※この作品はR-18です。

Stealing The Reality   作:てんぞー

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Dear My Love Ⅷ

「影を掴んでこねこね、っと。更にそれを捻じ曲げてくるりと回して人は何を見るかな、っと。人は見ているようで何も見ていない、自分の見たい現実のみを見ていますよーっと。はい、完成」

 

『センスの無い歌だと判断します』

 

「ありがとよ」

 

 息を吐き出しながら近くの闇を材料に結界を完成させた。何度も繰り返すが、この体は魔力を使ってはならない。使えば使う程リンカーコアの消滅が加速するからだ。それ故に基本的に魔力はなるべく使わず、魔法を使わずに出来る事をしている。故に異能である虚数に触れる能力。それを使って虚数そのものを闇から引き抜き、魔力の代わりのリソースとして代替している。

 

 心がある場所に無限の燃料が存在する。

 

 言葉ほど便利なものではないが。

 

 そして人は闇を《恐怖》として彩る。子供は闇を見てそこに怪物が存在しているのではないか、と人生で一度は必ず思っただろう。一人でトイレに行くに怖いのは暗闇にお化けが隠れているかもしれないから。闇の中には不審者が隠れている。闇の中にいるとまるで世界から隔離されたかのようだ。隔離。怪物。隠れる。静か。潜む。それが闇という領域に存在する人間が受ける認識である。これが大衆が向けるイメージ。つまりはソ(・)レ(・)が(・)闇(・)に(・)備(・)わ(・)る(・)属(・)性(・)で(・)も(・)あ(・)る(・)のだ。

 

 真実?

 

 本当はどういう性質か?

 

 そんな事、人間は誰一人として求めてはいない。

 

 認識の世界において重要なのは、虚数という領域にて重要なのは大衆が保有するイメージ。どういう風に見て、どういう風に感じるか。その全体像が属性とも呼べるものになる。故に闇は結界の材料として最適の物である。偶に憎悪とかが混じってくることがあるが、材料としては不純物なので、摘んで投げ捨ててしまおう。そうやって完成させた闇の塊。

 

 それを土の下に通して、侵食する。静かに。気づかれず。六(・)感(・)殺(・)し(・)とも呼べる技術で、直感できない様に静かに浸透させるように地面の中に結界を滲ませる。それを完了させたところで、次に念話のクラック。此方から念話を掴んで、そこに割り込み、チャンネルを記録する。そこら辺を飛んでいる念話の電波を素手で掴んで、それをエリーへと流せばよいから作業の方は簡単だ。

 

 次に分け身を作り、クラウスと同じ姿に変装させ、クラウスの声を真似すればそれでクラウスが巡回のチェックから外れようとも、短時間であれば問題なく誤魔化す事が出来る。それを即座にラインに割り込む準備を完了させた所で、

 

 一気に、クラウスを囲む空間と自分の空間を結界で飲み込んだ。夜の闇が赤くなる。空の浮かぶ月が血よりも赤い涙を流す様に笑っている。色素が変動し、虚数の結界で空間を捉えた。即ち、自分が潜っている影の中の世界と、同じ世界へと空間を飲み込んでシフトさせた、という事である。

 

 即ち、影に隠れている意味はない。

 

 隠れていた影から立ち上がり、そして道先を塞ぐクラウスの前へと進み出て来る。距離は20程、達人であれば一呼吸で一瞬で接近できるレンジだ。そしてそこまで接近した所で、クラウスの視線を受けながらステッキをぽん、と演出の為に取り出し、蝶を浮かべながら優雅に一礼を取った。

 

「こんばんわ、クラウス・S・イングヴァルト氏、そして初めまして。俺はネメシス。怪盗ネメシス。今宵、ベルカの至宝を窮屈な鳥籠より奪い去る為に現れた一人の使徒だと思って欲しい。どうか、お見知りおきを」

 

 それを見たクラウスはふっ、と小さな笑い声を零した。警戒はしたままではあるが、此方の礼に対して、クラウスも拳を構えずに、礼を返してきた。

 

「こんばんわフロイライン、良い夜と呼ぶには少々趣味が悪いと評価しますが……こんばんわ、怪盗ネメシス。ご存知の通り、聖騎士団の団長を未熟ながらやらせて貰っているクラウス・S・ストラトスです。以後お見知りおきを―――」

 

 とはいえ、とクラウスは笑いながら言葉を続ける。

 

「直ぐに捕まるでしょうから以後もないでしょうか」

 

「成程、自信があるようで」

 

「えぇ、積み重ねて来た鍛錬は嘘をつきませんから……それに、誰が相手であろうと負ける気概で戦う者は必要とされない職務ですので」

 

「成程、中々充実しているようで」

 

「えぇ、個人的には気に入っている場所です……いえ、副団長が今は……その、スキャンダルで自室を妻に放火されている様なので、それさえ無ければなぁ……とは思ってるんですけど……ね……」

 

「放火」

 

「はい」

 

「放火かー……」

 

「何やら浮気の証拠を顔面に叩きつけた上でガソリンも叩きつけたそうで」

 

『凄まじいご母堂ですね、アレク』

 

 ……マッマに関してはあの苛烈さがあるからパッパがマジで子種ばら撒いてないんだよなぁー……。

 

 父と母の関係は割と外側から見ているのは面白い。あそこまで父がフリーダムしているのに、子供が自分とヴィクトーリアしか存在しないのは母がしっかりと愛情的な部分を全て独占している所にある。やる事は過激だけど、しっかり夫婦出来ているというのは面白い話だった。まぁ、それはそれとして、で、と言葉を零す。

 

「増援は来てくれそうかな?」

 

「いえ、困ったことにジャミングされているようでして。中々多芸なようでして」

 

「こう見えても一流の怪盗。これぐらい出来ないとまぁ、恰好がね? と、話を長引かせては夜が終わってしまうか。すまないね、クラウス君。そこを押し通らせて貰うよ」

 

「可能であるならばどうぞ―――!」

 

 音も気配もなく、クラウスは踏み込んでいた。姿勢を低く、大地を一切傷つけずに重量を消し去って、良く鍛え上げられた両腕の筋肉ははち切れんほどに盛り上がり、剣と槍を片手で握っている。一剣一槍の超変則スタイル。二刀流としては間違いなく異端と呼べるようなスタイル、狂気的とも表現できるだろう。二刀流は両手でバランスを取れる武器で行う為、重量、長さがまるで違う武器で行う様な技術ではない。それでハイディよりも強いレベルであるというのならば、恐ろしいレベルの実力者なのは間違いないだろう。

 

 故に踏み込み、間合いの取り方、その全てが完璧で、

 

「棺桶さん(タナトフォビア)」

 

 一手目は読めた。そして反射神経、速度であれば回避、生存、妨害、そして目立つことに誘導を得意とする此方のお遊びの方が早い。その場から動く必要もなく、一瞬で踏み込んできたクラウスの動きに合わせて、地面から棺桶が飛び出してきた。開いた状態の棺桶はそのままクラウスを飲み込んで、そして蓋が閉まった。

 

「だけどすまない、クラウス君。君の熱い思いには答えられそうにない。俺は大の女性好きであってね、男からのアプローチはお断りしている所なのさ。それはそれとして、女に飛び込んでくるようなアプローチは控えるべきだと思う。この事は君の妹にしっかり伝えておこう」

 

「まて、話をしよう……!」

 

 家を吹き飛ばすような轟音と衝撃が棺桶の内側から響く。しかしそれで棺桶が揺るぐようなことはなかった。おぉっと、と声を漏らす。

 

「その棺桶さんは死への恐怖をその硬度として、死への想いの重さをそのまま重量として反映する。お前が死を恐怖すればするほど、それは堅牢で強固になる。まぁ、しばらくしたら出してあげるから悲嘆せずにおくと良い。それではな!」

 

「待て、妹の事は話し合おう……話し合おう―――!」

 

 残念、時間切れだ。

 

 アレクに戻った時、面白いしもうちょっとクラウスと話しに行くかぁ、と心の中で思いつつ、虚数の結界を抜けて現実へと帰還する。強い奴はまともに戦わず、こうやって隔離するに限る。とはいえ、棺桶さんは一つしか存在しないロストロギアだ。自動再生機能とかがある分、完全破壊される心配はいらないのだが二人以上同時に隔離出来ないのが中々に辛い。

 

 それはさておき、これで最後の障害もクリアできた。

 

 闇を抜け、そのまま歩いて扉の前に立ち、向こう側の気配を感じながら分け身クラウス君がちゃんと稼働しているのを見て、それを扉の鍵を外側から外した。何時も通り、普通に扉は開き、そしてオリヴィエ専用の屋敷ともとれる、住居へと入れた。

 

 入った所で、待ちわびるかのように、そこにはオリヴィエとハイディの姿があった。

 

「本当にここまで全く見つからずに来れてしまいましたね……」

 

「ね? 心配する必要なかったでしょう? アレ……ネメシスはこの事に関しては次元一ですからね」

 

「もう名前をほとんど口にしてるじゃねぇか」

 

 はぁ、と溜息を吐きながら後ろで扉を閉めて、室内に入る。これで折り返し地点に到着だ。此方を待っていたオリヴィエの両腕は何時もの人の腕と遜色のない義手ではなく、聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの銀腕を装着していた。ある意味ではご本人でもあるのだが、ここにいるオリヴィエは自分自身を現在の女と認識している以上―――別人である。

 

 まぁ、それはそれとして、

 

「お疲れ様ー。ココア用意してありますけど飲みます?」

 

「用意したのは私ですけど」

 

「実はクッキーも一緒に用意したんですよー」

 

「焼いたのも私です」

 

「お前は何をしたんだ……」

 

 その言葉に、オリヴィエがうーん、と声を零しながら首を傾げ、そしてあっ、と声を零した。

 

「今夜は私がヒロイン枠ですから問題解決」

 

「一発叩いていいぞ」

 

「あ痛っ……ってもう一度痛ぁ! ハイディ今2回ですよ! 2回叩きましたよ!」

 

「2回目は私からです」

 

 ぶー、と頬を膨らませながら抗議を口にするオリヴィエだったが、その積極性はやはり、どちらかというとヴィヴィオの物だった。あぁ、やばい、割と完全に混じってきている。今夜中に決着をつけることを決めて正解だったな、と思った。このまま放置していればオリヴィエとヴィヴィオを混ぜたようなオリヴィエが出来上がっていただろう、と思う。その場合、生み出される悪夢の数々は全く考えたくはなかった。あぁ、それはそれとして、

 

「ココアもクッキーも残念ながらなしだ。予想外に聖騎士団の連中が有能すぎる、というかお前の兄が化け物過ぎるんだよ。なんだよアイツ。その内無我に突入して棺桶さん突破するんじゃねぇの……」

 

「兄は真面目ですから……」

 

「方向性間違えてねぇかなぁ」

 

 まぁ、残念ながらココアを飲みながら優雅に休憩、なんて暇はない。ああいうタイプは寸前で覚醒入るのが世の中のお約束なので、覚醒展開に入る前にさっさと逃亡の準備に入ってしまう。その為にも道具を確認し、体のコンディションを確認し、そして脳内で逃走ルートを再び確認する。

 

 潜入、侵入時はバレない様にするのがルールだ。だが逃亡は違う。

 

 逃亡する時は見(・)つ(・)か(・)る(・)様(・)に(・)逃(・)げ(・)る(・)の(・)が(・)美(・)学(・)なのだ。怪盗の逃走とは華々しく、そして美しくなければならない。あぁ、何時の間に奪って!? そう思わせてから目の前で奪われ、消えて行く。その感覚を人々に伝えるのと同時に、見せつけるのだ。故に、これからノンストップ、完全に騎士団や一般やらの追跡を振り切る為の状態を確認する。そしてそれが問題ないと確認したところで、

 

 いつの間にかハイディが運んできたクッキーを一枚だけ取って、口に放り込んだ。サクサクしておきながら中身はしっとりしている。結構好きなタイプのクッキーだった。これ、胃袋を掴みに来ているなぁ、と思いつつオリヴィエへと視線を向けた。

 

 その両腕は前に突き出されている。

 

「じゃ、お願いしますね、私の怪盗さん(ヒーロー)」

 

「あぁ―――オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの銀腕、並びにその未来。この俺が確かに頂戴した」

 

 一瞬の動きでオリヴィエの腕から、その銀腕を奪った。一切の痛みも感覚も、奪ったという感触さえ残さず、滑る様な滑らかさでその両腕を外した。美しく輝ける銀色の腕はそうやって、今、現実から盗み出された。かつての聖王が装着していた、凄まじいまでの年と念の重さをこれに感じていた。怒り、苦しみ、悲しみ、後悔―――だが感謝だ。

 

 この銀腕、その奥底に眠り、隠されている感情は感謝だった。

 

 エレミアへ―――ヴィルフリッドという友に対する感謝。

 

 そしてずっと、友達でいて欲しいという願いだった。

 

 それが、この美しいまでの銀腕に残っている全ての想いだった。

 

「博物館で飾るには余りにも無粋だな、これは」

 

 込められている感情と想いを読み解いて感じたのがソレだった。人前にさらすような物ではない。これは少女の、或いは女の切実な願いと希望を込めたものだった。人前に飾るには、余りにも酷過ぎるのだ。だがその事はもう考えなくてもいい。俺に盗まれた以上、これが世界に出回る事はない。

 

 ずっと、想いと共に眠り続ける事が出来る。

 

 それが幸せだろう。

 

 ふぅ、と息を吐く。逃亡だけならその難易度は今までの半分以下だ。そうなると少しだけ、心が楽なる。とはいえ、ここで油断すると手痛いしっぺ返しを食らうだろう。だが油断せず、慢心せず。それを心がけることを忘れずに、深呼吸をする。そしてそれを終わらせたところで再び夜へと繰り出そうとしたところで、

 

「うっ……くっ……」

 

「オリヴィエさん?」

 

 オリヴィエのうめき声に足を止めた。膝を床につく様に折ったオリヴィエはうめき声を漏らしながら俯き、軽く頭を揺らしていた。そこに腕があれば間違いなく頭を抱えていただろうというのがその動きから解る。ハイディが驚きながらオリヴィエへと近づき、そして視線を合わせた。

 

「オリヴィエさん? どうしたんですか? 大丈夫ですか?」

 

「頭が……痛い……何かが……這いよって―――」

 

「あ、成程。そういう事か」

 

 オリヴィエの弱弱しい声に、何が起きているのかを即座に理解し、ハイディを蹴り飛ばしながら同時に奥歯に仕込んだ薬を飲み込み、そして虚数結界でここら一帯を一瞬で飲み込みながら蝶を撒いた。ワンアクションで挟み込める可能な限りの行動を挟み込んだ瞬間、オリヴィエから一切の音が途絶え、

 

 瞬間、胸に熱を感じた。

 

「こほっ―――」

 

 赤い色が胸を貫いていた。

 

 それは俯いているオリヴィエの腕の無い筈の袖の中から伸びて―――軌道を描きながら形を変え、物理的に変な方向へと折れ曲がりながら此方の心臓を貫く様に突き刺さっていた。こほっ、と血の塊を吐き出しながら、体が血色の腕に貫通されているのを確認した。それを見て成程、と呟く。

 

「身内がボスとはベタな展開だな……」

 

「アレクさんッ!!」

 

 蹴り飛ばされたハイディから悲痛な声が漏れ、そして此方の体が更に持ち上げられた。胸の穴を広げる様に無造作に、そしてそのまま、

 

 壁を破壊する様に外の世界に放り出された。貫通された穴から血液を流しながら壁を粉砕し、大地に転がりながら痛い、と呻く。寸前に結界で捕らえて良かった、とも。あぁ、とうめき声を零しながら、立ち上がる。

 

「1回死んじまったわ。あー、糞」

 

 ゴキリ、と首を鳴らしながら口の中から血反吐を吐き捨てると、室内からハイディの声が聞こえ、次の瞬間には赤い閃きと衝撃が空気に伝わって来た。直後、此方に向かってハイディが吹っ飛んで来るのが見えた。それを両手で後ろからキャッチした。

 

「きゃっ……あれ、アレク……さん? 胸を貫かれたはずでは……」

 

「1回なら誤差」

 

 既に胸の傷は塞がっている。やっぱりサプライズを仕込んでいた。というか確実に仕込んであるだろうと思って、即死手段を用意しておいてよかった。おかげで死(・)ぬ(・)前(・)に(・)自(・)殺(・)出(・)来(・)た(・)。

 

「そんな誤差聞いた事がありません……けど生きてて良かったです……」

 

「ま、俺の事は心配する必要はない。それよりも―――」

 

 視線を破壊された壁の向こう側へと向ければ、戦装束に身を包んだオリヴィエが、その両腕に赤い血液を固めて作ったような怪物の腕を装着して、凄まじいまでの敵意と殺意を目に孕ませながら此方を睨んでいた。どこからどう見ても暴走状態。素敵なほどに暴走状態。完璧に暴走状態。というか姿が悪役である。マジかよ、と思わずつぶやくぐらいには酷い状況だった。此方を見上げるオリヴィエの視線には殺すという意思が、排除するという殺意しか込められていない。それを目にしながら、腰からハンドガンを引き抜いた。

 

「あの、これ、どういう事か解りますか?」

 

「たぶん、防衛機構みたいなもんだよ。夢の達成を目前にそれが敗れるとふ(・)ざ(・)け(・)ん(・)な(・)って思うだろ? その具現みたいなもんじゃないかな……」

 

 ふざけるな、諦められない、ありえない、許せるわけがない。夢が覚める、或いは終わる、奪われるその寸前に人間が感じる感情。それが発生しているのだ。銀腕を盗み、対象となっているヴィヴィオとオリヴィエにそのエネルギーが全部注ぎ込まれ、夢の達成を行う為に銀腕を取り戻そうと、オリヴィエへの干渉が発生した。つまりはそういう事なのだろうと思う。

 

 クッソめんどくさい出来事だった。

 

 ボスを用意するのは解る。

 

 だが身内を強制的に仕立て上げる糞っぷりは間違いなく糞GMだと評価できる。

 

『現実そのものがクソだと評価できますが』

 

「それな」

 

 銃に12発の《死滅願望》を装填し、迷う事無くその引き金を引いた。放たれた弾丸が一直線にオリヴィエへと向かい―――それを視認するまでもなく、オリヴィエの血腕だけが蠢く様に動き、掴んだ。だが弾丸は触れた瞬間に発動する。込められた認識は死滅願望(デストルドー)。物理的、魔術的防御は関係なく、比べ合うのは死への願望、想いの強さ。その恐怖そのものが武器を伝い、肌から染み込み、心にそれを流し込み―――通常であれば、発狂死させる。

 

 とはいえ、殺人は呪いによって犯せない。

 

 それ故に発生するのは発狂できずに恐怖によって強制的に気絶させられるノックダウン。余りスマートではなく、手段が手段ゆえに美しくなく、なるべくなら使いたくない手段ではあったが、一瞬で鎮圧するのであればこれが一番楽ではある。その為、これで気絶してくれると嬉しいなぁ、と願いながら死への渇望がオリヴィエに侵入するのを果たすのを感じた。

 

「ぐっ……ガぁ……Grr……!」

 

「あ、駄目みたいですね」

 

「アレ……ネメシスさん! しっかり!」

 

 様子から察するに、完全に理性がぶっ飛んでいるという所だから、発狂するだけの思考能力がないという事だろう、たぶん。厄介なことをしやがって、としか感想が出てこない。これじゃあ銃を使うのは無意味だな、と投げ捨てて倉庫にしまう。まぁ、と声を漏らす。

 

「幸い相手はオリヴィエ一人だ。俺とハイディの二人掛りで抑え込めば気絶に追い込め―――」

 

 言葉を放つと、破壊された壁の向こう側の景色がノイズが走る様にゆらり、と霞み、そして瞬きをした後に広がっているのは、オリヴィエとヴィヴィオ、二(・)人(・)が(・)並(・)ん(・)で(・)い(・)る(・)姿(・)だった。

 

「あら、ヴィヴィオも腕を無くしちゃったのかな? おっちょこちょいだなぁ……」

 

「声震えてますよ」

 

 出現したヴィヴィオも両腕がオリヴィエの様になくなっており、その代わりに流動する血液の腕を生やしていた。どこからどう見てもビジュアルが悪役サイドだ。というか正面から戦ってまともに勝負にならない奴がタッグを組むとか本当に止めてくれ。と、現実逃避をしている間にオリヴィエとヴィヴィオの視線が両方、此方へと向けられた。なので口を開く。

 

「ハイディちゃん、どっちか相手出来る?」

 

「一人だと正直、どちらにも勝てないですね」

 

「厳しいかぁー」

 

 俺も一人で倒せと言われたら間違いなく逃げ出すだろうし、間違いなくジャンル的に無理無茶無謀に入る。その上でどうするか、を考えるとなると、やはりこうだろう、と指を後ろへと向けてくいくい、と動かす。同時に目に飛び出してきたオリヴィエとヴィヴィオの攻撃に割り込ませるように、

 

 棺桶さんクラウス入りを地面を抉りながら引き寄せ、そのまま盾としてオリヴィエとヴィヴィオの同時攻撃に対して運用した。血腕の衝撃が棺桶さんによって全部吸収され、棺桶さんの内側からクラウスの鈍い声した。

 

「に、兄さん……!」

 

『そこに居るのは妹なのか? なぜか先ほどから姫殿下が二人いるという妄想を抱き始めているんだがちょっとした衝撃で俺の正気を試してくれないか? うん、必要以上の衝撃だ。腕を上げたな……。ところで5発もいらないと思うのだが』

 

「兄さん、それ私じゃないですから」

 

「お前ら兄妹揃うとすげぇ面白いな」

 

『む、その声は先ほどの怪盗。ところで先ほどから凄まじい衝撃をこの狭い空間内で受け続けていて吐きそうなのだが』

 

「オープン……!」

 

 棺桶の掃除をするのは俺なのに、その中で吐かれてはたまったもんじゃない。オリヴィエとヴィヴィオがガンガンと棺桶を殴りつけているのを無視して、一気に扉を開けば、その殴り合う瞬間にクラウスが解放された。目の前に迫る暴走オリヴィエと暴走ヴィヴィオ。この絶望的な状況に放り出されるクラウス。

 

「む? むっ!? おおおぉぉぉ―――!」

 

「おぉー」

 

 棺桶から解放されたクラウスが一瞬でヴィヴィオとオリヴィエの両腕を一剣一槍で切り払いながら道を作り、そこに押し出す様に二人の聖王姫の姿を押し込み、距離を開けると棺桶を飛び越え、後ろへと下がって来た。お見事、実にお見事としか評価するしかなかった。ハイディと並んで二人で拍手を送る。

 

 それを受けたクラウスが満更そうでもない表情を浮かべ―――頭を振った。

 

「今、自分の正気を疑っている。何時の間にか姫はバリエーション豊かになっている上、大事な妹は侵入者と並んで拍手を送り、拘束から逃れられたと思ったらバリエーション豊かな姫にコンビネーションアタックを仕掛けられていた。俺は本当に正気なのか……?」

 

「さっきまでの相対の雰囲気台無しだよな」

 

 気持ちはよく解る。そう呟き、腕を組んで胸を持ち上げながら頷きつつ、ササっとハイディと共にクラウスの後ろ側へと回り込む。そのまま棺桶を消して、クラウスを盾にする様にもう少しだけ後ろへと下がり、

 

「じゃあ、相手出来るみたいなんで相手お願いします兄さん」

 

「か弱いレディなので」

 

「待て待て待て待て―――っぉ!」

 

 オリヴィエとヴィヴィオが再び飛び掛かってくる。言葉を中断しながらクラウスが二刀流で再び相対する。優れた技巧で血腕の間合いに入り込み、肘、柄、そして刃の腹で叩く様に外側へと弾きながら接近するが、それを学習したダブル・ザ・姫が一瞬で空中で腕の軌道を折り曲げた。成程、アレは自由に動かせるのか、と人体では不可能な動きを見せる腕の姿をほうほう、と呟きながらクラウスが必死の形相で対処するのを見る。

 

「待て、色々と待て……何故こうなっている!?」

 

「あ、兄さん、オリヴィエさんとヴィヴィオさんを気絶させてくださいね」

 

「妹よ、そこは助太刀する所ではないのか?」

 

「親友に手を上げるのはちょっと……」

 

「むぅ、それなら仕方がないな……」

 

「実はとんでもなく妹に甘いタイプなのではないかこいつ?」

 

 と、想った瞬間、クラウスがオリヴィエに殴り飛ばされ、そして追撃でヴィヴィオに殴り飛ばされた。理性がトンでいる癖にコンビネーションは綺麗に決まるんだなぁ、と思いながらクラウスの吹き飛ぶ勇姿を眺め、心の中で敬礼を送る。

 

 と、死んだかと思ったが、額から血を流しながらクラウスが瓦礫の中から出て来た。

 

「良し―――無理だ」

 

 額から血を流しながらクラウスが断言した。うん、まぁ、才能の塊二人を同時に相手とか普通の人類には無理だよね、これ、と思いながらオリヴィエとヴィヴィオを見る。此方が動かないのを察してか、待ち構える様に動きを完全に停止させているが、此方を、つまりは奪った銀腕を眺めているのが解る。これは完全に本人の意思そのものは封じ込められているな、と確信し、怪盗を成功させなければどうしようもないと理解する。

 

 だがその前提として、二人をこのままにしておくことはできない。

 

 この状態で放置した所で、どういう悪影響が出て来るのかが予測できない。

 

 故に、

 

「仕方がねぇな……ストラトス団長? そこのレディを寝かしつける事にお互い協力する事はどうかな?」

 

「良いのか?」

 

「怪盗ネメシスは死傷者ゼロである事を信条としていてね、自分に原因があるのならケアをして去って行くのさ」

 

「なら銀腕を置いて行け」

 

「それは困る」

 

「だろうな……」

 

 はぁ、と溜息を吐き、クラウスが此方からオリヴィエとヴィヴィオへと視線を向け、それからハイディへと視線を向ける。そうやって視線を巡らせた所で、瓦礫の中から立ち上がり、剣と槍を再び構えた。その表情には疑いと呆れと、困惑、しかし真面目さがあった。

 

「仕方がない……妹が関わっているようだしな。終わったら色々と説明して貰うぞ」

 

 溜息を吐きながらクラウスが二人の姫へと視線を向けた。それに合わせ、横のハイディへと視線を向ける。

 

「上手く丸め込めよ、ハイディ」

 

「任せてください、兄は結構チョロいのだって最近分かって来たので」

 

「聞こえてるぞ」

 

 空気が少しだけ緩くなった中で、深呼吸をする様に息を吐き出してから再び吸い込み、意識のリセットを完了させる。今までは前哨戦、茶番だった。ここからがオーディエンス的にも本番という所だろうか?

 

 さぁ、ゲームの続行だ。ボスは急遽用意された聖王姉妹。

 

 倒して眠らせ、その上で銀腕を盗み出せ。




 クラウスさんはおちゃめな人。

 妄念。執念。祈り。或いは願い。願望とも。それが砕かれそうになればどうなる? 当然キレる。余計な事をするんじゃねぇ、と。それに触るんじゃねぇ、とも。ぶち殺すぞ、と。願いを壊そうとしているのだから当然の反応だとも。改変とは夢の現実化である。そしてそれの解除とはつまり大衆の夢の否定である。夢は否定されるときの癇癪が一番怖い。

 ヴィヴィオとオリヴィエの怪物腕に関してはAA参照。
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