※この作品はR-18です。

楽園爆破の犯人たちへ 序   作:XP-79

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前を見ると神はぐるぐると螺旋状に渦巻きながら、多くの動物や、虫や、魚や、鳥を見ては、じっと眼を凝らしていた。沢山の眼球はこちらを見ているようで見ていないような、他人行儀な穏やかさに溢れていた。
 隣に座るロロがこちらを見て静かに促す。罪を告白した爽快感はその顔に見当たらなかった。

 俺はロロになんと言っていいのか分からなかった。何か言葉をかけるべきだったのだろうけれど言葉のかけようも無かった。
 言葉をかけられることをロロも望んでいないように思えた。
 しかし俺にはロロは誰よりも潔く度し難い程の馬鹿であり、愛を知らない憐れな男のように思えた。憐れまれることはロロが最も嫌うところであることを誰よりも知っていながら、そう思わずにはいられなかった。
 俺は少なくとも愛を知っている。その点において彼よりもずっと恵まれていた。
 俺はロロから目を逸らし、神に眼を向けたまま自分の話を始めた。





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英雄のかたち
1. 馬鹿な騎士がいたんだ


 

 

 

 

 

 

 

 

身分証明書を門前で提示する。顔見知りの門番は片目で長方形のカードを見てすぐに門を開けた。

 年中花が咲き誇るアリエス宮は小さいながらも華やかに整えられている。

 初めてアリエス宮に来たときはその壮大な花畑に感嘆したが、流石に9年も経つと慣れる。花園の中心を真っすぐ伸びる道を歩く。

 ジェレミアは今年で9歳になるルルーシュの身を思った。

 庶民の母親を持つが故に宮廷内で軽んじられるルルーシュの有様は見ていて憐れみを通り越して腹立たしかった。

 唯一ヴィ家と親しい皇族であるシュナイゼルの庇護のおかげで今のところは暗殺されずに済んでいる。しかしルルーシュの身辺に味方と断言できる貴族はジェレミアとルーベン・アッシュフォードの二人だけであった。

 丁度道の半ばで何かがジェレミアの鼻先を掠めるように通過した。

 鳥にしてはあまりに速度があり、掴み処のない機械音を一定の音量で発している。反射的にジェレミアは体を地面に伏せ、片手で腰に下げてある拳銃を引き抜いた。

 ネジを高速で巻いているような機械音を追って眼を動かす。逆光のせいではっきりとした形状は分からなかったが、2枚の翼を持つ鳥のようなものが踊るように飛んでいた。

 かなりの速度が出ている。しかし目視で確認する限りサイズは燕より小さい。

 ジェレミアは皇居に迷い込んだ鳥かと思った。しかし反転や急上昇急降下を繰り返すその物体の軌道は航空ショーのように鮮やかであり生物としてありえない。

 ジェレミアの視線に気づいたのかそれは突如として垂直に上昇した。地上5階建てのアリエス宮より高く舞い上がり、突然動きを止めて空中に静止する。

 そのまま反転し真っすぐこちらへ、ジェレミアへと落ちてくる。

 凄まじい速度で墜落してくるそれから逃げるべきかと一瞬悩んだが、この宮でこんな真似をする人物は一人しか思いつかない。ジェレミアは苦笑して立ち上がりそれを迎えることにした。

 それは視認するのも困難な速度で落ちてきたが地上1.5m程の高さで急停止した。全くぶれることのない機動は重力を感じさせず、鳥というより虫に近い。

 ちょうど目の高さで空中に静止しているそれに手を伸ばすと、変声期も迎えていない幼い声が響いた。

「顔認識システムはそれなりに稼働。人工知能も速度精度共に良好。速度は最高で250km/h、連続稼働9時間。後の課題は軽量化だな」

「またおもちゃを作ったんですかルルーシュ様」

「プログラムだけな。機体を作ったのはロイドだ」

 零れんばかりに大きな瞳をした皇子はおかえりと言ってジェレミアの服の裾を掴んだ。

 

 最後に会ったのは士官学校の卒業報告の時だから2か月前になる。

 たった2か月とはいえこの時期の子供の成長速度は眼を見張る。そしてルルーシュの頭脳の成長速度は身体の成長より遙かに速く、生き急いでいるかのように驚異的だ。

 そして頭脳は日々凶悪に成長しているというのに容姿は子供らしい純朴さを讃えたまま美しく育っている。

 肌は陶磁器のように白く濡れたように黒々い髪は艶やかだ。少年期特有の少し高い声は耳に心地よく、中性的な柔らかい体躯は宗教画の天使に似て清廉である。

 そして皇族にしか発現しないロイヤルパープルは濃く深い。

 あと10年もすれば目も眩む程の美青年になるだろうという諸侯の噂は多少の贔屓目を引いても事実だろう。

「明日から初任務と聞いていたからこちらには来れないと思っていたよ」

「せめてお顔を拝見させて頂いてから任務に向かいたいと思い、お邪魔させて頂きました」

「お茶でも淹れようか」

 ルルーシュは空中に静止している丸っこい鳥のような機体に「第5ルートを周回。データ集積が最優先」と告げた。機体は「イエス、ユアハイネス」と機械音声で返答し上空へと舞い上がった。 

 二人でルルーシュの私室へと向かう。通り過ぎる使用人達は長身のジェレミアをその腰ほどまでしかない小さなルルーシュが先導して歩いている姿を見て微笑みながら頭を下げた。

 ゴットバルト家の次期当主がヴィ家の次期当主に何くれとなく世話を焼いている姿は大型犬と子猫がじゃれついているようで心を和ませる。

「あれは何なんです?」

「機体自体はただの小型KMFに過ぎない。優れているのは内部のソフト面の方だ」

「ソフト?」

「このまま開発が進めば高速演算処理装置を積んだ空飛ぶスパコンとも呼べるKMFが可能となる。4歳のころから5年かけて開発し続けた甲斐があった」

 ジェレミアやシュナイゼルがいない時ルルーシュはいつも勉強するか部屋に籠っているばかりだと使用人が零していることを思い出した。

 真面目なルルーシュのことだから勉強でもしているのだろうと思っていたが、事実はジェレミアの予想を大きく突破していたらしい。

 しかしKMFの開発にまで手を出していたとは流石に想像していなかった。最早9歳にしては頭がいいという言葉では収まり切らない。ネジが数本ぶっ飛んでいるレベルで空恐ろしく優秀過ぎる。

 そしてそのネジを緩めたのはほぼ間違いなくあの白い髪をしたマッドサイエンティストだ。ルルーシュへ楽し気にあることない事吹き込んでいる同級生が見えるようでジェレミアは顔を顰めた。

「友人は選んだ方がいいですよルルーシュ様」

「お前が誰のことを指してそう言っているのかなんとなく分かるがあいつは悪い奴じゃない」

 いい奴でもないけど、と付け加える。

「あいつは俺よりずっと年上なのにたまに俺より子供なんじゃないかと思える」

「全く。善悪より楽しいか楽しくないかで物事を判断してしまう奴ですから」

「大体の人間はそもそもそうだろう。でも大人はちゃんと言い訳を用意する。あいつは言い訳しない。だから子供なんだ」

 物事を斜に見て知ったかぶった口調で話すルルーシュもまだ十分子供、それも世間一般では生意気なガキに分類される。しかし口にはしなかった。

 子供であることを指摘されると年頃の子供らしくルルーシュは頬をリスのように膨らませて怒る。

 

 ともかくだ、とルルーシュは話を続けた。

「俺の味方をしてくれる貴族は少ないだろう?」

「ヴィ家の支援をして下さる方々は沢山いるではないですか」

「それはあくまでマリアンヌが戦場で得た成果だ。マリアンヌに心酔した者たちがヴィ家の支援をしているに過ぎない。彼女が退き、俺が当主になった途端切れてしまう縁だ。ああお前は別だぞ」

「当然です」

 ジェレミアの返答にルルーシュは小さく笑った。

「何も考えないで即答する癖はそろそろ直した方がいいんじゃないか?」

「ルルーシュ様に関することだけですから問題ありません」

「———本当にゴットバルト家は変人揃いだ。ブリタニアで最も浮き沈みが激しい一族だと言われるだけのことはある」

「忠誠心が強すぎる家系とおっしゃって下さい」

「それを世間では変人か馬鹿と呼ぶんだよ。大体の人間はもっと利口に振る舞う。もし俺がゴットバルトに生まれていたらとっくにアリエス宮に出入りするのは止めてシュナイゼルに取り入っていただろうな」

 理解できないと頭を振るルルーシュはやはり子供だった。

 

 人には簡単に捨てられないものがあり、それを持っているからこそマリアンヌは皇妃に上り詰めたのであり、ルルーシュからジェレミアは離れられないのだった。

 それをいつかはこの聡明な皇子も知るだろうが今それをこの幼過ぎる子供に理解させるのは無理難題だと悟りジェレミアは口を閉ざした。代わりに浮かんできた疑問を口にする。

「シュナイゼル殿下に?オデュッセウス殿下ではなく」

「そうだ。話が逸れたがつまりは人材の問題だ」

 アリエス宮の奥まで辿り着いた。金の取っ手が付いた重厚な扉を開ける。

 ルルーシュの私室はさっぱりとしていて余計な調度品は一つも置かれていない。皇族の私室としてはあまりに簡素だが、代わりに大量の本と液晶画面が壁を覆い尽くしていた。

 皇族の私室というよりもワーカーホリックのプログラマーの部屋と言われた方が納得できる内装は、少なくとも9歳の子供部屋には見えない。

 ソファに座るよう促されたものの流石に主人より先に座るのはと躊躇している隙に、ルルーシュはさっさと電気ポットに水を注いでお茶の準備をし始めた。

「ルルーシュ様、私が」

「俺は美味い紅茶が飲みたい。この宮で一番紅茶を美味く淹れられるのはメイドのアリーショアだが他の仕事をしている彼女を呼びつけるのは申しない。何より時間のロスだ。そしてお前より俺の方が紅茶を淹れるのは上手い」

「――――はい」

「ではお前はどうする?」

「カップの準備をします」

「うん」

「……あと紅茶の腕を磨きます」

「是非、そうしてくれ」

 他の宮で皇子に給仕をさせているなど知られれば懲罰は免れない。だがアリエス宮はルルーシュの支配下にある。

 合理主義の信者であるルルーシュにとって怠惰は罪、惰性は敵だ。この宮の中では血統より時間と利益の方が遙かに重い。

 すごすごと長身を折り曲げて品のいい紅茶のカップを2セット棚から出し、ついでに紅茶受けのクッキーも棚から出す。メイドの旅行土産のクッキーは皇族のお茶請けとしては貧相だが、皇妃からして庶民の食べ物に慣れ親しんでいるヴィ家では珍しくも無い。

 数枚毒見をして問題ないと判断してからカップと共にルルーシュへ差し出した。

 ポットの湯が沸騰するのを待ちながらルルーシュは淡々と話を続ける。

「先ほどの話だが、つまりは人材の問題だ」

「ルルーシュ様は人材確保のためにKMFの開発を進めているということですか?」

「正確に言えば違う。高い技術を持つ人間を集めるのが難しいというだけで人材確保は簡単だ」

 注いだ湯に花開くように茶葉が解けて深い紅色に湯が染まる。ルルーシュが二人分のカップに湯気の立つ紅茶を注ぎ終えたところを見計らいジェレミアは紅茶をテーブルに運んだ。

 ルルーシュは地面につかない足をぶらぶらと揺らしながらクッキーを頬張った。

「おいしい」

「それは良かったです」

 9歳の子供らしい笑みにジェレミアの顔も綻ぶ。 

 ルルーシュは陶器のカップに目を落として紅茶を口に含んだ。芳香が喉から鼻に抜けて、一息ついて顔を上げた。

「俺はオデュッセウス兄上よりシュナイゼル兄上の方が皇位継承権争いで有利だと考えている。能力の差もあるが何より特派の存在が大きい」

「最近シュナイゼル殿下が作り始めた技術機関ですか?」

「そうだ。近いうちに特派はブリタニアの中心機関となる」

 ジェレミアは名前だけは耳にしたことのあるシュナイゼル率いる技術部隊を思い浮かべた。

 いろいろな大学や企業から有能な人材を引っ張り込んで様々な技術開発を行っているという噂だが、未だ目立った成果は聞かない。

 そしてたとえ今後目立った成果を上げたとしても、ブリタニアは軍事政権の戦争主義国家だ。オデュッセウス派に歴戦の軍人達が数多く所属している以上、いくらシュナイゼル率いる特派が新たな戦車やレーダーを生み出そうともそう意味は無い。

 疑わし気なジェレミアの顔を見てルルーシュは微笑んだ。

「ジェレミア、技術は力だ。トランシルヴァニアの戦いを知っているだろう?特派はコロンブスの卵だ。何が生まれてくるか俺にも予測できん。だがあの兄上のことだ。少なくとも多くの優秀な人材を投入する価値があったと判断されるモノが生まれるだろう」

 ルルーシュの言葉が分からずジェレミアは首を捻った。

「新しい防衛システムなどですか?」

「その可能性もある。だがもっと…騎兵の時代に戦車を作り出すような何かだろう。おそらくシュナイゼルは特派によって、いずれオデュッセウスとの絶対的な数の差を覆す」

 もしかしたらルルーシュは特派の内情を知っているのではないかとジェレミアは思った。

 シュナイゼルはルルーシュを気に入っている。特派の開発内容について教えていても左程おかしくはない。

 いずれにせよジェレミアはルルーシュに揺るがぬ信頼を置いていた。だからルルーシュがそう言うのなら、いずれそうなるのだろうと信じた。

「当然ながら特派は俺の味方にはならん。あくまであれはシュナイゼルの玩具だ。ならば俺は俺で特派のような武器を作らねばならんが、俺の立場で多くの人材を集めるのは不可能に近い。だからこそKMFの高速演算処理が必要なのだ」

「KMFがルルーシュ様の武器……もとい人材不足を打破する切っ掛けになり得るとお考えなのですか」

「ああ。優秀な人材はそのほとんどが他の皇族に盗られる。であれば、優秀でなくともある程度戦えるようになればいい。戦場にあり的確な指示を下し、場合によっては全てのKMFの動きを命令する司令塔となるKMFがあればそれは可能となる。この新しいKMF操縦ソフトを俺はドルイドと名付けた」

 

 割とまともだ……!

 

 ルルーシュのネーミングセンスを知っているジェレミアは胸を撫でおろした。

 KMFに感情があるのかは分からないが、黒のブレインだのブラック・プログラムだの名付けられていたら気の毒過ぎる。

 ジェレミアは心底ルルーシュを信頼しているし敬愛もしている。しかしこういったセンスに関しての信頼度は皆無に等しかった。

 

 ルルーシュはジェレミアの様子に気づくことも無く空になったティーカップを置いた。

「だが開発は難航していてな。単純な移動ならまだしも実戦で使うためにはKMFに積めないほど巨大な演算機が必要になる」

「そもそもそんな機能を扱える人間がいるのでしょうか」

「―――人材の育成を待つしか無いな。時間はかかるがしょうがない。いずれにせよ今のままではとても実戦では使えないからソフトの縮小化を待つばかりだ」

 視線を下に落としてルルーシュは自身の小さな手足を見下ろした。

 同年代と比較してルルーシュの体格は劣っているわけではない。しかしその手足は未だ少女のように華奢だ。

 あと数年もすれば男らしい骨格へ成長し声も低くなると自分でも分かっているだろう。だが同年代の友人よりも10近く年上の兄弟達やジェレミアと接する機会の方が多いルルーシュは自分の幼い体躯に思うところもあるようだった。

「いずれルルーシュ様も戦場に出られることでしょう。それまでにはきっと完成なさいます」

「うん―――少なくともそれまでに自己判断能力をもっと高めとかないと。命令すれば敵のKMFにハッキングして自動で爆破させる位にまで育てたい」

 なんて凶悪な育成ゲームだ。

 さっきまでのしゅんと落ち込んでいた態度はどこかに消えてルルーシュはキラキラと眼を輝かせた。

「そういえばお前は明日からヨーロッパじゃないか。どこに行くんだ?」

「フランスの第8駐屯地です」

「最前線からはまあまあ遠いな。司令部か?」

「いえ、通信部隊です」

 通信部隊と聞きルルーシュは首を捻った。

 通信部隊も重要な部隊には違いない。しかし目の前の屈強な軍人が端末と電話を前に長身を屈めて机に座り、OLのように喋り続けている様子が想像できなかった。

「お前はKMF搭乗員を希望していたよな。機甲科で最低2か月は経験を積まないと搭乗資格が得られないんじゃなかったか?」

「そうなのですが―――」

 オデュッセウス派の貴族にKMF枠を取られたのだとは口が裂けても言えなかった。黙り込んだジェレミアに事情を察したのかルルーシュは小さく笑った。

「そうか。まあいずれにしてもいい経験だろう。まだ戦場を経験していない俺が言うのもなんだが、叩き上げと士官学校出身者では同じ尉官でも面構えが違うしな」

 何もかもを察しながらも何も言わないルルーシュの痛ましいほどの聡明さに、ジェレミアは何も言えずズボンの裾を握り締めた。

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 

 ジェレミアはヨーロッパ行きの軍用超大型長距離輸送機に乗り込んだ。総勢60名の新米士官達が初任務に喜んでいたのは最初の1時間にも満たなかった。

 KMFデヴァイサーや軍医など諸々含めて約70人を詰め込んだ輸送機の中は狭くて暑く、下水道のような臭いがする。

 そして断続的な横揺れに縦揺れ。

 脳汗に塗れた男たちの汚臭が肺に籠り、さらに熱で炙られた脳みそがシェイクされる。され続ける。

 8時間以上そんな空間に詰め込まれて、未だ十代の新米士官達は一人残らずグロッキー状態になった。

 ようやく輸送機がユーラシア大陸に到着すると先にKMFデヴァイサーや上官達は軽々と地面に降り立つ。彼らに追いすがるように新兵達はヒヨコのような拙い足取りで地面を這いつくばる様に歩く。

 ジェレミアもその他に漏れず、日本の卵を模したマスコットキャラのようだと思いながらなんとか立とうと震える足を叱咤していた。

「おうおうどうしたエリートさんよ。てめえらそんな足取りで兵士として戦場に行くつもりか?それともEUの糞ったれどもに手柄をプレゼントしに行くのか?」

「新兵の糞どもが粋がるんじゃねえ。士官だろうが何だろうが最初は何の役にも立たねえゴミ屑どもだ。俺らの邪魔はすんじゃねえぞ」

 通りすがる叩き上げの下士官から罵声を受けながらもジェレミアを含む新兵達は残り少ない体力を振り絞り、ブリタニア軍第1駐屯地へと向かう。

 だが第1駐屯地に到着するなり新兵達は各々の駐屯地へ今すぐ向かえと尻を蹴り飛ばされた。

 疲労で倒れた貴族出身の新米士官達を、叩き上げの上官達は手慣れた様子で容赦なく蹴り倒し、頭を叩き、駐屯地へ向かう軍用車両に放り込む。

 ジェレミアは格闘技を披露しようと手ぐすね引く上官を尻目に、よたよたしながらもなんとか一人で第8駐屯地行の巨大なトラックの荷台に乗り込んだ。

 移動もまだ終わっていないというのに既に疲労感が全身に纏わりついている。

 つい2日前に花が咲き乱れる皇宮で皇子と紅茶を飲んでいたということが信じられない程に無様な姿だ。

 

 ジェレミアが座った直後、背中に張り付くように華奢な男が倒れこんできた。

「吐きそう」

「そこで吐いたらお前の面で掃除してやるからな」

 とても軍人には見えない繊細な顔立ちをした学友に悪態を吐く。

 ロイドは素晴らしく優秀な頭脳を持ちながらも、身体能力はそこらの一般人にさえ遥かに劣る。戦場に到着する前に体力が尽きてしまったらしい。そのまま横たわって目を瞑った。

 

 舗装されていない道路をトラックはゴム毬のように跳ねながら走る。しかしロイドは豪胆なのか、もしくは限界まで疲労しているだけか一人微かな寝息を立てて熟睡し始めた。

「ロイドは大丈夫なのか?」

「飛行機で酔っただけだろ」

「そうか」

 隣に座り込んだ同僚はロイドの顔を覗き込んだ。

 まっすぐ通った鼻に色素の薄い髪と肌。優男な面持ちは貴族らしく上品な造形をしている。

「黙ってればこいつイケメンなのになあ」

 思わず漏れた言葉に皆はうんうんと頷いた。

 この学年の卒業生は1人残らずロイドの発明という名の破壊行為の被害を受けている。その結果学友達は優れたロイドの容色を危険物としか認識できていなかった。

 しかし憎たらしい口をきかずに黙って横たわるロイドの顔は確かに整っている。こうしていると由緒正しい貴族のようだ。実際そうなのだが。

「全くだ」

「知らなかった、こいつイケメンなのか」

「それどころか女にも見える」

「色が白いからな。華奢だし」

「こういう奴が戦場でオンナにされんだろうなぁ」

 女日照りが続く戦場では華奢で美しい男が性の捌け口になりやすいことは誰でも知っている。ロイドはその性格を除けば容姿、腕力ともに女として扱いやすい。

 

 とはいえジェレミアは数年に渡ってこの悪友の所業に振り回され続けている。ロイドが白い肌を泥まみれにして無防備に眠りこけていても、そのまま二度と目覚めるなと顔面を踏みつけたくなるだけだ。まかり間違っても性欲の対象にはなり得ない。

 だが普段ロイドと関わりのなかった学友には、こうして黙って寝こけている姿はただの華奢で美しい青年のようにしか見えないのだろう。

 

 少しの熱の混じった視線がロイドに向けられている。

 友人が、たとえ誰も本気で行為に及ぶ気が無かったとしてもそんな視線で見られるのは愉快な気分ではない。

 注意しようと口を開きかけたが、一足先に正気に戻った同期の友人の一人が声を上げた。

「おい皆気を確かに持て。俺はこいつにパソコンを破壊された挙句に部屋をドローンで荒らされたんだぞ。いくら見栄えが良くてもこいつの中身は変人だ。ジェレミアもこいつのせいでロリコンなのがバレたんじゃないか!」

「俺はロリコンじゃない!」

 声を荒げるが誰一人としてジェレミアに向けた冷たい視線を下げようとはしなかった。

 

 ジェレミアがロリコンだという根も葉もない噂は学生時代にロイドの手により学校全体に拡散されたものだった。

 ジェレミアが事態に気づいたときには時すでに遅かった。幼い妹がいる同級生達は額に汗をかきながらジェレミアを遠ざけ始め、一人の女性と長く続かないジェレミアの恋愛事情が噂に拍車をかけた。

 ロイド曰く、ジェレミアがヴィ家に肩入れしているのはルルーシュ皇子がジェレミアにとってドストライクの容貌であるからで、その特殊性癖を隠すために普段は同年代の女性と付き合っているのだった。しかし未だ無性と言ってもいい9歳の皇子とは全く違う肉感的な女性と付き合うことはジェレミアにとって苦痛でしかないために長続きしないのだと。

 その噂を聞いたときジェレミアは卒倒し、泡を吐いてぶっ倒れた。

 学友達は性癖がバレたことがショックでジェレミアが倒れたとSNSで拡散した。

 目を覚ました頃には噂は既に学校中に拡散しており、ジェレミアはロイドの抹殺を計画した。

 しかし計画を練っている途中でアスプルンド家がヴィ家の支援を始め、ルルーシュが次期アスプルンド家当主のロイドを気に入ってしまったがために暗殺計画は断念せざるを得なかったのだった。ロイド暗殺計画の企画書はゴッドバルト家の木の根元に泣く泣く埋めた。

 

「クラスのアイドルに告白されて即座に振ったくせに今さら何を……」

「俺の彼女は「ジェレミア君みたいなストイックで身分の高い男が好みなの」とか言って俺を振ったのに、そいつが実はロリコン糞野郎だったとか……」

「いや待て、ルルーシュ殿下は少年だ。だからこいつはロリコン糞野郎じゃなくて正しくはショタコン糞野郎だ」

「ショタコン辺境伯……」

 鬱々と呟く同僚達からの精神攻撃のせいでジェレミアはロイドの横に倒れ伏した。

 怒りと屈辱と諦念で微かに震えるジェレミアの肩を友人は優しく叩いて「あと10年は待つべきだと思うぞ」と忠告した。返答する元気も無くジェレミアは手を叩き落とした。

 

 ようやくトラックが第8駐屯地に到着した頃には空が暗くなりかけていた。駐屯地は元々繁華街であった場所に設置されており、商業用のビルを流用して基地を設営していた。

 ジェレミアはロイドと共に通信部へと向かった。申し訳なさげな顔をしながら司令部へと向かう友人達に手を振る。

「ほんとにお人よしですよねえ」

「何が」

「彼らのせいで機甲科に行けなかったんですよ?」

 ようやく顔色の戻ったロイドをジェレミアは鼻で笑った。

「俺はルルーシュ殿下がいずれ大成なさると信じている。あいつらは信じなかった。それだけだ」

 ロイドは呆れたとばかりに首を振った。

「僕もルルーシュ殿下は好きですよ。でもオデュッセウス殿下の前では個人がいくら能力があってもしょうがないでしょう」

「それはそうだが」

 ジェレミア自身ルルーシュに対する絶大なまでの信頼をどう説明していいのか分からなかった。

 年齢にしては不相応に聡明ではある。だがそれだけではない。何かしら名状しがたい人に強制的に畏怖を抱かせる何かがルルーシュにはあるとジェレミアは感じていた。

 身分や金といった俗物的な魅力ではなく、その人と同じものを見ることが生きる意味となるような絶対的な魅力だ。

 それを言葉で説明できるとは思えずジェレミアは口を閉じた。

 しかし内心で、ロイドはそのことにもう気づいているのではないかと思った。そうでなければ他の皇族の反感を買うリスクを冒してまでアリエス宮に出入りしてルルーシュの遊び相手をする筈が無いのだから。

 

 

 通信部の仕事はとにかく各部隊の連携を取りながら最新の情報を取り込み、送り出すことだった。その情報はより確実であり、より多く、より正確である程に良い。ジェレミアが仕事を始めてから最初の1時間で悟ったことだった。

 司令部が脳なら通信部は情報という血液を送り出す心臓だ。絶対に無くてはならない重要機関であり、さらに脳と違って休めない。

 ジェレミアは各部隊に指示を飛ばす大佐の後ろで次々に送られる報告に目を回しながらとにかくキーボードを叩いた。仕事の内容はとにかく記録を取り続けるという雑用だった。

 ロイドはジェレミアと同じく雑用をこなしながら面倒だの退屈だのと文句を言っていた。しかしジェレミアには仕事内容に特に不満は無かった。雑用ではあるが物品の流通や負傷兵の状態や数、それに対応する指揮官の命令など学ぶことは多い。

 ともあれ敵の動き、それに対処するこちらの動き、負傷者の数、戦死者の数。とにかく画面に叩き出して本国に報告し続ける。次々に前線から送られてくる負傷者を眼の端に見ながら大量の包帯や傷薬の配布を提示して医務官の配置を確認する。

 

 1週間が過ぎる頃にはジェレミアは第8駐屯地通信部の仕事に慣れ始めていた。慣れれば手際も良くなり、仕事が楽しくなる。

その日もこれまでの1週間と同じようにジェレミアは仕事をこなしていた。

「ジェレミア少尉、ロイド少尉、休憩だ。1300までの自由行動を許可する」

「はい」

「はーい」

 ジェレミアは長い間座り続けていた椅子を離れた。時計を見ると既に6時間が経過している。腰が痛くなる筈だ。

「終わったああああ」

「うるさいぞロイド」

「こーゆー地味な作業僕ダメ、ほんと」

「馬鹿声に出すな!」

 頭をひっぱたく。痛いと声が上がったが気にせず襟をひっつかんで引きずり歩いた。1週間でこの景色を見慣れた軍人達は苦笑した。

 

 通信部に所属してからもロイドの自由奔放な気質は加減を知らず発揮されている。ここ最近はロイドが失言をしてはジェレミアが頭を叩いたり足を踏んだりして躾けることが習慣化していた。

 痩躯とはいえ成人男性一人を引きずりながらもジェレミアの歩く速度は変わりない。

「貴様は上官の前で何を言っているんだ!」

「だってぇ本当のことでしょ?」

「だとしても時と場所を弁えろ。ここは学校じゃないんだぞ!罰則だけでは済まないことぐらい分かっているだろう!」

「んむ~」

 相も変わらず他者との協調性がゼロを通り越してマイナスに至っている。どうしてこんな男の友人をしているのか。自分の運の無さを一人嘆いた。

 

 戦場のど真ん中で休憩所などという洒落たものは無い。上官から教えられていた飲料水の配布場所までロイドを引きずって歩く。

「お前なあ、少しは発言の時と場所を考えろ。上官の耳に入ったら評価が下がるだろうが」

「評価って言ってもそもそも僕あんまり長くここにはいないからねえ」

「それは知っている。だが軍で役立たずの烙印を押されたら後々面倒になるだろう」

「ならないよ~」

「伯爵家の当主殿が碌に戦場で銃も使えんと知られれば周りが五月蝿いぞ」

「違う違う。僕この任務が終わったら特派に行くことになってるから」

「は?」

 ロイドの首元を思わず離す。宙に吊り下げられていたロイドの首はそのまま地面に落下して良い音を立てた。

 ロイドは悲鳴を上げてぶつけた頭を撫でさすった。

「ほんっとジェレミアって馬鹿力だよね!痛いよもう!」

「貴様が特派?いつ?」

「この任務が終わったらすぐにだよ!」

「貴族の規定軍奉仕期間は2年間だろう」

「特派は!軍機関!です!前線に出ないけどちゃんと軍機関なの!軍奉仕期間にもちゃんと入ってるの!」

 いたーい!と声を上げるロイドは、確かにシュナイゼルの目に留まっても可笑しくないほどに凄まじく頭が良い。

 

 ロイドは学生時代からKMFの新しいプログラムを開発しており何度も表彰を受けていた。科学者として将来を嘱望される正真正銘の天才児として名高い。

 しかし同時に理解不能な実験を行った挙句に寮を丸焼けにして停学を受けた問題児でもある。

 協調性はゼロ、他者への共感性はマイナス、ノブレスオブリージュを鼻で笑うクソガキ伯爵。

 そんなロイドを、ロイド以上に理解し難いシュナイゼル殿下がおもちゃ箱に詰め込んでいる様子が脳裏に浮かんだ。

 

「こんな奴を勧誘するか、シュナイゼル殿下……特派はコロンブスの卵というより点火済みダイナマイトか……」

「ちょっとジェレミア一言位謝ってよ!」

「先にお前が学生時代俺がロリコンだという嘘を周囲に言いふらしたことを謝れ」

「それは事実じゃん!」

 ようやく起き上がったロイドの頭を片手で鷲掴む。ロイドはくぐもった声で抗議らしきことを言ったがジェレミアは気にせずに少しずつ手に力を込めた。

「俺は、ロリコンじゃ、ない」

 頭蓋骨を軋ませるように力を込めながら一言一言叩き付けるように言うとロイドは唇を尖らせながら「はいはい、ごめーんね」と言い放った。

 苛立ちが増したが、これ以上このクソガキに何を言っても無駄だということは分かっていたために手を離した。

 締め付けられた頭を撫でさすりながらロイドは恨みがまし気にジェレミアを見上げる。

「ルルーシュ殿下もこんな暴力男のどこがいいんだか」

「難しい方だからな。それなりに気心が知れている者の方が傍に置きやすいんだろう」

「自覚が無い奴はこれだから・・・」

「首から上はいらんのか?」

 指を鳴らすとロイドは吹けもしない口笛を鳴らしながらそっぽを向いた。

 

 配給所はスーパーだった建物に物資を運んだだけの簡素な場所で、箱詰めにされた飲料水とチョコレートバーが並んでいた。この駐屯地はそれなりに物資に恵まれており身分証明書を提示すれば簡単に配給される。

 水とチョコレートバー片手に外へ出て来た道を辿って帰る。

「そういえばルルーシュ殿下って今何歳だっけ?」

「9歳になられる。お前も貴族だったら皇族の年齢ぐらい覚えておけよ」

「でも皇子や皇女の人数多すぎでしょ。シャルル殿下もそこまで頑張んなくてもさ」

「不敬だぞ」

「誰だって知ってることだよ。子供を作るのが義務とはいえ、あそこまで作っちゃったら子供を政治利用しようとしてるのがバレバレでしょ」

「―――」

「仕事ができる皇子は戦場、見目が良い皇女は結婚。分かりやす過ぎて面白みが無さすぎ。むしろシュナイゼル殿下の方が今は面白いよ。何考えてんだか全然わかんないから、あの人」

「……そうだな。俺もそう思う」

「へえ?」

 ロイドはジェレミアを見上げた。

「めっずらしい。忠義大好きジェレミア君がシャルル陛下を貶すだなんて」

「別に俺は貶してない」

「じゃあなんのつもりで言ったの」

「俺が同意したのはシュナイゼル殿下が何を考えているのか分からないという点だけだ」

「あらら、そうなの。ま、あの人の考えてること理解できる人なんていないよね」

「ああ。シュナイゼル殿下と同じように思考がぶっ飛んでいるお前が特派に入りたがるのも納得はできる」

 だが、とジェレミアは続けた。

 隣を歩くロイドを見据える。

「特派に入るというならなんでお前はヴィ家の支援をしているんだ。いくらシュナイゼル殿下がヴィ家の後援をしているとはいえ、エル家以外の皇族に味方するような素振りを見せたら機嫌を損ねるかもしれんぞ」

「面白いから」

 チョコレートバーを齧りながらあっけらかんとロイドは言った。

「ルルーシュ殿下は面白い方だよ。多分シュナイゼル殿下より面白い。しかもこれからさらに面白くなる予感がするんだ」

「お前は面白いという理由だけで自分と家の命運を決めるのか」

「僕にはそれが全てだから、いいんだよ、それで人生決めたって。誰かに文句を言われる筋合いなんてないし。ジェレミアだってルルーシュ殿下が好きだから全部賭けたんでしょ」 

「それは……」

 違う、とジェレミアは続けようとした。もしかしたらそうかもしれない、と続けようとしてのかもしれない。

 

 

 だが口を開く前に酷い耳鳴りがしてジェレミアは眉を顰めた。

 ヒュルルルという、打ち上げ花火を思わせる音がする。どこかで聞いたことがある音だった。その音につられて上空を見上げる。透明感のある青い空を真っ二つに割くように細い糸のような雲がたなびいていた。

 空気を震わせる音はそれほど大きくもなく誰も気にしていないようだったが、ジェレミアはどうにもその音が気にかかった。

 つい最近同じように空を見上げながらその音を聞いたことがある。

 そうだ、訓練中に聞いたのだ。誰よりも真面目だったジェレミアは、学生ながら戦闘機の飛行訓練にも積極的に参加していた。

 その音の正体に思い至りジェレミアはロイドの頭を掴んで地面に引き倒した。

「ちょ、何!」

「口を閉じろ!対地ミサイルだ!」

 ロイドが叫んだ瞬間に風船が破裂するような軽やかな音を立てて、配給所だった場所が吹き飛んだ。

 

 強烈な白と赤の発光に思わず目を向けると、ジェレミアにチョコレートバーを手渡してくれた軍人が手足を吹っ飛ばされ、竹とんぼのようにくるくると空中を回っていた。

 ひ、と声をひきつらせる。そうしている間にも数発のミサイルが発射されていた。

 ヒュルルル、ボン、ボン、と辺りが燃え上がる。怒号や悲鳴があちこちで聞こえた。

 ジェレミアは震える足を奮い立たせながら立ち上がりロイドを引きずり起こした。

「大丈夫か!?」

「あ、ああ、うん。け、怪我は無い。無いよ。大丈夫。それより早く逃げよう、ここじゃ丸見えだ」

 確かに。ジェレミアとロイドはコンクリートの道路のど真ん中にいた。

 一番近くの建物の影へと走る。幸い戦闘機は今のところ頭上には見えない。

 背中を建物の影にもたせ掛けて持っている物を確認する。ライフルに拳銃、救急キット、無線。そして飲料水とチョコレートバー。

「ロイド、無線で司令部に繋げられるか」

「今やってる」

 耳に黒い箱のような無線機を押し付けてロイドは額に汗をかいていた。暫くそのままの姿勢でいたが、すぐに悪態を吐いて無線を放り投げた。

「くそ、繋がらない!」

「ジャミングか?」

「多分。状況が全く分からない。どうしてレーダーは戦闘機の接近に気づかなかったんだろう。高高度からのミサイル投下でも気づく最新鋭が配備されてるのに」

「分からん。最新機種だとしか考えようがない。指示が無い以上逃げることも攻めることもできんな」

「攻める?相手は戦闘機なんだよ?」

「いや、そうとも限らん」

 ジェレミアは低空飛行を続ける航空機を目で追った。周囲を飛び回る戦闘機が蠅ならその航空機はスズメのようだった。腹の部分が大きく翼も一回り大きい。輸送機だろう。

 その腹の部分がぱかりと開く。

 そこからまるで子供が生まれてくるように、パラシュートを開いた人間が落ちてきた。

 ジェレミアは背中に背負ったライフルを即座に構えて発砲した。血を噴き出しながら一人が地面に落ちた。

「900mは離れてるよ、あれ」

 ほんと化け物だよね。ロイドはジェレミアを見ながら零した。

 ロイドの言葉に構わずジェレミアは射撃を続ける。乾いた音が手元で一つ響くとともに、小さな点のような人が地面に一つ落ちる。

 

 それはジェレミアにとり始めての殺人だった。

 思っていたよりそれは劇的ではなく、思考を止めるような力は無かった。本人が予想していた以上にジェレミアは冷静で軍人向けの気質をしていた。自分の大事なものと大事ではないものを区別する能力に、ジェレミアは生まれつき異様なまでに優れていた。

「降下猟兵だっ」

「撃ち落とせ!」

 気付いた他の生き残った兵士たちも発砲する。しかし降下猟兵は人間だけではなかった。

 ブリタニアが他国に軍事力で勝る最大の要因がのっそりと落ちてくる。敵として相手をするにはKMFはあまりに厄介な兵器だった。

 輸送機から産み落とされるKMFの機体に集中砲火を浴びせるもライフルでは多少の傷しかつかない。

 操り人形のように降下してくるKMFを前にロイドは悲鳴混じりの声を上げた。

「ジェレミア、逃げよう!」

「何をっ!?」

「KMF相手にライフルは無茶だ、それより逃げないと!」

「敵前逃亡はっ」

「戦えって命令されてないんだから逃げてもいいんだよ!この脳筋馬鹿!」

 ロイドに怒鳴りつけられて歯噛みしながらもジェレミアは逃げ出すロイドの後を追った。

 ジェレミア自身ライフルと拳銃しかない状況でKMFを相手に長時間戦い続けられるとは思っていなかった。だがこのまま奴らに次々と兵士を降ろし続けることを許せばどうなるか、想像できない程にジェレミアは馬鹿ではなかった。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 いくつもの災いが折り重なっていたことに後から気づいた。

 この駐屯地は救護施設を兼ねていたために戦闘訓練をほとんど受けていない衛生兵の割合が多かったこと。

 前線から遠い地域であり気を抜いていた兵士が多かったこと。

 そしてここのトップであった大隊長殿が糞野郎で、KMFに乗って逃げ出してしまったこと。

 

 運が良かったことと言えばトップがいなくなったために敵前逃亡を責める輩がいなくなったことぐらいだろう。

 建物の影に逃げ込んで通信機にしがみ付いて得た情報はこのくらいだった。

 ジェレミアは時計を見た。最初の襲撃から2時間は経過していた。すっかりと冷静さを取り戻したロイドはジェレミアの影に隠れながら黙々と通信機を弄っていた。

「いや~ほんと運がない。そもそも僕は戦闘工兵部門への配属希望してたのにな~んで通信兵に配属されたんだか」

「貴族出身の士官を工兵なんぞにできるか。それも対人戦闘の成績がEだったような奴を」

「はいはい、ジェレミア卿はSでしたもんね」

 口を動かしながら手を動かすことができるのはこいつの数少ない長所である。 

 先ほどからロイドは空爆の衝撃で壊れた無線を弄っていた。ガガガだのピピピだのすでに無駄な音しかたてていないそれを、ロイドは執念深く修理しようと奮闘していた。

 上手く無線が直れば本部からの指示も通るかもしれない。今は絶対直せると断言したロイドの言葉を信じるしかなかった。

 

 目視で確認した限り、輸送機から降下したKMFの数はそれほど多くは無かった。30機ほどか。しかし第二陣が来ているかもしれず既に掃討されたと考えるには早計過ぎる。

 溜息が出る。敵がどこにいるかも味方がどこにいるかも分からず、どうにも動きにくい。さらにここの指揮を任されていた大佐がとんずらしたせいで指揮系統も分からない。どこに行けばいいのかも分からないのが現状だった。

 

 機械音を発するのを止めた無線にロイドは耳を近づけた。にやりと笑ってブイマークを作る。

「やっぱ僕って工兵向きだよね~」

「言われなくても分かっている。聞こえるか?」

「切れ切れには」

 無線を耳に当てたまま音量を最大にしてロイドは眉を顰めた。酷いノイズのためだろう。だがすぐに顔を明るくした。

「あ、もう大丈夫だ」

「はあ?」

「最前線からKMF部隊がこっちに戻って来るって。あとマリアンヌ様が今こっちに向かってる。EUフランス第8駐屯地所属兵はポイント9に集合。待機」

「ポイント9にて待機、了解。行くぞ」

「ラジャー」

 

 立ち上がって走る。ロイドも周囲を警戒しながらついてきた。

 ポイント9には同じく退避した兵がいた。ポイント9は本部より3km離れた元々商業地だった大通りの端で、古ぼけたスーパーの真ん前だ。

 スーパーの中には一面にシーツが広げられていて、その上に重症者や死体が一緒くたに並べられていた。無傷か軽症の兵は包帯片手にまだ生きている兵の治療をしたり、武器を持って周囲を警戒したりしている。

 包帯を慣れない手つきで負傷兵に巻きつけていた小太りな男がジェレミアとロイドを見つけて満面の笑みを浮かべた。ジェレミアとロイドの直属の上司の中尉だった。

「ゴットバルドにアスプルンド、生きていたか!」

包帯をしっかり巻いたことを確認した後に中尉はこちらに向かって来て肩をばんばん叩いた。

「さっきから運ばれるのが死体ばかりで気が滅入っていたんだ。お前達が無事でよかった」

「空爆が直撃しなかったのが幸いでした」

「ちょっと死ぬかと思いましたけどね~」

「傷はないか?」

「特にはありません」

 中尉はジェレミアとロイドを上から下まで眺めて負傷が無いことを確認した後に焦った口調で話した。

「すぐに衛生兵の補助に回ってくれ。人手が足りないそうなんだ。救急医学の授業は受けているだろう?」

「イエス、サー。場所は?」

「2Fに衛生兵がいるから彼らの指示に従ってくれ」

「イエス、サー」

 敬礼した後に2Fへと上がる階段へと向かった。中尉は腹を揺らしながら次の怪我人の方に走って行った。

 階段は店の奥にあり、床を埋め尽くす死体や怪我人を踏まずに辿り着くのは困難だった。しっかりと足元を見ながら小股で歩く。

 見下ろす顔の中には顔見知りの兵士が何人もいた。微かに身動きしている者もいれば、瞳孔を広げて舌をだらんと垂らしていたり、死斑で床に接している部分がどす黒く変色している者もいる。

 初めての戦争で緊張していたジェレミアに丁寧に仕事を教えてくれた軍曹もその中に混ざっていた。四肢が全部ちぎれた状態で床に転がされているのを見つけた瞬間に胃液が喉元までせり上がり両手で口元を抑えた。

 

 戦争がどういうものか分かっていると思っていた。しかし知り合いがこうも無残に死ぬことになるとは想像もしていなかった。士官学校でも訓練途中に重症を負う者がいたが、こんなに大勢が怪我を負うことも、ましてや死ぬこともなかった。

 だが当然のことだ。人殺しをしているのだから、こちらが殺されるのもまた当たり前のことだった。浅慮だ。運が悪くここに到着する前に敵兵に遭遇していたら、もし最初に空爆された配給所を出るのが遅かったら、こうなっていたのは自分だった。

 眼球の形が浮き出るほど見開かれた眼が恐ろしく、また不憫にも思えた。この人は運が悪かっただけだった。しゃがんで瞼を閉じた。死んでからまだそれほど経っていなかったのか瞼の硬直は始まっておらずあっさり閉じられた。よかった。何もいいことなんてないが。

 

 立ち上がったジェレミアの背後でロイドが間延びした声で話す。

「繊細ですねえ。軍人の家系とは思えません」

 ぶん殴ってやろうかと思ったが口調に呆れは感じられなかったので勘弁してやった。そんな余裕が無いという理由もあった。

 ロイドは顔色も変えず悠々と地面に転がる人を避けたり、歩きにくければ踏んだりしながら歩いていた。思わず眉を顰める。

「おい、踏むな」

「でも死体ですよ?」

「だからこそだ。お前の人間性を社会的な意味で改善するためでもある」

 ぷうと幼児のように膨れながらもロイドは死体を踏まないようにつま先立ちをした。

 

 ロイドは子供だというルルーシュの言葉は正しい。ロイドは虫の足を全部ちぎって楽しむ残酷な子供だ。

 情緒面の成長が著しく劣っているロイドをジェレミアは普段から少なからず心配していた。頭脳が規格外に優れているせいで理論立てて説明できないことを端から否定してしまう。

 アスプルンド家は数少ないヴィ家の味方だ。社会生活に馴染めず没落してもらっては困る。

 そして何より、ジェレミアはいつもあっけらかんとしているロイドが嫌いではなかった。

「よく説教するのに飽きませんねえ」

「性分だ」

「飽きてくれたら僕はすっごく助かるんですけどね~」

 胃液をなんとか押しとどめながら会話をするのはしんどい。口をつぐんで階段を上がった。

 

 2階も1階とは特に変わらない様子だったが生きている兵が多いように見えた。2階まで自力で歩いて上がれる者が大半だったからだろう。横たわる者だけでなく、椅子に座ったり壁にもたれかかったりする者もいる。

 思わず胸を撫で下ろした。1階と同じ有様であれば胃の中が空になるまで吐き続ける羽目になったかもしれない。

 白いヘルメットに赤十字という目立つ格好のおかげで衛生兵はすぐに分かる。中年の頑固そうな衛生兵を見つけて駆け寄って敬礼した。衛生兵も機敏な仕草で返礼する。

「第8駐屯地第3中隊通信部隊の者です。衛生兵の補助に回れとの指示を受けて参りました」

「第3中隊衛生部隊少尉です。あなた方に怪我はないんですね?」

「はい」

「よかった」

 ため息をついたその衛生兵は、顔に刻まれた皺が酷く深く見えた。

 

 

■  ■  ■ 

 

 

 とにかく物資を辺りから集めて来てくれと頼まれて、ジェレミアはロイドと周囲一帯の建物を探索することになった。

 話を聞くとどうやら補給ラインが潰されたらしい。2人では危ないから何人か同行させようと言われたが、手が空いている者は治療に回した方が良いと辞退した。

 士官学校出身の新米少尉ほど扱い辛いものは無いと自覚している。下士官や兵卒が同行することになればこの上なく気まずい。

 近くの民家や店を回ると、売り物だったらしき物品が少しながら出てきた。食料はほとんど無かったが包帯や塗り薬などはそれなりに見つかった。

 死体を見つけることもあった。ブリタニア兵だけではなく逃げ遅れた民間人やEU兵も多かった。

 ここは4ヶ月ほど前は最前線で、その時に死んだのだろう。腐敗が進み元々の大きさの2倍程まで膨張した酷い臭いのする死体が多かった。中には既に白骨化したものもあった。白骨化した死体には大抵がネコや犬、カラスや蛆に喰われた跡が見られた。

 

 最初は死体を見つけるたびに驚いていたが、しばらくしたら馴れた。酷い臭いもすぐに鼻が麻痺して感じなくなった。民家の玄関先に横たわっていた死体を平気でまたいで中に入った自分に気付いて愕然とした。

 だが愕然とする暇もなく、とにかく物資探してポイント9に運び、怪我人を見つけたら応援を要請して運ぶことを繰り返した。

 気鬱になる暇もない程に状況は切迫していた。何のためにEUまで来たのか、何のために誰のために何をしているのかも分からなくなりそうになりながら、ジェレミアは只管に帰ることだけを考えていた。

 

 帰る場所はまともに話したことも無い父や、プライドの高い母、それに腹違いの妹がいる家ではない。ルルーシュがいる場所だ。

 ルルーシュがいる場所こそが自分の居場所であり、ルルーシュの傍にいられればジェレミアは満足だった。

 だがルルーシュの傍にい続けるためには選任騎士にならなければならず、そのためには軍歴と地位が必要で、そのために自分はEUで経験を積んでいるのだった。そう思うとどんな試練でも耐えられそうな気がした。

 

 感情を削ぎ落とすように淡々と仕事をこなすジェレミアを横に、最初は飄々としていたロイドは3時間が経つ頃には顔を青くしていた。

 死体を見続けたことによる気鬱ではない。腐臭を散々に嗅ぎながら3時間も歩き回ったことによる体力の限界のサインだった。

 そのまま二人とも仕事を続けていたが衛生兵からロイドの顔色の悪さを見咎められ、しばらく休憩していてくださいとチョコレートを押し付けられた。

 衛生兵も絶え間なく送られてくる虫の息の重症者や死体に気が滅入っていたのだろう。泣きそうな顔をしていて逆らう気も起きなかった。

 

 施設の外に腰を下ろして二人で並んでチョコレートを齧る。口に広がる甘ったるい味はあまり好きではなかったが、脳が貪るようにエネルギーを補充しているのが分かる。

 初めて遭った空爆に初めて見た敵兵、初めての殺人、無残な民間人の死体に知り合いの死体。自分がとても疲れていることがようやく分かった。空爆に遭ってからまだ6時間も経っていないのが嘘のようだ。

 

 ロイドはずっと無言でチョコレートを齧っていたがぽつりと言葉を零した。

「マリアンヌ様まだ終わらないのかなぁ、もうほんと、さっさとどうにかして帰りたい。もう嫌だここ。ルルーシュ様も来るって言ってたけどそのせいで遅くなってんのかなあ」

 聞き逃せない名前が出てきて眉を顰めた。噂にしては少々性質が悪い。

「ルルーシュ様が来られる筈ないだろう。未だ9歳で軍務に携わっているわけでもないのに」

「でもさっき中尉がなんか言ってたもん。さっきマリアンヌ様が到着して、んでルルーシュ様もいるって」

「聞き間違いだろう」

「そうかなー」

 なんかあの人ならやりそうだと思うんだけどと呟いて、ロイドは耳に付けた無線を弄った。

 ポイント9で無傷だったものを借りたらしく定期的に入ってくる指示をそれで受けていた。

 また通信が入ったらしく周波数を合わせるためにくるくると調節ネジを回している。暫くして手を止めたロイドは無線を付けたまま首を傾げた。

「ジェレミア卿、代われって」

「誰からだ?」

「マリアンヌ様」

 ジェレミアも同じように首を傾げた。

 マリアンヌにはそれなりに長く仕えているが、わざわざ戦場で用もないのに話しかけるような方ではない。

 ロイドから無線を受け取り頭につけた。いつも通りのやや高くて年齢よりも若く聞こえる声が鮮明に聞き取れた。

『やっほージェレミア、ちょっとこっち来てくんない?』

「え、は?どちらにでしょうか」

 皇妃であればそれなりに挨拶をしてから会話をしなければならない。しかしマリアンヌはいつも本題を唐突に話す。唐突すぎて聞き返すことが毎度である。そして本能的に自分の喋りたいことだけを喋るために話の要点が分かりにくい。

 本人もそのことを自覚しているらしく、話の趣旨を問われたり聞き返されたりしても機嫌を悪くすることは無い。破天荒であるもののマリアンヌは理性的で寛容な女性だ。

『ポイント9Cから北にぃ……どのくらいだろ、多分30mくらい?そのくらいのとこ。あ、緑色の銀行の看板とポストが見えるとこ。できるだけ早くねー』

「イエスユアハイ」

 通信はジェレミアの返事を待たずに切れた。ジェレミアは混乱したまま無線をロイドに返した。

 

 なぜ呼ばれたのだろう。確かにヴィ家と懇意にしている身ではあるが、未だ新米少尉でしかないジェレミアが戦場で役立つことはほとんど無い。

 だとするとルルーシュ関連のことだろうか。しかし戦場で何を話すというのか。

 

 疑問に思うことは多々あったが、ともかく早く向かわなければと立ち上がった。マリアンヌに言われた場所には心当たりがある。ここら一帯の地理は頭に叩き込んでいるので向かうべき道どりもすぐに分かった。

「ロイド、中尉にマリアンヌ様に召喚されたと伝えておいてくれ。ポイント9Cbにいる」

「呼ばれたの?」

「ああ。あともう殲滅し終わったようだった」

「だろうね。戦闘中に連絡なんてして来ないだろうし。無線は持ってきなよ。指示が入るかも知れないから」

 どうしてこの配慮が学生時代にできなかったんだろう。ジェレミアは頷いて差し出された無線を手に取った。また手近に置いてあったライフルと拳銃を持ち、念のため予備の弾倉も確認して走った。

 

 

 走って30分でポイント9Cbについた。そこにはガニメデと、マリアンヌと、その足元に座り込んだルルーシュがいた。

 

 ルルーシュの様子は尋常ではなかった。仕立ての良いスーツは血まみれで、既に元々が何色であったのかもよく分からない程にどす黒い。艶のある黒髪は固まり始めた血液のせいでぐちゃぐちゃだった。死にかけの動物のように口を開いて粗く呼吸を繰り返し、両手で頬を掻きむしっている。

 何よりいつも寂しげに細めるか嬉しそうにぱちりと開いている眼が、ここまで大きく開くのかと驚くほどに見開かれていた。

 

 日に覆われ長い影を作り出しながら、ジェレミアはルルーシュが涙を流す姿を初めて見た。

 

 

 

 

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