※この作品はR-18です。

Stealing The Reality   作:てんぞー

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Phantom Thief Ⅶ

 トーマ・アヴェニールという少年の話をしよう。

 

 現在展開している怪盗一味の最年少の人間であり、エリーの次に加入してきた少年である。つまり、現在の怪盗一味で二番目の古株であり、その付き合いは3年前に遡る。そのころには既に師匠であった先代怪盗ネメシスは死亡しており、自分でターゲットを見繕う必要のある時だった。そういう事で師匠からコネクションや事情を知る情報屋等と顔繋ぎをしている時に知ったのがトーマの事だった。

 

 元々は違法研究所にとっておきのデバイスがあるという話を聞き、それが融合型デバイスであるという話を聞き、その時は両目両腕が欠損して自分が完全に介護していたエリーを修復する事に使える、融合人型デバイス用の生体パーツを探すのが目的だった。それを調べる中でトーマという少年が研究所に捕縛され、融合デバイスとの適性を調べるなどをして人体実験の被害を受けていたという事実を知った。

 

 ならこれを師匠が死亡してからの初仕事として成し遂げよう、とトーマ&リリィを盗み出した事が事の始まりだった。無論、二人を盗み出すだけではなく当初の目的だった生体パーツも見事盗み出す事に成功してほくほく顔だったのは最初の間だけだった。

 

 トーマ少年はエクリプスウィルスという史上最悪のウィルスに感染しており、放置していればそれこそ街を飲み込んで、そして星さえも喰らい始める様な凶悪な病に感染していた。その上で違法研究所は時空管理局の保有する非合法研究用の施設であり、そこに捕えられた時点でトーマは死亡扱いとして世間では処理されていた。そもそもトーマ・アヴェニールという少年は孤児の出であり、彼を始末したところで社会的な混乱は一切なく、彼が陰謀だと叫んだ所で世間は何も変わらない。そういう意味ではトーマ少年の未来は完全に閉ざされていた。

 

 無事に盗み出された、しかもリリィという特級デバイスと共に、それは管理局のプライドに泥を塗る行いでもあった。不可抗力で理不尽であるとはいえ、そうやってトーマは強制的に表社会から弾き出される様になってしまった。

 

 それだけではなく、ECウィルスに感染した所でトーマはそれを他人に感染させる可能性が露出した他、それによって自分自身が歪んで行く症状とも戦う必要さえあり、大規模な組織や専門の知識がある人間がサポートにないと、1年どころか数か月以内に暴走して死亡するという仮説を知り合いの闇医者が爆笑しながら解説した。

 

 流石に、それはあまりにも憐れに思えてしまった。このまま自分よりも若い少年を放り出すのは余りにも理不尽が過ぎる。何より、自分も家を飛び出して絶縁をし、誰にも頼れない状況で、一人前の怪盗として活動できるまで師匠に育てられた恩と義理が存在していた。今はもう既に死亡し、そして恩を返す事が出来ない相手でもある。ならこの恩を誰かに向けて、解消しなければ常に借りを預けている状態になってしまう。

 

 そういう理由から、トーマを独り立ちするまでは面倒を見る事にした、自分の取った行動には責任を、とてもシンプルな話でもある。

 

 そういう事があり、トーマとリリィをアジトに放り込んで、同居の様な生活がここ数年は続いている。最低限この世界で生きて行くには自分の力で衣食住を確保できるだけの力が必要だ。これが表社会であればまだラクな話だ。住み込みアルバイトを始めればいいだけなのだから。問題はトーマが死亡扱いと管理局の裏に指名手配を受けている事であり、アルバイトを始めれば自然と管理局のデータベースに名前がヒットしてしまうので、それが出来ないという事だ。

 

 つまりトーマはこの裏社会で生きて行く以外の選択肢がない。そしてその為に必要なのは騙されない為の知性。奪われない為の暴力。そして継続的にお金を稼げるようになる為のコネクションだ。この三つが何よりも大事になってくる。特にリリィという見る者が見れば解る融合人型デバイスは値段の桁が違う。殺してでも奪い取ろうとする奴が簡単に出てくるだろう。この先、リリィと一緒に暮らし、生きて行くつもりなら、リリィを守れるレベルまで物事を整える必要がある。

 

 今は俺が庇護しているからどうにかなっている。

 

 だが将来的にはそれが許されない。故にトーマは成長しなくてはならない。そうしなければリリィを守る事が出来ないからだ。そしてその事に関してトーマはかなり乗り気である。本人もリリィと一緒に日の下を歩ける日が来るのを願っている。ここ数年はまず潜伏させる為にアジトに籠り切りではあったが、数年もすればだいぶ印象は薄れ、別の研究が始まる為、ついで程度でしか警戒しなくなる。

 

 そうなれば行動範囲は僅かながら広がる。

 

 廃墟都市でも探る様な手合いは居なくなるし、監視の目もなくなってくる。少しぐらいなら外に出て遊ぶ事や買い物に出す事も出来る。それにそうなるとやる気が少し出てくる。少し前までは徹底して基本的教養の教科書を投げつける日々だった。助け出した時のトーマは11歳。まだまだ学校で基本的な知識を学ぶべき年齢であり、体を無理に鍛えればその分、逆に成長を阻害してしまう年齢。そのラインを漸く抜けてきたことで、トーマを鍛える為の下地作りが始まった。とはいえ、体に合わない武術を教えることは出来ないし、体を壊さない様に鍛えられるトレーナーでもなく、

 

 アジトに居る間のトーマの日常的な鍛錬と言えば、

 

 

♦

 

 

「ハイ、やり直し―――!」

 

 腕を振るい、その手に握っている黒く長い杖―――つまりは怪盗用のステッキを振るう。剣術、槍術に通じるものが杖術には存在する。その為、手に馴染む杖を体の一部の様に動かす事は簡単であり、絶妙な手加減で叩き込むことが出来る。そう、例えば痛いのに体にダメージが通らず、派手に吹っ飛ぶ。そんな絶妙な力加減が手に馴染むこの杖であれば可能だった。つまりはこれ、手加減する為の道具である。

 

 そしてそれをノーガードで受けたトーマの姿が宙を舞う。もう既に見慣れたリリィは心配する様子もなく、そしてエリーも部屋の隅でリリィと共にトーマの鍛錬を見守っている。もはや見慣れたトーマの吹き飛ぶ姿は鍛錬では良くある姿であり、痛みだけを受けたトーマが宙を舞い、空中で回転し、そして受け身を取る様に軽く転がって床の上に立ち上がった。

 

 アジト内部、軽く運動する為のトレーニングルームが存在する。本格的なトレーニング施設と比べれば見劣りするのは事実だが、軽く体を動かす為のスペースと、怪盗の動きの基本を練習する為のアスレチックが設置してある部屋になる。

 

 もっぱら、現在ではトーマの技能を鍛える為の場所でもある。昔は自分とヴィヴィオもここで師匠に怪盗のイロハを叩き込まれた場所でもあった。

 

「受け身ばかり上手になってんじゃねぇよお前」

 

 ステッキをくるくると回転させながらその先端をトーマへと向ければ、立ち上がったトーマが仕方がないだろ、ステッキが叩き込まれた腹を軽く擦りながら言い訳する。

 

「すっげぇ感覚的なもんだから、なんか解らないんだよ……マニュアルとかないしな、これ……本当にそもそも生身で出来るのか? これ」

 

「出来る。間違いなく」

 

「だけど銀十字もリリィもなしの状態だぞ?」

 

 それに、とトーマが言葉を付け加える。

 

「E(・)C(・)ウ(・)ィ(・)ル(・)ス(・)は(・)全(・)部(・)除(・)去(・)し(・)た(・)んだろう?」

 

「おう、俺とドクとでな。まぁ、それでも感染源(リリィ)が常に一緒だから常時再感染状態だけどな。今は確実に無感染の状態だ。だけど出来る。間違いなく出来る筈だ。そのニュートラルな非リアクト状態でもEC技能は使える筈なんだよ、お前は」

 

 そう答えながらアスレチックを椅子代わりに座り、ステッキの上に両手を乗せて地面に付く。やっている事は簡単で、世界を殺す毒だと表現される禁忌兵器エクリプスウィルス、それによってトーマが発症した能力の制御と習熟である。それをここ数年間、ずっと続けている―――未だに、リリィとリアクトした状態ではないと使用出来ないという状態から一歩も前進出来ていないのが事実ではあるのだが。まぁ、それにしたってしょうがないと表現できる。

 

 トーマは完全な一般人だ。

 

 武門の血筋ではなく、技能や才能を扱う為に生まれて来た血筋の出ではないのだ。つまり完全な一般人をベースに、ECという兵器の感染による肉体改造によって、後天的に素質と才能を後付け開花させられた存在なのだ。根本的にそういう才能を活用するというシステムがその脳には構築されていないのだから、1年や2年ではどうにもならないのは、当然のことだった。

 

「つっても焦る必要はない。俺やクソフェレットとは違ってお前は後付けの才能だしな。そもそも脳が能力を使う為に構築されている訳じゃないし。もちっとECに浸食変異させれば話は別かもしれねぇが、それはそれとして肉体改造の話になってくるしな」

 

「正直、それはごめんだわ。俺は俺のままで居たい。というか変わって行く俺とかリリィに見せられないし」

 

「トーマ……」

 

 あー、若い! 若いなぁ! でもアレきっと、今良い事を言った、とか考えているんだろうなぁ、というのが凄く良く解る。だけどまぁ、とトーマがリリィからタオルを受け取り、軽く裸の上半身に溜まった汗をぬぐいながら話を返す。

 

「そんなに違うのか? お前やユーノって」

 

「根本的に俺やユーノは古い家や部族で血族として良い血筋にする為に何百年も続けて交配を重ねて来た結果だからな。才能を持っているのは当然だし、それを扱えるように育つのも当然だ。そういう風に長い年月をかけて、優秀な血を混ぜ込みながら生まれてきているんだよ、俺達は」

 

「貴族ってこわ……」

 

 その数百年、或いは数千年の積み重ねに対してウィルスによる変異で数年で追いつこうとするトーマの感染変態の方が遥かに怖いとは個人的に思う。何代も重ねて来たプロセスを一瞬で終わらせている辺り、理不尽さを感じなくもない。まぁ、そこに付け加えるなら、

 

「ユーノのスクライア一族は発掘と流浪の一族だから脳処理を加速させるように血を重ねている他、部族内で子供を作って血を濃くしているからな。ユーノはその中でも飛び切り、って奴だ。俺の実家のダールグリュンも戦乱の古代ベルカから現代まで生き延びている名家だ。当然ながらベルカ末期を生き抜くだけの力をつけて来たんだから、突然変異でも無きゃ雑魚が生まれてくることはねぇよ」

 

「だけど、俺にはそういう背景がないから苦労している、と」

 

「良くあるだろう? 歴史に名を残した武人とかが評価されるのには40代や50代になる頃だって。そのころになって漸く自分の才能の使い方が解って来たから、って奴だよ。そしてそれが後に続く武門の土台となって、200年後には同じ領域に30代で到達できるように血筋と才能と使い方が最適化されるんだよ。それが貴族や特化した部族の成り立ち、そして続き方だ」

 

 トーマの問題はそういう背景が一切ない事で、俺やユーノは自分の持つ才能を理解すれば、それをどうやって運用できるかというのを理(・)解(・)で(・)き(・)る(・)よ(・)う(・)に(・)生(・)ま(・)れ(・)て(・)来(・)た(・)存在なのだ。翼をもつ人は翼の使い方を生まれながら感覚的に理解している―――翼を持っている、という事実にさえ気づけば。トーマの問題は翼(・)を(・)持(・)っ(・)て(・)生(・)ま(・)れ(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)という事だ。生まれ持っていないから、使い方が解らない。脳がそれを使えるという事実に気付いていない。それがトーマ最大の問題点だった。

 

「いいか、俺達特殊技能持ちは能力を三段階に分ける事が出来る」

 

「限定(リミテッド)、覚醒(エクシード)、そして無限覚醒(アンリミテッド)の3段階だろ? 何度も聞いたよ。リミテッドではルールに例外を作る。エクシードは概念を掌握する。そしてアンリミテッドでルールそのものを支配する、だろ?」

 

「解ってるじゃねぇか」

 

 解りやすい例は炎熱の変換資質としよう。炎熱の変換資質の技能状態は魔力を効率的に炎と熱へと変換する、という事だ。これは基本的な魔法概念からすれば例外に近い。なぜなら魔力を別の属性、物質へと変換させる事は物凄い効率が悪く、普通にやるなら10:1で魔力から炎に変換、という所だろう。

 

 だがリミテッド段階の炎熱変換資質があれば、この方程式に例外を生み出す事が出来る。

 

 それによって魔力から炎への変換を1:1で行えるようになる。

 

 これが法則(ルール)に対して限定的(リミテッド)な例外を作る最初の段階。

 

「だけどそもそも生命力なんて概念に対してゼロエフェクトの影響を及ぼしているんだから、少なくともお前のEC感染から生まれた零化技能は第二段階まで開花しているとみていいんだよ。その段階まで来てサポート(リリィ)や補助器具(銀十字)がなきゃ限定段階の技能を使えないってのはおかしい」

 

 解るか、と説明する。

 

「お前、つまりはフルコースは作れてもトーストはやり方が解らないって状態だからな。恥ずかしくないの? 一々女に頼って? 生きてて辛くない? 一生女の手を借りて生きるの? ちなみに俺は苦しくない」

 

「こいつ本当に自分の事を棚に上げてぼろくそ言うなぁ……!」

 

 俺は家主で保護者だからそれは許されるのだ。俺は良いのだ、俺は。解っていて女遊びをしているし。それよりも問題はこのクソザコモヤシナメクジヒモの存在だ。正直な話、特別な血筋でもないトーマはそこら辺の戦闘的な才能、センスが欠落している。となると反復練習と積み重ねる年月で危険を蓄積し、強くなるしかない。それを除けばEC能力、覚醒衝動の制御が強くなるための手段だ。

 

 だからこそこんな事をやっているのだ。単純に突然覚醒の可能性があるとして、それはこの技術習熟作業以外にはありえないのだから。残念ながらファンタジーじゃないのだから、突然剣の達人になる! というのはまずありえないのだ。

 

「自分の女と怯える事無くデートが出来る様になりたきゃあ頑張れ」

 

「そういわれるとやる気を出さざるを得ないんだよぉ畜生ぉ―――!」

 

「トーマ、私は頑張ってるのを知っているからそんなに力を入れなくても大丈夫だよ? 一緒に居られるだけで私は幸せだし」

 

「うぉぉぉおおおお―――!」

 

「炎の中にニトロを投げ込みやがって……」

 

「え? え?」

 

 困惑するリリィを他所に、燃料をぶち込まれたトーマは猛っていた。まぁ、これは倒れるまで付き合わなきゃ消化されないだろうなぁ、と苦笑しながらステッキを回転させ、軽く肩の上をトントン、と叩いてからそれをトーマへと向け、始めろとの合図を送る。それを受けたトーマが気合を入れる様に息を吸い込み、そして吐き出し、瞑想をする様に目を閉じた。そうやってトーマが集中する姿を見て良いか、と言葉を置いた。

 

「ドクの見解ではECウィルスが能力の媒体じゃなく、肉(・)体(・)を(・)使(・)え(・)る(・)状(・)態(・)へ(・)と(・)変(・)異(・)さ(・)せ(・)て(・)い(・)る(・)って説が濃厚だ。AからCへと繋がる様に間にBの中継点を作る。それがECウィルスの役割だ。そしてリアクトしてないのに超回復とかが出来てるんだから、間違いなく出来る筈だともな。後はお前の中にあるそれを稼働させる為のスイッチを見つけるだけだ」

 

「……」

 

 ただ何年もやっていれば瞑想一つ慣れてくるもので、目を瞑って集中するのにも少し習熟が見えてくる。頭の中を空っぽにしつつ探る、というのも慣れていなければ中々難しいもので、頭を空にする事を考えるという行動になってしまう事が多い。最初の内はトーマもそうだったが、何度も繰り返せば座ってでも立っていてでもルーティーンワークの様に瞑想が行えるようになる。

 

 最初の内は暴走したり、殺してでも自由を得ようとした少年が、良くここまで精神的に成長したもんだと思う。

 

 まぁ―――元が一般人なのだ。そういう意味では一番頑張っている部類だと思う。

 

 精神的にはどうでもなる非人間のリリィとエリーは完全に別枠だとして、自分は元がダールグリュンの武門だ。その象徴たる機構と雷の資質は全(・)て(・)ヴ(・)ィ(・)ク(・)ト(・)ー(・)リ(・)ア(・)に(・)渡(・)し(・)て(・)喪(・)失(・)し(・)た(・)が、それでもダールグリュンで生まれ育った事実と、そこで受けた教育が消えるわけではない。そういう意味では恵まれているし、最初からどうにでもなる様な教育と下地を持っていた。ちょっとやそっとの事では心が乱れる様な育てられ方はしていない。ユーノもユーノで、生きるか死ぬかというロストロギア発掘を部族単位で行っていた経歴がある。育った環境を加味すれば、元から一般人と呼べるような環境ではないし、そういう類の死生観を持っているだろう。

 

 だけど孤児であっても特別でも何でもないトーマはそういうのがない。偶々ECウィルスに対する最大の適正があってそれが感染により開花しただけであって、トーマ自身は実に凡庸な少年だ。悪に怒り、理不尽に苦しみ、そして強くなる事に大きく苦労するだけの少年だ。

 

 それがECウィルスや管理局の暗部という理不尽に巻き込まれたことはどうしようもない、不幸でしかなかった。そしてまた同時に、その不幸からここまで自分の足で立ち上がれるようになったのも奇跡的な事だった。

 

 少なくとも、そういう意味ではこの少年の事は嫌いじゃなかった。

 

 惚れた女の子に一途で、全力で、そして折れずに突き進む姿は実際、物語の主人公の様な輝きを放っていた。或いは、そんな輝きを見てしまったからこそ自分もあと数年はこの少年の面倒を見るなんて、ガラにも無い事を考えてしまったのかもしれないと思っている。まぁ、実際に怪盗一味には必要な人材でもあるのだから、そう簡単に手放すつもりはない。

 

 何より、今では友人だとも思っている。やや此方の方が支払い分が多いが、それでもこの次元世界でオンリーワンの能力を持つ人間を味方に引き込む代償だと考えれば、かなり安く済んでいる部類だと思える。

 

 それはそれとして、

 

「覚醒まだー?」

 

「まーだだよー」

 

「かくれんぼ遊んでるんじゃねぇぞ?」

 

 スパン、と反対側に抜けながらステッキでケツを叩けば、そのままトーマが崩れ落ちた。ケツを両手で抑えながら床に転がる。結構強いのを叩き込んだので床を転がる姿をリリィが急いで追いつき、そして処置しようとするが、恥ずかしがりながらトーマが転がって逃げる。うーむ、この青春している感じ、実に羨ましさを感じなくもない。

 

「でしたら今からでも家に戻れば良いのではないかと愚考しますが」

 

 今まで言葉を放っていなかったエリーがそんな言葉を此方へと向けてくる。その言葉に小さく笑い声を零す。ステッキをくるくると回転させながら遊びつつ、そうだなぁ、と声を零す。

 

「それも悪くはなかったのかもしれない。我慢して、家の為に力を尽くして、真っ当にダールグリュンの当主として育ち、家を妹と切り盛りする。悪くない未来だったかもしれないが」

 

 もう一度、苦笑する。

 

「そこにはお前がいないからな、今では選べない選択肢だ」

 

「殺し文句としては今一かと」

 

「うーん、中々悪くなかったと思うんだけどなぁー」

 

「そも、私はどんな未来、結末、流れであろうとアレクと寄り添うつもりですから、どの道を選ぼうが離れるつもりはありません。出会う出会わなかったの話をするだけ無駄だと思います」

 

 エリーの冗談でも何でもない、愛の重い発言を聞いてから、視線を転がっていたトーマとリリィへと向ければ、トーマとリリィが視線を反らした。なんだ、この愛の重さの良さが解らんか。ダメか。やっぱり重いよなこれ。

 

 まぁ、責任は責任である。世の中にはいろんな責任がある。トーマとリリィの様に救ってしまった責任。助けたのであればそこで放りだしてはならない。救い出したのであれば、それを最後まで面倒を見て、本当に救われたというのを見せなくてはならない。救って捨てるだけなら誰だって出来る。だがその向こうに明るい日が待っているのだと誰が保証できる。希望を見せたのなら、それを実現させる義務がある。だからこそ、救う人間は選ばなくてはならない。

 

 責任を背負いきれるだけ救えば良い。それに耐えられるのなら。

 

「んで、何時まで転がってるんだトーマ。そうか、ゴルフがしたいんだな? 来世までホールインワンの時間だ……!」

 

「立った! 超立った! 立ったぞぉ!!」

 

「んじゃあ瞑想再開だ! とっとと精神を集中させろ! この後に座学と素振りもあるからなお前」

 

「おかしいなぁ……たくさん食べられるようになって生活楽になった筈なのに楽になってない……」

 

 この苦労が将来、生きる上での基本的な力となるのだから頑張れ、としか言葉は出ない。今は辛くても、最終的に力を得るには才能を伸ばし、その力の使い方を覚える事だ。そしてそれは1年や2年で出来る事ではない。ECウィルスという才能、或いは素質の起爆剤も、最後まで使わせればおそらく1年以内に完全開花出来たかもしれないだろう。だがそれは邪道であり、トーマの命を顧みない行いでもある。そうなるとこの中途半端に変異を終わらせた状態で、感覚的に覚えて鍛えて行くしかない。

 

 先の事を考えるとやはり、本格的にジムに通わせて学ばせる必要があると思い、ヴィクトーリアの話を思い出す。やれやれ、と言葉を呟きながらもトーマの成長を楽しく、嬉しく思っているのはやはり、

 

 過去、師匠に鍛えられていた自分とヴィヴィオの姿を思い出すからだろうか。

 

 まぁ、それはそれとして―――ヴィクトーリアの話、これは近いうちに受ける必要があるだろうと考えた。




 トーマ君は背景がクリーンで一般的な血筋である為、良くある才能みたいなものが外付けのECによる変異以外で無し。なので長年鍛錬しなければ物語に良くあるような主人公的覚醒は一切零、という存在。その代わりにECに関して変異、侵食、或いはコツさえ掴めば生体型の禁忌兵器として……というかんじで。

 それ以外は大体、普通の少年である。
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