プロローグ・前編
俺はエスカルゴ。普通の……というよりはちょっとオタクの高専生。キラキラネームだけど、もう気にしてない。イジられるのは慣れてる。
ある日の放課後、いつも通り駅に入ろうとしたら改札手前で変な中年男性に呼び止められた。
「おう、そこの兄ちゃん」
「……?」
自分のことかわからなかった俺はキョロキョロし他の誰かかと思うが、他に反応したものはおらず、その男性を見るとやはり俺を見ている。俺は、首を傾げつつ自分を指さした。
「そうそう、紫の眼鏡をかけた兄ちゃん、お前だ」
いつもなら無視するところだが、何となく興味をそそられた俺は、吸い寄せられるようにそのおじさんのところに行った。
「おう、よく来てくれたな。早速で悪いんだがよ、こいつを見てくれ。これは、本物の吸血鬼になれる薬だァ……。どうだ、今なら安くしてやるぜ?」
入れ物のようなものはピアスのような形をして、色は濃い青色。中には液体が入っている。アンプルだとかそういう形じゃないのは何故なのか、というどうでもいい疑問が湧いてくるが、とりあえず彼の説明を聞くことにした。
「こいつを飲むだけでな、吸血鬼になれるんだぜ?どうだ?買うか?天狗とか鬼もあるぞ?」
「……」
当然だが、吸血鬼になれるという話、イマドキの高校生が信じる訳ない。信じる方がどうかしてる。
「兄ちゃんはみたところ……学生?のようだな。2000円のところを1000円にしてやる。安いだろう?」
値段を聞き、購入の方に気持ちが傾いた。俺は、所謂ソシャゲが趣味のひとつなのだが、ほんの少し課金している。1000円だと、ゲームに課金するより安い。どちらもドブに捨てるようなものだと思い、金を無駄にする覚悟で買う事にした。
「それなら……」
「毎度!!」
電車の発車メロディが鳴る。
「やべ、もうこんな時間っ!?」
慌てて改札内を見ると、中にいた人達は慌ててホームにおりていくのが見えた。
「あーもう鳴ったかぁ。だが人間の脚じゃU・ボルトでも無けりゃ間に合わねぇさ。ここからホームまで結構な距離があるだろう」
引き止めたくせに無慈悲に言い放つ。
「…多分大丈夫です、ありがとうございます」
「ちっと待て」
走り出そうとする俺を引き止めるおじさん。
「え、あの……もう、出発しちゃうんですけど…」
駆け足で足踏みしながら話す。
「今買ったその薬飲んで吸血鬼になればいい。吸血鬼の身体能力を得ればきっと……いや絶対に間に合うさ」
なんでここでそんなこと…と思うが、今は、兎に角急がなきゃいけない。藁にもすがる思いで、ピアス型の入れ物の上部を開け、グッと口に一気に流し込む。
「うっ…おえ゙…」
苦い。物凄く苦い。漢方薬の何倍だ?いや、あんなものとは比べものにならない。恐らくだがゴーヤを丸かじりするより苦い……。
「おい、戻すなよ。戻したら意味無いからな」
マジか…と思いながら、ゴクッと飲み込む。
腹の中が熱い…。
冬のクソ寒い時に、熱々のラーメンを流し込んだ感じだ。少し脚が重い気がする。
「ほら行け、兄ちゃん」
「…あ、ありがとう…ございました…」
まだ苦さにやられつつも、キチンとお礼を言い、急ぎ改札へと向かう。
台に定期Suicaを押し付け、突っ走る。
周りの景色が真後ろに飛ぶように流れていく。
やがて階段に差し掛かり俺は足を止める。結構長い階段だ。朝はいつもここで疲れてしまう。
が、今は急いでるので、形振り構わず飛び降りることにした。
「フンッ……!!」
風が気持ちいい。こんな感覚は初めてだ。
風を切る感覚ってのはこんな感じなのかな。
ダァンッ!と勢いよく着地する。脚がジンジンするかと思ったが全然そんな感じはしないな。
「待って…3秒でいいから待って…!」
そう祈りながらドアへ突進する。
肩とリュックを擦ったがなんとか電車に乗ることに成功した。
「ふい〜……間に合った…か…」
彼は一息つきたいが為に、席を探した。
キョロキョロと周りを見回すうちに、2つ空いてるのを見つけた。そして、それへ座る。
「はぁぁ…」
俯きになり、床を見やる。
周りの人が、彼のことを怯えたような目で見て後ずさる。
なんだ?…まぁ、いいや。
「ねぇ…あの人、目が真っ赤じゃない?」
「だよね?あたしびびっちゃったよ…」
そんな声が聞こえたような気がした。
自分の事だとは思ってなかったので、息をつこうと顔を上げた。
『キャアアアア!!!』
目の前の女子高生たちが悲鳴をあげ、隣の車両へ逃げるように入っていった。
一体なんなんだ?
なんで顔上げただけで逃げられるんだ?
…そんだけ酷い顔なのか。まぁ疲れ果てたメガネ男子の顔なんて見れたもんじゃあないだろうし、彼女らの反応も順当だろう。
自分の考えに妙に納得し、また俯き床を見やる。
『○○ー。○○でございます、お降りのお客様はお忘れ物の無いよう──』
アナウンスが聞こえ、目が覚めた。
いつの間にか眠っていたらしい。
それにしても、なんであの子らは逃げたんだろう。
いや、もういいか。
電車を降りるもののそこで体調に異変が起きた。 ガクッと膝を降り、その場にうずくまる。なにやら体内に熱さを感じる。
薬飲んだ時は、胃の方が熱かったが今度は違う。
そうだ、心臓のあたりだ。
「んぐっ……熱い…痛ッ…」
よろよろと立ち上がり、手すりに掴まり階段を上った。このまま歩いて帰れないくらいにフラフラで、立つのがやっとであった。