―――焼いた。
目の前に広がっているのは所々炭化する様に痺れ、焼かれ、倒れ、そして苦痛の声を漏らす人の形をした獣だった。そう、獣だ。それを俺は人間として認める事は出来なかった。故に激情のまま、力を振るった。当時、理想の王子様とでも表現すべきだったその表情を怒りと憎悪に捻じ曲げて、感情のままに雷を振るった。デバイスのサポートもなく、リミッターもなく、そして制限もなく。魔力を解き放つように雷を放った。
その結果、生み出されたのが死体に限りなく近い姿だった。皮膚は焦げて炭化しており、目玉も飛び出そうなほどに盛り上がっている。死を前に本能が昂ったのか、或いは元々そのつもりだったのか、獣共の股間は勃起して盛り上がっていた。それを踏みつぶしながら死屍累々と倒れている獣の雄共を睨んでから、まるで被害者であるかのように横で傍観していた獣の雌を見た。
言葉を発する前に、俺はそれを雷で焼いた。今度は首を掴んで、神経に直接電流を流し込む様に。死ね、そう思いながら絶叫を遠慮させる事もなく吐き出させ、一人一人、絶対に逃げられない様に部屋の入り口を電気で覆って逃がさない様に、この牢獄に追い込んで焼いて、感電させた。それでも誰も死ななかったのは一種の奇跡だったのかもしれない。或いは、理性が最後の最後の一線を越えようとするのを留めたのかもしれない。だがそれでも行った事は変わりなかった。
こうやって、全ての獣が狩り尽くされた。
残されたのは下半身不随の獣、盲目となった獣、不能となった獣、両手が動かせなくなった獣。どれもこれも己の罪を背負うかのように潰れた。それが残された結果であり、それを恥じて家を出る事にした。
だが違う。
真実は違う、もっと単純におぞましい事だった。
「……さて、これで役者は全員揃ったな? これで漸く作戦の最終段階に関して話をする事が出来るな」
ハイディ、エリー、そして
「とりあえず、再確認するけど俺は銀腕を盗み出す必要がある。そしてその際にオリヴィエという存在、その認識そのものを人から盗む。そして盗み出した所で逃げ切る。これが今回のゴールだ」
「その為に予告状を出して人を集めないといけないんですよね、アレク」
「おう」
此方の言葉に続いたオリヴィエは、なんと膝の上に座って、首に手を回して座っている。近くの椅子に座っているハイディがそれを、羨ましそうに見ている。欲しい、それを明確に口にして伝えて以来、こんな風にオリヴィエは引っ付いて離れなくなった。そしてそれと同時に、増々ヴィヴィオとオリヴィエの混濁が進んだ。もう時間はそんなに残されていないという事の証明だった。完全にヴィヴィオが表へと出て来ることはなくなり、オリヴィエがメインとして出ている、だがそこにはオリヴィエだけではなく、ヴィヴィオの仕草や強引さが行動に見えている。
根本的にオリヴィエは人前では敬語、二人の時だけは口調を崩して、甘えるタイプだ。
強引に、人前で擦り寄ってマーキングしたり自己顕示するようなのは寧ろヴィヴィオの方なのだ。
見た目がオリヴィエでも、中身にヴィヴィオが混ざっている辺り、あの女本当にしぶといなぁ、という感想が妙に出てきてしまう。やはり、信頼があるとそう言う言葉になってしまう。それに救うと決めた以上、無駄に悲壮になるつもりはない。出来る事をやるだけなのだから。
「意識される必要があるから予告状を出すわけだが、これを出すと当然―――」
「騎士団に睨まれる、という事ですね」
これが障害Aだ。一般騎士団員。
「とはいえ、一般騎士に関してはそこまで気にする必要はないと思います。基本的に一般騎士は実力の方がピンキリですから。隊長、団長クラスともなれば流石に一つ突き抜けた技能を持っていそうですが、それでも特異性を考えるに、アレクさんを捕まえる事が不可能だと断言できます」
「ですね、弱いという訳ではありませんが、分野が違い過ぎるのと相手が悪いです。それに一般騎士では寝所の周辺には近づけません。必然的にターゲットには近づけないので、オリヴィエさんの近辺に接近してから悩む必要はありません。ここら辺は巡回や警備に穴を作ればそれで解決できます」
「ルーシーは物理的に黙らせるので安心してください」
「強く生きろババア……」
「あ、いえ、暴力的な意味とかではなく、数日前に休みを出して遠ざけておけば問題ないって事です」
流石に暴力はしませんよ、とオリヴィエは口にするが、今はヴィヴィオとだいぶ混ざってるしどこまで信じられるものか……という感じだった。まぁ、教育係が邪魔なのは事実だ。だから問題は聖王教会、最後の難問に入る。
つまりは、
「聖騎士団の相手だな?」
「真面目な話、オリヴィエさんが口を出せば大抵の事はどうにかなるでしょう。警備の穴を作ったり、巡回ルートの事前入手や人払いなどは。ですけど聖騎士団に関しては管轄が違います。アレは聖王家に仕える立場でありながら、独自の裁量で行動する事を猊下より賜っている筈です」
「おかげで私の権力アタックが通じないんですよね」
「札束で頬を殴って裏切る様な連中じゃないしな、聖騎士団は」
割と真面目にアレ、ベルカから選ばれた選りすぐりのエリートなのだ。一種のドリームチームでもある。能力、家柄、人格で判断して騎士団の中でも特に優秀な者をスカウトしたりする事で加入可能なのだから、そりゃあ優秀な人間しかいないに決まっている。一人一人が管理局であればエースと呼ばれるランクの連中共。それを束ねているのが父とクラウスだ。エース連中を効率的に運用できるのが父なので、アレはマジで落としておかないと致命傷に繋がるのだが、
「親父に関しては封殺する手段が見つかったんで、問題はないと行っておく」
「えっ、本当ですか!?」
「ダールグリュン卿が弱点を持っている様な人間には見えませんが……」
ハイディとオリヴィエの驚きに、いやいや、と手を振る。そもそもの前提が間違っている。近くに張り付いて、戦わざるを得ない距離まで接近するというのは、まぁ、良い。だけど何故そこで即座に戦うという思考しか作れないのだろうか、この子達は。いや、まぁ、ベルカ人は根っからのバーバリアンだからそこら辺は仕方がないのかもしれないが。良いか、と言葉を置きながら、手を動かす、
「親父は、俺の父親だ」
「はい」
「俺は女癖が悪い」
「うん」
「そこで素直に頷かれるのもちょっと辛い……ともあれ、俺のこの女癖の悪さは確実に親父からの遺伝である。というか親父は俺と武勇伝を語り合えるぐらいには馬鹿だし、今でも馬鹿でいる」
「あっ……」
「ここにな? 数日前に調べた親父の新しい関係があってだな? ここにマザーの電話番号があってだな? ここにメールがあってだな? 送ってから電話をかけるとあら不思議、マイマザーアンドダディがなぜか大炎上を―――」
「もういいです」
「でも確かに戦場というか人生そのものから除外できそうな手段だよね」
「有効だろう?」
「うう、そうですけど実家へのダイレクトアタックが一番強い感じします……あ、でもそうですね。兄さんを相手にする必要はないんだ……戦う前に除外してしまえばいいんですね?」
そういう事だ。何故暗殺なんて手段が生まれた? 無論、正面から戦えば分が悪いからだ。だからこそ、手段を変えるのだ。戦うだけが全てではない。そもそも舞台に上がらせない事だって一つの手段だ。この場合、父の女関係を母に密告すれば、その折檻の為に動きを封じる事が出来るだろう。或いはそれそのものをネタに脅迫するのもいい。それでこのゲームの盤面からは除外できる。間違えちゃいけない、重要なのは
大量の雑魚の前で堂々と盗み出して逃げればいいのだ。
それはそれとして―――強い奴をあっさりと出し抜いて盗み出すのは一つのカタルシスを生むのだが。
とはいえ、今回に関してはそれを重視する必要はない。割と真面目な話、全力で取り組まなければいけない事なのだから。失敗はつまりヴィヴィオの消滅を意味する。オリヴィエも果たして本当にそのままなのか、今回のイレギュラーケースを考えると実に怪しい。そうなると憂いはなるべく取り除いておくのが良いとなるだろう。その場合、父やクラウスを始めとしたトップの実力者は、事前に、或いはその場で即座に除外する方法を用意しておくのがベストだ。
戦いとは、その事前の準備が勝率を彩る。
武技の冴だけではなく、その前に積み重ねられる準備もまた一つの戦いであると自分は認識している。それ故に、取れる手段はなるべく取りたい。そういう事で、と指をパッチン、今まで無言で状況を静観していたエリーが厳重に密封された容器を取り出す。それを見て、ハイディとオリヴィエが首を傾げる。
「あの、これは」
「毒だ」
エリーの即答が帰って来た。それをハイディとオリヴィエが無言で受け取った。そして、
「えっ、毒」
「あぁ、毒だ」
「正確に言うとアスフィメルト草の粉末」
「ガチの禁制品じゃないですか」
「次に忘却薬、こっちが致死毒、こっちが即死毒、こっちが熱病毒」
「一体どこと戦争する気なんですか……どれもこれも禁制品じゃないですか……」
無論、アジトで育てている物を栽培して加工しているだけだ。俺が使えば完治するまでは絶対に死亡しないから、無力化したいときは毒殺するのに限る―――まぁ、死ねないのだが。それに変に後遺症も残らない。どうやら後遺症を発症すると死ぬ可能性が浮かび上がってくるらしいので、文字通り
「クラウスに関しては薬を持って眠らせるかすれば無力化出来るだろう」
「恐らく一番簡単で合理的な手段だ。此方が保有している物で一番安全なものを渡しておこう。無味無臭で服用1時間後に眠気を誘発する薬だ。他の方法が思いつかないなら、差し入れと称してこれを混ぜた飲み物を配ればいいだろう」
「兄を毒殺する日が来るとは思いませんでしたね……」
ハイディがエリーから睡眠薬を受け取った。これで他に手段が思い浮かばなかったとき、眠気によってまともに動けないクラウスが出来上がる。それで完全に排除出来たとは思えないが、それでも団長と副団長のパフォーマンスを落とせば、指揮系統を乱して聖騎士団全体のパフォーマンスを落とす事が出来る。
そうしたら、後は此方の《玩具》で対処できるし、精神的に弱っている状態なら簡単に意識を奪える。
魔力がそもそも低くなってきている為、非殺傷設定による魔力ダメージは出来ない。物理的に攻撃するのもダメージは出ても傷が生まれない為、痛みでの気絶は効率が悪い。その代わり、次元怪盗ネメシスは精神への攻撃を得意とする。心が弱れば弱る程、精神的に脆ければ脆い程、対処は楽になってくる。
人の心を盗み出す事なんて、朝飯前なのだから。
「……良し、その日に兄さんと騎士団の皆さんの睡眠薬入りドリンクを渡す事にします。私が行くとアイドル的な扱いをされますから、それで信じて貰えるでしょう」
「ついでに発破をかけるついでに私も一緒に渡せば確実に飲むでしょう」
「となると聖騎士団と教育係はこれで排除できるな? 最終的な作戦の確認を行う」
まずは予告状を取り出し、それをオリヴィエに渡す。それを受け取り、数秒ほど予告状を見てから、オリヴィエがそれを仕舞った。
「まずは予告状を今日出す。そうすれば聖王教会の警戒度が最大まで上がる。おそらくは本国に応援を要請するだろうが―――決行は明後日、満月の夜だ。良く見える夜の方が栄えるだろうし、このタイミングなら絶対に本国からの増援は間に合わない。その一晩でこいつに決着をつける」
此方の言葉に三人がコクリと頷いた。
「ハイディとオリヴィエは聖王教会の一番奥に聖騎士団と待機しつつ、此方の潜入時間に合わせて効果が発揮する様に睡眠薬入りの飲み物を事前に飲ませておいてくれ。ただし一瞬で昏倒するような量はダメだ。流石に怪しまれるから、集中しづらい、って程度で済ませる様にしておいてくれ」
で、と言葉を付け加える。
「盗まれた、という認識が必要だからオリヴィエは銀腕を装着しておいてくれ」
「うん、任せてください。きっちり盗まれますから」
言葉がなんかおかしい気がするけど、シチュエーション的に正しいので、これで良い……筈だ。ともあれ、
「ハイディとオリヴィエは聖王教会奥、何時もの所で待機しておいて―――俺はエリーと融合した状態で教会に潜入する」
「警備が相当厳重ですし、寧ろアレクさん本人として事前に潜入しておいた方が楽になりませんか?」
ハイディからごもっともな言葉がやって来た。だけどそれはダメなのだ、と頭を横に振る。
「こいつは
「あ、私が明日送ります。恐らく今日中に警備ルートを確定させるでしょうし」
「地図はあるから調達の必要はない。そして警備ルートが明日手に入るなら……障害はほとんどクリアされたのも同然だ」
まぁ、ここで我々の勝利だ! とか叫ぶと絶対に見えないトラップに殺されそうな気がするので、油断も慢心もしない。ただ、今の事実として事前に見える課題、問題は解決されたと言えるぐらいだろう。だが強い者程予定外や予想外によって道を崩される事がある。
何があっても良い様に、事前に準備をしておく。
「ターゲットはオリヴィエ・ゼーゲブレヒトの銀腕、そしてオリヴィエとヴィヴィオという現実そのものだ。絶対に盗み出すぞ……いいな?」
「はい!」
「うん!」
「お任せください」
華やかな顔ぶれの返答が帰ってきたところで軽く頷きを返し、
「それじゃあ解散! 俺も道具の手入れと選別があるから一旦アジトに戻るわ」
と、立ち上がろうとしたところで、首に腕を回した状態で動かない、立ち上がろうとしないオリヴィエの姿が残されていた。おぉっと、と声を漏らしながらその重さに再びソファに座り込むと、ずっと抱き着く様に首に手を回していたオリヴィエがねぇ、と耳元に口を寄せて、
「昨晩も何もなかったし、そろそろ……」
「すまんな、仕事前に女を抱くのは縁起が悪いからパスで」
「えー!」
二人が見えている前に大胆に誘ってくるオリヴィエだったが、その言葉を無視して立ち上がると、首からぶら下がったまま、ぶーぶーと文句の声を垂らしながらオリヴィエが引きずられている。それを指差しながらハイディへと視線を向ければ、ハイディが溜息を吐いた。
「アレクさん、私は傍付きであって母親じゃないんです。こんな大きな子供の面倒は見れません」
「ハイディが地味に酷いんですけど……」
「当然の対応では」
エリー、大体俺以外の人間に対してはセメントな対応ばかりしている気がするが、最近はハイディも段々とセメント率が上昇している様に感じる。というかくっころソフトMにセメント属性混じり始めているのはなんだ、良い傾向なんだろうか? 駄目だ、たぶん自分が原因である以上、何も言えない。
まぁ、とハイディが言葉を呟く。
「オリヴィエさんに関しては、好きなだけ甘えるといいですよ。最終的に正妻の座を獲得するのは私ですし」
「おぉっと、ハイディも言うようになりましたね」
「脈絡もなく思いつきで修羅場始めようとするんじゃねぇよ」
ハイディとオリヴィエの頭を叩き、オリヴィエを引き剥がしてハイディの上へと投げ転がす。きゃー、という楽しそうな声を漏らしながらオリヴィエがハイディを押しつぶし、ハイディも楽しそうに潰されている。お前ら、本当に仲が良いよなぁ、と苦笑しつつ馬鹿を二人放って背を向ける。めんどくさいので既にハイディにもオリヴィエにも、この家の合鍵を渡してあるから勝手に鍵をかけて帰るだろう。
だからエリーを連れて家の外に出る。
ふぅ、と息を吐きながら青空を見上げ、再び息を吐く。
後から出て来たエリーが横に並ぶ。
「……不安ですか?」
「ないと言えば嘘になる」
とはいえ……それで動きを鈍らせるほど、未熟であるつもりはない。やる事は今までと一切変わらないのだ。潜入して、盗んで、見つかって、そしてその上で逃げるのだ。そうすることでこのゲームは完遂する。
とはいえ、
そうでなければ
「ま、いいさ。何が何であろうが今の俺は無敵の気分なんだ……負けやしねぇよ」
そう言葉を残し、エリーと共にアジトへと戻って行く。
満月―――怪盗の夜がやってくる。
満月が美しく照らす晩にベルカの遺した秘宝を頂きにまいります。
次回、ゲームスタート。