シュテルンビルトって言う、アメリカ西海岸のビックリ都市(滝曰く)での一連の騒動の際に、実はあったのだ。
現役HERO達には内緒の、筑波を巻き込んでしまったのは悪かったが、まさかあそこで行き当たるとは俺は夢にも思わなかったのだ。
シュテルンビルトには、当然観光客が多いメダイユに大規模な遊園地がある。
だが、そう言うなれば浅草の『花屋敷』のような小さな遊園地が、ダウンタウン地区にあった。
ブロンズやダウンタウンに住む子供が遊びに来るような、子供の小遣いで充分遊べる程度の小さなそこで、その事件は起きたのだ。
その遊園地は、楓ちゃんにパオリン、カレリン君の三人と、付き添い兼ねて散歩に出た俺とで、歩いているうちに見付けた。
HEROやってる二人も来た事が無いとの話で、屋台でポップコーンやプレッツェルを買って食べつつ、チープな回転木馬や小さな観覧車に燥ぐ様を俺は写真に撮った。
その時、敷地の端にあったホラーハウスは「閉鎖中」と立て看板が出ていた。
何でもリニューアル中との事で、外壁にまさしく作業途中と言う感じに描かれていたのは『殺人鬼の遺産――殺人事件録』だった。
十何年か前に実在した快楽殺人鬼が造ったホラーハウスがモデルだと言う話だった。
楓ちゃんを送ったついでにカレリン君に聞いてみたが、聞いた覚えはあるが詳しくはないとの事だった。
翌日、見舞いの序に鏑木君に話を振ると、彼は眉を顰めた。
「ジョージ・ジェイムスンの殺人ハウスっすね、あれは酷い話ですよ」
彼がデビューする、ちょっと前だったそうだ。
ジョージ・ジェイムスンと言う怪奇マニアが、ダウンタウン地区の遊園地で自身が企画したホラーハウスを開いていたそうだ。
だがこの男、次第に普通の機械仕掛けの張りぼてでは我慢出来なくなり、最初は遺体泥棒を行い、やがて自身で人を殺しその遺体で蝋人形を作り出し、それを展示したのだそうだ。
そんな常軌を逸した犯罪は、当時のHEROがたまたまプライベートでそこに来て気付き、また従業員の一人が告発しようとしてジェイムスンに殺された事から、警官隊まで繰り出す大捕り物になったそうだ。
事件そのものは早々に決着が付き、犯人は捕まった後精神病院で自殺したそうだ。
HEROTVが出て来なかったのは、犯人であるジェイムスンが非NEXTで、当時のディレクターがHEROの相手にならないと切った結果だそうだ。
「殺人鬼が造ったホラーハウスは、展示物が殆ど遺体に置き換えられてた事もあって、早々に閉鎖されたそうなんですが、どうやらあそこの遊園地、経営者が変わったらしいんですよ。
新任の園長が、客引きの為に再生しようとしているんでしょうね」
と、鏑木君は渋い顔で言った。
その後は、取り留めも無い話をし、プリントした楓ちゃんの写真を収めたフォトブックを渡した別れ際、鏑木君は俺に向かって言った。
「そう言えば、ジェイムスンの野郎を捕まえさせた当時のHEROって、一文字さんに似てるんですよ」
「え?」
驚く俺に向かって、曰く、
「あ、HEROとしてじゃなくて、あくまでも一般市民として捜査協力した人なんですけど、あの人もウェールズ系とかでちょっと小柄で髪が少し癖っ毛ぽくて、本業がカメラマンだったってんで、良くカメラ持ち歩いてたんですよ。
初めて会った時は、人種が違う事の方が目に付いて思っても見なかったんだけど、最近一文字さん、一眼レフ持って、茶色のジャケットにテンガロンハット被ってたでしょう? その格好が昔のあの人と一緒で」
……えー、マジか。
そんな話をして数日、バレンタインデーが終わった雪がまだちらつくある日、気になってあの遊園地に俺はもう一度やって来た。
一応平日で、楓ちゃんは実家のあるオリエンタルタウンに帰っており、HEROの二人も待機状態なので筑波洋と二人でだ。
流石に、平日は閑散としていた。
筑波は、北欧でのルーキー君――Mr.バーナビー・ブルックスJr.の近況報告を兼ねて、こちらに帰って来た。
風見達の扱きは、24時間フルマラソン鬼ごっことして続いているそうだ。
胸の内で十字を切りつつ、中を見て歩いていた。
「一文字さん、ピエロが風船配ってますよ」
うん? こんな人のいない時に?
後輩の声に振り返って、俺は思わず引いていた。
悪趣味な、血塗れピエロの格好をした人物がおどけた風にチラシと風船を持ってふらふら歩いている。何処かの展示がプレオープンらしい。
少しだが来ている親子連れに渡していたピエロが俺を見て、あからさまに驚いたような仕草をした。
……何か、むかつく。
こちらに向かって近付いたピエロは、何かこちらを小馬鹿にした風に周囲を回った後、俺と筑波に風船を差し出した。
俺は要らないと手を振り、折角だからと筑波は受け取った。
へらへらと離れていく、鉄錆臭いピエロに眉を顰めていると、筑波は楽しそうに風船を見ていた。
この時点で、俺と筑波が見ているものの違いに、俺は気付いていなかった。
筑波と逸れた事に気付いたのは、それから十分ほど後。
そこそこ写真も撮り終わり、軽食でもと思って振り返って、の事だ。
何も言わずに離れた後輩に、小言を言おうとして脳波通信が繋がらない事に気付く。
すっと、背筋に何度目かの冷たいものを感じた。
焦って踵を返そうとして、俺はとある建物に目が行った。
それは、前に楓ちゃん達と来た時に改装中だったホラーハウスだった。
工事中を示す囲いや色々無くなっており、出入り口が開いていた。プレオープンと言う奴らしいと、配られていたチラシを思い出す。
まさか、あいつ。チラシにつられて中に入ったか? でも、脳波通信が通らないって一体。
不可解さと後輩の好奇心に頭を抑えつつ、中に入ろうとしたその時だった。
「一文字?」
振り返れば、今日は仮オフィスで書類作成している筈の滝がいた。
「滝? 何でこんなとこに」
「あー、要請が来てな、ここを急遽調べなきゃならなくなった」
そう言う顔は、非常に見覚えのある表情で、俺はさらに背筋に冷たいものが走るのを感じずにはいられなかった。
おい、筑波お前、何に引っ掛かった?
筑波と連絡がつかない事、変なピエロからあいつが風船を受け取った事を伝えると、滝は強く眉を顰めた。
「それか」
「え?」
「さっき、事務所の方で何人か揉めてる声がした。早速行方不明が出てやがる」
それって。
「ここを探すしかない、だろうな」
滝さん、お顔怖ーい。……気持ちはまあ判るけど。
俺達は、人気の無いホラーハウスへと足を踏み入れた。
外気温より室温の方が低くなってないか? 白い息を吐きつつ、俺は周囲を見回した。
外観の今時っぽい明るい塗装に比べ、建物の中はまるで1920年前後のやたらレトロな感じになっていた。
「うわあ?」
「ああ、これ、ジョージ・ジェイムスンの趣味だったらしいぜ? 奴さんアーカムハウスペーパーバックの愛読者だったそうだ」
うはあ、あかん奴、再び。
アーカムハウスって言うのは、東海岸のオカルト系雑誌を一手に出版しているところで、そこから出ている話は要するに「イアイア!」って系列だ。
そんなのにかぶれて、挙句に殺人とか。……でも、実際のとこどうなんだ?
単純にかぶれて? それとも? 滝は答えない。
「あの、入られない方が、良いですよ」
不意の声に飛び上がりそうになる。見れば、チケット売り場から女性がこちらを見ている。尤も、女性の方は俺を見て、少なからず動揺していたが。
「FBI特別捜査官だ。UIUからの指示でこちらを調査する為に来た。責任者には何処で会える?」
滝の言葉に、女性は何処か影のある表情で「中に居ます」と言った。
顔色が悪いのは、照明の加減だろうか。
「ただ、恐らく展示物を見て回られているので、簡単には捕まらないかと」
「ああ、なら監査ついでに探すとしよう」
「しかし」
「HEROも一緒だから、大丈夫」
そう言って、滝は俺の腕を掴んだ。
おいおい、随分だな、普段はこんな時に人の事そんなふうに言わないじゃん。
でも、滝の言葉で、女性従業員の表情があからさまに良くなった。
「そうですか、なら大丈夫ですね。でも、努々油断なさらないで、あの人は、怖い人です」
そう言って、彼女はすうっと姿が消えた。え?
「フランカ・マクブラン? まさかな」
滝さんや、何知ってんの!? いや、答えてくれないの知ってるけど!
もやもやしつつ、俺は歩き出した滝を追い掛けた。
中は、奴さんの趣味で三つのエリアに分けられ、そこをまた幾つかに割っているらしい。
エリアはご存知、「インスマス」、「ダニッチ」そして「アーカム」。
そこを舞台に起きた怪奇と殺人をテーマにしているらしい。
「何つうか、趣味に走りまくっているな」
それな。
エントランスから中に入ると、そこは古い駅の構内を模していた。
但し、壁にべたべた張られているのは、ポスターっぽく作られたグロテスクな画像だ。
あの有名な軍入隊を促すポスターは、インスマス面の男にあの人物の格好をさせており、下に書かれた言葉は、『I want to eat you. Dagon believer』(私はあなたが食べたい。ダゴン信者)となっていた。
その時、頭上のスピーカーから、雑音と共に喚き出した。
『ガーピー、ヘロゥ、哀れな子羊よ、つかの間の命だ、たっぷり恐怖を味わってくれよ? ギャハハハハハ! ブツッ』
「……煽ってやがる」
「いや、そう言うアナウンスなんじゃ」
にっと好戦的に笑うのを見て、頭を抱えたくなる。
ねえ、滝、何でもう臨戦態勢なの、落ち着いて欲しい。
開け放たれた戸口を抜けると、そこは壁を廃屋に見立てた緩いスロープになっていた。
「ダニッチか?」
「イングランド発音ならな。ステイツ風にはダン・ウィッチだ」
「知ってるよ、日本の大御所作家さんが、アメリカの大会で現地ファンに訂正されたそうじゃん」
そんな事を言いつつ、俺達は経路に従って歩く。
上手く配置された壁と枯れ木の間、寂れた寒村の細い路地に見立てた通路を歩く事になるのだが、俺はだんだん落ち着かなくなってきた。
その、家屋らしくする為に設置された窓に、先程からちらちらと人影が写るのだ。
どう考えても厚み15センチぐらいしかない筈のそこに、こちらを覗き込むような影が映るのだ。
液晶画面か?
思わず、目で追いそうになった俺の手を掴み、滝は強引に歩く。
「滝さん!?」
「ここには何もない、行くぞ」
引っ張られるまま、歩いたスロープの終点は、半壊した小屋だった。
察するところ、ウィルバー・ウェイトリーの、いやウィルバーの兄弟が囲われていた小屋に見立てているのだろう。
そこから、不意に何か得体の知れない唸り声と共に、小屋が揺れ始めた。
一瞬驚いたが、起震車と同じだと気付いた。
「うわっと、大掛かりだな!?」
「察するところ、『弟』が潜んでますって事か。何たらって粉末使わないと見えないって設定だからな」
そんな事を話しつつ、俺達はこのエリアの終点だろう、小屋の扉を開いた。
半壊した小屋の扉を潜ると、今度はぷうんと、腐った魚の臭いがした。
灰色の、寂れた港町を思わせる装飾により、ここが「インスマス」を象っているのが判った。
「凝ってるねえ」
「ま、マニアの『僕の最強のクトゥルフ神話』って奴かね」
止めて、咽た。
寂れた港町の通りを模した通路を歩くと、街角からぬっと人影が現れる。
拳一つ分目の間が開き、えらが張った顎に首筋に不自然極まりない筋が左右併せて四本。
噂に聞く「インスマス面」の男が、瞳孔の解らなくなった目でこっちを見ている。
一瞬、俺はこれが作り物か本物か 判別が付かなかった。ただ、
「良く出来てるなあ、これ」
と言う滝の声で、これが作り物なんだと理解した。
そして出て来た時の滑らかさに対して、作り物と判るがっくんがっくんした動きで人形は壁の中に引っ込んだ。
そこから数歩先に、ショーウィンドウがある。
そこには大きな椅子があり、その奥に大きな一枚ガラスが設置してある。それ以外、特に何もなかった。
そのガラスを、滝が物凄く眉を顰めて睨んでいる。
瞬後、ウィンドウの中の明かりが消えたと思ったら、鏡の中にふっと椅子に縛り付けられた女性の姿が見えた。
ウィンドウの明かりが消えると、その姿はまたすうっと消えたが、あれはまさか、人間?
悩んでいたら、滝が低い声で言った。
「隼人、ここのガラス、砕けるか?」
「え、それは」
「あの奥のはハーフミラーだ、あそこに女性が捕まってる、早く!」
言われて慌てて拳を打ち付け、痛みと痺れに飛び退いた。
ガラスに見えたのは結構厚手のアクリル板で、そして俺は、自分の拳に血が滲んでいるのを茫然と見た。
いや、再生機能はちゃんと働いて傷はさっさと消えたのだが。
「そう来たか」
「滝、これ……」
「向こうさんは、変な力身に着けて帰って来たらしい」
ゑ? どう言う事かな?
思わず、ぎちぎち音がしそうな動きで滝を振り返る。
親友殿は、何時もの、得体の知れないものと係わった時のように、苦い顔で頭髪を掻き回した。
「ここに筑波を誘い込み、お前を引き込みたかった奴は今、お前のHEROとしての能力を封じ込んでいるって事だ」
「へ? って事は」
「多分、今お前は変身出来なきゃ、人間として鍛えた以上の腕力も発揮できないって事だ」
まさかと思った事をはっきり告げられ、ぞっとする。
とにかく、セットの裏側に回り込める、関係者通路って奴を探しつつ前に進む事になる。
そこから又二十歩程で新たなショーウィンドーが見えた。
ここもアクリル板が嵌め殺され、中には入れない。
中のディスプレイは、インスマス面の男が肉として人間を解体していて、察するところ肉屋らしい。
腸詰めよろしく吊られた内臓の数々、ぶつ切りの手足はハムにされるのか凧糸が巻かれている。、輪切りになった人間の胴体を、更に小分けにしようとしているらしい。
あれ、「インスマス」に関連した話に、こんなシーンあったかな?
話し掛けようとした滝は、青通り越して白い顔色で、目だけがギラギラしていた。
あれ、これって?
問い掛ける前に、滝に引っ張られた。
経路の端っこは警察署らしい。但し、扉を開けると、そこはすぐ牢屋だった。
捕まったらしい普通の人間らしい蝋人形がいるが、最後の一か所で牢の鉄格子に飛び付く奴がいた。
「助けてくれ、殺されるうう!」
だが、噴き出したスモークと悲鳴の後、そこには作り物の骸骨だけ残っていた。
俺と滝は、思わず視線だけ見合わせた。
あれ、多分犯人だよな。
試してみたが、今の俺では合金製の鉄格子を曲げる事は出来ず、止むを得ず別の場所を探す事にした。
突き当りのドアを抜けると、そこは古き良きアメリカの街並みを模した空間だった。
恐らく、今いるのはミスカトニック川に架かった橋で、向こうに見える建物を象った物はミスカトニック大学のキャンパスのつもりだろう。
取り敢えず俺達は、通用口を探しつつ進んだ。
実際に設定されている「アーカム」の街並みと違い、通路の途中には教会と墓場を象った区画があった。
そして、俺達が近付くと墓石の周囲に落ちていた骨がガタガタと動き出し、青白く光り出したと思うとふわふわ浮かび上がった。
トリックだと思うんだが、何か引っ掛かる。
滝の方は、そのまま俺の腕を引っ張ってそこを通り過ぎた。
「すまん、後でな」
え? 滝、誰に向かて言ってんだ?
引っ張られるまま、次に来たのは民家の扉の前。
通路は続いているように見えるが、実際は書割で、扉の向こうが経路になっていた。
その部屋は、奇怪な怪物が描かれたキャンバスがイーゼルに乗せられているだけと言う、物寂しいアトリエだった。
「ピックマンのモデル、か」
俺が呟くと、ガタンと、奥から音がした。
はっと見ると、奥からよたよたと絵に似せた着ぐるみが近付いて来た。
フラフラとした動きと、くぐもった唸り声に、だが俺と滝は顔を見合わせ、慌てて声を掛けつつ着ぐるみを支えた。
滝が後ろ側のファスナーを下して、見た目以上に重い、今時ないようなゴム製着ぐるみを脱がせると、汗だくで猿轡を噛まされた若い女性が出てきた。
女性は、着ぐるみの中で酸欠と熱中症から来る脱水症状を起こしていた。持っていたスポドリを何とか飲ませて、楽な体勢になるよう横に寝かせる。
その間、滝はインカム型通信機で外部と通話している。が、脳波通信にリンクしている回線に入ろうとして、出来なかった。
本当に使えないのだと、思わず息を呑んだ俺に向かって、滝はカーテンを剥ぐよう言った。
それを寝具代わりに掛けて保温すると、彼女はか細い声で奥に若い東洋人が連れ込まれた事を教えてくれた。
多分、筑波だ。でも、何で筑波を奥に?
「お前の連れだから、人質って事だろうよ。まあ、サイコバスの考えなんて判らねえよ」
滝さん、字面と表情が噛み合ってないって。
アトリエの次は、図書館のようだった。
察するところ、『ダニッチの怪』でウィルバーが図書泥棒を試みた、ミスカトニック大学図書館か。
通路の突き当りの近くに、殺人事件のような白線の囲みがあり、察するところあそこでアザトースの息子が死んだと言う事だろう。
そんな事を、つらつらと考えてしまったのが失敗だった。
「隼人!」
引き寄せれて、俺の鼻先を刃渡り一メートルの振り子刃物が通り過ぎた。
刃物には、血曇りがあった。人間斬ってますね、ありがたくありませんっと!
滝が周囲を見回して唸る。
「建物の外観のサイズから行くと、ここが最後のエリアの筈。せめてこの部屋ぐらいは、通用口があれば良いんだが」
同じように見回して、俺は暖炉に気付いた。
図書館の装飾として、暖炉を象っただけらしいのだが、俺はそこに何かが落ちているのに気付いた。
飾りとして巻かれた灰の上から拾い上げれば、それはしぼんだ風船だった。確か、筑波がピエロから貰った奴と同じ色だった。
まさかと思って、暖炉の奥を押してみると、そこの隠し扉を開く事が出来た。
潜った先は、思ったとおりのスタッフ専用通路だった。
俺達は、これ幸いとインスマスのエリアに戻り、ハーフミラーの奥に捕まっていた女性を助け出した。
薬物を飲まされている様子で、身動きも喋る事もままならない様子だったが、幸いな事に意識はあった。
「もう少しだけ待っていてくれ、もうすぐ救助が来るからな」
そう言い聞かせ、滝は楽な姿勢を取らせた女性から離れた。
彼女から聞こえないだろう位置で、問い質す。
「救援、来てるのか?」
「ああ、ただジェイムスンに邪魔されてるらしいから、手を打たなきゃな」
そう言って、滝は「standby」とインカムに囁いた。
うん? HEROが待機しているのか?
通路のどん詰まりは異様な光景だった。
本来は、資材置き場とスタッフ控え室を兼ねていただろうそこは、ジョージ・ジェイムスンの殺人工房と化していた。
血塗れの鉈やのこぎり、ナイフなど道具が転がるそれなりの広さのコンクリート製の室内に、木製のテーブルの上に置かれた手の彫像が異様な空気をいや増していた。
掌にパックリと、鮫歯の並ぶ口が開くその彫像が視界に入った途端、俺は言いようのない悪寒と吐き気を覚えた。
そしてジェイムスンは、作業台に縛り付けた筑波に向かって、今まさに首を刎ねんと、鉞を振り上げようとしていた。
「筑波!」
俺の声で振り返った殺人鬼は、あのピエロの扮装のままにたりと笑った。
パリパリとひび割れ零れ落ちるそれに、顔のマスクが、実は顔面を蝋を塗り固めていたのだと判る。
「ジョージ・ジェイムスン、誘拐、監禁、殺人未遂と殺人、遺体損壊の現行犯だ、縛に付け!」
滝の言葉に、奴はにたりと笑う。
蝋の下から現れた、どす黒く、皺塗れの顔が腹立たしい。
「死んだ人間は裁けないぜえ、おまわりさんよぉ」
「そりゃお前の思い込みだ。被疑者死亡でも裁判は出来るんだぜ?」
そう言っている滝の目は、周囲をせわしなく動いている。
あの視線、もしかして。
「ぎゃぎゃぎゃ、偉そうに、でもそことここのHEROは使い物にならねえぞ!
俺様のNEXT能力で、HEROのパワーを押さえ込んでいるからなあ!
あの方に拾われてから目覚めた力だが、俺は俺に見えている人間の力を封じ込めるNEXTなんだぜえ!」
「やっぱりお前、馬鹿だわ」
そう言った滝は、インカムに向かって怒鳴った。
「構造物中央、距離30メートル! Ready!」
『OK! Who wants to be blown away!(吹き飛ばされたいのは、誰だ!)』
インカムから響いた声にぎょっとする前に、俺は滝に引き倒された。
次の瞬間、赤い弾丸が全てを薙ぎ倒した。直撃を受けたらしい男の悲鳴が響く。
巻き起こる埃に咳込みつつ立ち上がると、ふっと何かが身体から離れるのを感じた。
滝の方は、さっさと立ち上がり、無事?だった作業台から筑波を助けていた。
そして殺人鬼の方は、赤いジャンプスーツに覆面を付けた人物に足蹴にされていた。
身長は、自分と同じくらいだろうか、体形は筋肉質だが、ちょっと中年太りが入っていると思う。
「死んで暈けたようだな、ジョージ・ジェイムスン。お前を捕まえた人間と、全くの他人を勘違いする程度には」
「き、貴様、貴様まさか」
覆面を外すのを見て、驚いた。
WILDTIGERとは逆の、鼻から下を覆う覆面を外した顔は、俺が子供の頃に亡くなった祖父によく似ていた。
勿論、白人と東洋人の違いはあるが、孫の俺が一瞬驚く程度には似ていた。
「な、あ」
「この姿じゃお初だな、《ARTILLERY・SHELL(アーティラリー・シェル)》、今は引退してるがHEROだ。そして」
にっと笑った男はこう言った。
「あの時、私服で警官隊に交じってたのは俺、さ」
「お、お前お前ー!」
殺人ピエロが、地震よりやや背の低い赤い男に掴み掛ったその時だ。
「隼人、そこの台蹴り抜け!」
ほぼ反射で蹴り付け、それがあの彫像の下だと気付いたのは、コンクリ床の上で像が砕け散った時だった。
ぎゃああと、悲鳴と共にHEROから離れた男は、急に苦しみ悶え、だがぴたりと動きを止めた。
何時の間にか室内に入って来た警官達がジェイムスンを確保しようとして、何やら焦った様子で走って行く。元HEROだと言う人物も、駆け寄った背広と白衣の二人連れに険しい表情で何か話している。
改めて奴を見て、俺は思わず息を呑んだ。
ジョージ・ジェイムスンは、死後十数年を経過した蝋で固めた遺体と化していたからだ。
その後、わっと白衣や制服警官が押し掛け、俺達は邪魔にならないよう、室内から出る事になった。
担架やストレッチャーではなく、荷車で粛々と運び出されたジェイムスンだったものは、そのまま科学捜査研究所に運ぶよう指示されていた。
ジェイムスンに捕まっていた女性二人は、あの後すぐ救急車で運ばれた。
筑波の方は、呪縛が解けると自己再生機能によって薬品を分解し回復した。
奴曰く、怪人に捕まり抵抗しようとして力が出ない事に驚くうちに拘束され、薬物を飲まされたそうだ。
取り敢えず、きちんとした護身術を叩き込まなきゃならないようだ。……まあ、風見には黙っておいてやるが。
そんな事を考えていた俺に、滝は詫びだと言った。現場検証が長引きそうなので、滝は一旦現場から離れるのだそうだ。
……まあ、ある意味組織改革をゴリ押す形になった滝が現場にいると、警官はともかく役職付きの面子はプレッシャーが大きいのだろうが。
「何処かで飯食おう、奢るぞ」
「どうせなら酒の方が良いのに」
「バーカ、まだ昼だ」
そんな会話をしつつ、俺は滝と一緒に歩き出した。
そんな俺達に、切符売り場の女性が一礼し、すうっと消えた。……え!?
「ああ、奴さんが消えたから、彼女も解放されたって事か」
「滝さんや?」
振り返った俺に、溜息と共に滝はこう言った。
「彼女、フランカ・マクブランは、ジョージ・ジェイムスンが最初に捕まった時の最期の被害者、ARTILLERY・SHELLが助けられなかった女性だよ」
「え……あ、鏑木君が言っていた、告発しようとして殺されたって言う」
「そうだ。遺体は埋葬したそうだが、魂は捕まったままだったんだな」
そう言いつつ踵を返す滝に、俺は黙って付いて行くしかなかった。
今回の事件は、FBI側から圧を掛けて緘口令を敷いたと滝が言った。
あんなのまでNEXTとして流れたら、偏見からどんな事件が起こるか判らないと言うのが滝の意見だ。
俺も、それには全面的に賛成だ。
Mr.ARTILLERY・SHELL、現在はコーヒーハウスを営んでいると言うMr.イアン・ヒューイットは鏑木君の先輩で、彼の格闘戦とワイヤーを使った空中移動の師匠だそうだ。
NEXT能力は『ボディ・ソニック』、助走を付けた体当たりで、現役時代は厚さ5メートルの鉄筋コンクリートすら砕いたそうだ。ただ、その反動で体中の骨に異常が出たため、引退を余儀なくされたそうだ。
滝曰く、俺からホラーハウスの話を聞いて、嫌な予感を感じた鏑木君から滝に話がきたのだそうだ。
またとある捜査が差し込まれていた滝が、同じく嫌な予感から十数年前の事件について調べ直し、Mr.の事を知ったのだそうだ。
そこで、シュテルンビルト市警とMr.に連絡し待機して貰い、滝がホラーハウスに入ろうとしたのだが入れなかったのだそうだ。
この時点で、滝は「何時もの」である事を確信し、UIUから関係機関に連絡を取るつもりでいたのだそうだ。
そしたら、俺がホラーハウスに入ろうとしたので、便乗したのだと言う。
どうやら俺の方もこいつの方も、相変わらずらしくてぐったりした。
ジョージ・ジェイムスンが、どんな『人知の及ばない存在』に拾われたのかは、何となく察しは付いたが口にはしない。滝の機嫌が、格段に悪くなるからだ。
――奴らはヤクザと一緒で、目が合えば執拗に絡んで来ようとする。滝の持論だ。
だから、あの神格に傾倒したから殺人工房を作り上げたのか、あんなものを造るほど人格が崩壊したから奴さんに拾われたのか、もう知る術はない。
奴さんの、あの俺達『改造人間』の能力すらねじ伏せた力が実際にNEXTだったのか、神格からの贈り物(ギフト)だったのかも、今では判らない。
ただ、奴がそんな力を望んだのはおそらく、あの日自分を捕まえた警官達と共にいた素顔のHERO、Mr.ARTILLERY・SHELLへの憎悪と恐怖からだったのだろうが。
そんな事があった一月後。
あの『暇神』が、もっと直截的に関わって来る事になるとは思わなかったのだ。
とある元HEROとの会話。
びっくりしたね。急に死んだ親友が訪ねて来たと思ったら、別人だったのはともかく、昔警察と一緒にしょっ引いた筈の奴が、蘇ってたなんてな。
奴は、何たらって言う奇怪なカミサマの信者で、捕まえた時に変な塑像を後生大事に抱えていたっけな。
ああ、そう、右手らしいんだが、掌に口のある奴。
プロフェッサー……ああ、こいつも元HEROなんだが、奴に話したら、真顔でそいつの事は忘れろって言われたっけな。
うん、若い奴らは知らないだろうが、シュテルンビルトにはきな臭い話がある。
は?ウロボロス? あんなのは気にしなくていいよ。所詮は人間の作った組織、ついでに言うと、あれは元々は悪い存在じゃなかったんだ、ただ、時間と共に変容するのは免れなかったって話さ。
……ああ、この町は、元々は馬鹿な人間がとんでもない連中との裏取引で出来たって話。
気にすんな、もう50年程前に蹴りは付いてる。
その筈だから。