時間・停止・ナイフ
「うぅ、うぇ〜ん……みんな……みんなぁ……ううっ、死んじゃやだよぉ……ふぇぇぇん……」
「嗚呼……居た居た…………。全く、こんな所に隠れていたのですね。衣服に血がついては面倒ですから、さっさとクローゼットから出て来てくれませんか?もう、隠れんぼは終わりですからね。さぁどうぞ、お手を。レディをエスコートするのが紳士の務め……ですから」
「やだぁ!助けてよぉ!痛っ……引っ張んないで!!誰か助けてぇぇえええっ!!」
「ふふ、同族の仲間を犠牲に、己だけ悪魔の館から逃げ仰せようとは、些か、虫が良すぎるのではないでしょうか。恥ずかしくて恥ずかしくて、あなたの為に死んだ仲間に顔向けできませんね……」
「ち、違うもんっ……!」
「違う……?何がでしょう」
「皆はっ……私が逃げる為に死んだんじゃないもん!私を逃がす事で、あなたみたいな外道の存在を外に知らしめる為よ!」
「外道……外道ね。まぁ……僕からすれば館の治安をぶち壊そうとする……あなたのような妖精の方が余程外道ですし、邪魔ですがね。本当ならメイド妖精も殺した方が館の為になると思っているのですが……、お父様がメイド妖精はお気に入りだと仰るのでね、仕方なく生かしておいているのです、が……」
ギロ、と汚物以下の存在を見るような酷く冷たい目で、少年は妖精を見下す。外見の年齢はあんまり自分と変わらないくらいだろうに、その妖精もまた彼に射すくめられてしまった。
「ひっ……!」
「あなた達のような
「ごごっ、ご、ごめんなさい……ごめんなさいぃ……も、もう二度と館には……」
「そう言われるのも僕はもう飽きたのです────。あなた方妖精は、いつも視界の端をチョロチョロと羽虫の如く動き回る……鬱陶しい事この上ない」
「っ……」
「さて、処分の際には分別せねば。肉は肉、モツはモツ、羽根は羽根……不法侵入の罪は、重いですよ。僕は紅魔館の執事……執行人にして
◆
「えーとそれでは……毎月恒例、成績発表の時間よ。まずは、咲夜からね」
「はい」
ある日、紅魔館の主レミリア・スカーレットは、主な従者達を自室に集め、主人からの評価を、成績という形で言い渡していた。
紅魔館は貴族風の屋敷であるものの、レミリアは真面目な当主である。全てにおいて日々邁進しては己の糧にする。
そんなレミリアだからこそなのか、部下達にも、常日頃からそう在ってほしいと願っている。
この「成績発表」も、そんな彼女の想いが由来で始まった事だ。
「基本業務、戦闘業務、業務外活動オールクリア。このまま成績を維持なさい」
「ありがとうございます」
「次、弦月姫ちゃん」
「はいっ!」
「基本業務……もう少しで完璧よ。戦闘業務……は、あなたは甘い。優しすぎるくらいだけれど……でも、あなたはそれでいい。そのまま優しい子で居てね。業務外活動……最近、基本業務に忙しくさせて特訓の時間が取れてないからかしらね、最近は少々黒星が目立つような気がするわね。後で咲夜と相談して、スケジュール調整をしましょうか」
「そ、そんなっ……そこまでしなくてもっ……」
「それだけ、ここ最近の黒星が目立つってことよ。副メイド長として基本業務を減らされたくないのであれば、日々の戦闘業務の方ではなく業務外活動の戦闘を充実させなさい。あなたにとってはそちらがより重要よ。生きる上でね」
「……はい……申し訳ございません……」
「謝ることはないわ。ただのアドバイスよ。……次、シャロンちゃん」
「はいっ!!」
発表されるのは大体が身分の順である。年功序列ではない。だから最初はメイド長の咲夜さんであり次は副メイド長の弦月姫なのだ。
副メイド長の次はヒラのメイドだが、紅魔館にはヒラのメイドの前にもう数人、特殊な従者がいる。それがこの「エスカルゴ専属メイド妖精」という、少し特殊な立ち位置のシャロンである。
「基本業務、専属メイド業務、主人への奉仕活動、オールクリア。咲夜に師事してるだけあって着実に成長してきているわ。咲夜、弦月姫ちゃんからも、あなたに関しては良い報告ばかりが私に届いてる。これからも頑張ってね、応援しているわ」
「はい!ありがとうございますっ!」
「次、天子」
「はいはーい」
そして、元居候であり、レミリアに従事する事を約束に衣食住をレミリアに保証されるという立場のメイドが、この比那名居天子。天界の比那名居家のご令嬢ではあるが、ワガママ故に勘当されたという過去を持つ。
完全に行き場を無くした彼女を拾ったのが、このレミリアだ。
「基本業務……は、イイわ。ただベッドメイク、物の扱いに難アリという報告が来てるわね」
「なっ……さ、咲夜ァ〜ッ!?チクッたわね!?」
「事実を報告したまで。旦那様の部屋に入るなり、調教の日々を思い出しては自慰に耽る……こんなの、どう考えても減給モノよ。癖、まだ治らないのね」
「チッ」
「比那名居のお嬢様としてそれくらいの品格くらい保っててほしいものだけれど、そこまで歪むのが、彼の『調教』だから……あまり深くは追及しないわ。それこそエスカルゴの思い通りという事だからね。さて、次。虔魔くん」
「はい」
「基本業務……よし。業務外活動は、まだまだ黒星が目立つわね。とはいえあなたはこれからだからね、今の段階では多くは望まないわ」
「はい」
「問題は戦闘業務」
「?」
「美鈴、弦月姫ちゃんがそれぞれ0、咲夜と天子が1である、この数字。あなたは…………310よ」
「……?何の数字ですか」
「侵入者の撃退数、及び殺傷数よ」
「おや、では僕が今月最も紅魔館の安全に貢献した従者という事ですね」
確かに誰よりも上回る、ハッキリ言ってしまえば異常すぎる数値だった。流石の咲夜さん、天子まで顔に出して軽く狼狽する程の驚き様だった。
しかしレミリアは虔魔のドヤ顔を崩すかのように軽く睨みつけながら厳しい言葉を投げつける。
「違う」
「何がです?」
「前にも言ったでしょう。無闇に侵入者を……妖精を殺すのは敵しか作らず、無意味な行為だからやめるようにと」
「僕に暗殺術を仕込んだのはお母様です。そして、お母様からも侵入者には容赦するな、と、今よりも幼少の頃から教わってきました」
「それは『外敵』に対しての話よ。妖精は『外敵』ではないの。あくまで近所の住人よ。いいえ、寧ろ自然の化身である妖精からしてみれば、私達こそが侵入者だと言えるわ。
「意味が分かりませんが」
「外の妖精を見掛けても無闇に殺さない事。いい?これは命令よ」
「断ります」
「!?」
「バカッ……虔魔、あんた何言っ……」
虔魔をビンタしようとした弦月姫の腕を、天子が咄嗟に掴んで止める。ハッとする弦月姫だったが、天子の拘束を逃れようと抗議する。
「離してください天子さん!」
「まーまー。……面白そうじゃん、虔魔とレミリアのやり取り……♡」
「!?」
ニヤニヤしながら2人を交互に見る天子。一方、弦月姫は一触即発とも言えるこの空気に心を痛め、また焦っていた。幾らバカでも虔魔は共通の両親の弟である。誰よりも血の繋がりは強い。
たとえバカでも、嫌っていても、心から見捨てる事はやはり出来ないでいた。それこそが、弦月姫の優しさであり、致命的なまでの甘さでもある。
「……虔魔くん?どうしてそう思うの?」
「外敵ではない……というご指摘は、理解しました。しかし客でないのは確かです。なら邪魔です。排除するのも僕らの……いいえ、僕の仕事だと考えます。雑魚ですし他の業務に穴をあけない程度の時間しかこれに関しては割きませんよ」
「……確かに、妖精1人1人の力は弱いわ。外敵とは言えないくらい。だけど、だからと無闇に殺すのはいけないの。仮に、妖精が復活するタイプの不死身だとしても、無駄な殺生は避けるべきなのよ」
「理解不能です。納得も不可能です」
「そう……なら、仕方ないわね」
「ですね」
(「ですね」って言った……「ですね」って言ったわコイツ……!!有り得ないわ……我が弟ながら本当に理解不能よ、コイツの思考回路は……)
「だけどね虔魔くん、これだけは覚えていなさい。妖精達からは確実に恨まれている……という事を」
「恨まれている?妖精にですか?……フフッ。妖精の恨みなど、たかが知れていますよ」
「だと、いいけれど」
……彼は知らない。主人・レミリアのこの発言が、自身の能力からくるもの……つまり正確な予言だったという事を────。