※この作品はR-18です。

Stealing The Reality   作:てんぞー

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Free Choice Ⅴ

「穴を埋める様に監視を4人か。ちょーっとマジ過ぎないか? 親父もお袋も」

 

 やれやれ、と影で出来た鼠を掌の上から普通の影へと戻して溶かした。

 

 深夜、自室のベッドの上に座っていた。直接見られる様に監視されている訳ではないが、逃げ出さない様に部屋の周辺にはどうやら、監視の人員が……使用人が配置されている様子だった。ここまでされれば、父も母も本気で俺を家に戻すつもりであるんだな、というのが伝わって来た。まぁ、それに正直に自分が付き合う義理は……あるんだが、義務はない。そして俺はその義務を既に放棄している。確かにこの家は居心地が良い。飯が、笑顔が、笑いが、暖かさが、そして尊い日常がそこにある。

 

 だがここは俺の居場所ではない。

 

 俺が許されていいような場所ではない。

 

 これは―――ゲームだ。

 

 その手を取った瞬間、ここへと戻って幸せに、平和に暮らすという選択肢は既に自分の手で捨てたのだ。だからここへと戻ってきたのは感傷だ。ヴィルフリッド・エレミアという誰もが記憶していない一人の女の愛と感傷。俺の記憶の中に、人生の中に迷惑にも出て来た女との約束を果たす為に帰って来ただけだ。

 

 二度目はもう―――ない。

 

 二度と、ここには帰ってこない。

 

 故に影鼠を使った完全に敷地内の警備状況を確認し、把握した。自分の監視に使っている人間はそれだけで、残りは基本的なセンサーや魔法の類によるホームセキュリティーだけだ。そうなってくると話は簡単だ。人のいる家の中ではなく、庭から逃げ出してしまえば一瞬で脱出は終わるだろう。ベッドから起き上がり、立ち上がればその体とは別に、分け身が座ったままの状態でベッドの上に残された。その姿を見て、軽く手を振る。

 

「んじゃ、俺はバックレるわ」

 

「おう、じゃあな、俺。朝になったら消えるわ」

 

 自分との会話―――腹話術の様なものなので、果てしなく不毛だった。くつくつと笑いながら軽く腕を回し、肩を回し、首を回した。たった二日だけだったが、それでも十分に気力と体力を、心の安らぎを補充する事が出来た。これだけあればヴィヴィオの件が終わるまではノンストップで働き続ける事も出来るだろう。故に手を横に伸ばし、虚空を掴む様に仕事着の拘束具型ジャケットを引き抜き、それに袖を通した。これで気が一気に引き締められる。

 

「そんじゃ……帰るか」

 

 ここ以外のどこかへ。もはや実家に行く事を帰るとは言わない。自分にそう言いつけて、窓を通り抜ける様に一気に飛び出した。夜の闇の中に入り込むのと同時にあらゆる探知魔法、センサーなどの類から存在的に外れ、そのまま影の中の虚数領域へと飛び込んで一気に潜伏する。屋敷から差し込む灯、そして庭を照らす僅かなランプ。それ以外はほぼ闇ばかりであり、潜むのには困らない場所だった。歩いて進んでも見つかる事はない。確認に部屋の中に忍び込んでも分け身がそこに存在している為、逃げ出したなんて事は解らないだろう。

 

「ま、顔出しただけでも勘弁してくれ……じゃあな」

 

 そのまま、一気に庭を駆け抜けてフェンスを飛び越え、ダールグリュンの敷地から飛び出して脱出に成功した。そのまま影の中を進んで行き、ある程度屋敷から離れた所でジャケットを脱いでその代わりの普通のジャケットを取り出して着て、そして普通に闇の中から出てきて歩き出す。ここまで離れればもはや隠れる必要もないのだから。

 

 さて、と溜息を吐きながら携帯端末を取り出す。そしてその履歴の中からアジトへと繋がる番号を押して、電話を繋げる。数秒ほど、繋がるのを待っていると電話がつながった。

 

「よ、俺だ。ちと脱出するのに手間取ったけど……大丈夫か?」

 

『えぇ、此方は少し前に食糧庫の制圧を終えた所です。まさかディバイド耐性を獲得するような突然変異種が出現するとは思いませんでしたが、咄嗟に弱点が柑橘類である事に気付けたのが幸いでした』

 

「ごめん、話が全く分からないんだけど」

 

 いつの間に俺のアジトはファンタジックになってしまったのだろうか? だがまぁ、それはともかく電話に出ているエリーの声はどことなく楽しそうな色を孕んでいた。最初は全てを失い、どこまでも無機質な鋼鉄の様な女……いや、機械だったのに、それが良くこうなったもんだと思う。それは好ましい変化だった。だから電話に出たまま少しだけ笑って、それで駅を目指して歩きながら息を吐く。

 

「とりあえず明日の昼から夜頃にはアジトに戻る。流石に今夜は家で過ごす」

 

『拝承しました。此方は食糧庫で繁殖しているハンバーガーを狩って食べるので心配しないでください』

 

「あの、俺のアジト大丈夫だよね? 本当に大丈夫だよね? ねぇ?」

 

『安心してくださいアレク、食糧庫のパンデモニウム化は防げました。人類の魂は救われました』

 

「俺が知らない内に大冒険終わらせたみたいな空気やめない? 仲間外れになったようで凄く悔しいから」

 

 マシンガンの様にボケを叩き込んでくるエリーの言葉に苦笑しつつ、電話を切って端末をポケットの中に押し込んだ。懐から眼鏡を取り出して装着し、手櫛で軽く髪の毛を整えつつ、駅に到着する。えーと、パスはどこにしまったっけ、と軽く頭を悩ませながらそれを引き出しつつパスを使って改札を抜けて、プラットフォームに出る。

 

 深夜の駅は大人しいもんで、ほとんど誰も駅には居ない。当然ながらここはベルカの中でも特に権威や金のある人間が住んでいるエリア、高級住宅街に一番近い駅なのだから、ここで住んでいる連中でこんな時間に電車を利用する人間なんていない。どこかに行くとしても大抵は自家用車で済ませてしまう。必然的に、この時間のプラットフォームは静かで、そしてどこか、寂しく感じられた。

 

「いや、俺の感傷だな」

 

 溜息を吐きながら適当に自動販売機を見つける。金を入れてホットレモネードを購入し、それに口を付けた。口の中に軽い酸っぱさと甘さが、それに何よりも暖かさを感じる。それが喉を通して体の中を温めて行く感触を感じながら駅のベンチに座り、夜空を見上げた。

 

 浮かんでいる月は綺麗な三日月をしていた。だが星の見えない空だった。だからなぜか妙に、その月が寂しそうに浮かんでいる様に見えるのが、特徴的だった。

 

 

♦

 

 

『次は―――、次は―――。お降りの際は―――』

 

 ゆっくりと電車が動きを止めた。欠伸を漏らしながら座っていた椅子から立ち上がり、開くドアを抜けて深夜のプラットフォームへと降りた。此方も比較的に《境界》に近いという事実もあって、こういう夜の人気は少ない。とはいえ、あの高級住宅街程ではない。根本的に此方の方はあまり、治安が良くはなく、深夜は若干ガラの悪い連中が駅の外に居たりする。その為、ちょくちょく警邏をしている警察の姿を目撃する事もある。ここは、そういう場所だった。

 

「ふぅ、さっさと帰って寝るか」

 

 気配を軽く殺して歩き出せば、そこらに居るガラの悪い連中もまるで気付かない。相変わらず便利な技術だよなぁ、気配の殺し方って。なんだかんだで学んだ怪盗技術の中で、一番日常的に利用しているのはこれじゃないかと思っている。こっそり脅かしたり、悪戯したり、こういう絡まれたくない状況とか、そういう時で一番使っている気がする。そんな事を考えながら駅の横の路地から商店街へと入る。

 

 深夜だというのに、薄暗い中に人気を僅かにだが感じる……寧ろ、昼間よりも人の気配が濃いかもしれない。相変わらずどこかきな臭いというか、怪しい商店街だった。だからこそ気に入っているのだが。この妙な雰囲気が中毒的というか、住んでみると案外落ち着くのだ。そういう所が気に入ってここの近くに住んでいるというのもある。

 

 それはともかく、再び欠伸を漏らして、そろそろベッドにダイブしたい頃だと思いつつ家の前まで来ると、

 

―――そこには影の中に立つシルエットが見えた。

 

 即座に警戒心が働き、闇の中に隠れる様に姿を消そうとした瞬間、影の中からでも見える髪色とその特徴的な髪形にあれ、と声を漏らした。家の前の空間で待っている人物の姿には覚えがあった。だから隠れるのを止め、素直に出て来ながらおーい、と声をかける。するとそこに居た人物が此方へと振り返った。

 

「なんだ、俺が恋しくなったのかハイディ」

 

 聖王教会でヴィヴィオの傍付きをしているハイディの姿だった。軽口を叩きだしながら片手を上げてハイディへと言葉を送り、そこで言葉を止めた。マフラーにスカート、そしてジャンパーという解りやすい恰好をしているのはいいが、ハイディの肌はまるで死にかけている様に蒼白く、血色を失っていた。近づきながらその頬に触れてみれば、凄まじいまでの冷たさを感じ、驚く。

 

「おいおい、どうしたんだよこんなに冷えて」

 

「えっ……? あっ……」

 

 頬に触れられている、という事に気付いたハイディがしばしの間、呆然と此方を眺めて来る。そしてそのまま、静かにぽろぽろと涙を流し始め、本当にびくり、と驚かされる。いきなり涙を流し始めるハイディの姿に困惑しつつもそれを拭い、

 

「えっ、俺が何か……割としているけど、泣かすような事をした? え、その、大丈夫かハイディ?」

 

「いえ……あの、すいません……ごめんなさい……」

 

 そう言って泣き止もうとするハイディだったが、涙が中々止まらず、本人でも困惑している様子だった。流石にこのまま外に放置しておく訳にもいかず、ゆっくり眠る予定だったのを取り消して、とりあえずはハイディを家の中へと導く様に押し込んだ。

 

 そのまま暖房を付けて居間を温めつつ、風呂場に行ってシャワーの湯を点けておく。軽く準備を終わらせると、居間で無言のまま、目を軽く擦るハイディの姿が見えた。ソファに座ったまま何もせず、ただ凍えるように座っているだけの姿を見て、相当心が参っているのが解る。だからその姿を見て、

 

「とりあえず体が冷えてちゃあ辛いだろうし、シャワーの湯は点けて来たからそれで軽く体を温めろ。事情とかはその後で聞くから。とりあえずサイズの合いそうな着替えとかも脱衣所に置いて来たから」

 

「女物、あるんですね」

 

「まぁ、色々と来るからな」

 

 ヴィヴィオ用、ヴィクトーリア用、エリー用、ネメシス用、と割とこの家を利用する女は多いので、一定は女物を置いてある事にしている。まぁ、それ抜きにした場合はバリアジャケットでも生成すれば問題は解決するのだが。とはいえ、それは欠片もデリカシーがないし、下着とかの関係でなるべく服は普通の物を着るのがベストだ。そういう訳でこの家には色々と置いてある。

 

「とりあえず、シャワーを浴びて体を温めて来い。その後で話は聞いてやるから」

 

「……はい、迷惑を掛けますね……」

 

「普段は俺の方がかけてんだ、気にするな」

 

 そう言ってハイディを風呂場へと見送ってから、キッチンへと向かう。どうやら普通に眠れる夜にはなりそうにないので、棚から色々と取り出し、二人分のホットココアを作り始める。湯を沸かして溶かすだけだから割と楽なのだが、甘いものは心を落ち着かせる力がある。意外と馬鹿にできないものだ。ケトルの中に水を注いで、それを沸かしながら二人分のコップを用意し、静かに時間が過ぎ去って行くを待つ。

 

 普段ならこれにテレビでもつけてやったのだろうが、生憎と、今はそんな気分にはなれなかった。静かにココアを入れつつハイディがシャワーを終わらせるのを待ち、

 

 そして十数分後、シャワーを終えて出て来たハイディを見た。その姿は置いておいたシンプルな白いシャツと紺の室内用ボトムスに着替えてあった。出て来たハイディの姿は肌の色が前よりも良くなっている。どうやら外に長い事居たらしい。おかげで体が冷えてしまったのだろう。とりあえず、出てきたところにココアの入ったマグカップを渡す。

 

「ほれ、これで内側からも温まれ」

 

「すいません、色々と」

 

「だから普段から俺のが迷惑をかけているだろう? ヴィヴィオの事で諸々さ。だからこれぐらいは―――」

 

「っ!」

 

 ヴィヴィオ、という名前に過敏に反応したハイディはココアを落としながら此方へと詰め寄る様に視線を向けて来た。

 

「ヴィヴィオを……ヴィヴィオさんを覚えているんですか!?」

 

「おっとと、落ち着けよ」

 

 ハイディの手から零れたココアを足の甲でカップの底を捉え、そのまま零れ落ちるココアを全てカップの中へと命中させた。影で作った手にそれを運ばせながら持ち上げると、あっ、と小さく、ハイディが声を零した。どうやら、本当に余裕がないらしい。マグカップを二つとも運びつつ、空いている手でハイディの背中を軽く擦りながらソファの方へと案内し、座らせる。

 

 横に腰を下ろしながらマグカップを前のテーブルに置き、そしてハイディの背中を擦りながら合わせて少しだけ前に俯く様に姿勢を崩し、

 

「大丈夫か?」

 

「いえ……大丈夫じゃないかもしれません。もしかして私は狂ってしまったかもしれません……でも、でも……貴方が、そのままで居てくれるならもう、狂ってしまってもいいのかもしれない……私は、どうしたらいいんでしょうか……」

 

「落ち着いて。ゆっくりでいい、ゆっくりとこれを飲んで、心を落ち着けながら少しずつ言葉にしてみろ。いいか、ゆっくりだ。吐き出したい事を吐き出すんだ。呪いであろうとなんだろうと、毒は吐き出したほうが楽になる」

 

「……」

 

 今にも壊れそうな表情だったハイディはそれを聞いて、頷いた。しかしなんとなくだが、彼女の様子とヴィヴィオ、という言葉から彼女が何に遭遇したのかは予測がついていた。だけど今、重要なのは第一接触者からの情報であり―――何故、彼女がそれを理解できているか、という事実だった。その事を考えながら、ハイディから言葉を引き出す。

 

「その……私は、ヴィヴィオさんの傍付きという立場にあります」

 

「あぁ」

 

「ですけど、その、ヴィヴィオさん的にはそういう立場は必要なく、友人として接してくれたら嬉しい、と言ったので個人的には……その、友達だと思っています。色々と取り繕ったりしていますが、それでもヴィヴィオさんは同年代で同性の友人はいないそうですし、誰もいない所では私達は割と対等に話しているんです」

 

「おう」

 

「私にとっても、ヴィヴィオさんは……その、大事な友達です」

 

 ココアに軽く口を付けさせて、口の滑りを良くさせながら、彼女の言う事を聞く。ハイディは恐ろしいものを知ってしまった様な、そんな表情で俯きながら話を続けていた。

 

「そう、確かにそうだった筈なんです。私は友達になって欲しい……そう言われてヴィヴィオさんと友達になった筈なんです。ですけどおかしいんです。そんな筈はないんです! 思い出そうとすれば思い出そうとする程、思い出に出てくるのはヴィヴィオさんじゃないんです! なぜかヴィヴィオさんとダブって見えてくるんです―――」

 

 ハイディがその言葉を間違えずに言える様に、なだめる様に背中をさすって言葉を引きずり出す。その言葉を喉でつっかえる様にハイディは躊躇してから、吐き出す様に口にした。

 

「―――オ(・)リ(・)ヴ(・)ィ(・)エ(・)さ(・)ん(・)と」

 

 その言葉に、ハイディがショックを受けたような、心臓を握り潰されたような、そんな表情を浮かべていた。頭を横に振りながらハイディは言葉を続ける。

 

「ありえないんです……ありえない筈なんです。オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは故人です。死んでいる筈の人なんです。なのにヴィヴィオさんとの思い出を振り返ろうとすれば、それを上書きする様になぜかオリヴィエ様の姿を思い出すんです。それももっと親しく、同年代の友人としてのオ(・)リ(・)ヴ(・)ィ(・)エ(・)さ(・)ん(・)として」

 

「……」

 

「だけどふとした時に正気に戻るんです。それが全部頭の中から消えて、それでヴィヴィオさんとの思い出が普通に思い出せるんです。だけどヴィヴィオさんと話していると、それがふと揺れて、オリヴィエさんになる時があるんです。その姿にはまるで違和感も何もなくて、友達から受け入れて当然だと思っている自分がそこに居て―――周りの人にヴィヴィオさんの名前を出しても誰も知らない!! 皆オリヴィエさんの事しか知らない!!」

 

 ゆっくりとカップをテーブルの上に置いたハイディが、両手で頭を掴み、抱えた。震える様に抱えながら、血反吐を吐き出すような声で呟いた。

 

「頭がヘンになりそう……!」

 

 泣きそうなのをぎりぎりの所で堪えながら、ハイディが呻いていた。その言葉で確信出来た。ハイディが現実の改変に抗っている事を。そして同時に、ヴィヴィオもその改変に抗っているという事実を。そもそも変化が始まったら戻ってこれる様なものではないのだ、現実の改竄は。だからヴィヴィオが姿を戻すのも、ハイディが本来の姿を思い出すのもおかしい。間違いなく無垢心領域に触れる事がこの二人には出来ない。特にヴィヴィオに関しては師匠がチェック済みだった筈だ

 

 なのになぜだ、と心の中で自問する。

 

―――体を重ねた事で此方の影響が流出した?

 

 或いはそれもあり得るかもしれない。だがその前に、頭を抱えるハイディの姿を抱き寄せて、そして胸にその姿を収める。発狂しそうな、弱弱しいハイディの姿を抱いて、ゆっくりと背中と頭を撫でる。

 

「お前は狂っちゃなんかいないよ。俺もしっかりと覚えているよ、ヴィヴィオとの事を。忘れるわけがないだろう?」

 

「……本当、ですか?」

 

「ヴィヴィオ以外に居ないだろ? ハッパを持って来てくれって頼むような馬鹿は」

 

「そう、ですよね……流石にそんな事を堂々と頼んでくる頭がおかしい人ってヴィヴィオさんぐらいですよね……」

 

「軽く口に出してみたけど聖王姫がハッパキメようとしているとかベルカの未来が恐ろしすぎてちょっと笑えて来るな」

 

 堂々とそんなものの差し入れを頼まないで欲しい。いや、持ってくる事自体に別に異論はないのだが。ちなみにこの後、所持していたのを教育係のババアにバレて全部没収されるというイベントがあったそうだった。だけどこんなイベント、ヴィヴィオ以外では絶対にありえないだろう。そしてそれを思い出すと、ハイディは小さくそうですね、と頭を抱かれたまま、呟いた。

 

「ヴィヴィオさんは……本当に存在するんですよね?」

 

「あぁ、ちゃんと居るさ。消えちゃいないさ……」

 

「……」

 

 小さく息を吐いたハイディは、漸く自分が狂った訳ではない事を安堵していたが、だが苦しそうに歯を食いしばった。

 

「駄目……頭がおかしくなりそう。ヴィヴィオさんと友達である自分と、オリヴィエさんと友達の自分がそこに存在するんです……。それを当然のように受け入れている自分が気持ち悪い。なんで、なんでこの数年間一緒に居た記憶が違和感もなく受け入れられているの……?」

 

「いいか、ハイディ。無理に記憶を否定しようとするとその反動で更に狂いそうになる。だから俺の言う事をしっかりと聞けよ……いいな?」

 

 抱かれているハイディの頭がこくり、と頷いた。

 

「ゆっくりと、マルチタスクを起動させるんだ。それでマルチタスクを使って記憶できる限りのヴィヴィオと、オリヴィエの事を二つに分けろ。同じシーンでも、二人が別々に登場する全ての出来事を、マルチタスクで完全に分けて記憶を管理するんだ。全部じゃなくていい。可能な限り思い出せる範囲で良い」

 

 ハイディが目を閉じ、記憶の整理作業に集中するのを感じる。

 

「いいか、コツは別人だ。同じ立場の同一人物じゃなくて、別の世界の別人として両方を認識する事だ。AバージョンとBバージョンでシーンを管理して、記憶するんだ。同じ存在として見るから脳がパンクしそうになる。だから別々に管理して、必要な時に必要な方を閲覧する……マルチタスクが使えるならそこまで難しくはない筈だ。大丈夫だな?」

 

「っ……はい、なんとか」

 

「良い子だ」

 

 軽くハイディの頭を撫で、落ち着かせると、ハイディが何とか体を持ち上げて、そしてそのままこちらに抱き着いてくる。強く此方を抱きしめて来る姿に腕を回し、抱き返しながらその背中を撫でる。その体はまだ少しだけ、震えている。自分の知っている現実、事実、人物が急に変わり、発狂しそうな程自分の記憶が不確かになっていたのだ……俺も、タネを知らなければこんな風になっただろう。

 

 普段であれば強く、そして頼りになる女も、今ではただただ身を震わせるだけの少女に戻っていた。その姿を優しく宥めながら、アジトに戻っている暇はないのかもしれない、と冷静に考えていた。

 

―――ヴィヴィオに、会わなくてはならない。

 

 それも、早急に。彼女が消えてしまう前に。なぜならヴィヴィオは事情を知っている。どういう事をしているのかを知っている。

 

 彼女がオリヴィエになってしまえば自(・)分(・)が(・)消(・)さ(・)れ(・)る(・)事(・)を(・)知(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)オ(・)リ(・)ヴ(・)ィ(・)エ(・)が生まれてきてしまう。

 

 その前に全ての準備を終わらせなくてはならない。




 セックスしたら耐性を覚えるのはエロゲの基本。

 まぁ、慣れている怪盗の屑は置いておくとして、その事前知識もなく、半端な抵抗力で浸食されながら認識する現実はもしや地獄ではないのだろうか? 昨日は当たり前だったことが何時の間にか存在しない時にふと気づいた時……。

 はい、SANチェックです。
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