俺、一文字隼人と滝和也とが遭遇する怪事件。
科学じゃ説明のつかない、滝曰く「日常と背中合わせに存在する何かと掠る」ために起きる事。通り魔のように、不慮の事故のように襲い掛かるそれは、正直言っておっかない事この上ない。
で、本郷猛と一緒に行動するとどうなるかと言うと、実は本郷と俺の二人だと、一度も行き当たった事がない。
否、正確には『行き当たったかも知れないが判らない』と言うのが正しい。
滝曰く、本郷は色々ぶっちぎっているらしい。
あいつは、所謂化学者だ。
オカルトに対して興味が薄く、SHOCKERなんぞと言うぶっ飛んだ連中と事を構えた結果、一般的な心霊現象も凡てSHOCKERの策略だと思っている節がある。
また、そう言うものを信じていないので、それらに気付かないし触れる事も無い。
下手打つとそう言うのに捕まりそうな俺からすると、くそ羨ましい事この上ない。……まあ、見付けたらそれはそれで、あいつがどんだけ無茶な実験(自称)をやらかすか考えるのも怖いのだが。
これはそんなあいつが最後に全部持ってった挙句に、途轍もない爆弾を投げ込まれた話。
あれはそう、南米のSHOCKERの動きを追って日本を離れていた俺が、南紀で本郷達と共闘した時の事。
海底基地の情報を追っている途中で、不自然なぐらいボロボロの屋敷を見つけた。
俺と途中で合流した滝は、街道沿いの食堂でそこに入った黒ずくめの話を聞いて、その廃屋を調べる事にした。
が、直後に聞いた話に、二人揃ってゲッとなったのだが。
常連らしいトラックやタクシーの運ちゃん達から話を聞いて、食堂から出ようとした時だ。
それまで日向で居眠りしていたような風情の婆ちゃんが、ぼそっとこう言ったのだ。
「何処のどいつか知らないが、『鬼の家』に行くとはねえ。最近の若いのは、もの好きだよ」
剣呑な言葉に、俺と滝は思わず顔を見合わせた。
「お婆さん、その家で何があったか、知っているのなら教えて貰って良いかな」
滝が問い掛けると、老婆はじろっとこちらに視線を向けた。
「あそこはな、明治の末に建てられて大正の頃まで異人さんが寝泊まりしとった家じゃ。
あたしの年の離れた姉さんが、あそこの異人さんの世話をしとった」
「異人……へえ、この辺りへ外国人が」
俺が珍しいと言いそうになって、滝に小突かれた。
小柄な婆さんは、忌々しいと言いたげに言葉を続けた。
「碌な連中じゃなかったらしいよ、小銭しか払わないくせに、姉さんを朝早くから日が暮れるまでこき使ってくれて。
それでも、尋常小学校しか行けなかった姉さんは、あそこの家で本が読めるからと、一生懸命働いてたんだよ。
それなのに、ある日夜になっても姉さんが帰って来なくて、屋敷まで兄ちゃん達が迎えに行ってすぐに、屋敷が変だって言いながら帰って来てね」
「何があったんです?」
滝が促すと、先程までの険しい顔から、一転して寂しそうな、悲しそうな面持ちで顔を伏せた。
「兄ちゃん達が、あの屋敷の裏手に行って、姉さんを呼ぼうとした時、まるで地の底から大きな獣が叫び狂っているような声がしたそうだよ。
それに魂消て、兄ちゃん達は大人を呼びに来たそうだよ。
そして、大人達が家探しした時には、その屋敷には猫の子一匹いなくなっていたそうだよ。
なんか、屋敷の持ち主にも連絡が付かなくなっちまってねえ、でも、登記上持ち主は異人で、私らはあの屋敷に手出ししちゃならないって言われたんだよ。
それからもう半世紀かね、戦前戦後には、やくざ者があそこで馬鹿やった事もあったが、数日後には「鬼が出た」って半狂乱で逃げ出してねえ。
だから、あそこは『鬼の家』なのさ」
婆さんの言葉に、俺達は顔を見合わせた。
……幾ら何でも、そんな時代からSHOCKERとかないよな。
そんな事を思いつつ、それでも今、SHOCKERが関わっているようなら調べない訳にはいかない、俺は自分にそう言い聞かせていた。
――正直に言おう、俺はあの時すっかり一年前の山荘から始まる騒ぎを意識の向こうに置いていた。
海外に出て、南米でSHOCKERを追い回す内に、うっかり忘れたと言うか、日々に追われたと言うか。
滝の方は、屋敷の過去に思うところがあったようだったが、あいつもそれを口には出さず、そして俺達はそのぼろ屋に向かった。
目的地は、海の傍、崖の真下と言う地震が起きたら一発で潰されそうな立地だった。
ぐるっと煉瓦塀に囲まれ、鉄格子の門扉を閉ざすその屋敷は、少し偏った三角屋根の、聞いていた時代の建物にしては遥かにモダンなデザインの建物だった。
鎖で固定されてはあったが、一杯に引っ張れば人一人潜れる程度の隙間が出来た。
そこを潜って敷地に入り込んだ俺達は、荒れ果てた庭を横切り、廃屋へと近付いた。
土蔵とかに良く見られる漆喰で固めた壁は、だが明治末の建築物とは思えないほど綺麗で、外周を囲む高い煉瓦塀が崩れているのと比べても不自然この上なかった。
「地獄大使が掃除させたのかね」
「それはねえだろう、大使のおっさんだって、人目を引いちゃ意味ねえって解ってると思う」
そんな事を話しつつ、がっちりと封鎖された玄関を横目に、俺達は裏口に回り込む。
敷地の一部は海に掛かっていて、そこは煉瓦塀ではなく板塀で、どうやら船が出入り出来るように水門も造られていたようだ。石で出来た桟橋らしい部分に、小舟だったろう木材の残骸が残っている。
俺達は、丁度人一人通れるくらいに割れた板戸を跨いで、廃屋の中に入った。
中は、ガラクタが転がり薄暗かったが、意外に歩く事が出来た。
どうやら、SHOCKER達は自分達の移動に邪魔になる物だけ端に寄せて、移動する空間を確保しているようだ。
戸口に繋がっていたのは年代物の台所兼食堂で、壊れた食卓やすっかり錆び付いた調理器具がそこここに転がっている。
また、大分煤けているが壁や残っていた流しなどが赤く塗られていたらしく、埃に交じって剥げた塗料が床に積もっていた。
何だこれ。食欲減退しそうだ。
そんな事を思いつつ、俺達は台所を出て、玄関らしい方へ移動した。
西洋人の住んでいた家らしく、どうやら玄関から応接間が直結しているようだ。と言うか、玄関ホールをそのまま応接室にしてあると言うか。玄関に向かって左手に、階段が見えその横に扉が一つある。
かつては上物だったろうソファーは形こそかろうじて残っていたが、座面を包んでいた革布は朽ち果て、調度品も皆壊れてガラクタと化していた。
この辺は、以前入り込んだと言うヤクザ者達が面白半分に壊したのかもしれない。
「うわっ」
滝の声に、思わずそちらを見ると、玄関すぐ横の壁に結構な大きさの絵が飾られていた。
畳一枚はありそうなそれは、朱色も鮮やかな地獄絵図と言う代物だった。……ほかの品物が経年劣化でボロボロになっているにも拘らず、この絵だけは朱色が一切褪せる事無くそこにあった。
油絵ではなく、しかし印刷でもない。端の方には何か草書で何か短歌らしいものが書き付けらてあった。
「これ、印刷? いや版画か?」
「浮世絵? いや、だとしてもこれは……」
絵を見ていると、生理的な恐怖を感じる。絵の筈の炎が揺らめき、その炎の影に動いているものがある気がするのだ。
……何れ、あの炎の中に墜ちるのだろうなと、思ったのは内緒だ。
振り切るように絵から離れ、応接間から奥に向かう短い通路を進む。
その突き当りは、所謂アトリエだったようだ。
壁も床も埃塗れだが、青く塗られた痕跡があった。どんな趣味だ?
流石に、長く空き家だったお陰か空っぽの棚とイーゼルしかない。
でも、壁の釘からして本来は結構色々絵が飾られていたようだった。
「こっちには、SHOCKERの奴らは入って来てないな」
滝が言うとおり、そこはガラクタは少ないが、埃も積もったままだった。
気を取り直し、俺達はそこを出て、並んでいたもう一つの扉を開ける事にした。
錆び付いて軋む扉を開くと、ボロボロのベッド――結構年代物のものだ――があり、どうやら寝室だろうと思われた。
ただ、室内は黒く塗られた跡があり、また結構な大きさの窓を内側から板を打ち付けた跡があり、寝室にしては変な感じだった。
一応寝台があるが、さて、これは寝台として使われていたのだろうか。寝台以外の家具が最初から無かった様子なのも気になった。
だが、どうやらこの部屋にも最近人の出入りが無かった事を示すように、埃はたんまり積もっていた。
台所が赤、アトリエが青、寝室が黒、か。何か引っ掛かるな。
滝も同じだったようで眉を顰めたまま、音を忍ばせ応接間に戻る。
階段側の扉を開くと、そこは煤けてはいるが白く纏められた部屋だった。
漆喰ではなく、板壁をわざわざ白く塗ってある。
箪笥とテーブルの残骸しか残っていないが、この部屋には不自然に飛び出した柱があった。
「あれ?」
「確か、外観ではこの辺に煙突あったな」
滝に言われた、俺も左右非対称で斜めに傾いだ屋根を思い出す。
そう言えば、高い方の屋根に煙突があったな。ずっと放置されていたなら、鳥か動物が巣を作っていそうだが、煉瓦煙突は少し崩れていたがちゃんとあった。
「でも暖炉じゃない。地下……でも何か変だな」
煙突にしては不自然なそれは、軽く小突くと中が空洞だと知れた。
取り敢えず、俺達は階段を上がってみる事にした。
階段も不自然に埃が消えている箇所があり、頻回にここを上がっていると知れた。
二階は一部屋だけで、そこはささやかな書架と不自然に大きな暖炉を抱えた書斎だった。
ここは、緑で塗られた痕跡があった。各部屋を一色で塗り潰すって、ここの家主は芸術家か何かだったのだろうか。
以前の館の事もあったので、机を調べるとぼろぼろの日記帳を見付けた。劣化の著しい日記をそっと開く。
中は、ラテン語とドイツ語と古式英語のちゃんぽんで書かれてあった。察するところ、それがカッコいいと言う趣味趣向だったらしい。
取り敢えず、余り時間を掛けられないので二人で判る単語だけ抜き出して、大体のところを判断した。
どうやら、この家――五色亭と言うらしい。なるほど、合点がいった。――は、画家の振りをしたオカルト結社員達のもので、地下に実験場があるらしい。
で、この連中、事情を知った女中を生け贄に、東洋の悪魔を呼び出そうとしたらしい。察するところ、口封じって事だろう。しかし。
東洋の悪魔って、何だ? 自慢じゃないが、こちとら海外育ちで近代文学を友とした所為で、東洋の悪魔何てこれっぽっちも頭に浮かばない。
「うーん、キリスト教的な視点で言うと、日本の神様仏様ってのは皆悪魔になっちまうが、こいつら一体何を呼び出そうとしたんだ? ガチ神様とか言わないよな」
「滝? 何か判るの」
俺が視線を向けると、常になく渋い顔で滝はこう言った。
「俺の叔父さんの親族に、神職とか巫女とかの血筋が居たんで、そんな話を聞き齧ってた事があるだけだ。
それに、あいつらが呼び出そうとした存在だが、俺はちょっと嫌な予感がある。もしも当たってたら、こいつら相当な馬鹿だと思う」
え?
「何か判ったの、滝さんや」
「この家の玄関入ってすぐの部屋の壁に、どでかく飾られてた絵があっただろう?」
「あの、地獄絵図って奴?」
頷いた親友は、頭が痛いと言いたげに額を押さえている。
「大正ぐらいの、白豪主義だか何だかだろう白人が、東洋の『地獄の鬼』ってものの事をどう考えると思う?」
うーん、そりゃ理解してないでしょ。
この現代に至っても尚、白系人種は肌に色が付いてるって連中が主張する人種を、格下ならまだしも動物呼ばわりしたがる奴らが未だにいるもの。
俺がそう言うと、「そうなんだよな」と、滝は遠い目になった。
ああ、お前の本国って、そう言うのが未だに根強い地域がごろごろしてたっけ。
「西洋の『地獄』ってのは、基本的に悪魔の住処で、そこにいる悪魔を召喚して使い魔にしたり、取引持ち出して騙されるってのが基本だろ?」
「まあ、そうだね」
随分極論だが、大体あってる。
「東洋、特に日本の『地獄』ってのは、言っちまえば裁判所に直結する刑場だ」
そう言えば、そうだったかも。
そして滝は頭を掻きつつ言った。
「死後に生前の罪状を改め、八大地獄に八寒地獄と言った罪に見合った罪滅ぼしの後、生まれ変わるかより上位の世界に進むか。そう言った事を見極めるのが日本や東洋で知られた『地獄』って場所だ。
そんな事を取り扱う場所にいる存在が、西洋の悪魔と同等だと思うか?」
あ。
滝の言葉にぎょっとなる。
そりゃそうだ、神様の下働きって事になる。西洋の悪魔は天使が墜ちた姿って言うけど、閻魔大王の配下って事は下手打つと大天使くらいの立場じゃないか、地獄の鬼って。……あ。
「あいつら、東洋の神格を舐めてたんだろうな」
滝は肩を竦めている。
そう言えば、ギリシャ神話にも『死後の裁判』はあるが、あちらは『冥府』と『地獄』の二つに分けられてた気がする。
そして、キリスト教圏では地獄は悪魔の住処、そして人間の魂は『最後の審判』が起きるまで『煉獄』って場所で待っているって言う話だ。
この屋敷でアホな真似をした結社員達がどんな死生観を持っていたのかは知らないが、きっと、下級の小悪魔みたいな存在、自分達でねじ伏せられると自惚れた結果が集団失踪だったのだろう。
書架は空っぽだが、暖炉の方は煤やら埃が変に剥げていた。調べると、暖炉の底が動き、補修された梯子が現れた。
察するところ、ここにあった地下をSHOCKER共も活用しているのだろう。
「成程、ここから地下に入ると」
「秘密基地気取りだったのかね」
「あー」
滝は、ここの所有者の発想にうんざりしている。
気持ちは判る、本当に。
梯子を下りると、そこは仮設の電灯でほの明るく照らされていた。
やはり、大使達が基地への通路としていじっていたようだ。梯子の横に、近未来丸出しのスライドドアが設置されている。
だが、俺達は本来の扉の方から漏れ聞こえる悲鳴に顔を見合わせた。
まさか、あいつらこっちで拉致被害者を拷問しているのか!?
思わず俺は、滝が止めるより先に扉を開けて、そこの光景に思わず腰が抜けた。
十メートル四方ぐらいの部屋の床一面に、白骨死体が転がっていたのだ。
だが、滝は冷静にそこに転がる頭蓋骨の数を数え始めた。
「1、2、3……、大雑把に数えて一〇人っと、砕けてそうなのが三個、てことは最低で一三人っと。よくもまあこんだけの外国人が一度に居なくなって、国際問題にならなかったもんだ」
「滝?」
「隼人、こいつら多分、ここで召喚の儀式とやらをやった結社員のなれの果てだ。良く見ろ、昨日今日死んだ人間の骨じゃ無い」
良く良く見れば、確かに風化しかかった骨に、皮膚らしいもののなれの果てがこびりつき、頭蓋骨に金髪が残っているものもあった。
それでも、白骨化するまで放置された遺体に言葉を失っていると、再び悲鳴が上がった。
扉を開くと、そこは八畳程の部屋の中央に人間三人を包み込む紅蓮の炎の球があった。
中にいる人間は、既に皮膚は焼けただれ、頭髪も何もかもが燃え尽きていたが、それでも声にならない悲鳴を上げ、頭を抱えたまま座り込んでいる。
……頭を抱えた手が、頭部に指先が焼き付いて外せなくなっているのだと気付いて、喉から変な音が出た。
これ、は。
手を伸ばそうとした俺を、滝は後ろに引き戻した。
「隼人、あれは実体じゃない、奥にまだ部屋がある、あっちに行くぞ」
滝は彼らを見ない。
灼熱地獄、そんな言葉が脳裏に過った。
俺は滝に手を引かれるまま、奥の扉に向かった。
次の扉を開くと、そこは雪と氷の世界と化していた。
扉は普通の状態だったが、やはり八畳ほどの部屋の中央で、また三人の外国人らしい男達を氷柱が床に縫い留め、全身が凍傷で柘榴のようになっていて、噴き出して凍り付いた血が彼岸花のようになっていた。
恐ろしくも美しいその光景に、俺は生唾を飲み込み頭を振って、彼らに手を伸ばした。
寒さと傷で朦朧となっている男達に、俺は触れる事が出来なかった。
これが、八寒地獄だろうか。
ちらと聞いた言葉が脳裏を掠める。
「行くぞ、声はこの奥だ」
滝は揺るがない。
そのまま哀れな男達に目も向けない親友に、思わず俺は聞いてみた。
「なあ、助けられないのか?」
「その為には、奥に行かなきゃだな」
え?
手前の扉同様、古びてはいても何の変哲もない扉を開いて、俺達は次の部屋に入った。
さらに奥にあった扉を開くと、そこは串刺しにされ泣き喚く外国人達と、這い蹲って悲鳴を上げているSHOCKERの骨戦闘員、そして、彼らを一見すると着物姿の若い男が、見るからにな金棒を片手に踏み付けていた。
思わず声を掛けようとして、滝に口を塞がれた。
男が振り向く。吊り上がった目元には朱が差され、額には見事な角、あ。
「どうやら、話が通じそうな人間が来ましたね。困っていたんですよ、この人達声帯を取られているのかイーとしか言わなくて」
「あ、それはご迷惑を」
滝、滝ちょっと違う。
どうやら、結社員達はこの鬼――普通の獄卒ならまだしも、結構な上役だったらしい――を呼び出し、契約をしようとして一方的に蹂躙されたらしい。
帰ろうにも連中の中途半端な術が、変に彼を縛り付ける事になったそうで、そこであの鬼はこの地下室を一時的な刑場に仕立て上げ、結社員達に『呵責』、要するに地獄の罪人が受ける罰を与えていたそうだ。
――ここにいた結社員達は嬰児殺しに妊婦殺人、その遺体を料理して食べると言う、滝曰く母子殺人と遺体遺棄、遺体損壊のトリプル役満の上に婦女暴行や詐欺、強盗殺人までやらかしていたらしい。
うわあ。
「仕方が無いので、部下に最低限の仕事を持って来て貰って進めていたのですが、この間にも閻魔大王がさぼっていないか心配で」
何だろう、そう言ってる鬼がどう見てもダメ上司の尻叩いてる猛烈社員にしか見えない。
「じゃあ、あんたは帰りたいって事ですか」
「ええ、私は言わば落とし穴に落ちてここに移動させられたようなものですから」
「じゃあ、俺達が術を壊したら、そのまま帰って下さる」
「はい」
「何か、良く判らない約束が進められてるよ、おい」
鬼曰く、彼を縛り付けているのは、さらに奥にある魔方陣らしい。それを機能出来なくさせれば良いらしい。
俺達はその部屋を出て、さらに奥へと向かった。
そこに、目的の魔方陣が確かにあった。
ただ、中心でボロボロの着物を引っ掛けた骸骨と、その横で座り込んで泣いている女性とがいた。
尤も、女性の姿は薄っすらとしていて、彼女も幽霊だと知れた。そして、恐らくは、あの食堂で話してくれた老婆の姉だろう。
さて、この魔方陣をどうしようか。
思わず俺と滝が顔を見合わせた、その次の瞬間だった。
ドカンっと、大きな音と共に怪人と仮面ライダー、つまり本郷猛が壁を突き破って転がり込んだ。
倒れまいと、怪人も本郷も互いに足で踏ん張りざざっと滑った。
結果、魔方陣の一部が消され、じんわりと輝いていた図形が消えた。え? そんな簡単に消えたんだ!?
あっと思った俺の背中を、滝が叩く。
「後は俺がやっておく、お前は本郷の方に行ってやれ!」
「っ、判った!」
そうやって別行動になったので、俺はその後あの鬼がどうなったのか知らないのだ。
ただ、本郷と一緒に怪人を追い詰め、ダブルライダーキックで仕留めた後、気が付けば例の館は炎を上げて燃え上がっており、涼しい顔の滝が、バイクを停めた場所で俺達を待っていた。
「滝!」
「滝、いたのか」
しれっとそう言った本郷の足の甲を踏み付け、俺がどうなったか目で問うと、滝は大きく肩を竦めて一言。
「終わった。
帰るべき存在は帰ったし、あの地下ごと奴らの通路も、ダイナマイトで吹っ飛ばしておいたぜ」
「そうか、流石は滝だ」
恐らく、前後の繋がりは判っていないだろうに、そう言って頷いた本郷を、俺と滝は呆れかえった顔で見た後、お互いに肩を竦め合った。
そうして、幸い脇道はこれっきりで、俺達は地獄大使の海底基地計画をぶっ潰す事に成功した。
全部終わらせ、帰る前に少しだけ、土地の図書館であの屋敷について調べてみた。
海外の人間が購入した屋敷の為、当時の地元警察は手を出しあぐねた様だ
後、不思議な事に、あの屋敷の地下室の事は誰も気付かなかったらしい。寧ろ、あの「鬼」の存在を感じ取った人間が多かった為に、猶更屋敷に近付かなかったようだ。
後、土地の人間に気取れないように結社員は来ていたようだ。土地の人間は、何人いるかは把握してなかったらしい。
察するところ、あの裏手の水門から出入りし大抵の結社員は地下に籠っていたので、十数人もの外国人がここで死んだと言う事は土地の人間は誰も知らなかったようだ。
因みにあの時、本郷は海底基地に至る通路の一本を潰しにかかり、その途中の通気口兼緊急通路のところに雪崩れ込んで戦っていたのだとか。
俺と滝がいた事にも気付かず、そのまま戦っていたと言うから頭が痛い。
……まあ本郷曰く、その間、つまり俺と滝があの屋敷にいた間、脳波通信が繋がらなかったと言っているんだが。
まあ、あの間俺も別行動中の本郷の事をまるっと忘れていたので、言えた筋ではないのだろうが。
そして、あいつは通路のところからあの部屋までの間にあったものを一切見なかったらしい。
変身していた事もあるが、 壁をぶち抜くにあたって微妙な角度が入った事もあり、ぐるっと輪になるように配置されていた部屋のうち、最後の奥の部屋だけにぶち当たるように怪人を蹴り飛ばしたらしい。
そのまま最短距離を移動するように戦ったので、亡者も鬼も見ていないらしい。
本郷と話して――うっかりすると最新科学研究とか地獄大使の作戦傾向とかに話題が飛ぶのを必死に引き戻しつつ――、何とかあの時の事を聞いた俺達は、『仮面ライダー一号』と言う男にそこはかとなく頭痛を感じたのだ。
ただ、あの後例の食堂で、もう一度だけあの婆さんに会った。
「姉さんが帰って来たんだよ」
嬉しそうに俺と滝にそう言って、孫らしい中学生に付き添われて帰って行った。
思わず振り返った俺に、滝はにかっと笑った。
「言っただろう、帰るべき存在は帰ったって」
「……そっか」
心底楽しそうな親友に、俺は脱力する事しか出来なかった。
あの後、滝は無事に鬼には帰って頂いたと言っていた。
だが、南米に向かおうと空港に行った俺の前に、あの鬼――人間に見えるように変装していたが、あの目付きは隠しようがない――が現れた。
思わず身構えた俺に向かって、溜息交じりの鬼が言った事はこうだった。
「残念ですねえ、貴方は寿命が尽きる頃には、私どもの管轄から外れてしまう。
だから、お友達に言って置いて下さいね、お迎えに向かう際には、是非とも色よい返事を待っていると」
え?
驚いているうちに、鬼の方はごった返す空港ロビーの人波に紛れ、俺の前から姿を消した。
何だろう、もしかして地獄の獄卒として、あの鬼は滝を勧誘でもしているのだろうか。
疑問は尽きないものの、俺はSHOCKERとの蹴りを付けるべく南米へと向かった。
……考えたくなかったと言う事もある、が。
あの日あの後。
滝が、俺のいない間にあの鬼とどんな話をしたのか、俺は未だに問い質す事が出来ないでいる。
毎日がジェットコースターのようだったと言う事もあったが、ゲルショッカーとの蹴りが付いた後、本国からの帰還命令の為に滝が日本を離れた事。
そして、それから十年ばかり、彼と連絡が付かなかった事もありつい聞きそびれたと言うのもある。
それ以上に、具体的な話を聞くのが怖いと言うのもある。
そしてバダン戦役以来、俺や本郷の知らないところで、何かあいつが更に厄介な事に関わっているらしい事がほの見えて、背筋が寒くてたまらないのだ。
だから今はただひたすら、俺達とあいつとの『永久の別れ』が遥か未来である事を、祈る事しか出来ないのだ。
*地獄の社畜の独り言。
なかなかの逸材ですねえ、あの人。
……ふむ、色々難しそうですが、身の振り方が決まるまででも仕事に就いて頂ければ良いですよ。
犯罪者と断じた瞬間からの、あの見切り方、実に見どころがあります。流石、犯罪捜査官。特にあの連中が食人と殺人と姦通強盗の常習者と聞いた瞬間の目、あれは新任の獄卒に見習わせたいものです。
さて、あそこから引っ張て来た連中、一応欧州の人間ですから、べるぜバブ殿にでも押し付けましょうか。