夜明け前の夢の跡
夜明け前の薄明かりの空を見上げる1匹の白龍。霊峰と呼ばれる高き山の頂上でのその姿は、もし目にする者がいればその美しさに息を呑んでしまうようなものだった。
"……夢なんて、いつぶりだろうか。"
誰に向かってでもなく鳴き声を漏らすその白龍は、今は龍王と呼ばれている。
"…ホルドのやつ、上手くやってるかな。"
数週間前、彼の甥であり養子であり次の龍王となる若い龍は、その時に本格的に備えるため"塔"と呼ばれる地へ向かった。
近いうちに自らの自然界における役割は終わる。代理の王となっていた彼は、むしろようやく復帰できると安堵のため息をついた。
"うん。大丈夫。"
龍雷をまとって身震いし、人間の青年に姿を変えて問題がないかどうか確かめた。大丈夫だろうと分かっていても、長い間片方の姿でいると変化できなくなるんじゃないかと心配になるのは産まれて200年以上経っても変わらない。とはいえ当分はここに龍として留まるつもりなので、それを確認するとまた龍の姿に戻った。
"おっと。"
ヒュウッと風の流れが変わったので振り向くと、産卵を間近に控えた嵐龍が寝床としている場所から浮き上がってきた。
"ごめん、起こした?"
"えぇまぁ…夜明け前に珍しいですね。どうかしたのですか?"
大きな卵を抱えているのであろうその腹は華奢な嵐龍の体にとって不釣り合いな膨らみを帯びている。白龍は申し訳なさそうに歩み寄って妻に優しく寄り添った。
"夢を見た。不思議な夢だったな。"
"それは珍しいですね。どのような?"
光の方を見つめながら、ゆっくりと語った。
それは唐突に始まった。気がついたら自分は雲の絨毯の上を飛んでいたのだ。これは夢だ、と自覚してすぐに違和感を覚える。夢ならばどうして覚める前に夢と分かったのか、そんなことを考えていると不意に雲に紅い稲妻が走り、その中から1匹の白龍が姿を表した。
(真祖龍…?)
自分と同じような体格に、冠のような角と1本前に突き出た角を持つ龍雷を纏った白龍は、伝承にあるかつて世界を浄化したとされる龍そのものだった。
(なんなんだこれは…)
目を合わせることも鳴き声を交わすこともなくただ並んで翔ぶという摩訶不思議な状態がしばらく続くと自分達の高度が下がっていることに気がついた。そしてゆっくりと雲の中に入っていくと場面が変わった。
(これは記憶…?)
幼い自分と父親の祖龍、極迅竜である兄と母親が一緒になってじゃれあっている光景を見て微笑む。
景色が歪み次の場面に入ると思わず呻き声を上げてしまった。そこは霊峰の自分達の寝床で、仰向けに寝ている白龍──自分の上に妻が覆い被さり、こんなんだったっけと思うほど張り詰めた雄槍を納めているところだった。全て飲み込んでしまうと熱烈な接吻を交わして妻も自分も腰を動かす。…いくら龍だからとて自分が交尾しているところを客観的に見るのはとんでもなく違和感があり正直目のやり場に困る。
(なんなんだよ全く…)
いよいよ妻が艶のかかった鳴き声で喘ぎだした所で、見ていられず目線を逸らしたときに気がついた。
(記憶じゃない…!)
枯れ木や草等でできた寝床の近くには寝床より小さな鳥の巣のようなものがあった。産座だ。ここに卵を産み落とせるように最近作ったものだ。そしてそのすぐ側に卵の殻の残骸が積まれている。見たところ年数経っているもの。初めての我が子はまだ妻の腹の中の卵の中にいるのでこれが記憶のはずがない。
(だが夢にしてはおかしい。一体これは…)
お互い絶頂したのか密着したところで再び場面は変わり、次に自分は霊峰の頂上にいた。周囲には下僕の竜もいる。
(この卵は…)
さも幸せそうな笑みを浮かべる妻と自分は小刻みに震える卵をじっと見守っていた。白銀に輝くその卵は紛れもなく祖龍の卵。ビシッと大きなヒビが入った所で夢の中の自分は何かに気がつき瞬時に辺りを警戒する。
すると一体どうやって登ってきたのか、大勢の人間が頂上の周りを取り囲んだ。敵らしいそれらに何かを言おうとした夢の中の自分は驚きの表情で空をみる。そこは飛竜で埋め尽くされていた。それも皆紋章をつけていた。
(あれは確かゲン国の…!)
シュレイドの隣国の紋章を着けた竜は地上からも現れジリジリと距離を詰めてくる。そして人間の内の誰かが笛を吹くと一斉に襲いかかり皆が────
(何が起こってるんだ…?)
気がつくと霊峰の頂上にポツンと今の自分だけがいた。
………レイム…………………
振り向くとそこには見知らぬ少年がいた。よく見ようとまばたきするとそれは真祖龍に変わっていた。
………!!……………………!……………!……………
(なんだ?聞き取れない…)
やがて世界がぼやけ、現実に戻った。
"へぇ、なんとまぁ不思議な夢ですね。"
"あぁ。……何かが起こる。今の僕らの子が独り立ちするか……死んだ後に、僕らは祖龍を授かって、それと同じ時にまた良からぬことが起きる。そしてそれは僕らや、夢で見た人間の少年が大きな鍵になっている。そういうことなんだろう。"
不謹慎にも嵐龍はクスクスと笑った。
"全く、もしそれが本当ならあなた達祖龍は一体何者なのでしょう。まさしく人間の言う神、みたいですね。"
"そんなこと言われても……"
困り顔の夫にすり寄る嵐龍。
"それを考えるのも大事でしょうが、番の雌としては今はこちらを優先して欲しいです。"
"…産気づいた?"
"残念ながらまだ。"
"……ごめん。休もう。"
妻の顔を一舐めしてから共に寝床へ戻り身を横たえる。
(守らなければ……自然の秩序を…ユイを…ユイとの子を………そしてあの少年を……)
この話は「新たな子」から数百年経った世界を描いた、現在連載中のモンハンR18小説「竜と少年」の宣伝でありスピンオフです。検討中ではありますが、「竜と少年」にも登場するレイム視点での物語をここに載せようかと思っているので今回この作品を投稿させていただきました。その他大規模修正も検討していますので、今後とも「新たな子」をよろしくお願いいたします。