「あの」
「……」
「あのさぁ……」
「……」
「無視すんなよ!」
トーマが背負っていたフーカを投げつけて来た。それにダメージが入らない様に蹴り上げながら足を掴んで、そのままフーカをトーマへと投げ返す。それを焦りながらトーマが掴み、受け取りながら転びそうになるのを堪えた。グッジョブ無能後輩、と言葉を向けながらサムズアップを向ければトーマが半ギレで答える。
「ざけんな! 俺がずっと運んでるじゃねぇか!」
「お前、結局何も出来てなかったんだから運ぶぐらいはやれよ」
「正しいかもしれないけど不満!!」
うるせぇ、と答えながら場所は廃墟都市から出ていた。廃墟都市から出て、そこから一番近い駅で高速鉄道に乗って一気にミッドチルダの都市部へと来ていた。その間、フーカは騒がれたら困るので、ずっと意識を盗み続けている。相手がまだ若い女であるという事もあって、昏睡状態を維持するのはそこまで難しい話ではない。。問題は俺が運ぶと確実に犯罪チックに見える事になる。だからこそ、トーマに運ばせている。比較的に歳と髪色が近いトーマならまだ兄妹で通じるからだ。
俺がそこらへん、ずっと運ぶと絵面が中々やばい。ついでに言えば女への接触に対して慣れをトーマに作らせる意図でもあるが、スキンシップはそこまで問題ではないらしい。さっき、着替えさせたからだろうか?
ともあれ、フーカを引き渡す為にも廃墟都市を出てきていた。待ち合わせ場所は廃墟都市に比較的に近いベルカ自治区だった。というのも、そこは自分のセーフハウスがある都市でもある。
セーフハウスというか、表向きの自分の家がある場所である。定期的に生きているかどうかを確かめている人間がいるのと、まだ管理局に住人情報が残っている以上、ずっと廃棄された都市群の中で生きて行く訳にも行かず、表向きに所有している家が必要になるのだ。そういう訳で稼いだ金でセーフハウス扱いしている家をミッドチルダ北部には一軒、保有している。
ちなみに逃亡先やアジトから逃げる時などを考えて、ミッドチルダの各地に別名義で同じように保有している部屋は幾つか存在する。この怪盗という職業、何時になっても保険を用意していても足りないぐらいだ。これぐらいの備えは必要だ。
何より、定期的に妹が生存確認に突撃してくることもある。そういう事もあって、表向きに保有している家があれば、そっちに妹を誘導する事も出来る。そういう意味もあってアジト以外に住んでいる家を保有している。というか普段はそっちで暮らしている。アジトの方は基本的にトーマに投げているのだ、維持とかを含めて。それでも生活の時間に関してはアジトと家で5:5なのは、トーマとリリィの様子を確認しに行ってしまうからだろうか。
まぁ、そんな事もあり、待ち合わせ場所は必然的に自分の家になる。
場所は駅からそう遠くはない。《廃棄都市》と世間で呼ばれている区画の近くから伸びている電車に乗ってベルカ自治区に到着し、そこから駅近くの路地裏に入って行けば、少し怪しい様子の商店街に入れる。妙に硝煙臭いいかつい男が店主の駄菓子屋とかがあるその商店街の更に裏手へと行けば、自分の家がそこにある。
フーカをずっと背負ってきたトーマへと視線を向ければ、まだ疲れている様な様子は見せていない。まぁ、戦いのセンスはなくても怪盗活動の為に体は鍛えているのだから、体力はあって当然だ。この程度で疲れては困るが、そこら辺は無用な心配だったらしい。普通に問題なさそうだった。
そんな事を気にしながら2階建ての我が家へと久方ぶりに帰ってくる。首飾りの怪盗計画を練るのと、その準備とコンディション調整のためにここ1か月はアジトの方で寝泊りを繰り返していたから、此方へと戻ってくるのは本当に久しぶりだった。商店街が近いから結構買い物も簡単だし、立地は悪くないのだ。
ただ、傍の商店街が怪しすぎるせいで誰も寄り付かないだけの幽霊物件だったというだけで。
そんな懐かしの我が家へと戻ってくると、家の前に立っている姿が見える。白いパーカーを被って顔を隠してはいるが、それでは隠し切れない体のライン等で、一瞬で誰なのかを看破する。此方を見るとお、と声を零した。その顔はパーカーによって隠れていて良く見えないが、笑みを浮かべているのは理解できる。
「よぉ、派手にやったみてぇじゃねぇか兄貴」
「お前のその声を聞くのも1か月振りだな」
「まぁ、俺も中々教会を抜け出せねぇからな。ったく、毎度の如く護衛やら監視やらで面倒な事この上ないぜ……。気付けば発信機とかあるしな。おかげでそういうのを外したり撒いたりする技術ばかりが上がってくぜ。あぁ、トーマも元気そうだな? リリィとは仲良くやってっか?」
「あ、ども。うん、元気にやっています」
「あ゛? んな畏まらなくても良いってのによぉー。どいつもこいつもへこへこしやがってるくせに内心ではどう利用してやるかばかり。ぶっちゃけ、普通に接してくれる方が百倍ありがたいぜ、マジで。死にかけの爺にありがたがられたってなにも嬉しくねぇんだよ、ファック!」
吐き捨てる様に喋る彼女の姿をテレビで彼女を知る人々が見れば、さぞや驚く事だろう。それを見てトーマはそれでも無理、と手を振る。まぁ、根本的に住んでいる世界が違う人間だから当然と言えば当然だろう。それを理解してか、彼女はまぁいいや、と言葉を吐いた。
「一応ババアに書置きだけは残してきたし、問題はねぇだろ。とりあえずバレる前に中に入っちまおうぜ」
「それもそうだな」
教育係を自称しているババアもこの分だと心労で死にそうだなぁ、と思いながらポケットから鍵を引き抜く―――なんて事はせず、透過させて鍵を開けた。その為、鍵なんてものを持ち歩く必要はない。盗法はこんな生活の知恵にもなるのだ―――なんて、馬鹿なことを考えていないでさっさと中に入る。何時、どこで誰に見られているのか解ったもんじゃないから当然と言えば当然なのだが。
そしてさっさと中に全員入った所で扉を閉め、鍵をかける。そしてそのまま、中に進んで行く。やっぱり、自分が留守にしている間もどうやら入り込んで掃除していたらしく、家の中に埃の気配はない。何時でも使える状態になっていた。この様子だと数日置きに来ている感じだと軽く頭を悩ませつつ、更に奥へと進み、居間のソファにフーカを放置させてからキッチンによって冷蔵庫を調べる。運が良い事にまだビールが残っていた。リビングへと視線を向け、
「ビールあるけど飲むか?」
「悪ぃ、俺バイクで来てるから飲めねぇんだわ」
「あー……サイダーがあるな。これで我慢するか」
「昼間から飲む気満々だったよこいつ」
「社会人はそういうのが許されるんだよ」
でも、まぁ、帰りはバイクだって話なら流石にここで飲ませる訳にも行かないからなぁ、とぼやきつつソーダを三つ運び、渡す手前で蓋を撫でる様に奪い、一瞬で外す。それをトーマが受け取り、そして彼女が受け取り、
「あー、これ邪魔だなクソ」
そう言ってパーカーを外した。
その下から出現するのは自分と同じ、金髪の持ち主だった。それを青いリボンでサイドポニーで纏める姿はしかし、両目が異なる色をしている。ヘテロクロミア。赤と翠の色で分かれている両目はこの世界において重大な意味を持っている。彼女はその血縁者だった。最後の血縁者、この時代における絶対的な血筋の持ち主であった。それをこの世に居る誰もが真似できない。その両目の色は
それは、聖王家の血縁の証だった。
ヴィヴィオ・ゼーゲブレヒト、その人になる。
「あー、うめぇ」
そう言ってヴィヴィオは軽くげっぷした。それを一切隠すような淑女的な仕草は一切なく、寧ろジーパンにパーカーというラフな格好で甘えているのか、両足をソファ前のテーブルに乗せて休ませていた。完全に王、聖、或いは姫とかいう概念からかけ離れた態度は、昔から変わらないヴィヴィオらしさだった。
「あー、ストリートに居た頃に戻りてぇ……信じられるか? 俺が、おはようございます皆さん! 今日も良い天気ですね、皆さんがこうやって元気で居られるのは私も嬉しいです……とか言わなきゃならないんだぜ?」
ヴィヴィオの猫かぶりにゲラゲラと笑う。似合わない。全くもって似合わない! ヴィヴィオがそんなお淑やかな女とか絶対にありえない。彼女の廃墟都市でのストリート時代を知っているだけにクッソ笑える内容だった。
「あ、そうそう。この前さ、お前がテレビに映ってるの見たぞ。なんだよあの恰好。お前がドレスを着て踊るとかさぁ」
「止めろ、アレは俺の趣味じゃねぇんだよ。ババアがさ、聖王の血筋ならこれぐらい出来て当然とか言って無理矢理やらせんだよ。俺としてもさ、ぶっちゃけ血筋とか責任とかクソも知らねぇからさっさと脱走してやりてぇんだけどなぁ……でもそういうのを抜きにすりゃあ飯にも困らねぇし、我慢するだけはあるんだよな」
パンの一つが命よりも重いとさえ認識されるスラムでの生活時代にヴィヴィオとは出会った。彼女はその頃からバリバリのスラムガール、ストリートチャイルドだった。というかバールで人を殴り殺した事さえあるような女だった。その女が今では見つけられ、聖王の血筋だって判明し、現代のお姫様として扱われているのだから爆笑もんだったりする。
「そんなに教育係のババアがうざいなら、処女じゃないって事を教えてやれば?」
「お、それいいな。今度教えてやるか。心臓発作でそのまま逝くかもな!」
「この人達なんで笑えてるんだろ……」
まぁ、今がどん底の生活よりも遥かにマシだから、としかそれは説明できない。トーマの生活に関しては俺が保証しているし、表を長くは歩けないが生活そのものは悪くない。まぁ、だからそこまでは解らないだろう。後数年の成長に期待、という所だろうか? それはそれとして、
「ちょっとこっちに合わなそうな子を見つけたんだよ。直情型で、殴るのに才能がありそうで。後放っておくとなんか勝手に首を突っ込んで破滅しそうな正義感」
「はぁん、また珍しいのもいたもんだな。ま、ハイディにでも送り付ければいい感じに纏めてくれるだろ」
困った時のハイディちゃん。まぁ、ハイディは結構奉仕体質的な物が酷く、一度心を打ち解けてしまえばずるずると世話を焼いてしまう様な子だ。アレは生来のものだよなぁ、と思いだしながら軽くサイダーを飲んで、ふぅ、と息を吐きながらトーマの方を見る。無言で縮こまっているトーマを見て、
「どうした、美少女がいるぞ? 喜べよ」
「前々からずっと思っていたけどアレクって凄い畜生だよね」
「その上で女を何人も引っ掛けるクズってのを忘れるなよ」
「イケメンに生まれてきて悪いな」
そう言うとゲラゲラとヴィヴィオと声を揃えて笑う。いやぁ、やっぱヴィヴィオと話しているのは楽しい。今居る怪盗団の面子の中で、
「お前、良くそんな体に育ったな」
「あぁ? 俺の場合栄養が足りなかっただけだからな。つか今はそんな話は良いんだよそんな事よりも俺は首飾りの件を聞きたいんだよ。あんな大物を盗み出したんだ? そうとう面白い話になってるんだろ? 折角なんだからゆっくり語ってけよ―――トーマが」
「そこでなんで俺に振る!? なんで俺に振る!?」
「虐めたら面白そうだから」
「同類かよこいつら」
「はっはっはっは! 数多くを信用出来ても、信頼して体を許せるのは兄貴だけだからな! まぁ、次点でハイディか。まぁ、お前ももっと肩から力を抜けよ。というか抜けさせろ」
「この怪盗ネメシスの本体たるアレク様に不可能等ない……というわけで遠慮を盗ませて貰おう」
「え、なに、盗法ってそんなものまでうっわ、心の中から遠慮が消えて行く! 感じる! 今なら言える! ナイスバスト! すっごく揉みたい!」
これはリリィに密告ですね、と呟けば、トーマが頭を壁に叩きつけ始める。遠慮が消えた所でずっと言いたかった言葉が出たのは良いが、それはそれとしてリリィに対する後ろめたさと自罰への遠慮のなさもリミッター解除されているので、即座に自分を罰し始めている。酒が一切入っていないのにラリってるようなもんだった。
「はぁー、クッソ面白れぇー。やっぱ面白いから好きだわこいつ」
「気持ちは凄い解る」
トーマは今、思春期真っ盛りだ。そういう事もあって反応とかが一々面白い。そこら辺の時期は自分もヴィヴィオも生きる事に必死で割と投げ捨てた感があるので、こうやって純粋に心の底から演技ではなく騒げる奴は好ましかった。そういう意味ではこのトーマ・アヴェニールという少年の事は非常に気に入っていた。
まぁ、それはそれとして、
「今日は何時まで居られる?」
「悪いが深夜までは無理だぜ、嫌だけど俺は俺で聖王教会でやりたい事あるしな。必要以上に攻撃材料を渡したくねぇ」
「抜け出している時点で無理なんだよなぁ……ってそうじゃねぇ、じゃあ今からなら多少は時間があるって事だろう? ならさ……」
此方の言葉のニュアンスに気が付いたヴィヴィオが笑みを浮かべた。
「そうだな、久しぶりだし悪く―――」
と、ヴィヴィオがそこまで言葉を口にしたところで、かちゃり、と玄関の方から音がした。一瞬でヴィヴィオが言葉を停止させ、此方も一瞬で動きと気配を殺し、音を盗んだ。ゴスゴスと頭を叩きつけているトーマの音が消え去り、ついでに片手で頭を掴んだ。お前、まだ殴っていたのか……そこまで後悔するなら最初からやるなよ、と思いつつ、
「アレ、おかしいですわね……鍵が開いてますわね」
「やべぇ、妹だ」
「クッソ、ここから良いとこだってのに! というか隠せ! 二人を隠せ!」
無論、昏睡状態のフーカと制御不能状態のトーマの話である。それをヴィヴィオも即座に理解し、察知したらしく、片手でフーカを掴んだ。お互いにトーマとフーカを掴みながら右往左往する。その間にも声の主―――つまり妹は徐々にだが近づいてくる。その気配がドアの前で停止してはいるが、近いうちに突入してくるのは目に見える未来だった。このまま、二人を放置しておくわけにはいかない。ついでにヴィヴィオも見られて良い存在ではない。
「どうすんだこれ!!」
「兄貴がコマしている間に逃げ出す」
「馬鹿野郎、血縁者だぞこの野郎」
「……兄様? もしかして居るんですか?」
反射的に冷蔵庫を開け放った。そしてその中へと《音を盗み》、音も衝撃もなくトーマを冷蔵庫の中へと叩き込んだ。それをそっくり真似たヴィヴィオがフーカを冷蔵庫の中へと叩き込み、一瞬でリビングから少年少女の姿が消え去った。何故だろう、不思議だなぁー。そんな茶番を経て、ヴィヴィオがパーカーを被り、その間に窓を開ける。そこからヴィヴィオが飛び出して屋根の上へと消えて行く。
「あ、やっぱり、兄様居ましたのね」
「もう来るな、って何度も言ったのにお前さぁ……」
「物分かりの悪さは兄様譲りなんです。そう簡単に私は変われませんわ」
換気の為に窓を開けたようなフリをしながらも、実はちょっと笑っていた。怪盗でスニーキングする時の様な楽しさが自分の中に少しだけあったからだ。しかし冷蔵庫の中、割と派手にぶち込んだけど荒れていないかが心配だ。トーマもフーカも無駄に頑丈そうだし、そこら辺は心配しない。問題は俺が、この状況をどうやって乗り越えるか、だ。
その答えを脳内で構築しつつ、振り返る。
そこには一人の女の姿が見える。
長い、緩いウェーブのかかった金の長髪。お淑やかさを感じる落ち着いた雰囲気の外出用ドレス、靴は女性らしさを現す様にヒールを履いており、同じ金髪なのにヴィヴィオと比べるのが失礼に思える程、女性的だった。いや、唯一胸部だけがヴィヴィオと一緒だ。まぁ、その豊かさは悪くないしそのままで良い。まぁ、問題は妹という存在であることがその全てを台無しにしている事だろうか。
「ヴィクトーリア」
「アレク兄様、1か月ぶりですわね」
「一体何度来るなって言えば解るんだ、お前って奴は……」
呆れながら息を吐くが、ヴィクター、即ちヴィクトーリア・ダールグリュンという少女はそれを一切改善しようとする気配をずっと見せなかった。年齢はヴィヴィオやユーノらと同じ15、つまりは自分の3個下の妹ととなる。自分の様に絶縁した不良息子とは違い、ヴィクトーリアはダールグリュンに残された唯一の子であり、そして次期党当主として確定している子でもある。おそらく3年後、18になって正式にベルカの法律で成人したら父親から当主の座を譲られるだろう。
少なくとも成人直後で継げるだけの能力がヴィクトーリアにはあった。
「俺と会ってるなんて事を知られたらまたなんて言われるか知らないぞ、お前」
「私は別にそれでいいですわよ? そもそもアレク兄様とは血の繋がっている兄妹なのですから、妹として兄の事を心配するのは普通ではないでしょうか?」
「それ、世の中じゃ異端派なんだよ」
「……?」
大半の妹は兄の事をうざいと考えて、兄は妹をうざいと考える。普通の世の中じゃそんなもんだ。仲の良い兄妹なんて、そもそも男女で考えの差が出る上に血縁で同じ環境に飽きる程一緒に居させられるのだから煩いし飽きるのが普通なのだが―――まぁヴィクトーリアは実に稀有なパターンで、こんなどうしようもない兄を好いてくれている妹だった。だからこそ鬱陶しいのだが。正直な話、さっさと男でも作って俺を放置して欲しいのが本音だ。俺のやっている事には関わせられないし、関わせるつもりもない。ヴィクトーリアは自分の怪盗関連の交友に関しては完全にカヤの外のグループであり、同時に関係のない人物でもある。
「兄貴ほんっと愛されてるなぁー。絶対押し倒せるって。俺知ってるぜ。これって家のベッドの下を見たら兄妹モンの少女漫画あるんだろ? 俺AVで見たぜ。ちなみにうっかり発見して押し倒されるところまでがセットな」
窓の外からヴィヴィオが此方にしか聞こえない様に声を投げてくる。普通に笑いそうになるから止めろと、声を返す。無論、師匠仕込みの会話術、普通に聞こうとすると聞こえない為、ヴィクトーリアには聞こえていない。というか俺、今、滅茶苦茶疲れた表情をしているだろうなぁ、と思う。まぁ、それはどうでもいいのだ。
「良し、帰れヴィクトーリア。俺は久しぶりに仕事で戻ってこれたし、一服して寝る」
「あ、なら寝ている間に何か食べやすいものを作っておきますわ。実は兄様がいない間に使用人に頼み込んで料理を習ってみたんです。冷蔵庫の中に日持ちする材料を入れておいたので今から―――」
「うわわおわお―――!!」
叫びながら全力でヴィクトーリアを掴んだ。やばい、駄目だ、それだけは駄目だ。冷蔵庫の中には今トーマとフーカが緩やかに凍死への道を進んでいるのだ。これをヴィクトーリアに見られたら完全に言い訳出来ない状況になってしまう、
というか既に手遅れ感ある……!
そう思いながらもヴィクトーリアの肩を掴み、動きを止めた。此方の動きにヴィクトーリアが動きを止めたが、少しだけ疑いのまなざしを向けていた。あ、やばい、これ絶対に疑われている。なんかある事ない事疑われているアレだ。なんとか、なんとかしなくてはならない。
俺が、何とかせねばならない……!
「デート! デート! デート!」
クッソうるせぇぞ現代聖王。お前がハッパに手を出したことあるのバラしてやろうかこいつ。心の中で叫びながらそのまま、スイングする様にヴィクトーリアの肩を掴み、腕を肩に回して、ヴィクトーリアの体を固定した。
「気が変わった」
「へ?」
「仕事で金が入ったし、偶にゃぁ妹にサービスしても罰は当たらないだろ。食いに行くぞ、食いに。手料理は何時でも出来るからまた今度にして」
嘘です。お金なんてありません。最近凄い出費をしました。収入はこれから入る所です。助けて若頭、具体的にはボーナスで。一応貯蓄と遺産はあるけど、アレは保険なので手を出せないので、それを抜きにすれば今月お小遣い実はちょっとピンチなのだ。こんなところで使えるお金じゃないんだからほんと許して。
「……」
ヴィクトーリアが黙る。此方をじっと見て、そしてひたすら視線を送ってきている。あ、もしかしてダメだった? 露骨過ぎただろうか? やっぱり子供じゃないんだし、というか中身は割と大人だからこんな手で騙されないよな。やべぇ、どうしようこれ……。
そう思った直後、花が咲くような笑顔をヴィクトーリアが浮かべた。
「も、もう、兄様がそう言うのなら仕方がありませんね……えぇ、仕方がありません! 実は一人だとちょっと入り辛い喫茶店があったのですが、兄様と一緒なら大丈夫ですねえぇ、気が変わらない内に行きましょう」
そう言うと今度はヴィクトーリアが此方の腕を掴んで、嬉しそうに腕を引っ張り始める。あーれー、と声を漏らしながら玄関へと向かって行く中で、窓の外へと視線を向ける。とりあえずヴィヴィオの方へと視線を向ければ、
サムズアップが見えた。
追跡、というか尾行する気満々だった。あの腐れ金髪巨乳、絶対許さねぇ。絶対にこの事をネタにしてしばらくは笑うつもりだアイツ。ヴィヴィオの事に関しては一緒に生活していた時期があるだけに、そこら辺は良く理解していた。なのであの窓から逆さまにぶら下がっている覗き込んでいる姿は百パーセント面白がっている時のヴィヴィオだ。
ただ、その前にヴィクトーリアに見られない様に冷蔵庫の方を指差し、ヴィヴィオが思い出すような表情を浮かべた。
トーマ&フーカ、凍死回避に成功。いや、トーマは凍死しきる前に回復しそうなのでそもそも凍死しない可能性が。つまりは幼い女の子と狭い同じ空間で密着しながらぎゅうぎゅう詰めにされていただけだ。
これはリリィへの密告案件では?
「さ、兄様こっちです。もう、事前に帰ってくる事を言ってくれればちゃんと準備しましたのに……」
「俺が家に戻るかどうかは基本、気分次第だからなぁ……」
自分の家に居るよりも、別の女の家かアジトに居る時間の方が遥かに長い。その事を考えるとぶっちゃけ、別の女の家でも生活できそうだし、自分の家、必要ないのでは? とは思わなくもない。実際、この家が維持できている理由の6割はヴィクトーリアが定期的に来ては掃除してくれているからだ。そうでもなければ埃まみれの塵屋敷になっている気がする。
なっている気がする、というか事実だろう。
アジトも掃除は完全にエリーに任せきりだ。リリィとトーマが増えてからはリリィ、トーマ、エリーの当番制で掃除や家事をやっているし。そこに家主である俺の存在はない。家主なのでそこは当然なのだ。まぁ、それはそれとして、
腕を引っ張るヴィクトーリアの力は強く、ぐいぐいと先へと進んで行く。気合入ってんなぁ、と苦笑しながらまぁ、偶には付き合ってやるか、と諦めの溜息を吐く。ヴィクトーリアの事を考えて滅多に会わない様に家には寄り付かない様にしているのに、偶に帰ってくる時に限ってエンカウントしてしまうのは呪いか何かだろうか。
この後、どうやってヴィヴィオの弱みを握るか、ヴィクトーリアから逃れるか。
そんな事を考えながら家を出た。
という訳で俺っ子系ヴィヴィオとにいさまー系ヴィクターだよ!!!
ヴィヴィオに関しては新しいんじゃないかな、いろんな意味で!