戦いを生き延び、拷問に耐え、ようやく解放されて、戦略結婚の相手とも和解し仲を深めることができたと思っていた矢先の出来事。クロウスは連行された後散々痛め付けられて意識を失ってしまい、気がついたときには全身を縛られて目隠しもされた状態でどこかに閉じ込められていた。耳を澄ますとどうやら馬車のようなところにいて、どこかに連れていかれるらしい。と、
「クロウス様?気がつきました?」
すぐ近くから大人の雌の声。
「誰…?」
「エルかと申します。城の召し使いの内の一匹です。」
「僕はどうなるんだ…?」
「国外追放です。私が世話係として付き添うことになりました。」
「そうか…」
自分を一匹というのならやはり彼女は雌竜なのだろう。国外追放ということも踏まえると向こうは彼女と番になって子をもうけることで復讐心を薄めさせようとしていると理解する。
「クロウス様…お気の毒です。お二人は仲が良さそうに───」
「止めてくれ。」
「失礼しました。到着までは後2週間ほどかかります。それまでどうか辛抱なさってください。」
そして2週間後、薬で眠らされ、目が覚めると見知らぬ森の中にいた。
「改めまして、エルカです。」
桃色の雌の成竜は頭を下げて挨拶する。
「あぁ…」
とりあえず住みかにできそうな洞窟があったので、そこに枝葉で寝床を作った。
「お疲れでしょう…何か獲ってくるので、この辺りで待っていてください。」
「あぁ…」
骨が折られているのか翼が動かせない。ミラの言葉を頭で何度も繰り返しているうちに彼女が帰ってきた。
「近くに水場もありました。住むには問題なさそうです。」
立派な猪を分けて食べるとエルカが言った。
「私はあなたの下僕です。要望がありましたら何でも言いつけてください。」
「…僕が君を痛め付けたいと言っても?」
僅かに動揺するも頷く。
「構いません。」
「嘘だよ…ごめん。」
「クロウス様がその気なら、あなたとの子を宿し産んでも構いません。」
「だろうね。元々、それで僕に復讐させないようにするのが狙いだろ?君も気の毒だね。」
「そんなことはありませんよ。」
「僕は死んだことに?」
「その通りです。私があなたを原形なく殺し、私もその場で処刑されたことになっています。」
「そりゃ…愉快だね…」
「クロウス様、ミラ様はきっとあなたのことを想って私を……」
「ごめんもう休むよ。体中が痛いんだ。」
これは嘘では無かった。
「そうでした。お休みなさい。」
〇〇〇
「…ミラ?」
「ん?あぁ、ちょっと考え事してた。」
ベッドで横になるミラと、その夫となった竜ローグ。国中の雄を決闘させてその頂点になった竜だ。ミラはクロウスが死んだと聞かされた彼の母ジーンの顔が忘れられなかった。
「体調はどうだ?」
「えぇ。良いわ。」
「早く産まれると良いな。」
「そうね…」
彼の言うそれは父親の言うそれとは違う。早く産まれて乳母に託し、自分と子作りしたいという意味だとミラは分かっている。しかしミラはこの子を自分で育てると決めていた。誰にも渡さない。取り返しのつかないことをしてしまった自分にできることは、自らの手で子供を育て、愛することだった。お腹はいよいよ大きくなり、もうそろそろ殻に包まれるころかと思っていた時だった。いつも通りベッドで横になっている時、それは突然だった。
「ウ…ウグゥ…?」
「ミラ?どうした?」
「ウ…ウギャアァ!!アグァアァ!」
「おいミラ!誰か!誰か来てくれ!」
腹の中をわしづかみにされたような感覚になったかと思えば、破裂したんじゃないかという痛みと共に秘裂から血が流れ始めた。すぐに医官やエリザも駆けつける。
「何てことだ…」
数時間苦しんで、ミラから出てきたのはできかけの仔竜。当然死んでいる。柔らかい鱗はほんのり緑がかっていた。
「ア…ウゥ…そんなぁ…どうして……」
周りもどう声をかけて良いか分からずただ呆然とするなか、ミラは満身創痍の体を動かしてその仔竜を胸に抱いた。その日から半年の間、ミラは自室から出ることはなかった。
〇〇〇
「クロウス様、食事です。」
「ん。ありがと。」
エルカは獲物を獲るのは下僕の役目、と狩りに行くことを決して譲らなかったので、クロウスは一日中法力の鍛練をしていた。あの日からだいぶ経ち、日にちの感覚などとうに無くなったある日の夜
「君は辛くないのかい?」
「いいえ。あなたのお役に立てるなら。」
「忠実なんだね。」
「ミラ様やエリザ様だけにというわけではありませんよ。ミラ様を愛したあなたにも多大な尊敬を払っています。ですから私の体を求めるというのなら喜んで応じますよ。」
「エルカはどうなんだい?僕に…抱かれたいのかい?」
動揺を見せるエルカ。
「い、いえ、その…上に言われたからでは
決してありません。クロウス様が求められるなら…」
「君は、どうなんだい?」
わかったぞ、というように笑うクロウス。エルカは観念して
「ま、まぁ…雌雄で生活を共にしていることですし…その…少しくらい…私に…報酬をくださっても…良いかと……あ、でもクロウス様。あなたがミラ様のことをまだ想っているということ。私にはわかっています。」
「…」
「そりゃああれだけお辛い思いをされたのです。でもミラ様を憎んでいるようには見えないのです。」
「…だとしても、会いたいとは思わないよ。でもそうだね…ミラとの子供がどんな子なのか…どんな風に育ってるのか…エルカは知らないんだよね?城の方向。」
「残念ながら、私も目隠しをされていたので。」
「…そうだろうね。まぁ、そんなことを考えても無駄だね。」
少しの間俯いて
「…寝ようか。」
「はい。」
〇〇〇
「ハァン…ハァ…」
仰向けになったエルカの秘部を慎重に解す。召し使いだということもあってエルカはまだ交尾をしたことがなかった。
「良いんだね?」
「はい…お願いします…」
クロウスは自分と同じくらいの体格のエルカに己を沈めてゆっくり動く。お互い楽しむ為の行為。それでもいざ1つになると興奮は高まり、抱き合い体を擦りながら快楽を求めた。さすが成竜とあって特に苦痛を感じているそぶりは見せず、ヌヂュ…ヌヂュ…としばらく突いていると体を震わせて絶頂し、その後しばらくしてクロウスは彼女に精を注いだ。
「さすが、とても心地よかったです。」
クロウスは余韻に浸るエルカに寄り添いながら
「なら良かった。僕も…心地よかったよ。お休み。…ありがとうエルカ。」
「こちらこそ。…もし宿ったら、ちゃんと育ててくださいよ?」
「分かってる。」
顔を見合わせ、笑う。お互い愛感情はないが、もしこのまま数年経ったら分からない、そう思う2匹だった。
〇〇〇
グチュ…グチュ…
「ア…アウ…」
「辛くないか?」
「平気…」
ローグも悪い竜ではない。あれから何とか立ち直ったミラは数日に一度、彼と夫婦の営みを交わす。気遣ってくれるので苦痛はなく、交わっている間は快楽に酔えるのだが素直に甘えられなかった。
ドクッ…ドクッ…
「フアァッ!…ンン…」
「ふぅ……大丈夫か?久し振りだったからつい出しきってしまったが。」
「大丈夫…ありがとう…」
この日は5日ぶりの交尾。寝床も共にしておらず、まぐわいもミラの気が乗ったときだけなので、するときはローグが枯れるまで続いていた。終わった後、余韻が引くまでいてもらっているのだが、どうしても彼…クロウスを思い出してしまう。かといっていなかったらいなかったで余計クロウスのことを考えてしまい、別れた後で夜な夜な泣く日々が続いていた。もし今彼との子が生きていれば3歳。ちょうど虫などとはしゃぎ回っている歳だろう。あの子が生きていればミラはもう少し楽に過ごせただろうが、強い思いを抱いていたが故に苦しみは消えず、むしろ増していった。そしてそれに追い討ちをかけるように
「おはようミラ。ローグとはどうだい?」
「悪い竜じゃないわ。気遣ってくれるし。」
「そうかい。お前もまだまだ若いからね。これから慣れていけば子供もできる。ジーンも納得してくれているし、王位継承の心配はないよ。争いになることもあるまい。早く元気な子が宿るといいねぇ。」
「うん…」
「おはようミラ。どうだった?」
「宿ってはないと思うわ。」
「そうか…まぁお前はまだ成竜じゃないんだ。大丈夫だ。次はいつ頃交尾できる?」
「うん…」
誰にも打ち明けられず、誰も本当の優しさをくれず、次第に病んでいったミラは食欲も気力も無くなって再び部屋に籠るようになり、交尾も受け付けなくなっていった。
「アル将軍、ミラの様子は?」
ミラの指名で世話係になっているアルにローグが尋ねた。
「変わりません。無気力なままです。お体が心配でなりません。」
「もう1年も交尾してない。顔すらほとんど合わせてないぞ。どうしてしまったんだ。」
そこへエリザもやって来て
「おやローグにアル…まだ立ち直れてなかったようだ。無理していたんだろう。若いからショックも大きかったんだろうね…今はそっとしていてやってくれ。」
そう言ったエリザだが、あまり励まそうとしないローグにも立ち直れない原因があるのではと思い始めていた。
そしてある日の晩、城での暮らしに耐えられなくなったミラはその身をゆっくりと起こし、見回りに見つからないようひっそりと廊下を歩いて忠実な部下に助けを求めた。
「アル…アル…起きて…」
「ミラ様…?どうしたのですか?…と聞くまでもありませんか。こんな夜更けにお独りでいらっしゃるということは…」
「お願い…クロウスのとこに連れてって…」
それは流産して1ヶ月ほど経ち、ようやく体調が安定してきた頃のこと。
『ミラ様、お体の調子はいかがですか?』
『アル…いつもありがとうね…』
『いえ…私はあなたに許されないことをしてしまった…あなたのお声が無ければ私はどうなっていたことか…せめてもの恩返しに、この私、死ぬまであなたに尽くすつもりです。ですから…』
『…何?』
『ミラ様、お聞きしてもよろしいですか?』
『何?』
『本当はクロウス様のこと、愛していられたのですか?』
『…』
『どうなのですか?あなたの悲しみぶりは…それはもちろん御子を失ってしまったのは私には想像できない苦しみですが…その…クロウス様がいなくなられてからミラ様がふさぎこんでいるような気がして…』
『…』
『…失礼しました。今のあなたに言うべきことでは無かったかもしれません。ただ…クロウス様の追放には私が深く関わっています。彼の追放された場所も知っています。もし…もし…私の推測が正しいのならばあなたは彼を求めているはず。女王陛下に逆らうことになりますが、あなたがお望みになるならご案内します。その時は内密にお知らせください。では…』
4年前の出来事。今さら彼に会ってどうするのか。会ったら殺されるんじゃないか、とも思ったが、また優しくしてくれるのではないかという罪深い期待が勝り、重い腰を上げたのだった。
「今もあそこに住んでいる保証はありませんが…行ってみましょう。すぐに支度します。」
◯◯◯
誰にも知らせず城を発ち、野宿しながら2週間。ついにその場所へたどり着いた。向こうに先に気がつかれたくなかったので歩いてその付近を捜索する。しばらくすると水の流れる音が聞こえてきた。
「川…かしら。」
「おそらく。この時間帯ならそこにいるかもしれません。行ってみましょう。」
草木を掻き分け、音のする方へ進むとキャッキャという高い鳴き声が聞こえてきて思わず足を止めた。
「ミラ様…」
黙って城を抜けてきたのだ。付き合ってくれているアルのためにも、気持ちを整理するためにも会わなければならない。そう決心して進み、たどり着いた。
「エルカね…間違いないわ…」
幼いころはよく遊んでくれたエルカなのですぐに見分けがつく。桃色の雌竜は優しい笑みを浮かべながら、虫とじゃれている緑鱗の仔竜を見守っていた。
「可愛い子…」
じゃれるのを止めてエルカに甘える仔竜。その姿はすぐに滲んで見えなくなった。
「ミラ様…」
「邪魔者ね…私達…」
だが、エルカに対する罪悪感は少なからず消えたのも事実。幸せになってくれたんだと悲しい安堵感に包まれた。しかしアルは
「ん…?ですが…」
言いかけて、翼をはためかす音に気がついて言葉を切る。
「クロウス…」
鹿を1頭抱えながら降りてきたクロウスにエルカが頭を下げる。仔竜は嬉しげな声を上げて、エルカにも促されてかぶり付いた。その時
「誰かそこにいるのかい?」
「…っ!」
「この距離で…?そんな…これが法力というわけですか…どうしますか…?」
「…」
「誰?」
影に隠れ身を伏せるがゆっくりと、警戒した足取りで近づいてくる足音。もう後戻りはできない。あのときのように激しく脈打つ心臓に気をやりつつ、ゆっくりと影から出た。
「な…!」
まさに目を見開いて唖然とするクロウス。数秒、時が止まったような沈黙になり、クロウスは気を練り周りに他にいないか感知しながら口を開いた。
「…なにしに来た。」
「クロウス…」
「何の用だ。情を利用して僕を殺すか、捕らえようったって無駄だよ──」
「そ、そうじゃなくて…」
「──君に情なんて有りはしないんだから。」
ズキッと胸が痛み、彼を直視出来なくなる。見かねたアルが代わりに軽く説明した。
「警戒を解いていただけますか?我々はただあなたに会いに来ただけなのです。」
「へぇ?確かに君達だけみたいだけど、子供もほったらかしにして何の用?」
思わずアルはミラを見る。ミラはうつむいたまま、やっとのことで口を開いた。
「許して…あの子は…し…死んで…しまった…」
「死んだ…!?」
「産めなかった…途中で…死んで…出てきた…」
クロウスと、聞いていたエルカは驚き動揺したが、クロウスはあくまで冷たく話す。
「…それで、条約が危ないからまた作るってことかい?それなら帰ってくれ。」
「違う…違うの…」
無言の圧力に負けそうになりながらミラは四つん這いになって頭を下げ、泣きながら謝った。
「ごめんなさい…クロウス…ごめんなさい…」
「…」
「言えなかった…勇気が無かった…」
「それで、何がしたいの?母さんに脅されて連れ戻しにでも来たの?いや、それなら母さんのことだ。母さんも来るはずだもんね。」
「クロウス…信じて…私は───」
「信じる?君を?」
気を口に溜め、光弾として吐き出した。それはミラのすぐ横にあった木に大穴を開け、ミラに向かって倒れる。慌てて飛び退いたミラの、飛び退いた先の足元にも光弾が炸裂した。戦闘経験豊富なアルならそれはただの威嚇攻撃だと一瞬で見切れるがミラには無理だ。恐怖で震えながら上目でクロウスを見る。
「うぅ…」
「君の何を信じるんだい?」
「…クロウス…私のせいよ……本当は…うぅ…本当は…ずっと…会いたかった……謝り…たかった…本当は……一緒に…グスッ…」
「一緒に?」
「…一緒に…いたかった……ごめんなさい…クロウス…もう…来ないから…」
「…君は本当に馬鹿だね。これまで通りあの城のなかで平和ボケして暮らしてれば良かったじゃないか。よくもぬけぬけと顔を出しに来れたね。」
「クロウス様…!」
エルカが言いかけるがクロウスが制する。
「それに場所知ってたのに、正規の夫も決まってたのに、今更謝りに来るなんて。どんな心変わりがあったのか不思議だよ。」
「ごめんなさい……」
距離を詰めてくるクロウス。アルも事前に何をされても手出しするなとミラから言われていたのでただ見ているしかなかった。普段の何倍も小さく見えるミラを見下ろすクロウス。ミラは痛みも覚悟した。
「…そんなに追い詰められてたのかい?」
ハッと見上げるとクロウスは複雑な顔をしていた。目をつむり、深呼吸すると目線を合わせて覗き込んできた。そしてミラの顔を舐めると
「こんなに痩せて…これじゃあ骨と皮じゃないか。どうしたんだい?」
「うっ…うぅ…」
答えられそうにないのでアルの方を向くと、代わりに答える。
「ミラ様は…その…あの日…死産されたあの日以降、ずっと引きこもっていました…一時期は…申し上げにくいですが、今のミラ様の夫となったローグという竜ともそこそこ上手くやって、子作りもしていたのですが、あるとき…そうですね、ちょうど1年くらい前でしょうか。また引きこもるようになって、食事もまともに受け付けず、ご覧になった通りになってしまわれたのです。」
「だって…」
ボロボロと涙を溢しながら訴えた。
「だって…みんな…みんな私に子供を産ませることしか考えてないんだもん…次の子は次の子はって…もう…耐えられない…だから…」
クロウスは黙ってミラを見る。そしてその様子をアルとエルカ、そして仔竜も見守る。
「遅い。」
泣きじゃくるミラに短く言い放った。そして
「獲物は食べた?食べてないなら獲ってくるよ。」
「クロウス…」
「遅いよミラ。もっと早く来てくれれば…」
言いかけて止めて、額を合わせた。
「許して…くれるの…?」
「君なんて信じてない。信じてなかった。でも残念ながら信じられる要素が2つあるんだ。」
「2つ…?」
「僕は法力を使える。ここに来てからはずっと法力を鍛えてたからだいぶ強くなった。それで最近、母さんと同じように相手の言ってることが嘘か本当か聞き分けられるようになったんだ。母さんは相手の心が偽りじゃないか直接感知できるけど僕は言葉に出してくれないとわからない。それで君は言った。…一緒に暮らしたかったって。それが嘘じゃないとはっきり感じたよ。」
「うぅ…もうひとつは…?」
「…そうだね。本当はね、ミラの本心じゃなかったんじゃないかって思ってはいたんだ。僕がただ利用されているって可能性はもちろん考えていた。でも…口づけを受け入れてくれたときに、それはもうないって思ってた。だから傷ついた。恨んだこともあった。」
「うん…」
「でも今さっき君を見たとき、怒りよりも心配が先にでた。ようするに、好きなんだ。今でもずっと。」
「うん…」
「黙ってここに来たのかい?」
「えぇ…」
「ミラ…抱き締めても良い?」
少し驚いて、しかし何よりも望んでいたことなので頷き二足歩行になると優しく、しっかりと抱き締めてくれた。
「うぅ…ごめんなさい…クロウス…」
「もういいよミラ。ありがとう。来てくれて。子供のこと…辛かったね。」
「ウゥ…クロウス…良かった…元気そうで…ずっと会いたかった…」
「うん。…あ、ごめんねランカ。食べていいよ。エルカも。」
仔竜は顔を輝かせて食事を再開。エルカはすぐには食べず彼女らに訊いた
「良かったですクロウス様…ミラ様はどれくらいここにいられるのですか?」
「特に期限はないけど…」
ここでアルが遠慮がちに訊ねる。
「あの、あの仔は…?」
「ん?あぁ。ランカは迷子だよ。10日くらい前に行き倒れてたところを拾ったんだ。親竜のいるところも大体目星ついたし、だいぶ元気になったから今日くらいに返しに行こうと思ってたんだ。」
冷静になってみれば、仔竜の鱗は木の葉の様な深めの緑色だがクロウスは薄い、翡翠色だ。おまけに容姿が全然似ていないし、もう7、8歳はいっているだろう。ミラは安心したような、恥ずかしいような気持ちでクロウスに頬擦りすると
「クロウス…私、クロウスと暮らしたい。クロウスと本当の番になりたい。クロウス…」
彼の目を真っ直ぐ見て、あのときどうしても言えなかった一言を振り絞った。
「愛してるわクロウス…」
「僕もだよミラ。わかった。番になろう。」
その後獲物を食い、一行は仔竜を親元へ返し、ミラとクロウスは寄り添って黄昏る。
「あなたのお母さんにとてもお世話になったわ。ずっと励ましてくれた。とても…とても悲しんでた…」
「そうか…」
だが、ここでミラは思い出した。
「そういえばあなたのお母さんってさっき…」
「気づいた?」
ニッと笑うクロウス。
「君達が見たのは多分演技だ。母さんはあぁ見えて僕の何十倍も強い。失礼になるかもしれないけど、君達が僕を質に里に来たとき、あのくらいの兵力だったら勝てたと思う。あの里には罠もかなり多く仕掛けてあるからね。まぁ僕を助けられる自信がなかったからなにもしなかったんだろうけど。遠すぎて感知は出来ないけど、君のお母さんが直接伝えたのならそれが嘘だって分かったはず。今にもクーデターを起こそうって隙をうかがっているはずだよ。」
「そんなに凄い竜なのね…」
しばらく黙り、クロウスに無言で甘えるミラ。彼の体からエルカの匂いを嗅ぎとり思わず
「ねぇクロウス…エルカとは──?」
「ん?あぁ。…確かに何回か身を重ねた。でもお互い恋愛感情は持ってないと思うよ。」
「うん…」
ペロンと顔を舐められてクロウスを見上げると、そっと口を重ねてきて、ミラはまた目頭を熱くさせながらそれに答えた。
「お二人とも本当に良かった。」
少し遠くから見ていたエルカとアル。アルはチラチラとエルカを見ながら
「そうですね。あなたには少し気の毒かも知れませんが…」
「気の毒?私が?」
「え…クロウス様とは…?」
「あぁ…確かに抱いてもらいました。でもあれは戯れですよ。お互い寂しかった故です。恋愛感情はありません。…私はまだ独りです。」
色っぽい目でチラッとアルを見ると、将軍は目を泳がせた。
「私たちも寝床を探さないとですね。」
「う、うむ。そうしましょう。」
日が傾き、月が登り始めた頃、クロウスとミラはまだ寄り添い続けていた。
「クロウス…」
「ん?」
「本当に…優しいのね…」
「まぁ、僕も雄だったってことだよ。」
平然と答えるクロウスがミラには眩しくも思えた。自分の国に親を殺され、自身も酷い目にあったというのに、自分にこんなに優しくしてくれる。情けなくも思った。
「クロウス…」
「ん?」
「私、これからはもっとしっかりするから。」
「うん。」
「クロウス…」
クロウスの首に舌を這わせる。そして自分の匂いを付けようとするように体を擦らせると彼も翼で抱いてくれた。そして分かったと言うように微笑むと
「戻ろうか。」
「うん。」
洞穴に戻るまでの間、ミラはこれまでに無いような緊張と興奮に胸とお腹がドキドキする。今度こそ自分の意思で、互いの気持ちを知りながらひとつになれるのだ。遠くから下僕達が見守る中、クロウスが歩きにくいんじゃないかというくらいもたれ、すり寄りながら寝床へと向かった。緊張していた割にその後は自然だった。特に言葉を交わすこともなく、互いに艶のある微笑を浮かべながら洞穴に入り、ミラが自ら仰向けになって力を抜けばうっすらと秘裂が口を開け、クロウスがそこをじっくりなめる。
ヌチュ…
「ハァ…ハァゥ…ンッ!」
体が彼を求めている。それが分かるほど体中が疼き、そそりたっている彼の肉棒が早く欲しいと言っているかのようだ。ミラが軽く絶頂し、十分ほぐれると覆い被さってきた。頬擦りして最終確認をすると少しの間熱く固いものが下腹部をくすぐり、そして入ってきた。
「ンッ…ンン…クロウス…」
「ミラ…」
ズプズプ……
「ハァ…ウゥン…ハァ…」
腹を掻き分けられ、先端に貫かれると脳天まで快感が突き抜ける。やはり愛する相手との交尾は格別。根本まで入れて密着しただけで2匹は快感に震え、体すら再会を喜んでいるかのように互いの雌雄は脈動している。
「苦しくないかい?」
「うん…でもちょっと待って。甘えたい。」
キュウ、と可愛らしい声を出して甘噛みするミラを撫でるクロウス。やがて欲が抑えきれなくなると
「きて…たくさん欲しい」
クロウスは大きく頷くと、痩せ細ったミラを壊れ物を扱うように優しく抱き締め、腰をゆっくり引いて突きだす。
ズン…
「キャウッ…!」
次は逃がさないと言わんばかりにミラの膣がグシュッときつくしゃぶり上げればそれに逆らうように、雌に自分を擦り込むように腰を動かした。
ジュ…ンヂュ…ンヂュ…
「アッ…ハァッ…アンッ…ハァ…」
「ハァ…ハァ…」
互いの今までの苦悩、苦痛を無上の快楽が上塗りしていく。
2匹は知るよしもないが、定期的に発情しない雌竜の発情条件の1つに精神の安定がある。強いストレスが加わると仔ができにくく快感も感じにくくなるもしくは防衛本能が働いて理性が消える。また流産や死卵になる確率も上がってしまうのだ。逆に言えばそれが満たされていれば大きな快楽や幸福感を得られ、相手への愛情も加われば刺激よりも強い満足感を味わえる。
「キャウッ!…アウッ!…」
(これで良いの…これで…)
熱い交尾にミラは何度も絶頂し、その度に愛液が濡らしてより淫やかな音を立てる。結合部だけでなく触れあっている部分全てが心地よく、彼の腰使いや呼吸からその瞬間を悟った…
「ミラ…クゥ…フウゥッ!」
ブリュウッ!ドブッ!ドブッ!…
「クアッ…!アァ…ンア…」
尻尾を絡め、ミラとクロウスが思うことは同じ。まさに身も心も1つとなった彼らの顔に苦悩はなく、そこで交わっているのはただの欲情した雄と雌であり、仲むつまじい番だった。
「ずっと欲しかった…暖かいよクロウス…」
「ミラ…」
「好きにして。またいつか…あなたとの仔を…」
「ずっとそばにいるよ。でも重く考えないで。」
「うん。」
「じゃあ…続けるね。」
その後2匹は長い間、時折上下を変えながら交わり続け、やがて互いの匂いに染まりきると深い眠りに落ちていった。
◯◯◯
「一体ミラはどこへ…?」
「見当もつかないね。まさかアルと駆け落ちなんてしてないだろうね…」
ミラとアルが消えて一ヶ月。城中が大騒ぎで、ミラの失踪を全力で民に隠していた。ローグとエリザが意味のない会話をしていると、獣人の部下がやって来て
「陛下、やはり国のどこを探しても見当たりません。」
「うむ…あのアルが一緒じゃあ警備のことも知っているだろうし簡単には見つからないだろうね…なにか悪い事が起きてないと良いけど…まて、まさか…」
「エリザ様?」
「確か…アルはクロウスの追放先を知っていたね?」
「えぇ。将軍は他の兵と共に彼を輸送しています…が…エリザ様…」
「すぐに追放先へ向かわせろ。」
「はっ!」
ローグは疑問気に
「クロウス?前の戦略結婚の?」
「あぁ……そればっかりは無いと思っていたんだが…」
もしミラがクロウスと会い、クロウスにここの場所を教えてしまえば真っ先に母であり里長のジーンの元へ行くはず。あのジーン、以前里に直接行ったときは息子に対して涙脆い印象ではあったが、よくよく思い出してみれば一切取り乱さず、焦りの欠片も見せずに『敵は懐にいます。勝機は十分ある。』と断言していた。そのジーンが黙っているはずがない。そして他の意味も含めて、女王エリザは大いに焦った笑みを浮かべて呟いた。
「もしミラがクロウスに会いにいったのなら……私はとんでもない事をしでかしたのかもしれないねぇ…」
それから1週間後、捜索隊が戻るよりも前に事は起きた。
「陛下!大変です!」
「…どうした?」
「城が…城が完全に囲まれています!」
「何!?」
「敵数は相当です。それに我が国の兵も加わっていると。結界も既に中和されました。いつ開戦してもおかしくありません!」
慌てて城の上部から外を見ると、もう四面楚歌どころではない状況である。周囲だけでなく、空にも敵と見られる武装した竜がこちらの様子をうかがっていた。
「何故こんなになるまで放っておいた!?」
「それが…突然だったんです。突然街の至るところから現れて、あっという間に隊列を組んで囲まれたと思ったら結界を中和されて────」
「陛下!」
別の人間が現れ報告する。
「今度はなんだい!?」
「敵軍が交渉を求めています。」
「フン…交渉…?脅迫じゃないか…」
パッと見城の兵数の4倍近くの軍勢。それに国の最高レベルの魔術師達が張った結界を短時間で中和されたとすれば勝機は低すぎる。渋々交渉に応じることとし、応接間でその"敵"と対面した。
「…まぁ、こんなことが出来るのはお前くらいだろうね、ジーン。」
静かな憤怒に燃えた翡翠色の雌竜は、例え力を持たない者でも背筋がゾッとするほどの気を練っていた。
「何故こんなことをしたか、お分かりですね?」
後から入ってきた2匹の竜に道を開けた。
「ミラ…元気そうじゃないか。」
「えぇ。元気になったわ。」
母親をじっと見つめて
「ねぇ、私ってなんなの?」
「何…?」
「国の道具?」
「な…なんてことを───!」
「だって!だってみんな子供のことしか言わないじゃない!次の子が次の子がって、私は次の王を産むためにいる訳じゃないの!」
「ミラ…」
「ジーンさんとアルだけよ。あの子が死んでしまった後に優しくしてくれたのは。みんな次は次はって。私がどれだけあの子を大切にしたいと思っていたか知りもしないで!」
つい最近まで無気力だった竜とは思えぬ剣幕に圧倒されるエリザ。しかしミラは急に暗くなって
「全部私のせいよ。」
「何…?」
「クロウスを酷い目に遇わせたのも、エルカを巻き込んだのも、ローグを巻き込んだのも全部私があの時までにお母さんに気持ちを言えなかったから。悪いのは私。でも…」
助けを求めるようにクロウスに寄りかかると
「でもクロウスはね、私のことを好きって言ってくれたの。ローグ、貴方にはない優しさをいつもくれるのよ。」
「…」
「私、彼が羨ましい。みんなに慕われて、みんながみんな自分の意思で彼を守ってる。私が守られるのは、女王の子だからだわ。条約を結ぶとき、クロウスは自分できめて、望まない子を産むであろう私にも確認したのよ?」
「…」
ミラを国のためだと言い聞かせて断れない状況に追い詰めたと、エリザは今さら気づく。
「わがままだって事は分かってる。でも私はクロウスと番になる。」
演説が終わるとジーンは
「彼女は息子と暮らせるなら国を捨てるとも言っていましたが、私は彼らこそ大国を治めるに相応しいと思います。そして多くの者がそれに賛同し、ここに集まりました。とはいえ、今すぐあなたに王位を譲れとは言いません。」
「…そうなのか?」
「この子達はまだ若い。もっと経験を積ませるべきです。少なくともミラが成竜になるまではあなたが女王でいてください。…聞きましたよ。ミラは生まれてのかた城を出たことがほとんどないらしいじゃないですか。」
「…」
「彼らが結ばれたのです。まだやり直せると思いますが?」
「…そうなったら、我はどうなる。」
ローグが重い口調で訪ねた。
「そうですね…ちょうど釣り合う雄がいないと密かに嘆いている気も力も強い雌がいます。紹介しましょうか?雌を大事にできればの話ですが。で、どうしますか?女王。」
グフゥ、と大きなため息をつくと
「…選択の余地は無さそうだね。私だって母親だ。娘を利用したことは事実だが…娘にまでそう言われたら文句はないよ。だが、お前は私と亡き夫の大事な、可愛い娘だ。それだけは信じてくれ。」
「…わがままでごめんなさい。」
「辛い思いをさせたね。ローグ、お前には悪いことをした。せめて暮らしは保証しよう。クロウス…娘を頼んだよ。」
「…さて、和平条約の再締結としましょうか。」
────────────────────
「───これが今までの真実です。」
聴衆にはどよめきが広がり、怒りの目を向ける者もいた。一番の被害者であるクロウスが寄り添っていなければ暴動でも起きていたかもしれない。
「でも僕はミラを心から信用してるし、愛してる。和平なんて関係なく、僕はミラを妻にしたい。」
「私も私の意思で彼と番になります。私も愛してるわ。」
そして堂々と深い口付けを交わし、ミラはクロウスに寄りかかり、クロウス腕で受け止めながら翼で抱く。そうすれば民衆には別のざわめきが広がり、幸せそうに微笑む2匹にどこからともなく拍手が湧いた。
◯◯◯
「あー…疲れた。」
「お疲れさま。噛まずに言えたね。」
「口が疲れたわ。」
式が終わって部屋に戻る2匹。ミラはクロウスに抱きつくと、体を擦らせながらいつもの無言の催促をする。そのまま寝床へ移動するとミラが仰向けになって、クロウスは前戯を済ましてから覆い被さった。
「挿れるね。」
「うん…アァン…」
絡み付く肉壁からの刺激を軽く息を吐いて味わう。今や毎日身を重ね、毎日寄り添って寝ている2匹には互いの匂いが染み付いている。
「アゥ…ンッ…」
今度はミラが上になって、クロウスに下から突き上げられながら自らも腰をうねらせ彼に確実な快感を与えていた。
「ハァ…ミラ…気持ち良いかい?」
「う…ん…ハァ…ハムゥ…」
キスをしながらダラダラと快楽に浸り、幸せな一時を過ごす。荒い息と、クチュクチュという雌雄の摩擦音だけが部屋に響き、それは唐突に消えた。
「出るよ…」
「ンンッ…ンアハァ…ハァ…」
ビクビクと胎内で雄が脈動し、精液を送り込んでくる感覚にミラも絶頂する。そしめ吐精が終わっても固いままのそれを再び締め付けた…
その頃、別の部屋では
「む…来てくれたのですか。では…?」
「えぇ。あなたの妻になります。」
桃色の雌竜は優しく押し倒され、鍛え抜かれた立派な雄竜の欲を受け止める。簡単に言うと、アルはエルカに一目惚れしたのだ。張り切って、しかし何時ぞやのように雌を傷つけないよう慎重に肉棒を挿し込むと柔肉がそれを包み、締め付けてくる。
「苦しくは無いですか?」
「少し…でも大丈夫です。これからよろしくお願いします…」
恍惚とした顔でそう言う彼女に更なる欲を感じながら
「こちらこそ。」
と言ってぎこちなくキスをすると、熱い初夜が始まったのだった。
◯◯◯
ミラとクロウスの結婚から半年。女王は独り中庭を眺めていた。
「グフゥ…平和だな…」
そんな空気を破ったのは、息を切らしてやって来たアルからの一報だった。
「アル…?何かあったかい?」
「ここにいらっしゃいましたか…ハァ…フゥ…ミラ様が…」
「何!?何があった!?」
「ハァ…ミラ様が…身籠りました…!」
「なんだって!?前に宿してから5年くらいしかたってないじゃないか!」
「はい…信じがたいですが…確かです。」
女王は押し黙った。普通、竜がそんなに連続で子ができるはずがないのだ。
「……よっぽど欲しかったんだねぇ…他でもないクロウスとの子供が…」
グフゥー、と大きなため息をつき、会いに行くため立ち上がった。
ミラとクロウスは式が終わってから度々出掛けるようになり、クロウスの友達や里や国の子供たちと遊んだり、2匹で森や空を散歩したり、あるときは戦争で大切な家族を失ってしまった者のところへ行ったりしていたのでその仲むつまじさはたちまち広まり、2匹の婚約に反感を持つものはとうにいない。無事に産まれた卵が孵った時は皆が喜び、ミラは静かに泣きながら可愛らしく鳴く我が子を抱き締めた。
そしてもう一組、アルとエルカも子を授かり、アルが妻子の話をしたりされたりすると柄もなく照れるほど関係は良く、城内ではこちらも有名だとか。そしてアルは将軍を辞め、エルカと共にミラとクロウスの専属護衛兼世話係となって生涯彼らとその子供たちを支え続けた。
ちなみにローグだが
「グ…ヌ…」
「ほぅら…そろそろ限界だろ?」
完全に主導権を奪われ、妻に組みしかれた夫は射精を必死に堪える。が、当のローグは嫌な訳ではなく
「ウグ…出すぞ…!」
「良いぞ…」
ブシュッ!ブシュッ!…
敏感な奥に勢いよく熱い精を流し込まれて雌もビクッと痙攣して絶頂した。そしてしっかり抱き合うと口付けを交わす。
「ふぅ…あたしたちも早く子供が出来ると良いねぇローグ…」
「全くだ、愛しの妻よ。」
「下手なお世辞を…」
と言いながらも嬉しげに顔を綻ばせる。こちらもこちらで幸せなようだった。
それから数十年。エリザは王と女王として2匹で共に国を治めろと言い残し、王位を譲った。2匹はその後も民との触れ合いを続けて絶大な信頼を受けつつ他国とも次々和平条約を結び、大国は永きに渡る安寧を迎えようとしていた。
完