夏もいよいよ本番に差し掛かってきた、ある日。エスカルゴの息子達5人は、幻想郷東端にある博麗神社へ集合し、子供らしく元気に遊んでいた。
ただ1人、三男の十六夜虔魔だけは次男の霊魔に睨まれながらではあったが、本人はそれに対しては何とも思っていなさそうに、平気な顔をしていた。
実際、兄に睨まれようとも彼にとってそんな事はどうでも良いのだろう。
そして子供達はやがて、「おやつ休憩」をとる。今となっては3児、腹に居る子も合わせれば4児の母である霊夢から、博麗神社では恒例の菓子である煎餅や羊羹を与えられ、子供達は元気よくそれらを食す。
「うっめー!バリバリしてんぞこれ!すげーなー!紅魔館で食べるケーキってのもいいけど、このさ……なんだっけ?食用フリスビーもいいな!」
「せ・ん・べ・い。煎餅だよ。何なのさ、その食用ふりすびぃ……って。ね、恋夜」
「フリスビーっていうのはさ、こう、円盤みたいなヤツで……動物とかに投げて遊ぶんだよ」
「あぁ……だから『食用』……」
「そーゆーこと」
「あーそうそう、煎餅だ煎餅!お茶と合ってんな!うっめー!もっと食べてー!」
「そうだよ。というか和風と和風で合わせてるから合わなきゃおかしいというか……」
「なるほどな〜」
四男の駆翔、五男の恋夜は霊魔とも蟠りもなく、何気ない会話を重ねているが、虔魔と長男の妖舞は黙って煎餅を齧っている。
虔魔は過去に霊魔に怒られるような事をした事が原因で、妖舞は、単に少し前の兄弟間のリーグ戦で霊魔と相討ちに終わったのが未だに尾を引いているようだ。
「あ!そーだ!なぁなぁ、兄様達!恋夜も!」
「「「「?」」」」
「ねぇ、ちゃんと風呂入ってる?」
「「「「!?」」」」
4人は、慌てて自分の匂いを確かめた。それこそ無関心を貫いていた虔魔でさえも。この「ちゃんと風呂に入ってる?」という問いはつまり「汚い」や
「臭い」と、相手……駆翔から思われているからこそ飛び出る発言だからだ。
当然ながら4人共、しっかり風呂に入っている。しかし汚いと思われているのならそれは「ちゃんと風呂に入っていない」のと同義なのである。
各々、自分の匂いを嗅ぎ、恐る恐るながらも特に問題無いことを確認。
「ちゃんと入ってる俺は大丈夫、だよな。うん」
「……入ってるよ。入ってるけど……まさか臭い?」
「僕も大丈夫です。執事見習いたるもの身を清める事は大切ですので」
「俺も。兄様達も大丈夫だよ」
「え〜!?みんな姉様達と風呂に入ってんの〜!?すげーーーーー!!」
「「「「ッ!?」」」」
「えっ?だってそうだろ?俺、『ねえちゃんと風呂入ってる?』って聞いたんだぜ?『ねえちゃん』は
『お姉様』のことだろ?てことは4人共、お姉様と風呂入ってるんだなー!あっはははは!!」
「……流石に幼稚ですよ、駆翔?」
「だな。てか、白玉楼に子供は俺だけだし、姉上と風呂なんて無理だろ」
「まー、アリスお姉ちゃん達とは風呂に入ったりもするよ。というよりは、同じ家に住む姉弟なら別に普通じゃね……?恥ずかしがる事でもないような気もするけど。霊魔兄ちゃん……も、そうでしょ?」
「えっ!?あ、うん……まぁ……うん……そうだね」
霊魔は、同じく博麗神社に住んでいる霊愛や霊麗とは共に風呂に入っていない。ならば何故、恋夜の問いに肯定したのか。
それは八女、シガレットの事を頭に思い浮かべていたからだ。
霊魔は幼くも既に童貞を捨てている。それは姉のシガレットによってである。そして2人は恋人同士でもあるので、「行為」の後はシガレットと2人で風呂に入る。
だから、結果としては彼からの「姉ちゃんと風呂入ってる?」の問いに対しても引っ掛けだと気付く前と同じように、肯定するのである。
「虔魔お兄様はどーなんだ?お姉様、居るじゃん!同じ屋敷の中に4人も!弦月姫お姉様にレイチェルお姉様、ここあお姉様、シガレットお姉様!」
「愚問ですね。僕は1人です。男子なので女子とは別の時間に入っています。当然です」
「……ていうか紅魔館に常駐してる男って虔魔お兄様だけじゃん。常にぼっちは寂しすぎだろ!お父様と一緒に入らないのか?」
「お父様には専属のメイドが居ますから。それに、紅魔館におけるお父様関連の仕事には、僕の出番はありません。彼女さん方もお父様に従いますしね」
「たはー、ホントにお父様は女好きだよなー。けどそんくらいガッツいた方が強くなれるってんなら、俺もそうするぜ」
「流石に強さと女好きに相関関係は特に無いかと。あぁ、でも……異性を『知る』ことは強さに繋がるのかもしれませんね。……ですよね、霊魔お兄様?」
「……知らない」
「知らない、なんて事は無いですよね?シガレットお姉様と交わって何ヶ月が経っています?そして、この数ヶ月間で、霊魔お兄様は一体どれ程の成長を遂げたと思っているんです?」
「じゃあ、何なの?虔魔は、僕が『強くなる為』にシガレットお姉ちゃんと……なんて考えてるの?」
「実際そうですよね?」
「コイツ────ッ!!」
「お、おい、恋夜!」
「分かってる!!」
残った兄弟は一瞬で団結。妖舞は霊魔の脇の下に手を入れ動きを押さえ込んで、駆翔は恋夜に号令を飛ばし「錬金」の能力にて虔魔を拘束する為の陣を生成してもらった上で虔魔と霊魔の間に割り込む。
「離してお兄ちゃん!コイツ、1発ブン殴らないと気が済まないッ!!」
「いーから落ち着けっての!お前の吸血鬼パワーで殴ったら虔魔だってタダじゃ済まねーよ!」
「別にいいよコイツだって吸血鬼なんだからッ!!どーせすぐに再生するんだ、だから僕が殴って顎を吹っ飛ばしても!!」
「そうですね。物理攻撃なんて、それこそ心の臓や頭でもなければ殆ど意味を成しませんから」
「あーーーーもーーーー!!オイ虔魔ァ、オメーはどうしてそうやっていつも言わなくても良いことを言うんだよ!?」
「……?事実を言っている迄ですが?」
「時と場合を弁えろってんだよッ!!咲夜さんからその辺の作法とかどう教わってんだ!」
「時と場合、ですか。妖舞お兄様こそ、時と場合を弁えてみては如何でしょうかね?お姉様方が父上を褒めほやしているときに、妖舞お兄様は父上を貶すような事を仰っていたりしますよね?それこそ時と場合を……なのでは?」
「この前のアレはディベートだろ!元からそういうモンなんだよ!」
「ふむ、成程。勉強になりました。さて、もう話は終わりです。僕の拘束を解きなさい、恋夜」
「で、でも……」
チラリと駆翔を見やる恋夜。恋夜から見て虔魔は兄なので、逆らいたくはないのだ。しかし、拘束の指示は同じく兄である駆翔からのものである。恋夜としてはどちらに従うべきか、判断に困る事態だ。
それをいち早く察した虔魔は、駆翔が次また口を開く前に、先手を打つことにした。
「恋夜。僕の方が兄ですよ」
虔魔の言いたい事を察した駆翔はグヌヌと表情を歪める。
虔魔は三男。駆翔は四男で、恋夜は五男だ。年功序列で判断するとなると虔魔がトップだ。ヤクザの息子である駆翔としても、その「序列」は、守って然るべきものであるという認識であった。
そんな中、上の2人は声を揃えて弟達へ向けて、静かな声で言う。
「「解くな」」
長男の妖舞、次男の霊魔であった。虔魔を激しく嫌っている霊魔は兎も角、中立な立場であるはずの妖舞でさえも同じ意見であることに、3人は驚愕を隠せないでいた。
普段から感情の起伏に乏しい虔魔でさえもだ。
「霊魔。1発だけだぞ」
「うん。……退いて、駆翔」
「え、で、でも……」
「退いてやれ駆翔。これで終わりだ」
「は、はい……」
長兄には駆翔も逆らえない。虔魔を殴ろうとする霊魔を止めようとはするが、妖舞に止められてしまえば、もう駆翔にはどうしようもない。
駆翔という障害が無くなった霊魔は、拳に渾身の力を込め、床に足が張り付けられているかのように拘束されている虔魔の顔を思い切り殴り飛ばした。
「ぶぐはっ……!」
バラバラと折れた歯が石畳の方へと飛んでいく。口から垂れる血が縁側を汚し、そのタイミングで、騒ぎを聞き付けた霊夢が慌ててやってくる。
「ちょっとちょっと何の騒……きゃっ、どうしたのよ虔魔くん!?」
「……ひへ、はんれも」
「『いえ、なんでも』だって。だから何でもないよお母さん」
「……霊魔。あんた手が血で汚れてるわよ。あんたが虔魔くんを殴ったのね」
「だったら?」
「『だったら?』じゃない!」
「「「「「ッ!!」」」」」
誰が見ても明らかな程に過剰な力で、且つ霊魔が石畳の方へ吹っ飛ぶほどの力で、霊夢は息子に強く平手打ちをする。
「何すんのお母さん……!」
「虔魔くんに謝りなさい」
「は!?やだね!虔魔が悪いんだ!僕とシガレットお姉ちゃんが付き合ってるってのを、まるで、僕が強くなる為にお姉ちゃんを利用してるような言い方したんだ!!」
「それでも殴った方が負けよ」
「別にいいよ負けたって!そんな下らない勝ち負けなんかより、僕がお姉ちゃんを利用してるみたいに思われたりそう言われたりする方が死ぬより嫌だ!ふざけてる!!」
「……。ねぇ虔魔くん?どうして、霊魔とシガレットちゃんが付き合っているのを『強くなる為に霊魔がシガレットちゃんを利用してる』と思ったの?」
自身もまたエスカルゴのハーレムの一員だからかエスカルゴにも通ずる事を悪し様に言われるのは、彼女とて不快に感じるようだった。
虔魔は霊夢からの問いに、口、顎の再生が満足に済んでから答える。
「付き合う前後で、霊魔お兄様の強さは天と地の差です。お父様も『女を知ると男は強くなるんだ』と過去に発言していました。なので霊魔も『強くなる為に』シガレットお姉様と付き合い始めたのではと思った迄です。尤も僕は心なんて読めませんから、霊魔お兄様が本当のことを言っているのか、本心を誤魔化しているのかまでは知りませんけれどね」
「……そっか」
「はい」
自信満々に頷く虔魔。しかし次の瞬間、彼もまた霊夢の平手打ちによって吹っ飛ばされていた。
「え……」
「帰りなさい」
「え」
「優しく言っている間に帰りなさい」
「………………はい」
訳も分からないままで、霊夢からそう告げられた虔魔はゆったりと飛んで帰った。
一連の騒動を見ていた他の兄弟は霊夢がキレたと内心恐れ戦き、自分達も早く帰ろうとタイミングを見計らい、どのように抜け出そうか考えていた。
「霊魔、あんたも後で説教よ」
それだけ告げ、霊夢は屋内に戻る。霊魔はフンと顔を逸らして無視を決め込む。霊夢もそれに対して特に何も咎める事はなく、縁側には男子4人だけが残された。
「霊夢さん怖いな……」
「別に。お父さんに怒鳴ってるときの方が凄いよ」
「え、父上と霊夢さんって喧嘩すんの?」
「普通にするよ。皆が思ってるほど、常にベタベタしてないしね」
「へぇ……そーなのか……」
「お父様、あんなおっかねー人を嫁に選ぶなんて、やっぱスゲー……!とてもじゃねーけど、俺には真似できねーぜ!なぁ、恋夜!」
「そ、そうだね……俺の母さんともまた違ったタイプみたいだしね……凄いや」
「とりあえず……なんだ。今日は、もう帰るか?」
「そーだなー、そろそろ組員も心配してそーだし、俺は帰るぜ〜」
「そーだよ、駆翔。お前、抜け出して来てんだろ?まずくないか?」
「兄様だって従者なのに抜け出して来てんじゃん、おあいこだよ」
「俺は正規ルートで来てるから!幽々子様からも、爺ちゃんからも許可はもらってっから!」
「えー、やっぱそっかぁ。そんじゃ恋夜、お得意の転送陣、頼むわー」
「えー……転送魔法は魔力ゴッソリ持っていかれるんだけど……。魔理沙さんと違ってそんなにホイホイと使えないんだけど……」
「お父様も居ねーしさー……なー、頼むよー」
「はいはい……じゃあ妖舞兄ちゃんもついでに冥界に飛ばすよ」
「サンキュ、助かる。……じゃあな霊魔、また来る」
「じゃーな、兄様達!」
「俺ももう魔界に帰るよ。じゃあね、兄ちゃん達」
それぞれ口々に別れの言葉を告げ、3人の兄弟は恋夜の魔法によりそれぞれの世界へ帰って行った。縁側にたった1人取り残された霊魔は、母の説教を受けに、静かに母の元へと向かったのであった。