Loading Memory……Error
Double Memory Recorded……Delete?
「なにやってんだ」
「君の顔を見てるだけだよ」
「……ヘンな奴」
その子は両腕が無かった。食事をするときは犬のように頭を下に下げて食らいつく様に食べていた。既に腕の断面は塞がっており、再生治療でも腕を取り戻せる期間は大きく通り過ぎていた。なら義手はどうだ? そんな金、スラムに住んでいる人間が手にするには大金過ぎて、手に入れる事も出来ない。だから彼女には腕がなかった。それを世話する人間なんて捨て子である彼女には当然存在しなかった。必然的に、彼女はそれのない生活を強いられてきた。
なんでも、犬のように食べ、漁り、そして媚びる事がコツだったそうだ。
それが面白ければ飯を貰えるし、面白くなければ蹴り飛ばされる。だから誰かに媚びるという事に関しては得意だって言っていた。それは自分が知る世界とはまるで別の世界で、小説を読んでいる様な内容の人生だった。そう―――塵。初めて会った時の彼女はその言葉に相応しいだけの姿をしていた。万が一恨みを買ってしまえば両腕の無い状態では生きて行けない。だから彼女は徹底して媚びる事を覚えていた。
その時は姿が酷い物だった。髪の毛がぐしゃぐしゃで汚く、何日も洗っていない服装に、体は擦り傷だらけ。臭い、汚い、気持ち悪いの三拍子が揃った少女だった。
だが今では風呂に投げ込まれ、適度な食事を与えられた結果、その肌は本来の艶を見せ始め、服装も新しく清潔な物へと変えられ、そして髪の毛も整えられた。どこにでもいる悲劇のストリートチャイルドは今では珍しいヘテロクロミアを見せる美少女へと姿を変えていた。たったこれだけ整えれば……というだけではなく、元からそれだけの資質があったのだろうというのは、こうやって整えて結果が出て来た辺りで解る。
どれだけ磨いたところで素質の無い奴はそう簡単に良くならない。それだけの話だ。
「別に、お前の為に世話を焼いているって訳じゃないんだよ」
「うん、知ってるよ。お師匠さんに言われて私の世話をしているんでしょ?」
「……」
そうだった。師匠が修行の一環として、この腕の無い少女の面倒を見ろ、と、滅茶苦茶汚い臭い状態で見つけて来たのだ。修行の一環だ、としか言葉を残さなかった師匠―――糞爺の言いつけ通り、今ではこうやって彼女の面倒を見始めてから既に2か月が経過している。
「うん、それでもいいの。腕の無い私はこうやってどんな気まぐれであっても、助けてくれる君に感謝する以外、生きて行く道がないから」
その娘の名前はオリヴィエという。
その娘の名前はヴィヴィオという。
「ま、俺は感謝してるぜ。物好きだとも思うけどな。こんな気色の悪い目の色をしたガキの面倒を見ろって、俺なら絶対に断っているぜ」
「お前、その眼の事を知らねぇからそんな事を言えるんだよ、馬鹿だなぁ。知る所が知れば王様の様な暮らしができるってのに」
「興味ねぇな。よっと」
そう言ってヴィヴィオは廃墟の屋上に寝転がっている、此方の腹を枕にして倒れ込んだ。こいつを動物に例えるなら犬だった。野生の犬。大型犬と表現しても良い。最初は警戒心たっぷりで、そしてすぐに噛みついてくる。だけど一度打ち解ければ、スキンシップを過剰に求めて来る寂しがりやだ。見た目は楽しそうに常に笑っているが、その本質は孤独。常に誰かとの接触を求めて、それに飢えて生きている。だから一度気を許せばどこまでもずるずると繋がってしまう。ヴィヴィオという少女はそういう存在で、今は綺麗な姿で、腹を枕代わりに転がっていた。
「それにしてもお前ってさ、なんか俺の扱いに手馴れているよな」
「俺にも妹が居たんだよ。お前よりも手のかからないな。あぁ、でも時々間の抜けたミスをするから俺が面倒を見なきゃいけない奴だったんだよ」
「へぇ、そいつぁ―――」
と、ヴィヴィオは笑いながら言葉を紡いだ。
「ふーん、それは―――」
と、オリヴィエは笑いながら言葉を紡いだ。
「―――凄く、愛されていたんだね、君に」
「ま、妹だからな。家族として愛を注ぐのは当然だったよ」
「今は?」
「実家とは絶縁中でな」
「じゃあ私が妹になってあげよっか」
「お前は妹なんて柄じゃないだろ、オリヴィエ」
「うーん、そうかな? 結構妹属性強いと思うんだけどなぁ、私」
「手のかかるのは一人……いや、あいつを含めれば二人だけで十分だ。お前は手のかからない奴でいてくれ」
「えー、それはちょっと……難しい、かな?」
そう言うと芋虫の様に体の上を這うオリヴィエが、両腕の無い姿で此方の覆い被さり、幸せそうににへら、と笑った。変な奴だ、と思った。だけどきっと彼女は幸せだったのだと思う。たぶん人生で初めて、オリヴィエは一切取り繕わず、そして媚びる必要もない相手を見つけたから。そしてそこらから少しずつ、一人で生きて行く力を付ける方法を学んでいた。間違いなく腕の無い彼女は天才だった。見た事のない、才能の塊とも呼べる怪物的な存在だった。
だけどそれはどうでも良かった。
個人を個人としてみる。それだけの話だったから。それをオリヴィエも解っているのか、楽しそうに笑っては何時も引っ付いて離れなかった。そんな犬の様な少女だった。そして俺も、そんな彼女の存在感が嫌いじゃなかった。仕方がない、と言いながら最初に面倒を見た時はヴィクトーリアの代替品扱いだったのは事実だった。
だが1か月も一緒に居れば大きく変わってくる。ヴィクトーリアの代替品として見ていた娘は自己主張を始める。どういう人間かが嫌でも解ってくる。人間はそれぞれが違うのだって解ってくる。心の動きが、息遣いが、心音が伝わってくる。嫌でも別人である事を認識させ、そしてつき始める力が、人間の心という物を暴いて行く。それを求めていようが、そうでなかろうが関係なく。
一緒の時間を過ごせば理解が深まって行く。そうする事で、心が見えてくる。
「好きだよ」
望もうが、
「好きだぜ」
望まなくても、
見えてくる。
「……」
目覚めは最悪だった。クソ、と言葉を吐き出しながら自分の中にある記憶と記録の整理を行う。どうやら寝ている間に大規模な現実改変が発生したらしい。いや、既に発生していたが、観測していないから自分に届いていなかっただけだろう。だが現実とは認識の構築によって生み出される。俺の世界に存在するハイディの認識が此方へと伝わった事によって、ヴィヴィオ・ゼーゲブレヒトとオリヴィエ・ゼーゲブレヒトの記録と記憶が混濁していた。あぁ、クソ、と言葉を吐き出す。
まさか
そう、ヴィルフリッドの様に。
「あー……まぁー、こんなもんか……クッソ、根が深い」
頭の中の記憶を軽く整理した。指を引き抜きながら吐き気が少しだけ抑え込まれたのを感じ、息を吐く。この調子だとハイディもおそらくは悪夢の真っ最中だろう。現実改変なんて洗脳が可愛く見える行いだ。悪夢だけでは終わらない。
ベッドから起き上がって背筋を伸ばして、凝り固まった体を軽くほぐしながら、ふぅ、と息を吐いた。片手で顔を抑えながら心と呼吸を整え、それでメンタルをリセットする。それだけで十分だった。仮面を被る様な動作、それはルーティーン化した心を落ち着ける為の、瞑想の動きでもあった。繰り返してきた動きは心理的にも作用を起こし、心の荒波を抑え込む。
「……クソ、最近俺へのアタリが酷いぜ」
好きだったヴィヴィオ/オリヴィエが。
人懐っこい犬の様な彼女が。
その思い出を頭の中から振り払い、自室から出て行く。そのまま昨晩、ハイディを泊まらせた客室へと向かう。部屋の扉を開けて確認すれば、腹にかかる様にベッドシーツをかけたハイディが横向きになって眠っていた。両手で拳を作りながらうなされている。その姿に近づき、ベッドの縁に腰を下ろしてからハイディの頭を軽く撫でる。二度、三度と繰り返して行くと少しずつ、落ち着き、静かな寝息へと変わって行く。その姿を見届けてからその額に軽くキスを残し、部屋を出て行く。
これが普段だったら寝ている間に一回犯してやっても良かったのだが、とてもだがそんな気分にはなれなかった。
「……起きる前にシャワー済ませるか」
起こさない様に言葉を零しつつ、部屋を出た。
『外宇宙探査船RYVIELがついにミッドチルダに帰還しました! 5年ぶりの本星への帰還となりました! 現在はデータの吸出しとチェックを行う為にミッドチルダ宇宙ステーションにてデータの吸出しとメンテナンス作業中となっておりまして―――』
「ほぉ、アレが戻って来たのか」
自分で淹れた眠気覚まし用の紅茶に口を付けながらテーブルの縁に腰を掛けてテレビを見ていた。ハイディはどうやらぐっすり眠っている為、まだ起こさずに放置し、自分だけ朝食を済ませて居間でテレビを見ている。その内容は数年前にミッドチルダが外宇宙の調査の為に送り出した、調査船の帰還という内容だった。
次元世界を開拓してきたように、それを宇宙空間へと適応する事でこのミッドチルダ魔法文明は宇宙の開拓、調査が可能となっている。数多くの次元世界を開拓するよりかは、宇宙を開拓した方が楽である、という事実も確かに存在するのだが。だが一つの問題として、どうやら宇宙には既に開拓された痕跡が残されているらしく、明らかに生物が住める領域ではないのに今の科学力を超える産物が宇宙では発掘される事がある。
そう、ロストロギアだ。
文明の存在しない惑星ですら発掘される時があるのだ。だから宇宙開発は割とメジャーでもある。企業の中には惑星を丸一つ開発、或いは資源用に購入する所さえも存在する。まぁ、次元世界を広げ過ぎた結果、それを支える為の資源が必要なのは事実だ。惑星を一つ使った牧場なんてものもある所にはあるし。
そういう意味で、宇宙開発はホットな話題でもある。
そして外宇宙は未だに人類が進出できていない未知の領域だった。それは別の宇宙とも通じていると言われており、次元世界を繋いでいるとも言われていたりする。その向こう側にはアルハザードがある。その先には神々が待っている。様々な憶測を呼んでいる外宇宙考案だが、未だにその先へと人類は進出できていない。
とはいえ俺も男だ、そこにロマンを感じないと言えば嘘だ。
「うーん、しかし外宇宙のデータか。何か、新しい発見があると面白いな」
早々何かが発見される訳でもないし、調査船とは常にデータリンクされていたらしい。それで騒ぎが起きていないという事は大きな発見はなかったという事だろう? まぁ、そう簡単に世紀の瞬間に立ち会えるという訳ではない、という事だ。あぁ、でもなんかわかったら盗み出して見てみるというのも面白そうだ。アンテナだけは張っておくか、と思いつつチャンネルを変えた。
『―――特集ー! 今日は特別ゲストにスタジオにエース・オブ・エース、高町なのはさんに来ていただきました!』
『どうも、本日は宜しくお願いします―――』
「お、ユーノ君をペット扱いした鬼畜だ」
テレビに映る魔導士はまだ若く、年代で言えばユーノ辺りと一緒か、と認識する。ユーノが何年も前に遭遇した事件で活躍した、魔道文明の無い世界出身の天才。うーむ、そういう才能は羨ましいなぁ、と思いながらそのバリアジャケット姿がスタジオに出たのを見る。アレ、絶対上着を脱いだインナー姿に興奮できるな……と確信しつつ、これからどう行動すべきかを割と真面目に考え始める。
「……まぁ、とりあえずはヴィヴィオ……或いはオリヴィエに逢わなきゃあ話にもならねぇな」
ヴィヴィオとオリヴィエへと話を付けなきゃならない。その上でどうするのか、それを決めなくてはならない。今の所、ハイディと自分に発生した現実改変、或いは浸食の事を考えれば今回に関しては事情を知っているヴィヴィオ、そしてオリヴィエがかかわっているのだ。話次第ではスマートに行くかもしれないし、そうではないのかもしれない。だがその大前提として、まず話をしなくてはならない。
そして、その上で
現実改変のプロセスは複数のフェイズに別れる。
フェイズ1、人々の認識をロストロギアが束ねる状態。まだ未発生の状態であり、この状態では手を出しても意味がない状態にある。つまり潜在的脅威である状態になる、潜伏状態でもあると言える。この時はまだ普通の道具であり、改変が開始されていない。
フェイズ2、人々の想念を束ねたロストロギアがそれを現実へと浸食させる状況。中心となる核に変貌し、同時に中心となる出来事を現実にする為に、周辺の認識、事実、真実を上書きする事で中心となる願いを叶える下準備を行うフェイズである。解りやすく言えばエリーの時であればエリーの虚数空間からの復帰、最近ので言えばヴィルフリッドの登場である。闇の書の存在にはエリー、つまりは統制人格であるリインフォース・アインスが必要である為、虚数空間から通常空間へと復帰させた。そしてオリヴィエが生きているのであれば、彼女の周辺に居た主要人物が居た方が違和感が少ない、という事でヴィルフリッドが出現した。
そしてフェイズ3が中心となる出来事の発生になる。エリーの時であれば闇の書の闇の復活。今回で言えばオリヴィエの復活になる。これによってロストロギアが核としての能力を本格稼働状態に入る。そうする事によって現実への上書きが完了する。そうやって人々の認識の中では古い真実が忘れられ、そして新しい現実が過去から存在していたのだと普通に理解し、何も変化を感じずに生きて行く。
そして最終フェイズ、フェイズ4だ。まだフェイズ3では完全に事象が固定されていない。それは人間が願って、そういう想念が生み出され、影響し、そしてそれが蔓延しているからだ。それがあるからこそ現実の浸食が発生した。だが逆に言えばその想念が消えれば、変化の源は消えるという事になる。つまり、
フェイズ3から4までは人間の興味が薄れる必要性がある。その為、統計的に考えて大体1か月から2カ月がボーダーラインだと認識されている。意図的に別の噂や認識を流したとしても、人間が一度熱狂した感情が霧散するまでには時間がそれなりにかかるのだ。たとえ本人がそれを忘れても、熱が消えるまではそれまでの時間が必要とされる。その為、1カ月~2か月のラインは短縮不可能な時間であり、フェイズ4による失敗までのラインは変動しない。
現状、ハイディと自分への影響を見れば間違いなくフェイズ3だと理解できる。時間は1カ月ある様に思えて―――そこまで、余裕がない。場合によっては妨害が入る事すら考えられるからだ。それが入ると調査、潜入ルートの確保、予告状、警備状況の把握、逃亡ルート、必要な手間がこの中に更に増えて行く。
しかも今回はユーノとトーマには頼れない、という所が猶更痛い。ユーノは情報収集のプロフェッショナルだ。無限書庫で必要な情報を的確にピックアップし、足りない知識を補ってくれる。トーマは反則的な能力の使い手で、本当にどうしようもない状況を切り開く力がある。あの二人の居る居ないは大分準備の手間に変わってくる。
昔から怪盗するときは常に何らかの協力者がいた。師匠然り、ヴィヴィオ然り、エリー然り。それら無しで完全に一人でこうやって活動するのは初めてだった。
いや……エリーぐらいは問題ないだろう。アレは変装の為に本番で使う必要があるし。さて、ならどうしたもんか。とりあえずは聖王教会に潜入か?
「……あぁ、くそ」
イライラする。解っていたつもりだし、経験している事だった。それでも自分の中で大事な人がぽっと出てくる感覚は慣れない。そうやって事実が生み出されるという事は気に入らないが、それと同時に本当にその時間が存在し、心の底から大事だと思っている自分自身にもイラつく。
それを憤った所でどうしようもないというのも。
主観からすればヴィヴィオと一緒に時間を過ごしてきた―――という訳ではない。
もう一つの可能性、時間が合流したような感覚なのだ、これは。同時進行で進んでいる二つの出来事を同時に体験している。変化を知覚できる人間からすれば、この現象はそういう感覚に近い。だから混乱するし、困惑する。だってそこで過ごした時間は本当に存在するのだから。
「……」
特に思い入れのある相手に関する事だと、余計気持ちが悪い。
「……彼女は、既に死んでいる」
オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは既に死亡している。それもゆりかごという禁忌兵器に搭載され、その燃料として使い潰されて死んだ。それは覆る事のない事実だ。今、自分と過ごしてきたオリヴィエという少女はそのコピーとも言える存在である。現実ではあるが……真実ではない。自分の知る真実は、ヴィヴィオこそが存在していたという世界だ。
自分にそう言い聞かせる。
まさか、ここまで自分の周りの人間が関わる様な案件になるとは、思いもしなかった。おかげで眩暈がしそうだ。とはいえ、この程度で心が折れている暇はない。自分の身内が、身近な人物が、自分自身が巻き込まれるという事は既に織り込み済みでこの名を継承した筈なのだ。だから心の中で、消し去るという事を静かに、誓う。
世界は本来のあるべき形へ。
元々の、形へと戻すべきである。それで失うものがなんであれ―――それは、本来のそのままでいいのだ。人々は幻想に触れるべきではない。IF、その夢を見てもそれが現実になってはならない。
人は永劫を生きる物ではないのだから。だから幻想は幻想のままに、それが現実である事がない様に、それを消し去らなくてはならない。
「解ってるけど、やるせねぇな」
深く考え出すと頭がおかしくなってしまう。そこに込められた感情は本当なのだから、だからこそハイディは壊れそうになっていた。アレは情の厚い女だからだ。身近な人間を見捨てられない、友達になって欲しいと言われたら友達になれる優しい子だ。だからこそ狂ってしまう。ヴィヴィオに注いだ友情、そしてオリヴィエへと注いだ友情が
だから大事なのは心と頭を切り離す事だ。
心を思考から切り離して、感情ではなく信念や使命で思考し、行動する。
……ヴィルフリッドもそうだったから。そして俺はヴィルフリッドを殺してジークリンデを選んだ。そう、既に選択を終えている。この状態で今更―――なんて、出来るわけがない。既に弾丸は放たれている。今更、ここで足を止めるわけにはいかない。師匠の様に壊れて忘れられて消えるその日まで、役割を果たし続けるのが契約だ。
「ふぅー。頭がいい感じに回り始めたな」
空になった紅茶のカップをテーブルの上に置いた。もうちょい糖分を摂取して脳味噌を働かせるか、と呟く。そろそろ本格的な計画の時間だし。フェイズ3に突入した以上、今は時間制限がついてしまっているのだから、効率的に物事を進めなくてはならない。両手で頬を叩き、軽く喝を叩き込んでからテーブルから降りつつ、テレビを消した。テレビに映っていたフェレット飼育員の事はとりあえず忘れて、そろそろハイディを起こしに行くか? 何時までも寝ていられる身分ではないだろう。
そう考えた所で、ぴんぽーん、と家のインターホンが鳴るのを聞いた。
「あー、めんどくせぇ、居留守しよっかなぁ……」
今から気合を入れる所だったんだが。そう思いつつ無視しようとしたところでガチャン、と鍵を開ける音がした。えっ、もしかしてヴィクトーリアが追いかけて来たのかこれ? 妹の執念、恐るべし……!
そう思いながら玄関へと視線を向けた所で―――家の中に踏み込んできた姿は違っており、そういう意味では驚かされ、そしてそれとはまた別の種類の意味でも驚かされる。は、と驚愕で足が固まっているうちに家に入り込んできた姿は一気に小走りで近づいてくると、立ち上がり、居間と玄関の間に居る此方の姿に近寄って、
「えいっ!」
それを軽い助走にして、腕を回す様に飛びついて来た。その姿を受け止めつつ、勢いのまま後ろへと軽く下がってソファに倒れ込みながら、受け止めた姿を見た。その両目はそれぞれ違う、綺麗な色をしていた。倒れ込む体は他の者たちと比べると軽く、そして華奢ではあるが―――生き抜く為の力強さが詰め込まれていた。覆いかぶさるように抱き着き、陣取った彼女はそのまま、下になった此方に顔を寄せ、そして短く唇を重ねてから笑みを浮かべ、口を開いた。
「久しぶり……或いは
「オリ、ヴィエ」
「うん、そうだよ。私だよ」
自分がなんであるのかをはっきりと自覚したオリヴィエ・ゼーゲブレヒトがそこに居た。彼女は自分がなんであるのかを自覚して、馬乗りになった状態でね、お願い、と口を開いた。
「アレク―――お願い、私を殺してね?」
そう、オリヴィエが言葉を吐き出した瞬間、その姿がまるで陽炎の様に揺らぎ、今度はまるで肉感の違う、女を濃厚に思わせるような肢体の姿に上乗りにされていた。ぎらつくような肉食動物の目を宿した女はオリヴィエ同様に異なる色の目をしており、
「……ヴィヴィオ?」
「おう! そして! 今の無し! 今の無しな、兄貴! ついでに上書き!」
そう言うと唇を軽く重ね、そして顔を持ち上げ、
「あっちの阿婆擦れよりも早く俺を殺すんだ兄貴!」
ヴィヴィオがそう言うと、姿が揺らぎ、オリヴィエと入れ替わった。その姿をえぇ、と声を漏らしながら呟いているとオリヴィエが此方へと視線を下ろし、唇に再びキスを下ろし、そこから今度は軽く首元を舐めてから頭を持ち上げた、
「駄目! 私が消えるから、貴女はそのままでいいんです」
オリヴィエが言葉を放つとヴィヴィオへと変わり、ヴィヴィオが此方へと視線を下ろし、唇を重ねてから口を離し、もう一度唇を重ね、立ち上がった。
「はぁ? 消えるのは俺の方が良いに決まってんだろ? おらっ!」
そう言ってヴィヴィオが壁へと近寄り、額を壁に叩きつけた。直後、ヴィヴィオの姿が消えて、そしてそれがオリヴィエへと入れ替わった。額に衝撃を食らったばかりらしいオリヴィエは両手で額を抑え、
「痛っ―――ぃ! 酷いです酷いです! ヴィヴィオちゃんの事を考えたらこれが最善なんですよ! だから私が消えます! えぃっ!」
そう言ってオリヴィエがテーブルの角で小指を蹴りつけ、姿がヴィヴィオへと変わった。数秒間、堪える様にヴィヴィオが足の小指を抑えながら、言葉を失っていた。そして、
「いや、ちっげぇだろ! どう考えてもここは俺が消えるべきだっつーの。だから兄貴に俺を消して貰えば万々歳だって!」
そう言ってセルフ腹パンをするヴィヴィオと、入れ替わるオリヴィエが、姿を入れ替わらせながらセルフSMし始める姿を、呆然と眺めながら首を傾げる。
なんなのだこれは、どうしろというのだこれは。
ある日、君は唐突に自分が本当の人物ではなく、上書きする様に生み出された存在である事を自覚してしまう。君はその裏にある事情を全て知っているし、だけどそれまでの人生の全てが偽物ではなく本物であることも事情から察している。君は5分真似い生まれた、今までの歴史の産物である。
そんな時、君はどんな選択を選ぶ?