※この作品はR-18です。

Stealing The Reality   作:てんぞー

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Free Choice Ⅶ

「よっし、話を整理しよう」

 

「うん」

 

 そう答えるのはオリヴィエだった。今のソファに座っていると、ソファと自分の背中の狭い空間に滑り込んだオリヴィエが、後ろから腰に手を回して抱きしめる様に体を密着させていた。オリヴィエは両腕が無かった―――が、今はその欠損も高度な科学技術による、人の手とほとんど変わらない義手によって補われている為、人の手の様な感触を感じる。

 

オリヴィエにはヴィヴィオの様な肉感がないが、その全身は嫌でも女性の柔らかさを感じさせるものがある、あの豊満な体とはまた違った種類の柔らかさだ。背中から抱き着かれるだけでも密着して感じる体の感触に、誘われているのだという事を自覚しつつも受け流して耐える。

 

「オリヴィエは自分が改変によって生み出された自覚がある、と」

 

「うん。君と過ごした日々の記憶だけじゃなくてね、ベルカ時代のもう一人の私の記憶が断片的にあるの。たぶん、私を構築する想念に古代ベルカオリヴィエ・ゼーゲブレヒトの生まれ変わり、という認識があるからだと思うの。だからそのおかげで私は自分が後(・)か(・)ら(・)追(・)加(・)さ(・)れ(・)た(・)側だって解るの」

 

 後から追加された側―――つまりは改変によって生み出された存在、追加された過去であるという事をオリヴィエはそうやって自覚したらしい。信仰と想念から生み出されたからこそ気付ける事実であった。それを後ろからオリヴィエは伝えてくると、此方の体をソファへと倒れる様に押し倒し、そして馬乗りになった。

 

 だがそこに居たのはオリヴィエではなく、似ても似つかないヴィヴィオの姿だった。

 

「ま、話は兄貴に聞いてたからな。なんとなくだけどあぁ、やべぇ、俺消えるわって焦りがあった訳よ。俺、マジでこのまま消えちまうのか……? って感じでな。だけど、まぁ、俺は消えなかった訳。その代わりに自分の中に存在するもう一人の自分の記憶ってのに気が付いちまったんだよ」

 

 覆い被さり、胸を押し付ける様に圧迫しながら耳元に囁いて来た。挑発するような声色に、そして接触。だがそれは誘っているのではなく、存在しているという事を意識させる為の動きだとも感じられた―――ここに存在するのだ、と。肉体の接触を通してその感覚を覚える。

 

「だけどな、面白い事に俺とこの女はさ、入れ替わる事が出来るんだ」

 

「それも入れ替われば周辺の意識がそのまま入れ替わって、誰も違和感を抱かないんです」

 

「だから俺はオリヴィエを認識する事が出来た」

 

「そして私はヴィヴィオを認識する事が出来た」

 

 入れ替わり、入れ替わる様に耳元でささやかれる。まるでヴィヴィオとオリヴィエを同時に相手をしているようで、両耳から囁かれる二人分の声に脳髄を蕩けさせられそうだった。だけどそれで大体解った。始まりはヴィヴィオがどうにかして耐性を取得した事が原因だ。たぶんヴィヴィオが此方の体液を摂取して、それをベースに耐性を軽度ながら取得している。その結果、即座に上書きされる事はなく、自覚症状と綱引きの状態が始まる。フェイズ3ではあるが、まだ上書きされていない、前のデータが閲覧できる……そんな状態だ。

 

「くっっっっっそめんどくさっっ!」

 

「ストレートにそんな事を言うなよ……」

 

「ひどい」

 

「お前らもそうぽんぽんと姿を入れ替えるなよめんどくせぇ!」

 

 後ろに手を回してヴィヴィオのケツを掴んだ。手から零れるこのムチムチした感触、実にヴィヴィオだ。実にヴィヴィオって何だろう? まぁ、この年齢にそぐわないムチっとした感じがヴィヴィオだよな、と納得する。あぁ、馬鹿馬鹿しい。腰に回して、体を緩く抱き留めながら、で、と言葉を吐いた。

 

「そこに何故殺害依頼が出てくるんだ」

 

「だって、私は存在してはならないものですもの」

 

 オリヴィエは、それを告げた。

 

「この世界は本来はヴィヴィオ・ゼーゲブレヒトが存在する世界。私は……オリヴィエは後付けの様な存在ですから。皆の願望、皆の願い、それを受けて生まれたのが私です。だけど私は皆が願った完璧な聖女ではありません……私、君というとてもだらしなく、駄目で、そしてクズだけど素敵な人に出会えてしまったダメな聖女でした」

 

 だから、とオリヴィエは誇り高く言った。

 

「私は消えるんです。消えたいんです。これ以上、君という素敵な人を私がヴィヴィオから奪っているのは申し訳ないし、何よりも本当は出会えることもなかったんです。これがかつての、古代ベルカのオリヴィエだったら義務感から消えたでしょうが―――」

 

 うん、とオリヴィエは頷いて、体を此方へと預けて来た。胸に耳を当て、心音を聞き取る様に目を閉じた。

 

「君と出会えたという幸福だけど私はもう十分幸せだったから。だからそれを私の墓標として眠るよ。君を……悩ませて、苦しめる様な事はしたくないから」

 

 オリヴィエの言葉が終わった直後、その体が跳ねあがった。

 

「はっ! 流石古代ベルカのお姫様は上品なものだ。結局の所自分の願いじゃなくて誰かの為じゃねぇか! そんな上品で上等なもんじゃねぇ。俺はもっとシンプルで、解りやすく、そして簡単な物の為に消えたいんだよ、兄貴」

 

「それは?」

 

「復讐だよ」

 

 それをヴィヴィオは、馬乗りの状態で楽しそうに言ってのけた。

 

「俺はオリヴィエを見てこう思ったね、私(・)は(・)こ(・)い(・)つ(・)に(・)成(・)れ(・)ね(・)ぇ(・)な(・)ってな」

 

 いいか、とヴィヴィオが言ってくる。

 

「俺が聖王姫なんてクッソだせぇ名前で呼ばれるの許容して、んで聖王教会なんてクッソだるい組織に居るのは全部復讐の為だ。俺を産んだクソみたいなクソ虫が一生俺を恨んで虚しい人生を送れるようにする為に俺はあそこにいるんだ。俺が賢く、健康的で、そしてかっこよく、あればあるほど、俺を気持ちの悪い塵だって言って捨てたクソが惨めになる。だから俺は世間じゃお姫様のフリをしているんだぜ?」

 

 だけど、

 

「そりゃあ擬態だ。俺の根本的な性根は畜生だ。肉食獣だ。奪って、壊して、そして喰らう。それが俺の性質だ。オヒメサマなんて柄じゃねぇんだよ、俺は。だけど、こいつは違う。オリヴィエって女はマジモンのお姫様だ。そして俺はアイツを見て思ったね。俺(・)が(・)消(・)え(・)て(・)こ(・)い(・)つ(・)が(・)残(・)れ(・)ば(・)本(・)当(・)の(・)オ(・)ヒ(・)メ(・)サ(・)マ(・)の(・)完(・)成(・)だ(・)、ってな」

 

「だから消える、と」

 

「おう、面白いだろ?」

 

 そう言ってヴィヴィオは笑い、此方に倒れ込んでくる。その姿を抱き留め、肩の上に顎を乗せて来るその姿をしばし掴んで、見えない所で軽く溜息を吐いた。この女ども、どっちもかなりめんどくさい。しかもオリヴィエもヴィヴィオも、ど(・)っ(・)ち(・)も(・)本(・)心(・)で(・)喋(・)っ(・)て(・)い(・)な(・)い(・)のが何よりもめんどくさい。二人は語っているようで、一番大事な部分を隠している。それを語ろうとしていない。だから上辺だけの言葉だ、今のこの二人のアレは。

 

 この下に本心が隠れているが、今それを聞いたところで答えてくれることはないだろう。となると、その本心を引き出す為の状況と場所が必要になってくる。そしてそれとは別に、

 

 俺も……覚悟を決める必要がある。

 

 ど(・)ち(・)ら(・)を(・)選(・)ぶ(・)か(・)という覚悟を。喜んで消えてくれると笑っている二人の女の内、どちらを選んで消すか、というのを俺が選ばなくてはならないのだ。だからその覚悟を決める為にも、この二人から本音を引き出さないとならない。その為にはとりあえず、今、この状況をどうにかしないとならない。どうやって切り抜けたもんか。情報と状況に軽く頭を悩ませていると、ヴィヴィオが更に密着する様に手を此方の腰に回し、そして軽く耳に息を吹きかける様に囁いてくる。

 

「ま、今はもうこれぐらいでいいだろう? それよりもさぁ、いい加減欲求不満なんだよ。ここ最近ご無沙汰でさ。いい加減、お互いに楽しもうぜ、今は色々と忘れて……なぁ?」

 

「はぁ……お前ってやつは本当に……」

 

 さっきまで消える消えないとかの話をしていたのに、それがいきなりこれか、と呆れの溜息を吐く。だがヴィヴィオの言葉にも言い分はある。とりあえず、今この場で直ぐに結論を出す事はないし、最近酷くご無沙汰―――というか直前で邪魔が入って全然遊べていないのだ。上ではハイディがまだベッドの中で眠っているのだが―――まぁ、いいだろうと結論する。

 

 起きたら巻き込めばいいし。

 

 少し、複雑で光明の見い出せない状況に、頭の中を空っぽにしたかった……なぜ、こうも自分に対する試練の様に連続でこんな選択肢を選ばせようとするのだろうか? ヴィルフリッドの時もそうだ。罵ってくれればそっちの方が遥かに楽だったのに。世の中、とんでもない理不尽で溢れている。

 

 嫌になりそうだ。

 

 だからヴィヴィオへと向かって手を伸ばす。馬乗りになっている姿を掴もうとすれば、その姿がオリヴィエへと切り替わった。笑みを浮かべる女の姿は伸ばした手を掴み、そして自分の頬へとそれを寄せて、触れた。そのまま折り重なる様に体を倒し、重ねて来る。軽い、上からかかる体重の圧が軽い。まるで羽の様で、触れてみれば羽のように飛んで行って消えてしまいそうな、そんな重さしかなかった。

 

「ね、久しぶりに溺れるのも悪くないよ……ね?」

 

 顔を近づけて来たオリヴィエは呟きながら唇を寄せて来た。その姿を抱いて、唇を重ねようとしたところで、

 

 その姿がソファから飛び降りた。その時は既にヴィヴィオに戻っていた。

 

「おい、待て。今は俺のターンだろ」

 

「え、なに? 聞こえませんよ? 主導権を奪われる方が悪いんじゃないですか?」

 

「は? 何言ってんだこいつ……元々俺の体だし? 俺が全ての権利を持ってるのは当然だろお前?」

 

「えぇ、そっちの主観ではそうでしょうね。ですがこっちの主観だとこっちがそう言う訳でして。第一これから消えるんですよね? だったら気にする必要はないじゃありませんか? という訳で引っ込んでいましょうねー」

 

「そっくり言葉を返すぜテメェ。お前だって早く消してくれとか言ってるじゃねぇか、脳味噌ピンクのオヒメサマ。お前だって消える予定ってなら別に気にする必要はないんじゃねぇか? あぁ?」

 

「これだから野良犬は駄目なんです……。貴女と違って私は乙女なんです。まだそこら辺の女子力を手放していないんです。だから淡い恋心というものがありまして、これが最期なら一生残る様な思い出にしたいでしょう?」

 

「少女漫画でも読んでろよ。欲しいもんは奪ってでも手に入れるもんなんだよ、っつー訳で、お前は眠ってろ」

 

「いえいえ、其方こそ眠っていてください。その間に私は楽しんでいますので」

 

「仲良いなお前ら」

 

 居間で姿を交代させながら自分へと向かって怒鳴っている一人、或いは二人と表現すべき存在は見ているだけで面白いのだが、それはそれとしてまたタイミングを失ってしまった、という気分だった。なんか最近呪われていない? いざ開始! ……と、いう所で毎回何らかのケチがついて始まらない生殺しの状態が続いている。あぁ、今も完全にその空気じゃなくなってしまった。もうこれ、仕事を完了させるまではチャンスがないような、そんな気さえする。

 

 おぉ、神よ、寝ておられるのか!

 

 そうだな、神様寝てたわ……。

 

 はぁ、と溜息を吐きながらソファに座り直し、足を組んで肘をつきながら言い争っているヴィヴィオリヴィエを見る。名前を繋げられるし、もう完全に姉妹という感じだよなぁアレ、と見ていて思う。実際、並べてみれば身体的特徴はともかく、割と人間として似ている部分はあるし、この二人。

 

「第一テメェじゃ胸が薄すぎて話にならねぇだろ!」

 

「あー! あーあー! それを言うんですね! 言っちゃうんですね! 貴女だってお尻がちょっと大きいの気にしているじゃないですか! 本当は私みたいなスリムなのが良かったって!」

 

「テメェは言っちゃならねぇことを言った」

 

 ケツはケツで、大きいのは揉み応えがあって楽しいし、薄いのは薄いので撫でるのが楽しいし、それぞれ別の楽しさがあるからそれはそれでいいんだけどなぁ―――とは思いつつも、それを口にした瞬間に二人から殺されるのは眼に見えている結果なので、溜息だけを吐いて、無言で二人の喧嘩を……或いは二人の姉妹喧嘩を眺める。そう、この二人の存在を表現するには双子の姉妹というのが一番ぴったりだろう。見た目、性格は正反対だがその根本的な部分、根幹が一緒の姉妹。そんな存在だ。

 

 だからこそ反発しているのだろう。根っこの部分が一緒だからこその同族嫌悪だろうと、その言い争いを見ていて思う。

 

「ふぁーぁ……おはようござい……ます……」

 

 眠そうに目を擦りながら階段を下りてハイディがやって来た。服装は既に着替えてあるのを見るに、朝の身だしなみは終わらせてあるのだろう。居間で繰り広げられているヴィヴィオとオリヴィエのセルフ漫才を眺めてから、此方の横へと移動し、もう一度此方を見てから、再び二人へと視線を向けた。

 

「あの、私の頭がまだ正気を保っている事前提なんですけど」

 

「うん」

 

「なんか、おそらくはこの世で最も面白い光景が今、目の前で広がっていると思うんですけど」

 

「そうだな、お前のその認識で間違ってないよ」

 

「ですよね」

 

 二人でそのまま、数秒程、姉妹喧嘩眺めていた。自分にデコピンをしていたり、見ていて実に何やってんだこいつ? と割となる。なのだが二人? 二人と表現すべきかは怪しい姉妹だが、割と言い争っている姿が活き活きしていて楽しそうだった。これで二人揃って消える事を望んでいるのだから馬鹿々々しい。どうにかして、二人そろって引き上げるものはないのか、と考える。

 

 だが、ない。

 

 そんな都合の良い奇跡は転がっていない。世界はそういう事に対してだけは本気で真摯なのだ。実に吐き気がする。理不尽に欲望を叶えるのに、その被害者は壊すだけ壊して、何の救いも与えない。

 

 だとして、本当に残酷なのは現実なのだろうか? それともそれを知って、元に戻そうとする自分だろうか。それを悩んだところで答えが出るわけではないが、消える、と言ったのに楽しそうにしている二人を見るとそんな事を考えてしまう。いや、まぁ、そんな場合ではないのだが。

 

「どうします、これ」

 

「どうしよう……」

 

 俺が一番困っている。何せ、あの二人をとりあえずは落ち着かせて、それで本音を引き出す為の場所を用意しなくてはならないのだから。溜息を再び吐いて、どうしたもんかと考え始めた所で、再び玄関の向こう側からピンポーン、とインターホンが鳴らされる音がした。もうこんだけ混沌としているのに、また客が増えるのかよ、と辟易しつつ両手で顔を覆う。

 

 良し、気分を入れ替えよう。

 

「ハイディ、二人……二人? の面倒をお願い」

 

「あの、姿変わるたびに吐き気がするんですけど」

 

「慣れろ。そして切り離せ。感覚としちゃ二画面でテレビを見ている感じだ。一つの画面に混ぜずに、少し離れて二つの画面を見てる感じだ」

 

「解るような解らないような……」

 

 ほぼ感覚的なもんだから、そこは慣れて貰うしかない。自分はそこら辺、経験ごと継承したので苦しむことはなかったが。ともあれ、もう一度ピンポーン、と音が鳴る。

 

「あー、はいはい、いますよー。いますから今行きまーす」

 

 なんか、もう、軽く逃げ出したい気持ちだった。だがそれを抑えながら家の扉を開けて、その向こう側に見たのは、知らない青年の姿だった。年齢は―――自分と同じぐらいだろうか? 一瞬、その姿がブレたかの様に見えたが、どこかでそれに抗う気配を感じた。その青年は緑髪をしており、瞳の色はそれぞれ違っており、その彩色はどこかで見た事のある組み合わせだった。

 

「……イングヴァルト家の方で?」

 

「失礼、8代目のクラウス・S・イングヴァルトです。まぁ、所謂襲名性でして」

 

「あぁ、成程。じゃあ……」

 

「えぇ、姫と妹の回収に来ました」

 

「お疲れ様、本当にお疲れ様。なるべく速やかにアレを回収してください。いや、ほんと」

 

 振り返り、居間を見た。そこでは小指を抑えて転がっているヴィヴィオの姿が見えた。その周辺をハイディが何をすればいいのか解らず、うろうろしているのが見える。その姿を数秒間程、クラウスと共に眺めつつも、意識の数割をこの青年への警戒と把握に向けていた。何やら、この男も想念が、改変の矛先を向けられている様な気がするが……なにかがそれを祓っている様にも見える。

 

 不思議な青年だった。

 

「……なんというか、妹や姫がご迷惑をおかけしたようで」

 

「いやいや、此方も楽しくやらせて貰っているから、そこら辺はそこまでも。えーと……噂の聖騎士団の団長さんでいいんですよね?」

 

「えぇ、一応は。とはいえ実質的に指揮を執っているのはダールグリュン公ですが。まだまだ若輩者なので、貴方の父には色々と勉強させて貰っていますよ。あと、敬語は結構です。歳は聞いた話同じでしょうし」

 

「じゃあ俺も必要ない、という事で。宜しくな、クラウス」

 

「えぇ……いや、あぁ、宜しくアレク。とりあえずは……」

 

 クラウスが視線を室内へと向けると、そこで腹パンを繰り出したハイディがオリヴィエの姿を床に沈める瞬間だった。世が世だったら不敬MAXという事で即座に斬首扱いなのだろうがこれ、今の世の中ではそんな認識はない。床に転がったオリヴィエを見て、ハイディが頭を抱えている。そして倒れているオリヴィエを持ち上げようとしてから此方へと視線を向け、

 

「あ、兄さん」

 

「痛っ」

 

 オリヴィエを落とした。ごすっ、と音を響かせながら此方へとハイディがやってくる。クラウスと並んで床の上に倒れて動かないオリヴィエを数秒眺めたが、視線が何かを期待する様に此方へと向けられるのを見て、それを無視する事にした。視線を外せばヴィヴィオの姿になって床をばんばんと叩いて構ってアピールしてくるところがメンドクサイ。お前らそんな所で協調できるなら普段はもうちょい頑張れよ。

 

「というかクラウスはアレ見てて大丈夫なの」

 

「まぁ、姫の本性は一部の人間には通じているからな……俺も、警護の為に知っているからいいんだが、最初は見た時大いに心が砕かれたものだ」

 

 だろうな、と呟いていると、ハイディが玄関までやって来た。ハイディはちょこんと、此方の横に止まると、軽く腕を掴みつつ、兄の姿を見た。

 

「その、いきなり飛び出してごめんなさい……」

 

「良い、気にするな。俺以外の男に頼られたことに関しては正直、少しだけショックだったのは事実だが……まぁ、その様子を見ていると、良い方向に転がったのは解る。なら俺からは何も言わないさ。……まぁ、父や母が何を言うかはまた別の話だけどな!」

 

「兄さん、慈悲を……慈悲を……」

 

「いきなり飛び出して連絡もなく外泊したんだ、それぐらいは甘んじて受け入れろ」

 

 クラウスの死刑宣告にハイディが両肩を落とした。その頭を軽く撫でて慰めていると、後ろから構えという声が聞こえてくるので無視してやる。後ろのお前らは二人でちゃんと意思の統率を行ってから構えって言って来い。そうじゃない限り延々とセルフ漫才を続けていそうで話にならない。だからぽんぽん、とハイディの頭を軽く叩く様に撫でて慰めているとふむ、と声を漏らすクラウスの姿が見えた。

 

 おっと、と声を零しながら手を放す。

 

「すまんな」

 

「ん? あぁ、いや、気にする必要はないさ。仲が良いのは悪い事じゃないしな。いや、話を聞いた時は不安だったが、見ている感じ悪い男ではなさそうだしな」

 

「兄さん、それは節穴ではないんですか」

 

「俺もそう思う」

 

「俺の妹が懐く相手が悪人な訳ないだろ」

 

 自信満々に言ってのけるクラウスの姿にハイディは露骨に呆れるような視線を兄へと向けるが、それさえも楽しむような表情をクラウスは作っていた。それで悟った。こいつ、俺の様な隠しているけどシスコン的なタイプの兄である、と。視線と視線で握手を交わしながら、あぁ、とクラウスが頷いた。

 

「予想外の所で軽い挨拶となってしまったが―――これからも宜しく頼む、婿殿」

 

「ごめん今見過ごせない発言があったんだけど。なんだその婿殿ってのは」

 

 声を震わせながら放った言葉に、クラウスが首を傾げる。

 

「何が……って聞いてないのか?」

 

「うん?」

 

「お前の父親が昨日、そういやぁお前ん所の妹、ウチの糞息子が傷物にしたらしいしこの際ダビスタしない? お見合いから入る感じで……なんて言葉があって、最初は困惑していたがこうやって懐いているのを見れば問題なさそうに見えてな」

 

「待って、色々と待って。……ほんと待って」

 

 なにそれ、聞いてない。というか横から腕を掴むハイディの握力が少しずつ増している様な気がする。いや、気がするというか痛い、腕が痛い。というか堂々とこの時代でダビスタ発言するなよ糞親父め、と心の中で叫ぶ。同時に、背後から無言の圧力を感じる。

 

 ……俺にどうしろというのだ。

 

 問題が噴出したと思ったら別方向から問題が顔面に叩きつけられる。人生、ままならない事ばかりである。




 実は血筋、関係、人間的相性、そして立場を考えるとベストマッチ。どちらも旧ベルカの血筋だし、貴族を王族に迎えて血筋を強化するのはあるし、チョイスとしては王道だったのであった。その価値感が現代に通じるかどうかは別として、ストラトス或いはイングヴァルト家も王族の血筋なのよね。

 ヴィヴィオはオリヴィエに理想を見る。彼女は奔放で自由でそれでいて暴君である。理想という言葉からは程遠く、誰よりも彼女自身がそれを理解している。だからこそオリヴィエに理想を見る。

 オリヴィエはヴィヴィオに憧れを見る。オリヴィエは誰よりも自制的であり、己という物を封じ込める。だからこそ曝け出せる場所では我慢しないと決めている。それでもどこまでも自由に振る舞えるヴィヴィオにあこがれを見る。

 正反対だけど行きつくところ、根本は一緒の魂の姉妹。
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