「待ちなさい」
「「「「ッッ!!」」」」
作戦会議をしている中で、やはりと言うべきか、永琳が隣の部屋からヌッと出てきた。当然だった。さっきの一本背負いの音で兎が騒ぎ出していたのは分かっていたので、永琳が動き出すのも時間の問題だっただろう。
「「ご無沙汰しております」」
「久しぶり。それで?賢者を暗殺する、ですって?随分とよからぬ事を企んでるのねぇ、綿月姉妹は。賢者達に私へのリスペクトが無くなっただのと色々言っているけれど、そもそも、十三賢者制度は私が作ったものって忘れたのかしら?私が作ったものを壊そうとしているのに私へのリスペクトがどうのと口にできる?」
「それはっ……」
「……」
豊姫は何かしら口にしようとするが、口で永琳に勝てるはずがないと悟り押し黙る。依姫はそもそも反論しようとすらしていない。
鈴仙の耳はこれまでに無いくらいにシナシナに、サグメの翼はへし折られたように垂れ下がる。
酷い空気だ。息が詰まり声すら出しにくくなる。何重ものマスクをしているせいで肺がまるで空気を取り込んでくれやしないような……。
「……やだなぁ、永琳先生。『気の所為』っすよ」
「は?」
「ほら、俺、自己中でしょ?月の玉兎達が酷い目に遭うのはそれはそれで嫌だな〜って思ったんです。だから手っ取り早く中途半端に良い地位に居る奴を全員殺そうかな〜って思ったんですよ」
「それは知って……」
「綿月姉妹は関係ない。俺が計画して、俺が実行に移そうとしてる。それだけの事です」
「あっそう、それならどうして月に居るはずの綿月姉妹が今ここに居るの?」
「さぁ?そんなの知ったこっちゃないですよ。でもたまに遊びに来るじゃあないですか、姉妹揃って。偶然タイミングが被ったんじゃあないですかねぇ。たまたま、ね」
「ならさっきの一悶着は何だったのかしら?畳まで凹むほどの『何か』があったようだけど?まるで、室内で乱闘でもあったかのようね」
「蚊が居たのでブッ叩いただけの事です。ちょっと力加減をミスっちまったんで、後で直しますね〜」
「…………」
「……………………」
無理ありすぎか。流石に無理か。永琳の中で綿月姉妹の評価が下がるような事態は避けておきたいが無理そうならば仕方ない。流石に月の頭脳を相手に口で勝とうなんて考える馬鹿野郎は俺だけか。別に勝てるなんて思っちゃいないが、焼け石に水でも、何もしないよりマシだと思っている。
「────なら最後に一つ聞かせて、エスカルゴ」
「はいはい何でしょう」
「あなたは何を求めて月の要人を殺す?」
「玉兎の待遇改善。これだけです。でもその為には現在の体制をブッ壊さなきゃダメだ。だからその、永琳先生には悪いですけど……ブッ壊します。勿論、都を壊す気は無いですからそれで一つ手を打っちゃくれませんかね?」
「統治者を失った都は内部分裂を繰り返してすぐに崩壊するでしょうね。あなたのやる事は玉兎の待遇改善どころか彼女達を戦争に叩き込んでいるだけ。つまり間接的な月都破壊になる。異論は?」
「ありますねぇ!俺が殺すのは玉兎を使って私腹を肥やしているクソ野郎だけだ。綿月姉妹に手出しはしない。俺ァ綿月姉妹を月の擬似的な頂点に据えるつもりなんで。てか自然とそうなるはずでしょ?」
「……そうね。上から順に殺していけば、綿月姉妹が次の権力者、統治者になるのはあなたの言う通り。もし順当に行けばね。嫦娥がどんな反応をするかが分からないけれど」
「あー俺、最近になって魂を斬れるようになったんですよね。だから嫦娥が何か問題を起こしたら俺が嫦娥を殺しますよ。不老不死者さえも殺せるんだ。俺と妖忌なら、ね」
「……!それは知らなかったわね」
「言ってないですもん。でもこれで俺が月に手出しするのを許してくれません?もしもの時には、俺が動いて責任を取りますんで」
「もう……勝手になさい。これからどうなっても私は知らないわよ。私に知恵を求めても無駄だからね。この件に関して私は何も知らなかった。いいわね」
「はーい」
少々不機嫌そうに自室へと戻って行った。お陰で少し気が楽になった。心の中を見透かすようなあの鋭い目……永琳はドSな女王が向いていそうだ。
「ふぅ、何とか退けられたね。てか依姫も豊姫も、せめて何か言えよ……」
「あなたみたいにあんな考え無しに反発できるほど馬鹿じゃないです」
「まぁ依姫のこれは言い過ぎだけど私も似たような感想ね……。でもありがとうね」
「どうせ通じてないだろうけどね」
「そうね。そもそも論破じゃなく論点のすり替えが主だったでしょ、さっきのアレ。鈴仙なんて、まだシワシワだわ」
「サグメ様も、お気を確かに」
「「…………」」
一言も発していない鈴仙もサグメも、何というか彼女達自身が萎びているように見えてきてしまう。それほど今の永琳の襲来が恐ろしいものだったとは思わなかった。ある意味、俺がバカでよかった。
「俺の邪論が通じてるはずないのにわざわざスルーしてくれるたぁ、黙認されましたーって感じかね。そんなら俺は早速動くぜ。鈴仙、行くつもりだったみたいだけど、やっぱりここは、留守番してた方がいいんじゃあねぇか?」
「……そ、そう、する……動悸が治まらなくて……」
「無理すんなよな。サグメも留守番してなよ」
「……行く。真に月と決別する為、私も動く」
「どうしてもダメそうなら送り返すからな。それでいいなら連れてくよ?」
「分かった。それでもいい。あなたと行く。だから私を連れて行って」
「はいよ」
そんなやり取りをする俺とサグメを珍しい物でも見るような目で見る綿月姉妹。彼女達の妙な視線に気付き、軽く睨むような目を向けると、依姫は少々バツが悪そうに目を逸らすが豊姫はクスリと笑う。
「ふふ、ごめんなさいね。サグメ様が、こんなにも自分の想いを吐露している所を……私達は見た試しが無かったの。……地上に降りられてからは、本当に幸せになれたのですね、サグメ様。良かったです♪」
「ええ。幸せ。想いを自然と口にできるだけでも、私のQOLは跳ね上がった。皆が自然にできている事だけれど、能力の関係上、気軽には話せなかった。それが軽減されただけでも、幸せなのに。私を連れ出してくれた彼と過ごせるのは……もっと、幸せ」
サグメが可愛すぎて辛い。顔から火が出るという例えは今の俺の為にあるかのようだ。顔が熱すぎて耳まで赤くなっているのが自分でもよ〜く分かる。分かってしまう。
そんな俺を見て豊姫はクスクス笑っているがもうそんな反応はもはやどうでも良くすらある。
「……おっほん。えーと、じゃあ、そろそろ行こう。明確な作戦なんて無くていいだろ。13人はそれぞれ玉兎を囲いつつ自分の屋敷に居るから、潜入して、殺す。それだけだな」
「ええ。豪華な屋敷だから見れば分かるはず」
「OK、それじゃ準備しようかな。その前に依姫、ちょっといいかな?」
「なんです?」
「来て」
「……はい」
どうしても、腑に落ちない事がある。それを問い質す為に依姫を永遠亭の自室に連れてきて、更には防音の結界で囲む。これで周囲に声が漏れることは無いだろう。
「それで?何の用ですか」
「惚けるなよ。気にならないとでも思ってたのか?ついこの前、
「……」
「それとも依姫にとっては無視してもいいくらいの小さな事柄なのか?何を考えて、俺がここに居ると分かった上で来たのか、それが分からない。自分の事よりも月を優先する為、とでも言うのか?」
「その通りですが何か?」
「絶対それだけじゃないだろ。何が狙いだ?依姫は何を考えてる?」
「何も。あなたを『利用』させてもらうだけです。そしてあなたはそれに同意した。それならもう話は終わりですよね?」
「レイプ犯とこうして2人きりになるとか、一体、何考えてるんだ?俺は、てっきり『このままここで話しましょう』みたいに断られると思ってたんだ。それなのに実際はこうして2人きり。……犯されても文句言えないんじゃないの?」
「そうですね。で?手出ししないのですか?」
「あぁ。萎えチンだぜ」
やれやれ、とわざとらしく肩を竦めて見せる。
まさか、予想の通りに動かない奴がここまで妙に気に触るとは、思わなかった。もしや、依姫の奴はそこまで見越して妙に気丈に振舞って……?
「そうですか。暗殺の方、宜しくお願いしますね」
「…………」
────やっぱり気に食わねェ。何考えてるのか、分かったもんじゃあない。
1人ならともかく、サグメも居るとなると……。