※この作品はR-18です。

滝と一文字の事件録    作:怪傑忍者猫

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水底より這い来るもの

 それは、本郷猛が持っている隠れ家を兼ねた別荘に、たまたま何人か集まった時の話。

 その時来ていた面子の中で、一番下の後輩である筑波洋の一言だった。

 

「そう言えば、イギリス育ちと言う割に、一文字さんってコーヒー飲みますよね」

 

 本郷手ずからのコーヒーに閉口しつつ――あいつには悪いが、俺には無駄に濃いとしか思えないのだ――それでも飲んでいる最中の言葉だ。

 後輩の興味津々と言う顔に、溜め息と共にイギリスでもコーヒーは消費している事を告げるが、面白そうに足を引っ張ってくれたのは神敬介だ。

 

「あれ、おやっさんからは一時期から急に飲むようになったって聞きましたよ?」

 

 敬介、お前は。

 気が付けば、屋敷の中に居る面子全員が、好奇心丸出しでこちらを見ている。

 だから俺、一文字隼人は期せずして昔話をする事になった。

 相棒である本郷にも話してなかった、俺ともう一人の相棒が経験した事。

 これは、俺達とゾルが、不本意にも共闘した話で、俺達も、そして潜り込んでいたSHOCKER共も思いもしなかった、ガチの幽霊屋敷での騒動である。

 

 

 実際の話、嫌な予感はあったのだ。

 そこは一族郎党死に絶えた、かつての名士の最期の城と言うべきお屋敷だった。

 放置されて十数年、土地の老人が何で今も建っているのか判らないなんて話す曰く付き(何でも元沼の埋め立て地で湿度が高く、木造建築物など数年で腐って倒壊すると思われていたそうだ)。

 それだけなら、俺達もスルーしていた。

 そんな空き家に、不審な人影が出入りしていると子供達から聞いて、俺達はその屋敷に向かったのだ。

 レーシングクラブから、バイクで一時間ばかり山の手に向かって走った場所に、件のお屋敷は建っていた。

 一言で言うなら、見事なお化け屋敷、それも日本と言うよりアーカムとかダニッチとかじゃないかと言う、異質な光景だった。

 カメラマンとしての俺は、此処までヴィクトリアン様式を前面に出している建物が、何でこんな寂れるに任されているのかと、色々納得いかないと思っていた。

 俺が憤っているうちに、滝はさっさと厳重に有刺鉄線で閉ざされた門扉を離れ、裏の生け垣の破れ目を見付けていた。

 

「こっから入れそうだぞ、隼人。あいつらも、ここから出入りしてんじゃね?」

 

 ……うん、それっぽいね、でも考察する暇くれないかな!?

 切れそうになった俺に、滝は胡乱な目を向けた。

 今にして思うと、滝の冷静さに既視感を覚えて焦った俺が居た訳だ。

 

 

 そこまで話すと、城茂が手を挙げる。

 

「既視感って?」

 

 あー、おいおい話すから待って。

 俺と滝は、その屋敷の敷地に入ったんだ、数日晴天続きだったのに、庭の土が湿ってたのを覚えてるよ。

 

 

 人目のある屋外はともかく、建物の中は拍子抜けするくらい綺麗だった。

 察するところ、規律大好きなゾルの命令で大掃除でも行われたのだろうが。

 だけど、滝は水場を見て眉を顰めた。俺の目には、古めかしい1920年前後の蛇口だが、きちんと掃除されてあったのだが。

 余りに視線が厳しいので、問い掛けようとした俺に向かって手を翳し、滝は「静かに」と言った。

 言い争う声に、俺達は顔を見合わせた。

 

 

「どう言う事ですか」

 

 首を傾げた筑波に、俺は肩を竦めつつ言い添える。

 

「仲間割れしている、敵戦闘員達に行き当たったんだ」

 

 

 廊下の影から伺うと、戦闘員が五、六人が何かを喚きつつ暴れているのを、他の面子が押さえ込んでいる。

 そして、奴らの足元に転がっているのは、手足を千切られ、体液を流して息を荒げている怪人。

 犬か何かは判らなかったが、不意打ち食らった様子で倒れていた。

 それ以上におかしかったのは。

 

「腕をくれ、腕、二本あるんだ一本ぐらいいいじゃないか、どうせ本部に戻れば元に戻るじゃないか!」

「あし、足、何なら足の甲から先で良いんだ、斬らせてくださいよ、どうせすぐ直るじゃないですか!」

 

 そう言って、奴らの良く使っているナイフは赤黒く汚れていて、それで怪人の手足を切り落とした事が判った。……良く良く見ると、騒いでいる戦闘員達も不自然な感じがした。

 耳の位置が不自然にぺったんこで、グローブの下の指は、三本しか無いんじゃないのか?

 何であいつらがそんな事を言い出したのか、指揮官であるゾルも良く判っていない様子で、愛用の鞭を片手に立ち尽くしていた。

 取り敢えず、俺達はその場から離れると、屋敷の中を見て回る事にした。

 

「あいつら、また洗脳ガスか何か使おうとして誤爆したかな」

 

 あの状況に、俺の頭に浮かんだのはピラザウルスの事だ。

 確か、あいつは一度自身の毒によって自滅した為、SHOCKERはより毒に耐性のある人間を探すと言う泥縄をやらかした事がある。

 

「ガスね。当たらずとも遠からずじゃないか?」

 

 そう言う滝は、思いっ切り眉を顰めている。

 あの騒ぎの所為か、他の戦闘員には行き当たらなかった。今にして思うと、設置したての基地なので、戦闘員が少なかったところにあの騒ぎで、巡回する人員がいなかったと言うのが本当のところだろう。

 滝が探していたのは、個人所有にしては立派過ぎる書斎だった。

 ちょっとした図書館並みに上製本が詰まった書架で三面を囲った部屋も、ゾルの意向で掃除はしていたようだ。

 だが、結構な蔵書の残った本棚は無視して、年代物の大きな書斎机の引き出しを探した滝は、引き出しの二重底の中から手製のノート、否日記を見付け出した。

 鉛筆書きのそれはあちこち薄くなっていたが、何日分かは読み取る事が出来た。

 

 

「隠し引き出しっすか?」

「そんな、江戸川乱歩や横溝正史じゃあるまいし」

 

 茂がそう言うと、へらっと敬介が笑う。

 笑うなよ、てか本来は重要証文とかを仕舞う為のものだったらしいんだよ。

 それに、問題はその内容だよ。

 あれは江戸川乱歩って言うよりエドガー・アラン・ポー、いやハワード・フィリップ・ラブクラフトの方だと思ったね。

 

 

1923/4/2

 伯父様肝入りの邸宅が完成。

 亜米利加国馬洩朱些斯州にある古色ゆかしい邸宅を、そっくりこちらに移設したとの事。

 確かに美しいが、成金極まれりとお婆様が眉を顰めておられた。

 

……

 

1923/5/13

 最近、家人に怪我が多くなってきた。

 姉やが包丁で指を切ってしまったそうだ。姉やらしくない。

 厩番が、物置小屋の屋根から落ちて足の骨を折ったばかりだと言うのに。

 その代わりと言うと角が立つが、お爺様が気力を戻された様子。

 隠居するとおっしゃっていたが、撤回されるとの事。

 伯父様達が渋い顔をされている。

 

……

 

1923/5/21

 お婆様が亡くなった。

 夜中に息が止まったとお爺様が仰った。

 掛かり付けのお医者様曰く、お年寄りなら、そう言う事は起きてもおかしくないとの事。

 内臓に重篤な疾患を持つ自分より、お婆様が先に逝ってしまわれるとは思わなかった。

 でも、棺の中を覗いた時、お婆様の首に細く痣が付いているのは自分の気の所為だろうか。

 

……

 

1923/6/11

 弟が死んだ!

 階段を踏み外し、一階まで一気に転がり落ちたと言うが、踊り場で止まらず落ちるものだろうか!?

 その辺りの悪餓鬼ならばいざ知らず、あの大人しい、本の好きな子が!

 葬儀に並ばれた叔母様が、化粧に被れたと顔を包帯で覆っておられたが、あの自慢の黒髪まで切らねばならなかった理由が判らない。

 この屋敷、実は呪われているのではないか?

 伯父様は、亜米利加人にとんだペテンに掛けられたのではないのか?

 

……

 

1923/6/20

 叔母様が亡くなった。

 叔母様の白皙の美貌はケロイドで包まれ見る影もなく、白魚の指は左右併せて七本しかなかった。

 最愛の奥方を亡くした筈なのに、叔父様は葬儀の間ずっと薄ら笑いを浮かべていた。

 おかしい、お爺様と大喧嘩して叔母様を迎えた、この世の宝と言った叔父は何処に消えたのか。

 

 そう言えば、伯父様のお嬢さんとも、最近顔を合わせなくなった。

 寄宿舎から学校に行くと家を出たのだ。元気なら良いが。

 

……

 

1923/7/14

 最近、古くからの使用人達が姿を消し、使用人と呼ぶにはガラの悪い、そして碌に仕事も出来ない者ばかりだ。

 姉やは、最近階段が辛いそうだ。物置で重いものが足に落ちて、足の指が潰れてしまったのだと。

 それでも、自分の為の湯冷ましは朝晩欠かす事は無い。ありがたい事だ。

 伯父様の姿を見ない。

 猟銃が暴発してしまい、お部屋で臥せっていると言うが、姉やはあまり話してくれない。

 

……

 

1923/8/2

 お爺様が、軍部との商売を考えておられるとか。

 ……何だろう、あそこにいるのは本当にお爺様だろうか。

 軍人嫌いだったのに。

 

 新参の女中が、生水の入った水差しを持って来て姉やと喧嘩になった。

 自分には生水は命とりだと、話して置いた筈なのに。

 

……

 

1923/8/31

 姉やが死んだ。手足を千切るような暴力によって。

 この屋敷は呪われている、否狂っている。

 姉やは虫の息で自分に言った。何があっても、この屋敷の水道の水を加熱せずに飲んではならない、ここの生水は毒だと。

 この辺りの水が悪いと言う話はついぞ聞いた事が無い。

 そうである以上、親族を狂わせたのはこの屋敷だ。

 この屋敷に込められた毒が、狂気がこの屋敷の井戸に流れ込み、家の者をおかしくし、死なせたに違いないのだ。

 厩横の車庫に、ガソリンがあった筈。

 後、伯父がおかしくなる前に買い込んだ、北の地の火酒も二、三本ある筈だ。

 周辺に汚染が広がる前に、この屋敷を焼き払ってしまおう。

 それが、この家の最期の生き残りだろう自分の責務だろうから。

 

 

「やっぱり、水か」

 

 そう言った滝はうんざりと言った顔をしていた。

 

「どう言う事?」

「ここの水道、変に黒く錆びてたから、変だと思ったんだ」

「錆?」

「おお、蛇口からカランに掛けてまだらにな、あれは水道管の中も逝ってるだろうと思ったんだ」

 

 ……滝の言うような錆は、俺は見てない。ゾルの性格からして、そんな錆の浮いた蛇口を放置するとも思えない。

 

「この辺に、昔からあったのか、それともこの屋敷と一緒に持ち込んじまったのか」

「日記の主は、この辺では無かったって書いてるぜ?」

「あ、そうか。となると、やっぱりあれか?」

 

 滝は唸っている。

 その時、ドカンと音を立てて扉が開いた。

 戦闘員辺りが蹴り開けたかと思った俺が見たものは、昭和初期と思われるボロボロの着物を着込んだ、泥人形が鉞を抱えて立っている姿だった。

 目、らしい泥の塊がぐりっと動き、そいつの口らしいものががぽっと開いた。そして。

 

「ヒ、ト、ヒト、ヒト、血、指、ほシい、ヨゴゼェェエ!」

「伏せろ!」

 

 滝のタックルで、倒れ込んだ俺の鼻先を赤錆びた刃が通り過ぎ、髪の毛が一本飛んだ。

 

「ヨごぜエ、ソシタラ、俺はアアあああ」

 

 喚き散らし、盲滅法に鉞を振る泥人間の両脇を俺達はすり抜け、行き掛けの何とやらで滝が足払いで床に叩き付けた。

 物理的にあり得ない姿で床に広がった相手から必死に眼を逸らし、俺は先を走る滝を必死に追った。

 そんな俺に、滝は大声で声を掛ける。おい、向こうに気付かれるって、それどころじゃないか。

 

「隼人、ゾルを探すぞ!」

「おう、取り敢えずあいつら叩きのめして」

「爆弾とガソリンカツアゲするぞ!」

 

 ちょっと待て、FBI。

 

 

「え? 滝さんがそんな事言ったんですか!?」

「ええぇ? あの人が?」

 

 気持ちは判るが、滝はああ見えて、刑事としての権限が利かない、序に怪人絡みじゃない怪奇案件には、あっさり破壊活動に移行するぞ。

 文句言いたいが、滝が先導してくれないと、こっちはセンサーすらまともに働かなくて、袋小路に迷い込む事も多々あったからな。

 

「マジっすか!?」

 

 

 走って階段を駆け下りたら、同じように泥人間と戦闘員に囲まれているゾルを見付けた。

 取り敢えず、滝に「発破とガソリン寄越せ!」と叫ばれ、剣幕に押されてゾルとまだ正気な戦闘員も一緒に走り出す。

 ゾル曰く、おかしくなったのはここに駐留した戦闘員らしい。

 やっぱり、ここを拠点にここ周辺の住宅地で作戦行動を起こす予定で、基地の体裁を整えるべく一週間前から戦闘員を先行させていたのだそうだ。

 戦闘員も一応水分や食事を摂る。つまり、ここの水を加熱させずに飲んだ戦闘員は、がっつり向こうに取り込まれたって事らしい。

 この屋敷にいた戦闘員は、互いに互いの身体の一部を――覆面の下の耳や鼻、グローブやブーツの中の指を――そぎ落としていたそうだ。

 曰く、痛みと悲鳴を捧げる事で、幸運をくれる《偉大な方》がいるのだと。

 

「馬鹿な事を、大首領様以外の《偉大な方》など存在するか!」

 

 奴の言葉には全く同意出来なかったが、あの日記の事を思うと、何となく判った気がする。

 彼らの怪我も、恐らくこの《偉大な方》へ捧げられたものなのだろう。

 

「おいゾル! ここの水、何かの細菌かバクテリアがいるようだぞ」

「馬鹿な、水質検査ではそんなもの」

「現実として、発狂して上官に襲い掛かり泥人形と一緒に動いてるぞ、お前の部下。

 お前らのとこの科学者の珍発明ってんじゃないなら、水がおかしいって事だろうよ」

 

 滝の言葉に、ゾルの髭面が歪む。

 爆弾と高性能燃料の詰まった――あいつら、住宅街で何するつもりだったんだか――コンテナを担ぎ、俺達が向かったのは屋敷の地下。

 滝が、この屋敷の水源に使っている井戸を教えろと、戦闘員に詰め寄ったからだ。

 この屋敷の井戸は、どうやら屋敷を移設した際に、わざわざ外に汲みに行く手間を省く為に、地下に洗濯室を設け、そこに井戸を作ってあったのだそうだ。

 当然、外の洗濯干し場にも、地上の調理場にも直結通路が設けられたそこは、屋敷の大きさに見合うそこそこの大きさがあった。

 当然ながら、そこには俺達の三倍近い泥人形達が犇めいていた。

 それぞれ、手に刃物や鈍器を構えている。服装は、戦前くらいか? 使用人らしい着物姿と、上物の洋装を着込んでいる者がいる。

 

「殺セ! 殺せバ《偉大なる方》が生き返らせテくレル!!

 ソシテ再ビ、我が一モンニえイこウを」

 

 恐らくは、この連中の長だろう、杖を突きかつては上物の羽織袴姿だったろう泥人形の濁声に、俺は背筋が寒くなるし、ゾルも表現の難しい顔になっていた。多分言葉を失うって奴だろう。

 だが、滝だけは低く一言、吐き出すように呟いた。

 

「偉大な方、ね。バクテリア風情が、お偉い事で」

 

 襲い掛かる泥人形を、殴り倒し、振り払いつつ奥のポンプをくっ付けた井戸に向かう。

 ゾル達は、後ろから追い縋って来た元戦闘員と揉めているらしい。

 俺はと言うと、手ごたえが妙に重いがすぐ砕け、そしてすぐ元に戻る泥人形に手を焼いた。

 が、途中で滝は「めんどくさい」と呟くや、泥人形の群れに向かって手榴弾をぶん投げた。三個一つに纏めた、塹壕潰し仕様の奴。

 

「待って、此処狭い空間!」

 

 俺の悲鳴にゾル達も慌てて頭を抱えて伏せる。

 精々十二畳程度の空間を、手榴弾の爆風が巻き起こる。

 熱と爆圧で吹き飛んだ相手が、本当に泥水になって崩れたのは見ないようにする。普通の人間なら、爆風で鼓膜がいかれ、下手打てば肺が潰れかねない。

 尤も、滝の方は投げると同時に、泥人形達を盾にして、旨く爆風をやり過ごしていた。

 ついでに言うとやっぱり熱が弱点なのか、泥水が泥人形に再び戻る事は無く、ゾルの方も何かを悟った様子だった。

 戦闘員がひいこら言って運んだ、高性能燃料の一斗缶を、ふたを開けて井戸に蹴り込み火を点けたダイナマイトを放り込んだ滝が「退避!」と叫んで走り出す。

 残りの燃料をぶちまけ、同じく手榴弾をぶん投げたゾルとその一党に押されるようにして、俺も外を目指す。

 背後に響き渡った悲鳴と怒号は、すぐに手榴弾やダイナマイトの炸裂音で吹き飛んだ。

 奇妙な事に、使った爆薬と燃料に対して、起きた爆発と炎の量はずっと少なくて、でも俺達が屋敷の外に飛び出した時には屋敷全体に炎が回り、瞬く間に全体を炎が飲み込んで行った。

 正直、その燃え方は不自然なぐらい派手で激しいものだった。こう言っては何だが、屋敷の中はまるで雨が降っている最中のように湿っぽい空気に包まれ、あの日記も何となく湿気た感じだったのに。

 轟々と燃え上がる館を、俺は半ば魂が抜けたような心地で見ていた。

 こんな事、つい最近あったよなあ。あの時は、変身しててまともに見た訳じゃないけど。

 そう思っている俺の横で、滝がゾルに向かってこう言った。

 

「俺達はここに来なかった。お前らもここで作戦行動何て取ってない。

 だから、俺達は今夜鉢合わせてない、それで良いな」

「そうだな。こんな怪しい洋館に、我々には用など無い」

 

 吐き出すようにそう言って、ゾルは生き残った戦闘員を率いて、闇の中に消えて行った。

 俺と滝も、サイレンが聞こえて来て人々の喧騒が近付いているのに気付いて、その場を後にした。

 後日、新聞に火事の記事が小さく載った。

 屋敷の中に入り込んだ浮浪者が、盗電して中に残っていた照明器具を使ううちに漏電を起こして火事発生するも、幸い被害者は無し。

 あのおぞましい屋敷が燃えた事についての記事は、ただそれだけで終わっていた。

 

 知り合いからの話と、土地の新聞の古いのをひっくり返して解った事は、あの屋敷がアメリカとの交易で財を成したとある豪商が建てたものだったと言う事実。

 ただ、その取引先の事は何も判らなかったし、その一族の生き残りについても一切判らなかった。

 あの屋敷で見た日記は、1923年8月31日で終わっていた。そう、関東大震災の前日。

 あの災害からの避難で屋敷を引き払ったのか、それとも屋敷で亡くなったのか良く判らないが、その一族の消息は一切判らなくなったそうだ。

 その後、一族の遠縁にあたる不動産屋が屋敷を管理する事になったものの、震災以降は何度か人が住み着いては、一年足らずで出て行く事が続いたそうだ。

 不幸な事に、この辺りは東京大空襲の範囲から奇跡的に外れていた事もあり、大正から昭和の激動期を越え今日まで屋敷は残ったらしい。

 因みに、あの屋敷の跡は保健所と称する連中が疫病発生予防と言う事で、詳細に土壌消毒をして行ったそうだ。

 流石のゾルも、部下が訳の解らない事になり、作戦実行前に拠点を放棄する事になったのがよほど腹に据えかねたのだろう。

 このまま大人しくなればとも思ったが、案の定一週間ほど奴らはまた事件を起こし、俺と滝は奴らを探して叩き潰す生活に戻ったのだ。

 そして、あの後俺達は、暫く生水を飲む事に抵抗を覚え、湯冷ましや親父さんのコーヒーばかり飲んでいた。

 不思議そうだが、普段は何だかんだで別の物を飲んでいた俺達が頻繁にコーヒーを飲む事を親父さんが喜んでいたが、事情を話す事は出来なかった。

 まあ、そうやって親父さんのコーヒーを飲むうちに、俺はコーヒーもいける口になったって訳だ。

 

 

「あの、コーヒー飲むようになった理由がそれ、ですか?」

 

 あー、ネオショッカー絡みで怪談じみた事件に行き当たってた筑波には、些か引っ掛かったらしい。

 良いじゃねえか、お前はどんだけ不気味で不可解でも結局は改造人間だったんだから。

 こっちはどう足掻いても、怪奇現象だったんだからな。

 腕力だけじゃどうしようもない事態だったんだからな!

 

「いきなり変な話するなあって思ったら」

「ほんとほんと」

 

 うるさいよ、お前ら。

 太平楽な後輩に、俺は軽く鼻を鳴らして、冷めてしまったコーヒーを飲み干した。

 うん、本郷の砂糖抜きターキッシュコーヒーではなく、近々滝の淹れるエスプレッソを飲みに行こうと心に決めて。

 

 

 あれが何なのか、問い掛けた俺に、滝はあの後一度だけ答えてくれた。

 曰く、「日常の裏側にいる何か」だと。

 神様とか悪魔とか、そんな仰々しいものじゃないが、普通にしてると対応に困る存在、以前の山荘や小さな食堂で行き会った者に近いが、あちらよりは力が弱いらしいが厄介なのは変わらない。

 滝曰く、世界は日常とそう言う「変な」ものが背中合わせに存在していて、普通はかち合わないがなんかの拍子に掠るからおかしな事になるのだと。

 理屈は判るが納得したくない。

 そう言った俺に、滝は「全くだ」と大きく肩を竦めていた。

 




8番目の後輩の独り言

勘弁して下さい、何でガチのホラーに行き会って生還してるんですか、俺、そんなのと戦えませんよ!?
ああもう、敬介さんも茂先輩も良く判ってない顔してる!
一文字さんは、『怪人』どころか『神話生物』から逃げてのけたんですよ!!
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