来た。その手の中には違うワインボトルが。

 

 今度のは間違いなく上物。先ほどのクソの様な味の奴とは違う。美味しい酒で口の中を浄化しつつ、父親には何が何でも酒の選び方というのを学んで欲しいと思った。息子の記念日にどうやったら特大の地雷を用意出来るんだこの男。

 

「アレク」

 

「あん?」

 

「戻ってくるつもりはないか?」

 

「俺も今じゃ社会に居場所があるからな。そう簡単に戻ってこれねぇよ」

 

「そうかぁ……はぁ……今のお前なら副長を譲っても良いんだがなぁ……」

 

「まだ引退するって歳でもないだろ。大体雷も《零式》もヴィクトーリアのもんだろうに。アレがない俺とか出涸らしだろう」

 

「はっはっは、質と方向性は変わっているが、それでもその鍛え上げられた体を見て出涸らしなんて言えるものか。第一、グレた程度でお前の生来の真面目な気質がどうにかなるものか。明日辺り、軽く手合わせしてみるか?」

 

「現当主の相手をドロップアウトがとか勘弁してくれよ……」

 

「少なくとも、雑魚のままでは廃棄都市では生きて行けまい?」

 

「……」

 

 ワイングラスを傾けながら少しだけ、居心地の悪さを感じる。

 

「それを責める様な事は俺もメアリーもしない。ただ、俺も母さんもお前を心配していたんだ。廃棄都市に出入りしていると聞いてどんな思いをしたと思っている。ヴィクターがいないから遠慮なく言うが、完全に道を踏み外したかと思ったぞ……その場合は」

 

 ばちっ、と音を立てて軽い電流が父の金髪に走った。雷神レオナルド未だ健在、という事だろうか。《零式》は今、ヴィクトーリア預かりなのにまともに戦った場合に勝てそうな気配がしない辺り、やはり片足人外クラスに突っ込んでる父親だと思う。

 

「ま、その眼を見れば腐っていないのは解るけどな」

 

「それだけで解るもんなのか?」

 

「お前の父親だからな。子供の事ぐらい、解るさ」

 

「すげーなダディ」

 

「お前のダディだからな」

 

 その言葉にくつくつと二人で笑う。あぁ、まさか父親とこんな風に飲む時が来るなんて、本当に思わなかった。あー、本当なら銀腕怪盗の事をヴィヴィオと相談しなきゃいけないのに、なんでこんなところに居るんだろう。そう思いつつも、ワインを飲む手が止まらない。なんだかんだで、俺も人の子で、家族の事を寂しがっていたのかもしれない。実に我らしくもない。そう呆れているとで、という言葉が父親から来る。

 

「今何股中だ? ほーら、パーパの息子なんだから心に決めた一人を……! ってタイプでもないだろう? 素直にどれぐらいコマしてきたのかを言いなさい」

 

「流石この父親はクズだぜ。だけどそんなクッズダディに朗報だ。俺、ヴィヴィオに手を出した事あるんだぜ?」

 

「凄い、職業柄殺してやろうかと思ったけど興味心の方が強い。これはお前の女性遍歴で盛り上がるしかないな……いや、まて、俺の武勇伝も聞かせてやろう。お互いいい刺激になる筈だ」

 

「ほっほっほ……奥様に聞かれたら屋根から兜割を叩き込まれそうな会話ですな……」

 

 爺がやや呆れているが、馬鹿な親子の会話なんてこんなもんだ。結局、母と妹というリミッターが解除された状態になっているのだから、遠慮なく親子の馬鹿話でもさせて貰うとしよう。




 親孝行してる? たまには家族と一緒というのも悪くないよね。という訳で実家に帰省。あんな子が育つんだから、きっとご両親は優しい人だったに違いない。

 パッパも普段は厳しくて、こっそりノリの良いタイプ。
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