「ふむ……これは違うな。となると……こうだな。あぁ、これなら問題ないな」
トーマの髪の色はワインレッドに変わっていた。その上でエクステンションによって前髪を軽く伸ばし、片目を隠す様にしていた。その額に更に小さい丸い眼鏡を装着させれば、顔だけでも大幅に印象が変わる。一応そこに八重歯を追加して笑った時の印象を整えるとして、服装も少し目立たない、ジーパンとインナーに前を開けたチェックのカラーシャツという恰好にしてある。これでだいぶ誰だか解らない状態になっている。少なくともトーマと見比べれば、背丈と顔立ち以外は大分困惑する違いだ。
まぁ、運動を前提とした簡易的な変装となれば、これぐらいだろう。眼鏡もようやく満足し、これで良し、と腕を組んでトーマの姿を見た。まぁ、こんなものだろうと呟くと、近くの窓の反射に自分の姿をトーマがみた。
「……何時もの事ながら、別人見たいだよな」
「別人のように見えなきゃ意味がないからな。少なくとも長期で外をうろつくならこれぐらいの変装は必須だよ、お前。ま、これも怪盗としての基本技能さ。コツさえ掴めば化粧をするのと一緒さ。そこまで難しい話じゃない。美的センスとバランスの問題だからな、これは」
「それにしたって良くやるわ」
別人の様な姿になったトーマがほー、と声を零しながら自分の姿を見ていた。まぁ、個人的には満足感はそこそこ、という所だろう。
「本気でやるなら性別ひっくり返すから軽く若く見せて年齢をズラすし」
「……そう言えば女装出来たんだよな?」
「俺もお前も素材は悪くないぞ? お前はまだ若いし、俺も割と童顔だしな。骨格だけが問題だけど痛いのを我慢すれば一時的に騙すことぐらいは出来るし、後はどれだけ見られるという事を意識し、認識させるかってとこよ、変装ってのは」
ポイントは注目点。人間を見る時、相手の何を見てどう判断するか、というのを意識する所だ。そういう部分では人間は恐ろしいほどに顔の形とかは気にしない。顔にある目立つものを見て、その人間を記憶するのだ。だからこそ眼鏡や八重歯、ほくろというパーツは印象を変えるのに有効なのだ。持っていた、持っていないを変えるだけでだいぶ覚えられる印象が変わってくるのだから。
まぁ、ここから先はプロフェッショナルの領域で、そういう話だ。こういうメイクや道具を使った変装は魔法反応や電波反応が出現しない為、潜入による情報収集の為には必要な技術である。例えばトーマを盗み出した時とか、研究員を拉致って軽く癖を覚え、マスク作って骨格を軽くゴリっとやって、そして潜入したりした。割と大事な技術なので、ネタの様に思えて。
「とりあえずエクステ使ってるから髪にはあんまり触れるなよ。簡単には取れない様になってるけど」
「解ってる解ってる……しっかし、こうやって変装してまで街に出てくるとちょっと興奮するな」
トーマの言葉は解らなくもないので、苦笑して応えていると、駅の方から此方へと向かって手を振る姿が見えた。その姿に応える様に手を軽く振り返す。長い金髪を持つ彼女は、今日も外出用のシンプルなドレス姿をしているものの、前回とは柄の違う、新しいのを着ているのが解る。新しいのを買って着ているな、あの娘は、と軽く息を吐いていると、横からわき腹にエルボーを叩き込まれる。
「見せたい相手がいるんじゃないかなぁ? お・に・い・さ・ま」
「頭かち割るぞてめー」
ヴィクトーリアのブラコンっぷりはどうにかならないのだろうか。どうにかして彼女に嫌われる方法はないのだろうか。そんな事を考えながら兄相手に気合を入れた格好をする娘の将来に、そこはとない不安を感じつつあった。
何をするのかと言えば、ジムに行くのである。
この前ヴィクトーリアが繋いでくれたアルバイト、スパーリング相手というのをやろうという話である。その本題はトーマのトレーニングであり、この先、生きて行く力を身に着けさせるという事の為でもある。自分の育て方に関しては超感覚的に理解できるのだが、他人の教導が出来る立場からは程遠い。流石にそこら辺の才能もセンスもある訳ではないので、本職を頼った方が良い。そして、ヴィクトーリアの話に乗ればトーマを仕事の対価として教えてくれる人物が居るらしい。
毎回通う事は無理でも、トレーニング内容を組んでくれればアジトでも体を鍛える事が出来る。そういう訳で大人しく、ヴィクトーリアの一緒に居る時間を作る口実に乗っていた。仕方がないので、許せ、許せ俺よ、と自分に言い聞かせながらトーマは変装した状態、自分は外行き用の眼鏡と髪を下ろした姿でヴィクトーリアと合流し、そして彼女が利用しているというジムへと来ていた。
到着したジムは正直引くレベルで大きさを感じる。
「ここがフロンティアジム、か」
「有名なの?」
トーマの声に小さく、トーマにだけ聞こえる様に声を零す。
「怪盗だったら事前の情報収集をネットでもいいからしとけ。DSAAの現ワールドチャンピオンを保有するジムだ。美少女を殴り合わせるといううらやまけしからんスポーツのDSAAな」
「あぁ、ウチのワイドテレビで良く見てる」
テレビ側も解っているのか、胸とか尻とか良くズームアップして映してくれるから見ている方としても非常に楽しい。なお内容の方は普通にスポーツ化された系統のファイティングスタイルが基本で、裏社会でのぶち殺し合いに慣れているとやや物足りなく感じる部分があるかもしれない。いや、社会の健全さやスポーツとしての楽しみを考えれば安全性でもこれが一番正しいのだ。
ただ個人的に、ヴィクトーリアが学んでいる雷帝式とは滅茶苦茶殺傷を目的とした殺人術で、電撃を神経に通して体を焼いたり、操ったり、抵抗を無力化して殺す手段とか豊富なガチガチの殺人術だから大丈夫だろうか? とは思わなくもない。まぁ、ヴィクトーリアは才女だ。手加減の二つや三つは出来るだろうと信じて、
ヴィクトーリアに促され、フロンティアジムに入って行く。
「ここで鍛えているんだっけ?」
「えぇ、家庭教師を呼んで鍛えるよりは競える環境があった方が身に入りますから。ですがどれだけ頑張ってもアレク兄様の背中は遠く感じますわ」
「いや、俺の事を美化しすぎだって。そこまで凄い男じゃないから期待しないで」
「兄って生き物も大変そうだなぁ」
誰のためにこの苦労を買ってると思ってるんだよこいつ、と無性にトーマに蹴りを入れたくなるのを我慢しつつ、自動ドアを抜けたジムの中に入って行く。受付、そして更衣室、シャワー室に水練用のプールまであって、確認する限りの設備は本格的だった。流石にワールドチャンピオンを育成するだけの環境はあるか、と聞きつつ受付でゲストIDを発行して貰って受け取り、一旦更衣室へと向かう為に別れる。自分はそのままの格好だが、トーマは持ち込みのジャージへと着替え、そしてそれが終わった所でジャージに着替えたヴィクトーリアとトレーニングルームの前で再び合流した。
「ではようこそ、フロンティアジムへ。歓迎しますわ兄様、そしてトーマさん」
凄まじいまでの広さと揃えられたトレーニング器具、真剣に打ち込む選手の姿やそれを応援するコーチの姿。その景色を見回して、トーマが少しだけ怖気つく様に声を零した。
「……俺、来るとこ間違えてない?」
「そんな事はありませんわ。兄様の友人というのであれば歓迎します。無理でも札束で頬を少し叩けば問題解決しますし」
「あ、兄妹だこの二人」
「こんなところ似なくて良かったんだけどなぁ!」
逞しいもので心配の必要がなくなる―――たぶん。まぁ、それはともあれ、ジムの中をトーマがきょろきょろと見回しながらも、中へと進んで行く。やはりジムにそういう気配があるというのもあって、サンドバッグに打ち込んだりロードランナーで走っている姿を見かける選手は誰もが真面目に、本気で打ち込んでいるのが見える。そこには夢にかける本気を感じる気迫がある。
その光景を軽く眺めつつ、で、と声を零す。
「誰の相手をすればいいんだ、俺。女の子ばかりの様に見えるけど」
女の子の相手とか俺、酷い事しか出来ないぞ、と思っていると何時の間にか背後に気配を絶って近づいてくる存在を察知する。ゆっくりと首だけ動かして後ろを見れば、そこには紫色のジャージにフードを被って顔を隠す女の姿が見えた。隠れているつもりが、パーソナルカラーで正体がバレバレだった。
「ウチや、ウチ」
「お前かよ―――じゃ、俺帰るから」
「まぁ、まぁ、まぁ」
「待ってください兄様」
迷わずUターンして帰ろうとした瞬間、両側からダブルジャージによって腕を組まれて逃亡を阻止される。両側からまぁまぁ、と声を投げかけられ、トーマは一歩引いた場所からその光景をにやにやと眺めている。リリィがいるから嫉妬しないのはいいけど、それはそれとして助けろよお前と思いつつも、足を止める。まぁ、まぁ、と言葉を置かれながら、
「久しぶりやな、お・に・い・さ・ま」
「唐突に縄跳びしたくなってきたなぁ! ツインテでなぁ―――!」
「斬新すぎる虐待方法やな。寧ろちょっと興味湧いて来たわ。という事でウチのスパー相手をして欲しいんよ、お兄さん」
「えー……ジークの相手とか一番面倒なのじゃん……」
ジーク、つまりはジークリンデ・エレミア。今現在次元世界で最も物騒な娯楽と認識されているDSAAと呼ばれる戦闘競技の
人間と思って相手をすると死ぬ。そういうレベルの存在なのだ。ぶっちゃけた話、ジークリンデが10代である限り、永遠に覇者の称号は入れ替わらないだろうと思っている。それだけ絶望的に強いのだ、この少女は。
ぶっちゃけ、まともに戦おうとする分には勝てない。
そんな相手のスパーとは、タダの殺害予告ではないだろうか。
「まさかヴィクトーリアにここまで恨まれていたなんて……」
「茶番しても無駄よ? そこまで嫌がっていないのはウチには解っとるから」
洞察力が無駄に高いエレミアの技能がこういう時は恨めしい。まぁ、トーマを鍛える必要もあるので最初から覚悟はしていた。だがこれでは完全にヴィクトーリアと会うためのダシというかネタに使われていただけだった。もう、この子は本当に俺無しでも大丈夫なのだろうか? 何時かは記憶から消えるというのにこれでは不安が残る。まぁ、まだ当主になるまでには時間があるし、それまでどうにかすれば良いのだろう。
「しーかーたーがーなーいーなー……」
諦める様に溜息を吐けば、漸く二人から解放される。視線をそのままトーマへと向け、
「お前、俺がこれだけ苦労するんだから適当に済ませたら百回殺すからな……」
「いや、俺だって流石にそこら辺は真面目だよ。そして帰ったらリリィに褒められて甘やかされるんだ。ふへ、へへへ、へへへへ……」
「駄目だこいつ、骨抜きにされてやがる」
「欲望が透けて見えるでこいつ」
実害はないし純情だし一途なので、恋愛関連に関しては恐らく自分が知る友人の中では一番真っ当だし、ぶっちゃけ放置でもいいだろう。こいつ、実は真面目なタイプだし。そういう事で軽く溜息を吐き、ジークリンデのスパーリング相手をする事を改めて了承する。とはいえ、ヴィクトーリアとジークリンデの話を聞いている限り、
ジークリンデのスパーリングをするという事よりも、スパーリングをする事自体を餌に何かを釣り上げようとしている感じはある。とはいえ、それを二人が言わないのであれば、自分も首を突っ込む事ではない。
なにか問題があるのかもしれない。誰かが困っているのかもしれない。誰かが何かを計画しているのかもしれない。だけど忘れてはならない。
別に、自分が助けなかったから世界が滅ぶ―――なんてケースは、ありえないのだから。
だからこそ、助けを求められた時にだけ、手を出せばよい。それ以外は責任外の事になる。ヴィクトーリアもジークリンデも、十分に強いし、賢い。放っておいても問題があれば勝手に解決してしまうだろう。だから無駄に詮索する必要はない。交換条件でトーマの事を飲んでくれたのだから、それで十分だ。後は放置していても勝手に解決できるだろうと踏んでいる。
だから、まぁ、何かを企てているんだろうなぁ、というのは解っているけど放置する事にした。とりあえずは表向けのマネーを作れるアルバイトなのだ。気合を入れてジークリンデの相手をすればいいだけの話だ。
トーマをコーチに預けて、基礎能力の把握が始まっているのを他所に、ジムの端の方にあるリングに入り込んだ。正面にはジャージ姿から打って変わり、黒い戦闘装束を纏ったジークリンデの姿が見える。相変わらず露出の派手なバリアジャケットで、まだ若い頃なら可愛かったが今となっては少々、目のやり場に困る恰好でもある。とはいえ、男としては中々見ていて楽しい姿だ。
「ちょくちょく会う事はあっても、こうやって拳を交えるんは久しぶりやな」
「そーだな。ダールグリュンを抜けてからは平和な生活をしているからな。残念ながら鍛える必要のない生活が続いているんだ」
「なんやその冗談は。体は前よりも綺麗に磨かれている癖に良くそんな事が言えるなぁ、お兄さんは。で? 戦闘形態はええん? 眼鏡割れるで?」
「どうせ一発も当たらんだろうからな、魔力の無駄遣いは節約させておきたいじゃん?」
挑発するような言葉にへぇ、とジークリンデが笑みを浮かべた。今の一言でだいぶエンジンがかかった様子だった。うーむ、そこら辺のバーサーカーぷりはどうやら、治っていないらしい。まぁ、これはこれで元気があるという可愛らしいものだと思う。花を愛でるならどちらかと言えば元気な方が良いに決まっている。そういう訳で、ジークリンデの闘志が高まるのはまぁ……良いだろう。
口元へと手を寄せたジークリンデが手に軽く口づけすると、それで鋼鉄に覆われ、エレミア特有の武装である鉄腕に覆われる。アレでどういう硬度を、性質をしていようが関係なく殴ってくる技能とセットなのだから、恐ろしい事この上ない。エレミア一族物騒だよなぁ、と思いつつポケットから黒革の手袋を抜き、それを両手に装着しながら軽く歯で噛んで引っ張り、装着具合を確かめた。
「で、殴る前に聞いておくけど、ネタ抜きで大丈夫なんか?」
「年下に心配される程落ちぶれちゃいねぇよ。遠慮なく殴りかかって来いよ。兄貴分の強さという物を見せてやろう」
半ばやけっぱちなのは否めないが、やると言ったらやる。手は大事な商売道具だからなるべく使ってやりたくはないのだが―――最近、というより首飾りの怪盗以来、基本的なトレーニングばかりでまともな戦闘行動を行っていない。リスク回避の為、戦わない事が理想的であるとは言え、偶には戦わないと技術が腐る。ジークリンデは間違いなく強者だし、お互いに能力を確かめ合うつもりで拳を交えるのも悪くはない。
何よりも、魔力を出し惜しみ、或いは使わずに戦う方法を編み出す必要もあるのだから、丁度良いと自分に言い聞かせつつ、左手を腹の前に、足を絡ませ、そして右手を後ろへと回す。
「ではお嬢様、レディファーストと言う物もありますので、先手をどうぞ」
「は! その口で一体何人泣かしてきたんやら!」
まだ一応誰も泣かしていないよー、と答える前に無拍子の拳が顔面に来ていた。無拍子、つまり事前動作が完全な零の極限まで知覚されないというシンプルな攻撃。達人とまで呼ばれる人間の攻撃は大体これによって動きを読めない様に工夫する。そうする事で相手から動きを盗まれず、見切れない様に対処するからだ。ただ、
物を見る目に関しては自信があった。
迫ってくる拳に合わせて体を後ろへと曲げながら受け入れる様に拳を手で絡め広げ、そして手を伸ばして行く。そうやって体をジークリンデの背後へと滑り込ませながら左手を伸ばして掴んだまま、右手を後ろから腰回りに回し、そして仰け反ったまま後ろにピタリ、と付いた。
「何踊ってんねん」
「え、駄目?」
「いや、面白いからやっぱありだわ」
震脚が入る前にダンスの絡みを解除し、拘束しようとするジークリンデの指の動きを一瞬で脱出し、被っていない筈の、自分の仮面を被る位置を指で軽くなぞりながら震脚によって揺れるリングの上を歩いて回避する。そのまま解放されたジークリンデが一瞬で迫ってくる。素早く振るわれる拳を右へ、左へと回避し、そのまま歩いて通り抜ける様に横へと抜けて、
ケツを叩いた。
「お、引き締まってる」
「おっとぉ、ウチのケツは安くないんやけどなぁ」
後ろ回転蹴りが来るのを振るわれる足に片手を乗せて軽く飛び越えながら続く拳を指先で横から突いて反らしながら受け流し、続く連続で放たれる拳をコートの裾を使って引っ掛け、ズラしながら方向性を変えて力を発散させる。それが終わった所でジークリンデがよ、っと声を置きながら後ろへと跳躍し、声を置いた。
「お兄さん、一番面倒なタイプになったなぁ……」
「兄様、家にいた頃は受け止めて殴り返すというタイプでしたが……変えられましたわね」
「コスパに合わないからな、アレは」
何よりダールグリュンと絶縁したつもりなのだから、武術の色も叩き出した。まぁ、未だに彼方のスタイルの方が得意なのだが。それでも違うイメージを構築する為にはこういうのも便利だ。徹底した回避と受け流しのスタイル。そこに本来は盗法で意識を奪う事がメインとなる、回避型カウンター構築の動きだ。何よりも見栄えを良くしている事に気を使っている。回避の動作一つ一つにちょっとしたアクションを織り交ぜて、見ている側が面白く感じる様に、エンターテイメントの様な面白さを感じる様にしてある。
根本的に相手とはまともに戦わない。それが怪盗活動をする上で作ったスタイルだった。まともに戦おうとすれば相手を最終的に殺す必要が出てくる。故にそれを避ける為に回避、受け流し、焦れさせて心の隙間を作り出して、そこから心や意識を盗み出して無力化する。そういうスタンスでスタイルを今は構築した。
「嫌いかな?」
「いや……嫌いではないで? ただちょい欲求不満は残ってしまうかなぁ?」
「なら、その火照りを解消させようか」
踏み込んでくるジークリンデが見える。拳を作って踏み込んでくる姿に合わせ、掌底を作って同じように踏み込みながら振るわれる拳に掌底を合わせて正面から打撃させた。震える空気と衝撃の破壊力を感じながらもノータイムで次の一撃を同じように正面から掌底を放って迎撃し、素早く打撃戦へと入り込む。零距離からお互いに一歩も引かずに素早く攻撃を繰り出し、それをお互いに衝突させ合いながら空気に轟音を連続で響かせて行く。その度に発生する衝撃が空気を抜け、痛みを腕に感じさせる。魔力が減っている分、身体能力では此方が負けてきている。
まともに相手をすれば、あっさりと押しつぶされると解っていながらも、
楽しそうに殴りかかるジークリンデを見ていると、どうにもここでいつも通りに戻すのも無粋だろうと思える。
故に正面からの打撃戦に入る。左腕を盾代わりに構え、右手で拳を作り、ジークリンデの拳を左腕で受けて、そして停止させる。そのまま空いている逆の腕でストレートを叩き込む。肉を打つ音を響かせながらそのまま、一気にラッシュに入る。右ストレートで入る連打で一気に近接打撃戦を片腕のみで入る。ジークリンデが行う二本の腕で行うラッシュを手の甲、肘、そして手首で殴り弾きながら正面へと向かって殴りこんで行く。
数秒間拳を交えてから、お互いに拳を弾き、後ろへと体を弾いた。
「ふぅ、インファイトは久しぶりにやると骨まで響くもんだ」
「えぇやろ? 骨の髄まで味わうって奴よ。とはいえ、昔よりは雷帝式、下手になったなぁ、お兄さん。いや、下手やなくて使う筋肉を変えたから体に合わなくなった、ちゅーのが正しそうやな……?」
後ろに下がった所で軽く腕を振りながら本当にこの娘は、と息を吐く。戦いの事となるとこんな風に脳味噌が動き始める。手を振り、そして痺れを抜きながら指をジークリンデへと向けた。
「お前その脳味噌の回転をさ、バイトを探したりするのに回せなかったの?」
「ヴィ、ヴィクターが養ってくれてるから……」
「あの、ジーク? ウチにも限度があるんですのよ? 何時までも花瓶を割っていると解雇の必要が」
「よっし! 続き! 続きやろうやお兄さん!」
「お前……まだ……」
「人には適性があるんや!! だから慣れない興行で稼いでるんやないか!!」
次元世界の10代最強の女子も、家庭環境と食費にだけは勝てなかった。だからこそDSAAなんて慣れない舞台に居るのだろうが、その事を考えると憐れに見えてくる。なんか段々と闘志が萎えて来たなぁ、これ。そんな事を思っていると、まぁ、待ちや、とジークリンデが声を投げて来た。
「ま、細かい事情はええやろ。……ええやろ。んな事よりも、お兄さん、スタイル大幅に変えて来たんならそれに付いてくる手札や切り札も切り替えたんやろ? ちょい、見せてぇな」
楽しそうに笑いながら言うジークリンデの髪の毛、その毛先は興奮と期待を現すかのように僅かに白く変色し始める。純粋に脱色したような白の色。クリアに近い白とも呼べる色だ。彼女が保有する異能、それが限定領域ながら僅かに目覚め始めているのを示していた。それだけ、これを楽しんでいるという事でもある。
なら仕方がないなぁ、と声を零す。
チラリ、と視線を横へと飛ばせば、トーマが厳ついタンクトップ姿のコーチに指導されている最中だった。アレの為にもここはいっちょ、
「仕方がない、妹分の為にも気合を入れますか」
今日は存分に妹分二人に半ば呆れつつ、遅くなるまで付き合った。
もはや人生の全てを怪盗する為に捧げているというレベルで出奔から男は自分を鍛え、組み上げ直した。かつて家で作り上げた伝統と誇りの武芸を捨て、資質や才能を妹に譲って、そして―――奴は弾けた。
ジークも強いけど、可愛い妹分的な認識。この世界、ちょいちょい生存環境が管理局の弱体化によって違って来ているので、エレミア一族が一部生存していたりするのでジークにもご両親がいるよ。